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こんにちは。 本日は、再出版となる『クレーム対応 必勝テキスト -クレーム対応でファンを作るお詫びの心理術-』のご紹介です。 本書は、以前「日本一まずいラーメンから、苦情処理について考える」というタイトルで好評を博した電子書籍の改訂版になります。 本書の特徴は、表面化する苦情の解決策とともに、表に出にくい顧客の不満の対策にも多くのページを割いている点です。 接客を仕事にする人にとって、苦情はあってはならないもの。しかし、どんなにサービスが優れていても、どんなに接客が行き届いていても、苦情がまったくないという会社や店舗は存在しないのではないでしょうか。 一昔前は、苦情はすべて悪いことで、いかに発生させないか、もし発生したらいかに蓋をするかを考える風潮がありました。しかし、現在は「苦情は宝物」というポジティブな発想で、苦情を経営のヒントとして活用しようとする企業も増えています。 苦情は、顧客の本音をストレートに表現した形だと言えます。だから、それに一生懸命対応しているうちに、プライベートでも顧客と本音で付き合えるようになるのです。苦情をうまく処理できれば、営業における最高の取引深耕策と言えるのではないでしょうか。 苦情というビジネス最大のピンチを、大きなチャンスに変えたい接客担当者と企業家の必読本です。 それは、こちら。 ご興味のある方は是非。 以下は、サンプル原稿として、「序章」と「第1章苦情処理に対する心構え」のうち「1.一件の苦情には、顧客の多くの不満が隠されている」を掲載させていただきました。 是非、お読みいただければ幸いです。 『クレーム対応 必勝テキスト -クレーム対応でファンを作るお詫びの心理術-』 序章 日本一まずいラーメンに出会ったときの顧客の反応は? 私は、若い頃から新規開拓営業を続けてきましたが、外食も、週一回は新しい店を訪れています。ただ、ラーメンに関しては、初めて入る店の場合、結構緊張します。と言うのも、今まで何度かひどい目にあったことがあるからです。 その意味で、どうしても忘れられないラーメン屋さんがあります。恐らく、私の長い人生経験において、一番まずいラーメンでした。肌が合う、合わないとか、そういう問題を超越していて、おそらく誰が食べてもまずいと断言できるラーメンだったと確信しています。 詳しい場所ははばかられますが、東京都心の一画、ITやヲタクの聖地を貫く大通り沿いにその店はありました。今から十年以上前の話です。先日その場所へ行ってみたら、やはりというか当然というか、その店は無くなっていました。前の道路に「日本一まずいラーメン屋があった場所」の記念碑を建てたいと思ったのを覚えています。 さて、私がなぜその店に入ってしまったか。 それは立地と店構えの古さです。東京でも有数の大通りに面し、おそらく三十~四十年は営業を続けてきたであろう威厳がその店構えに感じられました。競争の激しい場所で長い期間、生存し続けてこられたのだから、きっとうまいに違いないと考えたのです。 時間は正午近く。店の前の人通りの多さから、当然、店内は混んでいると予想して、私はその店に入りました。 ところが、店内は閑散としています。お客は一人しかいません。三十人近く入れる店内のカウンターに、中年の男性がひとりだけ。 それだけでもやめておくべきだったのに、私は訝りつつもカウンターに腰掛け、味噌ラーメンの大盛りを注文してしまいました。せめて普通盛りにしとけばよかったと後で後悔するのですが…。 店主は、六十歳ぐらいの親父です。 私の注文を聞くと、フッと自嘲気味に笑みを浮かべました。そのあと、カップルが店内に入ってきます。 合計四名。とうとう私がその店をでるまでほかには誰も入ってきませんでした。 都心の一等地にある間口の比較的大きなラーメン屋。 しかも昼食時のかきいれどきに、お客がたったの四人ですよ。しかし店内は、そのカップルがしゃべりまくって結構うるさかったです。 待つこと二十分。やっと味噌ラーメンが私の前に姿を現しました。 それを見て、絶句。思わず店主を見て、心の中でさけびました。 麺が伸びきっている。しかも何これ、どうして味噌ラーメンのスープが透き通っているんだよ!! この状態をどう表現したらいいのでしょうか。 さすがに大盛りだけあって、量は申し分ない。 だけどその量は、麺が伸びた分で大方カバーされている。しかもどうやって作ったら、味噌ラーメンのスープが透き通るの? 店主は私と目を合わさず、カップルの分のラーメンを作る作業に没頭しています。とにかく私はそれを食べてみることにしました。 箸で麺をすくい上げただけで、ふにゃふにゃになっているのがわかります。 しかもそのスープ。味は、インスタントの味噌汁についている味噌を、基準量の四分の一だけ使って作った味噌汁といったらいいでしょうか。 今までしゃべりまくっていたカップルのところにもラーメンが行きました。 突然、二人は沈黙。 店内に、針一本落としてもわかるような静けさが漂います。外へ一歩出たら、車や人々の喧騒に包まれる都心の一等地で、なんだこの森閑とした雰囲気は。 かつてテレビで見たカリスマラーメン屋の店主は、お客の私語や携帯電話を許さず、ピリピリとした緊張感が店内に満たされていました。 おいしい、まずいといった差はありますが、特殊な状況下におかれると、人は押し黙ってしまうのですね。 なぜ、まずいラーメンを食べさせられたお客が文句を言わないのか。なぜ、これだけまずいラーメンが、ラーメンの激戦区で生き残っていけるのか。 これから述べるように、その後、顧客が苦情を言わない理由はわかりました。ただ、二つ目の理由は、未だにわかりません。店が無くなってしまった今となっては、永遠の謎として残るかもしれません。 第一章 苦情処理に対する心構え 1.一件の苦情には、顧客の多くの不満が隠されている 日本一まずいラーメンを食べさせられたお客が、なぜ文句を言わないのか。この点について、かつてアメリカの全米レストラン協会が行った興味深い調査結果があります。 お客さんに不満があっても、直接苦情を言うのは四%にすぎない。残りの九十六%は、ただ怒って二度と来ないだけである。 私の場合、あとの九十六%に入るのだと思います。一杯七百円のラーメンでいちいち苦情を言っていたのではたまりません。悪質なクレーマーは別にして、わざわざ声に出して苦情を会社や店に言うのは、顧客にとっても大きな負担です。よほど腹に据えかねる場合を除いて、何も言わずに、一度限りの付き合いですまそうとするケースが多いのです。 しかし、次の数字は、商売をしている人には致命的な事柄ではないでしょうか。 一件の苦情があれば、同様の不満を持っている人は、二十六人はいると推定される。 不満のある人は、それを平均十人に話す。十三%の人は二十人以上に話している。 経験上思うのは、そこそこおいしいラーメンは、あまり記憶に残っていないということ。 ところが、まずいラーメンに限って、結構、記憶に残っているのです。 その不満がいつまでも頭に残っていて、かなり時間が経過しても、何かの拍子に人に話すのだと思います。今の私みたいに…。 ちなみに上記の数字は、インターネットがなかった時代のものです。今は下手したら、一人の不満が数千人に知れ渡ることにもなるかもしれません。 それを考えると、わざわざ口に出して苦情を言ってくれる顧客は、むしろ有り難い存在と言えるのではないでしょうか。不満を抱いた九十六%の人たちのサイレントクレームは、会社や店が気づかないまま、がん細胞のように増殖しているかもしれません。もし苦情がなければ、早期発見できず、手遅れになる可能性が高まるのです。 2.迅速な苦情処理の成功で、取引が拡大することも 上記のように、顧客のいわばサイレントフラストレーションを気づかせてくれる苦情は、逆に言えば会社や店に対する期待の現われだとも考えられます。もし顧客が納得できる解決策を示すことができれば、彼らは会社や店のファンにもなってくれるかもしれないのです。 苦情処理において、うまく顧客から納得が得られた場合は、取引がなくなるどころか、良い噂話となって広まるという調査結果もあります。さきほどの全米レストラン協会の統計では… (『 クレーム対応 必勝テキスト 』に続く) ちなみに、本書の目次は以下の通りです。 目次より はじめに 序章 日本一まずいラーメンに出会ったときの顧客の反応は? 第1章 苦情処理に対する心構え 1.一件の苦情には、顧客の多くの不満が隠されている 2.迅速な苦情処理の成功で、取引が拡大することも 3.なぜ、苦情は発生するのか 4.一口に苦情と言っても、その原因はさまざま 5.顧客の立場に自分を置いてみる 6.苦情処理でもっとも大切な心構えとは 第2章 苦情を予防するには 1.苦情を未然に防ぐ心構えとは 2.顧客の隠れた不満を発見するには 3.いきなり「取引停止」にならないためには、何が必要か 4.個々の接客担当者だけで解決できない問題はどうするか 5.苦情を出さない、誰からも好かれる接客担当者になるコツ 6.顧客との信頼関係を築ける接客担当者は苦情が少ない 7.疎遠になると苦情が増える、細やかな連絡を活用して信頼関係を築くには 第3章 苦情処理の基本的な対応とは 1.苦情処理に外せない六つのステップ 2.顧客の不安をいかに取り除くか 3.シェークスピアの時代から言われている苦情処理の基本とは 4.苦情を聞くとき、気を付けなければいけないことは 5.顧客の怒りを助長させない苦情を聞く姿勢とは 6.叱られるプロが実践する禁断のテクニックとは 7.表面的な苦情に隠された本当の原因を知ることで、苦情は宝になる 第4章 ファンを増やす苦情処理法とは 1.ネズミがカウンターを疾走したラーメン店の対応は 2.ラーメンに髪の毛が入っていても、顧客がファンになる対応とは 3.苦情をますますこじらせる現代のコミュニケーション事情 4.ブロック塀を壊された人が怒れなかった謝罪の仕方とは 5.顧客が感情的になっているときの苦情処理のポイント 6.どうしても反論しなければならない場合は 7.苦情処理から顧客の信頼を得る方法とは 第5章 歴史とテレビドラマに見るうまい苦情処理の実例 1.日本人が好きな謝罪の仕方とは 2.自らの命と六十二万石を守った独眼竜政宗の謝罪法 3.大河ドラマからヒントを得て上司のプレッシャーを脱出したノウハウ 4.苦情処理における沈黙と社交性にかかわる一考察 5.映画で見た高倉健さんの秀逸な苦情処理法 おわりに よろしくお願いいたします。
2020年12月28日
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こんにちは。 本日は、新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」からのネタです。 今回、ご紹介するのは、第5章の『 三島駅前の観光スポット・楽寿園は、装飾絵画で彩られた建物と絶景の溶岩庭園が素晴らしい 静岡県三島市 』。 三島といえば、日本百名城にもなっている、お城ファン必見の名城・山中城がありますね。 詳しくご紹介するのは次回ですが、今回は、山中城の一部である岱崎出丸(だいさきでまる)にも少し触れます。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2018年4月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.かつて伊豆国の国府が置かれた三島市 今回は、前から行きたかった場所・静岡県三島市を歩きます。 三島市は、静岡県東部にある人口約10万人の都市。伊豆半島の北端部に位置し、かつては伊豆国の国府が置かれていたところです。 ただ現在は、東海道新幹線の停車駅があり、東海の一都市というイメージかも。伊豆国だったと言われると、少し戸惑ってしまいますな。 歴史ウォーキングの見どころといえば、やはり伊豆国一の宮である三嶋大社ははずせないでしょう。市の中心部にも、楽寿園という一押しの観光スポットがあるらしい。 ただ私が、もっとも三島に来たかった理由は、ほかにあるのですよ。 それは、山中城。 北条流築造術の粋を集めた城郭で、豊臣秀吉の小田原征伐の際は、激闘が行われた場所でもあります。 山中城の魅力は、壮大な畝堀や障子堀などのビジュアル面でしょうか。見た目が良いなどと言うと、城好きとしては修業が足りないと言われそうですが…。 しかし、関東は土の城が多く、写真を撮ると、イマイチその迫力や美しさが伝わらないのが悩みの種でした。 ところが山中城は、土の城には珍しくインスタ映えする城郭なのですよ。 2.三島駅徒歩3分で、観光客のさまざまなニーズに対応できる楽寿園 よし、バシバシ山中城の写真を撮りまくるぞ、と三島駅に降り立ちました。 ただ、せっかく三島まで来たのだから、山中城だけの見学ではもったいない。山中城へ向かうバスの時間を確認し、それまで市内観光をすることにしました。 まず向かったのは、先ほども触れた楽寿園。 なんと、駅前に入り口があるのですね。時間が限られた忙しい旅人には最適の観光スポットかも。 楽寿園は、三島市立の公園で、広さは約75,000平方メートル。園内には、小浜池という特徴的な景観の池があるらしい。 ここは1890年に、小松宮彰仁親王の別邸が造営された場所です。その後、大韓帝国の皇太子の別邸となり、さらに資産家の所有を経て、1952年から三島市が管理運営するようになったのですか。 かつては風光明媚な郊外に別邸を構える有力者は多かったそうですが、駅前に別邸を設けるとはすごいと思いました。 もっとも、豆相鉄道(現在の伊豆箱根鉄道)が開業したのが1898年。丹那トンネルが開通し、東海道本線三島駅が開業したのが1934年だから、別邸のほうが先輩なのですね。 別邸の目の前に駅を作らせたとすれば、もっとすごいですが…。 楽寿園には、特徴的な景観の庭のほか、小規模の遊園地や動物園も併設されているのですね。子供からお年寄りまで、さまざまな観光客のニーズに対応してくれるのがうれしい。入園料も大人300円とリーズナブルで、お得感も最高でした。 遊園地や動物園のニーズは今のところないのでパスして、まず向かったのは、小松宮彰仁親王の別邸として建てられた楽寿館。もらったパンフによれば、京都風の高床式数寄屋造りの建物だとか。館内には、野口幽谷や滝和亭など帝室技芸員(現在の人間国宝にあたる)6人を含む、明治時代を代表する画家の作品が展示されていると書かれていました。 内部は、ガイド付きツアーという形で見学できるのですな。ただ、建物内は写真撮影が禁止なのは少し残念。 ガイドさんの案内に従って建物内を巡ると、さまざまな部屋に描かれた装飾絵画を見ることができます。さながら、美術館の中を歩いているような気分。 特に、主室と次の間からなる楽寿の間は、襖や杉戸、天井に、当時の一級の日本画家達による210枚もの装飾絵画が素晴らしかったです。 楽寿の間の廊下から見る小浜池の眺めも印象深かったですね。ここに別邸を作った理由が納得できました。 3.国の天然記念物および名勝に指定されている絶景の庭園 楽寿館を出て、さきほど楽寿の間から見た絶景の庭園を歩きます。まず目に留まったのは、いこいの松。 枝ぶりが見事で、ネーミング通り心が和みますな。 それにしても、庭園の中は、岩の量が半端ない。これは、溶岩ですかね。 私はいろいろな場所で日本庭園を見学していますが、これほど岩の多い庭園は初めてかも。 富士山の溶岩を置き、池や木と対比させて、面白い景観を作っている庭園はいくつか見た記憶があります。しかし、この溶岩の量は、岩を後から設置したというより、地面から湧き上がってきたような感じ。 それもそのはずで、これらは約1万年前の富士山の噴火で流れ出したもの。三島市は、溶岩流の上にできた街みたい。事実、地質学上貴重な場所として、2012年には、「伊豆半島ジオパーク」のジオサイトとして認定されたのですね。 小浜池と呼ばれるエリアは、水が完全に干上がって、独特の奇観を呈していました。 池が作られた当初は、富士山の雪解け水が湧き出して満々と水を湛える池だったそうなのですよ。ところが、1962年頃から湧水の枯渇が続き、このような状態になってしまったとのこと。 これでは池と呼べないのではないか。…と思ったら、数年に一度、池が満水を迎えるときもあるらしい。 水辺に張り出した楽寿館を見たかったけれど、水のまったくない池泉回遊式庭園も珍しくて興味の泉が湧いてきます。 ただ、楽寿園の池が全部干上がっているわけではなく、水がたまっている池もあるのですよ。 それぞれの池の地下は、どんな構造になっているのだろうかと想像を膨らませるのでした。 ほかにも、楽寿園には、無料で見学できる三島市郷土資料館がありました。本来ならじっくり見学したいところですが、山中城へ向かうバスの時間が迫っています。後ろ髪をひかれる思いで、楽寿園を後にするのでした。 4.旧東海道を両側から扼するために作られた山中城 三島駅前に戻り、元箱根港行きのバスで山中城跡に向かいます。1時間に1本ほどのペースで運行していて、乗車時間も30分くらいですか。 山城へ行くと考えたら、アクセスは悪くないでしょうね。ただ、山中城跡で食べる兵糧をコンビニで調達していたら、バス停にものすごい行列ができていました。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」に続く) その後、コロナ禍の現在では信じられない程すし詰めのバスに揺られて、山中城へ。 最近は、お城の御朱印なるものができるほど、城めぐりが人気らしいですね。半世紀も前から城めぐりをしている私としてはうれしい限り…。 …と思ったら、山中城の手前で、ほとんどの観光客が降りてしまったのでした。山中城へ行く旅人は、たった2人ですか。 皆が降りた場所には、確かに、人気の観光スポットがあります。城ヲタクとしては、山中城をスルーするほどの魅力がありますかね。 …と、多少いじけた気持ちになりました。 山中城は、旧東海道を両側から押さえるために、「本城」の部分と「岱崎出丸(だいさきでまる)」の部分に分かれています。まず向かったのは、岱崎出丸。 ここには、落ちたらダブルボギー確実の巨大な畝堀を見ることかできました。 小田原征伐の際、進軍してくる豊臣の大軍を迎え撃つために、これだけの規模の堀が必要だったのでしょうね。 山中城は、富士の絶景も素晴らしい。 ほかにも、すり鉢曲輪や出丸御馬場、堀構築途中の曲輪跡など、出丸だけでも一つの城以上の見どころが目白押し! ご興味のある方は、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」 (参考)目次より 第1章 和泉川沿いに点在する鎌倉時代の武将・泉小次郎の遺跡と横浜市内で唯一残る製糸場を歩く 神奈川県横浜市1.泉区の名に恥じない、駅前に広がる地蔵原の水辺風景2.執権北条氏の打倒を図った泉小次郎ゆかりの須賀神社と長福寺3.鎌倉時代の館か、南北朝時代の城かで迷う中和田城4.「手づくり郷土賞」受賞の和泉川親水広場と心癒される神社仏閣めぐり5.横浜市内で唯一残る製糸関連の遺構と♪森と泉に~囲まれた天王森泉公園6.境川における東泉寺・琴平神社の深い関係と富士塚城跡の謎 第2章 源頼朝の蛭ヶ小島、北条早雲の韮山城、江川太郎左衛門の江川邸がセットで楽しめる韮山を歩く 静岡県伊豆の国市1.源頼朝と鎌倉北条氏、後北条氏発展の舞台になった韮山2.源頼朝が配流された場所と伝わる蛭ヶ小島3.3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間持ちこたえる4.戦国時代とともに生き、その終わりとともに終焉を迎えた韮山城5.戦国の城の迫力を今に伝える土塁と急斜面6.富士山の絶景を独り占めできる韮山城の本丸7.お台場の築造に大きな役割を果たした江川太郎左衛門8.大河ドラマ「篤姫」「西郷どん」や「JIN-仁」などのロケに使われた江川邸 第3章 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所6.意味深な溝や石が点在する北条氏邸跡7.北条氏邸の跡に建つ、北条一族の菩提を弔う寺院・円成寺の跡 第4章 古代から近世の歴史スポットが満載! 歴史散歩の王道が満喫できるウォーキングコース 神奈川県川崎市1.古代と中世の歴史スポットがいっぱいのウォーキングコース2.7世紀末に創建されたと推定される関東の正倉院・影向寺3.古代橘樹郡の役所跡に作られた眺望の良い古代の丘緑地4.弟橘媛伝説と古事記との関連が興味深い子母口富士見台古墳5.川崎の内陸部まで海が広がっていたことを示す子母口貝塚6.思わず血圧が上がる江戸時代の領主の暴挙と癒しの「農の景色」7.土塁か、古墳か、人によって見え方が違う井田城跡 第5章 三島駅前の観光スポット・楽寿園は、装飾絵画で彩られた建物と絶景の溶岩庭園が素晴らしい 静岡県三島市1.かつて伊豆国の国府が置かれた三島市2.三島駅徒歩3分で、観光客のさまざまなニーズに対応できる楽寿園3.国の天然記念物および名勝に指定されている絶景の庭園4.旧東海道を両側から扼するために作られた山中城5.城が未完成のまま豊臣の大軍を迎え、多くの武将が壮絶な戦死を遂げる6.ダブルボギー確実の岱崎出丸の巨大な畝堀 第6章 ビジュアルでは、石垣の城に負けない土の城・山中城と伊豆国の一宮・三嶋大社を歩く 静岡県三島市1.豊臣の大軍と激闘が行われた日本百名城・山中城2.ビジュアルで石垣の城に負けない、山中城の畝堀と障子堀3.豊臣軍との攻防戦時の様子が気になる西の丸4.傾斜地にある二の丸と二段構造になっている本丸5.厳重に守られ、本丸より標高の高い場所にある北の丸6.半日で落城した山中城と百日持ちこたえた韮山城の要害度に関する一考察7.伊豆国一宮・三嶋大社と水辺の景観が美しい白滝公園 第7章 歴史スポットは相模国分寺跡だけじゃない! 巨大古墳に中世の武士の館跡がてんこ盛りの海老名を歩く 神奈川県海老名市1.七重塔がそびえたつ海老名中央公園2.船つなぎ用の杭が育った伝説がある海老名の大ケヤキ3.歴史好きがスルーするのはもったいない、ひさご塚古墳と浜田歴史公園4.全国的に珍しい建物の配置があったという相模国分寺跡5.京都の東寺の五重塔より高い七重塔があった6.大正7年に作られた村役場庁舎を活かした郷土資料館がある7.パンダとネギでも注目を集めた相模国最古級の有鹿神社 第8章 戦国の城ファン必見の深見城と緑深い水源地を中心に広がる泉の森公園をめぐる旅 神奈川県大和市1.大和市のネーミングと銀行合併の意外な関係2.明確な遺構が残るものの、資料が少ない謎の城・深見城3.当時の縄張りをイメージできる戦国ファンにとって貴重な城4.日本の原風景とエキゾチックな橋のコラボが魅力の泉の森公園5.古民家の間取りの変化が理解できる大和市郷土民家園 第9章 戦国関東のスーパースター太田道灌、北条早雲にかかわる大城郭・大庭城を歩く 神奈川県藤沢市1.ゴージャスなススキの群落に出会える引地川親水公園2.後北条氏の城の特徴?が気になる裏門公園3.縄文時代から、人々の生活の舞台であった大庭城4.いったい誰が、こんな大城郭を作ったのか5.大庭城にまつわる悲しい伝説が残る舟地蔵6.もうひとつの大庭神社と裏山に大庭景親の居館があったと伝わる宗賢院7.はるか彼方に江ノ島の絶景が見える伊勢山公園
2020年12月19日
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こんにちは。 昨日は、「東京産野菜の魅力をめぐる旅」ということで、東京西洋野菜研究会の西洋野菜と都内最大級の農産物直売所・秋川ファーマーズセンターをご紹介しました。 本日は、その続きです。 初めての方は、こちらからどうぞ。 1.コロナ禍の今こそおすすめの秋川渓谷リバーティオ 西多摩地域モニターツアーの参加者は、再びジャンボタクシーに分乗して次のスポットに向かいます。 時刻はちょうど午前12時。いよいよ食事タイムですな。 …ということで、我々が向かったのは、秋川渓谷のほとりにある、秋川渓谷リバーティオ。 秋川渓谷リバーティオは、コテージとバーベキューハウスからなる施設。その中のコテージリバーティオは、平成27年4月にオープンした白壁の木造欧風コテージ宿泊施設らしい。 道の先に、緑色の屋根の瀟洒なコテージが並んでいるのが見えました。 それぞれのコテージには、別荘のように、浴室やトイレ、洗面所、キッチンが完備されているそうですよ。 個人的には、昔泊まったことのある軽井沢のコテージをイメージしてしまいます。 ただ、軽井沢と違うのは、近くに大きな川が流れていること。 この川は秋川と言い、東京都の西部に位置する檜原村からあきる野市にかけて流れる河川。 多摩川の支流のひとつで、その中ではもっとも流域面積が広いのだとか。 秋川と言えば、施設の名前にもなっている秋川渓谷が有名ですね。春からは夏にかけては、川遊びや河原のバーベキューなどを楽しむ人たちで賑わいます。 今は冬。だからこそ、この広い河原を独り占めできそう。 河原に座り、秋川の瀬音を静かに聞いていると、心が安らぎます。 コロナ禍では三密を避けられる穴場のスポットかもしれませんね。 2.あきる野市で60年以上営業を続ける松村精肉店直営のバーベキューハウス コテージに、いつか宿泊してみたいと思いつつ、我々が向かったのは大きなログハウス。 ここでバーベキューが堪能できるのですな。 バーベキューハウスに入る前は、もちろん皆で手を消毒します。 入り口を開放し、通気を確保。室内の天井は高く、換気も良さそうですね。皆、一定の間隔を開けて席に着きました。 コロナ対策をしっかりした上で、いよいよバーベキューの開始です。 申し遅れましたが、ここ秋川渓谷リバーティオは、あきる野市で60年以上営業を続けている松村精肉店直営の施設なのだとか。 老舗の肉屋さんが提供している肉なら、おいしくないわけはありませんよね。 当然、食べる前からハードルは高くなりましたが、そのハードルの上を軽々と超えてゆく味と量でした。 肉は、一人ひとり小分けにされていて、そこには牛と豚と鶏肉の三種類が入っています。 牛肉は、珍しい東京都産の「秋川牛」のほか、地元産の豚肉や東京しゃもなどこだわり抜いた一品です。 忘れてはいけないのが、地元で採れた新鮮な野菜。それを一気に鉄板の上にのせ、豪快にいただきました。 実は私、豚肉が苦手なのです。 小学校時代、給食の豚肉の脂身の臭いが嫌いで、仕方なく飲み込むようにして食べていた思い出があります。 ところが、こちらの豚肉はまったく臭みがない。脂身が甘くてジューシー。 これならいけると、気が付けば全部平らげていました。 もちろん秋川牛も東京しゃもの肉もやわらかく、口の中に入れると溶けてしまうような味わい。 しかも、私の長い人生で、肉と野菜だけでお腹いっぱいになったのは初めての経験でした。 3.かわいい蜜蜂に触れ合えるみつばちファーム 皆、お腹いっぱいなって満足し、再びジャンボタクシーに乗って、最後の目的地に向かいます。 ちなみに、ここで参加者は、製材所と鶏卵農場、みつばちファームの三か所に分かれるのですよ。 私が選んだのは、みつばちファーム。ここでは、蜂場見学やはちみつの試食、ミツロウを使ったキャンドルづくりが体験できるとのこと。 タクシーに乗ること約10分で、あきる野市上ノ台にあるみつばちファームに到着。 ここでも、施設に入る前は、お約束の手の消毒ですね。 みつばちファームの中は、ミュージアムも併設されており、はちみつにまつわるさまざまなパネルやグッズなどが展示されていました。 こちらの代表をされている犬飼博さんから一通り説明を受けたあと、まずは施設の外にある養蜂箱の見学です。 黒いネットを頭からかぶり、皆、恐る恐る養蜂箱に近づきました。 私も含め、誰も、養蜂箱に触れたことがないとのことで、皆緊張します。 まずは、煙をふきかけて、蜂を大人しくするのですね。 犬飼さんが、箱の中の木枠を持ち上げると、そこには蜂がいっぱい。 蜂蜜やミツロウが作られる様子、蜂の子やロイヤルゼリーなどについて、とてもわかりやすく説明していただきました。 それにしても、養蜂箱には一体何匹の蜂がいるのでしょうね。ところが、この箱の中に、女王蜂は一匹だけ。 写真ではわかりづらいですが、蜜蜂の中でひときわ存在感のある女王様を確認いたしました。 昔見たアニメの「みなしごハッチ」は、生き別れた女王蜂のお母さんを探していましたね。でも、これだけ子供が多いと、会えたとしても、「あんた誰だっけ?」と言われるかも。 もっとも、蜜を集めている蜜蜂は、メスなのだとか。オスは、働かないので、やがて追い出されてしまうこともあるという耳が痛い話を神妙に聞いたのでした。 この後、皆で、蜂がいっぱいついた木枠を持たせてもらいました。 女性陣は、恐る恐る持っていましたが、みなしごハッチを見て、蜂に親近感を覚えているオヤジは大丈夫です。 4.世界で一つだけの作品が作れるミツロウキャンドル 施設内に戻って、ミツロウキャンドル作りにチャレンジします。 このミツロウがたっぷり入った容器の中に、ロウソクの芯を浸し、少しずつミツロウを付着させてキャンドルを作っていくのですな。 みんなでチャレンジしたものの、なぜか私だけうまく行きませぬ。 ミツロウが乾くまで、上にあげた状態で少し待たないといけないのですね。 しかし、せっかちな私は、ひたすら上下動を繰り返すのでした。 あとでそれに気づいて修正したものの、そのときは手遅れの状態に…。 ほかの人のキャンドルと比べて、異様に短いのがおわかりになりますでしょうか。 これでロウソク職人の道は絶たれたと少し落ち込みましたが、みつばちファームではお口直しのイベントが用意されていたのでした。 それは、はちみつの試食会。 はちみつは、季節によって蜜蜂が集める花が違い、それによって味も変わってくるらしい。 さまざまな種類のはちみつを舐めさせてもらいましたが、一口にはちみつと言っても、こんなに味のバリエーションがあるのですか。 藤や桜の蜜の味が、人気が高かったです。それに比べ、クリの花の蜜は、鉄分が多く健康にプラスになるものの、あまりおいしくないらしい。 少し舌に刺激は感じましたが、思ったほどではないような。個人的には、全然大丈夫です。 ここで、西多摩地域モニターツアーは終了。人生初となるさまざまな経験ができて、とても有意義な一日でした。 ちなみに翌日、作ったキャンドルに火を灯してみたのですよ。 作ったときは失敗作だと思ったのですが、この自然なフォルムは意外と芸術的かも。 すっかり気に入って、作品にタイトルをつけてしまいました。 それは、「鍾乳洞の灯」。 ミツロウキャンドルが、鍾乳石に見えなくもないですし…。 西多摩地域に、ご興味のある方は、感染対策を万全にして、是非お出かけください。
2020年12月14日
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こんにちは。 新型コロナの拡大は止まることを知りませんね。今年は私も、遠くへウォーキングに行くことは避け、なるべく近場の人通りの少ない場所を歩いています。 ただ、こんな生活がもう9か月以上…。 だんだんと行く場所も無くなってきて、かなりストレスがたまってきました。新型コロナは、自宅に閉じこもっていればリスクを最小限にできるのですが、逆にメンタル面のリスクが増大しそう。 そんなとき、多摩観光推進協議会が主催する西多摩地域モニターツアーの存在を知りました。何でも、「感染予防対策ガイドライン」を独自に作り、農業や林業、畜産などの体験を通して、これからの観光のあり方を検討していくらしい。 農業や林業体験なら三密も避けられそうだし、私が住んでいるのと同じ東京都の郊外。 県境をまたいでの移動ではないところも、感染対策にはうれしいですね。 実際参加してみると、現地の人たちは皆、感染症対策をしている観光客にはウエルカムで、気持ちよく旅をすることができました。 …ということで、今回は、コロナ禍における体験旅行についてリポートさせていただこうか、と。 1.コロナ禍で存在感を増すジャンボタクシー モニターツアーの集合場所は、JR立川駅の改札。 ここに、若い男女、海外からの留学生、私のようなおじさんを含め、さまざまな背景の人たちが集まりました。 モニターツアーは、農業や林業、畜産の3つのコースに分かれており、私が参加するのは農業コースです。 最初の目的地は、東京西洋野菜研究会が主催するあきる野市の畑ですか。 そこまでは、ジャンボタクシーに分乗して向かうのですな。 タクシーの中は、ウイルスが付着しないようシートがラップで包まれ、きれいに消毒されていました。 運転席と乗車スペースの間には透明なビニール、「乗車中のお客様へのご理解とお願い」の張り紙。 ここまでは普通のタクシーも行っている対策ですが、乗車する際は、一人ひとり人に運転手さんが手のアルコール消毒をしてくれました。 除菌スプレーも今や必需品ですな。 2.東京産西洋野菜の普及、品質向上を目指す東京西洋野菜研究会 立川駅からタクシーに乗ること約40分。あきる野市油平にある東京西洋野菜研究会の畑に到着しました。 同じ東京でも、こちらは空が広い。空気もおいしい。遠くには奥多摩の稜線が見え、コロナ疲れの心を癒してくれました。 しばらく畑の中を歩いていくと、見慣れない野菜が植えられているエリアが…。 これが西洋野菜ですか。 ここでは、東京西洋野菜研究会の生産者の方が、わかりやすく丁寧に、それぞれの野菜について説明してくれました。 ちなみに東京西洋野菜研究会は、2018年11月に発足したそうです。近年ヨーロッパから導入された野菜の栽培のほか、一般にはなじみがない野菜の研究や情報発信、普及も行っているらしい。 ホームページには、種苗メーカーと連携した栽培指導により、東京産西洋野菜の品質向上も目指すと書かれていました。 一通り、畑の説明を受けた後、いよいよ西洋野菜の収穫体験です。 初めて見るものが多く、間違っていたら申し訳ないですが、これから収穫した野菜について紹介させていただきます。 まず、これはビーツ。 色鮮やかで甘みある根菜で、見た目と違ってほうれん草の仲間なのですか。でも、食感はニンジンに近いそうですよ。 次は、コールラビ。 カブのようなブロッコリーのような感覚で、スライスして生で食べても美味しいとのこと。 これは、普通のカブでしょうと思ったら、サラダラティーナという名前があるのですね。 ローマの南方で広まっているそうで、その名の通り、サラダにできるくらい柔らかく甘いのだとか。 パセリみたいなカリーノケールは、ドレッシングが絡みやすい柔らかいフリルがあり、そのまま食べてもおいしいらしい。 カーボロネロ は、軸をとって煮込みにすると味わい深いダシが出るそうですよ。 高級スーパーやレストランで見たことがある野菜もありましたが、どれも今まで食べたことがない野菜ばかり。 今すぐ食べたい、と思ったら、うれしいことに試食用のトレイが用意されていました。 食べる前は、もちろん皆、きちんと除菌です。 ドレッシングも用意されていましたが、何もつけずに全部食べてみました。 どれも苦みやえぐみはなく、シャキシャキした食感でとてもおいしい。 特におすすめは、サラダラティーナ。口いっぱいに広がるジューシーな甘さは、野菜というより果物みたい。 軸をとって煮込みにすると味わい深いというカーボロネロのスープも、さっぱりした中にコクがあっておいしかったです。 3.都内最大級の農産物直売所・秋川ファーマーズセンター 東京西洋野菜研究会の畑を出て、次に向かったのは、あきる野市二宮にある秋川ファーマーズセンター。 ここは、通称「とうもろこし街道」と呼ばれていた五日市街道沿いに、平成5年にオープンした都内最大級の農産物直売所です。 こちらでも、入り口に、マスクをしての入所をお願いしますという看板が大きく掲げられていました。 広い室内は、地元の農家が育てた野菜がところ狭しと並んでいます。 どの野菜も驚くほど安く、「この大きさと量で、この値段なんて信じられない~」というツアー参加者の声があがっていました。 外には、植木・盆栽コーナーがあり、植木や各種盆栽を販売しているのですな。 翌日、東京西洋野菜研究会からもらった食材でサラダを作ってみました。 皿に、ちぎった野菜を盛っただけの「野趣あふれる男のサラダ」ですが…。 これに、秋川ファーマーズセンターの責任者の方イチオシの「おろしポン酢ドレッシング」をかけて食べてみたのですよ。 西洋野菜と和風のおろしポン酢の酸味の相性は抜群。 いきなり食卓が、フレンチの高級レストランになりました。 ご興味のある方は、是非、お出かけください。 西多摩地域モニターツアーのご報告は次回も続きます。
2020年12月13日
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こんにちは。 本日は、新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」からのネタです。 今回、ご紹介するのは、第4章の『 古代から近世の歴史スポットが満載! 歴史散歩の王道が満喫できるウォーキングコース 神奈川県川崎市 』。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2019年2月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.古代と中世の歴史スポットがいっぱいのウォーキングコース 今回は、神奈川県川崎市を歩きます。 これまでは、今まで行ったことのない場所を歩くときは、ガイドブックを参考にすることがほとんどでした。ただ、最近は、ネットを参考に、自らウォーキングコースを作って歩くことが増えているような。 …というのも、多くの自治体が、自分の町のウォーキングコースを作り、ネットで公開しているからです。 地元の人しか知らないような魅力的な道が紹介されていたり、細かなトリビアが地図に記載されていたりするのがうれしい。 特に、川崎市は、それぞれの区が競い合って、自分たちの町の見どころをアピールしている感じがします。 それらの地図や見どころを眺めていて、是非、行ってみたいコースが目に留まりました。 それは、川崎市高津区の「子母口、千年コース」と「久末コース」。 奈良時代以前からあるという古刹や古代武蔵国橘樹郡の役所跡、そして古墳に貝塚など、歴史スポットが満載なのですよ。まさに、歴史ウォーキングの王道が堪能できそう。 ちなみに、「子母口、千年コース」と「久末コース」は、それぞれの距離が3.4キロと3.3キロ。個人的には、単体だと物足りない距離なので、組み合わせて歩いてみようと考えました。 どちらのウォーキングコースも、スタートとゴールはバス停です。ただ、今回はバスを使わずに最寄りの駅から歩き、帰りも延々と歩いて駅に向かうことにします。今まで行ったことのない場所は、歩くと思わぬ歴史スポットに遭遇することがあるからです。 さらに帰り道には、前から行きたかった古墳や戦国時代の城をトッピングする欲張りなコースを考えました。 結果的に、その日は、37,218歩も歩くことになってしまいましたが。 ただ、上記の市に推奨されたコースだけなら、二つ合わせてもバスを使えば7キロほどです。ほどよい距離の歴史ウォーキングが楽しめますので、是非、お出かけください。 2.7世紀末に創建されたと推定される関東の正倉院・影向寺 ウォーキングのスタートは、JR南武線の武蔵新城駅。ここから、商店街や住宅街を延々と歩きます。 まず向かったのは、第三京浜道路の近くにある影向寺(ようごうじ)。 江戸時代に作られたという薬師堂や神奈川の名木100選になっている乳イチョウなどに歴史を感じる古刹です。 ただ、このお寺のすごいところは、普通の古刹に留まらない歴史があること。創建は、奈良時代とされていますが、発掘調査によれば、創建は7世紀後半にまで遡るのだとか。 7世紀後半といえば、藤原京の遷都や高松塚古墳が作られた頃ですな。関東屈指の古刹であり、「関東の正倉院」とも言われているらしい。 本尊の薬師如来は、国指定の重要文化財ですか。 現在の川崎市の中心部からかなり離れた場所に、なぜこんなすごい寺院があるのだろうと思ってしまいました。 ところが、かつてこの近くには、武蔵国橘樹郡の郡衙があったそうです。橘樹郡は、たちばなぐんと読み、現在の地名で言うと、川崎市のほぼ全域と横浜市の北部が含まれるらしい。 郡衙とは、古代の郡の役所ですね。つまりここは、古代の川崎市役所の所在地だったのですか。 影向寺は、この地の有力豪族の氏寺として出発し、やがて橘樹郡の郡寺として発展していったと推測されているそうです。 事実、発掘調査によれば、7世紀末の白鳳時代の古い瓦や奈良時代と思われる掘立柱の建物跡、塔の基壇などが確認されているとのこと。 当時の建物は残っていませんが、奈良時代にあったという三重塔や壮麗な本堂の姿を思い描くのでした。 3.古代橘樹郡の役所跡に作られた眺望の良い古代の丘緑地 近くには、古代橘樹郡の郡衙跡があり、一般開放されているのですか。早速GO!と思ったら、途中で、たちばなふれあいの森への案内板を発見。 少し遠回りになりますが、一級の歴史スポットでヒートアップした頭を鎮めるため、まずは癒しの森へと向かうことにしました。 たちばなふれあいの森は、川崎市が平成2年に整備した広大な公園。緑深い傾斜地を下ると、湧水地に「ホタルの里」が整備されています。 都会の近くで、深い森の中を飛び交うホタルが見られるなんて、最高の贅沢かも。 すっかりやさしい気持ちになって、郡衙跡へ向かう急な坂道を登ります。振り向くと、川崎の街並みが眼下に広がっていました。 坂道を登りきったところが、古代の丘緑地、すなわち郡衙跡なのですな。 現代のお役所は高層ビルにして眺望を楽しめるところが多いですが、当時の郡衙も眺望バツグンの一等地にあったのですね。 さて、古代橘樹郡の役所跡。現地は、広い原っぱになっていました。 この下に、奈良から平安時代にかけての掘立柱建物や塀の柱穴などの遺構が眠っているのですか。 ブルーシートは、発掘中のエリアかも。 解説板には、稲などを保管した倉庫と考えられる建物21棟や郡の役人が仕事をしていた官舎などと思われる建物20棟以上のほか、塀や溝なども発見されたと書かれています。土師器や須恵器、円面硯、鉄製刀子など、当時使われていた土器や文房具類なども発見されたのですか。 ただ、郡衙の中心的建物である郡長(政庁)は、まだ発見されていないとのこと。住宅地のなかに埋没しているのですかね。 ちなみに、先ほど行った郡寺跡である影向寺遺跡と、この古代武蔵国橘樹郡の役所跡の橘樹郡衙跡は、「橘樹官衙遺跡群」として、川崎市初の国の史跡になっているらしい。 その理由は、7~10世紀の地方官衙の実態とその推移を知る上で重要な遺跡だからだそうです。 ただ、「この原っぱが国の史跡?」 …と、たぶん一緒にいたら驚くだろう知人たちの顔が目に浮かぶのでした。 4.弟橘媛伝説と古事記との関連が興味深い子母口富士見台古墳 古代の丘緑地を下り、中原街道を越え、さらに住宅地の中を歩きます。すると突然、目の前に土の丘が…。 ここは、子母口富士見台古墳。子母口は、「しぼぐち」と読むのですか。 直径は17.5メートル、高さ3.7メートルの円墳ですが、児童公園の築山みたいな印象を受けました。所どころ摩耗して小さくなった感じですが、住宅地の中央部にありながらよくその形を保っています。 6世紀頃に作られたものだそうで、恐らくこの地域の有力者が葬られているのでしょうね。 …と思ったら、解説板には、弟橘媛(おとたちばなひめ)の伝説が書かれていました。 その伝説とは、近くにある橘樹神社に伝わるものだとか。 日本武尊が東征の際、海が荒れて船が沈みそうになったらしい。一緒にいた弟橘媛は、その身を海に投じて海を鎮めたとのこと。その後、入水した媛の御衣・御冠の具だけがこの地に漂着したというものです。 古事記には、「かれ七日ありて後に、其の后の御櫛海辺によりたりき。すなわち、その櫛を取りて御陵を作りて治め置きき」という記載があるそうです。 地域に残る伝説が、古事記の記述に裏付けられているとはすごい。 その弟橘媛の御陵が、なんと、子母口富士見台古墳というのですか。 ここから徒歩数分のところには、さきほどの伝説の日本武尊と弟橘媛を祀る橘樹神社があります。 かつて橘樹郡の総社であったと考えられているそうで、影向寺と同じく飛び切りの歴史を持つ神社なのですね。 詳しいことは忘れましたが、古事記に残る日本武尊と弟橘媛の伝説は、他の場所でも聞いた記憶があります。 そこは、海の近くでしたが、川崎でも内陸部にある場所で海の伝説とは信じられない気がしました。 ただ、次に向かった歴史スポットで、その疑問は氷解するのですが…。 5.川崎の内陸部まで海が広がっていたことを示す子母口貝塚 橘樹神社から300メートルくらい歩いたところに眺望の良い公園があります。ここは、子母口公園と言い、子母口貝塚としても知られているのだとか。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」に続く) 目の前に広がる住宅街の景色は、縄文時代には大海原だったのですな。 このあと、畑と高層ビルがコラボで眺められる「農の景色」のゾーンへ。竹と雑木林に囲まれた尾根道を歩くと、都会にいることを忘れてしまいそう。 途中に立ち寄ったお寺には、佐倉義民伝のような伝承が残る義民地蔵がありました。 最後に向かったのは、後北条家方の城と伝わる井田城。 緑地の中に土塁が残っているらしいのですが、それが土塁か、円墳か、非常に悩ましい見え方をしておりまする。 古墳の発掘調査では、城郭の存在を示す成果は報告されていないのですか。ただ、要害堅固な戦国の城として納得させられる部分はいくつもありましたよ。 ご興味のある方は、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」 (参考) 目次より 第1章 和泉川沿いに点在する鎌倉時代の武将・泉小次郎の遺跡と横浜市内で唯一残る製糸場を歩く 神奈川県横浜市 1.泉区の名に恥じない、駅前に広がる地蔵原の水辺風景 2.執権北条氏の打倒を図った泉小次郎ゆかりの須賀神社と長福寺 3.鎌倉時代の館か、南北朝時代の城かで迷う中和田城 4.「手づくり郷土賞」受賞の和泉川親水広場と心癒される神社仏閣めぐり 5.横浜市内で唯一残る製糸関連の遺構と♪森と泉に~囲まれた天王森泉公園 6.境川における東泉寺・琴平神社の深い関係と富士塚城跡の謎 第2章 源頼朝の蛭ヶ小島、北条早雲の韮山城、江川太郎左衛門の江川邸がセットで楽しめる韮山を歩く 静岡県伊豆の国市 1.源頼朝と鎌倉北条氏、後北条氏発展の舞台になった韮山 2.源頼朝が配流された場所と伝わる蛭ヶ小島 3.3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間持ちこたえる 4.戦国時代とともに生き、その終わりとともに終焉を迎えた韮山城 5.戦国の城の迫力を今に伝える土塁と急斜面 6.富士山の絶景を独り占めできる韮山城の本丸 7.お台場の築造に大きな役割を果たした江川太郎左衛門 8.大河ドラマ「篤姫」「西郷どん」や「JIN-仁」などのロケに使われた江川邸 第3章 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市 1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道 2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉 3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構 4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵 5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所 6.意味深な溝や石が点在する北条氏邸跡 7.北条氏邸の跡に建つ、北条一族の菩提を弔う寺院・円成寺の跡 第4章 古代から近世の歴史スポットが満載! 歴史散歩の王道が満喫できるウォーキングコース 神奈川県川崎市 1.古代と中世の歴史スポットがいっぱいのウォーキングコース 2.7世紀末に創建されたと推定される関東の正倉院・影向寺 3.古代橘樹郡の役所跡に作られた眺望の良い古代の丘緑地 4.弟橘媛伝説と古事記との関連が興味深い子母口富士見台古墳 5.川崎の内陸部まで海が広がっていたことを示す子母口貝塚 6.思わず血圧が上がる江戸時代の領主の暴挙と癒しの「農の景色」 7.土塁か、古墳か、人によって見え方が違う井田城跡 第5章 三島駅前の観光スポット・楽寿園は、装飾絵画で彩られた建物と絶景の溶岩庭園が素晴らしい 静岡県三島市 1.かつて伊豆国の国府が置かれた三島市 2.三島駅徒歩3分で、観光客のさまざまなニーズに対応できる楽寿園 3.国の天然記念物および名勝に指定されている絶景の庭園 4.旧東海道を両側から扼するために作られた山中城 5.城が未完成のまま豊臣の大軍を迎え、多くの武将が壮絶な戦死を遂げる 6.ダブルボギー確実の岱崎出丸の巨大な畝堀 第6章 ビジュアルでは、石垣の城に負けない土の城・山中城と伊豆国の一宮・三嶋大社を歩く 静岡県三島市 1.豊臣の大軍と激闘が行われた日本百名城・山中城 2.ビジュアルで石垣の城に負けない、山中城の畝堀と障子堀 3.豊臣軍との攻防戦時の様子が気になる西の丸 4.傾斜地にある二の丸と二段構造になっている本丸 5.厳重に守られ、本丸より標高の高い場所にある北の丸 6.半日で落城した山中城と百日持ちこたえた韮山城の要害度に関する一考察 7.伊豆国一宮・三嶋大社と水辺の景観が美しい白滝公園 第7章 歴史スポットは相模国分寺跡だけじゃない! 巨大古墳に中世の武士の館跡がてんこ盛りの海老名を歩く 神奈川県海老名市 1.七重塔がそびえたつ海老名中央公園 2.船つなぎ用の杭が育った伝説がある海老名の大ケヤキ 3.歴史好きがスルーするのはもったいない、ひさご塚古墳と浜田歴史公園 4.全国的に珍しい建物の配置があったという相模国分寺跡 5.京都の東寺の五重塔より高い七重塔があった 6.大正7年に作られた村役場庁舎を活かした郷土資料館がある 7.パンダとネギでも注目を集めた相模国最古級の有鹿神社 第8章 戦国の城ファン必見の深見城と緑深い水源地を中心に広がる泉の森公園をめぐる旅 神奈川県大和市 1.大和市のネーミングと銀行合併の意外な関係 2.明確な遺構が残るものの、資料が少ない謎の城・深見城 3.当時の縄張りをイメージできる戦国ファンにとって貴重な城 4.日本の原風景とエキゾチックな橋のコラボが魅力の泉の森公園 5.古民家の間取りの変化が理解できる大和市郷土民家園 第9章 戦国関東のスーパースター太田道灌、北条早雲にかかわる大城郭・大庭城を歩く 神奈川県藤沢市 1.ゴージャスなススキの群落に出会える引地川親水公園 2.後北条氏の城の特徴?が気になる裏門公園 3.縄文時代から、人々の生活の舞台であった大庭城 4.いったい誰が、こんな大城郭を作ったのか 5.大庭城にまつわる悲しい伝説が残る舟地蔵 6.もうひとつの大庭神社と裏山に大庭景親の居館があったと伝わる宗賢院 7.はるか彼方に江ノ島の絶景が見える伊勢山公園
2020年12月05日
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