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昨日の晩は一つクラスがキャンセルになったこともあり、旦那もhappy-hour(呑みタイム?という意味で使われる)に行く約束があったので、子供たちとdvdを借りに行った。霧のような雨が結構降っていて、傘を差しながら夜道を三人で急いだ。もう12月で真夏だというのに結構寒くて、上着を着て行かなければならないほどだった。平日の晩ということで、日曜に行ったときには全部借りられていたdvdもほとんど残っていたのでラッキー!でも目移りして大変だったが、劇場で見損ねた『station agent』にした。ナナはやっぱり学園モノの『mean girls』、これはブラジル名で『meninas malvadas』(性悪な女の子たち)で、どんなにイジワルな女の子が出てくるか私も興味しんしんだった!けんけんは『大絶叫計画3』を借りたがった。この映画は恐怖映画のパロディや汚いネタやセックスネタが満載で、思春期の子たちに大うけの大人気の映画だが、10歳のケンケンにはまだ早すぎると思い、「これは下品なネタや男女のセックスなどのシーンがあるからよくない。」と言うと、「だから、観たいんだよ!」と、正直なお答え!クラスの友達たちも皆見たようで、自分も見たかったんだそうだ。それでも、やっぱりよくないと思ったから他の映画を勧めた。「ほら、『van helsing』には いっぱい怪物が出てきて、退治するんだよ~!」と勧めると、しぶしぶ承知してくれた。私は日々常識がなくどうしようもないブラジル人たちを見てきているので、けんけんにはそういうとこをちゃんと分かって欲しいのだ。うちに帰るなり、真っ先にナナが自分の映画をdvdデッキに突っ込んだ!けんけんは文句を言ったが、その早業にはかなわず、最初の映画はナナの『meninas malvadas』。 Cady Heronはアフリカで育ち、学校へ行ったことがなく、いつもうちで勉強していた。両親とアメリカに戻ったとき、彼女はある公立校に編入した。そこで友達になった女の子グループたちの行動、考え方に 自分の生活が蝕まれ始めたのだった。ありがちな低予算の学園モノおバカコメデイーのジャンルに入るのだが、なかなか楽しめた!面白い!学園で一番目立つ美人&ビッチな女の子グループの理念がなかなか興味深い。自分のライバルになりそうなレベルの女の子を見つけると、自分のところに呼び寄せて、グループに入れ、自分の作ったグループ内のルールに従わせるのだ。ポニーテールは週に一度だけ、だとか スカートをはくときはメンバーのチェックを受けてからなどなど おバカなものだがなかなか侮れないのだ!それを守らせることによって、その新入りをコントロールし、自分の手元においておくことで自分の地位を安全にする・・・なかなか、頭がいいのだ!とっても、性格は悪いが・・。そして、学園中の男どもは美人でセクシーな彼女たちに釘付けだし、女性たちは理由もなく憎んでしまう。何かひどい仕打ちを受けたわけではないのだが、存在が癪に障るのだ。そのくせ、彼女たちのする格好は ひそかに学園内の流行を作り上げたりする。面白いものだ。どこの国でも同じものなのだ。確か私がかつて通っていた学校でも そんなものだったよなあ。目立つ女の子グループを 女生徒達は陰でけなしながらも、彼女たちの作り上げたマイブームが密かに流行したりして・・・。そういう目立つ人たちは大抵の場合、謙虚の「け」の字もないような性悪女なのである。取り巻きをはびこらせ、男を思いのままにゲットする・・・。そういう人たちって 今何をしているのだろうか・・・?私とはちっとも縁のない人たちなのでその行方は不明・・。意外と掘り出し物です!お勧め!その後、ケンケンは『van helsing』を観始めた。そのとき既に23:20。ちょうど旦那も帰ってきて、一緒に観始めたが、案の定5分後には熟睡!(爆)とっても面白かったようで、なんと午前2時ごろまで見ていたよう。今朝も起きてすぐに 二度目の鑑賞してました!今晩は 家族全員で鑑賞予定です!
2004年11月30日
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衝撃を受けた映画『ピアノレッスン』のジェーンカンピオン監督の新作、メグ・ライアン主演とあって、ずっと気になっていた。しかし、どの雑誌を見ても「駄作だ」とこき下ろしてある。でも、『ピアノレッスン』の監督の作品だ!駄作だろうがなんだろうが、面白けりゃいい!と思い、dvdを借りた。大学の英文学の講師フラニーは学生と出かけたバーの地下で、女にオーラルセックスさせている男の姿を見かける。それから間もなくして、フラニーのアパートを殺人課のマロイ刑事が訪ねてくる。アパートの裏で切断された女性の首が見つかったというのだ。それは連続殺人事件の予兆で、フラニーはこの刑事が女を殺したのではないのかと疑い始める。それでも、彼女はこの刑事に惹きつけられていくのだった……。感想は、・・・ううん・・・中途半端な感じ。女性監督ならではの 中年の独身女性の愛のトラウマや葛藤と本音といったものに取り組んでいて、途中ではいるカットが自分の親の夫婦関係が自分の恋愛感に大きな影響をもたらしているのを暗示しているのは効果的で面白いのだ。でも、そこにあまり関係のないサスペンスの話を入れてしまったがために 全てが中途半端になってしまった感じ。いや、サスペンスのほうはサスペンスとは言えないような出来だった。犯人になりそうな人は限られていて 先が読めるような展開。そして無意味に出てくる人物も、何が言いたかったのか結局分からない。そして肝心の主人公の愛の話も サスペンスが入ったがためにイマイチだった。私的には この主人公の愛と自分の過去との葛藤を絞って描く映画にして欲しかったな。その方面ではこの監督は女性ならではの感情の奥底のどす黒い欲望も包み隠さない鋭い観点で 取り組んでくれそうだ。で、メグ・ライアン。あのキュートな彼女も 化粧をとったら普通の綺麗な中年女性。オーラがない!ちょっと吃驚した。この話の中では主人公は怪しい刑事に警戒しながらも引かれていくのだが、そういうのが感じられなかったのは彼女の力不足なのかなあ・・?セックスシーンも官能的ではなかった。画面であえいでいるメグライアンを見ながら、しらけている私がいた・・。(爆)40歳ぐらいの孤独な独身女性は たいがいの場合回りは皆結婚して子供もいたりして、平凡な家庭を営んでいるのを横目に見ながら、恋愛に悩んでいたり、自分の中で葛藤していたりというのがあるのではないだろうか。一人の時間が長いため、思い悩むことも既婚女性よりは多い。女性が一人で暮らしていくのは本当に難しいことなのだ。主人公フラニーの両親は劇的な出会いで父親は瞬間的にプロポーズをした。そのロマンチックな両親の出会いが 父親が母親を殺してしまうという悲劇につながった。その傷跡はフラニーとその妹に深く残ってしまい、二人ともその傷跡から容易に恋に走ることが出来ない。一人は深入りすることを恐れ、もう一人は愛の対象を定めることが出来ない。その主人公が理性で自分を抑えようとするが、惹かれる感情はストップをかけてもふたをしてもあふれ出てくる。その感情はセックスによって相手にぶつけけ、そして相手の愛もそこから感じられる、彼女にとっての大切な手段だったのだ。
2004年11月29日
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ナナはバレエを習っているのだが、去年ぐらいから体操を習いたいと言い始めた。ええ~、体操って平均台で逆立ちしたり、跳んだりと痛そうなスポーツ??と瞬間的に考え、やめなよー、怪我したら痛いよー、ホントにしたいの??などと思わず言ってしまっていた。当時、総合クラブの友達の間で体操ごっこも流行っていたようで、ななはへっぴり腰の大車輪を 何度も繰り返していた。そのうち、結構形が決まるようになり、旦那と顔を見合わせ、「ナナは本当に体操が習いたいのなら、習わせてあげよっか。」と習わせることにした。本人は大喜びで、体操のクラスは楽しみのようである。水曜日と金曜日は宿題を終え、クラブにまだ早い時間に行き、他のレベルのクラスを友達と一緒に見たり、その間練習したりしているようだ。ほんっと不思議なものである。親の私は 子供の頃体操が大嫌いで、学校の体育の授業で逆立ちの練習が一番苦手だった。当時の先生は結構厳しく、できるようになるまで特訓させるので、それが恐怖で私は友達にお願いして、できたことにしてもらった。クラスの人数が多く、体育の教師は気がつかなかったようで、うまく逃げ切ることが出来た。体も硬いし、怖がりだし、体育が全教科の中で一番の苦手だった私には、ナナがどんなスポーツでも大好きだということが 少し驚きである。彼女はあきらかにスポーツ好きな父親の血をついだようだ。そして、スポーツが苦手なケンケンは私だろう、やっぱり。(笑)さて、ブラジルでは 小さな子供向けの体操教室が 結構盛んだ。学校であまり体育の授業に力を入れていないので、それを補うためお金を払ってよそで体操を習わせたりする。何でも金、金の割には、一般的に給料が少ないこの国は 本当に住みにくい国だなとしみじみ思う。うちの子の場合は 会員制総合クラブのお月謝が安い体操教室に通っている。こういう体操教室はいくつかのほかの教室と同盟のようなものを結んでいて、一年に数度体操大会のようなものを開く。そういうのに参加して日ごろの成果を発表するのだ。日曜日にあった隣町での体操大会は ナナにとって3回目の大会だった。かなり要領を得てきたかなーと思いきや、隣にいる先生の顔を見つめて、次の動作の指示を仰いでいる!!毎度かかさずクラスを受けてるのに、何で先生の顔を見てんのよ!!ちょっとあきれたけど、本人は緊張してたのかな?? こういう大会は本当に待ち時間が長くて、13時開始となっているのに、練習をのんびりと始めて 本当に開始したのは15時近くだった。もう要領を得ている私たちは ちゃんと時間つぶしできる本などを持参!一冊読んじゃったよ!久々の読書でした。村上龍の『最後の家族』。新しいのか古いのかさえ、全然わかりません、この本。図書館で借りてきました。テーマは引きこもりとその家族の話だった。妙にリアルな日本の一般的な家族の描写に 懐かしさと窮屈さを覚えた。面白いと感じたのは DV(ドメスティックバイオレンス)と引きこもりの共通点を話の中に入れていること。内弁慶っつーことですな。「救う」「救われる」とはどういうことか、自分が人を救えると言うのは ただのひとりよがりや自己満足に過ぎない、そう感じた時点で自分自身の自立を考えてみよう・・。引きこもりや父親のたちなおり方があまりにも劇的でスピーディで、おや?とも思ったが、それはあえて、希望を与える前向きなお話だということで・・。それにしても、家族の個々の「自立」がこういう形だというのは かなり納得できない。家族のメンバーがお互いが依存せずばらばらで行動することが 自立だと言えるのか?子供たちはまだしも、夫婦がこれだとなんだか寂しいなあと思ったのだ。
2004年11月28日
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先週の金曜と日曜に ナナのバレエの発表会があった。ナナのバレエ教室は 会員制総合スポーツクラブ内にあって、会員のために安いお月謝でクラスを受けることができる。このクラブは旦那が子供の頃から家族で加入しているので、タイトルは結婚してもずっと引き続き会費を毎月払っていれば継続できる。そのお陰で、うちの子は今までにも水泳やテニス、体操、バレエ、サッカー教室といろいろなスポーツを安く習うことが出来た。それにしても、日本のような放課後のクラブ活動があれば、出費がもっと抑えられるのだが、なんといっても公立学校が腐敗しているこの国では 教育は金がかかるものなのである。しかし、このバレエ教室、よそのバレエ教室の4分の1ぐらいの月謝でならえるにしては、結構レベルが高い。ここで子供の頃から習っていた生徒がサンパウロのプロバレエ団で活躍していたりするのだ。まあ、もっとも、バレエ人口は日本なんかと比べると数倍多いのだろうが、大人まで継続して習う人は結構少なく、子供の頃に習ったことがある習い事ナンバーワンなのではないのかな??(笑)その理由もきっと、親の「小さな可愛い娘が ひらひらの衣装に身を包んで踊ったらさぞかし可愛いだろう・・」という興味からなのだろう、おそらく。私が娘にバレエを習わせたのは、日本に比べて踊る機会が圧倒的に多いこの国のことだから、基本を習っておけば、大きくなってダンスに興味を持ったときに便利だろう、と思ったから。きっと日本人はブラジル人は皆ダンスが上手だと思っているに違いない。しかし、実際はサンバやパゴヂの好きな家庭なら子供も自然とうまくなるのだが、そうでない場合は踊れない場合が多い。うちの場合、母親の私はなーんにも踊れないし、旦那もダンスと言えば50年代ダンスを想像してしまいそして実際に踊ってしまう(←強烈)、「踊り」にはなーんの縁もない親なので、ナナが自然と踊りがうまくなるはずがない。これでは大きくなってから、ブラジルの普通の楽しみが味わえないかなあ~って思ったのだ。ま、そんなこんなでもう4年になる。今年のテーマは『ピエロ』。金色の衣装に同色の三角帽子まである。踊りの最後には 逆立ちなどもしてしまう、結構ポップなバレエでした!踊りも去年と比べ、ぐんと難しくなり、ナナは時々忘れて他の人の動きを盗み見ていた!! 毎年の発表で、随分度胸はついたようで、発表前ちっとも緊張しないと言っていた。次の発表は 来週の日曜日だ。*おまけ一番小さい歳のクラスの発表は 観客席の前列に父親がウワーって押し寄せて、一生懸命ビデオや写真を撮っていましたわ!頑張れ、父ちゃん!
2004年11月27日
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先週末は子供の学校や習い事のイベントでおおわらわだった。木曜の晩には 学校の終業式があり、そこで各クラスが出し物をすると言うので、旦那と姑とけんけんと4人で見に行った。っというのも、出し物のダンスは希望者のみの参加だったので、けんけんは参加しなかったのだ。おや?とは思ったが、衣装代とか毎年お金がかかるので、出費が浮いて助かった。そして、晩をメインに仕事をしている私としては、仕事はあまり休みたくない。たくさんクラスを入れているので、もしキャンセルすると、振り替えが大変だからだ。最初は行かないことにしていたのだが、ナナの「お願い。見に来て~!先生も私のダンス褒めてくれたし、私もうまく踊れると思うから。」との一声で、行くことを決めた。ブラジルの学校は大抵2月から始まり、12月の上旬に終わる。7月の一ヶ月の冬休みをはさみ、前期と後期の二つの学期しかない。そして、大抵の学校が終業時に簡単な発表会をする。「終業式」という名がついているが、厳格な式や校長の言葉などは一切なし。ただ、クラス別に出し物をするのだ。そこで、ほんっと日本との違いが浮き彫りになる。日本だと何かと「歌」を歌っていたように思う。しかし、ここでは「歌」は歌わない。「踊る」のだ。さすがサンバの国!そして、以前書いたように仮装好きなので、何かと衣装を新調しなければならないところが、結構痛い!バレエや何か大切な発表での衣装というのは 大切だと思うのだが、学芸会のような大したことをしない、その場限りの発表会で衣装って 無駄なような気がする。お金の無駄遣い。しかし、ブラジル人はだれも反論しない!やっぱり好きなのである。ところで、うちの子供たちは私立の小学校へ通っている。ブラジルの公立は州や市が教育への出費をケチって、教師の給料は少ないし、滞納されている場合もある。しかも教師の労働は重労働で、小額の給料では割に合わない。教師自身もやる気をなくしてしまっている。連休続きには教師が学校へ来なかったり、ストが続いて学期中に学校が休止になったり、めちゃくちゃである。だから、お金にさほど困っていない人なら、大抵子供を私立校に入れる。日本と比べると、結構、学費は高いような気がする。有名校ならまだしも、普通の家屋を学校用に使っている小さな学校でさえ、かなりの額だ。それでも、うちの子供の学校はカトリック系で、ブラジルでは厳格な方の部類に入る。服装にもうるさいし、遠足なども他の学校が遊園地めぐりなどをしている中で、自然や動物が豊富なミニ農場を訪れたりしている。厳しいといっても、日本の私が通っていた学校などに比べるとずっと規則はゆるいし、結構気に入っている。今回の出し物でも、衣装は比較的準備しやすくて、いつでも使える普通の服にしてくれたので助かった。白いスカートと赤いTシャツ。が、よく考えると赤いtシャツを持っていなかった。(泣)早速一週間前に買いに行ったのだが、今年の子供の夏服のメインはピンクとオレンジで、赤がなかった。シンプル服の色展開が豊富なheringというお店でやっと見つかったのだが、それだけで50レアイスもかかってしまった・・。(泣)さて、当日。学校の講堂は 三年生と四年生の子供の出し物を見に来た保護者たちなどでいっぱいだった。そこで面白いのが、ここでもブラジルらしさいっぱい。普段はtシャツ姿の母親たちが 肩だし、背中だしのてろてろ素材のドレスでやってきたのだ。スパンコールがすこしポイントについている服や、透け素材、ヒールの高い靴・・・。日本では考えられまい!!出し物は見事に全てダンスだった。ナナのクラスもダンス。 そして帰りには マックでハンバーガーを食べて帰ったのでした!
2004年11月26日
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今年も残すところあと一ヶ月となり、子供たちはもう休みに突入した。習い事なども終盤を迎え、発表会の目白押しである。例年のように 今週末はそのピークを迎える。木曜の晩は 学校の出し物発表会、金曜はナナのバレエ発表、日曜など 午前中はバレエの予行演習で午後は体操のコンペティション、夜は二度目のバレエ発表会なのである。おまけに土曜は 午前中の授業後はうちの日系団体の催すビンゴ大会。行きたくないが、一応顔を出すということで参加。平日夜のクラスは8つもキャンセルしたので、来週の振り替え授業目白押しが恐ろしい・・・。それでなくてもキュウキュウでやっているのに。そして、DVDレンタル屋の前を通りかかった際には 面白そうなDVDのポスターが張り出されていた。ガス・バン・サント監督の『エレファント』でしょ?ピエルス・ブロンスナン&ジュリアン・ムーアのラブコメ、『オサマ』、シルヴィオ・ソルディーニ監督の『風の痛み』、『ステーションエージェント』などなど ほんっとうに面白そうな映画ばかりで、思わず中に入ってしまった。結局、皆貸し出されていて、結局ナナの観たがっていたエディ・マーフィーの『DADDY’S DADDY'S CARE』を借りてしまった。土曜の夜のみ、少し時間が空いたので、早速家族全員で鑑賞。内容は 一児の父の主人公がリストラされ、仕事も一向に見つからないため、一緒にリストラされた友達と自宅で託児所をやることに。はじめは子供たちの傍若無人ぶりに手を焼いていた二人だったが、だんだんと要領を得、預かる子供たちもどんどん増えていた。そこで面白くないのが 厳格なプレスクールを持つ校長。自分の生徒がどんどんそこへ流れて行っているものだから嫌がらせを始める。それにしても、エディマーフィーの映画は久しぶりだ。子供たちは出演俳優たちのドン臭さや子供たちのトイレネタに大爆笑していたが、私的にはかなりイマイチだった。こういうアメリカのファミリーものって、思いっきり悪いやつと大味でいい加減な押しの強い主人公がでてきて、結局主人公の思い通りになる結末。そして、「子供の好きなことを伸ばしてやる教育」は結構だし、理想だが、託児所内をまるで遊園地のようにして、やりたいほう題させ、教育しているようには見えなかったが・・・。あれで、どうやって子供は本が読めるようになったのか?トイレのしつけも主人公たちはとっても嫌がっていたではないか?「楽しけりゃあいいのさ!子供は遊びがダーイスキ。」で、ただ放っておくだけの託児所を持ち上げていることが なんだかアメリカ的=単純&極端で いやーな感じがしたなあ。って、ただのコメデイー映画にこう考えてしまうのも、親の立場だからなのかなあ?託児所でスターウオーズのかっこうして、剣を振り回すだなんて、よくないんじゃあないの???日曜は一日子供の行事に振り回されそうです・・・。 ところで、先日書いた義妹です! 右の人です。左の人は彼女の友人で、10年程前には写真のモデルをしていた美人です。今は結構普通になっちゃったけど。
2004年11月25日
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つい数日前まで寒かったくせに 昨日からうって変わって、うだるような暑さのサンパウロ。窓越しにはまーーっさおな常夏の空。野生インコたち(ここ2年ぐらい急増中。20CMぐらいの緑のインコ)のジーッジーッというさえずりが聞こえる中を 主人を会社まで車で連れていった。会社までの道のりに見える 徒歩の通勤中らしき人々。女性たちは 待ってました!とばかりに胸がざっくりと割れたピタピタタンクトップを着て闊歩している。胸の谷間を強調した洋服が流行っているので、男性たちにとっても嬉しい季節なのだろう。ほんっと、洋服を買いにショッピングセンターへ出かけたときにも 洋服選びには苦労した。ほとんど胸のカットが深くてセクシーなものばかり。「あ、これかわいー」と手に取ると胸の谷間を見せるものがほとんどで、本当に困る。10代の頃には まあ普通にあった胸も、ダイエットや出産、筋トレなどで徐々に減っていき、今は加齢で(泣)皮膚の弾力がなくなっていっているようで ますます貧弱になってきた。それプラス、私は痩せているので普通の人よりも胸板が薄い。ちょっと襟ぐりが広いものを着て前かがみになると、襟元からがばーんとお腹の辺りまで見えてしまう・・。(泣)そんなことを愚痴っていると、ある人は、「あなたがそんなに痩せているからよ。太ったら胸だって大きくなるわ。」というが、私の家系は皆胸が小さい。私だって今まで大きかったことがなかったのだから、胸が大きくなるまで太るには、巨デブになるまで太り続けなければならないということか?・・むむむ、それだけは嫌だ!そうなると やっぱり豊胸か?初めて やろうかな?という気になってきたのだ。さて、ブラジル美人の一番大切なポイントは ヒップだ。まあるいカーブを描いていて、セルライトが出ないほどのぎりぎりの線までふくよかで、つーんと上を向いたヒップ。そういうオシリの持ち主を「ポポズッタ」と呼び(注;口に出して呼ばないでね。ちと卑猥なので)、そういう歌謡曲までもある。ブラジル人の定番の洋服;ジーンズも ヒップアップとラインが美しく見えるように手が加えてあって、皆はじけるんじゃあないかというほどのピッタピタを履いている。胸は二の次で、大きさには割とこだわらなかった。昔のピンナップなどを見ていても、足やオシリ、腰は太いのに、胸は貧相なモデルや女優さんが多くいた。しかし、5年ほど前に「FEITICEIRA」(魔法使い)というタレントが出てきて、彼女が豊胸をして、スイカが二つ下がっているんじゃあないかと見まごう程のバストになり、急に「豊胸」が流行り始めた。それまでは ブラもパッドなしのぺらぺらの布着れだったのが、ほとんどパッド入りになり、豊胸手術も流行り始めた。有名タレントや雑誌の中に出てくる無名モデルも 胸なしでは仕事が取れないほどの爆乳ブームとなり、そういう人たちが筆頭として、豊胸ブームを作り上げた。手術したことを隠したがる日本人と違って、ブラジル人は自分が豊胸したことを自慢の種にする。タレントたちも爆乳にすると仕事が取れやすくなり、番組でも雑誌でも何ML のシリコンを入れたかを堂々と公表する。普通の人でも平気で皆の前で話すのだ。その陰には「手術した・・・イコール、金持っている」という、自分の裕福さの自慢がしたいという欲求も含まれているのだろう。 こちらでは 自然か人工かということは関係がない。美しくなったもの勝ちなのだ。あまりにも美容整形手術が流行っているので、あるクリニックなど「豊胸手術20回分割払いできます」なんて宣伝をしているところまでもある。来年2月は恒例のカーニバルのパレードがある。そこで全身裸で踊っている人などは 大抵整形しまくった人だろう。参考のためにご覧になってはいかが?
2004年11月24日
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ずっと気になっていたこの映画「死ぬまでにしたい10のこと」のdvdを借りた。若くして結婚し、子供二人と失業中のダンナを養うため、夜間の大学の掃除をして、母親の住む家の裏庭のトレーラーに住む主人公。その彼女が末期ガンであることが発覚。残された時間は2、3ヶ月。その限られた時間に何をするか。彼女は10のするべきことをノートに書きとめた。その中には「旦那以外の男性と恋をすること」や「旦那にいい人を見つけてあげること」も含まれていた・・・。とっても女流監督らしい、いかにも女性の感覚の映画だった。ハンサムで優しい自分にベタぼれの旦那、そして可愛らしい二人の娘。貧乏だが幸せいっぱいの家庭。不満など何ひとつない。しかし彼女は父親の刑務所入りという出来事や早い結婚&出産のため、ダッシュで人生を行き抜けてきた。ゆっくりと立ち止まって、何かを感じたり、考えたことなどなかった。そんな中での死の宣告であり、彼女は残りの家族の幸せと自分の人生に何かひとつ心のときめくような秘密の恋をしたいと願った。そういうところは いかにも女性の映画だと思う。最初に感じたのは 「なんだ。自分のことばかりしか考えてないじゃあないか。」なんて違和感を感じたけどよくよく考えてみると、自分がそういう立場だったとき やっぱり似たようなことを考えると思うから。「今後に残る何かを残したい」と考えるのは男性的なのではないだろうか。きっと男性が主人公の映画だと、歴史的な偉業をしたいだとか、目立ちたい、最後に何か注目を浴びたい!といった行動をとりそうだ。「自分の最後のときめきが欲しい」と願うとこなんて まさに女そのものではないか?そして主人公の「家族に死につつあることを隠し通したい。」だなんて、ガンならぜーーったいに無理だと思う。だいたい痛みなど相当なものだろうし、「貧血なのー」では済まされないだろう。まあ、でも そういう突っ込みは合えてこの映画には不向きだ。なぜなら、この映画は女性の望む「カッコいい死に方」の理想を描いているようなようなものだから。この映画の主人公、サラ・ポーリーは真っ白な肌に繊細な造りの顔立ちで、パッチリと野花が開いたようなまつ毛の目にちょこんと小ぶりな唇が可愛らしいフェミニンな雰囲気を持った女優。彼女はなかなかよくて、真っ白な化粧っ気のない顔をしかめたりくしゃっとしたりして、心の内の感情をこと細かに表現する。うまい!そして、旦那役の男優はモデルのような格好よさで本当に優しそうな笑顔を見せる。適役だった。主人公の幸せそうな家庭を演出するのに、彼は不可欠だった。彼女は本当に不満ひとつない幸せな家庭を持っていたということを表現するのにぴったりの俳優。また、主人公の不幸な寂しげな母親。彼女も美しいのだが、苦労し過ぎてつかれと寂しさがにじみ出ているのだが、疲れて憐れな感じなのではなく、何処か寂しげな陰のある女性と言う感じがよく出ていたように思う。この映画を観たあと、旦那が「若くして苦労している夫婦を描くのに、あの二人の俳優は美しすぎるのではないか?」と疑問を抱いていたけど、まあブラジルに住む彼にとっては当然のことかもしれない。貧乏&悲惨はブラジルでは「醜い」と相場が決まっているから。(←キツイが、事実)しかし、「理想の女の死に方」を描いているこの映画に 生活臭むんむんの女が演じたら、悲惨な最後になってしまう。その点でもぴったり適役だったのではないか。素敵な佳作だった。
2004年11月23日
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昨日の続きだが、私は姑に大変感謝しているし、いろいろ助けてくれて神様のような人だと思っている。しかし、ここまでしてもらっていながら、いまだにふに落ちないと言うか、どこか心に引っかかる面があるのも事実だ。その点を少し考えてみた。私のブラジル人の姑はとても働き者で、几帳面で口うるさい人だ。去年 定年退職したのだが、仕事の有無にかかわりなく5時起きで、シャワーを浴びてから 家事に取り掛かる。昔から日曜の午前には貧しい子供に宗教教育と無料で食事を与える宗教のボランテイアをこなし、お昼には手の込んだ料理を作る。実家での飲み物は 手作りのフレッシュジュースのみ。自分の子供の予定やら状況は全て把握していて、「OO日は 7時からミーテイングでしょ!」とか、「この日はけんけんの医者にいく日でしょ!」なんて いちいち確認したがる。もう60代後半なのだが そういう面は私たち息子夫婦よりもずっとしっかりしている。特に薬を飲む時間にうるさい!!(笑)彼女には旦那含め3人の子供がいるのだが、3人ともいつも成績優秀で、義兄は大学教授だし、旦那は難関大学で工学を卒業し、義妹は弁護士。勉強面では 子育ては大成功だといえる。・ ・・しかし、精神面では その子供たち(旦那を除く)、なんだかおかしいのだ。義兄はサンパウロ一の難関大学の教授の癖に、超我侭だし、ビデオゲームや漫画、DVDのコレクションをするオタッキーな人。高給取りの癖に 親と同居し、貯金ゼロ。信じられないことに 全てそういうCDやDVDなどのコレクションで 使い果たしてしまうのだ!!恋人なんていたことがないようだし(やせていた頃にはモテていたらしいが)、友達もいないようである。いつ行っても、家にいて、コンピューターゲームにかじりついている。義妹は ここ数日書いたように 常識のない人。向上心ばかりが強くて、すごく積極的なんだけど、自分のことしか考えてない。性格が偏っていて、常識がないのに、えらい積極的で突き進んでいくタイプ。タカビーで、自慢話ばかり。それで仕事などは割とうまくいっているとこが恐ろしいのだが、さすがに恋愛面では苦戦続きのようだ。二人とも、性格がかなり偏っていて、あまりお近づきになりたくないタイプなのだ。近くにいるだけで イライラしてくるタイプ。どうして ああいう厳格な母親から ああいう突拍子もない性格の子供が生まれるのか・・・??時々考えるのだが、姑は子供のことをいやらしく褒めたりはしないのだが、どんなときでも 決して悪く言わない。 そういうとこは 私の母親が少しも褒めず、いつも欠点ばかりを指摘してきて 自信のない人間になってしまった私と、正反対の結果になったようである。皆 自信満々。自分は能力があると言うことを信じて疑っていない。それは旦那も然り。が、あまりの可愛さに上げ膳据え膳の至れり尽くせりの結果、人の迷惑になること、思いやりや配慮というのがちゃんと教え込まれてない。彼らは全然親を手伝わない。母親が「ちょっと手伝ってよ!」と言っても、義兄は昔っから人に使われるのがキライで、なにもしない。義妹は「お兄さんがしないのだから、わたしだってしない。」という姿勢。結局、旦那がやる羽目になる。もう ホンっと信じられないのだが、母親にはそんなやつらでも可愛いらしく、義妹の帰郷時には 彼女の好物ばかり作ってやっている。ま、母親だからな。私もそんなものだろうし、気持ちは分かる。この間の婚約お披露目の義妹の失態(親戚中が集まっているのに、どこかへ行ってしまって戻ってこない)のことを 旦那に聞いてみた。「ああいうとっても失礼なことをして、あなたたちは彼女に何か言ったの?だれか叱ったの?」旦那曰く、「ああ、もう アンドレアらしいなあ・・って 皆笑っていたよ。彼女はいつもああだからなあ・・・。」ちょ、ちょっと それじゃあだめでしょ!誰かちゃんと彼女に叱らないと、治らないよ、ああいうのって常識はずれで、許されないことだよ・・と反論してすると、なんと旦那は黙ってしまうのだ。彼女の失態を指摘するたび、姑はかばうし、旦那は黙り込む!!なんなんじゃ!この家族!そして、彼女は自分の自慢が好きで、自分のことを「poderosa」(ゴージャス)と呼ぶ。出世はしたかもしれないが、ただのデブで、安モノのピタピタの服に身を包んだ、一番安い自動車から一ランクだけ上の自動車を持っている彼女が、「私の新しいお洋服どう?Gostou?」「私の自動車はゴージャスだから、皆が羨望の眼差しで見るの。私の自動車、GOSTOU?」「私のデジカメ(普通のもの)いいでしょ?GOSTOU?」「GOSTOU?」(気に入った?)攻撃、やめてくれー!!それを聞いて、なんと家族中が誰も突っ込まないのである!!「いいねー」なんて、返事を返している・・・。家に帰って、旦那に異議を唱えると、またまた「だんまり」作戦・・・。姑のことは合わない部分もあるが、本質的にはいい人であると思うし、欠点挙げてたらきりがないし、困ったときに助けてくれる人なので、この姑でよかったと感謝している。しかし、この姑の作り上げた空間、未だに違和感バシバシで、そういうのが実家に行きたくない理由なのかもしれない。
2004年11月22日
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昨日の日記の皆さんからのコメントで、自分が何故ダンナの実家が苦手かを再認識できたような気がする。非常識なことが許される空間・・・自分ひとりが引いていて、周りは皆許していて大した事だと思っていない。日本で育ってきた私がただしいと信じていて努力していることが 何の価値も持たないやるせなさ。日本では常識外れに当たる行動を起こしても、それを認めてしまう・・。ブラジルに来た当時に なかなか慣れなかったのも そういえばそういう点だった!姑は皆が想像するお気楽ブラジル人と180度違っていて、几帳面で超真面目である。身長は163CM程度なのだが、体に対して頭がかなり小さいため、大柄に見える。いつもショートカットでメガネをかけ、口をへの字に曲げている。最初出会ったとき、怒っているのかと思ったほど、無防備に笑顔を見せない。半年あまり実家で同居していたのだが、あまりに几帳面で口うるさい姑にはほとほと疲れた。洗濯のし方と干し方、料理、子供の離乳食、すべて彼女にはこだわりがあって 仕切りたがり、挙句の果てにはケンケンの一歳の誕生パーテイもあれこれと意見し始めた。まず、洗濯のし方。水に洗剤を溶かして洗剤液を作り、そこにデリケートな衣類以外全ての洋服をつけこむ。そして、ブラシで こするのだ。白いものには必ず漂白剤を少したらしていれ、完全に白くならないと気がすまない。しかし、当然毎回の洗濯でごしごしと衣類をブラシでこするのだから、生地が傷んでくる。綿のTシャツ類が結構短期間でふにゃふにゃに薄っぺらくなっていた・・。離乳食もスープを作り、ミキサーで全部混ぜてしまう。離乳はじめの子供ならいいが、1歳過ぎてもそういう感じだった。最初は言葉も通じないし、仕切りたがっている姑の顔をたてるために我慢していた。でも、さすがにケンケンの誕生日会の計画を勝手に語り始めたのにはぶちきれた!アドバイスとか手伝いとかそんなんじゃあなくて、家族の集いのときに勝手に義妹とメニューなどの話し合いをしているのだ!旦那に自分のしたいようにしたいと伝え、姑に言ってもらったのだが、家族は怪訝な顔をしたそうな。「家族なのに LUANAは孤立したがっている!」と。結局、私のしたいように誕生会をし、少し姑の作りたいものも許した。そんな感じで、あまり時間の経たないうちに我慢できなくなり別居したいと旦那に訴え、家を建てたのだ。その結果、週末しか実家に行かないものだから、口うるさいことも言わなくなったし、やさしくなったようにさえ感じられた。きっと 異国人との同居は 向こうにもストレスだったのだろう。しかし、ナナの出産のときや私が肺炎になったときなど、育児や家事を全て引き受けてくれて、時間には薬を用意してくれたり、食事はもちろん洗濯や食間に飲む手作りジュースやコーヒーなども気を使ってくれたりする頼りになる素敵な姑でもあるのだ。こういうことって、簡単に出来るものではないと思う。しかも当時は姑は仕事を持っていた。スーパー姑なのだ。子供が大きくなると、学校の勉強などを見てやらなければならない機会が増え、夫もMBA取得のために大学に再び通い始めたので、私には手におえなくなった。そこで、姑が試験勉強を全て引き受けてくれた。夫の兄弟は皆優秀で、勉強面での育児に成功した姑だから、その点はきっと私よりもずっと頼りになる筈である。(笑)ぼけーっとしているけんけんが今まで落第点を取らなかったのも彼女のお陰だと思う。だが、姑と舅は夫婦関係はもう破綻している。同じ家に住んでいるが、顔を見合わせれば喧嘩するといった感じで、もう10年以上も寝床を別にしている。娘は遠くに住んでいるし、同居している独身の義兄は超わがままで、姑のいい話し相手にはなれない。素振りは全然見せないが、どうやら寂しいようだ。その寂しさは唯一の孫のうちの子供たちが来ることによって紛らわせているようで、子供を来るのを心底楽しみにしている。旦那も お母さんが喜ぶなら・・と毎週末実家に子供を連れて行っているのだが、今やまるで拉致状態である。何も予定がなければ、すぐさま自宅に子供たちを連れて行ってしまう。けんけんなど 姑の家にある オタッキーな義兄が購入した莫大な量のDVDコレクションとビデオゲームが魅力で、いつも実家へ行きたがっている。最近では逆に子供と私たち親の関係が希薄になってしまうから まずいのでは・・と危機感を感じているのだが、子供がいつもうちにいる状態に慣れてしまった姑にはもう手放すことなど無理なようだ。それには いつも楽だからとまかせきって頼り切っていた私たちにも問題がある。ほんっとここ最近、まずいなあ・・と考えている。
2004年11月21日
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ついにやってきた。金曜の夜行バスに乗り、義妹とその婚約者ホナウドがリオデジャネイロからやってきましたとも!そこで犠牲になるのが、早朝5時半にやってくる彼らを車で迎えに行く人!彼女の帰郷のたび、大抵ダンナが迎えに行っている。実家には独身の義兄もいたりするのだが、彼は極度の面倒くさがり屋で、特に人に使われるのを嫌がる。妹の帰郷のためにどうしてワシが早起きして迎えにいかにゃならんのじゃ?と 姑の頼みにそっぽを向く。彼女は地理に弱く、運転が苦手で、一人でバスターミナルまで行けないため、いつもダンナにtelしてしまうのだ。今回こそは義兄が行ってくれるのかと思いきや、ヤツは夜中中起きていたくせに、姑が起き出して、身支度をし始めたとたん、ちゃっかり床についてしまったとか!よって、朝の5時に我が家にtelがかかり、だんながたたき起こされて行く羽目になった。迎えに行くと、義妹は元気いっぱいだったが、婚約者のホナウドさんは心配で夜行バスの中で眠れなかったらしく、いかにも寝不足の顔をしていたとか。ダンナはこの日予定していたサンパウロ観光案内を朝中に済ましてしまおうと思い、そのままサンパウロの卸市場へ連れて行った。そこは皆初めてで、いろいろなものを買い込んだようだ。珍しいものや輸入物が所狭しと売られていて、だんなは変わったチョコトリュフ(唐辛子入りやパッションフルーツ果肉入り)とか、アラブ料理の唐辛子がまぶしてあるチーズ、棒状のシナモン、スパゲッテイに混ぜるにんにくやバジルなどのミックスペーストなどを購入。全て1レアウ程度だったそうだから驚く。スーパーで買うと数倍はするだろう。そして、屋台で売っていたパステウも購入。それはそれは具だくさんの大きなパステウで、さすがのダンナも一人では食いきれず、姑と仲良く食べたそうな。ホナウドさんがあまりにも疲れていたので、観光はそこまでにし、だんなは8時半ごろにはうちに帰ってきていた。その翌日、親戚中を呼んでの料理上手な叔母さんの手作りニョッキを囲んでの婚約お披露目パーテイを予定していた。私はあいにく(幸い)日本語教師会の日本語テスト監督の出張があったので、参加しなかったのだが、帰ってきて話を聞くと、散々だったそうだ。叔母さんが朝早くからウチへやってきて、トマトソースやらニョッキを作り、ナナまでも手伝って、12時前には食事の準備が出来たらしい。しかし、午前中義妹と婚約者は近所の雑誌を売っている店へ出かけ、帰ってこなかった。親戚一同、実家の台所に集い、いいにおいのするご馳走の並べられたテーブルを囲み、主役の帰りを待っていた。1時半になり、皆の空腹は絶頂に達した。ついに子供たちが我慢できなくなり、先に食べ、それに続いて大人たちも我慢できなくなり、ついに食べ始めてしまった。主役二人の戻ってきたのは2時過ぎだった・・。親戚のうちの1家族は 他に用事があるとかでもう帰ってしまっていた。考えられなーいい!!そうなのだ。彼女の誕生日だって、姑が何度も私に「明日はアンドレアの誕生日だからシュハスコするからね。絶対に来てよ。」と念を押すので、当日実家に行ったが、主役がいない。仕方なく残りの家族でシュハスコをし、全部焼き終わって、皆がデザートを食べている最中にひょっこり帰ってくる、というのはざらだった。自分のことしか考えてない。実家に行かなくて正解だったと思った。そんな彼女が結婚生活、本当にやっていけるのだろうか?やっていけるとしたら、彼は本当にキトクな人だよな・・・。
2004年11月20日
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先週より公開されたアルモドバル新作「バッド・エドゥケーション」観てきました! この映画は子供時代にカトリック系の宿舎学校で学んでいた少年が一人の牧師に性的いたずらをされたことから、その後の人生の歯車が狂ってしまった様子を描いている。それがアドモドバル風に味付けされ、なんだか物悲しくシリアスなんだけど、オカマたちやハンサムゲイの登場や早口でぼそぼそとまくし立てる速い演出で どこか滑稽で異様な感じを与える。アドモドバル節健在です!ダーイスキ!!牧師の少年に与えた罰はその時点で彼を精神的に殺してしまい、復讐心に生きる屍となってしまった。いたずらされた少年だけでなく、その周りの人々も人の弱みにつけこみ利用する。目的のため手段を選ばず、人を欺いた結果というものは 次のいざこざを生むだけだった。加害者に被害者、二人ともがしたたかな第三者によって被害者になってしまう。牧師に愛された少年の最後は哀れなのだけど、本人としては達成感満ちたもの。皮肉なものだ。(←ネタバレになってしまいますのでここら辺にしときます!)そして、主演のガエル・ベルナル・ガルシア。もう、すごい力演してました!女装ゲイの役もやっちゃうし、男性とのセックスシーンまで。ヌードまでも披露。それにしても、女装した彼は息を呑むほど美しかったデス!彼は瞳きらきらのまるで少女漫画に出てくるような男の子。身長はわりと低めのようだが、なかなか存在感のある俳優だなあと思う。そして、『トーク トウ ハー』に出ていた看護士役の男優が『オール アバウト マイ マザー」のアグラ-ド系のファニーなオカマに変身!彼のダンスは かなり見ものですぞ!(笑)売れっ子映画監督役の男優は ちょっと癖のある顔をしているのだが、なかなか彼もセクシーで格好いい。牧師役の男優は真面目な紳士風の外見に狂気っぽい雰囲気が少しにじみ出ている、これまたうまい俳優でした。とにかく映画中、息をつかせぬ展開で、あっという間でした。
2004年11月19日
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義妹は 10代前半は大変痩せていた。ほんっと ひょろひょろだったのだ。髪も ダンナや義兄のほぼ黒髪と違って 蜂蜜色の明るい色で、顔だってスペイン系と日系のハーフなのだが、白人の血が強く出ていてそのなかにも少しオリエンタルのニュアンスが入っており、独特の雰囲気を持った笑顔の可愛い少女だった。それが思春期に入った頃から だんだんと太り始め、同時に始めた陸上のトレーニングで筋トレも始めた。よって 出来上がった体は ブラジル人の好む「ヒップがつんと上を向き大きくて、腿も太く官能的」タイプだった。その頃、彼女はモテにモテまくり、人生の一番華やかな時期だったのではないか?20代を越した頃も 縦の成長はとっくに終わっていたが 横幅の成長は著しく、当時日本で付き合い始めたダンナに見せてもらった写真はかなりぽっちゃり系の可愛い女の子といった感じだった。数年後ブラジルへ行くことを決心し、グアルリョス国際空港で彼の家族と初対面した。姑がいる、彼の従兄弟も。あ・・あそこでモサいメガネをかけて写真を取っているずんぐりした人は誰・・・?・・・・ぎ、義妹だった・・・・・。写真と違う!!写真よりも ふた周りほど太っていた!(←ちなみに 義兄は写真の5倍ぐらい太っていた。)そのころから 「自分はGOSTOSA(官能的)だ!」なんてのたもうており、皆が一同に集まっている場面で、「私は 食べるのだーいすき!ギスギスやせっぽち女なんか、全然魅力ないわ!私は GOSTOSAなのお!」なんて 大声で叫びケタケタ笑っていたこともあった・・。そんな日々も いつの日か終焉を迎えた・・・!笑い事ではないほど、彼女は太っていってしまったのだ。だんだん彼女は自分が太っていることを気にし始めた。(←それでも服は意地でも実際よりも小さいサイズを選び、ピチピチはちきれそうで、ある意味こっちが目のやり場に困るほど)さて、彼女のダイエット法とは??---→ズバリ!ダイエットシェ-クを飲むこと!ダイエットシェ-クを飲めばやせると思っているのか、チョコレートもスナック菓子も以前と同じように(大量に)食べながら、そのシェークも飲む・・・。そのシェークって、食事の代わりに飲むものではないのだろうか?と思うのだが、彼女はちゃんと食事も間食も食されていた!当然痩せない。そこで、炭水化物が太るんだ!えいっ、パンやご飯はやめてしまえ!・・・とオカズのみ 食するように・・。でも、揚げ物やスナック類の間食ばかりしている・・・。やっぱり痩せない・・・・。それで、朝を抜き、晩もホットドックなどの軽食にして、お昼にガッツリ食べる戦法にかわった。それでもやっぱり痩せなかった・・・・。彼女はきっと今でも、何らかのダイエット法を試みていることだろう。そして、相変わらずお腹の辺りの段状になった贅肉が大バレの体にぴったりと張り付いたピタピタシャツを身にまとっている・・・。
2004年11月18日
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義妹がリオで作った恋人と婚約し、今週末婚約者を初披露するためサンパウロへ戻ってくる。メールとともに送ってきた彼の写真は 太り気味の冴えない中年って感じ。それでも本人同士が愛し合い、うまく結婚生活を送っていくのならいいのだろうが、私にはすぐ破綻しそうな予感がする・・。義妹は私と数ヶ月差の同い年で、弁護士だ。旅行関係の短大を出た後、とあるホテルに勤めていたのだが、そこの女弁護士さんと仲良くなり、弁護士の勉強をすることを勧められた。それで日中は仕事、夜は夜間大学に5年通って 無事卒業し、弁護士試験も見事パスした。物凄く前向きで上昇志向の高い頑張りやさんだ。大手高級ホテルチェーン「BLUE TREE PARK HOTEL」のリオのアングラドスへイス支店に就職し、ぐんぐんと出世していき、今や人事部長で、うちのダンナよりも高給取りなのである。その点はすごいというしかない。その忙しい業務の合い間を縫って、MBAまでも取得した。というふうに 仕事面では大成功の彼女も、恋愛面ではいつも問題ありだった。156CMと小柄な彼女は 思春期の頃はとっても可愛いハーフの女の子だった。異常にモテて、毎日ひっきりなしに彼女に思いを寄せている男の子からのTELが鳴り、そのお誘いの電話をやっとふりきって受話器を戻したかと思うと、今度は呼び鈴が鳴り、ドアの外では他の彼女に恋する男の子が立っていた・・という風だったそうである。道路にスプレーで「愛している」と大きくかかれて恥ずかしい思いをしたり、ストーカーに追いかけられて怖い思いをしたことも。そんなもてもてで 豊満ボディーだった彼女も 20歳に差し掛かる頃から だんだんと太っていった。今や70キロを越しているようである。顔も膨張し 二重顎になってしまったトドのような今の彼女の風貌からは 昔のモテモテ美人だった面影はみじんもない。 10代の頃の彼氏遍歴は かなりレベルの高いスポーツ万能のモテモテ君だったのが、汚い地区にしがない洋品店を営む目立たない青年、一緒に大学で法律を勉強したが一年留年した上卒業後も弁護士国家試験に落ちてしまった後オーストラリアへワーキングホリデーへ行ってしまった彼(←ワーキングホリデーから帰国後は 義妹と日本へ出稼ぎへ行きたいとのたもうた・・)などと、だんだんとレベルが下がり始めた。しかも、別れたり、くっついたり、また別れたりと 私には理解しがたい恋愛をされている・・。付き合っているときは とても幸せそうにしているのだが、それでも 家で家族に話す彼の話題は 彼を小ばかにしたエピソードや性格の話ばかり。そして、うちのダンナや義兄とブラックユーモアも交えて大爆笑しているのだ!そんなに心の中では小ばかにしていても、一人でいるのがどうしても嫌なのだろう。付き合っているというのに、隠れていろんな男とデートするから(←相手にされてないが)彼にばれて大喧嘩になり、泣き顔で帰宅するなりトイレに駆け込み、嗚咽を交えながら泣いていることも度々であった。観る映画も全て恋愛映画。ジュリアロバーツとキャメロンデイアスのラブコメ(←SUNNYさん、題名なんでしたっけ?)を観ては、「ああ、この主人公は私だわ。」「男は気の合う女友達より、美しいバカな女を選ぶのよ。」「ああ、私のことを誰も愛してくれないのかしらーー!」と叫ぶ。まあ、主人公になりきるっていう、こういう映画の見方もあるか・・・と 映画中にうるさい義妹を横目に考えたこともあったっけ。ほんっと異常に「愛されたい病」で、彼がいても 昔の元彼にも連絡を取りまくり、デートしたり、結婚している元彼にもアタックし、一時 相思相愛(?)になったようであったが、結局彼女には物足りないようで別れてしまい(←付き合っていた当時 やっぱり物足りなさからうまくいかなくなったのに 学習能力のない人というか)、気の毒なことに子供までいる元彼は奥さんと別れてしまった・・。今の婚約者も バツ一で子連れの10歳以上も年上なのだが、一年前に2ヶ月ぐらい付き合って すぐに別れてしまった。それがまた今年になって連絡を取り合ったようで、1ヶ月前頃からまた付き合い始めスピード婚約!彼女はとっても幸せなようで、「早く子供が欲しい。」なんて言っているが、この結婚、いかがなものか?
2004年11月17日
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今日、夜の仕事が9時に終わり、実家にいる子供を迎えに行った。今日は水曜日で、子供たちは午後水泳や体操のクラスがあったので、姑が子供たちを学校まで迎えに行って そのままうちへ連れ帰って、昼ごはんを食べさせ、宿題をさせ、会員制クラブへ習い事へ連れて行ってくれる日だった。働き者の 素敵な姑に感謝! 実家へつくと、なんだか姑が改まった表情。聞くと、義妹が婚約者を始めて実家へ連れてくるのだと言う。彼女はリオデジャネイロの観光地、アングラ・ドス・へイスの高級リゾートホテル「ブルーツリーパークホテル」で人事課長として働いているのだが、ほんの一ヶ月前 リオ在住のバツ一子連れ弁護士と婚約したばかりなのだ。姑は 改まった表情で、「アンドレア(義妹の名前)が今週末帰ってくるの。」というので、「またあ?先週帰ったばかりじゃない?よかったヨネ。(←なんて嫁??)」と言うと、「婚約者を連れてくるのよ・・・。」と はっきりしない口調で言い、だまって奥の部屋に消えてしまった。その後、ダンナが居間に現れ、「luana、今週末妹が来るんだけど、彼にサンパウロ案内してやって欲しいと頼まれた・・・。」と、言いにくそうに話した・・・。・・・そう、私は義妹が苦手なのです・・・。彼女抜きで婚約者にサンパウロ紹介するのなら、全然ok!なのだが、彼女と一緒に行動を共にするだなんて 冗談じゃあない。あいにく(←幸い??)土曜には仕事が入っているし、日曜は日本語テストのボランテイアの出張が入っているから、ダンナが一人で行ってくれることになった。それにしても気になったのが、姑の私に遠慮した態度と、ダンナの非常に恐縮した物言い・・。なんだか、皆私に遠慮しているよう・・。なんでなんで??私はなんでそんなに 壊れ物を扱うように 取り扱われるの??私って 怖いっすかー??とっても意外で、他人の自分に対する見方を新たに発見してしまった・・。私の苦手とする義妹、書けば長くなるから詳しくは今度書こうと思うが、自己主張とか向上心、思い込みがとっても強く、愛のためだけに生きているようで私の思わず引いてしまうような感情むき出しの発言や主張をしつこく話し続ける。そういう人にありがちな、他人への配慮のなさ、無神経さが私を我慢の限界へと追い込む。とにかく 日本ではそのキャラクターの強烈さから引かれてしまう、私の一番苦手なタイプなのだ!嫌な思いもかなりさせられてからは 彼女とは挨拶程度の言葉しか交わしていない。きっと彼女には私が彼女のことを嫌っていることが分かると思う。向こうに気を使わせているのも少し気の毒に思うが、それだけのことも彼女はしてきている。「サンパウロのどんなところを見せるつもり?」とダンナに聞くと、「イビラプエラ公園とか?」と 頼りなさそうに言っていた・・。東洋人街リベルダージにも連れて行くそうで、お昼に日本料理を食べてこようなんて言っていた・・。日本料理・・食べたい・・でも、アンドレアは嫌だ・・・あ、諦めるか、日本料理・・・。そんなことを思いながら、うちに着き、ドアを開けると ぷーんと臭ってくる異臭・・・。あー、月曜に洗ったじゅうたんだ!月曜に洗ったじゅうたんは 一度天日に干したもの、雨が降り始め、うちの中に取り込み、室内の折りたたみハシゴを開いてその上に引っ掛けていたのだが、連日の雨模様のため、ちっとも乾かず、だんだん臭いを放ち始めたのだ。猫ちゃんが出てしまわないようにするため、窓はほとんど閉められていて、じゅうたんからの異臭は部屋中にこめられている。もう我慢が出来ない!!ってほどの臭ささで、思わず抱えて外に持ち出した。も、もう一度洗った方がいいかなあ?とりあえずは天気がよくなる日まで乾かしてみようと思っているLUANAであった・・・。(←だってじゅうたん丸洗いって重労働なのよ・・)
2004年11月16日
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今月二回目の祝日で、この一ヶ月の間で3回目の祝日になる15日はブラジル共和国記念日の日。これだけ休みが続くと、いい加減出かける気力もなくなってくる・・・というのは「おばさん化」している兆候か・・?(泣)この日はどこにも出かける気分にならず、な・ん~と この私が掃除を始めたのだった・・・。今のテーブルの下に敷いている 土足のため黒ずんできたカーペットを引っ張り出し、洗剤とブラシでごしごしと洗った。水を含むと何倍にもの重さになるカーペットを洗うのは かなりの体力を必要とし、はあはあと息が切れるほど。普段洗わないソファアカバーやら座布団なども丸洗い。子供のお弁当入れのバッグなどもごしごしと洗いまくった!家の掃除もし、洗物を全部外に干して、ダンナと二人でDVDを借りにいった。近所のDVDショップはなかなかの穴場で、メジャー映画のほかにも私の好きなマイナー映画なども数多く取り扱っている。しかも、レンタル料が他のレンタルショップよりも安い。しかし、今回はしばらくご無沙汰していたにもかかわらず、めぼしいDVDが入っておらず、楽しみにしていた「死ぬまでにしたい10のこと」や「Laws of Attraction」はレンタル中で、あまり借りたいと思える映画がなかったので、大作の「マスター&コマンダー」を借りることに。~あらすじ~1805年、英国海軍サプライズ号は、祖国を遠く離れた海上で、フランスのアケロン号と対峙していた。数々の英国船を沈めてきた敵船に怯え、異様な緊迫に包まれる船内。そこにはあどけない少年士官の顔も見られた。だが彼らにはジャック・オーブリー船長の存在があった。船員たちが“幸運のジャック”と慕う彼は、幾多の苦境を乗り越えてきた百戦錬磨。12歳の士官候補生ブレイクニーも、船長の勇姿を眩しそうに見つめる。そんなある夜、サプライズ号は霧の中から現れたアケロン号の奇襲を受け、ブレイクニーも右腕を失ってしまう…。 ・・・という話の筋書きの印象とはうらはらに ラッセル・クロウ演ずる艦長が やり手には見えても 「伝説の艦長」だとはどうしても見えなかった・・・。(笑)それでも、ラッセルクロウって どんな役でもこなせる結構貴重な俳優かも!って思った。超ハンサムではないけど、男の色気があるから ラブストーリーもOKだし、今回の男むさい英雄モノもいけるし、グラジエーターのようなヒーローものも NY コンフィデンシャル(?日本名はこう?)のような はみでものもいけるし。いい俳優はごまんといるけど、どんな役でもOK!という俳優はなかなかいない。ゴシップ話では 結構自意識過剰のいけすかないやつのイメージがあるけど、実は私には結構くすぐられるタイプである。・・それは かつて人妻の私に猛烈アタックしてきた10代のたれ目の可愛いブラジル人の男の子に似ているからかもしれない・・・。(汗)横道にそれてしまったが、この映画、場面はずーっと海の上。船での戦闘の厳しさを見事に表現している。相手を攻撃するには 相手の船の真横に立ち、相手からも砲撃を受ける。飛行機のように無傷で相手をやり込めることなど不可能だ。かつてのイギリスの階級制度というのも垣間見られる。船員はいつまでも船員、キャプテンになれる地位のものは 子供のときから それなりの地位にいる。決して交わることや分かち合うことなどなし。ヨーロッパの努力しても報われることのない完全なる不公平さが悲しい・・。久々の大作の鑑賞だったが、なかなかストーリー運びはポイントが絞れており うまいと思ったが、やはり時代背景や状況描写を細かに描写するのに重点が絞られており、登場人物の心理描写が乏しく、もっと彼らの感情面が掘り下げられていたらさらに楽しめていたかなあと思う。歴史好きなダンナは 大喜びの映画でした!映画館鑑賞後、まったりとインターネットで遊んでいたら、雨が降り始めた。急いで 洗ったものの取り込みにかかった。それ以降は 翌日までずっと雨。洗い物は 今でもまだ湿ったまま ウチの中に佇んでいる・・・。
2004年11月15日
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先日、ブラジル在住の楽天仲間のayaちゃんから 週末サンパウロへ遊びに来ると聞き、早速会おうか!ってことになった。向こうは3歳の男の子がいるから、うちの子供たちと遊ばせたいと思い、子供たちも連れて会うことに。そして、折角だからサントスにお住まいのgabbyちゃんも誘おうということになり、待望のオフ会がひょんなことから実現することとなった!待ち合わせ場所は 皆にとっておなじみのサンパウロの東洋人街、リベルダージに。地下鉄駅の近くの皆知っている日本食品店の『丸海』の前で 落ちあった。まずは もう一緒に遊んだことのあるgabbyちゃんを見つけ おしゃべりしていると、gabbyちゃんが突然「あ、きた。」とつぶやき、同時に私は人込みの中をきょろきょろっとまだ会ったことのないAYAちゃんを探して 辺りを見回した。一人背の高い女性がこちらを見つめながらニコニコと歩いてやってくる。近くにはご主人と見慣れた顔の男の子が。HPで御馴染みの「kohくん」だ。HPでは元気で豪快なイメージのKOHくんが 意外にももじもじしていて、そして 小さい。3歳児なのだから 当然10歳のうちの子に比べ小さいのは当たり前なのだが、HPでの存在感の大きさとのギャップに 思わず、「小さいネエ。」と言ってしまったが、きっとその一言は男勝りの彼にとって嬉しくないものだっただろう。ごめん!KOH君。ほんっと スレンダー(笑)で足が小さくて、小さなスニーカーで元気に走り回っている彼を見て、「かわいい!!」と何度も連呼してしまった・・。そんな人見知りしていた彼も すぐにうちの子供たちと打ち解けてしまって、すぐにどつきあいや じゃれあいを始め、うちの子も日本語ばかり話す彼に合わせて、一生懸命日本語で話していたので、私としてはかなり嬉しかった。ayaちゃんとはtelで話したのみで 実際会った事がなかったのだが、電話の声のイメージとはちょっと違ってて、結構ブラジルの日系人ぽい感じの元気そうな女性だった。実際の年齢より随分若く見えて、実際、少女っぽさを持ち続けている可愛い人だ。 彼女に続いて、『子豚ちゃんfamily』がやってきた。彼らはayaちゃん一家のお友達だと言うことだった。『子豚ちゃん』とはかなり失礼な呼び方だと思うのだが、皆がそう然としてそう呼んでいるので、ここではあえてそういう呼び方をさせてもらう。(笑)そのfamilyとは ある日本企業に勤める駐在員とその奥様、1歳の男児の三人家族だ。1歳のその男の子はお父さんとまったく同じ顔をしていて、大人しかった。(二人とも大人しいだなんて、そんなことは決してないのだと言っていたが。)シリアルのようなものを無心で食べていて、「これを食べている間は静かになるの。」と 奥様が言っていたのには笑えた。だって、私たちは中華料理店でさまざまな料理が卓上にずらっと並べられていたのを美味しくいただいていたのだから。その中華レストランはサンパウロのレストランガイドにもあまりのっていないのだが、割と美味しく 値も張らないのが私の周りの日本人友達の間では「穴場」だと評判で、よく行きつけていた。しかし、あれもこれも多く頼みすぎてしまって、最後のおあいそをお願いしたときには 合計金額に驚愕!幸い、ご主人たちは何も言わず、ぽんと払ってくださったので助かったのだが、これなら食べ放題で食べても 同じだったかもしれない。次回は 日本料理食べ放題へお誘いすることにするか!子豚ちゃんファミリーの奥様はこれまた優しい可憐な女性で、彼女と会話していると爽やかな風がすうっと吹き抜けていくようなチャーミングな人だった。そんな人たちとお食事し、SP MARKETというショッピングセンターまで行き、女性皆でお買い物をしたあと、コーヒーを飲みながらまた雑談を楽しんだ。ふと時計を見ると既に17時。GABBYちゃんのバスに乗る時間に間に合うように お開きとした。私にはサンパウロ在住の日本人友達が結構いて たまーに皆で会ったりするのだが、皆ブラジル在住歴が長く、今回の皆のようにブラジルの生活に慣れ始めた段階の『外国人』意識のまだ高い人たちに出会うのは久々で 興味深かった。今回のオフ会では皆まったく違う境遇でブラジルへ来ており、仕事も目的も違うし、女性たちのタイプも違うという人たちが一同に集まることができるというのは 本当にインターネットさまさまである。日本で英会話スクールで集まった人たちがたまたまお茶をしに行ったといった感覚の日本ではごく自然な出来事が 不思議とこの地球の反対側の国ブラジルでできたということは本当に不可能に近いこと。 本当に不思議な空間でした!また近いうちに 皆で集まりたいですよね!
2004年11月14日
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今年中旬から参加している日本語教師会の主催の「日本語実力テスト」の お手伝いへ行ってきた。私の加入している地区の教師会は サンパウロでもかなり活動が著しく、大ベテランの教師たちが「地区の日本語の活性化」のため、精力的に活動している。一ヶ月前は「お話大会」と言って、自分で作文を書き、それを暗記して、ステージに上がってマイクを前に発表する、という 子供にとってはどきどきものの発表会が催されたばかり。今回は 「日本語実力テスト」だ。この実力テストは 日本の小学校の教科書を出題基準レベルにして、9級から1級まである。9級は幼児用の語彙やひらがな・かたかなが出題基準で、8級は小学一年生程度の漢字、そして1級ともなると「日本語能力試験」の2級と1級の高レベルになる。その9つのレベルのテストを この地区ではみなで分担して作成し、何度もチェックのために集まり、それをプリントして、地区の子供たちにいっせいにやらせるのだ。日本での成人向けの日本語教育の傾向と違い、ブラジルでは「日系師弟への幼児、児童教育」が中心である。それは長期間にわたり、勉強を続けていくに当たって 何かの刺激がなければ、途中で挫折し、やめてしまう。その勉強のモチベーションづけのために行われてきたこのテスト、今やなんと サンパウロ全地区と、近郊の市でも使われていて、サンパウロの日本語教育を盛り上げる一環を担っている。 そんな精力的に頑張るグループに入ってしまった、のほほんの場違いな私。試験当日、そのすごい子供たちの数に圧倒された!!200人近くいたのだ。教師たちは校庭で大声を張り上げて、級別に列を作っている。私は級の番号を書いた紙を持ってぽけっと立っていたのだが、他の教師が「ちょっと貸して」と胡散臭そうに私の手からさっと紙を取り上げ、さっさと子供たちを引っ張って列に入れていた。大きな子はでれ~としているし、小さい子はどこに入ったらよいか分からず、おろおろしている。それを教師がつかんで、手際よく列に引っ張り込むのだ!・・・で、出来ない・・私には・・。そうやって列が出来たら、級別に教室移動。ようやく生徒を座らせたと思ったら、遅れてきた生徒が一人二人、三人、四人と次々と現れる。それをまた正しい席に座らせる・・というのも結構一仕事!皆が席に着き、用紙を配り始める。用紙の一番上の部分に名前と学校名を書き込む空白がある。そこにローマ字の大文字で書き込めと説明した、にもかかわらず、小文字で書くもの、汚い筆記体で書き、読めない字の者、いろいろだ。それをクラス中の生徒のところへ行き、一人一人確かめ、間違っていたら書き直させる。その作業にも 10分以上かかったのではないか?名前を書き終わると、今度は試験のやり方の説明。試験時間は二時間で、終了30分前に聞き取りの問題を読んでやる。試験中は「水を呑みに行ってもいいか」だの、「トイレへ行ってもいいか」と頼む子供が続出!常に何人かの生徒が席を立って、外の空気を吸いにいっていた。(笑)ちらちらと 隣の生徒の答案を盗み見ようとする15歳ぐらいの男の子、前に座っている子をカンニングしようとする9歳ぐらいの女の子、おもむろにがばっと後ろを向き 答案を見ている小さな子などのハプニングもあって、試験の監督も 結構楽しめた。(笑)聴解の読みに入るときには 一人一人の生徒のところを回って、聴解のところのぺージを開いてやり、今からこれをしますよ、と説明してやらなければならない。それもまた 結構時間を食う。聴解用の文を読んでやっても、ぼけっとして聞いていない子がいたりするから、さらにもう一度読んでやる。小学校の先生の苦労が忍ばれる。本当に ご苦労様! だ。こんなに 子供たちの遅刻や、カンニング、聞き逃しに大目に見てやっているのは この試験の目的が「学力テスト」なのではなく、「子供たちの自信アップ」効果をめざしているからなのだ。試験が終わると、教師全員で集まって、会議。地方やサンパウロで行う試験に 誰が出張して監督に行くかということを 話し合った。本当にウチの地区会は 他と比べて活動的で、自分の休暇も犠牲にしなければならず、勉強になる反面、結構辛いのも事実。でも、しばらくは 頑張ってみようと思う。
2004年11月13日
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先日、図書館へ行くためバスに乗った。窓際に座り、ボケーっと外の景色を眺めているとそのうち眠りに入る・・・というのが私のいつもの癖。その日もいつものように窓際に座ると、途中から淡いブルーのスーツにゴールド系のアクセをつけた、こぎれいな格好をしたマダムが隣に座ってきた。私は気にせず、そのままぼけっと外を眺めていると、救急車と消防車のがけたたましい音を立てながら高速で走っていった。しばらく行くと、広い大通りの反対車線を警察の車や救急車が通行禁止にしていて、そこには二台のぶつかった車が割れた窓ガラスをあたり一面に散らばらせて止まっていた。私はあまりよく見えず、あれ?事故か・・とぐらいに思っていると、隣に座っているマダムが、「ノーッサ!キ コーイザ オーヒーべウ・・」(まあ、なんてことなの?)なんて、口を手のひらで覆い、大げさに驚いている。そして、「これは大変だわ・・・娘に電話しなきゃ!」とおもむろに携帯をバッグから取り出し、ナンバーを押しはじめた。・ ・・なんで、娘とこの事故と関係があるんだろう・・・完全に通行止めになっているわけでもないけど、まあ、娘は車を運転するのかな??・・・と不思議に思い、聞き耳立てて彼女の話を聞いてみた。「あー、フィリャ(娘)?今、OO町の入り口のところで たいへんな車の衝突事故があったみたいでね、車が大破してて、まあそれはそれは無残なものよ。もう、私はこれを見て、胸がバクバクして仕方がないのよ・・・、あ、私今バスに乗っていて、会社に向かっているのよ、あれ、フィリョ(息子)はなにしてんの?朝ごはん食べたの?ちゃんと食べろって言ってやってね。じゃあね、チャオ!」・ ・・・・・は・・・・?用事もないのに娘に電話して、びっくりしたことを伝えただけ・・・。日本でも電話が好きな人は何か起きるとすぐ電話の受話器を握るのだろうか?私は異常に電話をかけない人なので、そういう人の気持ちが理解できないのだ。それにしても、ブラジルでは携帯の普及がめざましい。貧困層でも携帯を持っていたりするのだ。この普及にはプリペイドカードの存在が一役買っている。最初に決まった金額を払っておけば、ある一定期間使用できるということから、誰でも気軽に持てるようになったようだ。しかし、その弊害はすざましい。携帯に取り付かれたように、配偶者や恋人、子供などに電話をかけまくる人がかなりいる。ダンナの上司の奥さんも 一日に20回ぐらい電話をかけてくるという。もう、いつもいつも携帯の呼び出し音がなっているそうだ。上司自身もうんざりしていて、たまに電源を切ったりするのだが、そうすると、今度は会社の電話にかけてきて、電源を切ったことをしかる。中には子供命の暇な親が 子供の職場にしょっちゅうしょっちゅう電話してきて、今何をしているのか、一言だけ聞き、もし 子供がつかまらなければ パニクって子供の友人や上司にまで電話をかけまくって、子供の居場所を突き止めるのだそうだ。ある生徒の元彼女も 四六時中電話してきて、クラス中でもかまわず電話をかけてきて、電源を切ると周りの友達に電話をかけ、彼に代われと頼んでいたりしていたらしい。知り合いの経営者も 社員に仕事中の電話は禁止と言っているのだが、それにしても彼らの親がしょっちゅうかけてきていて、仕事中は電源を切るようにと注意したのだと ため息混じりに言っていた。なにをそんなに話すことがあるのだろうか・・?私にはとっても不思議である。あと、日本と違うここでの特徴は 男がよく長電話をしているということだ。ブラジルの男はよくしゃべる。日本の無口な人にも困ったが、それにしても よくまあ話す。まだ携帯が普及していない頃から、公衆電話で順番待ちをしていると 長電話をする男性によく出くわしたものだ。待てども待てども終わらない。ショッピングセンターの公衆電話で何をそんなに話すことがあるのだろうか?今は公衆電話の座を 携帯にとってかわられたが、携帯マナーの悪さが目立つこの国では 私の電話嫌いにますます拍車がかかった。一番ムカつくのが携帯で話しながらのろのろふらふら運転をするやつである!!そして、クラス中に電源を切らずに、呼び出し音がかかり、「先生ごめん・・」といいながらその場で話し出すヤツ!!結構いるんです。
2004年11月12日
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その「日本へ出稼ぎ中の彼との結婚を夢見る一ブラジル人女性」とは ずばりよく日記に書いているチープ&露出ファッションがお得意のCさんのことである。Cさんは現在建設資材を売っている店の店員さんをしている。仕事は月曜から土曜までで、結構疲れる割には収入はすずめの涙だと嘆いている。さらに給料の支払いも3か月分滞納していて、何も買えなくて困っている。それでも、転職する気力もない様で、とりあえずしばらくはそこで働くつもりのようだ。彼女は一人っ子で、5年前に退職して今は家賃収入で暮らしている父と母との三人家族。彼女の住んでいる地区は中心地からかなり離れた、低所得層の人が多く住むところで、そこにある小ぶりの一軒家に3人で住んでいる。貧乏ではないが、つましい生活をしている、ブラジルではごく普通のありふれた家庭。彼女はまだ23歳、と若いのだが、かなりいろいろな経験をしてきている。暴力男と付き合い17歳にて妊娠、しかし、ある日突然その彼から階段の上から突き落とされ流産してしまう。彼の暴力がひどくなり別れようとするが、今度は家族を皆殺しにしてやると脅迫し始め、その恐怖から鬱病にかかり、家族全員で遠い街に引っ越したそうだ。しばらくして戻ってきたときには、彼はもう他のターゲットを見つけ出していたようで、それ以上の害は受けずにすんだ。そんな辛い状況を乗り越えようとしている中、今の彼と出会う。今の彼は 同じ通りに住むハーフの日系人で、10歳も年上だ。14歳のときに彼に初キスを奪われ、その後は何もなかったが何かのキッカケでなんとなく付き合い始めたそうだ。「彼は優しいし、真面目だし、なんといっても私のことを理解してくれるの。もう彼に首っ丈なの!!」と嬉しそうに語るCさんは来年の彼の帰国を心待ちにしている。彼が日本行きを決めたのは彼女と付き合い始める前で、もう手続とか全て済ませていて、今更予定を変えることなど不可能だったらしい。とりあえずは2年働いて、来年の12月に一時帰国し、結婚式を挙げてからふたりで日本へ出稼ぎに行こうと話している。 ま、そういった状況なのだが、びっくりしてしまうのは彼女の結婚に対する感覚。女の子が夢見る、「お嫁さんになりたい!」そのものなのだ。C;「結婚式場の下見をしはじめたのよ!」私;「でも、結婚式ってお金かかるよね?」C;「そう、彼は『結婚式なんてやらなくてもいい、籍を入れるだけでいいじゃないか』なんていったんだけど、私は『ノーノーノー!ぜーったい結婚式す・る・のー!』って言ったの。だって、素敵じゃない!素敵な教会で、皆に祝福されて・・。ぜったいぜったいウエデイングドレス着るんだもんね!」 私 ;「パーテイもするの?」C ;「もっちろーん!素敵なブッフェ(パーテイ請負会場)で少数の招待客でロマンテイックな披露宴にするわ。」私 ;「どんなブッフェにしたの?」C;「PADOVEZEとかー?」・ ・・『PADOVEZE』ってこの辺りでは超金持ちの人が使う会場なんです。結婚披露宴なんかしようものなら、結構いい車がポーンと買えちゃうぐらいの金額がかかるのだ!!無謀すぎ!!私 ;「ちょ、ちょっと・・・あそこって、金持ちのブッフェじゃない?」C;「あ、でも、彼は今日本へ出稼ぎに行ってるからお金はあるしイー。私の稼ぎなんてスズメの涙だから、期待してないし、好きに使えっていわれっちゃった!ぜったい、素敵なブッフェで、格好いいウエデイングドレスを着たいの!!」・ ・彼、ちゃんと分かっているんだろうか・・?結婚披露宴よりその後の生活の方がずっと大切なのじゃあないのかなと思うのだが、ブラジル人にとっては違うのかもしれない。そこで その後の生活について聞いてみた。私 ;「じゃあ、結婚生活のために何を準備しているの?」C ;「そうそう。もう準備始めたわよ!手芸が上手な友達がいるから、米やパスタ、豆、砂糖などを袋から移して保存する可愛いビンを 注文したの!米のビンのキャップ部分には米袋から米がざざって半分零れ落ちたねんど細工がしてあるもの、まめのビンのふた部分には・・・・」・・・ビ、ビン・・・。ちょ、ちょっと それが 結婚生活のための準備なのかい・・・?彼女の結婚に対する捉え方は まったく少女が憧れる夢物語なのかもしれない・・・。大丈夫なのだろうか???
2004年11月11日
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私の教えている日系クラブにもう一人日本語教師がいる。彼女はこの日系クラブでは 幼児クラスを受け持っているのだが、授業がない日は他の日本語学校で成人に日本語を教えている。日系2世で、日本語が上手で、とっても明るく、初対面で誰とでも仲良くできる朗らかな人で、私も仲良くしている。歳は40歳前後といった感じで、背が低い恰幅のいい独身女性だ。 彼女は以前日本人子弟向け幼稚園を経営していたのだが、経営に行き詰まり、今は辞めて、1からの出直し状態。今年から日本語も教え始め、私にいろいろと質問してきていたので、私も精一杯応えたり、教材を貸したりしていた。そして、このたび入った地区日本語教師会へも彼女の紹介で入ったのだ。 日本語が達者で、日本の文化が好きだし、日本の漫画などもよく読んでいるし、日本人相手に幼稚園を経営していたこともあったから、私は日本人と接するような感覚で付き合っていた。しかし、彼女はやっぱりブラジル人だった・・・。 貸した教材を返さない。確かに、「今使っていないから、ゆっくりとどうぞ。」とは言ったよ!でも、半年以上も返さないし、「あれ、長く借りててごめんね。」の一言もない。たまたまその教材を必要とする生徒が出てきたので、「あれ、返してくれる?」と頼んだのだが、1ヶ月以上も持ってこない。ついに業を煮やして、「明日持ってきてね!」と自宅にTELまでもしたのだが、やはりまだ持ってこない。もう2ヶ月になろうとしている。やはり、生徒は待てないから、仕方なくサンパウロの図書館へ行って、借りてコピーして生徒に手渡したのだが。そして、生徒に売る教材も「あ、これいいね。売ってくれる?」だなんて言って、お金を持ってこない。二冊も持っていったけど・・・。そろそろ催促しようかな?6ヶ月ぐらい経ってるし。 また、肝心の地区会も集まりにほとんど出席しない。確かに、平均年齢60歳のベテラン教師たちは超真面目で、ものすごく精力的に活動しているから、私も参加するのに結構苦しいものがある。折角の週末がつぶれてしまうし、第一勉強にはなるけど、楽しいとは言いがたいし。それでも、こういう勉強会とか催しに向けての準備などは一人一人に役割が分担されており、ドタキャンは許されないと思う。そして、できるだけ出席すべきなのではないだろうか。だから、私はこの地区会の存在を8年前から知っていたにもかかわらず、なかなか覚悟が決まらなかったのだ。地区会の日本語イベントや取り組みにことごとく参加しないから、親分格(こういう表現がぴったり!)の教師にしかられたり、あきれられたりしたらしい。彼女はこの地区会だけでなく、サンパウロの中心に当たる教師会にもほかの幼児関連のグループにも参加しており、休日は遊んでいるわけではなさそうだ。それでも、手一杯広げすぎたようで、自分で広げた関係にきゅうきゅうにしめられているというのが現状のよう。「あの先生は皆忙しい中をぬって参加しているのに、一人一人の自覚が足りないと皆に迷惑がかかるだなんて言うけど、私だって、いろいろあって忙しいんだ。」なんて、私に同情を求めていたけど、私ははっきり言いました。「日本ではね、グループに参加したら一人一人がきちんと取り組まないとダメなんだよ。ブラジルの大学のグループでの課題のように、できる人だけがやって多忙な人はごめん!一言で逃げるというのは許されないよ!和がたいせつなんだからね。」そう、ブラジルでは結構そういう人が許されるのです。グループワークでも いつも必ず何人か言い訳がましく逃げる人がいて、「分かった。この日は必ずいく。」だなんて言っておいて、ドタキャンするということを何度も繰り返し、グループも彼のことをあきらめ、期待しなくなる。それでも、一応同じグループに名前を載せているのだから、頑張った生徒と同じように単位はもらえる。だから、彼女も名前を載せておけば、たまに顔を出すだけで許されると思ったのだろう。大抵のブラジル人って、こんなものだと思う。自分の利益につながることにだけ必死になり、後は適当。責任感というものがないのだ。
2004年11月10日
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免許を取得して、4年が経つ。最初の3年間は何も起きなかったのだが、今年に入って車にまつわる問題がいろいろおきて、がっかりしている。今朝も事故ってしまった。今朝は息子のケンケンがアレルギー性気管支炎気味になり、期末試験があるので、とりあえず試験をさせて終わった頃に迎えに行く予定だった。7時に子供を学校まで車で送り、それからだんなを職場まで送り、また学校までUターンした。ケンケンを車に乗せて、中心街にある小児科の通りで車を駐車場に入れようと一番右側の車線を走っていた。そのとき、物凄いスピードで後ろからバスが割り込んできた。車の左側の車体すれすれに割り込んできたので、急いでクラクションを鳴らし、速度を緩めた。それでも、気にせずそのまま割りこんでくるバス。そのまま接触せずに割り込みきりそうだったのだが、バスの後ろのボディ右端が私の車の左側のミラーをもぎとり、車体左側をグイグイっと強くこすって停車した。運転手は気づいていないようだった。停車して降りてきた乗客が私の車にぶつけてしまったことを運転手に知らせていたようだった。しばらく、ボー然としていた私だが、すぐに車から飛び降り、運転手と話しに行った。運転手は浅黒い肌の干からびたように痩せほそった老人。歯が二本しかなく、その二本も黒く変色し、歯茎の部分が退化してやせ細った惨めな歯。話も歯がない為、何を言っているのかよく理解しにくいのだが、向こうの言い分は、「ここは 停留所だ。」(←停留所は彼が止まったポイントの50メートルも過ぎたところにあった)「ここはバスが通る車線だ。」(←右折しようとした車がこの車線に入るのは当然のこと)「おまえがまちがっている。」の一点張りで、自分の非を認めようとしない。これにはカーっと頭に血が上って、大声で大喧嘩してしまった!!「あんた、クラクション鳴らしてるのに止まらないってどういうことよ、あんたが修理代払ってくれるんでしょうね、大体ここは停留所じゃあないわよ、警察呼んで、見てもらうからね、キー!!」道を歩いている人も、その通りにあるお店の人も、バスの乗客も、ケンケンも皆私たちの言い合いを見つめている。結局、運転手は、「けっ、警察にとどけっでたいんなら勝手にしろい!」てな感じで、再びバスに乗って、行ってしまった。とりあえず、バスのナンバーと運転手名を書き取った私は、ケンケンの医者に行かず、実家に向かった。その間冷静になって考えてみたら、私は今運転免許証を持っていないのだ・・!!ガガーン。明日、再発行されるものを取りに行くのだ。じゃあ、警察に届け出られないじゃん・・・。 実家について姑と話すと、バスの会社に訴えるとか、修理代請求だなんて、考えない方がいい。それどころか、向こうが訴えてくるわよ、とのこと。マフィアみたいなものなのだから、と言われた。泣き寝入りかよー、キー!!あ、とりあえず、あんだけ公衆の面前で大声で怒鳴りたてて、あの老人運転手の気分を害することぐらいは出来たかな。あの謙虚さのかけらもないETのような老人め。 幸いにも、サイドミラーはぱかっと取れたものの、奮闘した末に直すことが出来た。そして、接触されたところも、車の塗料が少し落ちているのみで、他にはへこんでいるとかということもないし、修理代も安く済むことができるかもしれない。 ああ、くやし!!なんだか、ますます運転が嫌になってきた。今年の初めに起こした事故は 玉突き事故で、2台前の自動車が走行中に急に停止したため、その後ろの自動車がぶつかり、私もその後にぶつかってしまったのだった。その衝突は軽かったため、ウチの車には何の被害もなかったのだが、前の車はとても簡素な造りの安い小型車だったためか、前と後ろのバンパーが壊れてしまった。そのため、後ろのバンパー代は私は何も言わず支払った。安い型の車なので、修理代も安く済んだようで、私にとっても助かったのだが。 そして、先々週の免許証紛失事件・・。今年は なんだかついていない…。
2004年11月09日
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先週観た映画の話です。イラン映画監督のアッバス・キアロスタミの「風の吹くまま」をdvdで観ました。この監督はサンパウロでは人気があって、今回のサンパウロ国際映画祭ではフランス人監督「アモス・ギタイ」と共に特集を組まれていました。彼自身もゲストとしてサンパウロへ来て、デイスカッションなどの企画にも参加していたようです。~あらすじ~ある老婆の死を待ち望む男の物語。テヘランから700キロ離れた山奥の小さな村に、葬式にまつわる奇妙な風習があると聞きつけて取材に訪れたテレビ局の取材クルーがいる。ところが、今にも死にそうだと聞いていた老婆はなかなか死なず、3日で終わるはずの取材は何も手を付けられないまま2週間がたってしまう。面だって葬式の取材だとも言えず、村に電話を引く技師だと名乗っているクルーたちは、長い足止めで少しずつイライラしてくる。特にディレクターのベーザードは、同伴のスタッフたちからは急かされ、テヘランの上司からは取材を諦めて戻ってこいとせっつかれてばかり。何もしていないのに、彼ばかりがストレスをためてしまう。いっそのこと、誰かが一思いに老婆を殺してくれないものだろうか……。と、そんなバカなことまで考え始めてしまう。とってものんびりとした映画。砂漠のような道を主人公たちドキュメンタリーのクルーが乗った自動車で走っているのを遠くから映した映像から映画は始まる。期待していた老婆の死がなかなかやってこず、クルーたちや町に住む上司からのプレッシャーがかかるのだが、クルーも上司も画面には出てこない。そのため、彼の気持ちの変化が手に取るように分かるところが面白い。街で生きる目的中心でシビアな主人公と、村の余計なことは考えず、生きるためだけにだけに生活をしている人々との対比も面白い。のーんびりゆっくりと眠気を誘うような映画の流れだが、最後にある事件がおき、彼の気持ちも変わる。大きな出来事ではなく、日常の小さなことで、自分の気持ちが変わっていく。そういう自然な流れが興味深かった。のんびりと映画館で観たかったなあ。dvdではやっぱり感じが出ないもの。そして、トムハンクスの「レディキラー」。あまり好評ではなかったようなのが逆に興味を誘い、dvdを借りてしまいました!~あらすじ~洗練された身のこなしと豊かな教養を兼ね備えた天才的知能犯“教授”。彼はある時、船内カジノの地下金庫に納められた現金の強奪を計画する。そして実行場所に選ばれたのは、敬虔なクリスチャンであるマンソン夫人が一人で住まう一軒の邸宅。その狙いは計画遂行の拠点となる地下室だった。早速その家を訪ねた教授は持前のスマートな説得力で、教会音楽の練習のためなどと称して夫人を言いくるめ、まんまと地下室を借りることに成功する。こうして、バンドを偽った4人の犯罪エキスパートたちと共に計画の実行へとおよぶ教授だったが…。音楽や映像、アイデアやブラックユーモア的な部分はおもしろいと思うのだけど、それがどうした??的な映画になってしまった・・。なんだか笑えなかったなあ・・。どうしちゃったのだろうね。ちょっぴり残念です。
2004年11月08日
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前にも書いたとおり、不注意で車の証明書と免許証をなくしてしまった私。手続は済ませたので水曜日には再発行されたものをとりに行く予定なのだが、今週末の足がない。それで、土曜はどこへも行けず、午後からインターネット三昧。本を読んだり、テレビを見たりしていたが、だんだんいらいらしてきて、だんなにあたってしまった。(←かわいそうなダンナよ・・)何かとブラジルの不便さを挙げ、日本で生活したいと駄々をこねてしまった・・。なにせ、イライラしたら超感情的になってしまう典型的な女性なのでねえ・・、ハイ。(←でも、日本で一年ぐらい生活をしたいというのは事実。だって、しばらく帰ってないから日本の記憶もあやふやになってきているもの。そういうのってとても悲しいんです。) そして、日曜日。朝、まったりと起き、サンパウロへ遊びに行こうとは思っているのだけれど、車がないため、どうやって行けばいいか、いろいろな案をめぐらしていた。バスでAV.パウリスタまで行くか。それとも、電車でLUZ駅まで行くか?行きたいポイントは イビラプエラ公園で開催されている欧米ブランドのオートクチュールの作品や歴史の展覧会「ファッション・パッション」と、イビラプエラショッピングと、AV.パウリスタにあるミニシアター系映画館エスパッソ・ウニバンコ。全部行くか、それともいくつか諦めて一つだけいくか・・・ぼけーっとソファに座って考えていると、だんなが業を煮やして言った。「自動車で行ったら?」でも、私は免許証をなくしている・・。それでも、いっちまえ!、ということだった。自動車は盗まれたものじゃあないということを証明できる証明書は一応持っているし、免許証だって再発行の引き取り券を持っていけば何とかなるだろうと、ダンナも言っていたし、免許なしで サンパウロへ行ってしまいました。ウフ!このとき、しみじみ感じたのが、サンパウロってほんっと自動車がなかったらどこへも行けないんだなあっていうこと。日本だったら、地下鉄やバスで一本で市のにぎわっている地区へ行ってしまえば、全て揃っている。映画館、美術館、デパート、レストランととりあえずは 一日時間をつぶすことができるというものだ。でも、サンパウロでは無理。例えば、映画館の近くには まともな飲食店がない。ショッピングセンターも1キロぐらい離れている。映画の後、ウインドウ・ショッピングしたくても、日曜日では普通のお店は閉まっているので、ショッピングセンターまで足を運ばなければならない。美術館も同じ通りにあることはあるが、500メートルぐらい離れているし、そこはいつも同じ作品ばかり展示しているので、面白い期間限定の展覧会は他の美術館で催されている。そこまでは、かなり距離があってとっても行きにくいのだ。 だから、全部は一日で出来ないから、一つだけ、例えば映画を観る・・・だけをして、後は家に帰る・・・。なんだか、つまんないなあと思った。サンパウロはとっても不便です。東京なんかだったら、渋谷だけで一日いっぱい楽しめそうなのになあ・・。そう思いながら、自動車でイビラプエラへ行ったが、まずはショッピングセンターへ。いつものお店をチェックし、めぼしいものがなかったら、美術館へ行こうなんて思っていたのだ。結局、あまりめぼしいものがなかった。私には行きつけのお店が二件ほどあるのだが、ここしばらくいいなあと思えるものがなく、お買い物をしていない。「こうなったら意地でも何か見つけてやるウ。」と、うろうろしたあげく、ま緑のカットソー地のワンピと、そでぐりにレースのついた生成のカットソーを買いました。ま緑のカットソーは どうかなーとは思ったので、家族に不評なら返品しようかななんて考えていたのだが、ダンナには大好評で、大喜びしてました!「セクシー!!」だなんて言って、大喜び!!ぜんぜんセクシーなカットでもなんでもないんだけど、ただ丈が短いだけ。私は長身で脚がニョキっと長いので、スカートがより短く見えるのかもしれない・・。家の中ではいつも大きめの古いTシャツと長ズボンなので、お出かけのときぐらいお洒落してミニをはいて、だんなを喜ばせるのもよいかも知れないなあ・・・。はあ、疲れるゼイ。夫婦円満のための努力もラクではないのであります・・。
2004年11月07日
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昨日は誕生日なのに仕事づめの一日~~!と思いきや、何人かの生徒がドタキャンしてきて、助かりました!!結構、休憩とかも取れたし、ラクでした。仕事後に家へ帰ると、子供たちがピザを買ってきてくれていて、皆で食べた後は ケーキにろうそくつけて、歌を歌ってくれました!!しかし・・私のリクエストの「イチゴショートケーキ」じゃなくて、「イチゴマシュマロケーキ」でした・・・・。ここまでしてくれて、文句を言うのはナンだけど、マシュマロクリームって、甘くて甘くて食えたシロモノじゃあないんですよ・・・。(泣)優しいだんなには悪いけど・・ダンナのケーキのチョイスって、いつも失敗ばかり!!(泣)本人曰く、白いクリ-ムでイチゴが乗ってるから瞬間的に「これください!」って言ってしまったんだって!あまりの甘さに、さすがの子供たちさえもほんの一口だけ食べて、直径30センチの大きな円形のケーキは今でも4分の3以上残っています・・・。 さて、タイトルの一ブラジル人の話。昨日は日本語の生徒のイバ(いつも金欠気味で、月謝を3ヶ月も滞納しているフトドキ者)が来た。なんだかご立腹の様子である。「・・・もう!!あんな会社、辞めてやろうと思ってますよ!!!(プンプン)」 理由を聞くと、とっても嫌なことが起きたらしい。ヤツは機械のグラフィックデザインをコンピュータで描くのが仕事なのだが、その会社は事務所を新しいビルに移転するらしい。その移転に当たって、事務所内の机やら棚やらをすべて新しく購入することになったのだが、現事務所にある古いイスを社員に安く買わないかと持ちかけていた。そこで、イバは「ひとつ買う。」と返事をし、自分の名前を書いた紙をひとつのイスにしっかと貼り付けておいた。支払いは来月の給料支払日に、ということにしておいた。 そうやって、先週の土曜の夜、友達にトラックを借りてイスを取りに行ったところ、事務所中のイスが忽然と姿を消していたということだ。もちろん、イバのイスもなかった。それで、社長に電話したところ、よその会社に売ってしまったらしい。「僕の名前を書いてあったイスは??」と主張しても、うまくはぐらかされてしまったとのこと。イバ;「あの社長、ムカつきますよ!!」私; 「でも、イスぐらいのことで会社を辞めるだなんて・・・。」イバ ;「いえ、ほかにもいろいろあるんです!! 一人、すっごくムカつく社員がいるんです」私 ;「そりゃ、どこの会社だって、いるでしょうよ・・・。」イバ ;「それに、ミナス州にうちの会社の支社があるんですが、時々うちの事務所に電話してきて、やりきれない仕事を回してくるんです。」私 ;「へえ。」イバ ;「この間も電話がかかってきたから受けたら、この仕事はアントニオにやってほしい、イバマルにはやって欲しくない、って 言いやがったんです!!!(怒)」私 ;「・・・・どうして??」イバ ;「僕は 今までいろいろな社員と喧嘩してきたから、イジワルしてくるんです。」私 ;「・・・・・・。」 もう、笑いたいのを必死でこらえるのに苦労した。相手はマジ顔で、とっても怒っているのだが、内容が内容だけにもうおかしくって・・・。 イバはかなり真面目な28歳なのだが、真面目加減がどっかずれていて、きっと周りから浮いているんだろうなと思う。余談だが、彼が日本語を始めた頃、グループで勉強していた。クラス内で折り紙の「箱」を生徒たちに教えたら、次の授業のとき イバはたくさん作ってきて、「ほら、折り紙の箱の底の面に 『ろう』を塗ったら水を入れても漏れないんですよ~!!」と、嬉しそうに皆に披露し、周りはかなりひいていた・・・。確かに、大の大人の男が折り紙を嬉しそうにたくさん抱えてきたらねえ・・・。 そんな感じで、なにかと周りにからかわれたら、さらっとかわさずに 突っかかっていってしまうようで、よくディスコで喧嘩したり、会社やスポーツジムでさえ、言い合いをして、敵を作ってしまうのだ。 そんなこんなで、会社が嫌になっているイバは方々に履歴書を送っていると言った。今の時代就職難で、再就職はかなり厳しそうだ。 そして、自分の日系の彼女も 今の仕事がつまらないから辞めたいともらしているらしい。彼女は大学で秘書の勉強をして、事務所で秘書のような仕事をしているのだが、給料は少ないし、やりがいもないし、いっそのこと日本へ出稼ぎに行ってしまおうか!なんて話しているのだそうだ。私 ;「そうね。イバマルさんは日本語ができるから、日本にもすぐ慣れそうね。」イバ ;「はい。僕は今すぐにでも飛んで行きたいぐらいです。でも、彼女は日本語が出来ないし、少しまだ迷っているんですよ。それでも、彼女の父親も日本に出稼ぎに行ってもう10年になるし、御母さんも連れて皆で行きたいねなんてはなしてるんですよ。」私 ;「じゃあ、日本に永住するつもり??」イバ ;「いえ、4,5年ぐらい住んで、お金をたくさん貯めて、ブラジルでいろんな投資をしたいんです。」 聞くと、サンパウロに大きな大きな家を建てたいそうだ!(←4年ぐらいじゃ、無理です!!ど田舎なら、可能だが。)そして、地区の中心の商店街に土地を買って、商用に貸して家賃収入を得たいとか。(←商店街はショッピングセンターにかつての地位を奪われ、借主を探すのに困りそう。しかも、治安が悪化してきているし。)さらに、田舎に牧場を作り、肉牛を売る仕事もしたい。(←肉牛の値段は市場で決められ、子牛から成牛になるまで1年半もかかり、飼料やら手間を考えるとほとんど儲けがなく、養鶏業の方が割に合っているとか。) そして、サンパウロのド田舎に 小型スーパーを建てたいとのこと。(←大手スーパーチェーンの進出があれば、ひとかたもないだろう・・) まあ、ネガティブな面を探そうと思えばいくらでもあるし、それでは前に進めないので、夢を持つことはいいことだし、目標をしっかり持っていれば、夢はきっとかなうだろう。イバには 頑張って成功して欲しい!どんどん自分の夢を語り、有頂天になってきたイバ。とんでもないことを口にした!「僕は日本語の勉強が好きだから、日本へ行っても、日本人と日本語だけで話したいし、日本語の勉強も続けていくつもりです。そうやって、日本語が上手になった暁にはーーーー 翻訳家 -----になって、ブラジルでじゃんじゃんお金を儲けようと思います!」・・・いや、それは・・・一番不可能だと思うよ・・・イバ君。
2004年11月06日
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今日はとーってもいい天気。そして、蒸し暑い。こんな突然の晴天は 午後からの大雨の前兆!!というのがサンパウロでは常識だ。週末はいい天気でありますように・・・。今週は月・火とお休みだったため、今日は振り替え授業が目白押しで、10時間ほどクラスが詰まっている・・。考えただけで疲れてくる。なにせ、今日は私の誕生日なのだ。ダンナは今晩私の好きなイチゴショートケーキを買って、家族でお祝いする!なんて言ってくれているが、夜の10時までクラスがあるため、10時からのお祝い・・・??思いっきり、太りそうだなあ・・・。さて、昨日の続きみたいなものだが、昨日は「外」から見た「歯医者さん」で、今日は実態みたいなものを書こうと思う。 大して勉強しなくても何とか食っていける日本と違って、ブラジルでは大学まで進まないと食うにも困るほど就職状況は困難である。就職難だし、賃金だって低い。そこで、大学に入ったり、手に職をつけようと専門職の勉強をしたりする人だってかなりいる。昼は働き、夜間の大学院にまで進むことだって、普通になったし、皆、より高収入を狙って努力している。そういう訳で、歯科医になりたがる人も多い。歯科医大は授業料が高いから、ちょっとお金に余裕のある人しかなれないのだが、それでもすごい人気だ。自分で診療所を持てば、職にあぶれることもないし、厳しい社内競争もなし。 しかし、こう考える人があまりにも多すぎるのか、サンパウロには歯科医があぶれている。各道に一軒は歯科があると考えてもいいほど、多いのだ。私の知り合いに とってもハンサムな日系歯科医がいる。その人はエンジニアの父にビルを建ててもらい、その二階に診療所を構えた。インテリアコーデイネーターの叔母に家具をそろえてもらい、画家の弟にモダンアートを提供してもらい、それはそれはとってもお洒落な診療所になった。もう5年になるから固定患者もつき、のんびりとやっていたのだが、もっと客を増やそうと、健康保険を使う患者も扱い始めた。やはり、患者数は物凄く増えたそうだが、客単価が4分の一ほどに減ってしまった。それこそ、朝から晩まで働いていて、ぼろぼろだ、と嘆いていた。その彼も長く付き合っている恋人がいて、そろそろ結婚したいと考えている。しかし、この状況では新居を購入する資金がいつまでたってもたまらないから、日本へ出稼ぎに行こうかと考えている、と 私のところに相談に来た!実際、こんなものなのではないかと思っている。うまく固定患者を多く得ることが出来、評判になった歯科医などは 立派な診療所を構え、宣伝も派手に行い、診療代も高額を要求し、ますます儲けていくのかもしれないが、まだまだ若い歯科医や、目立たないところに診療所を構えた歯科医などは いい生活をしているとは言いがたいのかもしれない。最近はここでは 誰もかしこも大学を出るようになった(これについては 後日書きたい)。昔、「この職業に就けば将来安泰」と言われていた職種でも、将来の保障はちっともないというのが現実になってしまったようだ。
2004年11月05日
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今日はサマータイムも三日目になるが、まだまだ眠い!!今日も子供を送り出したあと、爆睡してしまった・・・。体が貝のようになってしまって(どういうたとえじゃ??)、ちっとも動かないのだ。眠くてだるくて・・・。それでも、8時半には歯科の予約が入っていたので、無理矢理10分前に起きた。スッピンのゾンビ状態で歯科までよたよたと歩いていくと、日系女性の歯科医はすぐに歯のクリーニングを始めてくれた。私は以前書いたが、歯科がだいっ嫌いなのです。きいいんと鳴るあの歯を削る道具の音が怖くて怖くて・・・。きっと、ひどい虫歯をしたことのある人になら分かってもらえるとは思うが。歯科へは一ヶ月前に歯の詰め物が取れてしまったことから、仕方なく歯科へ行ったものの、虫歯がひとつ発見され、その治療を済ませ、今回は歯のクリーニングに行ったのだ。 しかし、ひとつの治療が終わるごとに、治療費を払おうとすると、「次回でいい。」なんていつもかわされ、詰め物を入れる作業、虫歯治療、今回のクリーニングと 三回の支払いがたまっていた。支払いはどれほど高額になるだろうかとびくびくしていたのだが、なんとたったの70レアイスだった。CD2,3枚の値段。あまりの安さに かなりびっくりしたが、それを口にすると次回から値段を上げられても嫌なので、平然を装ってささっと支払って歯科を後にした。(爆) それにしても、ブラジル人はすごく歯並びを気にする。日本だと目立った出っ歯の人が矯正具をつけているくらいのイメージだったのだが、日本も最近では変わってきたのだろうか??かつては、中山美穂のぬっと向き出た二本の犬歯やら、芳本美代子(←知ってるやろか?)の歯並びガタガタの笑顔が チャーミングとされていたものだ。ブラジル人は普通の歯に貼り付けるタイプの小さい四角の金具のようなもの以外に、よく馬の口輪(←なんと言うのか??)のような矯正具や、ヘッドホンなんで口につけてんのー?って聞きたくなるような派手(!)な矯正具をつけていたりする。ど-んなすごい異常の歯なんかい?と興味を持ち、聞いてみたところ、歯が少しだけ傾いているとか、間が空いているとかそんなこちらが気がつかないようなちょっとしたずれぐらいのものだけに びっくりする。すっごく金がかかってんだろうなあ・・。うちの子も「オリエンタルは口顎が小さく、歯が収まりきらず歯並びが悪い。」という例外にもれず、かなり歯並びに異常がある。しかし、矯正は保険が効かないうえに、高いし、一度きりで終わるものではないので、今はより問題のあるケンケンのみ、矯正をしている。それにしても、高いのだ。月に150レアイスも払っているし、「早ければ9ヶ月で終わるし、遅ければ12ヶ月ぐらいかかるかも」という歯科医の言葉だったが、治療中に新たなる異常を発見したりして、もう一年以上続けている。こういうとき、困るのが、私の「歯科的センスのなさ」というか、矯正するということが非常識なところで育ったため、いくら歯科医が「ほら、この問題を見てごらん?大変だ。すぐにこの歯を抜かないと大変なことになる!」と私に言ったところで、私の方は「はあ?そんなものなんですか??」と、ちゃんと理解できないことだ。ケンケンは歯並びが悪いせいと、永久歯が深いところにあってこのままのぼってこないという恐れがあったとかで、歯をもう二本も抜いた。私にとって 歯を抜くということは虫歯治療の最終手段で、それ以外は親知らずだとか、物凄く原始的な感覚しかないので、かなりびっくりした。しかも、なぜか「抜歯」を矯正歯科はしたがらず、他の口顎専門の歯科へ行け!と言い、そこでもしっかり70レアイスとられた。・・・なんだか、金ばっか取られるイメージの歯医者・・・。 羽振りのいい歯科医を見るたびに、「患者から金ぶんだくってるんだろなー。」なんて、ちとイジワルな目で見てしまうLUANAなのであった・・。
2004年11月04日
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かつては、サンパウロでオリエンタル人を見ると、皆「japones!(ジャポネース)」と呼んでいたものだ。中国人にでも、韓国人にでも。日系人は農業従事者の他、クリーニング屋やら、パステウ屋(ブラジルの揚げスナックとでもいうか)、八百屋の仕事をしているものだと思われていた。 それが、勤勉な日本人は子供たちの教育を何よりも優先し、その子供たちはレベルの高い医者や弁護士、エンジニアなどの専門職や仕事に従事する人が目立ってきた。「ジャポネス ガランチード!!」日本人は信用できる!みたいな言葉もよく飛び交うほど、日本人=真面目、几帳面、ごまかさないという代名詞のようなイメージが出来ている。その反面、日系4世5世ともなると、ルーツを忘れ、親も日本の言葉も話さなくなり、まったくのブラジル人化(いい加減、調子がいい、嘘つき)している人もかなり増えてきた。 そのように、すっかりサンパウロの顔となっている日系人だが、最近は韓国人がかなり目立ち始めた。サンパウロ最大の鉄道のLuz駅辺りの地区、「bom retiro」区は かつてはユダヤ系の洋服の卸問屋の町として栄えていた。それが、なぜか韓国人が少しずつ進出し始め、ここ数年でユダヤ人と韓国人の立場が入れ替わってしまったようだ。メインの通りにはほとんどの店がハングル文字で書かれた看板を掲げ、道を歩く人も韓国人ばかり。韓国料理の商店も、学校も、レストランも、雑貨店も、ゴルフ用品店もあるし、フランクフルトやお好み焼きのような韓国のスナックのようなものを売っている屋台までがある。まるで、サンパウロの中の異国だ。 ショッピングセンターのお店の中でも韓国人が目立ち、結構高価なものをバンバン買っていく。車も大抵が輸入日本車で、かなり目を引く。先日、見に行った韓国映画の上映にも、韓国人がうじゃうじゃうじゃあーとあちらこちらにいて、韓国語が飛び交っていた。皆、若くてお洒落な人たちばかり。 一体、なんなんでしょ??彼らはどうして発展途上国のブラジルに移住してくるのか?なにをして、ここまで儲けているのか(みな羽振りがよい)?ここにくるメリットはナンなのか?すっごく疑問なのだが、知り合いの韓国人はひとりもいないし、ハングルが出来ないからネーテイブにも聞けないし、ブラジル人は韓国人やら日本人やら分かってないようだし、結構長い間気になっています。誰か知ってたら教えてください!!私も原因追及してみるつもりです。それにしても 不思議じゃあ・・。
2004年11月03日
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昨日の日記で サマータイムをたたえた私・・。今朝、異常に眠く、子供の朝ごはんとお弁当の準備をしてから二度寝してしまった・・・。しかし、9時から11時までクラスがあるので、仕方なく無理矢理30分前に起き、クラスをし終わってから再びベットへ・・・・!今年の困難度は例年以上だった!!眠い眠い眠いよー!今は午後1時。2時からクラスなので、無理矢理起きました。眠気覚ましにこうやって日記かいてます。日系クラブの人に 眠くないか聞いてみたけど、誰も不満を漏らしていない。・・わ、わたしだけなのか・・・ヤワなのは・・・。昨日の発言撤回します!やっぱり、サマータイム、きついですわ。
2004年11月02日
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情けないことに、GABBYNAさんの日記によって、サマータイムを思い出した私。(てへ)慌てて、時計の針を一時間はやめた・・。サマータイムについては、しばらくは体が慣れなくて、開始時には早起きをしてしまったり(これについてはすぐ慣れるが)、終了後はしばらく眠かったりとして、多少不自由はある。それでも、朝一番に起きたら、空が一面明るい青に染まっていた・・というのを見るのはとってもすがすがしい気分になるし、夜も8時ごろになってもまだ空が明るかったりしたら、なんだか得した気分になって、妙にワクワクルンルンしてしまうのである。やっぱり、ブラジルは夏!!夏はいいものだ。今はまだ天気が不安定な春だが、今から夏が待ち遠しい。日本の場合は、夏が異常に短く感じていたのだが、どうだろうか?短い夏だとサマータイムは負担になりそうな気もする。なにせ、夏というものは天気がよくて、気分もよくなるもので、ビールが美味しいし、祭りや花火大会で夜外出する機会も増えるし、ビアガーデンはあるしで、あっという間に過ぎていくような感じがする。そういう短い夏にサマータイムを導入したら、さらに体がついていけなくなりそうだなあと思うのだが・・。 さて、今日(11月2日)はブラジルの「お盆」で、祝日である。日曜と祝日にはさまれた月曜日は 多くの会社の場合ついでに休みになる場合が多いようである。うちの日本語学校は例外にもれず休みにした。休日を利用してまでもしっかりと勉強したいと思っている人なんて、ブラジル内ではゼロに等しいもので、私も恩恵に授かった(!)ということです。私のこの「お盆連休」はサンパウロ国際映画祭の映画を観るのに大いに役立った。なくした運転免許証も車の証明書もしっかり再発行手続も取れたし、火曜はうちでゆっくりとしよう!と思って、観に行きたい映画も我慢し、一日空けておいたのだが・・・何のことはない、だらだらと過ごしてあっという間に過ぎてしまった。朝は10時ごろにゆっくりと起き、楽天やニュースチェックをし、1時ごろGABBYちゃんの日記で「夏時間」を思い出し(爆)時計の針を進め、昨日観た韓国映画にたくさん出てきた韓国料理のシーンが脳裏からはなれず、思わず作ってしまった。それを赤ワインと美味しくたらふくいただき、眠くなり、テレビを見ながらうとうと。本格的にベットに移りひとしきり寝たあとふと時計を観ると、21:00・・・。・・・なんて一日!!我ながら、情けなく思っているのであった。やっぱり、連日の夜ふかしがたたったか?今からたまった家事をしようっと!
2004年11月01日
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