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作文のセンセイに、人から褒められた時、有頂天になるのも才能のひとつだと教えられた。なるほどと思ったのだが人を褒める才能ってのもあるのかもしれない。以前、PTAの役員をしていたときトップではないヒラの委員だった友人が言ったのは「はいはい、わかりましたと上のひとの言い分に素直に従うには、才能が必要なのよ」という言葉だった。そして「団塊の世代ってそういう才能がない人が多い」と続いた。その団塊の世代に属する知人は「ひとの幸せをいっしょに喜んであげる才能があるひとってなかなかいないのよ」という。いろんな才能があるんだってことをもっと年若い時に自覚していたら、世の中の景色が変ってただろうなあ。
2010.03.27
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季節の巡りを体で知る。毎年のことなら手回しよく手を打てばいいのに毎年程度の差はあるものの同じ症状に悩まされる。今年の花粉は目に来る。やたらと痒い。痒い痒いと掻いていると目の周りの潤いが失せる。うろうろと庭を歩く哀れでうろんな鶏の目を連想する。腫れる腫れる、目が腫れる。朝起きて、鏡を見てお、お前は誰じゃ!?と言いたくなるような瞼。腫れる腫れる、鼻も腫れる。いよいよ別人28号。春はいっつもそぞろに過ぎていく。
2010.03.21
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MFHという病気で手術をしてから15年が経つ。その手術の結果でいろいろ難事は起こるのだがその難事のひとつは舌の可動域がずいぶん狭くなってしまったことで熱い物を食べると、よく口のなかを火傷をする。後から思えば、その火傷のせいだとわかるだが先日、上あごに違和感があった。ぷっくりと膨れたそれは15年前のあれ、悪性の腫瘍の感じに思えなくもなかった。あっ、と思った。来たのか、と再発を思った。悲観的な考えは千里を走る。ああなって、こうなって・・・ああ、死ぬな、というところまで行きついてしまう。いずれ死ぬいのち早いか遅いかの問題だ、おまけの15年はなかなかに良い時間だったよなんて負け惜しみまで浮かんでくる。しかし、ああなってこうなっていくその経過の時間がしんどいことだなあ、とため息がでた。そんな思いを一日塩漬けにして次の日、そばにいた息子2になんとなくそんな話をした。彼は黙って目を見開いた。そして「あかんやん」と言った。「うん」とうなづくしかない。「ね、15年前、かあさんが入院したとき、どう思ってた?」なんとなく聞いてみた。高校一年生だった彼。母親の病をどう受け取っていたのか。彼はゆっくりとした口調で言った。「あんたは、死なないって思ってた」それは、確信だったのだという。あの時はかあさんも死ねないと思っていたよ。死なないで15年長く一緒にいられてよかったけどいつかはそうはいかなくなるんだって思い知らされる。数日たって彼が聞いた。「病院、行った?」「あれ、消えた」かあさん、まだ死なないみたいだよ。「よかったじゃん」「うん」もうしばらくいっしょにいられるね。
2010.03.21
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