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・5、26、日 「南京大虐殺はなかった」と訴える人は多い。 今になって皆声を上げて意見を述べる人が出て来た。 名古屋市長もその一人。 武田氏も調査した上「南京大虐殺はなかった」と結論付けた。 武田氏の調査によると、驚くことにその発端は昔朝日新聞の本田記者によるかなりいい加減な記事によってその話が事実であったように広がったと見える。 中国に三日間だけ滞在して本田記者がまとめた記事によると、日本軍は民間を含む中国人を30万人殺戮したとある。 武田氏の記事によると、日中戦争のさなか幹部が逃げてしまった中国軍隊の兵隊が、幹部の指示を失った中で軍服を脱ぎ、一般人にまぎれて抵抗を続け、日本軍におよそ千人ほど殺された。 そのうち被害を蒙った一般人はおよそ二十人ぐらいではないかという。 だから民間を含む三十万人の虐殺は、どこにも証拠のない見解であるということである。 ではそれが事実無根であるとすれば、どうしてこの話が100年もの間当然の事実として日本と中国の中で浸透してしまったのか。 僕の想像 ●本田記者はとにかく記者としての名声を手に入れたかったため、確かではない事実を記事にした。 ●本田記者の思惑とすれば、日本軍の悪行を暴くことが一番世間に受けると踏んでいた。 ●当時の朝日新聞の力と、国民からの信頼によって、その記事がかなりの信頼性を持って世間に読まれた。 ●日本人は自分たちの罪を悔いることが大好きだから、また日本軍に対するいやな思い出、体験を日本庶民が大声で批判できる良いチャンスだったから。 ●外交の手段として、中国がその記事を利用して日本人の罪を非難し続けた。 おそらく当時の日本庶民の中には、日本軍の権力に任せた横暴なやり方に憤りを感じていながらも、口には何も出せず泣き寝入りしていたようなことが多かったのだろう。 だから戦後自由に物が言えるようになり、その鬱憤が国民全体の中で噴出し、矛先が一身に旧日本軍に向けられたのではないだろうか。 「えっ、そんな事実はないよ」と訴えていた当時の学者は「この右思想やろう!」と一蹴された。 しかし百年後の今、日本国内のいざこざを海外に利用されないために、事実を事実として私的な感情なしに受け入れなければならないだろう。 もちろん武田氏をはじめ、名古屋市長や他の学者の言う「南京大虐殺はなかった」という意見に対立する意見にも耳を傾けなければならないだおろうが。 とにかく現在我々が乗り越えなければならないことは、右思想、左思想というたった二つの箱へのより分けを止めることだ。 ーーーーーー 隠しているのか?知らないのか? 南京事件 「usoaho_nankintdyno.168-(12:07).mp3」をダウンロード 反日報道が続くマスコミ.一度、報道してしまったので、引き返せないマスコミ.そ の中心にいるNHK。ずいぶん、巨大な腐敗構造を日本は引きずっているものです。 今回は南京事件報道を考えてみます.多くの日本人が「日中戦争の前に、南京で日本 軍が大量の中国人を殺した」と信じています。その原因の多くは「本田記者の本と朝 日新聞の記事」によっています。 日本軍が南京で大量虐殺を行ったとされていて、国際的な問題なのに自分は良く知ら なかったので、南京事件関係の本を10冊ほど読み、更にネットや雑誌なども通読して みた.その結果、私は次のように理解した. 1)南京事件として知られている内容は「学問的研究」(事実研究)ではなく、東京 裁判や朝日新聞などの政治的キッカケで作られたもの、 2)東京裁判は占領下の真偽で事実は明らかになっていない、 3)朝日新聞の本田記者のレポートは、南京に2,3日逗留して、現地の中国人から 聞いたことから想像したものである、 4)その後は余りに政治的になり、事実研究の人がバッシングされているので、事実 が良くわからない、 5)当時の戦争では「軍服の着用」、「降伏のしきたり」が国際法上で決まっていた が、中国軍は幹部が逃走したので、「軍服を着ていない中国軍人」や「国際法上の降 伏のしきたりとは違う投降」がほとんどだから、本来は「敵として殺して良い」(戦 争は殺した数が多い方が名誉)状態だった、 6)民間人は戦闘前で20万人、戦闘後で20万人だから、1万人を超える民間人の殺害 はなかった。 ということだから、南京事件は事実では無いといった方が良いだろう.でも、このこ とが日本でハッキリとした形で報道されないのはなぜかという方が重要だ. 日中友好という意味でも、事実をハッキリさせた方が良いし、南京虐殺が無かった方 が日本も中国も良いはずだから、日本のNHKは勇気を持って事実を報道するようにし た方が良い。 しかし、それに踏み切れないのは、やはり「中国が怖い」、「事実は報道しなくて良 い」、「日本軍が悪かったという方が日本人が喜ぶ」という事と考えられる。 (平成25年5月20日) 武田邦彦
2013.05.26
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・5、19、日 さてさて、今世間で騒いでいる橋下市長の「慰安婦問題発言」である。 この問題には首を突っ込むと僕も槍玉に上げられかねないので、本来は静かにしていた方がいいのだろうが、ご存知の通り危ないところに足を踏み入れてみるのが趣味なもので、ここで一言述べさせていただこうかと思う。 この問題は遥か昔のことなので、いわば事実がはっきりしないことを遠いところから暗中模索するような作業とも言える。 とてもややこしく、且つ危険な話題なので、項目に分けて考えて行こう。 ●橋下市長の問題とされている発言 元々は韓国がまた例年のように慰安婦問題への謝罪と保証を要求して来たことから口火を切ったものか? 「慰安婦採用は何も日本だけが行って来たことではないのに、何故日本だけが非難され続けなくてはならない。 慰安婦採用を謝罪するのならば、アメリカ・イギリス・ヨーロッパなども共に謝罪すべきである」 「当時は軍隊でどうしても慰安は必要だった。それを批判するのは、男の生理を分かっていない」 「今韓国が言うように、当時本当に朝鮮半島から罪もない女性を拉致して来て、慰安婦として働かせていたとしたら、それはもちろん大変な罪だ。 しかし実際はどういった女性がどういった条件でその任務にあてがわれていたかは不明だ。 だから韓国が訴えることをそのまま鵜呑みにしては問題だ」 「沖縄のアメリカ海兵隊の若い兵士たちの性の問題も、風俗の女性をあてがって処理しないから、一般の女性が路上なので事件に会うことになる」 かなり好意的に取れば、これらの発言のもともとの彼の心の内には、事実がはっきりしないこと、また日本だけが犯した罪ではないはずなのに、別の思惑から日本にそれを認めさせて、発言力をなくしてしまおうとするアメリカを黒幕とした他国の策略にはまり込まないように警告を発し、また他国には「卑屈なやり方はよせ」と海外に向けて仁王立ちになったところを、後ろから背中に石を投げられたということであろう。 このような発言をする人を、今日本では「右」という枠に入れられてしまう。 確かに彼の説明を聞いていると、余りにも人道に反しているように聞こえる。 しかしおそらく、学者と政治家が国政を話し合う時、このような人道に反した議論をせねばならないのではないか。 群集で人々を動かそうとするとき、また国民全員を対象に策を講じるとき、一人ひとりの思いや情けを重んじていては話しにならないものかもしれない。 その学者と政治家の話し合いの話題を、橋本氏は国民に向かって口にしてしまったのだ。 これはやってはならないことであり、結局のところ「女性蔑視の人」というレッテルを貼られることになった。 国民は何処までも「情」を重んじて物事を考えるし、学者と政治家は歴史の検証と学実的な研究結果を用いなくてはならない。 ●当時の状況についての僕の妄想(韓国側が言っていることが真実とした場合) 朝鮮半島のある村に小さな集落があり、掘っ立て小屋で皆貧しいながらも肩を寄せ合って暮らしている。 そこに突然日本の軍服に重装備の兵隊たちがやって来て、何も言わず銃剣を向ける。 「どうか殺さないでくれ」と手を合わせる人々を片っ端から殺しに掛かる。 そんな虐殺を突然行う理由も分からない。 住民は皆殺しに会うが、10代20代の若い娘たちだけは殺されず拉致され、船で遠く離れた知らない島に連れて来られ、そこで死ぬより辛い仕事を強いられることになる。 後ろでに縛られた若い女性たちは、野原の真ん中に10個のテントが張られているのを目にする。 一人ひとり別のテントに入れられ、少しすると各テントの前にずらりと兵隊たちが列を作り、手に整理券を持って行儀良く並んでいる。 入り口の隙間から見ると、それは大体15歳から30歳ぐらいの若い男たちである。 「1番山田、入れ!」と監視員のような男の声が響き「はい!」と若い男の声。 入って来た男は彼女の前でカチッと踵を鳴らして挙手の姿勢を取り「お願いいたします!」と言って彼女をレイプする。 事が終わるとまた挙手の姿勢になり「ありがとうございました」と礼を言う。 彼女は彼の目を見た。 思いつめたような鋭い瞳に涙を貯めて「これで思い残すことなく死んで行けます、どうか貴女もお元気で」と言ってテントを出て行く。 日本語の分からない彼女には彼の語ることは全く理解できない。 次に入って来た男はいきなり「早くしろ!おまえなどに俺の気持ちが分かるか!」と叫んで殴りつけてきた。 「こら!何をしとるか!」と言いながら監視員が飛び込んで来て、彼は殴られ連れ出される。 そのような半狂乱ぎみの男は何人もいて、そのつど彼女は怪我をした。 でも両親や兄弟を目の前で殺されたショックからまだ覚醒しない彼女は、ただそこに横たわって天井をぼんやり眺めている。 次の男が入って来た。 ぼんやりそちらを見ると、まだ10代半ばの顔に幼さが残る少年だ。 彼はたどたどしく行為を行い、途中彼女の胸に顔を埋めて号泣した。 何度も同じ言葉を叫びながら泣いたが、もちろん彼女には分からない。 それでも彼女は彼の髪を優しく撫でもした。 「お母さん!」と彼は何度も叫んでいたのだ。 彼女の胸に顔を埋めて号泣する兵隊はとても多かった。 来る日も来る日も彼女はテントの中で多くの男たちの慰みとされ続け、数日後彼女は監視員の目を盗んで自害して果てた。 ●僕の意見 当時慰安婦にどのような女性が宛がわれたかは不明なようだ。 もちろん朝鮮半島の娘が拉致の果てそんな性の奴隷とされたことは充分考えられる。 しかし中には国内の遊郭の女性や、その辺の村の娘が「きさまらも日本の非常事態にお国のための一端を担え!」などと言われ、泣く泣くそんな運命を辿ったことも想像できる。 結局彼ら朝鮮、日本の若い男女、10代後半から20代の未来ある人たちは皆生地獄を強いられたのだ。 誰に? 戦争をした国の大人たちにだ。 10個のテントの中で繰り広げられた若い兵隊と若い囚われ人の上に起こった生地獄は、戦争が齎したものだ。 もしもだ、韓国が未だそれを日本への外交として用いているのならば、卑劣といわざるを得ないだろう。 また過去に日本人が行った非人道的な行いを、戦争指導者自身が正当化したり嘯いたりしているとすれば、これもまた卑劣極まりないことだ。 当時の彼等若い人たちの悲劇に報いるのならば、戦争を、核をこの世から消すことでしか果たせないのではないか。 僕は別に橋下氏の味方をする訳ではない。 しかし彼の問題発言から数日経った今、彼がもともと言おうとしたことを皆覚えているのだろうか? 僕は生活の中でも特に強く感じることだけれど、皆文章を読んだり、人の語ることを聞いたりして、その真意を読み取ろうとする力が著しく弱い。 だから印象に残る言葉尻だけを捉えて「悪いことか良いことか」を判断しようとする。 これは現代人の抱える大きな問題だろう。 マスコミ自体がその傾向にあって、それを種に毎日のワイドショーや新聞の見出しを華やかにすることしか考えていない。 連中は毎日苛める対象物を貪欲な目で捜し求めているのだ。 我々庶民はその中身の無い浮き立った誘導に乗ってはならない。 今回の橋下氏を巡る騒動こそが「壁と卵」のいわゆる「壁」を独り立ちさせる行為でもある。 また「右」と言われる考え方の人たち、「左」と言われる人たちの考え方にも同様の表面だけの言葉尻の取り合いでしかない論争を感じる。 橋下氏の口にした慰安婦問題から発する問題発言は、確かにその言い方に傲慢な独り善がりな部分はあり、人に理解される説明とは言えないとはいえ、一つ深呼吸して頭に上った血液を下ろしてから、じっくり考えてみなくてはならないテーマでもあるのではないか。 「橋下は右だから、何を言っても私たちと意見が合う訳がない」と決め付けてしまう人たちもまた壁(システム)に利用されていると僕には感じる。 我々人間がたった二つの「右」「左」という箱に分類できる訳も無く、この島に住む者たちが人種などという悲しい過去を乗り越え、そろそろ一致結束して西の方から押し寄せて来る何かの大きな力、謀略に立ち向かわねばならないと思う。 憎むべき相手は我々を支配し始める壁、その先にある戦争なのだから。
2013.05.19
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2009年2月、エルサレム賞の受賞の言葉として書いたものです。 当時ガザの騒乱に対するイスラエル政府の姿勢に非難が集中しており、僕がエルサレ ム賞を受けたことについては、国内外で激しい批判がありました。 正直言って、僕としても受賞を断った方が楽だった。何度もそのことを考えました。 でも遠くの土地で僕の本を読んでくれているイスラエルの読者のことを考えると、そ こに行って、自分の言葉で、自分なりのメッセージを発する必要があるのではないか と思いました。 そんな中で、この挨拶の原稿を一行一行心を込めて書きました。ずいぶん孤独だった 。 ビデオで映画の『真昼の決闘』を何度も繰り返し見て、それから意を決して空港に向 かったことを覚えています。 「壁と卵」 私は一人の小説家として、ここエルサレム市にやって参りました。 言い換えるなら、上手な嘘をつくことを職業とするものとして、ということでありま す。 もちろん嘘をつくのは小説家ばかりではありません。ご存じのように政治家もしば しば嘘をつきます。 外交官も軍人も嘘をつきます。中古自動車のセールスマンも肉屋も建設業者も嘘をつ きます。しかし 小説家のつく嘘が、彼らのつく嘘と違う点は、嘘をつくことが道義的に非難されない ところがあります。 むしろ巧妙な大きな嘘をつけばつくほど、小説家は人々から賛辞を送られ、 高い評価を受けることになります。なぜか? 小説家はうまい嘘をつくことによって、本当のように見える虚構を創り出すことに よって、 真実を別の場所に引っ張り出し、その姿に別の光をあてることができるからです。 真実をそのままのかたちで捉え、正確に描写することは多くの場合ほとんど不可能で す。 だからこそ我々は、真実をおびき出して虚構の場所に移動させ、虚構のかたちに 置き換えることによって、真実の尻尾をつかまえようとするのです。 しかしそのためにはまず真実のありかを、自らの中に明確にしておかなくてはなりま せん。 それがうまい嘘をつくための大事な資格になります。 しかし本日、私は嘘をつく予定はありません。できるだけ正直になろうと努めます 。 私にも年に数日は嘘をつかない日がありますし、今日はたまたまその一日にあたりま す。 正直に申し上げましょう。 私はイスラエルに来て、このエルサレム賞を受けることについて、 「受賞を断った方が良い」という忠告を少なからざる人々から受け取りました。 もし行くなら本の不買運動を始めるという警告もありました。 その理由はもちろん、このたびのガザ地区における激しい戦闘にあります。 これまでに千人を超える人々が封鎖された都市の中で命を落としました。 国連の発表によれば、その多くが子供や老人といった非武装の市民です。 私自身、受賞の知らせを受けて以来、何度も自らに問いかけました。 この時期にイスラエルを訪れ、文学賞を受け取ることが果たして妥当な行為なのかと 。 それは紛争の一方の当事者である、圧倒的に優位な軍事力を保持し、 それを積極的に行使する国家を支持し、その方針を是認するという印象を人々に与え るのではないかと。 それはもちろん私の好むところではありません。 私はどのような戦争をも認めないし、どのような国家をも支持しません。 またもちろん、私の本が書店でボイコットされるのも、あえて求めるところではあり ません。 しかし熟考したのちに、ここに来ることを私はあらためて決意いたしました。 そのひとつの理由は、あまりに多くの人が「行くのはよした方がいい」と忠告してく れたからです。 小説家の多くがそうであるように、私は一種の「へそ曲がり」であるのかもしれませ ん。 「そこに行くな」「それをやるな」と言われると、とくにそのように警告されると、 行ってみたり、やってみたくなるのが小説家というもののネイチャーなのです。 なぜなら小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、 自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できな い種族だからです。 だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。 何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです。 何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだのです。 ひとつだけメッセージを言わせて下さい。個人的なメッセージです。 これは小説を書くときに、常に頭の中にに留めていることです。 紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。しかし頭の壁に刻み込まれています 。 こういうことです。 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、 私は常に卵の側に立ちます。(この文章のみゴシック体の太字) そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側 に立ちます。 正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。 あるいは時間や歴史が決定することです。 もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、 いったいその作家にどれほどの値打ちがあるでしょう? さて、このメタファーはいったい何を意味するか?ある場合には単純明快です。 爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。 それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひ とつの意味です。 しかしそれだけではありません。そこにはより深い意味もあります。 こう考えてみて下さい。 我々はみんな、多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。 かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殼を持った卵なのだと。 私もそうだし、あなた方もそうです。 そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面してい るのです。 その壁は名前を持っています。それは「システム」と呼ばれています。 そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。 しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。 冷たく、効率よく、そしてシステマティックに。 私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。 個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。 我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当 て、 警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じています。 生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせるこ とによって、 個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事 です。 そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。 私の父は昨年の夏に九十歳で亡くなりました。 彼は引退した教師であり、パートタイムの仏教の僧侶でもありました。 大学院在学中に徴兵され、中国大陸の戦闘に参加しました。 私が子供の頃、彼は毎朝、朝食をとるまえに、仏壇に向かって長く深い祈りを捧げて おりました。 一度父に訊いたことがあります。何のために祈っているのかと。 「戦地で死んでいった人々のためだ」と彼は答えました。 味方と敵の区別なく、そこで命を落とした人々のために祈っているのだと。 父が祈っている姿を後ろから見ていると、そこには常に死の影が漂っているように、 私には感じられました。 父は亡くなり、その記憶も――それがどんな記憶であったのか私にはわからないま まに―― 消えてしまいました。しかしそこにあった死の気配は、まだ私の記憶の中に残ってい ます。 それが私が父から引き継いだ数少ない、しかし大事なものごとのひとつです。 私がここで皆さんに伝えたいことはひとつです。 国籍や人種や宗教を超えて、我々はみんな一人一人の人間です。 システムという強固な壁を前にした、ひとつひとつの卵です。 我々にはとても勝ち目はないように見えます。 壁はあまりに高く硬く、そして冷ややかです。 もし我々に勝ち目のようなものがあるとしたら、それは我々が自らの、そしてお互い の魂のかけがえのなさを信じ、その温かみを寄せ合わせることから生まれてくるもの でしかありません。 考えてみてください。 我々の一人一人には手に取ることのできる、生きた魂があります。 システムにはそれはありません。 システムに我々を利用させてはなりません。 システムを独り立ちさせてはなりません。 システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです。 私が皆さんに申し上げたいのはそれだけです。 エルサレム賞をいただき、感謝しています。 私の本を読んで下さる人々が世界の多くの場所にいることに感謝します。 イスラエルの読者のみなさんにお礼を言いたいと思います。 なによりもあなたがたの力によって、私はここにいるのです。 私たちが何かを――とても意味のある何かを共有することができたらと思います。 ここに来て、皆さんにお話しできたことを嬉しく思います。 村上春樹
2013.05.16
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・5、15、水 武田氏の講義「正しい歴史認識」が13回まで進み、その後記事が出ないので、このシ リーズはとりあえずここで一段落と考える。 ●中国・韓国が日本に対して要求し続ける事柄「戦犯者を祭る靖国参拝を取り止めよ」「かつての日本によるアジア侵略を認めよ」「慰安婦問題を謝罪し保証せよ」など、それらの訴えに対し我々はどう受け止め、どう考えるか。 ●「軍備反対」「戦争反対」という正論を持って、いざという時の防衛をどう考えるか。 ●アメリカに支配されたままの日本、中国・韓国を使って責任を問われ続け、アジアから孤立させられ続ける日本をどう考えるか。 ●白人、特にアングロサクソンにしてやられ、それに気付きもせずに白人崇拝を拭いきれずにいる日本をどう考えるか。 これらの問題を今までとは違った視点、それがやや偏りのある見方であるとしても、全く違う側面から話が聞けたことは有意義であった。 我々にとって大事なことは、一つの考え(あたかも正論と見える事柄)に固執せず、自分たちにとって重要な問題であればあるほどいろんな側面から、いろんな人の考えに耳を傾けてみることが大事であろうと考える。 いつも公平な目を持たねばならないのだけれど、我々人間は、得てしてすぐに何かの思想や環境に簡単に左右されてしまうものなのだから。 僕が武田氏の講義で新たに認識したのは、人間の世界もまた動物たちの世界と同様、弱肉強食であるということだ。 それが戦争であれ、政治であれ、経済であれ、ヴィジネスであれ、文化であれ戦い、そして相手を倒し、食い、自分の下に据える。 それがどうやっても逃れることのできない我々動物の進化の定義であり、発展の定義であるDNAにプログラミングされた宿命なのだ。 我々が「神」と呼んでいる創造者は(僕はその創造者をヤツと呼んでいる)、進化・種族保持・子孫繁栄のためには、一度に一千万人の人々、子供や年寄りや女性を含む無抵抗な人たちを殺戮することなど何とも思っていない。 ヤツの中では、一人ひとり個人の尊厳など何の意味も持たないのだ。 武田氏の講義では、結局のところその抗うことのできないDNA、その宿命に沿った形でやって行くしかないということが分かった。 でも何かが納得できない。 これらのDNAは群集での機能であり、我々個人は何処までも我々の内部に組み込まれている装置に抗い続けなくてはならないのではないか。 殺しあいたくなければ、やらねばならないことはDNAとの戦いである。 マンションの奥様方が互いの家族を比べてライバル心を持つことも、仕事場で出る釘を打つことや出世を競うことも、クラス内で自分が孤立することを恐れて誰か弱そうなやつを皆で苛めて結束を固めようとすることも、周りの皆を自分の意見に従わせないと気がすまないこともすべて戦いに繋がるDNAだ。 そのDNAに抗うことが出来ずして「戦争反対」「軍備反対」と叫ぶことができるのか? 上辺だけの正論、綺麗ごとはもうたくさんだ。 我々はただ国という巨大な力にやらされて、外国まで行って見たことも話したこともない、憎しみなどかけらもない相手を殺したり、殺されたりしたくないだけである。 実際に戦いの現場で殺しあったり、死と直面したことのある者だけが「戦えば何が起こるか」という意味を知っているのだろう。 国単位の群集による歴史とは別に、我々は一人ひとりの個人のDNAとの戦いを強いられることになる。 武田氏の講義を受けて一層混濁した頭を抱えていた時、一つの文章を見つけた。 村上春樹が、当時イスラエル政府がパレスチナの庶民に対してエルサレムガザ地区を砲撃し、多くの子供を含む市民を虐殺した中、エルサレム文学賞を受けるためにイスラエルに出向き、現地の人たちの前で語った、その時の原稿である。 「壁と卵」というのがその題名である。 2009年、当時その状況はテレビで短く放映され、英語で語る中に彼は「エッグ」という単語を何度も使っていたことを憶えている。 この原稿の全文をある本で見つけて、僕の中にあるもやもやとした思い、言葉にも文章にもできなかった何かがそこにすべて書かれていることにとても驚き、久しぶりに眼に涙が滲んだ。 彼の言う「壁」には、僕の言うDNAという意味が含まれていることも読み取ることも出来る。 村上氏は2009年のその時を振り返り、コネントを付けて原稿を全文掲載している。 その時僕はテレビの彼の演説を聴きながら「1Q84の刊行直前に、うまいデモンストレーションをやったな」なんて意地悪なことを思ったものだが(実際そのせいで本はベストセラーに売れたが)、どうやらそんな思惑もなかったようだ。 次に掲載する全文は少し長くなるが、是非読んで欲しい。
2013.05.15
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・5、12、日 パート2 「思想や個人的な恨みや、右・左や、偏った見方などで公平な目を失うことに気をつけ、できるだけ歴史をそのままの事実として正しく認識することに勤めたい。 だからこれもアメリカ批判という風には取ってもらいたくない」と武田氏は注釈している。 「アメリカは人種差別で成り立って来た国であり、イギリスから分かれて移って来た人々が飛び込んで来たのは有色人種の国だった。 そこでインデアンを600万人虐殺(数から言えばナチスドイツとは比べ物にならない)。 インデアンは気高い民族で、決して人に使えないという信念があるためアメリカ人の思うようには働かないので、すべて殺すということになった。 それに対して黒人はおとなしく働くので、アフリカから大量に輸入して来て奴隷とした。 アメリカにいた日本人は奴隷にすると攻撃したり自殺したりしたが、中国人は不思議な民族で、奴隷として過酷に働かせてもその境遇を苦にしないようなところがありよく働きはしたが、彼等は金儲けがうまくそのうちにその頭角を現したので、チャイナタウンに柵をしてその中の中国人を皆虐殺したりもした。 アメリカ人は自分たちを上回る者は殺すというやり方なので、日露戦争で勝ち、欧州戦争でドイツに勝った日本はひょっとしたら自分たちを上回る能力を持つ民族かもしれないと思い出し、カリフォルニアやサンフランシスコにいた日本人に弾圧を加えた。 1919、第一世界大戦後のパリの平和会議で「諸国民は平等である」という定義を日本から発信して条約を定めたが、アメリカにとっては差別がなくなると困るため、当時のウィルソン大統領の方針で国内条約には入れなかった。 私はアメリカ滞在中、日本の大学院生が来た時に、アメリカ人の差別体質を実際に体験させるべきだと思い、その地区の白人しか入れないというレストランに頼んで入れてもらい食事したことがある。 今は随分有色人種差別も緩やかになったと見えて、我々を入れてはくれた。 レストラン内はギリシャ風の柱が並び、白い美しいドレスを着たすらりとした女性が何人も着いてテーブルまで案内してくれ、我々はゴージャスに食事したが、周りの客は「何だこいつら」という目で我々をじろじろ見ていた。 学生に「ほら、彼等の視線をよく見るんだ。 これは日本のレストランでは見ることのできない差別の蔑視の目だ」と私は囁いた。 「こいつら、汚いやつらだな」という目だ。 このように彼等白人の中にある意識、有色人種は奴隷というものの他には考えられず、家畜と一般であるという意識は今なお彼等の胸に潜む拭い切れない感情なのだ。 しかしそれは彼等がその差別の上に成り立つ民族だから仕方ない。 問題は、我々有色人種本人がアメリカ人に無垢な尊敬を抱いているところにある。 今でも日本の文化人にもアメリカの言うことは正しく、自分たちは常に彼等を見習わねばならないと思っている者が多いのだ。 インデアンを600万人殺戮したアメリカを非難せずに、アメリカの操縦する中国・韓国に「日本の侵略を謝れ」と攻められて「ごめんなさい」と言っている日本人が多い。 有色人種の行う差別は過酷に非難し、残虐極まりない白人の行う差別はどこかで正当化している我々有色人種自身の心に気付かねばならない」 この記事は、確かに我々の心に潜む白人崇拝のコンプレックスのようなものに気付かされる指摘である。 白人を良い意味で尊敬するのならばいいが「やっぱり自分たちは有色人種だからな」と卑下する気持ちが何処かに潜んでいるとすれば、それが大きな問題だと武田氏は訴えているのだ。 ドイツに暮らすころ、ドイツ人の友人たちに対して白人崇拝の心があったかと振り返れば、実感としては思い当たらない。 長く付き合ってみれば、肌の色が違おうが、目の色、言葉が違おうが、結局同じようなことで悩み、同じような愚かな問題を抱えた同じ人間であることが分かって来るからだ。 その上、彼等の中には経済大国日本への敬意のようなものもあるようだった。 しかし人によってはにこやかなその笑顔の裏に、親切な行為のその裏に有色人種への差別的な微かな感情が感じられなくもなかった。 買い物をしても、駅で切符を買おうとしてもそれは感じられる空気があった。 ある演奏会に行った時、何故だか客席には中国人らしき人たちがたくさんいた。 おそらく旅行会社のツアーの団体だったのだろう。 その時僕の後ろのドイツ人の夫人が「今日はどうしてこんなにアジア人が多いの?何だか気味が悪いわ」と呟いた言葉をいやに覚えている。 とは言え、ドイツ人が我々日本人に対する悪意は極めて少ないと思う。 それよりも驚かされたのは、彼等のアメリカ人への嫌悪であった。 彼等はアメリカ人に対して露骨にいやな顔をした。 ある時A先生のところに何処かの歌劇場で歌っているアメリカ人の男性歌手がレッスンに来た。 レッスン自体は楽しそうに行っていた先生が、彼が帰った瞬間に顔を顰めたことを憶えている。 ロシアに二週間ホームステイした時も、ロシア人がアメリカ人に対して厳しい嫌悪を持っていることを知った。 彼等は其々アメリカ人のこれまでのやり方に我慢ならないというところがあるようだ。 アメリカにしてみれば、日本はやり易い民族だ。 どんな大量虐殺をしようとも、機嫌を取らなくとも常に尊敬してくれるのだから。 ーーーーーーーーーー 正しい歴史認識その13 人種差別の国・アメリカ 「americajinsyusabetsutdyno.191-(12:14).mp3」をダウンロード アメリカは人種差別で成り立っていた国だった インディアンは従わないので殺す アフリカ黒人はおとなしく働くので奴隷として使う 中国人はおとなしいがお金を狙うので殺す 日本人は自分たちより優れているので移民を禁止する 1919年、パリ会議で日本が提案した諸国平等の提案はアメリカによって拒絶 それでも、日本人はアメリカは正しいと仮定している理由 アメリカの正しさをアメリカ人から見ると (平成25年5月10日) 武田邦彦
2013.05.12
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・5、12、日 「正しい歴史認識」11回は、前回10回の復唱のような内容なので飛ばし、12回へと進む。 「憲法9条改正に関して、いつまでもアメリカのいいなりになる訳にはいかないので、基本的には賛成ではあるが、だがしかし、今の日本に軍を持つ資格があるだろうか。 今の日本上層部の言っていること、行動を見ているとやはりそれは危険極まりないことだろう。 日本は昔、何故戦争への坂道を落ちたか。 1914年11月8日の朝、青島(チンタオ)陥落に対して朝日新聞記事に踊った見出し。 愉絶快絶、狂喜(おかしくて仕方ない)。 それを受けて町では提灯行列が行われ、青島陥落大売出し。 元々日本としては、ドイツから青島を取り返した後シナに返すと断言していたが、一旦自分たちのものになったら態度は一変した。 それは、三宅雪嶺という当時の文化人を朝日新聞が御用学者として雇って「青島はシナに返す必要はない」と発言させたもの「必要の前には法律なし」という一言が日本人を変えた。 その後も朝日新聞の謀略によって、日本はシナから手を引けなくなって行く。 しかしこれは朝日新聞が悪いというよりも、そのように政府、軍の方針を先導するというのが新聞の役割なのだ。 随って日本はそれまでの防衛のための戦争から、醜悪なヨーロっパ帝国主義の利益戦争へと入る。 それに対して反対し、警告を発する人たちを押さえ込んだのが、その時も朝日新聞。 福島事故の時の政府、新聞、テレビの動きを見ていても「必要の前には法律なし」が横行している。 そればかりか「必要の前には法律はあってはならない」とまでになった。 よって今軍を持てば、法律などというものはたちまち意味をなくし、暴走が始まることは明らかである。 利益を求める者たちは、いつの時代も法律を守るものをバカにする。 これは青島占領の時に初めて出て来た日本人のヨーロッパ帝国主義の真似ごとである。 あの時利益を優先して、青島という小さな都市を取ることで日本は崩壊した。 その始まりの日が、朝日新聞報道の1914年11月8日なのだ。 その後敗戦後に朝日新聞は何事もなかったように態度を一変し、反日報道へと変わった。 利益の多い方へ多い方へと身を翻す新聞が、国を戦争へと転がり落とす要因になることも、日本が軍を持つべきではないと思う理由である」 ーーーーーーーーー 正しい歴史認識その12 戦争への坂道・・・朝日新聞と法令無視の時代へ 「tintaotdyno.198-(11:55).mp3」をダウンロード 憲法改正が論議されているとき、もっとも大切なのは「過去になぜ戦争になったのか ?」を考えることだろう。 細かい事は後にして、日本が戦争に突入した瞬間は、1914年11月8日であった 。この日、朝日新聞は日本軍の青島(チンタオ)占領を報じて、「愉絶快絶、狂喜」 という記事を掲載した。青島を占領していたドイツ軍は降伏した。 次の日には、この記事に扇動されて提灯行列、大売り出しなどがあり、さらに朝日新 聞は三宅雪嶺という当時の文化人に「青島を中国に返す必要はない」との論陣を張ら せて、世論操作を行う。 実は戦いの前、日本政府と軍は「支那に還付の目的」でドイツを攻撃すると最後通牒 で宣言している。この理由は形式ではなかった。それまでの日本は「領土的野心」を 持っていなかったからだ.それに対して雪嶺は「返さなくてもよい。必要の前に法律 無し」と論じる。 機会を見て、日清戦争、日露戦争と続いた「日本防衛戦争」の後に起こった、第一次 世界大戦のことを話したいと思うけれど、ここではそれは割愛して、この朝日新聞の 一連の「謀略」が日本を戦争に向かわせ、日中関係を決定的に破壊し、さらには日本 が「ヨーロッパ人と同じ醜悪な帝国主義」への道を転がっていった瞬間だったのであ る。 もし憲法を変えるなら、その前にまず現政権は二度と再び「必要の前に法律無し」と いう論理を持ち出さないことを宣言する必要がある。因みに、明治時代に行われた二 度の戦争では明治天皇が「国際法を遵守するように」と厳しく言っておられた。 (平成25年5月7日) 武田邦彦
2013.05.12
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・5、10、金 正しい歴史認識の第10回である。 「以前日本の教師も授業中『日本の侵略戦争』と当たり前のように発言していた。 教育の現場でとても強い力で反日教育が行われていた訳である。 前回述べたように、大東亜戦争でアジアに侵略しようとした白人の前に、中国だけが有色人種を征服しようとした白人側について、他のアジア諸国を裏切り堂々と台湾に高利貸しをして儲けようとまでしたのだ。 その中国が今日本に対して『侵略戦争を謝れ』と言えるのだろうか? オランダ軍に占領されたインドネシアは日本に助けを請め、日本はインドネシア軍を教育して、イギリスとオランダを退却させた。 多かれ少なかれ日本の白人への抵抗によって救われたアジア諸国、ビルマ・インドネシア・インドは、フランシスコ条約の際、日本に賠償金を請求しなかった。 またシンガポールは戦後日本への船舶通行税を取らずに、日本の復興を助けた。 インドの当時の大統領は、東京裁判を批判する声明を発表している。 白人が世界中で有色人種を抑圧する中で、大変勇気ある発言である。 当時痛い目に合っていながら、何故中国は白人に付いたのかは不明である。 しかし大体において中国人という人たちはそういうところがあるのかもしれない。 どんな時もプライドよりも金儲けという考え方である。 それに対して、当時韓国と台湾が日本と共にアジア開放に一役買ったことは大きな貢献である」 武田氏が訴えたいことは、今中国・韓国が常に「日本の侵略戦争を謝れ!」といい続けることに、我々は「日本人はそれだけ罪深いことを近隣諸国に対して行って来ているのだ」と彼等の言うことを鵜呑みにする前に、正しい歴史を知ることが大事だと言っているのだ。 彼の講義が偏りのあるものかどうかは後に考えるとして、兎に角最後まで武田氏の訴えに耳を傾けてみようと思う。 ーーーーーー 正しい歴史認識第十回 中国は白人側で戦った 「tadasiirekisi_10ajiadokuritutdyno.177-(13:14).mp3」をダウンロード [Photo。] アジアは「その国」のものではなく、すべて占領されていた。 日本軍が戦ったのは「白人軍」であって、「アジア軍」ではなかった。 その中で白人側についたのは中国だけだった。 「正しい歴史認識」とは、まずは価値観とか利己ではなく、大きな事実を確認するこ と。 (平成25年5月3日) 武田邦彦
2013.05.10
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・5、8、水 武田氏の講義は、いよいよ1941年からの日本においての大東亜戦争の話に入る。 「韓国・中国・アメリカは口を揃えて『日本はアジア諸国を侵略した罪を悔いてはっきりと謝れ!』と言いつづけている。 しかしここで落ち着いて歴史を見てみると、日本が戦争を仕掛けたフィリピン・台湾・インドネシア・インドシナ半島・ビルマ・シンガポール・満州などはすべて何処かの植民地であり、日本はそれらの国と戦争をしたのではなく、そこを植民地としていた国と戦うために出向いて行ったのだ。 ビルマ・シンガポールはイギリスの要塞だったし、フィリピンはアメリカ、インドシナ半島はフランス、インドネシアはオランダの植民地だったし、ロシアは満州を着々と征服していた。 日本はそれらの白人たちをアジアから追いはらうために戦争を仕掛けた。 これを侵略戦争と言えるのだろうか? それに比べてローマ帝国はカルタゴからブルタゴまでを一方的に征服し、地中海に帝国を築いた。 でも誰もそれを侵略とは言わない。 オスマントルコ帝国は他の国を攻めた。 それに対して日本は他の国を占領している国の軍を攻めた。 しかしオスマントルコは侵略したとは言わず、何故か日本だけが侵略と言われる。 日本の行為が侵略で謝らねばならないのなら、アメリカ・イギリス・フランスはもう謝りっぱなしである。 ただ一つ中国にだけは侵略と言えなくもないが、あの時中国はアメリカ・イギリス・オランダと同盟を組んだので、結果中国に侵略を掛けたようになってしまった。 何故あの時日本の方に加担し、共に白人たちの侵略に立ち向かわなかったのか。 台湾・韓国は日本と共に戦った形となったので、勇敢なアジアと言える。 それに日本が中国を取りに行かなければ、中国は確実にフランスとイギリスのものになっていたかもしれない。 白人がアジアから去らねばならない切っ掛けを作ったのが日本なのだから、日本が行った戦争は侵略戦争ではなく、アジア開放戦争である。 これは右とか左とかいう問題ではなく、事実の歴史である。 まずその正しい事実を見極めてから、日本は正しかったのか、やむを得なかったのか、間違っていたのかを検分することが第一歩ではないだろうか」 この話を聞いていると、やはりアメリカが韓国・中国を洗脳して、日本が頭を擡げないように手を打っているという風に聞こえる。 戦後おそらく日本に軍を持たせないため、その脅威を封じ込めるためのものであって、経済的にも何かしらの抑圧を持たせるための戦略であるのかもしれない。 アメリカは韓国・中国のアジア人に対するライバル心の強さをうまく利用しているようにも、というのは僕の意見である。 これらはあくまで武田氏個人の意見であり丸のみするつもりはないが、それでもとてもとても興味深い問題定義である。 ーーーーーーー 正しい歴史認識第九回 「侵略戦争」ってあるの? 「tadasiirekisi_09sinryakutdyno.176-(11:37).mp3」をダウンロード [Photo_2。] 大日本帝国は「侵略戦争をした」と言う。戦った相手は、中国以外はすべて白人だっ た。 ローマ帝国は地中海全体を征服したが、日本の歴史の先生はローマから見た戦争を説 明したので、「侵略」とはなっていない。 アメリカはアメリカに西部地区、ハワイ、フィリピンを侵略したが、日本を侵略戦争 として非難している。 [Photo_3。] [Bandicam_2xxx-xxx-xxxxx_162406815。] (平成25年5月2日) 武田邦彦
2013.05.08
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・5、7、火 武田氏の「正しい歴史認識」のシリーズも、本当に言いたいことへと入って行く。 彼の音声で語っていることを要約してみた。 「1930年ごろの世界には、10カ国の独立国しかなかった。 日本・ロシア・スペイン・フランス・ポルトガル・ドイツ・イタリア・アメリカ・イギリス・オランダだけが独立国であり、後は何処かの植民地か、半分植民地であるような国々であった。 国のあり方は二つしかなく、独立国であるか、植民地支配された中にいるかであった。 独立国である条件は、周りの国々を領土とし外からの攻撃を防ぎ、植民地からの利益で国を運営する。 だから独立国でありたければ、どこかを植民地にする必要があった。 当時ヨーロッパが日本を植民地にしようと迫って来ていた時、日本は独立国として進むか、何処かの植民地となるかを選択せねばならなかった。 そして前者を選び、その結果外側に少し膨らんで自国を守り、帝国主義に入るしかなかったのだ。 もしその時日本が植民地の道を選んでいたら、今も何処かの植民地として独立国から100年は遅れていただろう。 経済大国日本は存在しなかったし、豊かな生活ももちろんなかった。 そしてそれはアジア諸国にも大きな分かれ道となっていたはずである。 日本がアジアの中でただ一つ独立国として持ちこたえたことによって、他の国々がやがて開放されることに繋がった。 考えてみて欲しい、ピストルを突きつけられた時、一瞬早く引き金を引かねば殺されるという事態で、日本に他の選択があっただろうか? そういう意味で、日本はアジアの希望の星であったはずだ。 インド・ビルマ・インドネシア・中東諸国はおそらくその日本の選択を評価することだろう。 だが韓国・中国はその時代自体を否定し「日本は我々の国を侵略したことを謝れ!」と言っている。 実際謝ってる日本人もいる。 だが今の時代の物差しで当時の時代を計ることはできない。 戦後アメリカの占領政策で、日教組・NHK・朝日新聞を中心に日本国内にたくさんの反日家を作ってしまった。 私は右とか左とかいう思想で動いているのではない。 正しい歴史を認識しそこねて、誰かに洗脳されたり操られたりしたくないだけである。 日本人は今、もう一度自分たちのことを考えてみる必要がある。 この武田氏の記事は、僕にとっても衝撃的なものであった。 一つの意見として納得の行く説明だったからだ。 もちろん国が動けば誰かが犠牲になることもある。 しかし今我々はもっと大きな歴史としての視野で、時代を見てみることも忘れてはならないのかもしれない。 兎に角僕が最も嫌悪するのは、誰かの思惑や策略に騙されて、その者たちの食い物になっていてそのことに気付きもせず、知らず知らずに連中の肩を持つようなことになって暢気にその状態に甘んじていることである。 思想に飲み込まれず、常に事実を見ようとする目。 まだまだいろんな人の意見を聞いて、本当のことを知らねばならない。 ーーーーーーーー 正しい歴史認識第八回 世界には10カ国しかなかった?! 「tadasiirekisi_0810kakokutdyno.175-(11:13).mp3」をダウンロード [Photo。] 「歴史」というのは過去の事であり、過去は現在とは違う。 過去は過去の状態があり、価値観があった。 「なぜ王朝時代に民主主義ではないのか!」と起こってみたとしても仕方が無い。 「正しい歴史認識」というのは、「現在の価値観で歴史を見ること」なのか、「その 時代の価値観で歴史をみること」だろうか? 日本が大東亜戦争を始める前、世界にはおよそ10カ国しかハッキリとした国はなか った。 (平成25年5月2日) 武田邦彦
2013.05.07
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・5、5、日 パート3 1900年、今から110年前にロシアは着々と中国に進出し、とうとう世界最大のバルチック艦隊は台湾から対馬海峡に入り日本海に進もうとしていた。 そのころ日清戦争にようやく勝利した日本は、次にロシアという大国に立ち向かわねばならない運命にあった。 しかし当時上層部では誰一人大国ロシアに勝てると見る人はいなかったという。 とは言え攻めて来るロシアを追い払わない訳にはいかない。 島根か鳥取に上陸するであろうロシア軍に「私は一兵卒として戦う!」と伊藤博文は言ったという。 周りの人々は皆「2000年続いた日本国も、これで植民地になるのか」と内心腹を据えたらしい。 ところが奇跡が起こり、佐世保にいた東郷平八郎率いる日本艦隊は、待ち伏せして有意義な作戦でバルチック艦隊を全滅させる。 その時点がアステカ帝国、インカ帝国、マヤ文明、アフリカ、インド、フィリピン、中国などが白人に痛い目に合い続けていた中、世界で始めて有色人種が白人に勝った瞬間であった。 もちろんロシアの本部はモスクワだから、艦隊がやられたぐらいで国がどうにかなる訳ではないが、それでもロシアは中国から追われ退却することになる。 それらのことがあり、多くのアジアのイギリス植民地も日本が解放することになる。 日本がロシアに勝って一番喜んだのはトルコであったそうだ。 トルコは長い間ロシアに痛みつけられて来ていて、この日本の勝利を今でも尊敬を持って記憶しているとか。 日本とトルコはそれからもずっと友好関係にある。 日本国内で日教組による反日教育を受けて来ている我々は、そのことすら知らない。 武田氏がここで「正しい歴史認識」と証する講義を繰り返す理由は、我々は学校で、教科書で兎に角必要以上の反日教育を受けて来ているということだ。 「日本人は残虐でスケベな極悪非道な野蛮人である」という風に思い込まされて来ている。 テレビの番組でも確かにそのような反日の内容が多い。 よって日本人自ら「自分たちはアジアで酷い悪行を繰り返して来ているのだ」と思っている。 アメリカ、イギリス、ロシア国民はそんな風に自分たちを反省している者はいないだろう。 ここにはもっと深い問題が隠されていると思われるが、そのことはまたの機会に書く。 兎に角武田氏は戦争における日本の功績を見直し、自分たちを卑下することだけは止めなければと考えている。 「正しい歴史認識で話すのなら、中国、韓国は『あの時の日本には本当に感謝せねばならなかった』と言うべきであろう」と。 もちろんそれは今の日本人にとって大事なことだろう。 だが戦争功績ばかり誉めそやしていると、また行き過ぎて軍国青年育成に繋がって行きそうで怖い。 日本国民の自信を取り戻すことも大事。 人殺しを正当化した間違ったプライドばかりを育てることも危険。 これもまたバランスの問題になる難しい意識改革である。 ーーーーーー 正しい歴史認識第七回 日露戦争はなぜ起こったか序論 「tadasiirekisi_07nitirosensoutdyno.174-(14:15).mp3」をダウンロード 日露戦争とは何だったのか? なぜ、ロシアと日本の間にあった朝鮮(李朝朝鮮)は 南下するロシアに対して国を守ろうとしなかったのか? なぜ南下するロシアに対し て中国は国を守ろうとしなかったのか? その序論に当たります。 [Photo。] [Bandicam_2xxx-xxx-xxxxx_131925490。] (平成25年5月1日) 武田邦彦
2013.05.05
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・5、5、日 パート2 武田氏の講義、明治のころに行われた朝鮮併合の話である。 今から800年ほど前日本の鎌倉幕府のころ、蒙古が大変な勢力を持ち、中国が占領され元となり、随って中国の属国であった朝鮮も蒙古のものとなった。 そして元寇に日本は何とか持ちこたえて、彼等に占領されずに済んだ。 もしそこで鎌倉幕府が彼等を追い払うことができるだけの力(軍備)がなければ、今の日本も大きく違っていただろう。 我々は北条時宗率いる鎌倉幕府に大いに感謝せねばならないのだ。 その後1800年代後半、ロシアが南下し中国を占領した。 その時の中国は国も弱っていて、王も軍も貧弱だったため、ほとんど何の抵抗もなくロシアに占領されている。 属国であった朝鮮は、随って間もなくロシアの支配下となるだろう瞬間、日本が出張って来た。 結果ロシアが退散し、日本は満州鉄道を引継ぎ、朝鮮は日本併合ということになった。 もし日本が出て来なければ、今でも朝鮮も中国もロシアの植民地となっていた訳だ。 だがそこで日本人による差別や暴力が多少あったため(あえて多少というのは、イギリス、アメリカなどが行って来た残虐非道に比べれば規模が著しく小さいという意味である)今の韓国の人たちには物申すことがたくさんあるだろうが、歴史的には日本はロシアから朝鮮を救ったとも言える。 「これは自分が日本人だから都合よく言っているのではなく、歴史的に見て事実なのだ」と武田氏は注釈している。 にも関わらず、韓国人にはロシアやモンゴルへの恨みはほとんどなく、一心に日本への恨みが強く残っている。 どうしてなのだろう。 記憶が新しいからだろうか。 それとも日本のやり方が下手だったのだろうか。 また、アメリカ辺りが韓国の教科書を操作しているようなことがあるのだろうか。 武田氏は「これは今の韓国の人たちは見たくないものだろうが」と注釈した上、今から100年以上前、日本の明治のころの韓国ソウルの町の風景を写真で紹介している。 衰退した王宮の前に、掘っ立て小屋のような庶民の住処が並んでいる。 今のソウルからは想像も出来ない。 この時点で韓国はほとんど国とは言えなかった。 王も居るには居たが、政府もなく、軍もなく、疲弊した国というものの一番新しい例ではないだろうか。 韓国の人たちには気の毒だが、国力が落ち、軍を持つ力さえなくなった国というものは、周りから攻め続けられどんな悲惨なことになるか、その例をここに見て勉強せねばならない。 武田氏いわく「国というものは必ず繁栄する時期と衰退する時期がある。 その衰退の時期にタイミングとして他国から攻められれば大変な不幸に見舞われることになる」と。 ーーーーーーー 正しい歴史認識第六回 朝鮮半島の歴史 「tadasiirekisi_06tyousentdyno.173-(8:41).mp3」をダウンロード 正しい歴史認識には、正しい歴史の事実を知ることでしょう。そして日本にとっては 、今問題になっている明治の初めの日本と朝鮮半島、それにロシアの関係がもっとも 重要です。 [Photo。] 明治の時代の朝鮮がもう少し国としての力があれば、かなり歴史は違っただろう。 ロシアが満州に来ても、それは日本の脅威ではなく朝鮮の脅威のはずだった。でも朝 鮮は実体的には「自衛する国家」ではなかった。 そこに「正しい歴史認識」の問題がある。 [Photo_2。] [Photo_3。] [Photo_4。] (平成25年4月30日) 武田邦彦
2013.05.05
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・5、5、日 武田氏の講義によれば、1800年代後半にロシアはシベリアから満州、旅順辺り一帯に進み出て、シベリア鉄道、満州鉄道を引いて目覚しく膨張し始めた。 これはもちろんイギリス、アメリカの世界征服に危惧したロシアがアジアを抑えに掛かったものであろう。 中国を取りに動き出したということは、日本にとっても大きな恐怖である。 いずれ日本にも侵略の手は伸びてくるであろうことは明白である。 そこで台湾、朝鮮を先に取りに出ることになる。 やがて日本とロシアはぶつかり、何と予想外に日本が勝つ。 これは西欧中を仰天させた。 今まで東洋人というものは戦うことには全く無力で、騙すのは赤子の手を捻るようなもので自衛一つ出来ないやつらとバカにしていたのに、日本なんて気にもしていなかった小さな国が、大国ロシアを負かしたということへの不意打ちである。 歴史から見ても、中国、朝鮮、フィリピン、台湾、インドなど、ほとんど白人には無抵抗にも近い状態で屈服し占領されて来ている。 アジアでただ一人日本だけが白人に立ち向かったとも言える。 立ち向かった日本が正しいか間違っているかは別の問題として、国は自衛するためには膨張せねばならなかったということだ。 ただこれは国単位の歴史であり、中国や朝鮮に出向いて行って、日本軍がその勢力を誇示して、無抵抗な庶民を殺戮し続けたことはまた別の問題である。 「俺たちは有能な日本人だということが、日露戦争以後分かって来た。 だから貴様ら無能な連中は虫けら以下で、俺たちに面白半分に殺されても当然だ」というような意識が個人の中にあったのだろう。 バカに武器を持たせると始末に負えない、ということだ。 だがこれは日本人に限ったことではなく、どこの人間でも戦勝国というのはこのような思い上がった状態になる。 これこそが戦争の恐ろしい現象の一つであろう。 もし白人がアジアを抑えに掛かった時に、中国、朝鮮、日本が団結して彼等に立ち向かえることができれば、アジアの歴史も大きく違っていただろう。 だがその頃の日本は日露戦争の勝利に酔いしれて、大陸でも力で抑圧することしかできない幼稚な精神状態であったと見えて、アジアが団結することなど不可能であった。 そして白人の戦略から今でも「日本は常に叩いておけ」という風潮が中国、韓国にある。 さてここで考えねばならないことは、1800年代のように、各大国が我々を飲み込もうとして進出して来たらどうするのかということである。 「そんなことが今の時代に起こるものか」とほとんどの人が思っている。 しかし数千年の年表を見てみると、我々人間は戦争と平和を繰り返して来ている。 時には何百年の平和な時期もあるのだが、やはり何時の日かまた争いが始まっている 。 争い殺し合うことが我々人間のDNAなのだから遺憾ともし難い。 いくら平和を望んでも、またいつかこの島国にも侵略を仕掛けて来る国が現れるだろう。 「戦争反対!軍備強化反対!」と声を上げて叫んでいる時は平和な時である。 外部からの暴力に対しての抵抗力がなければ、たちまち奴隷となり、貧困が襲い、自信を喪失し、心は荒んで行くことだろう。 「あそこはやっかいだから手を出さない方が賢明だ」と思わせなければならない。 国は、他国から一度ツラを舐められれば終わりである。 だが公的に軍を持てば、必ずそれは暴走し、軍が政治を司ることになり、じわじわ恐怖政治、国民を騙しながら独裁国家が出来上がって行くことは容易に想像できる。 僕は武田氏のように人を信じることはできない。 どうすればいいのか、答えは見えない。 ーーーーーーー 正しい歴史認識第五回 中国がほぼ見えなくなった時代 「tadasiirekisi_05chugokutdyno.172-(12:34).mp3」をダウンロード [Photo_2。] (読者の方からのご指摘で、時間的に「日清戦争ー日露戦争ー第一次世界大戦」なの ですが、音声で日露戦争が後のように話しています。また1895年と言うべき所を 1995年と言ったりしていますので、早い機会に音声を直します) 今では中国は大国ですが、日本と中国の問題が起きた頃、実は中国という国はなかな か「見つけることが難しい国」だったのです。 アジア民族がヨーロッパ人の侵略で呻吟している頃、中国(支那)はどんな状態だっ たのでしょうか? (平成25年4月29日) 武田邦彦
2013.05.05
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・5、4、土 武田氏はすでに十回に渡って「正しい歴史認識」というシリーズを書いている。 まずその四回までをまとめて考えてみたい。 武田氏の講義を聴いていると、確かに我々は世界の歴史を大きな視野では見ていない。 というか、本当のことを習っていないのだ。 日本の教科書までが、白人を「良い人たち」として掲載しているようだ。 そういう意味で敗戦国である日本は、アメリカやヨーロッパの監視のもとに教科書作製が行われているのではと疑う。 16世紀にオランダ・ポルトガルが時計回りに世界を征服し、その後19世紀にイギリスがそれをすべて奪った。 七つの海を征服したイギリスは、インドシナ海から中国に攻め込み、植民地支配を拡大し続けた。 侵略された国々では、もちろん多くの人たちが残虐な殺され方で、そのやり方と数は他に例を見ないほどのようだ。 イギリス人のやり方は、その国で能力の高い者が出て来ると、連行して両手首を切り落とす。 奴隷として働かせているアフリカの黒人が少しでも怠ければ、子供でも容赦なく両手首切り落としである。 そしてオーストラリアでは、アボリジニ人をゲームとして楽しんで殺し続けた。 崖の上に立たせて、そこから突き落として皆で笑って遊んだ。 兎に角イギリス人の残虐、かつ獰猛さは他に例がないほどであるそうだ。 その後アメリカがイギリスから分かれて、サンフランシスコから西へ西へと拡大し、太平洋まで渡ってぐるりと地球を半回転以上し、領土を拡大し続けた。 しかしアメリカ人というのは、いわゆるイギリス人である。 彼等アングロサクソンは、兎に角ずる賢く、侵略し大虐殺を数多く行っても、それを相手に恨みとして残さず、侵略さえ正当化した理論を立て、悪評が立たないようにする術を持っている。 そして有色人種は皆その詭弁にころりと騙されているのだ。 何百年征服された上海でも、ほとんどイギリスへの恨みというようなことは聞かない。 インド人がイギリスから受けた残虐な歴史も、あまり恨みとして聞こえてこない。 そして落ち着いて見てみると、白人通しではほとんど戦争を行っていない。 スペインとポルトガルとイギリスとアメリカとロシア。 これらの膨張主義の国々が何処かでぶつかっても不思議ではないはずだが、何と彼等は皆うまく領土を分けて争わず来ている。 そして彼等の狙う領土というのは、ほとんどが有色人種の国なのだ。 ここに「白人は優れた人種で、バカな有色人種を皆で奴隷にして楽に暮らし、利益を増大させよう」という、何とも見下された視線が見えて来る。 ここで武田氏が一番述べたいことは「中国・韓国・日本は、彼等白人によって仲違いさせられている」ということのようだ。 白人たちにとっては、これら三国がなかよく手を組めば困ることになるのだ。 特に日本に勢いがあったころは、アジア中で日本を悪者にする必要があった。 悲しいかな、東洋人は白人コンプレックスが強い。 隣のアジアの国には信頼が持てず、また変なライバル心ばかり強くて、それに対して白人の言うことなら素直に聞き入れてしまう。 嘘をついてニコニコして他人を騙し、偽善でもってうまく人を利用して気が付かぬ間に支配してしまっているというような複雑な悪意は、儒教を基本にした我々東洋人には本来体に馴染まないのだ。 これこそが明治に入って西洋人の真似事で他人を小ばかにする偽善社会に辟易していた、夏目漱石や太宰治の小説で語られていたことなのだ。 我々東洋人はそんな白人の真似はせず、我々に合ったやり方でヴィジネスも政治も行うべきだと武田氏は訴える。 確かにそれが我々の大きな間違いであるのかもしれない。 ーーーーーーーー 正しい歴史認識第一回 スペイン・ポルトガル 「tdyno.162-(7:59).mp3」をダウンロード 16世紀から始まったヨーロッパ人の世界支配 ものすごく残虐な大量殺戮 日本の戦争は350年にわたる大きな世界史の動きの一つ 歴史を「どの国にとっても中立的に正しく」理解しよう。 [Photo_2。] 武田邦彦 正しい歴史認識第二回 イギリスの七つの海の支配 「tadasiirekisi_02igirisutdyno.166-(10:32).mp3」をダウンロード [Photo。] ギリシャから始まったヨーロッパの繁栄は時計回りにイタリア、スペイン、ポルトガ ル、オランダ、イギリス、フランス、ドイツと進んでいく。 彼ら白人はそのたびに有色人種の国を支配してきた。 19世紀はイギリスがインド洋の回りの国(図)とカナダなどを支配した。 その中で「生き残ったわずかな国」が日本であり、中国もほとんど支配地域を失った 。 (平成25年4月28日) 武田邦彦 正しい歴史認識第三回 ロシアの東進 「tadasiirekisi_03rosiatdyno.170-(8:32).mp3」をダウンロード [Photo_2。] ロシアというのはヨーロッパの白人の国 17世紀にシベリアを攻略して(侵略して)太平洋に至った。 中国より歴史的には膨張主義の国。 日本の北方からの圧力があることを知っておく必要がある。 [Photo_3。] (平成23年4月28日) 武田邦彦 正しい歴史認識第四回 アメリカのウェスタン・フロンティア 「tadasiirekisi_04americatdyno.171-(10:41).mp3」をダウンロード [Photo。] 正しい歴史認識の基礎として、イギリス、ロシアと進めてきましたが、今回はアメリ カで、次回の中国の考察で基礎編がおわりになります。 アメリカがこれほど膨張主義の国なのに、なぜ日本人はアメリカと敵対しないのか? も考える必要があると思います。 (平成25年4月29日) 武田邦彦
2013.05.04
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・5、2、木 昨日の話題の後、すぐに下記の記事である。 「民主党から自民党に変わって、少しは信頼のできる政治になるのかと思ったが、やっぱりだめだ!」と武田氏が嘆く。 まあこの人は何処までお人よしなことだろう。 日本は「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に反対をした。 どういうことかと言うと、「いかなる時も核は使用しない」という皆の合意に、日本・アメリカ・中国が反対したということだ。 その日本の姿勢を決めたのが安部政権。 安部政権になれば、いつかそのような核保有の意思をはっきりと声明することは、誰にでも想像できたはずだ。 なのにどうして頭脳明晰な科学者が自民党を信じて、その上裏切られたなどとトンチンカンなことを言うのだろう。 よく分からない人である。 武田氏の意見は「国を守るための軍備は必要である。 しかし核はあくまで核抑止力が目的で、決して使用することは許されない。 そして何時の日か世界中皆で核を0にすることを目指す。 安部総理のようにころころ言うことを変えて行く、このような内閣では軍を持つことに信頼はおけない」という。 核抑止力とは何だろう? チェイコフの言うドラマツルギーでは「物語に拳銃が出て来たら、それは発射されなくてはならない」とあるそうな。 おそらくこの世から核が消えることはないのではないだろうか。 よしんば地球上から核保有の国がなくなり、国際法で核使用を禁じたとしても、何時の日か誰かがまた始めることだろう。 一旦核爆弾がこの世に生まれ出たらもうおしまいである。 争うことが動物の宿命である以上、人間が核を捨てることは非常に難しい。 「国防軍は持ちます、核も保有はしますが決して使用しません」などという約束が果たして成り立つものなのだろうか? 人間をそこまで信頼できるのだろうか? しかしその反面、このまま日本が衰退して、周りの国から蜂の巣にされ侵略までされることがあるとすれば、だまって平和を唱えながら殺される訳にも行かない。 いくら日本だけで平和を唱えても、周りのすべてが野蛮に徹すれば綺麗ごとではすまないだろう。 しかしまたその半面、世界でただ一つの被爆国である日本が核に対しての危惧を言わなければ、一体何のための敗戦国であろうか。 堂々巡りの課題である。 ーーーーーーーー 時事寸評 安倍政権、信用できず・・核兵器使用禁止に反対 「tdyno.187-(9:01).mp3」をダウンロード 2015年に開催される核拡散防止条約に向けた第二回準備委員会で日本は「核兵器の人 道的影響に関する共同声明」に反対をした。理由は「いかなる状況下でも核兵器を使 用しない」という内容が「強すぎる」という理由からだ。核保有の大国以外の世界の 国はほとんどこの声明に賛成した。 日本の政治には哲学がない。これでは憲法改正、再軍備に反対せざるをえない。日本 政府は軍隊を持つ力がない。人を信用するということはその人が「同じ事を言う」こ とであり、変更の時には「その理由」を明示することだ。 原発に5000億円以上のお金を出し、不経済な発電をしているのは、やはり「原爆を持 ちたい」と思っていると考えられる。このような重要な政策を「国民はバカだから政 策を教えない」というなら、政権は信用できない。 簡単な事だ。日本は自衛のための通常兵器を持つことがあって、核兵器と被曝には常 に反対の立場を取ってきたし、それは真実の叫びでなければならない。 もともと核拡散防止条約は1970年に締結され、1995年に核軍縮を進める事で期限が撤 廃されているものだ。「核抑止力」というヨーロッパ流の「正義では無い正義」に日 本が屈服したら、何もできなくなる。 第二次世界大戦で「大東亜共栄圏」と言い、中国が白人側のついたのに対してあくま でもアジアの人のために戦って死んだ英霊にどうして報いることができるのか? (平成25年4月28日) 武田邦彦
2013.05.02
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・5、1、水 さて、いよいよ難しい問題である。 この話には触れずにいることも可能だし、ほとんどの人がそうしている。 だがあえて少し考えてみたいと思う。 何故ならそこにこれからの日本の大事な針路が含まれていると思われるからだ。 靖国参拝において確かに日本側と、韓国・中国側の言い分があり、それは永遠に交わりはしないだろう。 武田氏の考えは、公平に見ようとしながらもかなり自民党偏りである。 ここに何が含まれるかというと「私は日本人である」と言うことだ。 ●ここからは常に僕が思っている想像による問題点である。 今の日本の大きな問題は、日本にいながらにして「私は日本人だ」と主張しなければならない状況にあるということだ。 自民党の議員たちが、この大事な時に中国と韓国との友好関係を壊してまで靖国参拝を行わねばならない理由もここにあると思われる。 踏み絵のようなものなのだ。 今や国会の中には、帰化していても精神は日本人では全く居られないという他国出身の人たちがたくさん居る。 その人たちの中には母国と太いパイプで繋がった者もいるのかもしれない。 もし国会内で人種争いのようなことが水面下で過熱しているとすれば、日本にとって大きな危惧ということになる。 そして同時に我々庶民の生活の中にもその問題は浸透しているとすれば。 ルーマニア国内のセルヴィア人と何とか人の長い人種争いや、嘆きの壁を巡っての人種争いによる内乱のようなことは何処にでも存在する。 明治のころ、韓国は日本領土となり、多くの人たちが生きる糧を失い仕方なく日本に渡って来て細々と暮らしていた。 長い年月で少しずつ同郷の人たちがそこに集まり町が出来ても行った。 太平洋戦争のころ、中国や韓国から無理に連れてこられた人たちもいる。 そのような人たちが70年、100年経つ間にこの土地に根を下ろし、成功を収め生活を確立して行って、その子孫が大きく増大して今や日本人口のかなりのパーセンテージを占めているのではないだろうか。 それに随って国会議員も多く彼等の子孫が勤めるようになる。 そこに生まれる問題は、彼等が心の何処かでこの日本を故郷とは思えず、結果日本を利用するに終わることだ。 ここを故郷と思えない理由は、何百年の間日本人が彼等を差別し続けて来たからだろう。 狭い島国においては、外から入って来る外国人は宇宙人に相当する異物だったのだろうし、それに数少ない異国人を差別することで、日本人であることの自信と優越感を持ちたいという幼稚な非先進国な感情が蔓延していたことも否めない。 そのことで、未だどうしても差別された側のしこりは消えずにくすぶっているということなのだろう。 靖国参拝は、国会内で今やかなり数の少なくなった日本人がアップアップしながら結束を固めようとする、ささやかな抵抗のセレモニーに僕には見える。 よって下記の記事で武田氏が訴える「戦犯で裁判にかけられ処刑された日本人も、白人が決めた戦犯であり、本当に検分されて裁かれた結果ではない、中国、韓国はその白人の詭弁に乗ってはならない」というような意味のことを音声で語っている。 彼は何処までも白人に矛先を向ける。 また「それに伴い、もし中国・韓国が国内の統一を図るために反日を利用しているとすれば、これはまた新たな問題だ」と。 これは日本人が長い間国内で行って来た、いわゆるクラスの苛めと同じことが行われていることになる。 武田氏は「南京大虐殺はでっち上げで、日本軍は十万人虐殺したのではなく、数百人にとどまったのだ」とか「あの戦争は悪い戦争だったとは思わない」とか「靖国に祭られている戦犯者はアメリカが一方的に決めた判決だ、その証拠に広島に原爆を落とした当時のアメリカ大統領は戦犯ではない。 すべて勝者が正しく、弱者が犯罪者となるのが戦争だ」などと述べている。 もちろんこれも一つの意見だし、それを頭から否定はしたくない。 其々の人が其々の裏づけを持って考えを語ればいいし、お互いの意見に耳を傾けて、そこで自分の考えを常に見つめなおす作業も必要だ。 僕の意見は、南京で何人虐殺したかという人数は問題ではないだろう。 勢いに任せて他人の家に土足で乗り込んで、憎しみも恨みもない無抵抗な人々をただ殺して回ることは、やはり悪魔の仕業としか言えない。 「イギリスやアメリカ、遡ればエジプトやローマももっともっと惨虐なことをやって来ているのに、誰もそれを批判していないじゃないか。 それに比べれば極めて規模の小さい日本の罪を何故にそこまで批判し続けられねばならない」と武田氏を初め多くの日本人は言うだろう。 歴史を大きな視野で見て、学者として検分すればそのような矛盾も沸く。 しかしやっぱり罪もなく納得の行かぬまま殺された人々の無念を思いやる心は持つべきではないだろうか。 でないと、これから起こるかもしれない戦争がすべて正当化されることにもなる。 戦争の悲惨さは、国単位では見えて来ない。 個人と個人、殺す方と殺される方の個人関係の中にある。 また逆に、韓国や中国はその70年前の悲劇を何時までも利用して、何かの時には日本の首根っこを抑える手立て、また自国民の意識を統一するために、他人を苛めるような幼稚な方法で溝を深めてはならない。 この辺り近隣諸国が心から結束すれば、白人の詭弁に漬け込まれることもないのだから。 そして日本に生まれ育った元他国民たち。 この島は戦後70年を経て、すでに新しい国に生まれ変わるべきである。 複数人種が共に自分たちの暮らすこの場所をより良く前に進めるために。 ここで生まれ、同じ言葉を使い、同じ社会を共有すればすでにそれは同族である。 古来からの意識である日本人という概念は消滅し、新しいこの島の住人としてこの島のことを思いやる気持ちを育てる。 そして其々住む場所で人種が入り乱れ、混血だらけになり、その結果人種などというものも消滅して行く。 世界中がそうなれば、人種争いによるいがみ合いなど起こらなくなるのではないか。 もともと日本でも縄文人と北方からの移民と言われている弥生人が入り乱れ、その後曽我氏のころに朝鮮と日本の血が入り乱れ、その時点ですでに人種は消滅しているはずだ。 そのうち宇宙からの侵略者に対して「我々地球人は一致結束してこの地球を守るのだ!」と叫ぶ日も来るのだから。 ーーーーーー 時事寸評 靖国参拝の意味 「jiji_yasukunitdyno.166-(9:45).mp3」をダウンロード 靖国神社の参拝問題が毎年のように再燃する。今年はやや右傾政府なので、軋轢は増 えるだろう。この問題のキーワードは、 1)戦争で国のために命を捨てた人を後世の人が弔うのは当然、 2)どのような形で弔うかはその国の自由、 という「日本から見た当然のこと」と、 3)靖国神社には「戦犯」奉られている、 4)戦争で被害を受けた国民の感情を考えろ、 という「中国、韓国から見た当然のこと」の2つがある。 そこで、まず話し合うのは、 5)「戦犯」と言うけれど、東京裁判などの「負けた国を勝った国が裁く」(原爆投 下は勝った国がやったので、同じ事でも戦犯にならない)ということをどう解釈する か、しかも判決の主体は白人、 6)日本から見ると第二次世界大戦は「有色人種の解放」という大きなことを成し遂 げたが、その成果とその過程における不適切だったことの処理、 7)すでに戦後70年を経るが、何年間、「忘れられないのか」という問題、 でしょう。 これらの問題を日中韓で話し合うのが前進的ですが、政治的にまだ話すことができな いというほど弱い精神力なら、いがみ合って行くしか無いが、それはアジアのために はならないのではないか? さらに日本国内の問題としては、長く反日報道を続けてきたNHKと朝日新聞は、自分 たちの意思で反日活動をしてきたのですから、それが正しいと思っているはずです。 そらなら「なぜ反日活動が正しいのか」について正々堂々、主張をしてもらいたいと 思います。 (平成25年4月25日) 武田邦彦
2013.05.01
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