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文部科学大臣からのお願いの手紙子どもは「未来のおとな」です。「おとな」と同じ今を生きる人間であり、「未来をつくるパートナー」です。文部大臣が手紙を出してもらえる時代になつたのだなぁ-と子どもたちの教育についての最高責任者から、子どもたちにも、保護者等に手紙をいただけることはよいことだと考える。受け取った人が、その手紙をもとに、どのように「話・輪・和」をしていくかだと思う。子どもたちは、子どもたちながら、学級会等で、大人はたちは・・・、家族は、真剣に家族会議を開き、子どもたちの意見、親の考えを押し付けるのでなく、「お父さんとしては○○と考えるが、君たちはどうだろう」「お母さんとしては○○と考えるが、君たちはどうだろう」というように、ただいけないというのでく、したらあかんで、してへんやろな、すぐにセンセイにいうんやで・・・・だけでなく、これを機会に、子どもたちとの会話を大事にするようにしたらいかがかと考えます。例 平成18年11月17日 家族会議の日 テ-マ 日常の出来事 家族旅行のこと・・・等週1回、月一回等運営方法は家族で協議して、議事録を用意する。これからは、いじめだけでなく、不登校、人権、権利条約、親子の対話・・・・コミュニケ-ション能力を培う機会と考え、一人の意見を大事にし、みんなの意見を聴き、結論が出なくても、会話の中のマナ-を学ぶよい機会と捉えたいですね。いかがでしょうか?教職にある方、15歳までのお子様の親御さん、それ以上のお子様の親御さん、いかがでしょうか?ありがとうございました。(061129)なお、以下のHPも参考になるかと掲載しました。子どもの権利条約ネットワークは、「子どもの権利条約」のもと、おとなと子どものパートナーシップの実現を目指して活動している団体です。http://www6.ocn.ne.jp/~ncrc/index.htmほっとスマイルhttp://www.toyamav.net/~smile/ほっとスマイル掲示板http://hotsmile.u-toyama.ac.jp/kodomo/hsbbs.cgi お時間があれば、立ち寄ってくださいね。http://www12.plala.or.jp/fazhi/fukinotou/相談受付中
2006.11.30
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061127 円光寺 本堂 061128 但馬県民局・健康福祉 播但線より姫路城を望む******************* 通知表の体育の欄だけ空欄【相談】 私には、中学2年生になる息子がいます。夏休みに入ってすぐ、体育の教師からの要請で面談がありました。話を聞いたところ、「おたくの息子は自分に反抗的だ。これでは成績のつけようがない」「悪意を感じる」と言われました。息子にも事情を聞いたところ、自分はバレーボールがあまり得意ではないので、みんなの前で恥をかきたくないとの思いから、5月にわざと体操服を忘れて、見学をしていたとの事でした。6月にかなりしかられた様で、その後はきちんと授業も受けているとのことでした。それならなぜ今頃面談を?と不思議に思っていると、ただ下を向いているだけの息子に頭にきたのか「俺は教師だ!お前なんか高校に行かせなくするぐらい簡単なんだぞ!」と息子をにらみつけて怒鳴りました。その時は、失礼な事をしたのは息子なのだからと、丁重に謝って帰りました。 ところが先日、通知表を見てびっくりしました。体育の欄だけ空欄なのです。私もこれにはかなり不審に思い、息子に先生との関係を聞いたところ、「完全に無視されている」との答えが......。息子も先生の悪意を感じているようで、親としては、どのように対処していいのかとても悩んでいます。学校関係者にも相談しようかと思いましたが、この通知表は、ほかの教師も見ているはずです。このまま手元に来たという事は、話しても無駄ということでしょうか。 ---神奈川県、女性【回答】山田中学生問題研究所代表 山田 暁生 ご相談を読んで、「今も昔も変わらない、いつの時代にもこんな教師がいるんだなあ」とまず腹立たしく思いました。と言うのも私は50余年前の高3時代にお子さんと同じような対応を体育教師からされたからです。教師に異議を唱える生徒に対しては極端に差別的対応をする教師でした。例えば、体育の跳び箱の時間に私の番になると体育委員に「あと2段高くしろ」と命じ、「山田が跳べるまで授業は終わらせない」とみんなの前で恥をかかせたり、「山田のかかしはただ立っているだけが商売だもんな」と、走りの遅い私にニヤニヤとしながらえんま帳(評価帳)に「不合格」とつけたり、そんな嫌がらせをさんざんした上に、卒業時には「成績は出せない」と出て、大学受験の時には内申書ができず、進路が阻まれそうになったことがありました。その時は担任がとても力になってくれ、何とか今日の私の道がつけられたのでした。 「俺は教師だ!お前なんか高校に行かせなくするぐらい簡単なんだぞ!」と言う言葉は正に私が受けた教師の対応そのものだと思います。これは職権乱用の域を超えて、教師としての資格がありません。"教諭"であることを忘れた言動です。生徒が直すべき所があれば教え諭し、よりよい方向に導いてその子を少しでも伸ばしてあげることが本務ではありませんか。 恥をかくのも勉強のうちで、それをどう乗り越え、自分を伸ばしていくかに挑戦することも大切なことで、お子さんもそこから逃げる姿勢も直していかなければなりませんが、それを諭し導くのが教師の仕事です。通知票が穴開きの不完全なまま生徒・保護者に渡されることは許されません。最終責任者は校長です(校長が全校生徒の通知票を最終的に見て生徒・保護者に渡されます)から、担任に"相談する"という形で、校長に善処を申し入れてください。と同時に、お子さんの学習の姿勢も正しく保ち続けて欲しいです。最も大切なことは、誰が悪いという決着をつけることではなく、体育の授業を通じてお子さんに何を学ばせ、成長の肥やしとするかということです。感情的会話を避け互いに取るべき姿勢を確認するためにも、学級担任・体育教師・校長・保護者・お子さんの5者懇談の場を設けてお互いの思いをじっくり話し合うことをおすすめします。回答者 やまだ・あきお 東京都内の公立中教師、NHKラジオの電話相談番組のアドバイザーなどを経験。父母と教師の相互理解、中学生の理解と指導などが専門。著書に「誰でも成功する子どもの長所の見つけ方伸ばし方」(学陽書房)ほか64冊。
2006.11.29
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コ ラ ム ●・ 再び私の経験から──不登校 〔中〕不 登 校 へ の 対 応 へ の あ り 方● 体験記からの抜粋・要約※ 不登校の初期、両親は「病院に行ってはどうか」「薬を飲んではどう か」などと勧めるだけだったが、県の教育相談機関に相談したときに 「原因は友人がいないからで、登校すれば友人ができて休まなくなる から、無理にでも投稿させるべきだ」と助言されたこともあり「いつ 登校するのか」「学校に行く気がなければ別の道を」などと、三日に あげず私を訪問するようになった。※ その後も両親は、私の不登校の原因を「思いどおりにならない親への 腹いせに学校を休んでいる」と誤解していたため、私が母を話し合い につきあわせて発言したことの真意を理解することはなかった。※ 3年目の担任のB先生は、夏休み明けに1対1の「交換ノート」をし ようと誘った。そのなかで先生は「進級できるかどうかよりも、君自 身がどう生きるかのほうがはるかに大切」という趣旨の内容を繰り返 し書いた。※ 不登校が始まった1年目の担任だったA先生は、翌2年目と4年目に も私の担任を引き受け、特に4年目の終わりには強力に私を弁護し、 異例ともいえる4年目の留年を実現させた。※ その年度に私がかかった神経科クリニックは、私に脳波検査を実施し たうえ、軽い睡眠薬を処方。またカウンセラーによる週1回のカウン セリングの内容は「今週何日出席したか」「睡眠薬は飲んでいたか」 「睡眠薬で生活を正して毎日登校を」という話しかなかった。 ● 不登校への対応について、体験記には上記の点くらいしか書いていませんでしたので、今回は体験記に書かなかったことを追加しながら、不登校への対応のあり方について提案します。 上記を含めて、私が不登校時代に受けた対応には、次のようなものがありました(カッコ内数字は「入学○年目」という年数)。☆ 親から ※ 登校催促・無理解な言動 ※ 犬をもらって来る(2)☆ 担任から ※ 登校催促・無理解な言動 ※ 交換ノート(3)☆ クラスメートから ※ 連絡・励まし ※ 連絡・励まし☆ 専門家から ※ 登校催促の指示(1) ※ 脳波検査とカウンセリング(4)☆ 親の知り合いから ※私を呼び出して説論(3) ※ 夏休み子どもキャンプの スタッフとしての参加を勧誘(2) 以上、それぞれの立場の人からの対応を列挙しましたが、対応を左側と右側に分けて挙げたのには理由があります。おわかりでしょうか。 じつは、左側に挙げたのは私にとって不適切だった対応、右側に挙げたのはやってくれて良かったと私が思っている対応なのです。 どちらも、私を登校させるための対応だったにもかかわらず、私にとって不適切だったものと良かったものとに分かれたのは、なぜでしょうか。どんな違いがあったのでしょうか。 それは、左側に挙げた対応は「登校させるため」という本来の目的以外には、特に意味のないものばかりだったのに対し、右側に挙げた対応は「登校させるため」という本来の目的以外にも、それぞれ意味のあるものばかりだった、ということです。 たとえば「情操が豊かになれば登校できるようになるかもしれない」と考えた父が、子犬をもらったり、知り合いに頼んで夏休み子どもキャンプのスタッフとして参加を勧誘させたりした対応について言えば、犬はその後15年間生き、私たち家族に、動物とふれあう楽しさや優しい気持ちなどに気づかせてくれ、忘れがたい素場らしい思い出を残してくれましたし、子どもキャンプでの、自然のなかでの小学生やスタッフとの共同生活も、私に大きな感動を与えてくれました。 また、体験記にも書いた、担任の先生との交換ノートでも、自分の生き方を変えるきっかけを私に与えてくれました。 そもそも、犬を飼うことや子どもキャンプでボランティア活動をすることは、不登校児でなくても、多くの子どももおとなも経験して、とてもためになっているでしょうし、担任の先生と濃密な対話を行うことだって、不登校児でなくても誰がやっても、いい経験になることです。 私の場合も、これらの経験は、不登校が終わったあとの高校生活のなかで、またその後の人生のなかで、大きな財産になっているわけです。 要するに「登校させるため」という本来の目的を実現させるにはいたらなくても、本人にとって人生の財産になったものなら、それはそれで素晴らしい対応だと私は思うのです。したがって「本来の目的以外にも意味のある、誰が体験してもためになることをやらせる」という発想に立って、不登校への対応を考えてみてはいかがでしょうか。子どもの人生は長いのですから。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。
2006.11.28
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コ ラ ム ●・ 再び私の経験から──不登校 私の不登校とひきこもりについて書いた“体験記4部作”のスタートから1年がたちました。そこで、体験記のなかで、さらに詳しくお話しでき、かつ一般論に応用できる部分を抜粋・要約しながら、不登校とひきこもりについて解説していきます。まず、不登校について3回。 〔上〕不 登 校 の 原 因 と 心 理● 体験記からの抜粋・要約※ 私は、家業(父の兄が継いでいる)の医師を継ぐか、少なくとも父と 同様T大に進学することを父に期待されていることを小学校低学年時 から感じ取り、それを自分の身体に取り込みながら育った。※ そのため、中学の途中で転校したのを機に部活に入らず、運動や遊び が好きな自分の気質とは反対の、勉強ひと筋の生き方を選んだが、案 の定勉強には身が入らず、家で一人遊びに明け暮れていた。※ 新設の公立高校に入学して半年後から欠席がちになり、3学期は1日 も出席できず、出席日数不足で留年。ここから、同じように出席日数 不足で留年を繰り返すことに。※ 初めて留年した2年目の初日、登校した私は、学校内外の風景がすべ て逆立ちしているような感覚に陥り「どう自己紹介すればいいのか」 「クラスメートとどうつきあえばいいのか」という不安で、翌日から はもう欠席が続いた。※ 私は、学校に対しては「理由もなく欠席して、先生方やクラスのみん なに申し訳ない」という罪悪感を抱き「学校に行かない自分はダメ人 間」だという常識に従って、朝起きられるようにと、居間に布団を敷 いて寝るなどして、がんばって登校した日もあった。※ しかしたいてい、登校しようとしても、かえって緊張と焦りが大きく なり、その反動で無気力状態になった。※ 「親はわが子を立ち直らせるために勉強し、努力すべきだ」という 考えから、ひんぱんに母に話し合いを持ちかけては、そういう要求や 私の気持ちに無理解な言動への抗議に明け暮れていた。しかしこれは 「親に助けてほしい」という依存心の表現だった。 ● 上述のとおり、家業を持つ家の、エリートと言われる父のひとりっ子だった私は、父や父の周辺の期待を一身に背負って育ちました。 ただ、父は表立って勉強を強要するようなことはなかったので、私は父の期待を重荷に感じるどころか、むしろ自発的に、まるで脚本を書くように、父の期待に沿った将来像を思い描いていたのです。 しかし、人間はまったく白紙の状態で生まれるのではなく、生まれ持った気質・個性というものがあります。私はもともと、親の意思に素直に従って勉強に打ち込むようなタイプではありませんでした。なのに、私は早くから「いつかは一生懸命勉強するようになって有名大学に合格する」という“非現実的な自己像”を持ってしまっていました。 そのような自己像も、大学受験まで年月がじゅうぶんあった小学生時代は、何のプレッシャーも生み出しません。中学時代も、大学受験までは3年以上ありますのでまだプレッシャーを生むところまではいきませんでした。そのため私は、本当の自分といちども向き合うこともなく、中学を卒業したわけです。 ところが、高校に進学したら次はもう大学受験です。しかも、高校での苦手科目のテストの、難しいこと! ずっと持っていた非現実的な自己像と、勉強嫌いで成績も悪い現実の自分とのギャップを、私は思い知らされ続けることになりました。 もう自分をごまかすことはできません。私の生き方は行き詰まったのです──。 ……不登校の原因はさまざまですが、私のような場合は、専門的には「自己像論」と呼ばれる原因論に当てはまります。 つまり、親の期待や社会の価値観の影響を受け、自分本来の気質・個性に合わない、非現実的な(高すぎる場合と低すぎる場合があり、私の場合は高すぎた)自己像を持っている子どもが、その生き方に行き詰まったとき、不登校が始まる、というのが「自己像論」です。この原因によって起こった不登校は、本人が自己像を現実的なものに作り直して、自分の身の丈に合った生き方を選び直す作業である、と私は考えています。 次に、不登校に共通する心理を挙げておきます。 体験記に出ている、罪悪感、通学している同世代への負い目、早く再登校しなければならないという焦り、それらのマイナス感情にさいなまれるストレスのはけ口としての二次症状(私の場合は親への話し合い依存状態)は、多くの不登校児に見られます。 また、私が相談業務のなかでよく聞くのは「自分は不登校ではない」とか「サポート校やフリースクールなど、不登校児が通う場所には行かない」などと本人が発言している、という話です。 彼らは、学校に行っていない自分を認めること、許すことができないのです。したがって、自宅でのほほんと過ごしているように見える子でも、内心はとても自己評価が低く、自己肯定感を持てないでいます。 そのような状態だと、自分の足元が常に大揺れに揺れているようなもので、彼らは身動きがとれないわけです。 次回は、この話を周囲の対応のあり方へとつなげていきます。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。
2006.11.27
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http://www.asajikan.jp/ バアバさんからのお便りhttp://hyocom.jp/message.php?act=view&key=7319G-gさん、ありがとうございます。どうぞお友達にして下さい。今日も地元地方紙にコラム?を書きました。バアバの視点で孫育てを通してママ達にメッセージを贈ってます。ガンバレ、ガンバレ がんばるって顔が晴れ晴れする事だよ、顔晴れ!って気がついた暮らしの中の出来事から伝えてます。長くなりますが今日はこんな事書きました。「ばば 今日はね お父さんにお仕事お疲れ様でした。ありがとうって言う日だよ」と勤労感謝の朝、一生懸命に教えてくれました。幼稚園から教えていただいたのでしょうか、それともママかな。しかし、男女共同参画教育がしっかり行き届いているママがお父さんだけにありがとうは言わないであろうと予測して、違うもっと大きなありがとうを教えることにしました。ばばは「しつらい・歳時記教育」も担当しているのです。「あのね、00ちゃん。今日はね、新嘗祭(にいなめさい)と言ってね愛子様のおじい様天皇陛下が神様達にその年に収穫したお米で作ったお酒やお持ちを供えて神様と一緒に新米を頂く日なんだよ。愛子様の家族じゃないひとはね、一生懸命働いた人み~~んなにありがとうそして沢山の作物をありがとうって自然と神様に感謝する日なの。」「ふ~~ん、じゃぁね」といって走って自宅に帰りました。彼が帰った後しみじみ考えました。勤労感謝か!いまどき専業主婦は少ないかもしれないけれど、幼稚園はじめ教育機関はちゃんと専業主婦にもありがとうの気持ちを持つ事を子ども達へ教えているのかな。日々の家事を仕事と認識して教えているのだろうか、それともお世話をして下さっているからと教えているのかな。とても気になり機会があったら幼児教育に携わっている方、これからそれを仕事にしようと学んでいる方に教示頂きたいと思いました。我が家は毎日仏壇にご飯を供え、それをお下がりとして食していますが、そういう機会のない家はどのようにして神棚や仏壇からの「お下がり」を教えているのでしょう。日本文化、暮らしの文化を日々の生活の中で当たり前に伝えていけたらいいなぁと子どもの悲しい事件を知るたびに思います。毎日の暮らしを大切に真面目に暮らす事で見えないものを見る力も生まれてくるように思います。子ども達には今見えないものを見る力が必要なのではないでしょうか。信じることもその力がないと出来ないように思います。ママ達よ、見えないものを見る力を日々の暮らしの中で教えませんか。
2006.11.26
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講演会、ミニ集会、セミナ-等で 子育て支援、いじめ・不登校・青少年健全育 成・家族・若者支援・ニ-ト・フリ-タ-、男 女協働参画等、次世代を担ってくれる子どもた ちの諸問題を共に考えてみたいですね。行政、学校、PTA、婦人会、自治会、各種団体、からのお問い合わせは コムサロン21事務局 有元事務局長までお願いします。(061122)http://www.com21.or.jp/*******************http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=1711月13日現在、下記のような状況です。お友達の少ない地域は、頑張って布教活動をよろしくお願いします(笑)。姫路市 297神戸市 136たつの市 46明石市 35加古川市 30伊丹市 23西宮市 16宝塚市 15三田市 14相生市 14赤穂市 13宍粟市 9洲本市 9尼崎市 9高砂市 8芦屋市 7篠山市 7豊岡市 7加古郡稲美町 6淡路市 6南あわじ市 6揖保郡太子町 6三木市 5神崎郡福崎町 5丹波市 5加西市 4加東市 4小野市 3西脇市 3赤穂郡上郡町 3加古郡播磨町 2神崎郡市川町 2佐用郡佐用町 1神崎郡神河町 1多可郡多可町 1朝来市 1美方郡新温泉町 1川辺郡猪名川町 0美方郡香美町 0養父市 0*****************************うつ病からの脱出 第105号 思いを新たに2006年9月28日(木)から紹介予定派遣でWebアプリケーション構築の仕事に初めて就くことができました。とは言うものの、まずはLinuxサーバー立ち上げから始め、設計書を書き、なかなかコーディング(プログラムを書く仕事)には入れません。それでも、システムを作るという開発の仕事なので、仕事内容的には私にとってプラスになることばかりです。働き始めて一週間ほど経ちましたが、正直、いっぱいいっぱいです。とてもまだ楽しめるような状態ではありませんでした。毎日残業しないと仕事をこなしていけないし、家に帰り着くのはだいたい夜10時半近くになるし、朝昼と食欲はないし、この程度の自分の力量しかないのに、一時期個人事業主になろうと思っていたのは無謀でした。でも、面接の時に感じた「難しそうだ」という印象とは違う仕事内容でした。Linuxサーバー構築は多少なりとも趣味でいじったこともありましたので全くの未経験ではありませんでしたし、PHPに関してはDF社のトライアル関係で独学でかじっていたのでこれも全くの未経験というわけではないので思っていたほど仕事の内容が難しいという印象ではありませんでした。まあ、実務未経験なのでそういう仕事を回してくれたのかもしれません。そんなこんなで10月5日(金)を迎えました。この日は、先週木曜に書類選考合格なので面接したいとメールで言って来た会社の面接が夜8時からあります。(仮にPS社と呼びます)定時の夜7時までに割り当てられている設計書を仕上げ、面接に向かいました。PS社のホームページの情報では、教育制度が充実しているようですし、正社員採用で月給の最低額も21万円、Webアプリの仕事も手がけているようなので仕事内容的には今の派遣の仕事とあまり変わらず、正社員という身分と21万円という月給が手に入るというところに魅力を感じました。さて、実際にPS社が入っているビルまで行ってみましたが、正面玄関が閉まっていました。ゲ、どうしよう、、と思いましたが、裏側の通用口をお使いくださいみたいなことが書かれてあったので、裏に回ると入れました。技術営業グループのリーダーとマネージャーという2名との面接でした。とりあえず、求めているものが違うことがわかりました。会社説明を受けたのですが、社員構成は、ほとんどの人が東京で働いていて、全国数カ所の各事業所には数人パラパラといる程度だそうです。向こうとしては、札幌の事業を拡大して行きたい思いがあって、まずは私に東京に行ってもらって1年くらい修行して、人を束ねられるような力をつけてから札幌に戻ってきてもらいたいというようなことを考えていたようです。この内容からすると、しっかりした教育制度というのも、東京での話なのだろうということがわかりました。私は札幌で仕事がしたいのですから、これは条件が合いません。こっちとしては最初から札幌で働きたいことを遠慮なく伝えました。そうでしょうねえ、それはよくわかります、と気持ちは理解してもらえました。いろいろと話しました。面接してくれた2人のうち1人は普段東京勤務らしいです。その人には弟がいて、私と同じく室蘭工業大学出身だと言っていました。そして、やはり東京の方へ就職したと言っていました。「やっぱりそうなっちゃうんですね~。」と、面接の最後の方はほとんど世間話的な話になっていました。だけどお互い求めるモノが合わないということがわかりました。これは、いいことなのです。条件が合わないのに無理して就職したってあまりいい結果にはならないでしょう。向こうも残念そうでしたが、縁がなかったのだと思いました。改めて、今の派遣の仕事に真剣に取り組んで、その会社の正社員を目指そうと思いました。この週の土日はあまりプログラミングの勉強はできませんでした。調子が悪くて修理に出していたPowerBookG4が返って来たので、環境を元に戻そうとしたのですがせっかく今何も入っていない状態なのだからLinuxでも入れちゃおうか、と思い先週の土日にVAIOでCDに焼いたYellow Dog Linux 4.1を入れたりしました。そんなことに1日使っちゃいました。それと、6月に派遣で働いた時に何故か消えたと思っていたVirtualPCのWindowsXPのデータがなんとバックアップのハードディスクから見つかりました。それを元に戻して、シンパシーに通っていた頃の開発演習のショッピングカートシステムも動くことを確認したりしました。消えたと思ったあとに入れたWindowsXPもあるので、2台分のWindowsバーチャルマシンのデータがPowerBookG4に入っていることになります。Windows一台分で約15GBほど占領しているので、2台も入っているのはもったいないということで、一台に集約したりもしました。そんなことをやっていたので、プログラミングの勉強はホントに少ししかできませんでした。でも、この土日は食欲が平日よりもあり、ほぼ普通にごはんが食べられました。やっぱり仕事がある日は無意識のうちにそれをストレスに感じているのでしょうか?うつ病とはやっかいな病気なものです。つづく次回はそれなりに仕事をこなしていけた様子をお話しします。---------------------------------------------------------------------------うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.25
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061123 明石 緑の相談所 研修室子どもから若者までへの「自立」について *************************◎「のりさん」、「くものだいら」さんのおかげで、新しいHPが更新中です。(061122)http://www12.plala.or.jp/fazhi/fukinotou/*******講演会、ミニ集会、セミナ-等に 子育て支援、いじめ・不登校・家族・・、男女協働参画等、共に考えてみたいですね。お問い合わせ等は コムサロン21事務局 有元事務局長までお願いします。(061122)http://www.com21.or.jp/**********************トモダチのトモダチはみなトモダチ・・・よろしくお願いします。グロ-カルな視点から、以下のコミュニティ-を作成してみました。「トピックの作成」に、「イベントの作成」に、「よろず相談」に、「何でも書いてください」・・・・・各コミュニティ-にどのようなカテゴリ-が必要ですか、書き込んで、教えてくださいね。 現在は更新、調整中ですが・・・・・・ 1 子どもらの安全・安心について 各市町・警察・消防・各高等学校・各市町立学校・・・・ 2 各コミュニティ-にある「トピック」、「イベント」等を関係の「ありがとう ひょこむさん○○」に事後承諾で、転載しています。居住地の「ありがとう ひょこむさん ○○」に登録し、書き込み、発信・ご利用くださいね。(061124)「ありがとう ひょこむさん 神戸」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185「ありがとう ひょこむさん 阪神南」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=190「ありがとう ひょこむさん 阪神北」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=191「ありがとう ひょこむさん 東播磨」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=192「ありがとう ひょこむさん 北播磨」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=193「ありがとう ひょこむさん 中播磨」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=194「ありがとう ひょこむさん 西播磨」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=195「ありがとう ひょこむさん 但馬」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=196「ありがとう ひょこむさん 丹波」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=197「ありがとう ひょこむさん 淡路」http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=198お時間があるときに、お立ち寄り下さいね。「のりさん」、「くものだいら」さんのおかげでふきのとう姫路HP更新中http://www12.plala.or.jp/fazhi/fukinotou/*********************
2006.11.24
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ふきのとう 姫路HPは「のりさん」、「くものだいら」さんらのおかげで更新中です。http://www12.plala.or.jp/fazhi/fukinotou/情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72「ありがとう ひょこむさん 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm*****************061120 つづき基調講演 テーマ:社会不安障害(SAD)と「引きこもり」講師: 杏林大学保健学部精神保健学教室教授 田島 治5.いつ発病するかこの病気はいつ始まり、どのくらい続くのでしょうか。外国の研究では小学校就学前と中学生くらい、とくに15-16歳頃に発病する人が多いとされています。社会人になって、あるいは30代を過ぎて発病するケースもあります。中学生の頃に発病した方の場合、小学生時代は明るく活発で、人づきあいで緊張するようなことはなかったという人も多くいます。ただし、学齢前に発病した人では、物心ついたときからそのような状態で、内気で小心という方が多いようです。この病気が起こると、多少よくなったり悪くなったりはありますが、放っておくと多くはそのまま一生続いてしまいます。思い余って病院を訪ねた時点で、すでに発症してから若い人で5~10年、中高年では10~20年経過している人もかなりいます。6.内気と社会不安障害「内気」という言葉がありますが、内気と社会不安障害は多少関連があります。長い間自分は内気だ思い込んでいる人の中に内気と勘違いしている社会不安障害の人も少なからずいると思われます。7.引きこもりと社会不安障害引きこもりと社会不安障害との関連は、まだ十分には研究されていませんが、社会不安障害の症状のために仕事がうまくいかなくなり、人と関わるのがつらくて結果的に引きこもりになってしまった人もかなりいます。引きこもりの方のかなりが対人恐怖やこだわり、うつに悩んでいます。とくに社会不安障害の重症の方で発病の早い方は、回避性人格障害という診断も同時につけられるような、まさに引きこもりの方の心理に合致する状態を示しますが、これが薬による治療でよくなることが示されています。現在引きこもりの方の中に、多くの社会不安障害の方がいることが指摘されており、引きこもりを解決する糸口として期待されます。現在長期の引きこもりの方で、社会不安障害の治療を行っているケースがかなりありますが、期待できるものです。 8.社会不安障害はどうして起こるのか人との関わりで不安や緊張を覚えるのは、ある意味では正常なことで、人間にとって多少必要なことでもあるでしょう。しかし、緊張しなくてもいい場面で常に過度に反応してしまうのは、病的であるともいえます。原因はまだ解明されていませんが、単に性格とか気の持ちようなどではなく、何かのきっかけでマイナスの学習をしてしまい、心と体が恐怖で条件付けされ、過度に反応していると考えられています。ある患者さんは「中学時代に先生に指名されて英語を読まされたが、なぜかものすごく緊張してうまくいかず床に座り込んでしまった。それが心の傷になり、また同じようになったらどうしようと思うと、反応がどんどん過敏になってしまった」といいます。単に「また起きたら」という気持ちの問題だけではなく、恐怖反応を起こす脳の神経も過敏になっているということが分かっています。また、父親にも似たところがあったなど、もともとそうなりやすい素質を遺伝的に受け継いでいる面も多少はあると考えられます。幼児期の人見知りが持続し、新しい状況に入るのを怖がる行動抑制を呼ばれる心理傾向も、発病の早い方では、社会不安障害になりやすい要因といわれます。そういった下地の上に、緊張してしまうような環境、場面があって恐怖が条件づけされ、脳の不安恐怖反応を起こす神経が何らかのメカニズムで過敏状態になり、この状態が長く続いてしまうと考えられているのです。 9.社会不安障害が人生に与える悪影響この病気を持つ方の悩み、苦痛が大変なものです。アメリカでは「社会不安障害のために学校の成績が上がらず、就職も思うようにいかず、収入が低くなり、経済状態も悪くなる。また、人間関係がうまくいかない、結婚もうまくいかない」という研究があります。日本では必ずしもそのような人ばかりではなく、社会人として立派にやっている人もたくさんいます。ある大学生は過度に緊張してしまうために、就職試験の面接がうまくいかず、就職が1年、2年遅れてしまいました。年配者では、社会不安障害のために仕事を変わった、辞めてしまったという人もいます。自分が苦手とする人と関わる場面の多い仕事に耐えられなかったのです。同様に、職場でデスクワークから苦手な接客の仕事に異動させられた人が、非常につらくて、ひどいうつ状態になってしまい、今度はうつ病の治療で長期間会社を休まなければならなくなってしまったというケースもあります。大学のクラブ活動に参加したいが、自己紹介の場面を考えただけで恐ろしくて参加できないという学生、電車で向かい合わせに座る人の目線に耐えられず、電車に乗れなくなってしまったという人もいます。習い事をしたいが、お付き合いが耐えられない。また、会合で挨拶の順番が近づいただけで、ドキドキする。実際に話し始めても、周囲が怪訝に思うほど話がまとまらない。それでますます落ち込むという中年の女性もいます。このような症状は本人にとって大変に苦痛であり、くやしく、情けないものです。現実の生活に不都合も生じます。しかし「なぜそんなことで」と思われるため、周囲も本人も病気とは認識しにくく、多くは自分でなんとか克服しようと思っています。なかには、非常なストレスからうつ状態になり、パニック障害を合併する人もいます。欧米ではアルコールや薬物の依存症になってしまう人も多いとされています。10.どのくらいの方が悩んでいるか生涯になんと13%以上もの方がこの病気に罹っている可能性があるという、有名なアメリカの調査結果があります。そこで、この病気の可能性のある人がどのくらいいるのか調べるため、中学生くらいから起こるケースが多いことを考え、関東地区の高校生約1000人のメンタルヘルス調査をしたことがあります。国際的に使われている簡便な不安障害やうつ病の問診調査票を質問紙として用いた結果、地域によって多少の差はありますが、調査の時点で社会不安障害の可能性のある生徒は全体の1~5%で、女性に多いという結果になりました。その後の各国での疫学調査や、日本の九州、四国地方の調査結果では、これまでの数字よりもかなり低い一生の間に約2%という結果が出ていますが、実際にはかなりの数の隠れた患者さんがいるのではないかと思われます。11.社会不安障害の治療法治療方法は大きく分けて二つあります。一つは薬を使わない認知行動療法です。マイナスの学習と条件づけしてしまったものを取り除いていく方法で、グループや一対一で、病気について学んだ後、考え方の歪みの是正とともに、暴露療法を行います。高所恐怖の人が低いところから段階的に高い場所に慣れていくように、目と目を合わせて話すなど、その人に合ったトレーニングをする治療です。1回約1時間程度のセッションを数回から10数回にわたって行います。認知行動療法は日本でも非常に注目されてきており、この方法だけを単独で行なっても、薬と同等かそれ以上のかなりの効果が期待できます。しかも、あるていど治療を行えば、中止しても効果が持続し、症状のぶり返す率が2割以下とされています。ただし、この治療法をきちんとしたプログラムを組んで行なっている施設が非常に少ないのが現状です。また、残念ながら正規の保険治療として行なっている施設もありません。もう一つの方法は薬物療法です。ある種のうつ病の治療薬には不安や恐怖感、こだわりを取り除く作用があるのです。現在、欧米でも日本でもかなり研究されて使われているのは、セロトニンの働きを強めるSSRIです。とくにSSRIのなかではフルボキサミンが最初に社会不安障害に効果があることが示された薬剤です。3か月の服用で、5~6割の人にかなりの症状の改善がみられたのです。さらに3-6ヶ月間飲み続けると、2-3割の方では非常によくなり、人生が変わったという方もいます。日本では、パロキセチンとフルボキサミンの臨床試験が行われ、現在はフルボキサミンが広く使われています。3か月の服用で6割くらいの人に恐怖や緊張感が和らぐなど症状の改善がみられます。半年、1年と飲み続け、すっかり症状がなくなる人もいます。少なくとも1~2年は飲み続けてもらい、その後は症状を見ながらゆっくり減らすなど、医師と相談して決めます。薬による治療の欠点は、服用をやめると5割近い方で症状がぶり返す可能性があることで、認知行動療法的なアプローチの併用が必要になります。SSRIは今日飲んで明日効くというものではなく、特有の副作用もあります。効果が出るまでには、2~3か月は続けて服用しなくてはなりません。同時に社会不安障害についてよく理解し、医師と治療の見通しなどについても話し合うことも大切です。医師のアドバイスを受けながら、自分でもできる認知行動療法のような多少の努力も併用すると、かなりの人に効果がみられます。相当改善され、人前がこわくなくなる、緊張せずに挨拶できるようになったなど、喜びや感謝を述べる人が多くいます。長年の引きこもりから脱却できた方もあります。しかし、治療のゴールは、人前での緊張が全くなくなることではありません。多少のあがり、緊張は人として当然のもので、残ってもかまわないと患者さんに伝えています。受診する場合、最も専門性が高いのは精神科、いわゆるメンタルクリニックでが、どの精神科医も知識と経験が豊富というわけではないので、地域でこの病気の治療経験の豊富な医師で、相性のよい方を探すとよいでしょう。日本でも相当数の患者さんがいると思われますが、受診率は非常に低く、90%以上は未受診で、TVや新聞などでこの病気を知ったごく一部の人しか受診していないのが実情です。放っておけば10年、20年あるいは一生続いてしまうこともある病気で、しかも、人間関係、仕事、趣味などに支障をきたし、重症な方では引きこもりに陥るなど人生に悪影響を及ぼしかねない病気であるのに、受診率が低いことは残念です。3-6ヶ月程度の治療で、症状が相当改善される可能性があり、広く認知されることが望まれます。
2006.11.23
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061119-講演会終了後、神戸オレンジの会交流会************************** ふきのとう 姫路HPは「のりさん」、「くものだいら」さんらのおかげで更新中です。http://www12.plala.or.jp/fazhi/fukinotou/情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm*****************うつ病からの脱出 第104号 仕事がキツく食欲がない2006年10月2日(月)、土日に自宅で勉強した甲斐もアリ、Linuxサーバー構築を出社30分で仕上げることができました。プレッシャーから開放された気分でしたが、すぐ次の課題が待ち受けていました。次なる課題は、ExcelのデータをMySQLにインポートできるようなツールを探すこと。MySQLの公式ホームページにあったGUIツールはテキストファイルをインポートできるようなことが書いてあったのでダウンロードしてインストール、起動してみたら、「MySQL4.1以降じゃないと使えない」とエラーが出て使えないことが判明。終わり。次に、phpMyAdminというブラウザ上で動くGUIツールを試してみました。このGUIツールは、DF社のトライアルで使ったことがあり、そこで初めて知ったツールです。意外なところで役に立ちました。インストールは簡単に終わりましたが、いろいろ設定する必要があってなかなか動いてくれません。ググりながら試行錯誤の末、やっとのことでブラウザ上で動かすことができて一安心。CSVファイルのインポートもできることを確認。ただし、データ(テーブル(表)の中身)部分だけです。テーブル(表)を作るのは手動でやる必要があります。上司に聞いてみたら、やっぱりテーブルを作るところから自動でやりたいらしいです。つまり、まるごとインポートできないとダメみたい。例えばExcelデータからSQL文(※注1)を作成してくれるツールとかあれば幸せってことのようです。あんのかな?そんなの。って感じで、今日は時間切れ。設計書も作らなくちゃならない。水曜日くらいまでに。時間無いです。とにかく残業しないと仕事をこなして行けません。今日も21時過ぎまで働きました。一応、一日2時間くらいまでと言われているので21時終了が目処です。でもそう言われていなかったら、きっともっと残業していると思います。したくないんだけど。すごく疲れます。今日の帰りなんか、「早く帰って寝たい」という思いしか頭の中に出てきませんでした。地下鉄大通駅のトイレで鏡見たら顔色悪いでやんの。疲れてるんですね。ホントに。帰ってきて晩ごはん食べたら少し体力回復しました。とにかくキツいです。仕事が。10月3日(火)、この日も食欲はあまりありませんでした。食欲無いなりに、朝は鍋焼きうどんだったので汁以外はほぼ全部食べられました。昼はおにぎり半分です。なんか胃が鉛のように重い感じがします。ExcelからSQL文を作成するというその存在すら定かでないツールについて考えを巡らせることで頭がいっぱいになりながら重い気持ちで出社しました。この日、他社から応援の人が来て、ショッピングサイトを作るプロジェクトのチームが全員そろいました。私を含めて実動部隊3名です。朝、ミーティングがありました。そのミーティングで、なんと、ExcelデータをSQL文に変換するようなツールを探す仕事をしなくて良くなりました!!各自がテーブル(表)を必要になったときに逐一手で文を書いてテーブル(表)を作りましょう、という話に落ち着きました。かなり重かった肩の荷が下りました。さて、このショッピングサイト構築プロジェクトは、この会社だけでやっているわけではなく、あるデザイン会社との共同プロジェクトで、デザインのHTML(※注2)部分が他の会社からやってこないとこちらのプログラミング作業には入れません。で、この時点でHTMLはまだ来ていませんでした。まあ、その前に設計書を作る作業があるので、プログラミング以外にもやることはあります。この設計書を作る作業、客先からの仕様書がすごくしっかりしているので、ほとんど写すだけのような作業ですごくラクでした。今日は変な重圧からも解放されて、設計書もある程度書けたので早めに退社しました。19時半過ぎ退社しました。たまった疲れを癒すためにも早く帰れる時に帰っておこうと思いました。10月4日(水)、やっぱり朝は食欲ありません。昼もありません。この日は小さめのおにぎりだったので無理して全部食べたらちょっと気持ち悪くなりました。夜飲まないことにしていたメイラックスをやっぱり再び飲むことにしました。仕事はやっとコーディング(プログラムを書くこと)に入り始めました。でもなかなか進みません。実務未経験の人間にいきなり実務はやっぱりなかなか厳しいぞ、と感じました。先週木曜日に書類選考合格なので面接したいとメールが来ていた会社(仮にPS社と呼ぶことにします)から携帯に電話が来ました。あさっての金曜日の夜6時から面接できませんか?という内容でした。仕事の定時終了時間が夜7時なので6時は無理です、と答えました。しかも7時ピッタリに終わるわけではないので、時間的な余裕をみて夜8時くらいからなら大丈夫ですが、、、と申し出ました。向こうも納得してくれて、明後日金曜日の夜8時から面接をすることに決まりました。※注1:SQL文 データベースソフトにテーブル(表構造)を作ったり、 表にデータを書き込んだり読み込んだりするための文。 SQL言語と呼ばれる言語で記述される。※注2:HTML Webページを記述する言語。つづく次回はPS社の面接の話などをお伝えします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.22
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm*************全国ひきこもりKHJ親の会HPhttp://www.khj-h.com/ 近畿支部 http://www.khj-h.com/kinki.htm第3回 全代研 名古屋大会 講演の抜粋録 その1 基調講演 テーマ:社会不安障害(SAD)と「引きこもり」講師: 杏林大学保健学部精神保健学教室教授 田島 治人前で字を書く、電話をかける、あるいは食事を共にする、話をするといったごく普通の行為ばかりでなく、単に他人と接するだけでも過度の緊張や恐怖を覚え、長年にわたって苦しむ人たちがいます。近年、このような症状が性格によるものではなく「社会不安障害」という心の病によるものであることがわかってきました。しかし、人生を左右しかねない病気であるにもかかわらず、認知度も受診率も非常に低いのが現状です。治療で改善が期待できるこの病気が広く認知され、理解されることが望まれます。 1.社会不安障害とは「社会不安障害」(Social Anxiety Disorder, SAD)という聞き慣れない病名が日本でも知られるようになったのは、ごく最近のことです。新しいタイプのうつ病の治療薬であるSSRI(選択的セロトニン再取りこみ阻害薬)として、現在日本ではフルボキサミン(商品名デプロメール、ルボックス)、パロキセチン(商品名パキシル)、セルトラリン(商品名ジェィゾロフト)の3種類が登場していますが、このタイプの薬がうつ病だけでなく、それまで抗不安薬(精神安定剤のこと)などで対応してきた、いわゆる不安障害にも効くことがわかってきました。日本でもSSRIが社会不安障害の正式な治療薬として使えるように、厚生労働省から認可を得るための臨床試験が行われるのに際し、新聞広告で治験に参加する患者さんを募集し、医師にも協力を依頼したことなどで、この病名が徐々にですが知られるようになったのです。社会不安障害は社会恐怖ともいいますが、最近では、社会不安障害という病名を使うケースが多くなっています。初対面の人や、権威ある人の前で緊張してドキドキするのは、誰にでもあることです。しかし、この病気の人は、たとえば職場でいつも会っている仲間同士の会議などでも異常に緊張し、精神的な恐怖感を感じます。さらに体が硬直する、手に汗をかく、手が震える、声がうわずる、口の中がカラカラに乾くなど、体にもさまざまな症状が出ます。普通の人が非常に特別な場面で緊張するときにみられるような症状が、それほど緊張しなくてもいいような、あるいは本人自身も緊張しなくてもいいと思うような場面で、いつも出てしまい、そのことで長年悩んでいるのです。 2.社会不安障害の症状と診断社会不安障害の診断は、通常、最初にこの病名が登場したアメリカの精神医学会が作成した『精神疾患の診断と分類の手引き第四版』という診断の基準に基づいて、専門医が問診して行います。実際に患者さんに聞いてみると、人前で何かをしなければならない場面になる前から「いやだなあ」という気持ちと不安感が非常に高まっていくようです。そして、場面に入った途端にドキドキしてパニック状態になり、頭の中は真っ白、手が震える、手に汗をかく、体がこわばるなどの症状が出てくるといいます。ある人は、コンビニで支払いをするときに、店員さんと顔を合わせることが苦痛でドキドキします。そうなることが事前にわかっているので、買い物そのものがおっくうになるといいます。また、職場の仲間と一緒に昼食をとろうとすると、緊張して食べ物がのどを通らないという人もいます。意識すればするほどあがってしまい、人と食事すること自体が恐怖になって「おなかがすいていない」とか「今日はもう済ませた」などとウソまでいわなければならなくなるのです。こうなると、みんなと昼食をとることもできませんし、外食も出来なくなります。 店頭でのクレジットカードのサインも、手がこわばってできない人がいます。もっと改まった場面、たとえば葬儀や結婚式での記帳の際など、逃げ出したくなるそうです。とくに結婚式は何か月も前から予定されていますから、あまりにつらいときは都合が悪いことにして欠席したりします。そうなると、本人はますます情けない思いをすることになります。3.社会不安障害のタイプ症状は人によってさまざまですが、大きく分けて、それほど困らない軽いタイプの社会不安障害の患者さんは全体の2~3割です。しかし、残りの7割以上はどのような場面でも過度の緊張症状が出てしまい、社会生活にも支障をきたして本人が非常に悩むタイプです。4.社会不安障害と対人恐怖この病気が治療を必要とするものであるとして、正式に病名として登場したのは1980年で、アメリカの精神医学会で初めて社会恐怖という病名で診断基準が作成さました。このときは、いわゆる高所恐怖、尖端恐怖など、さまざまな恐怖症の一つとして捉えられていました。人との関わりで過度に恐怖感を覚えてしまう、比較的珍しいタイプの恐怖症であろうとされ、高所恐怖や尖端恐怖と同様、少しずつ慣らしていく行動療法による治療が適当であると考えられていました。実はこのような病気に悩む人は昔からいたのですが、その後の研究で対人恐怖と社会不安障害は、まったく同じ病気ではないものの、かなり症状が重なっており、似た病気であることがわかってきました。対人恐怖症の中でも、とくに人前での過度の緊張を主症状にする緊張型の対人恐怖が、欧米で1980年頃からいわれ始めた社会恐怖、あるいは社会不安障害とだいたい同じ病気であろうと考えられています。つづく
2006.11.21
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm コ ラ ム ●・============================================= 「共感」とはどういうことか------------------------------------------------------------------- 先日終了したテレビドラマ「ウォーターボーイズ」をご覧になっていた方はいらっしゃるでしょうか。 私は見ていなかったのですが、先月の後半でしょうか、たまたまチャンネルが合ったときに見たシーンで「共感」とはどういうことかを再確認することができました。 大会に出て破れた女子水泳部員が、水泳をやめると言い出した。それをきいた“ウォーターボーイズ”(学園祭でシンクロナイズドスイミングを演じるために結成された男子グループ)は彼女を引き止めようとして「自分たちもがんばっている。だから君も」と説得。だが彼女は「あなたたちと一緒にしないで」と相手にしない。それに対して“ウォーターボーイズ”のひとりが「目標に向かって頑張っているところは一緒じゃないか!」と叫ぶ・・・。 ──そういうようなシーンだったと記憶しています。 もしこの話が実際にあったとして、毎日苦しい練習に耐えている水泳部員から見たら、学園祭のために結成された“ウォーターボーイズ”なんて、モテたがりの目立ちたがりにしか見えないかもしれません。 このように“まじめにがんばっている人”が“不まじめにやっている(ハンパしている)ように見える人”に対して「自分とあいつは違う」と思うことがよくあります。 これは、不登校やひきこもりのケースで、本人と父親との関係によく見られます。 本人が「登校しようとしても体が言うことをきかない」「仕事をしたくない」などと悩んでいるのに対し、父親は「自分は毎日がんばって通勤している」「いやなことがあっても仕事を続けている」という自負から「それにひきかえお前は・・・」と、わが子をさげすむ気持ちになるわけです。それどころか「自分だってなれるもんならひきこもりになりたいよ!」とまで思ってしまう人もいます。 もちろんこういう感じ方は、本人の父親ではなくても、働いている人すべてに共通するものです。 一方、違う感じ方をする人、できるようになった人もいます。 本人が「登校しようとしても体が言うことをきかない」「仕事をしたくない」などと悩んでいるのに対し「わかっているのにできないことって、人間にはあるよなあ」「自分も仕事をしたくないと思うときあるよなあ」「自分も仕事を辞めたくなったときがあったよなあ」というふうに、わが子の気持ちに自分との共通点を見出す(「そういうところが一緒だな」と思う)感じ方です。 共感とは、そういうことです。 この「共感」は、先ほどあげたドラマのシーンからもわかるように、“まじめにがんばっている人”が“不まじめにやっている(ハンパしている)ように見える人”に対しては、持つことが難しいものです。 しかし、不登校児やひきこもり者は、自分がハンパな気持ちではなく真剣に悩んでいるのだと理解してほしいし、さらに「わかっているのにできないことってあるでしょ?」「自分も仕事をしたくないと思うときあるでしょ?」「自分も仕事を辞めたくなったことがなかった?」などと、同じ人間としての共通項を持つ者どうしとしての共感を、親御さんに持ってほしいのだと、私は思うのです。 日々がんばって働いているお父さん方(もちろん働いているお母さん方も)、ご自身のご苦労とがんばりは、まわりの人々と認め合っているか、認め合っていなくても、いつでも認めてもらえるはずです。ですから、そのうえで、誰にも認めてもらえない、わが子のたいへんな気持ちにも、少し目を向けていただけないでしょうか。 そして「そりゃあ、自分だって仕事をしたくないと思ったことはあるさ。でも自分は仕事を休まなかった」などと、同じ点があるのに違いのほうばかり強調するのではなく、同じ点が見つかれば、その一点で、わが子に「共感」していただきたいのです。 ちなみに「共感がほしい」と切実に感じた(「共感」に飢えていた)経験を持った人は、いずれ他者に対して共感できる優れた感性の持ち主になります。あなたのお子さんも、そのひとりです。 :筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表(チーフコラボレーター)に。
2006.11.20
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm 061118 061118 グロ-カルな視点で・・・・・・****** 2003. 9.3 [No.45:コラム版]==■===========================================================vv== : ご か い の 部 屋 (ё) : ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ \§/ : http://homepage3.nifty.com/Husta/ Byヒューマン・スタジオ 人--□-----------------------------------------------------------■-- 不登校・ひきこもり経験のある相談員が、 : 当事者と援助者の両方の立場から語ります。: □ >> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... << :===============================================================□==---- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ---------------------------- ■ コラム:『子どもへの対応は「後方支援」で』 □ 夏期特別プログラム・学習会のご案内 ■ 教育相談のご案内 □「関連情報版」掲載記事の募集について====・● コ ラ ム ●・============================================= 子どもへの対応は「後方支援」で------------------------------------------------------------------- イラク戦争をめぐって「日本が米英軍の後方支援をするかどうか」で国会がもめたことは、まだ記憶に新しいところです。 この「後方支援」という言葉、比喩としてなら青少年支援の話にも使えそうだな、と私は考えていますので、きょうはそのことについて、主に親御さん向けにお話します。 35号のこの欄で、私は次のように書きました。 不登校中やひきこもり中によく現れる「二次症状」などと呼ばれる行動(暴力、潔癖、赤ちゃん返り、等)は、順調な人生、それまでの人間関係、将来展望など、多くのものを失うことへの恐怖と絶望の苦しみと闘っている姿、つまり"生まれ変わるための闘い"をやっている姿だ──と。 このような状態にある本人を、親御さんなど周囲の人々が支援すべきだ、ということについては、あまり異論は出ないことと思いますが、私が問いたいのは「支援」のスタンス、すなわち「支援観」です。 不登校者やひきこもり者への「支援」というとき、たいていの人は、「どう導くか」「どう動かすか」「どうやって登校させるか」などというところから支援を考えることしか思い浮かびません。 これらはすべて「支援する側(自分)」に焦点を当てています。 一方「何に困っているのか」「どう生きたいのか」「どんな力があるのか」というところから支援を考えることを思い浮かべる人もいます。 これらはすべて「支援される側(本人)」に焦点を当てています。 前者の支援観には、本人の意思も力も考慮されていません。「本人の気持ちはどうあれ、やらなければならない」「本人には自力解決の力がないから、支援する側がやってあげなければならない」という発想からの支援なわけです。 言い換えると「支援の主役は支援者」ということになります。 それに対して後者の支援観には、本人の意思に沿った、本人の力を活かすかたちでの支援が考慮されています。「本人の気持ちを認め、自力解決の力を発揮させよう」「本人が自分の人生を生きている、その生き方に必要なことだけをやればいい」という発想からの支援なわけです。 言い換えると「支援の主役は本人」ということになります。 さて、私の支援観は、後者です。そして、それに基づく支援を「後方支援」と表現しているわけです。 不登校児やひきこもり者は、一見"歩いていない"ように見えます。しかし実際には、彼らは自分の人生をちゃんと歩いています。したがって、歩いている本人の前に出て誘導するのではなく、本人の斜め後ろを本人と同じペースで歩き、本人が歩き疲れて後ろに倒れそうになったら頭を打たないよう支えたり、本人の靴がボロボロになったら取り替えたりする、というイメージが「後方支援」です。 具体的には、こういうことです。 戦争で後方支援と言えば、前線の部隊に物資の補給などを行うことを指しますが、不登校児やひきこもり者への後方支援とは"生まれ変わるための闘い"をしている本人に、闘い抜くエネルギーの補給などを行うことを指します。 闘い抜くエネルギーの補給は、第一に、本人に対する支持的(サポーティブ)なコミュニケーションを続けること。たとえば「味方であることを伝える」「家族の一員として遇し、日常会話を楽しむ」「良い言動をほめる、喜ぶ」などです。 第二に、本人の希望を実現しようとすること。たとえば「家庭訪問されたくない状態だったら訪問を断る」「やりたいことがあったら、それができるよう協力する」などです。 このふたつとも、本人がやっている闘いのつらさに思いをはせることで可能になります。 すなわち、二次症状と呼ばれる行動を見て「よっぽど苦しいんだな」と感じるか「何バカなことをやってるんだ」と感じるかでは、本人への言動は180度違ってきます。「よっぽど苦しいんだな」と感じ、支持的な言葉をかければ、本人に闘うエネルギーが補給されますが「何バカなことをやってるんだ」と感じ、本人を責めるような言葉をかければ、闘うエネルギーは補給されず、かえって消耗するばかりです。 33号のこの欄で述べたように、二次症状と呼ばれる行動を直ちにやめさせる術は、どんな優秀な専門家も持っていません。したがってそのようなときには「本人がどんな状態であっても支え続ける」という決意と姿勢で本人に接し続けるしかありません。 それは、親御さんにとっても長くつらい闘いだと思います。「これでいいのか」「このままで大丈夫か」と、日々自問自答の繰り返しになることでしょう。しかし、そのようにして本人を支え続けているうちに、いつしか二次症状と呼ばれる行動が収まっていくのです。これは、後方支援によって闘い抜くエネルギーの補給が功を奏し、本人が"生まれ変わるための闘い"をやり抜いたことを意味します。 そこまで到達すれば、ゴールは目の前です。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表(チーフコラボレーター)に。
2006.11.19
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htmうつ病からの脱出 第103号 Linuxサーバー構築2006年9月28日(木)、新しい派遣の仕事初日です。やっぱり朝は食欲ありませんでした。昼も食欲ありませんでした。おにぎり半分くらいしか食べられませんでした。夜はそこそこ食べられました。仕事の方は、Webサイト構築の仕事です。某水産食品会社のショッピングサイトでした。10月末納品というタイトなスケジュールのようです。LinuxサーバーにApache, PHP, MySQLで作るとのこと。で、私はまずサーバー構築をやることになりました。それと自分専用のWindowsマシンのセットアップ。この日はWindowsインストールは特に問題なく終わり、サーバーマシンへのLinuxインストール、Apacheインストールを終えました。途中、LinuxがオンボードのLANチップを認識してくれなくて、Linux用のドライバと思われるものをネットから探してダウンロードしたのですがインストールがうまくできなくて、結局社長が別のLANカードを買ってきてくれてやっとネットにつなげることができるようになったというアクシデントもありました。あと、PHPのインストールもしたのですがApacheとの連携が取れなくてサーバー上でPHPが動かないという状況です。この日は解決できませんでした。このサーバーが立ち上がらないと、開発に着手することも出来ないので結構プレッシャーがあります。まあ、実際に開発に取りかかるのは10月に入ってからなので、それまでにサーバーを立ち上げれば良いというスケジュールですがそれまでというと平日の残りはあと一日しかありません。頑張らねばなりません。この日は夜9時まで残業でした。それと、道新(北海道新聞)適職フェアで面談したけれどあてにならないと思っていた会社から携帯に留守電が入っていました。一度会いたいとメッセージが入っていました。会うのは構わないが、日程調整できるかなあ?というところです。あと一週間早く連絡くれれば、今の派遣の仕事はしなかったかもしれません。時給たったの1050円の仕事ですから・・・。泡食ってこの派遣の仕事に決めちゃって、もしかしたら損したかな?とも思いました。それと、メールでPS株式会社(仮名)からも書類選考合格なので面接したいと連絡が来ていました。面接日はなんと明日の16時から。それは無理です。無理って返事しようと思いました。でも面接はしてみたいです。この会社もWebアプリをやらせてもらえそうな会社で、最初から正社員採用、最低月給21万円です。今の派遣の仕事よりも条件はいいです。時間の都合がつく日程を考えてみようと思いました。そこで、まず明日は無理であること、平日は仕事が19時まであるので、面接時間はそれ以降になること、それでも良ければ是非面接をさせて頂きたいとの返事を出しておきました。9月29日(金)、Linuxサーバー構築終わりませんでした・・・。なんでこんなにできないんでしょう・・・・・・普通にインストールしているのに、あるはずのファイルがなかったり・・・・なんなんだよ??道新適職フェアで面談したけど当てにならないと思っていた会社から、今日も携帯に着信があったみたいなのですが、残念なことに気づきませんでした。それと、シンパシーのNさんからある派遣会社の紹介のメールが来ていました。仕事の話って重なる時は重なるもんだな、と思いました。ホントに急に仕事の話が次々と舞い込むようになって来ています。泡食って時給1050円の仕事に飛びついて失敗したかな?と、この時も感じました。とりあえず仕事に就いたことをシンパシーにはまだ報告していませんでした。2~3日仕事の様子をみてから報告しようと思っていたからです。しかし、こうやって就職情報をもらってしまったので、その返信がてら報告することにしました。9月30日(土)、10月1日(日)は家でLinuxの勉強を必死でやりました。会社で使っているLinuxはCentOSというやつで、RedHat系です。で、幸いなことに、私はMacでYellow Dog Linuxというのをインストールしていました。これもRedHat系なのです。というわけで、Yellow Dog Linuxを使ってサーバー環境構築を苦労してやりました。とにかく苦労しました。苦労の内容は技術的すぎるので割愛しますが、一応、なんとなくこうすればいいのではないか?という感触はつかむことができました。でもそのかわり、土日に全然休んだ気がしませんでした。疲れを残したまま、月曜日を迎えることになりました。10月2日(月)、Linuxサーバー構築、終わりました!出社して30分ほどで終わらせることができました。土日の苦労が報われたというか、土日の努力が実を結びました。しかし、次の課題がすぐに与えられました。そのことについては次回にお話しします。道新適職フェアで面談したけど当てにならないと思っていた会社から、今日は電話はきませんでした。その後も連絡は来ませんでした。2回も電話をもらったのに出られなかったので、見限られたのでしょう。少し残念です。つづく次回は仕事がキツく食欲が無い様子等をお届けします。---------------------------------------------------------------------------うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.18
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm*******コ ラ ム ● 030827 「不登校児が減った?」 報道などでご存じのことと思いますが、先日文部科学省が「学校基本調査」の速報のなかで「不登校児が1975年以来初めて減少した」と発表しました。 不登校児の人数が減り始めた・・・これは事態が改善するきざしなのでしょうか? 不登校児の人数が減少に転じた理由を考えてみましょう。 第一に、子どもの数が減っていることを考慮すべきでしょう。子どもの数が減っている以上、ものの道理から言って不登校児の数が減るのは当たり前のことです。こういう減り方を「自然減」と言います。 むしろこれまで、子どもの数が減り続けているのに不登校児の数が増え続けてきたことが、そもそも異常な事態だったわけですから。 第二に、近年フリースクールなどの学校外の教育機関に通うと出席日数にカウントされる、という特例が広まっていることが考えられます。これは、94年頃に文部省の通達によって認められたことですが、学校と民間が連携して不登校児に対応するという発想とは関係なく、単に統計的に不登校児の人数を押し下げるのに役立っているにすぎません。 第三に、スクールカウンセラーが配置された学校での不登校児の減少など、教育制度面の改善です。ただ、私自身は、スクールカウンセラーが不登校児を簡単に医療機関に橋渡ししようとする(入院のお膳立てをするなど)話を一度ならず聞いているので、スクールカウンセラーが不登校児の数を減らしたことが、その学校が生徒の気持ちを楽にさせる学校に変わったことを意味するとは限らない、と感じています。 これらのほかにも、評価は難しいですが、学校復帰の目的を前面に出さない適応指導教室の増加、保健室登校の推進、など学校サイドの対応が盛んになっている、という印象も受けます。 このように考えると、確かに、不登校児の人数が減少に転じた理由はあるにはあるわけですが、それらはすべて「事態が改善するきざし」とは言い切れないと思わざるをえません。 では「事態の改善」とは何なのか。私は、すべての子どもの生きざまを認める学校や社会がつくられること、言い換えれば「学校や社会のキャパシティ(受け皿)が大きくなっていくこと」だと考えます。 人は、学校が無ければ育たないわけではありません。まして子どもは小学校に入学したあたりから、自分の人生を自分で生きようとし始めます。ひとりひとりに、それぞれ違う生き方=育ち方があるわけです。 「生き方」というのは人生のことですから、必ずしも学校の枠のなかに収まるとは限りません。たとえば、教室のなかでしばしばトラブルを起こす子どもがいます。自分を押し殺しておとなしくしている子どももいます。 そのような子どもたちを抱え込み、生かしていく(=学校のなかで試行錯誤しながら育っていくのを支える)ことができるキャパシティは、現在の学校には不足しています。そのため、前記のような子どもたちは学校の枠からはみ出した状態(学校に居場所のない状態)で生きていることになります。これでは不登校になっても不思議ではありません。 要するに、学校の枠に収まらない生き方をせざるを得ない子どもが多いのは、それだけ学校のキャパシティが小さいからです。つまり、学校のキャパシティが大きくなり、より多くの子どもたちを生かしていく学校になれば、学校の枠のなかに収まらない生き方をせざるを得ない子どもが少なくなり、その結果、不登校児が減っていく、ということになるわけです。 その意味で、私の言う「事態が改善することによって不登校児が減少する」とは、すべての子どもの生き方を認めることによって、学校のキャパシティを大きくしていけば、結果的に不登校は減少するであろう、ということです。どこかの自治体のように「不登校児数5割減」などという、表面的で子ども不在の目標を掲げて不登校を減らすことは、決して子どもを生かすことにはつながらないのですから。 不登校児の人数にこだわることは、子どもの生き方を認めようとしない、おとなたちのエゴなのかもしれません。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表(チーフコラボレーター)に。
2006.11.17
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185ご利用下さい。 *****来年の春は来ますね。兵庫県立高等学校の情報(19年度版は12月上旬発表予定)兵庫県教育委員会のHPをお借りして掲載します。受験生の皆さん、親御さんまず、自分が希望している学校がどんなHPを配信しているか観てみませんか。1お住まいの県民局単位の兵庫県立高校・市町立学校をクリックしてください。2HPのアドレスをクリックしてください。3必要な高等学校の名前をクリックしてください。4わからない時は、スクロ-ルして、探してください。5それでもわからない時は、コメントに記入してください。6このコミュニティ-を知らない友だち、親御さんに知らせてあげてくださいね。7自分で確かめ、現場に行き、先輩等に聞き、情報を収集して、自分自身の志望が叶うことを、願っています。兵庫県立高校全日制、定時制、通信制、中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校及び、市町立学校が掲載されています。http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm神戸http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm#koube阪神南http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm#hansinm阪神北http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm#hansink丹波http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm#tanba東播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm#touban北播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko.htm#hokuban中播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko2.htm#seiban西播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko2.htm#seiban但馬http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko2.htm#tajima淡路http://www.hyogo-c.ed.jp/~board-bo/gakko2.htm#awaji市町立学校神戸http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/data/sch_all.html阪神南http://www.hyogo-c.ed.jp/~m-hanshin-bo/kankatu/kankatu.htm阪神北http://www.hyogo-c.ed.jp/~k-hanshin-bo/kannai.html丹波http://www.hyogo-c.ed.jp/~tanba-bo/ 北播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~kitahari-bo/school/school.htm中播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~nakahari-bo/西播磨http://www.hyogo-c.ed.jp/~s-nishihari-bo/ichiran/ichiran.htm但馬http://www.hyogo-c.ed.jp/~tajima-bo/soumu/gakkou_link/gakkou_rink.htm淡路http://www.hyogo-c.ed.jp/~awaji-bo/gaiyou/gakkou/shoukai.html自分自身の確かな歩みを、そして、自分自身の内なるエネルギ-を信じて・・・・・お役に立てば幸いです。お便りいただければありがたいです。
2006.11.16
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185ご利用下さい。*** うつ病からの脱出 第102号 いい流れが来たのでしょうか?2006年9月25日(月)、スタッフサービス経由でWebプログラマーとして働ける会社に派遣での採用が決まりました。実に厳しい面接でしたので、よく採用されたものだ、と感じました。と同時に、やって行けるかなー、、?という不安も生まれました。でも、一応今後2ヶ月の働き先は決まったので良しとします。この日は、enジャパンから申し込んだCC株式会社(仮名)からは不採用通知が来ました。別にいいです。働き先が決まったのですから。あと、転職支援のリクルートエージェントからもメールで返信がありました。面談の都合の良い日時を教えてくれとか、キャリアシート(履歴書に代わるもの)・職務経歴書の作成をしてくれとか書かれていました。とりあえず別ルートで派遣の仕事が決まったので面談などは見合わすという内容の返信メールを出しました。おめでとうございます、この時点で弊社の活動は終了させていただきます。と返信が来ました。先週面談をしてもらった個人事業主に仕事を紹介する組合のMさんにも一応仕事先が決まったことを伝えました。私のための案件を探し続けるような、よけいな仕事をさせたら悪いので。そしていろいろと就職先情報を提供してくれたSコンピュータスクールのY先生にも報告しました。喜んでくれました。ありがたいことです。その学校の卒業生でもないのに、親身に相談に乗ってくれて、本当に感謝しています。去年の10月から今年の3月まで学んだシンパシーコンピュータ学院には、働き始めて2~3日経って様子が分かってから連絡しようと思いました。9月26日(火)、札幌医大病院の日でした。薬に変化はありませんでしたが、様子を見て減らして行ってもいいということを言われました。今飲んでいるのは朝と晩にトレドミン25mgを2錠、メイラックス1mgを1錠。メイラックスは精神を安定させる補助的な薬なので、様子を見て減らして行ってもいいというお達しが出ました。たとえば朝または晩の一錠を飲まないとか。ちなみにメイラックスは効果の持続時間が24時間くらいあるらしいので、一錠飲めば十分だということも言われました。今は一日に2錠飲んでいる計算で、朝と晩に一錠ずつに分けて飲んでいますが、実は朝に2錠飲んでも効果はほとんど変わらないのだそうです。ただし、眠くなるという副作用があるみたいなので、それで一錠ずつ分けて飲んでいる状態にしているとのことでした。自分の調子を見ながら調整してみて、飲まなくても大丈夫ということになれば処方しなくても良くなるとのこと。今担当の先生は薬を減らして行こうという姿勢が強くていい先生です。さっそく、晩のメイラックス一錠を飲まないことにしてみました。何か、流れがいい方向に向いているような感じがします。このままいい流れを保ち続け、2ヶ月ごとの契約もちゃんと更新されて4ヶ月を乗り切り、正社員採用されればかなり生活が落ち着きます。9月27日(水)、この日は一日中あまり食欲がありませんでした。昨日の晩メイラックスを飲まなかったからでしょうか?そんなに急に顕著に効果が表れるとは考えづらいです。明日から仕事が始まることへの不安感からでしょうか?明日からいよいよ新しい派遣の仕事です。いったい何をやらされるのでしょう?ついて行けるでしょうか?面接の内容が厳しかっただけに、なんとなく気が重かったです。レベルの高そうな会社だから何か予習をして行きたい気持ちでいたのですが、何をやったらいいのかサッパリ検討がつかないので結局なにも勉強しませんでした。なんか憂鬱。そしてとても不安。非常に不安でした。この不安、後に別の形で私の身に影を落とすことになります。予告しておきます。今回は内容が短めですがさらに続きを書くと長過ぎになって切れが悪そうなのでここでやめておきます。つづく次回は仕事し始めの状況及び仕事情報が重なった様子の話です。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.15
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情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185ご利用下さい。***うつ病からの脱出 第101号 働き先決まる2006年9月25日(月)午前、オー人事のCMで有名なスタッフサービスの登録に行き、その日のうちに都合がつけば企業訪問/面接をするということになりました。何時に面接があるのかまだ決まらないのでとりあえず一旦スタッフサービスの事務所からは引き上げることになりました。スタッフサービスの事務所はJR札幌駅に直結したJRタワーの中にあります。この周辺には大型デパートや大型電器店、大型書店などいろいろと時間をつぶせる場所があります。当時、家の古いパソコンがPCIカード経由で増設した内蔵ハードディスクを認識してくれないという不具合状況にありました。PCIカードとハードディスクをつなぐケーブルに見た目に破損があったので、おそらくそれが原因だろうとあたりをつけていました。で、この時間を利用して新品のケーブルを電器店で購入しました。それでつぶれた時間は30分程度。スタッフサービスからはまだ連絡が来ません。ということで、一旦家に帰ることにしました。電車に乗っている最中、携帯に電話が来ました。「企業訪問が決まりました。」ということです。午後4時から、スタッフサービスの担当営業の人と一緒に行くことになりました。派遣先の会社は社員5名ほどの小さな会社です。でも紹介予定派遣といって、一定の派遣期間を満了するとそのあと正社員登用になるという条件の良い派遣です。しかしひとつネックなのは、実務経験者を募集という条件だったこと。なので、スタッフサービスとの面談の中で、実務未経験なので時給は下げてもらっても構わないという意向を伝えておきました。ちなみに募集要項では時給1200円でした。一日8時間労働、一ヶ月20日間働くとして、月収192000円です。安いです。この値段じゃ実務経験者来ないんじゃないの?と思えるくらい安いです。そこを、私は実務未経験なのでもっと下げてもいいという条件を提示しました。実務経験を積むことがお金よりも大事だと思ったからです。実務経験がなければ札幌ではホントにどの会社も35歳では採用してくれないことをこの半年間で体感したからです。さて、企業訪問/面接の時間が来ました。すごく厳しい面接でした。今までで一番厳しかったかもしれません。とにかく求められているレベルが高い・高すぎるように感じました。これなら確かに実務経験者を募集するわけだ、と感じました。例えば、「独習C」(というC言語の400ページほどある本)を独学でやりました、という話になって、どれくらいの期間かかったか?と聞かれました。2回やったことがあって、最初は1年くらい、2回目は3週間という話をしたところ、「独習Cなら1週間くらいでやってもらいたいね。」とか言われて目が点になって我が耳を疑いました。あと、英語。最新のものはドキュメントとか全部英語だから、英語の読解力がないと最先端ではやって行けないよ、と平然と言われたのにもショックを受けました。最先端を走るには英語は不可欠とのことです。まあ、でもドクター出てるなら英語はある程度大丈夫か・・・と勝手に判断されました。まあ、、ある程度、読む分には確かに大丈夫です。が、TOEICたったの350点です。正直、英語には自信はありません。他にもいろいろ厳しいことを言われました。要求されるレベルが高いことがヒシヒシと伝わって来ました。正直、採用されてもやって行ける自信はないと思いましたし、採用されないと思いました。面接の帰り、プログラマーというのがあんなに難しそうなことをする仕事なのだとしたらきっとやっていけないんじゃないか?と思いました。だから今まで落ちていたのか?との思いも生じて来ました。学校で半年勉強したレベル程度では絶対に戦力としては知識も何もかも不足すぎます。学校で習うレベルと実務のレベルの隔たりが大きいと感じました。まるっきり自信がなくなりました。もう、プログラマーはあきらめて、今朝の朝刊のチラシに入っていたリクルートの新しい雑誌のスタッフにでも応募しようかと思ったくらいでした。(月収30万円の仕事らしいし)そしたら、家に着く直前に営業の人から連絡があり、募集要項では時給1200円でしたが、時給1050円でもよければ働いてもらいたいと先方が言っているとのこと。時給が安くなるのは、実務未経験なんだからこの際問題ありません。2ヶ月ごとの契約更新で、4ヶ月を過ぎたら正社員採用との条件になりました。つまり、最初の2ヶ月間でどれくらい仕事を覚えられるかが勝負ということです。働きが悪ければ、最初の2ヶ月だけで終わり、ということになります。8月のトライアルの二の舞にはしたくありません。でも仕事のレベル高いんだろうなあ・・・ついていけないかもなあ・・・いつになく弱気でした。正直、やって行ける自信がないから仕事を受けようかどうしようか迷いました。でも、せっかくのチャンスです。やっと見つけた仕事です。思い切って受けることにしました。もし結果的に後悔することになったとしてもやらないで後悔するより、やって後悔した方がいいだろうと前向きに考えました。さっそく28日から行くことになりました。一応これで今後2ヶ月の仕事は決まりましたが、面接が厳しかっただけに喜びよりも不安の方が大きかったです。しかし、一日で働き先が決まってしまいました。トントン拍子?というかアッサリと。いや、アッサリではないですね。悩みましたから。でも、決まる時はこうもスムーズに行くものなのか?と思いました。つづく次回は派遣就業までの様子をお話しします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.14
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061112 発表会 市民会館 18:00~20:00情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185ご利用下さい。****うつ病からの脱出 第100号 応募ラッシュ100号記念!とはいうものの、別に内容はいつもと変わりません。でも、ここまでつづいたのも読者がいてくれたおかげです。読んでくださっている皆さんには感謝です。2005年11月19日に第一号を発行して、約1年にもなります。第一号を発行した時点では、もうほとんど「うつ」は治っていると思っていたのですが、今の時点になってもまだ完治していません。ホントに気の長い病気だなあと思います。それでは、本編に参りましょう。9月22日(金)、先週土曜日に受けた大手派遣会社FE社から不合格通知が届きました。ある程度予想していた結果とはいえ、これだけ不合格が続くと正直落ち込みます。金は出て行く一方ですし。なんとかしなきゃなりません。でも焦ってもいいコトないんですよね・・・。でも、この不合格が引き金となり、ネット上でいろいろと情報収集を再開しました。株式会社HLCの求人情報のホームページで、未経験採用枠があったので電話で問い合わせてみました。35歳だと正直なところ難しい、ダメ、と言われました。チームで仕事をして行く場合、年齢構成などを考えるとバランスが悪いようです。特に若い25歳くらいの人間に指導されるということに関して耐えられなくなることがよくある傾向にあるといわれました。現実はそんなものなのか?と思いました。30代も半ばを過ぎたらたいていはマネージメントに近い仕事をさせたいらしいですが、やっぱりそうなると若いプログラマーを指導するという立場になるので、プログラマーの経験が無いとそういう仕事はつとまらないですし。でも、とても丁寧に紳士的にダメな理由を話してくださいました。「申し訳ないです」と謝ってくれたりもしちゃいました。恐縮です。とりあえず、この会社とは縁がなかったということですね。PS株式会社(仮名)というところでも未経験者可の募集枠があったので、電話で問い合わせてみました。するとこちらは、とりあえず履歴書と職務経歴書を送ってくれということになりました。あと、どこのページから飛んだのか忘れたましたが、オー人事のCMで名が通っているスタッフサービスで紹介予定派遣のWebアプリ開発の仕事を見つけたので応募しました。条件に実務経験が必要なようなことが書いてありましたが、Java, Oracleなどあまりにも自分の経験にマッチしているので応募してみました。とりあえずスタッフサービスに登録しなきゃならないので、月曜日の午前中に登録に行く予約をとりました。9月23日(土)、まだまだ情報収集・応募は続きます。PS株式会社(仮名)に履歴書・職務経歴書を送りました。enジャパンのページから、CC株式会社(仮名)、株式会社C 東北・北海道統括事業部(仮名)の2社に応募しました。9月24日(日)には、リクルートエージェントに転職支援をウェブ上で申し込みました。これは直接会社に応募するわけではないのですが、35歳(間もなく36歳)でプログラマーになれるかどうか?ということも聞いてみたくて応募しました。これまで、SプログラミングスクールのY先生、道新適職フェアでのキャリアカウンセリングにてまだあきらめる必要はないとは言われていますが、転職支援のプロの目から見て、札幌で35歳実務未経験でプログラマーになれる可能性があるかどうかということを聞きたいと思いました。転職支援のプロの意見なら、かなり実情に合った意見が聞けると思ったからです。これで「無い」「かなり難しい」と言われれば、もうプログラマーになるのをあきらめてもしかたがないだろう、との心境になっていました。というわけで、この週末(金~日)は応募ラッシュになりました。明けて9月25日(月)、早速スタッフサービスに登録に行って来ました。登録に行っていたのは私も含めて5名。他は全員女性でした。なんか場違い??確かに、スタッフサービスというと、女性の事務スタッフを派遣している会社っていうイメージがあります。偏見かもしれませんが・・・。で、だいたいこういう応募に出向くとか面接に行くとかいう場面になると、体調がすぐれなくなることが多かった、例えば軽い吐気がするとかがあったのですが、この日はあまり体調が悪くなることも無く、かなり普通の健康状態で臨むことができました。実はスタッフサービスに登録するのも、リクルートエージェント同様派遣のプロの目から見て35歳実務未経験でプログラマーになれるかどうかを聞きたかったという目的もありました。で、まずは登録用紙に名前・住所・スキル・職務経歴などを書き込みました。それから情報保護に関する10分程度のビデオを見せられました。それからパソコンを使ってのタッチタイピングのテスト。ん~~、、いかにも女性事務スタッフ用の内容だなあ・・・なんて思いつつ登録会を受けていました。それらが終わり、いよいよ個人個人でスタッフと面談ということになりました。個室に通され、しばらく待ちました。結構待ちました。いつまで待つの?って思い始めるくらい待ちました。それはいいとして・・・やっと選任スタッフ(若い女性)がやってきました。最初はありきたりな説明でしたので、内容は忘れました。「俺がウェブ上から応募した仕事の件はどうなっているんだよ~?」と思い始めた頃、その話になりました。どうやら、紹介する仕事を探すのに時間がかかっていたみたいでした。私がウェブ上から応募した仕事の案件についてと、もう一件ネットワークエンジニアの案件を紹介されました。ネットワークエンジニアの案件は、私がウェブ上から応募したプログラマーの案件よりも給料はよかったです。でも、信念を曲げる気はありませんでした。安くても、プログラマーの道があるのならそちらを選ぶということにし、ネットワークエンジニアの案件は断りました。ちなみに、前の会社を辞めた理由とかあまりハッキリ聞かれなかったような気がします。健康状態についても一つも聞かれませんでした。(このことが後に落とし穴になります。この時点ではそんなことは思いませんでしたが。)いいのかなあ?ずいぶんラクだなあ、と思いつつ、話が進むのを待っていました。ということで、プログラマーの案件について、スタッフサービスのスタッフの方で派遣先企業と少し電話で打ち合わせるということになりました。もし都合がつけば、この日にでも早速スタッフサービスの担当営業の人と一緒に企業訪問をして欲しいという話になりました。しかし、訪問の時間が決まるまでにはまだまだ時間がかかりそうなので、一旦引き上げることになりました。つづく次回は働き先が決まる話をお届けします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」*****
2006.11.13
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061111 岡山県日生 五味の市 海の駅 http://www.to-ku.com/midokoro/1636.htm*****情報センタ-ふきのとう姫路 11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2「必見 こうへいくん ありがとう」http://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72各県民局単位でコミュニティ-を作りました。 例えば、「必見 こうへいくん ありがとう 神戸」調整中ですが・・・・・http://hyocom.jp/community.php?bbs_id=185ご利用下さい。*****2003730 [No.41:コラム版]==■===========================================================vv== : ご か い の 部 屋 (ё) : ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ \§/ : http://homepage3.nifty.com/Husta/ Byヒューマン・スタジオ 人--□-----------------------------------------------------------■-- 不登校・ひきこもり経験のある相談員が、 : 当事者と援助者の両方の立場から語ります。: □ >> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... << :===============================================================□==---- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ---------------------------- ■ コラム:「家庭訪問を受け入れるわけ」 □ 教育相談のご案内 ■ 「関連情報版」掲載記事の募集について====・● コ ラ ム ●・============================================= 「家庭訪問を受け入れるわけ」------------------------------------------------------------------- 前回と今回は「不登校への対応としての家庭訪問」についてお話ししていますが、このお話は「おとなのひきこもりへの対応としての家庭訪問」としても読むことができます。つまり「不登校児」を「ひきこもり者」に、「学校」を「社会」に、「担任の先生やクラスメート」を「訪問相談員やソーシャルワーカー」に、それぞれ読み替えれば、あとの部分はまったく同じなのです。 不登校の場合もおとなのひきこもりの場合も、家庭訪問の心がまえは共通なわけです。 さて、最近ある不登校児の親御さん向けの掲示板のなかで「メンタルフレンド」が話題にのぼっていました。多くの親御さんは、毎日家族以外の誰にも会わずに閉じこもっているわが子に、良い人と出会い、それをきっかけに他人とコミュニケーションがとれるようになり、さらに外出できるようになってほしい、と願っていることでしょう。 そこで今回は、わが子がそうなるきっかけを与えてくれるような家庭訪問や訪問者はどうあるべきかを、一般論としてお話します。 * * * * 家庭訪問のあり方 第一に、前回申し上げたことからおわかりいただけるように、目的が「登校させるため」であれば、本人から拒否されても仕方ありません。 では、親御さんの願いのままに「外出できるようにするため」「コミュニケーションの練習をするため」などといった目的なら本人に受け入れてもらえるかというと、それも困難です。前回申し上げたように、本人は自然な成り行きを求めているのですから、最初からゴールを設定して、そこから逆算してはじき出された目的には、違和感を持つことが多いからです。 つまり家庭訪問とは、周囲の人々が望むゴールのために行うべきものではなく、あくまで現在閉じこもっている本人が楽になるために行うべきものなのです。したがって、強いて目的はと言えば「本人に楽になってほしいため」ということになります。「外出できるようになる」「コミュニケーションの練習になる」というのは、その結果としての副産物と考えておくことが大事です。 第ニに、本人が訪問を受け入れられる状態ではないときには、訪問しないことが原則です。その場合、担任の先生やクラスメートなどであれば、本人の状況の変化に応じて訪問を開始または再開してもらうことも容易です。難しいのは、メンタルフレンドなど、学校以外で特別に依頼することが必要な人の場合です。 そういう人の情報を親御さんが得たとき、本人が訪問を受け入れられる状態ではないから、どうせ受け入れないから、と、情報じたいを本人に伝えないことがあります。 しかし「こういう人がいるよ」「あなたの味方になってくれる人がいるよ」などと、本人に情報を伝えることじたいは、多くの場合差し支えないと思われます。そのときに本人が不機嫌になって「絶対嫌だ!」と言ったら話を打ち切ればいいことですから。 しかし、そのことを本人が覚えていて、数カ月たってから「いつか訪問する人がいると言ってたよねえ。会ってみようかな」などと言い出す場合もあります。家庭訪問とは、あくまで本人がその気にならなければ成り立たない援助なわけです。 そういう意味では、本人が受け入れる気になったときが訪問のタイミングであると言えます。だから周囲の人々は、本人がすぐに受け入れないからといって、がっかりしたり焦ったりしないことです。 * * * * 訪問者 訪問者がどういう人かも重要なポイントです。当然、本人との相性が良ければ、担任の先生でもクラスメートでもいいわけですが、それ以外のことで言えば、前号に掲載したアンケート結果にもあったように、本人と年齢の近い若者だったり、不登校経験者だったりすると、親近感を持ってもらいやすいということは考えられます。 ただし、どんな人であれ、前述したように「登校させるため」「外出できるようにするため」「コミュニケーションの練習をするため」などといった"ゴールとしての目的"で訪問しようとすれば、その"意図"が本人に見抜かれ、信頼を失ってしまうことでしょう。 結局「不登校が悪いと決めつけていない多くの人が、家を出入りして普通に接することができる人は、誰でもよい」というアンケートの回答が、私の考えを代弁してくださっています。そう、本人が不登校であることを気にしない人であれば、誰でもいいのです。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表(チーフコラボレーター)に。
2006.11.12
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11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2必見 こうへいくん ありがとうhttp://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72***** 2003. 7.16 [No.39:コラム版] : ご か い の 部 屋 (ё) : ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ \§/ : http://homepage3.nifty.com/Husta/ Byヒューマン・スタジオ 人--□-----------------------------------------------------------■-- 不登校・ひきこもり経験のある相談員が、 : 当事者と援助者の両方の立場から語ります。: □ >> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... << :--- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ---------------------------- ■ コラム:「家庭訪問を受けつけないわけ」 □ 教育相談のご案内 ■ 「関連情報版」掲載記事の募集についてコ ラ ム ●・ 「家庭訪問を受けつけないわけ」 去る3月30日に開催した「第2回青少年支援セミナー」の第2部で発題者のひとりである桑原和也氏(当スタジオスタッフ/来る7月19日に開催する「第3回青少年支援セミナー」でも分科会を担当)が、たいへん興味深いデータを出してくれました。 それは、文部科学省が不登校の小中学生の保護者4千人を対象とした初の全国調査のなかの「担任教師の家庭訪問をしてほしいかどうか」という質問への回答です。 結果は「してほしい」は不登校児では48%、保護者では75%だったのに対し「してほしくない」は不登校児では39%、保護者では18%でした。 保護者の4人に3人が家庭訪問を求めているのに対し、不登校児の意見は割れています。 経験者であり援助者でもある私には、この数字は納得できるものでした。 私の場合、放課後担任の先生が訪問したときは、ほとんど面会に応じる"不登校の優等生 (?)"でした。それでも、玄関で待たせてさんざん迷ったあげく、先生の帰る意志を告げる声が聞こえたとたんあわてて玄関に出ていった、ということがありましたし、迷わず応接間で先生と対面したときも、いつも緊張の極みのなかで平身低頭、先生の説論に素直にうなずくだけしかできない状態でした。 また、先生が朝迎えに来られたときには、私は会うことはほとんどありませんでしたし、ある朝などは、先生が家に上がった気配を感じて、素足のまま庭に飛び出したこともありました。 朝と放課後の先生の訪問に対する、こういう反応の違いは、登校時かそうでないかの違いによるものだと思います。 もともと学校が好きな私でさえそうだったのですから、多くの不登校児にとって、家庭訪問が大きなプレッシャーであることは容易に想像できます。 実際、学校の先生やクラスメート、それに私のような訪問相談員も、訪問したが会ってくれなかった、あるいは訪問じたい断られた、という経験のない人はいないと思います。 彼らはなぜ家庭訪問を拒むのでしょうか。考えられる理由は、次のふたつのとちらかまたは両方です。 第一に、家庭訪問の多くが「登校させるため」という目的で行われていることです。 そのため、訪問を拒む不登校児の目には、訪問者の背後に「学校」の存在が透けて見えているのです。"衣の下に鎧(よろい)"というやつですね。 第ニに、本人が訪問者を受け付けない状態にあることです。 この場合は、訪問の目的が登校させるためかどうかには関係ありません。あくまで本人の都合で、ということです。 29号のこの欄に書いたように、不登校児の多くは「自然に生きられない」「無理して生きてきた」という感覚を持っているため、自然で無理のない生き方や人間関係を求めているのだと思います。 ということは、彼らにとって学校へ行かれないという状態は、もしかすると初めて自然に起こった反応かもしれないわけです。 家庭訪問は、そんな彼らの自然な反応としての不登校状態を解決するためには、いささか不自然で無理のある方法だと彼らが感じる状態(多くは苦しみが強い段階)だった場合、訪問できるタイミングではない、ということになります。 このふたつのケースでは、自宅に来訪する先生やクラスメートは、登校できない自分への批判者であり、登校できないという自分の状態ないし意志を曲げようとする強権発動者(警察のようなもの)、と不登校児には映ります。 それでもかまわず家庭訪問をしようとする限り、本人には拒否されるし、かつての私のように、拒否されなくても目的(登校させる)を達成することができない、という結果に終わることが多いのは当然です。 では、そうならない家庭訪問すなわち「良い家庭訪問」とは、どういうものなのでしょうか。 それこそまさに前回掲載したアンケート結果に表れているのですが、そのあたりは次回お話しすることにします。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表(チーフコラボレーター)に。
2006.11.11
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061109 たつの市 御津公民館 「トライアル ウイ-ク」*****11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2必見 こうへいくん ありがとうhttp://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72 *****=相談コーナー=クラス内でのいじめがエスカレート【相談】 高校3年生の男です。私は今クラス内から嫌われいじめを受けています。いじめが始まったのは高2の冬で、3年生になると陰口を言われるようになり、次第にひぼう・中傷へと変わり日に日にエスカレートしていきました。出席日数も減り、今は卒業もやばい状態です。そもそもクラスのみんなとは仲良く楽しい高校生活を送っていましたが、高2の夏にクラスの友人と警察沙汰の事件をおこしてしまい、次第に友人が私をシカトするようになりました。 主ないじめの内容は、「嘘」などに関わる中傷です。私に「あいつは嘘つき」「ホラ吹き」「先生、このクラスに狼少年います」、たまに「ストーカー」と言われています。そして次に隠していた嫌な過去の思い出を平気でクラスの人たちに言っています。しかも私に聞こえるように。また「あいつ何しにきたの?」「死んだら?」「精神的にあいつを殺す」などと言っています。もう死にたいです。どうしたらいいでしょう ---岩手県、男性【回答】教育評論家、法政大学教授 尾木 直樹 「死んだら?」とか「精神的に殺す」とは、なんとひどいいじめでしょうか。憤りを覚えます。「もう死にたいです」というあなたの気持ち、こちらにジンジン伝わってきます。高2の冬から、ほぼもう一年近くも続いているのですから。よくぞ危険な学校に、休みつつも通っていましたね。本当に辛かったことと思います。 ところで、この問題をどう考え、いかに対応すべきか一緒に考えましょう。 まず、第一にいじめは、いじめる側が100%悪いということ。これをはっきりと確認しておきましょう。あなたが「反省」しているような弱点は、高校生なら誰しも、多かれ少なかれ持っているものです。大人だって、もちろん私だって同じです。完璧な人間なんてこの世の中にはいません。欠点人間だらけです。でも、そのことを持っていじめをしてもいいとか、嫌がらせが認められるような社会になったら大変なこと。世の中いじめだらけで、少しも楽しくなくなります。不幸です。だから、欠点があることや、間違いをしてしまったことと、いじめをしてもよいこととは全く脈絡がないのです。小学生なら未熟ですから、わからないわけではありません。が、高校生にもなってそのような卑劣な行為に走ってしまうのは、加害者側がいかに幼稚であるかという証明に他なりません。恥ずかしいのは相手側です。 ですから、今の辛さといじめの不当さについて、一番話しやすい、話のわかってくれそうな先生に話しましょう。相談するのです。その際一番大切なのは、いじめ行為をしっかり止めさせてほしいことを訴えるのです。同時に、その保障がない限り、学校には行くべきではありません。傷つき疲れるばかりですから、家の人にも話して、安全な家にいることです。そんな危険地帯に顔を出す必要はありません。卒業の件も、いじめが原因なわけですから「自宅学習」扱いなど工夫してもらいましょう。その責任が学校にはあります。 学校が頼りにならない時は、身近な大人に話し、一緒に今のような方向で動いてもらいましょう。回答者 おぎ・なおき 東京都内の中高教諭、東京大教育学部講師などを経て、1994年4月から臨床教育研究所「虹」所長。教育臨床学が専門。「子どもの危機をどう見るか」(岩波新書)、「子どもの目線」(弘文堂)など著書多数。 ◇ ◇ 学校、家庭での悩みや教育に関する相談を、電子メール( e-soudan@yomiuri.com )で24時間受け付けています。相談は無料。このコーナーに掲載する際は匿名にしますが、相談にはお住まいの都道府県名、氏名、年齢、職業(学年)、昼間連絡できる電話番号を明記してください。詳しくはヨミウリ・オンライン「よみうり教育相談案内」( http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/qanda/consul/explain.htm )をご覧ください。 手紙の場合は、郵便番号100-8055 読売新聞編集局地方部内信課、教育相談担当まで。
2006.11.10
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11月の行事http://www.rak3.jp/home/rak2_pv.cgi?no=9484190&bbs_view=2必見 こうへいくん ありがとうhttp://hyocom.jp/comm_map.php?bbs_id=72*****コ ラ ム ●・ 生まれ変わるための闘い 前回のコラムで「二次症状などと呼ばれる行動がおさまるのは、本人が自分の不登校やひきこもりを、自分の生きざまとして認めることができたとき、つまり自分の運命というか、直面している現実を受け入れることができたとき」と書きました。 それからしばらくたったある日、私は、ある有名人がガンで大事な臓器を切除しなければならないことへの葛藤を、周囲の説得によって乗り超えていく場面をテレビで見ました。 大切なものを失うことへの恐怖と絶望の苦しみを、ほかの大切なものを活かしていこうと決心することによって乗り越えていくプロセスは、まるで新しい自分に生まれ変わるプロセスのような印象を受けました。 以前ホームページの「まるさんの喜怒哀論」欄(*注)に同じようなことを書いたことがあります。テレビドラマ『ぼくの生きる道』の感想のなかにです。 こちらはフィクションですが、ガンで余命1年と診断された主人公が恐怖と絶望の苦しみを、ある言葉を聞いたことで乗り越えたとき、それまでの事なかれ主義の生き方から、情熱と思いやりの生き方に変わっていった、というストーリーです。 いずれの場合も、恐怖と絶望の苦しみと闘った末「自分の運命というか、直面している現実を受け入れることができたとき」生まれ変わることができた、と言えます。 前回のコラムをお読みくださった方はお気づきかと思いますが、このような"生まれ変わるための闘い"は、深刻さのレベルこそ違えど、不登校やひきこもりの人々の多くにも避けられないプロセスです。 それまでの人生が台無しになってしまうと感じられるほど深刻な状況に直面したとき、人がたどるプロセスは、重病であろうが不登校やひきこもりであろうが、同じなのかも知れません。 ただ、前述の人たちは"闘い"を数日から数週間でやったのに対し、不登校やひきこもりの人たちは、それを数年かけてやらなければならない場合がしばしばです。 不登校やひきこもりになると、順調な人生、それまでの人間関係、将来展望、・・・など、多くのものを失うことへの恐怖と絶望の苦しみにさいなまれるようになります。 確かに、常識的な人生、つまり、定められた期間で学校を卒業し、上の学校に進学し、ストレートに就職することしか、現代人の頭にはありませんから、その現代に育った本人としては、それ以外の人生を生きる(=生まれ変わる)ことを受け入れるのは、とても難しいということは想像にかたくありません。 そして、恐怖と絶望の苦しみと闘っている姿、つまり"生まれ変わるための闘い"をやっている姿こそが、前回お話しした「二次症状」「随伴症状」と呼ばれる行動なのです。 第8号のコラム『不登校になると にんげんが見えてくる』のなかで使った言葉で言うと「新しい自己に生まれ変わるための"陣痛"」ということになります。 この闘いは、自分のなかに根を張っている「常識」との闘いであり、はたからは見えることのない内面の闘いですから、病気とは違う大変さがあります。また、前述の常識的な人生に対する執着心や未練が強ければ強いほど、長くつらい闘いになります。 そんな本人に対して、周囲の人々が「現実逃避」「病的なこだわり」「甘えている」などとレッテルを貼ることも多くあります。 しかしそうでしょうか。私は、本人たちが前述のような常識的な人生以外の人生を想像できない・受け入れられない、と感じるのは、現代社会が、キャパシティが狭く人生観・人間観も貧困だからだと思います。 それとも、現代の大人は、不登校やひきこもりの青少年に対して「それも君の人生だ」「それでも生きていける」と断言できるでしょうか。そのような社会であれば、本人たちは闘わずして生まれ変わることができるはずです。 このように考えれば、本人たちは「現実逃避」うんぬんどころか、じゅうぶん常識的かつ現実的な感覚を持っている、ということになるわけです、だからこそ本人たちは、不登校やひきこもりになってしまった自分を認めることができず、多くのものを失うことへの恐怖と絶望の苦しみと闘わなければならないわけです。 もう少しシンプルに言うと「現実の重さをヒシヒシと感じている」のです。 逆説的に言えば、ほんとうに「現実逃避」や「甘えている」のであれば、生まれ変わる必要などないのです。本人たちの行動の激しさは、彼らが現実を直視し、人生を真剣に考える人たちであることの証拠なのです。 行動だけを見て"レッテルを貼って済ませる"のではなく、行動のもとにある本人の真剣な叫び・問いかけに"耳を澄ませる"ことです。周囲の人々が「ああ、苦しいんだなあ・・・」としみじみ感じたとき、本人は、心の重荷を少しだけおろすことができます。 (*注)「まるさんの喜怒哀論」 http://hpcgi3.nifty.com/Husta/patio/patio.cgi
2006.11.09
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[No.37] : ご か い の 部 屋 (ё) : ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ \§/ : http://homepage3.nifty.com/Husta/ Byヒューマン・スタジオ 人 不登校・ひきこもり経験のある相談員が、 : 当事者と援助者の両方の立場から語ります。: □ >> 自 分 の 人 生 の 主 人 公 に な る た め に... << :---- ◆□◆ 本 日 の メ ニ ュー ◆□◆ ---------------------------- ■ コラム:『「ひきこもり」の定義 』 □ 教育相談のご案内 ■ 「関連情報版」掲載記事の募集について コ ラ ム 「ひきこもり」の定義 "体験記3部作"の終了から3ヶ月がたちました。ここで、今私が気になっていることを再確認しておきたいと思います。 それは、最近「ひきこもり」という言葉の定義があいまいになってきていることです。 「ひきこもり」という言葉はもともと「おとなが就職または退職後再就職ができず、なおかつアルバイトや市民活動もあまりできずに自宅に閉じこもっている生きざま」のことを指していました。 つまり「ひきこもり」とは「不登校」と同様、いわゆる「問題行動」(私の言葉でいう「生きざま」)の名称のひとつだったのです。 ところが、近年この言葉が普及するにつれて、生きざまの名称ではなく状態を表す言葉として使う人が増えてきました。「不登校だがひきこもりにはなっていない」とか「学校に行かずにひきこもっている」といった具合。 不登校児であれおとなであれ、自宅に閉じこもっている状態はすべて「ひきこもり」だというわけです。 こうして現在では「不登校=学校に行けない子ども/ひきこもり=社会に出られないおとな」という従来からの定義と「ひきこもり=閉じこもっている状態」という新しい定義が混在しているわけです。 そこで私は、従来からの定義を「社会的定義」と、新しい定義を「状態像定義」と名づけています。 社会的定義とは、本人と学校・社会との関係に基づいた定義のことです。これは、学校に行けないことと社会に出られないことの違いに焦点を当てています。 状態像定義とは、本人の状態に基づいた定義のことです。これは、閉じこもっているかいないかという、状態の違いに焦点を当てています。 ご存じのとおり、本誌では社会的定義を採用しています。それは、自分の不登校とひきこもりの両方の体験から、ふたつの違いを実感しているからにほかなりません。 24号のコラムに書いたように、ひきこもりは不登校の何十倍も苦しいものです。それは、本人の置かれている社会的立場が違うからです。 学校に行けないという立場にある不登校児は、心のどこかに「まだやり直しがきく」「いつか人生をエンジョイできるときが来る」という希望が残っています。また家族も「将来人並みの社会人になれれば良い」というふうに、長い目で本人を見守る余裕を持つことが可能です。 そのうえ、善し悪しはともかく、学校からのさまざまな直接刺激(担任の先生からの連絡、成績や進級進学をめぐるやりとり、その他)があることで"所属感"が本人の支えになる面もあります。 それに対して、社会に出られないという立場にあるひきこもり者には「もうやり直しはきかない」「人並みに生きられない」という絶望が生まれており、また家族も「一刻も早く社会に出さなければ本人の人生はどうなってしまうのか」というふうに、長い目で本人を見守る余裕が持てません。 そのうえ、学校にも勤務先にも所属していない彼らに対しては、外部からの直接刺激がほとんどないことで、本人は"所属感"をもつことができず、宙ぶらりんに生きる虚しさにさいなまれています。 このように、不登校とひきこもりを社会的に(「家族や学校や社会と本人との関係」という視点から)比較すると、やはり学校に行けないことと社会に出られないことの違いがはっきりしてきます。 「ひきこもり」という言葉を状態を表わす言葉にしてしまうと、不登校でも何にでも適用されてしまいますから、前述のような"社会に出られないおとな特有の辛さ"が、認識されにくくなるきらいがあると思うわけです。 というわけで、本誌はこれからも「不登校=学校に行けない子ども/ひきこもり=社会に出られないおとな」という定義で、それらをめぐるさまざまな事柄を取り上げていきます。:筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表(チーフコラボレーター)に。-------------------------------------------------------------------
2006.11.08
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コ ラ ム ●・ "ニートブーム"を疑え! ヒューマン・スタジオ恒例の「青少年支援セミナー春夏編」が近づいて来ました(5月28日)。春夏編は今年も「ひきこもり」をテーマに開催します。 このセミナーは、今回で10回目の開催になります。そこで、記念プログラムとして、久しぶりに「特別分科会」を復活させ、支援関係者を対象に、ひきこもりに関連して近年社会問題になっている「ニート」をテーマに、おふたりの方にリレースピーチしていただくことになりました。 そこで今回と次回、おふたりの考え方がわかる文章を、許可を得て掲載します。お読みいただいたうえで、セミナー当日にさらに詳しいお話を聴きにご来場いただければ幸いです。 ● 最初は、1年近く前の本欄にも登場していただいた、飛田英昭氏です。 氏は、神奈川県茅ヶ崎市で、市との協働事業で軽度障がい者とチームを組んで、地域就労の形を創出しようとする「ケア・パートナー」という就労概念を提唱している市民活動団体の推進者です。 すなわち、湘南東部圏域に半官半民による「障がい者・ひきこもり・ニートの磁場(就労しゃべり場)を作る「出会いと社会参加としての就労の交差点作り」を推進している「湘南子どもフォーラム懇談会」の代表です。 湘南東部圏域...藤沢市・茅ケ崎市・寒川町の医療行政エリア 〔前〕「働く」を疑え! 「湘南版ジョブカフェ」構想を、関連部課諸団体の担当の方に説明させていただいている。そのとき、なかなか通じないもどかしさを感じる部分がある。「働く」という日常用語の言葉だ。「働く」ということが徹して個人の事情であり、社会参画・人と結びつくという意味合いを秘め事のように表に出さないことだ。ここは価値観の坩堝(るつぼ)であり、宗教や思想などに足を踏み込む境界でもある。しかし、この発想が「ニート」や「引きこもり」当事者を孤立させていないだろうか。 私たちは「食うために働く」「そのためには何でもすべきである」という。「何のために」という問いに「家族を支え」「自らの命をつなぐために」とか「人様の迷惑にならぬように」と子どもや若い人たちに語っている。ここでは労働が受苦的に語られている。しかし、やりたいことのために忍耐することと、通過のために忍耐することは等しくない。ひとは家族とかかけがいのない人々とともに喜怒哀楽を共にし生きている。その部分を常識の言説は、なぜ必要の論理で重苦しく覆い隠してしまうのだろう。 美味しい食事をしたとき、幼児と言葉を交わすと「コックさんになりたい」という言葉に微笑を誘われることがある。中学生にもなると自分のなれる世界が有限であることに憂鬱を滲ませながら、その拡がりの中に可能性を「探る」。「コックさんになる」と言い切れる子は少数派になってしまう。そこに受験競争の影を見い出したり、体験の深まりを踏まえるからというような議論をすることも出来るだろう。しかしその道はやがて当人にもどるとはいえ、所詮は外野の議論、「いま・ここ」の子どもとの対話を置き去りにした議論にしたくないのだ。 私たちは仕事と様々な関わりを持っている。職業というよりもう少し一般的に拡張した内容で「仕事」と呼ぼう。私の教え子に看護師がいる。このような職種の場合、患者さんとその家族との関係の中で仕事の意味合いを見出すことは直感的にわかりやすい職種だ。しかし鳶(とび)になった子が、自分の葺いた瓦が雨漏りしていないか仕事をした家の前を通ると屋根を見てしまうというとき、彼はお客さんと見えない絆でつながっている。主婦は意地悪な姑と思いつつ、重ならない食材を考えて買う。 こうした様々な人のつながりの中に私たちは生きている、「働いている」。この体験的な部分を響かせていく就労への中間的な対話の場があれば、「自分探し」をするもの同士が出会う場があれば、試行錯誤の失敗が認められる場があれば、その中に「自分なりの価値観」を豊かに育むことが可能となるだろう。そこから当事者の自主的な試みが様々に生まれてくるだろう。人材配置の線上で、就労一般への「やる気心」を鍛える、機械のようなチューンアップ論より、まず大人がやるべきことと考える。 更に推し進めれば、私たちは「目的」の奴隷ではない。「働く目的」があるから働くのではない。ともにつながることの喜びがあるから働くのだ。特養ホームにお邪魔する。廊下の椅子に腰掛けたアルツハイマー症の進行したおばあさんが、雑巾をたたんでいる。「たたむ」という仕事のものへの働きかけの面白さが黙々と雑巾をたたむという、いわば「手仕事遊び」の要素があるのは事実だろう。しかし職員のAさんに頼まれたことが嬉しくて「始めた」のも事実だろう。私のクラスにいた発達遅滞のあるBさんは、私を見つけるとその巨体で私をど突いた後、走るようにして全教室の黒板を消して掃除することから日課が始まった。私が黒板の字を消していたのを手伝ったことがきっかけだった。「ほめられるため」ということを超えて「たたむ」「消す」ということが自己表現として、自分に馴染んでいるのだ。 様々な出会いの中に「働くこと」は湧き上がる。私たちの「湘南版ジョブカフェ」は、構想の中に出会いの仕掛を含んでいる。ひとつは「障がい者」と「ニート・引きこもり青少年」という異質な世界の喫茶運営をともにする出会いであり、就労をめぐる機会と出会いという喫茶スペースを磁場とした、様々な当事者の試みの苗田育成の活動だ。ここから起業の機会を育ててもらってもいい。 前者の喫茶運用の展開をもとに、障がい者と協働する様々な試みを探り出したい。特に「社会復帰を求め始めたニート・引きこもり青少年」という「人に必要とされる」動機を得て「人間関係の再構築」と「働くことの意味」探しを必要とする存在と、自分の可能性をより開くことが可能になる障がい者の出会いは、「ケア・パートナー」として結びつき、育って欲しいと願う。「喫茶運営」という課題から、新たな活動が生まれてくることを期待している。特に障がい者には、同世代の近隣の友人を持つ可能性がある。構想は自分の生涯にとって貴重な出会いが生まれることを期待しているのだ。 就労は「糊口をつなぐ」ような狭いイメージや「家族」「自立した個人」を支えていく活動として狭義に語られすぎた。この狭い人材束ねの思考があるかぎり、そこを病根としたニート・引きこもり経験者は企画に応答しないか、問題を先送りにするだけだろう。行政と関係者の方々はパラダイムを切り替えて欲しい。ここに自主探索型の窓口活動のデザインをひとつ提案する。共感した関係者の方々とともに、「湘南版ジョブカフェ」実現に踏み出したい。(『懇談会通信ピックアップ』10号「『ケア・パートナー』に込められた思いを!」から転載):筆者:丸山 康彦(まるさん) スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、 不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、 1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に 当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。
2006.11.07
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第3回「全国ひきこもり家族会 支援者代表交流・研修大会」 名古屋大会(11/4・5) うつ病からの脱出 第99号 面接2件受けるも先の見通し立たず2006年9月16日(土)、大手派遣会社FE社の会社説明会+面接に行って来ました。説明会に行っていたのは私を含めて2名。もう一人は営業希望のようでした。面接官(というか説明役の営業の人?)は一名。ホントに採る気あるのかなあ?というようなヤル気のなさそうな印象を受けました。一応、「この年齢からキャリアチェンジをする人って、かなりの決断をしてキャリアチェンジに臨んだ経緯があるので、一生懸命やってくれる人が多いんですよね。若い人だと遊んじゃって勉強がおろそかになることもあるけれど、そういう意味では若い人よりもいい面があります。」とかなんとか言われました。あと、私が普段使っているパソコンがMacだという話になって、「Macには強いんですか?」とか聞かれました。「それはMacで開発をやるという意味でですか?」と聞き返しました。そうでは無い感じでした。例えば、客先でMacを使っているところがあって、プリンタの設定だとかドライバソフトがどうとかこうとかよくわからない人が多いから、そういう場面の仕事に重宝するかもというような話でした。そんなような面接で、手応えは、よくわかりません。結果は1週間~10日後くらいに電話か郵送だそうです。ちなみにここ数日、朝の体重が67kg台に減りました。体脂肪率は20.3%、内臓脂肪レベルは8まで下がりました。(9以下が標準、10~14がやや過剰、15以上は過剰)食欲がイマイチ本調子ではないからだと思われます。9月19日(火)、午前中眠くて眠くて昼寝(午前寝?)しました。最近ちょっとダラケています。就職先を探すこともしていません。あさっては個人事業主に仕事を紹介するような組合の面接(説明会?)には行きますけれど。そういえば先週土曜の派遣会社も今からよくよく冷静に考えたら手応えとしてはあまり良くありませんでした。なんか先が見えないです。冠婚葬祭会社あいプランの営業のハガキが郵便受けに入っていました。この間の採用試験で採用された人が9月に入社して机上研修が終わっていよいよ実地の営業に回り始めたのだと思われます。よく考えたら、そんなにポンポンと契約がとれるようなモノじゃないと思います。冠婚葬祭会社の会員勧誘なんて。二次面接断って良かったんじゃないかな。うん。9月21日(木)、個人事業主に仕事を紹介してくれる組合に面談に行ってきました。まず、その組合の説明を受けました。会社員として働くよりも、個人事業主として働いた方が収入はアップするようです。組合に加入するのは個人事業主しか対象にしていないのか聞いてみました。例えば、起業して会社の形をとっている人とかは加入できないのか。加入できないようです。健康面について聞かれてしまいました。聞かれると、やはり「うつ」について話さないわけにはいきません。でも、もうほとんど治っていること、医者から「就業可能」という診断書をもらっていることを力説し、診断書も見せました。診断書も預かっていいですか?と言われて、断るわけにも行かなかったのではい、どうぞ、と言って渡してしまいました。他の会社受ける時にも必要なんだけどな・・・・。コピーとっておいてコピーを持って来るべきだった、と思いました。で、肝心の仕事の紹介の話なのですが、高年齢、実務未経験、うつ治療中ということで、なかなかぴったり合う案件が出てこないかもしれないような感じでした。すぐに紹介できる仕事はないので、いついつまでに紹介できるということは約束できません、と言われました。結構時間がかかりそうです。ん~、あまりあてにならないような気がします。これもあまり先がよく見えない結果となりました。最後はちょっと余談になります。この頃、発売日にDream Theaterの「SCORE」というDVDを買ったのですがいろいろとあって見られませんでした。9月16日にやっと見ました。結成20周年記念も兼ねたワールドツアーの最終ニューヨーク公演を収録したものです。すばらしい!の一言。後半はオーケーストラとの競演。世界No.1のバンドだと思いました。ちなみに9月16日の北海道新聞の夕刊の2面にお勧めDVDみたいなコーナーがあって載っていました。お勧め度星5つの最高点でした。この記事書いた人、見る目あるわ。ちなみにアマゾンで買うと定価5,900円のところ4,720円(送料無料)で買えました。私もアマゾンで買いました。しかし、このメルマガ発行のためにamazonに値段を確認しに行ったところ、定価5,900円でしか売っていませんでした。割引やめちゃったみたいです。発売前から予約しておいてよかった・・・。もし興味のある人がいたら安く買えますよ、と情報提供したかったのですが、残念ながら安く買えない状況になっていました。つづく次回は応募ラッシュの様子をお届けします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.06
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第3回「全国ひきこもり家族会 支援者代表交流・研修大会」名古屋大会(11/4・5) ***** *** うつ病からの脱出 第98号 あきらめなくていいみたい2006年9月12日(火)、今日は午後イマイチ体調が良くありませんでした。晩ご飯も食欲が無くてあまり食べられませんでした。そんな体調の中、道新(北海道新聞)適職フェアに行って来ました。事前にホームページで参加企業を調べて、求人要項・採用条件などを調べた結果ソフトウェア開発系で採用してもらえそうな可能性のある企業は一社しかなかったのでそこのブースにだけ立ち寄って来ました。その会社も平たく言えば派遣会社ですが、正社員採用で出向っていう形のようです。いろいろ話をしてみて、4月からこの半年間で13社ほどに落ちた話にもなりました。今までたくさん落ちてきた要因は、35歳というギリギリの年齢と希望給与額(25万円)だと思う、と言われました。未経験で25万は高いようです。新卒レベルの20万円前後を覚悟した方が良さそうなアドバイスを受けました。そんなものなのか、年齢は考慮されないのか、と、多少目からウロコが落ちました。学歴や年齢なんかよりも、もらえる報酬の額は実力の世界だということです。一応、話してる感じではまるっきりダメっていう雰囲気ではなかったのですが、私でもいいという派遣先企業があれば連絡をくれる、という結論にとどまりました。だから、具体的な面接の話とかまでは行きませんでした。あまりあてにならないと思いました。無料カウンセリングというのもあったので、受けてきました。やっぱり相談内容は、35歳実務未経験でプログラマーとしての就職が可能かどうか?ということです。カウンセリングで「無理です。」とハッキリ言われたら、もうあきらめようという心境になっていました。さて、年齢に関しては、100%ダメではないと言われました。意外にも・・・。まだあきらめなくても良いでしょう、と。でもどこかで区切りはつけないといけないとも言われました。募集している方の年齢制限も、プラスマイナス5歳くらいまでは幅を持っているところが実情だそうです。ホントかなあ?だからもし30歳までって書いてあるようなところでも、直接電話して聞いてみるとかしてみたらいいと言われました。あとは、職務経歴書は簡潔にとか、ちょっと気を抜いて目に留まるところを作ったほうがいいですよ、なんてことを言われました。あまり完璧な内容の経歴書だと読んでいてもつまらないし印象に残らないとか。んん~、、そうなのか??他にはとにかくやる気をアピールとか自分なりのビジョンを持ってアピールすべし、とか、そんな話でした。役に立ったような立たなかったようなカウンセリングでした。時間制限もあって、実質30分。まあ、役に立った情報としては、年齢制限には幅を持って解釈してもいいということくらいでしょうか。それと、まだプログラマーをあきらめる必要はない、ということですね。明日の夜予約をしていたFE社の会社説明会+面接は向こうの都合で土曜日に延期になりました。9月13日(水)、SプログラミングスクールのY先生から電話が来ました。個人事業主に仕事を紹介するような組合から、人材が欲しいとの求人があるらしいです。会費は、最初の仕事の売り上げのうちの5万円が初期登録料、報酬13回目までは7%収める、それ以上は5%、3%、と仕事量が多くなればなるほどマージンは少なくなるとの話でした。16日からCだかC++の人材を欲しがっている案件があるらしく、そこは研修もしてくれるそうです。その組合、東京では1800人の登録で稼働率95%、札幌では何人か聞いたけど忘れましたが稼働率は100%とのこと。稼働率とは、登録している会員が実際に仕事に就いている率のことです。登録の段階で個人事業主とか会社の形を取っていなくてもいいと言っていました。会社を作るとすると、どうなるのでしょう??さっぱりわかりません。全然考えたことありませんでしたし。調べてみようと思いました。しかし、その話がもしうまく行ったとしたら、実務経験も無しに、いきなり社長か??とか思いました。次の日、その組合(仮にSC組合と呼ぶことにします)北海道営業所のMさんから電話を頂きました。話をしましょう、ということで、来週21日(木)16:00~オフィスで、ということになりました。それと話は変わるのですが、CNET Japanのニュースで面白い記事を見つけました。以下、-*-*-*-線で挟んだ部分はニュースからの引用です。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-富士通とア○○ンテストは9月15日、電子ビーム(EB)直接描画(直描)技術による半導体試作サービスの合弁会社を11月に設立すると発表した。両社は、会社設立に向けた基本合意に達しており、これから詳細条件を協議し、正式契約の締結を目指す。出資比率は、富士通が55%、ア○○ンテストが45%の予定。EB直描技術は、電子を加速、収束してビーム状に照射し、ウエハ上に半導体回路パターンなどを直接描画する技術。合弁会社は、65nmおよび45nm製造プロセス向けEB直描技術の実用化を目指す。ア○○ンテストは、新たに65nm、45nm製造プロセスに対応するEB露光装置を開発し、合弁会社へ納入する予定。富士通と合弁会社は、EB直描技術に対応したプロセスを共同開発する。合弁会社では、2007年度に65nmプロセス向け試作サービスを顧客へ提供開始し、将来45nmプロセスにも対応させる。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-去年まで勤めていたア○○ンテストのEB露光装置部隊のニュースです。読んだ限りでは、ア○○ンテストにはEB露光装置をつくる事業は残るようです。EB露光装置事業部をア○○ンテストから切り離すというニュースではなさそうです。でも一部の人間は合弁会社に行くように読み取れます。きっとプロセスを担当している部隊かな。これは、あまり発展性のない計画のように感じます。EBの生き残りをもくろんだ苦肉の策でしょうか?EB事業を本体から切り離す布石かもしれません。切り離されたら、元々赤字の事業部だから、合弁会社はきっと倒産に向かって一直線だと思います。つづく次回は面接2件受けるものの先の見通しが立たない状況のお話です。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想は下記ページ右下「メール」と書かれた部分をクリックしてお送りください。「MIDIでメタル!!(http://homepage1.nifty.com/ASHY/)」
2006.11.05
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紅葉***** ***** うつ病からの脱出 第97号 うそつき2006年9月1日(金)、SプログラミングスクールのY先生から紹介を受けたFT社のSさんから面接の日程の連絡をもらいました。9月5日(火)9:30~、会社説明のビデオを見たりアンケートがあったりで1時間半くらいかかるらしいです。9月5日(火)、FT社の面接を受けてきました。一次面接らしいです。SプログラミングスクールのY先生からの紹介なのですが、面接官曰くシンパシーでも先月会社説明会をやったとのことでした。何をやりたいか聞かれたので、Webアプリ系と答えましたが、未経験者の場合、Cで制御系をやったらいいのではないかと言われました。そういう案件ならあるらしいです。Web系は未経験者の枠がほとんどないらしいのです。一次通るかどうかわからないけれど、二次ではCの簡単なテストもあるらしいです。今までの会社面接では、「うつ」については語らないことにしていましたが、Y先生との絡みがあることと、今までと同じ戦法ではまた同じことの繰り返しで不採用というパターンが予想されるので、正直にうつの治療中ということを話しました。治療中ではあるが、ほとんど治っていて、薬も減らしてきている段階であること、精神的には安定していて医者からも就業可能であるとの診断書をもらっていること、うつになった原因も、仕事に対するモチベーションが下がったまま無理に仕事を続けていたからであると説明し、プログラミングはまだ学校で習っただけだけれどもとても楽しく充実感を感じるということなどを話しました。「うつ」といっても私の場合は元々精神的な症状がほとんど無く、食欲が無いという身体症状が主であり、仕事をする上では何も支障がないことも話しました。合否を判定する際に、「うつ」の件が不利になるかどうか聞いてみました。すると、その面接官Sさんは「当社では人物で評価しますから、ご安心ください。」と言いました。結果は8日までに電話か書面で連絡するとのことでした。書面なら不合格だろうと思いますが・・・。とりあえずCの復習でもしようかと思いました。さて、9月8日(金)になりました。8日までには書面か電話で結果を連絡してくれるとのことでしたが、書面も電話も連絡が来ませんでした。電話で今日連絡が来なかった、ってことは、多分書面で来るのだと思います。今日到着する予定で投函したのでしょうけれど、今日には届かず、明日あたり届くのでしょう。書面ということは、履歴書が送り返されてくる可能性が大きいです。すなわち、「落ちた」と考えるのが妥当です。「さっさと結果来てくれ。気になって仕方がない。」という心境でした。9月9日(土)、案の定、FT社から手紙が今日来ました。予想通り不合格でした。ことごとく受かりません。なぜなのでしょう??落ちた理由を知りたいです。今後のためにも。Y先生にも報告しました。月曜日にでも電話で落ちた理由を聞いてみようと思うのですが・・・と言ったところ、「ぜひ聞いてみた方がいいと思いますよ、もし教えてくれないようなら、私が聞いてあげることもできます。」とおっしゃってくれました。9月11日(月)、FT社のSさんに不合格の理由を電話で問い合わせてみました。すごく答えにくそうでしたが、「病気の件が懸念されるから」という回答でした。それだけ。それしか言ってくれません。「他には何もなかったんですか?」と聞いてみましたが、あまりパッとした返事は返ってきません。「じゃあ、病気の件がなかったら、合格していたかもしれないのでしょうか?」と聞いたところ、答えづらそうに返事をはぐらかされました。面接では人物で評価するから病気のことは気にしなくていいような口ぶりだったのに、病気を理由に不合格にされました。だからSさんも答えにくそうな感じだったのかもしれません。しかしこの理由には納得いきませんでした。でも結果を覆すことはできません。うつの話なんてしなきゃ良かったと思いました。FT社に落ちたので、さっそくリクナビネクストでオープンオファーが来ていた派遣大手のFE社の会社説明会に申し込みました。早い方がいいので、13日(水)つまりあさっての18:00~の回に申し込みました。それと明日、道新(北海道新聞)適職フェアというのがあるので、行くことにしました。つづく次回は道新適職フェアの話などをお届けします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想はこちらまで: VYA10642@nifty.com
2006.11.04
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西明寺紅葉・・・・0511**? 桜が咲いていた。****** *****うつ病からの脱出 第96号 新たに応募開始2006年8月28日(月)、SプログラミングスクールのY先生が紹介してくれると言った会社(仮にB社とします)から「うつ」を理由に断られました。それを受けて、Y先生からはネットワークエンジニアなら求人も多いしJavaよりも負担が軽いからどうか?と提案されました。せっかく提案していただいているネットワークエンジニアの話でしたが、ネットワークエンジニアには今はなろうとは思っていません。というか、前からネットワークエンジニアにだけはなりたくないと思っていますというのは、仕事に興味がもてるかどうか、モチベーションを高く保てるかどうか?というところなのです。正直なところ、最初に就職したアド○○テストでは仕事に面白みややりがいを感じることができず、モチベーションが低いままイヤイヤ仕事を続けていたため、そのストレスが積もり積もってうつになったんだと思います。そのような失敗は繰り返したくないのです。プログラミングは、私にとってとても面白く感じ、仕事としてもやりがいがあると思います。シンパシーで勉強していた半年間は、とても充実感がありました。ですから、今のところはプログラマーにこだわりたい、という気持ちがあります。うつはそう簡単に治る病気ではありませんから、治るまで待っていたらいつ就職できるかわかりません。最悪、いつまでも仕事に就けなくて経済的にも苦しくなり、死んでしまうこともあり得ます。そうならないように、治療中でも採用してくれるところになんとか就職しなければなりません。B社の話からすると、就職先の会社としては次のような条件が出てきます。・自社開発 ・・・・(1)・派遣ではない ・・・・(2)そのような会社で札幌でのプログラマーの求人はあるでしょうか。Y先生は探せばあると言います。何社か名前も挙げてくれました。が、ネットで調べてみたらホームページが無かったり、プログラマーを募集していなかったり・・・と、あまり首尾はよくありません。仕事がきつくなる、ということに関して、勤務時間が長くなるということでしたら、特に問題はないはずです。ちなみに、6月7月にスタッフアイ経由で北洋銀行のシステムの開発支援をやりましたが、午後9時10時くらいまでの残業はしょっちゅうで、午前2時までやった実績もあります。時間的な拘束に対しては、今の私は問題ないはずです。このことをY先生に話したら、「通常の仕事では残業も含めて問題ない。」という医者の診断書があればとても説得力が出てくると思うと言われました。それは一理あると思いました。8月29日(火)、札幌医大病院へ行く日でした。いいタイミングなので、「精神状態は安定しているので就労可能」という内容の診断書を書いてもらいました。薬には変更なしでした。8月30日(水)、SプログラミングスクールのY先生に電話しました。派遣会社ですが、正社員採用のFT社が気になっていると持ちかけてみました。相談しようと思ったのですが、「じゃあ、連絡してみます。」と言われたので連絡してもらうことにしました。そしたら10分もたたないうちにFT社の人事担当のSさん(女性)から電話が来て、応募してもらえますか?みたいなふうに聞かれたのでぜひ応募したいと答えました。でも最初は書類審査とのことで、履歴書と職務経歴書を送ることになりました。早速用意して、夕方に速達で送りました。どうなるかなー・・・?それと、昨日リクナビNEXTのスカウトに登録しておきました。いろいろアンテナは広く張っておいた方が良いので。そしたら、オープンオファーというのが届いて、どこからなのかリクナビにつないで見てみたらこれまた派遣大手のFE社でした。説明会の日程とかが書いてあり、毎週2回くらいずつ結構頻繁に開かれているようでした。これなら急がなくてもいいな、と思い、FT社の結果が出てから応募することにしました。つづく次回はFT社の面接と結果のお話です。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想はこちらまで: VYA10642@nifty.com
2006.11.03
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NPO法人 全国引きこもりKHJ親の会(家族会連合会)名古屋大会全国大会を引きこもり問題の制度対応 への分水嶺 としよう!「全国引きこもり家族会~支援者代表交流・研修会」平成18年11月4日(土)~5日(日) 主 催 愛知県NPO法人「なでしこの会」共 催 内閣府NPO法人全国引きこもりKHJ親の会(家族連合会)後 援 愛知県、名古屋市予約先 NPO法人「なでしこの会」 伊藤 進 Tel&Fax: 0587-52-4511 ☆皆様のふるっての自由参加を歓迎致します大会テーマ 「引きこもり」支援の今後のあり方を探る ~(痛ましい犠牲が再び繰り返されないために) 第一日目 11月4日(土)会場:「ウイルあいち」12:00~13:00 受付13:00~13:30 開会:歓迎の辞: 伊藤 進「なでしこの会」後援者挨拶 愛知県知事(代:五十里健康担当局長)来賓挨拶 (国会、県議会議員などを予定)支援者代表挨拶 竹中哲夫 (日本福祉大学教授)共催者代表挨拶 奥山雅久(家族連合会理事長)13:30~14:30基調講演 講師: 田島 治 (杏林大学保健学部教授) テーマ: "社会不安障害と「引きこもり」" 14:30~14:45 休憩14:45~16:45 シンポジウム(公開討論会) テーマ:「引きこもり」の理解、さらに「制度対応」を考える座長 大重頼三郎 (愛知県精神保健福祉センター 所長) 竹内 浩 (名古屋市精神保健福祉センター 所長)シンポジスト 境 泉洋 (志學館大学講師/「引きこもり」テーマで日本初の博士)池田佳世 (SCSカウンセリング研究所主宰/臨床心理士/当問題に20年のキャリア)中垣内正和 (佐潟荘病院/精神科医/「ひきこもり外来」を開設)水野信義 (日本福祉大学教授/(元)心理研センター長/昨夏英国視察)18:30~20:30 懇親・意見交換会 会場:「アイリス愛知」第二日目 11月5日(日) 会場:「ウイルあいち」 9:15~10:00 全体会議~全国支部活動事例報告(3地区会)10:15~11:30 分科会討議/研修会~5分科会1訪問サポート・社会参加 (小西勝之:NPOコミキャン、石川清:ジャーナリスト、他)2医療的対応(中垣内正和:精神科医・佐潟荘病院、他)3認知療法研修 (陳講師:東海女子大学・岐阜-日本認知療法学会々員、他)4全国若者の部屋(交流広場) (川北稔:愛知教育大学講師、他)5"全国の取り組み課題" 討議 (伊藤進:「なでしこの会」)12:00~12:30 大会のまとめと名古屋大会宣言の採択"名古屋大会宣言"研鑽を、「ガイドライン」に続く「制度対応を求めて」総合的"まとめ" と謝辞 (本部・共催団体代表:奥山雅久)
2006.11.02
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姫路陶器市*****うつ病からの脱出 第95号 面接に臨む意識改革2006年8月28日(月)、この日二次面接だった冠婚葬祭会社あいプラン、電話で面接を辞退することを伝えました。電話の向こうは若そうな女性の社員で、人事担当かどうかはわかりませんが「差し支えなければ理由を教えていただけますか?」と言われました。「他に目指している仕事があって、もう少し挑戦してみようと思っているからです。」と正直に答えました。「また機会があったらよろしくお願いします。」と言われました。そうですね。プログラマーになれないとハッキリした時は、あいプランにもう一度挑戦してみてもいいかな、とは思っています。先週の土曜日に無料相談会に行ったSプログラミングスクールのY先生からメールと電話が来ていて、紹介してくれると言っていた会社から残念ながら断られたということでした。理由は、「うつ」らしいです。その会社はJavaとC、C++の仕事を半々でやっているらしいのですが、Javaは納期前相当忙しく精神的にも肉体的にもキツくなるとのこと。また、自社開発ではなく派遣なので、目の前で私の様子を見ながら時間や勤務を調整して行くことができないということらしいです。それと、以前うつのことを秘密にしていた社員がいたらしく、仕事が忙しくなりその人の様子がおかしいということでうつのことが発覚し、その時点でトラブルとなって派遣先から引き上げた経験があるとのことでした。だから最初からうつのことを話すと派遣するのは難しいという話でした。Y先生が掛け合ってくれたのはその会社の専務の方だったらしいのですが、実際、知識・技術の面では十分だとおっしゃってくれたようです。やはり、今まで私がいろんな会社に落ちて来たのも、年齢的なことや知識・技術の面でネックになっているのではないだろうと言っていたようです。面接で「うつ」の話をしなくても、面接官は微妙に嗅ぎ取る能力を持っている場合もあるからだそうです。面接官にうつを見抜く力があるか?私はないと思います。でも、なんとなく釈然としないものを感じるっていうのはあると思います。特に、まだ完治していない私の場合、面接のときにちょっと体調が悪い場合もあります。元気ハツラツって感じで面接に望めないことが多いです。まずそこで「何かあるのでは?」と感じられることがあると思います。実際、SプログラミングスクールのY先生には見抜かれました。(前号参照)面接官は「うつ」を見抜くことはできないかもしれないですが、「何か隠してるんじゃないか?」と感じられることはあると思います。そのちょっとした不信感だけで、採用しないことは良くあるようです。Y先生は面接の際にうつのことをしっかり話せば前職を辞めたことについても不信感を持たれずに納得してもらえるのではないか?と言います。うつのことを面接で話す。これは私もいい手なのか悪い手なのか、正直迷いはあります。私の父親はずっと人事の人間だったのですが、「うつの人間なんか採らねーよ。」と言いました。だから今までは絶対にうつのことは面接では話さない方がいいと思っていました。でも、その方針でやってきて合格できていないのですから、手を変え品を変え、ではないですが、今までやってきたことと同じ面接対策ではダメだと思う気持ちも正直なところあります。ちなみに冠婚葬祭会社あいプランの一次に通った時は、別に落ちたっていいや~と思っていたので、開き直りでうつの話もしました。その他にも正直に本心を話しました。ですが、馬鹿正直に、というわけではありません。会話の端々に「やる気」をアピールするのは言うまでもありません。そうすることで、面接官とうまく会話が成り立った、とでも言えばいいのでしょうか。幾多の面接を経験して最近感じるようになってきたのですが、本心を相手に理解してもらえるような面接ができると相手からも不信感を感じられることがないというか双方納得して面接が終われる感じがします。たとえ落ちても「いい面接だった」と、自己満足かもしれませんが感じます。後悔がないというか。もやもや感がないというか。そういうこともあり、本心でぶつかり合える面接ができればいいな、とこのころから思い始めました。つづく次回は新たにプログラマーを目指して応募再開した様子をお届けします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想はこちらまで: VYA10642@nifty.com
2006.11.02
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市民講座 地域情報化フォ-ラムICTを活用した 地域コミュニティ-づくの21世紀の井戸端会議(SNS)で友だちの輪開会あいさっ 兵庫県行政書士会会長 粟蔵富雄第1部13:45~14:45演題「コミュニティづくりとICT一地域SNSの向こうに見えるもの」講師和崎 宏氏 ひょこむ(兵庫県版地域SNS)を主宰 インフォミーム株式会社代表取締役社長 ■ 第2 部15:00~16:30演題「ICTを活用した参画と協働の促進」講師 牧慎太郎氏 兵庫県県民政策部政策局長■ 第 3 部 16:45~18:00交流会と質疑応答■ 閉会あいさつ*****うつ病からの脱出 第94号 迷い2006年8月25日(金)、冠婚葬祭会社あいプランの会社説明会に参加しました。28日(月)の二次面接は、入社意思の確認ということでした。つまり、その二次面接で入社の意思があると表明すれば、ほぼ採用決定ということでしょう。しかし、最初は営業から始めなければなりません。営業は全くの未経験、自信はありません。でも、成績を上げればたくさんの報酬が保証されています。二次面接で入社意思があると表明すること=プログラマーの道を捨てるということです。プログラマーの夢をあきらめて、採用されそうな会社に就職を決めるか、それとももう少し夢を追ってみるか、人生の岐路に立たされました。そんな心境の8月26日(土)、Sプログラミングスクールの無料説明会に行ってきました。この日に説明会の予約を入れておいてつくづく良かったです。人生に迷っているときに、今後プログラマーとして就職できるかどうかを判断する材料になります。プログラミングスクールの説明会ということで、入校を勧められる話に持って行かれるのだろうと思っていたのですが、実際は全然違いました。結論から言うと、すぐ講座を受けるような話にはなりませんでした。シンパシーの開発演習でJSP、サーブレット、Java Beansを経験済みということで、改めてJavaを学ぶ必要はないでしょう、とY先生は言ってくれました。新たに必要だとすれば、C, C++あたりかな、とのことです。その講座に必要な費用は、10万円もしないようです。今までの職歴や学歴を聞かれ、なぜ前職を辞めたのかなども聞かれました。業界全体の先行きが怪しいこと、不採算事業部だったこと、会社から予算がもらえないこと、仕事にやりがいを感じなくなったこと、札幌に帰りたい気持ちが昔からあったこと、うつになったことなど、話が長くなりましたがすべて話しました。「ああ、やっぱりねえ。」と言われました。「何かあると思ったんですよ。入ってきた時から感じました。」とのことです。確かに、体調はこの日もあまりよくありませんでした。多分先生の目には病人に見えたのかもしれません。「この経歴で、大学で学んだことに近い仕事をしていたのになぜ辞めたのか、もしかしたら心の病の問題あたりがあるんじゃないかと思いました。」というようなことを言われました。2月から就職活動を始めて、これまで落ちた会社が12社であることも話しました。まず、今までいろんな会社に落ちてきた理由は、年齢だけの問題ではないのではないか?と言われました。で、考えられる理由を四つあげられました。・C, C++の経験がない・シンパシーコンピュータ学院の信用度がない(かもしれない)・うつ(心の病気)の問題・高学歴の経歴これらを一つ一つ克服して行けば、35歳だろうが36歳だろうがプログラマーとしては就職できると思う、とのことでした。とくに年齢が高くなれば、マイナス要因だけでなく、「経験がある」というプラスの要因に変えることだってできる、とのことです。しかし、その意見には個人的にはちょっと疑問です。今のままでは何の実務経験も無しに年をとっていくだけだからです。ホントに経験があれば年齢もプラスの要因になるでしょうけれども。「C, C++の経験がない」については、どうなんでしょうねえ?あればそれは仕事の幅は広がるでしょうから採用する側も採りやすくなるでしょう。でもどうしても必要なような気はしません。どうしても必要だと実感したときに身につければいいと自分では思います。「シンパシーの信用度がない(かもしれない)」というのは、過去にシンパシーに通いながらSプログラミングスクールにも通信教育かなんかでお世話になった生徒さんがいたらしいです。で、シンパシーのJavaの授業はサッパリわからないけど、Sプログラミングスクールのテキストはわかりやすくてすぐ身に付くと言っていたそうです。それが1年くらい前の話だそうです。私にとってはシンパシーの授業はわかりやすかったので、きっとそのあとシンパシーの先生やテキストが改善されたのでしょう。シンパシーで身につけた技術をきちんと面接でアピールできればこの点については問題ないと思われます。「うつの問題」については、究極的な解は完治すること、となりますが、この病気はそう簡単に治るものではありません。治療をしながらでも就職して働かなくてはならないのが現状です。今はほとんど治っていること、精神状態は安定していることをしっかりと面接で伝えることで打破できるのではないか?というのが今のところの解決策となります。高学歴の経歴については、そこまで経歴があってその関係の仕事ができる会社にいたのになぜ辞めたのか?というところに不信感を持たれているのではないか?とのことです。不信感を持たれないような退職の理由を話せばこの問題は打開できます。でも、そこにはやはりまた「うつ」の問題も出てきます。冠婚葬祭会社のあいプランを受けてみた話もしてみました。そしたら、どっちの仕事がやりたいの?と聞かれ、「やっぱりもしやれるならプログラマーがいい」と答えたら、じゃあプログラマーを目指しなさい、と言われました。これだけの経歴があり、技術畑で来ているのにもったいない、と言ってくれました。そりゃそうです。自分でもそう思いました。で、学校に入ること云々よりも先に、とりあえずある会社を一社紹介してくれるという話になりました。月曜日に連絡を取ってくれて、向こうからいい返事が返ってきたら会ってみたら?という感じです。意外な展開でした。その学校の卒業生でもないのに紹介してくれるっていうのですから、すごくありがたいです。まずはそういう線で行ってみませんか?と提案されて、ほんとにありがたく思いました。で、もし知識や経験が少ないのなら、入校して力を付ければいいわけです。人間、一人では決めきれないことってたくさんあります。でも、その学校の生徒でもない僕に親身に相談に乗ってくれたY先生のおかげで、もう少しプログラマーになる夢を追おうと思い直しました。この日は話を聞きに行って本当によかったと思いました。有意義な時間でした。もう、あいプランの二次面接には行かない決心をしました。昨日まであった迷いがほとんど吹っ切れました。つづく次回は面接に臨む意識改革に関してお話しします。うつ病からの脱出発行人:あっし~ご意見、ご感想はこちらまで: VYA10642@nifty.com
2006.11.01
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