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・2、26、土午前中に奈良の童謡の会(CAを母体とする団体)に出向き、第二回NSK第九を歌う会への参加を呼びかける。その後NSK運営委員会ミーティング。終了後そのままNSK混声合唱団練習。僕が作成した練習計画に沿って進めるが、あまりに曲数の多い無茶な練習計画に、とてもこなし切れない。「誰やこんな無茶な計画を立てるやつは!」と自分で叫んでしまい、皆で大笑い。その後友人と食事に出かける。帰宅すると、何度も舞台を共にした友人が突然亡くなったというメールが来ていた。友人(50歳半ば女性)は気が付いた時には子宮の癌が進み、病院に見放された状態であったが、鍼治療や食事療法などで治ってみせると頑張っておられた。その甲斐もあり、元気に仕事に復帰されていると聞いていた。そして突然のこの訃報である。またそれは癌と我々との関係について僕を沈思黙考させることとなる。村上春樹が「めくら柳と眠る女」という短編小説の中で書いていた。「癌はその人の生きる方向性が形になったものなんだ」と。しかしこの時代、どのような生きる方向性であろうとも、世間の方向性には逆らえないとも言えるのでは。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.26
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・2.24.木午後のグループレッスンでは、年配者中心のクラス。コンコーネ50番の終曲や、50番を終えコンコーネ25番に挑戦している方々の苦悩が続く。リズム、音程のその難しさに、苛立ちの矛先はコンコーネという人物に向けられる。「本当にこのコンコーネという人は、歌い手を苛めることに掛けてはすごいもんです。200年から後の人間をこれほどまでに苦しめる訳ですから(呵呵大笑)」調べてみると、作曲家としてパリのコンセルヴァトワールで長く教鞭を取り、多くの声楽家を育てたとある。成り行き上声楽の生徒と関わることになったので、生徒たちのために教本を作曲したということだろうか。確かにコンコーネ50番の最後の方や、25番ほどになると曲の芸術性もとても高い。彼はイタリア人であるにも関わらず、音楽は極めてドイツ的なように僕には感じられる。教本にもそのまま詩人の作品を当てはめて歌いたくなる。夜はCAC混声合唱団。6月のファンドレイジングコンサートに向けて集中した練習。かなり難しいリズムの曲もあり、時間が掛るだろうと想像していた曲も、もはや目処が付いて来た。金子みすずのことについていろいろ調べて来て下さる一人の団員さんが、今回我々も取上げている「角の乾物屋の」という詩について調べたことを発表して下さる。この詩は彼女が自殺する少し前に書かれたもので、生まれ所におそらくもう帰ることはないだろう自分の境遇の中で、金子文永堂の周りの町並みを懐かしみ歌ったものと言えるらしい。その町並みは、今も「みすず通り」として保存されているということ。一度訪問してみたいものだが、山口県長門市仙崎と遠いので、なかなか機会がないままだ。今日は新しいメンバーも増え、全く嬉しいことであった。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.24
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我々の体に出て来た症状は、すべて体のリアクションであり、そこには問題の根源があると考えられる。しかし薬とは全般的にその末端の症状を抑えるためにあるのでは。むろん末端の症状を抑えるからこそ根源の問題が沈下するという例もある。しかし根源に目を向けない限り問題は再び三度リアクションとして出て来るだろう。根源を警告する体の訴えとして。ドイツに住んでいたころ、もちろん何度も耳鼻科・内科・歯医者と通った。しかし中耳炎を起こした時の一回以外は、何処でも抗生剤を出されたことはない。何故なら国民全員の中に、抗生剤を出す医者は最低であり、絶対に近付くべからずという厳しい風潮があるからだ。それもまた極端であるとは思うが、そのため医者は抗生剤をちらつかせることすらできないという状況である。患者が薬についてかなり勉強していて、自分たちで身を守ろうという意識があるということだ。このときドイツという国が異常だと思っていたが、もちろんこれは湯水のように抗生剤を処方する日本の医学が怖ろしい存在ということになる。ドクター個人としても、そんな利害の蜘蛛の巣の巨大さの中で身動きできない形なのかもしれない。僕も時々音声学の耳鼻科に行くが、それはただ今の肉体的な状況を知るために行くだけで、ドクター自身無理やりに出す薬は、いつも帰りの駅のごみ箱にすべて捨てる。近頃の内科のドクターによく見るのは、患者が前に座ると一度として顔も見ずにパソコンの画面を睨んでいる。そして患者自身に症状を尋ねて、それをパソコンに打ち込み最後にエンターを押す。すると必要な薬をパソコンが推薦してくれ、ドクターは何の疑いもなくそのまま処方する。噂には聞いていたが、これを目の当たりにした時は僕も空いた口がふさがらなかった。ど素人の患者の言うままに症状を打ち込んで薬を出す訳だから、いわば誰にでもできる作業であり、薬屋が居れば用が足りるわけだ。鍼灸院に行けばまず顔のいろんな部分の色や層を見て、舌を見て、長い時間を掛けて脈診を取り、お腹や足の指の並び方まで観察して、患者の今の体の内面を推察して治療に当たる。それだけですでに大変多くのことが分るとのこと。打診、聴診、視診というが、100パーセント薬に依存しているのはドクター自身ではないのか。僕が子供のころは、近所の街医者にも手当てのできるドクターが存在した。自宅を兼ねたぼろぼろの木造建てに診療室があり、優しい温かい手で脈を取ったり、お腹をさすったりしてくれた。ポリシーと心を持ったドクターは今もどこかにおられるのだろうが、我々には分からない薬の販売システムが明るみにならない限り、僕の疑問と警戒は解けないだろう。いろいろ生意気に述べたが、これはすべて医学にも薬学にもど素人の僕が考えることである。でもこれはドイツの人たちのように我々ももっと自分から勉強して、企業と団体の利害に巻き込まれぬようすべてのものを選り分けて行こうという呼びかけである。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.23
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今日は薬について駄弁を奮わせていただきたい。これはすべて僕の考えだから、皆さんにおきましては何一つ押し付けなどと感じる必要はありません。僕も以前演奏会前などに風邪を引いてしまうと、真っ青になって即座に病院に行って、出された抗生剤を服用していた。でも喉の痛みなどは確かに薄らぎ、症状は良くなったように思われるが、何だかいつまでも体の中に風邪菌がこもったような不快感が残ったものだった。そして当然ながら胃はずたずたになり、長い間胃もたれや胃痛が続いた。それから鍼灸院に通うようになり、その不快感を訴えた。しかし行く度に激しい叱責を受けることとなった。抗生剤とは何か、薬とは何かを懇々と説明され、今まで服用によってどれだけ体を蝕んで弱らせて来たかについて何度も説明を受けた。しかしその時の僕は「そんなことを言ったって我々には舞台があり、風邪を引いて喉を腫らせた状態では演奏にも何にもならないんだ。藁にも縋りたいこの気持ちがあんたに分るものか!」と心の中で抵抗していた。しかし今はそのお叱りを度々受けてよかったと思っている。結局のところ、薬で炎症を抑えて歌おうが、炎症したまま歌おうが、その出来にあまり違いはないのだ。何故なら抗生剤、抗アレルギー剤、副腎皮質ホルモン剤などは筋肉を弛緩させる症状があり、それが声にも大きく影響するようだ。そして病院に行けば規則でもあるようにドクターは必ず抗生剤を患者に出す。さてこの抗生剤は現在の我々の命を救い、苦しみを取り除いて来た。ある意味では今の我々に不可欠な物質なのかもしれない。しかし東洋医学の方ではこの抗生剤を【原爆】と呼んでいる。我々の体の中で外敵から身を守るために戦っている大事な菌、外から侵略を企てて入り込んで来ようとする悪である菌もすべて一度に皆殺しであるからだ。悪い菌が死滅すれば炎症は引く。しかしそこは草も生えない焼け野原となり、体を守る良い菌が再び生命を吹き返すまでにはかなりの時間が必要となる。そしてそのような原爆投下を繰り返していると、少しずつ自衛菌は力をなくし、簡単に敵を体に取り込んでしまうようになって行く。いわゆる抵抗力の低下である。そしてその先に何があるか。癌の発病である。ステロイド剤も今の医者は簡単に処方する。しかしこれは抗生剤よりももっと質が悪く、それこそ死への道まっしぐらだ。ただ先にも述べたように、これらを我々はどうしても必要とする時がある。でも今の病院のようにお菓子でも出すようにどの患者にも飲ませていること、抗生剤の【乱用】は我々患者の方で断ち切る必要がある。何故医学の専門家たちはそれでも抗生剤を処方し続けるのか。薬品会社にしてやられているのだ。企業と医師会との懇ろ。患者が生きようが死のうが、そんなことは儲けの前にはとても小さなことなのだ。また医者や薬屋の中には、自分たちは人々を助ける誇るべき仕事に携わっているのだと心から病気と戦っている人たちもいることだろう。でも人間が化学的に作ったものに、病気の根源を治すことはできないということではないか。 つづく●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.22
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・2、21、月昨日日曜日にあることをパソコンで検索していて、思わず面白い記事に出くわした。ここでは余り明確には記述できないが、おどろくべき水面下の世界情勢である。ただ誰が書いたかもはっきりしない記事で、どれだけ信憑性があるかは分らない。ヨーロッパに一軒、アメリカに一軒、随分前から桁外れの大富豪が居る。彼らはどちらも石油王から銀行を経営したユダヤの家で、今もなおその勢力は衰えない。例えばスターリンもヒットラーもこのヨーロッパの方の家出身で、二人は従兄になるという。余談になるが、太平洋戦争後、スターリンはある日本の国会議員に目を付け、彼をロシアに呼んで共産主義のもと日本に革命を起こせと指導したとある。教員にスパイを送り込み、国鉄を利用して、朝日を支柱に治めろというのが指導の内容。いやいや、むろんこれは作り話臭いが、何だか無視もできない記事だ。そのようなスパイを使った他国の経済、政治の掌握は、今の日本の政界にも張り巡らされているという。日本でもある選ばれた政治家が彼らの支配下にあって、結局その者にしか外交が勤まらないため、国内で誰もその政治家に頭が上がらないということ。日本の大企業の多くも、そのどちらかの富豪の支配下にある。だからこそ大きく成長する訳だ。しかしそれは一面企業にとっても、政治家にとっても危険なことであるらしい。現在彼らはアジア諸国で、中国を選んだ。これからもっともっと中国は経済的に成長することになるだろうと記事は語る。大富豪は世界にたくさんいるが、その資産を利用して世界の経済と他国の政治を掌握していく、怖ろしく頭の切れる者がこの世にはいて、水面下で行なわれ蠢く黒い手に我々は全く無知なのかもしれない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.21
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・2、19、土昨日の朝の女声合唱団は来年、今日の朝の女声合唱団は今年と演奏会を控え、その上両団体共に秋の合唱祭もあって、多くの曲の譜読みに大奮闘である。現在活躍する作曲家の女声合唱曲は全体的に低い調に設定されていて、どれもこれも低くて皆さん歌いにくく音楽的に表現が困難となる。おそらくソプラノパートの音が高すぎる曲は、どの団でも取り上げない傾向が原因なのではと想像する。僕の関係する団ではすべて高く移調して演奏する予定で、それだけ費用が掛かり全くいい迷惑である。午後は阿波座でグループレッスン。教員の生徒さんが多いクラスで、今学校関係は忙しいらしく欠席者が多い。夜のグループレッスンでも、教員一年生の生徒さんの苦労話を聞く。毎晩帰宅は23時ぐらいで、歯磨きをしながら居眠りするとのこと。でも学生たちとの毎日は楽しいこともとても多いらしく、苦労も苦にならない様子。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.19
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・2、17、木急に暖かい気候で、昼食のうどんも汗をかきかき。昼の奈良クラスグループレッスンを終えて、生徒さんたちと夜のNSK混声合唱団の練習まで喫茶店で時間を過ごす。一人の生徒さんの息子さんが先日離婚されたという話題から、今の若い人たちのカップルや夫婦の話になる。若い人たちにとって離婚とは全く大した話ではなく、嫌な思いをして結婚生活を送るよりは、さっさと別れて新たな一歩を踏み出すことこそが良いらしい。「私たちの頃は嫁に行けば何があってもそこに骨を埋めろと親に言われたものですが、今は嫌ならいつでも帰っておいでと言うらしいですね。子供が起きられないから起こしに来てくれと先生に電話する親がいたり、子供のお弁当を作るのが邪魔くさいので先生に作ってくれと頼む親もいます。また母親がパチンコに行きたいので、小学生の息子の学校を休ませて幼い妹の面倒を見さすという例もあります。全く何もかもむちゃくちゃで、考えられないことばかりです」という話も出る。僕が思うに、教師や学校の立場がどんどん弱くなり、教育というものが消滅しつつあるということだろう。どうやれば教師や校長、教育委員会が自分たちの面子を守る方に回るか、親たちはよーく知っているのだ。そんな環境の中で、どうやって子供たちは人間の道を見つけることができるのだろう。これは言わばキリストや釈迦が出て来る前の無法状態に帰って行くのでは。しかし一方、昔のようにどんな嫌な目にあっても、どんなストレスに一年中苛まれても耐え抜いて、結婚生活を送るべきだとした考えが良いとも言えないかもしれない。ありがたいことに男も女も、出戻りにほとんど何の後ろめたさもない時代なのだ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.17
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ふと考えてみると、この国にはあらゆる税が存在する。働いて収入を得ると、その何パーセントかを国に持って行かれる。土地を買って家を建てれば、建物に対して、土地に対して固定資産税なる名の元に金を差っぴかれる。親の所有する何かを受け継げば、それには贈与税なるものが持って行かれる。何を買っても消費税。何の疑問も抱かず我々は税金を払い続けるが、ようく考えてみれば、ローンを組んで大変な額を払って土地や家を買っても、何だか国から借りて住んでいるような気がしてならない。親が持っているものを譲り受けて、どうして横から国が出て来て金を持って行かねばならないのだろう。まるでハイエナだ。例え他の国にも同じような税金が存在するとしても、何だか納得行かない気がする。ありがたいこの国に住んで恩恵を受けている限り、当然資産を差し出せと言われているような。本当に意味のあることだけに費やされていればいいが、その差っぴかれた稼ぎが悪戯なことに使用されていると思えば疑問と憤りは一入だ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.16
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・2,14、月正午ごろにちらほら雪が降り始めていたが、午後のレッスンが終わるころに電話があり、夜の合唱団の練習を中止するとのこと、気が付けば窓の外は少しずつ雪が強くなっていた。生徒さんたちもいそいそ家に向かい、僕も電車に乗る。難波に到着するとダイアは豪雪のためかなり乱れ、ゆっくりとした運転。河内長野駅に到着すると、改札口もロータリーも人でごった返す。バスもいつ来るか分らず、タクシーは運転見合わせとのこと。地面は雪でぐしょぐしょ状態。さてどうするかと思案してみても、じっといつ来るか分らないバスを待つしかなく、大勢の人と共にバス停に立ち尽くし約30分。足先の感覚もなくなったころにようやくチェーンの音を響かせゆっくりとバスの登場。乗り込んだバスは立った人もぎっしりと満員。さて出発したが、止りそうなのろのろ運転。13分のところを、1時間掛かって最寄の停留所に到着。山手の我が住宅街は20センチ近い積雪で、ゴボゴボ足が沈む中家まで。河内長野に住むようになって最も多い雪であった。今まで出最も多い雪を経験したのはいつだったろうと考えてみた。生家のある京都の左京区は市内でも北の方に位置するので、子供のころは今日ぐらいの雪は年に2・3回はあった。でもドイツでは一度胸までの雪を経験した。レッスンを終えて外に出るとびっくりするぐらいの雪が積もっていて、駅まで雪をかき分けかき分け汗をかいて歩いたことがあった。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.14
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・2,12、土今日のレッスンの前に昼食を取るためしばしば訪れる店のドアを開くと、客は誰もおらず、マスターが一人でオープンキッチンの中から微笑む。オフィス街である阿波座は土曜日ともなると人影は疎らで、その上今日は連休の真っ只中である。「やっぱりだめか」と言ってマスターは大笑い。オフィスだけではなく、ホテルも幾つかありビジネスマンや外国人の客も当て込んでいたらしいが、今日は全くのようである。この店をここで始めてから間もなく一年というところで、まだまだこの辺りの事情が予測できないようだ。しかしいつものように美味しく食べて、教室に戻りレッスン。一日のレッスン終了後、少し時間があったのでスタッフと共に再びその店に行く。元々今日は他に店は開けていない。ドアを開けるとやはり客は一人もおらず、マスターが一人でオープンキッチンの中。腰を落ち着けて注文をする。料理を出してしまうと、マスターは退屈していたらしく我々に話し掛けて来た。彼は年齢は僕よりも少し若いくらい。とても綺麗い好きらしく、レンジの周りはいつもピカピカ。話の中で、国産の野菜でも無農薬のものは本当に少なく、いいかげんな仕入れをすると、ブイヨンを取っても何だか変な味がしてお客様には出せないという。農協にもいろんな複雑な仕組があって、形が悪くても無農薬の物を分けてほしくても、なかなか手に入らないようになっているらしい。そのような食材の話の中にも、彼の料理へのポリシーが感じられる。また調理場の衛生の話にもなる。「僕もよくいろんな店に飲みに行きますけど、オープンキッチンの場合まな板やレンジが見えて愕然とすることがありますね。まな板の不潔さ、魚類と肉と野菜の調理を同じまな板と庖丁で行なっている場合だってあります。そういう店に入ってしまった場合は、加熱したものしか注文しないようにします。キッチンが客から見えない場合は、下に落ちたものでも出すこともあるでしょう。まずオープンキッチンであることは最低条件です。それから「汚い店ほど美味しい」とよく言いますが、それはありえません。店を清潔に保てない人に良い料理は作れません」その他世間の店の添加物の話も聞けて、僕としてはとても興味深い話題だった。店のいろんなところで、その調理人の考え方やポリシーが分るということだ。このようなきっちりした考え方を持つ店にはめったと出会えない。店の名前は「さくら咲く」とマスターのイメージからはちょっとそぐわない感じ。でもやっぱり食べればその違いは歴然。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.12
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・2、9、水最近僕の周りで、多くの方が精神的な病、問題を抱えて苦しんでおられる例を耳にする。ある人は全く外に出ることができず、ある人は一年近く入院されている。またある人は新しく訪れた自分自身の精神的、肉体的な変化に戸惑い、どうしていいか分からず途方に暮れておられる。そして世間では至る所に心療内科なる館が出現し、庶民に密着した分野として着実にその職種を広げている。要するに、そういった問題を抱えた人が急激に増えているということだろう。そしてまた、僕はその原因について様々なことに思いを巡らすこととなる。普通世間では、現代社会におけるストレスがその原因と言うだろう。または、隣に誰が住んでいるかも知らない現代の地域性、人情の薄さと答える人も少なくないのでは。しかし僕は例によって食事の方に目が行く。現代ほとんど毎日我々が口にする牛、豚、鳥などの肉。僕たちが子供のころは、いくら噛み切ろうとしても叶わないほどの固い牛肉、靴の裏のような歯ざわりの豚カツがあったように思う。ドイツ在住のころにもレストランでステーキを注文すると、日本では考えられないほど固い肉が出て来たことがある。しかし今はステーキであろうが、焼肉であろうがとても柔らかく、顎が疲れるような思いをしたことがない。これは食べている部分だけの問題だろうかと考える。世間では、ホルモン剤を使った飼育によって肉が柔らかくなるとも聞く。もしそうだとすれば、食べている我々にももちろんその影響はあるのでは。何かしらホルモンに作用することで小学生の女生徒の発育が早くなり、初潮の時期がどんどん早くなり、成人男性の声がどんどん高くなり、男女共に更年期障害の症状が酷くなり、鬱やいらいらが深まってそれが更に社会的問題や事件に繋がる。そのように考えるのは、やはり僕だからだろうか。ホルモンのバランスが崩れると、我々の体と心に様々な問題が生じることはおそらく事実だろう。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.09
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来る2011年9月25日奈良県文化会館大ホールにて、第二回NSK第九を歌う会を開催することとなりました。4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)を歌う方、第5パート(障害をお持ちの方も歌いやすくされたメロディー)、其々大募集いたしております。今回は第一部に源田俊一郎編曲、童謡唱歌メドレー「いつの日か」、第二ステージでオーケストラと共にベートーヴェンの第九を演奏いたします。練習会場は奈良学園前・大阪阿波座と二箇所開講し、本番まで約15回(いつの日か・第九どちらかでも歌った経験のない方 Aコース) 8回(どちらも経験のある方 Bコース)を目処に練習参加いただきたいと思っております。Aコースの奈良会場練習開始日は4月2日・大阪会場練習開始日は3月2日。Bコースの奈良会場開始日は (オケ合わせ以前三回の練習参加)・大阪開始日は6月1日とさせていただきます。詳しくは下記の掲載のチラシ内容をご参照下さい。舞台に乗ることのできる人数は限られておりますので、お早目のお申込みをお待ちいたしております。茶木-------------------------------------------------------------------------【第2回 NSk第九を歌う会 2011】合唱団員募集ハンディのある人たちも ない人たちも一緒に第九を歌いましょう日 時:2011年9月25日(日)15:00開演会 場:奈良県文化会館 国際ホール第1部混声合唱のための童謡メドレー「いつの日か」/源田俊一郎 編曲指 揮:茶木 敏行ピアノ:綿貫 洋子第2部交響曲第九番/ベートーヴェン 作曲指揮者:安野 英之管弦楽:天理シティーオーケストラ合 唱:NSK第九を歌う会ソリスト:雑賀美可(ソプラノ) 福永圭子(アルト) 茶木敏行(テノール) 津國直樹(バス)[練習日] 第1土曜日 (15:00~17:00)第3木曜日 (18:30~20:30)第4土曜日 (15:00~17:00)※但し土曜日が5週ある月は第5土曜日になります(1・4・7月)●第1回目の練習は4月2日(土)[練習会場]西部公民館 5階「視聴覚室」 〒631-0034 奈良市学園南三丁目1-5※近鉄奈良線「学園前駅」 南出口すぐ[練習費/月]一般・・・3,000円ハンディのある人・・・・500円介助者で歌われる人・・・1,000円高校生以下・・・1,000円[演奏会参加費]一般・・・2,000円ハンディのある人・・・・500円介助者で歌われる人・・・1,000円高校生以下・・・1,000円[練習回数]「第九」「いつの日か」未経験者の方は前日ゲネプロ以外に15回以上、経験者の方は3回以上の参加をお願いたします。●「第九」・「いつの日か」共に第5パート楽譜を用意いたしております。*第5パートとは~通常合唱ではソプラノ・アルト・テノール・バスと4パートの声に分かれて演奏しますが、それにプラス障害のために譜読みが困難な方、歌うことが困難な方のために、四声から歌いやすいメロディーを抽出して作製したメロディーです。【茶木敏行(テノール歌手/NSK混声合唱団指揮者)からのメッセージ】2009年に第1回NSK第九を歌う会を開催することが出来ました。多くの 障害者、健常者に集まっていただき、情熱に溢れる舞台でお客様にもまた違う第九を感じていただいたのではと思っております。そして第2回演奏会を2011年9月25日(日)に奈良県文化会館にて開催する運びとなっています。 さらに多くの方々にお集まりいただき、共に舞台を共有したいと熱望しております。「NSK第九を歌う会」では演奏会当日よい演奏をすることだけを目標にしているのではなく、それに向かって練習していく過程の中で障害者であろうが健常者であろうが、ともにゼロから苦難に立ち向かう場を持ちたい。その中でお互いがお互いに慣れ、知り合い、理解出来る時間を共有したいことにあります。 ですから私の希望としてあえて障害者の方々に対して用意しているものは何もありません。サポートする方もされる方も、現場で何が問題であり何を必要とするかを共に考える。健常者が準備した器の上に、障害者がなんの不都合もなく乗り合わせるというものにしたくない。要するに全員が全てゼロからです。 是非ここに来て、ハンディのある方無い方関係なく、共に何かを切り開いてみませんか。たくさんの方々のご参加をお待ちしております。指 導:茶木敏行 ピアノ:綿貫洋子 運 営:NSk混声合唱団運営委員会[お問い合わせ/参加申し込み]山口 昌宏(NSK混声合唱団事務局)〒636-0154 奈良県生駒郡斑鳩町龍田西4-4-16TEL 0745-74-5777FAX 0745-74-5746携帯 090-1584-1695Eメール mk_y11ikaruga@yahoo.co.jp*参加申込み希望の方は、氏名・住所・連絡先・パート(パートの分らない方は相談)を記載してご連絡下さい。
2011.02.07
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・2、5、土朝の女声合唱団の練習を早めに切り上げ、遅い新年会。料理をすべて食べ終え、食い逃げのように皆さんに手を振って奈良に向かいNSK混声合唱団。6月の演奏会までに新しく取り組む曲の多さに、皆さん苦悶の表情。無理もない、前回のファンドレイジングコンサートから余り間がないことで、どうしても譜読みの曲が多くなる。でも最初その重圧に顔が歪むが、練習を重ね慣れて来て曲に馴染んで来ると急に楽になるはずだ。今日はアンコール曲にと選んだ「お使いは自転車に乗って」の楽譜を配り、譜読みに入る。青島広志さんの編曲が、これまた結構難しい。その後慌てて阿波座に向かい、夜のグループレッスン。生徒さん其々に成果の見えた良いレッスンとなり、僕の疲れもすっと癒やされた。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.05
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・2、3、木昼間は奈良学園前にてグループレッスン。その後阿波座にてCAC混声合唱団。6月11日に開催予定の、NSKファンドレイジングコンサート出演のため譜読みに根を詰める。第一部に、誰でも聴いたことのあるクラシック合唱曲を演奏する。その中でヘンデルのハレルヤコーラスの譜読み。まず古典イギリス英語のディクションから始る。団員さんの中に英語をお仕事にされている方がおられ、その方の指導と発音を聞いてから譜読み。帰り一人の団員さんと話していて、旧暦の正月と節分は同じ時期、もしくはその年によっては同じ日であるが、この二つの行事に関係はあるのだろうかと話が出る。旧暦が廃止された日本では、旧正月のなごりに節分を据えたのではと僕が発言したが、となると節分というものが現れたのは、大正時代と新しい行事となる。まさか、もっとずっと古い行事ではという話もあって、結局誰も節分の由来を知らない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.03
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・2.1.火いよいよ2月である。おまけにこの月は2・3日短いので、あっと言う間に逃げて行くだろう。2月頭と言えば旧暦の正月が気になる。今でも他のアジア諸国では、旧正月に親戚一同集まり祝うと聞いた。何故旧正月が気になるかというと、本の舞台では大正の初めに政府によって新正月に切り換えられるが、農家はそのため年貢の納期が変わり大変な目に合う話が出て来る。阿倍野の鍼灸医の先生いわく「旧正月は昔の中国人が東洋医学で言う暦による体の様々な変化に沿って考えられた行事が盛り込まれていて、その時期に食べる物も理に適った趣向が盛り込まれている」ということである。例えば2月3日辺りを過ぎないと、本当は餅を食べる体調になっていないとか。これが大正時代に廃止された理由は、地主の利益を上げる、公務員の給料を二度払う月をなくすなどの目的だそうだ。全くもって昔の人たちの伝説を無視した、いつもながらの金銭絡みの勝手さだ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.02.01
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