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今日は朝から何回もインターフォンが鳴るマンションのエントランスからの呼び出し音なのだが、受話器をとると無言である。悪戯?それとも空き巣を狙った、留守宅をチェックしているのかしら?今日は管理人さんは、敷地内のメンテナンスで業者につきっきりの様子。ちょっと不気味である。
2006年06月30日
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昨日はいつもよりもテンション高く学校から帰って来るしょうやん。「ただいま~」と急いで部屋にランドセルと、黄色い通学用の帽子を自分の部屋に投げ捨てるように置いて、すぐさま私のところにやって来るのだった。「見て見て」と汗臭い頭を思いっきり近づけてくるしょうやん。何事だろうか?と突き出した臭い頭を覗き込むと頭皮と髪の毛の間に、ピンクの粒々がたくさんこびり付いているのだ恐る恐る触って見ると、その粒々は固めで、弾力性もあったしょうやんは、にやにやしてこちらを見ているのだ。「ねぇねぇ、これ何だと思う」と嬉しそうなしょうやん。「なんか不気味なピンクだねぇ…。これは、消しゴムの粒々でしょう」ズバリ答えてやったのだ。「なぁ~んだ、せっかくびっくりするかと思ったのになぁ~」と残念がるしょうやん。「それより、なんでこんなことするのさ。学校で流行っているの?」と私はそっちの方が気になって尋ねると「違うさ。たまたま後ろの席の子が、下敷きの上で小さくなった消しゴムを細かくちぎっていてさぁ、それがしょうやんの頭にかかってしまったのさ」「ふ~ん、そうなんだ。でも、何でまたずっとそのままにしておくのさ」と消しゴムとわかっていながらも、しらみを取るような手つきで、髪の毛にまとわり付いている消しゴムをひとつひとつ取っていた。しょうやんはと言うと、ニンマリして、なかなか答えないのである。取っても取っても、次から次へと出てくる消しゴムの粒。汗まみれの髪の毛、しかも面白い臭い。そして教えてもらえない苛立ちからか、思わず髪の毛を1本抜いてしまった。「痛いさぁ、乱暴だなぁ」「ごめん、ごめん こうなったら丸坊主にでもするかなぁ」と冗談で言うのだが、それを真に受けたしょうやん。自分も消しゴムの除去作業を手伝い始めるのだった。しょうやんは、指先で消しゴムを触りながら「この感触、懐かしいんだよねぇ…。1年の時に水ぼうそうになった時と似ているのさ。お母さんにも触らせてあげようと思って、そのままにしておいたのさ」そうか、そうか、そうだったのか…。なるほど、そう言われてみると、確かに似ているかもしれないけど、私はそんなに触れ無かったよ、ブツブツにそしてしょうやんは、触っちゃだめだと言ったのに、やっぱり触っていたんだねブツブツにまぁ、せっかくなので、安心して、ブツブツの感触を味わう親子なのだ
2006年06月30日
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みなさん、こんにちは今日、お友達(ゆみくそまんさん)のブログに遊びに行って、ついつい拾ってきてしまった「バトンだびょ~ん♪」見事つながるかどうか、そこまでは考えることなく拾ってきてしまいましたが、読み逃げも大歓迎♪受け取ったバトンの中身は…1)モテモテだった時期は、いつ? ↓ お勤めして3年くらいまでかなぁ。それもおじ様方から。 2)似ていると言われる芸能人は? ↓ 沢口靖子さん キャロライン洋子さん(知らないだろうなぁ) 石川さゆりさん 3)恋人を選ぶポイントは? ↓ 決断力のある人。私が優柔不断なので。 4)ここ!って時の服装や香水はありますか? ↓ うんん…やば~!最近気にしないからなぁ…。 でも、浴衣を着ると「うふ」っと思うかなぁ。あと、スーツを着るとシャキっとします。 香水は…今これといってありません。5)告白されたことはありますか?何人から? ↓ あります たくさんありすぎて(笑)わかりませ~ん。6)わざとデートに遅れた事はありますか? ↓ ありません。が、場所や時間を間違えたことはあります。 当時はまだ、携帯も無かったから、困った困った今はもうないのかな?駅の伝言板に居場所を書いたりしていました。でも、携帯が無かったから、緊張感はあったかも。7)バトンを渡す5名は? 通りすがりの方も大歓迎です! バトン受け取ってもらえる方、どうぞよろしくお願いします。
2006年06月29日
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この前の書き込みを最後に、今朝まで楽天に来れなくなってしまった。我が家のパソコンがとうとう、壊れてしまったのだ。脳天気に「バーゲンに行ってきま~す」なんて書き込んだのが最後…。その日は主人も仕事が休みで、私が出かけたあとに主人がパソコンを使ったときは正常に稼動したらしいが、バーゲンから買えって来て、パソコンの電源を入れるのだが…何も反応がない大騒ぎをして主人を呼ぶが、主人も対処できないのだ二人は相談した 今使っているのは、かなり古く(windows 98)記録もフロッピーにしか残せないという品物で、フロッピーの容量はたかが知れている。ソフトも98では対応不可のものが出てきている。実際に、新しいデジカメに付いてきたソフトは使えなかった。修理に出すとなると、恐らく1ヶ月くらいの期間がかかるだろう。また、費用も5万以上はかかる(メーカーによると)パソコンの必要性は、主人も私も「大」なのだ。パソコンの無い生活など考えられないのだ。とくに楽天生活を始めたばかりなのに、これがなくなってしまったら…非常に困るのだ。そして、ボーナスが出たばかりだということで、その日の夕方には電気屋さんにいた、花*花家族3人。そして、購入しました。富士通のFMV、展示品に限り特価!を。展示品のため、一度初期化してからでないと、商品を渡すことができないため、受け取りは翌日(昨日)になると言われ、3人とも店員に熱いまなざしで頷いた。そして昨日の午後4時頃、私は父を引き連れて、パソコンを受け取りに行ったのだ。設置だけ父にお願いして、配線は自分ですることにした。ちなみに主人は昨日から札幌に出張中。1分でも早くパソコンを稼動させるには、自分でするより他ない。ケーブルなどの接続が完了して、セットアップ。我ながら順調にことが運んで、いよいよネットへ接続!と期待を胸にインターネットを開くのだが…接続できないのだ。ADSLの配線がうまくいっていないようだ。そうこうするうちに、しょうやんがそろばんから帰って来て、作業もはかどるはずがなく、泣く泣く中断したのだった。しょうやんが寝たらまた、トライしようと思っていたのだが、こんな時に限って睡魔が襲い…寝てしまったそして今日、ブロバイダーにヘルプコールをして、やったぁ♪繋がったぁ♪と喜んだのだが、今まで慣れ親しんでいた旧式のものとは違うので、ちょっと付いていけないのだ。それに文字入力方も違うぞ。顔文字が出てこないのだ。どうやら自分で辞書に登録するか、依然使っていたソフトをインストールしなくてはならない。メールも設定しないと送受信できない…。楽天には来れたけれど、まだまだやらなければならないことがたくさんだ。だけど、凄いよ今のパソコン。早いこと早いこと。ここの絵文字も今までは、出てくるのも登録完了も凄く時間かかってしまうので、時間があるときしか使わなかったけれど、今度は違う。パッと現れ、パッと登録できるから感動だ。 顔文字が出ない腹いせに?絵文字をたくさん使うのだ。
2006年06月29日
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昨日、授業参観&保護者会に出席したことは昨日のブログでも書いたが、それにまつわる話をもうひとつ。昨日の夜もしょうやんは、英語の絵本を一生懸命開いて、CD相手に練習していた。その間、しめしめとばかりに隣でパソコンをしていると、「お母さん、この本の表紙も、CDも一番最初に『親と子で歌って遊ぶ 英語の絵本』って書いてあるし、言っているさ!こらぁ、さっさとパソコンはやめて一緒に勉強しなさ~い!!」と言われてしまった。今まではそこの部分はさら~っと流して聴いていたのに…仕方がない。私がしょうやんと「歌って遊ぼう」と思って買ったのだから。でも、それは、しょうやんがまだまだあどけない3才の頃の話さ。でも、私はすっかり台詞や歌が頭に入っていたので(BGMのように当時は聴いていたから)懐かしいなぁなんて思いながら、しょうやんにつき合うのだが、以外や以外、しょうやんも覚えているのだ。単語や文の意味はわかっていないものの、歌とリズムはバッチリだった♪歌って踊って?2人のテンションが最高に達しようとしたその時、何かの拍子でCDの音が飛んでしまったのだ。…それは、まるで私たちの騒ぎを鎮静させるためのような、絶妙のタイミングだったのだ。しょうやんは、まったく肝心なときに!などと文句を言っていたが、きっと疲れたのだろう、英語の絵本を閉じたのだ。やれやれである。かなりのエネルギーを使い果たしてしまい、再びパソコンの椅子に腰掛けると…また、チクリ。「また、パソコンするの?」と。最近、パソコンにやきもちを焼いているしょうやん。私がパソコンをしていると返事も時々上の空だったりするからだ。すると、あの手この手を使って自分の方に目を傾けてもらおうと必死になるのだ。「お母さんさぁ、授業参観の時に名札つけてなかったでしょう!忘れたの?」とさっそく話題を提供してくるのだ。「忘れてないよ、わざわざ出掛ける前に、大汗掻いて探して、ちゃんと持ってきたさ」と今日持っていったカバンから名札を見せた。「なら、何で名札をしないのさ。あれは不審者を見分けるために必要なものだから、学校に来るときは必ず付けなくてはいけないんだよ」「だって、ほとんどのお母さんが付けていなかったよ」とお気楽に答えていたら「でも、これは決まりごとなんだから、他のお母さんが付けていなくても、お母さんは付けなきゃ駄目だよ。1人だけでも名札をつけること。人に流されたらだめさぁ!」と熱く諭すのだ。これには、何も言い返すこともできず「はい、次回から気を付けます」と真摯に受け止めるのだった。 パソコンもしょうやんのいない、学校や習い事に出掛けているか、宿題中か、寝てしまった後にしかパソコンの前に行きづらくなってしまった花*花である。これから、近くのジーンズ屋さんのバーゲンに出掛けてきます♪
2006年06月27日
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今日は授業参観と保護者会に行ってきた。去年は一度も出席することなく、しょうやんの1度しかない「小学2年生」が、私にとって空白となっていた。でも、今年は出来る限り出席めざして頑張ろう!と意気込んでいたものの、初っぱなから欠席してしまったのだ。しょうやんが中耳炎にかかって高熱を出してしまったからだ。が、気を取り直して、いざ!出陣!!今日は気合い充分、顔もまっすぐ前を向いて目指すはしょうやんのいる英語の教室へ。途中で顔見知りのお母様方と出くわすのだった。私は笑顔で挨拶をすると、ホッとしたように話しかけてきてくれた。皆、私の病気のことを知っている様子で、私の回復を喜んでくれるのだった。中にはこんなお母さんも。「あっらぁ~、こういっちゃ何だけど、顔、だんだん元にもどってきたね♪」と。私の急所をズバっと襲うのだが、変に気を遣われるよりも、不思議と居心地がいいのだ。久しぶりにお母さん達と近況報告などを交えながらの会話は楽しかった。そして、担任の先生にも直接話をすることが出来て何よりも嬉しかった。先生と私がまともに会話したのは、去年の家庭訪問以来で、私の変貌に驚き、また心から喜んで下さったのだ。3年生でクラス替えがあったものの、幸いにも今年もまた受け持ちの先生として、お世話になる。去年、私が母親として学校ですべきことを、母親の視線で手助けしてくださったことや、しょうやんの短所を長所となるようにフォローしてくれたり…他にもたくさん感謝すべきことがたくさんあるのだが、実際に目の前にすると、言いたいことの10分の1くらいしか言葉に出来なかったのだが…それでも大満足だった。 いつも下を向いていた私だが、上を向いた瞬間、世界が変わった♪人と話すと、私の心が喜んでいる♪だったら、上を向いてあるこうではないか♪♪ ところで、肝心の授業参観は…と言うと、しょうやん、悪戦苦闘だったのだ。今日は身近な文房具の単語の勉強をして、先生が1人ずつ問題をだすのだが、しょうやんの番に来ると、ふた呼吸くらいの間が空くのだ。その間、私はというと、ドキドキしたり、余分な力が入ってしまったり、手に汗握るといった具合に、冷静さを失っていた。ところが、他のお友達に同じような間が空くと、ふふふ♪かわいいなぁ~♪などと思ってしまうのだから、勝手なものだ。子供は親の期待を一身に背負っているんだろうな…。もっとどんと構えなきゃ、子供も窮屈なんだろうなぁ…。
2006年06月26日
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昨日の夜、しょうやんは本棚から4~5年振りに取り出してきたものが英語の絵本だ。これは、しょうやんが3才の時に私が買ったのだ。我が家にはディズニーの英語教材やその他の高価な教材を買ってあげる予算がない。世間では、幼児期からネイティブの英語を聴かせると良いなどと言われ、しょうやんにも…と思って購入した1冊だ。値段も内容も手頃で私は気に入っていて、3~4才まではBGM代わりに聴かせていたのだが、親も子も飽きてしまって、いつものことだが、本棚の肥やしに…。そして月日が流れ、しょうやんも小学生。小学校にあがって年に数回、英語の授業が行われるようになるのだが、やはり英語を親しんで来た子供と、そうでない子の差は大きいようだった。当然のことながら、しょうやんは、ちんぷんかんぷんで、すっかり英語嫌いとなってしまった。「しょうやんは、日本人だから、今、国語を一生懸命勉強すればいいさ。」ときっぱり主張する。 私も最初は英語は大嫌いだった。理由もしょうやんと同じだ。ところが高校に入学し私が尊敬して慕う先生が、英語の教師だった。たったそれだけの理由なのだが、英語を頑張るようになり、気付けば短大の英文科を卒業していた。だから、しょうやんにも無理にさせる必要はないだろうと思うのだった。 しょうやんが、なぜ、この本を取りだして、英語の勉強を始めたかというと今日の授業参観が「英語」なのだ授業参観などで、いつも張り切るしょうやんとしては、苦手な英語となると、張り切りようがないと感じたのだろう。慌てて本を取りだし、真剣な面もちで教材を見つめるのだ。リピートする場面では、大きな声で真似をする。まだ、英単語から発音を読みとることは出来ないので仕方がないのだが、耳から聞こえてくる音をそのまま真似るのだが、以外と日本人離れした発音で、へぇーって感心してしまった。さてさて、今日の保護者会で昨日の一夜漬けの英語が役立ったのだろうか?ちょっと疑問だが、頑張ったしょうやんをじっくりと拝見させて戴こう♪ 今日は お風呂の日(26日)なので、お風呂シーンも♪
2006年06月26日
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今日は朝食を食べて、昼食までの間ずっと、しょうやんと「プレステ2」で遊んでいた♪あっという間に時間が経ってしまって、かなりのめり込んでしまたったのだ。でも、ゲームばかりでは…「そうだ!絵手紙を書こう♪」さっそく絵手紙用の葉書、えんぴつ、色鉛筆、くれよん、サインペン、水彩絵の具などをかき集めた。絵手紙用の葉書…、以前思いつきで思わず買ってしまったのだが、生協のお菓子の素同様、引き出しの奥深く眠っていたのだが、今日、晴れて日の目を見るのだった。それでは、手始めにお互いに好きな物を描こうということになり、しょうやんはてっきり、「電車」を描くのだろうと思っていたら…ドラえもんだ。 私は誕生花が載っている花の写真の本から、今日の誕生花を。2人とも夢中で作品に取り組み、思いの外楽しかったのだ。しょうやんは、ドラえもんの後はやはり電車を描くのだが私は1枚がやっとだ。しかし、親子である。2人が仕上げた絵手紙…裏をひっくり返してみると2人とも逆さまだった!
2006年06月25日
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私の父は、ゴルフ場から色々なものを持ちかえる特にこれから秋にかけてクワガタ、カブト虫ドングリ、松ぼっくりそして、今回はちょっと変わったものしょうやんの喜ぶ顔がみたいのだろう…ゴルフボールよりも、必死にさがしているのだろう
2006年06月24日
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今日はプレドニンを飲み始めて555日目
2006年06月24日
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最近、夢の中でしょうやんは誰かとケンカしているのだろう?全身に力を入れて、足を何度も蹴飛ばし、うなり声をあげる。実生活のしょうやんは、平和主義者で、トラブルが発生しても話し合いで解決しようというタイプだ。私の知る限りでは、家族にもお友達にも手をあげている現場を見たことがない。それはそれでちょっと心配でもある。兄弟でもいたら、身近なところで体同士のぶつかり合いができたのだろうが…。昨夜も、うなり声をあげ、何度も布団を蹴飛ばしていた。だいたい5分前後のことなのだが。見ているとこっちが苦しくなり、思わずしょうやんの体を揺さぶって、その悪夢から呼び戻したくなる。しかし、折角ケンカしているみたいなので、夢の世界だけでも、大いに暴れて、大いにやられたりするのも悪くない!ひょっとしたら勝っているのかもしれない。 とにかく好きにさせよう。でも、ウルサいんだなぁ、うなり声と、蹴飛ばすときに生じる音が。
2006年06月23日
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最近すっかり、調子に乗ってしまって、活動範囲を広げる私だ。何かをしているときは、自分が病気であることを忘れてしまう。それだけ、気持ちはかなり元気なのである。ところが夜、床に入ると、途端に自分の本来の症状を実感するのだ。横になって体を休めると、手足の痺れがジンジンジンジンと感じ、関節の部分が痛かったり、軽い神経痛を感じたり、手に力を抜くと関節が固まってしまいそうな感覚が走るので、慌ててグーパーグーパーと指先の運動をするのだ。そして、いよいよなんだか胃の調子までおかしいような錯覚を起こすのである。本当に不思議なのだが、夜布団に入るとすっかり病人に様変わりしてしまう。でも、再び朝が来ると、病人になっている暇がないのだ。普通に生活するってことは、実はスゴイことなのだ。
2006年06月23日
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昨日の夜は、和食ファミリーレストランのカラオケコーナーで、1日遅れの誕生日を家族で祝ってもらいました♪私もしょうやんも、歌が大好きなので、2人ともノリノリ♪二日連続の主人も、なんだかんだ、歌っていた♪お腹もいっぱいになって、大満足♪結局、美味しい思いをする花*花でした。
2006年06月23日
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今朝、集合場所までしょうやんと一緒に歩いていると、「おかしいなぁ…今日、いつもより遅い?」と時間を気にするしょうやん。携帯電話の時間を見ると、いつもとほぼ同じ時間だ。「同じだよ」としょうやんに言うと「『ターヤジス』がまだ来ないさ。」「ターヤジスって何?」はじめて聞く言葉なので、しょうやんに尋ねると「スイミングスクールのバスみたいに駅から会社まで、働いている人を運ぶバスさ、」なんでわからないの?という顔をしている。私の住んでいるところから車で20~30分くらいのところに大きな工業団地があり、大きな工場がたくさんあるのだ。そのため、地元の駅から職場までの送迎バスが各会社頻繁に走っていて、朝、昼、夕方…いろいろな会社のバスを目撃するのだ。そして、しょうやん曰く、大体この場所で、その「ターヤジス」のバスとすれ違うそうだ。なのに今日はその「ターヤジス」のバスの姿がないので、自分が遅れてしまったのではないかと心配だったらしい。ところが、坂の下の方から1台のバスが見え「あっ!来た来た、ターヤジス。ほらあれだよ」としょうやんは嬉しそう。どらどら…見ていると、バスがどんどん近づいて、あっという間に横を通り過ぎるのだ。え~っ。あれは、かの有名なクリームメーカの「スジャータ」ではないか! 「しょうやん、あれは、スジャータって書いてあるんだよ。よくコーヒーや紅茶に小さな容器に入ったミルクを入れるでしょ。あのミルクのことを、その会社では「スジャータ」という名前を付けて販売しているのさ」「へぇー、そうなんだ。でもターヤジス書いてあるように見えるさ。」はぁ~とため息をつきながら、しょうやんは言う。「こういうところだけはお母さんに似てしまうんだよ、まったくぅ…。お母さんも人の名前や物の名前を勝手に変えて覚えてしまうからね。」ギク…その通りだ。特にカタカナものは苦手で勝手に自分の読みやすい名前で言ってしまうのだ。 それにこの前の社会科見学の作文の宿題。なんと作文ノートに10ページも書いていた。カキカキ病も見事に遺伝して居る様子だ。やはり、血は争えない様だ。
2006年06月22日
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しょうやんからの「誕生日プレゼント」はなんときっと自分が欲しかったんだろうなぁ…。「ほら、これだったら、手のリハビリにも、脳のリハビリにも役に立つさ!どう、気に入った?」としょうやん。「ほんと役立ちそうだね♪ありがとう、大事にするね」すると「でも、これは一緒に使おうね。頭の体操になるからさ!」だって…♪
2006年06月21日
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今日は5年振りに運転免許の更新をしてきた。前回は、愛媛県松山市で更新したのですが、その時は…すごく空いていて、講習会場まで待ち時間なし、ノンストップ、流れるようにスムーズに運んだ印象が残っていて、混雑振りに驚いてしまいました。そして、新しい免許書が手元に。やっぱりだ、やっぱりだ、まん丸だぁ…これは私の思い過ごしであることは、わかっているのだが、古い免許書と新しい免許書を交換するときに、係りのお姉さんが一応顔写真を確認しているのだが、私の時だけ、古いものと新しいもの、そして実物の私の顔を見比べているような気がしたのだ。気のせいなのだが、被害妄想を抱いてしまう。更新には主人がつき合ってくれた。午前中の早い時間に来たので、折角だから近くの某大型ショッピングセンターにでも行きたいなぁなんて思っていたら、「じゃぁ、とりあえず帰ろうか」と主人。そう言われてしまうと、何となくショッピングセンターに寄りたいという気持ちが素直に言えず、主人に任せるように、コメントもなく助手席から、ショッピングセンターのある方向を見つめていたのだ。でも、家に近づくに連れて、だんだんムシャクシャしてしまうのだ。折角高速に乗ってやってきたのだから、もう少しドライブとか、お洒落な店に…なんて思うのだった。そんなことを助手席で思っているなど思いも寄らない主人は、家の近所の大型ショッピングセンター手前でウィンカーを出して、駐車場に入るのだった。ついさっきまで、ベイ・エリアのおしゃれなショッピングセンターが近くにあったのに…なんでいつものところなんだろう…とため息をついてしまい、寂しくなるのだった。主人の買い物の目的は、ズバリ「デジカメ」だった。それも私専用の主人は家電専門店の前に車を停めるのだが、私の心は晴れるはずもなく、まして、随分前から、今日は夜から飲み会があって、オールナイト宣言をされていたのだ。主人の会社は、シフト制で早番・中番・遅番の交代制で、飲み会も遅番に合わせて遅い時間に始まるのだ。また田舎にあるため、スタッフの半分以上はマイカー通勤。飲み会のある時は、マイカー通勤の人は、会社に車を置いてから飲み会をする習慣が定着していて、飲み会は終電ではなくて始発で帰る…という暗黙の了解が執り行われているのだ。だから妬み根性も加わって、素直に車から降りようとせずに、またしても根暗な行動をとってしまった。今日は私の誕生日「今までは誕生日が来るたびに年が増えて、素直に祝う気持ちにはなれなかったけど、今年は誕生日を祝福したいと思っていたのに…なんか悲しくなってしまった。せっかくベイ・エリアに行ったのに、ドライブひとつ楽しむことなく、事務的な用事が済んだらさっさと帰ってしまうんだもん。つまんないさぁ。最近は仕事に忙しくて家に居る時間は僅かだしさぁ…。」と今夜の飲み会を遠回しにチクリ。すると主人の一言。「正直、去年はもう、自分のサラリーマン生活は終わったんだと思っていたさ。家庭のことでいっぱいいっぱいで、精神的にも仕事どころではなかったさ。だけどお母さんがすっかり元気になって家の事もしてくれるようになったから、安心して仕事をしたり、これまでほったらかしにしていたスタッフの話を聞いたり出来るようになったんだよ。」主人のその言葉で、私が主人に与えてしまったダメージ、心の葛藤などをを改めて認識するのだ。それなのに口から出てくる言葉は情けなく、「お父さんばかり世界が広がって、私は何だかつまらない。」と往生際が悪いのだ。「だから、誕生日の今日、一刻も早くデジカメをプレゼントしてあげようと思って、ここにやって来たんだよ。最近、楽天で楽しそうだし、カメラを持って出掛けているだろ。もっと性能のいいカメラでより一層楽天生活を楽しめるんじゃないの」完全にKO負けだ。最近主人は家のパソコンをほとんど開かないでいたから、私の楽天生活にもあまり興味がないんだろうなぁ…って思っていたのだが、ちゃんと知っていたのだ。 今、私の手元には新しいデジカメが。今必死になって、マニュアルを見て、驚き、感動し、心はすっかり花畑の中。新しいデジカメ…今日の出来事がしっかりと染みついたデジカメ。大切に、そして有効に使わなければ、バチが当たるね。「お誕生日おめでとう。そしてありがとう。」心の中で呟く花*花。誕生花は、乙女桔梗 花言葉は「感謝します」
2006年06月21日
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今日はいい天気だったので、歩いて図書館に出掛けた。そして5分も経たないうちに、後悔するのだ。帽子も日傘も忘れてしまって、日差しがもろに直撃。しかも露出している部分(顔や手など)が痒くなってきたのだ一体どうしたのだろう? 膠原病のせい? 去年の夏は???そうだ、プレドニンの副作用で顔がまん丸だったから、それを隠すために、大きな帽子、時としてサングラスにマスクと怪しい装いをしていたんだ。こんなに無防備ではなかったのだ。図書館に到着し、しばらく館内の本を物色していたら、痒みは軽くなっていた。本を数冊借りて、再び外へ出ると、やはり痒いのだこりゃ大変だと、慌てて家にもどるのだが、途中の花屋さんで足が止まってしまった。小さな白い花をたくさん咲かせた、ジャスミンが独特の香りで私を誘うのだ。ポケットの小銭入れを見ると、500円玉1枚。値札は980円ぜんぜん足りないのである…買えたとしても本を抱えて、しかも歩き…無理である更に痒みが増すので、とりあえず家に急いだ。家に帰るとさっそく小銭入れにお金を補充したものの、あまりの痒さに外出する気になれず今日のところは見送ることに…。やっぱりジャスミン欲しかったなぁ
2006年06月20日
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今日は社会科見学のため、朝からお弁当作りとなった。お弁当作りに参加できて嬉しいのだ。料理が好きとかではなく、私もちゃんと学校行事に参加しているという実感が湧くからだ残さず食べてくれてありがとう♪今日はバスで、地元の産業や歴史をたくさん学んで来たんだよね。今日の宿題の作文が楽しみだ作文とか日記の宿題は、必ず見せにやって来るので、こっそり見る手間が省けるのだしょうやん、今頃、今日の出来事をおじいに話しているのだろう。只今、おじいと散歩中 私も早く聞きたいな…しょうやんの話を
2006年06月20日
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今日は生協の配達日。寂しくなった冷蔵庫の中が賑やかになる日。今日はメニューも選びたい放題!肉、魚、野菜、洋風、和風、中華にイタリアン、なんでもどうぞ??? それはさておき、生協の注文書を書き入れるときに、ついつい買ってしまうものがあるのだ。手軽に出来るお菓子の素を♪注文するときは、作り気満々なのだ。ところが、現物が到着する頃にはすっかり創作意欲は失せてしまいとりあえず、戸棚の中に隠して、創作意欲が湧くのを待つのだ。ここ数ヶ月で貯まってしまったのが下の写真。 悲しいことに今は創作意欲ゼロ…。探せばまだまだ出てきそう
2006年06月19日
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孤独でも生きられれる...曽野綾子著作/イースト・プレス花*花の勝手気ままな独り言4「老い」よりまだま先のことと思うが、確実に衰えていく我が身。自然の流れではあるのだが、どう過ごすかで、人生も少しは変わるのだろう。そんなヒントが得られることを期待するのだが。 人は一度に死ぬのではない。機能が少しずつ死んでいくのである。それは健康との決別でもある。 【中年以後】確かに、言わんとすることはわかる。私自身の体も、成長の段階の頂点には、もう何年も前にたどり着いてしまって、今は下り坂の途中にいるのだろう。その降りる速度は個人差があるものの、今の私は決してのんびりという状況ではないのかもしれない。が急速であるという状況ではないと思いたい。一度不自由さを経験した私は、不自由の中でもそれなりの工夫をして暮らすことが出来た。人はみな老いるに従い運動能力、視力、判断力…いろいろなものを少しずつ失っていくのだろうけれど、心は最後の最後まで健康で生きられたら、どんなに素晴らしいことか。それには心を強く持ち、自分を好きになり、自分を大切にしなくてはならないのだろう。 思えば人間の生涯は、そんなに生半可な考えで、完成するものではないだろう。時間もかけ、心も労力もかけて、少しずつ完成する。当然のことだが、完成は中年以後にやってやって来る。 【中年以後】 私の人生もまだまだ未完成。可能性がたくさん残されているということだ。時間を大切に使いたい。今は子育て中心の生活で、それはそれで楽しく、子育てという使命感から自らが生かされているように思う。が、やがて子育てが終わる時が来るだろう。そんな時、寂しい思いをしない為にも今から自分探しを始め、すこしだけ社会に役立つようなことがしたい。そして自分の為に使う時間を楽しめるように成ったとき、完成に近づくのだろう。何を青臭いことを言っているのだと、未来の私は思うかもしれないが…。 5.「死」より死を前にした時だけ、私たちは、この世で、何がほんとうに必要かを知る。 【21世紀への手紙】 これは言える。私の早とちりではあるが、自分の病名を聞かされたとき、古い医学書の情報を真に受けて自分の死期が近いことを悟り、絶望の末に悟ったこと。特別なものではない。毎日を健康に生きると言うこと。当たり前であるが、一番必要なことなのだ。 6.「幸福」より私は人に会ったり、本を読んだりしているうちに、人間の極限の快楽は、「うちこむ」ことにある、と知るようになった。 【悲しくて明るい場所】あることに「うちこむ」と時間の経つのも忘れ、没頭してしまう。その間は、嫌な雑音も入ることなく、自分の世界に浸れるのだ。趣味を持ちそれに時間を費やすのは本当に楽しいことだ。私も大いに、好きなことに没頭しようではないか♪ちなみに今、やりたいことがたくさんありすぎて、ひとつに的を絞ることが出来ない状態。ちょっと欲張りだ。 私たちは物質的に豊になると、同じ速度で心が貧しくなった。 【神さま、それをお望みですか】確かに。物を壊したり、無くしてしまっても、すぐに代わりの物が手に入るので物を大切にしなくなった。人も同じように扱われているのかも知れない。正社員の採用よりも、アルバイトや派遣社員が重宝されるのも、仕事ができなかったり、景気が悪くなれば、社員よりも解雇しやすい。そのようなことが当たり前になってきている世の中…心が貧しくなっているのかなぁ…。 人は自分が必要とされていると思う時幸福になる。 【ほくそ笑む人々】その通り。必要にされているとわかると、テンションが上がり、やる気満々、笑顔満々、日々が楽しくて仕方がない。そう考えると、いつも自分1人で頑張らないで、人に頼ることも悪いことではないのかもしれない。頼ることで、相手のモチベーションが上がると、嬉しいものだ。 誰かの心の小さな部分で愛されて生きられれば、それは輝くような幸福というべきなのであった。 【極北の光】私も道ばたに咲く小さな花のように、時々、ふと、誰かに存在を気付いて(思い出して)もらえるようになったらいいなぁ。私がこの世に存在しているという証になるのだから。それには、やはり何か人のためになるようなことを、小さなことでもいい、実行できるようになりたい。 明日、この本は図書館に返却となる。各項目毎に色々な事が書かれていたが、今の私には難しいことばかりだった。人それぞれ、物の見方の違い、考え方の違いがあって当然のことである。でも、これは私にとって自分を見つめ直す、大変有意義なテーマであった。「人は孤独でも生きられる」とは、自分はこの世にたった1人しか存在しないのだから、自分の人生を大切に生きなさいと問いかけているような気がした。そして大切とは、自分を愛することは勿論、人を愛し、また感謝の気持ちを持つことも含まれているのだ。決して、誰もいない孤独な世界で生きろと言っているわけではないのだ!と勝手ながら解釈し、このテーマーを終えたい。
2006年06月19日
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私がこの病気になってから、気を付けていることといえば、風邪を轢かないこと。免疫力の低下で、風邪を轢きやすく、一度轢いてしまったら長引いて、時に肺炎を引き起こす可能性が高いからだ。発病後、初めての冬は特に神経質になり、しょうやんにも厳しく指導してしまった。外から帰ったら、手洗いうがいをすぐにさせ、咳やくしゃみをするときは、人のいない方に向いて、手を口にあてるなどをお願いした。また、少しでも具合が悪いときは早めに知らせて欲しいなどと言っていた。まるで風邪を轢いてしまうのは、大きな罪のように感じさせていたのかもしれない。自分でも風邪を轢いてしまうとどうなってしまうのか、未知の世界だったのでその緊迫した状況が続いていた。だか実際に生活をしてみて、そんなに容易く風邪を轢かないこと、けっこう図太く丈夫であることなどに気付き、警戒態勢もいつのまにか穏やかな物になるのだが…。それでも、私のとった行動は、しょうやんにかなりのダメージとプレッシャーを与えてしまったのだろう。もし、自分が風邪を轢いてしまって私にうつして肺炎になってしまったら、また入院し、最悪の事も考えたのだろう。それなのに私は自分の事ばかり考えて、しょうやんがあれ?ちょと変だぞと思うと、即マスクをしてあまり近寄らないでねなんて言っていたから最悪だ。そしていつしか、しょうやん、器用な咳の仕方をマスターしてしまうのだ。口を閉じたまま、咳をするのだ。私も真似をしてやってみるのだが、なんだか不完全燃焼…っていう感じでどうもすっきりしない。本人にも普通に咳をしても構わないんだよと言っても、もうこれが普通の咳の仕方になってしまったからしょうがないよと苦笑い。見ていて申し訳なくなってしまう。昨日の深夜、しょうやんが咳き込んだ。ヨダレがへんな所に入ってしまった様子だ。かなり咳は続くのだが…やはり口を閉じたまま咳をしているのだ。寝ている状態にもかかわらず、そんな不自然な咳をしているのを見て、しょうやんの気遣いがとても愛しく思えた。と同時に自分が情けなく思えた。病気は自分で防衛しなくてはならない。自分が努力、けっして人のせいにしてはならない。強要してもならないのだと、ちいさな息子、しょうやんを見てそう思うのだった。
2006年06月18日
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主人は最近、毎晩、お酒を飲むようになった。外で飲むこともあれば、家で食事代わりにビールと軽いつまみだけ…。お酒は弱い方で、量は前よりも飲めるようになったのだが、すぐに潰れてしまう。どこでもすぐに寝てしまう。布団で寝るように言うのだが、返事だけで行動が伴わないのだ。クローゼットの前で着替え途中に力つき果てたり、ヘッドホンで音楽を聴きながら…おせんべいを食べ途中…そして極めつけが「イナバウアー」ダイニングテーブルの椅子の浅い背もたれにもたれかかり、上半身が後ろに反り返っているのだ。見ていて苦しくなる…。勿論、布団で寝るように、何度も何度も言うのだが、返事だけで、行動に伴わない。そんな日が続くあまり、ついつい言ってしまったのだ。「仕事が忙しくて大変なのはわかるけど、私の言うことを聞いてくれないのは、私にとって、すごくストレスになるんだからね! 私の病気はストレスが大敵なのに!!」それでも、主人の体はピクリとも動かず…なんだか腹立たしくなるのだ。しかしながら、今の私は主人に感謝しなくては成らない立場で、文句を言える身分でない…、その現実が私を更に腹立たしくさせ、主人が聞いていないことを良いことに、好き勝手を言い始めるのだった。「いいさいいさ、仕事を見つけて自立してやる~! 今の私には家出するお金も無いからね!お金稼いで、沖縄に行ってやる。そうだ、カードもあるさ。カードで沖縄に行ってやる~!!」捨て台詞を残して、しょうやんの待つ(とっくに寝ているのだが)寝室へと、プリプリ怒りながら向かったのだ。私はというと、言いたいことを言ったせいか、そのご爆睡をしてしまい主人はというと、ちゃんと寝室で正しく寝ていた。今日は主人は休みだった。主人は朝10時頃まで起きることなく、私としょうやんは8時前に起きて、ごそごそ活動をはじめた。しょうやんは、おじいと馬券売り場のある「浅草」へ。私は洗濯をして、遅い朝食を摂っていた。そして主人はそろそろとダイニングに現れ「いつもちゃんと話は聞こえているんだけど、体が言うことを利かないわけさぁ…」と一言。すっかり昨日の悪態を聞かれていたのだぁ…会社でもストレス、家でもどんだ、とばっちりを受けてしまった主人。見ていてとても哀れでした。そして、私自身、言葉の暴力を振るってしまったことを深く反省せねばならないのだった。そんなこともあり、今日の休日は、あえて穏やかに過ごす、花*花ファミリーであった。
2006年06月17日
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私ごとではございますが昨日、花*花のブログへのアクセスが5858に達成いたしました。5858 と言えば、沖縄好きの私にはたまらない「ゴーヤー!ゴーヤー!」ということで勝手にお祝いさせていただきます。残念ながら、訪れてくれた方の追跡ができませんでしたがみなさま、ありがとうございました♪ 次は8131(ハイサイ)でまた、勝手にお祝いしたいと思います
2006年06月16日
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孤独でも生きられれる...曽野綾子著作/イースト・プレス3.「運命」より、自問自答もちろん、私たちは病気にはかからないほうがいいし、暑い日はエアコンがあったほうがいいけれども、原則は居心地の悪い世界がこの世であって、それを堪えるときに人間になるんだということを忘れてはいけないのですね。 【人はみな『愛』を語る】私は何かと居心地のいいところを求めさまよっているように思う。もし安易に居心地の良い環境にいられるのなら、人は努力をしなくなり、生きる目標を失うことになるのだろう。今日も、明日も、明後日も、さらなる居心地のいいところを求めて…そして人として成長でいるのかな。 辛抱強く見守ることが、すべての事を成功させる秘訣らしい。 【社長の顔が見たい】辛抱強く見守ること…今の私に必要なことだ。子育ても、なにかとすぐに先回りや手助けをしたくなってしまう。我慢我慢。私が思っているよりも、子供はちゃんと成長し、しっかりしているものだ。闘病生活にも言える。病気が今日にでも、明日にでも治ってしまわないかと切実に願うが、実際はそうもいかず、これも辛抱強く、上手に病気と付き合いながら、自分のペースを自覚して、自分らしい生活を送ることに意味があるのだろう。 私はすべての生活は過酷だと思っている。そのあって当然の過酷を正視し、過酷に堪えるのが人生だと、一度認識すれば、すべてのことが楽になる。感謝も溢れる。人も助けようと思う。自分の人生を他人と比べなくなる。 【社長の顔が見たい】 そう思うようになれれば、きっと、救われる。一番過酷だと思うときは、どうして自分だけが…と物事を自分中心に考えてしまい、他人のことが目に入らない。でも、どうにも成らないと気付いたとき、少しずつ周りが見え、他人の過酷さを知ると、自分が抱えている物が、だんだんと小さくなってくる。そう思えたらもう大丈夫。人の好意も素直に受け取り、人にも優しくなれる。そして自分を受け止め、周りを気にしないで生きていく強さを持つことができるのだろう。私の未来予想図だ。
2006年06月16日
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今日、大雨の中、音楽発表会に出掛けてきました。場所は小学校体育館。保護者は上履き持参で立ち見。私も気合いをいれて、コンパクトに納まるポーチ付き室内履きと、ビデオカメラを持っていざ!体育館へ。体育館に到着して、さぁ室内履きに履き替えようと、室内履きが入っているポーチを開けてみると…中に入っているはずの室内履きが無く…そこには想像を絶する物が。昔使っていた携帯電話と充電器…。室内履きは?いつ、どこで入れ替わってしまったのだろう記憶にないよぉ~固まっている私を見て、親切なお友達が来客用のスリッパを持ってきてくれた。どうもありがとう… 体育館に入ると、ちょうど生徒が移動していて、すぐにしょうやんを発見慌ててビデオを出して、姿を追った。しょうやんもすぐに私の存在に気付き、軽く手を挙げたのだ。そして3年生の出番がやって来て、しょうやんが壇上に上がるまで、ずっとカメラで追跡。そして立ち位置に着き、徐々にアップすると…「あれ?こっち見てるぞ」 しょうやん、しっかりカメラ目線なのだ。それも、合唱中も合奏中も、ずっ~と 見ているのだ。指揮者でなく、カメラを私は全体を移したり、右から左へとお友達全員を撮って、再びしょうやんに焦点を合わせる。その間もずっとカメラ目線だったのだろうか?しょうやん。 後々貴重な映像となるであろう 歌もリコーダーも、とても上手でした。子供の澄んだ歌声を聞いて、とても癒され、雨でも行って正解だった通学路に咲く紫陽花も綺麗だった雨が止んだらまたゆっくり見に行きたいな
2006年06月16日
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以前のブログで、薬に対するストレスを少しでもなくそうと思いついた、アバウトな飲み方…。薬を箱の中に無造作に入れて、必要な分だけ取り出し飲むやり方♪私的には、順調だったのだが…先日の通院の日には空っぽになるはずの薬達…ご覧の有り様だ!こんなにたくさん余ってしまうのは、なぜ?さすがに自分でもこれはまずいと反省。明日は、薬の仕分けをしよう…↑今回もらってきた分面倒だけど、確実で、出掛けるときもさっとカバンに入れられるからね…。
2006年06月15日
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今、しょうやんのスイミングスクールのギャラリー席で、このブログを書いている。画像だけの投稿はあるものの、本文セットは初めての試み〓ところで、今日は「県民の日」。予想は的中〓プールはがら空きだ〓世の〔千葉県の母〕は家族サービスしているのだろう〓「今日はスイミング見に来てよ〓」としょうやんに言われ、一緒に車でやって来たのだが、更衣室に入るやいなや、すぐに飛び出して来て「お母さん、帰りはスクールバスで帰る」と、バスカードをフロントのカード入れに投げ入れるのだ〓ちょっと凹んでしまったが、気の毒にしょうやん〓、今日は人数が少ないからすぐに順番がまわってくるのだ。今日はこの後、バテバテさ〓しかし見ている方も緊張感がない。いつもなら、しょうやんの順番を指折り数えて待つのだが、今日はそんな必要が無くこうして携帯と同時進行…あちゃ~、携帯やっているのに気付かれた〓しょうやん、ゆっくりバスで帰っておいで~〓
2006年06月15日
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昨日はバラ園に行ったついでに、城址公園にも行ってみました。桜の季節は、とても綺麗なのですが、今回は…菖蒲のお花畑が見事でした。他にも綺麗な花がたくさん咲いていて、とても目の保養になる、1日でした。
2006年06月15日
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今日はデジカメ持って、近くのバラ園と城址公園に出掛けた。バラ園はことしの春オープンしたばかり。そろそろ見頃も終わりそうだ。明日からまた天気が崩れるということで、思い切って出掛けてみた。到着すると、お目当ての薔薇は、先日の雨でだいぶ花びらが散ってしまって、ピーク時の20%だという。入場料を取るため、入口係員が来場者に了承を取ってからの入場となった。中に入ってみると、やはり薔薇の数は少なく、散りかけている花ばかりであった。ところが、そんな中にも、オーラを放つ花がある。私を撮ってと言わんばかりに、輝いているのだ。とたんにデジカメを持つ手が忙しくなるのだった。
2006年06月14日
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学校から帰ってきたしょうやん。 「お母さん、今日の帰りさ、○○が、しょうやんが竹花粉だって知っているくせに、わざと、竹の枝を振り回すんだよ。 あ~、むかつく~!」帰るそうそう、愚痴をこぼしてきた。 竹花粉症…そんな「花粉症」本当にあるのだろうかしょうやんは、3才にして花粉症になってしまった。しょうやんの花粉症のメインはスギ、ヒノキなのだが、ブタクサやイネなどにも反応してしまう。そして春、4月半ばから5月中旬まで、顔の目の回りにだけ発疹ができるのだ。2年前、やはり発疹が出たため近所の皮膚科に行った時に医師から「家の近くに竹やぶかなにかありますか?」と聞かれた。あるのだ竹やぶが、直ぐ目の前、それに通学路も別の竹やぶがいくつも存在する。私が今、住んでいるこのマンションも、以前は竹やぶだったそうだ。竹の祟りか「家の周りに竹やぶありますが…何か」私は医師に尋ねたら「お子さん、竹花粉でしょう」と言ってステロイドの塗り薬を処方してくれたのだ。私はその時、なんの疑いもなく、しょうやんは「竹花粉」だと信じていた。 そして2年後(去年)の春、また目の回りに発疹が出たため、今度は主人が別の病院に連れて行って診てもらうと、ここでもなぜか「竹のアレルギーですね」と診断された。同じようにステロイドの塗り薬をもらう。強い作用なのであまり使用しなかったが…。 でも、「竹花粉」って聞いたことない、だいたい「竹花粉って何?」しょうやんは自分は「竹花粉」というステータスを貰って、何だかちょっと得意げである。友達にも「竹花粉で大変なんだ」と言い歩いている。学校でも、スイミングでも…。色々なところで。HPで調べてみるも、「竹花粉」らしきものは出てこない。逆に「花粉症」は「竹酢」が効くなどと書いてある。 来年は、また別のアレルギー科専門の病院で診てもらうかなぁ…。でも、季節限定だから、ちょっと我慢してくれれば、すぐに治ってしまうからなぁ。でも、存在しない病名を誇らしげに言うしょうやんを見ると気が重い本当にあるのでしょうか?竹花粉
2006年06月13日
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今日は通院の為、半日病院で過ごした。10時予約であったが、呼ばれたのは11時15分過ぎ。今思えば、退院してしばらくは、診察券を受け付けに出すと、すぐに名前が呼ばれて診察室に案内してくれていたのだ。きっと主治医が待合室で過ごす時間を短くするように配慮してくれていたのだろう。大量のステロイドを飲んでいた私の体は、いとも簡単に感染してしまう。ところが、薬の量も減り、見るからに元気になってしまった私に、そんな特別配慮は無用となったのだろう。喜ばしい限りだ。 今日は、メモを片手に診察に臨んだ。今の症状をすべてこのメモに書いてきたのだ。いつもよりも気合充分だ!そんな私を見て主治医は「今回はいろいろあるみたいですね。」と言うものの、まったく動じた様子もなく、いつものように問診をし、主導権はあくまでも主治医。でも、なんだか安心してしまう。私は彼女のそんな姿勢が好きなのかもしれない。私がどんな時でも、いつも同じ。もし私が大変だぁと慌てふためいたとしても、どんと構えていてくれるのだろう。(小柄な美人さんですが)医師に信頼を置けるということは、長きに渡る闘病生活には有り難い。 今日はメモのお陰で、これだけは言っておこうという症状を伝えることができた。私の心配なことは、すべて血液検査でチェックしてくれるそうだ。病気になってから、定期的に検査を受ける機会に恵まれたことは、逆に幸運かもしれない。普通の主婦なら、年に1度健康診断を受けるか受けないかというところだが、私は1~2ヶ月置きに健康診断をさせて戴いているようなものだから。 今回の治療では、薬の増減なし。今の症状から見たら仕方がないことだろう。不思議と減らなかった事への不満はなく、自分でも今の量は必要だと感じている。知らず知らず、ステロイドと仲良くなってしまっているのだ。 血液検査…。今日はこれまでで最悪の検査となった。もともと私の血管は細くて、浮き上がってこないので採血しにくいのは毎度のことで本人も覚悟で臨むのだが、今日の看護士さんはあんまりだ。最初は左手から採血をしようと準備するが、パチパチ叩いても、擦ってもなかなか血管が出てこない。仕方がないので右手で採ろうということになるのだが、右手も同じように出てこなくて、しかもブルブルと手が震えてしまうのだ。そして、やはり左手に戻されてしまうのだが、その時、つい出てしまった彼女の言葉。「あなたが終わったら帰れるのよねぇ」と。私も採血が終われば会計さ…と心の中で呟くのだが。なかなか出てくれない血管ちゃん。パチパチ叩かれ、アルコール綿でゴシゴシこすられ赤く腫れ上がってしまった。私は呆然と、看護士さんを見つめてしまった。すると私の視線を感じたのだろう。「ねぇ、いつもどこから採血してるの」と妙なことを聞いてくるのだ。「その時々にも違いますけど、大体この辺りが多いですね」と一箇所指で示すと、その場所を再度アルコール綿で擦りあげ、覚悟を決めたかのように採血用の針を刺し、クチュクチュしているのだ。いつもより痛いぞ!!痛みにはすっかり慣れてしまったので、騒ぐほどでは無いけれど、痛いぞ!私は出血しやすいんだぞ!血管炎なんだぞ!と4本の採血が終わるまでの間、ずっと心の中で叫んでいた。さらに、驚いたことに、採血後にいつも止血どめの脱脂綿をテープで貼ってくれるのだが、ちょっと押さえてねと言われ、いつものようテープが貼られるまでのほんの一瞬、私の右手の人差し指と中指が脱脂綿の上に乗っているのだが、押さえている指ごとテープで貼られてしまったのだ。すぐに直してくれたが。そんなに早く帰りたいのかい?そして最後に放った看護士の一言。「随分固い血管ね」だと。「私はあなたに何かしましたか?私の血管に何か????」と久しぶりに被害妄想を受けてしまったのだ。私は看護士の名札を見た。見たからといってクレームをあげるつもりではないのだが、あなたの名前が知りたかったのだ。名前を覚え、怒りに震えながらズラリと並ぶ採血ブースから席を立とうとしたその時、今日に限って変なサービスがやって来た。病院のヘルパーさんだろうか?エプロン姿のおばさまが、満面の笑みを浮かべて「お疲れ様でした。お荷物、外の待合室までお持ちしますので、止血するまで掛けてお待ち下さい」と私の上着と荷物を持って、待合室のベンチへ先導してくれるのだ。満面の笑みで来られては、断れまい。満面の笑みで礼をいうのだ。その瞬間、あれ?あの看護士の名前…なんだっけ?忘れてしまった…。記憶力の低下なのだとしたら…恐ろしいことだ。今日は、特定疾患申請手続きに必要な書類を主治医に書いて戴き、その分の文書料がかかり、いつもよりも支払い金額が高かった。が、この手続きをすることで、膨大にかかる薬代が免除されるので、有り難い。次は、書類を揃えて保健所だ。
2006年06月13日
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今日もそろばん教室までの15分の道のりを語り合う親子。今日はいつもより、人や自転車の往来が多く、歩道をいつもなら並んであるくのだが、今日は一列になって歩かなければならなかった。私は、自転車が猛スピードで近づこうものなら、子供の前に立ちはばかり、交差点では、車側に立ち、しょうやんの盾となって歩いていた。そんな様子を不自然に感じたしょうやん「お母さんは何でチョロチョロしてるの?」「しょうやんを車から守っているのさ」「なんでそんなことをするのか?」「それは親の義務だから」しょうやんは嬉しそうに歩いていたのだが、すぐに、いつものように質問を投げかけるのだ。 「親は子供をまもらなくてはならないけど、子供だって親を守らなくてはならないときがあるさ。それはどんな時だと思う?」こりゃまた難しいことを…。老後の面倒でもみてくれるのかな?しばらく考えるのだったが、待ちきれない様子で、ヒントを言うのだ。「今のお母さんがその時さ」ん~?私?今、私が守られている??確かに病気になって進んでお手伝いをしてくれるようになったよねぇ…。「お母さんが、おじいやじゅんちゃんを守らなくてはならないんだよ」 そうか、そうだよね。私も父と母の子供だったね。まだまだ元気な父と母。私が気遣う前に、しょうやんが気遣うのだ。しょうやんがちょっと大人びて見えるのだった。
2006年06月12日
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先週、しょうやんは給食当番だった。金曜日に、当番さんが使う給食の白衣を洗濯の為持ち帰ってきた。そして昨日、洗濯をして干していると…白衣の帽子のゴムが切れていて こんな状態に…これまでにも、うちの洗濯の番になると、ボタンが取れかかっていたり、ポケットがほころんでいたりして、応急処置をするのですが、いつもブツブツ文句を言いながらの作業。貧乏くじを引くのは得意なのである。渋々、裁縫箱を取りに行くのだが、なぜか別のものを手にしている。そうだ、これを日記のネタにしてしまおう。ニンマリとデジカメ持ってはしゃいでいる♪鼻歌まで飛び出してジャジャーン♪ どうだ!参ったか~♪??? 誰に? 何に???本来の仕事をするため、裁縫箱を再び取りに行く。作業もはかどり、なんだか妙に楽しいのである。これもひとえに、ブログのおかげかな 自己満足にどっぷり疲れるブログに感謝
2006年06月12日
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孤独でも生きられれる...曽野綾子著作/イースト・プレス2.「世間」の中から感じた独り言... 人にはいろいろな理由がある。ただ外部の者は、その理由を知らないだけだ。【二十一世紀への手紙】どうしてあの人は、あんなに急いでいるのだろう。どうしてわざわざ遠回りするのだろう。どうして寂しそうなのだろう…。私が急ぐときも、遠回りするときも、寂しいときもそれなりに理由がある。人にはそれぞれ理由があるのだ。考え方も当てはまるのだろう。私はよく自分の物差しで相手をみてしまう。人それぞれ尺度は違うのに…。 暴力を振るう人は、強いのではなく、弱い人なのだ、ということも知った。【悲しくて明るい場所】このことは、今、我が子に言い聞かせていることだ。 1人の人を傷つけるくらいの強さがないと、1人の人の心も救えない。【自分の顔、相手の顔】人の心を救う…生半可なものではないのだろう。本当の苦しみは本人にしかわかり得ないのだから。それでも支えたいと思うのが人の情け。ただその情けが中途半端な表現になってしまうと、時に誤解を生むこともある。相手のプライドをずたずたに引き裂くくらいの覚悟をもたないと信念は伝わらないということなのだろうか…。未熟者にはまだ計り知れない領域だ。 すべての人生のことは「させられる」と思うから辛かったり惨めになるので、「してみよう」と思うと何でも道楽になる。 【自分の顔、相手の顔】心がけたいことである。自らやる気を持って行動すると、達成感もあり、心身共に健康になれそう♪
2006年06月12日
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昨日は主人の実家で食事会が行われた。ご馳走が並んで、久しぶりに食べ過ぎた。明後日病院の日だと忘れて、せっせと血糖値を上げるのだった…。 大勢で食べるとご飯も美味しく、子供達も楽しそうだった。そんななか、しょうやんの従兄弟が兄妹ケンカを始めるのだった。ただ仲良しケンカなので見ていても目くじらを立てるような内容ではないのだあ。しょうやんも楽しそうにケンカを見ていた。私もそんな姿を微笑ましく、また羨ましく思って見ていると…義母が「しょうやんも、妹欲しい?」と…。あちゃ~。私も主人も兄妹をつくってあげたかったのだけどドキドキしながら、しょうやんの様子を見つめていると、「アイガーちゃん(従兄弟の仮名)はしょうごにとっても、いとこの妹だから、今のままでいいよ」しょうやん、私に気を遣っているのかなぁ…。小学校上がる前まではずっと、「お母さんのお腹の中にいつ赤ちゃんが入るのか?」 とよく口にしていたから。寂しい思いをさせてしまっているのだろうね…なんてって思っていたら突然声を大にして、「って言うか、お母さんの面倒をみるのが大変で、妹のお世話なんてできないさ!」その場の雰囲気を変えるために言ったのか、心の叫びだったのか…。しょうやん…とりあえず従兄弟交流会を増やして、兄妹ごっこしようね。そして、しょうやんは、将来賑やかな家庭をつくれるといいね
2006年06月11日
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昨日に引き続き...孤独でも生きられれる...曽野綾子著作/イースト・プレス2.「世間」の中から感じた独り言… 「家庭の会話なんてばかばかしいから心が休まるのである」 【自分の顔、相手の顔】 本当にそうだよね…なんの警戒心もなく、思いのまま、リラックスした姿、それこそ寝そべりながら、どうでもいいような話しをするのは家族とだ。その空間は空気のように自然で心地よい♪ 私たちは平等ではないが、対等である。 【悪と不純の楽しさ】「平等」という言葉を目にすると、すぐに思い浮かぶのが学校教育の日本国憲法の「法のしたの平等」。ただ、私の中では、あまりに漠然としすぎていて、何を基準に平等というのかあまり考えようとせずに今日まで過ごすのだが…ある意味幸せなことなのかもしれない。それよりも身近な生活の中で感じるのが「公平、不公平」。ちょっと世界が小さくなってしまうのだが私の日常では自分と他を比べて、何かにつけて「不公平だぁ」と思うところがある。この本題である「対等」とは?「対等」…という言葉をイメージしてみるのだが、なぜか心に浮かぶのは「劣等感」又は「優越感」の中にいる私。ところが主人公を子供に置き換えてみると、子供はみんな「対等」であると思うのが不思議だ。何が出来るから偉く、何が出来ないから駄目でるということはない。人はみな対等だと思る時は、社会の中でも積極的になれる。幼少時代とそれから社会に出た直後、そして社会生活にもまれにもまれて自分の居場所が確立できたときなどがその時期なのかもしれない。私の辞書に、対等という言葉を登録するのなら「自分は自分!人に勝っていることもなければ、劣っていることもない。堂々していればいいのだ!」あと数年もしたら、恐らくまた別の考えを持っている自分と出会い、照れ笑いをするのかもしれない(笑) すべての人はあらゆる人から恩恵を受ける。善からも悪からも贈り物をもらう。そのからくりを考えると、誰もが本来なら誰もが謙虚にならざるをえないのである。 【社長の顔が見たい】今の自分には、この言葉の意味がよくわかる気がする。それなのに忘れてしまう…謙虚に生きることを。 人間の世界というものは、あらゆる方のお世話になって1人で生きているわけです。私たちはすべての人の助けをいただきながら、力を発揮できるということを忘れてはいけないと肝に銘じています。 【日本財団9年半の日々】この文を一読して、「ほら、やっぱり人は独りで生きていけない!」と安心して読むのだが、そうではなかった…。文中にはやはり「1人で生きているわけです。」と明言している。そして注意深く読んでみると。ここで言っていることに、なんの疑いを持つことも出来ない。ふと、ベランダの朝顔をを思い出いだした。朝顔は支柱を上手にツルを巻いて生長し綺麗な花を咲かせるのだが、支柱のない朝顔もそれなりに花を咲かせることが出来る。ただ、支柱のある朝顔の方が花も大きく、元気である。私も多くの人に支えられて成長してきたのだ。 どんなに拒否をされても、それが人間としてやるべきことだと思ったら、やるべきであり、感情ではついていかなくとも理性によって相手を愛し続けることが必要です。 【日本財団9年半の日々】個人的に今の私に思うところがある。働き過ぎの主人に対して。主人は私の病気が安定したこともあり、今がまさしく働き盛りで、本来の自分の仕事に精を出す今日この頃。ところがその仕事が忙しすぎなのだ。休日返上、早朝から遅くまで会社で過ごす。多忙の為か、食事をとるタイミングが乱れ、食欲もなくなり10kg痩せてしまった。たったの2ヶ月で。そして毎日疲れてた顔をしているのだ。家にいる時くらいは好きに過ごしたいのだろう…CDを聞きながらボーっとしている。そんな主人にうるさくつきまとっては「もう少し仕事をやすもうよ」「ビールばかりでなく、ちゃんとご飯食べようよ」「1回病院に行って健康チェックしてみようよ」とうるさく付きまとう。そしてそんな私が煩わしいようだ。言われることもストレスになっているようだ。だんだと言葉を選びながら、それでも口から出てしまうのだ。ついつい感情的になってしまう。理性によって相手を愛し続けること…想いが通じるといいのだが。
2006年06月11日
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そろばんを初めて1ヶ月。しょうやんは、よほどそろばんをお気に召したのか、そろばん教室の話ばかりをする。ついこの前まで、ひとケタの足し算をしていたとおもったら、あっという間に2ケタのかけ算をしている…。私が筆算でやらなくては答えられない、かけ算ができるようになっているのだ。うれしくて仕方のないしょうやんは、日常あらゆるところで、計算の問題を出してくる。それも日増しにケタが増えてきて、お手上げだ。しょうやんから逃げるように、家事をするふりをする。でも気付くと居るのだ!すぐそこに!そして聞こえてくるのだ「ネガイマシテハ~♪ ×○*□△ 円な~り~♪…」
2006年06月09日
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昨日に引き続き…孤独でも生きられれる…曽野綾子著作/イースト・プレス「孤独」の中から問答をはじめよう。人の考えを憶測したりするのは無礼というものだ 【神様、それをお望みですか】ドキリとしてしまう。困ったことに私は憶測の固まりで物事を考える癖があり、本人もそのことは自覚している。ことにここブログのコメントを書くときなど、その力が発揮されているように思う。怖いことだ…。 私はもの凄く「無礼者」ということになる? 自分以外の人のことを考える時、実際のことプラス、こうだったらいいのにと余計なことを付け加えて考えてしまう。人に対し興味があり、人と関わりたいから、あれこれ憶測してしまうのだろう。ちょっと考えなくてはならない課題かな。 嘆いてみたところで、不運がさってくれるわけでもない。暗い顔をして生きてるのも人生なら、明るく生きるのも同じ人生だ。 【アレキサンドリア】そうだ、そうだ、その通り。明るく生きようではないか。暗い顔をしていると周りまで暗くなってしまう。心に明かりを灯しましょう♪ 苦しみもまた、1つの恵みだ、という言葉は真実なのだが、これほど口にできるものもない。他人が苦しんでいる時に、はたでこう言ったら、これほど同情のないものはないし、自分が苦しんでいる側で、他人にそう言われたら腹が立つに決まっている。 【私を変えた聖書の言葉】そうだろうな…。私自身が病気で外出もままならなかった頃、よく言われたこと。「今まで頑張りすぎたから、神様がお休みを下さったのだ」と。最初は、その言葉はなんの慰めにもならなかった。むしろ、このまま何もせずに生きろなんて残酷だと思ってしまったくらい。でも、今は病気は神様のご褒美かもしれないと思う。私に自分の時間をたくさんくれたのだから…。大事に使わないと申し訳ない…。まだまだ有効活用しているとは思えないのだが。苦しいときにかける言葉…やはり難しい。それでも言葉をかけてくれるのは、優しさなのだろうと思う。あとは受け止める側次第なのだろう。
2006年06月09日
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図書館で出会った1冊の本孤独でも生きられる著者 曽野綾子★イースト・プレス 本文には6つのテーマが描かれている。孤独世間運命老い死幸福今日は、1.孤独の中に収められているものの中から少し抜粋して自分なりの答えをだしてみた。何がなくちゃだめだ、とか、誰がいなくちゃいけない、なんて思うのは間違いなのよね。何が無くても、誰がいなくても、人間は何とかやって行くのだから。 【極北の光】残念ながら、今の私の原動力となっているのは「家族、特に息子の存在」である。子育てをすることが、私自身を育てている。子供が外に出たいと思うから、それにつき合って外に出る。子供には栄養のバランスをとって貰いたいと食卓に気を遣うことは、自らの食生活にも繋がる…。家族と共存することで、生かされていると思う。なので、私は1人ではまだまだ生きられないのだ。 自分流に不器用に生きることである。自分流でなく、他人流に生きようとする人が多すぎるからストレスが起こる。 【社長の顔が見たい】確かに人と同じでなくては不安になることがある。子供には人に流されることなく自分の意志は尊重しなさいと簡単に言ってしまうが…言っている本人がそれをきちんと出来ているかと尋ねられると、出来ていないのである。社会に対してストレスを感じるのもこのせいなのだろうか…。 人間は1人1人、誰も比べる必要がないのだ。【近ごろ好きな言葉】人にはそれぞれ個性がある。人生も人それぞれ…。最終的には自分の道を歩むのである。まずいことに、これでは、孤独を受け入れることを意味するのだろうか?いやいや、独りぼっちにはなりたくない。 自分にとっていい生き方というのは、けっして他人と同じに生きることではないのです。【悪と不純の楽しさ】他人を真似ることは出来ても、真似るという事自体が自分の本来の姿ではないということなのだろう。 もっと小さなことを喜び、世間がではなく、自分が喜べることを喜べばいい、ということも、私は人生の比較的早い時期に知った。【悲しくて明るい場所】自分の生活の中で、些細なことでも喜べることは以外と簡単に出来るはず。育てていた花が綺麗に咲いた。今月も風邪をひかなかった。体重が少し減ったなど、小さな喜びは日常に埋もれているのかもしれない。高望みばかりをして達成感がえられないより、小さな目標をクリアーすることの方が時には心をリラックスさせてくれるのだ。人生のうちで高いハードルを掲げなくてはならないこともあるが、小さなことでもコツコツ積み上げていけば、それと同じくらいの価値があるのかもしれない。 自分の責任でないことは別に謝る必要はないのである。【21世紀への手紙】本心なのだろうが、これが出来れば本当に独りでも世の中を渡っていけるだろう。私の場合、トラブルが発生すると、とにかく穏便に済ませたいという気持ちが働いて、自分に非がないのに謝ってしまうことが実際にある。特に子供同士のトラブルなどで…。明らかに相手が悪くても「子供のしたことなので、お互い様」と言葉を濁し、こちらにも非があるかのように振る舞うのだ。そんな親の姿を見て子供はどう思うか。それを考えると自己嫌悪に陥るのだが。やはり、つまはじきにされてしまうのが怖いのだろう。まだまだ、独りでは戦えないのである。ちなみに自分の非を認めない、気付かない人も最近多いきがする。
2006年06月08日
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連日テレビのニュース番組で「村上ファンド」のインサイダー取引の話題を取り上げられている。それを見ていたしょうやんは…。「ねえ、村上ファンドという人は、何をしちゃったのか?ライブドアの堀江貴文容疑者と同じなの?」しょうやんは、村上ファンドは人の名前だと思っていたらしい。まずそこから訂正だ。「村上ファンドというのは、人の名前じゃなくて、会社の名前かなぁ…。本当の名前は村上世彰(よしあき)って言うんだよ。それから堀江貴文容疑者は今は被告者といって、法律でしてはいけないことをしたとして訴えられているんだよ。村上世彰(よしあき)は、今のところ容疑者かなぁ…」などと答えると「エー、今までずっとあの人は、ファンドという名前かと思っていたさ!」と驚いていた。小学生にはまだ、容疑者、被告者の区別をしろといっても無理だろう。私自身、理解しているのか怪しいものだ。「ところでさぁ、インサイダー取引ってなんなのさぁ?」と尋ねるしょうやん。「インサイダー取引はねぇ…お母さんも詳しくはわからないのだけど、ある会社の株の値段がこれから高くなりますよ!という情報をその人だけが知っていて、株の値段が上がる前にたくさん買い占めて、株の値段が上がったらそれを一気に売って、お金をたくさんもうけることを言うのかなぁ。たとえばお正月によく福袋がお店で売られているよね。お店の人が袋の中に色々な商品を入れるのだけど、お母さんがこっそりその作業を見ていて、自分が欲しいものがたくさん入っている袋を覚えておいたり、お店の人にこっそり中身を教えて貰って、自分だけお得な買い物をすることと少し似ているかなぁ。でも、お母さんはそんなことしてないよ!(念のため)株の話はお母さんもさっぱりわからないなぁ」「ふぅーん、でもさ!株って紙切れなんでしょ」としょうやんは不思議そうに言う。「そうだよ。紙切れにすごい値段が付いたり、価値がなくなってしまったり、何だか不思議だよね」「で、村上ファンドの村上さんは、インチキをしてお金儲けをしたんだね」と納得するしょうやん。「そう言うことかなぁ…」ちょっといい加減なことを言ってしまったような気がするのだ。で、子供ニュースで確かめることにしました。 村上ファンド 村上代表をインサイダー取引の疑いで逮捕 東京(とうきょう)地検(ちけん)特捜(とくそう)部(ぶ)は五日(いつか)、「村上(むらかみ)ファンド」代表(だいひょう)、村上(むらかみ)世彰(よしあき)容疑者(ようぎしゃ)(四六)を証券取引法(しょうけんとりひきほう)違反(いはん)(インサイダー取引(とりひき))容疑(ようぎ)で逮捕(たいほ)しました。 調(しら)べでは、村上(むらかみ)代表(だいひょう)は、ライブドアがニッポン放送(ほうそう)株(かぶ)を大量(たいりょう)に買(か)うことを知(し)って、その公表(こうひょう)(二〇〇五年(ねん)二月(がつ))よりも前(まえ)に、ニッポン放送(ほうそう)の百九十三万株(かぶ)余(あま)りを違法(いほう)に買(か)った疑(うたが)いです。ライブドアの大量(たいりょう)取得(しゅとく)が公表(こうひょう)されて株(かぶ)の値段(ねだん)が上(あ)がったところで株(かぶ)を売(う)り、三十億円(えん)以上(いじょう)ももうけたと特捜(とくそう)部(ぶ)はみています。 インサイダー取引(とりひき)は、秘密(ひみつ)の情報(じょうほう)をもとに株(かぶ)を売(う)り買(か)いして、もうけることです。(毎日小学生新聞)
2006年06月08日
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今日、図書館で1冊の本に出会った…。孤独でも生きられる著者 曽野綾子★イースト・プレス今の私にとって「孤独」…一番過酷なもの。それなのにこのタイトルを偶然視界に入ってしまい、なぜだかとても気になるのだ。そして、こともあろうに今、この手の中に…。家族や周囲の支えで今の私が存在するのだと思う。もし孤独だったら…果たして私は前を向いて歩くことができたのだろうか?そんな思いもあり、この本を紐解いてみようと思う。冒頭の1行は「弱さを自覚する時、初めて人間は、強くなる方法を見つけるのである。」【わたしの中の聖書】よりなるほど…お見事!仰るとおり、病気になってどん底に気持ちが落ちこんでしまい、自分の弱さを認めてしまうと気が楽になり、生きることへの欲がでてくるのだった。最初は制限だらけの生活が我慢ならなかったが、少しずつ自分に出来ることを見つけられるようになった。うんうん、初っぱなから共感してしまうのが、ちょっと怖い。でも、まだまだ本題はこれからだ!だって、わたしは1人では生きられないから…
2006年06月07日
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今日は地域の保健所主催の「膠原病講演会」に出席。講演内容は、「膠原病について-その最新治療法」と「副腎皮質ステロイドホルモン」について。「膠原病について-その最新治療法」 膠原病とは、自分の身体を自ら痛めてしまう病気なのだと冒頭で説明を受けた。自己免疫疾患のため、細菌やウイルスを除去することが出来ず、自分の体の一部に対して誤って免疫反応を起こすのだという。一口に膠原病とっても、その種類は何種類もあって、同じ種類の病気でも患者によって、また時期によってもその病気の状態は異なり、恐らく今日出席された人たち全員、微妙に症状は異なるでしょうと…。 膠原病は、発症するとその活動期間は長いのだ、最低10年以上かかることも希ではない。その為長期の通院と投薬が必要になるとのこと。治療法として有力なのは、やはり「ステロイド」だ。ステロイドを投与することで症状が緩和される。そして以外だったのが、最近では「サンディミュン、エンドキサン、メンソレキセートなどの抗ガン剤の一種が有効であること。ただし強い薬なので副作用もセットであるが。「ステロイドホルモンについて」 ステロイドホルモンは誰にでも存在し、副腎皮質で分解され、糖質や電解質代謝作用、抗炎症作用、免疫抑制作用、抗ストレス作用などを持つ物質。通常ヒトは副腎よりプレドニゾロン5mgで1錠程度、毎日分泌されるが、感染症、手術、事故などではその5倍まで増え、ストレスに対抗しているのだという。ところが、膠原病を発症してしまうと、ステロイドホルモンを自ら分泌することが出来なくなってしまい、体外からそれを補わなくてはならない。まさに今の私だ。 近年、漢方薬とか、東洋療法が副作用も少なく効果的であるように伝えられているが、残念ながらステロイドの代わりにはならないとの見解を述べられた。ビタミンCを摂ることは有効とか。 ステロイドの副作用はこれまでのブログでも触れていたが、今日は改めて知ったことがいくつかあった。★ステロイド離脱症候群…プレドニンを5mg2錠以上を1ヶ月以上毎日服用すると 副腎はステロイドを分泌しなくなる。この時ステロイドを 中止すると体内でステロイド不足となり、中止2~3日で 発熱、倦怠感、関節痛、食欲低下、血圧低下、ショック などを起こす。その為、ステロイド内服者は予備を持ちたい。 ★下痢・嘔吐・腹痛などで内服できないときは点滴が必要★ループス腹膜炎…急に吐き気、嘔吐、腹痛が出現することがあり、虫垂炎(いわゆる盲腸) 誤って手術される可能性があるが、この場合はステロイドを大量投与する ことで回復するので、まずは内科(主治医)に早急に連絡する★虫歯・肺炎・気管支炎になりやすい…唾液と涙の減少のため口と目の乾きが生じる為。 唾液が減少すると、口の中の食べかすなどが、 残ってしまって虫歯になりやすく、細菌も付着 し、それが胆汁に入り込むと肺炎や気管支炎になる。★結核になりやすい★爪水虫になりやすい…薬で改善できる★帯状疱疹の症状があらわれたら3日以内に薬を服用しないと、薬の効果が得られない。★何事も早期治療が必要…すこしでも変だと感じたら、速やかに主治医に連絡。 ★自己血圧測定を実施する…正確な数値を得るためにも、朝食前、夕食前、夜間や早朝に測定。 コントロールの目標は130台/80台。高血圧症の予防に努める。★抜歯…プレドニン6錠程度以下になってから。抜歯当日あるいは、抜歯3日程度は抗生剤の 内服が必要。細菌の感染による合併症を予防するため。2時間の講演会であったが、私にとっては有意義な時間であった。4年に1度このような講演会を開いているらしい、4年後の私…また参加しているのだろう。今回は新米患者、次回は中堅患者になっているのだろうか?
2006年06月07日
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今日は主人と2人で映画を観にいった。明日の記憶第18回山本周五郎賞を受賞した荻原浩の同名長編を原作に、『トリック』や『ケイゾク』の堤幸彦監督が映画化した人間ドラマ。若年性アルツハイマー病に侵された男と、ともに喪失を乗り越えようとする妻の夫婦の情愛をたおやかに描く。互いを受け止め合い、痛みを共有する熟年夫婦を渡辺謙と樋口可南子が好演。人を愛することの根源的な意味を問いかける重厚なテーマを、ソフトな語り口でつづる堤監督の演出手腕が冴え渡る感動作。(FLiX)よりこの映画を通して、我が身を思う。どうにもならない現実…それをどう受け止めればいいのか、やはり心の持ちようなのだろう。家族への思いも同じだ。互いを気遣うあまりに、苦しくなることがある。感情がもつれて、ぶつかることもある。愛があるからこそなのだろう。病気が進行していく主人公が、ついに妻のことを忘れてしまう…。妻に名前を尋ね、込み上げてくる想いを抑えながら自分の名前を教える妻。初めて名前を教えてあげた時とまったく同じように答え、皮肉にも同じコメントを返す夫…。悲しくもあり、嬉しくもあり、寂しくもあり…。私も主人も映画を観ながら泣いていた…。互いに我が身に置き換えて、泣いていた…。闘病中の私には、少し刺激的なストーリーであったが、甘えられるうちに甘えたい、可能なことは何事もチャレンジしたい、家族の心の支えになりたい、そして最後は…自分を大切にしたい。それが最後の恩返しのような気がするのだ。
2006年06月06日
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朝、洗濯物を干しているときに、しょうやんの靴下だけ『かたちんば』であることに気付いてしまった同じ色で同じデザイン、靴下に描かれているアルファベットの文字の縁取りが赤とブルー、これだけがちがっていたのだが…今日も、『かたちんば』を履いていったしょうやん。誰かにきづかれてしまうのかしら…。ドキドキしながら帰りをまつのである。
2006年06月06日
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朝、集合場所までしょうやんを見送り、家に帰って玄関を見ると…しょうやんの「リコーダー」がポツリ。何で~!!何で、お留守番してるのさぁ!!!とりあえず、リコーダーを持って追いかけよう!再び今来た道を逆戻り。しょうやんは、朝の登校メンバーを変えてから、これまでよりも20分は早く家を出ているので、途中にしょうやんの同級生に遭遇したら、バトンタッチ♪と軽く思っていたのだが…。追い越す子どもたちの名札を見るがこんな時に限って同級生がいないのだ。今月、学校行事で音楽発表会があり、朝の会と帰りの会で、音楽発表会の時に演奏する曲を練習しているのだ。しかも、今日の1時間目は音楽。リコーダーが無くては困るに違いない…。自然と早歩きから、小走りへと変わり、本物のリレー選手のように、リコーダーをバトンのように握りしめて、小走りで登校途中の生徒らを抜き去るのだった。それも今日に限って派手な赤いパーカーを着ているので、目立たないわけがない…。が、本人は必死なので、そんなことを判断する余裕さえないのだった。 学校に到着し、事務室に忘れ物の届けに来た旨を伝えると、まだ始業前なので、直接教室に届けてくださいと、来賓名簿に名前を記入させられ、来賓用の名札を受け取る。そして、しょうやんのいる教室へと向かうのだが、やはり目立つのである。みんなお利口さんに挨拶をしてくれるので余計に恥ずかしい…もっと地味な服着ていれば良かったとつくづく後悔してしまう。ただ救いだったのは、寝ぐせはしっかりと直して、薄化粧をしていたことだ。でも、きっと、しょうやん、嫌がるだろうなぁ…のこのこ教室に押し掛けて、「はい、忘れ物!」なんて登場してしまったら。しょうやんの教室にたどりつき、教室の中をこっそり覗くと、すぐにしょうやんと目が合った。当然固まってしまうしょうやん。私は、リコーダーで手を振るように「忘れてるぞー」と念じるのだ。すると、すぐにお友達数人を引き連れて廊下に出てきて、恥ずかしそうにリコーダーを受け取るのだった。とりあえず、退散。お互いに気まずい空気を感じていたのだろう。後ろを振り返ることなく、一目散にその場から離れたのだ。そしてホッとして、校門を出るのだが、すぐに後悔をした。また余計なことを…、また親バカなことをやってしまったと!忘れ物をすると、どんなに困るのか身を持って体験する良い機会だったのに、なんて愚かなことをしてしまったのだろう…。家に着くまでの間、ずっと自分を罵るのだった。そして、どっと疲れるのだった。学校から帰ってたしょうやんは、真っ先に「リコーダー、ありがとう」と礼を言ってきた。今日、1人だけ、リコーダーを忘れて来たお友達がいたらしい。しょうやんは、その子のことがずっと気になって見ていたと言う。朝の会も帰りの会も、音楽の時間もずっと見学で、とてもしょんぼりしているように見えたらしい…。 リコーダーを届けた時に一緒に廊下に出てきたお友達は、しょうやんに「へぇー、しょうやんのお母さんってあんななんだ♪」と言っていたらしい。「あんなって、どんななの?」と聞くと「知らないさ、あんなは、あんななのさ」と答えるしょうやん。最後に地雷を落として、そろばん教室に逃げてしまった…。もう2度と忘れ物を届けないぞ!と誓う母である。
2006年06月05日
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この2.3日肌寒い日が続き、それが顕著に表れる。痺れが強くなり、節々が痛む。むくみも相変わらずで、手は、薄手の手袋を1枚はめているような感覚だ。足は…ジンジンしている。最近、睡魔を感じることが多い。PN(結節性周囲動脈炎)を発症してから、不眠症状が強かったのだが、不眠を感じることがない。寝る前に飲んでいる睡眠導入剤は、もう不要なのかも知れない。この薬は精神を安定する成分も含まれている。自分自身、以前ほど病気に対して神経質にならなくなっている。試しに、睡眠導入剤(アモバン錠)を今日だけ、飲むのをやめて見ようかぁ…と悪魔の声がささやくのであるが、やはり、主治医にちゃんと聞いてからにしよう。
2006年06月05日
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今日は日曜日。久しぶりに家族が揃う休日だ。前回は子供の日だったかなぁ…。しょうやんのリクエストで公園に行くことになった。いつものように車に自転車とサッカーボール積み込んで、いざ公園へ。公園に到着すると、さっそく遊歩道で自転車を乗り回すしょうやん。私と主人はベンチに腰掛け、普段の会話不足を補うかのように話しが弾むのだ。そんな様子を自転車を漕ぎながら見ていたのだろう…。しょうやんは、あっさりと自転車を乗り捨てて、私たちの間に座り、話しに割り込んでくるのだ。そして、サッカーのパスの練習をしようとサッカーボールを主人に向かって蹴りはじめた。主人としょうやんが楽しそうにボールを蹴っているので、いつしか私自身も一緒になってボールを蹴飛ばしていた。だが、すぐにくたびれてしまい、見学者に戻るのだ。そして気付くと、主人も私も我が子の姿をボケーッと見ているのだった。結局しょうやん1人でサッカーボールを蹴ることになってしまい、当然しょうやんは、つまらなそうにボールを蹴っているのだ。そしてたまりかねたようすで私たちのいるベンチにやって来て「他のお父さんはみんな元気に遊んでいるのに、しょうやんのお父さんだけヘロヘロさぁ」と言うのだ。周囲を伺うと、しょうやんご指摘の通り、元気なお父さんでいっぱいだった。主人は苦笑いをしながら、また少しだけサッカーをつき合い、アイスクリームをエサに上手く公園からショッピングセンターに誘導することに成功したのだ。公園からショッピングセンターまでの道のりは、やはり不服だったようで、表情が暗い。が、アイスクリーム屋さんのショーケースの中からアイスを選ぶ時には満面の笑みを浮かべていた。そして主人はというと、今度はもっと相手をしてやるかぁ…などと漏らしていたのだった。
2006年06月04日
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私の義理の父と母は、毎年、海外に旅行に出掛けている。ここ数年は特に世界遺産めぐり中心の旅行をされている。去年の行き先は「クロアチア」。クロアチアは今月18日に行われる、2006年FIFA ワールドカップの日本の対戦国で馴染みがあるが、それ以外のことはあまり知らなかったが、今年の2月初旬、NHKの世界遺産を紹介する番組で、クロアチアのドブロブニクの特集を見ることができた。恥ずかしいことに、世界遺産に登録されている事も知らなければ、つい数年前に紛争が起こって、街中が戦火の被害になってしまったこともその時まで知らなかった。ドブロブニクは紛争が起こるまでは、私から見ると心豊かで、理想的な福祉国家が営まれていて、景観も綺麗で、とても素敵な国という印象を強く持ったのだ。しかし、紛争が始まり、国家が崩壊するのだ。やがて紛争も終わり、国民が力を合わせて、世界遺産となった美しい景観を取りもどそうと修復作業にあたるのだ。その作業は今もなお、続いている。ただ、修復することで、戦争の痛ましい爪痕がなくなってしまうことは、本当にいいことなのか懸念を抱く人々も多い。日本でも、戦争の真実を知る人がどんどん高齢化し、真実を語る人が年々少なくなってきている。戦後の日本はそえれこそ、平和主義の主張を唱えてきたのだが…。だんだんと不安になってきてしまう。 サッカーのクロアチア戦が近づき、ふと、こんなことを考えてしまった。そして、自然と私の目は小さなマリア様見つめていた。 義父母がクロアチアの旅行を楽しまれ、いつものようにお土産を戴いた。その中にマリア様が入っていた。祖父母ともキリスト教徒ではないのだが、観光中に教会を見かけては、立ち寄り、私の病気の回復をお祈りしてくれたという。そして、教会で売られていたこのマリア様を私のところにも持ち帰りたいという思いで、買ってきてくださったのだ。 旅先の貴重な時間に、わざわざ教会に足を運んで下さり、私の為に祈りを捧げる姿を思うと、胸の中が熱くなると同時に、病気になってしまった自身の至らなさを痛感するのだった。 旅先で私のことを気にかけてくださった義父母の厚情に、感謝でいっぱいだ。義父母だけではない。義母の実家でも、毎朝お仏壇に手を合わせる時に、私の回復をお祈りしてくださているというのだ。私は年に何度も義母の実家の皆さんの姿を心に抱いているだろうか…。そして、私は自分以外の人の為に心から祈ることがあったのか? クロアチアも今では、活気が戻り、ヨーロッパの隠れリゾートとして多くの人に愛されてきている。沖縄も、日本も、クロアチアも、そして…世界中が平和でありつづけますように…。人々の心も平和になりますように…。そしてみんな元気に暮らせますように…。マリア様に手を合わせる花*花です。
2006年06月03日
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一昨日、しょうやんと実家で麻雀をした時に、実家の本棚に、昔よく見ていた赤い郵便ポストの形をした貯金箱が飾られていた。それを、めざとく見つけたしょうやんは、さっそく「いいなぁ、いいなぁ、あれ誰の貯金箱なの?」と両親に尋ねるると、両親はその貯金箱を見つけてくれたのを嬉しそうに、ニコニコ笑っていた。「あれは、じゅんちゃんの貯金箱よ。郵便局で通帳を作ったら貰えるから、しょうやんも作っておいで」と母が教えてくれた。(母は自分のことをおばあちゃんと呼ばせない。生まれたてのしょうやんを抱いて、じゅんちゃんですよぉーとしっかり呼び名をたたき込んで、大成功をおさめている。)「うん、作る作る。」しょうやんはすっかり貯金箱を手にいれられると思っているのだ。「でも、しょうやん、もう郵便局の通帳もっているさぁ。この前も一緒に貯金しに行ったでしょ」私がしょうやんにそう告げるとガッカリするしょうやん。そんな父は不憫に思ったのか、「わしも、もう口座をもっているからなぁ…」としょうやんに同情しはじめる有り様。そして一同の視線は私に集まるのだ。郵便局に口座あるの?と言わんばかりに…。白羽の矢があたってしまった私は、当然?昨日は郵便局にお出掛け。新規口座の申し込み書を記入して、番号札をとって順番を待っていたのだ。我が家は親バカ、孫バカ…バカの勢揃いである。私の番号が呼ばれて、口座開設の申込書を提出すると、いったん待合い席に戻された。その間、例の貯金箱の所在をなにげに見渡すのだが、それらしき粗品は見あたらない。きっと窓口の足下にでも置いてあるのだろう…なんて思っていた。再び呼び出され、窓口に行くと、今度は暗唱番号を電卓のような機械に入力するように言われた。端末による登録なのだろう。確認為に同じ作業を2回行った。そして再び席に戻されて、しばらく待っていると、真新しい通帳が用意されて、最後の呼び出しがかかった。そして通帳を受け取ると、窓口担当のお兄さんはニッコリと微笑んで「ありがとうございました」と通帳を差し出し頭を下げるのだ。私もにっこり、それを受け取り…。お兄さんは、満面の笑みで私を見送るのである。貯金箱は? ねぇねぇ、お兄さん、赤いポストの貯金箱は!!このまま帰ったらきっとみんなから罵られるに違いない。勇気を出して、回れ右をして振り返るとすでにお兄さんは別のお客さんの対応に追われていた。そしてわたしの挙動不審の様子をロービー内の警備員さんが見つめている。結局、粗品をもらわずに家にかえるのだった。学校から帰って来たしょうやんに、そのことを話すと、とてもガッカリしていた。そしてそのことはすぐに両親の耳に入るのだった。その日の夕方、赤いポストの貯金箱が我が家にやって来た。もちろん母の貯金箱である。要領が悪いだ何だと散々言われてしまったのだけれど、母がこの貯金箱を貰った時、これはすぐにしょうやんに持っていかれるだろうと思っていたそうだ。昨日は中身の入っていない貯金箱が、今日は「チャリーン」と小銭の音がするのだ。父がお金を入れてくれたらしい。しょうやんは、別の貯金箱から小銭を取り出し、赤いポストの貯金箱にお金を移し替えて遊んでいた。実はわたしも実家でこの貯金箱を見たとき、きっと我が家にやって来ると直感していたのだ。何だか遠回りをしてしまったようだけど…予感は的中してしまった。
2006年06月02日
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ステロイドの副作用だろう…以前に比べると爪がやわらかくなってきた。特に足の爪。爪を切るときに力がほとんどいらない。それはまるで小さな子供の爪のようだ。年齢を重ねてきたと同時に分厚くなって、とくに小指の爪は2枚重ねのような状態だったのが、今ではうっすら赤ちゃんのようだ。なんだかかわいいのである。嬉しい反面、骨の方もきっともろくなっているんだろうなぁ…。桜エビを買ってきてお好み焼きでもしようかな。
2006年06月02日
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