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久しぶりに朝生をみて、久しぶりに書く。某統一妖怪売名女史がいなくなってスッキリしたのもあるが、非常に真面な議論がなされていて、見直した。朝生の議論の主題だったが、今更だが、日本の政治は低レベルである。そもそもアジア全体が人類の進歩から遅れているから仕方がない面もあるが、高レベルで進歩している北欧などの福祉国家を実際に体験していない点において遥かに幼稚である。つまり、高レベルを実体験していないので、自分たちが低レベルであることがわからないのである。それは第一に世襲制の問題である。実力主義ではない点で論外である。例えば、人体において、攻めてくる敵に対して、同じ防御戦術が通用するわけがないから、免疫には多様性が求められるが、国家も同じである。政治とは、精神と物質の融合である。精神の理想に物質で実現するのが幸福だが、それには多様性が不可欠である。だから、政治家やその思想や基盤などにおいて、偏りがでるのは自由な議論の劣化であり、精神が物質に劣り、闘争や戦争を呼び起こす。戦争は内政の行き詰まりである。だから、統一妖怪などを招き寄せて、回顧主義的な妄想をはじめ、政治が劣化し、至る所で汚職が蔓延るのである。このまま世襲制をつづけ、多様性を失うと、かってのように戦争に巻き込まれ、また原爆をおとされて同じ間違いを犯し、滅亡するだろう。前回は昭和帝がいたが、今回はいないし、世界は古の権威主義から脱却しようとしている。人類は権威主義=集団主義から脱却し、自由な個人主義=多様社会主義へと進化している。それには、古のアジアの権威主義や権力主義から脱却して、精神的な脱皮をする必要がある。いまや権威主義や権力主義は巨大な悪魔、恐竜として、つまり戦争として現出している。ロシアとウクライナの戦争は、プーチンという妄想権力主義の、恐竜の再現である。ロシアは恐竜となってしまった。この紛争から、人類がかつて恐竜だったことがわかるだろう。精神的妄想、暴走を、物質をして地獄を招きよせている。プーチンはすでに地獄に堕ちている。オカルトでは、かつて古代中国及びロシア大陸に悪魔が出現したことがわかっている。この悪魔はルシファー的で、つまり権威=権力主義で、中華思想はこれに端を発する。この悪魔は自らが神であることを宣言し、他に服従するのを強いる偽物の天使で、つまり堕天使、偽神である。この悪魔がコロナウイルスとともに、いま現出している。それはノストラダムスの予言「1999年の7の月、空から恐怖の悪魔が降りてくる。それはアンゴルモアの大王を蘇生させ、マルスが狡猾に統治するだろう。」を思いおこさせる。この詩のポイントは、1999年の7の月、アンゴルモアとマルスと、悪魔の絡みにある。予言詩というのは、夢に端を発するので、つまりあの世をみて、この現世で繰り返す出来事を提示するのである。物質界に法則があるように、あの世にも法則があり、それらの法則が融合し、歴史は繰り返す、という格言があるように、似たような出来事が現出する。これをカルマの法則ともいい、ダルマともいい、本来の法、仏教でいう因果、因縁である。上記の予言詩は色々な解釈がなされているが、年月は異なるが、恐怖の大王がコロナウイルスで、アンゴルモアが、かつてモンゴル=中国大陸に出現した悪魔を呼び起こし、つまりプーチンで、マルスを軍隊とするなら、いまの現象を暗示していることがわかる。つまり、「コロナウイルスが空気感染で拡がり、恐怖心から、過剰防衛を呼びおこし、かつての中華思想のような、悪魔的な独裁国家を蘇らせ、独裁国家の体面を保つために軍隊を動員して、言葉を駆使し、洗脳して、人々を独裁者に従属させようとするだろう」というようになる。このような出来事は人類史上何度も繰り返されてきたことがわかる。シュタイナーの霊視では、いまは人類史ではポストアトランティス時代の第5世代で、アーリア人種主導の、精神=霊魂が、物質に埋没する進化段階にあって、暗黒の時代とされている。そして、その前の1~4世代のアトランティス時代の終末には、人類的な破局が起こってきたわけで、現在の人間の死、つまり、肉体の死、精神の自我の死も、その影響から生じてきたわけである。かつて、人類は自我をもたずに、いまの動物のように、私という個人の感覚をもたず、感情もなかったのである。シュタイナーはこの霊魂を、集合魂と呼んでいるが、その時代の名残を、いまの人類ももっているわけである。その集合魂からの脱皮を教えたのが太陽霊のキリストで、教えられた最初の人がモーセだったわけで、モーセにはじめて、個性が宿り、その個性が守るべき徳目、つまり十戒が与えられたのである。端的にいえば、私以外の誰も信じるな、私以外の誰もを欺くな、である。つまり、集団から脱皮し、各個人個人が、個性という神を信じて、他の個性に干渉するなということである。しかし、厄介な問題は、集団から、個人になると、集団から逸脱する自由が生まれたわけである。これが迷える子羊の原義である。そして、キリストは迷える子羊たちに、自我の守るべき徳目の具体性を表現するために、この物質界に、イエスという人物の肉体を借りて、ヨハネの洗礼により受胎し、現れたのである。そして、3年間の自我の生きるべき模範、個性のモラルを示され、「エリ、エリ、ラエマ、サバクタニ(おぉ、父よ、キリストよ、私という自我は、いま肉体の死を経験し、再び蘇るために、この物質界に受胎し、いまそのミッションが成就する。」と言って、この世から去り、あの世で活動されているという。話が大きく逸れてしまったが、この国のことだが、この国の肉体はいま滅亡に向かっている。朝生の内容だが、この国の行く末は、現代に見合わない伝統は捨て、多様性社会をつくっていくことが肝要である。 まず政治家がダメすぎである。男女同権を叫んでいるが、そもそも男女を別にみている時点で問題である。例えば、女性政治家や女性上司が少ないと言っていて、なぜ男性看護師や介護士が少ないといわないのか?男性、女性とつける、それ自体が、差別である。確かに性差からくる職種に合った違い、男性のほうが筋力があるというようなのが、多少あるだろうが、努力や多様性でカバーすることを考えるべきである。例えば、女性には産休があるとよくいわれるが、産休のために、労働力を確保しないのが問題で、そもそも、結婚や産休のための有休制度を、夏休みや冬休みのように、公的行事として、とりいれれたらよいだろう、この問題は、経営者の古びた思考概念に問題がある。少子化問題は、何より最優先に解決すべき問題であり、個人や企業の利益よりも優先する必然的解決問題である。認識が甘すぎる。この例をとってみてもわかるが、この国の経営者がいまだ中世的思考に留まっている弊害がわかる。世界的に社会生活が変化し、新しい制度ができているのに、自分が無知なのを、いい大人が、学校で習わなかった、教科書にはなかったとか、いまから勉強すればいいのに、くだらない言い訳を始めるのをよく耳にする。特にこの国で問題なのは、日本史である。日本の歴史に無知なばかりか、教科書で習ったことだけを鵜呑みにし、洗脳されているのには辟易することが多い。大河ドラマでみたことをそのまま信じているアホ馬鹿が多いのにも呆れてしまう。ドラマなんだから、フィクション前提で、その嘘は現代ドラマでも明らかだろう。なぜドラマなどに騙されるのか不思議であるが、統一妖怪などに感染している政治家が多いのをみて、この国の人間観察力、真実を見極める能力のレベルの低さが伺える。モリカケ汚職総理の言うことを信じ、洗脳され騙されて、自虐的社会を生きてというか、その実態は死に体なのだが、その悪夢から眼ざめさせられたら、円安が進行中で、この国の経済は既に空洞化という惨事に合わないのを願うだけである。とにかく日本史を見直すことからはじめるべきである。現代に生きない歴史など、失敗に学べない教科書など、学ぶ価値がない。この国は古くから秦の始皇帝のときから、中国の権威主義悪魔に従属し、朝貢外交を展開してきた。ようするに、強いもの、長いものには巻かれろ、の事勿れ主義、事大主義なのである。単純にいえば、ゴマすり外交である。中国から、米国に御主人様が変わっただけで、やってることはメイドカフェみたいなもんなのである。現政府は米国傀儡にすぎないから、米国のガラクタを中古品を買わされて、税金を貢いでいるが、メイドカフェと違うのは、米国債を買わされ、大赤字であることにある。その米国債をドル建てで金利が上がったので、丸損なので、円安なのである。つまり米国に騙されたわけである。従米ゴマすり議員の筆頭がアホだったわけで、それが消された口封じなわけだろう。ゴマすり大国ニッポン万歳!である。ゴマすりの原典は、聖書のカインとアベルを思わせる。カインは、農耕を営み、神に農作物を差し出し、アベルは牧畜業を営み、神に子羊を差し出す。神はアベルの子羊を受け取り、カインの農作物は受け取らなかった。なぜだろうか?神秘学では、子羊とは、自我のことである。つまり、アベルは、自らの生命の源である自我を崇めて、これが私の努力の成果、実力ですと、能力をみせたわけで、神はその努力を評価したのである。対して、神秘学では、カインの農作物とは、物質のことで、単純にいえば、金銭などのマヤカシもので、精神活動に付随する物質性のものである。だから、神は受け取らずに、評価しなかったのである。カインに、お前は地位や努力を買収したな。私という自我を崇めずに、物質的な偶像に囚われ、神聖な魂を受け渡したな、と叱られたのである。カインは、物質界に洗脳されてしまい、アベルに嫉妬し、アベルの肉体をも殺してしまったので、アベルの自我はなくなり、神に受け取られ、一体化してしまったので、カインに、アベルはどうしたのか?と、カインの自我と肉体に聞いた。カインの自我は、私は、アベルの肉体の管理者でないと、偽証したので、それなら、地獄に堕ちろと、現世で、永遠に、輪廻転生を続け、何度も死を体験する霊魂になったのである。それが彷徨える人種のユダヤ人のルーツになったのである。日ユ同祖論はまた次に述べたいが、この国の住人は、悪魔教に陥っている。つまり自我を物質界に受け渡し、洗脳されているから、ゴマすりや忖度など汚職が横行するわけである。真面目に働かずに、この世での地位や名誉、死んでしまえば全て幻となってしまう物質的なものに、身を委ね、洗脳されている。まるで統一妖怪のおバカ信者のように、権力者にゴマすったり、貢いだり、忖度したり、そして、自分の大切な自我をなくす。この世での地位や名誉はたしかに金銭で買えるだろう、それは所詮幻だからである。この国の無能な総理大臣をみたら一目瞭然である。地位や名誉、選挙を金銭で買ったからである。実力のなさから不正し汚職しまくり、巨大な国家の負債を残す。そんなアホ馬鹿な魂は腐った魂である。永遠の生命のである自我、何度死んでも、私であることを忘れえない自我、宇宙は一つであるという確信は、金銭では買えないことがわかるまで、悟りえるまで、何度もこの世を経験し、腐った魂は、再度輝きを取り戻すまで、死ぬ必要がある。それが永遠の生命の謎である。何度も生死を超えたところ、地獄を味わい、それを克服した生命こそが輝く。現代は、誰もが主人公になれる世界なのである。自我を探求する世界なのである。そして、天皇制というのは、かつて中国の皇帝制を移植したものなのであるが、そのような伝統を、現代社会の機能に巧く平等に適合できるかどうかの瀬戸際に来ているのである。またかつての戦争や紛争など起こしようなら、この国は滅んでしまうだろう。アホ馬鹿な政治家たちよよく考えて行動すべきである。アホは史上最低の総理だったが、今度は民族最低のリーダーとなって日本史上の汚点となるのだからね。政治家たちよ、心して真面目に生きなさい。いますぐ、この世の財産や地位や名誉を捨て、キリスト(自分の力で実現すべき理想の世界のイメージ)についていきなさい。それこそが、地獄を克服する本物の実力なのだからね。
2022年10月22日
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久しぶりに書く。 巷はようやく宗教を詐欺に利用したカルト団体に感染している危険な状態に気づきつつあるが、そもそもなぜそのような悪の団体に感染してしまうのか、考えてみない限り、感染してしまう。 悪魔を恐れるのはなぜだろうか? 悪魔は恐怖心、不安とともにやってくるからである。悪魔は不完全という隙間にやってくる。 この世に完全なものは存在しない。死そのものが不完全だからで、生の反対が死であり、生そのもので、生は成り立たない。 死を乗り越えてはじめて生が新しい生となる。 神秘学では、キリストがこの世に転生したのは、人間の死を知り、乗り越えるために、つまり、新しい生を人類に与えるためだと言われている。 現代人は、肉体の死を死と錯覚しているが、だからこそ、死を恐れるわけだが、古代ギリシア人は、ソクラテスは、死を恐れなかったから、毒杯を飲んだ。 というのも、現代人はそれだけ、自我意識が強いからだが、だからこそ、個人の自由というのを考えられ、他者よりも自己愛が強くなっている。 古代人は、自己愛よりも、集団愛や民族愛が強く、だから自己犠牲などが生まれてしまう。 現代人が古代人よりも自由な利点をもちながら、それが行き過ぎると、他者を軽く考えるようになってしまい、周囲が見えなくなり、自分の事しか考えられなくなってしまう。 だから、死というものを通じて、自己愛をなくす必要がある。 さて、神秘学では、叡智とは、光であり、光は認識を拡げるものであり、光は一点から周辺へと拡大し、暗闇へと到達すると、やがて元に戻っていく。 光のこの運動は、パイコネ変換によく似ていて、カルマの法則でもある。 自己意識を照らすのも、この光の働きである。 自己という光が一点から発せられ、他者に出会い、全く真逆の存在に出会うと、それは物質的に全く逆の存在で、そこで反射、反転されて、自己に返り、融合されていく。 だから、自己愛が強いと、新しい生を必要とするために、死なないといけない。 自己は絶えず他者と融合していかないと生きられない。自己とは異質なものを受け入れていかなければならない。 しかし、それは物質という闇の形で受け入れてはダメである。腫瘍のようなものができていく。 死が訪れるとき、それは自己愛が過ぎて、行き詰ったときなのである。 真逆の存在に対し、受け入れずに、敵対し、排除しようとすると、自己の発展はなくなる。 ヘーゲルの弁証法。正反合の法則である。 NHK番組の日中関係の歴史をみていて痛感した。
2022年10月02日
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