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パソコンが修理されて戻ってきた。パソコンがなくても携帯でもろもろフォローはできていたのだけれど携帯のキーボードでは作文は書けないなあと実感した。慣れの問題なのか。自分の作文の流儀に携帯が馴染まないのか。まあ、書けないというか、打てないなんだけど、携帯のキーボードに指を置く時の感じは連絡事項とかご挨拶とかに付きまとうねばならない感がぬぐえず自分のなかの作文の脳味噌が動かないのがわかる。作文の脳味噌はずいぶんとわがままでここじゃいやよ、と、ふてくされてしまうのかもしれない。いや、画面の小ささで作文の全体が見渡せないからちいさな作文になってしまうような違和感があるんだな。つまり、自分の作文は文章全体が頭の中できっちり完成されてなくて行きつ戻りつ訂正し返し縫いしながら進んでるからなんだろうな。なんてことを気づかせてくれたパソコンの不在。
2010.07.19
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昨日、息子2が紙袋を提げて帰ってきた。「冷蔵庫、空いてる?」「何入れるの?」「遅ればせ、だよ」「ああ、あれかあ」あれというのは、父の日のプレゼントだ。6月3週の日曜からはかなり日が過ぎた。去年の母の日をかなり過ぎてから「かあさんの好きな」チーズケーキをくれたときの台詞が「遅ればせながら」だった。その当日にはすっかり忘れてしまうのだがあるとき回路が巡ってくるわけだ。ジャストタイムじゃないところはいろんなことが「遅ればせながら」の我が家らしい、ような気もする。人生の帳じりはいつかしらそんなふうに合うものなのかもしれない。家族がお相伴になったその箱の中身はマンゴープリンとクリームブリュレとミルクレープとバナナタルトだった。駅ビルの2階にあるそのケーキ屋さんは下りのエスカレーター付近にある。「駅ビルに行ったの?」「本屋へ寄ってた」「でも、本は買わなかったの?」「あんたが買うかもしれんと思ったからやめた」その帰り、ケーキ屋の前で「遅ればせ」を思い出したらしい。ははは、今年中に思い出してよかったねえ。それにしても、君の読みは鋭い!買ってきましたよ。「小暮写真館」どかんと700ページ。まるで聖書みたいで、えらく重かったよ。ほーほーとページをめくったあと息子が言った。「帯に、暇な時にお読みくださいって書いてあったよ」「そうかね」朝、帯を確かめてみたがそんな文字はなかったぞ!
2010.07.07
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手前味噌なことを書く。鼻白む向きもあろうと思う。すまんことだと謝って・・・。いやあ、他でもないこの自分のブログ「文の文」のサイドメニューをランダムにクリックして他人の目になって読み返してみるとふふふこれがなんだか面白い。なんだか上手いなと思ってしまう。(そう、だから手前味噌なことだって・・・)たとえば佃島。たいしたことが書いてあるわけではないのだけれどそこへ行って見たこと、感じたことが丁寧に書いてある。―― 佃島にきたのだから佃煮を買ってみようかと思う。「天安」である。古びてあじわいのある店だが、少々込み合っていた。私の前のおばあさんが、住所が鉛筆書きされた紙を差し出し「たらこ1キロ、ここへ送っとくれ」と言う。おねえさんが「ああ、たらこですね」と確認する。おばあさんは訝しげな顔になって「いいや、たらこだよ」と答える。耳が遠いのだ。まるで落語である。こんなシーンにめぐり合う幸運ってのがあって文章にするんだというスタンスがそういう幸運を呼び寄せるのかもしれんな、と思ったりする。全体的にいえば、「下町」という本を縦糸にして幸運なシーンを横糸にして佃島という景色をうれしそうに編み上げている感じ。好奇心と誰かに告げたいという想い。文章を書くことの根っこにはそういうものが必要なのかもしれなくて今の自分は・・・とふりかえってみる、梅雨の朝。
2010.07.06
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昨晩、というか、夜中に息子2が「かあさん」と呼びに来た。何事かと身構える。なにしろ、2年ほど前、夜中に目が覚めると家の中に救急救命士が3人もいたことがあったのだから無理からぬことなのだ。が、その声は明るくうれしそうだ。「今、宮部みゆきが出てる」彼が自分で買ったテレビは地デジ対応ものでそのでかくて美しい画面を見るとブックレビューで児玉清さんにインタビューされる赤い縁の眼鏡の宮部みゆきさんがちょっと困ったような照れくさそうな顔をしていた。リビングにあるアナログテレビとはちがってくっきりと映ってしまう画面に、思わず「おお~、鼻が丸いねえ」などととんちんかんなことを言ってしまう。しかし、小説は宮部みゆきしか読まんと公言する息子は「こんな声なんだあ。初めて聞いたな」と感心している。番組は新作の「小暮写真館」についての質問が多く未読のわたしは、ピンと来なくてへーそうなのかあと思いつつハイビジョンが映す児玉清さんの素敵な背広に目が行く。実に上質な生地だとわかる。シャツのラインもネクタイも美しいブルーだ。「そこかよ」と言われてみゆきさんに集中する。「ピアスと腕時計が赤で眼鏡の縁とコーディネートしてる」「そんなことばっかじゃん」「すまん。見えちゃうからさ」みゆきさんは小説の中のキャラについて語る。「こまっしゃくれた子供がすきなんです」「あ、あれだね」と息子2が言う。『日暮らし』のあの子だね。君とこんな会話ができるなら「小暮写真館」買ってこようかね。こまっしゃくれた子に会いたいもんね。「700ページもあるんだぜ」ほほう、そんな長編かね。ファンなら、読むよね。
2010.07.05
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10歳の自分の夢はなんだったろう。東京オリンピックの年自分は何を夢見ていたのだろう。腎臓病でクリスマスの日に入院して当分ベッドから下りてはいけませんと言われて病室で過ごした3ヶ月。来る日も来る日も真四角の空を見つめて自分がいなくなった家や教室のことを思っていた。女の子4人の部屋に笑いはあったが隔離された世界の友情はそこだけのものであって顔ぶれが変わるたびに寂しさが湧いた。たくさんの笑顔が揃う教室に戻ったときみんなが体を動かしてできることをできなくなった自分がいた。動き出そうとする体に動いてはいけないのだと言い聞かす日々。病院と同じ四角い窓から眺めたみんなの躍動。閉じ込められた自分の想いは何を夢見ていたのだろう。ああ、そうだ、思い出した。自分は詩人になりたかったんだ。8歳のとき、雪をみて「空には、かき氷を作る機械があるのかな」と書いた詩を先生に褒められてみんなの前で朗読した。8歳の自分の身に起こったことなど他にはなにも覚えていないのにその国語の時間のことは蝋燭の明かりのなかに浮かぶ情景のように揺れながら蘇る。その情景は長い時間に濾過されても今も勲章のよう胸に残る。どこにも行けないと感じた10歳の自分は自分の言葉に自分の行き先を託したかったのかもしれない。その夢決して消えてはいないのだけれど・・・。
2010.07.02
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