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東京オペラシティコンサートホールで、27日から開幕しているル・ジョルナル・ド・ショパンに行って来ました。 先日も紹介しましたが、ラ・フォル・ジュルネのルネ・マルタンがプロデュースしたショパンのピアノ曲を全曲演奏しようという「音楽祭」、というよりイベント、でしょうか。 実際、行って来ましたが、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのような、全館挙げてお祭り気分、というわけではありません。むしろ、地味。コンサートホール自体も普段とほぼ変わりなし。 今日聞いたのは夜の公演2コマですが、お客さんの入りは、まぁ半分程度というところでしょうか。1階前半分はほぼ満席ですが、後方は後ろに行く程空いている。2階はバルコニーも含め半分程度、3階はガラガラ、という感じでした。 正直言って、ちょっと微妙な感じですね。 ラ・フォル・ジュルネと違って、メディアミックス的に大々的に宣伝する訳でなし、コンサートの内容も、6人のピアニストが入れ替わり立ち替わり、と言えば聞こえはいいですが、正直この面々で、一人でホールを一杯に出来る程の引きがある人は居ないのではないかなと。 オール・ショパン、というのも、ちょっと苦しい。今は、ショパンだけ、というプログラムで満席にするのは難しいだろうし。もしそこまでするのなら、それこそせめてブレハッチ級の人でないと苦しいのでは。今は、それでも一杯に出来なくて、皆苦しんでるのだろうし。 それと、入れ替わり立ち替わり、というのも、ちょっとテンションが上がらないのではないかなと思います。アイディアとしては悪くないけど、実際、ピアニストもお客も、もう一つ集中し切れないというか、中途半端な感じがありました。アウェー感とでも言うか。10分くらい弾いておしまい、っていうのはどうなんでしょうね。 演奏自体は、決して悪くはないと思います。ただ、前述の通り、中途半端感があるので、ねぇ。ある程度まとまって演奏された、例えば一番最後、フィリップ・ジュジアーノ(思わず「ナントカの貴公子」みたいなフレーズが思い浮かんでしまうような、突っ転ばし系の長身二枚目)が弾いた「24の前奏曲」op.28なんかは、気分よく聞けました。 いや、正直言うと、ショパンをまともに聞いたのは本当に久しぶりで、特にこの24の前奏曲なんて、昔は好きでよく聞いていたのだけど、最近は全然聞いていなくて。久々にこうやって聞くと、演奏も悪くないんだけど、久々に「ああ、ショパンって(たまに聞くと) いいねぇ」と素直に思ってしまうのでした。 そういう意味では、今回個人的にはいい機会だったんですけどね。 集客がもう一つ弱いのは、多分、「音楽以外の理由」という引きが弱いからだと思います。 ラ・フォル・ジュルネが一応上手く行っているのは、やはり「お祭り」に仕立てられた、ということが大きいと思います。その要素が無いのでは、苦しい。それと、子供がいない。これも、ラ・フォル・ジュルネの大きな要因の一つだと思います。「子供と来られる」「子供と聞ける」。この要素は、やっぱり大きいと思います。それも、子供向けアトラクションもあるよ、だけでなく、子供も一緒に聞ける、というのを大きく打ち出したことが大きい。マルタン、これじゃやっぱりダメなんだよ...... 興行的には、1コマ1000人集まったかどうかだろうから、失敗の部類だと思います。アイディアは悪くなかった、と一応言っていいのでしょう。 そんな状態だから、チケットはまだかなり余ってるようです。明日は朝公演でイド・バル=シャイの葬送ソナタ、夕方公演で児玉桃が第3番ソナタをやるようですし、お時間があれば行かれてみては。ほぼ1時間の演奏時間のようなので、S席2000円、A席1500円はそう悪いコストパフォーマンスではないかも。 ラ・フォル・ジュルネはちゃんとやってね~
2008年11月29日
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横浜みなとみらいホール 19:00~ 3F左側 モーツァルト:"ドン・ジョヴァンニ" 序曲 同 「なんと酷いことを~あの人でなしは私を欺き」 "皇帝ティトゥスの慈悲" 序曲 "イドメネオ" 「イドメネオが亡くなった~この心の中に感じるもの全ては」 同 バレエ音楽 "パ・スール" 「心が乱れる~俺ステとアイアスの苦しみを」 ロッシーニ:"シャモニーのリンダ" 「この心の光」 "ウィリアム・テル" 序曲 ドニゼッティ:"ルクレツィア・ボルジア" 「安らかに眠っている....なんと美しい」 ベッリーニ:"ノルマ" 序曲 "海賊" 「その汚れない微笑みと」 <アンコール> バーンスタイン:"キャンディード" 「きらびやかに楽しく」 J.シュトラウスII:"こうもり" 第3幕アデーレのアリア ソプラノ:エディタ・グルベローヴァ 東京交響楽団 指揮:ラルフ・ヴァイケルト グルベローヴァのリサイタルとなると、どうしても点が辛くならざるを得ません。行けばいいのは分かっていて、全盛期こそ聞いていないけれど、もう20年近く聞き続けているのだから、どうしても過去の記憶が蘇ってしまうのは仕方ありません。 イドメネオ、エレットラによる終幕のアリア大詰め、グルベローヴァが天を仰いで歌う - と言っていいのなら - のを聞いて、「ああ.......」と思わざるを得ませんでした。 あれを見事な劇的表現と評されてしまうのかも知れないけれど、全盛期のグルベローヴァなら、あれは笑うように声を上げるのではなく、「そのように歌ってみせる」筈だったから。それはいつの話だ、と言えば、勿論昔の話で、だから言っても詮無いことであるのはよくよく分かっているのだけれど、どうしてもグルベローヴァに関してだけは、昔を思わざるを得ないのであります。 正直、この日のグルベローヴァは精彩を欠いていたと言うべきだと思います。 今回、ロベルト・デヴリューなどは聞いていないので、なんとも言えないのだけれど、決していい出来では無かったと思います。いや、公平に言えば、去年の来日時とそう変わらない出来だと思います。ただ、去年は、それに対して、例えば大阪でのリサイタルでは、ピアノ伴奏で歌曲中心のプログラムを組むなどしていて、コロラトューラものも歌いながらバランスを取っていたと思うのだけれど、今回は、前半のモーツァルトの出来が決して良くなかった。モーツァルト、というのが何とも切ないと言えば切ない。それに、以前だったら、前半は....なんてことはグルベローヴァに限ってはなかったんですけども。後半も、"ルクレツィア・ボルジア" のアリアなども、いいにはいいのだけれど、ピアニッシッシモでのコントロールがやはり厳しい。 言い換えれば、それを歌わずに済ますプログラムだって組めるのに、敢えてこの内容で勝負して来る所が、チャレンジングであるとも言えると思います。 そもそもが、もう「女王」どころか化物の領域に入りつつあるグルベローヴァにして尚このプログラム、ということはあるのだけれど、でも、やっぱりかつての完璧な弱音の破壊力、とまではいかなかった。 今でも凄いんだけどね。 昨年の大晦日、チューリッヒ・トンハレでジルベスタ・リサイタルを聞いた時はもっと良かったけれど、まぁ、年経る毎に、良し悪しの波を描きながらも段々と......というところだと思うのだけれど。 この日一番良かったのは、今やグルベローヴァの定番となった "シャモニーのリンダ" でしょうか。これはかなり良かった。今のグルベローヴァで聞ける歌としては最も安定していて、かつ最も華やかなものではないかと思います。 アンコールのキャンディードとこうもりも、もう何度か聞いたけれど、やはりいい。いいけれど、繰り返して聞いているだけに、いろいろ分かってしまうのが、なんとも...... それでも、キャンディードも、今のグルベローヴァには合っている演目なのでしょう。
2008年11月28日
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御存知ルネ・マルタン(ラ・フォル・ジュルネのプロデューサー)がプロデュースした「ル・ジュルナル・ド・ショパン」の東京公演が27日から30日まで開催されます。 会場は、東京オペラシティ コンサートホール。ラ・フォル・ジュルネでお馴染みのピアニストら6人を擁して、ピアノ独奏曲の全曲演奏を行うというもの。 http://chopin-project.jp/ 平日は18:30からと20:30からの2公演、土日は10:30開演から20:00開演まで各5公演、チケットはS席2,000円、A席1,500円で統一。 ......まぁ、正直、あまり入れ込んでません(笑)イベントではあるけど、お祭りではないし。ショパン、それほど好きじゃないし。 一応週末のチケットを押さえてはいますけど、忙しいし、どうしようかな..... チケットは余ってるぽいので、予定を見て行く気になれば、寄ってみてもいいかも知れません。でも、ラ・フォル・ジュルネのような雰囲気ではないと思いますけども....
2008年11月26日
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東京芸術劇場 14:00~ 3階左手 ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」 スラブ舞曲集 第1集 第1番、第8番 / 第2集 第2番 <アンコール> ドヴォルザーク:スラブ舞曲集 第1集 第8番 ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 <独奏アンコール> バッハ:無伴奏チェロ組曲 第6番より サラバンド チェロ:ルートヴィッヒ・クヴァント 指揮:小泉和裕 昨晩、ネットで取ったチケットの棚卸しをしていたら、この公演のチケットを予約していたのを発見。あれ?なんでだっけ?と記憶を手繰って、思い出した。池袋で夜食事する予定があって、じゃぁ、というので昼間のチケットを買ったら、メインの予定の方が中止になって、このチケットだけ残ったのでした。まぁ、少し出掛けなければいけない予定もあったので、ついでに行ってみました。自分で買っておいて「行ってみました」もないもんですが....... しかし、我ながらベルリン・フィルもロッシーニも目もくれずにこんなの聞いてるってのもどうかと思いますが、ま、3万円払って聞きたいか、と言われると、博打打ちとしてはパフォーマンス悪過ぎる、という結論になってしまうので、これは仕方無いか.... 元々ついでで買って忘れていたくらいなので、「ドヴォルザークのチェロ協奏曲」ということは分かっていても、詳しいプログラムまでは分かってませんでした。で、行ってみて、プログラムを見て少々びっくりがっくり。序曲とスラブ舞曲で前半、チェロ協奏曲で後半。幾ら何でもこれはちょっと。このチケット、チェロ協奏曲があるから買ったので、それはいいんですけど、でも、このコンサートのタイトルは「作曲家の肖像」。そりゃドヴォルザークは人気のある作曲家だから、以前も取り上げたことはあるでしょう。加えて日曜午後のマチネとなれば、軽めのポピュラーな内容にしたくなるのは分かりますが、このプログラムで「ドヴォルザークの肖像」ってのは、ドヴォルザークに失礼なんじゃない? 序曲「謝肉祭」もスラブ舞曲も、「爆音系」とまではいかないまでも、基本は大音量系の音楽。それを例によってフォルテとフォルティッシモのデュナミークしかないオーケストラで演奏する。プログラムといい、先月の東フィルの演奏会を思い出させます。 まぁそれでもこの間は、全体のバランスとして如何なものか、という話ですが、今日は曲目自体も省エネで、しかもこの内容で「ドヴォルザークの肖像」っていうのはちょっとねぇ..... 前半に、御丁寧にアンコールで最終曲(第1集8番)を再演するに至っては、もう...... お客の問題もあると思うのですが、それにしても。個人的には、「ドヴォルザーク」というテーマと、バランスを考えれば、むしろ前半に「弦楽セレナーデ」でも置いて、スラブ舞曲はアンコールに1曲でもやれば十分、と思うのですが。いや、せめて、「謝肉祭」の代わりに「ルサルカ」から選曲するとか、もっと工夫の仕様はあると思うのですが。 もう一つは、編成。芸術劇場は確かに小さいホールではありませんが、このホールで、弦五部が16-14-12-10-8というのは、ドヴォルザークとしてはちょっと大き過ぎると思います。この規模の編成にすると、音量が当然ながら大きくなるのと、低弦が相対的に厚くなります。後者は、確かにドヴォルザークとしては向いているかも知れません。十全のコントロールが出来て、つまりはデュナミークがきちんと出せるなら、それでもいいと思うのですが、前述の通りの状況では、ちょっと。演奏が始まる前の時点で、既に音楽作りに半ば失敗していると言っても過言ではなかったと思います。 で、演奏。 前半は、言わずもがなです。フォルテとフォルティッシモしかない演奏。いや、後半の協奏曲を聞く限り、全く出来ないわけでもなさそうなのですが、異様なまでに出し惜しみというのか、苦しいからやりたくないのか、はたまたこれがいい、ということなのか、そのへんは分かりませんが、やれるならやれよ、というのが正直な所。 プログラムについては前述の通りなので割愛。 まぁ、敢えて褒めれば、デプリースト着任当時の、まるでバラバラ状態に比べれば、弦五部は相対的にまとまっていたと思います。それだけは、まだデプリースト時代の遺産を引き継げたようですが.....ただ、その分、デュナミークに典型的に顕われている通り、微細な表現は見られません。それじゃぁねぇ.... 後半はお目当てのチェロ協奏曲。 独奏のルートヴィッヒ・クヴァントはベルリン・フィルのソロ・チェリストだそうで。で、聞いてみましたが..........うーん。 オーケストラは前述の通りなのですが、そうすると、やはりチェロ独奏に対して音が大き過ぎる。バランスが良くなくて、聞こえない。それはまぁ予想の通りなんですが、どうももう一つ独奏が宜しくない。音程が安定してなくて、音としてもオケに負けるにしても、ちょっと負け過ぎという感じ。音としても精彩を欠いているような。 ちょっと、リハーサルが不十分だったんじゃないかな、という気がちょっとします。何をしたいのか、なんとなくはっきりしないままに演奏しているような感じだったのではないだろうかと。オーケストラもちょっと歌わせ過ぎのようで、妙に粘って表現させたがるのが、独奏と合ってないようでもあったし。 実のところ、今日一番良かったのは、独奏アンコールのバッハの無伴奏チェロかも知れません。これは、久々に生で聞いたけど、良かった。 オーケストラとしては......結局、プログラム、準備、何処まで指揮者の責任と言えるかは微妙だけれど、音作りを考えれば、やはり指揮者の責任、でしょうねぇ。
2008年11月23日
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日生劇場 14:00~ 2階中央 新日本フィルハーモニー交響楽団 指揮:クリスティアン・アルミンク 例によって二期会系の公演。相変わらずおでっさんがおっしょさんの歌うのを聞きに来てるのが多い。ので、論評せず。恥ずかしくないのかねぇこの人達、プロとして。つまりは、相変わらずアマチュア気分なんでしょう。 一応出来を言えば、この劇場で多少踏ん張ってでかい声を出せば聞こえるのは理なのでして、それを音楽的に活かせるかどうかがポイントなのだけど、例によって出来てない。音をなぞっていくので精一杯。「むじーくてあたー」ってぇのは"音楽劇"じゃなかったんでしょうか。基本的な発声や歌い方に問題があるのでは。一応今日は「裏キャスト」ってことなんでしょうけど、それにしても。 本当に、二期会は「でかい声集団」に成り下がってませんか?「むじーくてあたー」を標榜するようになってからこっち、歯止めが掛かってないような気がします。 あと、それほどの問題ではないけど、プロンプターの声大き過ぎ。まぁ、よく聞こえてしまう劇場ですね、と言えばそれまでだけど、あれはもうちょっとk風すべきですが、まぁ、アマチュアだからな.... というようなことはある程度織り込み済みで、聞きに来たのは他でもないアルミンク指揮新日フィルなのであります。 古色蒼然とした響き方。この劇場の特色でもあるとは思いますが、これまでここで聞いた中で、一番「古臭い」響き方をさせていました。言い換えると、1960年代あたりのライブ録音で聞こえてきそうな感じのくすんだ音。これがいいのかどうか、というのはありますが、ヤナーチェクでありながら、かなり柔らかく響かせていたというのと相俟って、なかなか聞けない感じの演奏です。 編成は、きちんと確認してはいませんが、元々かなりピットが狭い日生劇場なので、恐らくは第1ヴァイオリンでも10本あったかどうかでしょう。これでも例によって結構気張って演奏してしまうので、それはちょっとどうかとも思いますが、そこはアルミンクがある程度コントロール。 この曲、直近では、一昨年に東響がやってますが、オケとしては今回の新日=アルミンクの方に軍配が上がるといったところでしょうか。 舞台は、まぁ、悪くはないですが、幕切れは少々凡庸と言いたい所ではありますか。
2008年11月22日
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オーチャードホール 15:00~ 1階後方 シューマン:蝶々 ベートーヴェン:ソナタ第17番「テンペスト」 シューベルト:即興曲集op.142 D.935 No.1 ショパン:ソナタ第3番 <アンコール> ラフマニノフ:楽興の時 より ショパン:練習曲「革命」 ショパン:ワルツ 第3回くらいから通っているこのシリーズも6回目。年2回、全24回の4分の1を終えたことになります。 正直、今回は少々低調だったかな? 全体に、つまらないミスタッチなどが多かったように思います。まぁ、そう言っちゃなんですが、元々小山実稚恵は技巧で売る人ではないので、それがいけないという話に直結する訳ではないのですが、ただ、ミスタッチが要所で目立つと流石に音楽の流れに違和感を感じます。 音楽の流れとしては、シューベルトなどでも、微妙なルバートがあったりして、それがいい方に出ていたかというと、ちょっと..... これまでは、あまりそんな風に感じたことはなかったんですが、うーん。 今日よかったのは、ショパン。まぁ、勿論、ショパンコンクール入賞の実績もあればこそ、といえばそうなんですが、「ショパン弾き」という印象がなかったので、これはちょっと複雑。 ソナタの3番は、2番に比べると派手さはないですが、その分密度が高い音楽に仕上がっていると思います。その密度に負けない集中力がこの演奏では発揮されていたと思います。言い換えると、例えばベートーヴェンのテンペストなども、この集中力があれば、と思わなくもないのではありますが。 アンコールは、善かれ悪しかれアンコールピース。 多分、あれもこれも小山実稚恵なのだと思いますが、ちょっと今回はプログラムとは別に集中力が高くなかったように感じてしまいました。これまでもなんだかんだいいながら「ああ、いいリサイタルを聞いたな」感はそれなりにあったのですが、今回はもう一つだったかな、と。だめだめじゃん、というわけではないんですが...... 次回はショパンとシューマン、ブラームスですが、他公演と被ってるのが分かっているので行かない予定であります。その次は行こうと思うけど、1年後か.....
2008年11月17日
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NHKホール 18:00~ 3階後方中央 ワーグナー:トリスタンとイゾルデ より 前奏曲と"愛の死" 第2幕(一部省略) トリスタン:アルフォンス・エーベルツ イゾルデ:リンダ・ワトソン ブランゲーネ:クラウディア・マーンケ マルケ王:マグヌス・ヴァルトヴィンソン メロート:木村俊光 指揮:イルジー・コウト いつもの自由席です。てことは1500円。これはコストパフォーマンス高いと思います。 一部、聞こえ方が変だったりして、PA入れてるのかな?と感じる部分もありましたが、全体に不自然ではなかったし、まぁ、入れていないんでしょう。しかし、あのオーケストラの雑音は何だったんだろう.....? 結構無理なプログラムではあります。前半は「前奏曲と"愛の死"」で、いきなり休憩。そして、後半が第2幕。特に、前半いきなりこれ、というのは、テンション上げるのきついですよ。 今回の主役の二人、アルフォンス・エーベルツとリンダ・ワトソン、新国立劇場で比較的最近聞いているんですね。エーベルツはこの4月に「魔弾の射手」、ワトソンは去年「タンホイザー」で。でも、正直、その時は、それほどいい歌手とは思わなかった。 今回は良かったと思います。やっぱり、オペラの場合、それなりに声のある人の場合、劇場(ホール)に十分空間がある方がいいんですよね。勿論、縦横に広いNHKホールの場合、左右の脇の席ではなかなかよく聞こえないでしょうけれど、正面方向にはちゃんと声は来てました。ウィスキーなど、生のままでは閉じ籠っている香りが、僅かに水を加えてやることで花開くように薫ってくる、ということがありますが、あれに近い感じでしょうか。舞台正面からずれない席に座る、というのと、声量があることが条件ですが、この二つさえ満たせば、新国立劇場よりNHKホールの方がいいように思います。 ワトソンは、ヴェーヌスの時はあまりピンと来なかったのですが、今回のイゾルデはとてもいい案配でした。傷もあるけれど、十分に及第点以上の出来映え。声量があって、それが歌唱に余裕を持たせている感じ。まぁ、そんなに余裕ありでビンビン来ているというわけではないですけれど、力任せという風でもないのがいい感じです。 一方、エーベルツは、正直「魔弾の射手」の時の印象とはそれほど変わりません。いい声ではあるけれど、声がでかい、というのが先に来てしまって大味というような。ただ、これまたNHKホールのような「大舞台」だと、その声の大きさが嫌味にならず、丁度いい箱に入った、という感じ。 結局、この二人のバランスがいい案配に取れている、ということですね。 他の歌唱陣も良好。ヴァルトヴィンソンは聞くのは初めてですが、声量、声質ともいい声です。蔭のあるマルケ王の役によく合ってました。ブランゲーネのマーンケも良かった。第2幕、逢い引きの場で警告するのを3階席の左端で歌っていたのですが、非常に綺麗な声。それと、ネイティヴだからと言えばそれまでですが、発音も綺麗。今日一番好みだったのはこの人かも知れません。メロートの木村俊光は、まぁ、出番少な過ぎというか...悪くなかったですよ。 肝心のN響は、まぁまぁでしょうか。今日の中では一番精彩を欠いていた方かも(苦笑) 前半は、アインザッツ合わないわ、ずれるわ、実は結構厳しかった。まぁ、後半は表立った傷はなかったし、歌唱陣が良かったので、いい出来映えになりました。 コウトの音楽作りはどうだったんでしょうね。正直、目立ってこう、と思わせるところはなかったように思います。手堅くまとめてみせた、というところでしょうか。トリスタン、特に第2幕は、うっかりすると何やってるか分からなくなってしまう音楽でもあるのですが、見通しのきく演奏でした。 この歌唱陣、この出来映えが、幾らNHKホールだからって、1500円というのは、やはりコストパフォーマンス高いと思います。明日は15時から。実はどうしようか考えてます。他の公演があるから、そっちに行くのが筋なんだけど....
2008年11月15日
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今日、早めに帰ったので車でラジオを付けたら、NHK音楽祭の生放送をやってました。マリス・ヤンソンス指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管。丁度掛かっていたのはブラームスの3番。終演後のアナウンスによると、前半はブラームスのヴァイオリン協奏曲。重量級だな......と思っていたら、拍手が止んで、丁度9時前だしこれで終わりか、と思いきや......「次はR・シュトラウスの"ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯"」。ん? アンコールじゃないんだそうです。つまり、今日のプログラムはこういうことだったらしい。 ・ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ・ブラームス:交響曲第3番 ・R・シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯 .........一体どういう経緯でこういうプログラムになっているのか知りませんが、これって、随分アンバランスというか.....ブラームスの重量級を二曲聞いた後に、ティルなの?不思議だ.....
2008年11月12日
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渋谷 Club Quattro 18:00~ ゲスト:ハンバート・ハンバート フィドラーズ・ビド。カテゴリー的にはケルティック・フィドルのグループですが、ケルティックと言ってもアイリッシュではありません。 スコットランドの北、北海上にシェトランド諸島という所があります。フィドラーズ・ビドは、このシェトランド諸島のフィドラー4人を中心にしたユニットなのです。 シェトランド諸島は、フィドルが盛んな土地柄のようです。 3年くらい前の夏、ここに行ったことがあります。ブリテン本島の遥か北ではありますが、立派にスコットランドの一部、つまりはUK、いわゆるイギリスの一部で、通貨もポンドです。 でも、土地の名前はスコットランド以上になんだか不思議な名前が多い。元々歴史的には、この辺はノルウェーなどの支配下に組み込まれていた時期が長いのです。土地の名前も北欧風だし、今でも夏期には、南のオークニー諸島、更に北のフェロー諸島(ここはノルウェー領)、そしてノルウェー本土を結ぶフェリーサービスがあるくらい。私が行った時は、町の港にノルウェーの海軍だか商船学校だかの練習船が丁度入って来たり、そんな所です。 夏でも涼しくて、島に着いて最初に買ったのはセーターだったりします(苦笑) ここの売りは魚が美味しいのと、旧跡があるのと、何より野鳥の宝庫。ツノメドリ、パフィンと呼ばれる可愛らしい海鳥が見られます。 そんなところですから、当然夜は暇....と思いきや、たまたま滞在した際は、町の劇場(映画館ですかね)でフィドル大会。まぁ地元のアマチュアが演奏しているのですが、これがなかなか上手。会場もノリノリ。 ふむ、フィドルも結構面白い.....と思いながらふらふら人気の無い道を歩いていたら(白夜に近いけど寒いので、人出が無いのです)、パブの看板にフィドルパーティーの文字が。入ってみると、もう大変な騒ぎ。それこそ満員電車のような超満員のパブの中で、アコースティックでフィドラー達が入れ替わり立ち替わり演奏し続け。足の踏み場も無いのに、手拍子足拍子で踊る踊る。コンサートだとアンプも使いますが、パブなのでそんなもの無し。老若男女幅広く、皆で楽しく大騒ぎなのです。短い夏だからこそ、騒げる内に騒ぐのでしょう。素朴と言えば素朴だけど、人肌で等身大の楽しさ。 是非とももう一度行きたい所です。 そのシェトランド出身のフィドル・グループとあって、これは行かねばなるまい!と、前回来日時に行ったのが一昨年。それ以来であります。 前座にハンバート・ハンバート。別に特別好きな訳ではないですが、まぁまぁ印象的。前回も出ていて、その時はブレイク前、って感じでしたが、その素朴感はあまり変わらず。でも、「包帯クラブ」の主題曲やったり、ちょっと売れたのよね、あの後。基本変わらないけど、少し貫禄がついたかな、という感じ。 で、30分ほどやったあとは、お待ちかねのフィドラーズ・ビド。一気に盛り上がるのであります。 彼等のフィドルは、短フレーズの繰り返しで構成するアップテンポのビートの効いたのと、メロディアスでゆったりとした曲と、半々といったところでしょうか。ブルース進行が殆ど出て来ず、基本長調で進んで行くのが独特です。ちょっと健全過ぎる感じでもありますが、それがいい。皆で楽しく大騒ぎ、にはぴったりなのです。 彼等は基本的にステップは踏みません。まぁ確かにフィドラーは弾かなきゃいけない。踊るのは他の人のすること。踊りたかったら、交代すればいい。それがシェトランドのフィドル、なのかな、と思うのです。 ....リズムで聞く音楽は、書いてもつまらないですね(笑) このフィドルを聞くと、なんとも楽しくなるのであります。まぁタテノリと言えばタテノリですからね。でも、いわゆるダンスミュージックとはちょっと違う。心が温かくなるような音楽なのです。 本当は明日も公演があって、一応チケットあるんだけど.....どーすっかなぁ。ちょっと無理か....
2008年11月10日
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東京文化会館小ホール 18:00~ イントロダクション:世紀末ウィーンとシェーンベルクの世界 シェーンベルク:浄夜 月に憑かれたピエロ <アンコール> 月に憑かれたピエロ より 絞首台の歌(2回) ヴァイオリン:矢部達哉、双紙正哉 ヴィオラ:鈴木学*(ヴァイオリン持替)、篠崎友美 チェロ:山本裕康*、宮田大 フルート/ピッコロ:小池郁江 クラリネット/バスクラリネット:伊藤圭 ソプラノ:幸田浩子 指揮:村上寿昭 (*は両演目出演) 東京文化会館 舞台芸術創造プログラム、という題目の公演。 実態は、シェーンベルク・プログラム、といった感じのコンサート。出掛けたのは、「月に憑かれたピエロ」が目当て。この曲、流石に演奏される機会はそう多くないようなので。自分も生演奏を聞くのは初めて。 演奏の前に、NHKの映像技術を用いての3Dによる大友直人(文化会館の芸術監督)の解説ビデオが流される。入場時に予め3Dメガネを配られておりまして、それで観るというわけ。それも、メガネの数が足らないとかで、わざわざ「周囲の人に融通して下さい」とのアナウンス入りで、2度も。約20分ほど。 感想は.........別に無くても構わなくね?無理に3Dでなくとも構わなくね?という感じ。やるなとは言わないけど、そこまで手間隙掛けるほどのことは........ さて、演奏。 前半は、弦楽6重奏による「浄夜」。んー、正直、眠い....... まぁ演奏は相応にいいんでしょうけど、元々あの曲もう一つ気がのらないというかなんというか.......悪い曲じゃないんでしょうけど。こちらももとより目当てじゃなかったですしね。言い訳させて貰えば、前段の「余興」が無ければ、もうちょっと集中出来たような気がします。.....すみません。言い訳です。ハイ。 でも、やっぱり、あの曲、綺麗に弾いてしまうと、ひたすら綺麗に終わってしまう気がするのは私だけでしょうか....... こないだの新日でのベルクにしてもそうなのですが、新ウィーン楽派の作品は、誰のにせよ、初期のものにせよ後期のものにせよ、後期ロマン派の後裔だけあって、何処か綺麗な方に流れてしまうと止め処がなくなるような面があるように思うのですが、如何に?それがいけない、ということかどうかはまた別の話だとしても。 後半はお目当ての「月に憑かれたピエロ」。 そもそもこの曲を生で聞く機会が殆ど無いので、何とも言い様がないのですが.... 正直言うと、少々チャレンジングでしたかね、といったところ。 思うに、この「月に憑かれたピエロ」、かなり暴力的と言ってもいい音楽だと思います。それだけに難しい。けれど、今日の演奏では、特にソプラノの幸田浩子に、そうした暴力性や猥雑さが足りなかったように思います。その点は器楽奏者の面々にも言えることで、決して下手ではないし、悪くも無いのだけれど。 例えば、前半の「浄夜」などは、それでもある程度まとまるのかも知れないけれど、こちらの曲の場合、暴力的でなければならない、とは言わずとも、もう少し突っ込んだ、振り切った何かが必要なのでは、と思います。暴力的でなければ、狂気、或いは獣性とでも言ったようなものが。「月に憑かれる」というのは、理性を失っている、ということであるのですし。その点で、やはり表現がもう一つではないかな? 苦言を申さば、ドイツ語のデクテーションももう一つでした。「音楽なんだから」ということはあるでしょうし、シュプレッヒェシュティンメだから尚のこと聞き辛い、という見方もありますが、もうちょっと声がきちんと出ていれば.....? 音楽としては決して悪くないんですが。でも、この曲の場合、詩を聞くことも一つの目的であると思うので、尚のこと。 もう一つ、アンコールは不要でした。やるという判断がそれなりにあったのだと思いますが、これは一部を取り出してアンコールするような曲では無いでしょう.... 個人的には、珍しい曲を生で聞けたので結構、ということになりますが、まぁそれだけのことと言ってしまえば、それだけ、かな?
2008年11月09日
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すみだトリフォニーホール 15:00~ 3階中央 クルターク:石碑 ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の想い出の為に」 <アンコール> バッハ:無伴奏ヴァイオリンパルティータ 第2番 サラバンド 武満徹:弦楽オーケストラのための「死と再生」~映画「黒い雨」より マーラー:交響曲第10番 アダージョ ヴァイオリン:イザベル・ファウスト 指揮:クリスティアン・アルミンク バタバタしているうちに全然blog更新が出来ませんでした。本館の方も同様。ま、そんなこともあるさ、と。それにしても1週間前の公演だな.... アルミンク指揮の定期は聞き逃せません。 と言いつつ、この日は若干遅れてしまい、最初のクルタークは外で聞くことに。 今回の聞き物はベルクのヴァイオリン協奏曲。最近は結構取り上げられることが多いような気がしますが、実際どうなんでしょう。 クルタークは外で聞いていたので何ともですが、まぁ最近の現代音楽、って感じですね(なんだそれ)。比較的聞きやすい印象です。 お目当てのベルクの協奏曲。ヴァイオリンはイザベル・ファウスト。前にどこかで聞いてる気がするのですが......うーん。どーだっけな。 これまた最近よく思うのですが、新ウィーン楽派の作品について、ロマンティックな演奏だな、と感じることが多いのです。いや、もっと言うと、年々その傾向が強いように思うのですが、これは気のせい?私が以前より親しみを感じるようになったせい?いや、それも否定は出来ないんですが、やっぱり演奏の方も変わって来てるような気がするんですね。ロマンティックというより「分かりやすい」、いや、「親しみやすい」「聞きやすい」演奏が多いような。 今回もそういう系統の演奏。一昔前であればベルクのヴァイオリン協奏曲は、より先鋭的で大戦間期の不安定さを体現したような、厳しい演奏が多かったように思うのですが、アルミンクの指揮もあってか、全然「不協和」な感じがしません。勿論、音楽が勝手に変わってる訳ではないのですが。 演奏の良し悪しとしては、ファウストの独奏は、鋭角的に感じさせる所が無く、技術的にも余裕あり、という感じ。そのへんが、全体に「角の取れた」演奏に感じさせた所以なのか、とも思うのですが、どうなんでしょう。 ともあれこの日のお目当てのベルクの後は、武満とマーラー。この辺は微妙というか.......悪くはないけど、ってところでしょうか。 申し訳ないけれど、音楽として何処となく中途半端なのですよね。武満の作品は映画「黒い雨」の音楽からの編曲。なのですが、ちょっとこう、綺麗に流れ過ぎというか。「武満の、重い主題を負った映画からの音楽、でも聞き心地はそう悪くない」みたいな。辛辣に過ぎるでしょうか。でも、正直、繰り返し聞きたいと思わせるものは無かった。勿論、聞かされることを拒否したくなる要素もないのだけど。 マーラーの交響曲も、それにやや近い所があるというか。もう少し感じさせるものはあるし、同じマーラーでもやはり前期のやや躁状態の音楽とは違って、もっと落ち着きのある音楽ではあるけれど、この30分、どうなんだろう..... アルミンクは、最近はこの種の20世紀音楽なども取り上げ始めていて、それはそれで悪くないのだけど、出来具合としてはどうなんだろう。 全体として悪くはないんだけど、もうちょっと毒があってもいいような気もするんですけどね。 演奏も悪くない、プログラムも悪くない、でも何処となく物足りない。そんな感じかなぁ。演奏会としてみれば、ベルクの協奏曲は良かったし、一応満足ではあるんですが....
2008年11月08日
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今日はすみだトリフォニーで新日フィルのコンサートでありまして、まぁそれはそれで別途書くのですが、不明にも今日知ったのが、今週のアイスランド国立交響楽団の来日公演中止。 http://www.triphony.com/topics/index.php#081016 こちらのサイトに案内が出ていますが、曰く、経済危機の影響で来日出来なくなったとか。 まぁ、正直言うと、今頃知ったくらいですから、大して興味は無かった訳ですが、実は「チケット余ってるらしい」という話は漏れ聞こえてはいました。実際問題、もし本当に厳しい状況下で、チケットが完売で十分利益が出るような状況なら、外貨獲得の為に今こそ来日して公演を打つべきではないかとも思うのですが、ね。 結局、バブル崩壊の時にも思ったのだけど、文化というのは経済的裏付けがあってのことなんですね。その上で、経済が苦しくても皆が支えると思うかどうか、がポイントなのでしょう。或いは、十分に採算が合う状況ならば、公演は打てるのでしょうけれど...... 今回の公演中止がどのような経緯、判断の末であるのか、詳細は分かりませんけれど、やはり経済的事情が芸術を挫折させたのは事実だと思います。 これから、様々な形で経済的困難が襲って来るのだと思います。その時、日本の「文化」はどうなるのでしょうね。来日公演の類いが潰れて行くだけなら、その影響もそれほどではないと思いますが....
2008年11月03日
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ミューザ川崎シンフォニーホール 14:00~ 3階右横 シューベルト:交響曲第3番 D.200 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 <独奏アンコール> D.スカルラッティ:ソナタ ト長調 シューベルト:交響曲第2番 D.125 ピアノ:アンドレア・ルケシーニ 指揮:ユベール・スダーン 東響のコンサート。久々に出向いたのは、アンドレア・ルケシーニが独奏だから。 ルケシーニ。昔々、吉田秀和が連載で録音を褒めた後、実演を聞いて、わざわざ「全然違っていた」と読者に謝った=ダメ出ししたピアニスト。もう20年は前のことだと思います。その後日本ではあまり見掛けなかったのが、90年代に入ってからぼつぼつと名前が出始めて、最近ではそこそこの評判のようです。 何年か前に何かで聞いて、気になっていたので、今回名前を見て急遽聞きに行くことに。 会場を見て少々びっくり。3階・4階の中央がガラガラなのです。一方ピット席や、2階のステージ横はそこそこ入っている。当日はP席は無い、と言いながら、実際には1階・2階の中央同様に幾らか空いてました。 全体では6割入って居たかどうか。連休の中日でもあるし、確かに集客は苦しい所かも知れませんが.........東響は人気もあって評判も高いそうですが、本当?この客の入りを見る限り、そうは思えない。サントリーではそこそこ入っているのだとは思いますが。 お目当てのルケシーニは、楽しめたという意味では期待通りでした。 まず、随分落ち着きのある演奏だな、という印象が強く残りました。御存知の通り、ベートーヴェンの4番の協奏曲は、5番の「皇帝」に対して「王妃」などという裏ニックネームも頂戴するくらいで、どちらかといえばしっとりした静的な音楽。その曲想によく合う、落ち着いた演奏です。地味ではないけれど、派手でもない。芯のあるしっかりした音で、技術的にも危なっかしい感じは皆無。この曲、3楽章は結構ピアノは音が跳び回って大変ですが、優雅というか安定しているというのか、最後まで揺るぎないいい音楽を聞かせてくれました。技術に音楽が追い付いて来た、といったところでしょうか。アンコールのスカルラッティのソナタも、ほう、こんなもの弾くのか、と思わされるいい演奏でした。 この人、これから何処へ行くのでしょう。なかなか楽しみなピアニストです。 この協奏曲に関しては、東響も同様にいい出来映え。抑制された演奏で、リリカルなルケシーニの演奏によく合ったものでした。 まぁ、つまり、言い換えると、他はちょっと今一つなんですが...... 問題は、シューベルトの演奏。非常に評判のいいスダーンの今年のプロジェクトである、シューベルトの交響曲ですが、正直、スダーンの音楽作りはかなり疑問の残るもの。 5月に、この組み合わせで、1番と4番をサントリーホールで聞いています。その時思ったのは、実はシューベルトの音楽は結構下世話な音楽なんじゃないか、ということと、スダーンがデュナミークの落差を盛んに要求していたこと。 この2点は確かに進化したかも知れません。但し、間違った形で。 最近、「証言:フルトヴェングラーかカラヤンか」という本が出ました。実は、題名に半ば偽りありで、本当の主題と呼ぶべきは「ベルリン・フィル往年のメンバー達は語る」という内容で、これ、実に面白いのですが、その中で思わずなるほどと思ってしまうのが、ある元団員の曰く「(一般にオーケストラというものは、という文脈で)ピアニッシモを好んで弾く団員は、一人もいないと思って間違いない」。なるほど。 東響は、例によって日本のオーケストラです。要するに、ピアニッシモがない。ピアノくらいはある。でも、ピアニッシモがない。スダーンの演奏は、言ってしまえば、ピアニッシモを要求しない音楽になってしまっているのです。それはそれで一つの解決策ではあるけれど、結果、デュナミークは「ピアノからフォルティッシッシモまで」となる。ベートーヴェンで、独奏ピアノとのバランスで、まだしも抑制した演奏を試みていたのが、シューベルトでは爆演になってしまう。 今回聞いていたのは、風呂場というより五右衛門風呂みたいな会場で、しかも舞台横ではあったので、一概には言えませんが、感想としては「鳴らし過ぎ」の一語に尽きます。ここは、なんとしても、デュナミークのレベルをピアニッシモからに落とすべきだった。 オーケストラの編成も、課題が残ります。前半の第3番では弦五部を10-8-7-6-4で、後半の第2番では12-10-8-6-4で組む。変えるのは構いません。問題は、絶対数が、響き過ぎのホールに対しては、やや多過ぎること。はっきり言って、シューベルトの初期交響曲は、必ずしも音の厚みを必要条件として求める音楽ではありません。この場合、ある程度の大きさのオケで演奏するメリットは、それによりオケに余裕を持たせる、という点にあると思います。ところが、このオーケストラで、スダーンは、大きな音を要求する。それが、結果、全体としてはデュナミークの感じられない音になってしまう。しかも、常にフォルテ気味で推移するので、音楽に余裕が無い。常に軽く緊張した音楽になってしまう。 シューベルトの交響曲は、結構下世話な音楽でもある、ということが、ここではマイナスに響いて来ます。 一生懸命表現して弾いてしまってはいけないのです。シューベルトの音楽、特にメロディは、放っておいても自分で歌いだす音楽です。この場合、むしろ、演奏者が気をつけなければいけないのは、元々歌っている音楽を更に歌わせようとすることではなく、歌っている音楽はそのままに、それでも尚シューベルトが試みた古典派の形式に相応しい、統合された音楽作りと抑制された表現を完遂することなのです。シューベルトでは演奏家は歌う必要は無い。シューベルトが書いた様式に則って演奏すれば、自ずといい歌が流れ出す。 要するに、スダーンと東響は出しゃばり過ぎなのです。今日の演奏で一番良かったのは、ベートーヴェンの協奏曲。ここで求められた抑制された古典的表現こそが、シューベルトでも求められる所です。それでこそシューベルトの諧謔も活きてくる。演奏家が余計なことをすれば、諧謔はただの乱痴気騒ぎと堕す。そういうものです。乱痴気騒ぎは「活き活きとした演奏」とは別物です。 それを、非常に活き活きとした表現豊かな演奏、シューベルトの新しい面を見せる演奏、と強弁するのは簡単ですが、これではシューベルトが終生拘り続けたオーソドックスな形式というものを勝手に矯めてしまっているに等しい。シューベルトは古典派の作曲家です。ベートーヴェンよりよほど古典派。でありながら、彼の本来の資質で最良の部分、旋律の才能は、全然古典派ではなかった。そこに矛盾があり、気の毒ではあるけれど面白さに繋がっている。 今回のような演奏というか乱痴気騒ぎは、ある意味「分かりやすい」ので、ウケは取れると思いますが、正直、弾く方も聞く方も安直。それなりにいいレベルだけに、この安直さは罪です。こういう音楽をやってしまうスダーンという人の、音楽的な品性を疑ってしまいます。スダーンがこれがいいと思っているのか、はたまた所詮ここまでしか出来ないだろう、と思ったのか、もし後者なら、せめてデュナミークに関しては決して妥協してはいけなかった。ピアニッシモでひっくり返る代わりに爆演にしてしまえ、というのは、そりゃおかしいだろう。相応にいい指揮者だと思っていたのですが、かなりがっくりですね。無論東響の、特に弦五部のパフォーマンスの低さは論を俟たず。厳し過ぎる?いやいや、シューベルトに謝れ、といったところでしょう。せめてあのベートーヴェンと同じようにやればいいのに。5月の1番・4番はなんだったんだろう。まぐれか?私の誤解なのか?あれはあれでよかったのかな? ルケシーニの協奏曲が良かったから金返せとは言わないんだけどさ。
2008年11月02日
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先週は出張で海外に出ていました。 31日の便で、1日朝帰って来ました。 31日。東京文化会館でエディタ・グルベローヴァがロベルト・デヴリューに出演しました。 チケット、持ってました。勿論、行けませんでした。 結局、行く前に友人に譲りました。 ............良かったそうです。そりゃそうでしょうとも。ええ、そうに決まってますとも。 エグエグエグ......(T^T)
2008年11月01日
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