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今晩は。 大船渡の所要終えまして、居住地帰って来ました。 ツイッターの記述は少ししますが、FBについては疲れたのでやめにします。ノーパソ移動すればいわれますが、それすらしんどい。行動の密度詰めすぎて…月曜日の仕事の分体力余すの忘れました。さ、がんばろ。 今日の記述はこれだけにします。すみません。(※写真は大船渡一中西側の地方道。高校時代の通学路でした)
2016年01月31日
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今晩は。 家事所要はともかく、体温が上がらなくて…体温上がらない(=して脈が弱い)中の行動はできないので、その回復を待って大船渡に移動しました。短縮日程にしたので「後日回し」の対応も。明日の所要は緊張する部分もあるので…がんばります(←何を)。ちなみに。今回高田行きができなくなりました。(←「後日対応」はここの部分)早めに行けるようにします。 大船渡も案外寒いですね。皆様天気の変化と道路の変化には気をつけてください。 明日日曜日は政治戦の投開票日。タイムラインではtk0801(@tcat2014)さんの情報も入ります。かつて拙稿(ブログ)でも政治戦結果を紹介していましたが、選挙結果を入手する手段をなくし―独自のパソコンがなく―該当コーナー自体を閉じてしまいました。なのでtk0801さんの記述は自分ができなくなったことをより進化した形でしていただいているという意味で頭下がる思いです。◆SNS3媒体体制になりまして、 ・無差別多数発信のツイッター ・日誌的役割のFacebook ・長年続行していて、両者の記述を総合的にまとめたブログ と、ある程度の役割分担をして記述を進めています。この中でツイッターで新展開。 2月には金ヶ崎町議選、3月には北上市議選、4月には大船渡市議選と近隣・関連自治体の政治戦が続きます。拙稿では 【金ヶ崎町】阿部隆一 【北上市】鈴木健二郎(市北部)安徳すみ子(市南部) 【大船渡市】滝田松男、田中英二 (以上5氏敬称略) 5氏を最推薦者とします。※大船渡市→立候補表明の大船渡民報は手にしましたが、区域わけまではまだ分かりません。 ある程度の発信資料が整い次第、「無差別多数発信」のツイッターで記述を進めます。 どうしても衆目集めやすい選挙に目が行きがちですが、ひとつひとつの「意思表明の機会」時に意思をしっかと示していく。大事も小事から言います。大切なことです。◆いま最注目の京都市長選挙。ここでは本田候補を最推薦人として推しますが、もうひとつ見ておかなければならないのが「野党勢力の動き」。現職の門川候補に自公勢力はもとより、民主や社民なども推薦している模様です。殊に民主は「元々は民主が推していた」と。どうにも安倍政権倒すための広い共同作るよりも「自分等が野党第一党にいる」ことを第一に考えがちに見える民主党と同支持勢力の一部ですが、今回の門川氏支持がどういう意味を持つかを少しは考えていただきたい。 これを言うとすぐ「じゃあ“おおさか維新”打倒で共自組んだ大阪は」と。 大阪のダブル選挙では政策の違い以前に、地方自治・政治秩序が壊されかねないと、大阪政界の中で強大な力を持つに至ったおおさか維新をストップさせんとした動き。しかし、今回の京都は「共産党」と「安倍政権直結の政治」、止めなければならないのはどっちですか。 9月に共産党が「国民連合政府」づくりを提唱し、様々な動きがありました。それは必ずしも好意的なものだけでなく反動的なものも。鈴木宗男氏や反共的立場に身を置く方による挙動も見えます。取り組みはまだ道半ば。現状噛みしめた上での発展願い、体力尽きたので記述を終わります。
2016年01月30日
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今晩は。さすがに冬至から1ヶ月経ちますと、この時間でもまだ明るい状況でいます。ちこっと寒いのが難ではありますが。夜遅くのタイムラインは釜石の選抜大会選出と女子バスケの誤審問題について触れます。お付き合いよろしくお願いします。 本来なら大船渡の行動日―といきたかったのですが、家事用事だけならまだしも、体温上がらなくて動かれないので日中の行動はストップしました(記述日は土曜日)。いくつか記事書いていきます。お付き合いよろしくお願いします。◆まずは、釜石高校の選抜甲子園出場ですか。1996年に前身のひとつ、釜石南高校が選抜に出場して以来20年ぶりの出場になります。釜石の野球が最近各所で見所を作るようになっているので、その“勢い”が高校にも来たのかな、と。何にしてもめでたい限り。健闘を願うものです。 もうひとつ、スポーツニュースで驚いたのが「バスケの誤審に審判に賠償求めて裁判」ですか。審判の技術向上や明らかな対応ミスに対しての対応は当然ですが、シャンソンバスケチームの対応は明らかに度を越しています。これを機に不備は見直されればとは思います。 プロ野球のキャンプもいよいよあさってにはスタート、となります。岩手関係からはライオンズに多和田君、ドラゴンズに阿部君、カープに高橋君がプロに加わります。多くなってきた岩手出身選手の活躍に期待します。 …用足しだ何だ重なってTwitterの記述乱れてますが、注目すべきスポーツは色々ありますので、刮目して見ていこうと思います。とりあえずブログでは金曜分の記事はここまで。◆ニッポン放送 #asa1242 。宮家氏「献金の因果関係」について触れるが、言い訳前段に置いて「何が悪い」的にアメリカの事例―企業献金のオープン化と「企業代弁者」の正当化―を紹介。擁護材料の提供ですか。身びいき甚だしい。◆『公然わいせつ容疑:佐賀県議を起訴猶予処分に http://bit.ly/1NuqoXL』 →なぜ、これを擁護できる? 「いいだろそれくらい」 「チクった●●●が悪い」 「大事にするな」 …「嫌いな属性」にも同じこと言えるか?できなければ擁護やめや。※その後この佐賀県議は辞職しました。
2016年01月29日
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おはようございます。岩手内陸部、曇り空からスタートしました。いつもより緊縮日程だってのに今日はさらに追加入りまして、いやはやてんてこ舞いです。タイムラインお付き合いお願いします。 ここからは短文。政治・社会活動の議論の中から消え去りつつあるキーワードに「所得再分配」というのがあります。所得の格差を税支出の配分によって緩和して、生存権の確保を図る―でいいですかね? 国会にいる勢力の大多数が(強者の)自由主義容認派となっているのが影を。「“個人が得た金”を国家が奪うのは横暴だ」「そうした金を充てにするやつらは“集り”だ」~と、富裕層を支持する方々は語りますが、そもそも富裕層の得た利益とやらは、富裕層に在する方々が単独で作り出したものでしょうか。 少なくともそれは違うでしょ、と。 様々な社会インフラを利用して、ようやっと利益得ようとする環境作られるわけでしょう。労働者にしても彼ら個々の存在を「労働力を労賃出して買っている」訳で、少なくとも「富裕層の持ち物」ではない。社会の中にあるものを使って利を得ているのに偶々生産手段持っているだけで威張られる理由はない。逆に「生産手段を持つ者」の行動が社会全般から見たらマイナスの作用をもたらすこともあります。公害は代表例でしょうか。昔の王様将軍様の時代からは進みもしたのでしょうが、いまだ「力を持つ者の収奪」というのは存在します。資本主義はその矛盾からは脱せていない。 所得再配分が「経済強者から同弱者」に行われず、逆に「吸い上げ」がされている状況にすらある(労働者・市民層の平均所得低下、税負担増と富裕層の更なる利益増・税負担減の対比)元で、「せめてもの是正」を求める動きすら「政権批判は反日行為」とされた日にはたまったものじゃありません。議論にくだらないファクトを入れられるのは迷惑で、するならするでしっかとしたものをしましょうか、と書いて、この項を終わります。
2016年01月28日
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今日は。ただいま日程立て込んでいあっち行き、こっち行きの行動をしています。体力温存も頭に入れながらの行動なので、動ける時間帯に密度濃く…で。午前中の家事はテレビドラマ「H2」見ながらしていました。後でそれと絡めた話していきます。タイムライン、お付き合いよろしくお願いします…とは言いましたが、果たしてできるかな。集中的に時間とれるのは夜中になんないと…で。それまでは日程詰め詰めで単発記事すらやっとこさになります。積極的に発信されている皆様には申し訳ない思いでいます。―仕事、無事終わり― 今晩は。ここからは連ツイの記述を。 昼間、家事をしながら見ていたドラマは「H2~君といた日々」。キャストの野球経験なしで試合シーンの動きだけは「時間足らなかったかな」てな状況でしたが、ドラマそのものは青春の甘酸っぱさを十二分に描いた好作品でした。今日は最終話を見ましたが、その中で国見比呂(演・山田孝之さん)の150キロ越えの剛球を古賀春華(演・石原さとみさん)がフルスイングで空振りするシーン。 「国見くんすごい!」と春華。 「ほんとにすごいのは(逃げずに)振ったお前だ」と比呂。 漫画では準決勝で橘英雄(演・田中幸太郎さん)や雨宮ひかり(演・市川由衣さん)のいる明和一に勝った所で終わっているのを、卒業までの後日憚まで含めて描いたテレビドラマ。あれから10年、経ちますか。 春華の空振りシーン見て思い出したことありましてね。 2014年。この年の都市対抗野球東北予選は福島県で開催されました。大会3日目の敗者復活戦、福島市営信夫ヶ丘球場では「七十七銀行-水沢駒形」「郡山イースト-福島クラブ」の2試合が行われ、福島の野球のいまを見る目的で見に行きました。終わってみれば七十七銀が駒形を突き放し、郡山イーストが福島クを破った。七十七銀はここから5連戦を勝ち抜き東京ドームに進出しますが、それは別のお話。 試合終わったあと、市内やや南部にあるちょこっとしたアミューズパーク福島に私はいました。 古本屋二つの近くにあったアミューズパークは、スポーツ系のアトラクションが揃っていました。スピードガン付きのストラックアウトもあり、そこで左右両投げの記録をとってきました-以前ブログ記事化-が、その後のバッティングマシーンに回ったとき、一つの個性的なマシンを見ました。そのバッティングマシーンはなんと160キロを出せるマシーン。私は投げることはできても、打つことができる体ではありません。この半分のスピードさえついていけなかったわけだから。 こん時に近くでパカパカボール打っていた男の子1人、女の子2人組がいたんですね。近くには誰かの親御さんらしき人がいまして、打つのをやめた私は都市対抗を見に岩手から来たこと、岩手もバッティングセンターがすっかり廃れてしまったこと、子どもたちの遊び場のをこと…等々世間話していました。 そこに子どもたち。 「160行こうぜ!」と。 おいおい大丈夫なんかい思いながら、彼ら、彼女等の挑戦見てましたが― バシュ ドン! ブン! 「この子ら、臆してねえ…」 ちなみに。この3人は小学生高学年くらいです。先に打ち終わった女の子に聞いてみました。 勉「こわくなかったか?」 女の子A「うん!」 保護者の方と話していたので危険人物扱いはされずにすみましたが、それ抜きにしても屈託のない表情で言われると、穢れた大人としては…何かね、言葉できないホッとする感情思い起こしましたよ。童ぁど(わらしぁど・子ども)っての、無邪気、あるいは無知が故の行動とることも多々ありますが、こうやって長年生きている中で忘れてしまうものを思い起こさせることもあるんですね。 俺ら全員、様々な形態はあっても、そういう「可能性を求めるだけ」の時代、生きてきたんだよな。 「可能性を追い求める」中から自分の道を見つけ、生きていくために労働し、次世代の子どもを生み育て。いつの間にか「次世代の青春を支える」役割が自分等の中核任務、という歳になりました。人並みの労働できなければ結婚・子育てすらできていない俺が言うのも難ですがね。放射能の危険性もある当地。影響は―簡単なこと言えないけど大変なものはあると思います。福島をどう見るかは読む人によって判断別れますが、とにっかく最低限、心は折れさせないで生きていってほしい。 見も知らん万年補欠に真摯に対応してくれた3人見てね、強く思った。 どういうふうに…というのはこれまたご意見分かれますが、少なくともね、一部の「おえらいさま」の満足満たすために、個々人はその道具であれというやり方にだけは賛同しかねるものがあります。自分らが経験できた青春時代は次世代にも、というのをまとめにして記述を終わります。 ⇒記事で書いた日(2014年6月1日)アミューズメント福島から見た夕日です。
2016年01月27日
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今晩は。今日は午前静養→午後仕事→夜は所用と過ごしました。何とか日曜日の“消耗”はリカバーすることはできましたが、少々凸凹な日程・所用の消化となっています。タイムライン、お付き合いよろしくお願いします。 今月に入って、生活リズムの本格変更を図り、その実施を試行錯誤しながら行っています。同時に、1日の仕事・家事合わせて大体8時間ですか。それ以外の一定時間を学習に充てています。心身がどんなボロカスなろうが、成長は、まだし続けたい。その内、空いた時間もおそらくは「社会人野球歴史探求」も入ってくるので、色んな意味で手一杯になっていきます。 が、現状傾注する必要あるのが「社会活動」。この社会活動も多岐にわたります。先日参加した労働組合もそうですが、他に憲法25条に基を置く“生活と健康を守る会”にも参加。人生の中で貧困とは長い付き合いになってしまっていますが、やはりそれは打破していかなければならないもの。そういう意味では生健会「生活者運動」は、自分が必死になってとり組んでいかなアカンものだと思っています。 先日、その生健会の先輩2人の訃報を聞きました。 一人は交通事故。 一人は病気によってなくなられた、とのことです。 人生には、どうしても「たどり着く所」が必ずあってしまうものですが、どうしてもそれに慣れるわけもなく。 ただ、なくなられた方に報いる道は―その人に顔向けできる人生を歩むことではないかと。 平均寿命の半分を生きてきました。最近考え込むことが多くなっている「人生観」ですが、一方で考え込んでいるだけの暇はありません。どこまで歩けるかわかりませんが、なるたけ長く、濃く歩いて行こうと。そういう意味で悩み、ジグザグもしながら、背筋伸ばして必死あがいて生き続けます。
2016年01月26日
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今晩は。昨日は実力以上の仕事をしていたので、今日はそのリカバリーに充てていました。午後から家事…という所に急きょ打ち合わせ。その連絡の際に「はい、わかりました、服着ていきます」。頭ボケていてとんでもないこと口走っていました。電話の向こうで笑い声が。その時も服は着ていましたけどね。 今日は昨日の分も家事をし、夜はアナログ的な私用を。事実上4日で今週分の仕事しなければならないので、今日はSNSこのぐらいで失礼します。
2016年01月25日
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今晩は。昼間にも少々触れてきましたが、今日は労働組合の会議で盛岡に来ていました。今まで参加した会議の中では一番規模が大きいものーというのは後で気づいたーでした。体力消耗してしまったので盛岡である程度休んでから自宅に帰ります。しばしお付き合いよろしくお願いします。春闘間近ですし、労働者に影響の及ぶ悪政も打破していかないと、という状況。労働組合としてどうたたかっていくかが話し合われました。で、自分も発言の機会が与えられましたが…「地域における悪政打破への取り組み」「労働者の会話から出てきた労働組合の“命と健康を守る活動”の意義」をテーマに。 しかし、文言を詰めきれない内に(どう締めるかまとまらず)出番が来た挙句に、マイクは故障。どうにもちぐはぐなものにしてしまい、終わった後、長年の付き合いある先輩からアドバイスを受けることになりました。この部分は受け止めて今後に生かします。 そして…どうしても発言したかった一言がこちら。『(労働組合に入って行動する基は)身近な働く人が傷つく思いをさせない、その周りの人にも辛い思いをさせない』 ―そういう部分で、組合員の会話から出てきた労働者の健康と命を守る取り組みを取り上げ、先の文言を入れたのでした。とはいえ、よく考えれば基本中の基本でもあるんですね。それをわざわざあの場所でいうかと。自分が恥ずかしくなってきました。いや、はやです。ま、こういう形で討議に参加できたのでそれだけは良しとします。 労働戦線のたたかいの最前線の姿をいろいろと聞きまして。ただ、聞いてみると、しばらく前に行われた「改悪」が、時間を置いて「まだマシだ」状態にされている物事も(それだけ改悪のペースがすざましい)。やはり、その都度その都度労組が「これはどうなんだ」と声を上げ、おかしい物事の改善図っていくこと無しには労働者が守れない、と。また、悪政打破の取り組みでこれまでの枠にとどまらない共同が広がっている様子も紹介されていました。 後、ゲストの方からも「民主主義」に対して貴重なアドバイスを。 『多様にある物事・意見をひとつに決めるのが政治。「“友”か“敵”か」で判断していくと、自分のやりたいこと進めたい場合「敵をなくせばいい」という思考回路にある。昔は「(敵の)頭をはね(てなくしていっ)た」。いまも「頭数をそろえればいい」。民主主義はイコールして「多数決主義」ではない。それだと独裁を生むことになる。多くの情報を元に討議を経て、その元で練りこまれて(やっと民主主義が機能する)。昔は代表制民主主義が「毒だ」という意見もあった。「敵を排除」しがちな民主主義の危険性を理解する。 民主主義を機能させるには 「運動」で世間を動かし 「選挙」で世間の意思を示し、大きな意思で取り囲む ことが必要』 ―と述べました。市民有権者のできることをしっかとやっていくことが必要、なんですね。 最初にも書きましたが、この部門では一番規模の大きい会議に参加したので、その『重さ』というのをいまさらに知ってビビッていますが、それとは別に「引いている暇はない」というのも事実で。これ以上ね、労組が黙ったり、力弱めていったんじゃ、すべての働く人の立つ瀬すらなくなってしまいます。 いま、岩国、八王子、宜野湾…選挙結果、いくつか出ていたりしますが「好まない結果」が出たからいって「恨んだ」り、萎縮することはしないし、「敗戦という結果」出されたからって、自分の持っている疑問や問題意識を変えることはしません。目にし、耳にし、現実に起こっている問題がある限りは。 「代表制民主主義が持つ性格」を認識しつつ、「身近な働く人が傷つく思いをさせないし、その周りの人にも辛い思いをさせない」という思いを元にこの道でも歩き続けていくことを、改めて記すものです。今日の参加の機会を与えていただいた方に感謝申し上げ、この項を終わります。 どんなどぎつい状況だって 晴れ間は見えるものですよ。 あきらめ何ぞ…で歩いていこう!
2016年01月24日
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今晩は。昼は家事と買い物の補助に付き合い、夕方からは用事&新年会に参加していました。明日は朝早くから一日がかりの用事が入るので、それに対応できるように行動しています。その意味から言うと、昨日今日バテ果てていたのは良かったのか?と。しばらくお付き合いよろしくお願いします。 内容はバスケットボールの話。スポーツでは野球の記述を中心にしている私ですが、バスケも名目上の監督として2年間市民リーグに参加した経験あります(通算16試合9得点)。なのでその動向も気にはなっています。特にここ数年の男子トップリーグの問題には。ただ、しばらくバスケを見ていない間に驚いたことも。ユニフォームがノースリーブ状態からTシャツ状態にしているチームが。軽くなく驚きました。一瞬「違うスポーツ見てんのか」と。発展についていけない俺が鈍いだけなんですかね。 バスケット言えば、先に触れたように日本ではトップリーグの問題で揺れました。来年からは合わせて新生リーグになります。実力を維持してくれたNBL、バスケットを身近なものにしてくれたbj。この二つが融合していい形になってくれることを願います。 但し、気になるチームがひとつ。 現在bj所属の広島ライトニング。 新リーグ挑戦を表明したチームの中で、唯一「来年の姿が見えない」チーム。 同じ広島にNBLのチームがあり、広島に2チームは…いうことで新リーグに加われず。 新リーグ云々、てのは門外漢の身としては何とも言えませんが、少なくとも先の見える何らかの形に決着ついてほしかったな、と。ライトニングのHP見てもそれが見えないのが…関わる方たちがしんどいべなと思います。事実ライトニング、今シーズンは苦戦。今日の新年会で、スポーツについて語り合うことの多い友人としばしその話に。スポーツの発展考えるなら、一企業、一学校に寄りかかる形態から地域で支える形態への発展を、という意見。バスケ広島についても「どうにかできなかったか」…ですが、サッカーの富山や鹿児島みたいに簡単いかないよな、と。※カターレ富山←YKK APサッカー部とアローズ北陸が統合。 鹿児島ユナイテッド←ヴォルカ鹿児島とFC KAGOSHIMAが統合。 文章以外にも藤枝MYFCに静岡FCが吸収合併。 野球でも似たような事例で取り組むチームもありますが、まだ緒についたばかりですし、岩手のスポーツでは社会人野球のフェズント岩手やフットサルのステラミーゴ花巻のように「挑戦したが…」という苦い経験もしています。 それでも。 フェズントやステラミーゴを経験した人が、違う場所でその経験を生かして頑張っている様子を昨年見聞きしました。ライトニングがどうなるか、分かりませんが、いま関わる人たちにはその場を全力で戦っていただきたいと強く願うものです。 …と、バスケのことるる書いてきました。近いチームだとbjの岩手ビッグブルズがありますが、ファイナルまで進出した去年と違い、今季は中位での戦いに。まだシーズン半分過ぎた辺りなので、ジェフリーHCの基頑張っていただきたいな、と。 NBAの名鑑見ると最トップリーグであるが故の厳しさを目の当たりに。ドラフト1位で入るほどの才能ある選手が、「セカンドユニット(要するに控え)」「ワンポイント」起用に回る実態。極限の才能の勝負の世界だな、というのを感じました。 社会人野球である程度高いレベルのチームとも対戦経験ありますので実感させられますが、レベルが高くなるほど「紙一重」の厚さが大きくなります。それでも「挑戦」するのが人間、ですか。その軌跡をバスケの方でも見守っていきます。 間抜けな話。23日の最後一時間で政治戦の話書きたかったのですが、その一時間分を休養に充てざるを得ず、記述が間に合いませんでした。明日は棄権防止のお知らせをいくつか出していきますので、反応いただければ幸いです。 お付き合いありがとうございました。
2016年01月23日
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今晩は。今日は明日、あさって…と数日間のハードな日程を見据えての生活となりました。いつもよりは『密度』は薄めです。ここ数日で右足ふくらはぎ何回かつっているので、その部分注意していこうと。タイムラインはここから少し。お付き合いよろしくお願いします。 国会が始まって三週間余り。すでに各部門で丁々発止の対決が行われていますが、拙稿では貧困・格差の問題について触れていきます。ここ数日だけでも、以下の紹介する記事に表れているような論戦が行われています。「消費税増税 中止しかない/貧困大国からの脱却を/参院予算委 小池副委員長の質問」-しんぶん赤旗⇒「女性と子どもの貧困」「不十分すぎる対策の実態」の項目をご覧ください。「論戦ハイライト/異常な高学費 自助努力は限界/参院決算委 田村智子議員の質問/実態を示し給付奨学金迫る」⇒「対策をとっている」と強弁する政権側ですが、奨学金が「ローン事業」化しているなどの実態が。あまり前向きでない態度に…。「主張/子どもの貧困/消費税増税は未来閉ざす逆行」-しんぶん赤旗1月20日⇒一文お読みいただければ。ここに表れた指標を「日本全体のGDPが高いから」で消化できるものではないことの認識を。 小池議員の質疑から。なんといっても「ひとり親世帯の相対的貧困率」の高さが目につきました。平均の5割程度しか収入がない、ということ。「GDPが高いから半分になっても貧困ではない」というご意見も見かけましたが、「平均の半分」というのを忘れては困ります。他にも「進学率」「健康」の面からも取り上げ。個々人の改善が、全体の改善にもつながることと併せて「未来を開く力を持つ問題だ(小池議員)」。しかし今の対策が掛け声とは違っての「実態わかっていない」ものとなっている以上、改善と批判の声は上がって当然ではないでしょうか。 安倍首相は「財源は限られている」「自立支援が大切」と、「決まりのパタンさ」とばかりの言葉投げつけましたが、そんなのは議論の大前提なんです。先に言ったように「低賃金などの理由で頑張っても平均の半分の収入」の実態抜きにお題目だけ唱えられても何の力にもなりません。税収の増加は「大量利益得ている者の応分の負担」で。 田村議員の質疑についてはHPにある記録欄からも紹介入れます。 田村議員HP 「自助努力の限界」-経済協力開発機構34ヶ国で「授業料が高く補助が低い」分類に日本、韓国、チリ。しかも他2カ国と比べてもその改善が遅いという指摘に「一概に比較するな」と。更に大学生の置かれている実態を「費用出せず断念」「学生生活・アルバイトの実態」-さらに「短時間高収入を“売り”にしたAV産業の入り込み」まで。卒業後に莫大な借金抱える奨学金―というよりはローンでしょ実態は―と併せて、若者に対する支援の関心の薄さに頭抱える思いでいます。 私、「貧困と格差」というのにはずったり影響受けていまして。家が貧困なもので私自身の高校の先(農業短期大)の進学をあきらめましたし、兄も奨学金は受けていましたが、家からの仕送りどころじゃなく、大学を中退せざるを得ませんでした。小池、田村両議員の指摘は実感として感じるところです。 あと、田村議員の質疑でショックだったのは「AV産業の入り込み」。AV産業が“一般化”してきている―言い換えれば「入り込んでいる」―中で「奨学金返済ナビというサイトで何の仕事かを隠して女子学生を募集」とは。「女性の体を使った職業」が「人類女性最初の“職業”」という話もどっかで聞いた記憶もありますが、そこから時代何千年経ちました?しかもだましうちでその『要員』確保はかる行動にね…なんというか、なんというか、なんというか…言葉ないわ! 総じて政府側の答弁に空しいものが見えまして、そうやって後手後手踏んでいる間に「そういう勢力」が入り込む―そんで“キズ”負っても「自己責任」で片づける―という構図に心苦しいものがあるのですよ。ああ、ここまで来てしまったかと。俺の経験してきたことが「甘かった」なんて考えらんないよ。 生存権という観点からも、人権尊重した尊厳ある生活という観点からも、あるいは「個々が身に着けた技術を持っての産業発達」という観点からも、格差・貧困の打破、教育の拡充は重要な問題・施策と考えます。そういう意味でも、この問題は折あらば触れていきますので、お付き合いお願いします。PS ここまで書いてきたある部分の記述について。 何の事情も知らずに 「40にもなって甘いね」 とか言いたがる人らへ。 「ここまで書いたような感想もって何か悪いか」 と答えておきます。
2016年01月22日
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今晩は。今日は朝3時から10時まで仕事。これからの多忙化を考慮し、何ぼでも「負担軽減」図ろうと模索中です。昼に休んだあと、家事2時間。いまはここ数日熟読できていなかった赤旗を読み直し中。13日文化面の「花岡事件」「映画最愛の子」目をひきました。◆「花岡事件」のせりふで印象的なせりふを要旨引用。 『傷はみんなが負うべき。太陽のもとにさらけ出して二度と傷は負うまい、負わせまいと心固めるのが本当』『日本全土を覆いつくした戦争の狂気を考えたい』。 ―誰其が優位に立つ、ではなく人間史として考えるべ。◆イランの核問題に続いて、南スーダンでも対立両派による移行政府への取り組みがニュースに(11日付国際)肝心なのは「民間人虐殺関与者を裁く」。まだ残滓もありますが、南スーダンに住む市民・労働者が不条理に命奪われない社会構築を願います。◆11日付「若者のページ」。新成人の方のインタビュー。Uさんの「現在の考え方が違っていても働きかけあきらめたらもったいない」に頷けるものが。「他者」に学ばされる構図はこうして作られるんですな、と実感。◆11日付「月曜インタビュー」は星野智幸さん。作品の内容・テーマはもとより、文学の必要性の指摘にうんうんと。 この通り、ツイッターでは新聞熟読しての感想書いていますが、どの仕事、人生でもそうですが、色んなものの「データ更新」ってのは必要なんかな、と。ホールの中では高校生が勉学に励んでいましたが、彼らには負けてらんないな、と。国会では「貧困と格差」の質疑も多かったので、ツイッター⇒ブログで記述していきます。 ◆ ◆ 家帰ってビデオのデータ変換しようとテレビつけたら…内田有紀さんと広末涼子さんが共演しているドラマがあってびっくり。広末さんがデビューした時しばらく内田さんと誤認していたので、ま、なんというか。感慨深いものがあります。ただ、作品の中身が重いです。 SNSのタイムラインで、あちこち「風邪ひいた」「インフルに~」という記述見えました。皆様お気をつけてお過ごしください。
2016年01月21日
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今晩は。今日は晴れですが、どうにも「束の間」の感じになりそうです。土か日曜日は大雪になりそうとか。すみませんそこらへんあたり出張入りそうなんですが(苦笑)。パンクしたタイヤは無事に交換済みましたので、あとは普通に安全運転。◆『民主、共産“無視”で着々公認 参院選1人区協力協議拒否で「自主降板」圧力-産経ニュース http://sankei.com/politics/news/』 →“途中経過”で騒ぐない。それにしても扱い方がね。産経としては反目しあった方がいいのでしょうね。◆「認知食事法」始めて約二週間。体重は4日の132キロから126キロまで落ちていますが、今までよりはストレスは感じないでできています。あとは「段取り」ですか。色んな意味での。 で、今日は一般的に言えばとんでもない事しまして。 キャベツ、白菜はともかく、何とわかめまでいためものにするという“暴挙”。でも、理由はあります。 自分、上の歯がほとんどありません。 元々上の歯は乳歯と大人の歯が重なったりして、脆かった所に転倒した際に前歯を折ってしまい、一時期は差し歯をしてカバーしていましたが、それが立ちいかなくなり、入れ歯に切り替えたらブリッジした歯が欠損する始末。下の歯はある程度残っていますが、上の歯はほぼ全滅という事態に。 そんなもので、ある程度柔らかくする工夫しないと食べられない…からって、ワカメを炒めるか普通。柔らかくなってうまかったけど。 私みたいなのは論外ですが、歯は定期的に診ておかないとわんないものだな、とある記事を見て思い知らされました。ただ、歯科医療の保険適用が進んでいない部分もあるので、それはどうにかしていかないとな、と思っています。 週末に予想される荒天に気をつけてください。今日はここで失礼します。
2016年01月20日
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今晩は。大雪に見舞われた地域の皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。岩手内陸部も例外でなく朝雪はらって、昼もはらって…帰宅したら雪は止んだもののまたこんもりと。何ともすざましい限りです。 FBで二つ、震災関係で大船渡の記事が。末崎地区には日本共産党の国会議員団(高橋千鶴子、畠山和也両議員)が来て懇談、社会人野球でお世話になっている赤崎地区では地域のワークショップが開催されたという記事が紹介されていました。今日のFBシェアで制度改善の記事も紹介しましたが、一方で「居住地域見てここが~」というのも感じました。 ◆ ◆ 自分もどっちか言うと「自意識過剰の変態(by兄)」言われるので、多くの意見自分で見聞きして足りないとこ補わないとな…思い、メモガリガリと。一方で、今日19日は全国で「安倍政権に異議申し立て」の行動があり、自分もこの通り手伝いをしてきました。写真は性能の限界(携帯カメラ)ということで。(被写体の限界でも) ◆ ◆ 税制問題での小池晃議員の質疑があちこちで取り上げられています。 政府が政策を実行する際には調査というのを行いますね。実際の状態と比べて、どうかと。最近、意図的な“調査結果”の基、制度改悪に結び付いてしまった事例もありました。 「たかが計算間違っただけだ、ハイ無し無し」 いう方もいますが、そういう甘い設計で生活が脅かされるのには到底納得いきません。特に安倍政権の場合、往々にして「やったもの勝ち」の傾向がありますので、その部分厳しく見ていきます。 ◆ ◆ 仕事だの手伝いだの終わって…最後に自分のプライベートな用事していましたが、2時間悩んで進んだのはちょこっと。天気の荒れ、インフルエンザ注意報。お気を付けて過ごしてください。
2016年01月19日
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※投稿日を間違えたのでアップしなおしました。 こんばんは。 今日はFBとの連動でお送りします。 前日行われた「新年のつどい」には色々な方とお会いしました。 今年行われる参院選で、比例区の共産党予定候補者となっているいわぶち友さんは福島在住。「被災地・青年の声を国政へ」と東北・北海道を駆け回っています。岩手区同予定候補者は吉田恭子さんも、共産党提唱の「国民連合政府」実現のために岩手中回る頑張り屋お母さんです。 そして、北上市議選をたたかう安徳すみ子、鈴木健二郎両議員の決意表明も聞きました。開発誘致形の市政が続いてきた中、暮らしの視点から北上市政を、あるいは「国政の瑕疵に物申す市議会」を作ってきた2人。ここに紹介した方と力合わせて、今の「ゆるぐない」政治・社会を変える行動、続けていきます。 ◆ ◆ 今週は過密日程となり、明日は断続的に一日仕事。さらに泣き面に蜂とばかり土曜日にタイヤパンク&あまりないサイズのため注文待ちという事態に!日程が日程なので、風邪もひいていられません。うがい手洗いは厳重に。マスクして、のども暖めて、で重装備。何分一年前は40℃2回やらかしたので、「もらわない」に徹して、何とか「完走」できるようにします。 …と書いていたところで、社会人野球のHPで今期日程が。 5月中旬に都市対抗、6月下旬にクラブ選手権の県予選。 都市対抗の「岩手→東北」枠が1減りましたが、より大きい舞台でたたかうために頑張る赤崎の後押しができれば、と思います。
2016年01月18日
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⇒2016年1月17日の朝の模様。 今晩は。今日は近隣で行われた「新春のつどい」に出席&手伝いした後、いつもの場所で一人でいます。つどいはこのあとの政治戦で前線でたたかう方々の決意表明や、趣向凝らした出し物など、ギュッと密度濃い時間を過ごさせていただきました。特に近年代の予定候補者、いわぶち友さん、吉田恭子さんのポジティブさ。これから道を切り開くに相応しい方々です。岩手・東北が持つ「ゆるぐなさ」を解決するために、それを持ってくる因の「収奪主義」ですか。それとたたかう共産党と、「国民連合」の伸長を図りたい。 岩手県は2月に金ヶ崎町、3月に北上市、4月に大船渡市と地方議員選が続きます。地方の議員は「その自治体にある問題」と「それを持ってくる原因となる国政」のふたつと向き合う必要があります。以上の立場で頑張る方を応援したい。金ヶ崎町では阿部隆一さんがすでに走り出しています。 ◆ ◆ 「収奪主義」…ですか。この表現を積極的に使っているのも私だけかもしれませんが、要は本来「回らなければならないお金や時間」を収奪して自分のもうけにする。「収奪資本主義」いった方がより正確なんでしょうが、語感はともかくこのやり方を許したくない理由が増えましてね。 本来回らなければならない手間暇・お金が回らずに、必要な手だてが利かないで命が脅かされる。 本来与えられなければならない時間が回らず「自分を整える」時間がなく、結果命が脅かされる。 この構図を見せ続けられるといい加減苛つくものがありまして。 まして東北・岩手はただでさえある収奪主義の痛みに加えて東日本大震災による痛みと歪みがあるんですよ。「復興進んでいる」言いますが、権力者がそんなの語るのは「“仮設”終わらせて、生業伴った街作り取り戻してから語れ」としか言い様ありません。(個々人は状況の違いもあるのでそういう言葉が出ても仕方がないです) 正月来、私ずっと考え込んでいるのは「気後れ」。他の同年代が社会に出て、しっかり仕事をし、所得を得、家族を養っているのに比べると、俺は半ば自業自得の病気でダメージを負い、社会に関わるのに支障来すことになった。ある程度社会に出れているのは周りの庇護があるから。 ただ、そうやって社会に出れている「仲間」達が、出れているが故のダメージを受けることがある。原因様々あるのでしょうが、「収奪主義」社会の影響がゼロではないし、その歪みが形変えて形変えてたどり着く―それをはい仕方ない、よーあるね、で消化しちまうわけにいかないんです。俺自身が非力で、それ解決に踏み出すための能力が足りなくて。どんなにボロくても何してもいいから、身近な存在を収奪主義の不条理から守りたい―が、いまの道に踏み出させる一歩目。その思いは、20年を経たいまでも変わりません。 ◆ ◆ 「その道」に踏み出した直後に起きてしまった阪神大震災。震災直後の報道では「個人の力だけでどうしようもできなかった不条理」を見せられました。 それは形を変えて幾度も、幾度も、幾度も引き起こされてきた。 それに対して諦めるのか? 答えは「ノー」。 襲ってくる「不条理」に「仕方ない」で諦めたかない。 「不条理」には「ふざけんじゃねえ」と怒れる人間でいたい。 最も、「不条理」の解決の行動には細心の注意図って歩きますけどね。 これが「1.17」における再確認。 同時に「自分自身が死なない」ための手も打っていきます。色々気を使うと見えてくるものもありましてね。 俺自身も死んでらんない。 同時に誰も不条理に…な。 そこの所まとめにして項を終わります。PS しまった。この連ツイに熱くなり過ぎて、プライベートのこったどもやることやるの忘れてた…。
2016年01月17日
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今日は。本日開催されている勉強会、多くの人が集うので出席したかったところですが、明日以降の日程鑑みて欠席に。とはいえ、来週分の仕事などの下調べなど、体は休めていてもやることはけっこうあります。まずはシャツのアイロンがけとか。 岩手内陸部は雪降っていますが、皆さんお住まいのところはどうですか。気を付けてお過ごしください。◆人間は一人一人が違った色あって、その中で必要な目的ができたときに「一緒どうですか」とするのが共闘。そこにね、アイデンティティーをむやみにいじる必要性、というのはありますか?そこを過度に押っつけられると、鼻白む思いしかしません。◆家事もしましたが、どうしても家にいると…ということで、毎度おなじみの市民ホールに。なんとか下作業の道筋も見えて自宅に。明日は午後から所用もありますので、どう兼ね合わせて動くか。 市民ホールにはもう一つ目的が。 ホールの一番奥まった場所でノート開いて考え事していますが、薬の副作用でトイレが近いんですね。トイレ行こうとすると歩かなきゃならない。外のウォーキングは怖いので、こうして運動もして、一石二鳥のつもりで行動しています。 こういう時にスマホでもあればもっと作業はかどりますが、とりあえずPC買うので手一杯で。手元にあるので必死に社会にくらいついてやります。それに今日の「作業」はPCなんかじゃ答えは出せないものもありましたので(←なんだそれは)。寒さ気を付けて過ごしてください。
2016年01月16日
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今晩は。今日は痛ましいこと一つ、痛々しいことが一つありました。それについてふれていきます。 ◆ ◆ 昔、消防士を描いた漫画「め組の大吾」(曽田正人さん作品)という漫画がありました。そこに出てくる舞台の「千国市」は、大きく発展している都市、という設定。街が発展し、変化を為しているということは、その変化の過程の中で「歪み」が出てきているということでもあります。「め組~」の中の千国市消防も、その対応に四苦八苦する様子が描かれています。 それを思い起こしたのが、今日起きたバスの事故。 こっちは片一方だけの流れでないだけ性質悪い。 バスを使った観光など、需要が増している業界の事情。 一方で、「規制緩和」が生んだ「安全軽視」の風潮。 数年前にも大きい事故があり、改善も図られている部分もあるのでしょうが、まだその道は途上と言わざるを得ないようです。利益重視の体制には、労働者の搾取がつきもの。これまでもこういう事故の報道の中には「現場労働者」にかかる大きな負担が併せて報道されてきました。労働者を守る、ということは、イコールして消費者・利用者を守るということでもあります。 日本も公共交通機関の安全性について一定作られてきましたが、それはそこに至るまでの痛ましい事故の教訓をくみ、人間の弱さを組み込んでの対策がなされてきたからでないでしょうか。「規制緩和」は、「弱さを補う対策・ルール」を取っ払ってギリギリの状態に置かせるもので承服できない。「色んな技術がある」「失敗しなければいい」…などと、これまでとっていた対策などを投げ捨て、あるいは巨大に膨張し続ける需要に対応したやり方、ここをしっかり見ないで「利潤第一」にもっていかれるのが一番困ります。「交通運送」は無事送り届けて何ぼでしょう。その基本忘れないこと申し上げます。 で、もう一つですが…大阪市議会。 ああ、ついにここまで来てしまいましたか、と。ヘイトスピーチ抑止条例に反対?議場へカラーボール 大阪市議会、傍聴席の男取り押さえ-産経新聞サイト ちょこっと昔から語りますか。 7、8年ぐらい前からですか、「意に沿わぬザイニチ外国人」に対する中傷が始まったのは。この時標的になったのは「不法入国」していたフィリピン人。わざわざその生活空域まできて中傷かます勢力のやり方に強い怒りを持ったことを覚えています。自分自身が満たされない、あるいは不条理な場におかれている物事を「本人でどうしようもないこと」をネタに責め立てる行為。殴る方は楽ですわ。殴られる方は?本人でどうしようもないことで殴られるのだから、逃げようがないんですよ。つまり、ダメージは確実に来る。 「隣人としての善意」なく「ただ単に殴りつける相手」としか見ない、さまざま理由くっつけて「属性」に対して攻撃ぶっかける勢力のやり方に、彼らの動機が何であれ、その行為に納得することは、絶対にできません。そこに抵抗もあったけど、一方では「増長」も許してきた。 表現の自由ですか。大事なものですね。 でも、「行動の自由」あったとしても、誰かに傷負わせたら、それは逮捕の対象でしょ。 この「憎悪表現」も、そのままにしたのでは対象者への刃になる。そうなる前に足止めを…の意味で今回のような条例作ろうとしたのと違いますか。 よりによってその議会審議中に、議会に対して攻撃を仕掛けた。壇上にはおおさか維新の議員でしたか。普段彼らと意を同じくすることはありませんが、それ以前の問題でしょうよ。「攻撃者」は、普段憎悪表現を大っぴらにしているグループの一員とも言われています。厳正なる対処を。 今回「攻撃」した者は民族で理由つけて仕掛けてきましたが、「民族」が違う何かに置き換わって刃を向くこともありうるわけです。それを思考回路の中心に置くという考えが、私には理解できません。今回の行為含めて、かの勢力に対する目線は厳しく見、下らん差別は許さないでいきますべ。 以上二つ述べて、今日の記事を終わります。
2016年01月15日
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今晩は。今年2回目の定例の仕事サイクル終わりました。まーしんど。 12月までの天気とすっかり変わり、その中で体調落としているので注意して動いています。新年からブーストかけて動かないと、という所ですがその基となる身体には気をつけていきましょう。よろしくお願いします。◆PCでツイッターいじらないと分からない事もありまして。 何々…「投票システム」とな。 ツイッターもいろんな機能付きますね。 10000文字よりこっちの方やセキュリティの方を充実を。 と、いう事で、早速。【アンケート】私伊東勉のSNS(ツイッター、ブログ、FB)はじめて11年近くになります。どの主題を主に読まれているかお答えお願いします。 …作ってみたはいいけど、一日経って「総投票数3票」だったらどうしよう。笑うしかないな。※一日後 https://twitter.com/benitoh96/status/687199800895246336 本当に3票しか入っていませんでした。あはっはははは。(やけ) ツイッターばんでなく…今まであまり稼働させていなかったフェイスブックですが、自己のPC作動させたので一日一つは記事をあげていきます。
2016年01月14日
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今晩は。早くに横になったので、変な時間に目が覚めてしまいました。少し記述起こします。 安倍政権との国会質疑…とは書きましたが、正直、質疑とも言えない状態が根深くできてしまいました。立場はっきりさせた勢力の質疑は、必要上一定の緊張感は出ますが、そこあやふやな所のは…。 SNSで個々人が意見を表明することは、一般の世の中で意見を発することと同じく大事なことではありますが、そこに「力わざ」や「策略」が入ると、議論の深まりがないまま一定の方向に引きずられていくことには危うさをも感じています。近年の国会審議の中で、あるいは政府与党の行動で。批判点、疑問点が出されていることに対して目に見えるような形での修正は為されたでしょうか。残念ながら「その話はあたらない」と否定するのみで、質疑『応答』がなされたとは言えない事態が多く見受けられました。 何を言っても否定だけなら、議論、壊れますよ。よほどの腰据えたやり方する人でもなければ、単なる言葉のつぶての投げ合いにしかならなくなります。戦争法や、秘密保護法での強引なやり方が、議会そのものも壊してしまう―その「不安」があたりつつある事態に空寒さ覚えるのは私だけでしょうか。後に触れるおおさか維新の質疑の中で、安倍首相の答弁で聞き捨てならない言葉を聞きました。趣旨としては「質問時間を野党に分けて『やっている』」。ま、たしかに、議席数としては与党が多数占めている議会ではありますが、たしか出されている法律案は反対派含む国民縛るものですよね? 賛成派・提出者側にも100%の、というわけではないから質疑は必要でしょうが、それ以上に必要なんは「非賛成派との合意形成(明らかに欠陥あれば廃案含む)」でしょう。ここに変なね、高飛車な意を入れると気に障るものがあります。 「味方なら何をしても擁護し、敵なら何をしても批判する」というスタンスで現政権を「応援」する方もいますが、それが度を過ぎて、しまいには「かわしきれなきゃ反対派の名前出してネガティブ語ればいい」論法、誰が出そうがそんなのは目愚さいです。少なくともそれを第一にあげんなや。 話変わって。年明けてから2日以降、事実上ダジャレ、封印してます。心身しんどいと出されないいうのもありますが、それ語る「余裕」もなくなりまして。病んでるのは心臓だけじゃないし、張り詰めたままだと壊れるので抜くときゃ抜きますが、積極的にダジャレ出すような心境にはならないですね。出したところでウケもしないから出そうが出さまいがどうでもいいのですが、同時にもう一つ「盲目的支持者」に向けての対抗もやめようと。以前から「疲れるだけだから」と言われていましたが、ほんとその通りだな、と。何したいかの発信に努めた方がいいのでしょうね。 世の空気の一部が「多数派の安寧」に動きつつある中で、少数派だったり、力を持たない多数派なのかも知れませんが、社会の空気読むのは苦手なので。「3分の2も突破」?そんなの知るか、で歩いて参ります。◆国会質疑、既に始まっていて、昨日は畠山議員が農政・TPP、宮本徹議員が課税・消費税について質疑をしました。いずれ該当ページ出てきたらタイムラインで紹介しますが、今国会での「光景」にひとつ、大きな違和感を感じています。おおさか維新の会のスタンスがそれ。「是々非々の対案提出形(健全)政党」めざすと。だから共産、民主など他野党と一緒にするな、というスタンス。しかし…共産党でさえ国会に出された法案の約半数は賛成しています。出てきた法律案に対して考慮し、賛否の態度を露にするのは強調されなくても当然のこと。 おおさか維新が今回の質疑について「質問時間をとられた」と言い、ある一回の質疑を丸々野党批判にあてた回もありました。国会の質疑は、基本出された案に対しての応答をする場であって、そういう議会運営に属する内容の発言は該当委員会でされればいい。かえって無駄にしてないか、と。「焦点当たっている問題を取り上げる」のと、「ウケを狙った態度」をとるのは別の話です。ついつい「ウケ」に目線に行きがちですが、「ウケ」より「必要」なことに目を向けたい。そういう意味で確かな立場を持つ共産党議員団の質疑に注目していただきたく思うものです。◆どうでもいいおまけ―ここ3年来、見て楽しませてもらっていたドラゴンゲート。着目はしていきますが、今までのようには「熱く」は見られなくなってしまいました。誰が悪い、とかでなく。ただ単に、自分がそうなったというだけの話です。 あまり根詰め、根詰めが良くないのは分かりますが、必要なのに力入れるために負荷になるのは何ぼでも軽くしないと。人生楽しんで、なおかつ真面目に生きる。諦め悪く歩くこと述べて、今日の項を終わります。
2016年01月13日
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お晩でございます。 昨日はブログのほうで記事ひとつ上げました。 考えますね。 色々と。 何日か前にも書いたけど、「考える」ってことの辛さ、感じるようになりまして。 いっそ「考える」って神経失っちまえば、なんて考えたり、考えなかったり。 時間は止まらないから、歩みも止めるつもりは、ない。 一方で…思うところも。 前日は「11日」でもありましたね。11日…大震災の月命日。 命日…人の命ですか。それ、考える日なんですよね。 大震災が起きた後、なんとか気を張るべ、と思って「泣いている暇があったら」と思って、泣き虫の俺がだぞ、泣くことを封印した。 でも、最近。 「こわさ」を思い出してしまった。 ガキのときに「なんで…」つって怖くて泣いていた あんなような怖さを思い出してしまった。 40にもなってな。 いい歳してな。 怖さ思い出した、てな。 そこを理解して、飲み込んで、「そういうものだ」と心身ともに理解して。 生きていりゃそんでいいはずなんに。 怖さを思い出してしまってな。 ちとゆれています。 だから、それが落ち着くまでは、今までのような社会活動のツイート、できかねます。 連ツイ(長文)は難しいです。 ひとつでも多く「押していかなきゃわんない」ってときなのに、ごめんなさいね。 ただ、こんな状況だからこそいえることも、ひとつある。 社会活動って、何をもとにはじめたべ。 それぞれの人が思った何かしらの思いから、ですよね。 自分が経験したゆるぐなさ、不条理。 それをどうにかしよう、ってところからだよね。 そっからはじめていったのに、いつの間にか「相手に勝つ」ことが自己目的化して、その範囲内で行動して、自分が目愚さくなってしまう。「初心忘れんな」ってのはまさにこれなんだよな。 人の命やら、思いやら、なんとか、かんとか。 そこに想いをはせられない「ただ単に勝つ」行動では、いつか詰まるよ。 俺みたいなヘボがどうにか生きてられんのは、その部分での熱さを忘れてこなかったからかな。 「野球」も「活動」も、 「生存そのもの」も。 「きれいごと」という言葉を都合よく使う人間が言うこってないですが 基礎をね、「人間の息遣い」においてほしい。 そのゆるぐなさをとるには…理知的な行動が、てあんばいにさ。 …沢山愚痴ってきました。 リツイート使っての情報拡散には協力しますが、自分発の発信が弱くなるのは勘弁してください。 このままくすぶるつもりはないので。 何度…でもね。 何度つまづいても、立ち上がればいいよね。 タイムラインお付き合いありがとうございました。
2016年01月12日
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こんばんは、伊東です。 去年の夏以来社会人野球の記述が雑になってしまいました。この間は赤崎クラブの試合に来るのが精一杯で、この目で多くの試合を見てレポートを作るということができないでいました。この部分お詫びいたします。 昨年、プロ野球では多くの一時代を作ったベテラン選手が引退をしました。私にとっては高橋由伸選手(今年からジャイアンツ監督)が代表的。一時代を終え、次の世代へとバトンを渡し、自分自身は別な役割を任される―そういうのを実感する年となりました。社会人野球も、40歳になって続けるという人は多くなく、クラブチームの多い岩手でも連盟には未登録の私入れて20人そこら。去年は一人、勇退見送りましたしね。大手企業チームだとHPで「勇退選手」ということで発表されますが、三菱ふそう→ホンダの西郷泰之さんのように記者会見まで開くのはまれ。多くはひっそりとグラブを置き、仕事など人生の新たな段階に入ります。 話は変わりますが、岩手県で一番に古い現存するチームは大正10年(1920年)創立の水沢駒形倶楽部、次は1946年創立の福高クラブ、他に10年の中断期間もあったJR盛岡も。では、その次は―ここでピンとこなくなるでしょう。その次は1955年の高田クラブ、さらにその次が…1958年創立の一戸桜陵クラブです。現在の有力チームで言えばオール江刺が1976年に駒形から分離結成、赤崎野球クラブがチーム結成は1969年で日本野球連盟加盟が1984年ですか。◇表1 各チーム結成年一関ク、遠野ク→59年不来方→69年釜石、北上REDS→71年盛友→77年宮古→宮高として、雫石→80年九戸→82年住田、盛岡倶→87年盛岡市立→88年久慈ク→91年前沢→94年花巻→花巻硬友としては97年黒陵→00年矢巾→02年トヨタ、盛岡球友→12年四端、MKSI→15年 1958年6月19日の毎日新聞岩手版に一戸のチーム紹介がありました。『前から軟式をやっていたが、昨年まで野田玉川の監督をしていた高見氏を監督に迎え、今年から硬式もやることになった。』 ―そして、この新聞に掲載されていたメンバーは以下のとおりです。【一戸桜陵クラブ】監督 高見公一郎 34 盛岡商高投手 深田 哲男 22 一戸高校 平船 武志 18 〃 小野寺 研 18 盛岡商高捕手 夏井啓三郎 20 一戸高校内野 小野寺義実 19 〃 田鎖 忠治 18 〃 一守 文夫 22 〃 外岡 昭継 23 〃 山本 嘉朗 22 〃 佐藤 信吉 22 芝浦工大 山淵 誠 21 一戸高校外野 内田 英雄 21 〃 川袋 幸三 24 〃 浅里 匡 24 〃 大須田 登 20 〃マネ 稲荷 弘 23 〃 一戸桜陵は6月28日、盛岡市営球場で行われた都市対抗野球岩手予選2日目第3試合で初試合を行います。対戦相手は岩手県庁クラブ。先発のマウンドには深田哲男投手が立ちました。以下は6月30日毎日岩手版。『一戸桜陵ク 004000020 6 県 庁 ク 00310300X 7【評】一戸は三回、打者一巡の五本の長短打を放って4点を選手、先発の県庁の佐々木投手をノックアウトしたが、その裏県庁も三本の長短打を深田投手から奪って三点を返し、四回にも一点を加えて同点とし試合を振出しに戻した。ところが五回から深田に代わった一戸の平船投手の拙いフィルディングから失策、野選各二つがあって県庁は無安打で三点を拾いものした。これが一戸の命取りとなって八回の追撃も及ばず一点差で敗れた。 一戸桜陵ク 打安失 6 岩 淵 410 二塁打1 5 佐 藤 411 7 内 田 410 8 川 袋 410 9 浅 里 310 4 小野寺 311 二塁打1 3 田 頭 400 1 深 田 211 1平 船 200 2 夏 井 200 H石 社 100 3373 岩手県庁ク 3070』 初挑戦はこの通り惜敗に終わった一戸桜陵でしたが、次年度は以下の新入部員を加え部長 中村 斉 30 法政大捕手 早坂 忠 24 一戸高校内野 中村 誠 19 〃 根反勝次郎 23 〃外野 古館 長二 19 〃 1959年6月22日の第三試合に白亞クラブと対戦しました。試合は一戸が序盤から押し、二回にはこの年故障で野手に回っていた深田選手の大会第一号本塁打が飛び出し相手投手をKO。ペースを握った一戸がそのまま逃げ切りました。一戸桜陵の都市対抗初勝利です。白亞 000000000 0一戸 11200011X 6一戸桜陵ク打安点6 岩 淵 4305 古 館 4107 内 田 4118 川 袋 3129 浅 里 4104 深 田 311 本塁打13 田 頭 4002 夏 井 4001 平 船 400 …時は流れ、2014年。 一戸桜陵のベンチ前でキャッチボールをしている深田哲男選手の姿がありました。相手は深田峻之投手。一見したら、他の選手と変わりありません。この時で78歳。ここ数年、野球場でお会いしたときにはお話しすることも多く、その元気のよさに恐れ入るのもがありました。選手登録も外しておらず「岩手県最年長」選手。時々冗談で「深田さん(試合に)出てくださいよ」などと言って「いやいやいや」という会話を交わすのがおなじみとなっていました。 ずっと続くと思っていました。 2015年8月。 クラブカップ予選大会・赤崎-一戸。 哲男さんが車椅子に押されながら球場に。 「深田さん、どしたのす」 「いやあ、具合悪くてな…」 9-4で一戸が勝ち、試合が終わって挨拶に伺ったとき、事情を聞きました。 知って尚、私は哲男さんに 「今日は参りました。また来年、会いましょう!」 と。 「もうひとつの主題」やアレルギーのショックで嵐のように過ぎ去った10月、やっと見ることのできた岩手日報に…目が点になりました。 「来年」に…会えなくなってしまいました。 なくなる10日ぐらい前まで、グラウンドに居続けたのですね。 私は深田哲男さんを野球の面からしか知りません。 それでも、訃報を聞いたときは寂しかった。もう球場で会うことがかなわぬことに。 57年間社会人野球選手として、そして79年を生き抜いてきたことに心より敬意を表します。 深田哲男さん。 ありがとうございました。(文中、敬称略しました)
2016年01月11日
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今晩は。今日はツイッター→ブログ変換記事ではなく、ブログオリジナルの記事を書きました。2日の歳祝いの記事です。丁度楽天ブログ3000個目の記事ともなりました。拙稿SNSはじめて10年と8ヶ月、お付き合いありがとうございます。明日は仕事なしにしたので、以降の日程考えた場合今日が作るチャンスだ思い、あの通り仕上げました。あとはそのまま早朝勤に入って寝ます。◆鈴木宗男氏・大地の行動について。「そうきましたか」としか感想はありません。どういう視感で宗男氏が動いているかは本人のみが知るのでしょうが、いずれ何を優先して行動するのか。多少の“利益”と引き換えにしての安倍政権協力は、結果北海道民の利益につながらないでしょう。◆週刊誌などの新年第一号。今年行われる選挙の「予測」記事なんかも出てますね。ま、正直うっとおしい。読み物としては面白いのでしょうが、当事者に近いところから言わせれば「情勢に一喜一憂している暇はない」。油断したら根こそぎかっぱがれます。行動で空気変えるしかないです。 今日は記事一つ起こしたかったのですが、静養にあてるため延期します。お付き合いありがとうございました。
2016年01月10日
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1月2日。 42歳の歳祝いに行ってきました。(会場は大船渡湾口―写真―が見えるホテル丸森。写真は2011年4月のもの) 2015年の拙稿ではいくつも出てきましたね。「歳祝いの幹事会に」という記述。幹事ではありませんが、何か手伝えることがないかと思い…もっと正確に言えば、手伝いたいと思い、7月期の幹事会から自クラス幹事の手伝い、ということで出席してきました。何回も積み重ねて、の当日。幹事は11時からの集合。私もそれに合わせて会場に向かいました。 そこには「戦友」言ったら大げさですか。 何回も準備で顔を合わせてきたメンバーがすでに集合していました。 12時を過ぎると、三々五々懐かしい顔が集まり出しました。開始は13時半からなはずですが、出だし早いなあ、と。やっぱり、久しぶりの再会などを押さえ切れないんだべがな。開始を前にすでに大きな盛り上がりに。 中学を卒業してから25年ですか。それ以来の再会、という方も多くいました。同じ大船渡にいてても、高校が違うと交流も多くなく「いつそんなに背ぇ伸びた」と驚いた人や居住地を海外に移している人も。時間の流れを感じます。 「0次会」も終え、13時半になり歳祝いも始まり。最初に厄払い神事を地元神社の方にしていただきました。33歳歳祝いでもそうでしたが、やはり厄年は人生の上での「曲がり角」であることも多く、色んなことが起きうる、という助言をいただきました。 で、祝賀会。写真撮影のあと、今回出席された3人の担任の先生が近況を。「(自分の)同窓生でバンドをしている。性格もわかってて、心置きなく話ができる同級生はいいものだ」と話されていたK先生の話が特に心に残りました。 去年末に1人多くなってしまった物故者4人に対しての黙祷。そして乾杯。そこからは再び話に花が咲きました。参加がかなわなかった数人の方のメッセージも紹介。この歳の近くになって「人生動きました」といううれしいメッセージもあれば、「正月どうしても外せない用事ができてしまった」と無念の欠席にいたったのもありました。また機を見て、どこかで再会できれば、と思うものです。 そして、去年の前祝のときに実施されて大好評だった「柔道部2人による一本背負い」が今年も実施。去年はノリで実施されましたが、今回は出し物のメイン扱いで、『もうひとつの“厄払い”』として行われました。2人とも気合入っていましたね。 その前後に前回33歳シリーズで出席できなかったメンバーが挨拶。中には2年生次に転校した人も。今回は祝賀会を厄払い含めて2時間半でとっていたので、時間過ぎるのもあっという間でした。で、最後の一本締め。なぜか自分に出番が回ってきました。幹事の誰かがやるものと思っていたので、正直「聞いてねえ」状態でしたが、何とか、何とか。「元気にやるべ」しか思いつきませんでした、はい。 二次会は夕方5時からですが、自分はひとつ。 新器具のノートパソコンを使っての「速報」作りに挑戦しました。 しかし…作業場は「車中」でして。エンジンかけながら発電機回し(このノーパソ、電源つないでいないと5分持たない)、マウス置く場もなかったのでタッチパッドを利用、それで写真を入れ何かに細工し、で気がついたら5時は余裕で突破。 「これは複数枚印刷しての新聞では間に合わない」 と思って…とった手段は、光沢紙への印刷でした。 「丈夫な光沢紙に印刷して、回覧方式で見ていただくしかない」 で、何とか。 6時近くになってようやく2次会に合流。 (いつもお世話になっています、海山です。) 今回参加が危ぶまれていた人などのサプライズ参加もあり、やっぱりこういうのは盛り上がるのは2次会から、ということで。立食形式のパーティーは熱気満々に進んでいきました。この部分だけは約1時間のロスは痛かった。祝賀会が押していなければ…しかたないか。 会場の事情で2次会は7時まで、以降は会場の第二店舗?の場所で3次会が行われましたが…ここでとんでもない役割回ってきました。 「ベン、一曲頼む」 …。 よりによって合唱コンクールで自クラス最下位に追いやった男に頼むか(笑)。で、私が選択した曲がZARD「負けないで」。何でこれ選んだんだろ。今更ながら自分でも不思議で。みんな知っていて、俺らが青春時代過ごした曲を、と思ったからあの曲になったのか。 ま、歌そのものはどヘタで。 まさかあんなに「低い」方に音がいくとは。 よく考えたら、この曲、ずっと聴いてはいたけど歌ったことはなかったんです(←おい)。 それでも、歌っている途中、周りに押されて間奏のときに会場一周してみんなとハイタッチを交わしたあの一瞬は忘れられない。あのときに見えたみんなの笑顔が、心に深く残りました。 その後、今時は正月だからと休みがあるわけでもなく、あるいは家庭などを持ってその「責務」を果たすべく、夢の宴のひと時から一人、一人帰って行き。3次会は日付が変わるころに、その後有志的な4次会も2時ころには終わりました。5次会は知らないぞ。(夜中の大船渡。寒さなぞ感じず、一時間ずーっと、星空、月空をのぞいていました。ただし、この写真は2014年の撮影です) 4次会終わって、1時間ばかり星空ずっと見つめていて。 自宅に帰ったのは朝4時半。帰って敷いていた布団にバフっと横たわるので精一杯でした。電気も止まっていたから寝ることしかできないが(笑)。 しばしぐったり寝て、昼近くになってようやく目が覚めて。母校大船渡中学校に行ってきました。高台にある母校校舎も、築30年を超えましたか。あちこちに古くなったかな、と思う部分も。 でも、青春時代をすごしたあの頃の原型は保っていた。 一つ変わったのが校庭。 東日本大震災の仮設住宅が立ち並んでいました。 「3.11」からも、もう5年が経とうとしています。時間の流れは、間断なく。 それでも、あの場に集まり、昔話に花を咲かせ、これまでの人生を語り合い、労い合い、そしてまた、それぞれの人生を歩いていく。 ここ何回かの記事。 悩みというか、なんというか書かせていただきました。愚痴みたいなのも書きましたが、そんなこんなあっても、人生という街道は続いていくのだけは、変わらない。 変わらないんなら、歩いていくしかねえか。 体育館の裏。 ここに生えている木は…たしか、俺らが中一の時に植樹した木(なのかな?違っていたらすみません)。日曜日に「各クラスの会長副会長は協力するように」とか言われて参加したものだったように記憶している。 長年の風月を過ぎて、この木も大きく成長した。 それは、同時に俺等自身の成長をも示しているもの。 これまで40年の人生、色々あったね。 いいことも、ゆるぐないことも、悲しいことも。 その積み重ねてきた人生。 そのすべてひっくるめて「よぐ頑張ってきたじゃ」と。 そして、これからの人生街道も 「良ぐ(いぐ)生きていくべ」と。 180人近くいる 1990・平成2年度大船渡中学校同級生の皆さんにエールを送りまして、この一文を終わります。 次どっかで合うとき、元気でいような! 早世してしまった仲間に。 みんなの分まで俺らはこの場で頑張る。 どっかで見守っていてください。 長文お付き合い、ありがとうございました。 ※どうでもいいが、製作中BGM 松阪晶子さん 主に「夢を眠らせない」「燃える瞳を持ち続けて」「DAKE-DO」。
2016年01月09日
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今日は、伊東です。 最近の自分がこんなん状態なので、私のみのタイムラインでは気づきにくいと思いますが、国会が始まり、既に論戦がばつばつと始まっています。どうしても「対抗意識」が故の言い合い、ですか。それも進みあんべ(具合)によると、目愚さく映ったり。自分もそれさ深く入りすぎると…自己嫌悪に。 ない脳みそなんは知っているので、それを承知の上で。発する言葉を研いで、研いで、研ぎまくる。広い範囲に意味を分かっていただく一文を放つ。今までもそれをしてこなかったわけではありませんが、より強く意識していかないと。◇自民党が憲法改悪で企むのは「緊急事態条項」。一見「緊急事態」に対応するものだからよし~ではありません。「緊急事態」が起きたら、それに対応することは必要。しかしこの「緊急事態条項」は「緊急事態」を悪用しての権力の専横狙う性格のものです。◇ここ2日間ぐらいの文章見ていただければお分かりかと思いますが、その時々の「目的」に向かって突っ走ってきた一方で「自分」に対して無頓着できた結果見せられている現実に、人生考えさせられています。今までの歩みには後悔はしませんが、もう少し「有効」に使えなかったか、という意味では…。 人生80年言われる中で折り返し点を越え。ここから先のことを考え込むことに。 でも、人生の道は歩いていかなきゃなんないわけで。 どうせ歩くなら、背筋伸ばして、歩っていかなきゃ、な。 バカにはこれしか思いつかん。 心臓は病み、異常肥満で、豆腐メンタル言われるほどフリーズしやすく、一般就業は未だ首振られる私ですが、それでもゆるぐない状況の人を落とさない強さは持っていたい。矛盾しますが。「うしなうもの」云々書きましたが、それでも前歩く視点は忘れない語り今日のツイート終わります。
2016年01月09日
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今日は3時からの仕事。 朝から無心に日向ぼっこしていました。 人間は、考えて行動する生き物。 だけど、いまの俺には考えることが苦痛に思う部分もある。 いっそ、思考回路失ってしまえば…なんてね。 でも、苦しむのも生きる証か。―その3時からの仕事を終え― 今晩は。今日の仕事を終えて、いま某市民ホールにて佇んでいます。家事を一定担っていますが、影響ない範囲で、精神的にゆるくない場合はこうして一人になることもあります。タイムライン、お付き合いよろしくお願いします。 昨日も言いましたが、今年は近隣の街→大船渡→参院選(ダブル選?)と、7月までノンストップ。ハードな日程で日々を過ごしそうです。200%の意を込め参加した歳祝いにボケている暇もないですね。明日、明後日も所用はたんまり入っています。社会変革の道は大変だ(笑)で、年明けから始めている「食事認知(メモ)」。私の肥満体至る経過で、一番見なければならないのが食生活ですが…結構根深いものがありまして。歳を追って順繰りに見ていくとしますか。【ポイント1・幼少期から抜けなかった超偏食】 いまでこそある程度色んなものを食べられるようになりましたが、小学校中学年あたりまではほんと、食べられる食べ物が「両手で足りる」品目しかありませんでした。卵、納豆、カレー…ワカメ除いた生物はダメだし。私は小学1年次は給食がない(盛小ふたば教室―情緒障害児教室―は午前のみ)ので、2年生時(←ツイッターではこう書きましたが、正確には『給食後下校』)小学校入学時からですか、色んな食べ物を見るようになったのは。対応できるまでに時間食いましたね。ある程度できるようになったのが10歳時。この10年間、結構響きました。【ポイント2・成長期の「食育」なき食べ方】 小学校5年次あたりから成長期に入り、それまでより食事の量が増えました。しかし、増えても太らない。小学時代のローレル指数(痩せすぎ太りすぎ図る指数)は、小学1年次の約150から小学6年次は標準値内へ。成長期だけあって新陳代謝は図られますが、中学時代からの家庭崩壊がここでも響きます。ようやくマシになりはじめた食生活で、身近な見本なるはずの親が「機能」しなくなり、勢いてっとり早く作れるものや店屋物に頼るしかなくなりました。そこに量の無秩序さが加わったのが後々響きます。【ポイント2補足・予兆の聞き逃し】 高校3年の時です。高校野球も終わり、文化祭の準備をしていたときのこと。情報処理室で資料作りをしていた食物科のメンバーや生徒会のメンバーと話をしていた時、自分の食生活に何人かからチェック入りました。当時の食物科のメンバーが作っていた資料は「食料に入っている調味料」の話でしたか。その資料はいま手元にあるので読み返すと、まま自分に対する警告に見えました。その資料作っている中、当てはまる行動をとっていた私に警告したMさんやS君の忠告、もっと真に聞いていれば…と反省です。【ポイント3・ギアチェンしなかった社会人時代】 社会人になり、自ら稼いで金を得るようになり、2の補足で出された警告を入れぬまま、覚えてしまったペースで食事を進めてしまっていました。その“成果”は2005年(30歳)時の体重100キロ突破に。その体調のときに社会人野球でついに本登録となり、更に社会活動では小泉内閣による「郵政選挙」。特に後者の時に「気張らなければ“消される”」と思い、週6日夜勤と平行して行動する…体の状況も鑑みない行動をしましたね。全てが終わってから倒れ、夜勤を続けられなくなりました。【ポイント4・社会保障の庇護は受けず強引な復帰が生んだもの】 その時で既に心身ともに痛み、就業には困難がありましたが、社会保障につながることがなく、八方塞がりになって気が狂いそうになった時期がありました。一年かけて何ぼか体も癒え、就業に復帰しましたが、長くはできず。一般的な収入を得られず、それを「食べ物は“余り物”でまかなう」生活に。この間足に雑菌入っての手術2回、抗生物質の影響による抵抗力激減、08年からいくつか見えた徴候に対処しきれず、ついに09年の「破綻」迎えました。 一時的にでも社会保障などの庇護を受け、しっかり体治してしまってから社会に復帰した方がよかったのでしょうが、それを得られない以上自力でどうにかするしかない…という思いで復帰しました。しかし結果「貧すれば鈍する」を絵に書いたような形で破綻を招くことに。【ポイント5・ストレスから食に。更に狂った“認識”】 09年の手術は成功し、翌10年に就業を経てこうして生きていますが、色んな意味のストレスを食で解消してしまいがちになり、更に「食ったか食わないか分からなくなる」事態にも。一定の就業と家事をしてはいますが、その中で心身の調子が覚束なくなった時に「認識を失う」ことが多くなり。これはイコールしての散財にも結び付きました。 飯の食べ方もわからない、ある意味獣のような食生活。09年以来はコンビニ食だけは取らなくなりましたが…認識の問題が。本当はここまでひどくなれば「胃関連の手術」も考えてみれば、と言われますが、リスクがあるのが引っかかり、踏み出すことができません。なのでここ数年酷くなっている「認識」を正す行動を先ずはしてみようと考えています。 ある意味気ままに生きてきた人生の罰なのかもしれません。それと、自分のことには無頓着でいた(生きる“目的”だけに焦点あてて突っ走ってきた)のも。 でも、ま、突きつけられたことがありまして。 さすがにここでどうにかしなきゃバカだろ、と。 ここまでずらずらと“要因”を書いてきました。思い出しつつ思い出しつつ書いてきたし、「狂った原因」は食事だけではないので、これで“清書”とはなりません。いわゆるプロトタイプ。いつかは系統だっての記述で記そうと考えています。この一文が参考になれば幸いです。
2016年01月08日
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お早うございます。岩手内陸部、雪がちらほら降り始めました。年明けてから一週間、本格スタートというところですね。社会活動でいえば国会も始まりました。「安倍政権ペース」言われがちな情勢ですが、生活実態見てどうなのか、世に問いかけていきます。お付き合いよろしくお願いします。 今日は早朝から昼までの仕事でした。家事もできることはあらかた…で、いまからは空き時間なります。まあ、年明け早々から、仕事のレベルは引き上がるし、新たな「!?」も出て。いつまでも「ボケ」てらんねえ。でも、考えさせられることが深く、深く起きまして。 去年末に見た「一定の物事を成す人間は相応の取り組みをしている」という格闘技選手の記事。そこから自分の人生振り返ると…歩いてきた道には後悔はしていませんが、もう少し「生き様」はあったかな、と。同級生も、内陸の友人も結婚し人生道歩く人が多くなっただけに尚更。2009年の心筋梗塞が決定的な破綻となりましたが、その前、2005年にも約1年休まざるを得ない病気などをし、社会保障の援護がなく、半ば無理矢理職場に復帰しましたが、病気残し、治療行き届かず。様々要件が重なっての“破綻”。 ここら辺りの「時間の過ごし方」もう少しな…と。「最低限生きていく」というのを維持しようとするあまり、「細かいけどしなければならない事」を避けてしまった。その差が…な。 俺自身は「普通の家庭」ての経験せず、家庭持つというのがどんなんか見当つかない。だども、信頼深めた二人が起意して家庭を作る。そこに生き甲斐というか幸せというか見出だす。そこに「羨ましさ」を感じてしまった。同時に「家庭を作る」には相応の「取り組み」をする必要がある…ことの荷に自分が耐えられるのか、というのもありまして。 そこに加えて、様々な環境による「詰み」。一般的な話として、歳は経るにつれ「可能性」という文字が薄くなっていくもの。人生の中で積み上げてきたモノが、可能性に対する重みとしても作用する…というロジックですか。簡単に与しないとは年末に書きましたが、難しいですね。…ここまで多々悲観的に記述進めましたが、こんだけじゃ潰れてしまいますんでそうでないのも。三十代終盤になってようやく「兆し」作ることもできてきましたので、「もがいてでも生きる」に、「密度濃く」ってのを入れて歩いていきます。要は「ムダ」無くし。これまで散々体痛めつけてきたので、他の同年代と比べれば、長く生きられる可能性少ないのは事実。爆弾もありますしね。それはそれで認識した上でじゃあどう生きるか、て方向で考えないと。座して待つ…わけにいかない理由も増えたし。過日の集まりの中で言われた「胃の操作」手術は、私にとってはリスク(心臓の薬の影響)もあるので、とりあえずすぐ手をつけるという意味で「メモ取りによる認知」手法とります。忙しさにかまけて、いつ、どんなくらい食べたか忘れがちだったもので。まず、それから。 一時期は「~してもいいから全力集中で」とも思いましたが、それで「失った」場合、行動力はゼロになるし、周りを悲しますことを…突き付けられました。16年も「激しい」1年になりそうですが、心身面でも完走は必然、今後につなげるための行動をします。 ◆夕方からしばし記事を書いてきました。日常の雑踏に混じってしまうと、突き付けられたテーマも吹っ飛びそうで。まして今年は7月までノンストップ。頭澄んでる内に整頓したく、記事を起こしました。こうやって駆けずり回って20年、楽にはならないなあ。 社会人野球も続行は決めましたが、今年参加できるのは赤崎戦だけ。他の試合は見ることができないし、都市対抗の東北予選は山形ですか。親父に連れていってもらった酒田の野球場も予選会場になりますが行くのは難しいですね。親父に酒田の野球場連れていってもらったとき、親父は39歳。そん時の年齢は越えました。 当時私は9歳でしたか。「大人になれば当たり前」と思ったことが、実はどれだけ大変なことなのか。思い知らされています。 どんなにどんなに…ゆるぐねえ事があっても。 現実生きているこの世界中で歩いていくしかねえ。 食いしばる歯がなくても、食いしばって…な。 ここまで愚痴は吐いてきたけど、生きること自体までは吐き出すつもりはない。 で…社会活動のツイート。言論戦のひとつの場だし、ネガティブキャンペンなども多く目にします。自分もその癇癖起こしやすい―短気は変わらない―のでそれを補うためにこんな理屈屋気取りで話していますけどね。 でも、根本基本「自分等何したい」が基本ないと。 まだ精神しんどいので、そっちの方の記述はもうしばらくかかりそうです。ただ、何語るにしても…立ち返る基本、その考えに至る基本。それだけは忘れないでけでや、と思うものです。北の核問題言ったら「実行されたらその下で何人殺されるんや?」。北だから米だから関係ない。 あんなこんな書いたところで…もう、寝ます。 タイムライン、お付き合いありがとうございました。
2016年01月07日
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今晩は。 世の中がかなり揺れたり動いたりしているけど、いまの自分には…積極的な対応ができません。気が向いたら記事起こしますが、それまではしんどいので。マンガ「魔人探偵脳噛ネウロ」より~“刹那”に生きてきた40年。悔いはなし。 http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/01511040001/?scid=we_blg_tw01… #r_blogマンガ「魔人探偵脳噛ネウロ」より~「忘れる」ことのこわさ。 http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/01511010000/?scid=we_blg_tw01… #r_blog ツイッタータイムラインではアクシデント時の再放送、ではありませんが、しばらく過去に書いてきたブログ記事の再報をしています。仕事再開初っぱなから今までよりもレベル高いものも要求されて、息切れ。錆びたネジを力任せに回しているような状態です。 そんでも…気張りますか。
2016年01月06日
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今日は。新年明けて、今日が本格的な仕事始めです。 去年後半からアレルギーの悪化があり、今年からは季節問わず外出時にゴーグル着けざるを得なくなりました。視力だけは下げないように頑張ります。 その初日の仕事…いきなり6時間かかる大仕事(いつもは4時間で収める)。 気、張らなければならないこともありますからね。
2016年01月05日
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今日は。職場にはまだ出ませんが、仕事の準備は始めなければならないので、某市民ホールの隅っこでせこせこと構想練っています。7月までの長丁場の戦いなりますので、気をつけて歩いていきたいところです。 今日はそんなわけで記事を用意していません。 下記記事の「再放送」をツイッターのタイムラインで行っていました。・『第20号 無性にバカな詩を書いてみたくなった センチな気持ちと ×0.1トンは重い→○切ない想い。 http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/00701160002/?scid=we_blg_tw01… #r_blog』・『No365 就学旅行シーズン?私の経験を披露します。(楽天300作記念) http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/00611240002/?scid=we_blg_tw01… #r_blog』・『No83 (2006年4月)16日から18日までの間に何があったか。』 http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/00604250002/?scid=we_blg_tw01… #r_blog・「第3号 歳祝(2007年開催の33歳時)に参加して」 http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/00701030000/?scid=we_blg_tw01… #r_blog・2008年記事『その3 年末年始の人間模様3題。 』http://plaza.rakuten.co.jp/benitoh/diary/00801060000/?scid=we_blg_tw01… #r_blog 1月4日と言えば…元ホークス内野手の久保寺雄二さんの命日。 年齢はとっくに超えましたね。 今でも、考えさせられます。 命の重み。
2016年01月04日
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今日は。昨日1日がっつり動いて、気がついたらメシ食ってねえ…のでメシとったあと年始周りです。タイムラインは…気が向いたら。お付き合いよろしくお願いします。(結局は年始周り数件。欠席となってしまった一人や、赤崎クメンバーなどに回ってきました。欠席メンバーは回復はしてきているのが何よりでした〈大事とり欠席〉。夜に自宅着)
2016年01月03日
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今晩は。1月2日分のツイートを記していきます。 今日は歳祝いが行われ、1、2、3、3.5、4次会終わって、いま全日程終了です。 うん年に一度、多くの人と会う機会でしたので有意義なものにしようと行動してきました。 「参加率が4割」とはいえ、参加人数は75人を数えました。中々その全体をカバーする、てのも大変でしたが、何とかかんとか交流持つことができました。いや、しかし、正幹事の皆さんの大変さを改めて実感しました。参加された皆様ありがとうございました。 実が詰まりすぎて、どんな文を作ってもうまく表現することができません。再会の喜び、ここまで歩んできた人生のねぎらい、一方で各々の人生の中で垣間見えた不条理も見せられました。「最終的にはかわせないもの」だとしても、それだけで「折られて」ほしくない、という気持ちも持ちました。 後日、正式な記事は紹介します。 朝早くから準備はじめてもう眠いので今日はここで失礼します。
2016年01月02日
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2016年も始まりました。皆様いかがお過ごしですか。岩手内陸部は晴れ間も出ている一方でこの通り雪もちらほら。寒い天気の出だしとなります。今年もお付き合いよろしくお願いいたします。 あたーらしーあさがきたー あたーらしーとしもきたー そーしーてつーとーむーもここにーいたー うえをみろー したをみろー ざまあーみろー 30代はアホ語っていたなあ。 40代では控えよう(やめると言わない)。 ◆日刊スポーツの政治面には評価するところもありますが、時おり「何書いているの?」と思わせる記事もある。今日の「共産 本気で党名変更検討」の記事なんかはそのひとつといえるでしょう。名前変えればなんでもプラスになると思えないのですが。新年から気分悪いわ。そうやって周りで騒ぎ立てて追い詰めるやり方はいかがなものですかね。私が不安視している「共産党を壊して“自民党”独裁体制樹立」だけはごめん被ります。 人の名前もそうですが、名前というのは周りから圧力かけて変えるものと違うでしょう。そのやり方はアイデンティティーを折り、屈服を迫るもの。関係する人の熟議で決まるならまだしも、外圧なら単なる侵略ですよ。党名変えろというのは、その実見てみれば党名に止まらない、綱領や組織形態の変更にもズガズガ上がり込まれることが容易に見当つきます。 もう一回。 いま共産党なくなったらどうなる? そういう記事が出るくらい注目集めている言うこともできますが、逆言えばその中身は(誤解恐れず言えば)玉石混合といえます。気をつけてみていきたいです。―歳祝いのため実家に移動― 実家に着きましたが、洒落になんねえ事態が。 電気止まってら。 非常事態なんで大船渡のネットカフェに移動します。 (この後は同窓会の資料作りのために夜3時まで行動しました)
2016年01月01日
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