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もう1週間も前になってしまいましたが、講演会を聞きました。日系ブラジル人の具志アンデルソン飛雄馬さんによる 「だから生きるんだ~多文化共生のかけはし~」というお話です。講演の案内によると、小学生で日本に来ていじめにあい、暴走族や、暴力沙汰で警察の世話にまでなった人が、人との出会いによって立ち直るという話のようでした。これは正直「暗い話だろうな」と思っていたのですが、前に立った具志さんは、さわやかな好青年で、「今日はバレンタインデーなので、家を出るときお母さんから、『きっと若い娘さんたちからチョコをもらえるよ』と言われてきたのですが、会場に来たらちょっと気分が落ち込みました。」(会場は年配の方ばかりだったのです)と、笑いを誘い、話を始めました。11歳で日本にやってきて、日本語がわからないままに小学校に入ります(まず学校に通えるようになるまでも壁があったそうです)。小学校で、はじめは珍しがって寄ってきた子供達も、顔が同じなのに、ことばが何にもわからないのでだんだんいじめ始めます。それはやがて暴力に変わっていくのです。具志さんは空手を祖父から習っていたので、手をださないようにしていたのですが、どんどんひどくなるのでした。授業も、先生はノートをくれて黒板を写すように言うのですが、日本語がわからないので、書くのも大変です。アルファベット圏の人から見たら、日本の文字は絵のように見えるのです。講演を聞きにきている私達も体験しました。始めにポルトガル語のニュースを聞き、ポルトガル語と、スペイン語と、フランス語と、イタリア語が順番に流れる中から、ポルトガル語を聞き分けることと、画面に映し出される言葉を書き写すものです。会話はどれもラテン系でみんな同じに聞こえるし、書き写すテストは、張り切って構えていたら、出てきた4つの言語が、イスラム系の文字でお手上げでした。これと同じ体験を、日本に来た外国人の子供たちはするんだと、よくわかりました。英語圏の人ならまだいいのですが、その他の言語となると、周囲もどう対応したらいいのかわからないでしょう。生活習慣の違いもあって、小中と激しいいじめに遭い、暴走族の仲間になり、暴力事件を起こし、最後は暴力団とつながっていったそうです。その頃の写真を見せてくれたのですが、本当に同じ人とは思えないぐらいすさんだ様子をしていました。しかし元は悪い人ではないので、何回もどん底まで落ちながらも、よい人たちにも出会い、今は多文化共生のための講演活動とNPO活動をしていらっしゃるそうです。今でも日本に馴染めない在日外国人の子供たちに十分な支援があるとは言えません。彼らの大変さがとてもよくわかる講演でした。大人の都合で日本にやってきて、本来ならもっと楽しく過ごせたかもしれない人生をだいなしにしてしまう子どもたちが大勢いると思うと残念です。それを防ぐには私たちの理解が必要なのだと思ったことです。具志アンデルソン飛雄馬さん(多文化共生NPO世界人代表)のHPもあります。http://www.gushi.info/
February 23, 2009
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先回の私のブログを読まれた方は、高校生にもなる息子が明治神宮に閉じ込められる心配をするなんて、ずいぶん過保護な話だなあと思われたことでしょう。半分は冗談ですが、半分は真剣な部分もあるのです。さすがに最近はなくなりましたが、なんといっても彼は方向音痴で数々の武勇伝があるので。今回の件は、まだ彼が小学校4年生の頃の出来事に由来します。ちょうど私たちが御殿場に暮らしていた頃、息子を市の主催のキャンプに出しました。一泊二日で富士山のふもとにある公園内のキャンプ場です。親も子供もまだ知り合いが少なく、息子は一人での参加でした。初日は公園の入口にある駐車場前で集合し、子どもたちは先生に引率されて奥のキャンプ場へ歩いて行きました。次の日、子どもを迎えに同じ場所に行きました。他の親御さんもみんな待っています。しばらくすると、三々五々と子供たちがやってきました。キャンプ場で班ごとに解散したらしく、ばらばらとやってくるので、気長に待っていたのですが、なかなかうちの子の姿が見えません。だいぶ待っていて、とうとう誰もいなくなりました。「??」と不安に思っているところへ、引率の先生らしき一団がやって来ました。「すみません。まだうちの子が帰ってこないんですけど」と言うと、先生方は大慌てでもと来た道をもどっていきました。しばらくして息子が先生方に連れられてやって来ました。本人いわく「途中の道で、木についた名札とかを見ながら歩いていたら、まわりに誰もいなくなって、道がわからなくなった」そうです。いくら広くてもしょせん公園なのに、来た道がわからないなんて・・・と思ったことです。そんなことがあったばかりに、どうも行動に不安がよぎる息子なのでした。
February 13, 2009
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先週の土日、高校生の息子が東京に行くのにくっついて行きました。息子は代々木にあるオリンピック記念青少年総合センターという所で用事なので、これは原宿から明治神宮を抜けたら歩けるだろうと行ってみました。(二人ともおのぼりさんなので冒険気分です。)初詣の時期も過ぎたのにかなりにぎわっています。外国人の方も多いです。ものものしい入口に、「参拝する人に限る」と書いてあったので、ちゃんとお参りもしていきましたよ。ちょうど結婚式があったようで、花嫁さんたちが境内を通って行きました。本殿を過ぎて参宮橋側へ抜けていくと、人も少なくなり、木々がうっそうとしているので、息子は「とても東京にいるとは思えない」と感動していました。息子は総合センターで宿泊なので、ここで別れ、私は近くまで来たので小田急に乗って招き猫で有名な豪徳寺へ行くことにしました。豪徳寺の駅から豪徳寺までは商店街を抜けて行きます。家の辺ではもう見られなくなった、人と人が対面して買い物をする小さなお店が、車の通らない道の両脇にいくつも並んでいます。こういう町なら年をとっても住みやすいんじゃないかなとうらやましく思いました。豪徳寺は招き猫発祥の地と言われているお寺です。井伊家の菩提寺らしくりっぱなお寺でした。お寺の復興に貢献したという猫を模したシンプルな招き猫の人形を授与しています。 翌日は藤沢に泊っていたので江の電に乗って江の島に行きました。小さな島ですが、昔から信仰の島なのでなかなか風情があります。門前の土産物屋や茶店、そこで売っているものなどどれも懐かしい感じがしました。島全体が岩山なので、かなりの登りでしたが、遠く海の向こうに富士山が見えたりしていい景色です。島の反対側に洞窟があり、中に石仏などが安置してあります。入口でロウソクをもらって入るのですが、ぼんやりと石仏を照らすライトはあるものの、かなり中は暗く、なかなかスリルがありました。特に人が途切れたりした時が最高に怖いです。今度はぜひ子どもたちと行こうと思ったことです。 十分江ノ島を堪能し、再び江ノ電に乗って鎌倉まで行き、新宿ライナーで東京に向かいました。江ノ電は本当に民家すれすれに走る所があるうえ、民家の方も家の門が線路側に向いていたりして楽しいです。夕方明治神宮の門の所で息子と待ち合わせをしたのですが、行ったら4時50分で門がもう閉まっているではありませんか。反対側の参宮橋側からもう歩きはじめているというメールはもらっていたので、5時過ぎに息子の姿が見えるまで、閉じ込められてしまうのではないかとはらはらしました。だってあんな広大な森では、人が一人や二人残っていてもわからないような気がしたのです。
February 11, 2009
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