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こんにちは。 今回も、4月発売の最新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」からのネタです。 ご紹介するのは、第7章の『 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 』 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2019年12月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線 今回は、千葉県松戸市から市川市にかけて歩きます。 松戸や市川は歴史スポットが豊富にあってたまに出かけるのですが、まだ行っていない場所があるのですよ。 それは、北総線沿線。 ちなみに北総線とは、東京都の京成高砂駅から千葉県の北部を横断して、終点の印旛日本医大駅まで続いている路線です。 私がよく利用している都営地下鉄と接続しており、行くのに便利はいいのですが…。 京成やJRが走っている場所は二度、三度と訪れているのに、なぜ、空白地帯が生まれてしまったのか。 そのココロは、結構運賃が高いから。 私の住んでいるところから片道で軽く1000円を超えるのです。同じ運賃なら、もっと遠くへ行くことができるのですよ。 でも、沿線にある印西牧の原駅周辺は、住みやすさランキングで1位になったことがあるらしい。 沿線に見所でもあれば行ってもいいのだけれど、と思っていました。 少し前になりますが、都営地下鉄の駅で「ほくそう」という小冊子を見つけたのです。無料なので、条件反射で手が出てそれを読んでみると、ありました、ウォーキングコース。 北総線の秋山駅から松飛台駅まで、約11キロ、所要時間2時間20分のコースですと。 こりゃ、お手頃だし、コースを見ると神社仏閣、遺跡、そしてなんとお城までトッピングされている。 これは、行くしかないですね。私の脚力なら、さらにその先の大町駅まで行けそう。 …ということで、年末近くの肌寒い日に出かけることにしました。 都営浅草線からそのまま京成線へ乗り入れ、京成高砂駅で降り北総線に乗り換えます。 地下鉄から直接終点の印旛日本医大まで走っている電車もあって、ルート選択はなかなかややこしい。 これは間違える人もいるだろうなと思いましたが、私は無事、目指す秋山駅に到着。 ホームを歩いていると、おじさん2人に呼び止められました。何でも、柴又まで行くつもりが、迷ってしまったらしい。 いつまで乗っても着かず、だんだん郊外へ向かっているようで不安になって降りたのですか。 目が泳ぎ、映画で見る寅さんの舞台とは似ても似つかぬ風景に戸惑っている様子がありありでした。 京成高砂駅で京成線に乗らず、北総線に乗ってしまったみたい。 高砂駅まで戻ったほうが良いと言うと、2人は肩を落としてトボトボと反対側のホームへ向かうのでした。 駅前は、大きなマンションが建ち、東京近郊の典型的なベッドタウンの雰囲気。あまり商店はないなと思いましたが、少し歩くと新しくできたスーパーやドラッグストアがあり、買い物に不便はないだろうなと思いました。 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド 小冊子の地図を見ながら、まず向かったのは春日神社。 古くて急な石段を上がると、趣のある社殿がありました。 この近所に春日神社が多いのは、昔、この近くにあった下総国の国府に赴任した都の役人がそのまま土着し、都で彼らが崇拝していた春日神社を祭ったのが始まりとか。 1000年以上前にも、Iターンがあったのですね。生まれた土地に対する愛着は当時の人たちも強かったのでしょうか。 そんなことを思い、小冊子を読みつつ、次の目的地を目指します。 それにしてもこの小冊子。 地図はあるのだけれど、市街図のようにいろいろな目印が書かれていないのでわかりづらい。 それをサポートする意味で、地図に文章が書き込まれている。 たとえば… 『参道を進み、五差路を右斜め前の道に入り、大通りへと出たら右折し、高校正門先の横断歩道を渡る』 うう、国語の読解力が試されているような。 これは、どう読み解けばいいのだろうと、立ち止まって考え込みました。 もっとも、海賊キッドの宝探しみたいで楽しかったですけどね。 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ でも、次の文章には困りました。 『突き当たり手前のT字路を左折し小路へと入り、小橋を渡り、坂を上る』 この言葉通り進んだつもりが、地図と実態とが全然適合しない。 ひぃぃぃ、早くも迷子ですか。 あせるな、こういうときこそ、冷静になるのじゃと、自分を励まして、文章から地理的状況を推理しました。 小橋があるってことは、川が近くに流れているはず。それに坂があるということは高台もなければならない。 その二つの条件を満たす場所が、この近くにあるかどうか探せばよいのじゃ。 …と探したけれど、どこにもないっす。 第一、住宅街の真ん中でどこにも川なんて流れてないよう。 仕方なく、地図と現実がマッチすると思われる場所まで戻ることにしました。 そしてもう一度、さきほどの文章を読み解いて、自分が思い違いをしていることに気づいたのです。 私は、突き当たりのT字路を左折してしまったのですが、正しくは突き当たり手前のT字路を左折するのですな。 その条件で探すと、ありました。T字路と小路が…。 そしてそこを進んでいくと、おお、これが小橋ですか。 確かに、「小橋」だけど、個人的に思い描いていたイメージとはかなりの隔たりが…。 ホントに日本語の表現って、難しいですね。 それにしても、何でこんな小さな窪みに橋を架けたのでしょうか。そう思って、よくよく見ると、かつて小川が流れていた痕跡が。 小川を暗渠にしたものの、橋はそのまま残したのかもしれませんね。 耳を澄ますと、今でも、水がさらさら流れている音が聞こえました。 やっと、コースに戻れたと喜んだのも束の間、また次の目的地がわからなくなってしまいました。 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある それでも、目印となる高校が地図に書き込まれていたのでなんとか、その隣にある厳島神社に到着。 厳島神社といえば、安芸宮島の厳島神社が有名ですが、そこは平家一門の守護神としても有名ですな。 そういえば、広島の厳島神社の鳥居を小さくしたような形ですね。 なぜ、関東に平氏が、という疑問もわきますが、関東にも平氏のスーパースターがおられるのでした。 それは、承平天慶の乱の立役者である平将門。 この地域は、平将門にまつわる伝承が今も数多く残っているのですね。真偽のほどはわかりませんが、この厳島神社も、平将門にゆかりの神社ではないかと考えられているらしい。 平将門については詳しくないのですが、朝廷に反旗をひるがえして、関東一円を手中に収めた平安時代の武将だという記憶があります。独立国を立ち上げようと画策したものの、平貞盛や藤原秀郷らによって討死した悲劇のヒーロー。 ずっと前の大河ドラマ「風と雲と虹と」で、若き日の加藤剛が将門を演じてかっこよかったという記憶がありますね。 比較的新興の住宅街だと思いきや、こんな古い歴史があるとはすごいです。 この辺りの場所は、湧水地としても有名らしい。 境内には、水量豊富な池がありますが、もう少し、きれいだと良いのですが…。テレビ番組の「池の水ぜんぶ抜く」に決まったら、手伝いに行こうかな。 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚 そして次に向かったのは、もっと古い歴史がある場所なのですが、またしても迷ってしまいました。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」に続く) このあと、闇雲に歩き回って探すのでなく、街並みの違いに着目。そこから、街の成り立ちを推理することで、ラビリンスからの脱出に成功したのでした。 あとで気が付くと、脱出ルートは、松戸市と市川市の境界線だったみたい。 苦労して行きついた曽谷貝塚は、驚く景色が広がっていました。 貝塚からあふれ出した貝殻が、畑の土と一体となって白っぽく見えるのですよ。 原っぱの下にはとてつもない量の貝が埋まっているのかも。 関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」 (参考) 目次より 第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡 第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡 第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市 1.日本の航空発祥の地・所沢 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11 第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿 5.須賀神社と思川沿いの散歩道 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡 第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市 1.山武市の呼び方を知っていますか? 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城 6.推定本丸と推定二の丸の謎 第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館 第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる 第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる 第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社
2020年07月25日
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こんにちは。 今回も、4月発売の最新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」からのネタです。 ご紹介するのは、第6章の『 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 』 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2020年1月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 今回も、山武市内を歩きます。成東城跡を堪能したあと、再びヘアピンカーブを通って市街へ。 本行寺という、コンパクトな庭が美しいお寺にお参りした後、昭和にタイムスリップしたような懐かしい雰囲気の商店街を歩きます。 しばらく歩くと、朱塗りのあざやかな門が現れました。 門をくぐった先には、小ぶりな丘があり、その中腹には特徴的な建物が…。 露出した大岩の上にダイナミックに突き出るような形。清水の舞台を小さくしたような外観ですな。ちなみにこれを、懸崖造りというらしい。 鮮やかな赤色で、一見、新築されたように見えます。ただ、江戸時代に作られた建物を現代まで改築を加えながら守り続けてきたのですか。 「波切不動尊」と呼ばれており、正式には、「長勝寺」と言うのですな。「波切不動」のネーミングは、江戸時代、漂流した漁船を寺の灯りが導いて、無事に難を逃れたことに由来するらしい。 その灯りが、荒波を切り裂いて、海上を走ったという言い伝えがあるそうです。 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 この寺の縁起によれば、創建は天平時代の731年で、行基が東国を訪れたことに始まるらしい。この付近の海で難破する船が多いことから、海難除けとして不動尊像を作り、一寺を建てたのですか。 平安時代の初めになって、弘法大師がこの地を訪れ、現在の場所に寺を移したと言われています。 行基と弘法大師という、それぞれの時代を代表するお坊様に関連があるとはすごいですね。 早速、お参りせねばと、岩山に作られた階段を上ります。 階段の途中には、弘法大師の袈裟掛け石と硯石がありました。私が訪れるお寺には、弘法大師ゆかりの伝説が残っているところが多い。それだけ、西国はもちろん東国も数多く歩き回られたのですね。ウォーキングのカリスマという一面も尊敬するのでした。 中腹には、古いお堂があり、そこには、「ぼけにかつ」という紙を持ったお坊さんのイラストがあります。 私は、体力的にはまだ大丈夫だと感じていますが、最近、物忘れに不安が出てきたのを思い出しました。 ボケ封じのために、しっかりとお参りしたのは言うまでもありませぬ。 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 そこから、本堂まで急な階段を上ります。下からお堂を見上げると、柱がたくさん並ぶ様子は、まさにミニ清水の舞台。 本堂の周りは回廊になっていて、そこからは、街が一望できました。 遥かかなたに、太平洋の大海原がぼんやり霞んで見えます。 ちなみに、この本堂がある石塚山は、標高約30メートル。中腹にあるということで、お堂の高さはもう少し低くなるまず。都心だったら、この山より高いビルはたくさんあるでしょう。 周りに高層ビルがない風景は、写真で見た昭和30年代の東京をイメージしてしまいます。 回廊に立っているときは気づかなかったですが、板一枚下には何もない。傍から見ると、かなりスリルを感じてしまいますな。 社殿の背後には、千葉県天然記念物に指定されている石塚の森という自然林がありました。 解説板によると、岩山の上に発達したスダジイ林で、スダジイの平均樹高は7~15メートル。それが南斜面に密生し、北斜面にはアラカシやアカガシなどのカシ類、東斜面にはイロハカエデ、 ムクノキ、エノキなどの落葉広葉樹など、さまざまな木が自生しているらしい。 申し訳ないですが、文系人間としてはあまり植物には詳しくありませぬ。 興味があるのは、成東城の近くに、見事な眺望の高台が存在すること。物見櫓とか作られていなかったかなと痕跡を探したのですが、よくわかりませんでした。 もっとも標高は、成東城のほうが少し高いので、わざわざ見張り所を置くニーズは少ないかもしれませんが…。 絶景に大満足して、再び急な階段を下り、門をくぐって次の目的地へ行こうとしたとき、大失態を演じてしまったのに気付きました。 本堂に、お参りし忘れた…。 眺望に満足して、回廊をぐるっと、歩いただけで降りて来てしまったのでした。お寺にお参りするのが目的だったのに…。 先ほど書いたように、本堂に安置されている不動明王は、奈良時代の僧行基が彫ったと伝えられています。前回、来た時はしっかりお参りしたと思いますが、仏像の記憶はほとんどありません。 もう一度、岩山を登ろうかと悩んだのですが、この先も歩かないといけないので仕方なく断念。 門のところからのお参りを余儀なくされたのでした。 それにしても、お寺に来て、お参りを忘れるとは…。 先ほどのボケ封じは、当日は効力がないのかもしれないと思ったのでした。 4.日本初の天然記念物に指定された成東・東金食虫植物群落がある 山武市の観光スポットで忘れてならないのが、天然記念物に指定されている食虫植物群落地があること。 今回は、津辺城へ行ったので、残念ながらここへは行けませんでした。ただ、前回訪れて、そこへ行くまでの道が魅力的だったので、ご紹介しておきましょう。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」に続く) このあと、伊藤左千夫記念公園で、「野菊の花」の主人公の民さんと政夫の銅像に出会います。 伊藤左千夫が後世に大きな名を残したのは、43歳のとき書いた「野菊の墓」の存在があるからでしょう。 「野菊の花」と言っても、現代の若者は知っていますかね。私たちの年代も怪しかったのですが、あるアイドル歌手が映画で民さんを演じたことで、一気に知名度がアップしました。 ここ山武市は、伊藤佐千夫の故郷であり、今も生家が残っているのですよ。生家の隣には、山武市歴史民族資料館があり、2階の常設展示室には、伊藤左千夫の生涯や作品、遺品などが展示されています。 ここで私が目を引いたのは、彼の風貌と作家になる前の職業でした。作品の内容から、作者をイメージすることはできない、と…。 関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」 (参考) 目次より 第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡 第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡 第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市 1.日本の航空発祥の地・所沢 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11 第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿 5.須賀神社と思川沿いの散歩道 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡 第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市 1.山武市の呼び方を知っていますか? 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城 6.推定本丸と推定二の丸の謎 第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館 第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる 第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる 第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社
2020年07月11日
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こんにちは。 今回は、「おもしろ歴史ウォーキング 東京編」からのネタです。 「東京編」は、歴史ウォーキングシリーズの第1作ですが、まだご紹介していない章がありました。 それは、第9章の『 東京23区は、緑が増殖中!神田川近くの魅力的な公園めぐり 杉並区・世田谷区 』 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2018年7月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.意外と緑が多い東京23区 一般に、東京23区は、高層ビルや住宅、アパート、町工場が混然としたカオスの街だと思われがちです。確かに、昭和の頃は、小さな家がごちゃごちゃと建ち並び、町工場が大きな音を立てて操業していた風景を覚えています。 ただ、最近の東京を歩いて感じるのは、意外に緑が多いということ。そう思うようになったのは、ここ十年くらいですかね。都心の再開発が進み、高層ビルがどんどん増えていますが、街が上に伸びるのに比例して地面の隙間が広くなっているのです。その空いた空間に木や草が植えられているのですな。 今回歩くのは、昔と比べると劇的に触れ合える緑が増えている場所ですが、意外と上には伸びていないのですよ。それはなぜか。その理由を体感すべく、真夏の猛暑の中、出かけることにしました。 2.芸術家と文化人の街だった永福町 ウォーキングのスタートは、京王井の頭線の永福町駅。井の頭線は、吉祥寺や下北沢などへ行くとき利用しますが、この駅で降りた記憶はないような。 改札口を出ると、『冬の像』と名付けられた彫刻がありました。 かつて、この近くに住んでいた彫刻家の佐藤忠良の作品らしい。モデルは弟子の彫刻家なのですか。 彫刻の近くのパネルには、かつてこの周辺に、多くの画家や彫刻家のアトリエがあったと書かれていました。また、国木田独歩の次男で榎本武揚の孫にあたる彫刻家の佐土哲二や千田是也、森光子、池部良などの俳優、文学者の佐藤朔や中井英夫もこの周辺に住んでいたらしい。ちなみに、私が知っている名前の勝敗は、5勝3敗でしたね。 それはともかく、この周辺に有名な芸術家や文化人が居住していたのは、それだけの魅力があったのでしょう。その理由にも触れてみようと、永福町駅の北口から歩き始めます。 3.将軍手植えの松と駅と町名の由来になったお寺 住宅街をテクテク歩き、まず向かったのは、和泉熊野神社。 熊野と言えば和歌山県ですな。解説板によれば、この神社は鎌倉時代の創建で、紀州の熊野神社の分霊を祀ったのが始まりらしい。その後、後北条氏や徳川将軍家とのかかわりも伝えられているそうですね。境内の松の大木は、徳川家光が鷹狩りの休息の際、手植えしたものだと言われておりまする。 そう思ってみると、確かに松から後光がさしているように感じられるのでした。 和泉熊野神社を出て、近くを流れる神田川に沿って歩きます。 ここまで来ると、神田川もかぐや姫のヒット曲の雰囲気と違います。もっとも、新宿区のあたりの神田川も、今はセレブな景観になっていますが…。 神田川から離れた住宅街の中にあるのが、永福稲荷神社。 解説板には、享禄3年(1530年)に永福寺の開山秀天和尚が、近くにある永福寺境内の鎮守として、伊勢外宮より豊受大神を勧請したと書かれていました。明治維新後、永福寺から分離して今日に至っているとか。 永福寺とは、もしかして永福町駅と町名の由来になったお寺かも、と思って歩いていると、道に「永福寺」と書かれた石柱が…。 当初のウォーキングコースから外れますが、足を延ばしてみることにします。そこからお寺までは住宅街の道をかなり歩きました。おそらく、石柱から現在のお寺までの広大なスペースは、かつての境内だったのでしょうね。 門や本堂はコンクリート造りですが、駅名の由来になったお寺の威厳は感じられました。 本尊は十一面観音像で、脇の不動、毘沙門両像とともに、鎌倉時代の仏師快慶が制作したと伝えられているそうです。ちなみに、開創は大永2年(1522)と言われているらしい。 今は住宅街の中に埋もれるようにあるお寺ですが、現在、永福町駅を利用している人は、このお寺のことを知っているのかなと思いました。 4.新品感が半端ない下高井戸おおぞら公園 再び神田川に戻り、川沿いの遊歩道を上流に向けて歩きます。やがて左手に、広々とした公園が見えてきました。 今から何十年も前に、下高井戸周辺に来たことがありますが、こんな広い公園があったのは記憶にないですな。下高井戸おおぞら公園という表示があります。 それにしても、この広さと新品感は半端ないっす。後で調べてみたら、ここにはかつて東京電力の総合グラウンドがあったのですか。当時は、野球場やテニスコートなどがあったらしい。 東日本大震災の際発生した福島第一原子力発電所の事故の後、杉並区にこの土地が売却されたのですね。その後、暫定的に「遊び場」として運用され、2017年4月に再整備されて開園されたとのこと。 新しい公園はきれいで清潔感があるけれど、木々が若すぎて木陰が全くと言っていいほどありませぬ。もう少し涼しくなったらまた訪れてみようと思いました。 神田川の遊歩道をさらに歩いていくと、鎌倉橋の解説板が立つ橋がありました。 鎌倉街道にかかる橋で、鎌倉から室町時代の人々がよく利用したらしい。今は何の変哲もない橋ですが、歴史を知ると見るポイントが変わって面白い。 5.いきなり登場する縄文人に驚く塚山公園 鎌倉橋のすぐ近くにあるのが塚山公園。 旧街道、川、丘の三点セットがあると城ヲタクとしては城跡をイメージしてしまいます。ただ、この高低差では城や砦は無理でしょうね。 その代わり、この公園には歴史ファンが喜ぶ遺跡があるのでした。それは、縄文時代中期の住居跡20軒が発掘された環状集落の跡。それは、塚山遺跡と呼ばれているのですか。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 東京編」に続く) このあと、いきなり登場する縄文人に度肝を抜かれます。 塚山公園の近くにある柏の宮公園や三井の森公園は、どちらもセレブな雰囲気が漂っていました。前身が、大企業のグラウンドということもあるのか、よく手入れされた緑が美しい。 最後に向かったのは将軍池公園。 ネーミングから、徳川将軍家に由来するのかと思いました。 しかし、意外なネーミングの由来にビックリ! 東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 東京編」 第9章 東京23区は、緑が増殖中!神田川近くの魅力的な公園めぐり 杉並区・世田谷区 1.意外と緑が多い東京23区 2.芸術家と文化人の街だった永福町 3.将軍手植えの松と駅と町名の由来になったお寺 4.新品感が半端ない下高井戸おおぞら公園 5.いきなり登場する縄文人に驚く塚山公園 6.手つかずの自然なのにセレブな雰囲気が漂う三井の森公園 7.2代将軍のガチョウ?に出会える将軍池公園
2020年07月04日
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