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やっと静寂の訪れた室内で、アレッチェの全身状態を一通り診察し終わった従軍医が、ふっと、溜息とも安堵ともとれる息をついた。
薬草を丁寧に塗布し、清潔な包帯をアレッチェの体に巻き直していたコイユールが、医師の方へ顔を上げる。
「先生、アレッチェ様の容態は、どうなのでしょうか?」
「うむ、しばらく治療を続けて様子を見なければ、まだ何ともな…。
火傷は確かに重症だが、良くも悪くも、体力も精神力も不気味に強靭な人物だ。
それもこれも猛烈な執念によるところかもしれんが、何にしろ生きる力にはなろう。
それに、多分、火災の現場で、火から庇(かば)われた様子も見られる」
「火から庇われた…?
それでは、その時に一緒にいらしたトゥパク・アマル様が?」
息を詰めて呟いたコイユールに、従軍医は持参した数種類の植物粉を調合し、手早く追加の薬をこしらえつつ頷いた。
「あのお方のことだから、身を挺して、アレッチェ殿を周りの炎から庇ってやったのに違いあるまい。
そうでなければ、この者がどんなに強者(つわもの)であろうとも、こんな、九死に一生を得るような可能性は皆無だっただろう。
もっとも、まだ助かるかどうかは分からんが」
自分の言葉にすっかり引き込まれて手の止まっているコイユールに、老医師は、続きの包帯を巻くように、と視線で促す。
我に返って再び包帯を手に取りながら、コイユールは、アレッチェの掘深い横顔をうかがった。
包帯の隙間から覗く瞼は固く閉じられ、意識を失ってもなお激痛と戦っているのだろう、ピクピクと苦悶に満ちた痙攣(けいれん)を続けている。
「それで、コイユール、どうする?
アレッチェ殿の治療のことだが。
どうも、今回は、おまえは関わらない方がいいような気がするのだよ」
躊躇(ためら)いがちに問う従軍医の言葉が、耳元で響いた。
「先生……」
返答に詰まっている彼女の脳裏に、先刻、物凄い剣幕で激昂し、己の方に驀進(ばくしん)してきた、あの鬼のようなアレッチェの形相が生々しく甦る。
と共に、あの時の身も凍るような恐怖もフラッシュバックしていた。
あの鬼気迫る勢いで、彼の鋼鉄のような腕で張り倒されていたら、恐らく、自分など、ひとたまりもなかっただろう。
気絶して横たわるアレッチェの全身から、今も禍々しい冷気が放たれているようで、居室全体が異様に冷え冷えと感じられる。
全身に走る寒気を振り払うように、コイユールは、包帯の端をしっかり結び直した。
「いえ、私にお手伝いをさせてください」
「コイユール!
此度は、無理をしない方がいい。
この者は、我らが思っている以上に…」
しかし、まだ青褪めた顔色のまま、それでも、彼女は覚悟を決めた表情で、きっぱり首を振った。
「いいえ、トゥパク・アマル様が、ご自身の身を挺してまでも、護ろうとしたお方なれば――!」
◆◇◆◇◆ご挨拶◆◇◆◇◆
本年も当作をご覧くださいまして、本当にありがとうございました。
また、温かいコメントや応援をしてくださいました皆さまには、重ねて深くお礼申し上げます。
最近、私の中で、インカ熱が再燃しており、改めてインカの歴史や文化を勉強しなおしたりなどしております。
遅々たる歩みではありますが、少しでも良い作品になりますよう研鑽していきたく思いますので、来年もどうぞ宜しくお願いいたします。
どうか皆さまにとりまして、素晴らしい新年が訪れますよう心よりお祈りいたします。
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪コイユール≫(インカ軍)
インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。
代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。
アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。
『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら
★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!
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