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「ママ、今度のダルマクラブはいつ?」と、ある夜、娘に聞かれた。「メェは最近、学校が終わった後とか疲れて、 イライラして、 怒りっぽくなっちゃうときがあるんだよ。 ずっとダルマクラブに行ってないし、瞑想もしてないし。 ねえ、ダルマクラブ、今度はいつ行けるのかなぁ?」、と。ダルマ・クラブとは、子どもの仏教教室である。「ダルマ」とは、サンスクリット語で、法。精神的・霊的な教えを意味する、仏法のこと。以前ブログにも書いたけど、FPMTのチベット仏教センターでは、月に一度、仏教哲学や瞑想のやり方を、子どもたちにもわかりやすく教えてくれるのだった。そこにうちの子たちも、家が近いこともあって、時々参加している。だけど親に言われて通っているのだと思っていたから、あのときは、娘からそんなふうに言われて驚いた。娘が、ダルマクラブや瞑想を、心の中でそんなふうに位置づけしているとは、思ってもいなかったから。心の平安を、瞑想やダルマクラブと関連づけていたなんて!パオ~ン思えば、娘も十歳。これからますますセンシティヴなお年頃になってゆくんだろうな。娘がそんなことを口にしたのは、3月の中ごろだった。そうして、現代社会に生きる子どもたちの日常は、大人同様、忙しい。ここオーストラリアでも、コアラにカンガルーとか雄大にして、のどかなイメージからは程遠く。そのうえ、ダルマクラブは、月一なので、なんのかんので他に動かせない予定が入ってしまって、結局、参加できたのは5月も半ば、20日の今日。思えば、半年ぶりのダルマクラブなのだった。私は息子に付き添って幼稚園&小学低学年のクラスに参加したのだが、娘の方は小学中高学年の方に参加してきた。教室の後、娘はポスターを手に戻ってきて、何をしたかを話してくれた。今日は、どんな心の状態が、どんな言動を生み、それがどんな結果につながってゆくか?ということに関して勉強したのだそうである。怒り、哀しみ、恐れ、不安、喜び、満足、感謝の気持ち、平和な心の状態―そういう様々な気持ちにあって、自分はどう考えて、それでどういうことを言うか、行動をするか、そうすると結果的にどうなってゆくか、をみんなで考えたのだそう。「先生が、まず自分の気持ちに気づくことが大切なんだって言ってたよ。 たとえば、怒ってしまったら、 まず自分が怒っていることに気がつかないといけないんだって。 それから、怒りで行動したら、どんな結果になるかを思い出して、 怒りをコントロールするんだって。 でも、怒りのエネルギーは、 どうなっても知るもんかって思うくらい、すごく強いから、 大人でも自分が怒っているときに、 コントロールするのは難しいって、言ってたよ。 ママもダディに怒っているとき、仏教のことは忘れて喧嘩しちゃうでしょ」はい、確かにその通りですが。。。仏道では、怒りやネガティヴな心の状態に対処するためのテクニックが実はいろいろとある。でも実際、怒ってる最中にそのテクを応用するのは難しい、つーか、相手が非なる理由を数え上げては怒りを正当化することに忙しくて、とてもじゃあないが応用する気にさえなれない、、、つー傾向はあるものの、それでも日々精進、少~しずつ進歩してはいるんだよ。。。。さて、写真は、娘が教室でつくってきたポスター。絵の右下で歩いているのが、私たち「ふつーの人」の「ふつーの日常」なんだそうである。で、その人が「瞑想する」ことで、心が「Kind though、優しい考え」になってゆく。すると自然「Kind words、優しい言葉」が出てくる。優しい言葉を話しているから、「Not harming others、他者を傷つけることもない」。いつも「Honesty 正直」でいられる。だから自然に「Rejoicing、喜び嬉しく思う」ことが多くなる。そうするうち「Wisdom、英知」もついてくる。で、いつの日にか、「仏陀」に、なれる。パォ~ン自分なりに考えて、その道を表現したのだそうである。教室の後、子どもたちは皆でスナックを食べることになっているのだけど、今日はこの後は、メルボルンで年に一度開かれるジャパン・フェスティバル。今年は、子どもたちが土曜日に通うジャパニーズスクールでつくった作品が展示されるというので、慌ただしくそちらに向かった。その夜、ベッドの中で娘がぽつりと呟いた。「ママ、せっかくダルマクラブでPeaceful mind安らかな心になっても、 いろいろしてるうち、すぐまた忘れちゃうんだよね。 怒りっぽくなったり、意地悪言っちゃったり、ムゥと喧嘩しちゃったり。 どうすれば、あのときの心でずっといられるんだろうね?」むむむ…、そうなのだよ、娘よ、穏やかな心の状態を持続させるのは難しい。私たち凡人には実際、至難の業なのだよ。と同感しつつも提案してみる。「ねえ、メェが今日、ダルマクラブでつくったポスター。 ふつーに生活する、ふつーの人たちは、 何をして、心をやさしくしていくんだっけ?」「瞑想」「じゃあ、瞑想しようか? せめて夜、寝る前だけでも毎晩、一緒にやらない? たとえどんなに短くても、 毎日やっていたら、 少しずつ、少しず~つでも変わっていくから」「じゃあ、あのポスターをここに貼って、 明日から毎晩、瞑想することにする!」そうして写真のポスターは、私たちの寝室に貼られた。以来、娘と私は短い瞑想を毎晩一緒に寝る前にやっている。6歳の息子も一緒にやりたがるので、時に史上最短瞑想かもしれないが、それでもこれが習慣になることを願いつつ―。
2012.05.20
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子どもが幼いほど、ふだん手がかかるぶん、母の日にたくさんプレゼントを贈ってもらえる、ような気がする。ま、幼すぎると本人ではなく、伴侶の技量によるのだろうけれど。うちの子は、下が6歳、上が10歳。上の子の方は、やや雲行きが怪しくなってはきたものの、まだまだ母を見上げてくれる年代である。でもって、メルボルンの学校では、マザーズ・デーのために、わざわざクラフトの時間を取ってくれたりする。かつ、マザーズ・デーの朝食は、家族がベッドに運んでくれるという習慣まであったりするのだ。そんなわけで、この日は、私が1年で最もぐたぐた好き勝手できる、嬉しい日なのだった。今年のマザーズ・デーも子どもたちがパンケーキ・ブレックファストをつくってくれた。でも、ベッドまで運んでもらうと、途中メープルシロップやコーヒーがこぼれたりして、恐ろしい事態になりそうなので、いつも通り食卓で楽しんだ。子どもたちは、三段重ねやら犬の形やら細かい注文を取りに来ては、次々と大作を作ってくれるので、お腹がはち切れそうになりつつも全部、平らげる。それから手作りのカードとプレゼントを贈ってもらった。長女メェのカードは、学校で作ったそう。オーストラリアでも、高学年になるほど勉強が忙しくなるので、母の日クラフトのような時間はデリートされてしまうことが多いのに、珍しいなと思ったら、どうやら英語の勉強も兼ねているらしい。「Mummy」というタイトルの、詩のようなカード。すべての構文が、Mummy is like _____ because ____________________________.で書かれている。そうか、お母さんは___________________だから、_____みたい。の構文練習を兼ねたのね。娘のカードは、「Mummy is like a panda because pandas cuddle their babies.」で始まっていた。お母さんは、赤ちゃんを胸に抱くパンダみたい。と、形容された後は、「hot dumpling」と続く。「hot dumpling」―つまり、「餃子のような母」。そうか、餃子か。むむむ…「パンダ」に「餃子」と形容されている、私って……。ちょっと目が点になってしまったものの、読み進むうち、点になった目が涙目になってくる。メェ、どうもありがとう。一生の宝にするよ。子の前にあって、母はとても単純なのだった。ムゥのカードは、紅葉に色づく落ち葉を拾って貼ったもの。秋らしいカードに、手書きのひらがなでメッセージが書かれていた。それと、モンテッソリスクールで作ったという、真っ赤なハートのクッション。自分で、糸で縫って綿をつめたそうだ。それから土曜日のジャパニーズスクールで作った、ママの似顔絵を描いた壁掛け。娘は葉書サイズの犬の油絵に、二人とも手作りの絵本まで書いてくれた。娘の絵本は、『さんぽが大好きな子犬の わん太』。わん太は、ゆうとくんとの散歩が大好き。だけど、ゆうと君はだんだんと忙しくなって、散歩に連れて行ってくれなくなってしまった。そこでわん太は、ゆうと君とまた散歩をしようと奮闘するのだが――。というお話は、小学1年生用に書いたそうだ。息子の絵本は、『くいしんぼうな おばけのおはなし ぺろりん』ぺろりんは、きれいな青色が自慢のお化けで、食べることが大好きな食いしん坊。ある日、苺を食べたら、自慢の青色が苺の赤色になってしまった!?果たしてぺろりんは、元の色に戻れるのだろうか?どちらも日本人のママのために、日本語で書いてくれた。ちなみに息子の方は本文、口頭で、筆記は娘や私に書いてもらったのだけど。どちらも活き活きとした発想や絵がかわいくて、笑ってしまった。ほんとは、温かなプレゼントをいつももらっているのは、こっちの方なんだけどね。きいきい甲高い声とか、無邪気な笑顔とか、やさしい温もりとか。今年も手作りに甘やかされて、ふと思った。母へのプレゼント、来年は私もせめてカードだけでも手作りにしようかな、と。それでは、皆さま、Happy Mothers' Day!
2012.05.13
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メルボルン、モンテッソリ・スクールのサイクル1(幼稚園部)に通う息子の教室で、5月5日の子供の日を前に、ジャパニーズ・デーのお手伝いに行ってきた。サイクル1では、モンテッソリ教育とは直接関係ないかもしれないが、子どもたちに異文化に触れる機会を与えようと、Cultural Dayを企画している。思い返せば、娘がサイクル1のときも、何かJapanese Dayを、と頼まれて、他の日本人ママと相談して、子供の日イベントを企画したのだった。今回は、子供の日が土曜日に当たっていたため、4日の金曜日にジャパニーズ・デーを開くことになった。息子の教室で、ジャパニーズ・デーをするのは、今回が初めて。まずは5月5日の子供の日や、3月3日のお雛様の話を、ムゥが日本のおじいちゃん、おばあちゃんに贈ってもらった、兜の写真やお姉ちゃんのメェが贈ってもらった、お雛様の写真なんかを見せながら、超簡単・手短に説明した。それから室内用の小型鯉のぼりを見せて、なぜ鯉なのか?という絵本の読み聞かせをする。絵本は、大きな滝を遡って、龍になった鯉の話。英語版はなかったので、私があくせく翻訳した。それでも子どもたちは、龍になるのが目的なんじゃなくて、ボクは滝を上るのが大好きなんだ!という小さな鯉の話を、瞳を輝かせて聞いてくれた。この絵本の読み聞かせ、娘のときは「桃太郎」を選んだのだが、そのときの先生の突っ込み、つーか、子どもたちへのポイントの入れ方が興味深かった。読後、先生は、桃太郎が鬼を退治した武勇伝には一切触れず、桃太郎がどうやって協力者を得ていったか、ということに焦点を合てたのだった。 「桃太郎はどうやって犬とお友だちになったのかな?」 「そう、きび団子をあげたんだよね」 「みんな、誰かとお友だちになりたかったら、どうする?」 「そう自分からなにかをしてあげれば、いいんだよね。 親切にしてあげることから、お友だちになってゆくんだよね」と言った具合に。さすが、競争ではなく協力を、をモットーに掲げるモンテッソリの先生だと感心したのを覚えている。さて、鯉のお話の後は、折り紙の時間である。折り紙で、お決まりの兜を折る。娘のときは、子どもたちが被れるようにと新聞紙で大きな兜を折ったのだけど、いかんせん、新聞紙はぺらぺらし過ぎてて、3、4歳の小さな子どもたちには折りにくく、かなり苦戦していた。そこで今回は本人、頭に被れずとも、折り易い折り紙を使うことにした。そうして仕上がった、小さな兜は、おもちゃの恐竜や人形に被せてあげる!のだ、と子供たち。で、シメは、食ですかね。娘のときには柏餅を用意した。一緒に企画した日本人ママが、がんばって柏もどきの葉をどこからか摘んできてくれて。それで、餅粉から作った、手作りのあんこ餅を包んで、にわか柏餅を作り、重箱に入れて持って行ったのだった。湯水のように手間暇がかかったにもかかわらず、だけど子どもたちにはまったく受けんかった…。「うわ~い!」などと喜んで食べたのは、うちの子と、そこのうちのお子さんだけ。たいていの子どもたちは、初めて見る柏餅(もどき)に戸惑ったように、おどおどと手を伸ばし、こわごわ一口食べると、残してしまった。日本の市販の柏餅の4分の1ほどと、超小型だったにもかかわらず、食べきった子は数人。中には「Yuk、うぇっ!!」とか言って、手もつけなかった子も数人いた。子どもの食の嗜好も案外早いうちに確立してしまうものなんだな~と、あのときは妙に感心したものだった。まあ、今思えば単に、私たちの柏餅の不器用な手作り感が、幼い心にも、どこか不気味に映り、警戒心をあおってしまったのかも知らんけど…。そんな経験から今回は、巻き寿司を。こちらでも巻き寿司は、もはやお米のサンドイッチなみにオージーの食生活に定着し、市民権を得ている。モンテッソリでも、週一で巻き寿司ランチがオーダーできるくらいだから、子どもたちの食生活にも浸透しているかな~、と思って。具も、経験から、刺身とかの、エスニック&グルメ性の高いものは排除して、子どもが抵抗なく食べられそうな物を用意する。チーズ、きゅうり、ハム、かいわれ、ツナ缶―、ほとんどサンドイッチかクラッカーの具だな、これ。ちなみに、具のリクエスト。息子は真っ先に大好物の、でも普段はお高いからとあまり食べさせてもらえない、「納豆!」を希望したのだけど、お姉ちゃんのメェから、「そういうのは止めときなよ、 臭い!とか、ヤック(キモい)!とか言われちゃったら、ムゥが悲しいでしょ」とアドバイスを受け、取り止めている。いやぁ、さすがサイクル3にもなると世慣れてくるものですナ。で、結局、納豆も刺身も、もちろん干瓢もない「とほほほ」巻き寿司になったわけだけど、これが意外に子どもたちにはウケた。子どもたちは、小さめのすのこの上に海苔を置いて、ご飯をしいて、好きな具を入れて、くるくるっと巻く。これが堪らなく楽しいらしくて、ワイワイ大はしゃぎ。結局、作っただけで、食べられない子もいたけれど、それでも、作るのは楽しかった!らしい。先生方も、東洋のお茶セットなんかをひっぱり出してきて、ジャスミンティーをふるまってくれた。その湯呑がまたお猪口みたいに小さくて、かわいらしいったら。それで子どもたちは2倍盛り上がっていた。子どもたちの笑顔があればこそ、こういう企画も遣り甲斐があるというものだ。写真は、ムゥが土曜日に通うジャパニーズ・スクールで作ってきた鯉のぼり。子供部屋の窓からのぞく前庭の色づいた白樺の葉が、秋を思わせるでしょ。メルボルンの秋空に泳ぐ、鯉のぼりデス。
2012.05.04
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