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この日は天気も良く、フラリと出かけました。松の木陰で一休み・・長洲まで海岸線を走りました。
2021.10.31
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大牟田・熊野神社に来ました。33.041847, 130.460529上官へ出る途中、寄りました。https://www.sekoia.org/hatumoude/kumano.html「石炭発見」について説明がありました。弓道場もありました。
2021.10.30
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元村東交差点に来ました。33.065746, 130.471132新幹線の新大牟田駅へ向かう10号線までのつもりでしたので、ここで折り返します。ここへ出る手前の道は、狭くて旧街道の感じでしたが、整備された10号線に出ると、旧街道とは違います。10号線です。つるやの看板が見えます。ここでラーメンでも好かったのですが、大牟田市街へ戻り、目的の餃子屋へ向かいます。ここまでで、約14kmくらい走ったと思います。
2021.10.29
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通称・アパッチ砦に来ました。33.034313, 130.479283三池街道から少し左へそれて、場所を探しました。名前から、期待もあったのですが・・・ここかなぁ?こじんまりしてます。上に登ってみましたが、こんな感じ。これが石炭層なのでしょうか?
2021.10.28
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岩本橋に来ました。33.001487, 130.489599http://www.yado.co.jp/hasi/kumamoto/iwamotobasi/iwamotobasi.htmサイクリングで三池街道を走るつもりで、この日ここから三池街道を進みます。
2021.10.27
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あと数回の記事で、ストックが底をつきそうです。コロナ禍で、荒尾史学会の史跡巡りも中止したままですし、私自身も外出を控えていましたので、史跡の発掘が出来ていません。あと数回です。その後、ネタがない日は空けるか、別のテーマをはじめるか、決まっていません。いずれにしても、暫く空きそうです。その間、「カテゴリー」で選んで、記事を見て下さい。よろしくお願いします。
2021.10.26
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自転車を買いました。ペダルにフリーパワーを取り付けました。10月1日、大牟田のイオンモールのイオンバイクで購入しました。実は、大牟田のイオンモールの自転車コーナーは別会社でやられていて、この度イオンバイクにリニューアルしたわけです。それで、イオンバイクが取り扱っているフリーパワーが、大牟田でも購入出来る様になった訳です。自転車本体は、フリーパワーの商品ではなく、中国製のものです。当日は、オープン記念として、安売りの目玉商品となっていました。安く入手出来ました。この自転車でシマノ6段ギアも、ハブダイナモも付いていて十分なのですが・・狙いはフリーパワーですので、交換して貰いました(1.6万アップ)。今まで乗っていた自転車が、老朽化したので、フリーパワーを狙っていたのです。が、2年前だと東京か宮崎でした買えなかったが、イオンバイクが扱うようになって、熊本市内で買える様になり、ついに10月より大牟田でも・・・よかったぁ!! 私が、大牟田・1号機ではないかと・・??(大牟田購入)以下が、フリーパワー(ペダル)です。回転部の中央にシリコンゴムが組み込まれており、下死点で反発してアシストしてくれます。私は、試乗して、ハードにしました。その後、中距離も何度かしてますが、「坂道スイスイ」というわけには行きません。電動には遥かに負けます。ばってん、今までの3段ギア車では登れなかった様な坂も、なんとか登れます。そして、ツーリング後、足の疲れが全然違います。やはり効果あるのかなぁと感じています。しかし、今までは、気楽に路側に停めて、史跡を探しに行っていたのが、少し心配して鍵を付けました。停めて鍵を掛けるという手間が増えました。鍵かけるのを忘れそうです。
2021.10.25
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昨日のアクセスで、最高値が出ました。887件です。約1年ぶりの記録更新です。感謝 ありがたし
2021.10.24
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玉名干拓・六枚戸に来ました。32.865063, 130.534202 旧玉名干拓施設: 玉名市に所在する干拓開係施設の中で、明治二十年代から四十年代にかけて築造された、末広開潮受堤防、末広開樋門(東・西三枚戸樋門、二枚戸樋門)、明丑開潮受堤防、明豊開潮受堤防、大豊開潮受堤防が、旧玉名干拓施設として国の重要文化財に指定されています。明治時代に起源を持つ干拓関係の施設が、総延長約五・二kmにわたって良好に残存しているのは、全国的に稀であり、貴重な遺産です。各部分で石の積み方が異なる状況から、潮害のたびに改修されながら使用され、堤防を守り通してきた人々の努力の跡がうかがえます。 末広開樋門は、末広開と明丑開の間に設置され、東西の三枚戸(通称六枚戸)と二枚戸樋門で構成されます。いずれも玉名地域では最大級の規模を誇る樋門です。樋門には水流によって自動開開される招戸が設置され、干拓地内に溜まった水を干潮の時は開いて海に流し満潮の時は閉じて海水の浸入を防ぐ重要な役割を担います。現在の六枚戸は招戸が失われ、二枚戸樋門は鉄製の招戸に改修されています。二枚戸樋門の招戸の上部石材には碑文が残っており、「明治四十一」と刻まれ建設年代が判明します。玉名市大浜町・横島町の干拓事業は、天正16年(1588)加藤清正公の肥後入国後、石塘築堤以来本格化し、江戸時代から現代まで精力的に干拓が進められてきました。この中で、末広開(明治28年)、明丑開(明治26年)、明豊開(明治26年)、大豊開(明治35年)は最も干拓が盛んに行われた時期に築造された大規模な干拓地で、その潮受堤防と樋門は昭和2年の潮害後に改修されて以来ほぼそのままの状態を保っています。 総延長約5.1kmに及ぶ堤防は、明治時代中期から昭和42年の国営干拓の潮止まて約70年間にわたって第一線の潮受堤防てあり、幾度の潮害の度に補強・補修されつつ干拓地を守り通してきました。 全国に残る干拓施設の中でも、土木学上大変貴重な施設として、社団法人土木学会から選奨土木遺産の認定を受けました。
2021.10.24
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コロナ禍で、史跡巡りも出来ません。今日の工事現場です。そう言えば、マップの写真はどうなっているのか? まだ工事前の様子でした。この状態も、暫くしたら見れなくなる、とハードコピーとりました。
2021.10.23
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賀庭寺のパンフレットを市役所で見つけて、読み直しました。よく、詳しく、書かれています。荒尾もすてたもんじゃありません。
2021.10.22
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基礎工事の現場の様子です。すっかり、丘が、ならせれてます。少し進んで、企業局前の、花いっぱい花壇の様子です。
2021.10.21
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同じく、専行寺です。蓮が咲いていました。対面には、四ツ山神社の門が在りました。
2021.10.20
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荒尾史学会 月例講演 荒尾史学会の講演を下記のように行いますので、ご参加ください。 演題:大牟田の干拓史内容:主に手鎌地区の干拓について解説する。 期日および時間:11月16日(火)、18:30~20:00場所:荒尾中央公民館 視聴覚室講師:奥園 吉忠(荒尾史学・三池史談会 会員) 資料代・部屋使用代:会員(\100) 非会員(\500) 連絡:諸隈 TEL 090-2905-6837(申し込み不要) E-mail qqna2hr9k@estate.ocn.ne.jp https://plaza.rakuten.co.jp/araosigakkai/
2021.10.19
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10月度・講演会が実施されました。 令和3年10月19日 講演「伊能忠敬の測量&地図づくりの実際」平田稔(玉名郡和水町)1,伊能忠敬の全国測量と作製地図(パワーポイント)2,測地・測天作業の実際(PP)3,荒尾の測量行程(紙資料)4,御用測量と地元の事前準備(紙資料)5,だから「全国地図づくりが可能だった」6,余話(PP)*平田著「御用測量 熊本県資料集」
2021.10.19
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専行寺の板碑に来ました。32.998812, 130.429389左側に石碑が在ります。 専行寺板碑(せん ぎよう じ いた び) この石碑は永正二年(一五一五)に、万田阿弥陀堂に建立され、のち現在地に移されたもののようです。 碑の正面上段に阿弥陀三尊像を陽刻してあります。合掌した勢至菩薩と蓮台を両手で交えた観音菩藻を従がえ、阿弥陀浄土へお迎えに来られた(引接来迎)阿弥陀如来の像で、三尊像の顔面が損傷し、笠周辺に剥落が多いが、石造美術的に価値があります。荒尾にしては珍しく、説明板がありました。
2021.10.19
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競馬場跡地、再開発の様子です。32.987573, 130.431121道路がほぼ完成しました。以前の競馬用コーナーでしたが。北側です。宅地分譲されます。もう家が建ち始めています。自転車道付きの歩道です。
2021.10.18
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セキアホテルは、コロナで休業で、その前のダンボール機関車も閲覧中止でしたが、かろうじてガラス窓越しに見る事が出来ました。33.060966, 130.512002これらが全てダンボールで作られているそうです。かなり精巧な作りの様です。
2021.10.17
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講演会、開催しますので、よろしく!!荒尾史学会 月例講演 荒尾史学会の講演を下記のように行いますので、ご参加ください。 演題:伊能忠敬の県北測量内容:江戸時代に初めての実測による日本全図の作成という壮挙を成し遂げた忠敬による熊本県北の測量について解説 期日および時間:10月19日(火)、18:30~20:00場所:荒尾中央公民館 視聴覚室講師:平田 稔(菊水史談会 会長) 資料代・部屋使用代:会員(\100) 非会員(\500) 連絡:諸隈 TEL 090-2905-6837(申し込み不要) E-mail qqna2hr9k@estate.ocn.ne.jp https://plaza.rakuten.co.jp/araosigakkai/
2021.10.16
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史学会会員の方が、新車を購入されましたので、ドライブしました。車は、カローラスポーツです。ちょっと運転もさせて貰いましたが、加速が良いし、コーナリングも最高で大変良い車です。高速走行では最高でしょうね。
2021.10.16
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新しくなった389号線の下の旧道に石祠を見つけました。32.975655, 130.430861説明板も無く、内容は判りません。(荒尾市はほったらかしです。)
2021.10.15
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有明海です。一部漁港に来ました。32.966842, 130.431607今も荒尾・有明漁協の主な漁港です。
2021.10.14
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浄業寺境内にある玉津島神社です。32.985969, 130.434688大イチョウの奥にあります。
2021.10.13
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浄業寺境内の古塔群です。32.985825, 130.434601浄業寺古墳群鎌倉将軍三代の塔をはじめ、当地の領主であった小代氏一族や、歴代住職の墓碑・供養塔など五輪塔を中心に、宝塔、板碑、その他鎌倉時代から室町時代に至る百余基の石造物が整然と並んでいます。源氏三代の塔源氏三代の手厚い恩顧受けた小代氏がその恩顧に報いるために、小代氏の菩提寺に建立し永代供養を営みました。中央の塔 第一代・頼朝、右塔 第二代・頼家、左塔 第三代・実朝
2021.10.12
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浄業寺に来ました。32.98638, 130.43469小代氏の菩提寺です。ぼうじ石を照会しましたが、昔はあそこまで寺領でしたが、今はこれだけです。20年ほど前までは、この本堂の軒下には、小代氏の家紋が在ったそうです。【荒尾】浄業寺(じょうごうじ) - 肥後国 くまもとの歴史このイチョウの大木が有名です。
2021.10.11
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荒尾メモリアルパークに来ました。32.99112, 130.4413現代の墓所です。各家の墓がならんでいます。島原方面を向いています。
2021.10.10
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堤防線をポタリングしていて見つけました。32.9828194,130.4303889漁協の裏手の堤防です。海の安全を祈っているものと思います。漁協裏の湾です。船は、有りません。海への出口です。
2021.10.09
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薙刀石に来ました。32.98838, 130.43373ここは、以前に掲載済み。170317荒尾・宮内出目・下馬石(なぎなた石)なぜ再度取り上げたかというと、この案内杭が新しくなっていた為です。諸隈会長は、事あるたびに市役所に「杭が倒れている!」と訴えていましたので、そのせいか?新しく建てられていました。よかった!ヨカッタ!
2021.10.08
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恵比寿宮に来ました。32.995488, 130.427113碑文がありました。宮からの有明海の眺めです。
2021.10.07
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川の様子です。32.984979, 130.431573宮崎兄弟資料館横を流れている川の河口です。資料館からしばらく暗渠になり、ここで表れます。落合葬儀社横で、有明海に出ます。
2021.10.06
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龍神石祠を見つけました。32.987081, 130.430170説明板も無く、由来など判りません。地元で大事にされている様子です。石祠からの島原の眺めです。
2021.10.05
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四ツ山麓の千手観世音堂に来ました。33.00052, 130.42755説明文を見かけませんでした。
2021.10.04
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市民病院の新築・土地工事がはじまりました。32.974619, 130.446169現在の市民病院の駐車場あたりから工事開始です。現市民病院と左の林が本村館跡です。そして4ヶ月が経ち、8/23日の同現場です。すっかり丘が無くなりました。衛星写真は、工事前の様子のままです。
2021.10.03
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引き続き、妙見石室です。同地に、英彦山権現がありました。杭の横面にも説明文がありました。
2021.10.02
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妙見石室に来ました。33.00068, 130.44547珍しく荒尾市の説明板が建っていました。妙見石室: 石室とは本尊をめる石の部屋で、屋根を持つものをいう。 この石室は、袴嶽権現石室と同じく袴嶽山頂にまつられていたが、いつの頃か麓にある妙見池の島に移動され、その後に現在地の原万田字妙見へ移されたという。 高さは、123.5cmである。 構造は、石 材を上からくりぬいて部屋をつくり、後世に新たにつくられた屋根を乗せている。前面の両側には狛犬を浮彫りにし、阿形側に願主と檀那の名前を、吽形側には大永4年(1524)の造立年 と仏師浄秀と大工道順・妙清、その他に二名の名前が彫られている。 本尊は板状の石に縁を残して平らに削りくぼめ、中央上部に釈迦如来を示す種子の「バク」、左右に目輪、月輪が彫られている。その下に龕をつくり左脇侍に剣を持った不動明王右、右脇侍に憧旛を持つ毘沙門天を従えた髪を垂らした妙見菩薩が座り、本革 状の石に線を残して平らに削りくぼめ、中央上にに締痛を持つ昆の門天を従えた髪を重らした妙見普薩が座り、その前には眷属の亀と蛇がみられる。
2021.10.01
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