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ストレートなタイトルである。 しかし、本著の中身はよりストレートだった。 私は、本著のタイトル「なぜいま死んではいけないのか?」から、 「自ら命を絶つことの否定」というメッセージを感じ取ってしまっていた。 しかし、本著が扱おうとしているのは、そんなレベルのことではなかった。 それは、「いま死んではいけないのか?」という段階の問いを遙かに飛び越えた、 「なぜ生きなければならないのか?」という、生きること自体への問いかけ。 それはまさに、私がこれまで生きてきた中で、答えを求め続けてきた問いだ。しかし、残念ながら、本著にその答えが明示されているわけではない。 私は「無用塾」という哲学塾を主宰しているが、 そこにはこういう問いだけを見つめて生きている青年たちがいる。 どうせ死んでしまう。 だから、何をしても虚しい。 とすると、なぜいま死んではならないのか。 彼らは私にこう問いつめる。 私は答えられない。 どうせ死んでしまうのだからこそ豊かに生きよなどという気休めは、 すさまじく真剣な問いの前では砕け散ってしまう。 私もそう信じてはいないのだから、そう答えるわけにはいかない。 この問いは「ほんとうの問い」なのである。 だから、真顔でこう問われた者は言葉を失うのだ。(p.126)「どうして死ななくてはならないのか?」何度考えても割り切れず、理不尽なこととしか思えないが、それが現実である(多分)。そもそも、生まれてきたことそのものが、当人にとっては、言いようがないほどに理不尽なことなのかも知れない。自分が望んだわけでもないのに、突如この世に誕生させられてしまった。そしてその瞬間には、親や環境や自分の肉体や容姿や様々な能力等々のかなりの部分が、既に決定済みの事項であり、自分の意志や行動で変えることができない。そして、その限られた条件の中で生き、やがて死んでしまうのである。 「こんなに誠意を尽くしたのに裏切られた」 「こんなに一生懸命に努力したのに評価されなかった」という泣き言は 子どもの泣き言である。 人生においては、いくら誠意を尽くしても裏切られることがあり、 いくら一生懸命に努力しても評価されないことがある。 しかも、当人に落ち度はない。 すべてが当人の努力を超えたところで決定されているのだ。 このことを知って、われわれは肩を落として沈黙する。 こうした崇高なほどの理不尽を前にして、 小学生以来学校で学んだ知識や学問が何の役にも立たないことを知る。 だが、このことを骨の髄まで知ることは、正真正銘の生きる力になるのだ。(p.93)ここで言う「正真正銘の生きる力」とは何なのか?その後の文章を読んでも、その答えは明示されていない。この世のすべては、そして、生きるということは、理不尽なものであると知ること。それを知ったうえで、なお生き続けようとする力、それが生きる力なのか。 ***「ひとりで飯を食う楽しみ」(p.140~)の偏食に関する論述は、たいへん面白かった。一方、「半隠遁の生活」を過ごすことのできる著者は、特殊な環境、条件下(何と言っても経済面の環境)にあるとしか思えない。だれもが目指すことが出来る生き方ではないだろう。
2010.02.21
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『L’Arc~en~Ciel 虹色の青春』が発行されてから、 約半年後に本著は発行されている。 それ故、描かれている内容自体に、さほど大きな変化はない。 1997年の事件、そして復活、さらに翌年の3曲同時リリースまでの出来事。 それでも、『虹色の青春』では、hyde、Tetsu、kenの3人の生い立ちを、 一人ずつ別々に、幼少時からラルク結成前夜まで辿りきる構成だったものを、 本著では、各発達段階における3人の成長を、並行して追う形をとっている。 エピソードは前著と重複する部分が多いものの、新たな逸話も見受けられる。ラルク結成後のエピソードについては、本著の方が充実しているかも知れない。特に、メジャーデビューを成し遂げ、人気が上昇し始めた時期に、再度、自分たちの思いを前面に押し出しながら活動を続けたいと、スタッフと交渉をもったことは、前著では描かれていなかった逸話である。2冊の本を読んで、ちょっとはラルクのことが分かったかも知れない。でも、2冊とも10年以上前の著作である。それ以後、現在に至るまでのラルクについては、まだ全然知らない。それ以上に、彼らの演奏自体を一度ちゃんと聞いてみないとね。
2010.02.14
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『TVピープル 』を読んでから、『ねじまき鳥クロニクル』には、 「ねじまき鳥と火曜日の女たち」という原型となる短編があることを知り、 それが収められている本著を購入することにした。 全部で6つの短編が掲載され、「ねじまき鳥…」はその最後を締めくくる。 しかし、「ねじまき鳥…」に辿り着くまでの 「ゾウの消滅」「ファミリー・アフェア」「双子と沈んだ太陽」の段階で、 「渡辺昇」という同一の名を持つ、別々のキャラクターが登場。 これは、『ねじまき鳥クロニクル』の「綿谷ノボル」を連想させる。また、「双子と沈んだ太陽」では「笠原メイ」というキャラクターが登場し、これは『ねじまき鳥クロニクル』に登場するキャラクターと同じ名前である。さらに、双子については『1973年のピンボール』に登場するキャラと「トレーナー・シャツの胸にある208と209のプリント」からして酷似している。もちろん、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」に至っては、まさに『ねじまき鳥クロニクル』の序章部分とほぼ同じお話しとなっている。「笠原メイ」にはまだ名前がなく、三人称の「娘」という呼び名に、失踪した猫は「ワタヤ・ノボル」ではなく「ワタナベ・ノボル」になってはいるが。 ***『ノルウェイの森』、『ダンス・ダンス・ダンス』がベストセラーとなった後の1988年頃、村上さんは精神的に落ち込んで、翻訳を除き自前の文章が書けなくなってしまった。そんな約1年の停滞期を経て執筆したのが「TVピープル」である。この作品は『ザ・ニューヨーカー』誌に初めて掲載された作品であり、その後「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「象の消滅」「眠り」と次々に掲載されることになる。まさに、これらの短編が新たなる村上ワールドの根源となり、それらを基礎として、その後の優れた長編が描かれていったのである。 *** 「よい面だけを見て、良いことだけを考えるようにするんだ。 そうすれば何も怖くない。 悪いことが起きたら、その時点で考えるようにすればいいんだ」 と僕は渡辺昇に言ったの同じ台詞をくりかえした。(p.118)これは、「ファミリー・アフェア」で、主人公が妹に言った言葉。渡辺昇は妹の婚約者で、主人公は彼に対しあまり良いイメージを持っていない。ただ、主人公はこの妹と二人で同居しているのだが、どうも普通の兄妹とは、何かが違ってるような気がする。そして、このお話しを含め、本著にある短編は、多くのものの結末が「?」で、読者は途方に暮れることになる。(単に私の理解力が低いだけか?)まさに村上ワールドの原点を見る感じだ。
2010.02.13
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古本屋さんで村上さんのコーナーを見ていて偶然手にした一冊。 目次を見ると「加納クレタ」というタイトルを発見。 これは、『ねじまき鳥クロニクル』に登場するキャラクターの名前。 購入して読んでみると、まさにそれは「加納クレタ」だった。 ただし、『ねじまき鳥クロニクル』に登場した「加納クレタ」と 本著の「加納クレタ」は、全く同じ人物というわけではない。 『ねじまき鳥……』が『新潮』で連載され始めたのは1992年10月号から。 一方、本著の元となった単行本は1990年1月に発行されている。 つまり、『ねじまき鳥……』に登場する「加納クレタ」は、本著掲載の短編「加納クレタ」を、新たな作品の中に取り込み再生したものである。それでも、本著の中の「加納クレタ」を知ることによって、『ねじまき鳥……』に登場する「加納クレタ」を、より理解できるような気がする。さらに、私はタイトルを見ただけでは全く気付かなかったのだが、「TVピープル」という短編を読んで、初めて気付いた事実がある。それでは、「TVピープル」という存在が、『1Q84』に登場する「リトル・ピープル」と酷似した存在だということ。こんなところにも、1980年代後半の村上ワールドが再生されているとは。『眠り』なんかも、本当に村上ワールドの空気で充ち満ちた作品。この短編集、村上さんの作品が好きな人にとっては、間違いなく、超お買い得の一冊。では、最後に『眠り』の中で、最も印象に残ったところを。 私はソファーに座って、『アンナ・カレーニナ』のつづきを読み始めた。 読み直してあらためてわかったことだが、 私は『アンナ・カレーニナ』の内容を ほとんどまったくと言っていいくらい記憶していなかった。 登場人物も、場面も、おおかた覚えていなかった。 全然別の本を読んでいるような気さえした。 不思議なものだ、と私は思った。 読んだ時は結構感動したはずなのに、結局のところ何も頭に残っていないのだ。 そこにあったはずの感情の震えや高まりの記憶は、 いつのまにか全部綺麗にするすると抜け落ちて消えてしまっていたのだ。 それではあの時代に、 私が本を読むことで消費した膨大な時間はいったい何だったのだろう?(p.175)
2010.02.13
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1ページ当たりの情報量は、そんなに多くない。 しかも、分かりやすくステップを踏んで説明してくれているので、 途中で考え込むことはほとんどなく、結構スラスラと読めてしまう。 新書を読むレベルの労力で、一冊読み切ることができると思う。 私の場合、『「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?』を 既に読んでいたことで、細野さんの説明パターンには慣れており、 双方で示される事例には、いくつか重複部分も見られることもあって、 より理解のしやすい状況が出来上がってたのかも知れない。 それでも私は、本著のなかで一箇所だけ全く前に進めない状況に陥った。それは、次の部分である。 問題1 5人をA、B、Cという三つのグループに分けるときのグループ分けの総数を求めよ。 ただし、どのグループも少なくとも1人は入るものとする。 (この問題は、まずは問題文の意味だけ理解してください!) この問題1については「教科書に載っている基本問題」で解き方が決まっているため、 多くの受験生が「公式」などの知識を使うことで、150通りという答えを出すことができます。 (p.176)えっ……これって誰もがアッサリ150通りって答えられるレベルの問題なの?本著のタイトルには『数学嫌いでも』とわざわざ謳っているくらいだから、そのレベルの人たちでも、分かるような内容になっているはず……なのに私は……ちょっと考えてみたけだけでは、150通りという答えに辿り着けない……「まずは、問題文の意味だけ理解してください!」と言われても、次のページを見る限り、この問題1が解けないことには、次の問題2の説明や、問題1と問題2が同じことを問うているという著者の結論自体が真に理解に出来ない状況になってしまうような気が……と言うところで思考停止状態、その日はそのページに栞を挟んで読書終了。次の日、本著のページを開ける前に、紙と鉛筆を用意して問題を解いてみる。しばらく経って、何とか150通りという答えに辿り着いた。「確率」は、自分の中ではまだ得意な分野だったはずだったのに……参ったなぁ……。ただし、それ以外の部分は先に述べたように、全くブレーキがかかるところはなかった。しかも、最後には「Point一覧表」まで付いているので、復習もしやすい。なかでも、「思考の歩幅」や「思考の持久力」「思考の骨太さ」、さらに、思い込みをしないため「バイアス」に気を付ける等の説明は、特に興味深かった。
2010.02.13
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経営者育成スクール代表・柴田のもとに集う三人の受講生。 一流大卒、外資系コンサルタント勤務の経験を持つ自信家・武田勝也31歳。 大卒、メーカー企画部所属で独立を目指す明るく前向きな五十嵐あかね29歳。 高卒、総務畑一筋で人と人とのつながりを大切にする努力家・間宮幸人34歳。 三人は1年間柴田の経営講義を受講した後、勤務していた会社を辞めた。 そして、自分の会社を立ち上げる前に、1年間あるプロジェクトに参加することに。 それは、赤字続きで回復の見こみのないカラオケ店を店長として経営し、 限られた条件の下、1年間で黒字を目指そうというもの。そして、三人はそれぞれのやり方でカラオケ店の業績回復を目指すのだが……戦略としては申し分ないものの、その強引さゆえ、スタッフの反発を買ってしまう武田。スタッフの一人一人の意見を尊重し、皆が和気藹々と頑張ってるのに業績が伸びない五十嵐。率先垂範、感謝の気持ちでスタッフに接しているのに、なぜか受け容れてもらえない間宮。そんな三人に、柴田はそれぞれにアドバイス。ホワイトボードに、メモに、コースターに言葉を書き記す柴田。そんな柴田のアドバイスをメモに書き記す三人。それは、こんな感じのもの。 上司は、まず、自分から動く。部下が動かなくても、自分から動く。(p.49) 上司は、仕事を楽しむ。部下が仕事をしたくなるくらい、楽しむ。(p.51) 部下が動いてくれなくても上司は部下を信じ、そして自分を信じて行動し続ける。(p.68) 人を育てるというのは、人をやる気にさせること。(p.77) 一緒に働く仲間は、一生涯の仲間として付きあう。(p.79) 二股の道、どちらに進んでも、その先はまた二股の道。 夢を忘れなかった者だけが、夢にたどりつく。(p.91) 人はあらかじめ、どこであきらめるかを決めている。(p.100) あきらめない限り、人生には成功しかない。(p.102) 人を変えたければ、その人を感動させればいい。(p.117) 満足感しか知らない人は変われない。 感動を知って、自分が変わればすべてが変わる。(p.119) 悩んでいる時間が長いほど、抜け出たところには、強い信念が待っている。(p.129) 本当の戦略とは、みんなが勝つ戦略である。(p.144)そして、この三人の姿に教えられることになるのは、実はカラオケ本部の社長だった。
2010.02.13
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あっと言う間にイッキ読み。 でも、読後はかなりのモヤッと感。 香山さんと勝間さん、著名な二人の女性の対談を再現したものだが、 何だか、あまり話がかみ合っていないような…… 最大の原因は、香山さんの立ち位置の問題。 勝間さんとの対比を際立たそうとして、必要以上に自分をつくっている。 本当にそんな人ならば、これだけ次々と著作が世に送り出され続け、 世間の誰もが知っているような人には、どう考えてもなれないでしょう?そして、本著の中で自身も述べていることだけど、相手のあげ足をとろうと、必要以上に身構えて、細かいことにまで、食ってかかっているように思えてしまう。この姿勢は、私にとっては相当イメージダウンとなってしまった。もっとスカッとカツマー批判を展開して欲しかったのだけれど、かなり期待外れに終わってしまった感がある。受けて立つ勝間さんの方も、どれも説得力ある回答には至っていないものの、それでも、礼儀正しくきちんと答えようとする姿勢は感じられた。私の期待に反して、残念ながらこの勝負、よくて引き分け。途中、香山さんの激しい口撃に、さすがに勝間さんもカチンときたような発言や、ちゃんとした答えになっていない部分もあちこちに見られるが、どちらかと言うと、やはり勝間さんにやや分があったように思う。 ***さてそれでは、私が本著で印象に残ったシーンをいくつか。 結局、何が一番の問題かというと、時間が有限であるという概念が、 日本企業や日本人の一人一人に非常に希薄なことです。 エネルギーよりも何よりも、時間が一番の希少資源です。(p.96)これは、香山さんの「一人一人の中に余裕を作るにはどうすればいいのか?」という問いに対する勝間さんの答え。これには、私も結構納得。次は、勝間さんの「勉強をやりたくて楽しんでいる人たちは、どんなに勉強してもつらくないはずなんですよ。」という発言に対する香山さんの問いかけ。 勉強がつらくないなんて、そういう人が本当にいるんですか。 それも私には実感としてよくわからない。やりたくて勉強する人なんて、 いったいこの世にはどれぐらいいらっしゃるものなのですか。 少なくとも私のまわりには現在ゼロですが。(p.98)この問に対する勝間さんの答えは「2~3割はいるんじゃないですかね。」この答えに香山さんは大いに驚くことになるが、私も相当ブッたまげた……。 前に働いていた大学はデザインの専門大学だったのですが、 同僚の先生が就職する気がない学生によく言ってました。 「あんたら、そんなに漫画やアニメが好きなんやったら、 5時に終わるところに勤めりゃええんや。」 5時に終わればあと8時間くらいは起きていられるから、 その時間にマンガやアニメや好きなことをやればいい。 だけどその好きなことをやるにもお金がかかるから、 そのためにも仕事はするべきだ、と。 そんな働き方があってもいいし、それなら学生たちも 「じゃ、仕事でもやってみるか」と気楽に社会に出て行ける。 素晴らしい指導だ、と感激しました。(p.109)これは、本著の中で最も感銘を受けた部分。「働くこと」「暮らすこと」「生きること」のある意味本質を突いているかもしれない。 どれだけ他利的かということも評価の対象になってしまうというんですか。 それはもはや他利的とは言わないんじゃないかな。 私にはもうよくわからないです……。(p.154)これも香山さんの発言。まぁ、ボランティア歴を入試等で評価基準に用いる時代ですから……もちろん、そんなのは本当の意味でのボランティアではありませんが。
2010.02.11
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少子化の影響で、一口に「長女」と言っても 「長女」には、女の子一人だけという「一人っ子長女」もいれば、 他の兄弟は兄だけという「末っ子長女」もいる。 この場合、「長女」が最年少で、年下の弟や妹は存在しない。 ところが、本著における「長女」は、主に弟や妹がいるケースを想定している。 それ故、第1章のタイトルは「きょうだいの中での『長女』の立場」と銘打ち、 そのサブタイトルを-ここでも聞こえる「ああ、中間管理職!」としているのである。 即ち、「長女」は親と弟や妹との間に挟まれた存在として位置づけられている。そのため、本著に見られる「長女」に関する記述は、年下の弟や妹の面倒を見ることが期待され、その中で、リーダーシップを発揮する場面がたいへん多く、逆に、年長者として我慢を強いられることも度々ある、といった感じで貫かれている。そんな環境の中で、「長女」特有の性格が形成され、また、「長女」特有の悩みを抱くことになる。こんな「長女」のことを、親はきちんと理解し、受け止め、愛してあげよう……本著全体を通じて見受けられるのは、こういった文章である。そのことをきちんと把握したうえで本著を読めば、十分に興味深い一冊となるが、「一人っ子長女」や「末っ子長女」について知ろうと思って本著を手にしたなら、きっと、相当落胆することになってしまうだろう(私もその一人だ)。くれぐれもご用心を。 ***最後に、私が本著の中で最も印象に残った一文を がんばるのはいいが、がんばりすぎはよくないことを、 長女は頭に入れておくことが大切です。(p.217)
2010.02.09
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私はラルクの歌をそんなに知らない。 そして、ラルクのメンバーのことは全く知らない。 でも、すぐ身近にいる人は、とってもラルクが好きで、 というか、一番好きなアーチストがラルクなんだそうだ。 なので、ラルクってどんなものなのか知りたくなった。 そして、この本を買った。 古本屋さんで一冊50円。 12年前に出版されたものとはいえ、随分安い。hydeって、日本人離れした顔立ちだと思ってたけど、小中学生の頃はホント普通の顔。まぁ、かなり整ったきれいな顔だけどね。それでも、和歌山出身っていうのはちょっとイメージ違ってたな。tetsuも扉のページに載ってる写真は、普通の中学生っぽいけど、集合写真になると、すでに本領発揮だな。成人式の写真になると、そろそろ私には付いていけない世界だ……やっぱり、これくらい突き抜けていないとモノにならないということか。kenを扱ったページは本当に少ない。写真も少ないけど、高校生以降の写真が見当たらない。国立大学中退してミュージシャンになっちゃったから、親御さんとは絶縁状態になったらしいけど、もう仲直りしたのかな?途中、メンバーが入れ替わったけど、いい人に巡り会って、イイ感じになってきたところで、ドラムの人が覚せい剤取締法違反で逮捕されてしまう。1997年2月のこと。数カ月の活動自粛期間の後、10月17日見事に復活、公演も大盛況。それから10年以上経って、今のポジションにいるのはなかなかのモノ。売れるのは難しいけど、売れ続けるのはもっと難しい世界。それを成し遂げているのだから、やはり実力があるということだろう。古本屋さんでは、もう一冊別の本も買ったので、それもこれから読んでみる。
2010.02.08
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岡田監督の著作は、昨年11月に出版された『オリの中の虎』をまず読み、 その後、江夏豊氏との共著『なぜ阪神は勝てないのか?』を読んだ。 新しいものから古いものへと時代を遡って読んでいることになる。 しかし、これは偶然というわけではない。 2008年、阪神タイガースがぶっちぎりで優勝することを、多くの人が確信していた。 しかし、何と13ゲーム差を逆転され、10月10日には優勝の望みが絶たれる。 さらに、クライマックスシリーズでも、藤川がとどめの一発を食らう最悪の幕切れ。 これを現実として受け入れるには、当事者もファンも随分時間を要したはずだ。そんな2008年の11月28日、本著は既に発行されている。発売日は、それよりさらに前だっただろう。即ち、本著は本来優勝記念として発売されるはずの出版物が、何と世紀の大逆転を許し、自ら監督を辞した直後の出版物となってしまったと推察される。あまりにもイタすぎる……私自身は、2009年のシーズンが終わった時点でも、本著を読む気分にはなれなかったのだ。そして、岡田氏が新天地オリックスの監督に就任したのを受け、『オリの中の虎』を読んだ。さらに、解説者時代の辛口コメントを期待して『なぜ阪神は勝てないのか?』を読んだ。この2冊を読むことで、岡田彰布という人物が、私がそれまで思っていた以上の器を持つ人物であると強く感じた。そして年が改まった2010年、城島を迎えた真弓タイガースが常勝復活に向け動き始めた。岡田オリックスも本格的に始動し、その時点でやっと本著を読んでみようという気になれたのだ。本著を読んでみて、改めて岡田彰布の野球観を知った。「7回を制するものが試合を制する」ことを具現化したJFK。岡田監督がどんな補強を理想とし、平野、新井を獲得したのか。なぜ岡田監督は、試合中マウンドへ行かず、バントやスクイズをしなかったのか等々。本著では、岡田氏が選手時代に接したブレーザー、吉田、中村といった諸監督や仰木、野村、星野といったコーチ時代に接した監督たちとのエピソードも描かれている。もちろん、まだまだ時効とは言い切れない部分もあるため、ブレーキを効かせてはいるが、それでも、岡田監督らしく結構辛口で、行間はスリルに溢れている。 ***そして2月、最下位チームから一挙に優勝争いへ、そんな思いを胸にキャンプイン。ところが、今年最も期待されるはずの選手の一人が、全く予想もしなかった事態に……今こそ、岡田監督の真価が問われる時。この逆境を見事跳ね返し、是非ともペナントを勝ち取って欲しい。
2010.02.08
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プレジデント 2010.3.1号のテーマは 10年追跡調査!知らないと損する知恵満載 土地・駅、マンションの目利き入門さて、私は数年前からプレジデントを予約購読しており、2週間に一度、最新刊が宅配便で自宅に送られてくる。本棚には1年分のプレジデントが並んでおり、新しいものが送られてくると、前年分を処分している。そこで気付くのが、最新刊と言えども、そこで扱われているテーマは、1年前とほぼ同じだということ。もちろん、最新刊は新しいデータを取り入れ、内容が更新されている。それでも、何年か読み続けていると、多少のマンネリ感を抱くことになる。しかも、発行される全ての号の内容が、私にとって興味あるものかといえば、それほどでもない場合も結構あり、本当に読みたいものはある程度限られている。1万円払って予約購読すれば、1年に24冊のプレジデントが送られてくる。予約購読しない場合には、1万円あれば年間に14冊程購入できる。本当に自分が読みたいものだけ購入した場合、その数が年に14冊以内でおさまるかどうかが、予約購読するべきかどうかの分岐点となるわけだが、私にとってなかなか微妙な数字である。予約購読なら本屋に足を運ぶ手間が省けるし、購入漏れもないし……色々思案したのだが、最終的に今年は予約購読しないでおこうと決め、入金しないでいた。ところが今日、予約購読期間が切れているにもかかわらず、最新刊が自宅に届いた。なぜだろうと思って、先日送られてきた振り込み用紙入りの封書の中身を読んでみると、「継続しない場合は、お手数ですがご連絡ください」とキッチリ書いてあった。入金しないだけでは、予約解除にならない仕組みになっていたのだ。ちょっとハメられた気がしないでもないが、連絡しなかったのは当方のミスに違いない。送られてきたものの分だけ代金を支払うことも可能だとは思うが、当然、電話で折衝したり、色んな手続きを踏まねばならないことになるだろう。面倒なので、明日年間購読料をコンビニで振り込むことにした(相手の思うつぼか?)。そして、送られてきた最新刊と昨年分を入れ替えたとき、あることに気付いた。昨年のテーマと今年のテーマが違っているのだ。そう言えば、確か前号も違っていたような気がする。ひょっとしてプレジデント、紙面作りに新たな展開を推し進めようとしているのか?それでも、今号のテーマは、私にとっては魅力薄だった。確かに、これから家を購入しようとする人たちにとっては興味深いテーマだろう。しかし、一大決心して高い買い物をしたはずなのに、その資産価値が今では急降下、なのに、高いローンを返済し続けるしかない人たちが、こんな記事を読みたいわけがない。1年前のテーマの方が、よほど多くの人たちにとって興味が持てるものだったのではないか。しかも、今号はいつも以上にテーマに関する記事だけで埋め尽くされており、それ以外の内容のページが極めて少なかったため、本当に読みたくなるページが少なかった。やっぱり、面倒でも予約購読解除の手続きをとるべきか……
2010.02.06
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クラシック音楽をテーマにしながら、かなり「お気楽」に読める一冊。 クラシック音楽に関する著作といえば、新書ですら 一般的に肩が凝るようなものが多い中、かなり異色と言えるかもしれない。 一つ一つの記事が短めで、言葉遣いが普段着なのも、その理由の一つ。 それ以上に、本著が気楽に読めるのは、実はクラシック音楽そのものでなく、 主として、そこに聴衆として関わる人々にまつわる事柄を語ったものだから。 音楽そのものや作曲家、演奏家についてばかり語っていたら、 本著もここまで「お気楽」な仕上がりにはならなかったかもしれない。 そんな「お気楽」本ゆえ、読後、印象に残ったところを思い出すのも一苦労?読んでいる瞬間、瞬間は楽しくても、深~い感動をもたらす部分は、それ程ない。何といっても、リラックスしきって、読み飛ばしていってるだけだから、お笑い番組を見ている感覚にほど近く、「あーぁ、面白かった!」という世界。 そんな中でも、「ほぉーっ、さもありなん」と思わされたのは、やっぱり、聴衆についてでなく演奏家や音楽そのものについて記述した部分。コンクール歴や師事歴、週刊誌あたりの記述については、かなりきわどい内容でグッド!私としては、ウィーンフィルに関する記述が本著で最も興味深かった。
2010.02.06
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イラストをふんだんに用いながら、 アスペルガー症候群について説明されている。 タイトルにもあるように、短時間で要領よく概略を掴むことができ、 入門書としては、うってつけである。 また、コンパクトな体裁から期待される以上に、 最新の専門知識も盛り込まれており、正直驚かされた。 「ミラーニューロン」との関わりや「脳画像検査」、 さらに「オキシトシン」についての記述は、たいへん興味深かった。実際の社会生活においての接し方やサポートの仕方についても必要最低限のことは示されており、たいへん実用的である。これだけのことをきちんと知ったうえで、アスペルガー症候群の人たちと接するのと、全く知らないまま接するのとでは、ずいぶん大きな違いが出てくることだろう。アスペルガー症候群について、全く何も知らず、その人たちに対し「ヘンな人」という誤った思いをもったまま接し続けるのは、双方にとって、色んな面であまりにも大きなマイナスである。この分野の教育が、より多くの人たちに向けて行われることを期待したい。
2010.02.06
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小さな要請から始め、次第に相手から「断る」自由を奪い去っていく。 これが「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」。 「段階的要請法」と訳されるこの方法は、まず最初の要請を受け容れてもらい、 それをいかにして最終目標へと繋いでいくことができるかが勝負。 相手の罪悪感を利用して、大きな要請をのませる。 これが「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」。 一度要求を断ると生じてしまう「次はOKしないと」という義務感を利用する。 最初に提示した要求が拒否されたら、即、本当の要求をすることが重要。おいしそうなエサをちらつかせて、得をしたように思わせる。これが「ロー・ボール・テクニック」。相手にとって不利な条件に触れず、受け容れやすい条件だけを示して「うん」と言わせ、その後「実は」と言って、本当の条件をのませてしまうもの。これらが、本著の示す三大説得テクニック。それ以外にも、地位ある者だけが使える強力説得法「恐怖アピール」や、言葉の選び方次第で人の行動を左右できる「レトリック」、「ザッツ・ノット・オール・テクニック」や、希少性を利用したテクニック等が紹介されている。さらに、「印象操作」や「プロファイリング」についても触れながら、相手の本音を見抜き、自分に好印象を持たせるといった、説得力向上の手段を提示している。また、それらとは別に「詐欺・だましの心理メカニズム」における記述を含め、本著は、自分が説得される側に回ったときの対処法も具体的に示しており、役立ちそうだ。最後に、私が本著の中で最も印象に残った部分を 人間は、謝ってきた相手に怒り続けることはできない。(p.201)
2010.02.06
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現在テレビ朝日系で放映中のTVドラマ『エンゼルバンク』。 そこに登場するカリスマ転職代理人が、生瀬勝久さん演じる海老沢康生。 本著の著者・海老沢嗣生さんは、そのモデルとなった人である。 実際に大手転職エージェントでナゾの仕事(?)をしているらしい。 しかし、そんなこととは全く関係なしに、本著はスグレものである。 扱ってるのは、大学入試や大学卒業後の就職に関する様々な問題について。 それらを、データを用いながら説得力あるクールな切り口で、 読者に、ズバッと明快に現実を突きつけてくれる。 「科目減と無試験入学」というトレンドの裏では、二つの人口動態の変化が糸を引いていた。 一つ目は、1985年~95年の「大学ビジネスチャンス拡大」期にある。 この時期に第二次ベビーブーマー世代(1971~74年)が大学進学年齢に達したため、 大学齢人口(19~22歳)は85年の656万人からピークの93年には816万人(24.4%増)へと拡大。 すなわち「お客様」が増えるまたとないビジネスチャンスだったのだ。 神風が大学関係者には吹いた。 一つには雇用機会均等法の施行、そして、この直後に起こるバブルの崩壊。 この結果、従来なら短大進学率が高かった女子高校生にも、4大進学熱が高まる。 その結果、85年に26.5%だった大学進学率は、95年度32.1%へと上昇。 この両方を受けて大学生の数は184.8万人→254.7万人と 10年間で実に37.8%も増えることになった。 これだけの基礎条件がそろえば、当然、新規参入者も増える。 1985~95年の間に大学は一気に460→565校と105校(22%)も増加した。 要約すると、大学関係者にとって1985年~95年の10年間は「お客様」が急増し、 同時に「ライバル」も急増する時代だったのだ。(p.68)しかし、このベビーブーマー卒業後は、少子化の波が大学に押し寄せることになる。今後の顧客減少が必然となった時点で、大学はその経営規模を縮小すべきだったのだが、一度開いた店舗を、そう簡単に縮小したり、閉鎖したりするわけにはいかない。その後、顧客獲得に向けて様々な営業努力が展開されることになる。「受験教科数の減少」や「付属校新設」「学部増設」という新メニューを繰り出し、顧客獲得と自己ブランドの維持を図ろうとする大学。その結果、大学数と大学生数はその後も増加し続け、結果、95年に32.1%だった大学進学率は直近で50.2%にまで上昇したのだ。20年余りで、ほぼ2倍に高まった大学進学率。しかも、全大学入学者の4割が推薦とAO入試によって入学している(私立だけなら5割)。本著によると、その基準や選考方法はかなり曖昧なものらしく、信頼度は高そうにない。同じ大学生、大学卒業生といっても、その質が20年前に比べ低下するのは当然だろう。そして、この不況下、大卒を受け容れる企業側のキャパが、20年前に比べて、増加しているはずが決してない。企業として必要な人材数が、大学生の増加と連動して増えるはずがないのである。結果、「大卒ならこのレベルの職場に就職できるはず」という思惑が外れる者が出てきて……その他、「人気企業ランキング」や「採用実績校」にまつわるエピソード、インターンシップの実態なども、たいへん興味深いものであった。また、玄田有史さんの主張や「就社より就職」という考え方を批判しつつ、「誰でも20代にチャンスは2回ある」とする、著者の「働く」ことの考え方にも共感できた。
2010.02.06
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