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昨日は、東京の最高気温は35度とか36度とか。 アスファルト道路を自転車で走るので、妙に暑くて熱くて、お昼休憩に冷房の効いた事務所で休んでも疲れがとれない。夕方になって頭痛がして、鎮痛剤を服用しても頭痛が止まず、帰宅してから約1L近く水分をとったが頭痛がとれない。 夜中にやはり頭痛がして、どうしてだろうと不思議に思っていたが、日中からトイレに言ってい何の気がついた。お小水が麦茶より4倍くらい濃い。 なーんだ、軽い熱中症だったんだとやっと気がつく。 そこで今朝は、6月中旬に仕込んだリンゴ酢でつくった梅ジュースを水道水で薄めて小さじ1杯弱の塩を500mlのペットボトルに入れてみた。麦茶や緑茶を1L飲んでも熱中症ぽくなったので、500MLペットボトル4本作って冷凍庫で冷やして保冷剤と一緒に保冷バッグに入れてみた。 今日の最高気温は33度で時々曇り空になって風も吹き、昨日と比べると随分過ごしやすい。 午前中はグループホームでの仕事だったこともあるのか(高齢者の施設なのに室温は26度で、入所している方がカーディガンやケープを羽織っている)、午後は2件の入浴介助だったけどのどの渇きもなく頭痛もない。ペットボトルは1本とちょっとだけしか飲んでいない。 梅ジュースだから、夏バテを防げたのか簡単に結論付けるのは安易すぎるが、梅ジュースの小さじ一杯の塩で一日中元気。普段はお断りしているケア後のお茶屋コーヒーを頂いたことはあるから、一概には言えないとは分かっているけど、梅ジュースって夏バテ予防に効果があるかも。 今日つくった手をつけなかった梅ジュースのペットボトル2本は、夏バテしそうな同僚にプレゼント。「美味しい」と言いながら飲んでくれたけど、マァお世辞かもしれないけど、今年初めてつくった梅ジュース、結構いけるかも。 色々な酢で作ってみようと思って、パルサミコ酢と純米酢でも作ってみた。こちらの2種類はまだ味見していない。 どんなお味やら。 今年は梅1Kgを使って、台所にある小瓶で作ったが、来年は梅酒用の広口瓶で沢山作ってみようかな。南高梅ではなくって、東京産の梅でもよさそうだし。 いい忘れていました、梅漬けの梅一粒と梅ジュースの梅一粒の種をとり、果肉を細かくしてから500ML のペットボトルに水道水と一緒に入れてカシャカシャ振ってから冷凍庫で冷やしてもすっきりした梅味のドリンクになりました。 夏にはこれも結構いける感じでしたよ、でも血圧の高い方は塩分が含まれているので要注意かも。 ※ 梅ジュース+塩小さじ一杯 はカリウムや塩分が多いので、血圧が高い方や腎臓機能が低下して塩分やカリウム 制限のある方は控えたほうが良いかもしれません。
2015年07月28日
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昨夕チャンネルを変えている最中にたまたま見た、BS朝日の久米書店。 毎回ゲストを呼んで、その方の著書についての対談をする番組のよう。 昨日のゲストはどんな方か良く分からないが、たまたま耳にした「理解は偶然、誤解は当然」という言葉。 日本に住む人だけでも1億2千万いて、自分のことさえもよく分からないのに、自分の言葉を理解してもらえるというのはものすごい誤解で、理解されたのは偶然で、誤解されるのは当然というお話。 「いくら言っても分かってもらえない」と、表現してしまうのは、そう言ってしまうその本人が誤解しているだけで、分かってもらえるためにどのように伝えていくか、その工夫をすることが大事だという意味か。 何度なくその仕事の意味や方法を伝えているつもりでも、その人の行動は全く変わらない。どこから攻めていけばよいのか、見当がつかない。説明した時には、「分かりました」と返事をするので、分かっていると思っていると、やはり同じ誤りをする。看護記録も変わらないし、行動も変わらず。 かといって、仕事の準備の仕方も変わらない。出来ていると思っていることを、「出来ない、学びたい。学ばなければならない」と気がついて自分自身を変えていくためにはどう結う対応をすればよいのだろう。 理解は偶然、誤解は当然。 この言葉が妙に心に残ったまま。 今日も夕方、寝たきりの方の腰に発赤が見られたという。指で圧迫して、赤みが消えるか消えないかの、褥瘡の初期か、褥瘡の疑いは無いかの判断の目安になる。赤みの大きさも確認していないし、その状態を患者家族との連絡ノートにも、ヘルパーさんへの報告もしていない。 30年前には、床ずれをつくるのは看護師の恥、とまで言われていて、今は早期に発見して発生原因を判断して、原因を無くしてもまだ発赤が続くか継続して観察していくのは基本中の基本。訪問看護は週に一回かニ回しか実施できないので、ケアの方法を変更しないでいればあっという間に床ずれが悪化していく。 そんなことは、言われないでも承知のことと思うのは誤解か。 看護師としての仕事を患者さんからお金を頂いて仕事をさせていただいているので、基本的なことをしていくのは当然と言えば当然の義務とも言えるのになぜ出来ないのか。 どうもこうも分からない。 ひょっとして仕事を辞めたいと思っているのか。 給料をもらっている以上、やるべきことはやるべきだと思ってしまう私。 患者さんに対して害を与えるような仕事はやるべきではないし、分からなければ聞くべきだろうし。 仕事となると、どうしても「べき論」になってしまう私のスタンスそのものが間違いなのだろうか。 どうにもこうにも、やっぱりわからない。
2015年07月27日
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先々週の土曜日の梅雨明け以来、関東も最高気温が30度を超える日が続いている。夜になっても気温が下がらないので、朝起きても室温は28度を超えている。 武士は食わねど高楊枝、って古いけどクーラーを使わずに色々試している。 ゴールデンウィークを過ぎたころ、近所のお花屋さんで寒紗羅を買い求めていた。店のご主人は、「空気の通りも良いけど虫も入らないからね。端を切ったらアイロンで固定するとしっかりするから、家では針金でとめているだけだけど」と説明してくれた。 6月はずっと雨模様の日が多かったので、寒紗羅でカフェカーテンをつくったり、浴室の窓の外にすだれ状にする作業を延び延びにしていた。来週まで関東の天気予報ではずっと最高気温が30度越え。 今朝は早起きしたので、出窓に寒紗羅を吊るしてみた。遮熱カーテンだと外の空気が真っ直ぐ室内に入ってこないのに、寒紗羅だと吊るしても寒紗羅の存在が全くないように空気が流れてくる。こんなんだったら、もっと早く吊るせばよかったのにと思ってしまった。 今日はなんだか思うように仕事が運ばずに、帰宅したのは19時半過ぎ。 最高気温が35度の時には、室温はそれ以上に高くなっていることが多いのに、玄関は31度、居間は30.7度、ベランダのある部屋は何と29.7度。クーラーをつけずに体感だけで室温を予測するようにしているためか、居間からベランダのある部屋に入って見るだけでほんのりと涼やか。ひょっとして30度を切っているかもしれないと温度計を見てみるとピタリ的中。 寒紗羅って凄い!! 隣の庭にある山茶花にはこの春に茶毒蛾がびっしりついてしまっていたので、梅雨明け前に枝がばっさり剪定されて木陰が無くなってしまった。でもでも、グリーンカーテン、朝のベランダに水撒き、遮熱カーテン、省エネスクリーン、寒紗羅のカフェカーテンで、屋外温度より室内温度を低くすることが出来た。 梅雨明けとともに、気温の上昇に体もついてきて、クーラーを使わない日数が延びている。お部屋に一台ずつ扇風機は使っているけど。 扇風機を使う代わりに、日中出かけるときには、冷蔵庫を除いてネットの電源もOFFにしている。 電気を使わないことだけが省エネだとは思ってはいないのだけれども、とりあえずは数字という記録に残るし、ささやかな抵抗にすぎないのだけれども、少しは努力していることを自分でも納得したいのだ。
2015年07月22日
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国立科学博物館は、JR上野駅から徒歩5分。常設館は、地球館と日本館。7月14日からは地球館がリニューアルオープン。特別展は「生命の大躍進」だから、こちらを見たいのは見たいのだけど、リニューアルした地球館も見たいし、日本館はまだ3Fを見ただけなので日本館も見たい。 そんなに見たいのなら、毎週でも見に来ればよいものを、自宅から1時間もかからないのに出かけることの億劫さが抜けきらない。後1時間とか思っている間に9時になり、10時になり。開館は9時半だから遅れていったらもったいないとまた言い逃れ。そうこうしているうちに、午後になり夕方になり、休日は終了って感じで休みの日はゴロゴロしてしまう。 この3連休は、完全な3連休だったのだけれど、土曜日はお部屋の更新手続きで不動産屋に行っただけ。営業開始が10時なので、不動産屋に出かけたきりで土曜日の任務は終了。5分ほどで用事はすんだのだけど、例の言い訳をして出かけず。 日曜日は、ミントのハーブ類の苗とミニトマト用の有機野菜用の肥料を買いにビバホームに。ビバホームに限らずホームセンターには色々な新しい商品がわんさとあるので、店内をゆっくり見ながら一周しているだけで、3時間くらいアッと経ってしまう。 ちょっと有名なラーメン屋で昼ごはんを済ませて、洗濯ものの臭い防止のために洗濯槽クリーナーで洗浄。よくよく説明書を見ると工程が6時間くらいかかる。起床時から始めておけば、午後に始めなくても良かったものを。やっと二日目の夜になって、明日は絶対科博に行くぞ、と決意がしっかりしてきた。 8時半に地下鉄の乗ったのに、巣鴨を乗り越して大手町。9時40分ころに到着。セブンイレブンでチケットを買っておいたので、待ち時間は少なく会場に入ることは出来た。子供ずれの親子が一杯。お子さまの中にはノートに熱心にメモをとっている子や、スマホやゲーム機、Ipodなど色々なデジタル機器を使って写真を撮っている。デジカメよりずっと映像がきれいにとれてるのがすごい。 さらに、受付で音声ガイドを520円で借りると何回でも繰り返し繰り返し聴くことができる。専門家の事柄の理解の中からごくエッセンスを吸い上げて分かりやすく説明したもので、生物初心者にとっても理解を助けてくれる。 人間の身体の構造を理解するためにも、脊椎動物の歴史を知ることは重要と最近思う。興味があるのは、骨盤と大たい骨。肩甲骨と肩甲帯、、上腕骨と前腕骨、下肢と膝関節。爬虫類も大きさや角度などは違うが炊事した構造だったこと。恐竜とは脊椎の数は違うが胸郭や骨盤の基本的な構造は似ている。大きな恐竜の胸郭の骨の大きさや板状の形など、見つめてきた。 大恐竜時代に哺乳類は森林や地中でひっそりと暮らし、恐竜が大絶滅したのちに反映し始めた。小さい体は食料は少量で済むという生存に有利だと言う。両目で見ること、両手を使うことで脳が大きくなり道具をつくり火をおこし発展してきた人類。 ホモ・サピエンスとは賢い人という意味だとか。 人類の起源はアフリカに始まり、アフリカを出た人類は地球上に拡散していった。皮膚や背の高さや髪の毛の色が違うなど違いがあってもご先祖様は一つ。日本人だって大陸から4万年くらい前に日本列島にたどり着いたにすぎない。 たどり着いた地の気候や地理や風土の違いでさまざまな文化が生まれたのだろうが、今私が書いている日本語は中国から持たされたものだし、陶器や磁器などは朝鮮半島から伝わったものだし。 さまざまな民族が交流することで文明も発展したのだと思う。 そんなこんなを考えると、互いの違いを認めていくことは難しくは無い。 国と国との関係は、経済関係や領土問題など「生存競争」にかかわってくるので、単純に済むはずはないが、同じDNAを持っているのだから、どこかで歩みあえるはず。 国会議員も様々な分野の指導者も是非この展覧会を見ていただきたい。 違いばかりに目を向けるのでなく、共通する面を生かして行って国際政治を平和に進めることはできないだろうか。
2015年07月20日
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木曜日の昨日、無口で喜怒哀楽の表現が非常に少ないIさんから「教えてほしい」と初めてのリクエストがあった。 腹部臓器の手術後に下肢のリンパ浮腫の方へのリンパマッサージについてどのように行ってよいか、教えてほしいという問いであった。 リンパ管は表皮からすぐ下にあるので、筋肉のマッサージとは手技が違うこと、手のひら全体を患者さんの体にフワッとおいてて全体の圧を同じにして相手の皮膚の動く範囲に少しずつ圧を掛けること、そのための手の力を抜いて体重移動で相手に力をかけていくことなど、実際の看護師自身の体をどんなふうに使えばよいか、実技で身体感覚を使って覚えてもらい勘を伝えてみた。 夕方に、実際どうだったかIさんの体験を訊いてみた。「眠たくなった、と言われました」って。 相手に、良かったのか、痛かったのか、心地よくなったかとか、評価を尋ねたかと訊いてみると、そういう問いかけはしなかったという。看護ケアの評価は患者さんから直接聞いて自分が行ったケアの評価を訊いて行く中で、自分のケアの良非を確認することでしかケアの技術は向上しないことを話した。 このIさんが、同僚に質問することはきわめて少ないので、これを機会に「どうすればよいかその方法について続きで試してみる?」って持ちかけたら「教えてほしい」と言う。「だったら明日の夕方は時間がとれるから一緒に勉強する?」て話してみると、快諾してくれた。 今日の夕方、この件を覚えていてくれたのか心配になったが、Iさんに「昨日の続きをしてみる?」って声をかけてみると「ハイ」って返事。 休憩室は畳敷きなので、二人で畳に座って「どうだった? 何か質問がある?」って訊くと、「(患者さん自身が)体を動かすだけでいいのに、何故看護師が関節可動域訓練をしなければならないの」と質問がきた。 「じゃぁ、実際に他動的に関節可動域訓練をした足とそうでない足との違いがあるのか試してみる?」って訊いてみると「ハイ」って返事。 実際Iさんの右足に私が関節可動域訓練をしてみて、訓練後左右の足の関節の可動域の差があるのか確かめてみると、本人もびっくりするほど左右差があり、歩いてもらうと、他動的に関節可動域訓練をした足のほうが足が軽く動かしやすいという。 足だけ特別かどうか、手や方でも試してみると、またまた本人もびっくりするほどの左右差。上肢の挙上が全く違うのだ。鏡でご自分の左右の腕の上がり方を見てみると、「エーェ、こんなに違うんだ」と感嘆の声。 結論として、ケアの時間がある限り他動的な関節可動域訓練をしたほうが効果があると確認することが出来た。 看護師の免許をとって働き始めて何年もたってからだって、もっと良い方法が無いかと疑問を持つことから、看護技術は向上できる。技術や知識を広げたり深めたりするのに年齢は関係ない。ひとえに本人の意識の持ち方だけ。 確かな根拠が無いのに、昨日と同じように今日も仕事をしても、技術は向上しない。 同僚の手技について、ただあなたの手技は間違っている、と言ってもそれは伝えたことにならない。 相手の方法について、どんな根拠があるのか、それは対象(患者)にとって意味があるものなのかを確かめてみることから始めないと、その人自身の気づきにならないし、学ぼうという気持ちも起こらない。一番の気づきにつながるのは、一人ひとりのもつ身体感覚に訴えることしかないと思う。 この私だって、この年なっても相手の話をしっかり聴けなかったりすることもたびたび。 学ぶことに限界なんてないし、年齢を理由に学ぶことを拒むことほどもったいないことは無いんだもの。
2015年07月17日
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ゴールデンウィーク前にしつらえたグリーンカーテン。朝顔が咲き、ゴーヤはドンドン伸びてとうとう私の身長を越えて、やっとこのニ、三日「グリーンカーテン」らしくなってきた。一昨日は外気温の最高気温が35度だったのに、室温は29.3度。おーぉ、まさしくグリーンカーテン。日が沈んでから帰ってきて、玄関(西日がガンガン当たる)の中は33度、居間は29.8度、そしてグリーンカーテンがあるお部屋の室温は29.3度。アルミの遮熱スクリーンにレースの遮熱カーテン、そして普通の綿のカーテンの三重システム。遮熱の省エネスクリーンは、うたい文句だと紫外線カット60%でしかもスクリーンはに熱をためないというもの。外気温と5度差は、効果あるって言っていいんじゃないかと、自慢したい。大きな二つの鉢にミニトマト、素焼きの鉢に青紫蘇類、もう一つの鉢にイチゴ。ベランダに鉢を置いておくって意外と効果があるもんだと、ご満悦。暑さになれてきたこともあるんだけれど、30度を越えなければ薄着して扇風機をかけて、家の中に風の通り道を作って、アイスノンとかを使えばクーラーは使わなくてもやり過ごせる。今週末は、鉢の下にレンガを敷いたり、鉢の周囲に段ボールを巻いたり、出窓に寒冷紗でカフェカーテンを吊るしたりすれば、もっともっと室温を低く保てるかも。電気代を節約して、その代りに毎日朝晩、42度のお風呂に入って免疫機能を働かせて、この夏を乗り切ろう。42度のお風呂に数分浸かるだけで、免疫機能が増強して、気温のストレスにも強くなるとかならないとか。シャワーだけと比較しても、水道代もガス代も1000円も増えないなら、しっかり入浴したほうが総合的にはずっと節約だよね。朝シャワーだけでなく、暑いお湯をジャブジャブ体にかけるだけで、結構脳も体もシャッキリしてくるし、夏バテも乗り越えられるなら、生ビール2杯分くらいのガス代は全然もったなくない。この夏は、これで乗り越えられそう。
2015年07月16日
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先週の土曜日から関東もすっかり晴れ上がり、やってきました猛暑日。 つい先日まで雨、雨の日々で、夏ながら低温が続いていたのでクーラーもつかわず過ごしやすかったが、一挙に猛暑日になり、体が不慣れなために結構応えている。 アスファルトの道路を走っていると、ストーブの温風のような熱い風。さあ今年も来たかって感じで、朝事務所に到着するまでひと汗。一件目の患者さんのお宅までにひと汗、患者さんのお宅でまた一汗、二汗。午前中だけで、1Lはお茶類を飲んでしまった。 今年はベランダにグリーンカーテンを育てていて、やっと背丈ほどになった。でもね、気温が高くなればいくらグリーンカーテンがあったって気温以下にはならないし、室温は33度位になってしまう。窓に屋外の気温を測定できる温度計を貼っておいたら、朝8時過ぎにもう45度になっている。サッシが朝日で熱くなってしまっての結果だろうけど、これじゃぁね、グリーンカーテンだけじゃ、やっぱりそりゃぁ、無理ですよね。 梅雨で低温が続いていたので、遮熱フィルムとか、遮熱生地でカフェカーテンとかの作業を済ませていなかったけど、この猛暑日で急いで作業を進めなくっちゃ。 天気が良くなると夏野菜や果物がどんどん安くなって、小玉スイカが250円とかきゅうり3本で98円とか、レタス一個が28円とか、野菜好きにとっては食欲の夏来りです。
2015年07月13日
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この土日、母校のキャンパスで精神科医療関係の学会があり、患者さんにも精神科病名の方が増えてきていたために参加した。 30数年ぶりのキャンパスはすっかり変わってしまい今時の若者の姿が似合うものになっていた。 コメディカルだと二日間で4000円。ランチョンセミナーに参加すると昼食もお茶もついて、ドリンクコーナーでの飲み物も自由。専門的な話も多く、すごくお得な学会だった。 有病率だと精神科疾患は日本でも大一位。鬱病はドンドン多くなっており、認知症も増加。アルコールや覚せい剤などの薬物依存、ギャンブル依存、性依存などはどんどん増えており、さらに高齢化が加わり社会全体で対応しなければ行き場が無い方々がどんどん増えていくことになってしまうらしい。 精神科医療に40年近く携わった医師が、ご自分の医療を振り返りはたして自分は何をしてきたのだろうとおっしゃっていた。さまざまな依存による精神疾患も鬱病の増加も現代社会が生み出したものであり、アベノミクスのようなピラミッドの頂点から上層にいるもの以外は生活苦に陥るような世の中では、これからもどんどん精神疾患は増えて行き、行政は殆ど無策なのでと今の日本社会のありようについて嘆いておられた。 別の医師も、世直しする力は無いので、せめて臨床で患者のためになる治療をどうするか悩みながら日々過ごしているとも。 参加され方の中には、自分に合った見やすい患者だけを診て、治癒率が何%とか平気で出している「貴族医師」がいるから困るような意見も聞かれた。 長く務めた総合病院の精神科を退職してクリニックを開設して訪問診療や相談業務、救急医療、ディケアなど総合的な地域の精神科医療を展開している医師の話が多かった。病院の中だけで働いていてもそれだけでは精神科医療を受ける患者の生活は改善しないという臨床経験から新たな場を切り開いている医師たちの話は頼もしく、このような医師がいるからこそ地域の生活は成り立っているのだと思う。 80年代から自助自立、自己責任といった言葉が医療の世界にも広がってきて、病になるのも貧困に陥るのも自己責任といったある意味誤った理解が、常識とも思えるほど認知されてきている。 患者も医療者も、お互いの責任を問いすぎて、何とも殺伐とした感じだ。 昨今話題になっている新型インフルエンザだって、外国との往来が盛んでなければ、交通網の整備が充実していなければこんなに問題にはならないはずだし、アルコール飲料の流通機構が発展していなければアルコール依存だってこんなにも増えないはずだし。人間の病気は皆社会生活との密接な関連があるのに、その社会の問題は枠外において個人の能力や性格の問題に収斂し過ぎてはいないだろうか。 一人ひとりの能力も社会の中で育つものであって、人間は一人で成長なんかできない。 お互いに攻めすぎると息苦しいし、それを廻りで見ているものもどんどん委縮していくし、自由でのびのびとして一人ひとりが尊重されるような空気がほしい。
2015年07月06日
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昨日の午後、訪問先に行くと民間テレビで事実関係が明らかになっていないのに、新幹線の焼身自殺に関する報道を延々と行っていた。 殆どの人が思ったことと推察するが、公共交通機関の新幹線で焼身自殺をしたことに対して怒りを覚えるのは私も同じだが、その理由が「年金額が低く生活できない」だったとは。 71歳と言えば、昭和19年生まれだろうか。戦後に教育を受け、社会人として働き生きてきただろうに、政治のありように意見を述べる機会が全くなかったとは思えず、なぜこのような衝動的な行動に走ってしまったのか、その経緯について是非ジャーナリズムは検証をしてほしい。 単身高齢者のついて社会問題になっており、生活困窮者の住宅問題が全く手づかずでいることは昨今報道が多い。国民年金で月5万円前後の収入しかない場合、生活保護も受けず、病気があっても通院もしない人が多いことも良く知られるようになっている。 なぜ、24万円で生活できないと深刻に思わざるを得なくなったのか。 10リットルのポリタンクを背負う体力があるとしたら、1kのアパートを借りるくらいの収入は十分あり収入に見合った暮らしを続けるのは可能と思えるのに、一体何故なのか。 重い病気があったのか。 ひょっとして負債額が途方もないくらい膨らんでしまったのか。 そうとしたら、無料法律相談とか公的な消費生活相談とか、健康と生活を守る会とか、都内ならいくらでも相談機関があるのに。 そういった公的な相談機関に行かなかったのはなぜか。 なぜ、一人で抱え込んで自分を追い詰めて行ってしまったのだろう。 いずれ、さまざまなことが明るみになるのだろうが、労働する力があっても働く場所がない高齢者は増えるに違いないし、住宅問題や健康問題など停年退職してから寿命が尽きるまでの生活をどう暮らすか、年金が頼りにならない時代を生き抜くために悩んでいる方は多いはず。 政治不信とか思いこまないで、暮らしに困りそうになったら高齢者の生活問題の相談に乗ってくれる機関は多い。とりあえずは区市町村の役所だろうけど、弁護士会の無料法律相談とか、法テラスとか。 情報格差という言葉があるけど、生活に行き詰まりそうになったら、自分をさらけ出すことが必要だが、まず相談して色々な人の考え方に触れたりして、思いこみから自由になるしかないのだと思う。 昨今の高齢者の取り巻く制度変更について、異議を申し立てる報道は少ないが、一番アクセスしやすい地デジ岳の情報で諦めず、図書館に行けば無料でネットも使えるし、新聞も雑誌も置いてあるし、とにかく生き抜くための必要な情報を知ってほしい。 元気に歩ける体力があっても孤独にさいなまれて悩みぬいている方々、おうちの玄関から一歩踏み出して社会の様々な人と会って相談してくださいね。
2015年07月01日
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