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こんにちは。 本日は、新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」からのネタです。 今回、ご紹介するのは、第3章の『 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市 』。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2019年1月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道 今回も、静岡県伊豆の国市を歩きます。 江川邸を出て、次に向かうのは、世界文化遺産・韮山反射炉。 前回も述べましたが、韮山反射炉の築造に大きな役割を果たしたのが、江川太郎左衛門です。当然、自邸から反射炉まで何度も往復して築造や運営の指揮をしたのでしょう。 その通った道が、現在、担庵公思索の道として整備されているのですよ。 江川邸でもらった地図に、そのルートが示されています。自分も、江川太郎左衛門になった気分で歩いてみようと思いました。 まず向かったのは、江川邸から歩いてすぐのところにある本立寺。 このお寺の裏山に、本立寺付け城跡があるらしい。行ってみたい衝動にかられましたが、この先にも行かなくてはいけない歴史スポットがたくさんあるので自重しました。 本立寺は、室町時代から続く日蓮宗の古刹で、江川家の菩提寺でもあるのですか。 沿道からは、のどかな農村風景を楽しむことができました。 担庵公に倣って、思索をしながら歩こうかと思ったのですが、景色に見とれているうちに反射炉に着いてしまいました。 2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉 いよいよ本日のトリプル主役のひとつである韮山反射炉の見学です。 さすが、2015年に世界文化遺産に登録された場所だけあって、ガイダンスセンターや物産館、公園なども整備されていて、見どころは満載でした。 今回のように、江川邸と韮山反射炉をコラボで見学するには、700円の共通入場券が便利ですよ。支払った料金の元を取るために、まずは、ガイダンスセンターで、反射炉の概要を勉強します。 反射炉とは、大砲鋳造のために建設された施設。熱をアーチ型の天井に反射させて鉄が溶ける温度の1700度を得る構造から名付けられたそうです。 時は幕末。欧米からの開国要求が激しさを増す中で国防のニーズが高まり、幕府は、お台場などの防御施設を建設しました。ところが、台場に設置する武器も、あわせて作らなければならない。 …ということで、1857年に韮山反射炉を建設し、大砲が数百門も鋳造されたのですね。 申し遅れましたが、韮山反射炉は、国指定史跡であるとともに、通商産業省認定近代化産業遺産でもあるのですな。 ところで、世界遺産に認定されたのは、「明治日本の産業革命遺産」という背景があったからですか。それは、西洋から非西洋への産業化の波及を顕し代表する日本国内8エリア、23資産から構成されているらしい。 23の構成遺産を見てみると、官営八幡製鉄所や三菱長崎造船所、軍艦島で有名な端島炭坑などが並んでいます。どれも九州や山口県の萩など西日本にあり、東日本にあるのは釜石の鉱山と、この韮山反射炉だけなのですね。 そう考えると、ますます貴重に思えてくるのでした。 3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構 かつて、反射炉は国内で11基ありましたが、跡として残っているのは、萩と韮山、鹿児島の3基だけ。その中で築造当時の形で現存し、実際に稼働したことが確認されているのは韮山反射炉だけだそうです。 また、実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構らしい。 反射炉の高さは、約16メートル。連双2基で、合計4炉で構成されており、外側が伊豆石の組積造、内部が耐火レンガで作られたアーチ構造になっておりまする。 レンガの周りの茶色の鉄骨の枠が、なかなかオシャレだと思ったのですが、これは補強されたものですか。 そういえば、昔、萩の反射炉を見たときは、長細いピラミッドのようにレンガが積み重ねられていたことを思い出しました。 構造の解説をじっくり読んでも、文科系にはその仕組みがよくわかりませぬ。この穴から、溶けた鉄が出てくるらしいのですが…。 巨大な大砲を作っていたのですから、当然、大量の溶けた鉄が流れ落ちたのでしょう。 韮山反射炉の近くには、周りを石垣で囲った川が流れています。この川には巨大な水車が設置され、鉄に深い穴を開けて、大砲を作る作業に使用されたらしい。 川のほとりには、江川太郎左衛門の銅像があり、反射炉を背景に写真が撮れるスポットもありました。 4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵 反射炉物産館でお土産を買い、再び次の目的地を目指して歩き出します。 函南反射炉線という道路に出て、田んぼを見ながらテクテク歩き、伊豆箱根鉄道の伊豆長岡駅近くの踏切を渡りました。そして、近くの下田街道を三島方面に向かって歩きます。 結構距離を歩いていますが、実は、「江川担庵散策の路」と「頼朝・政子ロマンの路」という、独立した2つのウォーキングコースをコラボで回っているのでした。 距離は、それぞれ9キロと4.5キロですか。トータルの距離は13.5キロくらいで、個人的には、いつものウォーキングと変わりませぬ。 ただ、韮山城跡をくまなく歩いたから、本当はかなりオーバーしているかも。 さすがに、少し疲れたと思った頃、ようやく願成就院(がんじょうじゅいん)というお寺に到着しました。 このお寺は、仏師運慶が制作した阿弥陀如来坐像が安置されているらしい。運慶の仏像は、残っている数が少ないことで有名ですね。 …と思ったら、なんと、所蔵する5体の仏像が国宝に指定されているのですか。 所蔵している仏像はすごいですが、このお寺は、歴史好きにとっても興味をかきたてられるのですよ。『吾妻鏡』には、源頼朝の奥州平泉の藤原氏討伐の成功を祈り、鎌倉幕府初代執権・北条時政が建立した寺院だと記載されているそうです。 その後、二代執権義時や三代執権泰時によって、浄土様式の壮大な寺院となっていったとか。 訪れた時は、由緒ある名刹だとは感じましたが、歴史的に、ここまですごいお寺だとは思いませんでした。 本堂や境内が、少し小ぶりな印象があったから、と言いますか…。 しかし、境内の近くに、国指定史跡願成就院跡の石碑や解説板があるのを発見。 それを読むと、発掘調査の結果、大御堂や南新御堂、南塔、池畔などの跡が明らかになったという記載がありました。 このお寺の最盛期は、多くの堂宇や塔がそびえ立ち、巨大な池とその中の小島を橋でつなぐ、浄土様式の壮大な寺院として威容を誇っていたのでしょうね。 ただ、北条早雲と堀越公方との戦いで、願成就院はほぼ全焼。その後、僅かに再建された建物も、豊臣秀吉の小田原征伐の際に再び焼けてしまったらしい。 運慶作の国宝の本尊を始めとする仏像は、僧侶らによって運び出され、焼失を免れたのは不幸中の幸いでした。しかし、そのほかの多くの寺宝が失われてしまったのですね。 境内にある北条時政のお墓の写真はゲットすることができましたが、他の歴史スポットを回るために、境内の見学を少し端折ってしまったような。 後で調べると、足利茶々丸のお墓や茶々丸首洗いの池などの見どころもあったのですね。 歴史ウォーカーとして、もう少し下調べをしてから訪れるべきだったと反省するのでした。 5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所 再び下田街道を歩き、光照寺の角を左折。小道をしばらく歩くと、右手に広い原っぱが見えてきました。 ここはなんと、北条早雲を描いた司馬遼太郎の「箱根の坂」や滝沢馬琴の「里見八犬伝」にもたびたび登場する堀越公方の御所があったとされる場所ですか。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」に続く) 実際に現地を訪れると、歴史書の中だけの存在の堀越公方がリアルに感じられました。 このあと、歴史の教科書に登場する鎌倉幕府の執権北条氏の邸宅跡へ向かいます。 場所は、標高約100メートルの守山のふもと。そして立派な河川敷を持つ狩野川がすぐ近くを流れています。 近くには、北条政子産湯の井戸の伝説もあり、日本の中世史ファンにはたまらない歴史スポットですね。 伊豆国の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」 (参考) 目次より 第1章 和泉川沿いに点在する鎌倉時代の武将・泉小次郎の遺跡と横浜市内で唯一残る製糸場を歩く 神奈川県横浜市 1.泉区の名に恥じない、駅前に広がる地蔵原の水辺風景 2.執権北条氏の打倒を図った泉小次郎ゆかりの須賀神社と長福寺 3.鎌倉時代の館か、南北朝時代の城かで迷う中和田城 4.「手づくり郷土賞」受賞の和泉川親水広場と心癒される神社仏閣めぐり 5.横浜市内で唯一残る製糸関連の遺構と♪森と泉に~囲まれた天王森泉公園 6.境川における東泉寺・琴平神社の深い関係と富士塚城跡の謎 第2章 源頼朝の蛭ヶ小島、北条早雲の韮山城、江川太郎左衛門の江川邸がセットで楽しめる韮山を歩く 静岡県伊豆の国市 1.源頼朝と鎌倉北条氏、後北条氏発展の舞台になった韮山 2.源頼朝が配流された場所と伝わる蛭ヶ小島 3.3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間持ちこたえる 4.戦国時代とともに生き、その終わりとともに終焉を迎えた韮山城 5.戦国の城の迫力を今に伝える土塁と急斜面 6.富士山の絶景を独り占めできる韮山城の本丸 7.お台場の築造に大きな役割を果たした江川太郎左衛門 8.大河ドラマ「篤姫」「西郷どん」や「JIN-仁」などのロケに使われた江川邸 第3章 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市 1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道 2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉 3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構 4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵 5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所 6.意味深な溝や石が点在する北条氏邸跡 7.北条氏邸の跡に建つ、北条一族の菩提を弔う寺院・円成寺の跡 第4章 古代から近世の歴史スポットが満載! 歴史散歩の王道が満喫できるウォーキングコース 神奈川県川崎市 1.古代と中世の歴史スポットがいっぱいのウォーキングコース 2.7世紀末に創建されたと推定される関東の正倉院・影向寺 3.古代橘樹郡の役所跡に作られた眺望の良い古代の丘緑地 4.弟橘媛伝説と古事記との関連が興味深い子母口富士見台古墳 5.川崎の内陸部まで海が広がっていたことを示す子母口貝塚 6.思わず血圧が上がる江戸時代の領主の暴挙と癒しの「農の景色」 7.土塁か、古墳か、人によって見え方が違う井田城跡 第5章 三島駅前の観光スポット・楽寿園は、装飾絵画で彩られた建物と絶景の溶岩庭園が素晴らしい 静岡県三島市 1.かつて伊豆国の国府が置かれた三島市 2.三島駅徒歩3分で、観光客のさまざまなニーズに対応できる楽寿園 3.国の天然記念物および名勝に指定されている絶景の庭園 4.旧東海道を両側から扼するために作られた山中城 5.城が未完成のまま豊臣の大軍を迎え、多くの武将が壮絶な戦死を遂げる 6.ダブルボギー確実の岱崎出丸の巨大な畝堀 第6章 ビジュアルでは、石垣の城に負けない土の城・山中城と伊豆国の一宮・三嶋大社を歩く 静岡県三島市 1.豊臣の大軍と激闘が行われた日本百名城・山中城 2.ビジュアルで石垣の城に負けない、山中城の畝堀と障子堀 3.豊臣軍との攻防戦時の様子が気になる西の丸 4.傾斜地にある二の丸と二段構造になっている本丸 5.厳重に守られ、本丸より標高の高い場所にある北の丸 6.半日で落城した山中城と百日持ちこたえた韮山城の要害度に関する一考察 7.伊豆国一宮・三嶋大社と水辺の景観が美しい白滝公園 第7章 歴史スポットは相模国分寺跡だけじゃない! 巨大古墳に中世の武士の館跡がてんこ盛りの海老名を歩く 神奈川県海老名市 1.七重塔がそびえたつ海老名中央公園 2.船つなぎ用の杭が育った伝説がある海老名の大ケヤキ 3.歴史好きがスルーするのはもったいない、ひさご塚古墳と浜田歴史公園 4.全国的に珍しい建物の配置があったという相模国分寺跡 5.京都の東寺の五重塔より高い七重塔があった 6.大正7年に作られた村役場庁舎を活かした郷土資料館がある 7.パンダとネギでも注目を集めた相模国最古級の有鹿神社 第8章 戦国の城ファン必見の深見城と緑深い水源地を中心に広がる泉の森公園をめぐる旅 神奈川県大和市 1.大和市のネーミングと銀行合併の意外な関係 2.明確な遺構が残るものの、資料が少ない謎の城・深見城 3.当時の縄張りをイメージできる戦国ファンにとって貴重な城 4.日本の原風景とエキゾチックな橋のコラボが魅力の泉の森公園 5.古民家の間取りの変化が理解できる大和市郷土民家園 第9章 戦国関東のスーパースター太田道灌、北条早雲にかかわる大城郭・大庭城を歩く 神奈川県藤沢市 1.ゴージャスなススキの群落に出会える引地川親水公園 2.後北条氏の城の特徴?が気になる裏門公園 3.縄文時代から、人々の生活の舞台であった大庭城 4.いったい誰が、こんな大城郭を作ったのか 5.大庭城にまつわる悲しい伝説が残る舟地蔵 6.もうひとつの大庭神社と裏山に大庭景親の居館があったと伝わる宗賢院 7.はるか彼方に江ノ島の絶景が見える伊勢山公園
2020年11月28日
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こんにちは。 本日は、新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」からのネタです。 今回、ご紹介するのは、第2章の『 源頼朝の蛭ヶ小島、北条早雲の韮山城、江川太郎左衛門の江川邸がセットで楽しめる韮山を歩く 静岡県伊豆の国市 』。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2019年1月に行った時のもの。当時はもちろん新型コロナウイルスもなく、富士山の絶景も見事でした。 取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.源頼朝と鎌倉北条氏、後北条氏発展の舞台になった韮山 今回は、鎌倉、戦国、そして近世の世界遺産などの歴史アイテムが満載の場所を歩きます。そこは、静岡県伊豆の国市。 歴史好きにとっては、伊豆の国市よりも、韮山と言ったほうがピンとくるかもしれませぬ。北条早雲が伊豆の国を平定し、関東へ進出する拠点となった韮山城を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。 今回、行ってみようと思ったキッカケも、伊東潤著「虚けの舞」という本を読んで韮山城に興味が湧いたからです。その本の中では、秀吉の小田原征伐における韮山城の籠城戦の様子が詳細に描かれていました。 特に、本の中には、韮山城の詳細な縄張り図とともに、周辺の砦群の配置まで掲載されているのですよ。息詰まる攻防を、縄張り図と照らし合わせながら戦術を確認しながら読む醍醐味を満喫することができました。 小説で攻城戦を読んでしまうと、どうしてもこの目で現地を確認たくなるのが城好きの性。 …ということで、1月末の寒い日、伊豆箱根鉄道の韮山駅へ降り立ちました。オフシーズンで、駅は閑散としており、観光客は一人も見かけませぬ。 駅の柱には、「韮山反射炉」のマーキングがあります。世界遺産なので、観光客は皆、車やバスを利用して、そちらへ行っているのかもしれないと思うのでした。 しかし、歴史好きにとっては、韮山駅周辺にも、興味深い歴史スポットはたくさんあるのですけどね。 2.源頼朝が配流された場所と伝わる蛭ヶ小島 駅前には、独特な形をしたモニュメントがありました。この形状は、韮山反射炉を表しているのでしょうね。 さらに歩くと、洋風にも和風にも見える面白い建物があります。 ここは、伊豆の国市韮山文化センター。大ホールや映像ホール、研修室やアトリエ、韮山図書館などを備える複合施設らしい。 別名、韮山時代劇場とも呼ばれているそうですね。桟敷席もある約500人収容も大ホールがあるそうだから、ここで時代劇なども上演されるのでしょうか。 ここは、源頼朝と北条政子が出会った場所でもあるので、ロミオとジュリエットみたいな歴史劇が見られたら面白いなと思いました。個人的には、北条早雲主演、司馬遼太郎原作の「箱根の坂」がいいですが…。 そんなことを考えながら、駅前から東に伸びる道路を歩いていきます。それにしても、誰も歩いている人がいないですな。 少し心細くなって、横を見ると、巨大な富士山が出迎えてくれました。 千人の人たちから歓迎された気分になりますね。すっかり元気を取り戻して歩いていくと、右手に小公園が現れました。その公園には、二人の若い男女の銅像があります。 これは、言うまでもなく、源頼朝と北条政子の像ですな。すると、ここが蛭ヶ小島ですか。 蛭ヶ小島は、平治の乱に敗れ、配流となった源頼朝が14歳から20年ほど過ごした場所。小島とありますが、いわゆる海の中にある島ではなく、狩野川の中洲や湿田のなかの高台だったと言われているらしい。当時、狩野川は洪水のたびに氾濫し、いくつかの中洲があったとのこと。蛭ヶ島はそういった中洲の一つで、蛭が多く生息する湿地帯だったそうです。 ただ、頼朝の流刑地を特定する当時の歴史書の記述はなく、後世の発掘調査でも場所の特定はできていないのですか。 いずれにしても、頼朝は、快適な場所には住んでいなかったようで。こんな過酷な環境で、若い頼朝は、読経や写経などを行い、静かな日々を過ごしていたのですね。 それでも、監視役の北条氏の娘政子と、どう出会って恋に落ちたのか。やっぱり、韮山時代劇場で、韮山バージョンのロミオとジュリエットを見たいと思ったのでした。 3.3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間持ちこたえる さて、蛭ヶ島公園を出て、いよいよ本日のトリプル主演のひとつ、韮山城跡に向かいます。 韮山中学と市立体育館に挟まれた道を通り、直角に曲がって中学の横の小道を歩いていくと、次第に標高が上がっていきます。戦国の城は、高台に築かれていることがほとんど。坂を上るときはいつも、城を攻めるのだという高揚感に満たされますね。 ところが、そのまま城内に入るのではなく、広々とした池が目の前に現れました。地図を見ると、城池親水公園とあります。 当然、韮山城の現役時代は堀として活用されていたのでしょう。今は単独の池として存在していますが、当時は、韮山城があった山を、ぐるっと取り囲むように水堀があったそうです。 左手の山は、どこも切り立った崖。 どこから登るのだろうと少し不安になった頃、階段が現れました。 ほっとして、手元の縄張り図を見ると、本丸から三の丸の近くまで、下の道を歩かされたことになります。戦国時代なら、頭上から攻撃されて、もうすでに戦死していたはず。 これが本来の登城口なのかわかりませんが、入場する前から難攻不落さが伝わってきました。 急斜面を登ると、右手にテニスコートになっている広い広場があります。ここは、かつて韮山城の三の丸があった場所らしい。城内で最も広い平場で、幅が40メートル、長さが100メートルくらいあるでしょうか。 入口付近の土塁の高さや枡形の痕跡などもあり、当時もここに虎口すなわち入城口があったのかもしれないと思いました。 韮山城は、今立っている龍城山に本城があり、その周辺の山岳地帯に付け城が設けられています。広い地域にわたって防御する体制を作ることで、豊臣方の大軍を迎え撃ったのでしょう。 それでも、たった3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間も持ちこたえたのですか。 その辺りの攻防戦の様子は、前述の「虚けの舞」という本の中に詳しく描かれています。近くの天ヶ岳や江川、土手和田などの砦群にも遺構があるそうですが、とても1日では周り切れませぬ。 その分、韮山城の本城の魅力を余すところなく吸収しようと、武者震いするのでした。 4.戦国時代とともに生き、その終わりとともに終焉を迎えた韮山城 本城のある龍城山は、南北約400メートル、東西約100メートルの大きさ。その細長い尾根が、空堀によって、5つの曲輪に分けられています。 室町時代後期に、北条早雲の関東経略の拠点として整備され、その後も伊豆支配の拠点となっていたのですね。もちろん、当時は早雲とは言われていませんでしたが、伊勢盛時よりイメージしやすいので、この後も北条早雲と記載させていただきます。 韮山城は、後北条氏が支配する前から城として存在していたらしい。それ以前は、堀越公方の家臣の城があったと言われているそうです。 城が現在のような規模になったのは、北条早雲が整備したからで、早雲は、小田原城を奪取したあとも、ここ韮山を居城にしていたのですね。 やがて名将・北条氏康の四男・氏規が城主となり、小田原征伐の際の籠城戦を行うのでした。 戦国時代の始まりと終わりはいつかというのは、諸説あります。その中に、北条早雲が戦国の始まりに関与し、小田原征伐が戦国の終わりとする説がありました。その説を採用するなら、韮山城は、その両者が関係していることになりますね。 ちなみに、後北条氏と入れ替わる形で関東に入った徳川家康は、家臣の内藤信成を韮山城主としますが、1601年、彼の転封に伴い廃城となったらしい。 5.戦国の城の迫力を今に伝える土塁と急斜面 韮山城の基本的な知識を手に入れたところで、いよいよ攻城戦に突入です。城のある丘陵は、北から南に、三の丸、権現曲輪、二の丸、本丸、伝塩蔵へと続いています。 三の丸は、テニスコートがあるから見学はパスして、そこから少し登ったところにある権現曲輪へ。 権現曲輪の名前の由来は、熊野権現を祀る熊野神社があるからでしょうね。周りを土塁で囲まれている曲輪で、独立している雰囲気。当時はどんな施設があったのかとイメージが膨らみます。 権現曲輪の上には二の丸があるのですが、そこまではかなりの標高差。神社の境内に、巨大な富士塚があるような錯覚にとらわれてしまいました。 二の丸へ向かう道は、狭くて急です。上を見上げると、二の丸を守る兵からは丸見えの状態。矢が飛んで来たらひとたまりもないと鳥肌が立ちます。 急斜面を登ると、低い土塁に囲まれた二の丸が現れました。 戦国の城だけあって、あまり広くないような。江戸時代の城の二の丸には御殿がありますが、小ぶりの建物を一つ作るくらいの余裕しかありませぬ。 城主や家族が日常的に暮らせるような広さはないですが、眺望は素晴らしい。 眼下には韮山高校の広い校庭、遠くには富士山を見ることができます。 現在の韮山高校がある場所には、御座敷と呼ばれる部分があったそうです。二重に堀が巡らされていたそうで、厳重に警護された城主の館があったのかも。北条早雲の居館があったという伝承もあるらしいですね。 だとしたら、最高の勉学環境ですよ。北条早雲の館跡で勉強できるなんて。個人的には、関東で一番幸せな高校生活を送れるのではないかと感じたのでした。 6.富士山の絶景を独り占めできる韮山城の本丸 二の丸から一段高い場所にあるのが本丸。そこに至るまでには土塁と堀切があり、虎口も確認することができます。本丸へは、またしても急斜面を登るのですな。 ここからは、さらに見事な富士の絶景を眺めることができました。 風景に見とれていたら、足を滑らせそうに…。下は絶壁で、転げ落ちたら大ケガは必至です。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」に続く) このあと、韮山城の本丸へ。本丸は、直径20メートルほどの狭いスペース。豊臣との戦いで、北条氏規はどこで指揮をしたのだろうと思いましたね。 本丸から先には細い尾根道が続いており、尾根の上を綱渡りする気分で先に進むと、複雑な地形が現れます。 伝塩蔵とありますが、自分なりの解釈を加えながら歩くのは楽しかったです。 次に向かったのは、江川邸。 江戸幕府の直轄地であった伊豆・駿河・相模の統治を任された江川太郎左衛門の住居であり、韮山役所もここにあったらしい。 始めて訪れたのに既視感があったのは、大河ドラマ「篤姫」「西郷どん」や「JIN-仁」などのロケに使われた場所だったのですな。国指定重要文化財に指定されている主屋をたっぷりと見学しました。日本で最初にパンが焼かれた場所だそうで、復元された窯は必見ですよ。 伊豆国の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」 (参考)目次より 第1章 和泉川沿いに点在する鎌倉時代の武将・泉小次郎の遺跡と横浜市内で唯一残る製糸場を歩く 神奈川県横浜市1.泉区の名に恥じない、駅前に広がる地蔵原の水辺風景2.執権北条氏の打倒を図った泉小次郎ゆかりの須賀神社と長福寺3.鎌倉時代の館か、南北朝時代の城かで迷う中和田城4.「手づくり郷土賞」受賞の和泉川親水広場と心癒される神社仏閣めぐり5.横浜市内で唯一残る製糸関連の遺構と♪森と泉に~囲まれた天王森泉公園6.境川における東泉寺・琴平神社の深い関係と富士塚城跡の謎 第2章 源頼朝の蛭ヶ小島、北条早雲の韮山城、江川太郎左衛門の江川邸がセットで楽しめる韮山を歩く 静岡県伊豆の国市1.源頼朝と鎌倉北条氏、後北条氏発展の舞台になった韮山2.源頼朝が配流された場所と伝わる蛭ヶ小島3.3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間持ちこたえる4.戦国時代とともに生き、その終わりとともに終焉を迎えた韮山城5.戦国の城の迫力を今に伝える土塁と急斜面6.富士山の絶景を独り占めできる韮山城の本丸7.お台場の築造に大きな役割を果たした江川太郎左衛門8.大河ドラマ「篤姫」「西郷どん」や「JIN-仁」などのロケに使われた江川邸 第3章 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所6.意味深な溝や石が点在する北条氏邸跡7.北条氏邸の跡に建つ、北条一族の菩提を弔う寺院・円成寺の跡 第4章 古代から近世の歴史スポットが満載! 歴史散歩の王道が満喫できるウォーキングコース 神奈川県川崎市1.古代と中世の歴史スポットがいっぱいのウォーキングコース2.7世紀末に創建されたと推定される関東の正倉院・影向寺3.古代橘樹郡の役所跡に作られた眺望の良い古代の丘緑地4.弟橘媛伝説と古事記との関連が興味深い子母口富士見台古墳5.川崎の内陸部まで海が広がっていたことを示す子母口貝塚6.思わず血圧が上がる江戸時代の領主の暴挙と癒しの「農の景色」7.土塁か、古墳か、人によって見え方が違う井田城跡 第5章 三島駅前の観光スポット・楽寿園は、装飾絵画で彩られた建物と絶景の溶岩庭園が素晴らしい 静岡県三島市1.かつて伊豆国の国府が置かれた三島市2.三島駅徒歩3分で、観光客のさまざまなニーズに対応できる楽寿園3.国の天然記念物および名勝に指定されている絶景の庭園4.旧東海道を両側から扼するために作られた山中城5.城が未完成のまま豊臣の大軍を迎え、多くの武将が壮絶な戦死を遂げる6.ダブルボギー確実の岱崎出丸の巨大な畝堀 第6章 ビジュアルでは、石垣の城に負けない土の城・山中城と伊豆国の一宮・三嶋大社を歩く 静岡県三島市1.豊臣の大軍と激闘が行われた日本百名城・山中城2.ビジュアルで石垣の城に負けない、山中城の畝堀と障子堀3.豊臣軍との攻防戦時の様子が気になる西の丸4.傾斜地にある二の丸と二段構造になっている本丸5.厳重に守られ、本丸より標高の高い場所にある北の丸6.半日で落城した山中城と百日持ちこたえた韮山城の要害度に関する一考察7.伊豆国一宮・三嶋大社と水辺の景観が美しい白滝公園 第7章 歴史スポットは相模国分寺跡だけじゃない! 巨大古墳に中世の武士の館跡がてんこ盛りの海老名を歩く 神奈川県海老名市1.七重塔がそびえたつ海老名中央公園2.船つなぎ用の杭が育った伝説がある海老名の大ケヤキ3.歴史好きがスルーするのはもったいない、ひさご塚古墳と浜田歴史公園4.全国的に珍しい建物の配置があったという相模国分寺跡5.京都の東寺の五重塔より高い七重塔があった6.大正7年に作られた村役場庁舎を活かした郷土資料館がある7.パンダとネギでも注目を集めた相模国最古級の有鹿神社 第8章 戦国の城ファン必見の深見城と緑深い水源地を中心に広がる泉の森公園をめぐる旅 神奈川県大和市1.大和市のネーミングと銀行合併の意外な関係2.明確な遺構が残るものの、資料が少ない謎の城・深見城3.当時の縄張りをイメージできる戦国ファンにとって貴重な城4.日本の原風景とエキゾチックな橋のコラボが魅力の泉の森公園5.古民家の間取りの変化が理解できる大和市郷土民家園 第9章 戦国関東のスーパースター太田道灌、北条早雲にかかわる大城郭・大庭城を歩く 神奈川県藤沢市1.ゴージャスなススキの群落に出会える引地川親水公園2.後北条氏の城の特徴?が気になる裏門公園3.縄文時代から、人々の生活の舞台であった大庭城4.いったい誰が、こんな大城郭を作ったのか5.大庭城にまつわる悲しい伝説が残る舟地蔵6.もうひとつの大庭神社と裏山に大庭景親の居館があったと伝わる宗賢院7.はるか彼方に江ノ島の絶景が見える伊勢山公園
2020年11月14日
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