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どっちへ行けばいいのかと辺りを見渡していると、あの大きな目がウィルたちを見つけてくれたらしく、すぐにゴーストが二人迎えに出てきた。 いつものように覗き屋トムが頭上を旋回し、風穴テリーが温室の向こうの林でウィルたちを手招いている。 テリーの後ろについて行くと林の奥に続く小路があって、その先に苔むした石造りの、教室の半分くらいあるかどうかな小さな建物があった。 半分朽ちかけた木の扉を開けると、大方の予想通り、地下へと伸びる階段が黒々とした闇の中でウィルたちを待っていた。 「ルーモス、光よ」三人同時に杖を取り出し、呪文を唱える。依然とは段違いに明るい光が足下を照らし出した。 三人は互いに無言のまま階段を下りはじめ、口を開かなかったのが正解なことを実感した。 黴臭く埃っぽい、湿って淀んだ空気が顔や髪にまとわりついてくる。口を開けていたら、咳き込むことになったであろうことは確実だった。 さして長くもない階段を下り切ったのとほぼ同時に沈痛とは無縁そうな声が、精一杯沈痛な面持ちで挨拶するのが聞こえてきた。 「本日は私、レイチェル・クラッグのため、多数の来席を賜り光栄の至り、まこと感謝の言葉もございません。今宵は思う存分、歓談をお楽しみください」 三人は、レイチェルの言葉がいささか的からずれている、と思わずにはいられなかった。 歓談、しかできないはずなのだ。 ほかになにをすることもできない。なにやら食べ物らしきものがテーブルに載せられてはいたが、ゴーストたちが食べたり飲んだりできないことは周知の事実だ。 「ノックス、消えよ」つけたときと同じく、三人は同時に杖先の明かりを消した。会場内は所々にろうそくが灯され、何かにつまづいたりしなくてすむ程度には明るかった。 ようやく会場内に足を踏み入れたウィルたちは、会場の広さにまず驚いた。城の大広間とほぼ同じだけの広さに何百ものゴーストが思い思いに浮遊している。
December 22, 2005
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そんなわけで、この日はやたらと早く時間が過ぎていった。『魔法史』の授業が眠くならないうちに終わったことでもそれがわかる。 『変身術』ではそれが裏目に出て、ゴブレットに変えるはずのネズミがなぜか緑色の気味の悪い毛玉になってしまって、どうやっても戻せなくなってしまった。 そのために、ウィルだけが『変身術基礎理論』の長いレポートを書く宿題を出されてしまったが、それ以外は概ね平和な一日だった。 幸いなことに、今日は『魔法薬』の授業がなかったのだ。 だけど、残念なことにスネイプの顔をまったく見ずに済む、というわけにも行かなかった。 この日最後の授業だった『妖精の魔法』のあと、パーティーに向かうため急いで歩いていたところで不運にも出くわしてしまったのだ。 スネイプはクラッブとゴイルに魔法薬の教材を運ばせているところだったが、三人を見つけるといつもの冷たい微笑みを浮かべ、代わるように命じてきたのだ。 「レイブンクローにも、点数を稼ぐ機会を差し上げよう」 というのがその理由だったが、クラッブとゴイルにはそれぞれ10点づつあげておきながら、ウィルたちには三人で五点しかくれなかった。 どう考えても運んだ距離は二人より長かったし、一番やっかいな地下への階段もウィルたちが運んだというのに、だ。 もっともスネイプに出会って減点されずに済むだけでも奇跡に近いのが普通だから五点も貰えた、と思うべきなのかも知れない。 「置場所にはそれぞれラベルが貼ってある。文字を読むこともしらんというのでなければ、わかるはずだが?」 文字のかすれたラベルを、ほとんど推測で読みながら教材を並べる後ろでスネイプが意地悪く囁くのを努めて聞き流して、なんとかきちんと並べ終え、ようやく解放されたのは六時四十五分だった。 「あら、ミセス・ノリスがそっちに言ったばかりよ。気をつけなさいな」昼食時にキャロルがバスケットに詰め込んでおいたサラダサンドや鳥の足にかぶりつきながら廊下を急ぐウィルたちに親切な絵、窓辺に座って編み物をする老婆の絵だった、が警告してくれたので三人はその場に立ったまま食事を済ませ、ミセス・ノリスに合わないよう、ゆっくりと城の裏手に出るための廊下を進んだ。 廊下で飲食をすることをフィルチが認めるはずがなかったし、猫の嗅覚をごまかせる自信もなかったから。 それでも、スプラウト先生の温室の前に着いたとき時計の針はまだ六時五十五分を指していた。
December 21, 2005
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クィディッチの最初の試合は、生徒のほとんどが満足の行く結果で終わった。満足しなかった一部(全校の四分の一)の生徒がなにものかをあえて言う必要はないだろう。 観戦すること自体はどんなスポーツであれ、嫌いではないウィルもこの一試合だけでクィディッチがなんでこんなに人気があるのかを理解した。 スピードだった。特にシーカーと呼ばれるポジションの選手は見てるほうが目を回すくらい早く飛ぶ。それにブラッジャーの存在だ。 チェイサーがクアッフルを投げあい、ゴールするだけなら空飛ぶバスケットに過ぎないが、そう思っていると突然ブラッジャーが襲いかかってきて、ピーターがすかさず打ち返す。 一つのフィールド内でいくつもの動きが複雑に、かつ巧妙に絡み合いながらゲームが展開する。観衆が退屈する暇がないのだ。 野球のように区切りだらけではなく、サッカーや他の球技全般がそうなようにボール一つを目で追っていれば試合展開がわかるほど単純でもない。 ウィルは生まれて初めてスポーツに熱中し、何日間も興奮から覚め切れないままになった。 そんなだから、16日の朝。目を覚ましたとき、ベッドの脇に置いてあるカレンダーが赤い光で点滅しているのを見ても、それが何を意味するのかすぐには思い出せなかった。 ようやく思い出すと、ウィルはローブのポケットから大慌てでキャロルの作ってくれた『復習予定表』を引っ張り出し、時間を確認するためにページをめくった。 そして安堵のため息を吐き出した。ここ数日そうだったのだから、もうわかってはいたことだが、七時から九時の時間帯は夕食と入浴の時間ということで予定が入っていない。 夕食を大急ぎでかっ込み、入浴をさぼればなんとか礼を欠かない程度には出席できる。 朝食をとっている最中、ウィルはルビーとキャロルに夕食の時は一緒にいられないことを告げた。 「なんで?」ルビーが無邪気に聞き返すので、ウィルは『絶命日パーティー』に招かれたことを教えた。 二人とも、驚きで目を丸くした。 「生きてる人が招かれることってすごく希なのよ」 「って、いうより。招待されても行く物好きはあまりいないんだよ。生きた人間が行って楽しいとこじゃないから」 二人とも、ウィルが招待されたことよりも、その招待を受けたことに驚いているらしかったが、直後にはウィルの方が驚いた。二人ともウィルについて行きたがったのだ。 招待されていないものをつれていくのがいいこととは思われなかったので、初めのうちウィルはいい顔をしなかったが結局二人がついてくることを承諾した。
December 20, 2005
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【ナール=[北ヨーロッパおよびアメリカ原産]ハリネズミと間違えることが多い。この二つはまったく区別がつかないが、一つだけその行動に重大な違いがある。ハリネズミ用に庭に餌が置かれいると、ハリネズミはありがたくそれをちょうだいするが、ナールの場合は、庭に餌が供えられいると、家主が自分を罠にかけようとしていると考え、その庭の植物や飾り物をメチャクチャに壊してしまう。子供マグルが、いたずらして壊したと叱られることが多いが、真犯人は腹を立てたナールだ】 【ディリコール=[モーリシャス原産]丸々した胴体に、フワフワの羽根を持った飛べない鳥。危険を逃れる手段が際立っている。フッと消えると、その後にフワフワの羽根が数枚浮かんでいる。そして別の場所にフッと現れる。{不死鳥にも同じ能力がある} おもしろいことに、かつてマグルはディリコールの存在に十分に気付いていた。ただし{ドードー鳥}の名で知っていた。ディリコールが思いのままに姿を消すことができるとは知らなかったので、マグルは乱獲によってこの鳥が絶滅したと信じる。このことが、無差別に生き物を殺すことは危険だと言うマグルの認識を高めたようなので、国際魔法使い連盟は、ディリコールがまだ生存していることをマグルに認識させるのは適切ではないとしてきた。】 以上、ホグワーツ魔法魔術学校指定教科書。オブスキュラス・ブックス刊 『幻の動物とその生息地』(ニュート・スキャマンダー著)より引用。 鍋は小さいのが五つ買ってあるから、このうちの三つに基本の柚薬を分けてそれぞれを混ぜ込めばいい。今から作業しても30分と掛からずに済ませられるだろう。 まる一晩かけて煮込めば、柚薬は真に完成する。最初の空いてる時間、は二日後だから十分に間に合う。 その最初の日に杖材に柚薬を塗る。 一種類の柚薬を一回だけ、二回重ね、三回重ねしたもの9本。 実質的なことを言えば、一回塗り、二回重ねはほとんど反応らしい反応は示さないはずだった。 オリバンダー翁の若い頃、新しい柚薬を作った魔法使いがいきなり三回塗りで試し振りをしたところ杖が爆発し、腕を吹き飛ばす事故があった、と話してくれていたので、それを防ぐのが目的だった。 一回塗り、二回重ねのうちから強い反応を示すようなら、そうなる確率が高い、注意が必要というわけだ。 次に二種類の柚薬を順番を入れ替えながら塗ったもの6本。最後に三種類の柚薬で同じことをしたもの24本。 全部で39本、一本一本にどんな処置をしたものかを示す札をつけて作業は終わる。 徹夜しなければならないかも知れないが、一晩あればなんとか終わるだろう。 そのまま乾燥するのを待って、二回目で性能をテストする。乾燥には一週間あれば足りるから・・・。 「うん、大丈夫! 間に合うよ。今すぐに下準備する必要があるけど」手伝うつもりで手にとっていた羊皮紙の束をルビーに返して、ウィルは立ち上がった。 一足先に寮に戻らなくてはならない。二人に付き合った後では遅くなりすぎる。 おやすみを言って、寮に戻ろうとしたウィルにキャロルがなにか言いかけようとしたが、予期していたウィルは振り向きもせずにその声を遮った。 「遅くても30分で終わるから、心配しなくていいよ」
December 19, 2005
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「テ・・・ス・・・ト?」そんな言葉初めて聞いた、というような表情でルビーは切れ切れにつぶやいた。 クィディッチに浮かれていたのが嘘のようにがっくりと肩を落とし、自分の指先を見つめている。 テストのための勉強なんてしたことのないウィルは声もでなかった。テストの結果なんて気にしたこともなかったのだ。 点数が悪くても叱られたことはないし、いい点とったときも誉められた経験がないのだから、気になんてするわけがなかった。 「過去10年分のテストの写し! それが欲しかったの、どうやって手に入れたらいいのかって考えてたけど、これでそれは解決ね。各学科の先生がどんな問題出すか傾向を知ることができる。対策も立てやすくなるわ」 キャロルのうれしそうな声が、暗鬱とした思いに沈んでうなだれたウィルとルビーの頭上を通り抜けていった。 それでも、その日の夜から三人は談話室の奥、窓際のテーブルを一つ占拠して遅くまで起きていることが多くなった。 テストに対する考え方や思いは三者三様、てんでばらばらな三人だったが、一つだけ共通点があった。 他の一年生の大半が即座に選んだ「ペネロピーの演説なんて忘れる」という選択肢を選ばない、という一点に関しては見解が一致したのだ。 詰まるところ、それはなんにしてもテスト勉強に手をつける。ということだった。 キャロルは自分と二人のために復習予定表を作り始めたし、ルビーは無造作に積み重なっていた羊皮紙を大急ぎで教科ごと順番に並べ直す作業を始め、ウィルはシミだらけのノートをきれいに清書することにした。 そうすれば後が楽だし、それにこれなら嫌でも復習することになる。 羊皮紙の山を一度に片付けようとして、かえって手間取っているルビーに、一つの教科ごとに選別していったほうがいい、とキャロルが忠告する声を聞きながらウィルは自分のとったノートを睨み付け、新しい羊皮紙を前に羽根ペンを構えた。 だが、たいして時間の経たないうちに、ウィルは自分が思いのほか早く羽根ペンの扱いに慣れたことを確認した。 どの教科のノートを見ても、最初のほうは本当にひどいものだったが、次第に染みがなくなり、インクの濃淡が均一になっていくのがはっきりとわかった。 ルビーが羊皮紙の山をいくつかの束にまとめて順番を組み替えだしたころには、ついに直すべき箇所が見つからなくなっていた。 「あなたの宿題のことなんだけど・・・」 自分の作業に区切りを着けたウィルが時計をチラリと見て、今度は目の前の束をノートにしようとしているルビーを手伝い始めたところへ、作ったばかりの復習予定表を見ていたキャロルがそっと声をかけた。 「杖の、ってことよ。私、すっかり忘れてて毎日びっしり予定を入れてしまったの。ただ、クィディッチの試合がある日だけは完全に空けてあるからクリスマスまで二回は予定のない日がある。それで足りるかしら?」 ウィルはちょっと驚いた。杖の宿題についてはほんの一・二度触れただけでちゃんと話したことなんかない。それなのにキャロルはちゃんと覚えいて、気にかけてくれたのだ。 キャロルが心配そうな目で見つめる視線を横顔に感じながら、ウィルはやるべき作業を数え上げてみるために目を閉じて、しばらく自分の考えに沈んだ。 基本になる柚薬はすでに完成している。今は火から下ろして熟成の段階にある。後は最後の材料、オリバンダー翁の言う「作るものの個性」を混ぜ込めばいい。 ウィルはこの材料として、「ナールの針」、「ディリコールの羽根」、そして「ニーズルの毛」の三つを用意してある。
December 18, 2005
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絶命日パーティー 傷だらけのニーズルは、寮に入った途端に寮生全てに受け入れられた。はっきり言って、ウィルよりもウケが良かったくらいだ。 「ばぁちゃんの家で飼ってたことあるけど、クォーターでニーズルの血は四分の一程度しか流れてない奴だったんだ」 「尻尾がなくっちゃただの猫だよ」 「こんなに傷ついて、かわいそう」 ウィルそっち退けでニーズルを取り囲み、寮生たちは口々に感想やら批評やらを言い合った。 横で見ていて、ウィルが嫉妬するほどのものだったが、それは長く続かなかった。ニーズルよりも寮生、というよりホグワーツ全体の気を引くものがついに始まったのだ。 クィディッチ。いよいよ来週には最初の試合が行なわれる、というので嫌が応にも熱烈な盛り上がりを見せていた。 ものすごい量の宿題に追われながら、いつ準備しているものなのか着々と応援の準備が整っていく。 そのさなか、ウィルたちレイブンクロー生は地獄の日々に突入することになる。 始まりは監督生、ペネロピー・クリアウオーターの演説だった。 彼女は監督生という立場をあまり露骨に主張するようなタイプではなかった。普段は上級生の一人、という立場で一年生たちに接していたくらいだ。 それが、いよいよ今シーズンの最初の試合、スリザリン対グリフィンドールが三日前に迫った夕方、寮生全員を談話室に集め、「テスト勉強を始めるように」、と宣告したのだ。 キャロルが時折、テストのことを話題にするのを気が早すぎると思っていたウィルは驚いた。だって、テストがあるのは六月なのだ。まだ半年先である。 寮の隅に置いてあった、壊れ掛けの本棚を横倒しにした上に立ったペネロピーはなにか分厚い封筒を握り締め、厳かに聞こえるよう作ったと明らかにわかる声でゆっくり、静かに話し出した。 「いまさら言うのも妙だけど。私たちはレイブンクローの寮生です」 ペネロピーの長い演説は、この当たり前なことを改めて口にすることから始められた。 「組み分け帽子の歌にもあるように、知識を求める賢き者の住まう寮、それがレイブンクロー。もちろん、私だってクィディッチの結果は気になりますし、是非優勝してほしいと切に願っています。ですが、レイブンクローにとってはクイディッチの優勝杯よりも、学力テストの順位、平均点の高さのほうが重要なのです。過去、数百年のあいだ我がレイブンクローはテストにおいて常にトップであり続けてきました。平均点で言えば二位との間に二桁以上の差をつけていた。それが去年、こともあろうにスリザリンに六点差まで詰め寄られると言う失態を演じてしまった。二桁を割ったのは実に127年ぶりという屈辱だったのです」 ここでペネロピーはいったん言葉を切り、寮生の顔を見渡した。特に、一年生と二年生に鋭い眼差しを向けたのだ。 「16週間。テストまでの時間です。長すぎると思うでしょう。どんな気の早い人でも、クリスマス休暇が終わってから始めようと考えていたはずです。確かに、個人レベルで良い成績を収めるには、クリスマスの後で間に合います。でも、寮全体でとなると今から始めなくては遅すぎる。昨日、歴代の監督生から過去10年分のテストの写しが送られてきました。それを使って勉強を進め、今年は二位以下に大差をつけて「レイブンクローの名に恥じない結果を出すように」、とのことです。各々、しっかりと復習しておくよう強く望みます」 マクゴナガル先生そっくりな口調で演説を締め括ったペネロピーは、柄にないことをやった、というような疲れた表情で急づくりの壇上から下り、自分を呆然と見つめる視線から逃げるようにして寮を出ていった。
December 17, 2005
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ダンブルドアはにこやかにうなずくと、整備された庭を散策するような気軽さで、森へと入っていった。 「おおい、ウィル。ちょいと待ってくれ。中にファングがいる。いきなり開けるとあぶねぇかもしれん」小屋の入り口に立ったウィルに、ハグリッドは慌てて声をかけ、『七つ鍵のトランク』を拾うと急いで追いかけてきた。 その声が聞こえたのだろう、小屋の中からメチャメチャに戸を引っ掻く音と、ブーンとうなるようなほえ声が数回聞こえきた。 びっくりしたが、ニーズルはまったく動じないので危険はないのだろう。 「待て、待て、退がれ、ファング」追いついてきたハグリッドが戸を少し開け、飛び出そうとしている黒いボアーハウンド犬の首輪を押さえながら、小屋の中へと押し込んでいった。 続いてウィルも小屋の中に入る、とファングはおとなしく暖炉の前に行って寝そべった。ニーズルの血の匂いを嗅ぎ取ったのだろう、とウィルは思った。 ニーズルの治療は思いのほか手間取った。 当のニーズルが、怪我をしている身でありながらハグリッドには手を触れることすら許そうとしなかったのだ。おかげで治療はすべてウィルがやらなくてはならなかった。 ハグリッドが細かく指示してくれるのだが、あまり器用とは言えないウィルのこと、なかなかうまく行かず時間ばかり掛かってしまったのだった。 「それでえぇ、まぁなんだ、あんまりかっこは良くねぇが傷の治りにゃ変わりあるめぇて。後は毎日包帯を換えてやって、この薬を塗ってやるとえぇ。ニーズルの回復力なら一月もありゃ治るわい」ウィルが巻いた包帯を確認して、ハグリッドが言った。ニーズルはクロワッサンみたいな姿になっていたが、何重にも巻かれた包帯を嫌がりもせず、ウィルの腕の中でまどろんでいるようだった。 小ビンに移し換えられれた薬と、換えの包帯を受け取り、帰ろうかと考えたウィル、その目が机の端に載っているものの上で止まった。 そこには傷を治療するために剃ったり切ったりしたニーズルの毛が、一まとめにしておいてある。 魔法生物、危険を察知し避ける能力、これは「使える」んじゃないだろうか? ウィルは無意識に『七つ鍵のトランク』を探した。それは、戸口の横に置いてあった。 『七つ鍵のトランク』を引き寄せ、三番目を開ける。からの空きビンを必ず一つは入れておくようにしているのだ。 書斎に下りれば空のや得体の知れないものの入ったビンがまだまだたくさんあるので、こと薬ビンに関しては買う必要がない。 ビンを取り出すと、慎重にニーズルの毛を摘み上げ、ビンの中に滑り込ませた。 厳重に蓋をすると、今度は書斎への入り口を開ける。 と、視線を感じて顔を上げる。ハグリッドが少し気むずかしげな顔でニーズルの毛の入った薬ビンを見つめていた。 「あの、なにか?」いけないことだったのかと思いながら、ウィルは声をかけた。 「・・・いや、なんでもねぇ。ちょいとマゼンダのことを思い出しとったのよ。いつも薬ビンを持ち歩いてはおかしなものを詰め込んだり、逆に放り出したりしてたな。そのたんびに何かしら事件が起きたもんだ。まぁ、おまえさんの場合は杖づくりのためなんだろうから草を光らせたり、花に歌を唄わせたりはせんだろう」 マゼンダさんって、学校でなにやってたんだろ。一面の草が夜の闇のなか光っている光景や、日がな一日花が唄っているのを想像して、ウィルは慄然としてしまった。 書斎を開けたことで杖材のことを思い出し、ウィルはハグリッドに手伝ってもらいながら杖材の束を四つ、書斎の隅に重ねた。 これだけあれば、もう十分だろう。 ウィルはハグリッドにそう告げ、丁寧にお礼を言った。 「また欲しくなったら言ってくれや、絶対に自分で森に入ったり何ぞするんじゃねぇぞ。もう、ニーズルをつれていても安全じゃねぇようだからな」
December 16, 2005
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『七つ鍵のトランク』を手に、いつも通りの抜道を通ってハグリッドの小屋へ行く、その途中でウィルはハグリッドにであった。城を出てすぐの空き地に、あの大きな体が屈んでいる。 なにをしているのだろうかと近づくと、ハグリッドは一人ではなかった。なんとダンブルドアも一緒だった。大きな体の陰になっていて分からなかったのだ。 「先生様、森になにか悪いものが入り込んでるのはまちげぇねぇですよ。そうでもなきゃ、ニーズルが怪我するなんざあるわけねぇ」 「うむ。どうやらそのようじゃな、問題は何が目的か、じゃが・・・ん? どうかしたかの?」最後の言葉は、ウィルに向けたものだった。 立ち聞きしていたと思われるかと心配になったが、ダンブルドアの様子からいってそんな考えは持っていないらしくウィルはホッとした。 「ハグリッドの小屋を訪ねるところだったんです。そしたら、ここにいるのが見えたんで・・・」いいながら二人がしゃがみ込んでみていたのがなんなのかを目で追い、ウィルはしばしそれを見つめた。 「いかん! ニーズルは警戒心が強いんだ。おまえさんが引っ掻かれるだけじゃねぇ。こいつも傷がひらいちまう」思わず手を伸ばしかけたウィルの手を、大きな手で制したハグリッドだが、その大きな掌の向こうから猫そっくりな生き物が姿を現し、ウィルの手に顔を擦り付ける仕種をした。 「やっぱり、そうなんだね」それは以前、ウィルが森に入ったときに危ういところを助けてくれた猫そっくりな魔法生物、ニーズルだった。 だけど、猫とニーズルを区別すべきもっとも大きな特徴、ライオンみたいな尻尾、がなくなっていた。三分の一ぐらいを残して、根本から引き契られてしまっているのだ。 それだけじゃない。体中に切り傷を作っていて、血が全身に縦縞を描いている。 「どうして? 危険を察知して避ける能力があるんじゃないの? 前はそれで僕を助けてくれたのに!」『七つ鍵のトランク』を放り出し、手に血が付くことに気がつくこともなく抱き上げたウィルが、半ば泣きそうになりながら問いかけた。 そのぐらい、痛々しい姿をしていたのだ。このまま死んでしまうんじゃないかと思うほどに。 「こいつぁ、驚いた。ニーズルが人間に抱かれることなんぞ、そうあるもんじゃねぇ。魔法族の間でペットになるやつぁたいがい猫の血が混ざってるもんだ。こいつみてぇに生粋のニーズルが人間に慣れるなんて聞いたこともねぇ」 「それだけ、ミスター・ゴールドバンクが信頼されとるということじゃろう。治療を手伝ってもらうと良い」ダンブルドアはニコニコ笑いながら立ち上がり、ウィルをキラキラッとした目で見つめた。 「ウィリアム君。この子の面倒を見てくれるかね? 怪我が治るまで、もしくはずっとでも良い。おそらく、この子自身は『ずっと』、を望むとわしは思う。尻尾を無くしてしまった以上、野性で暮らすのはつらいじゃろうからのう」 「もちろん!」自分でも驚くほどはっきりと応え、ウィルはニーズルを抱き抱えたままでハグリッドの小屋へと歩き出した。 治療を行なうとしたら、そこ以外にはないだろうから。 「ハグリッド、わしはロナンのところに行ってくるよ。話しをしておいたほうがよいじゃろうからな」 「わかりました、先生様。どうか、お気をつけて」 ダンブルドアはにこやかにうなずくと、整備された庭を散策するような気軽さで、森へと入っていった。
December 15, 2005
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「one of oldest human needs is having someone to wonder where you are when you don't come home at night.(人間が最古から必要としていることの一つは、あなたが夜家に帰らなければどこにいるのだろうと心配してくれる人がいることだ)」寮の前に立った途端、低い声が少し楽しげに囁いた。 寮の入り口を守る鷲が囁いたのだと言うことに気付くことができず、ウィルは数秒驚愕で立ちすくんでしまった。この鷲が合い言葉を求める以外のことを言うとは思いもしなかったのだ。 「合い言葉は?」突っ立ったままのウィルに一瞥をくれ、鷲は事務的な口調に戻った。 「Little brooks make great rivers.(小川は大河になる)」合い言葉を言い終えると、ほぼ同時に翼が閉じられ、寮への入り口が開いた。 常夜灯がほのかな明るさをもたらす廊下に比べ、明度が極端に落ちた談話室に入る。入り口が再び閉まってしまうとウィルは再び立ち尽くさなくてはならなかった。目が暗さに慣れるのを待たねばならなかったのだ。 その上、談話室の奥のほうで影のようなものがゴソゴソと動くのを見てしまっては足を止めないわけにはいかなかった。 お化けでないことや泥棒でないことがよくわかってはいても、暗がりで動くものには普遍的に恐怖がつきまとうものなのだ。 「やっと帰ってきた」その暗がりで動くもの、がびっくりするくらいの澄んだ優しい声を発したので、ウィルは声を上げそうになって慌てて自分の口を両手で塞いだ。 こんな夜中に騒ぐわけにはいかない。 「キャロル? まさか、ずっと待ってたの?」まだよく見えてない目でゆっくりと進む。談話室の中頃まで歩いたところで、目が慣れてきたのとカーテンを全開にした窓から入る月光のおかげでようやく相手の顔が見えた。 「待ってたわけじゃないのよ。ただ、・・・眠れなかっただけ」あまりうまくもない言い訳を口にして、キャロルははにかんで微笑んだ。 その微笑みを前にして、ウィルはさっき鷲が言ったことの意味を理性と、それ以外のなにかで理解した。 「月がきれいだしね」泪が出そうになったのをこらえて、ウィルは無理矢理話題を変えて窓に目を向けた、でもそれはキャロルの言い訳よりもうまくいかなかった。 目ににじんだ泪に、明るすぎる月光が反射して、目の縁を銀色に光らせていたから。 それに気付いたのかどうなのか、キャロルは突然睡魔に襲われたようで「おやすみ」の一言を残して女子寮へと続く階段を昇っていった。 ウィルも大きなあくびを連発しながらベッドへと急ぐ、昨夜徹夜だったから『生ける屍の水薬』を飲んだように眠かったのだ。 十一月に入ると、とても寒くなった。学校を取り囲む山々は灰色に凍りつき、湖は冷たい鋼のように張りつめていた。校庭には毎朝霜が降りた。 この頃になってようやく、ウィルはクィディッチというものがなんなのかを知った。 どこにいってもその話しばかりになったので、キャロルやルビーに聞くまでもなく。何もかもが耳に入ってくるのだ。 ルールや道具のこと、各寮の選手のこと、ここ数年の優勝をどの寮がもぎ取っていった(ウィルが聞いたときには「盗んでいった」という表現だった)かということ、今年は百年ぶりに一年生が代表選手になったということ、それが「あの」ハリー・ポッターだということまでが競技というものに関心のないウィルでさえ知ってしまうほどに、ホグワーツ中が盛り上がっている。 ルビーはもちろん、キャロルでさえその例外ではなくて、キャロルが四回に一回ぐらい思い出したようにテストの話しをする他には、クィディチのことしか話さなくなっていた。 それはもちろん、たんに二人がクィディッチに夢中というだけでなくて、ドライロットの件が自分たちの手から離れたことも理由の一つになっている。 薬のほうはマゼンダの報告待ちだったし、絵のほうも「学校にない」ことだけは確実なので自分たちで探すことはできなかったのだ。ルビーのおじいさん経由で調べてもらってはいるが、当然ながら絵の調査だけを専門にやって貰えるわけではなく。暇なときに、なので時間が掛かるのは仕方ないことだった。 そんなわけで、二人に限って言えば、今のところクィディッチとテスト以外に興味を引くものはないのだ。 ただ一人、そうも言ってられないウィルは約束を果たしにハグリッドの小屋へと向かった。ハグリッドとの約束ばかりではない、オリバンダー翁との約束の期日も残すところ一月となっていたのだ。
December 14, 2005
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学校にはあっという間に戻ることができた。ハグリッドが村の外に何か見えない乗物というか生き物を待たせてあったらしくて、それに乗って戻ったのだ。 ハグリッドにひょいっと持ち上げられ、なにか弾力のあるものの上に乗せられたところまでは覚えているが、その後のことはよく分からない。 透明で見えなかったし、暗かったし、何しろ短い時間だったから。 気がつくと、ウィルは城と禁じられた森の間に立っていた。 どこか見た感じのする場所だな、と思ったウィルは突然その理由を知った。そこは以前、禁じられた森へ行くのに使った抜道の前だったのだ。 「そこの抜道を、おまえさんもしっとるっちゅうのは聞いとる。使うのはかまわんが森には入るんじゃねぇぞ」くしゃくしゃな瞳をさらにくしゃくしゃにしてウィンクすると、ハグリッドはなにか見えないものに声をかけながらゆっくりと森のほうへと歩き出した。 その先、わずかな月明りにハグリッドの小屋、その輪郭をぼんやりと見ることができた。 しばらく、その背中を見送ったウィルだが、皮膚を突き刺す冷気に追い立てられて城に逃げ込んだ。 だが、逃げ込んだ先はさらに寒かった。 「問題! 『朝はうっすらぼんやりで、昼は色濃くおチビさん。夕方、背高のっぽになったなら、夜にはチラチラ隠れんぼ。』これ、なぁーんだ?」 ここしばらく姿を見せなかったレィチェルがいつものように風穴テリーと覗き屋トムをつれて待ち受けていたのだ。 こう突然に問題を出されても困る。内心そう思いながら、ウィルの頭は自然と答えを考えてしまっている。 ヒントを求めて、無意識のうちに泳いだ視線の先に、ミセス・ノリスを見つけてウィルは息を呑んだ。ただでさえ気色がいいとは言いがたい痩せた猫が、実物の五倍はあろうかという影を従え、階段の踊り場から見下ろしているのだ。 背筋が冷たくもなろうと言うものだ。と、同時に頭も冴え渡ったようで、ウィルは答えを発見した。 「そうか! 影だ!」朝の弱々しい光に比例して薄くぼんやりしている影、昼の勢い盛んな陽射しに濃くなり上からの光線であるために短くなる影、夕方の横から来る西日に長々と伸びる影、夜の闇と人工的な光の中で現れたりにじみ消えたりを繰り返す影、わかってみればそのものズバリの問題だった。 「正解! ホント、あったまいいね」相変わらずの満面の笑顔を見せ、一瞬まじめな顔をしたかと思うとレイチェルは少し舞い上がった。二メートル上空から無言のままウィルをしげしげと見つめ、少し躊躇いながら、再び口を開いた。 「十六日なんだけどね、パーティーがあるの。出席してくれる?」円らな瞳を大きく見開き、人間で言えば上気しているのだろう、頬を銀色に輝かせてレィチェルが囁く。 左右を漂うゴーストたちがやたらニタニタ笑っているのでウィルはちょっと返事に困ったが相手がゴーストなことを思い出し心を落ち着かせる。 「いいよ。でも、なんのパーティーなの?」ゴーストのパーティーってどんななんだろう、好奇心に抗し切れず、ウィルは出席を約束した。だけど、なんのパーティーかぐらいは知っておきたい。 「私が死んだ日。『絶命日』パーティーなの」死んだ日を記念してのパーティー? 死者を偲ぶ会ってのはわかるけど自分が死んだ日にパーティーってのは・・・どうなんだろう、と考えてしまったが生者としての死、それがつまりはゴーストとしての誕生日なわけで、ある種のバースディー・パーティーと考えればいいのだろうと納得する。 「十六日夜の七時に、地下墓地で会いましょう。場所は・・・スプラウト先生の温室の辺りに来てくれれば二人が案内するわ」右手を小さく振り、右回りに回転しながら、レイチェルは天井を抜けて去って行き、その後を二人のゴーストがゆっくりと追う。 それを見送りながら、ウィルはあのゴーストトリオの関係も謎だな、などと考えていた。 「ちっ!」静まり返った城内に隠す気もない舌打ちの音が反響した。 廊下の先に、ミセス・ノリスを抱き抱えたフィルチがいる。 ウィルを睨み付けながら、愛猫を相手に「あいつはいいんだよ、ダンブルドアが許可を出したんだ」、「一年の時から、夜中に歩き回らせるなんて」、「規則をなんだと思っているんだ」等々、ブツブツ言うのが聞こえてくる。 ハグリッドを迎えに出すのと一緒に、ウィルの外出にもダンブルドアは許可を与えてくれたのだということがわかって、ウィルは心から感謝した。フィルチの生徒いじめの噂は、上級生からイヤッてほど聞かされている。 愛猫に愚痴るのに飽きたフィルチがダンブルドアが許可を出したことを意識して忘れる可能性に気づいてウィルは必死に寮へと急いだ。
December 13, 2005
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とにかく、出された皿を片っ端から空にする勢いで食べ続けた。それだけお腹が空いていたのだ。それに、ウェイターさんが耳元で囁いたことも、その勢いに拍車をかけている。 ウェイターさんはこう言ったのだ「マゼンダはそのワインの代金をいまだに払い続けてる。家が丸々一軒買える金額なんだよ、今日の夕食代が上乗せされたぐらいじゃ驚きもしないさ」支払いを気にしなくていい外食ほど食の進むものはないと信じるウィルはチャンスとばかりに料理を片付けていった。 マゼンダが、その支払いを気にしている様子だったなら、ウィルは当然遠慮したはずだったが、本気かどうかはともかく、今また注文しロスメルタと口論しているとあっては、遠慮する必要を感じなかった。 「おまえさんは、なんでマゼンダをしっとるんだ? 俺やロスメルタにとっちゃ仇敵との再会ってとこだが」テーブルに覆い被さるように身を屈めて、ハグリッドはウィルに聞いてきた。 「ダイアゴン横町の店で知り合ったんです」 ウィルがそれだけ言うと、ハグリッドは大きく息を吐いた。そして、大きくうなずいた。 「薬の実験台にされたんだな。マゼンダは学生の時分からそうだったよ。あいつのやることっちゅうのは必ずしも目には見えねぇ。ウィーズリーの双子が四つ子だったとしてもマゼンダの質の悪さにはかなわんだろう」 よほど手を焼いていたらしく、ハグリッドはしばらく目を閉じて嘆息した。 「それで杖の柚薬の材料選びに意見を聞こうかと思って手紙を書いたら、わざわざ駆けつけてくれたんです」この後は当然、なんでマゼンダが会いに来て、学校の外で話しをしていたのか、と聞かれるだろうと思ったウィルは先手を打って自分から話し出した。 マゼンダにスネイプの教室から連れ出されてからずっと、頭の片隅で考えていたもっともらしい説明を。 「杖? おおっ、そうか。おまえさんかい、フレッドが言うとったんは。杖材になりそうな枝を集めてくれっちゅうんで森に入るたんびに集めといたぞ。俺の家の裏に積んである。必要になったら持ってってくれや」 その言葉に、ウィルは少し焦った。そのことをすっかり忘れていたのだ。授業のこと、学校のこと、ドライロットのこと、そして杖のこと、いろいろありすぎて、杖のほうはほとんど進んでいなかったから。 なんとか気を落ち着け、数日中に取りに行くことをウィルは約束した。積み上げられるほど集めてくれたらしいが『七つ鍵のトランク』を持っていって、直接書斎に放り込めばすぐに終わるだろう。 そんなことを考えているうちに、目の前に並んでいた空の皿がなくなり、カラフルなトライフルが特大の皿に入って運ばれてきた。 「これを食べたら帰ったほうがいいわよ。時間ももうだいぶ遅くなってるから」 運んできたウェイトレスが親しげに言うので、びっくりして振り返ったウィルは唖然としてしまった。 ウェイトレスはマゼンダだった。いつのまに席を立ったのか、しっかりとエプロンをつけ、軽く化粧までしている。 「せっかくだから今夜はここでバイトしていくことにしたの。なぜか飲物には触るなって言われたけどね」お得意の『悪戯っ子な微笑み』を残して、マゼンダは燕のような軽快さで身を翻すと、入ってきた客を出迎えにいった。 「パワフルな人だなぁ」
December 12, 2005
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マゼンダが宿を取ったというのは「ホッグズ・ヘッド」という旅籠だった。ドアの上に張り出した錆ついた腕木に、ぼろぼろの木の看板が掛かっていた。ちょんぎられたイノシシの首が、周囲の白布を血に初めている絵が書いてある。二人が近づくと、看板が風に吹かれてキーキーと音を立てた。 「おーい! ウィルってのはおまえさんかい?」入るのを躊躇していると、表通りのほうから大きな声で呼ばれ、ウィルはびっくりして振り返った。 声の通りの巨大な体がゆっさゆっさと揺れながら走ってくる。思わず身を退きかけたが、すぐにホグワーツの森番のハグリッドだと気づいて、気を落ち着けた。 「ふぃー、やっとこさ見つけたわい。学校でちょいと騒ぎがあってな。もちろん、もう解決しとるんだが、おまえさんの友達がえらく心配してな。ダンブルドアが俺に迎えに行くよう頼みなすったんだ」 騒ぎってなんだろう? 不安を感じたウィルだったが、質問はできなかった。それより一瞬早く、マゼンダがウィルを押し退けて前に出たからだ。 「ちょうどいいわ。私たちこれから遅めのディナーをとるところだったの。『三本の帚』で一杯やりましょう。育ち盛りの子供を食事抜きで歩かせるわけにはいかないでしょう?」 ウィルをだしに、酒の相手をさせようというのが見え見えなマゼンダの言葉に、ハグリッドは頬を綻ばせた。 「まぁ、なんだ。一杯引っかけねぇと、ちぃっと夜風はつめてぇかもな」一見もっともそうな理由を口の中でつぶやきながら、ハグリッドは来た方角へと歩きはじめ、マゼンダが調子よく相槌をうちつつ後に続いた。 ウィルも大慌てでその後ろに続く。一人でいるにはあまり向かない路地なのだ。 『三本の帚』は小さなパブだった。 扉をくぐってから席に着くまで、ウィルは居心地の悪さに背を丸めていた。パブに大手を振ってはいれる年齢に自分がなっていないことはよく知っていたし、本来入れない場所に平然と入れるほどの度胸の持合せはなかったから。 だけど、その不安は席に着いた途端消え去った。小粋な顔をした曲線美の女性がごく自然に飲物を運んできたからだ。 「ホット蜂蜜酒4ジョッキ分はハグリッド。ギリーウォーターのシングルはマゼンダ。・・・で、このバタービールは一年坊主に、ね。常連客と懐かしいお客、それに新しいお客への店からのサービスよ」 温かな飲物がウィンクのおまけ付きで手渡されると、ウィルの気分は一気に軽くなった。きっと妖精の羽根を持つことがあるとしたら、今の気持ちぐらいの重さだろうと思えた。 「ありがとう。ロスメルタのママ。だけど、どうせなら『不死鳥の血』を持って来てほしかったわ」マゼンダがさりげなく注文をつける。その途端、ハグリッドは唸り、ロスメルタは顔をしかめた。 「なぜ、あのワインが『不死鳥の血』って呼ばれてるかわかってる?」らしからぬ、押し殺した低い声がロスメルタの口から漏れ出た。 「神話にもなりそうなくらい古い葡萄の木から取れるわずかな葡萄を、とある魔法族にのみ伝えられた製法でワインにする。その独特の抽出法のために収穫から完成まで五十年掛かり、飲みごろになるまでさらに百年を要するため、最初から最後まで見届けられるのはその魔法族の家に飼われている不死鳥だけ、そうやってできたワインは血のごとき鮮やかな真紅で、まるで燃え盛る炎のごとく色が移り変わることから、決してきえることのない炎、永遠の命を支える血、すなわち『不死鳥の血』と称される」 朗々と知識を披露したマゼンダへの、同席者の応えは沈黙だった。 ハグリッドは樽なみの大きなジョッキに隠れようとでもするかのように体を縮こまらせ、逆にロスメラルタは威嚇する猫のように大きくなった。見た目が、ではなく雰囲気がではあるが、見ているウィルが呼吸を止めてしまうぐらいの迫力がある。 「知識はあっても、それがどういうことか理解してないようね」真冬の墓場もかくやという冷たい声が周囲の空気を凍てつかせる。 「やだなぁ、ちゃんとわかってますよ。それだけ貴重なお酒ってことでしょ? このお店には一年に一本入荷できるかどうかってぐらいの。それを無断で三本一気に飲んじゃったことがあるからって、そんな怒んなくてもいいじゃない」そりゃ、怒るよ。と、ウィルでさえ思ったが口にはしなかった。 気を利かせてくれたらしいウェイターさんが、次々に温かな料理を運んでくれたからだ。 臓物スープにステーキ・キドニー・パイ、皮付きポテト、サラダと並ぶとウィルはもう二人の口論なんて聞いてはいなかった。
December 11, 2005
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新しい仲間 ウィルは過去に起きたことを順序よく他人に話して聞かせる、ということに慣れてはいなかったが、時々抜け落ちた話しを慌てて付け足したり補足したりしても、マゼンダは熱心に聞き続けていた。 その話しは面白おかしい所はなかったが、マゼンダにしても十分に興味を引くものだったに違いない。 なにしろ、魔法界でも一番といえる謎の一つ。『ドライロッドの悲劇』、その核心に迫ろうという話しなのだ。一言たりとも聞き逃してたまるかと考えているのがありありと窺えた。 ましてや、話しが禁じられた魔法、それも魔法薬の話しに及んだとあっては目は輝き頬が紅潮するのが青い炎の明かりに照らされていてもはっきりとわかった。 「絵になる魔法、か。それも肉体はそのままで・・・なるほど」 なにが『なるほど』なのか、マゼンダはしきりにうなずいた。 「なんとなくわかってきたわ。材料の持つ効能のどれを引き出せばいいのか、が。それがわかれば材料の一つ一つをどう処置すればいいかおぼろげだけどわかる。なんとかなりそう」興奮した声がそう告げ、ウィルの手から受注書をひったくると材料の名を一つ一つ確認しながら低い声でブツブツと何事かつぶやき始めた。 材料それ自体に含まれる魔法効果を確認しているらしいってことだけはウィルにもわかった。・・・と、いうことは。 「まさか・・・作る気なの? 禁じられた魔法なんだよ?」漠然と、それを期待していたとはいえ、さすがに鼻白んで声を高めた。魔法界の法律や罰則は知らないけど、存在自体を否定されるような魔法を使って無事に済むとは思えない。 自分は仕方ないけど、他人を巻き込むのは避けたかった。薬を作って欲しいって本音は以前にも増してウィルの胸に存在している。それでも。 「ん、大丈夫よ。エルンスト・レーナーの話は聞かなかったことにするから。単に昔の受注書を見て何の薬だろうって好奇心で作る分には問題になりようが無いもの。だって、この薬は禁じられてるんじゃなくて抹消されているんでしょ? 言うなれば作るっていうより発明する、に近いわけだもんね」 そういう考え方もあったのか! ウィルは感嘆に目を見開いた。確かにそうだった。存在を否定されている。覚えているもの、知っているものはほとんどいない。と、なれば作ることや使用することが犯罪だなんて知っている人間もいない、ということなのだ。 「悪い人だ、マゼンダさんって」笑いをかみ殺しながらウィルがつぶやくと、マゼンダもまたいたずらっ子の微笑みを返してきた。 「悪知恵だけなら首席になる自信があるわよ。・・・そんなことより、そろそろでましょ。人目をはばかる話しはこれでおしまい。ホグズミードに宿取っておいたから、そこに移りましょう。こんなとこで夜を明かしたくはないわ」 それにはウィルも賛成だった。目の前の炎の暖かさがとても気持ちがいいほどに、背中が寒くなってきている。太陽が沈んで冷気が強くなったに違いないのだ。 洞穴で過ごすには不向きな季節だし、宿があるならそこに移るのが当然だった。何より、お腹が空いてきてもいる。朝も昼も中途半端だったから、暖かな食事がとても恋しかった。
December 10, 2005
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「当たり前だけど、全然変わってないわ」 ウィルが中に入ると、マゼンダは何事かつぶやきながら杖を振り、洞窟の真中にリンドウ色の炎を呼び出した。 ずっと歩き詰めだったから気がつかなかったが、洞窟の中はかなり底冷えがして寒かった。 ゆっくりと洞窟内を見渡したマゼンダが、一番奥のの大きな岩の右側へと移動し、クスッと笑った。何があるのかとウィルも後を追っていって驚いた。 周囲一メートルほどの岩が青く光っている。 何が光っているのだろうと、身を乗り出してウィルは気がついた。岩は光っているのではなかった。磨かれでもしたのか表面がスベスベになっていて後ろの炎の光を反射しているのだ。 「昔ね、ちょっと魔法薬の調合に失敗して私が溶かしたの」岩を溶かすほどの失敗がちょっとな訳はないとウィルは思ったが、マゼンダが懐かしさ以上の何かを込めて話しを続けたので喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。 「本当なら、全身に魔法薬を浴びて、私は死ぬはずだった。でも、私が扱うには難しすぎる薬を、魔法薬教室から持ち出したことに気がついた上級生が私を追いかけてきてて、薬が跳ねる直前に鍋をここに弾き飛ばした。さすがに血の気を失って立ちすくむ私に、その人は長々と説教をしたわ。『あの薬は六分以上火にかけてはいけないんだ』、『正しい扱い方も知らないのに、魔法薬の材料を持ち出すな』ってね。それが、セブルス・スネイプ、よ」 だから、ハンナの手際の悪さをあんなになじったのか。でも、だったらそう言えばいいのに、あんな皮肉口調じゃなくて。 「その直後に、ダンブルドアが入ってきて、私にここへの立ち入りをやめるように言ったわ。『隠れるのにはいいところじゃが、魔法薬の調合をするのには不向きではないかな』ってね。それ以来、今日まで一度も来なかった・・・さてと」 思い出を振り切るような勢いでマゼンダはウィルに向き直り、真剣な顔でウィルの顔をのぞき込んだ。 「あの薬がなんなのか、聞かせてもらいましょうか」 リンドウ色の炎をはさんで、ウィルとマゼンダは向かい合って座った。 炎は淡い光で洞窟内を照らし、暖かな空気を隅々にまで広げている。何よりも、普通の炎と違って煙が出ないのがありがたい。 「うちの父さんああ見えて几帳面なの。開業して以来の受注は全て控えてあったわ。もちろん、あなたが探していたのもね。それがこれよ」マゼンダは古びて擦り切れた羊皮紙を差し出した。端に穴が二つ開いているのは紐か何かで束ねていた名残りだろう。 羊皮紙に書かれた文字は、間違いなくサマンサのものだ。日記とまったく同じ筆跡で整然と材料の名と、分量が書き込まれている。 分量! ウィルは思わず身を乗り出した。 そこに書き込まれた分量はありえないほど細かく指定されていたのだ。 『アスフォデルの球根3分の2ヶ』ならともかく、『ヒキガエルのミルク8.2グラム』とか『ドラゴンの牙の粉末0.28グラム』、『スフィンクスの肋骨1.34グラム』なんて、注文書の数値と言うより完全にレシピどおりの数値と思えた。 「予算が足りなくて、本当に必要なだけしか注文できなかったってことかな?」ウィルが考え考えつぶやくと、マゼンダは大きくうなずいた。 「そうとしか考えられないわ。でも、だからこそわからないの。私ね、魔法薬の調合に関する知識ならセブルスにだって負けない自信があるのよ。なのに、この材料をこの通りの分量で交ぜ合わせてできる薬なんて考えられない。いったい何を作りたかったのか、あなたはわかってるんじゃないの?」 目の前で燃え上がっている青い炎の熱気に顔が灼けるのもかまわず、マゼンダは身を乗り出し、ウィルに詰め寄った。呼吸が聞こえるほど顔を近づけている。 瞬間的にウィルは目を逸らした。できうる限り三人だけで調べを進めよう、といっていたキャロルの言葉が思い出される。 だけど・・・。 直後、ウィルは意を決して視線を戻し、マゼンダの視線を真っ正面から受けとめた。 こと、薬に関しては自分たちだけで調べるのは限界だと感じていた。作り方が正確にわかっているのを作るならともかく、調合法自体を調べ、確認しながら作るなんてまねが学生、それも一年生の自分たちにできると考えるほど、ウィルは自信家でも楽観主義者でもなかった。 「・・・秘密は守ってくださいね」
December 9, 2005
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「どこに行くんですか?」黙ったまま先を歩くマゼンダに遅れないよう、早足になりながらウィルは聞いた。思い過ごしならいいけど、このままだと城を出てしまう。 「私が学生だった頃に愛用していた『秘密の部屋』よ。ホグズミードの先にあるの」 口調も体も、弾ませながら歩くマゼンダ、確実に気分だけは十代に戻っている。 ホグズミードって、なに? 尋ねようとしたウィルの先をついて、マゼンダは言葉を続けた。 「100パーセント魔法族だけが暮らす村よ。あなたも三年生になれば週末に行けるようになるわ。保護者の許可があればだけど。もちろん、今日は平気。許可がいるのは学生だけで行く場合で、ちゃんと大人の魔法使いや魔女が付き添うなら、その限りにあらず、だから」 そういって、マゼンダはニッコリ笑ったが、その笑いが正直者の優等生のそれとは間違いなく違うことを、ウィルは見抜いた。 きっと、許可が下りないうちから抜け出しては足繁く通っていたのだ。 二人は、誰に見咎められることもなく城門を出た。 と、いってもミセス・ノリスの黄色い目には映ったはずだったが校則に反していないからだろう。フィルチが飛んでこなかったとこを見ると、黙って見逃してくれたらしい。 それまでウィルは存在することすら知らなかった道を歩く。 ホグワーツの近くに村があるなんて想像もしていなかったのだ。 どれくらい歩いただろう、ウィルには判断が付けられなかった。すごく長かった気もするし大したことない気もする。自分の体があまり疲れていないことから、手頃な散歩道程度だろうとは思うけど。 太陽が西に大きく傾き、ウィルは足下に目を落として歩いていた。街灯があるでもない山路、あまり足下がいいとは言えない。暗くなってくると少しおぼつかなくなったのだ。 不意にウィルは目を上げた。山路ではなくなっのだ。アスファルトで舗装されたりはしていなかったが、砂利の目立つデコボコ道から平らな土の道になった。 そこで始めて、ウィルは自分がすでに村の中に入っていることに気がついた。 グラドラグス・魔法ファッション店とか、ハニーデュークス、三本の帚、といった看板を横目に見ながらさらに進む。どれも何かの店なのは確かだが、何の店かまで見てる余裕がなかった。 マゼンダの歩調は村に入ってから加速し続け、ウィルは今や小走り状態だった。 やがて二人はハイストリート通り、道の横に小さな標識があった、を通り、ダービッシュ・アンド・バングズ店を通り過ぎた。 ウィルは自分たちが村を素通りしようとしていることに気がついた。曲がりくねった小路が、ホグズミードを囲む荒涼とした郊外へと続いている。 住宅もまばらになり、代わりに庭が広くなった。二人は山の麓に向かって歩いていた。ホグズミードはその山懐にあるのらしい。そこで角を曲がると、道の外れに柵があった。 マゼンダはその柵をためらいも見せずに乗り越え、低木が茂り、上り坂で、岩だらけの山の麓へと向かう。ウィルはもう必死で追いかけなくてはならなくなっていた。 あたり一面岩石で覆われている。三十分以上も、曲がりくねった険しい石ころだらけの道を登る。こんなことなら靴下をもう一枚重ねてはいてくるんだった、とウィルは後悔した。踵が靴づれを起こしかけている。少し大きめのサイズを買ったから、靴の中で足が擦られるのだ。 そして最後に、マゼンダが視界から消えた。ウィルがその姿の消えた場所まで行くと、狭い岩の裂け目があった。裂け目に体を押し込むようにして入ると、中は薄暗い洞窟だった。
December 8, 2005
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「マゼンダ」今度は間違いなくスネイプの口から、その人物の名前が出た。 教室の入り口に目を向けると、モスグリーンのローブを着た割りと若い魔女がいたずらっぽく笑って立っていた。 朝、自分が手紙を送った相手だと、ウィルは気がついた。 「はぁーい。セルブル、偽悪趣味は相変わらず健在のようね。も少し素直な言い方覚えないと、そのうち刺されるわよ」 「セブルス、だ。と、何度言わせる気だ?」 声に温度があるとすれば、口から氷が飛び出しただろうと思えるほどの低い声がウィルの目の前を通過していった。 「あら、私にファーストネームを覚えて欲しいの?」それすらも、サラリと受け流して微笑むマゼンダ。 恐ろしさのあまり、ウィルは無意識に首をすぼめてしまった。 だが、意外にもスネイプは噛み付きもしなければ吠えかかったりもしなかった。 「授業のじゃまだ。用があるなら後にしろ。ないならとっとと帰れ。我輩としては是非、後者を選んでほしいが」努めて『冷静に』と自分に言い聞かせているのが、ウィルにもわかる口調でそう言っただけだ。 「そういうと思った。でも残念ながら私が用のあるのはあなたじゃないの。そっちの子に用があるのよ。授業が終わるまで待たせてもらっていいかしら?」 ウィルに向けてウィンクを一つ投げかけ、マゼンダはこれまでで一番の笑顔を見せた。 その瞬間、ウィルには結果が読めた。こう言えば、マゼンダに一秒でも早く同じ空間から消えてほしいと願っているらしいスネイプは、ウィルに授業を免除すると言って追い出すに違いない。 そうなれば誰に気兼ねすることもなく、大手を振って教室を出ていけるというものだ。 そして、そのとうりになった。 スネイプは聞き取れないほど低い声で、「あいつをつれて、出ていけ」と唸るとウィルとマゼンダ双方に背を向け、何事もなかったかのように授業を再開したのだ。
December 7, 2005
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肩の荷が下り、ホッとしたのも束の間。始業のベルと同時にスネイプ教授が教壇に立ち、いつものように緊張感あり過ぎの授業が開始された。スネイプ教授にかかると、ごく簡単な咳止めの調合でさえ猛毒を扱うかのような神経を使わねばならない。 アボット・ハンナはあれ以来ずっとウィルの近くで作業するようになっていたが、ジャスティンともども死人よりひどい顔色で神経質に材料を切り刻み、量を図っている。 「おやおや、これでは君たちの咳止めが完成する頃には患者は死んでいるか咳をしていたことすら忘れているんじゃないかね」その様子をのぞき込み、スネイプはひどく優しい声で言った。 確かに二人の作業は他の人よりはるかに遅れてはいたが、だからといってそんな皮肉を言うことはないだろうに。 「正確に作業してるんだからいいじゃないですか、競争じゃないんだから早く作ればいいというものでもないでしょう」徹夜明けのせいもあるだろう、ウィルは自分でも驚くほど声を荒げた。 「一つ聞くが、我輩は咳止め薬の教授なのかね? 我輩としては魔法薬の教師のつもりだが」 「魔法薬の、先生です」スネイプの矛先が自分に向いたことに少なからず後悔しつつも、ウィルは引くに引けずスネイプと相対した。 「いま諸君が鍋にかけているのは咳止めの薬だ。だが、ほかの薬だったらどうする? 正確に七分沸騰させなくてはならなかったり、時間を置くと効力を無くす材料を扱っていたら? 我輩は数年後の授業をも視野に入れて授業をしているだけなのだが、問題ありますかな?」 この言葉にウィルは自分の浅慮を恥じた。あんな皮肉口調で言うのはどうかと思うが、スネイプの指摘は間違ってはいなかったのだ。 できうる限り迅速に作業を進める努力をしなくては、この先の授業にはついていけないかも知れないのだから。 だが、問題はあった。この言葉にではなく、この言葉を言った人間に。 今の言葉はスネイプの口から出たものではなかったのだ。
December 6, 2005
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「あっ・・・」お昼に入り、広間の席に着いていたウィルは知人を見つけ、食べかけのエクレアを皿に戻すと立ち上がった。 ウィーズリーの双子だ。細かい三つあみを縮らせた髪型の男の子と談笑していたが、ウィルが近づくと二人だけでやってきた。 「やぁ、調子はどうだい?」フレッドだか、ジョージだかが陽気にウィルの肩に手を乗せる。 ドリー捜しのことを聞いているのだということはウィルにも了解できたので、ウィルはすでに見つかったことと絵だと思っていたのが勘違いだったことを伝えた。その上で協力してくれたことに礼を言う。 「なんだ? みつかっちまったのか。じゃあ、理由を聞くわけにはいかないな」 「ちょっと楽しみだったんだがな」 二人はそれ以上突っ込んでは来ず、さらりと背を向けた。別に気を悪くしたというのではなく、他人の秘密に土足で踏み込むような趣味の持合せはないのだろう。 それと、たぶんさっきの男の子との話の方が盛り上がっていて、それどころではなかったのだ。 午後の最初の授業は温室での「薬草学」、温室内で栽培されている薬草それぞれに適した肥料を与える授業だった。 温室と言ってもそんなに広いわけではないから、大した手間ではないはずなのだが、授業が始まるといつでも実際にいる人間よりも手が少なくなるという奇妙な現象が起きるため、ウィル達は大汗をかくことになった。 一緒に授業を受けるスリザリン生がまったく働こうとしないのだ。 何様のつもりかレイブンクローの生徒たちばかりに作業をやらせて後ろで見てるばかり、何度か抗議したが聞く気はないようだし、スプライト先生の目があるところではまじめにしているように見せるものだから先生に訴えることもできない。 今ではスリザリン生はいないものと見なすことが、レイブンクロー生全員の共通した見解になっている。 だが、ウィルとキャロルだけは無視してもいられなかった。 おそらくはブルストロード・ミリセントの差し金だろう、授業中に必ず誰かがウィルやキャロルのローブを泥だらけの手で掴んだり、背中に虫を入れようとするのだ。 そのため二人は常にお互いの背中が見える位置で作業するようになってしまった。 「あっ!」授業も終わりに近づき、園芸用の道具を片付けていたウィルの背後でキャロルが小さく声を上げた。とっさに振り向いたが、キャロルはウィルではなく別のところを見ていた。 「転んじゃった」ローブを泥だらけにしてルビーが立っている。 その向こうには満足そうにニヤニヤ笑いを浮かべたスリザリンの連中が屯していた。 「なにかにつまずいたらしくって、肥料の山に飛び込んじゃったの」笑いながら話すルビーにキャロルが駆け寄り、顔やローブについた泥を落としにかかる。 幸いなことにわりと乾燥していた場所に倒れたようで手で払っただけでもかなり落とすことができそうだった。 それでもフツフツと沸き上がる怒りは消せない。自然、ウィルの足が向こうに屯しているスリザリン生たちのほうに向いた。のだが歩き出すことはなかった。ルビーの泥を粗方払いのけたキャロルが、さっと前に立ちはだかったのだ。 行くだけ無駄よ、言葉にはしないでいるがウィルを見つめる目が声高にそう告げていた。 怒りに燃えるウィルだったがキャロルの正しさを認めるだけの分別は残っていた。小さく溜め息を吐き、何事もなかったように後片づけを済ませる。 次の授業は魔法薬学だ。遅刻するわけにはいかなかった。 それに、授業以外にも用事がある。ウィーズリーの双子同様にハッフルパフの面々にも、ドリーが見つかったことを知らせる必要があったのだ。 「見つかったの? 良かったね」いの一番に知らせたハンナはちょっと残念そうに、でも捜しものが見つかったことを喜んでくれた。 他の子たちも同様で、誰もそのドリーをなぜ探していたのか、とまでは聞いてこなかったのでウィルとしては肩の荷が下りた気分だった。手伝ってもらいながら、理由を教えられないということに多少以上に負い目を感じていたから。
December 5, 2005
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もう広間に戻ってる時間はなかったので、まっすぐ変身術の授業に向かう。まだ誰も来ていない教室で席に着いて待った。 キャロルとルビーがすぐにやってきて、キャロルが素早くパイを一切れ差しだしてくれた。ウィルはそれを一口で口に押し込んだ。それがウィルにとっては唯一の朝食になった。 すぐに席が埋まり、待っていたかのようにマクゴナガル先生が教壇に立つ。 残念なことに、ありがたいことに?、今日の授業は実技なしの先生の講義を聴きながらのノート取りだけだった。 こんな複雑なノート取らせるぐらいなら、始めから冊子にでもまとめてくれればいいのに。と、内心毒突きながらウィルは懸命に書き込んでいく。 この作業も、ほんの二カ月前までならこんなに苦労はしなかったはずだった。 中性紙の大学ノートにシャーペンと蛍光ペンで書くだけなら。でも今はゴワゴワした羊皮紙にインクに浸した羽根ペンで書き込まなくてはならない。これが思いのほか手間のかかる作業なのだ。 何がつらいって、間違えても消せないこと。上から線を引くしかない。もちろん、インクを消すことのできる消失消しゴムとかも売ってるし、杖で魔法をかけるって手もある。なんだけど、ハッキリ言って普通の消しゴムの値段を知っていると消失消しゴムは高価すぎたし、ウィルにはまだ文字を消し去るなんて高度な魔法は使えない。 結局、二時間もの労働の末に得られるのは黒い染みだらけのノートということになる。あまり面白くはない。 これはマグル出身の子全員にとっての頭痛の種だった。シャーペンやボールペンがいかに便利なものだったか、骨身にしみて痛感する。 魔法界の子たちにしてみれば、これが普通なのだから不便とも思わないらしく、ルビーでさえ面倒だとは言いつつも、染みなしのノートを取っている。 「そのうち慣れるわよ」ため息交じりに染みだらけの羊皮紙をしまうウィルにキャロルが気休め以上ではない言葉をかけた。ウィルとしては肩をすくめて苦笑いするしかない。 次の授業は妖精の魔法だ。ウィルにとっては一番得意な授業だ。オリバンダー翁が教えてくれた杖を振るちょっとしたコツ、がとても役に立つ。翁自身はあまり魔法を使わないようなのに、さすがと言うべきか杖の扱いは一流の人なのだ。 ルビーも割と得意な分野らしく、とても楽しそうに杖を振っている。もっとも彼女の場合は授業の成果というのではなく生来の感性の賜物であるらしい。 逆に、キャロルはとても下手だ。ウィルもなんとか教えてあげようとするのだけど、手を動かすより先に頭の中だけで処理ししまうので、なかなかうまく杖を振ることができないようなのだ。 「そのうち慣れるよ」授業が終わり少しうなだれたキャロルに今度はウィルが声をかける。 さっき自分が言ったとまったく同じ言葉に、キャロルは軽く微笑みを返しウィルのまねをした。 肩をすくめ、苦笑したのだ。
December 4, 2005
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「なんなの?」目の前にできた小包の小山に目を丸くして、キャロルが尋ねる。 「へへへ。予言者新聞に連絡して、あの事件の記事を全部送ってもらったの。何かヒントがあるかも知れないでしょ? 本当は図書館の借りようとしたんだけど、マダム・ピンズが新聞は貸し出し禁止だっていって貸してくれなかったから」 包みを開け、新聞の束を取り出すルビー。その様子を見ていたウィルは妙なことに気がついた。 送られてきた新聞は全て一枚ずつになっている。一面とか二面とかに関わりなく記事の書いてある紙面だけ抜き出してあるのだ。それも記事のところだけを赤い線で囲ってある。一読者のために、こんなことまでするものだろうか。 「ルビーのおじいちゃんがね、元予言者新聞の記者なの。今の編集長を育てたのは俺だ、っていつも自慢してるんだよ」ウィルの無言の疑問に応えた、というわけでもないだろうがルビーの自慢げに話すのを聞いて、ウィルも新聞を一枚手にとり記事に目を向けた。 最高は再考すべきか フェルモント魔法力学研究所所員、フレ デリック・サンディス氏の家が襲撃された 事件で、命を繋ぎ止めるため石化されたま まの氏の長女サマンサ・サンディスの治療 が魔法界でも最高と言われる癒者が集まる 聖マンティコア病院で行なわれた。 治療を行なった癒者の一人、トーマス・ レイモンド氏に本紙記者キャシー・エドワ ーズが聞いたところによると『ハッキリ言 ってお手上げです。体には何の傷害もない。 なのに精神が・・・いったいどうすればこ んな状態になるのか』とのこと。魔法界最 高の病院の癒者とは思えない発言に各界か ら失望と非難の声が上がりそうな情勢だ。 やはり、と言うべきか。新聞というのは元来予測や推測は記事にしない。裏の確認が取れたものだけが紙面を飾る。となればウィルたちに必要なことが書いてある可能性は低いと言うしかない。 軽く息を吐き、新聞をしまおうとしたウィルの目が紙面の隅を捕えた。よくある広告記事がある。その広告に貼られた写真には見覚えがあった。 白黒でもハッキリとわかる新築の建物、その横で慣れない営業スマイルを浮かべる若い店主夫婦。 「もしかしたら・・・」囁くと同時にウィルは立ち上がっていた。あまりにも急に立ち上がったので椅子が悲鳴を上げた。 「手紙を出してくる。もしかしたら、薬の情報が手にはいるかも知れないよ」自分を見つめる二つの顔に笑顔を返して、ウィルは寮に駆け戻った。 『七つ鍵のトランク』を引っ張り出し三番目を開ける。基本的な魔法薬の材料セットの下になっていた数枚の紙をつかみ取った。 羽根ペンとインク壺を引き寄せ、トランクを台にして手紙を書き始めた。紙の一番上に印刷されていた「注文書」の文字を線を引いて消し、「調査依頼」と書き直すと考え考え文字を書き込んでいく。 私はウィリアム・ゴールドマン。先日、『水になる水薬』の実験に使われたものです。早速ですが、取り急ぎ確認したいことがあって手紙を送らせていただきました。 二十年ほど前の話なのですが、あなたのお父上が開業したばかりの頃にホグワーツの一年生サマンサ・サンディスが薬を注文しなかったかどうかを知りたいのです。 できれば、薬の種類も。・・・資料が残っていれば、ですが。 突然のお願いで申し訳ないのですが、なるべく早く返事をいただけると助かります。 宛、マゼンダ・グリフィス様。 手紙を書き終わると、その紙は勝手に折り畳まれ、紙飛行機に姿を変え、すごいスピードで飛び去った。 どんな薬を作るにしろ、材料がいる。材料がわかれば、どんな薬だったかある程度のことはわかるかも知れなかった。なにしろ、サマンサがこの薬を作ったのはウィルたちと同じ一年生の時だ。全然理解できないほどややこしいものだとは思いたくなかった。
December 3, 2005
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ハロウィーン 書斎から出ると、パンプキンパイを焼くおいしそうな匂いが漂っていた。もう朝なのだ。日記を調べ終えた後、柚薬の様子を見たりしていたものだから、また徹夜してしまった。 「ハロウィーン・・・なんだ」なぜパンプキンパイなのか、ふと考えかけて突然気がついた。いつのまにかホグワーツに来てから二カ月もたっていたのだ。 匂いに誘われるように、談話室へ下りる。ルビーがいた、寮の入り口を開けっ放しにして廊下から流れ込んでくるパンプキンパイの匂いを嗅いでいる。寮中に匂いが漂っているのは彼女のせいらしい。 「おはよう、ルビー」背中にくっつくほど近づいたのに、気がつく様子がないから耳元で言ってやる。飛び上がるかと思いきや、意外に平然と振り向いた。 「おいしそうだよねぇぇ」目をキラキラさせて呟いた。他のことに気が回らないほど夢心地になってるようだ。そこまで夢中になる料理とは思えないけど。 しばらく待つとキャロルも起きてきたので、そろって広間に向かう。 パンプキンパイの匂いが漂っている以外はいつもと同じ日常だったが、ウィルにはこの日とても忙しい一日となった。 まず始めがキャロルとルビーに昨夜調べたことを話し、彼女達の収穫を聞いたことだ。 かなり早い時間に来たものだから、広間の席も大半が空いたままで生徒の姿はまばらだった。 それが誰であれ、盗み聞きされる気遣いはない。 「家にある絵、だったのね。また捜し物が増えたわけだけど、その絵と薬、あと二つで核心に近づける。あと少しよ」捜し物が増えた、と少し落ち込み気味だったウィルを励ますように言って、キャロルは自分の成果を見せてくれた。 キャロルが出してみせたのは一枚の羊皮紙だった。図書館の蔵書リストを書き写したものらしいメモにいくつもの線が引かれている。 「残念だけど、図書館には手がかりがなかったわ。魔法薬関係であの年代の本を全て見たけど載ってなかった。一番近いのでこれ。テリー・ブルックス著『魔法薬の保存に的さない三つの条件』、太陽に耐えよ(光と乾燥は魔法薬の敵)。風に枷(風に吹かれりゃビンも倒れる)。絵に笑み(騙し絵に気をつけろ!薬は役に立たないぞ)」 かなり薄っぺらな本を手に表題と副題を読み上げ、役に立たないのは薬だけじゃなくて本もだ、といいたげにキャロルは大きく息を吐き出した。 やっぱり。納得の気持ちのほうがその逆よりも強い。蔵書リストがあることを考えれば消し忘れの本があると考えるほうが無理なのだ。 こうやって、可能性を一つづつ潰していくしかない身としては、仕方のない結果だった。 「ルビーはどうだったの?」司書のマダム・ピンズと話していたルビーに聞いてみる。何か情報はあったのだろうか。 「うん・・・ちょっと待ってて。もうじき来ると思うから」頬張っていたパンプキンパイをかぼちゃジュースで飲み込んで、ルビーは天井に目を向けた。 ほとんど同時に手紙や小包を運ぶふくろう便の第一陣が広間に飛び込んで来る。 それまで静かだった広間が一瞬にして喧噪に包まれた。 何百というふくろうたちの中でもひときわ大きくて、立派な森ふくろうが三羽。立て続けにルビーの元に大きな包みを置いて飛び去っていった。
December 2, 2005
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寮に戻り、ドライロットの書斎へと下りる。 再び、あの戸棚の中へと腕を差し入れ日記を取り出した。 他人の日記を読む。あまり気乗りしない作業だが、人の命がかかっているのだ、と自分に言い聞かせながらページを繰り始める。 七月三十一日 今日は散々だった。 なにがっていったら一番はやっぱり、もう少しでホグワーツ入学が取り消しになるところだったこと。 今朝になるまで、入学希望の手紙を出し忘れてたの。 喜んで浮かれてるうちに一月経ってた。なんて、庭小人なみに間が抜けてる、自分で自分がいやんなるわ。 でもでも、なんとか間に合ったから万事オッケーよね。 八月一日 今日はミランダに借りてた本を全部返して来たわ。学校に行ってしまったら、そうそう返しには来れないもの。 ミランダったら、絶対に催促に来ないからついつい借りすぎちゃうんだけど。今回はひどかったなぁ。 本棚調べたら、三分の一は彼女の本だったの。二十冊くらいあったかしら。 旅行用の鞄一つ分、さすがに重かったわ。読み終えたら一冊ごとに必ず返すこと、教訓ね。 「・・・・」ウィルは軽く溜め息を吐きながら続きをパラパラと捲った。 他人の日記というのは、真剣に読むのがとても難しい。とくに、人のプライバシーを覗き見ることに喜びを感じない人間には拷問に近かった。 と、手が止まった。『絵』という文字が目に飛び込んできたのだ。 八月二十六日 彼を見た! ほんの一瞬だったけど・・・相変わらずきれいな金髪に吸い込まれそうな青い瞳。 素敵だったわ。 大叔母さんが私に気がつかないでいてくれたら、騒がなかったらもっと見ていられたのに。 本人はとっくに死んじゃってる肖像画のくせにさ、まったく大叔母様ったら絵になってまで意地悪なんだから。 あーあ、もう少し見ていたかったなぁ。 あの目障りな吸血鬼がマント広げて隠すものだから、すぐに見えなくなっちゃうのよね。残念。 日記を閉じ、棚に戻す。 これでまた、捜し物が増えたことになる。 サンディス家にある吸血鬼の描かれた絵、それが鍵だ。しかし問題なのは「ある」ではなく「あった」ということ。過去系の話なのだ、今はどこにあるのか。
December 1, 2005
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