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坂井祐治はクロマツの枝を刈っていた。肩の筋肉が熱を持って膨れ、破裂しそうだった。酷使して麻痺しかけている両腕と刈込鋏が一体となって動いた。脇を緩めすぎず、胸筋を絞るようにして枝を刈る。鋏が意志を持ち、ただ手を添えているだけでよかった。 2023年1月 ですね、 第168回芥川賞 受賞作 「荒地の家族」(新潮社) の書き出しです。作家の名前は 佐藤厚志 、植木職人ではなく書店員をなさっている 41歳 だそうです。
老人が一斗缶で焚火している 光景でした。
「切った枝も、稲わらも、畦掃除して出たゴミも、前は畑で燃やしてたんだけど」
老人は木切れでどうやら自分の畑があるほうを示したが、見えるのは白い防潮堤といよいよ沈み始めた赤い日の名残りだけだった。
「いつもここで」
祐治は聞いた。
「たまに」
老人はぽつりと言う。 (P10)
風を受けながら防潮堤の階段をのぼり、浜へ降りていった。黒々とした海が、左手の荒浜港や船の光を拾い、ちらちらと光っている。
火が焚かれていた。
ついさっき足袋の泥を落としたばかりなので、柔らかい砂を避け、草の生えている場所を選んで進んだ。
頭を下げると、老人は頷く。黙って一斗缶をつつく老人の反対側に立ち、火を見つめた。暖かかった。火から目が離せなくなる。火の中に、災厄の風景が浮かびあがる。 (P80)
浜で揺らいでいる炎に祐治は近づいた。 全部で150ページほどの作品ですが、その 始まり 、 半ば 、そして 終わりかけ に、まあ、今思い浮かべられる限りでは、ですが、
いつもの老人が棒で一斗缶をかき回す。火の粉が舞った。
火の中に、あらかた消え去った町が現れた。
中略
一斗缶の炎が呼吸するようにぼうっと勢いを増し、また静まる。老人が棒を動かす。火の粉が赤い蛍のように暗闇に軌跡を描いて閃く。火が顔に近かった。 (P110)
焚火のシーン! がありました。この 焚火の光景 の中で、 祐治 の脳裏に浮かび上がってきているのであろう 生活の実景 が小説だったとボクは思いました。人は生きている限り、いつまでも焚火を眺めているわけにはいきませんが、 作家 が
舞い上がる火の粉に見いる祐治の姿 を繰り返し描いていることに、 共感 というか、 ホッとする というか、この 作品のよさ を感じました。
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