2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1

こんばんは。伊東です。 本格的な記事制作は…3週間と2日ぶりになりますか。 総選挙になるだろうと思い、そのつもりで行動するために時間を作ろうと、記事制作を止めてはいましたが、さっぱりと『期末テスト』をやる様子も見えず、ついには「選挙は来年か」などとも言い出す始末。 解散権は首相が持つものではあるのでしょうが、有権者の判断もせずに、内閣が3回変わった…今の衆院の議席配置は「小泉内閣がやろうとした事」に対しての審判で決まった議席ですから、もういいかげん「民意の更新」図らなきゃいけませんよね。 と、いう事で、その力になる出来事が10月26日にありましたので、この事そのもの、あるいはそれに関連した記事を製作しようと、恥ずかしながらキーボードを叩かせていただきます。どうかご容赦お願いします。 10月26日。このブログのトップページでも告知していましたが、志位和夫委員長が盛岡にきまして、高橋千鶴子衆院議員、瀬川貞清さん、吉田恭子さんと4人での街頭演説会が行われました。1500人という話でしたが、その熱気は凄いものでした。 発言の中身に関しては赤旗、あるいは盛岡市議の庄子さんのブログの方が詳しく書いているので、そちらに譲りますが…瀬川さん、吉田さんはホンに短い時間での訴えとなりましたが、吉田さんは若い人たちがおかれている現状、瀬川さんは農業の問題(内陸南部は岩手の穀倉地帯です)で熱い思いを皆さんに訴えていました。 労働者にとっては働く場、そして、人が生きる場所そのものでは食べ物がないと生きて行けない。そこに苦境を持ち込む今の政治を変えるという瀬川さん、吉田さんの頑張り見る事が出来て、ホッとしました。 高橋千鶴子さんは国会活動の中で日本共産党の頑張りで政治が動いてきた部分が紹介されました。後期高齢者医療制度。設置時当時は反対は日本共産党のみ。だども、その問題点を提示した事が後に問題点があらわになった時に生きました。 当時賛成に回った党派でも、その欠点に気付いて行動を変えた所もあります。 「だから言っただろ」ではなく、気付いて、この悪政を憂慮する人たちで力あわせてどうするか、そのための行動をした高橋さん。やっぱり、引き続いて今の活躍続けさせなアカンですね。 そして、志位さんです。 色々な提案、呼びかけ、問題点の指摘。 どっから書きゃいいのか迷うぐらいですが、一つ書かせていただくとしたら以下の部分になるでしょうか。 自分達の暮らしをゆるくなくさせている大元に「日本を我が物顔で“支配”しているアメリカ」と「利益のみを追求し、市井に住む人の暮らしを破壊した財界」の存在。政治の中身変えるには、この勢力とのたたかいは避けられません。 「政権交代」言っている民主党-党首は岩手出身の小沢一郎氏-は『最後のたたかい』と言っていますが、正直この言葉には違和感を感じていました。 「ハ?最後のたたかい?意味分からん。」と。 でも、志位さんはこういういい方されていたんですね。 「“最後のたたかい”ではない。“最初のたたかい”なのです。」 と。言葉にしてみれば短いけど、この言葉ほど力強いものもないですよ。 最後のたたかい?思う通りの結果が出なきゃそこで足止めるのか? こういう人生は歩きたくありません。 俺たちはまだ長い人生路あるのに勝手に閉ざすなよって。 今まではどうにも踏まれ踏まれて…そんでも踏ん張り続けてきた自分達の頑張り、その頑張りがあったからこそ、問題点が表に出てきた部分もあるのです。 自信もって、目的一緒の方皆さん巻き込んでがんばんべ。 そう思わせていただいた“四重奏”演説会でした。 この演説会が終わった後、駅裏の立派な建物で行われた青年交流会に参加してきました。 …と書きましたが、実は私が参加できたのは30分程度。 会そのものはその後3時間続いたとかで。 いつも盛岡に行く時は、北上に住む他の家族への所用も兼ねて行くので、大体マイカーで行くのですが、今回そうするには体調の不安があったのでYさんの車に便乗させていただいての移動でした。幸い、Yさん、もう1人の同乗者の方でも演説会後一時間別に歩く所があったり、食堂に行ったりで時間を作ることが出来たので、ポテポテと移動しました。 という事で、発言を聞く事が出来たのは吉田さん、盛岡のパリッとした服着こなしていた方と2人だけでした。う゛ーん、もっと皆さんのお話聞きたかったよ、てな所ですが、これは完全に自業自得(←血圧180-120ではね…)です。トホホのホ。 と、いう事で何がどうしたかわかりませんが、話の中でフランチャイズ制度の話が出てきたことを持って、私に話が振られましたが、振ってくれた2人には大変申し訳なかったけど、その時点では頭真っ白で何も言う事が出来ませんでした。(本当にすみません!)で、その代わりに3つほど話をおいてきましたのでその部分の追加加えて書かせていただくことにします。 おっと、誰かな? 『違う意味で振られる事には慣れているだろ』 …放っといてください!(涙)1.有権者の中に飛び込んで話っこかだり。 例えばビラ配布。どうしても色々な仕事をする時間も作りたいから、配るだけって事も多々あったりします。しかしそれは、有権者の方とお話をして、貴重な話を受ける機会を失う事でもあります。 活動のポジションも色々ありまして、私は地域にも入って活動していますが、仲間の一人の方が丁寧にお尋ねして話っこかだりしてくるんですね。そうしてお話しする事で、その方との信頼関係作る事も出来るし、貴重な話いただく事も出来るし、そこから発展する事も出来るし。 よくよく考えてみれば、私も10ウン年の活動の中でそうして作った信頼関係のある方が何名かいます。そうだよな。その基本はわっせではわんない(忘れてはいけない)。 どうにも初見の方に対するコミニュケーション能力が上手くはなく、加えて同年代の中ではチトずれている人間な者でその部分で苦労する事はありますが、人と話をして信頼関係作る、というのはどの活動でもできる事。 その部分おろそかにしていた部分ありましたので、意識していく事にします。2. 体調に気をつけて。いい?見本は大船渡に。 2005年秋口に調子を崩して以来、あっち治してはこっちが悪くなるという具合で調子を狂わし、今でも普通の方の半分の時間ぐらいしか仕事が出来ず、党活動も思うように出来ず…とうとう医者から最後通告受けられてしまいました。幸い脳や糖尿などの異常からは遠い位置にありますが、それでも普通の方から見たら「異常」なのには変わりありません。 こんな私が言うのも難だけど、どうしてもこの体調の変化というのは活動においても、生活においても様々な支障があります。そうなってしまうと辛いです。本当に。 自分自身がこういう状況での辛さわかっているので、こういう思いを繰り返させたくないんです。誰にもね。 だから、活動の合間見て、体調に気を使える部分は気を遣う。変調があればすぐ見てもらう。仲間の間でもその問題意識した話もしてみる…。後は、その実行ですね。 何のかの言って体が資本の人生路なので、気をつけてください。3.やっぱ、1人じゃ何も出来んわ。 「一人が百歩歩くより、百人が一歩歩く」 岩手かえるネットのブログでも書かれていましたが、やはりこの日本を変えていくべ、と考えたら、一人一人離れての活動というのはどうにも限界がある、という事に真剣に気付きました。 普段からどうにも、能力も何もないくせに「1人で背負い込みやすい」性格が災いし、何とかカンとかしてみんべ、と動いてきましたが、周りの色々な活動を見て「やっぱり、1人だけでどうにもあがいてもわんない。たくさんの方と連携して動かないと…全体も動かないし、自分だって潰れてしまう!」と、気付かされました。 これまで32年の人生、たくさんの方に支えられてようやく生きてきたクセして、自分が動く番となるとそれを忘れていたというのも情けない話ですが、ま、気付く事は出来ましたから。その方法に関しては、しばらく暗中模索は続くけど、近くにいい見本=仲間いるじゃない(政治活動だけでなく、沢山の人が集まって一つの成果をなすという意味で色々な事象見ています。それ見ていてからなんで気付かなかったんだか…)って事で、どうか歩かせてください。 と、いう事で、ひとまずって所は話して来ました。 次は、指名された時にお話できなかった「フランチャイズ」制度で思う事話して、勝手に作った言葉の解説して、そして全国で「俺たちに生きさせろ」で頑張る方へのエール兼ねた記事書こうかな、と思っていましたが、残念ながらとても一つの記事で収まる文量ではなくなってしまいました。 と、いう事で…すみません。 この記事三部作にさせていただいてもよろしいでしょうか。 それぞれのポジションでやることもあるので、その合間を縫っての作業が続きますが(なので、次号予定は保障できません…)何とかこの部分で一つ、そして…11月選挙を想定して制作を伸ばしていた「もう一つの主題」(←普段は「あっち」で語る言葉ですけどね-苦笑-)に関しての提案作業にも手をつけていきます。 昼間もある程度は暖かいのですが、夜の時点の寒さは、体に応えるようになっています。空気も乾燥しているので、風邪と火事には気をつけて歩いてください。 久しぶりの記事制作でしたがいかがでしょうか。 拙文お読みいただきましてありがとうございました。 今日はここで失礼します。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月29日
コメント(0)
※この記事は、政治、野球両方でつながりのある(と思っている)ブロガーさん全員に送らせていただきます。その4はこちらからご覧いただきます。 今晩は。伊東です。 ここでは、ここまで4編書いてきた事を踏まえてのまとめ記事を書かせていただきます。 この世に生を受けて32年。共産党に入ってじき14年。 瀬川さんを講師に新入党者教育をしていただきまして14年が経過しました。 ここ数年、デブの不摂生がたたり、様々な病気を派生しては、1つ追い出して、また1つ発生しては…を繰り返してきました。正直、病気を発症した2005年までのレベルの活動が出来ているとは思っていません。 そんな中で自分の体の先行きどうなんだ、という不安から情緒不安定にもなったり、元々の人間力が足りず、要らない争いをしたりして、たたかう仲間に迷惑かけたのではないかな、と思う部分もあります。 また、自分の人間的なレベルを下げてしまった部分も、正直あります。 その点に関しては本当に申し分ありませんでした。 それでも、根本的なこと語れば「人が傷つくのがいやだ」。 そういう思いで共産党の戦列に加わり、その思いだけは色あせずに、14年。 いや「人が傷つくのがいやだ」という思いをいだいて生きてきた、という意味では32年の人生、物覚えがついてからずっとかな、と思っています。 中には「そういう(堅苦しい…とその友は言いたかったのかもしれませんが)生き方で疲れないか」といわれる事もありましたが、別にその考えが、自分のベーシック(基本)だから、という事でずっと過ごして来ました。 そういう生き方が、ある後輩に言わせれば「あんたはその真面目さで目標にされている部分があるんだ。その姿勢だけは絶対崩さないでくれ」といわれる(こんな評価されて…むず痒いね)モノもあるのかな、と思って生きています。 正直、今の環境見てみれば、幸い住む家はあって、幸い働く場所はあって、幸い人には見捨てられずにいて。今の自分の人間レベルとは別に、それがあるから、社会からドロップアウトは食らわずにすんでいます。 でも、残念ながら今の社会は「儲けのため」なら、そういう場にいる労働者から身ぐる着剥ぎ取り、地獄へと叩き落す。叩き落された労働者は、バラバラにされ、手をつなぐ事も覚え(させ)られずに、ゆるくない状態に陥る。 しかも、それはどこの誰にでも起こり得る状況になっている。 貧乏も経験し、ゆるくない思いも経験しているから、その思いに立たされた方の「ゆるくなさ」は分かるのです。幾分の一かでも。 ガキだ、幼い、青い言われても 「誰かの涙は見たくない!」(※1) というのは、ずっといだいている自分の思いです。 チト、それを行動に表すのが苦手でいる身で言うのも難ですが。 ただ、今の私の体調、今関わっている仕事の状況を考えた場合「体にかかる負荷を減らさないと、いずれ身体状況に障るよ」という事を言われています。といって、今からはじまろうとしている政治戦を離脱する、という事はしたくありません。 今、生活に関わる事の「リストラチャンク」(再構築というのがこの言葉の正しい使い方です!やたらめったら労働者の首切るのはリストラいわねぇのホントは!)を進めていますが、その中で、ブログにかかわる時間というのも対象になります。 しばらく前に失礼をし、人間のレベル下げる様な行動を取ってしまった身として、正直ブログに関わるのは辛い事でした。でも、恥かいたからといってそのまま止める事もしたくなかったし、失敗は乗り越えなければならないと思い、そのまま続けてきました。が、体にかかる負担は(1日大体制作時間70分程度としても)結構ある事が分かりました。 この先、政治戦に臨むにあたって、できる限りベストな状態で、どこの仕事にも負荷かけることなく、それでいて政治戦に万全で臨むためには、ブログの制作を中止して、少しでも時間をとる事が必要となりました。※1 仮面ライダークウガ第2話の五代雄介のセリフより。 ここ数日で、大慌てで野球の記事をまとめ、政治記事を5つ作ったのはそのためです。必要な事は全て書ききった上で、自分の時間の多くを政治戦に割く。 自分の所を「あんたを目標に~」と言ってくれた後輩や、様々な形で私と関る全ての人たちに顔向けできるために、そして何よりも「財界とアメリカ、それに追随する勢力に生きる力を奪われたくない。その反撃の一歩」のために。生きる人の“踏み台”になるために。 時間を割くために、ブログの制作はしばらく止めさせていただきます。 時折、コメントが入っていた際のお返事や、管理のためにPCをいじる事はありますが、記事制作という形では、今日、この記事を(とりあえずの)最後にさせていただきます。ここまで長く、私のブログを見て、コメントいただき、暖かいコメントや厳しい指摘をいただき誠にありがとうございます。 政治状況の変動があった場合は対応しますが、しばらく(ブログ上で)皆さんとはお別れです。寒さも、乾燥も厳しくなるのでお気をつけてお過ごしください。 また今度「通信簿の結果」が出たらお会いしましょう。 それまでお元気で。 ありがとうございました&頑張りましょう。 伊東 勉≪今回『皆さんへ伝えたい事』シリーズの各記事です。≫・その177 皆さんへ伝えたい事-その1-。金儲け第一主義の財界から『生きる力』を取り戻しましょう。・その178 皆さんへ伝えたい事-その2-。 平和作るのは簡単じゃないけど、その道程は歩み続けていきましょう。 ・その179 皆さんへ伝えたい事-その3-。民の声発する手段が…民主主義守り生かそう/食べ物と農業。/セフティーネット/教育。・その180 皆さんへ伝えたい事-その4-。今度行なわれる政治戦でたたかいの場に立つ方を紹介します。全員でなくてすみません。 ・その181 皆さんへ伝えたい事-その5-。自分の思い。 そして、力の集中のためにブログ更新休止します。 ≪社会人野球・まとめ記事シリーズです。≫その163 クラブカップ東日本大会 全7試合結果と出場選手。 その176 2008足利への道。-私が挑んだ『クラブカップ』について。(前編) その177 2008足利への道。-私が挑んだ『クラブカップ』について。(後編) その175 2008足利への道。-私が挑んだ『クラブカップ』について。(番外編)+ひとまず、野球に関しては区切りとします。その173 クラブ選手権&中日本・西日本クラブカップ大会その171 第35回 社会人野球日本選手権 岩手一次予選大会 その170 毎日旗社会人秋季大会のレポート。 その161 都市対抗野球本大会を振り返る。/東北の2大会組み合わせ決まりました。 ⇒日本選手権の東北代表は七十七銀行に。岩手代表の水沢駒形は初戦で、フェズント岩手は初戦は勝ちましたが、準決勝でTDKに敗れました。
2008年10月06日
コメント(466)
その3はこちらからご覧いただきます。 今晩は。4度伊東です。 ここまで3つは、政策論に関して記事を書かせていただきました。 この4つ目の記事では、次期衆院選挙にたたかいの最前線に立つ予定の方を紹介させていただきます。 まずは…一覧表ですみませんが、小選挙区、比例代表選挙区に立つ予定候補の方々の一覧表が書かれた共産党のページを案内します。図表の中で色が変わっている方は、その方の独自ホームページがありますので、そこにぜひぜひジャンプしていただければ、と思います。2008衆院選比例代表予定候補2008衆院選小選挙区予定候補 まずは、比例代表の東北ブロックで、3回目のたたかいに臨む高橋千鶴子さんです。 学校の先生やった後に、国政に幾度か挑戦。青森の県政(県議)として4年間頑張った後、松本善明さんのあとを継ぎ、東北の政治の声を国政に届ける役目を果たしてきました。 農業、漁業、働く場所や商店街…政治のひずみが特によっている東北で、その課題を地域の皆さんとともに考え、乗り越えるために精力的に活動してきた高橋さん。大船渡にも幾度か訪れました。 東北というのも広いもので、松本さんの本では「“となり町”という概念が東京あたりと違う」という趣旨の書かれ方もしていましたが、その広い東北を縦横無尽に駆け回って、くらしの向上のために頑張る高橋さん。なんとしても引き続きその役目を続けられるようにがんばらな、と思っています。 続いて、身近な岩手県でたたかいの場に立つ2人を紹介します。 まずは比例重複で岩手4区から立つ瀬川貞清さん。 去年の夏に衆院岩手1区補選、1993年に当時の岩手2区から立候補。他にも水沢市長選挙にも立候補した時もあります。私が入党したときの所属地区委員長の瀬川さん。家族の方から「ちょっとかたいよ」といわれる事もあるそうですが、長年にわたって岩手4区を担当する中部地区委員会の責任者をつとめ、国政、市政の立場でたたかいに臨んできました。 今は岩手県の書記長をしていますが、住み、活動している地域での立候補。 それだけに、4区の有権者がどういう思いで政治を見ているかが分かる「政治家」です。 色々な意味で注目集める岩手4区ですが、その中でくらしに立脚して、たたかいの場にも立ち続けている瀬川さんに皆さんぜひ注目していただければ、と思います。 続いて、岩手1区の吉田恭子さん。 所用などで盛岡に行く際、その頑張りぶりをよく目にする事も多く「よっ恭子ちゃん、頑張ってんな」という言葉をかける事の多い彼女が、今回は総選挙の予定候補者として政治戦の最前線に立つ事になりました。 色々なイベントで会う事が多いのは…先に語ったとおりですが、そのバイタリティですか。行動力の良さで、色々な活動を支えてきた彼女なら「みんなとともに政治の壁突き破る」役割、果たせる事と期待します。 岩手1区も候補者は多い所ですが、その中でも、市井にすむ皆さんの中に入り頑張る吉田さんにぜひ皆さん注目していただければ、と思います。 盛岡地域では神部伸也さん、鈴木努さん(2人とも盛岡市議)と若いメンバーの活躍も目立っています。私もせめて…ツメの垢せんじて飲んで、みんなの200分の1でも頑張れるようにします。 若い候補者というと、全国でいーち、にー…時間の都合上人数数えるの止めますが、多くの20代、30代の予定候補者が頑張っています。拙ブログともリンクはらせていただいている東つよしさん(岡山一区&比例)、田中みゆきさん(福岡一区・07年参院福岡区の候補者)。近所では青森の吉俣洋さん、秋田の鈴木さとしさん、山形の佐藤雅之さんと頑張る方が多くいます。 さて、共産党の候補者で言われる事が多いのは『皆同じ』ですが、その言葉は、どこの候補者(他党も)に言っても失礼な言葉です。 皆さんそれぞれの人生の中で、それぞれの人生路歩んでこられてきた方です。その中で、日本共産党という政党にであい「金持ち連中ばりいい目を見て、市井に住む方々が割食う政治でいいのか」「アメリカの横暴で平和が脅かされ、それに日本が協力するのでいいのか」などという思いを抱いて、共産党に加わり、活動して、その中で選挙の(予定)候補者としての任務についた。 できる事なら、その全員の思いというのを聞いてみたい気持です。 ま、実際は物理的には無理でしょうけど。 で、私の住む大船渡の入る岩手3区ですが、立候補の予定はありません。 比例代表選挙で共産党伸ばすために、出来る手段を積極的にしていこうと今取り組み強めています。毎度毎度実施している「メガホン宣伝」も、どこかでする予定ですので、見かけたら声をかけてやってください。お腹が「ボン」と(人によっては「臨月でないか」とも言われます…)太っているのが私です(自虐)。 と、身近な候補者何人かを紹介してきましたが、現職の議員では、石井郁子さん以外は全員が再び政治戦に立ちます。現職の方で言うと塩川鉄也さん、志位和夫さん、笠井亮さん、佐々木憲昭さん、穀田恵二さん(岩手出身)、吉井英勝さん、赤嶺政賢さん。国政の舞台に立った経験者として畑野君枝さん、八田ひろ子さん、瀬古ゆき子さん、平賀高成さん、宮本岳志さん、中林佳子さん、春名なお章さん。更に国政の舞台を踏もうと地域でも頑張る宮内聡さん、山口典久さん、綾部すみ子さん、瀬戸恵子さん、笹岡優さん、田村貴昭さん。 …時間なくて、全員を紹介できませんが「政治の中身を変える」ために頑張る日本共産党の方を近くで見ましたら、その話を聞いて、見てください。 「今のゆるくない政治の流れ変えてくれ!」という期待に応えられるように(…と伊東が言っていいのか?)頑張らせていただきます。 次はこのシリーズの最後の記事に移らせていただきます。 長長々とすみませんが、最後までお付き合いください。 一旦ここで失礼します。PS この記事に登場された皆様、この紹介の仕方でよかったのでしょうか…。 文中勝手書きまして失礼しました。
2008年10月06日
コメント(0)
その2はこちらからご覧いただきます。 こんにちは。三度伊東です。 ここでは「民主主義」「農業」「セフティーネット」「教育」に関して触れさせていただきます。1.ビラ配布・民主主義について。 近年、あちこちで頻発する「ビラ配布に対する弾圧」。現政権を応援する右翼側のメンバーも捕まった時はありましたが、その大方は、自民・公明政権の施策に疑問を持ち、行動する人たちが捕まる対象者になる事が多く、裁判でも一審段階では「言論の自由」に重きおかれての判断が下されましたが、二審では「言論の自由も大事だが、迷惑掛けない程度にしろ」という意見が幅を利かすようになってきています。 加えて。様々な活動で警察、あるいは強い権力を持つ者による干渉・妨害が行なわれています。二つ隣の気仙沼市でも、消費税に関しての宣伝をしていた地元民主商工会の女性部の方が警察から干渉される行為があり(救援新聞・08年8月25日号ウェブ版)、関ヶ原町では学校合併関しての署名活動に町長や役場職員が介入し、署名した町民に対して「何で書いた」等と威圧する事件もおきています。 民主主義というのは多数決で、少数派はただそれに従うだけだ、などという意見も見受けられますが、多数派というのが絶対正しいとは言えず、またそれによる少数派の押しつぶしというのもあってはわんない事です。 意見の発し方、まわし方には気を配る必要があるのは当然の事ですが、どうにもここで紹介した事件というのは「この意見気にくわねぇ。持っている力で押しつぶしてやる」レベルで、反対意見を押しつぶしているのが見え見えです。 私はこのビラ配布の弾圧事件に関してはいくつか記事を書いてきました。08年9月22日記事 その160 またも、ビラ配布で有罪か。でも、追い詰められているのは自分達の側ではない。08年7月22日記事 その133 気が滅入る場面、度々。だども歩いていかにゃあね。 08年7月5日記事 その123 頭の中、野球でいっぱいです。でも忘れてはわんない事は、書いておきます。 08年7月3日記事 その120 共産党議員が議会報告ビラ配布で書類送検…ため息しか出ません。た・だ・し、とりあえずの話ですよ。08年4月12日記事 その56 寒気がするわ。でも、今寒いのなら、細くてもいいから火を灯し続けよう。07年12月13日記事 第405号 ビラまき有罪からウロウロと考えてみた。06年8月28日記事 No247 ビラ配布弾圧無罪…たたかいの一つの成果出る!…『潰される異議申し立て』シリーズ。 ⇒この記事の中で、旧ブログ「びーいとうのケログ」で集中的に記載した「潰される異議申し立て」シリーズへのリンクも張っています。 ま、自分でもしつこいなってぐらい記事は書いていますが、これは「対共産党」ってのだけで考えていただきたくない問題なので。現実に違う立場の意見語る方でも逮捕されるという事態は起きています。 一度こういうのを許してしまうと、更に次っ、次とおきてしまうし、起こさせてもしまっているのが今の現状。だったらその反撃は…1つはそれに負けじと、堂々とビラ配布すればいいし、もう1つ語らせていただければ、その行動をしっかりやることによって、信頼を集めるという事ですね。 もちろん弾圧は許してはわんないもの。 政治戦の季節になると、こういう類のニュースが激増してきます。 また、誤解によって『事件化』されるというのも出てきます。 それに対応しながら、1つの意見を有権者にお知らせするという基本的な人権を守って活かして頑張ります。2.農・魚業と食べ物について。 農魚業。私も農業高校出身で、しかも農業もやる(農作物以上に雑草が…)人間として、どうしても目を向けなければならないのがこの問題。この問題は同時に「人間が生きて行くのにどうしても必要なものを摂取する食べ物」の確保にもかかわる問題です。 「農業1年やっても、子供のパートの給料よりも安い」。(※1) 数年前に利いたこの言葉が耳から離れず、しかもそれ以降もこの言葉がなくなるような事態が起きたとも言えない今の日本農業。何がどう考えたって人間生きて行くには毎日食べ物食って水飲んで(お酒はお任せします)生きていかなアカンのに、その生産者の実情といえば、その収入はお寒い限り。 様々な要素はあるのでしょうが、最根幹的な仕事であるはずの食料の生産という仕事で、文字通り飯が食っていけない、というのは大変であり、最悪の事です。「とても子供に継げとは言えない」と、そのまま農作業を放棄する方も後を断ちません。 更に加えていえば、今年になってからヒートアップする「原油価格」のせいで、材料費や燃料費が高騰。ただでさえ少ない「所得」が更に削られる事態にもなっています。こんなんではやるだけ無駄、と重要な仕事であるはずの「農・漁業」が寂れていってしまう、こんなんでいいのでしょうか。いつも疑問に思う所です。 いわゆる食べ物というのは、先にも語ったとおり「絶対必須」のものです。 これがなければそこに住む人皆死んでしまいます。 今政治が手を打つ必要があるのは、農業生産者に対する所得保障ではないでしょうか。 これは、農漁業生産者だけでなく、消費者にとっても助かる事でもあるはずです。※1-2008年9月18日(木)「しんぶん赤旗」 稲作農家「時給」179円 前年より77円減 最低賃金の4分の1 07年米生産 ギョーザ事件や汚染米等、食の安全の事考えた場合、なるたけ身近なものでつくられたもので食糧をまかなう、というのが安全だし、省エネにつながります。それで、どうしても足んないものがあれば輸入に頼るのも仕方のないことですが、日本は色々な食べ物を生産できる土壌があります。 その時々の経済政策により、割を食ってきた日本農業ですが、しっかりした形で再構築すれば、日本に住む人たちの食べ物も確保できるし、それ以上の事もできると思います。農業に少し関わっているくせに大した事書けませんでしたが(だから、作物以上に雑草が…)後に書くセーフティーネット同様、必要なものには手を打つ、という事が必要ではないかな、と思います。これこそ「生きて行く事を応援する政治」って奴ですから。3.セフティーネットについて。 これだけひどく格差社会がおきているのは何故か。 考えてみたら、ここ数年の政治で「セーフティーネット(以下セーフティー)」が壊されている事があげられます。生活保護の基準、額、支払いの対象。失業保険の対象や支給額。年金。このいずれもが低水準・高負担にされています。 これまでは、税金の中からあれこれのセーフティーが整備されたものでしたが、その税金の使い方をもっと自分たちのスポンサー(自・公政権の財界)に都合いいものにしよう、として、その削減対象にされたのが、この社会保障でした。 このセーフティー、ただ削減されただけではありません。 そこにある「セーフティ」の対象者に対しての視線が冷たくなったのです(※2)。いわゆる『自己責任』。施策は減らされる、視線も冷たくなる。じゃあ果たして自分たちは生きてていいのかと肩身狭い思いをさせられることになります。 どうしてもそんなん政治、許したくないのです。※2 先進国では、日本と並んで自己責任が喧伝さいるアメリカですが、その一方で市井に住む人々たちの協力は積極的です。 障がい者に対する「自立支援法」、高齢者に対する「介護支援法」、リハビリ治療対象者に対する「日数制限」が、事実上はそれら対象者の切捨てにつながっています。 色々なモノの見方もあろうかと思いますが、この現状を冷徹に見ていけば、この行為は、いわゆる生活弱者に対して「邪魔だよ」というメッセージを発しています。憲法にも生存権が書かれている事を考えれば、この政治の道を許してわんないのはその通りです。 様々な生活権向上のたたかいとともに、万一ゆるくない状態に置かれた際の「セーフティー」が効く社会作りを進めるためにも、今回の政治戦、1つの大きな起爆点にしていかなな、と思います。4.教育…一人一人が伸びる環境でなければ何をやっても意味はない。 この教育。私も「一人一人が~」という姿勢で臨まれてきた教育だからこそ、こうして社会に出るほどの人間になったのであって、「邪魔だよあんたは」という姿勢で臨まれていた日には、今頃どうなっていたんでしょうか。 先日5日で辞任した方は「全国一斉テストは日教組と教育レベルの関連を図るため」等と語り、別な方(多いので氏名省略)は「競争こそが好人材を生む」「テストの結果で予算に差をつける」「だから必死でやるだろう」等と語る人も多いのですが、何か根本忘れていませんか? 根本中の根本として「一人一人が、この社会を生きるにあたって必要な物事を身に付ける」ために教育というのは行なわれるものです。それは学力だけでなく、人間性もそうですし、他人との関わり方も、体力も。 それは「競争ありき」で身に付けさすのではなく、まず一人一人の子が必要な物事を見につけさせた後で、1人の人格として「俺はあいつに負けたくねぇ」という思いが出れば、それでいいのですが、そうでなくただ単に競争ありきでは「成長するのに必要な失敗」も許されず、結果…どうなんでしょうか。不安です。 この問題1つとっても、上からガーでははじまりません。 先に行ったことも踏まえて、その子供に関わる全ての人が、その成長に関われる状態が必要かな、と思います。国がやる事はその条件整備をしっかりする事です。時の政権に都合のいい人材作るのが第一ではないことは指摘しておきます。 …という風に、この項では「民主主義」「農業」「セフティーネット」「教育」に関して触れてきました。 とりあえず、後2つ書けばこのシリーズは終わるぞ、という事で、そそくさとですが、次の記事に進ませていただきます。 長文拙文、それも3つお読みいただきありがとうございます。 あと2つ、お付き合いお願いします。その4はここからご覧いただきます。
2008年10月06日
コメント(0)

その1はこちらからご覧いただきます。 こんにちは。再び伊東です。 「選択の時期」が迫ってきた事から始めている「伝えたい事」シリーズパート2。なんか、この言葉だけ抜いて出すと元のタイトル(伊東勉の「言いたい事、伝えたい事。」)思い出しますが、それはどーでもいいか。 ここでは、生きて行く事に対しての大きな課題のもう1つ。 「平和」に関する事に関して触れさせていただきます。 まず初っ端から。 「戦争何ざない方がいいでしょ」と聞けば、色々な事を抜きにすれば、大多数の方が「その通り」とか「イエス」とか「ウィ」とかお答えになる事と思います。 大体自分が死ぬかもしれない、人殺すかも知れない。軍隊生活のゆるくない事に自発的でなく協力させられる事に積極的にはなれないでしょう。大体普通に生きて行く事すら大変だというのに。 だども、戦争というのは実際には起きているのもまた事実で。 軍事的な問題、あるいは国と国との間で問題があるというのもまた事実で。 そういうのを見せ付けられていると「平和に、何て『空想論』だ」と思いたくなるのも、仕方ありません。 ただ、様々な物事考えてみると、時代は進んできているな、とも思うんですね。 まず1つ目は堅い話から。 ずーっと前、時代は19世紀の頃には、戦争というのはそれぞれの国が持つ独特の権利だったそうです。それが、武器も強力になり、殺傷能力が大きくなり、更に非戦闘員の死亡率が多くなる…という事態を受けて「戦争に対する“規制”」がはじまりました。その積み重ねにより、今では「戦争はしてわんない」というのが、大方の合意を得るようになってきました。だから、戦争おっぱじめようとする連中は「自衛のため」という言葉を使うようになっているのは、その証左ともいえます。(だからといってそれで犠牲が出るのには勘弁できませんが。) パート2。藤島じゅんさん(今まで幾度か紹介してきた重野なおきさんのパートナーです)の漫画から。 しばらく前まで「てんしの末裔」という漫画を書いていた藤島さん。藤島さんの漫画は、時折オチが強力すぎる(アンダーだよ、アンダー!)部分もありますが、しめる所はしめる方です。(以下、作中セリフより引用。) 作中、魔界に住む兄弟サタンと王魔。 天界との戦いの中で父をなくし、母も昏睡状態に陥る。 サタンは問う。 「天使どもは我が仇敵」 「全ての天使を殺して、魔界に永遠の安息をもたらそうと思わないのか?」 これに対して、王魔はこう返した。 「兄上こそお忘れですか? 死別の憤り、身内の痛み、消えぬ傷跡…」 争いが続く限りは、それがお互い繰り返される。 そう思った王魔は、以下のように結論付けた。「そんな思いは 僕達の代で最後にしませんか?」 付け加える言葉はありません。 パート3。今でこそ、1つの国家で形成されている日本の国。 でも、大昔は戦国時代だ何だで内戦が頻繁に行なわれていた時期がありましたね。 武力による鎮圧などでそれが収束され、一つの勢力が出来る。 その勢力が日本治めるに適当でないと判断されたときは、また違う「統治勢力」を争って…で、時代流れて、選挙という手段で日本の国を進める道を決めるやり方が定着してきています。 つまり、意見が違うからと「武力による粛清」が認められる社会ではないのです。(最近怪しくなっていますが)次は、それを世界に広めましょ。 という具合に、時代は進んできています。 パート2とパート3は出していいものかどうか…でしたが、1つの証左として。 パート2に関しては、憲法9条というものが作られた異議はまさにそこにあるのではないか、と思うのです。「殺して殺されて」で、以前に書いた室井佑月さんの「人は『殺してダメだ』と言い続けない限りその過ち犯してしまう危険性がある」というストッパーどころじゃない、まさに修羅場。それを止めるには、誰かがそう思わなければわんないね、という事で、あの一文を紹介させていただきました。 パート3は「争い事はなくなんない」というのに対する1つの反証です。 あれだけ内戦を続けて来た日本でも、いろいろなルール、統治機能作りを重ねて、少なくとも違う意見勢力だからと殺しあう事はなくなった。規模は小さいけど、日本国内でもそれが出来るのだから、他の「違うもの同士が、1つの世の中を形成している」場所でも、やってやれないことはない。という意味で書かせていただきました。 そういう意味で考えると、2001.9.11同時テロ以降、アメリカが起こしている「テロとのたたかい」は、はっきり言って実効挙げていません。独裁者とやらを見つけ出して、死刑にしただけで、後は「テロ掃討作戦」とやらで空爆かまして、犠牲者出して、余計なつらみを重ねさせて…の繰り返し。 その挙句が、テロ勢力の存在価値の正当化に結びつき、自力でその地域の方のために役立とうと頑張っている人に対する攻撃さえ誘発しています。 9.11の時に「テロ起こした勢力を捕まえ、裁判にかけ犯罪として処罰する」という動きが盛り上がり、それが世界的合意になりつつあるときに「争いごとを解決するという意味でいい事だ」と思ったのですが、どこかの国の指導者が「パパが出来なかったから」と勝手に攻撃始めてしまった事で「国際紛争を戦争起こさないで解決する」という道に障害がもたらされました。 でも、その弊害があらわになってきて「違う道もあったのではないか」という意見も出始めました。ここからでも遅くはない。「国際紛争を戦争起こさないで解決」する道に踏み出し、そのルールの徹底化に乗り出しませんか。そして、そのテロを生み出す土壌に対しても目を向け、問題あったら解決しませんかって方向に、政治の流れを持って行きたいのです。 憲法9条に関して言えば、国内に出来た「9条の会」はいまや7000を越える会を持つに至りました。その意見に賛同する方も、異議を持つ方も「憲法9条」への視線は、熱いものとなっています。 近隣の国がおっかないから…という思い持つ方も居られるとは思いますが、ここまで書いた事に関しては、何も1つの事象に限った事ではなく、どの問題に関しても適用できることです。ま、北朝鮮の場合は残念ながら国際ルールにあわせるという意味では一番…な国ですが、彼らとてこの地域に生きていこうと考える以上「近所の方と生きるルール」てのを覚えざるを得ません。それ抜きに「俺が俺が」でやろうとすれば、反発招く事は必至なのですから、気長に(拉致問題など、人命に関わる問題は早急に的確に)付き合う事が肝心かと思います。 そういう事考えたら…米軍、いらね。 「再発は防止します」とかいいながら、サッパと軍人の不祥事は減らないし、そもそも日本に他国の軍隊おく必要性というのが私には感じられません。 アメリカの軍隊なら、アメリカ守っていればいいのです。 日本の自衛隊に関していえば、以前共産党の22回党大会で「段階的実施」(リンク記事中の『(9)憲法を生かした民主日本の建設を』)に関して触れたときがありました。 けっして、有権者の皆さんの思い抜きに行動することはしませんが、その一方でここに書かれている施策の実現のために行動していきます。日本共産党2008/総選挙政策 【2】異常なアメリカいいなり政治からぬけだし、独立・平和の日本を2008年総選挙 各分野の政策/日本共産党 この文の中の【26】市民生活の安全・テロ問題 【28】安保・基地・自衛隊 【29】核兵器 【30】北東アジアの平和と安定 をご覧いだければ、と思います。 この平和の問題もそうだけど、どうしても「今ある問題」から脱却しようとするけど、どうにもすぐには変えらんないだろ、という思いが「理想論」ということばに凝縮させられてしまっているかとは思いますが、それでも、以前私はこんな形で「今勝ち取っている権利も、かつては理想論だった」というので書かせていただきました。 いままで物事発展させるのに、理想論でなかったものはなかったのでしょうか。 2人の同意だけで結婚できること。 一人一人(正確には一家族一家族)自分の家を持ち、住む事。 何日かに一回休む事。 一日24時間は働かない事。 病気にかかったら、金の心配をあまりしないで治せる事。 男女、あるいは所得の有る無しに関わらずに政治に関与できる事。あるいは同じ権利を有すること。 最低限の生活を保障する事。 他人、あるいは権力者によって、強制的に殺されない事。 さあどうですか。今でこそ当たり前とも言える事ですが、昔はみな理想論だったんですよ。だけども、それを形にして、どうしたらそれが実現できるかを模索して、運動して、こういう願いが、権利と成って、実行されるに至ったのです。それでも「そんなのは理想論」で片付けられますか。理想論がなければ、政治なんかいらないんですよ。伊東記事-No225 8月15日に思うことより。 加えて言えば、その実現のための手段はどうして行くか。 これに関しての模索は必死に続けながら、有権者の皆さんと共に「歩み、進めて行く」事が出来れば、と思います。 さて、皆さんに伝えたい事シリーズも2つ目を書き終えました。次は「民主主義」に関して触れさせていただきます。 作るペースが早い?のですが、それは後ほど。 長文拙文、お読みいただきありがとうございます。 その3はここからご覧いただけます。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月06日
コメント(0)

こんにちは。伊東です。 毎度このブログお読みいただきありがとうございます。 気がつけば、延べ20万人に読まれてきたブログとなりました。共産党の人間の割には色々と足りないものがある私の一文一文に、好意的、あるいはその逆もあるかとは思いますが、反応いただきありがたい思いを持っています。まわりではいよいよ政治戦か、とも喧伝される時期ですが、この時期にあたって、いくつか思う事を語らせていただきたいと思います。 まず…10月5日に行なわれた「青年大集会」ですが、4600人の皆さんが集まって、集会を成功させた、との事です。前回の集会が確か3300人でしたか。その1.4倍の規模の集会になった、という事は「今の政治に納得せん、違う道の政治作らなきゃ!」という思いが、広がりつつあるという1つの証明です。この集会の開催に関わられた皆さん、本当にお疲れ様でした&ここから頑張っていきましょう。(思うような協力できなくてすみません) 1995年、財界が出してきた1つの「案」。(引用・※1) 私はこれを見た瞬間「人を『役に立つ者』と『使い捨ての部品』にするものと分けようとしている…大多数の働く人の立場がやばくなる!」と思いましたが…その危機は、現実のものとさせてしまいました。 派遣労働。期間つきの雇用。 先頃の代表質問でも市田さんが語っていましたね。 「人はこの世に生を受けたのち親や社会にはぐくまれ、おとなになって仕事につきます。そして、結婚、子育て、社会活動などさまざまな体験を経ながら、両親をみとり、自らも老いていくという長い人生をおくります。けっして、三カ月や数カ月単位、最長二年十一カ月単位で人生を送るのではありません。ところが日雇い派遣なら一日ごとの、期間社員なら最長でも二年十一カ月だけの人生しか見通せなくなる。これほど不安な人生はありません。」(引用は赤旗記事 「市田書記局長の代表質問 参院本会議」より) 働いて収入を得る。それが一定期間を経ると「出来なくなる」。 それがどれだけ労働者に対して恐怖を生むのか。 もっとはっきり言えば「生きて行けんのかどうか」という重大な問題です。 これに関して、人を雇う側の財界の出した結論は「“幹部”は常勤、“有能”なのは必要な期間雇い、その他は“部品”」という雇用政策でした。政治が「ちょぃちょいちょい!」と反抗できればよかったのですが、残念ながらその抗体が政界では共産党しか存在せず「労働者側にとっても都合いいんだよ」という甘言にも乗ってしまい「派遣労働、期間労働の規制緩和」が実行されてしまいました。※1(共産党・若者ネットワーク記事より。文中に説明書きがあります。) 更に「人リストラすれば、税金まけてやるよ」という施策(※2)もやられ、働く場を失い、その代替?としては「期間限定」「直接雇用ではない非安定」な働き場所があてがわれ、労働者の犠牲と反比例して財界側は利益を増加させる事に“成功”しました。 だけども、こういう不安定な労働形態、使い捨ての働かせ方が、副作用を起こし始めました。長く勤めない事による士気低下、技術伝承が出来ない、安定した生活が出来ず、将来を見越した生き方が出来ない。そして、自暴自棄に陥った労働者の“暴走”。 正直、その実情は語る言葉が見つからない程酷いものになっています。 短期的に見りゃ、金持ちの方は利益あげることは出来ました。 だけども、その一方で失ったものはあまりにも多いのです。 『どっかの会社の帳簿』では見えない部分でね!※2-1999年に当時の自自公政権が成立させた「産業活力再生法」。 労働者は「思うがままにされている状態」からの脱却を図るために立ち上がり、その反撃の結果「間接雇用」から「直接雇用」を多くの職場で勝ち取ってきました。 しかし、相手は『うまみ』を知ってしまっていて、簡単にそれを手放そうとしません。様々な理屈くっつけて「立ち上がっている労働者」の追放を図ろう(※3)としています。 でも、ここで引くわけには行きません。 俺ら労働者が生きていけるかどうかの瀬戸際ですからね。 労働者を「部品」としてしか扱えない働かせ方。 それこそ、いい加減ポイしちゃいな。 働くという、本来人間が持つ重要な役割をになう、かつ楽しいものを、財界の方々の『儲けたい』というので、ギタキダに潰されてたまるかっての。※3 その代表例として「2008年10月2日(木)「しんぶん赤旗」 無法キヤノンに反撃 偽装請負告発の元期間社員 雇い止め撤回求める」の記事をリンクします。 こういう風に、労働者を絞り上げては“利益”を得ている財界連中は、今度は税金に関しても自分勝手な言い分語っています。2008年10月5日(日)「しんぶん赤旗」麻生自公政権 まだやるか 大企業減税 庶民には消費税10% 馬鹿正直に語れば「まだ足りねぇの?」と言いたくなる話です。 しかも、その行為による歳入不足穴埋めするのは「大多数の庶民のサイフ」の中からですか。へー。私もこの記事で何ぼも語ってきましたが、自分たちが儲けあげられるのはすべて自分たちだけの力かって話ですね。様々な『公なもの』あるいは『沢山の人の力』。人の力の部分は、労働者もですし、消費者、株を持つ人もこの範疇に入りますか。そういう人の力で“利”をあげているわけでしょう。 先日ちょこっと見たスパイダーマンの映画ではありませんが「大きな力を持つものは、それ相応の責任を持つ」のです。税金を払う、という事を「相応の責任」と考えたら「まけてまけて」言うのはちとどうかな、と思う次第です。 有り金全部奪い取れなんて馬鹿は言いませんが、事業に必要な金以上の金を持ってどうすんのや、と。その一方で自分たちの努力だけでは防ぎきれない、生活上の困難抱えている市井に住む皆さんからより税金を、では、いい加減納得しませんね。 税金おっかぶせたら大企業が逃げてしまう? 逃げたきゃ逃げればいいんですよ。 そんな企業何ざよその国行ったって「社会に対する責任から逃げてきた痴れ者」としか見られません。人材の流出?そういや、どこかの少年漫画で「日本がゴミだめになった」という物語がありましたが、それほど愚かでないし馬鹿ではない。 彼らはそうやって脅して、自分たちの“過剰な利”を得続けようとしているだけです。そんなもの、恐れる必要ありません。 やや、先鋭的に書かせていただきましたが、こういう「儲け第一主義」となってしまった今の資本主義に人の血通わすためにはどうしたらいいか。 まずは、政策実現のための資金(税金)を、負担に耐えられる力のある人(簡単に言えばお金持ち)に出してもらう事。生活にアップアップの人への負担増を減らせるとともに、長い目で見れば購買力の回復にもつながります。 続いては、労働者の働かせるルールの適正化。 今みたいに『期間を区切って』『部品の様に』働かせるのでは、働く事に対する、あるいは生きて行く意欲が減退してしまいます。長時間過密低賃金労働で働かせれば、短期では儲けにつながるのでしょうが、長い目で見れば、労働パワー(そんな言葉あったのか)の枯渇につながります。 経済の動向が「紙切れだけ」…しまった、今の現状に即さないか。「電子記録」(だからそんな言葉ねぇ!)の上だけでどうこうされる経済ではなく、実体経済の強化による経済力アップを。株の売り買い、金のやり取りだけで実態のない経済を続けられるのは、実際にもの(商品)作って、売って…というやり取りの妨害にすらなってしまいます。 その最悪が今世界を襲っている経済問題だと思います。 実体経済に基づく経済に切り換える事、経済の暴走を止める事が必要になります。 働く事、生きる事。 人間として重要な事に対して「儲け」という名の網をかぶせて、利を得ようとしている財界。企業活動している以上、儲けんな、とは言いませんが、生きて行くことを妨害してまで設けようとする事はこれ以上許してはわんないと思います。 日本共産党の政策では以下の形で紹介しています。経済の改革 国民のくらし、権利をまもる「ルールある経済社会」を -JCP特集2008より-日本共産党2008/総選挙政策 【1】大企業のもうけ最優先から、国民のくらしささえる政治に2008年総選挙 各分野の政策/日本共産党 この中の【1】労働・雇用、【5】中小企業、【8】金融をご覧いただければ、と思います。 財界・大資産家の勝手のために、生きる力がそがれてしまったここ数年の日本。それを取り戻すたたかいは広がり見せつつある中で、審判の機会が来ようとしています。「生きるためのたたかい」と結び付けて「そのたたかいに取り組む勢力」の力をつける事が必要です。 さて、特集記事をはじめて見ました。 本来なら政策部門毎に作っては見たかったのですが、諸々の事情により(何だよそれは)3つぐらいにまとめて記事を作ろうと考えています。 とりあえずは第一編を終わらせていただきました。 長文拙文、お読みいただきありがとうございました。 一旦ここで失礼します。 その2はここからどうぞ。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月06日
コメント(0)

こんにちは。伊東です。 昨日の夜の記事で、社会人野球に関する記事はすべて書き終えました。 人の名前の間違いなどで少し直す部分はありますが、伝えたい事は何とか伝えきりました。そういや明日から日本選手権東北予選ですね。まだ試合の残っているチームの皆さん、もう一踏ん張りがんばってください。 昨日は志位和夫委員長、今日は市田忠義書記局長が国会での質問の舞台に立ち、麻生新内閣の政治姿勢を質しました。2008年10月3日(金)「しんぶん赤旗」暮らしと平和脅かす政治 根っこから正し 新しい日本を「国民が主人公」への改革示す 衆院本会議 志位委員長が代表質問 市田さんの質問は、まだリンクにつながる記事が出来ていないので、のちほど紹介しますが、今の日本で、そこに住む人がゆるくない状況に陥っている原因に対して、今の麻生氏も含めた自民・公明党の内閣が“鈍感”であるという事が、最初に見えた部分です。 さすがに犯罪の域にまで達している「働く貧困層」関連の問題では「大企業を含め派遣先に就業機会の確保を指導する」という答弁は引き出しましたが、後の問題では「目線はスポンサー」。箇条書きにして紹介すると【後期医療制度】志位さん→75歳になったら差別的な医療制度という根本に怒りが集まっている。小手先な手直しではなく制度の廃止を。麻生総理→「制度をなくしても問題は解決しない」。伊東感想→「医療費削減」を第一の目的にし、対象年齢の方々を侮辱するような考え方で作ったシステムなんてのはどう考えたって正当化できない。【社会保障財源】志位さん→ 社会保障の毎年2200億円削減⇔米軍に2500億円の思いやり予算 障がい者への自己負担320億円⇔政党助成が320億円 逆立ちした金の使い方にメスを入れる必要がある。 大企業の経常利益はバブル期の1.7倍も、税負担横ばい。 トヨタの経常利益はバブル期の2.2倍も、税負担当時比8割に。 大企業や大資産家への行きすぎた減税見直せば財源は確保できる。 消費税の増税は(消費税が負担の逆進性を持つ事を指摘して)邪道だ。麻生総理→「社会保障制度を持続可能にするため消費税は重要」 軍事費、政党助成金も「不可欠の経費だ」。伊東感想→力を持つ人はそれ相応の責任を持つのはどこでもなんですが、以前から拙ブログで述べていた「企業の儲けは全て自分の力か?」という疑問点だけで考えてみても、企業側の勝手が目立ちます。 また軍事費に関しても日本が本来持つ必要のないもの、あるいはその出費が防衛の役に立つのか?疑問の出費も多々あります(弾道ミサイル対策のミサイルとか。もっと身軽にそれ必要のない状態にもって行く手はあるでしょう)。【食料と農業】志位さん→食料自給率の上昇目指すなら1.価格保障・所得補償が必要 2.歯止めのない輸入自由化をストップ食料主権を保障する貿易ルールをめざして、WTO農業協定の抜本的な見直しを麻生総理→「(所得補償は)食管法の時代に逆もどりさせる」伊東感想→食べ物に関しての責任(ここでは「農業労働者の再生産保障」)はたせというだけの事なんですが…食管法言えば全て思うように通ずるのかい!【アメリカ言いなりの軍事政策】志位さん→(自衛隊インド派遣・アフガン問題)戦争でテロはなくせたか。米軍による空爆で罪なき女性、子どもが殺され、それが憎悪を広げ、戦争とテロの悪循環をもたらしている事実に立ち、米軍への協力止めるべきだ。(米軍基地)核空母の母港化が、首都圏三千万人に核事故の恐怖をおしつけるという認識を、お持ちではないのですか。「日米同盟」のためには、未来永劫(えいごう)、基地との「共存」は当然だ、この苦しみを耐えしのべというのか?麻生総理→「補給支援活動の継続は必要」「在日米軍再編は着実に進める」伊東感想→今やっている行動が、最悪への歯止めすらなっていず、逆に状況悪化につながっていること。また、重大事故がおきる危険性のあるものを日本の人口の25%が住む地域に平気で持ってくるその態度を続けさせていいものか。 米軍がいるから、他の国の脅威が迫らないという言い方する人も多いのですが、今言った様な弊害というのもあるわけですから、その脱却のために日本ができるのは何か。もっと言えば「『空洞化』論」を打破するために自分達が出来る事は何か。方策はあるはずです。今簡単に言うなら、憲法9条の有効化。 と、個々の質疑に関わって記事を書いてきましたが、唯一少しはマシな回答を寄せたかとも思われた『働く貧困層』に関わる問題でも、バックにいる財界は卑劣な手を打ちつつあります。2008年10月2日(木)「しんぶん赤旗」無法キヤノンに反撃 偽装請負告発の元期間社員 雇い止め撤回求める 労働者と労働組合はじめ、全ての「ワーキングプアとたたかう人」のたたかいで、使い捨ての労働体系に楔を打ち込み、常用雇用化を勝ち取ってきましたが、間、髪いれず彼らも反撃に出ています。 しかも、違法状態を告発し、雇用環境の改善に踏み出した労働者を狙い撃ちにした形で…。 ああそうか。これで彼らの態度は分りました。 でも「自分達の違法行為を暴かれてムカついたから解雇しました」とは言えないから、様々な理由くっつけていますが、様子見ると「不法侵入だから」とビラまく人を警察に突き出す人となんら変わりありませんね。 自分達の働く環境マシにして「働いて、生きて、活きる」社会にするために頑張らなアカンな、という思いをますます強めました。その団結の場ともなる「10.5集会」は日曜日に開催されます。縁あってこのブログご覧になられた皆さん、興味あれば是非10月5日12時に東京・明治公園に集ってください。 ただいま、働くシフトがシッチャカメッチャカで、朝と夕、朝と夜のダブルヘッダーも度々。活動するには少々ゆるくない状況ではあるけども、それでも時間繰りながら街には出ています。 野球に関しては一区切りつけた拙ブログ。 となると、今現在は共産党活動を中心にしたブログ形態となっています。 次回からは去年参院選対応でやろうと考え、考えすぎて企画倒れに終わってしまった「まとめ記事」に手をつけます。 前回は、先頃の対論記事でびー子が言っていた通り「カッコウつけすぎて」ずっこける結果になってしまったので…政治語るのに変に格好つけることはないか。ま、いつものディスクジョッキースタイルで物事語らせていただきます(これだと、記事を書く時間も効率化できます。)ので、よろしくおねがいします。 「働いて、生きて、活きて、つながれる」社会にするために、頑張りましょ。 今日の記事制作はここで失礼します。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月03日
コメント(2)
今晩は。三度伊東です。 ここまでは二編、旅路の事に関して触れてきました。その176 2008足利への道。-私が挑んだ『クラブカップ』について。(前編)その188 2008足利への道。-私が挑んだ『クラブカップ』について。(後編) ここでは、足利で披露した応援について、書かせていただきます。 社会人野球では、チームによってブラバンではなく機械演奏による応援をしているチームも多くあります。都市対抗東北代表決定戦に進出した3チームみたいにブラバンあって、応援団がいて、チアリーダーがいて、なんてやれれば最高ですが、そんな事が出来るチームなんて一握りです。 今回の遠征。去年応援にいけなかった悔しい借りを返すという意もありましたが、それ以上に地元チーム、特に伊勢崎あたりは応援団をも繰り出してくるだろうな、と思い、それに負けない応援を、という事でスーパーメガホンを借り、元・携帯電話に残っていた音源を使って、それに合わせて声を出すというスタイルで応援させていただきました。 本文中にも書きましたが、猛暑の中無理に手伝わすわけには行きません。 そして、バックネット裏での応援はダメ(役員などから言われたわけではないが、私は以前、ネット裏からの声援が元で一つトラブル-スパイ容疑-をかけられた事がありました。以来、赤崎出場時は赤崎ベンチの上で応援・観戦する事にしています)という事で、以下の楽曲(着メロ)を用意して、それぞれ赤崎ベンチ上スタンドから応援を繰り広げました。・通常打席テーマ 1・「タッチ」岩崎良美さん。言わずと知れた名曲です。大多数のイニングでノーアウトからの攻撃に使っていました。 2・「キューティーハニーのテーマ」最近では倖田來未さんが歌いました。役割が「タッチ」とかぶるのと、今一「声との合わせ方」が決まらず、2日目の宇都宮戦からの投入となりました。 3・「アマゾンライダーのテーマ」野性味が売りの仮面ライダーアマゾン。「大空に聞けーっ!おーれーの名ーはっ!…」で始まる活発な歌が気に入りまして「やや苦しい時の通常テーマ」にしました。 4・「ランナー」爆風スランプの名曲。使い方は『アマゾンライダー』と同じです。 5・「al di la」2002年にHAL(Aの横線取る)が発表した曲。ニッポン放送・ショウアップナイターや野球ゲームの主題化にも選ばれたりしました。流れいい時の加速時に…狙いましたが、上手くはいかず。 6・「eny bodys game」小松未歩さんの曲です。名探偵コナンのテーマソングで活躍した方、といえば分かりやすいでしょうか。 サッカー日本代表で、勝っているときの終盤でのサポーターソングと似た響き(伊東感覚)があるので、8、9回決定的リードの場面で使わせていただきました。(この大会では決勝戦の8回のみ) 7・「Movin On」90年代後期~2000年代初期に活躍した女性グループ・Dreamの歌です。私は松室麻衣、橘佳奈、長谷部優3メンバー時代の頃のが一番しっくり来るのですが…それはいいとして、同時期にいたSPEEDの方が目立っていましたが、心に響く曲を作ってくれた、という意味では彼女達の方に一本ですね(伊東評価)。この曲も彼女らのデビュー曲です。 8・「ルパン三世」「タッチ」同様、説明無用でしょう。 ちなみに…先日登場したJR盛岡の飯坂君のいた前沢と対戦した98年夏の大会。9回に大農は6失点食らってしまったのですが、その時に前沢応援団が使っていたのがこの曲でした…。その印象が強いです。・チャンステーマ。 9・「絶対に誰も」スラムダンクのアニメ主題歌です。確か「ジギー」(←つづり忘れました)が歌っていたでしょうか。ちと使う場面が多くなかったのが残念ですが、決勝戦の最終回、ランナーが出た後はずっとこれを流し続けました。 10・「Feel My Heart」エブリ・リトル・シングのデビュー曲です。この時は3人いたのには、びっくりしました。 この曲だけ説明長くします。 2004年。参院選挙の最中、何とか日にち繰って秋田で行われていた都市対抗二次予選大会に出場する赤崎クラブを応援に行きました。そのときとっ変えひっ変えテープを聴きながら移動していたのでしたが、私の心境に一番合っていたのがこの「Feel My Heart」だったのです。 結果。七十七銀行には引き分けましたが、郡山に初回の「主軸選手死球」で浮き足立ったスキ突かれ、2-3で敗れてしまいました。あと一歩でTDKorJTとの対戦がかなわず、あまりにも悔しくて、みんなが帰ったあと、一人車のドア(当時新車だった車です)に拳を叩きつけて「クソが!今度は負けさせねぇぞ!(野球も、参院選も)」と悔し涙にくれていたのを思い出します。 以来、私の「選曲集」には絶対この歌は入れています。 「♪振り向くことなく 走り続けたい 燃え尽きないよ(う)に ふと気づいた時 昨日と違う私がいる…」 いつどんな時になっても、こう言える自分でいなアカン。 そう思わせる歌です。 それを「チャンステーマ曲」の主軸にさせていただきました。 決勝点の時には大体この曲が流れていました。 EX・「オルフェノク出現のテーマ」 2004年に放送された「仮面ライダー555」で、敵役(実際はそれだけで片付けてはいけないが、説明面倒なのでここではパス)といえるオルフェノク(簡単に言や“進化しすぎた生命体”)が登場した時に流れていた曲です。相手に威圧感与えられるかと思い、エースのリリーフ時に流してみました。効いたかな? この電話機が止まったのは2005年の事で、やはり3年経っているせいもあり「ベンさん、最近のないですか」とは言われますが、うーむってしか言えないです。新しく携帯つなぐことが出来ればいいのでしょうが…。 ま、そしたらそしたでやり様もあるので、そこはまた、模索していこうと思っています。 この応援というのも、けっこう目立つもので、しかも応援団繰り出してくると予想していたチームが「組織的応援」はしない様子。結果、機械持ってきて、音楽でにぎやかにやっていたのは、東日本大会では赤崎1チームだった、という事になりました。 大会2日目には隣のサッカー場で日本選手権栃木県大会が行われていましたが、その試合の合間合間にサッカー場の観客の皆さんが「なんだなんだ」てな感じで野球場の方にも目を向けていただいたのは、今でも覚えています。 さて、今年はいつもの年よりも野球に関われる条件が増えたことで、赤崎、大船渡東高校以外にも沢山の野球の試合を見る事ができました。赤崎の優勝、TDK-JR東北の激闘、一関学院-盛岡大附の熱戦などなど…。見てきた試合で、自分の中に生かせないものはありません。そういう意味では、いい経験というものをさせていただきました。 この後も野球の試合は残っていますが、私はこの後“もう一つの主題”に力を注がせていただきます。よって、自分が直接野球に関わるのは先の毎日旗大会が最後。社会人野球というカテゴリで記事を書くのも、とりあえずはこの記事が最後になります。 今年も多くの皆様との関わりの中で、充実した野球ライフを過ごさせていただく事ができました。誠にありがとうございました。 自分が関わる『もう一つの主題』。 考え方は色々あろうかと思いますが、そちらの方もぜひ注目していただければ幸いです。 少し早いのですが、私の2008年の野球はここでオシマイっ! 「一区切り」ついたら、その間あった事に関して書かせていただきます。 重ねて。赤崎野球クラブの皆さんはじめ、岩手の社会人野球関係者の皆さん。 ありがとうございました。【番外編の番外編。】 月刊マガジン10月号。どきりとするセリフが「DEAR BOYS」登場人物の北沢龍之介から発せられた。 (作中で試合に相対した結城希に対して…セリフは概略)「去年のお前は、自分の力を見せつけようとするだけのプレーしか出来なかった。だが、今年は『試合に勝ってやる』という強い思いを持って試合に臨んできた。そういうプレーをする奴が勝つ資格ある。」 正直、足利に行く前の私は、北沢の言う前半の部分の思いを持っていた部分があった。でも、実際足利に行き、全力で頑張る選手を見た瞬間「このメンバーを後押しする!」というのに集中しました。北沢のセリフの後半部分のように。 この北沢のセリフ、忘れられないですね。
2008年10月02日
コメント(0)

この記事を「社会人野球」のカテゴリで扱うのはどうよ、と考えた。 でも、実際関わったのが「社会人野球」だから、という理由であえて書かせていただきます。名づけて「2008・足利への道。」 1.何も出来なかった一年前…仲間のエールに送られる。 2007年9月6日。 クラブ選手権が翌日。雨足も強くなりつつある中、私伊東は直前の参院選の後退のショックも覚まし、準備も整えて所沢へと行く旅路に向かおうとしたときでした。 後ろにいた車の突然の発進。避けたはいいが、その際に起こした肉離れ。 出発一時間前に泣く泣く所沢に行くのをあきらめたあの日。 裏方と応援で盛り上げて、赤崎を、全足利が相手とはいえ勝たせてやりたい。 そういう思いを発揮する事が出来ませんでした。 あれからひとつの冬を越え、新しく始まった野球のシーズン。 赤崎はクラブ選手権出場こそなりませんでしたが、クラブカップ大会には進出という1つの結果を成し遂げました。 「今度こそ、どこが相手だろうが応援でも負けたくはない!」 グラウンドで頑張る選手を更に後押ししたかった。 その思いで色々と「何が出来るか」を模索した結果、1つの行動を起こしました。 「野球の応援でスーパーメガホン使っていいのかい?」 そこにいた仲間の一人がたずねていました。 私の知人からメガホンを借り、そこから応援に適した「着メロ」を流しながら、声出しの応援をプラスチックメガホンでする。 大きな音楽機材を借りる力のない私にとっては、これが精一杯の行動でした。 途中寄った共産党の仲間から「頑張って来いよ」と送り出され、いざ足利へ。2.効いた友人のアドバイス。 7月頃の記事をご覧いただいた方なら承知とは思いますが、正直行けるかどうかというのは寸前になるまで分からない状態でした。 ギリギリの人数で回している職場。更にそこから1人の退職者。 そんな中で4日も休むというのは、大変な事でした。 それでも盆の時期の集中出勤という条件はついたものの、ギリギリではありましたが4日の休みが取れ、ボロ車を動かして足利に向けて走らせました。 8月8日。この日は大変天気が良く。良いだけならどうでもいいのですが、とにかくむちゃくちゃ暑い日でした。しかも、1つとんでもないことが起きてしまいまして…。 エアコンが…効かないんですよ。 ACのスイッチ入れても何の反応もなし。 一応冷房の所に温度をあわせていましたが、ちっとも涼しくなりません。 そうしている内にギラギラ熱くなってきて…車走らせている内は窓開けていれば良かったのですが、止めている時はそうも行きません。私は1つ、手を打たざるを得ませんでした。 古川あたりのイオンで氷を買い、首筋に1つ、後は車が止まっている時に全身を冷やす用途に1つ使いました。出発寸前に友人から「熱中症にかかる危険性が多いのだから」と、色々な対処法を教えていただきまして、首筋に氷、というのもその内の1つでした。これがなければ仙台あたりで救急車、でした。本当に助かりました。 でも、それだけで逃げ切れなかったのがこの--暑さ。 とうとう名取のあたりで一度休まざるを得なくなりました。 『日が暮れてから走らせよう』。 車のラッシュ、何よりもこの--暑さ。 それを考えた結果、このまま走らせるよりはいいと考え、4時間ばかり休む事にしました。3.何とか着いたよ足利に。 さて、私はこの旅路、高速道路は使いませんでした。 高速道路料金の支払いに難儀する、というのもありましたが、もう1つ語らせていただければ、高速道路を使った旅路というのはどうにも“旅”をした、という実感がわかないんですね。所々止まったりなんだりしてそこにいる人との交流をする、というのも旅の楽しみの1つ。あるいはそこの風景に見入るというのも旅の楽しみの一つ。 実用面考えれば「高速」使うのが一番便利とは思いますが、私も欲張りなもので…で、一般道路使ってずっと進んでいきました。国道4号線は何回も通っているのである意味『慣れている』部分もありますが、それでも月一で使っているというわけでもないので、久しぶりに通ってみたら「あの店なくなっているな」「ここにも…かよ」「車止めるスペース出来たね」とか思う事もあります。 で、9時には福島市に到着し、ネットカフェに一時間いて「その142 ただいま伊東中!じゃない移動中。赤崎、駒形、江刺、盛大附…がんばろうぜ! 」を制作。その後は再び車走らせて11時頃には郡山を通過。12時過ぎたあたりに、福島・栃木県境の手前で休憩し、午前3時起き。5時になる前にさくら市川岸交差点から国道293号線に入りました。 「果たして8時まで間に合うべか…」 と思いながら車走らせていましたが、意外にスイスイ進み、6時半には足利の手前、佐野市田沼町にたどり着きました。その間に20分ほどトイレと着替えをしていたにもかかわらずにです。あ、別にスピード違反はしていませんよ。 そこの道の駅で弁当食べながらこの後の行動の段取り、そして借りてきたスーパーメガホンの調整をしまして、7時前に出発。7時半過ぎには足利市に突入。そして、8時少し前に野球場にたどり着きました。4.暑い天気にゃ熱い試合がお似合いだ。 到着直後、試合開始のサイレンが。 「8時半じゃなかったっけ?」 …どうやら私は第一試合の開始時間を間違えていたようでした。 スーパーメガホンに、スコアブックなど道具一式、万一に備えて鐘太鼓(素直に玉子焼き用のフライパン-105円-と言えよ)、飲料水の入っているクーラーボックス。これら抱えてスタンドに着いた時は既に2回に入ろうとしていました。 既に伊勢崎の選手は到着。そして、我が赤崎の選手も3,4回頃に続々とやってきました。今回どれだけの体制で来る事が出来るのかな、と思っていましたが、総勢20人オーバーでこの大会に臨む事ができました。本当に、大会に参加させていただいている関係者の皆様には頭が下がる思いでいます。 第一試合の苫小牧-宇都宮は中盤の点の取り合いでは宇都宮が一歩リードしましたが、苫小牧が最後追いつき延長へ。しかし勢いに乗った宇都宮は1点取られてもへこまず最後は逆転サヨナラ勝ちを収めました。苫小牧は…6点取られた回がすべてでしたね。大量リード奪い、相手先発はKO、こちらはエース。それでもやってみなければ分からない所が野球の恐さです。 そして、第二試合『赤崎-伊勢崎』。 試合前に磯谷監督と菅原部長には話していた応援をスタートさせました。 ある選手曰く「お昼のチャイムが鳴ったかと思った」。 全員がビックリした事と思います。 応援に関してはまた別な記事を立てますが、この日の猛烈な暑さを考えると、6月の時のように声出し、音出し応援の協力を他に来ていたお願いする、というわけには行きません。かといって屋根のあるバックネット裏では応援自体が出来ないので、ギラギラずう日差しの中三塁スタンドに座って応援を実行しました。ただ、私の体を心配した後援会長はじめ皆さんが時々来ては水を渡してくれたり、体調に気を遣っていただきまして、応援を無事に進める事が出来ました。 試合は2回にあげた一点を山本淳一君、村上修君はじめとした守備陣が守りきり、全国優勝経験のある伊勢崎硬建を破りました。とはいえ、伊勢崎はやはり強かった。特に速水投手は打ちづらい投手でした。早めに取った1点で勝ちましたが、あの場面で点を取れなければどうなっていたか。本当に暑い天気にふさわしい“熱い試合”でした。5.天気も、試合も急変! 試合後、赤崎・後援会のメンバーを見送った所で第三試合がはじまりました。この暑さです。手早くいい環境で休ませる事が選手達には最善でした。そして私は球場に残って残る2つの試合を見ていきました。 トランシス・マーリンズと日立ドリームスの一戦。 序盤はマーリンズの選手の能力の素晴らしさが目立っていました。 3回に飛び出した沢村選手のホームラン。 登板している岩田投手は、駒大苫小牧時代の甲子園優勝投手。 それにふさわしいいいボールを放っていました。 が、あれだけ暑かった天気が少し変わって来た時に、それに釣られるかのように試合の流れも変わってしまいました。 5回に日立は1点取ると、6回にも2点とって逆転。 7回にはエラーや四死球が絡み、あっと言う間に勢いをなくしたマーリンズをあざ笑うかのように日立が点を取りまくり、気がついたら岩田投手はKO。9-2という大差がついていました。日立は二番手で登板した葭葉投手が踏ん張り試合を立て直した事が功を奏したのでしょうか。試合終了後、後援会の皆さんと話をする葭葉投手はいい表情をしていました。 第4試合。同じ東北代表の秋田王冠とほぼ地元の高崎の試合。 3時間前までは--暑かった天気でしたが、この試合開始前にはなんと大粒の雨が降り出してきました。いわゆる「ゲリラ豪雨」って奴ですか。 この雨に影響されたというわけでもないのでしょうが、王冠の若手有望株・高橋投手がいきなり高崎の攻撃を食らい、0-5!とんでもない幕開けとなりました。 話はずれますが、このとき、観客席には30人はいたでしょうか。 高崎の応援の方が大多数ですが、秋田出身の方も応援にきていました。 自分の近くの席にいた親子連れ。子供はまだ小学校未満でしょうか。 自分の席の周辺にいた方とワイワイ話をしながら試合を見ていました。 でも、子供ってのも行動力凄いものあって。 ちょこっと目離せばすぐぶっ飛んで行くんですよ。しかも裸足で。 少し後にはファールボールが壁にぶつかった後のリバウンドがこの子に当たった(伊東間に合わず)のですが、この子、ケロッとしていましてね。 育ち盛りの親御さんの大変さを少し見たような気がします。 あの時足利でお話した皆さん、今でも元気でいますか。 あの時はどうもありがとうございました。 …ここまで書いたところで紙幅が尽きようとしています。 王冠-高崎のこの後や2日目に関しては後編で書かせていただきます。一旦失礼します。※カテゴリ違いだけど…見ていただきたい、関わっていただきたいイベントなので。10・5集会 開催間近です。活動交流ブログはここから。皆さんぜひご参加を。協力することの頼もしさ感じに来てください。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月02日
コメント(0)

前編はここからご覧ください。6.見せた王冠の意地…そして。 クラブカップ東日本大会。初日の第4試合は、試合開始1時間経過しても、終わったのは2回まで。前編で触れた親子さんも、残念ながら3回終わった時点で自宅に帰らざるを得なかった。5回あたりからナイター点灯。 王冠は2回から、これも若手の佐藤投手が投げていたが、中盤にポロポロと点を取られる。しかし、まわりの選手が「まだあきらめんな!」「踏ん張れ佐藤!」と声をかける。身体面ではアップアップの様子だったが、気持は切れていなかった、と思う。 大体気持で切れていたら、初回の5点で試合の流れ決まってしまって、7回コールドで試合は終わってしまっている。だが、王冠はあきらめてはいなかった。2回に早々と追いつき、点を取られてもすぐに追いついていた。 エースの三浦勉投手の姿が見えなかったが、それでも粘って粘って、活路を見出そうとしていた王冠。気がつけば夜もとっぷり暮れ、4時頃に始まった試合も最終回になる頃には既に7時。どこかで花火大会も始まっていました。 9回表。三浦裕投手が3失点。これで高崎勝負ありかと思われた。 でも9回。ここまでベンチを暖めていた選手達が怒涛の反撃を試みる。 気がつけば1点、また1点。 あと一点で延長に持ち込める。タイブレークなら何が起きるか分からない。 しかし、最後代打に出た若手選手が、粘り及ばず…。 相手3投手に233球投げさせる猛烈な粘り及ばず、王冠は敗れました。 試合後。 「赤崎の応援団の方ですね。『頑張って』と伝えてください。」 この言葉に、応えなきゃ。 そういう思いで、12時間いた野球場を後にしました。7.一晩明けて。宇都宮戦。 試合終了後、その足で選手たちが泊まっている旅館へ。 同級生の選手2人に、先の2試合のレポートを渡し、簡単なミーティングをしました。他の選手は既に寝入った、との事。そんな中起きて対応してくれた事にひたすら感謝、です。 今回の遠征では私は別な旅館をとっていたので、そちらに向かい素泊りで休みました。 この暑ささえなければ車中泊というのも考えましたが、今回の天気でそれをしたら間違いなく死にます。この判断正しく、何とか体休める事が出来まして…一晩明けました。 (この間に作った記事が「その142 激戦クラブ野球赤崎、伊勢崎に競り勝つ!江刺は全国ベスト8!駒形と盛大附は惜敗…。 」です) 翌朝。前日の雨が効いたのか、少しは涼しい1日の幕開けとなりましたが、それでも7時、8時となるにつれ温度は上昇カーブを描き出していました。この日の相手、宇都宮は足利の影には隠れていますが、それでも時折北関東の大会にも進出するチーム。油断は出来ません。 いざ試合をしてみたら、サードコーチャーにいた監督さんの明るさに象徴される「勢いのいい野球」にあおられ苦戦。一進一退の展開に持ち込んだ後、終盤に何とか突き放し、決勝に進出できました。この試合は複数の若手選手も起用し、辛抱強く支えながら勝つことが出来た、という意味でも大きいものがありました。 第二試合。北関東勢同士の対決は高崎がわずかな好機を活かし、1-0で日立に勝利。この大会の優勝をかけて、赤崎と高崎の決勝が行なわれます。8.4点差ひっくり返して勝った…優勝! 試合の経過に関しては「その163~」に書きましたのでそれは繰り返しません。 ほんでも、前日は伊勢崎とのタイトなゲーム。この日も厳しい試合をして、更に北関東でも有数のチームとぶつかる。ま、こういう大会は「有力チームのぶつかり合い」というのが当たり前ですが、それでも試合前にはすごいマイナスな気分にもなったりしています。 でも、応援団もそれではわんない、試合やる以上は、馬鹿になってでも勝ちに行く。そう気を入れなおし、応援体制を整えて試合に臨みました。 試合は2点を先制した赤崎ですが、4回に大どんでん返しを食らい、2-6という差にされてしまいます。でも、今だから話せるけど、試合に負けるつもりも、そんなムードも持ちませんでした。 5回に2点を入れると、6回には一気6点。 チャンステーマに設定した『Feel My Heart』(byE・L・T)の効果も少しはあったのでしょうか。もちろん乗せたのは選手達の力ですが、一気にムードを赤崎に持ってきました。 そして、8回。 ケガをしてケンケン歩きで試合に出ている村上修君や、普段チーム練習ではサポートにまわり、様々な場面でチームを支えている金野伸さんが痛烈な当たりを飛ばし、点を重ねていきます。そして、最後決めたのは4番打者・佐藤琢哉君の一撃でした。 レフトへ高く打ち上げた当たりは、左翼手の向こうに落ち、その間にランナー二人が生還(最初のランナーがホームベース踏んだ時点でゲームセット)。 琢哉君は最初、何が起きたか分からないような様子を見せましたが、コールド成立を知るや、ほころんだ表情に。 そう、優勝です。 この大会に参加した8チームの頂点に立ったのでした。 今年はクラブ県、東北、都市対抗。 そのいずれもで悔しい敗戦を喫してきました。 それだけに、その嬉しさにはひとしおのものがあったのでしょう。 素直に泣けましたよ。本当に。9.選手達を見送って。俺は迷子と熱中症になって。 閉会式では、選手達の奮闘と並んで、私の行動にも予想外の評価をいただきました。まずはこの事にビックリ。マイクの故障もあって、スタンドのお客さんには様子がすぐには分らない状態ですが、頑張った選手それぞれに表彰受けまして…閉会式も終わり、私はグラウンドに降りました。 選手達と喜びを分かち合いたくて。 集合写真は、俺が写る筋合いのものでもないのでその撮影の様子を見届けた後、磯谷監督の胴上げから加わらせていただきました。勝つ事…やって来たことが一番ベストの形で報われるもので、これが嬉しくない人はいません。 全てが終わった後、バスに乗って帰る選手を見送って、俺もゆっくり帰るか、と球場近くの風呂屋に入ったら…いました。選手達が。 やっぱりひとっ風呂浴びて汗流してから帰りたい、というのは誰もが考えた事でしたね。あれだけ1日ハードな試合を、暑い天気の中やったわけだから。 風呂から上がって。みんなそれぞれにこの大会に関して語り合っていました。 主軸として活躍した選手も、サポート役として頑張った選手も、これから伸びる選手も。 一言で言えば「いい光景」でした。 何かをやり遂げた人たちの“エピローグ”って感じで。 バスの出発時間が遅れたのはご愛嬌(翌日は月曜日。まだ仕事あるという人が多数です)でしたが、頑張りを見せた選手を、今度こそ見送ってから、私も大船渡への帰宅の徒につきました…と言えばカッコイイのですが、実態言えば国道4号線に出るのにまごつき、更に2日間の激しい行動は確実に私の体にダメージを刻み込んでもいましたので夜中に帰宅という行動は取れず、一晩休んで翌日に1日かけての帰宅というふうに相成りました。10.あれから2ヵ月。 この通り4泊4日の「クラブカップ遠征」をしてきたわけですが、試合でいい結果を残した事もあり、帰りはほとんど放心状態(運転に関すること以外では)になりながら大船渡までたどり着きまして。 その後参加した毎日旗大会では苦杯も喫しましたが、それでも、この大会で普段住む環境とは違う中強豪チームを3つ破って優勝を果たした。その事には変わりありません。 クラブチームの記事書く時、いつも思うのは「周りの人の協力のありがたさ」です。 大船渡の企業も簡単に「ほれ言って来い」と言えるほど環境の整った企業も多くはなく、休日もはさむとはいえ、休みをある程度とるのも簡単ではありません。 そういう中、野球をする意義に理解を示していただき、選手を遠征に送り出していただいている関係者の皆様に、改めて…ありがとうございます。 8月16日にはこの大会の祝勝会も行われ、急遽の開催にもかかわらず多くの方々に赤崎クラブの優勝を祝っていただきました。 赤崎クラブは、2008年シーズンのたたかいを終え、来年への飛翔へ向けた準備を始めています…というよりは、野球のシーズン中お世話になった分、更に仕事に励んでいる、と言った方が正しいのでしょうか。 「仕事第一に。野球も頑張っている選手を応援しています。」 以前にも紹介しましたが、2005年以降の赤崎クラブで出している選手名簿に付属する宣伝欄では、この言葉と共に、選手達が勤めている職場名が記載されています。 会社だけではなく、家族や後援会の皆さんにも多大な力をいただき支えていただいている事もその通り。私はその人たちのような後押しは出来ないから、現場に行ってできる事を…と言う感じで関わらせていただいています。 前年の全国大会では何も出来なかった悔しさを、何ぼか返す事は出来たか? でも、この優勝の味と言うのは噛み締めつつも、次のたたかいに向けて頑張る選手を後押しできれば…ですね。 私の最後の野球キャリアとなる赤崎野球クラブの一つの偉業。 これに関わった一人のバカの話に長いことお付き合いいただきましてありがとうございました。※カテゴリ違いだけど…見ていただきたい、関わっていただきたいイベントなので。10・5集会 開催間近です。活動交流ブログはここから。皆さんぜひご参加を。協力することの頼もしさ感じに来てください。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。 ※一つだけ。応援に関する番外編書かせていただきます。
2008年10月02日
コメント(0)

今晩は。伊東です。 先日の夜勤はハードな日程でしたが、どーにかこーにか生きて終わる事に成功し(3年ぶりの作業というのもありましたので)夜勤明け7時頃からぐーすか睡眠。4時頃に起きポスター貼りとその交渉しにいこうか、と思った時、車がおかしくなりました。 あまりにもひどくドカカカカカ鳴るもので、音のする場所から見れば駆動部ではないと思いましたが、運転にも支障きたしているのでマズイと思い自動車工場に駆け込んだ所、とんでもない事が分かりました。 「ああ、シャフト折れているね。しばらくダメだ」 …人で言えば、足首骨折したのと同じです。 エンジンや駆動部分でないだけまだましでしたが、それにしても…。 思い当たる所があるとすれば、一週間前にトラックとすれ違ったときに草むらに隠れていた縁石にぶつかった事ぐらいでしょうか。ただ、あのあたり方だとタイヤのほうがダメージ行くはずなんですが、ま、なってしまったのには変わりありません。 幸いすぐ代車も見つかり、移動などには支障のない状態は維持する事が出来ています。明日は早朝→朝勤→夕勤というハード日程ですが、間組み込んで行動できるよう今段取り踏んでいる所です。 さて、ちょこちょこ書き足していた社会人野球の記事ですが、今日ついに「全国大会」「都市対抗岩手大会」に関する記事が書き終わりました。1日1つの記事で1000から2000文字ずつ書き足していましたが、長かったですよ。本当に。 後は、クラブカップに関する記事です。 これは私の旅記も兼ねていますので、一気に書いて行ければ、と思っています。少なくとも、今週中に書いてしまって、1つの区切りを果たしたい所です。 でも、党活動もして、仕事もして…ああ、体二つに割りたい!びー:だから、体重は二人分あるだろ…。伊東:放っとけ、気にはしているんだよ! ピッコロ(←ドラゴンボール)みたいに分身の術使えるわけでもあるまいし、俺は俺で一人の人間。2005年みたいに結果ぶっ壊れてしまうのは勘弁だけど、だからといって動けないで…てのは絶対嫌だからね。 その部分は後で書かせていただくとして、今できる事は全部やる! そんために必要な手は…只今打っている所です。ベン:ま、平常心は忘れないでくださいよ。 あなた(伊東)の場合、変に頑張ろうとするとかえってズッコケますから。伊東:ハイ、気をつけます。 という事で、この後野球の記事も2つアップしますので、よかったら読んで見てください。後、政治の部分に関しては「政局」に関しては触れるつもりはありません。はっきり言えばそんなのどうでもいい。ただ、この先どういう政治・どういう路線の日本にしていきたいか。こういうと大げさですが、それを私なりに消化して書いていこうと考えています。びー子:去年はあんまり格式ばり過ぎて結果書けなかったの忘れないでくださいね。あなたが格好つけて書こうとしてもムダなんだから。自分なりに思いを伝えてください。伊東:オーケー。 と、言う事で、今日の記事制作は終わらせていただきます。 空気乾燥しているのは変わらずです。 一方で大雨降っている地域もあるので天候と体調には充分気をつけてお過ごしください。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。10・5集会 開催間近です。活動交流ブログはここから。皆さんぜひご参加を。 協力することの頼もしさ感じに来てください。PS 15人死亡の大阪雑居ビル火災。 朝勤終わって、車に乗ってラジオのスイッチ入れたらこのニュースが飛び込んできていた。 とった行動も、下に書いた記事と同じ。 無性に腹が立った。 死ぬ事に対する鈍感さに。(以下引用)5・あの火事から6年。 あの日。まだ北上を生活の主軸にしていた頃の私伊東。赤崎クラブの試合もあり、午前7時までに大東球場に集合しろ、という事で、午前3時に北上の家を出発した。 いつもなら、オールナイトニッポンの第3部がにぎやかに放送されているはずだったが、この日は様子が変だ。よく聞くと、東京・歌舞伎町のビルで火事があり、40数人が救急車で運び出され、うち20何人かが重態だ、というニュースだった。その様子を想像するだけで、怖さというものを覚える。 午前5時。20何人かの死亡が確認され、そして、7時10分前には危篤状態にあった残る人全員が死亡した、と伝えられた。何か知らないが、無性に腹が立ち、球場に着き車を降りる時に、車のドアを思い切り蹴り上げたことを思い出す。 今は、果たして「非常口に荷物」とか「異様に狭い階段」などという事態は解消されたのだろうか。漫画「め組の大吾」で、上司の人が一軒一軒回って、火事を出さないようにアドバイスして回っていたシーンを思い出す。先に、放射能は人間が完全に扱えている物ではないと書いたが、火だって、使い方を分かった気でいると、こういう事態になってしまう。 自分で気をつける所は気をつけていくと同時に、充足率の足りない消防士の増員というのも考えていきましょう。伊東記事「No249 都市対抗/日本選手権青森/母も…/都合悪いの消したい?」より。
2008年10月01日
コメント(0)

※敬称略しています。ご了承ください。第33回クラブ選手権大会・一回戦オール江刺 6-4 岩国五橋ク北九州市民ク 7-4 OBC高島富山BBC 9-7 相模原クラブ松山フェニックス 7-2 浜松KSBC・二回戦オール江刺 5-1 熊球クラブNOMO・BC 3-0 福井ミリオン茨城GG 5-1 札幌ホーネッツ北九州市民ク 4-3 水沢駒形倶富山BBC 2-1 倉敷ピーチJNTT東北マークス 13-0 佐賀魂全足利クラブ 2-0 松山フェニックス大和高田ク 20-0 全白河クラブ・準々決勝NOMO・BC 12-2 オール江刺茨城GG 5-1 北九州市民ク大和高田ク 3-1 富山BBC全足利クラブ 4-0 NTT東北マークス・準決勝茨城GG 11-0 NOMO・BC大和高田ク 4-3 全足利クラブ・決勝茨城GG 9-5 大和高田ク最優秀選手 佐々木健太 茨城GG敢闘賞・首位打者賞 藤田利樹 大和高田ク 注目するトピックを3つばかり。 まずは、身近なライバル達。岩手の駒形、江刺、直接対決で敗れたマークス、そして11年ぶり出場の白河です。 一番勝ち進んだのは2勝したオール江刺。 何回か書かせていただいているフレーズの「向上心の強さ」が、この大会ではフルに発揮されました。緒戦は地元岩国五橋と対戦。藤野、村岡の「FM江刺コンビ」、長年チームを支える沢口、動きのよさが売りの菊地歩、高橋大が適時打をたたき出し、投げては中鉢が6回、寺長根が3回を投げ、安打は許すものの四死球は出さず全国初勝利を挙げました。 続く熊球クラブとの試合。1-1の同点でむかえた8回、江刺は菊地歩の適時打で勝ち越すと9回に一気3点。岩泉は猛者のそろう熊球打線を2安打1失点に抑え、ベスト8に勝ちあがりました。 NOMOクラブとの対戦こそ、中盤に大量失点を食らってしまい、6回に2点は返しましたが7回コールドゲームとなりましたが、クラブ球界では特上レベルのNOMOとの試合はともかく、2つの試合で全国に出てくるチームにまず勝てた事が、江刺にとっての「成果であり収穫」ではないでしょうか。後は「特上レベル」相手にどうたたかう道を作るかという宿題にどう挑むか、です。 水沢駒形は緒戦となった北九州との試合、0-2と追い込まれた9回に四球から好機をつかみ、及川将、大谷と適時打を放ち逆転。しかし北九州もその裏に元カープの横松に適時打が飛び出し延長戦に。その延長10回にアウト1つが奪えず北九州にサヨナラの敗戦を喫してしまいました。 全国大会準優勝2回の経験を持つ駒形ですが、逆にそれがマークにあうという状態にもなります。ここ何回かは緒戦に強豪とぶつかり、惜敗を喫する事も多い駒形。力があるのは分かっているので、そこをどう打破していくか。見届けていきます。 NTTマークスは、相手の乱れを突き、得意の破壊力を見せ付けて緒戦の佐賀魂を破りましたが、続く全足利にはわずか2安打、リリーフしたエース吉田投手が3失点を食らい敗退しました。元赤べこの荒川、登板機会の多い遠藤が踏ん張っていただけに残念でした。 白河は大和高田と対戦。全国屈指のチームにどう立ち向かうか注目しましたが、19被安打はともかく13四死球を出しては…0-20という今大会最多失点で屈辱の敗退を喫しました。再出発頑張ってください。 東北勢は今年3勝4敗という結果に終わりました。 さて、先の文章中に「特上クラス」と書きましたが、今のクラブ球界で位置を占めると私が考えるのは4チーム。茨城GG、NOMO、大和高田、全足利です。 今大会、圧倒的な強さを見せ優勝したのは茨城GGでした。 大会後のインタビューで「どんな投手が出てきても5回までには崩せる自信がある」とのべた関係者。ホーネッツ、北九州、NOMO、大和高田といずれも強豪中の強豪ですが、それをも破っての優勝はすごいの一言です。特に準決勝のNOMO戦。相手に11安打を許しながら0に抑え、更に11得点奪ってコールドに持っていった…。この大会一のサプライズ選べ言われたら迷わずこの試合を選びます。それほどすざましいモノがありました。 茨城GGには大敗喫したNOMOですが、福井ミリオンには競り勝ち、江刺には力の差見せ付けての勝ちあがりを見せましたが、準決勝では何が起きたのでしょうか。初回の6点が、得点以上のダメージ与えたのでしょうが、このチーム発足以来一番の屈辱的敗退だったと思います。 大和高田は、長年のライバル・全足利に競り勝って勢いよく決勝に臨みましたが、茨城のホームラン攻勢の前に防戦一方。しかし、これで黙り込まない所が「クラブチーム創設ラッシュ」前からクラブ球界を支えたチームの意地でした。8回に1点奪うと、9回には元プロのセットアッパー吉田投手から打者一巡の猛攻を浴びせ、3点とって更にって所まで追い上げましたが届きませんでした。地元大和高田市に愛されるチーム。最近は後一歩届かない場面も多いのですが、その一歩乗り越える道程に期待です。 地元に愛されるといえば全足利。 今年は主軸となる選手が次々と“卒業”してしまい、チーム力はどうなのか不安もありましたが、都市対抗北関東予選で日立製作所を破ったのは伊達ではなく、浜松、マークスと破り、因縁の対決ともいえる大和高田との試合に臨みましたが、序盤の失点痛く競り負けてしまいました。 当初は“同好会的”のチームが多いクラブ球界でしたが、強くなろうと思うと、様々な立場の人の助けを借りる事が多くなります。また、企業チームが撤退していく中で、野球をする人の受け皿を作る、という意味合いで、地元の有力者が中心となってチームをつくる、という事例も多く見受けられるようになりました。 「特上」4チームに駒形、マークス。江刺もその頑張りが地元の人の協力を得る力となっています。そして、今大会に参加したチームの多くが、そういう周りの人の協力も得て、チーム力をアップしてこの大会にたどり着いてきました。 その中で注目していたのが、北九州市民。 同じ福岡のクラブチームが有名人を押し出して注目を集める中で、北九州は準備期間もしっかり置き、地元野球人の熱意を組み込んだ形でチーム作りをしてきました。その道のりに括目した訳です。 他にも企業チームの廃止からチーム作りを始めた浜松、NPO法人を立ち上げて女子チームをもつくっているホーネッツ、北信越地域で空白地域となっていた福井に種をまき始めた福井ミリオン…。これらのチームが、東京ドームにも進めるようになったときが「都市対抗」の名前を実感できるものになるのかもしれません。 そういう意味で、この大会はこれからもあり続けていくべき大会。 どういう“俺達のチーム”が出てくるか。 そのたたかいの輪に応援するチームが再び立てるように応援するし、同時にそのたたかいを見守り続けようと思います。 と、クラブ選手権の記述も一先ずとしまして、ここからのクラブカップ大会他2つに関して記述させていただきます。中日本クラブカップ大会・一回戦大富士BC 9-0 佐久コスモ(※没収試合)NAGOYA23 7-6 五泉クラプファイティングスピリット 3-1 静岡硬式倶HBC金沢 2-1 YBCフェニーズ・準決勝大富士BC 3-2 NAGOYA23HBC金沢 6-2 ファイティング・スピリット・決勝大富士BC 3-1 HBC金沢最優秀選手 仲野真一郎選手 大富士敢闘賞 百々大輔投手 金沢打撃賞 土井昭大、笠間威志両選手 金沢 大会初日に、佐久コスモが登録外選手出場による没収試合という事態が起きました。前年はクラブ北信越予選で野田サンダースと対戦して、野田の同様の事態で勝ったという経験もありましたが、今回はその逆となってしまいました。どこのチームも「対岸の火事」では済ませてはいけないものですね。 去年の全国経験チームの金沢に新興NAGOYA、新潟で存在感示しつつあるファイティングが勝ちあがってむかえた準決勝。大富士がNAGOYAに競り勝ち、金沢は9回に大量4点を奪いファイティングを突き放して決勝に進みました。 その決勝戦。大富士が先制したものの、金沢が中盤1点を返す内容に。 次の一点がどちらがとるか…という流れになった所でその一点を奪ったのは大富士。そのまま優勝の座へつきました。 ファイティングのホームページ見ましたら…応援の方も沢山来ていて、メガホン叩いて派手に応援していたとの記述がありました。地元に愛されるチーム、ここにもです。西日本クラブカップ大会・一回戦広島鯉城ク 10-2 アークバリア阪神BBC 5-3 宮崎梅田学園鹿児島HW 10-0 徳島野球倶全大津野球団 8-1 山口きらら・準決勝阪神BBC 8-3 広島鯉城ク鹿児島HW 8-2 全大津野球団・決勝阪神BBC 5-1 鹿児島HW最優秀選手 小椋誠士投手 阪神BBC敢闘賞 竹山徹投手 鹿児島首位打者 七牟礼慎選手 鹿児島 最後に西日本大会ですが、大会初日に登場した徳島、アークバリア両地元チームは残念ながら敗退。山口きららも予想外の大敗を喫してしまいました。 2日目は新興チームVS経験派チームとの激突となりましたが、兵庫県で企業チーム相手でもたたかいになる阪神と、鹿児島がともに8点を奪い、長年経験をつんできた広島鯉城、大津を撃破。決勝もその勢いのまま競り合いとなりましたが、延長10回に阪神は一挙4点を奪いリード。その裏を小椋投手が抑え優勝を果たしました。 さて、3つの大会に関して勝手縷々書かせていただきました。 チーム数の増加しているクラブの野球に関しては、その増加に比例して問題や新たな取り組みも始まっています。 取り組みとしては近畿、愛知、埼玉、関東地区で新たにクラブチーム対象の大会が行なわれ始めた事が上げられます。クラブチームとしてチームをつくったからには試合をしたい、という当然の思いに応えた取り組みとして注目したい所です。 一方では、色々な事情-金銭面や、選手の招集-でチームを続けられなくなり解散・休止に追い込まれるチームもまた多いという事もあげられなければなりません。 参加するチームがどう“活きる”か。 これの追求無しに「クラブ野球の活性化」もないわけです。 その模索は既に各地で始まっています。 日本野球連盟でもレポートであげる事が多くなりました。 私も、馬鹿者の身ではありますが、考えていこうと思います。 最後硬い文章になりましたが、ここでは夏に行なわれたクラブ野球の大会レポートを書かせていただきました。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東勉宛の私書箱はこちらからです。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月01日
コメント(0)

今晩は。再び伊東です。 ここでは6月に行なわれた都市対抗野球・第二ステージに関して書かせていただいています。その96 ここ3日間の私。仕事→敗退→偵察→帰大→仕事→決勝→刺激→爆睡→万歳→制作→掃除。という記事で書かせていただきましたが、その中では試合の中に関しての詳細が書いていませんでした。ここではそれに絞って記事を書かせていただきます。北上市・黒陵クラブ 000001010 2大船渡市・赤崎クラブ 000001000 1◇二塁打 村上修、山本武(赤)大和田(黒)◇三塁打 浅沼(黒)【大船渡市】4村上耕 3生形 6多田 2村上修 D出羽 7佐々木宏 8山本武 9佐々木隆 5平野 P佐々木慶 〔交代選手〕亘理(出羽・6回代走)鈴木浩(佐々木隆・6回代打→9)山本淳(佐々木慶・8回からP)金野豊(亘理・8回代打→D)【北上市】7伊藤 4篠原 6澤田 2浅沼 3大和田 D谷口 8照井 5菊池翼 9菊池悠 P小山哲 〔交代選手〕菅原(菊池悠・7回代打→9) 大船渡の先発・佐々木慶喜はランナーを出しながらも危なげない投球で失点は許さず、北上の小山哲朗も要所をしめた投球で息詰る試合となった。 試合は6回に北上市が先制。 しかしその裏、大船渡市はすかさず追いつき接戦の流れは変わらないまま試合は終盤に。 8回に大船渡市はエース・山本淳一を送り込んだが、皮肉にもこれが試合の流れを変えてしまい、伊藤が出た後、浅沼が痛烈な当たりをライト線に飛ばし2-1と勝ち越した。 大船渡市は幾度となく反撃を試みるが、黒陵守備陣の堅い守りの前にホームベースが遠く、9回にも好機は作ったが、村上修が最後倒れ試合終了。北上市のチームとしては都市対抗初の準決勝進出を果たした。奥州市・水沢駒形倶1233001 10北上市・北上レッズ 0000000 0◇二塁打 菊池譲、千葉光(水)【奥州市】7菅原栄 5及川将 8大谷 D新渡戸 2玉城 3佐藤辰 9本郷 4菊池譲 6千田 P新田 〔交代選手〕千葉光(新渡戸・4回代打→D)加藤浩(菅原・5回代打→4)小林(菊池譲・5回から7)佐藤雄(新田・6回から途中からP)佐藤剛(玉城・7回から2)菊池良(佐藤雄・7回途中からP)【北上市】5野崎秀 9及川球 6野崎智 3小菅 7高橋昌 2高橋利 D八重樫邦 4→8平野 8村上 P本城 〔交代選手〕高橋祐(村上・7回に4)畠山(平野・7回代打) この試合ですが、夜勤明けも手伝ってすっかり眠くなってしまい、一塁側スタンドで意識不明になっていました。なので本当にすみませんが、試合経過が書けません。 本城投手は岩手トップクラスのチームの強さを目の当たりにした事でこの先どう成長していくか。期待して見守る事にします。奥州市・水沢駒形倶 13001121 9北上市・黒陵クラブ 00100100 2◇二塁打 及川、千田雄、大谷、高橋幸、菊池譲、小林(水)大和田、伊藤(黒)【奥州市】9小林 5及川将 8大谷 7新渡戸 D高橋幸 2玉城 3佐藤辰 4菊池譲 6千田 P今野 〔交代選手〕千田長(高橋幸・7回代走→D)【北上市】7伊藤 4篠原 6澤田 2浅沼 3大和田 D谷口 8照井 5菊池翼 9菊池悠 P佐藤高 〔交代選手〕菅原(菊地悠・5回代打→9) 北上市はこの試合、春先から登板機会の多い佐藤高広が先発。右サイドから丁寧な投球を見せてはいましたが、水沢市の強力な打線の前には少し大変だったか。それでも完投したあたりは期待をうかがわせますし、この後の成長に期待します。 水沢市は初回に新渡戸、2回には菊地譲、小林、及川。5回に高橋幸の適時打。6回は及川の犠飛、7回は玉城、菊地譲の適時打。8回には大谷の犠牲フライで止めを刺した。 北上市は一番の伊藤が3安打、三番の澤田が2安打と奮闘し、篠原、澤田の適時打で2点はあげたが、駒形に及ばず敗者復活戦に回りました。・花巻球場 準々決勝遠野市・遠野クラブ 5-2 盛岡市・盛岡倶楽部盛岡市・フェズント岩手 14-0 盛岡市・オール不来方・花巻球場 準決勝盛岡市・フェズント岩手 11-4 遠野市・遠野クラブ オール江刺に勝った盛岡倶でしたが遠野市には一歩及ばず惜敗。盛岡市対決となったフェズントと不来方の試合は大差でフェズントが勝ちました。フェズントは勢いそのままに準決勝で3本塁打で遠野市を圧倒。初優勝に向けて一歩前進しました。北上市・黒陵クラブ 5-4 遠野市・遠野クラブ奥州市・水沢駒形倶楽部 000013110 6盛岡市・フェズント岩手 10510002x 9◇本塁打 山本(盛)◇二塁打 菅原(水)渡辺(フ)【奥州市】D菅原栄 5及川 8大谷 7新渡戸 3佐藤辰 9本郷 2玉城 4菊池譲 6千田雄 P新田 〔交代選手〕今野(新田・4回からP)加藤武(玉城・4回から2→回から3)佐藤剛(佐藤辰・5回から2)加藤浩(本郷・代打)小林(加藤浩・代走→9)【盛岡市】8三浦 4佐々木 9高橋 5渡辺 3大坊 D飯塚 7山本 2竹下 9橋本 P志田 〔交代選手〕豊田(志田・6回からP)柿澤(7回途中からP)菅原(飯塚・8回代打) 第一試合では北上市が遠野市に競り勝ち「北上市チームとしては初の代表決定戦進出」。その後行なわれた決勝は見所いっぱいの試合となりました。 初回に先制した盛岡市は、3回に奥州市エース・新田を攻め、三浦の安打から渡辺が二塁打でまず1点。続く大坊もセンター前にはじき、飯塚も安打で出た後、山本がレフトスタンドへホームラン。一挙5点を入れ、6-0とリードしました。 4回にも代わった今野から佐々木の内野ゴロで1点入れた盛岡市。奥州市は守備の要・玉城が負傷で途中交代するなど前半はすっかり盛岡市が押していました。 5回に千田雄の適時打で1点返した奥州市は、6回にツーアウトから途中出場した佐藤剛太が適時打を放つと、本郷安打、加藤武四球と続き菊地譲がセンター前に2点適時打をはなち、この回からリリーフしたエース豊田をKO。7回に太田に、8回にも再び菊地譲が適時打を放ち、6-7に。 しかし、盛岡市は8回に代打の菅原、山本、竹下の連打で1点追加すると、更に三浦の内野ゴロの間に更に一点を加え、9-6とリード。豊田のKOを受けてリリーフしていた柿澤が9回を3人でしめ、都市対抗野球岩手初制覇を成し遂げた。奥州市・水沢駒形倶楽部 10-0 北上市・黒陵クラブ そして、翌日に行なわれた第二代表決定戦。 小山投手も奮闘を見せていましたが、わずかに出来た隙を見逃さず終わってみれば10-0。予想以上の大差がつき、駒形が東北大会に進みました。 既に都市対抗岩手予選が終わってから4ヶ月経過し、雑感書けと言われても何書きゃいいのという状態ですが、この時に躍進を見せた黒陵、レッズ、遠野の活躍と対照され、赤崎と江刺はややキツイ書き方をされました。 しかし、この大会の結果が刺激となり、この後の大会では江刺がクラブ選手権ベスト8、赤崎はクラブカップ優勝という成果を成し遂げました。残念ながらその後の大会では再び敗退の憂き目を見ましたが、こういうつばぜり合いがどのチームにとっても成長の芽となる。それだけははっきりいえます。 07年に赤べこが東京ドームに行きましたが、今度はどこのチームがドームに進めるか。宮城4強やTDKの壁は厚いのですが、何とか乗り越えて行きたいですね。 そればり書かせていただきまして、都市対抗野球の第二ステージに関する記事制作を終わらせていただきます。 人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。
2008年10月01日
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1