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プロローグとエピローグとを加えると、 一冊が、何と21ものエピソードで構成されている。 最終ページのナンバリングが231だから、 一話当たり平均11ページ、とても短いお話しの集まり。 なので、ちょっとした時間を見つけては、 一話ずつ、どんどん読み進めていくことが出来る作りになっている。 逆に言うと、余分なことにページは費やせないので、 お話しとしての深まりには欠けるし、ストーリー性も極めて乏しい。即ち、本著に『もしドラ』と同じようなものを求めてはいけない、『もしドラ』は、そのストーリーとしてのグレードはどうであれ、ジャンルとしては、ビジネス書の一面を持ちながらも、一応小説扱いである。それに対し、本著はあくまでもメーカーというものを知るための入門書。気軽に読めて、サクッとメーカーについて知ることが出来る。本著は、そのために読む一冊である。
2010.11.28
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読んでいて、とても心地よかった。 伊坂さんは、やっぱり短編が得意なのかも。 初期作品の長編では、締めくくりで、やや落ち着かない感が残ってしまうが、 短編だと、お話しの設定や展開、フィニッシュも含めて結構イイ感じ。 そして、一話毎の時間設定は、結構幅が広かったりするのだが、 それらが、逆に上手くリンクしていくように構成されているので、 一冊にまとめたときには、きれいなひとまとまりに仕上がっている。 これは、『チルドレン』と同じ。本著に収められている各短編に登場する、ほとんど全ての主人公たちは、死神の千葉の調査を受けた後、彼によって死の実行を「可」と報告されてしまう。そして、結局は死んでいくことになるのだが、読んでいて、なぜかそんなに嫌な気分に陥らないで済む。不思議なことに。ただ、『死神の精度』に登場する藤木一恵だけは、千葉によって「見送り」の報告を受け、生き延びることに成功すると共に、本著の最後に納められた『死神対老女』では、名前だけだが再登場を果たす。そうそう、このお話では『恋愛で死神』に登場した古川朝美も、あっと驚く再登場をしている。そして、『旅路を死神』では、『重力ピエロ』の春と思われる青年が登場する。『旅路を死神』の結末を、真の意味で味わうことが出来るのは、『重力ピエロ』を読んだ者だけということになるのかも知れない。これは、伊坂ファンへの大きなプレゼントだ。
2010.11.28
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伊坂さんというのは、こういうジャンルを描く作家だったんだ。 私が伊坂さんに最初に出会った作品が『チルドレン』 そして、二作目が『砂漠』だったことから、少し勘違いをしていたよう。 その後、『グラスホッパー』 『重力ピエロ』と読み進め、本作が5つめ。 そして、やっと気付いた。 伊坂さんが得意とするのは、普通の人々のごく平凡な生活などではなく、 平均的な人たちからは、少しずれたところに立ち位置のある人たちの かなり特殊な日常、出来事を描くことであると。本作品は、これまで私が読んだものの中では最も早い、2002年7月に出版されている。しかしながら、作品の中に漂う伊坂ワールドは、もうすでに出来上がっており、初期作品という印象は全く感じられない。というか、私的には『グラスホッパー』や『重力ピエロ』より、イイと思う。5つの物語が交互に語られることから、最初は煩雑な印象を受ける。しかし、読み進めるにつれ、それらが関わり合いを持ち始め、最後には、関係のなかったはずの5つの物語が、見事に組み合わさって一枚のジグソーパズルが完成したときには、格別な爽快感を味わうことが出来る。「解説」によると、こういうのを「群像劇」というらしいが、数ある同系統の作品の中でも、結構イイ線を行っているのではないだろうか。それに加え、自らの他作品とのリンクも張り巡らされており、これも、伊坂さんのファンにはたまらないプレゼントになっている。
2010.11.28
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思ったより、随分アッサリと読み終えてしまった。 フォントは大きめサイズ、一ページ当たりの行数も少なめなので。 でも、こういう類の本については、 こういう読み方は、あまり好ましいものではないのだろう。 もっと、一文一文をじっくりと、噛み締めるように味わいながら読んでこそ、 そこに書かれている、本当に深い意味を汲み取ることが出来る。 サラサラの流し読みでは、有り難みも何もあったもんじゃない。 気分的にもう少し落ち着いたときに、再読してみよう。
2010.11.27
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『日本辺境論』は、大ベストセラーとなり、 これまでの内田先生の著作の中でも、極めつけの名著となった。 そして本著、タイトルを見て、気楽に読めるのではないかと思っていたら、 さにあらず、『日本辺境論』と変わらぬ重厚さで、私を早々にKO。 先日読んだ『テレビの大罪』も、メディアを扱ったもので、 そこに書かれている内容は、どれもこれも納得できるものばかりであったが、 やはり、内田先生のメディア論となると、モノが違う。 「さすが、内田先生!」と言わずにはおれなかった。 *** 人のために役立ちたいと願うときこそ、人間の能力は伸びる。 それが「自分のしたいこと」であるかどうか、自分の「適性」合うことかどうか、 そんなことはどうだっていいんです。 とにかく「これ、やってください」と懇願されて、 他にやってくれそうな人がいないという状況で、 「しかたないなあ、私がやるしかないのか」という立場に立ち至ったときに、 人間の能力は向上する。 ピンポイントで、他ならぬ私が、余人を以ては代え難いものとして、 召還されたという事実が人間を覚醒に導くのです。(p.30)今流行の職業間や就職観を、軽く一蹴してしまう、あまりに痛快で見事な一言。「天職は就職情報産業の作る適性検査で見つけるものでも、自己決定するものでもない。それは、他者に呼び寄せられることであり、本質的に受動的経験である。」世の風潮に惑わされ、「自分探し」に疲労困憊している者に、これ以上の救いの言葉はない。 いずれ「こんなこと」が起きるだろうと実は前から思っていたのだけれど、報道しなかった。 でも、「知っていたけれど、報道しなかった」と正直に言ってしまうと、 「なぜ報道しなかったのか」と責任を問われる。 新聞とテレビの「もたれ合い」の構造そのものが白日の下にさらされてしまう。 その様な事態に巻き込まれるのが厭だから、 「知りませんでした。聴いて、僕も驚きました。 まさか、『こんなこと』がほんとうにあるなんて……」という芝居をしてみせる。(p.58) この部分を読んで、巷に溢れる様々なニュース番組のキャスターたちの姿を想起した人は、決して少なくないはずだ。そして、このキャスターたちの芝居こそが、次のような負の遺産を、大量に社会にばら撒き続けているのだ。 このようなメディアが好んで採用する「演技的無垢」は、 それを模倣する人々の間に社会的な態度として広く流布されました。 そして、おのれの無垢や未熟を言い立てることで責任を回避しようとする態度。 それはいまや一種の社会的危機にまで肥大化しつつあります。(p.59) ***この後に続く主張・展開も、圧倒的な迫力で読む者に迫ってくる。そして、それらはどこか他の場所で、見たり聞いたりしたことがあるようなものではなく、まさに、内田先生自身を感じることができるものである。もちろん、中には内田先生自身が、繰り返し述べてきた内容は見受けられるが。私は、本は一度読んだら、同じものを手にすることはまずないが、本著は、何度も読み返したくなる一冊だった。
2010.11.27
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第15回ショパン・コンクール2次審査最終日。 ポーランドの人々が待ち望んでいたピアニストがいよいよ誕生。 ショパンと同じ、ポーランド人の血が体内に流れる レフ・シマノフスキの演奏に、会場内の誰もが彼の優勝を確信した。 しかし、そんな人々の長年の渇望を軽々と打ち砕く、圧倒的な演奏。 そして、その素晴らしい演奏を、読む者にストレートに伝える見事な画力。 途中、阿字野との幼き日々の回想を交えながら描かれたカイの演奏シーンは、 数ある音楽マンガの名シーンの中でも、記念碑となるであろう最高傑作。そして、舞台裏。審査会場の中を渦巻く、審査員各々の複雑な思惑。本当の審査会場でも、こういうことが多々あるんだろうなと変に納得してしまう。目に見えないものを、測定できないものを、数値化することの難しさ、矛盾……息詰まる空気の中、ついに12名のファイナリストが発表される。雨宮修平落選。作者は、どこまでこの親子に厳しい仕打ちを与え続けるのか。もちろん、それを乗り越える存在として描かねば、カイの真のライバルとはなり得ない。
2010.11.27
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鋼練もいよいよ最終刊。 お話しの流れとしては、アニメ版とほぼ同じで、 多少プラス・アルファがあったかなという感じ(だと思う)。 だから、読んでいて違和感は全くなかった。 今巻で一番印象に残ったのは、最後の最後、 ホーエンハイムとトリシャのシーン。 これは、アニメにはなかったものだけど、 「鋼練も、終わるんだな」という気分にさせてくれるものだった。
2010.11.27
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昨夜ビストロ・スマップを見ていて印象に残ったシーンが、 ゲストの向井さんが赤ワインベースでつくったカクテルを、 木村さんや稲垣さんなどが、とても美味しそうに飲んでいるのに、 クサナギさんが「僕は、今アルコールを……」と遠慮したところ。 あの事件を受けて、未だに自粛しているのかと、 ある意味感心させられたのだが、本著を読み、その真相を知ることになった。 8月発行の本著が、何の横やりも受けず書店に並び続けているのは、 著者の見立てが、事実に極めて近いからだと思われる。 ***テレビに映し出されている世界は、もちろん虚像である。それが言い過ぎなら、映っているのはあくまでも事実の一部である。フレームの外にあるものは、何も映し出さない。それは、意図的であろうとなかろうと。そして、時間の操作もやりたい放題である。実際に起こったことと、再現されるシーンの順序は、決して一致しない。さらに、そのすべてのシーンは、編集者の思惑一つで、いくらでも抽出、廃除が可能である。もっと突き進むと、そこで展開されているシーンは、全てがお約束のオンパレード、台本通りかもしれない。つまり、テレビで映し出されるものは、ドラマ、バラエティーに限らずニュースでもテレビの中の世界を映し出しているに過ぎず、世の中の全てを映し出しているわけではない。にもかかわらず、テレビの力は絶大である。日本という国は、その影響が特に強いようである。テレビによって、人の思いや考え、行動が、想像を絶する大きさと強さで形成される。本著は、そんな絶大な力を持つテレビの作り手に対し、警鐘を鳴らす。「ウエスト58cm幻想」「被害者は神様」「ミクロの発想で世の中を語るな」「不良礼賛をやめろ」「「街の声」は東京の声」「自殺報道が自殺をつくる」「在宅介護はできない相談」「白と黒しかないという考え方」著者の主張は、どれもこれも納得できるものばかりである。
2010.11.23
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『イン・ザ・プール』、『空中ブランコ 』とは、 明らかにパターンが変わり、お話しとしての練度・質が急上昇。 本著は4つの短編から成っているが、タイトルの「町長選挙」以外は、 その主役となるキャラのモデルとなっている人物が、かなり明確。 特に、ナベマンやアンポンマンなど、当事者からクレームがなかったのかと こちらが心配になるほど、明らかにある人物をモデルにしている。 だから、読む側は、その実在の人物を思い浮かべながら、お話を読み進め、 よりリアルに、お話しの中に入り込んでいくことができる仕掛け。お馴染みの伊良部やマユミのキャラも、より一層輪郭が露わとなった。特に、マユミの私生活については、これまでほとんど触れられていなかったが、友人関係も含め、本著から新事実を知ることができて、嬉しい限り。さらに、ストーリーそのものの質の向上が、否が応でも次回作を期待させる。ただし、本著のタイトルになっている「町長選挙」については、伊良部のキャラが、設定から逸脱しすぎていると感じざるをえないし、ストーリー展開やその結末にも、若干の物足りなさを感じてしまった。やはり、すべての打席でクリーンヒットを放つのは、至難の業ということだろうか。
2010.11.23
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さすが直木賞受賞作品。 『イン・ザ・プール』に比べると、確実にグレードが上がった感じがする。 伊良部やマユミにも、親近感を覚えるようになってきた。 これは、単に読む側がその展開に馴染み、先を読める心地よさに浸っているだけ? 本著は5つの短編から構成されているが、 個人的にはタイトルになっている「空中ブランコ」よりも、他の4編が気に入った。 「ハリネズミ」で描かれた任侠の世界や「義父のヅラ」の大学医学部界、 「ホットコーナー」のプロ野球界、「女流作家」の作家の世界、どれもがイイ。それぞれの世界で行き詰まり、精神的に病むことになったキャラクターたちが、ある意味謎の精神科医・伊良部によって、そこから解放されていく。その様は、読んでいる者の心まで癒してくれる。薄暗い地下のドアをノックし、「いらっしゃーい」という素っ頓狂な声を聞かないではいられない。
2010.11.23
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『チルドレン』(2004年5月)、『砂漠』(2005年12月)、 『グラスホッパー』(2004年7月)と読み進め、本著が私の伊坂作品読書4作目。 2003年4月と、これまで読んだものに比べると早い時期に書かれたものだが、 この作品が直木賞候補となり、伊坂さんの名前は広く知られることになった。 しかし、読後感はあまりよくなかった。 結末は、読み始めの早い段階で予想できるものであったし、 最終的な話のオチも、個人的にはあまり好きではない。 尖閣沖の中国漁船衝突映像をネット上に流出させた海保職員への私感に近い。
2010.11.23
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最近、私は本当に読みたいと思う本に、実はあまり出会えていなかった。 そんな時、ドラゴン桜公式読本『16歳の教科書』番外編を目にした。 16歳に向けて書かれたのではなく、子どもを持つ親に向けて書かれた一冊。 そのテーマ設定の良さに心をひかれた。 ・英語はいつから学び始めるべきか? ・中高一貫校は幸せへのプラチナチケットか? ・「お金」と「仕事」をどう教えるか? ・挫折や失敗をした子どもにどう接するか?どれも興味深いテーマだが、私が特に興味を持ったのは、最初の「英語はいつから学び始めるべきか?」。このテーマについて大西さん(言語学者)、成毛さん(元マイクロソフト代表取締役社長)、デーブ・スペクターさん(タレント)、鳥飼さん(立教大学教授)の4名が語っている。そして、デーブさんが「子どもをカタカナ英語に染めないで」と語っている以外は、「まずは日本語の土台を固めよう」「9割の日本人には英語は要らない」「英語の早期教育論は幻想に過ぎない」と、現在の世の流れに逆らうものばかり。しかし、それらの意見は当を得たものばかりであると感じた。私たちが何かを感じるとき、そして思うとき、考えるとき、その感覚や思考を言語化することで、自分自身の感覚・思考へと変換していく。すなわち自身の持つボキャブラリーの豊富さが、感覚・思考の豊富さへと繋がっていく。逆に、ボキャ貧は感覚・思考の貧困さに直結する。どのような言語環境で育ったかは、その人間の成長にとって重要な意味を持つ。英語が話せるかどうか以上の、重要な問題がそこには横たわっている。十分な日本語の使い手にならなければ、十分な日本的感覚・思考は生まれないだろう。それでもなお英語を求めるならば、この国の有り様の変化を受け入れる覚悟が必要である。
2010.11.23
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薬剤師を目指し、現在某大学の薬学部薬学科で学んでいるという 北乃ブンコさんという方が、その日常を描いたマンガ。 基本的には、1ページに4コマを割りあてて描かれているが、 時として数ページに及ぶお話しもある。 どこかのサイトのレビューでも見かけたが、絵はハッキリ言って稚拙である。 とても売り物にするようなレベルではない。 表紙からして、購買意欲を駆り立てるものでは決してない。 なのに、何故私がこの本を購入することになったのか。それは、薬剤師とか薬学とかに関連した書物で、世間一般の部外者が読めるものが、本当に出回っていないから。医師が主役を勤める小説やドラマは多々あるのに、薬剤師がメインのものって多分皆無。それほど、薬剤師とか薬学の世界っていうのは、世間の人たちから遠いところにある。ということで、それを知ろうと本著を購入したわけだが、結果は、とても残念なものであった。お話しにはメリハリがなく、共感を呼ぶ箇所がほとんどない。また、専門的豆知識満載というほどに、薬学や薬剤師の紹介がなされているわけでもない。ただし、これは門外漢の私が本著を読んだ印象なので、一度、身近にいる薬剤師さんに本著を読んでもらうことにした。さらに、薬剤師を目指して勉強中の高校生にも読んでもらおう。ひょっとすると、全然違う感想が語られるかも知れないので。
2010.11.23
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先日、久しぶりに書店をうろついた際、偶然見かけたのが本著。 シーズン終了後に発行されたのかと思ったら、第一刷発行は7月30日。 何と、ペナントレース真っ盛りの時期に発行されていた。 オリックスの交流戦優勝を記念して、発行されたということか。 それにしても、シーズン中に著書発行とは。 もちろん、岡田監督自らが、原稿用紙を前にペンを走らせたり、 パソコンに向かって文章を打ち込んだりしたわけでは、決してないだろう。 それでも、こうやって一冊のきちんとまとまった新書が出来上がるのである。さて、本著タイトルのネーミング由来は、次の一文からであろう。 ただ、ひとつだけ言えることがある。 事態が悪いときほど走り出しても駄目だということだ。 悪いときほど、自然の流れに身を委ね、 その事実をしっかりと受け止めてから動き出したほうが良い。 選手時代、監督時代を通して、悪い流れの時ほど動こうとするし、 また実際に動かなければいけないこともあった。 でも振り返ってみれば、その状況を打開するための最善の策というのは、 「動かずにひとつ勝つこと」なのだ。 その一つの勝ちが、すべての流れを大きく変える唯一無二の処方箋だった。(P.49)これとは逆のこと、つまり「悪いときには、とにかく即動け!ジタバタせよ!!」と言う人も結構いるのだが、私は、どちらかというと岡田さんの考え方を支持したい。見通しもなく動き始めると、まず、ろくなことにはならない。もちろん、見通しが立ち、状況が整えば、動き始めなければならない。 負けた試合直後のミーティングを私が嫌うのも、理由は一緒。 ピンチで打たれた投手は責任を感じているし、 チャンスで打てなかった野手も責任を感じている。 担当コーチだって、何が悪かったのかその理由はわかっている。 負けたときに自分がわかっている反省点を改めて指摘されると、誰しも腹が立つ。 だから私は、負けた試合の直後は、何も語らずに監督室に入ることにしている。 次の試合までに確認しておかなければいけないことがあったとしても、 それは次の試合の朝に話をする。 ほとぼりが冷めて、皆が話を聞ける精神状態になってから説明したほうが、 言葉が素直に耳に入り、記憶に残っていくものなのだ。(p.95)この姿勢にも、私は強く賛同する。相手の状況を把握し、適切なタイミング・言葉・方法で伝えることが、とても重要。これらのさじ加減が上手くいっていないと、それがどんなに正しい内容であっても、相手の心には決して届かない。
2010.11.23
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あの百田さんが、小説を書いたというだけでも驚きなのに、 デビュー作である本著が、これほどの完成度のものとは…… 各サイトのユーザー・レビューの、いずれもで高評価を得ていることから、 今回の読書に至ったが、その高評価はまさに正真正銘の本物であった。 本著は太平洋戦争や零戦について、史実に基づき結構詳細に描いている。 そして、太平洋戦争を描いた作品は、負け戦ゆえ、読んでいて気が滅入り、 なかなか、読み進めることが出来ないものが多いのだが、 本著では、逆にページを捲る手を止めることが出来なかった。その理由の一つは、表現の平易さ、明確さである。とにかく、読んでいて引っかかるところがほとんどなく、スラスラと読み進められる。そして、もう一つ、それをも凌ぐ最大の理由は、何と言っても、ストーリー構成の巧さである。主人公・宮部久蔵について語る、元兵士たちのキャラクターは実に様々である。そして、その元兵士たちの宮部に対する感情や印象も、人によって、大きな隔たりがある。それゆえ、読む者は、宮部久蔵の人物像を、すぐには定めきれない。それが、宮部の孫・健太郎による元兵士たちとの数々の面談の中で、次第次第に明らかになっていくのである。この展開によって、読者はまるでミステリー小説を読むような、ドキドキ・ワクワク感を得ることになる。そして、最後の大どんでん返し。なぜ、彼が自ら零戦に乗り、命を落としたのか、その真実を知るとき、そして、その後日談を知るとき、誰もが驚き、目を潤ませることになる。こんなものを書いてしまったら、後々の作品を執筆するのは大変だ。これを超えるものなんて、そう簡単に書けるものではない。しかし、百田さんは、その後も書き続け、それらも高評価を得ているようだ。百田尚樹、恐るべしである。
2010.11.14
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中国と尖閣を巡り大きな問題が発生したと思ったら、 今度は、ロシアの大統領が初めて北方領土にやって来た。 こんな時期に、偶々だが、私は本著を手にすることになった。 そこには、千島列島の最北端、占守島での日ソ攻防戦が描かれていた。 戦争は終わったはずなのに、敵が攻めてきた。 最初は、その敵がどこの国なのかも、ハッキリとは分からない。 一旦緩めた緊張の糸を、もう一度引き締め直さねばならない悲劇。 そして、新たな敵・ソ連との死闘が始まり、多くの命が失われた。本著を読んで、太平洋戦争における米軍との戦いが、南方でばかりでなく、北方でも展開されていたことに改めて気付かされた。そう、アラスカはアメリカ領なのだから、当然、そちらからの攻撃もありうるわけだ。そんなことに、私は長い間気付かずにいた。そして、そこは米ソが国境を接する場所。その重要性にも改めて気付かされ、千島や樺太等の重要性も再認識。そう、北方領土の問題は、日ロの関係だけではなく、アメリカとロシアとの関係、両国の事情も大きく関わってくるのだ。 ***もう一つ、本著から学んだのは、戦記というものの信憑性。語る人、記述する人が異なれば、証言される内容にも食い違いが出てくるということ。占守島における、わずか3日間の攻防ですら、ハッキリしないところが多々ある。それは、記憶違いや立場による意図的な虚偽発言等、様々な理由があると思われる。そう、様々な記録「歴史」も、その全てが真実とは限らない。それを語る者、書く者、編集する者、残す者の都合で「歴史」はつくられていく。「歴史」は、本当にそこで起こった現実の景色だとは限らないのである。「歴史」を見るときには、注意が必要である。
2010.11.14
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初めて奥田さんの作品を読んだ。 とても面白く、表題作を含む5つの短編を、 あっと言う間に、一気に読み切ってしまった。 伊良部シリーズは、あと2冊あるので、全て読むつもり。 あっと言う間に読み切れるほど、ライト・テイストな作品群。 だから、取っつきはいいし、誰でも安心して読み進められる。 ただ、あまりにも軽過ぎて、深みという点では物足りなさも。 伊良部というキャラも面白いが、人間的な深みは描き切れていない。まぁ、次に控えているのが直木賞受賞作『空中ブランコ』だから、その辺りは、きっとクリアしていているのだろうと期待している。本当の伊良部を知りたい。そして、マユミについても、さらに知りたい。 ***本著の中で、私が特に秀逸だと思ったのは「フレンズ」。ケータイ依存症で、仲間と常に繋がり続けていないと不安を感じてしまう雄太。彼のことを笑うのは簡単だが、彼の姿を感じさせる若者の数はかなり多いのではないか。というか、若者に限らず、ケータイを所有している者は、ほとんどその予備軍。24時間対応で、常に他人と繋がり続けることを要求される現代社会。昔「日本を休もう」というキャッチコピーが流行ったが、たまには、全員でケータイの電源を切ることも必要なのではなかろうか。商店街の全ての市場や店がシャッターを下ろしていた、かつてのお正月の風情が懐かしい。
2010.11.14
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現代の若い女性がなりたい・してみたい職業の第9位がキャバクラ嬢。 その割合は、全体の2割にも及びます。 これは、2007年、全国の15~22歳の女性2000名弱へのアンケート結果。 ちなみに、1位は歌手・ミュージシャン、2位が音楽関係、3位は雑貨屋。 翌年、1000名余の同年代の女性にアンケートを実施すると、 キャバクラ嬢は第12位となったものの、それでも全体の2割を超える者が、 キャバクラ嬢になりたい・してみたいと答えたのです。 1位は女優・モデル、2位は歌手・ミュージシャン、3位は芸能人、タレント、お笑い芸人。これらの結果を見て、皆さんはどう思われましたか?特に、1位から3位にランクインしている職業を見て、どう思われましたか?また、アンケートの対象年齢について、どのように感じましたか?本当に、これは世間一般の若い女性の意識を反映した結果だと思いますか?実は、著者自身が述べているように、これはケータイを使って調査した結果です。著者は、その点について、調査に偏りがある可能性を認めつつ、パソコンを使った調査よりも実態に近いとしていますが、果たしてそうなのでしょうか?アンケート結果を見るときに、私たちが気を付けねばならないことの全てがここにあります。さらに、著者はキャバクラ嬢32人と、その予備軍18人に対してインタビューを決行します。予備軍とは、短大生、高校生、専門学校生、フリーターで、キャバクラ嬢になりたい者。調査地点は、銀座、六本木、赤羽、吉祥寺、横浜、千葉、春日部、宇都宮の8箇所です。そして、その回答をもとに、本著は構成されています。即ち、本著で紹介されているのは、あくまでも首都圏における傾向であり、全国的な傾向とは、とてもじゃないが言い切れないものです。また、インタビューに応じた女性たちについても、それぞれに事情が違い、語っている内容には共通項もありますが、その差異も大きいと感じました。つまり、これはインタビューした50人についてのまとめであり、アンケートに回答した15~22歳の女性についての集計結果です。皆さんの周りを歩いている、世の若い女性たち全てがこのような考えを持ち、このような行動をしているわけでは決してありません。もちろん、本著に出てくる女性たちと同じような考えを持ち、同じような行動をしている者も確かに存在し、そこには共通項も見出せるでしょう。そして、それはあなたの周囲、結構身近なところにいる可能性もあります。そういう意味で言うと、本著は、確かに現代社会の一面については表現しています。
2010.11.14
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タイトルから指南書的な一冊と思い購入したが、 読み始めると、全く違う方向を目指したものだった。 どちらかと言うとエッセイ、自叙伝的内容、 集英社で長く活躍した、著者自身の交友録である。 そこに展開される世界は、私などが生きる世界とはまるで違う。 独特な世界に生きる、独特な人たちの言動の数々。 ここに書かれていることを、そのまま自分の世界に持ちみ実行したなら、 きっと、とんでもないことになってしまうだろう。例えば、レストランでの傘にまつわる悪戯事件など、堂々と暴露して、誰でもが無罪放免・それも良しなどと言ってもらえるものではない。これは、相手が今東光だからこそ、レストランがひたすら我慢したに過ぎない。そう、こんなことが日常茶飯事、どこでも起こっていたら、世の中回っていかない。その他にも、庶民感覚では「これはどうなの?」と思われる場面が多々出てくる。そういう世界で生き、そういう世界で染まってしまうと、きっとそういう人間になっていってしまうのだろう。私は、そんな風になれるわけもないし、また、そんな風になりたいとも全く思わない。 ***もちろん、この本の中にも、誰でもが素直に受け入れ、参考に出来る箇所は多々ある。特に「じかあたり」の重要性を再認識出来るのは、本著最大のポイントあろう。また、著者がここ一番で用いる「紙爆弾」という手法も、上手く取り入れれば、誰にとってもかなりの武器になってくれるはずだ。
2010.11.14
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このお話しの中に善人、と言うかごく普通の一般人というものは登場しない。 鈴木が、唯一、最も一般人に近い存在として描かれており、 読者としては、彼に同情心を感じ、肩入れしながらページを捲ることになるが、 彼とて、決して善人とは言えない。 教師という仕事をなげうって、妻を殺された恨みを晴らすため、 怪しげな所と知りながら、フロイラインという会社に勤務し始めた鈴木。 そして、そこでの仕事が人を欺き、人を貶めることになると気付きながら、 一ヶ月間、その部分に目を瞑り、復讐を果たすための好機を窺い続けた。ところが、鈴木の魂胆は、既にフロイラインに気付かれていたらしい。その疑心を払拭するためには、二人の男女を殺さなければならない。抜き差しならぬ状況に追い込まれたとき、復習の標的が鈴木の目前で交通事故死。しかし、それは単なる事故ではなく、押し屋による殺人だフロイラインは言う。フロイラインに命じられ、押し屋を追う鈴木。そして彼は、押し屋だと思われる男の家に辿り着く。彼の名は槿(あさがお)。しかし、彼は槿(あさがお)を押し屋だと断定することに対し、必要以上に慎重。さらに、彼に妻や子どもがいることを知り、フロイラインに所在地すら報告しない。この一連の事件の中での、鈴木の心の動きや行動を詳細に描き出すことで、著者は、鈴木がまともな感覚の持ち主だと、読者に印象付けることに成功している。それでも、やはり、フロイラインに務め始めた時点で、鈴木は既に普通の一般人ではなく、鯨や蝉と同じ側の世界に居る人間だったはず。 「兆候はあるんですよ。幻覚のしるしは。 例えば、街で立っている時に、目の前の信号の点滅がちっとも止まらなかったり、 歩いても歩いても階段が終わらなかったり、 駅にいる時も、通過する列車がいつまで経っても通り過ぎない、とか、 この列車ずいぶん長いなあ、なんて思ったら、まずい兆候ですよ。 そういうのは全部、幻覚の証拠です。 信号や列車は、幻覚のきっかけになりやすいんです。 信号はたいがい見始めの契機で、列車は目覚めの合図だったりします」(p.165)最後の最後、回送列車が通過した後の鈴木は、一体どうなっていくのだろうか。
2010.11.06
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京阪神間には多数の鉄道が走っているが、 その中で、私が最も身近に感じるのが、 かつて、私が住んでいた街を走り抜けている京阪電車と、 学生時代、毎日通学に利用していた阪急電車。 そして、阪急電車と言えば、他の私鉄に比べ、ワンランク上のお洒落さが魅力。 それは、あの車両の落ち着いた色合い、その走りの端正さ、 さらには、それを利用する乗客の雰囲気も含め、本当に際立っている。 そんなお洒落な阪急電車の名を、ストレートにタイトルにしたのが本作。私が利用していたのは阪急神戸線だが、本作の舞台は今津線。私も、本作に登場する甲東園にある大学を受験したときや、逆瀬川に住む大学教授のお宅へ伺ったときを含め、何度か利用したことがあるが、同じ阪急電車でも、私にはやや馴染みが薄い路線である。それでも、本著を読むと、そこに漂う空気というものを、実感として、強く受け取ることが出来た。逆に言うと、ブランド物のバッグを投げて席取りをする女性というのは、阪急電車においては、あまりピンとこない(他の某私鉄なら十分想像できるが……)。もちろん、私が阪急電車を利用していたのは、もう随分昔の話で、通勤特急や快速急行などというものは存在せず、夙川や岡本に、特急は止まらなかった頃のこと。だから、今では、多少なりとも雰囲気が変わっているのかもしれない。 ***本作は、複数のキャラクターを主人公とする、個々のエピソードにより構成されている。それだけなら、単なる短編集で終わってしまうのだが、著者は、そのキャラクターたちを、阪急今津線の車両に偶然乗り合わさせることで、少しずつ着実に繋げていき、そこからさらに話を発展させていくのである。この、キャラクターたちが次々に繋がっていく過程や、そのキャラクターたちの繋がり具合の塩梅が、現実場面の電車の車中における、人と人との関係性を実に見事に描き出していて、「上手いなぁ」と、思わず感心させられてしまう。 ***私は巻末の児玉清さんの「解説」を読むまで、有川さんを男性だと思っていた。「有川浩」なんて名前、どう転んでも、普通「ありかわ ひろし」と読むでしょ?でも、著者は「ありかわ ひろ」という女性だったんですね。でも、そのことを知った途端、「なるほど!」と合点がいきました。それは、この作品全体が、実にライト感覚でありながら、女性の描写については、あまりにも核心を突いていたものなので、「こんなものが書ける男って、一体何者?」と感じていたから。でも、女性なら「なるほど!」です。
2010.11.06
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昔話は、予想したよりあっさりと終わったが、後日談への伏線はバッチリ。 ポイントは、ゴア王国に天竜人の船が着港した日の夜、 “東の海”とある海域の小さな港村に、ドラゴンが戻ってきた際、 「おい、手当を急げ!!」と言われたのは、誰なのかということ。 そして、話は元の時代へと戻ってくる。 久しぶりに麦わら海賊団のメンバーたちが登場。 アニメ版に登場した、見覚えのあるキャラクターや、 予想外のキャラが、予想外のメンバーと共に現れて、とても楽しめた。さらに、ルフィーの父・ドラゴンの登場シーンが俄然増加し、新たな事実が、続々と明らかになっていく。なんと、あの七武会のバーソロミュー・くまも、ドラゴンとは、かなり縁の深い存在だったらしい。だからこそ、ルフィーたちが絶体絶命の追い詰められた状況の中で、それぞれに相応しい、別々の場所へと意図的に送り込んだのか……そして、そのそれぞれの場所で、ルフィーの16点鐘を聞き届けた仲間たちが、いよいよ、それぞれに動き始める!!
2010.11.03
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