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・5、30、月ようやく福島県では、放射能暫定規準値を一年20ミリシーベルトから1ミリシーベルトに下げた。この急激な数値の違いで、小さな子供を持つ親は皆うろたえている。それでは今までの一年20ミリシーベルトまで大丈夫と言っていた政府の通達は、何だったのだという疑問だ。それでも幼稚園の砂場の放射能を計ろうともしない園もまだまだあるらしく、もちろん政府が調べてくれる訳でもないので、園児の親が実費で検査に出して調べているという。こんなばかな話があるだろうか。規準が一年1ミリシーベルトに下げられた(正常な値に戻った)ことで、子供たちに対する心配はとりあえずやれやれというところだが、これは余りにも遅過ぎる対応だ。事故後すぐにこの値で対応していれば、子供たちは被爆せずにすんだかもしれない。学校は休校になり、皆はとりあえずその場所から避難して、スピーディは正しい情報を随時流したかもしれない。なぜそうできなかったかというと、結局海外諸国への面子、被害賠償を最小限におさえる計算、ドル箱である原発を失う恐怖。そんなことが頭をぐるぐる回って、隠蔽(嘘つき)という、子供たちに顔向けできない大人の失態を曝すこととなった訳だ。梅雨を迎える前に、政府がどうしても打たねばならなかった手段もあったはずだ。でも放射能物質はすでに雨と共に土壌深く染みこんでしまっただろう。これで福島とその近隣の畑は何十年放射能野菜を栽培し、日本各地にばら撒くこととなるはずだ。すべての対応がドが100個付くほど遅い。ーーーーーー台風の前に緊急に政府がしなければいけないこと台風シーズンが近づいています。梅雨は始まりました。初動が大切な原発事故で、国民の避難、児童の疎開、汚染されていない水の確保など、原発事故ですぐしなければならない政府の義務は何一つされていません.何もしないで1ミリを20ミリに上げたり、汚染された野菜を拒否するのを「風評被害」といったり、もっぱら国民を被曝することに熱心です。私たちは何のために税金を払い、選挙の投票をしているのでしょうか?でも、少し批判されて、やっと腰を上げつつあります.・・・・・・今、緊急にやることの一つが「福島原発から半径10キロ圏内の放射性物質を除去する」ということです。3月に福島原発からでた放射性物質の量は「60京ベクレル」です。それに対して、今、原発から出ている量は「兆ベクレル」ですから、約1万倍以上の放射性物質が「福島原発ではなく、その周辺にある」ということです。つまり、今では「福島原発から出ている量」より、「3月に出たものが付近の土の上に乗っている量」の方が格段に多いのです.福島原発の報道が、今、汚染している土地に関心を向かわせないための策謀か?と私が訝るのは、このことにあります。・・・・・・・・・だんだん、待ったなしになってきました。これが強風が吹くと舞い上がり、広く拡散することが予想されます.だから、政府は一刻も早く、土壌の上にシートを貼るとか、濃い放射性物質が乗っているところは土壌を除くことをしないと、福島のみならず、台風が太平洋側を通ると北風が吹いて茨城、千葉、東京へ飛んできます.お茶が汚れたのも私は一度、土の上に降った放射性物質が風でまったものと思いますし、郡山などの放射線量が減らないのも、「福島原発の周辺から、2次的に飛んできたもの」に夜のではないかと思っています.原発から10キロ圏内の高濃度汚染地域を少しでも綺麗にすることは政府(東電)の義務です.それはその土地に住む人にとっても大切なことですし、今、そこにある放射性物質が再び飛んで、日本の大地を汚さないためにも必要です.それに加えて、梅雨で雨が降り、土壌にしみ、地下水に移動します.汚いものがこぼれたのですから、常識的に考えても「早い方がよい」のは当然なのです.政府の方!!目を覚まして行動に移ってください!!のんびりとひまわりを植えている時期ではありません。強い行動をとってください。・・・・・・・・・自治体も綿密に放射線量を測定して、市民の不安を除去し、「地産地消」(横浜市、戸田市など)を止めて鹿嶋市のように、安全な野菜を子供に出してください。教育委員会や市長の決断次第で、その市の子供達の差が出てきました。(平成23年5月29日 午後1時 執筆)武田邦彦
2011.05.30
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・5、25、水さて、関西にも福島や茨城、その他の汚染された野菜が出回る恐れが出て来た。関西の消費者も賢くなれば、これからは産地偽装の可能性だってなくはない。そんな時に一部の信頼できる生協だけが頼りだと思っていたが、これも少しずつ危ないかもしれない。何故何処の機関も「農家がかわいそう!子供たちがその犠牲になりなさい!」という道を歩んでしまうのだろうか。ここからは僕の想像だが、というか、僕の結論は結局そこに行く訳だが、やはり農協にもドンのような主がいて、様々な権力を振り回していると聞いた。イワユル??のようなものだろうが、これがやはり政府と持ちつ持たれつでやって来ている。おそらく農業関係の票集めで大きなネットワークの力を奮うことができるのだろう。やれやれ、日本はすでに何をしたくても、どこに行こうとも奴らの支配下にある訳だ。だから多分子供たちや我々庶民の命を守るためには、その元を変えなければどうにもならないのではないだろうか。もしくは、これからは地域での共同自給自足が可能にならないものだろうか。昔々の小さな村に戻るのだ。ーーーーーー新しい「信頼される」生産者・流通の時代に!少し前に、日本で盛んに中国の食材を批判した時代がありました。それに対して、中国は「食品の安全の基準はしっかり守っているし、実際、中国で大きな問題は起きていない」と言っていました。でも日本国内の不信感は変わりませんでした。それは、「どうせ中国がそんな事言っても、信頼できないから」ということだったでしょう。つまり「信頼」というのは、多くの生産者や流通の人がすでに良くわかりのように、単に数字上のこととか、言葉で言ったということではなく、買う人の信頼をどのように得るかということにかかっていると思います。・・・・・・・・・現在、食材と放射線の関係で多くの人の不信感を呼んでいるのは、現実に福島原発が始まった時から今までの経過なのです。その最も良い例が水道の規制値です。世界の基準値としては、WHOが1ベクレル(リットルあたり(以下同じ))で、ドイツガス水道協会が0.5ベクレル、アメリカは0.11ベクレルです。これに対して3月17日までの日本の基準値は、ヨウ素が10ベクレル、セシウムが10ベクレルでした。今回の福島原発の事故がなければ、多くの人が水道の基準を気にしているわけではないので、10ベクレルでもさほど問題がなかったと思います。しかし、福島原発を事故が起こり、現実に水道が汚染されてくれば、誰でも、本当に大丈夫だろうか?と思うのは当然です。特に、小さいお子さんをお持ちのお母さんは、粉ミルクを水でとかなければいけませんし、赤ちゃんをお風呂に入れることも必要です。そのお母さんが大丈夫だろうか?国際的な基準が1ベクレルなのに日本は10ベクレルで大丈夫なんだろうか?と心配するのはごく当然のことです。ところが日本の政府も、自治体も、そして日本の官庁の中ではかなり信頼できる水道局も、「なぜ国際基準が1ベクレルなのに、日本の基準が10倍なのかを積極的には説明しませんでした。・・・・・・・・・それに加えて驚くべきことが起こったのです。福島原発が爆発したので、各地の放射線量が上がり水道が汚染されました。そうすると、3月17日になって「暫定基準値」がでて、驚くことに、ヨウ素が300ベクレル、セシウムが200ベクレルに跳ね上がりました。国際基準が1、事故前10、事故後300!! 説明無し。それで「信頼しろ」と言っても、ノーマルな人間には無理です.・・・・・・・・・それと共に、牛乳や乳製品が ヨウ素300ベクレル(キログラムあたり)、セシウム200ベクレル、 野菜類は2,000ベクレルで、根菜類などは不明? 穀類500,肉・魚その他が500となったのです(一部は昔から。どれがどれか不明)。この数字はやや曖昧です。曖昧なままブログに書いたのは理由があります。わたくしはこの数字を、もう一度確認して書こうと思ったのですがやめました。それは、子育てで忙しいお母さんが、いちいち、数字をチェックするということができないからです。それでも、普通のお母さんに比べると、わたくしの方が少し知っているかもしれません。今、わたくしの頭にはだいたいこのぐらいしか入っていないのです。わたくしが「お父さんとしての視点で見る」と言っているのは、普通のお父さんやお母さんは大ざっぱな事しか覚えてません。それぞれ生活がありますし、まさか放射線の暫定基準値の専門家でもありません。「どうも10ベクレルぐらいの値が、事故が起こったから300ベクレルに引き上げられたらしいという感じを持っているだけです。また、お父さんですから、「国」がなんといおうと家族を守らなければなりません。国が決めたいい加減な「事故後の値」などは、お父さんは関心がないからです。・・・・・・・・・中国の食材でありませんが、こんなことをされて「食材が安全だ」と信じろといっても到底、無理です。水道の基準でも事故が起こる前に決めてあった10ベクレルというのには、それなりの根拠があるからです。わたくしのブログには、計算値を示して、水道はせいぜい20ベクレルまでという計算値が書いてありますが、何かの根拠がなければ値を変えることはできないのです。しかも、現在は江戸時代ではありませんから、「お殿様が決めたから、それに従え」というわけにはいかないのです。・・・そんな中で、生活協同組合が茨城産の農作物を全国に運んでいます。そして生協の人は次のように言っています。「生産農家が一生懸命つくった安全な野菜なのに、出荷できない。何ともいたたまれなかった」という。消費者に安全をPRし、生産農家が今後もおいしい野菜をつくり続けられるよう、4月上旬に共同購入による応援フェアを企画した。 対象は、全国的に需要が落ち込んでいる福島、茨城、千葉、群馬、栃木の5県のうち、同生協がこれまで産直野菜の取引のあった8産地のキュウリやレタスなど計14品目。国の検査をクリアした安全なもので、毎週9品目を選んで案内している。」でも、ここで担当者が言っておられる、「生産農家が一生懸命つくった安全な野菜なのに、出荷できない。何ともいたたまれなかった」というのはどういう意味でしょうか?ここで、生協の人が言っている「安全な野菜」というのは、国が事故処理に重きをおき、国民の健康を第二にして決めた300ベクレルのことでしょう。300ベクレルなら安全だというのは、全く説明されていません。1年に1ミリシーベルトという法律で定められた安全の基準を守ろうとしたら、食品は10から20ベクレルぐらいが一つの目安になります。もし生協が本当に買うお母さんの身になったら、次のように言うでしょう.「このホウレンソウは国の基準は満たしていますが、お子さんが1年1ミリシーベルト以上の被曝をさせたくなかったら、普段の30分の1ぐらいまではお買い求めできます」という「販売量制限」をするはずです。・・・・・・・・・また、生協の人が言ったという「何ともいたたまらなかった」という表現はわたくしには衝撃を与えました。野菜というのは、生産すれば食べなくてもいいのでしょうか?わたくしは農家が一生懸命作る目的は、日本のお子さんが安心して食べられる野菜を作るからだと思います。いたたまれないのは、むしろこのような野菜を買わされるお母さんの方ではないでしょうか。・・・・・・・・・関東大震災の後、この悲劇を生かして、日本はかなり近代化されました。それは関東大震災の前までには、日本の中にまだ江戸時代の古い習慣が残っていたのですが、それが関東大震災という大きな災害をきっかけに前進したのです。今回の福島原発の事故は日本にとって大変に大きいものでした。でもこの原発の事故を教訓にして、もしも日本の農作物の生産者が本当に安全な食材を消費者に提供し、生協が自ら計算をして日本の子供たちが食べても大丈夫な食材を提供するようになったら、前進と思います.・・・・・・・・・事故が起こってから国は「健康に影響がない」を繰り返してきました。また、多くの放射性物質が福島などに降り注いでいるのに、その事実を隠していました。そんな国であることを知りながら、消費者を守るはずの生協が「国の検査をクリア」というのは、生協を信頼していた私には理解できません。生協で販売されている、福島、茨城、千葉、群馬、栃木の5県の野菜は「放射性物質で汚染されている」ので、購入してはいけないことが判ります。また、生協はトラックで日本中に「放射性物質」を運んでいるので、それはすぐ止めてもらいたいものです。未来をつくる日本の子供達のために、私は批判を受けることを承知で「個別・具体的に」危険な食材を指摘していきたいと思います.個別のことを言うのですから、私の名誉は傷つくでしょうが、子供を守ることの方がずっと価値がありますから。(平成23年5月24日 午前11時 執筆)武田邦彦
2011.05.25
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・5、24、火先日ふとしたことから、原発事故とそれを取り巻く社会の動きにとても詳しい方にお話を聞くことができた。お話の中で、政府が行っている計画停電や、節電の呼びかけなどはパフォーマンスであるという話題が出た。原発以外の自然エネルギーで今すぐ福島原発の停止している分ぐらいの電力は供給できるということで、では何故計画停電を実行せねばならないかというと「ほら、原発が止るとこんなに大変なことになるんだよ、困るだろ、だから皆でこれからも原発をしっかり推進してくれよな!」ということだ。だから病院まで一括りに停電させる必要がある訳だ。実際計画停電で、5割だった脱原発派が3割に減ったという。これもまた政府の情報操作の一貫なのか。国民の何処を突けば弱気になるか知り尽くしている。その人が言うことが本当ならば、独裁政治の怖ろしい正体だ。ーーーーーーー科学者の日記110523 ああ、すれ違い!あるお母さんが、子供の被曝が心配になって、市が測定している「空間の放射線量」を調べた。なんと、地上5メートルのところで測っているではないか!そこで、早速、市に電話をして「子供の被曝が心配なので、地上0.5メートルで測ってくれませんか」と御願いしました。その答え。「県衛生研究所内のモニタリングポストは、文部科学省からの委託事業として、空間放射線量率の測定を行うために設置しております。検出器の位置が低すぎると、土壌成分の影響を受けてしまい、モニタリングポストの設置目的である空間の放射線量を適切に把握することができなくなってしまう恐れがございます。そのため、検出器はホームページ記載の高さに設置しておりますので、ご理解いただきますようお願いいたします。」・・・・・・・・・一言で言えば、「バカだねえ」ということになるし、もう少し突っ込めば、「あなた、誰から税金をもらって生活しているの?」と言いたくなります.お母さんが頼んだのは、「文科省の委託事業」のことではなく、「非常時だから、せっかく装置があるのなら、文科省と掛け合って地面付近の放射線量を測って欲しい」と言っているのです.子供が被曝するのは、「土壌成分の影響を受ける」からであり、それは文科省の委託事業の目的とは違います.でも、神奈川県がもらったお金は税金です.この非常時に「学問的な目的で設置した装置を、県民の健康を守るために使わせてくれ」と国と折衝したかを、まず答えなければならないでしょう。文科省が、「県民の健康など関係ないので、目的外使用は許さない」と答えたら、神奈川県としては装置を返したら良いと思います.この非常時で、多くの人が心配している時に、「委託事業」などを振り回す時代錯誤の感覚には驚いてしまいます.神奈川県は自分たちが税金で生活していること、県民を守る立場にあることに気がつき、地表0.5メートルで測ってください。・・・・・・・・・今度の福島原発の事故では、自治体の「市民無視」の行政が目立ちます.法律を勉強せずに「1年100ミリまで大丈夫」と言ってみたり、チェルノブイリの経験を勉強せずに「ホットスポットは存在しない」と言ってみたり、私が今まで持っていた「真面目な地方自治体役人」のイメージは崩壊しました。地方自治体の皆さん、この時こそ、税金を払っている人に恩返しをしましょう。・・・・・・・・・追記・・・・・・私が前の記事で「子供は軽装で、シャワーで良い」と言ったのは、3月中旬に比べて、今、福島原発から出ている放射性チリの量は、「1万分の1」になっているからです.だから、3月から4月のブログとは今の環境は大きく違います.また、窓を閉める必要もありません.「花粉が飛んできた日」と、「花粉が飛んでいない日」とでは、花粉が飛んできたら窓を閉め、花粉が無いときには窓をあけて家の中に侵入してきた花粉を掃除するからです。・・・・・・・・・また、子供を作りたいとか、妊娠している方でご心配されている方が多いのですが、胎児や妊婦は幼児よりやや放射線に強いので、お子さんが大丈夫な場所なら、妊娠は大丈夫です.もちろん、大人に対して、細胞分裂が活発なので注意は必要です。・・・・・・・・・「1年100ミリまで大丈夫」と言ったり、「放射線があっても平気」と言った市役所、教育委員会、その他の公的機関の記録をパソコンか何かに記録しておいてください。私はNHKやテレビ、新聞を保管しています.何かの時に「健康に影響がない」とか「1年100ミリで大丈夫」と言った証拠がいるからです.また、全国が汚染された時に備えて、瓦礫の持ち出し、乳牛の移動についても記録を保管しています.哀しいことですが、このままではある程度の放射線障害が出ると思います.その時に、補償問題で裁判になりますから、記録を持っている人が提供して、助け合いをする必要があります。これまでの公害事件でも、当事者は病気になって苦しいし、証明するものがなく泣き寝入りをした人が多くいます.でも、その時は社会党なども力がありましたし、日教組、主婦連などもありましたが、今はまったく力がなくなっています.オール与党も困ったものです。一人一人が自分を守る時代になったので、「安全だ」と言って動かなかった(不作為)証拠を取っておきたいと思います.(平成23年5月23日 午前8時 執筆)武田邦彦
2011.05.24
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・5、23、月金沢・千葉・茨城などの茶葉から規準値以上の放射能物質が検出されたことを受けて、多くの農家が検査拒否を表明しているようであり「茨城のお茶は買うな」とブログに書いた武田氏もかなり攻撃を受けているようである。ある農家の言い分などは「我々は政府の要請で検査を行い、結果規制を受けていないので風評を流さないで欲しい、茨城のお茶に悪いイメージをうえつけないで欲しい、武田さん貴方は生産者への心配りが全くない」ということらしい。しかしここで問題なのは、この政府の検査というものである。どうやらネットでも結果が公開されているようであるが、大変いいかげんなもので、全くデータとしての機能を成さないというものらしい。放射能物質はセシウムだけではない訳で、規準がセシウムだけに限定された検査などに何の安心感も抱けない。さて再びこの風評というものを考えたとき、もし政府・自治体が専門的な知識を持った者を据えて、場所的にも時間的にも偏りのない検査をきっちり行い、危ないものは危ない、大丈夫なものは大丈夫と嘘のない結果を発表していれば「あそこの自治体の報告は信用できる、嘘がない」と人々は信頼感を持ち、風評は生まれないだろう。しかし今の政府や自治体がそんな誠実な心で動けるとは思えない。では農家はどうやって国民の信頼を得るのか。彼ら自身が誠実な検査に乗り出すしかない。費用と動力が必要だろうが、風評を憎むならやるしかない。でも実際は、きっちり検査すればどれも出荷できる代物ではないだろう。農家にとってこんな悲劇は誰のせいかよく考えねばならない。かといって、自分たちが収入を失わないために、他人の健康を損なって良いはずはない。根深い土壌汚染を考えると、もし誠実な仕事をするのなら、あえて農業を捨てて別の仕事を探さねばならない。そこまで自体は深刻なのではないだろうか。人間という者は普段「人は皆助け合わねばならない・他人への思いやりが一番・人の立場に立って考えられる人にならねばならない」などどんな綺麗なことを語っていても、いざ自分の身が危険にさらされると、横にいる他人を生贄として悪魔の方に押し出して助かろうとする。今回の放射能という悪魔の前に、様々なところでそんな人間の正体が見えている。結局何億年経とうが、人間は変わりはしないということだ。
2011.05.23
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・5、22、日昨日ニュースの片隅で「敦賀原発またもや放射能ガス流出」とあった。8日・12日・そして昨日21日と、これで5月に入って三度目だ。8日には7時間の間に41億ベクレルと報道されたが、今回はその量に関してはどこにも報道がない。それに12日の事故については、僕が見落としたのか、もしくは報道されていなかったのか分らないが、全く把握していなかった。今日にはもうニュースの見出しには上っていない。さて、この三度の事故がどれだけの被害を齎すものか、全く知識の及ばぬところである。武田氏のブログにも、相変わらず福島の事故に関することだけだ。そんな中、下記のようなニュースも目に入り、これから先どう動くかは分らないにしろ期待したい内容だ。ただこれも、海外に向けての良い顔だけに終わらないようにせねばならない。「エネルギー技術開発 G8で表明へフランスのドービルで開かれる、G8サミット=主要国首脳会議で、菅総理大臣は、東京電力福島第一原子力発電所の事故などを受けて、太陽光発電の発電コストを大幅に引き下げることなどを盛り込んだ、再生可能エネルギーの技術開発プロジェクトを表明することが明らかになりました」 ーーーーー科学者の日記110520 哀しい茶葉の検査拒否今日は哀しいニュースが目につきました。「厚生労働省が、生茶葉を乾燥させた「荒茶」の放射能検査を東日本の14都県に求めた問題で、神奈川、埼玉、栃木の3県は19日までに、検査をしない方針を決めた。静岡県の川勝平太知事も18日、検査要請に応じないと表明しており、産地自治体の反発が広がっている。」・・・お茶の葉っぱに放射性セシウムが付着していた問題は、大きな波紋を投げかけています。お茶を生産している側の論理は、「消費者が最終的に飲む時に安全ならばいいのであり、途中の段階で検査するのは嫌だ」ということであります。つまり、現在の東日本の放射線の汚染状況から言えば、かなり広い範囲でお茶の葉っぱにセシウムが検出される可能性があります。従って、一度、セシウムが検出されると、「汚染されているというレッテル」が貼られるので検査をしないというのが生産者側の言い分のようです。・・・・・・・・・今回の福島原発の件では、この例でも判るように、現在の日本社会の大人の論理というのがいろいろな面で出てきたと思います。類似の話では、事故直後に茨城県の野菜が放射性物質で汚れたので、それに対して茨城県知事が農林水産省に出かけていって「野菜の規制値を緩め炉」という要求をしたことです。わたくしはこれにはびっくりしました。茨城県には野菜の生産者だけがいて、それを食べる子供たちはいないのかと思いました。野菜をなぜ作るかというと、野菜を食べる人がいるからです。従って生産者は、できるだけ安全な野菜を子供たち(もちろん大人も)に提供するというのが役割のはずです。ところが、福島原発が爆発して、その責任は東京電力にあるのに、知事はそちらに行かないで、多くの放射性物質を含んだものを東京電力の代わりに子供たちに食べさせようというのですから。論理のすりかえという点ではかなり激しいものです。・・・・・・次に広がったのが、汚染された野菜を「地産地消」という名目のもとで、これもやはり関東や福島の子供たちに食べさせようとしたことです。特に、汚染された野菜を給食に使ったり、スーパーが地産地消の野菜しか仕入れないというようなことも行われました。これも東電の責任を「被爆という形で何も責任がない人たちに押しつける」という生産者の非常に自分勝手な判断のように思いました。大人は野菜を選べますが、子供達は強制的です.なんと可哀想なことをするのでしょうか?・・・・・・わたくしは今まで農業の人たちは、「素朴なところはあるけれども、日本人としての誇りや、日本を大切にする心を持っておられる」と信じていました。農業は、たとえそれが自分の所有する土地であっても、日本の大地をお借りしているのですから、日本に対する愛着が他の職業よりも強いと思っていたのです。でも、今回のこの一連のことでわたくしはその考えを修正せざるを得ません.お茶の生産者の考え方がわからないではありませんが、お茶を安心して飲みたいという多くの人たちの願いや、安全なお茶を子供に飲ませたいというお母さんの思いは全く考慮に入っていないからです。お茶が売れなくなったら困る、放射性物質が検出されたらお茶が売れなくなるというような考えだけで、お茶を生産されたらわたくしはそんな食材は買いません。その放射性物質の量がどのくらいということには関係ありません。人間は「信頼性、誠実さ」です。だから、飲む人の心が判らないで生産する人の食材は口に入れたくないのです.むしろ、お茶の業界は1度でもセシウムが検出されたならば、より積極的に「自主的にセシウムを検査する」という動きにでて、お茶の愛好者に安心して飲んでもらうのが筋です.このような動きが続いたら多くの人は完全に日本のお茶から離れてしまうでしょう。お茶は美味しいものですが、私はそれより魂を大切にして、水を飲みます.それはお茶の生産者にとっても長い間大きな打撃になります。・・・・・・食品は最も人間にとって重要なもので、福島原発のような事件が起こった時に、食料を生産する人それを流通する人が極めて強い信念を持って日本人を放射線の被曝から守って欲しいものです。わたくしたちは、今度のことでお茶の葉を買うこともできなくなりましたし、また、お茶のペットボトルもできるだけやめて外国産の紅茶等を買わざるを得ません.農業の生産者は、こんな信念しか無かったのですか?(平成23年5月21日 午前11時 執筆)武田邦彦
2011.05.22
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・5、20、金午後からあべのの鍼灸院。とにかく黄砂でやられ、風邪に似た症状を起こしている人が多いという話になる。その中で先生が指摘する。「もちろんこのところの黄砂が酷いことは事実なのですが、それに加えて毎日のように起こり続けている余震が悪い影響を与えています。小さくても地震が起これば、そこに大量の電磁波が発生します。電磁波は空気を極端に乾燥させ、それが我々の粘膜にダメージを与え、黄砂の体への影響を悪化させているのではということです。それにこの黄砂ですが、工場地帯のスモッグも然る事ながら、後農薬、それに放射能もたっぷり含んでいるということです。今から何十年前かに中国のシルクロードの辺りでも、何度も原爆実験を行いました。放射能物質はもちろんまだ存在し、それが黄砂に付着して我々の体の中で内部被爆します。アメリカ・イギリス・中国・インド・パキスタン・北朝鮮などで一時競って原爆実験したその放射能物質は、大気と海をすでに取り返しのつかないほど汚染していますし、それに加えてチェルノブイリと今回の日本です。そこで考えねばならないのが、我々が毎日食べる食材です。今大阪の各デパートで、東京湾で取れた魚が出回り始めています。おそらく東京では注意する人たちが増えて来て売れなくなったので、大阪のボーっとした消費者なら何も考えず買うだろうという政府と漁業組合の画策でしょう。全く油断すると何をされるか分らない国ですここは。これから産地の表示も嘘が出て来るだろうし、やばい魚や野菜は特に居酒屋などの外食産業に出回ることが想像できます。本当に安心して食べるためには、自給自足のネットワークを広げて、地域で作り合って生きていくことを考えなければならないかもしれません。政府が嘘を言わず、事故の処理も正しく迅速に行い、やばい食材は出荷せず、貿易に関しても誠実に対応していれば、この事故の中でも世界での日本の信用度は高まっただろうし、経済の損失も最小限に抑えられたでしょう。でも、もうすべて遅いです。世界の日本を見る目は、菅さんのせいで確定されてしまいました」
2011.05.20
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・5、18、水先週からとにかく黄砂の到来の量が怖ろしく、皆喉や鼻、気管支などに影響が出ている。風邪のような症状を起こし、アレルギー反応に苦しんでいる人が何しろ多い。ある人が車の上に溜まった黄砂を雑巾でふき取り、それを臭いでみると、何だか畑の肥料のような悪臭がしたという。おそらく中国や韓国の工場のスモッグをたっぷり含んでいる臭いではと想像できる。さてこれが我々の気管支や肺に今や一年中溜まって行く訳だが、そのうち大きな社会問題となるはずだ。化学物質だから、ただでは済まないだろう。僕の想像では、政府の上層部や医学会では、黄砂によるこれからの人体への影響ははっきりしているのでは。しかし例によってマスコミ、政府は口を閉ざし、何の処置も取ろうとせずいる。これまた原発と同様、国民の中の寝た子を起こさぬように最善の注意を払うことになるだろう。放射能・黄砂・花粉と、この国はすでに防護服にマスクの出で立ち以外で外を歩けなくなっているのだ。ーーーーーー科学者の日記110517 国会・文部科学委員会にて5月17日、午前9時から12時まで国会(衆議院)文部科学委員会で参考人として陳述をしてきました。私の論点は3つ、1)日本の原発は自然災害で破壊する、= 国策で大災害をもたらすことをやっている。2)放射性物質が漏洩することに国は防御計画がない、= 国策で国民救済をしないことになっている。3)原子力基本法の「公開の原則」が無視されている.でした。さらに、代議士の方との議論は「小学校の20ミリシーベルト」に集中しました。私は次のことを主張しました。1)福島を汚しているのは、単に「粒」なので、全力でできるだけ早く除去すれば、農作物は汚染されず、小学生も被曝しない、2)「粒」を福島全体で除去すると効果はさらに上がるので、国がやるのが望ましい、3)「1年20ミリシーベルトでも安全」という人がいるが、安全というデータがないのに人の命に関わることを言うのは医師とも専門家とも呼べない、4)文部省の1時間3.8マイクロシーベルトというのは、内部被曝を入れていないこと、学校以外の線量率を低く見ていることなどから、1年60ミリシーベルト相当である、5)子供はあらゆる面で大人より被曝量が多く、放射線に対する感度も高いので、子供を守れば大人は守れる。すべて今までの私の考えですから、特に新しいことはありませんが、国会の場で発言の機会を作っていただいたことに深く感謝しました。少しでも早く多くの子供の被曝が減ることを願っています。・・・・・・・・・文部科学委員会の議論を通じて、私は次のように結論することができました。● 1年100ミリシーベルト以下の被曝では「医学的にハッキリとしたデータがない」こと、● 「データがない」ということは、誰も「危険」とも「安全」とも言えないこと。● 繰り返すと、「20ミリまで安全だ」という人は「何の根拠も無く言っている」ことになること、● 1ミリから100ミリまでは「データがないが、危険性が高い」ので「国際的に約束した方程式を使う」と決まっていること、● だから、1年1ミリ以外の数値は「一般公衆」で「健康のチェックもしない」という状態ではあり得ないこと、● 仮に、「一般公衆」で「健康チェック、注意」などをすれば、5.2ミリまでは「安全のようだという実績」があること、● 従って、一般公衆に対して、1ミリと5.2ミリ以外の数値はないこと。今年、3月の初期被曝をした人は、1年5.2ミリを下回ることが難しい場合もありますが、少なくとも来年以後は、国民全体が1年5.2ミリ以下を守ることができるのです。そのための除染を大至急することが、今、日本国にとってもっとも大切なことと思います.そして、綺麗な大地を取り戻した後、放射線医学、放射線防護の人たちが、慎重に「1年何ミリか」を検討して結論を出してください。それによって「原発を選択できるか」も決まります.つまり1年100ミリなら今の原発でもほぼ大丈夫で、原発は主要な電気を発生させるもっとも大切なものになるでしょう。逆に1年1ミリなら、今の原発はすぐ止めなければなりません。ものすごく大きな選択なのです.・・・・・・でも、私は、こんな無意味な議論をして、除染の対策をとらず、子供達が人体実験を受けているという状態はまったくナンセンスと思いました。(平成23年5月18日 午後5時 執筆)武田邦彦
2011.05.18
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・5、14、土福島原発がメルトダウンを起こしたと報道されている。確かにメルトダウンを起こせば、もうこの世の終わりというイメージがあった。しかし、現在すでにメルトダウンで出る一万倍の放射能が出てしまっていると聞いて愕然となる。まだまだ我々には知識が必要で、複雑過ぎる原発と放射能の問題は奥が深い。ーーーーーー1号機と「メルトダウン」2011年05月14日08時27分[武田邦彦 (中部大学)。]「1号機の燃料は3月の末にはすでに力を失っていた」と言ったほうがよいでしょう。だから少しずつ放射性物質を漏らすことができてももうすでに爆発することはなかったと考えられます。燃料が粉々になっているわけですから、核爆発を起こす等ということは考えにくいのです。わたくしが3月の末には、福島の原発が再び爆発をする可能性は低いとブログに書きましたが、これはこのような見方によるものです。・・・・・・・・・ところが、専門家やメディアは、「メルトダウン」という言葉が好きらしくて、すぐ「メルトダウンだ。恐ろしい」と言います。メルトダウンというのは、燃料の温度が2500℃ぐらいなって、そのものすごくあつい鉄の塊が「ダウン」、つまり下に下がって行くことを意味しています。この場合には、余りに温度が高いので、そのまま原子炉の底を破って下に落ちさらに下のコンクリートにぶつかってそこで止まるということです。このことは、すでにスリーマイル島の事故で経験していますが、そのままコンクリートを抜いてしまうということはなく、そこで止まって放射線もそれほど大量には出ません。メルトダウンという言葉だけを使うのではなく、どういうことが原子炉で起こっているか、目に見えるように頭のなかで描画すると怖くなくなります。・・・・・・・・・ところで、普段通りに(正常に)運転している原子力発電は、メルトダウンが起こると、大量の放射線を出しますが、福島原発の場合には、皮肉にも、もうすでにメルトダウンで出る放射性物質の1万倍以上が出てしまっています。つまり、仮にメルトダウンが起こっても、今まで出ていた1万分の1ですから、今までの10000に、さらに1だけ足し算をする(10000が10001になる)ということですので影響が小さいということが言えます。・・・・・・・東電や国から発表されるデータは一部で、また間違ってる場合が多いので、わたくしも100%正確に推察できるわけではありません。そこで、4月の中旬ぐらいまでは、「爆発の危険性は少ないが、貯金通帳ぐらいはまとめておいてください」と言っていましたが、現在では「貯金通帳のありかがわかっていればいい」というぐらいの危険性になったと思います。従って日常的な生活の中で福島原発がまた爆発するということの恐怖におびえる必要ありません。原子力は十分に注意しなければいけませんし、被曝も避けなければいけませんが、むやみに怖がることも必要ないのです。3月下旬から多くの専門家が「また爆発して、仙台も東京もすべて破壊される」などと言われていました。心配性の人と思いますし、万が一のことを考えたとも思います。でも、あまりに極端なこともかえって生活を乱します.特に、今回のように3月中に大量の放射線物質がとんだ場合は、残りの1万分の1が飛ぶことを恐れるのではなく、最初に降ってきた放射性物質の方に注意を向けたほうがいいとわたくしは考えています。福島1号機の状態を、できるだけやさしく解説したつもりでしたが、何かの機会にまた説明を加えていきたいと思っています。
2011.05.14
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・5、13、金福島の校庭の土を引っくり返すという話は有名であるが、本当に実行するつもりなのだろうか。表土を5センチの深さに削って、その汚染された土を捨てる場所がないから、その校庭の50センチ下に埋めるというアイデアだ。本来何故急いで校庭の表土を削るかという理由は、梅雨が来れば雨が土に染み込み、表土の放射能汚染が土深く染みこんで、何十年とそこに止まり、地下水にも流れ込むことが分っているから、とにかく急いで表面を削れば難は逃れられるという理論からだ。しかし文科省が言うような土引っくり返しをやれば、埋めた汚染土から地下水に放射能が染みこんで行くことは、小学生が考えても分る。では何故国はそんなことを言いだしているのか。おそらく「汚染された土の持って行き場でもめるのは疲れるから、とりあえず埋めて子供たちに影響がない処置を取れば、世間にやいやい言われることもないし、一応手を打ったということになるから文句はないだろう」と、そんな浅知恵からだろう。しかしまあ、どこまでバカの勢揃いが国を治めていることか。どうやら、民主党こそがその根源らしい。ーーーーーーー勝手に王様になった菅政権 民主・自主・公開の3原則(フォントが見えにくいと言う方がおられましたので、フォントを戻しました。)小佐古内閣官房参与が20ミリシーベルト事件で4月30日に辞任した後、 5月2日に記者会見が予定されていた。その記者会見は官邸からの「守秘義務違反の可能性がある。懲役1年まである」という脅迫によって中止になったと、週刊誌「女性自身」が報じている.巨大な問題が生じた。【1】政府による原子力基本法違反原子力と言う巨大なエネルギーを扱うにあたって、議会は「原子力基本法」を作った。これは「国会」で議決されたものであり、「政府」は法律にそって運営されるものであり、みずから勝手に法律を無視することはできない。原子力基本法のもっとも重要な原則は「民主・自主・公開」の3原則であり、この「公開」は「原子力に関するあらゆることの公開」であって、他の政府の業務と一線を画する.国民はこの3原則を政府が守ることを前提に原子力を認めてきたのである.それを「官邸」なるものが違反したのだから、懲役を受けるのは官邸の方だ。【2】政府による「守秘義務違反」の違反公務員には守秘義務というのがあるが、それは無限の力を発揮するものではない。これについてはすでに裁判で多くの判例があり確定している。それは「何を秘密にするか」ということは、公務員の上司が決めるのではなくて、その情報が真に「国民に対して秘密にするべきであるか」ということで決まるというのが判例である。基本的には外国との問題のように日本が国として損をするようなものは守秘義務が発生するが、時の政府が損をするという情報は守秘義務の対象にはならない。今回のことは、内閣官房参与の仕事に関することであり、放射線などの学術的なことでもあるので、国として損害を受けるというような政策を彼が扱っていたとは考えられない。従って、官邸が辞任した内閣官房参与の行動について守秘義務をもとに脅迫したとしたら、まるで独裁政権のようなものである。【3】放射線防御の法律を破る政府このブログで何度か書いたが、放射線防護の法律は1年1ミリを限度としている。それに対して1年20ミリという基準は国内に全く強制力のない国際放射線防護委員会の勧告である。国際放射線防護委員会がどんな勧告をしても、日本政府はそれに従う義務はない。事実、これまでも日本の国内の放射線に関する法律は、国際放射線防護委員会の勧告を受けて独自に委員会を開き、最終的には日本の法律の形となって初めて国内で効力を発する。今回「国際放射線防護委員会」を隠れ蓑にして「ICRPが言ったから20ミリまでOK」という奇妙な論理を展開している.首相とか政府というのは、王様ではない。つまり、何でも力を持っているわけではなく、法律の範囲内で行動できるだけだ。それも国民からの付託である。今回の福島原発のことで、「非常時」ということを理由に、まるで独裁政権のような決定が次々と行なわれている。一方では、政府は「非常時」ではないとしている。つまり、「漏れた放射線は健康に障害がない」し、さらには小学校の児童すら1年20ミリシーベルとまで浴びてもよいので、問題は生じていないことになる。民主党は初めて「国家権力(そんなものは民主主義では存在しないが)」を手にして、王様になったようだ。・・・・・・・・・私たちが知らなければならないこと、1)原発が危機に陥ったら、数時間前には国民に知らせなければならないこと、2)放射線が風に乗って来るときには、その警戒警報を出すこと、3)内部被曝を含めて国民がどのぐらい被曝したかを示すこと、4)原発から離れていても、雨などで放射線量が高いところは警告を発すること、5)野菜などについては規制値以下でも、業者に表示を命じること、などがあるが、国民を守る立場の政府が、国民が自らの健康を保つために知らなければならないことを隠し続けているのは、本当に困ったものである。5月11日に、神奈川県産の茶葉のセシウムが基準以上になった。このようなことが「突然」明らかになるのは、毎日の情報提供が不足していることを意味している。(平成23年5月12日 午前7時 執筆)武田邦彦
2011.05.13
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5、11、水菅総理が浜岡原発の停止要請を行なったのは、実は米軍からの命令があったからだと武田氏の記事にあり、腰砕けの思いである。米軍に「俺たちが駐屯しているのに、危ないじゃないか!」と言われ「はい、申し訳ありません」と重い腰を上げただけのことだったのだ。それに今の状態では30年どころか、3年で運転再開となりそうだ。全く、米軍に頭を小突かれて右往左往する日本は、いつになったら一国として人権を獲得できるのだろう。ーーーーーーーーー科学者の日記110511 放射線と体読者の方から次の記事を送っていただきました。「爆発翌日、確認しながら公表せず 福島県、国の拡散予測図福島県は非常時の初期段階で放射性物質の広がりや濃度を予測する国のシステム(SPEEDI)のデータを東京電力福島第1原発1号機が水素爆発を起こした翌日の3月13日に確認したが、公表していなかった。6日の自民党県議会議員会政調会で県が明らかにした。」本当にひどいと思います。 SPEEDIを管理しているのは、原子力安全委員会ですが、そこが公表しなかったのも問題ですし、また福島県がそれを押さえたとしたら、さらに大きな問題と思います。というのは、このブログでも再々申し上げていますように、原子力の専門家であれば原発の事故では最初年2週間ぐらいが最も危険で、それを逃げ切ってしまえば、全体の被ばく量を10分の1ぐらいに減らす可能性があるからです。加えて、原子力は「危険」なので、原子力基本法で「民主、自主、公開」を原則としています.従って、この「SPEEDI事件」は「国による原子力基本法違反」ですから、法的な追求をするのに該当します.・・・・・・・・・もう一つ、国による法律違反が進められています.それは「校庭の表土を下の土と入れ替える」ということで、これは「汚染された表土」という「放射性廃棄物」を「土の中に無防備に入れる」ことを意味しています.やがて、梅雨になると下に入れた土から放射性物質が「地下水」に紛れ込むでしょう
2011.05.11
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・5、10、火福井の敦賀原発で、8日に7時間の間41億ベクレルの放射能物質が外部に漏れたと報道された。このことが報道されただけまだましだが、福島の事故の影響か、こういった事故が隠ぺいされず報道された。だが8日の事故が10日に報道されたのでは遅すぎる。風向きなど調べていないのでどちらに飛んだかはわからないが、いずれにしても要注意が必要なのではないか。地震も津波もなくてもこのような事故を、日本各地の54基の原発は今までも繰り返して来ているに違いないのだ。我々はそんなことも露知らず雨に当たり、草むしりをして、子供たちは校庭で遊び、赤ちゃんはたっぷりと大気の放射能物質を肺に吸い込んでいた。現在二人に一人が癌を引き起こすなどと言われているが、原発をすべて廃炉にしなければその数値は減りはしない。敦賀原発から漏れた41億ベクレルという数値が、我々の体にどれぐらいの危険を齎し、どう対処するべきか全く分らないが、武田氏のHPを覗いても敦賀原発の事故については全く述べられていない。福井と大阪は150キロほどしか距離がないので、風向き一つで深刻な問題になるように思えるのだが。一度武田氏のHPの投稿欄に質問を書き込んでみようかとも思う。
2011.05.10
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・5、9、月昨日の夜、NHKで写楽の謎についての番組を放映していた。ご覧になった方も多いかもしれないが、僕は恥ずかしいことに写楽の名前は聞いたことはあったが、それがどんな絵を書いた人で、大体日本人であることも知らなかった。シャラクではなく写楽だったことも初めて知ったという有様。現在天才画家写楽という有名な人物は、謎に包まれた正体不明の人物であるということで、驚いたことに彼の残されたほとんどの作品は、1794年(江戸時代)からたった10ヶ月間に描かれたものだけだという。1794年に彗星のごとく現れた写楽という絵師は、1795年には、彼の作品も彼の名前も145点の作品を残しただけで、忽然と消えてしまっている。記録によると、彼の浮世絵はそれまでの浮世絵のあり方を打ち破る斬新な芸術性の高いものであり、当時歌舞伎小屋でプロマイドとして販売される娯楽としてしか考えられていなかったものに対して、客からも、役者からも評判が悪く、それが10ヶ月しか販売されなかった理由ではと言われている。役者の描写は、本物よりもよりかっこ良く、美しくなくてはならないが、彼の作品はその役者を通して人間の瞬間の表情と心のうちをあからさまに描いた、正に娯楽ではなく芸術だった。そしてその後彼の作品も名前も完全に忘れ去られてしまった。写楽は時の波の中に没して消えたのだ。明治維新以後、日本の多くの美術作品は海外に流出し、その中に含まれていた写楽の絵は1910年にドイツで優れた作品として注目されるようになったという。何と100年以上経て、ようやく彼の芸術的才能を理解できる人が現れたということになる。しかも外国で。 その後最近になって、ギリシャで写楽が直接筆で扇子に描いた作品が出て来た。江戸時代の浮世絵はすべて版画であり、絵師の細かい筆使いは読み取れなくなってしまうが、この作品の発見により、写楽の筆癖や技法がはっきりした。それを切っ掛けに研究が進み、写楽が能役者斎藤十郎兵衛(さいとう じゅうろべえ、1763年? - 1820年?)であることがほぼ確定した。何故一能楽師がそのような天才画家でありえたのか。能楽の世界では役柄は世襲制で(現在もなお)、主役を演じる家が脇役を演じることは決してなく、またその逆もない。斎藤家の役柄は、脇役のそのまた脇に座っているだけの役。セリフは全くなく、舞台の上で求められることは気配を消すこと。例え役者としての才能に恵まれていても、どれだけ努力を重ねても、決して主役や準主役、脇役を与えられることはない。能楽師は当時幕府の役職で武士という位置付けであり、手当てはきちんとあったのだろうが、そのように決められた一生の中で、自分をこの世で表現したいという思いが沸いて当然である。しかし幕府の役職である彼に他の職業を持つことは許されておらず、それが見付かれば切腹だったという。そんな中一人の版元と知り合い、本名を決して明かさないという約束の本、東洲斎写楽というペンネームで作品を書いた。しかしビジネスのもとやはり夢は破れ、僅か10ヶ月で写楽は幻の絵師となった。斎藤十郎兵衛が写楽だとすると、このころ彼は30歳を出たころであり、58歳でこの世を去るまで、どんな人生を送ったか記録は残っていない。彼が冠木の一ファンとして自分なりの絵を描いていたころは、ほとんど誰にも認められず、評価されず、ただ自分のために絵描いた。よもや100年後に自分が天才絵師として世界的に有名になっているとは思うまい。100年後に目に留めてくれた人がいただけ幸運であり、そのまま時の波に没した天才は、様々な分野で数えられないほどいるのだろう。そう考えると、死んだ後の運というのも不思議なものだ。
2011.05.09
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・5、8、日日本国が我々国民を守れない原因。政府が国民の命よりも利益や面子を大事にしてしまう根源。その根っこは、僕の見解からいうと政治家と企業と??の癒着である。企業は??をバックに不正なことを行い儲ける。儲けた金を政治家に流し認可を受け取り、少々のことは見逃してもらいながらなお儲ける。普通の企業にはなかなかそこまで政府を取り込むことは難しいが、??を母体とする複合大型企業には、自分たちの押し上げた政治家一家がちゃんと政界に据えてあり、たいがいのことを可能とするのだ。これらはすべて僕個人の見解である訳だが、これらの癒着を取り払わなくては国民は政府に守られることもなければ、正しい情報を手に入れることもできない。だが、どうやってここを子供たちを守ることのできる正しい国に変えていけるか。それは途方に暮れる問題だ。なぜなら明治時代から少しずつ少しずつ培われた、資本主義社会の影のシステムとノーハウだからだ。例えばドイツでは、政府が強い力を持ち、企業が政府の顔色を見ながら営業しているような構造に僕には見えていた。ジュースの空き缶が道に転がっていると、それは缶ジュースを製造した企業の責任として処理に出向かなくてはならない法律になっていて、政府からの警告を怠れば法で罰せられる仕組になっていた。その他ゴミ処理場で燃やした時に毒性の出る物質を使用した製品(例えば発泡スチロールを使用したカップヌードルなど)は国に入れない。その他スーパーで売られているビンのジュースはドイツ語で「ザフト/Saft」と表示されているが、ザフトと表示されているものは完全無添加で、本物の果物以外のものを混入させてはななないという法律がある。だからジュースでも牛乳でもすぐに飲まないと怖ろしく早く悪くなる。特に子供たちが口にするものに関しては、添加物の混入に細かい神経を使った法律が定められていた。そのようなドイツ国の厳しさが、国民は守られているという安心感と自信を持って生活できる場所だった。ドイツ国に認可をもらうことは容易ではないと、いつか何処かの外国企業が言っていた(それでも怪しいことにマクドナルドとピザハットは存在したが)。そのようなドイツを見たからこそ、我が日本国のいいかげんさ、怪しさ、黒さが悲しく、また我慢しがたい。ーーーーーーー子らよ・・・(平成23年5月3日 夕暮れの郡山にて)私たちは、爆弾に背を向ける母のように全力を尽くすことができ、それで子らは満足する. 私たちは、決してくじけることもなく、決して自らを責めることもない.私たちには希望がある. それは全力を尽くした後に、子らが私たちを見つめる感謝の心. ・・・・・・・・・人ができること、それは爆弾が空から降ってこようと、目に見えぬ放射線が体を貫こうと、愛する子のために我が身を犠牲にすることだ.人は万能ではなく, 人には出来ないことがある. 君もそれは承知だ.君は母を愛するだろう.母の心は痛んでいる. もう少し逃げたかったが・・・それは出来なかった. だから君の母は自らを責めている. 母は君を抱いて走った。知らない土地、辛い仕打ち、乏しい財布、その中で必死に逃げ、そして今、郷里に帰った.君は父を尊敬するだろう.郡山の父、伊達の父は校庭の表土を除いた。君は26ミリシーベルトから8ミリシーベルトになった。・・・・・・・・・それで良いのだ. 君は父と母の愛のもとで眠る.何も出来なかったじゃないかと言わないでくれ.爆弾が頭上に落ちるとき、母は君を胸に抱いて爆弾に背を向ける. そして母は焼け焦げ君もまた命を落とす.父は剣をとって敵と戦い、武運つたなく斬り殺される. そして君もまた父に殉じる.武田邦彦
2011.05.08
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・5、7、土下記の武田氏の記事は、確かにその通りだとは思うが、ただ「東電に責任はない?」という見出しはいかがなものだろう。彼の言わんとすることは分る。これまでの様々な企業の失態に対して、政府は何一つ監督していなかったばかりか、企業と一緒になって様々な利益(おそらく政治献金や票集め)をむさぼって来たのだ。そして最後には形だけの企業への責任を押し付けて事を終わらせようとする。今回も正にそれと同じことが繰り返されようとしている。とにかく政府は東電にすべての責任を押し付けて逃げようとしているのが明らかだ。しかしとは言っても、東電に責任がない訳ではない。これは僕の想像だが、郵便局と同様、東電も水面下で金を動かし企業と政府と??が大きな利益を山分けするアジトだった訳で、責任と言えば皆が公平に三分割だ。それに水俣病の原因であった工場の水銀垂れ流しが、人体に影響がなかったという企業の認識も本当だろうかと思う。ミドリ十字エイズ事件の際も同様、コスト削減の怠慢から来る人間の欲が引き起こす過失ではないか。今回の原発事故もまた同様、この地震国で大地震を想定した建設や安全対策がやり過ぎぐらい行なわれていてよい事業でありながら、これまたコスト削減と怠慢から起こった悲劇だ。政府の安全委員会や保安委員会の責任ももちろんのこと、専門家を置いて運転をしている東電に責任がないとどうして言える。それに浜岡原発を止めることも、政府が東電に責任を押し付ける一環であるように武田氏は書いているが、とにかく止めることが大事であるように思えるのだが・・・。静岡への大地震発生予想は、30年以内に85パーセントと桁外れなものであり、今止めるということは、30年間動かさないということにも繋がるのでは。僕の考えが事情を理解していない無知なものなのかもしれないが、何やら原発関係者の旧友に向けての記事にも読めなくもない。ーーーーーー原発論点4 東電に責任はない?日本国民は税金を払って政府を維持しているが、政府の役割の主要なものの一つに「国民の安全を守る」という役割がある。かつては軍隊を作って外敵から国を守ることだったが、現代の社会ではそれは多様になり、自然の災害や人的な被害、その他のものにも国は備えている。例えば、ある会社が工場を作って運転を開始する時には、工場の目的、製品、図面、安全対策等をしかるべき役所に提出し、認可を受ける。その後、工場が稼働したらその認可に沿って、誠実に正しく工場を運営する限りは罪が問われない。・・・・・・・・・ところが、当然と思われるこの概念は歴史的には少なくとも守られていない。その典型的なものの一つが、熊本県で起こった水俣病であった。水俣病の原因は工場が水銀を海に出したことであったが、当時は水銀は毒性物質ではないと思われていた。わたくしは小さい頃、歯の治療を受けると水銀を歯に詰められたものである。女性の白粉には酸化水銀が顔に塗られ、神社の鳥居の塗料は朱色の硫化水銀だった。水銀は日常的に使用され、歯医者が口の中にも使うような材料であった。水俣病を起こした会社は、「正しく」工場を設計し、認可を受け、全く違反なく工場の運転をしていたが、毒性物質とは思っていなかった水銀が海に流れそれによって、大量の健康の障害者を出したのである。水俣病の裁判はすでに終わっていて「無過失責任」という極めて奇妙な理屈をこねた判決で会社の責任となっている。しかし、この無責任な判決が、後の被害者を生んでいる.つまり水俣病起こした会社は、当時の知識において正しく設計し、運転したのだから、どこから見ても過失はない。強いて過失を探せば、熊本県や日本政府がその会社の操業を認めたということであるが「自治体や政府は間違いをしない」という原則があるので裁判では免責された。そうすると責任をかぶせるところはないので、会社に過失責任という責任を課したのである。しかし、過失のないところに責任を求めても前進的な結果は得られない.・・・・・・・・・この判決は短期的には、会社に責任が生じたので、会社から被害者に補償金を出す根拠になった。それは「つけやきば」の対策にしか過ぎなかった。長期的には私の様々な執筆にもあるように、この矛盾した判決が、その後、多くの被害をうむことになり、カネミ油症事件、ミドリ十字事件など、結果的には国民が苦しむことになった。つまり、会社にとって工場を運転するときに「知らなかった危険性を察知する」ことは不可能である。それを国の責任にすることも直接的には無理である。つまり、水俣病の場合も「想定外」の事が起こったのであり、想定外のことが起こった時に、それをどうするかという議論がなおざりになっていた。裁判長は、弱い立場の企業にその責任をなすりつけるのは容易だから、その道をとった。裁判官のやりそうなことだ。・・・・・・ただ、このような裁判官の判断に社会的に見て合理性を与えたのが、水銀の時も会社の社長らの態度であり、今回の東京電力の役員の顔つきである。庶民から見ると、最初からこの人たちは、高級をとり、おいしいものを食べ、豊かな生活をしているという意識がある。さらに、その人たちが事故後、目の前に現れてみると傲慢な顔をして接してくる.それだけで感情を高ぶらせる原因になり、やがてそれは責任論となる。現代の日本では裁判官が社会の情勢に弱いことは多くの裁判例が示しており、決して裁判が社会の最後の砦として正義を決めてくれるものではない。人間の活動には常に想定外が存在する。その想定外の被害を国民にかぶせ、特定の企業を糾弾することによって処理をしてきた。・・・・・・・・・福島原発事故は、発生した直後であるが、すでに水俣病と同じ経過を辿っている。事故の批判は、その中心的な原因を作った安全委員会や保安院には向けられず、東京電力に注がれるとともに、例えば浜岡原発については地震の想定が適切あるかどうかという従来の問いから、一時、運転中止が決まった。また、東京電力の役員報酬は不十分ではあるが50%削減が発表されているが、事故の原因となった原子力安全委員会や原子力安全保安院の役人に対する報酬の削減は公表されていない。今回の福島原発の真なる原因は、地震や津波、台風などの自然現象の想定には限界があり、それを超えたときに国民が被曝するという考え方で良いのかということである。これを認めながら、原発を進めていくのか、それともこのような巨大技術は「人間の想定に限界があることを認め、別の概念を適応しなければいけないのか」、それこそが今回の原発の本当に考えなければならないことである。これを解決しなければ、水俣病、カネミ油症事件、ミドリ十字エイズ事件など多くの犠牲者を伴ったこれまでの事故と同じように何ら教訓を得ることなく、終わってしまうであろう。私たちは次々と開発される巨大技術に対して、人間の頭脳の限界との関係を調整できず、それを「犠牲者」という形でつじつまを合わせているのだ。(平成23年5月5日 午後2時 執筆)武田邦彦
2011.05.07
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・5、6、金数日前に報道されたニュースによると、次のようである。「東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応に当たるために、先月、内閣官房参与に任命された、原子力の専門家で東京大学大学院教授の小佐古敏荘氏が、記者会見し、「政府の対策は法にのっとっておらず、場当たり的だ」として、内閣官房参与を辞任することを明らかにしました。」テレビの会見では、小佐古敏荘氏が涙を流しながら福島の子供たちを案じていた。ひょっとしたら、我々には分からない政府内部の駆け引きがあるのかもしれないが、おそらく年20Mシーベルトまでの放射線規準値に抗議したが、政府には受け入れてもらえず、学者としての誇りがどうしても許さなかったのかもしれない。かと言って、そこで正義を訴え続けても通る相手じゃなし、結局泣きながら辞めるしかないということか。福島の人々全員の移転の面倒を見ることがいやさに、政府は何処まで子供や若い女性、妊婦を犠牲にすれば気が済むのだろう。「庶民の発病はどうせ10年、20年先のことだし、それだけ月日が経てば原発事故が原因での発病かどうかは証明はできないし、大体そのころには自分たちはとっくに政治家を退いていて、後の者に押し付ければ済むことだし、まあ今を逃げ切れば何とでもなるさ(呵呵大笑)」皆胸の内はそんなところだろう。しかし、では、何故福島や茨城の人々は、もっとこの20Mシーベルトの規準値に異議申し立てをせず、子供を連れてそこから逃げようともしない人々が多くいるのだろう。さてここだが、空気中の放射線や、海産物や、野菜、牛乳などの危険について話の水を向けても、僕の周りの人々ですら全く関心を持たないのだ。2日・3日と京都の家に行って、そこでもそんな話題を出してみたが「またあんたは、そんなことばっかり言うて、いいかげんにしいや!」と母も妹もいやな顔すらする。母たちだけではなく、僕の周りのほとんどの人が「また茶木はややこしいことを言いだして」という顔をするのだ。ここに僕は逆にとても興味を引かれる。皆の胸の内には、その時どういう思いが生じるのか。僕の調査によると、それは三つの点から成る思いであるようだ。まず一つは、今回初めて明らかになった、驚くべき庶民の愛国心だ。政府がまさか我々を騙して、危険にさらすようなことをする訳がないと思っている。そこまで国が腐ってはいないはずだと信じたいのだ。二つ目は、今ある暮らし、仕事、生活そのものを変えたくないという強い思いがあるようだ。それぐらいなら雄々しく放射能を受けて立とうという姿勢の人もいる。三つ目は、今この時とばかりに原発を批判し、大げさな怖がらしな本などを出版して儲けようとする学者たちの思惑に、決して乗ってはならない。それこそが風評であり、我々はしっかりそれを選り分けねばならないと。そして僕のような人間こそが、それにまんまと騙されている危険人物なのだと。もちろんこれはどちらが騙されているのかは分らないが、言うことをころころ変えたり、規準値までどんどん変えて行く政府の思惑が信頼に値するかどうかは、誰でも分ることだろう。今関西にはそんなに危機感はないかもしれない。だが同じような恐怖が我々を襲う可能性は充分あるのだ。そう僕が周囲に言うと「そうなった時は、じたばたせず潔く死ぬわ(笑い)」と皆同じことを言う。果たして皆本当にそう思えるだろうか。未来のある子供や孫を道連れに、本当に放射能をたっぷり浴びる勇気があるだろうか。近々やって来るだろうその日に向けて、素人なりにある程度の勉強をするべきではないだろうか。放射能汚染が、実際の我々の体にどのような影響があり、どう対処すべきか。小さな子供たちや、若い女性、妊婦のためにいつどのような行動をすべきか、皆で知識を持つべきだ!それが我々大人の責任ではないのか!今日菅首相が浜岡原発の全面停止を指示した。彼が総理になって、初めての評価すべきリーダーシップではないだろうか。これが実現すれば、大きな心配が一つ減る。そして今、何やら怪しい事故を起こしている敦賀原発と一緒に完全停止まで漕ぎ着ければすばらしいのだが。敦賀原発は数日前に危険な状態になり、停止を検討していると報道されたが、その後何も聞かなくなった。福井県の事故となると、我々関西ももはや人事ではない。
2011.05.06
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・5、1、日僕は僕なりに今回の原発事故の及ぼす様々な問題について思いを巡らし、専門家の意見に耳を傾け、できるだけ公平にものごとを見ようと努力して来た。何人かの学者や専門家のHPを開いて、その中から武田邦彦氏の視点に信頼感を見い出した。彼のブログの書き込みを見ていると、それはもうかなり酷い攻撃を受けている。それとは別に、被災地からも含めて大変な数のアクセス数だ。今現在の放射能がどうなっていて、何処の土地の人がどうするべきかを一日2回ぐらいアドバイスし、励まし続けているからだ。しかし彼の記事を見ていると、かなり精神的に苦しいところにまで追いやられていることが分る。彼自身昔技術者として原発で働いていたこともあり、原発推進者からの嫌がらせや攻撃は凄まじいものなのだろう。それとは別に、単にでしゃばったことをやっている者が鼻に付くという人たちがいる。この種類の人間たちは、自分では何も考えず、何も行動せず、ただ近くで誰かがでしゃばったことをするとその鼻をへし折りたくなるという性質の人種だ。そのくせ群集にある一定の流れができると、何もなかったような顔をしてその流れに乗る。実は僕も今こういった人種に少々悩まされている。武田氏の記事を引用しながら、毎日脱原発や政府への批判を述べていることが、彼らにはどうやら鼻に付くことらしい。でもやはり僕は自分自身のために文章を書き続けようと思う。もし僕の文章が鼻につくのなら、このブログを開かないで欲しい。「福島に笑顔が戻るまで、絶対にへこたれないぞ!」と武田氏は書いている。僕にはそんな立派な使命感はないが、どうせいつか死ぬにしても、国と企業の思惑と利益の犠牲になって死にたくない、それだけだ。そしてきっと僕と同じ思いでいる人もいると信じている。今この時に、原発推進を唱える人たちについて考えたいと思う。国や企業が原発やゴミ処理場、米軍基地やその他地元の反対運動が起こる可能性のある建物については、新しく建設する時にまず貧乏な僻地を選ぶ。そして地域の人たちを雇用して、高額な給料を払う。午後には従業員が一斉に近くのレストランや食堂に通う。周辺地域の人たちも家族があり、少しずつ逆らえなくなる。例えば何処かの原発の周辺で、あるレストランの店長が根気良く原発反対を訴え続けたが、上からの命令で従業員が一斉に誰もそこには食事をしに行かなくなったので営業ができなくなり、他の土地に出て行くしかなくなったという。やり方は極めて陰湿で、我が物顔だ。周辺地域の人たちにとっては、原発がなくなってしまえば今までの生活が危ぶまれ、たっぷりとした給料を一度に失う。次に原発によって多額の利益を得ていた人々だ。会社は個人の営業だが、電気代の徴集は国営というややこしいシステムになっているとやらで、核燃料倉庫についても、使用済み燃料の処理についても、他にも何もかも国民の電気代の中に含んで請求できることになっているから、儲けは何とでもなるらしい。相撲界、郵便局、芸能界、原発村など、大きなお金が集まって来る所、またそれをある程度水面下で動かすことができるとなると、何処からともなくある種の人々が出て来て、巧妙に主導権を握ってしまうようである。いや、違うかもしれない。元々国のお金を暗闇に流すシステムは、徳川幕府崩壊以後、明治時代から少しずつ築いて来た公然な分け前だったのかもしれない。さてその公然な分け前を手にして来た人々とは何者か。この国の船底を担う人々であり、いわゆる日本国そのものである。政府とはただの外壁と門であり、その中身の建物は誰にも覗き見ることができない。でもそここそが国であり、彼らは政府・マスコミ・出版・教育・宗教・??庁など、すべてを手のうちに握っている。実はこれは村上春樹の「羊をめぐる冒険」の受け売りであるが、ある程度本当のことだろうと僕は思っている。その本の中で言っていた。「彼らが船底の栓を抜けば、日本は太平洋に沈んでしまう、乗組員は何が起こったか分からないまま海に放り出されるだろう」と。村上春樹は「1Q84」で、それと同じ踏み入ってはならないところに触れ、ブック3で強制的に話を捻じ曲げられ終わらされた、僕はそう見ている。原発の話に戻るが、今回の事故で言いたいことがそこなのだ。この国は民主的な顔をした独裁国なのだ。いや、ある程度までは民主的にやらせてもらえる。しかし今回のような事故が起こり彼らの利益に関わって来ると、その正体をちらりと見せる。僕には毎朝の有名情報番組の司会者の態度に、その正体を垣間見ることができる。東電と個人的な政治家や総理には遠慮なく罵声を浴びせるが、国には決して刃を向けない。芸能界という檻の中で彼らに飼われている証拠だ。今国への批判が高まる中で、番組司会をすることは難しいと思うが、結構ボロを出しながらも仕事を続けている。船底の人々のことは結局どうでもいいが、原発をすべて停止させるという目的からいうと大きな問題となる。彼らが手を引かなければ、原発は止らないからだ。しかしこの壁を越えることはなかなかに難しいことだろうし、今回のチャンスを逃せば、地球を破滅に導くのは、宇宙人でもなければ、核戦争でもなければ、ターミネーターでもなければ、彼らのしがみつく日本の原発かもしれないのだ。最近になって、何人かの人をリーダーとして、反原発と新エネルギーの模索のプロジェクトが立ち上げられたようだ。このようにして、国民の意識が一つとなり流れができると、チャンスをものにできるかもしれない。今このとき反原発を唱える人は、船底とは繋がっていないということだろう。だが危険だ。毎日のニュースでは、よく理由の分らない殺傷事件や、手榴弾を用いた事件が多発しているが、とても気になる。そしてこんなことを書いている僕もまた。
2011.05.01
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