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・10、22、火消費税とは一体何かを考えるべきである。下記の記事をまとめると。国民が働いて貯めたお金を銀行や郵便局に預金する。政府はそこからお金を借りて国債を発行する。そのお金はすっかり使い果たしてしまう。使い道は官僚の天下り、よく行先の分からないブラックボックス、それと少々の福祉への予算。だから借りたお金は国民に返せない。気が付くと1008兆円と国民への借金が膨らんでいる。返す当てはないので、ここで一計を案じる。この1008兆円の借金は政府の債務ではなく、日本国全体の債務であると嘘を広げて「今我々は一人当たり800万円の借金を抱えている。だから皆でその責任を負って、消費税を納め、一丸となって節約して預金するようにしよう」という騙しである。国民の預金が募れば、また国債を発行し続けるだけである。何と恐ろしい政府であろうか。我々はここに住む限り、食い物にされ続けるのである。生きて行かねばならない以上、消費税を上げられれば、そこから逃げることはできない。スーパーで買い物をする度、レストランで食事をする度、服や靴や電気製品や本を買う度、我々を食い物にし続ける訳の分からない連中の収入を賄っていると思うだけで居た堪れない。皆は一体どう思っているのだろう。実際にはその度今までよりも数十円の負担だから、対して気にしていないのかもしれない。それがやつらの思惑なのだ。ここでは負担する額の量は関係ない。バカにされ、騙されていることに憤りを感じなければならないと思うのだ。腐敗し、衰退し続けるこの国を、せめて個人の心の中で憂い、嘆かなければ日本国民ではないと思うのだ。ーーーーーーーーー怒! 「国民一人 800万円」の借金?!人間、穏やかなのが大切だが、時にはカッとなるのも悪くない.「日本国の赤字は1008兆円。国民一人あたり800万円の借金」という放送があった。政府の増税に応援する意図がハッキリしているが、NHKのいい加減な放送もここまで来ると倫理違反というより犯罪だろう.「日本国の対外資産、つまり外国に対してもっている債権は300兆円」で、借金などない。これは政府も発表し、NHKも報道している.ところが、「対外純資産」とか「赤字国債」というのは何となく難しいので、国民が相互の関係を良く理解できない、あるいは良く理解できる番組を作らないで、ごまかし、政府にゴマをすることができる。借金を背負っているのは「日本国」ではなく「日本政府」で、国債を中心に1008兆円の借金と言われている.これも「埋蔵金」などの資産を差し引いているかも不明だが、一応、これを政府の借金ということにしておこう。でも、これは「政府の借金」であり、「国の借金」ではない。さらに、日本の国民は借金を背負っているのではなく「債権」、つまり「お金を貸している」立場だ.外国には一人あたり約200万円、そして日本政府には約800万円を貸し付けている。「貸しているお金」がいつ「借金」になったのか!NHKの人の良さそうな顔をしたアナウンサーが、「国民一人あたりの借金は800万円!」と言うのだから騙される国民の責任にはならないだろう。今度の消費増税は、奇妙なものなので、それを隠蔽することを政府からNHKが求められたのだろう。政府の借金1008兆円が、国民の借金になるためには、「政府は借りた金を返さず、踏み倒すのが当然だ」という前提がいる。つまり、この20年、次のように進んだ。1)政府が国民に「節約」を呼び掛ける、2)国民がそれに応じて「節約」をする、3)「節約」をするとお金が余るので銀行に預金する、4)国民が節約しているので銀行は民間に貸し出すことができない、5)銀行は政府の「国債」を購入する、6)政府はお金を天下り先に配る、7)銀行は償還期限の来た国債を政府に買い戻してもらう、8)政府はもともとお金を使い切っているので、国債を買い戻すお金はない、9)消費税を5%から10%にして国民からお金をとる、10)国民は自分が貯金したお金をもう一度、税金として払う、11)このトリックはNHKがいるかぎり国民をごまかす事ができる。ということになっている。これが今回の消費税の増税だが、本当の事が判ると国民が怒るだろう。だから、NHKを使って「国民一人あたり800万円の借金」という正反対のことを言わせた。なぜ、我々はこんなNHKに受信料を払わなければならないのだろうか?(平成25年10月14日)「tdyno.393-(7:16).mp3」をダウンロード武田邦彦
2013.10.22
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・10、10、木例えばドイツは、確か消費税が15パーセントだったと思う。それを初めて聞いたとき、随分驚いたのを憶えている。それでも一学生が日本円にして10万あれば、一ヶ月寮の部屋代、光熱費、食費を払っても何とかやって行けた。日本に居て感じる一万円の価値と、ドイツでの百マルクでは、若干百マルクの価値の方が高い感覚だった。消費税がそんなに高いのに何故だろうと考えたが、もちろん原価が日本より随分安いのだろう。それに対して、国民の平均的収入が日本のそれより随分高い。何時だったかドイツの友人たちと話していて、ある男性の友人が学校の先生になるべく、猛勉強している話題になった。彼は電話帳ぐらいの厚さのある本を示して「このぐらいの本三冊を全部暗記して、その上、千枚近いレポートを書かねばならない」というような説明をしたように記憶している。それでようやく困難極まりない試験に受かっても、そこから3年間資格を取るための学校に学び、それからようやく教壇に立つことができるという。その代わり初任給から日本円にして50万で、就職すると共に家を建てる者もいる。これがまた土地というものがほとんど唯に近い。また、工場で働いている友人と話していて「日本の教員の初任給は、手取りで¥180,000ぐらいだった」と言うと、彼は仰天して「そんな給料で暮らして行くことなんて不可能じゃないか」と目を丸くした。彼らにしても、もっと遥か多くの収入お得ているのだろう。消費税15パーセントでも充分やって行ける。それでもドイツの人々は物価の高さにぶつぶつ文句を言い、税金の高さに嘆いて、ドイツ国の政治のあり方に日常的に苦言を呈していた。それから見ると、日本人はどれだけ真綿で首を絞められてもそこから逃げ出そうとせず、暴動一つ起こそうとはしない。それがやむを得ない国の疲弊ではなく政治の腐敗から来ている人災でありながら、なおも誰も本気で腹を立てない。これは忍耐力を持つ徳のある人種だからか、それともバカだからか。さて、世界でも類を見ない日本国民という我慢強い民族は、どこまで搾取に耐えられるか、我慢大会である。ーーーーー増税は時期が早すぎる! 国民は5%の物価上昇には耐えられない日銀の黒田総裁が135兆円のお札を印刷してインフレターゲット2%というから、物価が2%上がる。安倍首相が消費税を3%上げるというから、物価はほぼ3%上がる。それに電力会社は経営判断を失敗して原発の不稼働に陥り、その責任を転嫁して電気料金を上げようとしている。国民の所得が上がらない中で、5%も物価が上がる、いったい、政治というのは何をしているのだろうか?消費税の3%あげで6兆円の税収があると計算される。買え控えがないとしての計算だが、安倍首相は5兆円を景気対策にあてるという。そうすると残るのは1兆円で、これに対して国の借金は1000兆円だから、増税しても借金を返して健全な財政になるのに1000年ということになる。実際には、所得が増えないのに5%だけ物価が上がると、購買量は必然的に5%減る。政府は「どのような計算で増税が財政と社会保障の立て直し」をするのかを数字で示していない。「増税によって子どもにツケを残すな」というのは実に奇妙な論理で、だいたい、今の政府の借金の債権者(お金を貸している方)は国民なのだから、子どもはツケが残るのではなく、財産が残るのだ。ところで、アメリカの借金増額に関する議会の了解が得られず、一部の公共施設が運営できなくなったが、アメリカはまだ民主主義が機能していて、「政府が使うお金は国民の代表である議会の承認がいる」ということになっている。これに対して、日本の場合、「赤字国債の発行」は誰がやっているのだろうか? そして国鉄処理、郵政処理など数10兆円にのぼる税金などの補填の責任も明確ではない。「国民のお金はどうにでも使える」という現在のシステムを大きく変えなければならない時期であろう。(平成25年10月3日)「zouzeino.392-(4:21).mp3」をダウンロード武田邦彦
2013.10.10
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・10、2、水先日の日記で、白杖を持ったものが声を掛けられたときの障害者側の問題について述べた。「声を掛ける方は、ほとんどの場合100パーセントの親切なのだから」と述べたと思う。ここに「ほとんどの場合」と書く以上、100パーセントの親切ではないものもあるということである。このことについて述べたいが、これはこの声掛けのみの問題にあらず、果ては世界平和の根拠にまで繋がる重要な視点であると考える。我々人間という動物も、犬、羊、猿、その他多くの生き物と同様、集団性の生き物である。これが集団で生活するとき、組織の中の順位というものは不可欠らしい。羊の群れに50等居れば、一番から50番まできっちりと順位が決まっている。そして下の順位のものは、常に上に上がるべくボスに決闘を仕掛けている。ボスが怪我でもして力が落ちれば、これがチャンスと下のものが決闘を仕掛けその座を奪う。人間社会の笑顔の付き合いの裏にも、脈々とこの遺伝子の精神が流れている。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず 」とあるが、それが出来ないからこそ、わざわざこのような訓戒を述べなくてはならないのだ。僕に声を掛けて来る人の中にも、たまにこの集団性の本能をむき出しにして来る者がある。「哀れなお前に、人間愛に満ちたおれが手を差し伸べてるのだ」ということである。世の中というものは、社会というものは自分よりも劣る者を捜し求める魂のさ迷う場で、コンプレックスを持つ者ほどこの意識が強く、なかなか一筋縄にはいかぬ。これは僻みでも偏見でもない、確かにそれを肌で感じるのだ。この行為には「必ず人は自分より劣る存在が必要であり、それを確認して初めて安心して生きていけるのだ」という拭いようのない本能が含まれている。翻して言えば何処までも追いかけてくる弱さであり、コンプレックスの裏返しである。本当に自信のある者は、自分より劣るものを求めはしない。一部の政党などが「弱者を助け・蔑まれる者に手を差し伸べ」などと言うのもその感情の裏返しとしての偽善である場合もあるかもしれない。国単位の戦争や侵略も、この本能から来る行為に他ならない。白人が黄色人種を常に自分たちの下の位置に見たがることもこの本能であろう。「ライバル心」と一種良いことのように言われるが、これもまた目の前に現れた相手を自分の下に据えようとする集団性本能であり、これがすべての人間関係のトラブルの元である。もちろん、この本能があるからこそ生き物はすべて発達できる訳だが、社会という集合体を極めて暮らしにくくしていることも、これまた確かである。もし個人が周りを意識せず、周りと自分を比べるということをせず、己の躍進だけに力を注ぐことができれば、もっと遥かにここは住みやすいところになるに違いない。ということは威張る者もなくなり、順位の下の者が、自分よりももっと下の者を必死で作ろうとする浅ましい行為もなくなる。親切の押し売りもなければ、偽善もなく、後には100パーセントの親切だけが残るはずだ。もちろんこれもまた理想でしか過ぎない話だが。でも数は極めて稀ではあるが、このような優れた人も存在はする。こういう人物こそ、僕にとっての尊敬に値する対象である。だからこの本能を滅却せずして、デディケーション(献身)は存在しないというのが僕の理論である。ーーーーーーー【幸福】その十 デディケーション「koufuku010dedicationtdyno.357-(9:03).mp3」をダウンロード人は自分のためにやると辛いけれど、他人のためにするなら苦痛にはならない。それがわかった学生のその後の人生は順調になる。[Bandicam_20130818_124524582。](平成25年9月15日)武田邦彦
2013.10.02
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・10、1、火「ドラ息子を一人養っているようなもの」と日本政府を評する。子使いを10,000円渡すと12,000円使ってしまう。仕方ないので「12,000円渡すから、今までの使い方を改めて、節約してその2千円で赤字を埋めなさい」と言うと、「はい」と言って1万4千円使う。次14,000円渡すと、もちろん16,000円使う。これの繰り返しである。頭から国は節約しようとか、借金を返そうなどとは考えていない。何故なら国は誰に借金しているかというと、我々国民に借りているのである。国民に借りているような金は「また親孝行しているような顔をして、困窮しているような顔をしてまたせびればいいや」と構えている。問題はその金の使い道である。この国のためではなく、もし、それが海外に漏れているとすればどうだろう。海外のために我々の税金が使われているとすれば。以前あった話で「一ヶ月の電気代がいやに高いのでよく調べてみると、家の外付けのコンセントから電気が盗まれ続けていた」というのがあったが、これと全く同じことが国を挙げて行われているとすれば。いくら金を差し出しても、我々の生活は良くはならない。ドラ政府もここまで腐敗すると、校正する望みはない。となると、後は兵糧攻めしかない。つまり、老後の年金を諦め(そんなものは元々崩壊するのだから)、皆で税金を払わない。一人が脱税すると牢屋に入れられるが、国民全員を留置する訳にも行かないだろうから。国がそこまで自分勝手なことを行うのに、何故国民が行儀良く税金を払い続けなければならないものか。もう一度2000年前に戻って、国というものを一から作り変えるという前代未聞の大仕事をやらねば、この島に住む意味は全くない。ーーーーーーー消費税を上げたら赤字財政が無くなるのか?「我々の子孫のために、借金を残すな」というのが「消費税増税」の大義名分である。つまり消費税を5%から10%に上げると、「財政が健全化し、社会保障が充実する」というのだから、政府は消費税増税の前に次の約束をしなければならない。1)消費税を8%まで上げたら、5%から8%までの差し引き3%の税の増収に伴うだけ、国債を償還すること、2)仮に景気が悪くなって「税率が増えて税収が同じ」場合でも、政府は「自己責任」で3%分の増収に相当する支出削減を行うこと、3)国債を償還しても社会保障にはお金がまったく回らないことになるので、それをどうするか「増税前」に明示すること。つまり、現在のあいまいな増税論議では、「増税しても赤字国債は出し続ける」か、よくても「単年度の財政赤字が無くなる」かどちらかになる。それでは、政府が言っていることとやっていることに大きな差を生じる。日本社会のあいまいさを良いことに「子孫にツケを回さない」というだけでまったく赤字を減らすつもりがないと考えられる。消費税がかつての年金喪失のようにならないように、税制の審議をしている日本の指導者の覚醒を望む。(平成25年9月18日)「takeda423.mp3」をダウンロード武田邦彦
2013.10.01
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