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その子を初めて見たのはこの1月末だった。オーストラリアでは夏休み、最後の日曜日。8歳の息子が、ホリデーが終わってしまうことを嘆いてお別れパーティーを開こうと提案したのだった。子どもたちは望み通りプールでひとしきり泳いだ後、夕食は庭でバーベキューを楽しだ。「あっ!」と叫んだのは息子だった。ムゥの指さす方を振り返れば、ポッサム!?小さなポッサムが、まだ日も暮れてないのに、私たちのすぐ傍、プールサイドのフェンスにしがみついていた。その子はつぶらな瞳でこちらをじーっと見つめていた。すぐさまカメラを取りに走って写真を撮りたいところだったけど、動くと逃げてしまいそうで、ただ見つめ(睨み?)合っていた。ふいにポッサムがテラスの柱に飛び移り、屋根に上ってしまうまで。「ポッサム、ポッサム、ポッサムだったよ~~~」とムゥが呪縛が解けたかのように騒ぎ出した。私も明るいところで、目の前にポッサムを見たのは初めてだったので、カンドーしてしまった。「どっから来たんだろーねぇ?」と、お姉ちゃんのメェ。「そこのフェンスに巣でもあるんじゃないかぁ。」と、ダディン。その夜はポッサム話で盛り上がったのだった。その半年後の6月―ダディンがぼそりと呟いた。「まったく、ポッサムのせいで庭の木々が死にそうだよ。ポッサムが蕾のうちから食い散らかすから、ほら、あの木もあの木も、み~んな弱ってる。うちの庭には今年も花なんか咲けないなっ」一方的にポッサムを非難する姿勢に思わずムッとしてしまった。しようがないではないか、あの子たちだって食べていかなくちゃならないんだから。どんどん大きな一軒家がアパートやタウンハウスに開発されていくので、広い庭にあった大木もどんどんと切り倒されている。それまで大きな木に巣をつくって生きてきたポッサムも住処と食料を失って気の毒に、ウチあたりのチビた木にまで縋り付かなきゃ生きていけなくなっているのだ。そんな話をしていると、ダディンが「やっぱり、ポッサムに食べ物をあげるとするか」とか言い出した。え、それはちょっと…。よく、野生の生き物に食べ物を与えてはいけないと言われるけれど、私もその言葉の重みは、わかるの。というのも昔、ハトとの間に苦い経験があったから。メルボルンで一軒家に引っ越して間もないころ、庭に鳩が一羽やってきた。次の日もその次の日も、その子は午後になると庭にやって来て、芝をついばんでいた。かわいいのでピイちゃんと名づけて、食パンの残りを千切ってあげた。その翌日、ピイちゃんは鳩のお友達を連れてやってきた。どっちがピイちゃんなのか、判別不能ではあったけど、とにかく前日より多めにパンをあげた。次の日鳩のピイちゃんは5、6羽に増えていた。翌々日には倍増どころか乗増で、あっという間に30羽を超してしまった。毎朝、目を覚ますと、鳩たちが我が家を取り囲むように隣近所の屋根に立ち、ピーッピーッ待ち構えていた。余りの数に圧倒されつつも、その「エサちょーだい」のひたむきな熱意が不憫で、ご近所にあまりご迷惑をおかけしないよう毎朝すみやかに餌をまくようになっていった。もはや「食パンの残り」などでは追いつかず、鳥用エサの特大パックを買いこむようになっていった。嬉しそうに餌をついばむ姿を見ると、とても止めてしまう気はなれなくて…。けれど終わりは来る、なんであれ。9年後、私たちは引っ越すことになったのだった。次の家主に鳩のエサやりを頼むわけにもいかず、結局引っ越しが決まったその日から徐々に餌を減らしていった。引っ越し前にはせめても特大の餌の塊をいくつか木々につるした。もしかして次の住人が鳩に餌をあげたい気になるかもしれない、と家で一番大きなプラムの木に念のため鳥の巣箱をつくった。結局、あの巣箱はどうなったんだろう…。と、かような過去があったせいで、この家に引っ越してからも庭に遊びに来てくれるかわいらしい小鳥や、遠くにポッサムを見かけても絶対に餌とかはあげないようにしていたのだった。「だけど、ポッサムって何年生きる?たぶん数年じゃないかな?自分たちが引っ越すよりも、ポッサムが亡くなる方が早いんじゃないかなぁ」と、ダディン。そういえば…、ハムスターの寿命は2年間とか何かで読んだことがあったっけ。ギニーピッグやウサギの寿命も短い、とか。だとしたら…「大丈夫だよ。餌の少ない冬場だけあげて、春になったら徐々に減らしていけばいいんだから。それからはまた自分で見つけられるから」と、楽天的なダディン。翌日からダディンはポッサムに餌を上げ始めた。いつの間にか裏庭にポッサムのエサ台ができていた。そのうち、「今日は人参が特売だった!」とか「リンゴが1パック2ドルで売っていた! リンゴはポッサムの好物なんだ」とか言いつつ、ダディンが嬉々として野菜や果物を買いこんでくるようになっていた。息子もダディンと一緒に毎晩ポッサムに餌をあげるようになっていた。「ポッサム、これ好きかなぁ? 早く来ないかな~」とか言って待っている。「ムゥがそこにいたら、恐がってポッサム食べに来れないよ」と言うと、しぶしぶ家の中に引っこむものの、窓から外を覗きつづける。そうして「あ~、ポッサムだ~~~」と騒いでは外に飛び出してしまい、逃げられていた。(^^;そんなある日、アメリカに住んでいる従兄が仕事で娘さんを連れて遊び来た。夕食の後、二人を見送ろうとして息子が叫んだ。「あ、ポッサムだっ!」ポッサムが前庭の白樺にしがみついて、じーっとこちらを見つめていた。アメリカ育ちの娘さんなどポッサムを見たのは初めてだそうで、大喜び。うちの子たちも大はしゃぎで、かなり間近にいたのに、その子も裏庭の子同様、逃げることもなく私たちをじ~っと見つめていた。ふかふかした身体、黒くつぶらな瞳―やはりとってもかわいらしい。思わず手を伸ばして抱っこしたくなってしまう。と、そのとき思い出した。以前、遊びに来た友人が「前庭の木にポッサムかなにかの巣があるよ」と言っていたことを。翌日、中央の木の上方に巣らしきものを発見した。で、思ってしまった。同じ「うちの子」なのに、前庭の子だけにあげて、裏庭の子にあげないというのは不公平ではなかろーか…と同時に、隣の家のポッサムの存在が気になってきた。ポッサムには、小さくて臆病なリングテイルと、それより大きく攻撃的なブラッシュテイル(尻尾がブラシのようなので)という2種類(詳しくはもっといるのだろうけど)がいる。そうしてうちの子たちはリングテイルで、左隣の家の子はブラッシュテイルである。ブラッシュテイルはテリトリー意識が激しいようで、夜、うちの犬のみならず私たち人間にまで、庭に出ようものなら、向こうへ行けと威嚇して唸り声をあげてくる。あんな気性の激しい子に餌の存在なんかを嗅ぎ付けられた日には、うちのチビたポッサムなどあっという間に隅っこに追いやられてしまうだろう。サイアク、巣まで奪われてしまったら…。「大丈夫。間にガレージがあるんだから。まさかガレージを伝ってまでうちの方には来ないだろう」と、ダディンはあくまでも楽天的なのだった。続きは、一気にアップできなかったので21日の日記の方に。写真は裏庭のポッサムたちです。撮る前は、暗くて1匹だと思っていたのですが、写真には3匹、どころか4匹写っているような…。ちなみに大きな餌台にはブラッシュテイルがのっていました。じゃあ、この夜は5匹いたのね、裏庭に…。
2014.09.22
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一気にアップできなかったので、「7年目のポッサム」の続きデス。22日の日記の方からお読みくださいませ。その一週間後、子どもたちの柔道から戻ってくると、前庭にポッサムがいた。しかも、4匹も!そのうえ、左隣の家の子と思しきデカいブラッシュテイルと、リングテイル1匹で、エサ台を占領してしまっていた。他のリングテイル2匹はエサ台に乗ることもできず、傍らでただひたすら食べつづける2匹を見ているだけって有様で…。ところで、いったいどの子がうちの子なんだろーか?「うぇ~~~ん、小さい子が食べられないよぉぉぉ!」と、息子。「ママ、なんとかしてあげてよ」と、娘。そうだ、どの子がうちの子なのか?なんてことは、この際問題ではないのだった。幸い、フェンスに餌を置けるようなところが数か所あったので、すぐさま餌を4カ所に分けて置いた。けれどもやはり、案の定…感は否めなかった。その二日後には裏庭でも同様の事態を目撃してしまった。エサ台を取り囲み、3匹のポッサムがひしめいていた。しかもその背後にはデカい黒猫。猫の方は追い払ったけど、小さなポッサム狙う猫の目つきが恐かった。翌日、ダディンは裏庭のエサ台の数を増設した。リングテイル用にと、ブッシュテイルは乗れない小さな台を3つ作ったのだ。前庭の方はフェンスに餌を分けて置くことにした。「これでチビたちも食べれるよね? ねっ?」と、ムゥ。「同時にあげれば大丈夫なハズだよ」と、ダディン。それにしても、こ~~~んなに早くポッサムの数が増えてしまうとは…。恐るべし、ポッサム界のネットワークよ。それから暫くした、まだ夜も明けきらない早朝のこと、今度はプールの水を飲むポッサムの姿を目撃してしまった。ぴちゃぴちゃ音のする方を見やれば、月明かりの下、プールサイドにぼんやりと影が浮かび上がっていた。びっくりした。まさか消毒液でケミカルな水をポッサムが飲んでいるとは思わなかったので。可哀想に、よほど喉が渇いていたんだろう。そういえば、この子たちはいつもどこで水を調達しているんだろうか?ここから水場といえば、歩いて5分ほどのところにある公園の小さな湖だろうか。きっと電線伝いに行くのだろうけど、ポッサムの足ではかなりかかるに違いない。二つの電線に同時に触れて感電死してしまったポッサムの死骸を道路で見かけることがあるけれど、水を探しに行くのも命がけであろう。既にポッサムはいなくなっていたけれど、食べ物の綺麗に消えたエサ台に、水をくんであげた。その夜、エサ台に行くと、水を入れた容器は綺麗に空になっていた。その夜から私も水をあげることにした。数日後、ダディンが餌と一緒に水もあげたいというので任せた。それから一週間と経たない明け方のこと。満月がきれいなので庭で朝のコーヒーを飲み始めたら、プールサイドでぴちゃぴちゃ音がし始めた。ポッサムがあのときのように水を飲んでいるのかと思いきや、今回はすぐにエサ台の方に戻ってしまった。エサ台に水のお皿はなかった。きっとダディンがやり忘れたか、風で飛ばされてしまったのだろう。急いで水をくんで来ると、なんとポッサムが出口のとこで待っていた!?プールサイドのフェンスに立ち、じっとこちらを見ている。エサ台に水をくんだ容器を置くと、その子は餌台に戻り、水を飲み始めたのだった。私にサインを送ってきたとしか思えなかった。プール水をあえて少し飲むことで、「喉乾いてるの! 水ちょーだーい!」とでも言うように。そういえば、亡くなってしまったけど、日本で飼っていたマルチーズのモモちんは、家族の誰かを探すときは必ず玄関に行って靴を見ていたっけ。うちのポーポーは、寒いと「着せて~ん」と犬の洋服をくわえてきたりする。ダディンと「お散歩でも行こうか」などと会話しようものなら、別段犬に話しかけたわけでもないのに、ポーポーとチャールスが興奮して寄ってきたりする。動物はお利口だし、ちゃあんと思考する。ポッサムだって、そう。人とコミュニケーションだって取れるんだ。なぁんてことを思いつつ、以来、水だけは私が責任をもって毎晩あげることにした。今ではポッサムたちはすっかり慣れて、私たちが傍に行っても逃げることなくひたすら食べ続けている。人参、リンゴ、食パンなんかが好物らしく、ダディンはスーパーでそれらの特売を見つけるとまとめ買いしてくる。時々夕食の残りをあげてしまって、「小さな体なんだから変なものあげちゃだめだよ~」と娘に叱られている。「でもポッサムはジャンクフード好きなんだ」とか弁解して、息子からまでたしなめられていた。それにしても、いったい今ポッサムは我が家に何匹くるのやら?前庭で4匹、裏庭で4~5匹見かけることが多いけど。先日、思わず写真を撮ってしまったら(ごめんね、ポッサム、もう2度としないからね)、リングテイル1匹しかのれないハズの小さい方のエサ台に、3匹、どころか4匹のっていた…。先日は子どもと思しき、小~さな子も見かけてしまったし…。もはや近所づきあいどころか、親戚縁者の輪まで拡大してゆきそうで、怖い。ちなみにダディンが恐れていた庭の木々状態であるが、今年は例年より確かに花の数が多い。裏庭のさつきなど、ここ数年ほとんど花をつけなかったのだけど、今年は満開。いっせいに白い花を咲かせた。さて、これからの課題は、いかにポッサムの自活を支援してゆくかだろう。ダディンは、夏に向けて少しずつ餌の量を減らしてゆけば大丈夫、また餌のなくなる冬からあげ始めればいい、とか言っているけれど、ほんとうにそんなにうまくゆくんだろーか?とにかく水係の私は季節にかかわらずあげつづけようと思う。とくにビクトリア州の夏は旱魃に見舞われることも多く、水場も減ってしまうから。で、旅行とかに出るときには、せめて雨水を溜められるようバードバスでも設置してゆこうか、などと考えていたら、「夏は雨自体が降らないよ」と、生まれも育ちもメルボルンっ子のダディン。確かに…代替案に、花壇の自動水やり器と連携させた水皿案とかを出していたけれど、ほんとーにそんなものが作れるのか、ダディン?ここに越してから7度目の春―今夜も息子と一緒にポッサムたちを眺めた。写真では目が光ってしまっているし、そうは思えないかもしれないけれど、実際はとてつもなくかわいらしいの。丸~くなって黙々と食べつづける姿など、ふかふかころころして、う~ん、やっぱり撫でたい。もはや1月に見た「その子」が「どの子」だったのか?皆目見当もつかなくなってしまった。けれどこれも何かのご縁、できる限り見守ってゆこうと思っている。写真は、近所の公園に住む鴨ファミリーです。今年もまた春が来て、子カモが生まれました!かわい~~~ちなみにこの公園は、うちのポッサムの水場第一候補であろうと思われます。
2014.09.21
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