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・11、30、水 先日スーパーに行くと、すごく安い野菜が山積になっていたので見てみると、東北のものだった。 驚くべきことに、それを皆当然のように買って行くのだ。 一体どうしてなのだろうとその場で困惑してしまう。 コンビニに行けば、サラリーマンが揃って200円代の弁当やカップヌードルを手にレジに並んでいる。 昼はできるだけ金額を抑えて、夜に飲みに行く分を稼いでいるとか。 しかしまあ、それだけどこも不況であるということだ。 でも自分の体に取り込み、栄養分として細胞や肉や骨や血となる食事に対して、余りにも無関心ではないか。 腹が膨れればそれでいい、夜に友人と飲みに行くだけが唯一の楽しみなんて、だから今の日本人は政府の餌食になって、それでも気付かず笑っていられるのだ。 コンビニに並ぶあの男たちを見るたび、この国の悪政治に腹が立つ。 「悪い政治は寅よりも怖ろしい」という古代中国の言葉が思い出される。 米がどんなに汚染されていても、安ければ大喜びという人たちが溢れるほどいるのだろう。 外食すれば、よほどしっかりした店でない限り、すべてこの福島の米が出回っていると考えた方がいい。 「福島の農家を助けたい」とどうしても譲らない人は、あちらの米を買って、ゴミの日に出せばいいという意見もある。 ーーーーーーーー 新米は食べられるか? その顛末 2011年の新米ができたとき、福島県は「コメは汚れていない」と安全宣言をしま した。その時、このブログでは、「新米は来年まで待った方がよい」と書きました。 新米が汚れているかどうかは「政治の問題」ではなく、まぎれもなく「科学の問題」 です。科学は「データ」だけでは判断しません。私が「新米は注意」と言ったのは、 今までのデータでは「どのぐらい畑が汚れていたら、お米はどのぐらい汚染される」 という「移行率」のデータがあるからです。 科学は、1)データをウソ偽りなく、詳細にとる、2)そのデータが過去の知見と合 致するかどうかを見る、3)合致したら一応、データが正しいとする、4)合致しな い場合はペンディングとして再実験する、というのが普通だからです。 福島の新米は安全なはずはないのです。これは農家の方が「懸命にやった」という人 間的なこととは無関係で、汚染された畑からセシウム、ストロンチウムが稲に移るの は科学の問題です。 また、悪い人は東電であって、汚染米を買わない消費者でも、 汚染米を予測する私でも無いのです。 また日本人の誠意という点から考えてみましょう。福島県はコメの安全宣言を出して から、危険なコメが多く見つかっています。それも暫定基準値です。だからすっかり 信用を失いました。人間にとって間違ったことを言って信頼を得るのは困難です。誠 実になってください。 ・・・・・・・・・ 安全宣言をしたコメが汚染されていたのですから、当然、福島のコメは汚染されてい るということになります。それも政府の暫定基準ですから、子供には危険な1年5ミ リの被曝を受けます。また福島産のお米を宮城産と偽って販売していますから、宮城 産もダメということになります。 すでに稲を植えるときに畑を耕してしまったので、あと30年、泥沼のようなコメ作 りになる可能性があります。農業の人は「苦労しているからみんなも汚染米を食べて くれ」という考えから、「生活は政府に補償して貰い、汚染米を出さない」というこ とに変更して貰いたいと思います。 できれば、1年5ミリではなく、日本の法律(これまで日本人を被曝の被害から守っ てきた法律)を守って、外部被曝を含んで1年1ミリにしてください。それを福島か ら率先して実施して貰いたいと期待します。事実は覆りません。 (平成23年11月29日) 武田邦彦
2011.11.30
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・11、29、火 先日生徒さんと話していて、子供のころに大学病院で手術ミスをされ、未だにその後遺症で苦しんでいるという話を聞いた。 例えそれが病院側のミスと分っていても、当時の患者は文句も言わなかったという。 そしてミスの事実は隠蔽され、黙殺されて行ったという。 お年寄りなどは、国に対して今でも敬意を持っている。 医者や裁判官や教師は敬意の対象であり、我らの未来をお任せするが常識であったようだ。 そして敬意の対象である者たちは、それをいいことに好き勝手やって来た。 かなり昔から、庶民を騙すことなど朝飯前でやって来た訳だろう。 だが今我々は、ついに目覚めなくてはならない。 他人にどっちに行くかお任せするという体質を変えなくてはならないのだろう。 しかし我々にとって難しいのは、政治家でも医者でも、教師でも熱意と誠実を持って誠心誠意働いている者も必ずいる訳だから、すべてを十把一絡にして嫌悪することも危険だ。 その分野での真の職人に、この国のリードを望まなくてはならない。 そのバランスを計るためには、人を簡単に信用せず、まず自分の考えをしっかり持つことが重要なのだろう。 ーーーーーーー 日本の歴史を変えた内閣・・・菅内閣 日本のお城には殿様がおられ、住民は無防備でお城の外にいます。これに対してパリ (フランス)でも南京(中国)でも、城壁の中に住民が住んでいます。 この違いは、日本が「国」であったのに対して、フランスも中国も「地域」はあって も「国」ではなかったことを示しています(現代のコペルニクス参照) 日本が「国 」だったのは、四面を海で囲まれ、天皇陛下をいただいていたことによります。 だから、アメリカでは銃が必要になり、中国人は我が身を守るためにウソを言うと言 われます。日本人が銃を持つ必要もなく、ウソをつくこともないのは、「国」が常に 正しく、国民を守ってくれるからに他なりません。 ・・・・・・・・・ ところが、原発事故が発生してから、日本は国を失いました。政府が国民を被曝させ ることに熱心になったからです。そして巷では「自分の身は自分で守ろう」、つまり 「銃を持とう」という考えが支配的になっています。ある若い人を対象としたアンケ ートでは、実に97%の人が「政府は信用できない」と言い、政府を信用できるとい う人はわずか1%(残りの2%は回答なし)でした。まさに政府というより、日本国 の崩壊です。 ・・・・・・・・・ 当然です。原発事故が起こったら、「直ちに健康に影響はない」といって逃げるのを 遅らせ、ウシが汚染された草を食べました。「規制値の3355倍でも健康に影響が ない」と言って法律の価値を失わせました。「遠くに逃げろ。放射線は距離の2乗に 反比例する」と言って長い時間、被曝させました。「1年20ミリまで大丈夫=1年 400回の胸のレントゲン」と言って福島の人を被曝させ、「1年5ミリの給食を食 べさせる」、「ストロンチウムは測定しない」、「横浜市は給食に暫定基準値も超え る食材を児童に食べさせる」、「農水省は農作物の産地表示を曖昧にせよと指導する 」、「裁判所は東電からの放射性物質はそれが降った土地の人のものだから、東電は かたづけなくて良い」と言う。 ここまで繰り返されれば、2000年の長い伝統を誇った日本の「国」も菅政権でも ろくも崩れ去ったのである。いま、「私にできること」というのがはやっている。つ まり、「国は何もしないから、私がする」ということであり、国はなくなった。 ・・・・・・・・・ 絶対にそれではいけない。子供たちが銃を持たなければ安心して生活できないような 国、城壁の中に住民が住む国にしてはいけない。もう一度、「清貧」、「誠実」、「 礼節」を重んじる国にしなければならない。それが大人の責任である。 (平成23年11月29日) 武田邦彦
2011.11.29
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・11、27、日武田氏が常々言っている「ゴミを増やせば環境はよくなる」という自論であるが、どうなのか判断しかねる。「今の日本の環境が素晴らしいのは、産業が物を作り、それを販売して利益をえて、その利益で日本人のゴミ(汚れ)を自然の代わりに綺麗にしているからです。つまり、ゴミを出す(=購買量が多い=企業が収益をあげることができる)から環境が綺麗になるというのが「科学的事実」なのです」今日は久しぶりの休みだったので、家の周りを散歩した。河内長野は元々が深い山で、そこを切り開いて住宅街をぽつんぽつんと作ったので、まだ豊かな自然が周りに残っている。しかしその美しい森や野原に産業廃棄物や、家庭ゴミが散乱しているのをよく目にする。貯水池には夥しいゴミ袋がプカプカ浮き、谷の斜面には訳の分らない産業廃棄物が堆く積み上げられ、畦道にはコンビニ弁当のからや、スナック菓子の袋が散乱している。そんなところを散歩していると、今の大人が子供たちに向かって、何を要求することも出来ないと痛感する。一体日本人はどうしてしまったのだろうと嘆息するしかない。武田氏が言う「ゴミを出すと企業が利益を上げ、ゴミをかたづける」というような循環が夢物語に感じる。プラスチックやビニールを研究し考案する、科学者ならではの勘違いであるように思えてしまう。まあ、後戻りできない現代社会としては、物質ゴミ山に押し潰されるまえに何とか考え方を定めなくてはどうしようもない。その上この不況だ。不況が更にゴミを増やす。それに気の狂ったような手合いが、家庭ゴミを溝、池、他人の庭、空き地などに平気で投げ入れ続ける。まず人々の常識からやり直さねば「ゴミを増やせば環境がよくなる」はありえないのでは。ーーーーーーーー節約と環境・・・心と科学「ゴミを減らすと環境が悪くなる」というと、多くの人がビックリして「ゴミが増えれば」の間違いではないですか?と言われます。でも、本当は「ゴミが増える」ことが「環境を良くしてきた」のです。このことの本当の理由はこのブログでも何回か書きましたが、なぜ、多くの人が「ゴミを減らすと環境が良くなる」と考えたのかといいますと、「心の問題」を「科学の問題」にすり替えたマスコミの誘導に引っかかったにすぎません。人間の一生を幸福に過ごす条件の一つに「節約する」というのがあります.贅沢はすぐ心をお金に奪われて人生を見失いますが、節約は人に考える時間ときっかけを与え、その結果、充実して幸福な時を過ごすことができます。イエス・キリストが「貧乏は神に近く、裕福は神から遠い」と言われたのも同じ意味です。人間の心は弱く、お金が手に入ると心を失っていく、つまり{心+お金=一定}というような関係にあるのです。だから、「節約」とか「もったいない」というのは実は「心」の問題で、そのような生活をした結果、「環境」という科学がどうなるかは別問題だからです。環境は、空気の中の不純物、水の清浄さ、食品中の毒物、あるいは放射線量などですから、「心」とはまったく無関係です。・・・・・・・・・ところで、人間が生活すると自然を破壊しますが、あまりひどくなければ自然は自然の治癒力で人間の汚したものを始末します。でも、現代の人間の活動は自然の治癒力を遙かに超えているのです。今から200年前のイギリスで、現在の日本人の500分の1の物質消費量になったとき、自然は破壊を始めました。だから、日本の自然に人間の活動のゴミを片付けて貰うためには、生活を500分の1にしなければならないのです。そんなことは到底できません。日本の人の10人に9人は死んで貰い、水洗トイレ、冷蔵庫、自動車、新幹線、携帯電話などを一掃しなければ500分の1にはなりません。今の日本の環境が素晴らしいのは、産業が物を作り、それを販売して利益をえて、その利益で日本人のゴミ(汚れ)を自然の代わりに綺麗にしているからです。つまり、ゴミを出す(=購買量が多い=企業が収益をあげることができる)から環境が綺麗になるというのが「科学的事実」なのです。・・・・・・・・・私がこれまでこのようなことを言ってきたのは、「事実を直視する勇気」が大人になければ、子供は守れないということですが、その一つが今回の原発事故になりました。地震は東海地震だけではなく、原子炉が耐震・耐津波設計をしていない、救命ボートもないという事実に目をふさいでいたのです。さらに、現在でもなお「原発は安全だ」、「1年1ミリの被曝の規定は意味ない」などと言っていますが、すこしでも子供たちの被曝を減らすために、ここでもう一度、あらゆる面で私たちは事実を見る勇気を持つべきです。(平成23年11月26日)武田邦彦
2011.11.27
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・11、26、土先日ある雑誌で一人の医師が、医療行為での患者への被曝量の多さに危惧を表明していた。例えば、一回のCTスキャンでの被曝量は、平均7ミリシーベルトだという。これは驚きだ。予防原則からいうと、一回の検査ですでに7年分被曝している。今日本全国で福島からの死の灰による被曝があり、食事からの内部被爆、それに自然放射能も踏まえて、その上医療から受ける被曝となると相当な量になる。今だからこそ、できるだけレントゲン、CTのお世話にならないことを心がけなくてはならない。怪我をしない、病気にならない努力を一層心がけること。武田氏は、医師は予防原則がなぜ大事なのか知らないと書いているが、何の僕は連中は知っていて「そんなもの守る必要はない」と言っていると思う。一年1ミリを守るとなると、病院は全くあがったりだからではないか。すべて利益のための発言であり、医師だからこそ人々の健康を守るという考えには及ばないということだ。普段綺麗なセリフを並べていても、いざとなれば皆自分の経営とふところ具合だ。ーーーーーーーなぜ、医師の発言が禁止されるか(2)・・・予防原則適応時に許される行為多くの人は学校教育の内容が不正確であることもあって、「水俣病」というのは「企業が水銀が毒物と知っていながら、垂れ流した」と思っています。でも、企業は国や熊本県が認可した排水基準を守っていました。つまり、時として企業は収益に走り、国民に被害を与えることがあるので、県や国が審査をして法律などに合格すれば認可をするのです。自分がその工場の人だったとします。あるものを使って運転をしようとして計画し、書類を役所に出して認可を受ければ、それを守って仕事をすることで非難されることなど考えないでしょう。水俣病が「水俣病」という名前がついているのは、水銀で本格的な病気が発見されたのが、水俣が初めてだったからです。それまで、女性のおしろいは酸化水銀、神社の鳥居の朱色は硫化水銀、そして歯医者に行くと水銀アマルガムを詰められました。水銀は普通に使われていたのです。今でも、「水銀」というものが常に毒性を持つのか、メチル水銀などのある状態の水銀が毒物なのか、ハッキリしないところがあります。しかし、人間はあることが起こる度に、反省し、知識を増やして、より安全で快適な社会を作ってきました。その一つが「予防原則」です。水俣病の時に、水銀が毒物であるということが学問的に判ったのは最初の患者さんが出てから6年後でした。その時に、漁民は操業の停止を求めたのですが、水俣市民の多くは操業を続けることを望んだのです。つまり、法律もなく、学問的にも不明で、患者さんが出ているという状態で仮に操業を止めさせた場合、その損害を誰が補償するのかハッキリしないからです。そんな経験を経て、1992年の環境サミットで「原則15:予防原則」が世界的に合意されました。その趣旨は「科学的に因果関係が不明な場合でも、怪しいときには予備的に規制することができる」というものでした。これが人間の知恵というものです。・・・・・・・・・1年1ミリシーベルトというのは、予防原則の思想で決められています。学問的にハッキリするまで待っていたら、被曝による被害者が出るかも知れないので、予防的に合意をしたのです。自然界から受ける自然放射線は仕方が無いのですが、原発からの放射線は「余計なもの」です。もし日本に原発がなければ、1年1ミリなどと言う規制もほとんど要りません。福島原発の事故が起こると、多くの医師が「1年1ミリを守る必要はない」と発言し、今でも言い続けています。でも、医師の人は「予防原則」というのが悲惨な多くの犠牲のもとに、人間の知恵で創り出したものであることを勉強してください。というのは、「1年1ミリを守る必要がない」と言っている医師、テレビや新聞などの記者はどうも、これまでの公害の歴史、予防原則、人間の知恵について、よく知らないようなのです。でも、社会に責任を持って発信するためにはこのぐらいは知らなければなりません。私が「なぜ、1年1ミリか」というのを科学的に説明せず、「法律、合意」として示しているのは、それが「予防原則」ですから、もともと科学的な根拠を議論できないものだからです。・・・・・・・・・ところで、私は「人を批判せず、内容を批判する」ということを守ってきました。今まで、首相、大臣、東大総長、特定の権力者を別にすると個別の名前を挙げて批判することはしませんでした。でも、今は福島をはじめとした子供たちが被曝しています。この被曝を止めるために、今日から個別の名前を出すことにしました。流山市長と福島の「順一」(聞くところによると塾の先生)という人が、「1年1ミリを守る(法律を守る)必要はない」という趣旨と、私を関係の無いこと(私がバナナを食べたことがないと推定していること)で個人的に批判しています。私の批判などはどうでも良いのですが、この二人の言動の目的は福島の子供たちに余計に被曝させることなので、放置できません。予防原則を勉強して、すぐ子供たちを被曝させることを止めてください。子供の健康はあなたたちのものではありません。(平成23年11月25日)武田邦彦
2011.11.26
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・11、25、金昨日また人権学習の授業の一環で招かれ、京都の平安女学院、高等部に出向いて講演を行った。京都に到着して、妹の店に寄りコーヒーを一杯飲んでから学校に向かった。校舎は130年ほど前の何とも風情のある建物で、床は石作り、天井は高く、教室のドアも当時のままのテレビドラマでしか見ないような素敵な丸い形。控え室で担当の女性の先生[推定年齢40歳ぐらい]と打ち合わせる。「僕の講演に際して、何かご要望はありますか?」「そうですね、今の子達には、何と言うか、エネルギー、やる気のようなものが欠如しています。挑戦することもせず、どうせやっても自分はだめだからというセリフをすぐに口にして、少しでも楽な方に逃げることばかり考えます。そんな彼女たちに、苦難や壁を乗り越えて何かをやり遂げるエネルギーを引き出せるようなお話がいただければ嬉しいです」今の現場の先生方の悩みは、どこも同じなようだ。さて、これは責任重大である。しかし僕としては、あまりこちらの考えを押し付けたり、分別臭いことを述べたりするよりも、いつものように僕自身の生い立ちや経験したこと、その中で思ったことなどを踏まえて話したり歌ったりするしかない。しかし、先生が言われた生徒さんたちの性質や言動や考え方は、よく考えてみれば今の若い人たちに限ったことではない。来る12月15日に、スイスホテルで開催されるロータリークラブのクリスマス会にNSK混声合唱団が招かれ、「いつの日か」全曲を演奏することになっている。しかし皆さんの意識は低く、全くたるんでいるように感じたので、急遽暗譜演奏を提案した。すると突然男性団員の辺りから「暗譜を押し付けられるなら退団する」というような発言が飛び出したりした。まず、アマチュワ合唱団といえども、人様に求められてそれに対して何かを提供する礼儀の意識、心に対して心で返す人間関係への意識の薄さ。できるだけ大変なことは避けて、楽な方に逃げる姿勢。挑戦してみることもせぬうち、出来ないと決め付けてそこから逃げる。自分に関わる事物に責任が持てず、合唱などどうせ趣味のお遊びだからと半分尻を浮かせての参加。こういった年配者の言動、考え方を見ていると、さてこの先生が生徒たちに対して悩んでおられることと全く同じではないか。そして自分はどうかというと、やはり知らず知らず楽にうまくやることばかり考えてはいないか。成り行きでも自分と関わることになった事物に対してもっとエネルギーを注ぎ、できるところまで挑戦してみる、やってみてだめならまた別の方法を考える。そんな粘りが、やはり自分にも欠如してはいないか。昔の日本では、一年中大人たちは皆野良に出て朝から晩まで汗みどろ、泥まみれになって働いた。その大人たちの背中を見て育つ子供たちは、労苦こそが生きることであり、大人たちが受け入れていた苦しみを自分たちも受け入れて当然なのだと感じていた。大人たちが背中で示す事のできるものこそが本当の教育ではと常々思う。そういう意味で、子供たちに向かって言葉だけの要求をしても、人の心に訴えることなどできはしない。できるだけ早く自分の本当に好きになれることを探し当て、それに向かって良い意味の欲を出す。それができればエネルギーなど勝手に生まれて来る。僕の中ではそれをテーマに歌い話した。10代の彼女たちにどう届いたかは分らない。でも彼女たちに向かって何を語ってもおそらく届かないだろう。自分に向かって今までを整理したり問い掛けたりすれば、一人ぐらいは何かを見て取ってくれるかもしれない。
2011.11.25
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・11、23、水 人の心が荒み始めるのは「同じ人間に生まれて来て、何故にここまで収入に違いがあるのか、すぐ隣にいるあいつだけがどうしてあんなに贅沢三昧に暮らし、何故自分はこんなにうだつが上がらないのだろう」と思った時だろう。 そこではすでに、人間の価値は手にする金銭の量に比例して考えられる。 収入の多い者は横柄にそっくり返り、貧乏なものは小さくなってへこへこして生きる。 これが我々の住む資本主義社会である。 逆に言えば、能力と運を持ち合わせたものが強く、それらが乏しいものは弱い場所なのだ。 昔の日本では、多くの者が互いに貧困に苦しむ労働者であり、周りが皆そうなら直に掛るストレスも少なく、皆で遠い存在の上流階級の悪口など言いながら、結構楽しく暮らせたのではないかと想像できる。 そこで出て来るのが「国民全員の収入をかわりなくして、金持ちは貧乏人に援助し、貧富の差をなくそう」という思想のようなものであるが、これもまた大きな問題を含んでいると僕は思う。 貧富の差をなくすとは、ポンペイのように皆が裕福になるというのならいいが、誰もがどうあっても同じ手当てで生活すると、誰も真剣に働かなくなるだろう。 実際壁崩壊前の東ドイツでは、商売をする人も全く詰まらなさそうな顔をして店先に座っていた。 客に良い顔をして、少しでも多くの商品を売る必要もないからだ。 芸術家やスポーツ選手や学者は自分のやりたいことに没頭できれば、収入が一律でも生き生きとやって行けるだろう。 でも商売人や勤め人はどうすればいいのだ。 人間の向上心というものは、全く難しいものである。 ーーーーーーー 損なった日本人?・・・ある会館職員のにらむ目 先日、名古屋である大手の会社の会館に行く機会があり、少し早く着いたのでロビー で座っていました。誰か背の高そうな男性がソファの方に歩いてきたので、つい見上 げるとにらむような目で私を見ているのです。「なんだ、こいつ!」という感じでし た。 それから数分後、私はその人が会館の受付係の一人であり、残りの二人の女性も同じ ように仏頂面をして接客のカウンターに座っていることがわかりました。営利を目的 としているホテルなどで客にこんな顔をする人もたまにいるのですが、さすが大きな 企業の会館だと感心しました。 もともと日本人というのがこんなにぶっきらぼうだったのか、それともほとほと生活 に疲れてその精神的なストレスが顔にでているのか、もう少し陽気に勤めた方が本人 も楽しいのにと可哀想に思いました。 暫くすると、その職員さんは威風堂堂、肩で風を切ってロビーを横切ると玄関先で腰 に手を当ててあたりを睨んでいました。ちょうど、5時を少し回る夕刻で、私はその 人のおかげで日本人というものの変化について考え、時間をつぶすことができたので す。 ・・・・・・・・・ 江戸末期、多くのヨーロッパ人が日本を訪れたとき、ほとんどの人が「なんて陽気な 民族なのか!」と驚いています。いたずらはする、笑い転げる・・・彼らの目に日本 人(庶民)は、礼儀は正しいし、働き者なのに無邪気な国民に映ったようです。 今でも地方に行くと、客に対して情あつく迎えてくれるかつての日本人の面影をみる ことが多いし、都会の人より地方の人の方が日本人の良いところを残しているような 気がします。 ペリーの浦賀来航によってすっかり心が裂かれ、何が何だか判らなくなった日本人。 身分制もなく、皆殺しもせず、笑いながら過ごしていた日本列島の素朴な民族はすで に失われていったのでしょうか? 東京電力は福島の大地と多くの人を苦しめ、それでも頭を下げず(本人たちは十二分 に頭を下げていると思っていますが)、名古屋の中部電力も未だにかなり居丈高です 。中央官僚や政治家の多くは「日本の中枢としての魂」より、税金を増やして国民を 支配するということに興味があるようです。 その一方で、多くのお母さんが子供の被曝に苦しんでいるのに流通はベクレルを表示 してくれません。社長が1億円を超える年俸をとる中でわずか200万円の賃金で臨 時雇用されています。力があれば少しの贅沢は良いとしても、同じ日本人としてあま りに不適切な分配のように思えます。 礼儀正しく、善良で、陽気な日本人。若干の能力差があっても、神様や天皇陛下に比 べれば、自分たちの差など同じようなものだと謙虚に分け合った日本人。何の役にも 立たないマネーに目がくらんだ哀しい日本人を見るような気がします。 (平成23年11月22日) 武田邦彦
2011.11.23
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・11、21、月 そもそも、広島原爆やチェルノブイリ事故後の被曝者発病状況が一般に公開されていないから、皆暢気なのだ。 難しいのは、被曝で癌を発病しても、10年、15年後で、それが被曝が原因か、別の原因かが分らないところだ。 武田氏などは、チェルノブイリの発病情報をある程度知っているようだが、これがもっとオープンに公開されたら、一般庶民の被曝への意識は確実に変わることだろう。 ーーーーーー なぜ、医師の発言が禁止されるか(1)・・・安楽死と被曝 相変わらず「被曝しても100人に0.5人がガンになるだけ。被曝は大したことは 無い」と講演する医師が後を絶たない。日本社会はまだ未成熟なところが多いが、本 当は「そのような医師は、医師会が除名処分をして医師の資格を剥奪しなければなら ない事例」に当たり、見方によっては重大な医療過誤として警察が逮捕してもよい可 能性が高い。 ・・・・・・・・・ まず簡単な法律論から考えてみたい。 一般大衆の被曝に関する法律や規則は数多い が、すべて「1年1ミリが限度」となっていて、一般公衆をそれ以上の被曝の危険に さらすと、「晒した人」が罰則を受ける。つまり放射線を出す原因を作った人が罰則 を受けるのであって、(当然だが)被曝した人が罰を受けるのではない。 日本のすべての法律が「1年1ミリ」だが、そのうち、もっとも最近になって改正さ れたのが「電離放射線障害防止規則」で、今年{2011年1月}に改正されている 。だから、「古い法律だから」という言い訳も成立しない。 今回の福島原発事故の場合、罰せられるのは東電だが、「逃げれば被曝しないのに逃 げなかったので、1年1ミリ以上の被曝(実効線量だから外部被曝と内部被曝を合計 した被曝量)」について法律的な記載はないように思う。つまり、放射線で被曝する のに「逃げない」ということは考えられないからだ。 ところで、医師などの専門家が「逃げなくても良い」と言った場合、それは法律違反 なのだろうか? 私は法律違反かどうかはあまり厳密に議論したくないが、日本国が 「その場にいたら病気になる可能性がある」としているところに、医師などの専門家 が「そこから立ち去らなくても良い」と積極的に発言したら、倫理的には少なくとも 不適切と思う。このことを医師はよく考えて貰いたい。 ・・・・・・・・・ 第二に、「医師」という専門職が「自分の見解を独自に」述べることができるかとい う問題だ。これはこのブログで再三、解説したので重複を避けるけれど、「医」とい う領域について社会が「医師」を認定しているのは、専門家として「医師会、あるい は国会など」で公的に承認された診断、治療しか行えない、ということである。 わかりやすく言うと、医学者は安楽死を研究しても良いが、医師は自分の判断で安楽 死の診断、治療(安楽死を治療というのも変だが、医師は治療の一環として安楽死を 行う)をしてはいけない。それをするにはあらかじめ医学会か国会などの承認が必要 となる。 実施者が自ら実施することの適否を考えてはいけないのは、「裁判官が法律を作って 裁く」とか「牧師が聖書を書き直して教会で使う」などがそれにあたり、専門家には 許されてはいない。 ・・・・・・・・・ この2つの当たり前のことがあるのに、多くの医師や専門家が「1年1ミリより多く の被曝はかまわない」と言っていることは理解に苦しむ。もう少し職業倫理をしっか りしてもらいたい。 「その場にいて被曝を増やす」とか「汚染されている食材を給食に出すのを認める」 というのは、「安楽死=能動的な医療過誤」であることと同じように、「被曝許容= 受動的な医療過誤」であることは間違いない。 医師の治療は自ら能動的に行う場合と、患者や一般人が健康を害することが明らかで あったり、法律で定められていることに違反して直接、国民に呼びかけることはでき ない。医師も理性と倫理観を持って貰いたい。 ・・・・・・・・・ ところで、このような場合でも、「国民の被曝が終わったら」議論は大切である。つ まり1年1ミリという規制は時代とともに変わるので、大いに議論が必要である。し かし、第一に専門家同士の議論が先になければならず、被曝中に国民に呼びかけては いけない。 時速80キロに制限されている高速道路を走っている最中に、時速160キロに変え てはいけないということだ。医学者や医師は判断能力があるのだから、ここで書いた 内容を理解していただき、国民の健康を守る確たるルールを作ってもらいたいと思う 。 (平成23年11月21日) 武田邦彦
2011.11.21
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・11、18、金 11月3日の日記で間違ったことを書いた。 体にとって、セシウムとカリウムが似ていて、ストロンウムとカルシウム が似ているらしい。 だからどちらにしても、カルシウムとカリウム両方が不足しないようにすること が放射能対策の一つになるということになる。 現在特に見られる傾向である、自分の仕事にプライドを持たないという人たち。 今の社会では、志願兵を募っても誰も手を上げないのでは? そういう意味では、昔は洗脳されやすい純粋な人たちが多かったということも言える のでは。 昔我々は、自分が所属する場所、勤め先、学校、師匠、こういったものに心を寄せ、 信じ、自分もその輪の中の一人として安心感を得ようとする。 そしてその輪の中で、上の人たちに少しでも認めてもらうことを目標に人生をおくる。 常に一匹おおかみでずっとやって行くには、強い精神力がいるのだろう。 でも冷静に考えてみると、自分が身を置くこの集まりが、または敬愛する先輩や師匠が、本当に信頼と尊敬に値すべき存在なのかと考えることなく過ごしていることはないか? 不幸なことに、僕はいままでの人生で心から敬愛できる先輩、恩師に出会うことができなかった。 そのため、何処かの集まりに所属しても、結局プライドを持つことができず身を引くこととなった。 そういうところはクソ真面目で、指導者や経営者やリーダーを敬愛できなければプライドを持つこともできない。 結局僕などは、サラリーマンは絶対勤まらない甘ちゃんなのだろう。 本心からプライドが持てる仕事、ライフワークを見つけることができた人は、最も幸せであると言えよう。 ーーーーーーー 新幹線はセーフ、原発は爆発、この違いは? 福島の原発事故の後ろに隠れていることで、とても大切なことが多くあります。たと えば、1)震度6で5つの発電所が全部、壊れ、回復の見込みがないこと、2)東海 地震ではなく阪神淡路、東北に巨大地震が起きたこと、3)あれほどの地震だったの に東北新幹線の脱線が無かったこと、などです。 最初の原因は「原発の耐震設計はなかったこと」、2)の原因は東大のレベルが地に 落ちたこと、3)は国鉄マンの高いレベルと電力会社の低いレベルを証明したこと、 です。 ここでは3)について少し解説を加え、将来に備えたいと思います。JR東日本は20 04年の中越地震で上越新幹線の脱線事故を起こしました。幸い、大事故には至らな かったのですが、JR東日本は深く反省し、「JRは絶対に事故を起こさない鉄道を 目指す」ということで、時速300キロで走る新幹線を「どんな地震でも脱線させない 」ということで研究し、対策をとりました。 JR東日本はかつての「国鉄マン」の精神が残っていますから、「安全に運行する」 というプライドがあります。普段少しぐらい威張っていても、高いプライドを元に仕 事をしてくれれば、それもそれで評価できると思います。 中越沖地震の時に、レールの脱線などの機械的な問題もありましたが、最も重要なこ とは「地震が来る」と判ったらすぐブレーキをかけて減速することです。そこで、J R東日本は「地震感知―非常ブレーキ」のシステムを導入したのです。 地震には二つの波があり、伝わる速度が違います。また地震が伝わるスピードより、 電波の方が速いのでそれも利用できます。そこでどこかで地震が起こったことが判る と、小さな信号を受けて即座に非常ブレーキを自動的にかけます。新幹線は体が大き いので完全に止まるまでに4キロもかかるのですが、時速が100キロ程度に下がってい れば、脱線しないですむのです。 実際、3月11日に起こった東北大震災の時、27本の新幹線が高速で走っていたのです が、一本も脱線せずにセーフでした。今まで、私も新幹線に乗っていて「今、地震が きたらおだぶつだろうな」と思ったことが何回もありますが、どうやら大丈夫かも知 れないのです。 ・・・・・・・・・ これに対して東電はどうなっているのでしょうか? こちらは2007値の中越沖地震で 柏崎刈羽原発が震度6で破壊し、3億ベクレルの放射性物質が漏れ、黒煙もうもうの火 事を起こしました。 でも、この教訓はほとんど活かされず、今回の東北大震災では、青森から茨城まで合 計5つの発電所が破壊されたのです。その原因は柏崎刈羽の破壊のあともIAEAの 査察を拒否したり、「原子力は安全です。地震でも大丈夫です。火災は原子炉と関係 ないところで起きたものです」と防御し、対策を怠ったのです。 今と同じですが、御用学者が登場して、「3億ベクレルぐらい漏れたからと言って大 したことは無い」という「大丈夫おじさん」が登場し、それが結果的には大事故に結 びついたのです。 もしJR東日本も中越沖地震で反省していなかったら、膨大な数の犠牲者を出し、会 社は危機に陥っていたでしょう.人間は起こったことに素直にならなければなりませ んが、玄海原発、泊原発の再開問題に見られるようにまだ「やらせメール」をやって いるようでは原発はまた事故を起こすでしょう。 子供を被曝から守る上でも「大丈夫おじさん」の退場を求めますが、日本の電力会社 は自ら「大丈夫おじさん」に「余計なことをして欲しくない」という意思を示して貰 いたいものです。 (平成23年11月16日) 武田邦彦
2011.11.18
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・11、15、火 このところ、癌に見舞われる人の話ばかり聞く。 60代後半から70代を迎えると、決まりごとのように皆さん癌に見舞われるように感じ られるぐらい件数が多い。 そんな中でも、地域のこの間の夏の地蔵盆で先頭に立ってテントを建てたり、地域手作りの出店の用意に奮闘されていた50代の男性が肺癌で突然亡くなったり、41歳の女性が乳癌であっと言う間に亡くなったりした。 「突然何故なんでしょうね?」と首をかしげている場合ではないように僕には思える。 もちろん医学が進んだ現代、早期発見で手術を受け、命に関わることなく続けて元気に活動されている方も多い。 しかし、余りにも、余りにも多すぎる。 僕の周りには、以前一番よく耳にしていた胃癌よりも、今は肺癌が急増しているように思える。 今や二人に一人と言われる発症率の原因について、専門家たちはもっと探求するべきだ。 必ずそこには、現代の環境に潜む決定的な原因があるはずと考える。 これはすでに大きな社会問題となって、議論され続ける課題ではないのか? 素人の頭で思いつく原因は、避け様にも避けられない各種添加物・多量の飲酒(酒自体よりも、そこに含まれる不純物)・喫煙(たばこ自体よりもそこに含まれる科学的な何か)・25年前のチェルノブイリ、北朝鮮が繰り返す核実験、1960年代に繰り返されたアメリカや中国ロシアの核実験・今回の福島からの死の灰・様々なものを含んでやって来る黄砂。 これすべて人災であり、止めることの可能性のある事柄だ。 我々は周囲を包囲され、いつ自分の番が巡ってくるか待つ生贄のようなものだ。 それとは別に、アメリカでその分野の最先端におられる日本人の研究者が、癌細胞のみを死滅させることのできる治療法を発明されたと聞いた。 これが確実なことなら、近いうちに癌は不治の病ではなくなり、イボ痔や盲腸程度の治療になるだろう。 でもまあそうなると、町は老人で溢れかえることにもなる訳だが。 ーーーーーーーー 高等学校の教科書と東京地裁 子どもは見ている (孤独の戦いをしているお母さん。少しでも武器がいるでしょうから。どんなに孤独 でも10年後の子供を少しでも安全にすることは全力を挙げる価値のあることです。私 もなんとかヨロヨロと頑張っています。どんなに辛くても、10年後に健康な我が子を 見る幸運が苦労の成果です。お子さんは深く感謝してくれるでしょう。) ・・・・・・・・・ 【ある読者の方からの情報です】 * 高等学校 物理II (三省堂) p.265 「私たちは,大地や食品中の放射性核種,大気中の放射性Rn(ラドン)や宇宙線から ,年間2~3mSvの被爆をしていることになる.放射線の被爆は,癌の発生など,確率 的な影響があるとされ,国際放射線防護委員会は線量限度を勧告値として定めている .1990年の勧告値は,職業人(放射線業務従事者等)の1年間の線量限度は,5年間平 均で1年あたり20mSv,一般公衆は自然放射線を別として1年間で1mSvとしている.( これは成人男子(武田注)) 放射線は,巨視的に見ればわずかなエネルギーであっても,個々の分子に作用するの で,細胞核内のDNAを損傷させる可能性がある.DNAには,損傷回復機能があるが,そ のエラーによって突然変異,発癌の可能性がある.白血病,発癌などの確率的な影響 は,10mSvにつき,100万人あたり100人の癌死増になるといわれる.」 ・・・・・・・・・ ある裁判所が次のような判決を出しています。私は多くの裁判の鑑定をしてきました が、裁判官が自分の出世を考えず、被告の人生を考えた例にあったことはありません 。裁判官も人の子で、現在の日本では「自分の出世のために判決を書く」というのは 普通です。 「福島第1原発事故で、福島県二本松市のゴルフ場運営会社と敷地・施設所有会社が 東京電力に対し、場内の除染と除染完了までの維持経費支払いを求めた仮処分申請で 、東京地裁(福島政幸裁判長)が却下していたことが分かった。却下は10月31日 付。2社は14日、高裁に即時抗告したことを明らかにした。 ゴルフ場は、第1原発の西北西約45キロにある「サンフィールド二本松ゴルフ倶 楽部」。却下決定は、除染は国や自治体が計画的に行うとの方針があるため東電に現 時点で独自に行わせることは困難として請求を退けた。 維持経費についても、9月 に受け付けが始まった東電による賠償手続きなどを踏まえ、「さまざまな施策を利用 することで、(2社の)負担を回避できる可能性がある」として請求を認めなかった 。ゴルフ場の地上1メートル地点の放射線量が毎時3.8マイクロシーベルトを下回 る点にもふれ、「ゴルフ場営業に支障はない」とも付け加えた。」 3.8マイクロシーベルトは1年に外部被曝だけで33ミリシーベルトになり、法律は1 ミリシーベルトだ。それでも3.8マイクロで合法的という。日本国民は法律では守 られない。裁判官は司法が独立していない、司法が行政の奴隷であることをよく知っ ている。なにしろ「自分の身を守るだけの頭」はあるから。でも、子どもを出世だけ を考えた裁判官の判断にゆだねることはできない。私たちはもの言わず、信頼してい る子どもを守るのだ。 (平成23年11月14日 とりあえず速報) 武田邦彦
2011.11.15
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・11、14、月原発事故から日が経つにつれて、汚染食物への注意もだんだん疎かになって行く。僕にしても、牛乳や肉への意識がだんだん薄れて行くように感じる。何故なら、マスコミで何も言わなくなったことが意識の中で知らず知らず大きな存在になっているのだろう。「日が経ったから、汚染状況も少しは良い方向に動いているに違いない」なんて、どこかで淡い期待を持っているのだ。しかし企業や流通関係者は、それをじっと待っているに違いない。汚染された牛乳と混ぜられて販売されている製品。汚染された草をたっぷり食べさせられた牛や豚。現在の食物情報のはっきりしたことは、何処からも聞こえて来ない。これがインフルエンザやウィルスの流行とは違うところで、首をすくめて通り過ぎるのを待てば何とかなるというものではないからだ。先日僕の住む住宅街の近くの家の庭が整備され、花や多くの野菜が植えられ素敵な庭園が出来上がった。ご夫婦でそこを手入れされている姿をよく見かけた。しかしこの間その庭にショベルカーが来て、美しく整備された庭の土をすべて掘り起こし、トラックで運び出していた。新しく整備されてからまだ一ヶ月も経っていないのにどうしたのだろうと思っていたが、事情を聞いてみると、園芸場で購入した土がすべて福島県から運ばれたものであることが発覚し、測ってみると驚くべき高い放射能数値が出たということだ。お孫さんもしばしば訪れるし、近所への影響も考えるとこのままにはできないということで処分に踏み切ったということ。この騒動でこのご夫婦はかなりの費用を要したということで、すっかり疲れ果ててしまわれている。ーーーーーー驚くべき教育コントロール・・・先生方の良心は?政府、NHK、校長先生、市長さん町長さんなどは必死になって「被曝は安全、被曝限度を決めた法律はない」と訴えている。特に驚いたのが、東京の学校の先生方(小中学校、理科)を集めて文科省のパンフレットを元に、法律に全く触れていない、被曝限度も触れない、ただ「自然界には放射線がある」ということだけのものを使っていることだ。それを解説した人が、「原子力安全研究協会・大畑勉」という人だが、私が名指しをするのは、この人が解説している実質的な内容は、先生方に「時速60キロの速度制限のところを100キロで走っても児童生徒に危険はない」と言っているようなもので、一刻も早く止めさせなければならないからだ。もう一つの方法はこのパンフレットを作った制作委員や大畑さんに「もしパンフレットやあなたの解説を聞いて、子供の被曝は大したことは無いと考え、法律を破って1年1ミリ以上の環境で児童生徒を教育し、そのうち一人でもガンがでたら、全財産をなげうち、自分の身を犠牲にする」という誓約書をとることだ。・・・・・・・・・低線量率被曝による人間への影響は「研究中」であり不明である。従って「予防措置」として1年1ミリで社会は合意し、電力会社の作業員でも1年1ミリにしている。だから、それ以上の被曝で10年後にガンにならないかどうかは「神様」しか判らないのは当然だ。パンフレットを作成した次の人は全財産を預託しておくことを求める。(パンフレットには被曝限度は一切、示していない.その代わり自然放射線のことが協調されている。)楽観的に考えれば、学校の先生にも良心があるから、ご自分で法律や1年1ミリの決定過程は勉強されるだろうから、それほど心配ないかもしれない。これほどのウソが通るはずもないから。●(線量についてパンフレットでは以下の文章しかない)もちろん記述は間違っています。全世界や国が決めたには膨大な数の論文などにより1年1ミリを決めたものです。もともと何の根拠もなく、決めることはできません。この文章はきわめて悪質で「1年100ミリ以下の場合、数の上ではガンが増えるが、一人一人のガンが被曝によって起こったということを医学的に証明することはまだできない」という意味です。(1年1ミリは文科省所管です)。●(先生に向かって「福島の事故は問題ない」を強調する大畑さん)解説の内容はよく練られていて、発言は1年1ミリを無視していないように十分に注意されています。たとえば、この発言は「福島の事故については触れません」ということで、その前から被曝はしていることを強調することによって、原発の被曝(東電のミス)を可能な限り過小評価する戦術を使っています。この方も専門家ですから、1年1ミリは十分に知っています。(執筆者一覧)連帯責任はとっていただけますね?(平成23年11月14日)武田邦彦
2011.11.14
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・11、12、土「実は、福島原発事故では「微生物を突然変異させる可能性」があります。だから今年の流行には特に注意が必要で、感染症関係の人は気を配って貰いたいし、お母さんはお子さんの体力をつけて無用な感染症にかからないように注意が必要です。」「実は」などと言って、もっと早くそのような情報は流して欲しいものである。今多くの人が突然の肺炎を起こしたり、長く続く咳に悩まされたりしているが、何かしらの特別な原因があるのではと僕は危惧していた。怖いと思っていたのが黄砂の影響であったが、今回の放射線の影響で微生物の変化が起こり、そのせいであるとすれば納得もできる。あべのの鍼灸院の先生いわく「もちろん武田さんの言っていることも正しい。でもその前に、放射能の影響で皆腎気がやられています。腎気がやられると肺の免疫力も下ります。それで普通なら負けない菌にやられて肺炎を起こしたり、気管支炎を起こしたりする訳です。それプラス菌が放射線で変化して、マイコプラズマのようなものになるということで、皆長い咳で苦しんでいるのです。関西でもすでに通常の三倍ぐらいの値の放射線があると思います。だから放射能へのささやかな抵抗として、腎気を落とさないということが大事となります。鶏がら、牛、豚骨のトリプルスープ。これを毎日取ることで腎が潤い、随って肺が潤い、粘膜が潤います。放射線が腎にダメージを与えても、それに少しでも抵抗することができます。それに良い声が手に入る」でも実際毎日そんなスープをことこと煮ることは不可能である。もっとできうる可能性のあることをアドバイスして欲しいものである。ーーーーーーーーー生活短信2011・11・111)水:田畑の表面の線量を下げようと畑の土を上下、ひっくり返したり、水路に放射性物質が流れるのに任せていることが続いているので、地下水の汚染が心配です。ご自宅で地下水を使っている人、地下水を水源に使っている水道局は注意をしてください。しかし、富士山関係の水、中部地区以西の水など安全なものも多いので、地域で判断してください。2)ガイガーカウンターについて福島原発が起こってから時間が経っていないときには、自分のまわりに放射性物質が来たかどうかが問題でした。だから0.1マイクロシーベルトか、2マイクロかということでしたから5万円から10万円程度のもので良かったのですが、事故後8ヶ月たち、もう少しきめ細かく測定をする必要がでてきました。私が今まで「自然放射線量」の測定のことをあまり言わなかったのは、0.05マイクロシーベルトなどを考えるより、もっと危険なところに注目しなければならなかったからです。でも、現在では0.1か0.15かが問題の時期になりました。そこで正確で「校正」された測定機器が必要です。そうなると個人では難しいのでなんとか共同とか公的なところで準備した物を使うとか、測定会社に頼むなどの方が良いと思います。3)キセノン、ストロンチウム、プルトニウムこれも事故直後と少しずつ変わってくるものですが、事故当時はヨウ素が主でセシウムの2倍はあります。だから、{セシウムがこのぐらい}ということがわかると、それを3倍すると4月ぐらいまでの被曝を計算できます。また、ストロンチウムはセシウムの10分の1と考えて良いと思います。ストロンチウムは化学的にはセシウムと双子の関係ですが、沸点、融点などが違うので原子炉が爆発すると空気中にはセシウムの10分の1ぐらいがでると思われます。水中は不明です。原子炉出口から海水に放出されたセシウムとストロンチウムの値は測定されていると思いますが、発表されていません.その点、サカナは北海道の太平洋側から静岡までダメです。キセノンは人間の体を素通りしますから外部被曝と同じ取り扱いで、ものすごい量が放出されましたが、今ではどこに行っているのか不明です。プルトニウムは海以外はそれほど危険性はないと思います。ただ、プルトニウムを9%含んだ燃料を使っていた3号機の爆発の時に大きな物体が吹き飛んでいて、それに対する調査がされていないので若干、問題を残しています。全体的に見て、「セシウムの2倍」ぐらいに考えると現時点では良いと思います。4)鼻血、下痢、マイコプラズマ肺炎など福島原発以後、鼻血、下痢の子供が多かったのですが、報道も医学会も取り上げませんでした。その頃、質問してこられたお母さんには「病院にいっても相手にされないから、お子さんの健康により注意してあげてください」と言いました。かつて「シックハウス病」の時に最初は訴える人にたいして病院はとても冷たかったからです。病院は「判っている病気を治す」のが本職ですから、「今までに無かった病気」を親切に診察して患者とともに悩んでくれる医者はとても少ないからです。しかし、そのことを覚悟して病院に行けば少しは良いというアドバイスでした。最近は鼻血、下痢について報道も行われるようになり、さらにマイコプラズマ肺炎の流行にも注意が払われるようになりました。実は、福島原発事故では「微生物を突然変異させる可能性」があります。だから今年の流行には特に注意が必要で、感染症関係の人は気を配って貰いたいし、お母さんはお子さんの体力をつけて無用な感染症にかからないように注意が必要です。5)汚染の程度を自分で判定する個人でセシウム濃度(ベクレル)を測定されてご判断される時には次の指標が便利です。【ケース1】1キログラムあたりのベクレルを測定した方セシウムは1キログラムあたり10000ベクレル以上になると「放射性物質」になり、厳しく管理され、普通の人は扱うことができません(できないほど危険)現在はセシウムしか測っていませんが、原発事故の時には複数の放射性物質がでるので、セシウムの値を2倍する必要があるので、セシウムだけなら5000ベクレルが「ハッキリ危険」ということになります。さらに、放射線の取り扱いでは、危険領域の10分の1になると「注意(黄信号)」になるので、結局、「1キログラムあたり 500ベクレルで黄色信号、5000で危険」と考えて良いでしょう。【ケース2】1平方メートルあたりのベクレルの場合法律で、危険領域をハッキリと「4万ベクレル(アルファ線が含まれない時)」となっていて、40万ベクレルを超えると法律に違反します。つまりこの場合は、4万ベクレルですぐ東電に連絡をしなければなりませんし、お役所は東電を呼んですぐに片付けさせる義務があります。(平成23年11月11日)武田邦彦
2011.11.12
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・11、10、木僕の周りの人たちと話していると、意外と戦争を子供時代に経験した今の年配者に核保有賛成の方が多い。「日本は核武装がないから、中国にもバカにされっぱなしなんですよ」という意見をよく聞く。僕の母にしても、世界からバカにされないために核は持つべきという考えだ。しかし足元のことだけを見ずに、もっと広く長い視野で見た場合「懐にナイフを忍ばせて学校に行くから、クラスのいじめっ子に対して自信を持って接することができる」というのが、本当の自信や強さなのだろうか?ナイフを懐にいつも持っているというのは、結局暴力に対して暴力で対処するということであり、僕に言わせればもっとも幼稚な考えだ。この科学の進んだ現代社会において、我々人間の頭の中は、実は全く成長を見せない幼稚な状態のままなのだ。クラスのほとんどの奴が懐にナイフをちらつかせていても、自分だけは丸腰で生きて行く。揺ぎ無い生き方と、人に迷わない意思で胸を張って社会と接することができれば、それこそが最も強いパイオニアであると僕は思うのだけれど。社会の教科書の中でも刀を腰に刺し、20万の兵を率いた武将を勇ましくすてきであるという風潮があるが、やつらは結局???だ。「暴力は人を屈伏させることはできるが、従順させることはできない」というトルストイの言葉もある。ーーーーーー日本に原爆は必要か?原発事故が起こる前、私はどちらかというと右よりの雑誌などに出ていました。ところが原発事故が起こって「原発撤退」という考えを書くと、私は左に押しやられたように感じます。もともと、東西対立も無くなった現在、右も左もないと思うのですが、まだそのような分類があるようです。そしていわゆる右の論客の人たちに「原発賛成」が多いようですが、その理由の一つに「日本は原爆を持たなければならないから、原発は必要」というのがあります。確かに、原発があって、ウラン濃縮設備を持ち、再処理技術を保有すれば原爆を作るのは比較的簡単なことで、その意味からは日本は実質的な核保有国です。だから原発から撤退するというのは同時に「潜在的核保有国から脱する」という意味にもなります。でも、本当に日本は核武装が必要でしょうか?その前に、私が重視していること、1)日本の子供、2)日本の土地、3)日本のコメ、が原発で失われるので、それは「右」の人も賛成するはずです。 これまで人間が作った原発で、1)地震や津波で破壊しなかった原発はない、2)地震の起こるところに立っている原発はほぼ日本だけ、3)日本の原発・再処理は地震のないといって良いアメリカ、フランスの設計である、などについての意見も聞いてみたいと思います。つまり、「右の論客」の人の多くが「原発支持」をしているのは、すでに7つの発電所が震度6ですべて壊れているというのは重視せず、今後は壊れないという視点に立っているものと思います。それ以外にも「これまで原発に反対してきた人は、訳のわからない左の奴だ」という気分もあるでしょう。都知事の「黙れ」の中にも私はそれを感じます。・・・・・・・・・戦後、60年を過ぎ、私は「核武装が必要」と考えておられるならそれをハッキリと表明した方が良いと思います。というのは、新聞などには決して「核武装賛成論」が出てきませんが、国の委員会などでは「核武装が必要なのだよ、結局」などと耳打ちされることが多かったからです。「日本に核武装は要らない」と私が考えるのは、「日本兵ほど世界で強い兵士はいない」というのが持論だからです。日清戦争(日露戦争ではない)の時の旅順戦、ガダルカナル玉砕戦、硫黄島殲滅戦、そして千島の占守島守備戦などで見せた日本兵士の強さには他国の将校はビックリしたものです(日本軍は特に兵士が強い)。その経験は日本を取り巻く強国、アメリカ、ロシア、中国に深くしみこんでいますから、日本を侵略する国はありません。むしろ平時の日本人は穏やかで譲りやすいので、戦争を仕掛けるより平和を維持して外向的に日本をやっつける方法をとるでしょう。「核」は抑止力として有効と言われていますが、かつての日本兵の強さの方が核より抑止力があるというのが私の考えです。その意味では今回の大震災における岩手、宮城の人たちの我慢、地震と原発に見舞われた福島の人の克服力、そして「痛みを分け合う」といって自らが犠牲になって被曝する日本人を見て、さらにその感を強くしたと思います。もし、右の人が、1)原発は地震に耐えられない、2)日本の子供、土、コメが大切、3)日本兵は強い、ということに同意してくれたら、右も左も原発廃止に向かってくれると思います。(平成23年11月9日)武田邦彦
2011.11.10
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・11、9、水 新潟県が出した方針が第一歩となり、全国にこの常識が広がることを祈るばかりである。 しかし新潟県がこのような規準を明確な文章にして示すまでには、様々な壁を乗り越えなくてはならなかったに違いない。 まず米が出荷できなくなる可能性も出て来る。 そうなれば新潟県は農家から恨みを買うことになり、市や県の財政も困難をきすることになるかもしれない。 農協組合などから、また原発関係者などからも政府を通して強い圧力が掛るだろうし、もっと大変な問題も出て来るかもしれない。 県を挙げ、内部外部被曝を合わせて一年一ミリを守るのは、農家の立場になれば簡単なことではないのだろう。 しかしそれをやり通さねば仕方ない状況であり、新潟県への恨みではなく、政府と東電への怒りを忘れてはならない。 数珠繋ぎに他県も勇気を持つことが大切なのだろう。 ーーーーーーー 朗報!!・・・自治体の追従を期待する 長い道のりだった。福島原発事故の直後から、日本の国力、バスの量、食糧調達力な どから言えば、1年1ミリを貫くことができたが、過ぎ去ったことは問うまい。少し でも早く子供の被曝を減らさなければならない。子供の命と健康は国会議員、東大教 授、都知事より思い。ここに新潟県の正式要請を示す。 「新たな食品中の放射性物質の規制値について国に要望します 2011年11月02日 現在、東京電力福島第一原子力発電所の事故により放出された大量の放射性物質が 広範囲に拡散し、生活圏の汚染や農林水産物の汚染によって、多くの国民が不安にさ らされています。 一方、食品等に定められている現在の暫定規制値は、事故直後の緊急事態など、生 きるためにやむを得ず摂取するような際の基準です。新潟県は国に対し、国民の健康 と安全、そして日本の信用を守っていくために、国際的にも信頼される基準に戻すよ う要望してきたところです。 このような中、10月28日、厚生労働大臣は「新たな規制値設定のための基本的な考 え方」を示し、食品から許容できる線量を年間1ミリシーベルトに引き下げることを 基本に検討することとしました。しかしながら、従来、原子炉等規制法などでは、I CRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づき、外部被ばくと内部被ばく線量を合 わせた一般公衆の被ばく限度を年間1ミリシーベルトとしており、従来の規制値と整 合性をもった、内部被ばくと外部被ばくの合計を踏まえた規制値とすべきと考えます 。 また、乳幼児からおとなまで一律の基準とすることなく、特に子どもへの影響につ いて十分に考慮したうえで、子どもについては別基準を設定すべきと考えます。今後 、厚生労働省で新たな規制値の設定について議論していくにあたっては、これらのこ とに十分配慮し、より安全サイドにたった議論を行うよう要請します。」 素晴らしい!! 法治国家としては当然とも言えるが、異常な脱法思想が蔓延した日 本で新潟県が正式なステートメントの形でこれを出したのは高く評価できる。今まで 「1年1ミリなどなに言っているのだ」と言っていた自治体の首長、ホームページ作 成者、週刊誌、新聞、テレビ報道部などは深く反省し、直ちに正道に戻って貰いたい 。 国民が一致団結して1年1ミリに戻ることで、日本の子供は危機を脱する。 (平成23年11月7日) 武田邦彦
2011.11.09
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・11、8、火 お金が主役の現代、そう、そのことは僕も常々考える問題だ。 「大草原の小さな家」でも、しばしば取上げられたテーマだ。 1800年代後半の舞台で、少しずつ貨幣価値が自然な営みを飲み込み、資本主義社会が人の心を蝕んで行く様を描き続けた。 そして最後の巻きで、鉄道会社の陰謀、近代社会の波へのささやかな抵抗として、ウォールナットグローブの村人は、村全体をダイナマイトで自ら爆破した。 額に汗して、貧しいながらも力を合わせて楽しく働いて来た人々の心温かい生活は、近代社会、お金が主役とする現代社会の押し寄せる波に飲み込まれ、姿を消した。 それは人の心を蝕み、生きる喜びを薄め、羅針盤を見失うことになると、すでに何十年前にマイケルランドンらは警告を発していたのだ。 とは言え、社会主義的な考えもまたうまくは行かない。 何故なら、どこの世界にもずるいやつ、悪いやつは存在するからだ。 我々は、未だ根本的に生き方を模索していることになり、またそこに戻る必要があるのだろう。 ーーーーーー お金の世界もこれまでか? これまでにしたいが・・・ あのリーマンショックが3年前、それからというもの、ヨーロッパ通貨危機、アメリ カ信用不安、円高、ギリシャ経済危機・・・「お金」というのはもともと「主役」で はなく、生活をより円滑にするための道具なのに、いつのまにか私たちはお金に振り 回されています。 お金を扱い、それに失敗し、大きな事件になり、それが報道され、国が崩壊し、イン フレになり、生活が困窮する・・・いったい、何をやっているのでしょうか? そう、リーマンショックに始まったものではありません。石油ショック、バブルの崩 壊、銀行倒産、年金騒動、少子化対策、排出権取引、郵政民営化、エコポイント、赤 字国債、高速道路無料化、消費税増税、・・・どれもこれもお金にまつわるものばか りです。 でも、この理由は簡単で、もともと脇役だった「お金」を取り扱う人が増え、権力を 持ち、複雑にし、自作自演で騒動を演じているということなのです。ものがあるだけ 交換価値としてのお札を刷り、銀行は普通預金だけ、国債は止めて税金だけ、額に汗 した分だけ給料を貰う・・・という単純なお金の役割に徹すれば、私たちはこれほど 「マネー」に振り回されることはないし、TPPも消え失せるでしょう。 ・・・・・・ もし、お金が主役でなければ「石油ショック」は起こりませんでした。石油はまだま だ1000年はあるのに、1バレル2ドルを30ドルまであげようと「石油は残り4 0年」などとでっち上げの情報を流したのです。 すでに「石油の残りは40年」と言ってから40年が経った2010年、世界の権威 は「石油はあと43年」と発表するではありませんか!人をバカにするのもほどがあ ります。石油が無くなると聞いて、どれほどビックリしたでしょうか? それが「お 金目当て」だったとは! 少子化対策もそうです。子供を持つかどうか、人数は?というような人生や家庭に関 わることは「お金」とは本来関係が無く、どうしたら充実した幸福な人生を送ること ができるかということです。それがいとも簡単に「年金が不足するから少子化対策」 ということになるのですから、哀しいものです。 高速道路だって無料化できるはずはないのです。建設にも管理にも修理にもお金がか かるのですから。だから、この問題は単に「利用者が払うか」、「税金で払うか」の 差があるだけなのに、なにか「空からお金が降ってくる」という感じで多くの人が民 主党に投票したような感じすらします。 ・・・・・・・・・ お金の社会はそれほど昔からあったわけではありません。生活でお金が大切になった のは、明治以後ですし、ヨーロッパでも200年ほどの歴史しかありません。どんな に昔にさかのぼってもせいぜい、500年です。 だから「お金の社会」、つまり「貨幣経済」は本当は人間社会を不幸にし、害になる ものなのかも知れないのです。 日本国憲法は「勤労の義務」を定めていますが、その心は「日本人が豊かな生活をす るためには、家もいるし、道路も、自動車も、食べるものもいる。だから、お金があ る人でも無い人でも、それとは関係がなくみんなで働き、みんなが要るものを準備し ようではないか」という共同体思想です。 「額に汗してみんなで働き、安心した生活をする」、「ずるい人もいるから、一応、 お金で換算しながら生活をする」というぐらいなら、リーマンショックなどが起こる はずもありません。いわゆるマネーゲームをして、実質的になにも働かず、大もうけ するような社会だから、次から次へとお金に振り回されているのです。 タイの洪水もそうです。本来なら洪水に見舞われた人たちが可哀想だという話題にな るのに、「日本企業がどうだ、お金がどのぐらい損した」という話ばかりです。原発 の事故もお金まみれで、お金が主役でなかったら、もちろん石炭を焚き、安心して電 気を使っていたでしょう。銀行、証券会社、税務署、経理事務、伝票整理、経済学者 、財務省・・・お金にまつわる仕事をしている人が、お金のシステムを簡素にして3 0%を5%にすれば、日本人のほとんどが「真に必要なこと」をするので、より豊か で安心した生活ができるというものです。 (このブログが現代では遠く離れた話であることは承知しています。また、お金が創 造的な仕事を実現したり、銀行券を印刷するだけで景気が良くなる可能性もあります 。でも、本来、創造的な仕事を進めるために大切な役割を果たしていた銀行が、本来 の役割を果たせなくなったことなど、やはり私たちは間違っていると思います。お金 全廃ではなく、お金のシステムの簡素化が急がれます。金融界の方は手をこまねいて いるように見えますが、奮起を期待します。) (平成23年11月6日) 武田邦彦
2011.11.08
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・11、7、月 我々は常に間違いや危険に目を配り、自分たちの身を守ったり、尊厳を守ったりしなくてはならない。 しかしそれに準じて自分の取った行動が間違っていたり、傲慢であったと気付いたときには、即座に謝るという勇気を持たねばならないだろう。 謝ったことで立場が不利になり、他人から罵倒を受けるかもしれない。 しかしそれでも謝るという勇気はやはり必要であろうと考える。 何かを遂行する過程で、どんな人にでも間違いは生じる。 事を起こせば起こすほどその危険は伴う。 下記のキャラメルの問題は、マスコミの単なるイジメなのか、報道の間違いであったのかは分らないが、こういいったことで生産側は萎縮し、いじめの対象にならないように保存料を強化したり、殺菌の強い物質を入れたりする。 会社を潰されるよりも、消費者の健康が損なわれる方がましだということになる。 これが最近の日本の悪循環となっているようだ。 どんな情報が本当なのかは、我々には計り知れない。 誰かの失敗を責めたことが間違いであったことが明確になった時点で、まず謝ることが求められる。 これは、我々の身の周りにおいても同じ教訓であろう。 ーーーーーーーー 「ダブルB」から「シングルM」へ2 これまでの食品事件と汚染された食品 原発事故前に、マスコミ報道部が大騒ぎした食品事件といえば「産地偽装」、「冷凍 保存」、「添加物の記載順序が法律と違う」などで、相手の多くが中小企業の食品会 社だったこともあり、マスコミ報道部は徹底的に業者を叩き、時には廃業にまで追い 込みました。 特にひどかったのは「キャラメルの中に混入したホルムアルデヒド事件」です。もと もとホルムアルデヒドは食品の中に多く含まれていて、椎茸には100ppm、リンゴに10 ppmぐらい入っています。それがキャラメルに混入して0.04ppmが検出されました。椎 茸の2500分の1、致死量はあまりに多くて実例がないのですが動物実験からは25000ミ リグラム程度と考えられています。 しかし、マスコミ報道部はお菓子屋さんを叩きに叩き、ついに600万個のキャラメル をすべて廃棄させました。その時にテレビなどで激しく攻撃していた人の中にはまだ 今でも解説している人もいます。 最初は、「危険なホルムアルデヒドを子供が食べるキャラメルに入っているとは!」 と起こっていたキャスターやコメンテーターは、そのうち普通の食品に1000倍ぐらい 入っていることを知り、「本来、キャラメルに入ってはいけないものだ。自然に入っ ているものと比較するな!」と変わり、さらに毒性が弱いことを知ったり、規制値の 100分の1であることが判ると、「規制値の100分の1であるかどうかが問題ではない 。健康を害するかどうかでもない。入っていけないものが入っているのが問題だ。企 業倫理も地に落ちた」と言い続け、新聞は書き続けたのです。 その頃、私は、1)規制値より低い、2)自然の食品に普通に入っているもの、3) 実体的に健康に被害はでない、という理由から、マスコミ報道部の「徹底追究」を批 判しました。日本は法治国家ですから、規制値を作るのを忘れていたという場合は別 にして、食品基準がしっかりあるものなら、「望ましい」かどうかは別にして規制値 以下のものを「徹底的に社会から葬る」という姿勢は食品安全を進める上でかえって 障害になると感じたからです。 ・・・・・・・・・ 2011年の福島原発事故が起こると、マスコミ報道部は事故前の食品に対する報道姿勢 を一変させました。それは、1)自分たちが放射性物質は他の毒物と別扱いと考えた 、2)政府が言ったことに従った、3)電力からお金を貰っていたから電力に有利に 報道した、の3つが考えられます。 私がセシウム137の方が青酸カリより1000倍の桁で危険だというと「そんなことを言 ってはいけない。安全と言え」と叩きました。また、「放射性物質が入った給食を食 べないというのは自分だけが安全になりたいのか!」と汚染給食を支持して、心配す るお母さんを批判しました。 それにしてもあまりの豹変にビックリしました。放射性物質は、1)1年1ミリの被曝 と規制が決まっている、2)自然放射線と比較してはいけない、3)実質的な危険性 は判っていない、ということですから、キャラメルと比較するとマスコミ報道部の報 道姿勢は決まり切っていたと思いますが、それが180度変わったのです。 ・・・・・・・・・ 私はこの件に関して、「いったい、マスコミ報道の人の心の中はどうなっているのか ? 食品に本来、入ってはいけないものが入っていることでキャラメルを攻撃したが 、それはどういうことを考えたのだろうか?」と疑問に感じるのです。 人間は「そのたびその度に自分の都合の良いように意見を言う」ほど危険なことはあ りません。法治国家だから法律に基づくのか、相手が中小企業でも東電でも同じ態度 で行くのか、正義を振りかざすなら自分も正義でなければならない、などの最低の倫 理観は必要でしょう。 このダブルバインドの態度をマスコミ報道部は厳しく自己反省し、批判的な人をテレ ビや新聞で発言させ、誇りある日本の一員としての自覚を持って貰いたいと思います 。 もしマスコミ報道部がこれまらもダブルスタンダード、ダブルバインドを続ける場合 、私たちは別の報道に基づく情報を得なければならないでしょう。わたしは、時代が 複雑で広告費でマスコミが経営せざるを得ないことを考えると、「マスコミは報道し ない」という原則をたてるべきと思います。 (平成23年11月3日) 武田邦彦
2011.11.07
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・11,6、日 大賛成だ。 喜んでモンスターと呼ばれようではないか。 僕ももっとモンスターと呼ばれるほどの力強い動きがしたいものだが、結局給食のこ とでちょっと動くことぐらいしかできない。 結局周りの人たちに意見を訴えて「煩いやつ」と思われるだけでは何の進歩もない。 各地で放射能を本気で危惧する人たち、政府や官僚たちのやり方に本気で腹を立てて いる人たちが其々の所で声を上げていても、世論を動かすほどの流れにはならない。 本来は日本列島を通じてのネットワークの確立が必要なのだが。 モンスターネットワーク。 ーーーーーー 子や孫を持つ日本人は「モンスター」になろう!! 横浜市の公共施設が販売していた干し椎茸から実に2770ベクレル(1キロあたり )という高いセシウムが検出された。今までも汚染されているのではないかと何回も 指摘されていたが、横浜市は市長が「放射線は大したことはない」と言い続け「被曝 しても大丈夫」というパンフレットを税金で作っていて測定が遅れた。 給食の担当者は「カロリー」を示すのではなく、「ベクレル」を示さなければならな いと私は言ってきたが、原発事故以来、食事の提供者のもっとも重要なことは汚染を 測定することだ。青酸カリの1000倍以上の毒物が含まれているのだから。 それでも、横浜市は「すみません」と言い、「健康に影響はない」と言い訳をしてい る。これで市民を守る自治体なのか? 被曝した子供は横浜市が謝ると被曝が減るの か?? 例によって横浜市は「子供は椎茸だけしか食べない」と仮定して計算しているが、す でに横浜市の給食の牛肉からかなりの放射性物質が出ているし、空間線量率も高い。 ・・・・・・・・・ この事件の持つ意味は大きい。自治体が自分の責任で「大したことはない」と言い続 けてきたのだ。そして横浜市の場合、市長がその先頭に立ってきた。なんと言っても 市長だ。それなりの判断があったはずだから、市長の辞職は当然だろう。 それとも市長は干し椎茸を食べた子供たちの体内に入ってセシウムを回収して欲しい 。もちろん、そんなことはできない。できないということは今まで市長が言ってきた ことはまったく無責任だったことが判る。 ・・・・・・・・・ 子供たち、孫たちを被曝から守ろうとすると、横浜市長に「モンスター」と呼ばれる が、喜んで呼ばれよう。被曝から子供を守ろうとする人をモンスター呼ばわりする人 など、日本人ではない。その人たちからモンスターと言われるのは名誉なことだ。 かつて、私は大手の週刊誌に「1年1ミリシーベルト男」と名指しされたが、名誉な ことだ。1年1ミリは法律であり、国際的な約束であり、あの東電すら従業員に1年 1ミリを守らせるためにお客さん(国民)に多くの人件費を負担させていたのだ。 幼稚園長、小学校校長、教育委員会、文科省大臣に大いに「モンスター」と呼ばれよ うじゃないか。彼らはやがて責任をとって横浜市長とともに辞めて行くだろう。 (平成23年11月5日) 武田邦彦
2011.11.06
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・11、5、土 先日合唱団員の男性の方(70代前半)と話していて、汚染され続ける食物や土壌、死の灰について話した際、耳を疑う発言を聞いた。 「先生、余り放射能が危ない危ないと言ってはいけませんよ。 そんなことを言っていたら、何もできないじゃないですか。 広島の原爆が投下された後も、市民は皆ずっと生きているんですよ。 放射能が人体に影響があるかどうかなんて、実際には分らないんですから。気にしたら終わりです。」 分別も常識もある紳士が、専門的な知識も検証もなく、このような発言をすることこそがこの国の末路を僕には思わせる。 おそらく世間のほとんどの大人が、このような考えではと想像する。 結局新たな難しい問題に頭を巡らせ、国に失望しながら生活を変えることが面倒くさいのだろう。 この場合この70代の男性には、何を食べようとも、何処に行こうとも影響はほとんどない。 しかし子供の鋭い感度でどのような障害が出て来るか、そんな不安はこの男性には全くないのだ。 嘆かわしい! このような社会で、大人が子供を守ることなどできる訳がないではないか。 一体日本の大人はどうしてしまったのだ。 僕にしたってそんな偉そうなことを言っても、今の状況をどうすることもできない訳だが、意識を持つことぐらいはできる。 そして東電とそれに群がる政治家、マスコミ、???を嫌悪し、騙されるまいと愚痴を言い続けることぐらいはできる。 「茶木は完全に武田邦彦に洗脳されているぞ」 いや、ちがう、専門家の知識、警告に耳を傾けながらも、武田氏の何処かに間違い、おごり、考えの暴走が見受けられないかいつも文章を見張っている。 問題は、彼以外に心から素人の庶民の立場に立って考える専門家が出てこないというところだ。 ーーーーーー これからの生活の設計ために(4) どうして日々の生活したらよいか? 福島原発事故から8ヶ月になろうとしています。子供を守る親としては、残念なこと もあり、苦労したこともあり、そして誇りに思うこともある・・・そんな気持ちをお 持ちだろうと思います。 でも、不安もあります。このような状態がいつまで続くのだろうか? ここで生活を していて大丈夫だろうか? など難しい問題が浮かび上がって来ているはずです。 そこで、これまで生活の設計のために岩手県、宮城県、福島南部のことを説明してき ましたが、今回は千葉県を「例に挙げて」、他の都道府県にお住みの方でもご参考に なるように少し書いてみました。 住宅、外国への出国など大がかりな方針の指針はまた別の機会に書きます。ここでは 毎日の生活に絞りました。 ・・・・・・・・・ まず、子供の10年先の健康は神様以外、誰にも判りません。「大丈夫」などと言う 人がいますが、まったく信用できません。学説はありますが、人間は判らないことは 判らないのです。 そこで、「悔いの無いように」するには、1年1ミリです。そして、「仕方ない」と いう限度は1年5ミリです。この理由はブログで説明してきましたが、今後も新しい 情報がまとまれば整理をしていきます。 単なる例示として千葉県を出しました。他の地域の人もこの地図を見ながら、自分の ところの参考にしてください。この地域でどうしても「1年1ミリ」を超えてしまう 地域は黄色で塗ったところです。この地域は平均して1時間あたり0.5マイクロシ ーベルトですから、そのまま8750時間をかけると、1年に4.4ミリになり、か なり工夫をしても無理と思います。 それを避ける方法は「少しずれる」ということです。広い範囲が汚染されていたらダ メですが、柏や三郷周辺だけですから、お勤めのことなどを考えて、できれば「白い 地域」、できなければ「薄緑」のところへ移動することがお勧めです。 薄緑の地域は1時間に0.25マイクロですから、1年に2.2ミリになります。で も、これは「平均」です。だから、「ヤブ、側溝、林、公園の隅、雨樋の下の近く、 ふきぶるようなところ・・・」を避け、家の中を1ヶ月に1回ぐらい除染すれば、1 年1ミリに収まります。 つまり、「平均ではだめでも、危険なところを避ける」という方法です。たとえば、 家が0.11で、周囲に0.4のところがあれば、平均して0.2とか0.3になり ますが、0.4のところに近づかなければ、何とか1ミリの近くで収まるということ です。 そして、たまには「白いところ」に遊びに行ったり、買い物にいくような工夫をして ください。「生活の工夫で平均値を下げる方法」です。 この方法をお勧めするのは、ようやくサカナ、牛乳、(新米)などを除いて徐々に食 品の汚染が下がってきたことです。これから食品安全委員会が1年5ミリの暫定基準 を、できるだけはやく1年1ミリにしてくれることを期待したいと思います。 また、このブログでもサカナや野菜、お菓子などを紹介していますが、他のブログで もいろいろアドバイスがありますので、参考にしてください。 また、地域の汚染を拡大しないためには、瓦礫の持ち込みなどをできるだけ減らすこ とです。放射性物質は少なくても減りませんから、積み重なります。100分の1で も100回運ぶと危険です。 時には食材を運搬してくるトラックのタイヤの検査を自治体に迫ることも大切です。 たとえば口蹄疫などが流行したときには国道に消毒薬のベルトを作り、かならずそこ を通らないと県内に入れなかったのです。 口蹄疫はウシの病気ですが、放射性物質は人間があぶないのですから、さらに厳重な 管理を自治体に求めたいと思います。 不幸中の幸いですが、セシウム、ストロンチウムは梅雨と台風などのために少し水に 溶けてアスファルトや土にしみこんでいます。だから風で飛ぶ量もかなり減っていま す。地下水は危険になってきましたが、被曝は減っています。地下水以外の水道は大 丈夫です。調味料、インフルエンザワクチンなどはいずれも少量なので問題はありま せん。 また、2号機の爆発で心配された福島原発も安定していますので、とにかく、「地域 」に気を配って、3月まで頑張りましょう。 (平成23年11月4日) 武田邦彦
2011.11.05
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・11、3、木セシウムとカルシウムはとてもよく似ていて、体がカルシウムだと思ってセシウムをすすんで摂取するらしい。しかし下記の武田氏の記事では、ストロンチウムとカルシウムが似ているとある。どちらにしても放射能対策の一つとして、カルシウムが不足しないというところが大事なようだ。ただおそらく、むやみやたらにカルシウムを多く含んだ食物を食べまくっても、結局さほど充分摂取できていないということがあるらしい。そこにはビタミンや日光や運動の関係も大事だと聞いた。だが、すべて知識の裏付けのない情報なので、放射能対策には栄養学の知識も必要ということだ。また明日からの日記で情報を流すが、どうやら福島第二原発に再び爆発の恐れが高まっているらしい。爆発すれば、3月11日のような状況が再び起こる可能性もあるという。武田氏はその可能性は低いとしながらも、東北、関東からの逃げる準備も呼びかけている。やれやれ、こんなことがこれから何十年と続くのだ。これが人類のいじってはならない物質に手を出した結果だ。それでもまだ原発を再開するところが出て来たらしい。ーーーーーーー食品選び・・・カルシウム、お菓子、パン、お茶、野菜・・・【カルシウム】ストロンチウムとカルシウムは性質がにていますので、国がストロンチウムの測定値を出すまで、少し多めにカルシウムをとっておきましょう。カルシウムというと「小魚」と思いますが、以外に野菜なども多いのです。(1)大豆はたんぱく質とともにカルシウムも含んでいるので「豆乳」がお勧め。豆乳は「カナダ産」とか、「九州産」と表示されているものが売られているので、牛乳と豆乳は違いますがもともと日本人は牛乳を飲んでいたわけではないので、この機会に、豆乳も併用すると子供の頃に食べたものは大人になっても美味しく感じますので、良いかも知れません。(2)カルシウムが多いのは小魚ですが、小魚は今年は危険なので野菜も良いと思います。たとえばモロヘイヤ(260ミリグラム(1キロ、40%水分。香川、三重が産地)、バジル(240ミリ、福岡)、しそ(230グラム、関西、中国産多い)、大根の葉(220グラム)、ケール(220ミリグラム、和歌山、三重、静岡)、つまみ菜(210ミリ)、京菜(210ミリ)、カブの葉(190ミリ)、小松菜(150ミリ)など、野菜にも以外にカルシウムが多いので産地を選んで買うと良いとおもいます。(3)乾燥した食材では、たとえばエンドウ豆(1300ミリ)、チーズ(1300ミリ)、ゴマ(1200ミリ)などがあります。(4)むやみにカルシウムをとる必要はありませんが、食材はホコリにストロンチウムが微量食材に入ってくる可能性があり、少しずつ毎日とってストロンチウムが骨にあまり入らないようにしたいとおもいます。育ち盛りは特に必要です。【お菓子】お菓子もかなりの量をとりますので、気をつけた方が良いですね。〔1〕ナッツ類 オーストラリア産マカデミアナッツ・アメリカ合衆国産ピスタチオ・ベトナム産カシューナッツ・ペルー産ジャイアントコーン・アメリカ合衆国産アーモンドなど。〔2〕乾燥くだもの バナナ りんごチップス等(外国、もしくは、青森以北、関西以西でしか採れない果物のチップス)〔3〕チョコれートで、「ブラック」(ミルク等が使用されていないもの)のもの。〔4〕みたらし団子など。〔多くはタイ、アメリカ産のもち米が多い〕〔5〕飴は、黒糖飴などは産地が沖縄などで大丈夫。〔6〕大阪前田製菓のボーロは、使用している卵は11府県にまたがるが一番東は京都府。〔7〕成分表示を見て、「米(米国産)」「米(タイ産)」の米菓、「富山県産米使用」など米の産地県が表示されている米菓。〔8〕「鹿児島県産むらさき芋使用」と書かれた「むらさき芋チップス」大阪前田製菓のホームページには≪東北地方太平洋沖地震に対する支援について≫として≪ボーロ・焼き菓子・米菓等の救援物資を提供させていただいております。≫とあり、食品メーカーの理想的な行為(被災地支援は原発事故近くの農産物を使用するという方ではなく、汚染されていない食品を届けること)をしています。【パン】 基本的には原料となる小麦が外国産が多いので、コメより安心です。ほとんどがアメリカ産、カナダ産、オーストラリア産。日本の生産量は90万トンほどで、北海道での生産が65%で、麺類向けの品種が主。パン向けの国内生産小麦は1割程度ですので、北海道産は100のうちの3から4ぐらいと少ないと考えられます。従って、パンは原料のほとんどが外国か北海道なので、お米よりかなり安全と言うことになります。しかし、栃木県南部から群馬県南部にかけての地域で「佐野ラーメン」・「館林うどん」などがありますが、土壌としては汚染されている可能性があります。ただ、良心的にベクレル表示があればOKでしょう。【お茶】お茶のは自体は量が少ないので、基本的には大丈夫ですが、鹿児島などの産地があり、そこから購入するのが安全です。私は個人的には静岡を応援したいのですが、静岡は「測定しない」という方針があるので、お茶やサカナも安心はできないのが残念です。また、まったく「考え方を変える」方法もあります。「日本茶を飲まなければならない!」と思い込まず、たとえば、お茶は杜仲茶(とちゅうちゃ)という中国産のお茶がカルシウムを含みます。杜仲茶は「カルシウムが多い」のもよいのですが。お茶の汚染をご心配な方は、すべて緑茶ではなく、ウーロン茶・杜仲茶など中国産を併用するのが良いとおもいます。日本の緑茶も安全と思いますが、静岡県が茶の検査を拒否しているので、国産なら鹿児島茶、知覧茶などが良いとおもいます。【産地表示】産地を表示している良心的なお店もあります。私が知っている野菜の販売店を一つだけですが、ご紹介します。お値段など詳細はわかりませんが、「被曝は足し算」なので、時間やお金の余裕のある時に、良いものを加えるようにしても被曝量を減らすことができます。クリックしたら大きくなります。(また、この記事は読者の方(原口さん、桑原さん(九州の講演でお会いした方)など)からの情報を参考にさせていただきました。多くの方はすでにいろいろなところをご存じのことと思いますが、情報が入り次第、書きます。)(平成23年11月2日)武田邦彦
2011.11.03
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・11、2、水 東京世田谷でこれで三度目になるだろうか、ラジウムのビンが発見された。 本当に古いラジウムが見付かっているのだろうが、どうしても僕はこれが余りにもタイミングが良すぎると感じてしまう。 一般人が皆ガイガーカウンターを購入してその辺りを計りまくっていると、結構危険な問題が浮き彫りになって来るのか。 もしくは、福島原発から垂れ流された放射能物質が東京などで一般人の手で観測された場合、一回目のラジウム発見問題にあやかって、これ幸いとトリックをかましているのだとすれば、これはもう犯罪である。 これは僕の考え過ぎかもしれないが、原発の推進のためなら何だってやるという連中がいるのも確かだ。 関西でも一般人の手で観測をすれば、驚くべき結果が出るかもしれない。 政府にとってこれほど怖ろしい群集意識はないだろう。 ーーーーーーー 子供はなにも言わないから・・・業者が怖い腰抜け役人 葛飾区が市民から通報のあった「放射線量の高い場所」の放射線量を測定し、「高か ったので、公表できない。地価が下がるから」と言った(読者情報)。 数ヶ月前、ある幼稚園付近の放射線量が高いということが判った自治体が「幼稚園が つぶれては困る」という理由で公表しなかったことがあった(このブログで紹介した )。 子供は何も言わない。不動産屋や幼稚園の園長は文句を言う。だから、子供を被曝さ せる。何という腰抜け役人だろう。 この際、社会の大原則を決めたらよいと思う。「日本人の健康に影響のある情報は、 他のいかなる損害が予想されても公表についての責任を免れる」、「日本人の健康に 影響のある情報を、他の損害や利得があるからといって公表をしない場合、厳しく罰 せられる」。 このような原則を提案する議員に一票を入れたいものである。なお、一関で死亡した 中学生は女子中学生であることがわかりました。校庭の線量はかなり高かったようで す。法令を超える被曝を与える環境で学校生活をさせた校長は病気の原因を問わず、 責任を問わなければならないでしょう。中学生は人生の時間を選べないのです。 (平成23年10月28日) 武田邦彦
2011.11.02
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・11、1、火園田政務官のパフォーマンスは、今日も朝のテレビで報道されていた。記者に「汚染水が安全というなら、貴方はそれを飲めるのですか?」と罵倒され、その場で飲んだという。まあとにかく記者というのは人間の腐ったような連中が多いから、それに一泡ふかせるつもりでやったのだろうが、計画的なパフォーマンスだったのかもしれない。しかしここで問題なのは、それまでして垂れ流された放射能物質を含む水が大騒ぎの種になるのを抑えたいということだ。ということは、事態はかなり深刻であるということだろう。まず補償問題に掛る金のこと。責任問題を問われる東電を政府皆でかばって、これからも何とか原発を推進したいという願いがあること。それだけ政治家と???には原発による利益が大きいということ。今日も一人の生徒さんとその原発推進にまつわる話をしていて「それじゃ、この国はもう終わっているじゃないですか」とおっしゃった。その通り、我々の電気代、税金は誰かにずっと甘い汁としてしゃぶられ続けているのだ。戦後ずっと我々日本人は、誰かに食い物にされ続けているのだろう。そのことに我々は早く気付くべきだったのだ。毎年国家予算から下りている原発に対する4500億円は、何処に消えているか。他国に比べて三倍と言われているこの国の電気代は、知らぬ間にじわじわ上げられて何処に収まっているのか。その上消費税はまた上げられる。我々はこれからも黙って連中のために働き続けるのか?先日会社を退職されて10年ほどした男性の方とお話していて「この歳になると大阪市内の交通費はただですから何とか生活していますが、何をする余裕もありません。全く生かさず殺さずです」とおっしゃっていた。何十年働いて税金と年金を払い続けて来て、どうしてもう少し余裕のある生活が望めないのか。少子高齢化だけが問題ではないはずだ。ーーーーーー野蛮国・ニッポン 園田政務官44歳 汚物を飲む44歳の園田政務官は処理した放射性物質汚染水を飲んで、汚染水の安全性をアピールしたと日本の報道は放送した。こんなことを報道するぐらい日本は野蛮国になったのだろうか?セシウム137の経口致死量は0.1ミリグラムで、青酸カリの2000倍程度の毒物だが、園田政務官が飲んだ水のセシウム137の濃度はおそらく0.1マイクログラム以下で、致死量には遠く及ばない。政務官は致死量から遠く離れた汚物を飲むことを知っているので飲んだ。実に狡猾だ。「致死量からかなり離れて少ない毒物が入っているものを飲んでも死なない」ということは野蛮国でなければ、社会は知っている。だから、園田政務官は絶対に汚染水を飲んでも死なない。だから飲んだ。汚染水が危険かどうかは、園田政務官が64歳になるまで汚染水を飲み続けてガンにならないかどうかだ。しかも、その確率は100分の1以下だから、44歳の官僚が100人飲んで、20年後にその汚染水が安全かどうかが判る。100人に一人ということは1億人の日本では100万人が危険に陥るということを意味している。福島の子ども達は汚染された給食を食べ続けているのだ。バカにするな!!・・・・・・・・・なんで政務官ほどの人がこんなに野蛮で、ピエロのようなことをしたのだろうか? 日本国民はそれほどアホなのだろうか? 今、お母さんが心配しているのは、5歳の子供が15歳で病気になるかどうかということであり、飲んだらすぐ病気になるなどと考えてはいない。政府の注水にる人はお母さんの心配を知らず、その不安になにも答えていない。狂牛病の恐れのある牛肉をほおばる議員、汚染されたほうれん草を食べる都知事、そして汚物を飲む政務官・・・それはなにを意味するのだろうか?それとも安全だと錯覚させ、日本の大切な子供を病気にさせたいのだろうか?? むしろ、「汚染水を飲まなければならないということは、危険が迫っているのだな」と不安を煽る効果があるだけだろう。指導者には指導者の出処進退、尊敬される言動が必要である。私は、日本人として日本がこれ以上辱められ、野蛮になることは耐えられない。(平成23年10月31日)武田邦彦
2011.11.02
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