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◆悪い行ないの「結果」から逃れる力さて、先に、かりんが自分もアイスクリームを食べたのに、そのことは言わず、ゆっぴーのことだけ告げ口したことを書きました。なぜかりんが自分がアイスクリームを食べたことを言わなかったのか、と言えば、それを言えば自分も叱られると思ったからでしょう。これは、悪いことをした時の「結果」をなんとか逃れようとしたためです。子供は、自分には悪いことをしてもその「結果」から逃れる力があると勘違いをしているのです。けれど、現実はそうではありません。子供のなすべき責任は、自分のふるまいを直していくことで、悪い決断をしておいて、その「結果」から逃れようとすることではない、と著者は言います。かりんのように、半分しか本当のことを言わなかったり、嘘をついて言い逃れをしようとする時には、その方がもっと悪いことを教えるために、やはり何らかの「結果」を与えなければなりません。
2003年08月27日
子供は、普通、自分は何でも自分の思うようにできるはずだと考えています。そして、自分のことだけではなく、周りの人も自分の思うように動くべきだと考えています。どうしてそう考えるようになるのでしょうか。◆赤ちゃんと力の発達のしかた著者は、それは人間の赤ちゃんのことを考えてみればわかると言います。人間の赤ちゃんは、自分の感情を泣いて大人に知らせる以外のことは、全然自分のことは何もできない状態で産れてきます。けれど、同時に周囲の大人に対して非常に大きな存在として力をふるいます。親は赤ちゃんのために、スケジュールを調整するし、夜中でも起きて赤ちゃんの世話をします。泣けばお腹がすいていないか、おしめは濡れていないか、おなかは痛くないだろうか、と考えて動いてやります。そういう親のケアによって、子供は必要な世話を受けられるだけでなく、精神的にも人とのつながりを求めるようになるのです。これは、赤ちゃんにとって、大切な過程です。ところが、子供は成長するのにもかかわらず、親がいつまでも赤ちゃんに対するのと同じように、なんでも先回りして世話してやっていると、子供は、「泣けば大人は動いてくれるものだ」「自分は何もしなくても、何も言わなくても、親がやってくれるのが当然だ」と思うようになり、無意識のうちに何でも自分の思うようにできるくらい自分は力があるんだ、と考えるようになるというのです。著者は、子供が自分でできることでさえも親にさせようとすることを「機能的依存」と呼んでいます。たとえば、自分で自分の荷物を用意し、自分で持つこと、後片付けをすること、自分で自分の時間やお金や仕事を管理すること、それらを自分でせずに、親や周りの人にやってもらおうと考えること、それが機能的依存です。著者は、この機能的依存は、子供の成長に従って、少なくなっていくべきだとしています。逆に子供が、精神的な重荷を人と分かち合い、お互いにケアしあうことを求めることを「関係的依存」と呼んでいます。この「関係的依存」は、どんなに年を取っても人間にとって、必要なものです。人は1人で生きていくことはできないものだし、人から孤立して何でも自分で解決しようとするのは、決して健康だとは言えないからです。ところが、子供は、なにかあった時、本当は親に対して関係的には依存するべき所なのに、自分を過信して孤立することがあります。子供はそんな時に限って、もう自分は大きいんだから自分で解決しなくちゃなどと考えたりするのです。それは、この「関係的依存」と「機能的依存」を混乱して捕らえているせいなのだそうです。(今年の3月ごろ、友達に嫌がらせを受けていたのに、私には内緒にしようとしていたかりんは、この状態だったと思います。「関係的依存」と「機能的依存」を混乱していたために、嫌がらせを受けていることを隠すことに一生懸命になって、自分のなすべき責任は果たさず機能的には依存している状態でした。)関係的依存は保ったまま、機能的依存を少なくしていくためには、どうしたら良いのでしょうか。著者は、まず、普段、子供が手助けを求めるまでは親が手を出さないことを挙げています。たとえば、子供が転んだら、泣くまでに慌てて抱えあげないことです。なぜかと言えば、助けが必要な時には、助けを求めることが、子供自身の責任だということを体験させるためです。これで、子供達は、何が自分でできることで、どんな時には助けを求めなければいけないのか、その違いを知ることができるからです。うちの子供たちでも、「ママ!」と言うだけで、私にまるで超能力でもあるかのように、手助けを求めることがあります。以前だったら、私は即座に手助けをしてやっていたかもしれませんが、今では子供達に「何がしてほしいのか、言葉で言いなさい」と言うことにしています。そして、それが子供が自分でできることなら、自分でやらせる、もし手助けが必要なら手助けしてやることにしています。もっと酷い時は、子供達は、後のことはお構いなしで何かを放っておくことがあります。たとえば、部屋の電気を消さないとか、トイレを流さないとか。そんな時は、本当に過保護だったのだと思うのですが以前は「私がやればいいんだから」と後始末をしてやっていたのを、今は子供を呼んで自分で後始末をさせるように心がけています。そして次に、著者はそういった実際的な手助けだけでなく、子供が欲しいもの、必要なもの、意見などを親しい人に口に出せるように訓練してやることが必要だと言います。子供は友達が何か自分の嫌なことを言ったとか、したとか言う場合、自分ではその本人になかなか「自分はあなたの言ったことで傷ついたのだ」と言うことができません。誰かに問題があれば、その本人にまずそのことを言うことが大切だし、また感じたことは親や信頼できる大人に口に出して言っていいのだ、ということを子供に伝えていくことが必要です。
2003年08月26日
◆力親子の間でおこるもめごとの一つに、力関係の問題があります。子供は自分の思うように物事を決めたがるものだし、親は親で、親の思うように物事を決め、子供に従わせたいものだからです。自分の思うように進めるために、子供は泣きわめいたり、かんしゃくをおこしたりし、親は大人の力で子供をコントロールしようとするのです。「力」とは、何かをコントロールする能力のことです。「力」は正しく使えば良い物ですが、誤って使えば、自分や人を傷つけることにもなりかねません。人は自分に対して、また他人に対して、どのような力を持っていて、どうすれば正しく使えるのでしょうか。◆子供に力の用いかたを教えるにはまず第一に私がBoundaries with Kids から「力」について学んだことは、子供にはある程度の力を与えなければ、子供は正しい力の用いかたを学べないということです。例えば、うちの子供でよく問題になるのは、お小遣いの使い方です。うちの子供達の行っている学校にはカンティーンがあって、そこでおやつや食事を買うことができます。上の子がまだ1年生の時は、まだこの子にはお金はちゃんと管理できないだろうと考えて、お小遣いをあげませんでした。けれど、急にお昼を学校で食べなければいけない時があったり、他の子はカンティーンでおやつを買っているので、うちの子も買いたいこともあるだろうと思って、時々お小遣いやお昼代をあげていました。当然そんなやりかたでは、子供はお小遣いをきちんと管理するようにはなれませんでした。2年生になれば、もう少しきちんと管理できるようになるかと思ったら、全然そうはなりませんでした。それでは自分で管理しようという責任感も育たなければ、管理しなければ自分が困るという意識も育たなかったからです。Boundaries with Kidsを読んで、そういう責任感は年齢と共に勝手に育つものではなく、一定の基準の中で、自分である程度自由に選べるようにしてやってこそ育つものだとわかったので、私は3年生になったかりんと1年生になったばかりのゆっぴーとの両方に、一週間にいくらと決めておこづかいをやることにしました。同時に、たとえもらったおこづかいは自分のものでも、自分の好きな物に一度に使ってしまうのではなく、それは正しい方法で使わなければいけないこと、そして、そこから貯金もするなら、その貯金で必要な文房具や欲しいおもちゃを買うこともできることを教えました。もちろん一朝一夕には子供はお金をちゃんと管理することはできません。つい二週間ほど前も、かりんもゆっぴーも一日でお金を殆ど使い切ってしまったことがありました。たった一日でどうやってお金を使い切ってしまったのか聞くと、かりんは午前中のおやつの時間にクッキーを買い、放課後ポップコーンとジュースを買い、ゆっぴーはジュースの他アイスクリームを2つ買ったと言うのです。(その上かりんは実は自分もアイスクリームを1つ買ったのに、そのことを内緒にして、ゆっぴーはアイスクリームを2つも買ったと告げ口しに来ました。)二人とも、どんな食べ物が体に良くて、どんな食べ物が体によくないか、充分知っているにもかかわらず、です。しかもその前の週のゆっぴーの学校の授業は、栄養と健康の話だったのです。さて、そのことを知った時、主人は、「子供達はお金をちゃんと管理することができないのだから、お小遣いをやること自体をやめてしまえばいい」と言いました。私も以前だったら、そう考えたでしょうし、「うちの子達はわかっているはずなのに、なんでできないんだろう」と悩んだと思うのです。でも、Boundaries with Kids を読んで、子供はそういうものだから、そういう機会を捕らえて、教えるのが親の仕事だとわかったので、今回はそんな風には考えませんでした。そうではなく、お金を正しく使わなかったので、その週は、もちろんそれ以上のこづかいはやらない、その次の週は、お金を正しい使い道に充てなかった当然の「結果」として、やはりこづかいをやらないことにしました。子供達二人は、たとえ自分達の好きな甘いお菓子などが自宅になくても、自宅からクラッカーやサンドイッチなどのおやつを持っていかなければなりませんでした。学校のカンティーンで昼ご飯を食べなければならない時は、もちろんデザートは無し、おつりは私に返さなければなりませんでした。さて、たとえそうしていても、一朝一夕では子供はお金の管理ができるようにはなりません。これからももっと大きな失敗もするでしょう。でも、それでも金額や使い道など、ある程度の範囲内で、管理をさせ、失敗したらその経験から学ばせれば、子供が経験から学ぶことになり、一切その力を取り上げてしまうより、良いのだとわかりました。さて、ここではお金のことを例に出しましたが、子供が自分で管理できるものにはいろいろなものがあります。たとえば、本に挙げてあった例としては、おもちゃやさんでどんなおもちゃを選ぶかも子供に任せることができるとありました。これも、親が値段や安全性、遊びの目的など一定の基準を決めた上で、子供にある程度判断を任せるのです。そして子供がどんな服を着るか。もちろん場所や機会によっても適切な服装は変ってきますし、危険な服装はさける必要があります。でも、親が決めた一定の基準の中で、子供に選ばせることは可能です。子供自身の安全が守られ、周りにも迷惑がかからないなら、たとえ親の好まない服装や髪型でも、ある程度自分で決めさせるのです。その他にも、どんな友達を選び、どんな音楽を聴き、どんな活動に参加するか。これらも、親が完全に子供の活動を支配してしまうのではなく、ある程度の基準を決めた上で、子供に選ばせるのが良いということです。つまり、子供がやがて自分で自分自身を律することができるように育てたいなら、親自身が子供をコントロールするのでなく、徐々にたずなを子供に渡していく、ということです。そうすることで、子供は親に対しても誰に対しても自分は奴隷ではなく、自分で決断することができるのだ、という自信を持つことができるようになるのだそうです。同時に、子供には、自分には何でもかんでも思い通りにする力があるわけではないけれど、数ある選択肢の中から正しい決断を自分で自由に選ぶ力があるのだ、ということを教えることができます。しかし子供は、普通、自分は何でも自分の思うようにできるはずだと考えています。そして、自分のことだけではなく、周りの人も自分の思うように動くべきだと考えています。どうしてそう考えるようになるのでしょうか。著者は、人間の赤ちゃんを見てみればわかると言います。次回はこの点からまず見ていきたいと思います。
2003年08月25日
◆自分の人生を「所有」して生きるとは?「力」の話題に行く前に、自分の人生を自分と神様のものとして「所有」して生きるってどういうことなのか、私が最初に読んだ時に思ったことを書いてみたいと思います。今までの私の人生を振り返ってみると、決して自分の人生を自分で掴み取ってきたとかそんな風ではありませんでした。どっちかと言うと、流れのままに流されてきた、という感じ。よしっと思って足を踏み入れてみても、結局それが私の行くべき道じゃなかったとか、そうかと思えば、軽い気持ちではじめてみたことが、長続きしたり。出会いとか、タイミングとかいろいるな要素があると思うけれど、そんなわけで、最終的には私の人生は、神様が握っているんだな、ってそんな気持ちで生きてきました。でも、Boundaries with Kidsを読んでいくうちに、その私の考え方は、半分合っていたけど、半分足りなかった、ということが明らかになってきました。それは、「自分の人生を『所有』して生きる」ということについてです。それまで私、自分の人生の所有権、つまり自分の人生を所有する権利と責任は、自分と神様にあるんだ、なんてことは、はっきり意識したことがなかったんです。けれど、なりゆきで流されてこうなってきたように見えることは、実は日々の小さな決断が重なり、重なりあって、今に到っていたのです。だから、今の自分は、これまでの自分の無数の決断の上にあるということがわかったのです。自分の人生を、自分と神の物として所有して生きるなら、今日一日の生き方が変ってきます。それは、妻として、母親として、一日の大半を家庭で過ごす人でも同じ事です。外で働いていた人が、家庭に入ると、なんとなく自分の時間がなくなってしまい、自分の価値がなくなっていくような気がして、一日一日がただ流れていくような気がすることがあるものです。それでも今日、今一瞬を、どういう姿勢で過ごすのか、それは私自身にかかってきます。子供達や配偶者、周りの人に、どう接するのか。つまり、今与えられている範囲内で、どう自分のふるまいを管理していくのか。それも自分の責任で、自分が決断していくことなのです。それが、私がBoundaries with Kidsを通して示されたことの一つです。
2003年08月24日
◆参考例たとえば、本の中では、こんな例が紹介されていました。11歳の少年ネイサンは不満を感じると癇癪をおこす癖があり、母親に物を投げつけたり、ドアをバーンと閉めたり、足を踏み鳴らしたりしていました。はじめのうち、母親は鬱屈した気持ちを吐き出すことも必要だと思っていたのですが、癇癪は治るどころかだんだん酷くなっていったそうです。そのうち、友達から忠告を受けた母親は、アプローチの仕方を変えました。彼女はネイサンが落ち着いている時に呼んで、次のように言いました。「腹が立つことがあるのはわかるし、不満があって、苛立つのはわかるわ。(共感)でもあなたの怒りや不満のために、家族みんなが嫌な思いをしているの。そこでこうすることにしました。あなたが怒っている時は、そう言ってもいいのよ。自分の気持ちに正直になるのは良いことだから。そして、もし私たちに問題があるなら、話し合って解決しましょう。でも、大声で怒鳴ったり、悪い言葉を言ったり、物を投げたりするのは容認できません。もし、これからそういうことをすれば、落ち着くまで自分の部屋へ行かせます。その間、電話もコンピューターも、音楽も禁止。(制限)そして、家族に迷惑をかけたその時間と同じだけ、普段より多く家事の手伝いをさせます。そうすることで、あなたの感情の問題をなんとかするのを手助けしてあげられると思うわ。(結果を帰す)」(P.76参照)はじめのうち、ネイサンは母親の言うことを信じず、一時的に癇癪はエスカレートしたそうです。でも、それでも母親が境界をとりはずしたりしないのを見て取り、次第にひどい癇癪はおこさないようになりました。母親が当初心配していたように、はけ口を失った感情でネイサンが心をむしばまれてしまうこともなかったと言います。◆「難しい」イコール「不可能」ではない子供は、難しい、と感じると、やりたくない、と感じます。そして子供にとっては、「やりたくないこと」は、つまり「自分にはできないことだ」と考えます。しかし「難しい」イコール「不可能」ではありません。子供は「難しくてやりづらい」と感じることは、なんでも親にやってもらおうとするでしょう。そんな時こそ、「難しくてやりづらい」からといって「できない」とは限らないのだ、と子供に教えるチャンスです。そんな時こそ、親がなんでもやってしまわないで、子供にさせることを思い出しましょう。子供が飲み物や食べ物をこぼした時に、布巾で拭いたり、掃除機でごみを吸い取ったりすることから始まり、自分の荷物を持つこと、自分で自分の物を用意したり、自分の部屋や机を片づけたり、家族の共有の場所を片づけることなど、子供が自分でできることはどんどんやらせていくことです。
2003年08月23日
◆「責任」1子供は、なにか困ったことにぶつかると、まずは母親のところへ行って訴えます。訴えるのは、それはそれで構わないのですが、子供は自分のやれることも自分でやろうとせず、親に解決してもらおうと思っていることって多いですよね!親がそこで子供に責任を教えなかった場合、その子はどんな大人になるのでしょうか。成熟した大人は、自分の人生、欲求、問題を「自分の責任」として捕らえます。しかし大人になりきれていない人は、困難にぶつかると「誰々のためにこうなった」「誰々が悪いのだ」と常に自分を被害者だと考え、誰か他の人に問題を解決してもらおうと考え、自分も解決のために何かができるとは考えないと言います。そういえば、先日、うちの主人が、スポーツジムで喧嘩を目撃しました。二人連れの男が、インストラクターに言いがかりをつけたのです。その男達は、兄弟だったらしく、自分たちの親は警察だと言い、親を携帯電話で呼び出しました。そして、なんと、その親は数分後に現場にかけつけ、警察手帳のようなものを見せびらかしたようです。大人になっても、自分で問題をおこしておきながら、親に肩代わりをさせようとする子も子なら、現場にかけつけて権力をちらつかせる親も親だと思いませんか?さて、これは極端なケースでしょうが、子供をこんな大人に育てたくはないですよね。子供に「境界」を教えていく上での一つのポイントは、子供が大人になるにつれ、徐々に自分の責任は自分で背負えるように育てていくことです。つまり、初めは親の責任だったものをだんだんと子供の責任へと移していくことです。結局は、子供は、自分自身の人生を自分で責任をもって歩んでいかなければならないのですから。今日は、この「責任」の問題について学んでいきます。◆何に責任を持つか"Boundaries with Kids"によると自分の「感情」「考え方」「ふるまい」の3つも、私たちの責任の範囲だと言っています。◆感情感情は、神様が私たちの内に備えて下さったものの一つで、自分の魂がどのような状態にあるのか、私たちにしめしてくれる指針になります。だからそれ自体は決して悪いものではありません。何らかの感情が沸いてくるのは、そこになにか理由があるからです。「怒り」や「悲しみ」や「痛み」を感じたなら、まずその存在を認め、その感情はどこから来るものなのか、それを受け止めて、次にどうするかを考えることが大切です。つまり、その感情が沸いてきたことを「誰々が自分を怒らせた」と人のせいにするのではなく、一歩立ち止まって、なぜ自分はその人のその行為に対して腹が立ったのかと考えてみることです。生まれながらの子供はそうではありません。常に感じたままを行動にあらわします。怒れば、癇癪をおこします。それは「どうしてこう感じたのだろう」と立ち止まって次に取るべき行動を考えることをしないからです。感情自体は悪くはないのですが、感情によって自分の行動を決定することは、様々な問題を引き起こします。それと違って、感情とふるまいを直結させるのではなく、感情とふるまいの間に「自分はどうふるまうべきか」という「思考」が入ってくるのが成熟した大人です。それをどうやって子供に教えれば良いのでしょうか。簡単に言えば、「衝動的にふるまう方が、そうでないよりも不利だ」と子供自身が思うようにしてやれば良いのだそうです。二つ目にあげられた「考え方」とは、物の見方や捉え方のことです。人や事柄が「いったいそれは何(誰)で、どういう風に対応することが求められているのか」、その枠組みが「考え方」です。例えば、「家族」や「友人」はどんな存在で、どんな関係を持つべきなのか。「学校」や「社会」は何をするところで、自分に何が求められるのか。「自分」の長所や短所、自分の好みや嫌いなものはなにか。子供はまずはじめに自分にとって一番身近な大人である親からそれらを学びます。そして、成長するにつれ、叔父叔母、学校の教師や友人などからも学ぶようになります。著者はこれについて、子供に二つのことを教えると良いと書いています。一つは、「考え方」とは自分で学び、向上させていくものであって、自分で決めていくものだということ。そしてもう一つは、自分の「考え方」は、周りの人達の「考え方」とは異なるかもしれない、ということです。「ふるまい」は「感情」と「考え方」を踏まえ、どう対応していくか、という実際の行動です。上に書いたように、子供は「感情」と「行動」が直結しているので、衝動的に行動します。衝動的に行動する傾向のある子供に介入して、行動に出る前に考えることを促すのが、親の役目です。そこで親が介入する方法は、まず子供の感情を認め、次に正しい態度や行動を教え、実際に現実を経験させることです。◆親の介入の方法1.子供の感情を認める子供の感じている「怒り」や「悲しみ」、あるいは「恐れ」は、親からすれば、現実的ばなれしていると思える場合もあるでしょう。でも、子供が怒っているとか、悲しんでいるとか、怖がっているというそれ自体は事実なのですから、それを認めてやるのが大事です。「イライラしている」「腹が立っている」など、言葉で表現させ、自分からも「~なので、腹が立っているのね」と共感してやります。同時に、感情にまかせて癇癪をおこしたり、物を投げたり、人を傷つけるなど破壊的なことによって表現するのは良くないということを伝えます。現代社会で生きている私たちは、「怒り」とか「悲しみ」といった否定的な感情は持ってはいけないものだと誤解していることがあり、子供にも、「そんなことで怒るのは間違っている」「そんなことを悲しんではいけない」と、無意識のうちに感情を押し殺すことを強要している場合もあるかもしれません。しかし、実際にある感情を現実のものとして認めてやり、言葉で表現することを教えてやることが、まず介入の第一歩です。また、そのためには、自分自身も、自分の感情を否定しないことが大切です。自分が子供のふるまいを見て気分を害したなら、そのことを自分も子供に言葉で伝えるのです。2.子供に正しい態度を教える怒りや欲求にまかせて、行動することは適切とは言えないことを子供に伝えます。自分(親)にとって、どんなふるまいが許可できないか、たとえば、物を投げる、人を殴るなど、その子のおこした容認できない行動について伝えます。「そうすることで問題が解決すると思う?」のような問いかけをすることも良いでしょう。この場合、詰問したり責めたりするのではなく、子供が答えを考えるために問いかけをし、答えをしばらく待ってやります。欲しいものがある時、無理矢理奪おうとするのではなく、自分の行動を変えるなど、別の方法があることも伝えます。これらは、子供が腹を立てている時にやっても、お説教になるだけなので、子供が落ち着いたときや別の機会を設けて伝えます。3.現実を教える前回までに書いてきたように、容認できないような行動が癖になっていて、上のようにはっきり伝えてあっても繰り返される場合(たいていの場合繰り返されるでしょうが)本人に結果を与えます。次回は、実際には子供にどんなことを言えば良いのか、本の例から書いてみます。
2003年08月22日
◆子供との完全な一体感を求めてしまう場合愛情とはその人といつも一致していることだと感じている親は、子供に対し反対意見を言ったり、対決したりすることを恐れることがあるそうです。また、子供と自分とが違っていることでさえも、親子の関係の断絶であるかのように、勘違いしてしまう場合があるといいます。しかし著者によれば、ある人と自分が異なっていたり離れていることをどこまで許容できるか、それは、その人をどこまで真の意味で愛しているかの度合いを示すのだそうです。愛とは自分らしさを失ってしまうことではなく、自分らしくいられるように力づけ、自由を与えるものなのだ、と著者は書いています。(P.50)このように、子供との完全な一致こそ愛だと感じている人は、境界を設定して子供をそれに従わせれば、子供は愛されていないと感じるのではないか、と恐れます。けれども実際は、設定した境界を保たれることで、子供は安心感と愛を感じられるようになるのだそうです。実は境界を設定するということは、その中で子供に自由に自分の道を選ばせることだからです。子供は親が自分の自由な決断を尊重してくれていると感じられるようになるのです。◆無視と雷自分が我慢できる程度に問題が小さい場合は放置しておいて、耐えられなくなったところで雷を落とす親もいます。私も例外ではありませんでした。子供はまだ小さいのだから、自分が忍耐すればと考えたり、自分が後片付けをすればいいのだから、と考えて放置しておいて、後から堪忍袋の尾がきれて雷を落とす、ということをやっていました。けれどこれは親の態度がいつも一定でないことに問題があるのだそうです。また問題は放っておけば、解決するどころか、通常時間が経てば経つほど悪くなるものです。つまり、放っておかないで、その都度対処することが大切だということです。次回は「責任」について見ていきたいと思います。
2003年08月21日
親が子供をしつけられない場合は、いくつかの原因があるそうです。◆親が子供に依存してしまう場合自分は恵まれない子供時代を送ったので、もう孤独を味わいたくない。そんな理由で子供を持ちたいと思った人はいないでしょうか。そういう場合、親が子供の愛情を失うことを恐れて、しつけができないことがあるそうです。これが、親が子供の愛情に依存している場合です。親が子供に愛情を注ぎ、感情をケアしてやるかわりに、立場は逆転してしまい、子供が親に愛情を注ぎ、親の感情をケアする関係になってしまいます。つまり、親が子供に依存する関係は、子供を親代わりにしてしまうことなのです。子供は、親から適切なしつけを受けられないばかりか、愛情をかけひきすることで、親から好きな物は何でも手に入れられる、という良くない教訓を学んでしまいます。自分に問い掛けてみて、自分は子供に愛されなくなることを恐れて、NOと言うべきところで言えないことがある、と思う方は、人間関係に対するニーズを他の信頼できる大人との関係で満たすことが必要です。著者はこう書いています。「子供達は、育つ過程、それだけで充分すぎる重荷を負っているのです。その上に親が自分自身を重荷に加えないで下さい。友達や教会や、サポート・グループなど、あなたのニーズを満たす手助けができる人たちを探して下さい。」(P.47)◆子供の痛みに自分の痛みを重ねてしまう場合子供の涙や痛みや悲しみを見るのは、どんな親にとっても辛いことです。しかし、しつけられることは、痛い経験ではあっても、本人にとって害にはなりません。子供の涙に堪えられず、子供の要求をなしくずしにかなえてしまったり、一旦設定した境界や制限をとりはらってしまうことは、一時の痛みを避ける代わりに子供の一生にとっては大きな害となりえます。親が子供の痛みに耐えられない場合、親自身が痛みを抱えて育ったために、子供の直面する不安や悲しみを、自分自身の経験した痛みと取り違えている場合があるそうです。例えば親自身がその親からの愛情を充分受けられずに育った場合、自分自身はその子供に、充分な愛情を注いでやっているにもかかわらず、子供の涙を見ると、それが健康な普通の涙であっても、その涙をそれ以上の大きなトラブルのように受け止めてしまう、というのです。このようなパターンが繰り返される場合は、カウンセリングを受け、過去の問題をまず解決することが健全な親子関係につながります。
2003年08月20日
良い行ないには良い結果が伴い、悪い行ないには悪い結果が伴う、というのは、神の定められた摂理です。聖書の中には、良い決断に良い結果が伴い、悪い決断には悪い決断が伴ったという記録が繰り返し書かれています。聖書を紐解くまでもなく、経験的に私たちも知っているのではないでしょうか。勉強すれば、しなかったよりも成績はあがるはず。何でも欲しい物を手当たり次第食べていたら、体を壊す。無謀運転をすれば、事故を起こすか、警察につかまる、等・・。このことは人間関係においても同じです。大切な人に対し、正直な関係を持ち、共に時間を過ごすなら、その人との関係は育つはずです。逆に大切な人に対し、怒鳴るなら、その人を傷つけ、関係には溝ができます。この原則は、子どもが日常生活の中で経験して学ぶことが大切なのですが、家庭内で、効果的に体験させ、習得させるには、どうすれば良いのでしょう。Boundaries with Kidsによると、小言を言ったり、「あなたのせいで遅れたじゃない」などと子どもを非難するよりも、予定されていた時間内に支度しなかった時は、どんなに楽しみにしていた予定でもキャンセルするとか、実際的な行為の結果を本人に帰すことが必要だと言います。◆現実的な「結果」を帰す例えば「家の中でローラースケートを履いた場合は、ローラースケートを1週間取り上げる」(これは、今私が書いている間にお菓子の缶をかたづけにいったゆっぴーがローラースケートを足にはめて、缶をひっくりかえしたので今呼んで「次回から家の中で履いた時は・・・」って、決めたばかりのルールです笑。ちなみに散らかったビスケットの屑も、本人に片付けさせました。)とか「車の後部座席で、ビスケットを散らかした時は、散らかしたその子に掃除機をかけさせる」とか(これも先ほどゆっぴーがやったことです)本人がしまったことをやってしまった、と実感するようにさせれば良いのです。これをこの本では「現実的な結果(realistic consequence)」と呼んでいます。前回書いたように、親が小言を言ったり嫌みを言ったり、金切り声をあげたりするなら、子どもに伝わるメッセージは、子どものふるまいによって困っているのは親であって、子ども本人ではない、というものです。そこで子どもは右の耳から入れて左の耳から抜けさせれば大丈夫だと、とりあえず逃避したり、とにかくこの親のかんしゃくさえ通り過ぎれば大丈夫だと考えるようになり、次回は気をつけて正しい決断をしよう、とは考えないというのです。(いわゆる耳フタですね。)つまりこのような否定感情に訴えるような「心理的な結果」は用いない方が良いのだそうです。◆親との関係が「現実的な結果」になり得る場合前回、このようにして子どもに「現実的な結果」を帰してやる場合でも、愛情や関係を断ち切ってはいけないということを書きました。しかし、関係を保ちつつも、一時的に距離を置くことが「現実的な結果」になる場合もあるのです。それはどんな場合かというと、子どもが酷い言葉を吐いたりして、親を傷つけた場合や、子どもが癇癪を起こして状況をコントロールしようとする場合などです。例えば子どもが酷い言葉を使った場合、親は子どもに「そのような言葉を使えば、大切な人を傷つけることになるのだ」「自分の行為は、他の人に影響を与えるのだ」ということを知らせる機会として用いることができます。具体的にはどうすればいいかと言うと、そんな時は、「そんな言葉を使われると嫌な気分になるから、今あなたの話は聞きません。もっときちんと話せるようになったら、話を続けましょう」のように、会話を一時的に中断してしまえば良いのだそうです。そして乱暴な言葉を使わずに話せるようになるまで、自分の部屋に行かせたりします。もっと小さい子で泣き喚いて話にならない、親の話を聞こうともしない時なども同じように「いらいらしているのはわかるけど、これでは話にならない。ちゃんと話ができるようになったら、こっちに戻っていらっしゃい」などと言って、離れた所の椅子に座らせておくとか、部屋の角に壁に向かって立たせておく等、いわゆる「タイムアウト」をさせるのです。この場合にも、向こうが脅しをかけてきたら、こちらも脅しで対応、というのではなく、あくまでもコミュニケーションの余地は、「子どもがその用意ができていさえすれば」こちらはいつでも準備ができている、という状態にしておくことが必要です。親自身が、自分と家族を守るという意識を持てば、子どもが自分の境界に侵害してきた時(子どもに迷惑をかけられた時)、決められたルールを守らなかった時など、どこまでがNoでどこまでがYesか見分けることができるようにできるようになります。もちろん逆に、子どもが期待以上によくやっている時や何か新しい良い行ないを身につけた場合は、良い「結果」を帰してやることも必要です。お小遣いを適切に管理できた時は、その度合いに応じて増やしてやるとか、前から子どもが行きたがっていた所に連れていってやるとか。ただし、本人ができて当然のことにもいつも褒美をやっていては、逆効果です。◆ゴールは「正しい選択」最終的には、子供自身が正しい選択ができるように育ててやることが大切です。やがて子供達は大人になり、自分で選択しなければならなくなるのですから。ですから、子どもが育つにつれ、徐々に自由に選択できる幅を広げていき、その中から自分の責任で自分で決断して、自分で選び取れるように育てていくのです。そのためには、子供時代に、正しい、責任ある決断をすれば、良い結果が生れることを体得していることが大切です。◆子どものふるまいがおかしい時親が境界を設定しはじめると、子どもは反抗したり、ありとあらゆる抵抗をして境界を取り崩そうとしてくるでしょう。子どもの年齢が高ければ高いほど、より強い抵抗があるそうです。それでも親が境界を守り続ければ、子どもの方が折れてくるはずだそうです。ただし、「悪い行為の結果」を本人に帰す前に、普段より異常に子どもの行動がおかしい時は、子どもが何らかのストレス下にないか、よく観察し、必要ならば専門家に相談したほうが良いでしょう。我が家の場合、今年の3ー5月ごろのかりんがそうだったのです。普段特に問題の無い子なのに、私たち親がどうしたら良いか戸惑うほど尋常ではない行動を取っていた時期がありました。それは、学校でちょっとした嫌がらせを受けていたことが原因でした。この本を読みはじめたのも、そのことがきっかけだったのでした。この本は、そんな時期を乗り切る上でもとても役に立ったので、内容と我が家なりの実践の様子を紹介しています。次回は、「子どもを親がしつけられない理由」について見ていきます。
2003年08月18日
前回、「感情」「態度」「行ない」は自分の責任、ということ、「責任」とは自分の人生を自分の責任で積極的に所有して生きることだということを、聖書の例を見ながら書いてきました。それでは、実際に自分の子どもにどうやって教えていけばいいのかを、"Boundaries with Kids"から見ていきたいと思います。1.親自身が「境界」をはっきりと持つこと子どもが「現実」を学ぶ第一歩は家庭で始まります。子どもは人間関係を親から学び、ここまでなら大丈夫、ここから先は立ち入り禁止、という基準を、まず親から学びます。だから、まずは親自身が「境界」をはっきり持つことが大切です。子どもは親の背中を見て育つなどと言いますが、子どもは親の言動をお手本にしながら学んでいくものなのです。だから、まずは、親自身の境界がはっきりしているなら、子どももそれを見ながら学ぶ可能性が大です。子どもに境界がまだできていない時には、親が境界を設定して、親自身が「境界になる」ことが必要です。子どもの内側にまだ境界がないので、親が設定してやることが必要なのです。子どもはまだ境界がないので、親が設定した境界をなんとか破ろう、なんとかして境界を動かしてやろうと挑戦してくるはずです。けれど、ここで親が境界を取りのけてしまっては、子どもにとって、境界が現実のものにはなりません。親にとって、自分の設定した境界を守ることは難しいので、ギブ・アップして「一度くらいなら」と子どもの要求をかなえてやることは簡単ですが、親が境界を保たないなら、子どもは境界のないまま育ってしまいます。けれど、境界のないまま子どもが育ち、大人になることを親は望むでしょうか?子どもが境界を現実のものとして体験し、子ども自身の内側に境界が確立されるまでは、親自身が境界をはっきりさせ、境界を保ってやることが必要なのだそうです。2.子どもに境界を教えるにはさて、子どもに境界を教えるには、まず親自身がはっきりとした境界を持つことが必要だと書きましたが、次に、その境界を、子どもの年齢に適した形ではっきりと示してやることが必要です。a.境界を設定するまず子どもに境界を示す時には、子どもが癇癪を起こしている時や怒っている時は避けることがたいせつです。もしも子どもがいつも癇癪をおこすようなら、癇癪を起こしていないときに、「OOちゃん、自分の思い通りにならない時に、怒ったり、『私は怒ってる』と言うのは構わないけれど、かんしゃくをおこして、泣きわめいたり、叫んだり するのはだめ。泣きわめいたり、叫んだりするのは、他の人まで嫌な気分になるでしょう。もし、今度その境界を超えて、癇癪をおこしたら、その日は幼稚園の後、お友達との遊びの時間を削りますよ」のように境界と境界を超えた時の「行為の結果」を本人に伝えます。b.「行為の結果」を本人に帰すこうしてあらかじめ決めてあった境界を子どもが守らなかった時は、あらかじめ伝えてあった通り、「行為の結果」(上の場合は、その日お友達と遊べない)を本人に帰します。この「行為の結果」は、できるだけ、その守らなかった境界の結果として現実に近い物を選びます。どういうことかというと、例えば、上のように癇癪をおこすという場合は、周りの人を嫌な気分にし、その結果友達を失ったり、親しい人との関係を失ったりするわけです。だから、友達との遊びの時間を削るということをその結果として設定するのです。(そんなことをしたら、子どもがかわいそう、と思われるかもしれませんが、子どもの時に、自分の行為は周りの人にも影響を与えるし、その結果は自分に帰ってくるのだ、ということを知らずに育った大人は、人が自分の思い通りにならないと、癇癪を起こして喧嘩したり、思い通りにならない相手を傷つけたりして、結局自分がもっと辛い思いをすることになるのです。)普通、こういう結果のことを、世間では「ばつを与える」と言いますが、"Boundaries with Kids"では「ばつ」という言い方をせず、「結果」と呼んでいます。それは、ただこらしめることが目的なのではなく、ふるまいには当然の結果が伴うことを教えることが目的だからだと思います。さて、子どもが夜だらだらして寝る用意をしない、というような場合は、「時間の管理」がまずいわけなので、「寝る前の本読みの時間を削る」というように、時間に関する結果を与えます。例えば、我が家の場合、8時半までにはみがきや着替えなどが終わっていなければ、本を読む時間を失う、というきまりにしました。その場合、「一回しか言わないから聞いてね。今8時だね。8時半までに歯を磨いて、寝る用意してね。早く用意ができれば、その分たくさん本が読めるけど、8時半までに用意ができてなければ、本を読む時間が無くなるよ。」のように言います。それでも子どもがだらだらして、8時半までに終わらなければ、「残念だけど、8時半になっちゃったから、本を読む時間が無くなったね」と言って、時間通り電気を消してしまいます。子どもにとっては、寝る前の読書の時間が大事なので、本人たちは残念がり、そこから「明日はちゃんと用意しよう」と思うようになる、というわけです。 その他、テレビの時間とかゲームの時間とか、本人が大切に思っていることを制限することが可能です。お小遣いを次のお小遣いの日までに使い切ってしまった時などは次のお小遣いの日まで、どんなに本人がほしいものがあっても、我慢させるのが計画性なく使ってしまったということに対する「行為の結果」です。命に関わること、たとえば飲食などは、できるだけ制限しない方が良いのですが、我が家の場合、ゆっぴーが何度呼んでも食事に来ないで遊んでいるというのが癖になっていた時、「私たちが食事している間に食卓につかなかったら、その食事は抜きですよ」と言ったことがあります。それでも本人が僕、食べられなくてもいいもん。まだ遊んでるもん。」などと言って来なかったので、本当に片づけてしまって、泣いてもわめいても食事はやりませんでした。それ以来、食事の時に呼ぶと、食事が終わるまでに・・という制限を設けなくても食卓に着くようになりました。ただ、これはあくまでも命に関わることなので、食事に関してどうしても、という場合以外はこの手は使わない方がいいと思います。いつもしっかり食べている子が、年に何食かくらい抜かれるくらいは、もちろん問題ないと思います。C.共感ただし、「行為の結果」を本人に帰してやる時、気を付けなければならないことがあります。それは、たとえ時間とか物とか本人にとって大切なものを制限する場合でも、子どもに対する愛情だけは断ち切らない、ということです。子どもは自分にとって大切な物を制限されただけで、充分痛い思いをしているはずです。それなのに、親が傷に塩を塗るような態度でいたら、子どもはどう感じるでしょうか。大切な物を制限されたのは、自分が境界を犯したからだ、とは考えずに、親が悪いのだ、親が問題なのだ、と感じるようになります。それでは逆効果です。そこで大切なのは、親の子どもに対する「共感」です。例えば、上のゆっぴーの例のように、食事を食べさせなかったような場合、「お腹が空いたよ~、僕食べたいよ~」と泣くゆっぴーに対しては、「ほんとねー、ご飯食べられないとお腹空くよねー。ご飯食べたいよねー。そりゃ、お母さんでもご飯抜きは辛いもの~。」と共感してやるのです。けれどどんなに憐れでも、境界を外してご飯をやってしまってはいけないのです。このことについては、また、もっと後で詳しく見ていきます。次回は、この「行為の結果」について、もう少し詳しく書きたいと思います。
2003年08月17日
親なら誰でも、自分の子どもには、正しい道を歩んでほしい、と望むものだと思います。けれど、子育てとか躾って、決して簡単なものではありませんよね。私自身も、自分の子供達が、わがままで自己中心的な態度を取ったとき、どうしたらいいんだろう、って悩んでしまったことがあります。自分は親として何が足りないんだろう、今までやってきたことのどこが間違っていたんだろう・・・親ならそんな風に悩むことって一度や二度はあるのではないでしょうか。相手は何しろ子どもなんだから、自分の求めている水準が高すぎるのかもしれない、そう思って、自分が忍耐しなければいけないんだと思ったり、我慢しすぎて堪忍袋の尾が切れてガミガミ叱ってしまったり。でも、子どもが自分勝手な思いやりのないことを言ったりしたりした時、子どもにあきれかえったり、なんて嫌なことをする子だろうと思ったりせずに、「こんな時のために、親(私)がいるんだ。今こそが子どもを教えるチャンスなんだ」と思えるようになったきっかけは、"Boundaries with Kids"(Dr.Henry Cloud & Dr John Townsend著)という本との出会いにありました。残念ながらこの本はまだ日本語には訳されていませんので、この本の要旨や私なりの感想などを、皆さんにご紹介していきたいと思います。
2003年08月15日
日記更新してないやん、最近どうしてんの~?って心配してくださっている方もおられるかもしれないので、近況報告です!最近、私、教会の日曜学校で小学2年生のクラスを教えはじめたんです。元々ストーリーテリング(お話)は、自分の子どもに本を読んでやっているおかげで(?)得意だし、声も大きい方なんで、このところ毎週お話係りをやってました。でも、やっぱり、30人近くいる子供達の注意がそがれないようにお話ができるように、しかも英語で聖書のお話を覚えていくのって、すっごいエネルギーを使うものですよね~。いつもお話をインデックスカードに書き写して、3日くらいに渡って10回は読んで、暗記して、何度もリハーサルして行きます。自分が覚えている大人用の聖書の言葉と違って、子供用に優しくした言葉で覚えていくのもひと苦労だし、少し難しい言葉は、お話の合間に簡潔に説明したりもするので、覚えていくだけでも結構なチャレンジです。毎週、少しずつ違った小物とか絵を用意していったりするのも、考えるだけでも時間がかかるのですが、実際お話をしていると、最初は話を聞かずにざわざわしてたクラスがお話がクライマックスに行くにしたがって、だんだん静かになって、真剣に聞いてくれて、終わった後で、他の先生が「今日の聖書のお話面白かった人~」って聞いたときに、元気に子供達が手を挙げてくれると、やっぱりホっとします。小学校2年生にもなると、細かい所まで良く聞いていて、質問するとちゃんと要点を覚えていてくれたりすると、「あーよかった~っ神様、感謝します~」って思います!先日は、私たちの住んでる地区で特別集会があったので、その時は、総勢20人の年齢も様々な子供達を集会の間集会場の外でお世話しました。集会が終わったので、子供達に、名札シールをはがしてもいいですよ~ってアナウンスしたのだけど、4才くらいのルイス君は、自分の名札シールがお気に入りの様子で、はがしたくない様子。ゆっぴーもそういう頃があったなぁと思いながら、「じゃあ、はがさなくってもいいよ。とってもいい名前だもんね。自分の名前が大好きだから、はがしたくないのかな?でも、おうちに帰る時、お母さんがはがしてね、って言ったらはがすのよ~。」って言っていると、横でお姉ちゃんが、さっと名札をはがして私にくれました。「はい、ありがとう~。じゃ、これ先生が記念にもらって帰るね~」と言った途端、ルイス君も自分の名札をはがして私にくれました。そして「僕のこと忘れない?名前あるから忘れない?持って帰ってね。忘れないでね。」だって。かわいい~(*^^*)。もしかしたら、ルイス君、名札はずしちゃったら、先生に名前がわからなくなるって思って、外したがらなかったのかな・・?というわけで、とってもエンジョイしています。その他、週に一度、ゆっぴーが幼稚園だった時に一緒だったお母さん達と幼稚園の近くで子どものしつけについての聖書の学びをしています。これは、昨年度はお友達が教えてくれていたんだけど、今年度から私がバトンタッチ。自分で教材を作っていくので、こっちも最低3ー4日くらい準備が必要です。これは、できれば手を加えてそのうちHPにもアップしたいなぁと思っています。それから、嬉しいことにお仕事の話も次々来るので、このところ目が廻るほど忙しくしていました。今後継続的に入りそうなお仕事の話もあるので、下調べなどをやっています。ちょうどうちの夫が、来年新しい薬を試すことになりそうなので、私のアルバイト料でも、いくらか薬代の足しになれば・・・と思っています。
2003年08月11日
先週から、クーデターの噂はあったのだけど、アロヨ政権は否定していました。そんな中、朝起きたら、クーデターだというので、やっぱり、あの噂は本当だったの~?という感じでした。でもテレビで見たら、マカティの一部の地区に立てこもっているとの様子。政府軍の軍人と、反乱軍の軍人も、平穏に話をしあっている様子がテレビに映され、反乱軍は60人位だとの発表でした。(午後2時の発表では150人位とのこと。)今朝は、教会のロビーで、今度うちの地域である特別夕拝の案内カウンターに座る係りになっていた上、日曜学校ではお話係りに当たっていたので、まず教会に電話しました。教会では7時の礼拝から普段通りやっているとのことでした。教会のある地区が、差し迫って危険ということはないようだったけれど、万一の時のため、お休みの予定だったお手伝いさんに急遽子供達をあずけて、私だけで教会へ行くことにしました。主人は山登りだったので、「クーデターだって」と携帯電話でメッセージを送ったら、登山のメンバーに軍関係者がいて、その人は昨日から待機命令が出ていて山に登れなかったとのことで、その人から携帯で情報が入ってくるので、知っていたと電話がかかってきました。さて、私の行っている教会は、エドサ革命記念の「エドサ・シュライン」のあるエドサ・オルティガス交差点から、約200Mくらいのところにあります。マルコスを追い出したエドサ革命の時も、アロヨ政権が誕生した第二エドサ革命と呼ばれる政権交代の時も、このエドサ・シュラインがいつも重要なポイントになっています。私たちの教会のすぐ裏に、ロビンソン・ガレリヤ・デパートがあり、その向こう側がエドサ・シュラインになっているのですが、今日は特にエドサ・シュラインに反乱軍がいるというわけではなくても、デパートは閉鎖されているということでした。さて、教会から昼過ぎに帰ろうとして、車のラジオをつけたら、現在マニラへ入る南北の高速道路は入り口を閉鎖しているとのこと。ということは、主人たちはクーデターが終わるまで帰れないか、ぐるっと大回りをしないと帰ってこられないということのようです。アロヨ政権は反乱軍に5時までに投降するようによびかけているとのことですが、今のところ、反応が無い様子です。あ、そうそう、それから昨日まで私が通訳をしていたお客さんも、まだマカティ地区に滞在しておられるのでした。反乱軍が占拠したホテルではないけれど、ホテルの外には出られないだろうし、退避したり、ということもあるのかも・・。とにかく民間人の被害が出ないことを望みたいと思います。
2003年07月27日
台風が来たので、子供達は学校がお休みになりました。フィリピンでは日本みたいに、「注意報」とか「警報」っていうのが出ません。そのかわりに台風の暴風の程度を示す「シグナルNo.1~3」っていうのが発令されて、シグナルNo.1だったら、小学校はお休み、2だったら高校まで、3だったら、官公庁と大学はお休みになります。ところが、これはあくまで暴風が目安になっているから、風があまりなくて、大雨の場合にはなんにも発令されません。そういう場合、フィリピン教育省が学校はお休みにする、とか、特に教育省からは発表しないので、各校の校長が決めるか、親の判断で決めて下さい、とかかなり適当な発表(笑)が出されます。これ、かなり困るんですよね。親の判断で、この分だとすごく降りそうだから、行かせない、と決めても学校で試験がある場合とか。逆に、試験があるからと無理して行かせたら、大洪水になって、生徒が帰宅できず教室で一夜を明かすとか、そういうケースも毎年のように起こっています。私もシグナルが出ていないから、と出発したはいいわ、洪水のためにハイウェイの渋滞で数時間立ち往生したことが何度かあります。その時は、まだ働いている頃で、子ども連れじゃなかったから良かったものの、子ども連れだったら、「ママ~、おしっこ~」なんてことにもなりかねません。マニラなんて、海抜0M以下のところもある洪水王国なんだから、せめて降水量の予測とか、潮の満引きで、洪水の予測とかしてくれればいいのに、と思うのだけど。今日みたいに台風が来ている時は、まずいつものように朝5時過ぎに起きたら、まずラジオかテレビをつけます。そうすると、台風シグナルが出ているとか出ていないとか、教育省の発表とか、気象局の発表とかやっているので、それらを見たり聞いたりして判断します。(こんな時、やっぱりタガログが必要になるんですね)どこのストリートは洪水で通行止めとか、そういった情報もついでに仕入れるので、こんな日は朝のテレビ・ラジオが大切です。さて、こういう雨の降る涼しい日には、定番の食べ物があります。まずは、野菜とお肉のスープ「ニラガ」。雨で涼しいので、あったかいものが食べたくなるからでしょうね。次に干し魚のフライとトマトと玉ねぎのサルサ。たぶん、これは市場に買い物に行けなくても、常備しているから?それから、朝食には、ココア入りの甘~いおかゆ「チャンポラード」です。ココア入りのおかゆ~?とぎょっとされる方も多いでしょう。私も以前は食べなかったんだけど、ぜんざいみたいな物だと思うようになりました。ちなみに、これは本来もち米から手間をかけて作るのですが、最近は手軽に作れるインスタント・チャンポラードが発売されているので、私はこれを愛用しています。これに牛乳をかけて、干し魚のフライを細かく割いたものを少し入れて食べます。まさかの組み合わせだけど、これを入れると、ほんと、ぜんざいっぽくなるのです。うちの旦那様は、これにコンデンス・ミルクをかけて食べてました。(・・・ちょっと糖分取りすぎ~?)そして、こんな日には、ココアもおいしく飲めます。ココアのことは、「チョコラテ」と言って、スペイン風の濃いココアとアメリカ風(?)の薄めのココアと二種類あります。フィリピンの英雄ホセ・リサールの文学作品にもこの二種類が「チョコラテ・ア(濃い目)」と「チョコラテ・エ(薄い目)」と言って紹介されているらしいです。やっぱり、涼しい時には、暖かい飲み物が一番ですね。
2003年07月22日
「来るらしい」どころか、もう来ているらしいです。明日は、大雨になるのかしら・・。フィリピンでは台風一つ一つに名前がつくのだけど、今回の台風の名前は「ハルロット」ずばり「暴走」って名前です。(おいおい、あまりにも安易な命名ではないかい・・・?)暴走君、あまり悪さはしないでね・・・。かりんの学校では今週末、遠足があります。帰宅したかりんは、遠足の時のパートナーを決めるくじをひいたら、なんと、アトピーのことでいじめた子にあたってしまったこと、報告してくれました。そしたら、その子、「かりんちゃんとパートナーは嫌!」って言ったらしいです。すると、仲良しの子が、「じゃあ私が代わってあげる」ってすっと代わってくれたそう。Lちゃんにそんなこと言われて、悲しかったでしょ?って聞いたら、「うん、悲しかったけど、すぐにDちゃんが代わってくれたから、いいの。」だそうです。以前は、いじめがあったことさえ話してくれるまでに何週間もかかったし、1人にいじめられたことを、クラスの子みんなに嫌われてると落ち込んで、それも「段階的に」話してくれた位だったから、今回は、すっと話してくれて、特に変わった様子もないようなのを見て、安心しました。危機を乗り越えて、少し強くなったのかな?ゆっぴーの方は、学校をとーってもエンジョイしている様子。やる気はものすごーくあるのだけど、読み書きがおぼつかないのが、いささか心配です。あと一週間で始めての試験期間。子どものことなのに、私の方がカリカリしないように、気をつけなくっちゃ~。
2003年07月21日
先日の日記にも書いた蝶が、8日の早朝羽化しました。前日から、さなぎが黒っぽく、羽の模様が透けて見えていたので、まもなくだとはわかっていたけれど、朝5時に起きてみたら、もうさなぎから抜け出ていました。柑橘類の木についていたので、アゲハ蝶だと思っていたら、確かにアゲハの仲間だけれど、羽の下の部分が短くて、青い模様は入っていない蝶でした。もしかしたら、日本にはいない、フィリピンのような熱帯にいる蝶なのかもしれません。芋虫も日本のアゲハ蝶よりは確かにずっと小振りだったので、蛹になる直前まで、まだまださなぎにならないと思っていたくらいでしたから。蝶自体も日本のアゲハに比べるとずっと小振りでした。ゆっぴーは、その前日、蝶になったら、もっと大きな入れ物に入れて飼うんだと言っていたけれど、夜、蝶は羽化してから数日しか生きることができないことや、蝶も友達と遊びたいことを教えてあげたら、放す決心がつきました。寝る前に「蝶にお友達ができますように。そして、またお庭に卵を産みにきますように」ってお祈りしてから寝たのだけど、学校から帰ってきたゆっぴー、家にかけこんで、蝶の入った広口ビンを持ってきて、ゴムでとめた薄い紙のふたをとって、放してあげました。すると、飛び立った瞬間に、向こうからもう一匹蝶がやってきて、二匹は仲良くひらひらと舞いはじめたのです。ゆっぴーもかりんも、「蝶にお友達ができた!」と大喜び。でも、夜になると、ゆっぴーも寂しいらしく、「僕、ちょうちょが行っちゃって寂しいの」としょんぼりしていました。「きっと、ゆっぴーのちょうちょは、もう一匹のちょうちょに、ゆっぴーがどんなに芋虫だったときに、そっとしておいてくれたかとか、ちゃんと毎日おいしい葉っぱをくれたことを話してると思うよ。そしてビンから出してくれて、お友達に会えるようにしてくれたことを喜んでると思うよ。だから、きっと卵を産む時は、またゆっぴーの家の庭で産もうねって言ってると思うよ。」と言ったら、幸せそうな顔をして眠りにつきました。蛹になってから、ちょうど10日で蝶になったので、もう一匹の方はたぶん金曜日あたりに羽化することでしょう。今度は、夜中に羽化しても大丈夫なように、動きがあると撮影するデジカメをしかけておくんだと、パパもはりきっています。
2003年07月08日
我が家の小さな庭の、小さなカラマンシー(フィリピン・レモン)の木にアゲハの幼虫が2匹ついていたのを、ゆっぴーがとってきて、口の大きい瓶の中でかいはじめたのは、先日、木曜日のことでした。大きい方の幼虫は、金曜日の夜から食べるのをやめて、瓶の壁にじっとへばりついていたのですが、土曜日の夜になったら、いつのまにかさなぎになっていました。小さい方は、毎日たくさん葉っぱを食べて、ぐんぐん成長しています。こちらの方も、あと数日以内にはさなぎになりそうな大きさになっています。ゆっぴーは大喜び。さなぎといもむしの絵を描いて、学校に持っていきました。先生は、学校でその紙を受け取って、これから観察して絵を描いて持っていったものとあわせて、綴じましょうと言ってくれたそうです。うまく蝶になってくれると良いのですが・・・。
2003年06月30日
豆乳以外に最近ハマっているもの、それは、ぬかづけです。これまでにも何度もぬかづけには挑戦してきたんだけれど、いつも混ぜるのを忘れてしまうのと、家を開ける時の始末に困って、何度も挫折してきました。あれは、乳酸菌というペットをぬか床の中で飼っているようなものなのです。毎日かきまぜてあげないといけないし、漬けたら漬けたで食べないといけないしその時々の糠床の状態にあわせて、水を取ったりしないといけないわけです。ちょっと発酵がきついようなら、塩を入れてみるとか、おいしくするために、こんぶとか干ししいたけを入れてみるとか、結局それらも楽しんでやってしまえば、いいのですが・・。何代も、何百年も糠床を守ってきた、などという話を聞くと、偉いなぁ~と思ってしまいます。うちは、子供達はもちろん、夫もあまり食べないので、漬ける量がちょっと増えると食べきれなくなってしまうのです。でも、日本から帰ってきたのを期に、またはじめました。もちろん、まだはじめて1ヶ月も経っていないわけなので、まだまだどこまで続くのか、わからない状態です。ぬか床を作ってしばらくして、たどり着いたのがこちらの「おいしい漬物をつくろう」です。この方も私と同じで、何度も失敗を重ねた上で、また挑戦されたそうで、かびが生えても、上の方だけならこそげて捨ててしまえば、そのまま使えることとか、家をしばらく開けるときは、冷凍してしまえばいいということなど、へぇ~そうだったんだ~、と参考にさせてもらいました。私がこうやって、ぬかづけを漬けたり、朝からお味噌汁を作ったりしているのは、やはり家族の健康を考えてのことなのですが、でも本当は、夫と子供達はパンと目玉焼きとか、特に夫は、フィリピン式の朝から炒めたガーリックライスに魚の干物のフライとかの方が好きなようです。でも、もう少しぬかどこが成長して、おいしいお漬物がつかるようになったら、家族も食べてくれるようになるのかな・・?それまでは、ぬか床の乳酸菌たちに「元気にしてる~?」と声をかけながら、自己満足の世界でやっていきたいと思います(笑)。◆ニガウリさて、苦みがあるので、なんとなく苦手だったニガウリですが、栄養価が高く、体にいいので、食べられるようになりたいと検索してたどり着いたのが「にがうり倶楽部」です。上の「おいしいお漬物をつくろう」のページも、実はこちらの「にがうり倶楽部」のリンクからたどり着いたのでした。せっかく年中ニガウリが手に入るフィリピンにいるんだから、活用しなければもったいないですよね。こちらのページにあった通り、スライスして塩をふっておいたニガウリを水にさらして、絞ってから調理すると、確かに苦みが薄れるようです。栄養価はいくらか落ちるのかもしれないけれど、食べられないよりは、いいでしょう。レシピがたくさん紹介されているのも嬉しいところです。定番のチャンプルーを作ったら、ニガウリが苦手な子供達も食べられた他、味噌炒めもごはんにのせて食べるとおいしい、なかなかの珍味でした☆
2003年06月23日
ゆっぴーは先月末、7歳の誕生日を迎えました。その時は、まだ日本にいたので、この日、一ヶ月遅れのお誕生日パーティを開きました。ゆっぴーの誕生日って、いつも日本にいるから、お友達を呼んでの誕生日パーティって殆どやったことがありません。この日、我が家に来てくれたのは、家族ぐるみでつきあっている、ちょうど同じくらいの年齢の子のいる4家族。そのうち2家族は、まだ独身時代から仲良くしていた人たちです。「風雲たけし城」みたいなことを、パパ達対ちびっこでやるというので、ポンプで空気圧をあげて水を飛ばす大きな水鉄砲をまず子どもの人数分買ってきました。そして前の日から、子供達の頭とか、パパたちの陣地につけるマトを厚紙と薄紙で作ったりして準備しました。それから、フィリピンで誕生日会と言えばかかせないのがスパゲッティやパンシット(やきそば)等の麺類。あまりたくさん作ってもあまるのが常なので、今回はスパゲッティだけにしました。当日作るのは時間的にも無理なので、これも前日から大量に野菜を切って、煮込んでおきました。足の早いトマト類だけは当日に。フィリピンではスパゲッティと言えば、ミートソース。しかも、これが超あまい。お菓子のように甘いのです。みんな、砂糖を入れて甘くするらしいけれど、うちはパイナップルを入れてほんのり甘くし上げることにしました。フィリピンで他のソースが受け入れられだしたのも、つい最近のことです。飲み物も、アイスティを紅茶から大量に作って冷やしておいて、あとは定番のソフト・ドリンクとかジュースを用意しておきました。いつもは11時に出る教会の礼拝も、今日は9時から出席。いつも日曜学校を嫌がるゆっぴーが、9時からの一年生クラスの先生を気に入って、毎週出ると言ってくれたのも、この日の収穫でした。そうそう、余談ですが、コーヒー豆を切らしていたので、帰りにスターバックスへ寄ったら、なんと新たに豆乳が登場していました。もっとも置いていない店舗もあるとのことですが、これから豆乳入りカフェ・オーレを注文できる!と嬉しくなりました。さて、3時すぎから、友人たちがきてくれました。子供達に、あらかじめ買ってあった水鉄砲を手渡すと、さっそくおおはしゃぎで水を掛け合いはじめました。パパ達も「風雲たけし城」ごっこを充分楽しんだ様子。水のかからないところで見ていたママ達も、楽しそうでした。水遊びが終わってから、着替えた子供達は、2階にあがってしまって、男の子と女の子同士でそれぞれ別の部屋に分れて遊んでいました。おかげで、ママ達、パパ達は、ゆっくり座っておしゃべりを楽しむことができました。かりんは、普通のバースデー・パーティのようにいろいろゲームをやったりするつもりで用意をしていたのだけど、子供達はそれぞれ楽しんだようだし、大人たちも楽しめて、なかなか、よい時を持つことができました。
2003年06月22日
最近わたしがハマっているもの・・・それは豆乳です。わたし、豆乳って嫌いだったんです。体にいいって以前から知ってたんだけど、あの青臭さが鼻について、どうしても飲めなかった。それが、最近、毎日豆乳を欠かしたことがないんです。きっかけは、帰国していた時に、妹がよく豆乳を料理に使っていたこと。卵焼きに、牛乳のかわりに豆乳を入れたり、豆乳入りの寒天デザートとか作ってました。それが、牛乳を入れるより、コクがあって、おいしいんです。妹の婚家は実家から割と近いので、私たちもよく遊びに行ってたんですが、一度私がカルボナーラを作ることになって、それじゃ、カルボナーラもクリームの代りに、豆乳を入れてみようって作ってみたら、これがなかなか和風な感じに仕上がりました!それ以来、わたしも、こちらに帰ってからも、いつも豆乳です。まず、紅茶党のわたしは、最低一日2杯は紅茶を飲むんですが、それにも豆乳を入れて、豆乳ミルク・ティーにします。ロイヤル・ミルクティーみたいにコクのある味になります。もちろん、コーヒーにも豆乳を入れます。そういえば、シアトルのkazukoさんがHPで、スターバックスで、豆乳入りのカフェオレを注文される、という話、読んだことがありました。マニラのスタバには、まだ豆乳カフェオーレは、メニューにないみたいですが、これは、つまりスタバもお墨付きの飲み物ってことなので、おいしいに決まっているわけですネ。ある時、緑茶を飲みながら、ふと、これにも豆乳を入れてみようかしらって思い立ち、入れてみたら、これもなかなか思ったよりいいお味。もしかしたら、緑茶を飲むたびにやってしまうかも、という感じです。極めつけは、豆乳ミルク。これは、わたしが、夕べ開発したメニュー(笑)です。わたしは寝つきが悪いので、よく寝る前にホット・ミルクを飲むのですが、そのミルクに、豆乳も少し入れて暖めてみたんです。どんな味かしら、と恐る恐る飲んでみたら!むっちゃ、おいしい(*^^*)。お砂糖は全然入れていないのに、キャラメルが入っているみたいな味になりました。これ書いてたら、飲みたくなってきました。今から豆乳ミルクだと、子供達のお迎えに行く前に眠くなってしまいそうなので、豆乳ミルク・ティーにすることにしまーす。豆乳が苦手な皆様も、どうぞ一度お試しあれ~♪(その2へ続く・・・)
2003年06月18日
最近、すっかり元気になって落ち着いて、表情も明るくなったかりんですが、一時は本当に心配でした。見守ってくださった方々、お祈りくださっていた方々本当にありがとうございます。ここしばらくは、誕生会などに行っても、ゲームにも参加しなかったかりんが、先週の土曜日行ったパーティでは、積極的にゲームにも参加して、親が参加するゲームには、私に参加しろと後押しするほどの元気で、かりんのほっぺに帰ってきたえくぼを見ながら、嬉しさを噛み締めました。日本にいる間に、少しずつ落ち着きと自信を取り戻したようですが、2度、私にこんなことを言ったことがありました。1度目は、クラスの友達に湿疹の出ている手のことを、汚いとか、触るなとか言われたということ。2度めは、1度めから数週間ほど経ってから、一緒に山に登った時に言ったのですが、みんなが自分を嫌っている、というのです。よく確認したら、「みんな」ではなく、かりんにいろいろ言った子は、たった1人だったのでした。名前も教えてくれなかったのですが、最終的にかりんがうなづいたのは、やはり私がうすうす想像していたその子でした。かりんは「お母さんに言いたくなかったことを、全部言ってしまった」なんて、その時はなぜかしょんぼりしていましたが、その2回の告白を機に、重い荷をおろして、2つの大きなステップを上がったかのように明るくなりました。実家の母に、「どうして、そのことを私には言いたがらなかったのかなぁ」と言うと、母は、「あんただって言わなかったじゃない。そういうことは親には言いたくないものなのよ」と、私が小学校低学年だったときにあったいじめのことを話してくれました。母の話によると、私は毎日のように痣をつけて帰ってきていたそうなのですが、私自身は母に一言もいじめのことを言わなかったそうです。どうも、同じ組のある子が、他の子にかわるがわる私になぐる蹴るをやらせていたそうです。母は痣に気付いて、さりげなく私に聞いたら、「いじめさせている子は1人だけで、後の子は別に私が嫌いでやってるわけじゃない。だから他の子のことは嫌じゃない」と言っていたそうです。母が、どうするつもりか私に聞いたところ、私は自分でなんとかする、と答えたそう。そのうち、実際にいじめを見た他の子の親たちが母に知らせにまできたそうです。そして詳しくはわかりませんが、その子たちの親が、自分たちの子どもに話をしたようで、クラスの子供達が1人、また1人といじめろという子に対して、「私はやらない」と言いはじめ、そして、私へのいじめは終わったそうです。しかし、自分の覚えているいじめですら、何度もあるのに、不思議なことに、私はそのいじめのことは、まったく覚えていませんでした。話がそれました。つまり、子どもはそういうことを親には言いたがらないものらしい、という話でした。異常なほどに潔癖症になり、手を5分置きに洗わずにいられなくなったり、食事までちゃんとできなくなったり、ちょっと叱られただけで頭を壁にぶつけたり、小学2年生で、私の人生はこんなはずじゃなかった、できるならもう一度人生をやりなおしたい、なんて言ったかりん。何をやっても、つまらなそうにしていたかりんですが、非常に短期間の間に、すっかり普通になり、明るくなり、なにごともなかったかのように落ち着きました。本当に感謝なことです。私自身は、かりんが反抗期なのかもしれないと思っていたし、かりんのやっていることを見て、私(母子関係)に原因があるのでは、と思っていました。でも、少なくとも主な原因は、私ではなかったようで、ほっとしました。また私たちが実家に着いてすぐに、かりんの様子がおかしいと気づいた実家の母が、まずは躾より何より、かりんを甘えさせてやり、大事にしてやるようにと実家の母が言ってくれ、協力してくれたことがあったからこそ、私も落ち着いてかりんに接することができたし、だからかりんもぽろっと私に告白してしまったのでしょう。学校に行きはじめて、どうかなあと観察していたのですが、新しく編入してきた女の子と仲良くなったこともあって、毎日楽しく学校に通っています。前学年のとき一番仲良くしていた子は、ご両親が宣教師で、帰国してしまったので、かりんも寂しがっていて、良いお友達が得られるように、と私もお祈りしていたのですが、その子が祈りの答えだったら良いなぁと思います。問題の子も、いまは変なことを言わない様子です。担任の先生は、前学年から副担任のような存在だった人なので、去年度こんなことがあったということは、話しておきました。誰のことかわからないように、クラスの子に話をしたいとも言ってくれて、かりんを今年最初のクラスの「お祈り係り」に指名してくれるなど、気を遣ってくれているようです。今だから言えるけれど、こういうことが少しずつ積み重ねられるうちに親も子も強くなっていくのでしょう。聖書のローマ人への手紙8章28節にあるように、神様はすべてのことを働かせて益としてくださるのだから・・・。
2003年06月17日
日本行きが決まりました。SARS騒ぎで、最後の最後まで決心がつかなかったのですが、25日の便で帰ることになりました。こちらへは6月のはじめに帰ってくる予定です。で、いろいろと用意するものや、スケジュールなど調整していたら、寝られなくなって、日記書いてます。私って実はこんなに神経細い奴なんですぅ・・。そうは見られないけど(^▽^;)。これで、寝て朝起きたら、悩むことなかったじゃない!って思うんですけどね。チケットを購入してきたら、晩に、かりんが「日本に行きたくない」と泣き出してしまいました。先週は「日本に行きたい」なんてウキウキしてたのに、子ども心と春の空・・でしょうか?SARSのニュースをテレビでみて、怖くなってしまったのと、パパを置いて行くのは寂しい、という思いで、泣けてしまったみたいです。私たちも、マスクと消毒用アルコールを携帯しての帰国になります。次回の日記は日本からの書き込みになるのかな・・?◆かりんのことetc・・かりんのこと、心配して気にかけてくださっている方、ありがとうございます。ここ数日、かなり落ち着いているみたいです。私自身も、良い本にばったり出会い、自分のここが変わらなければいけなかったんだな~といろいろ思いながら読んでいます。その本のタイトルは"Boundary with kids" 。副題はずばり「いつ子どもにYesと言い、いつNoと言うか。」でも、内容はただのマニュアル本ではなくて、子どもがこれからの人生の中で、どんな決断をして、どのように対処していくのか、つまり子どもの性質を形づくる中で、子ども達が何を知ることが必要かについて書いています。そして、その基準を親自身が生きることが必要であることが書かれています。私自身、まだ整理がついていないけれど、自分の間違っていた所、正しかった所、なんとなく見えてきた気がしています。今日のレシピは、フィリピンの蒸しプリン「レチェ・プラン」です。卵黄だけを使った贅沢なプリンで、かなり甘いけど、日本のカスタード・プリンよりコクがあります。フィリピンでは、大人の手の平くらいの大きな楕円形の型に入れて作りますが、深めのグラタン皿などでもよいでしょう。ミルク類を計ってボールに入れたり、まぜるのを子どもにやらせると喜びます。材料たまご3個コンデンス・ミルク(練乳)300CC牛乳300CCカラメルの材料白砂糖 大さじ2熱湯 大さじ2作り方卵は、卵黄と卵白を分け、卵黄だけを使います。コンデンス・ミルクと牛乳を卵黄に加えて混ぜ、できれば蓋をして冷蔵庫に入れ、一晩寝かせておきます。時間がなければ、一晩寝かせなくてもOKです。プリンを蒸す容器を用意しておき、カラメルを作ります。熱湯を入れる時、やや危ないので、子どもは近くにいない方が良いでしょう。鍋に白砂糖を入れ、中火にかけます。へらでかきまぜ、均一に溶けるのを待ちます。やや濃いきつね色になったら、一気に熱湯を加えてへらで混ぜます。カラメルは熱いうちにプリンを入れる容器に移します。プリン液を冷蔵庫から出し、カラメルの上に注ぎます。蒸し器または鍋にお湯を入れ、プリン容器をセットします。弱火で約40分蒸し、串で刺して何もついてこなければできあがりです。*プリンが気泡だらけにならないためには、ぐらぐらと沸騰させないことがポイントです。弱火で気長に蒸し上げると、なめらかでコクのあるプリンができあがります。*レモン風味やバニラ風味など風味付けをしたい場合は、冷蔵庫で一晩寝かせる前に、香りをつけておきます。レモン風味の場合はレモンの皮を4分の1個ぶんほど入れておき、蒸す前に取り除きます。かりんのコメント:わたしのだいすきなデザートです♪
2003年04月23日
ゆっぴーの水疱瘡はかなりひどく、もう水泡のできていないところを捜すのが難しいほど。ゆうべは熱も39・5度まで上がりました。けさも1人でうろうろできないので、移動はだっこかおんぶ。痒いのを忘れさせようと、テレビで気を紛らわせることにしました。テレビをつけたら、ディズニーチャンネルで、子供達の大好きな「マドレーヌ」(英語では「マデライン」と発音)がやっています。マドレーヌはフランスが舞台。英語版アニメではマドレーヌやクラベル先生のフランスなまりの英語や時々出てくるフランス語の表現がかわいらしく、子供達もこれを見て「ウーララ~」「メルシー」などとやっています。見ていると、今日はなんとマドレーヌと12人の女の子達も水疱瘡ではありませんか。すごいタイミング。お隣のスペイン大使公邸でのコスチューム・パーティに出るため、準備に忙しいマドレーヌ達。ところがマドレーヌにはいい衣裳が思い浮かびません。そんな時12人の女の子たちは突然水疱瘡になってしまいます。朝夕のお散歩に行けないことも辛いものの、コスチュームパーティに出られないかもしれないとマドレーヌ達は、悲しみます。何日も経って、やっと治り、お医者さんに、パーティに出てもいいと許可をもらえました。ところがスペイン大使の子ども、ぺピート君は、そんなにぶつぶつだらけでパーティに出るのか、と女の子達を見て大笑いします。女の子達は、自分たちの体のぶつぶつにアイデアを得て斑点のある動物のコスチュームでパーティに参加します。会場についてみると、ぺピート君も水疱瘡を発症して、二階の部屋で休んでいることがわかります。けれどマドレーヌ達は、ぺピート君を笑ったりせず、ぺピート君と一緒に二階の部屋から花火を見上げる、というストーリーです。ちょっと仕事場から帰ってきてうちに立ち寄った主人は、「テレビの中のマドレーヌにまでうつったのか、ゆっぴーの水疱瘡はすごいなぁ」と笑っていました。
2003年04月14日
◆かりんが今朝作ってくれたオムレツのレシピです♪【ざいりょう】たまねぎ・・・小半分 (わぎり)油・・・・・・小さじ2はい卵・・・・・・4個牛乳・・・・・1/8カップケチャップ・・1/4カップチーズ・・・・1/4カップ (チーズおろしでおろす)塩・・・・・・少々【作り方】1。 ボウルに、卵をわり入れ、ぎゅうにゅう、チーズ、ケチャップ、 塩少々をくわえて、まぜます。2。 フライパンに油を熱し、たまねぎを、しんなりするまで炒めます。3。 1。の卵の液を2。のフライパンに加え、 端から中心へ、そっとかきまぜます。4。ふたをしないで、中火で3ー4分待ち、かたまってきたら、 おさらに移してできあがりです。かりんのコメント:おいしいよ。ためしてみてね♪
2003年04月13日
今日、ゆっぴーがごはんを食べながら「ぼく、おのどが痛いよ」と言うので、あーんして見てあげたら、ぷっつりと発疹がのどの上にできていました。良く見ると、顔にも小さな発疹、唇にも水ぶくれが・・。おお、ついに出た!待ちに待った(?)水疱瘡です。かりんに発疹が出てから既に2週間近く経っているので、いくらなんでも今日あたりには出るだろうと思っていたらやっぱり出ました。夕方になって、頭が痛いというので、おでここっつんしてみたらちょっと微熱があるようでした。その後、夜になって、うわぁ~~~発疹が体中にぃ!兄弟間でうつると濃厚感染だから、ひどい、というのは本当だったようです。かりんの方が、「ほんとに水疱瘡だったの?」というくらいぽつりぽつりとしか出てなかったから、かりんもゆっぴーもびっくりして、ゆっぴーの体中の発疹を見ていました。心配そうなゆっぴーに、「ああ、水疱瘡は普通そんなもんだって。一週間もしたら、治るから」と言うと、目をかがやかせて「ほんとに?じゃあ、OOちゃんと遊べるね?折り紙でボート作って、ボートレースできるね?」と、とても嬉しそうでした。(まことに単純な奴。)かりんが水疱瘡だとわかってからの2週間、ゆっぴーも絶対かかっているからと誰とも遊べず、あまり遊びにも行けず退屈していたのだからわかるけど。暑い時だけど、あと一週間、治るまで頑張ってね・・。◆自立したいかりんかりんが寝る前、ゆっくり二人で話をした。かりんは以前から、なんでも後片付けをしない傾向があり、それも何度言っても治らないし、使った後のコップを必ずシンクにふせるのをやめてほしいと、これも何度言っても治らない。それで、なにかかりんは私に不満があって、わざとやっているのではないか、と思ったからだ。私の側の不満は言わずに、かりんの思っていることを聞いてやることに決心してマットに一緒に横になった。「かりんはお母さんのこと、怒っていることあるのかなぁ。もしお母さんのこと、不満があるんだったら、言ってごらん。お母さん、悪いところあるんだったら、変わりたいから。」と静かに言ったら、かりんの口から出たのは、この間パパに言ったのと同じ事だった。特に私に怒っているとか、私のやり方がまずかったからとか、そういうことでは無く、もっと自立したい、もっと自分でいろいろ決めたい、ということだったので、ちょっとほっとした。食事を全部食べないでいいように、考え出してくれる様々な方法(わざと食べ物を汚す・・等)は、「もう食べたくない」と言うことを口に出さずに、どうしたら食べずに済むか考え出した方法だそうで、それだったら、人に心を読んでもらおうと思わないで、思っていることを言う方がいい、と話した。コップのことや、後片付けのことも、頭の中にいっぱい考えがあって、それをいろいろ考えていると、後片付けのことはポーンと忘れてしまう、それだけのようだった。(これは、どうも私からの遺伝らしい。)ともかく、自分で自分の好きな食事を作りたい、とか、はみがきとかお風呂とかは、言われなくても自分で予定を立てたい寝る前には一時間1人で本を読みたい、と言うので、内心、(何も言わないでもやってくれるんだったら、こんなに助かることはない、こっちも何度も何度も言いたくないわよ~)と思ったが、明日一緒にスケジュール表を作ることにした。(独立心の旺盛な所は、どうも主人からの遺伝らしい。。。)そう言う話をしているうちに、かりんの足が真っ黒なことに気づいた。さっき竹馬にはだしで乗って、外を歩き回っていたからだ。「異様に清潔にこだわるくせに、きったない足ねぇ~。洗ってらっしゃい!」ということもできたけど、ふと、これは逆効果だと思った。そこで「ちょっと足を見て・・・。なんだか、黒いみたいだけど、洗ってくるほうが、いいんじゃ、ないかな・・・?」と言ってみたら、驚いたことに、2秒ほどの間を置いて、ゆっくり立ち上がって足を洗いに行った。「~しなさい」「~したの?」と言っても、5分経っても、時には30分経ってもやらないで聞こえないかのように無視していることのある、最近のかりんにしては、超特急だ。幼児期には、まず「~しなさい」と言って、とにかく従わせることが大事だったけれど、もうその手は通用しなくなっているということだ。「~した方がいいんじゃないかな?」だったら、あくまでも提案で、決断はかりんにまかせることになるからだろう。少し扱い方が見えてきて、なんとなくほっとした。
2003年04月12日
最近のゆっぴーのマイ・ブームは「犬のおまわりさん」です。「まいごのまいごのこねこちゃん・・・♪」タラタタ タラタタ・・・タンタンタンタン タタタタタン・・・と軽快な伴奏部分も歌ってくれます。「なまえー『も』 きいても、わからないおうちー『も』 きいても わからない・・」「も」が怪しいと思いながら聞いていると、「ニャン、ニャン、ニャニャーンニャン、ニャン、ニャニャーン泣~いているばかりじゃ、コネコちゃん~♪」「泣~いているばかりじゃ」(?)「泣いているばかりじゃ、わかんないわよ」と言われて育ったためでしょーか・・?何度か、「泣いてばかりいる」を強調して一緒に歌っていたら、ゆっぴーの歌も変ってきました。「泣~いてばかりが、コネコちゃん~♪」だいぶはしょりましたが、まだまだ正解にはほど遠いようです・・(^^;)。◆かりんの新しい靴みんなで一緒にお買い物に行きました。以前かわいい靴を見かけたお店にかりんを連れていって、かりんと靴を買いました。私は赤くてピンクの花のついた中国靴のような靴がかわいいと思ったのですが、かりんの選んだのは形は同じながら、シンプルなベージュの靴で、大人の履くようなデザインでした。やはり背伸びしたいお年頃みたいです。
2003年04月11日
昨日はかりんのバレエ・クラスの日だった。ところが、かりんは行きたくない、と言い出した。もうトゥ・シューズを履きたい、と言うのだ。「トゥ・シューズは、たぶんもう来年位には履けるわネ。そのためには練習して足を鍛えないと、先生がもうトゥ・シューズの練習をはじめましょうとは言わないよ。」と言うと、「じゃあ、今日はバレエに行く」と言った。しかししばらくすると、バレエ以外の、アート・クラスとか水泳教室に行きたい、と言うのだ。「いいよ、他の習い事始めても。別にバレエがあっても、他の習い事はできるよ。ただ、まだ問い合わせしてないから、今日はバレエに行こうか。」と言うと、嫌だと言う。そこで私は言った。「そう、じゃ、行かなくてもいいよ。でも、先生には、自分で、今日はお休みしますって電話してね。」自分で決断するのだったら、それには責任が伴うことを知ってほしかったからだ。それはできない、とふくれるかりん。それで、「先生の電話番号はお母さん、持ってるから、電話してあげてもいいよ?でも、自分で先生に行きませんって言うんだよ」それでも、言わない、というので、それなら、今日はバレエに行こうか、と、さっさと用意をして連れていった。かりんは「一週間に2回は多すぎる」だの、ぶつぶつ言うので、「それなら、先生に電話する?いいよ、お休みしても、自分で先生に言えるんだったら。」の問答を繰り返しながら教室まで行ったものの、教室に着いたら、普通にレッスンに参加したが、時々うらめしそうに私を見て、腕組みをしたりしていた。レッスンが終わった後で、まだぶすっとしているので、「かりん、かりんはスランプなのかもしれないね。何か習い事を続けていると、やめたいなぁって思う時が誰にでも来るもんなんだよ。そこでやめちゃってもいいけど、もう少し続けているうちにスランプから抜け出せることも、あるんだよ」と声をかけながら、車に戻った。夕食の時、またしてもかりんが問題行動を起こした。ほんのちょっとしか食事を食べないでおきながら、デザートは何?、と立ち上がったのだ。「まだお腹が空いているならもう少しご飯を食べなさい」と私が少しご飯をよそってやった。するとかりんは、一口か二口食べた後、わざと足を触って、皿の上に手をかざし、「足を触った手で触ったから、もう食べられないよ」などと言う。私はこれとまったく同じことを数日前にかりんがやったのでまたかと思ったが、その時には居合わせなかった主人はこの光景を見て、かなりショックを受けたようすだった。ショックを受けたパパの顔を見て、顔を伏せて、「パパ、お母さんに、もう勝手にごはんをよそわないで、私は自分がどれだけ食べられるか自分でわかっているんだから・・って伝えてくれるって言ったじゃない・・。」とつぶやくかりん。主人はかりんを隣に呼び寄せて困惑しきった顔で、ゆっくりと言った。「かりん、お父さんはお前を憐れんでやるべきか、怒ってやるべきか、わからない。・・・最近、いつもかりんはつまらなさそうな顔をしているし、ちょっとしたことで腹を立てる・・・。異常なほどに清潔にしたがって、何度も手を洗うし、いったい何が起こったんだ・・・・・近頃のかりんは、どこかおかしい。いったいどうしたんだ・・・パパはかりんが心配だよ・・」かりんはパパに抱き付いてシクシク泣いた。(こういうところが、かりんがパパには心を開いている理由なんだろうなぁ・・と思う。)かりんが少し落ち着いたようすなのを見て、私はかりんを隣に座らせた。「お母さんは、かりんが成長しているんだなぁと思うよ。体も成長しているし、頭も成長してる。いろんなことを自分で判断できるようになったし、自分でいろいろ決めたいというのもわかるよ。でも、まだ全てのことを自分で決めるわけにはいかないのよ。かりんはまだ8歳でしょう?」というと、またシクシクと泣く。「かりんは早く大人になって、なんでも自分で決めたいの?」と言うと、うなずきながら泣く。それで、大人でさえも、自分1人でなんでも決められるわけではないこと、(たとえば、大人でさえも医者に診てもらう必要があったり、訓練を受けるべきことがあること等)、8歳の子はもう赤ちゃんではないけれど、大人と同じように、いろいろな情報を総合的に判断できるわけではないこと(たとえば、どうしてご飯をちゃんと食べなきゃいけないのか、甘い物ばかりを優先しているとどうなるのかを大人は知っていて判断していること等)を説明した。そして、ご飯を私がよそった時は、多すぎて食べられないと思ったのだったら、その時にムッとせずに、そんなには食べられないことを言葉で言ってくれるように、と伝えた。私がかりんに聞かずにごはんをよそったのは悪かったと思うけれど、よそってほしくないなら、「自分で取る」って一言言ってくれればいいんだよ、とも伝えた。主人にはちょっとかわいそうだったけれど、私とかりんでは、かりんが心を閉ざして、きっと話さえも聞いてくれないと思うので、昨日は主人がいてくれて良かった。でも、本当に、どうやって扱ったらいいのか、わからなくて困ってしまうことがある。プレティーンでさえ、これなんだから、十代の反抗期になると、いったいどうなるんだろう、と思ってしまう。◆かりんとカタカナこのところ、かりんにカタカナを教えていた。そうすると、問題集をやってみると、数日前にはちゃんと書けていたひらがなをいきなり忘れてしまっているらしいことに気がついて、愕然とした。ひらがなを書いていると、カタカナが混じって出てきてしまう。数日前には、1年生の問題集がすらすら解けていたのに、これでは足踏み状態だ。それで、今朝はもう一度ひらがなをきちんと書く練習をした。字の形の悪い所をチェックしていると、「あ~」と言ってふくれるので、「丁寧にきれいに書けている字もたくさんあるね~かりんは、ていねいに書いたら、きれいに書けるんだなぁ~」と言ったら、気を良くして、訂正された所も自分から練習していた。その後、ひらがなとカタカナが並んでいる練習用シートを自分で作ってみた。もう一つ、気がついたのは、かりんは濁点のある字が苦手だということ。「じ」とか「ず」が「し」とか「す」に点々、というのが思い出せない。「だぢづでど」が「たちつてと」に点々、というのを何回やっても、間違える。「だでぃどぅでど」などと平気で言う。どうしても、英語のDで考えているからではないかと思う。そういえば、ゆっぴーに、「ゆ」はゆっぴーのゆ、などと教えた時も、「どれがYでどれがU?」なんて聞いてきたっけ。日本語の書き方や英語と全然違うということが、わかっていないんだなぁ・・。かりんの話に戻るが、○がつくのは「はひふへほ」だけで「ぱぴぷぺぽ」になるというのも、いまいちしっくり頭に入っていないようだ。それで、濁点のある字や小さい「やゆよ」のついた「きゃきゅきょ」などの練習シートも作ってみた。この辺りは、明日やらせてみることにしよう。
2003年04月10日
今朝は早起きして、家族で近くのスポーツセンターへジョギングに行った。夕べは、日本へ行こうか行くまいかと悩んでいたので、2時まで寝られなかったので、起きるのが辛かったけれど、夫も子供達も行く気で飛び起きているので、私もがんばって起きた。スポーツセンターでは朝の6時からと7時から、10ペソ(20円)位払えばエアロビクスにも参加できる。私たちが着いた時には6時からのエアロビはもう始まっていた。最初の2周は私とゆっぴーで手をつないで歩いた。そのうちゆっぴーが走り出した。早い、早い。超特急だ。あんなに突っ走っては、長距離は無理だろう。それでも、2周は走ったようだ。私は4周ウォーキングをしてから、ジョギングした。かりんは2周歩いて、ギブアップ。パパと2人でベンチで座って待っていた。一緒に走ろうと言ってもだめ。後から座りにいったゆっぴーと3人で「タホ」を買って食べていた。(「タホ」というのは、柔らかいお豆腐にカラメルとタピオカを混ぜた食べ物。)今朝は体が重くて、ジョギング1周め、2周め、辛かった。心臓の方は大丈夫だけれど、足と体が重い。でも体が暖まってくれば、だんだん楽になるのはわかっているから、少し我慢して走った。6時からのエアロビ組も、まだがんばっている。ここで私もギブアップできない。4周め、5周めと走るうちに楽になる。もう少し走れそうだったけれど、かりんが退屈そうなので、後2周は歩いて、今日は終わりにした。ちょうどエアロビ組も、ウェイト運動に切り替わって、曲もゆっくりになっている。歩いているとゆっぴーも一緒に歩きに来た。「何周走ったの?」「2周だけ。」「でもその後、また1周歩いたんじゃないの?」「ううん、僕もうLow Bat (Low battery)だったから。」と言う。ふーん、そうか~。ゆっぴーでも電池が切れることがあるのね~。時々、こんな風に走って、電池消耗する方がいいかもね・・。と思ったけど、それは黙っていた。ちょうど6時のエアロビが終わるのと殆ど同時にスポーツセンターを出た。その後、スポーツセンター横のマクドナルOへ。ここのマクドナルOは、朝6時から開いていて、スポーツセンターへ来る客が常連になっている。そこで朝ご飯を食べて、ゆっぴーは充電完了した様子。かりんはつまらなそう。"When is your happiest moment?"と子供達に聞くと、ゆっぴーは満面の笑顔で、"Now!"と答える。ま、ゆっぴーはいつでもhappyだもんね・・特にパンケーキが目の前にあるとなれば・・。かりんは黙っていた。成長ホルモンの関係なのかしら・・・。やっぱり、近頃のかりんはやりにくい相手なのでした。
2003年04月09日
まさかSARSの影響を自分が受けるとは思っても見なかった。といっても、幸い感染したわけではない。この5月、また子どもの夏休みの間に日本へ一時帰国しようかと思っていたのに主人からも日本の母からも、「今SARSでややこしい時期に、誰と接触するかわからない空港や飛行機を使って帰ることはないんじゃないか」と言われたのだ。確かにそれはそうだ。子どもが感染すると危ないということだから、どうしようかと考えてしまう。飛行機や飛行場のロビーは密室状態だし。誰が後ろや隣に座っているかもわからない。でも香港やシンガポール、ベトナムから日本へ行く人だったらマニラ経由で行くということは少ないのではないかしら?いろいろな記事をインターネットで調べてみたけれど、感染の可能性のある人の大半は、患者と濃厚接触のあった家族や医療関係者だという話だから、そこまで心配する必要はないのでは、とも思う。毎日何本も飛行機は飛んでいるわけだし、飛行機内で乗客やアテンダントが感染したという話も、いまの所は無いようだし。かりんが日本の学校に行ってみたいよ、と言うので、仮入学の可能性もさぐったりしているのだけれど、香港から一時的に帰国している駐在員子弟の仮入学が、SARS感染の潜伏期間が過ぎるまで許可が降りなかったということも、母は言っていた。どうしよう。フィルター付きのマスクをして、手指の消毒用アルコールでも携帯して行くという手もあるけれど。少なくとも、感染の可能性は低くなるのでは。来週からホーリー・ウィークに入ってしまうから、数日以内に決めて、入国管理局へ手続きに行き、飛行機の予約も入れなければいけない。夕べそんなことをいろいろ考えながら寝たら、家の近くまで運転したのに、携帯電話に、「あぶないから家に帰ってくるな」 というメッセージが入ってきて、何者かに追いかけられながらあちこちを転々として、という夢にうなされてしまった。(><)
2003年04月08日
近頃かりんは機嫌が悪く、私に返事をしなかったり、私の言うことは何でも反抗したり、ちょっと扱いに困っていました。連日のように同じ事で叱るような状態で、ちょっとお手上げ状態。主人の言うことなら聞くので、彼に頼んで話を聞いてもらうことになりました。どうもかりんとしては、もっと「自由」が欲しい、もう少しいろいろなことを自分で決めたい、お手伝いも自分ばかりが言われるのは不公平だ、などの不満が溜まっていた様子です。8~9歳というのは、「自由」とか「公平・不公平」というような概念が芽生えてくる時期なのかもしれないけれど、知識や理解に偏りがあるので、ちょっと間違えれば自己主張もわがままと変わりのない状態だということはわかっていないようなので、どこまで許し、どこで線を引くかは、親にかかってきてしまいます。それでも、幼児のころのように、「親が言ったことにはすぐ従う」という態度ではなく、本人の希望を聞いてやり、一つ一つについて話し合って決めていく時期が来たんだなぁと感じました。◆ひらがなの教材この所、ゆっぴーのひらがなの教材に、Leeのきょうざいかんのひらがなすいすいを使っています。特に何度でも教材をプリントして使うことができるので、重宝しています。今かりんもカタカナを練習しているので、カタカナが終わったら漢字もここの教材を使おうと思います。うちのPCでは日本語のJAVAスクリプトは読めないので、三択問題などはできませんが、使える人はこれも役に立つのではないかと思います。
2003年04月07日
◆今日のゆっぴー語録(^O^)かりんとゆっぴー、なにか本の話をしてた。ゆっぴー「なんだっけ~Christian Understandとか・・・」くりすちゃん・あんだーすたんど?う~いったいそれは、誰のこと?もしかして、それはハンス・クリスチャン・アンデルセン (Hans Christian Andersen)か~・・・!!!くっくっく・・・(←笑いをこらえる母)◆ゆっぴーとかりんの紙工作このところ、外へ遊びに行けないので、かりんとゆっぴーは紙工作にいそしんでます。今日は、紙でお部屋や家具や人形を(しかもいっぱい)作って遊んでいました。紙人形のゆっぴーとかりんが床にいっぱい散らかっているのはちょっとコワイ光景(どこがや)・・?◆ゆっぴーとひらがな今日からゆっぴーにひらがなを教えはじめました。日本だったら4月から1年生になる年だし、と思って。最初は嫌がっていたのだけど、ひらがなが読めると、虫の図鑑が自分で読めるようになるよ、日本のおばあちゃんに、お手紙が書けるようになるよ、と言うと、ぱっと顔がかがやいて、「うん、ぼくお勉強する!ぼくね、毎日おばあちゃんにおてがみかくの・・」だそうだ・・(とても極端・・・)。人からもらった「3歳児用」のはじめてのおけいこ用の教材を使って、もう書き込みのある所は上から紙を貼って始めました。やりはじめたら、とことんやるのが彼のいい所というか悪い所というか、「明日続きをやろうね~」と言ってもなかなか聞かず、苦労しました(苦笑)。かりんの方は、2年ごしで使っている1年生用の「ことば・もじ」の教材で今日は濁点やぱぴぷぺぷのまとめのテストをやりました。「かっぱ」とか、フィリピンで育っていたら知らなそうな言葉も、NHKのおかあさんといっしょなんかで見て知っているので、クリアできました。(ほっ・・)この教材のまとめのテストの所は、えんぴつでこすると答えが出てくるので、よろこんでやってくれたのだけど、後で一言「おかあさん、これね、こうやって(傾けて)見ると(えんぴつでこすらなくても)答えが見えちゃうよ」だめだめ、先に答え見ちゃ・・・。子どもはそういうことは発見が早いのです・・。
2003年04月05日
◆アジの干物、その他朝から市場に行って、アジやその他魚をいろいろ仕入れてきたので、朝からアジの干物を自宅で作った。開いたアジをきれいに洗って、これ以上塩が溶けないくらいの濃度の塩水にしばらくつけておき、あとは重ならないようにトレイに並べて扇風機にあてておくだけ。うちは魚干し用のカゴがないので、この方法だけど、日本だったら専用のカゴが売っているから、それだと屋外に干せるはず。半干しになったら、ラップにくるんで冷蔵庫に入れておき、食べる時に調理する。マニラでも塩辛い干物は売っているけれど、市場で蝿にたかられながら売られているのは買う気にならないので、自分で作るようになったのだけどこれがなかなかおいしい。これは揚げても焼いてもおいしく食べられる。圧力鍋のパッキンがこわれていたのを、新しいのに取り替えたので、がんばって、ミルク・フィッシュの瓶詰めにも挑戦した。これはオイル・サーディンと同じ要領で、ピクルスや鷹の爪、ケッパーと一緒に瓶に入れて圧力をかけたもの。だけど、お鍋自体がもう駄目みたいで、ちゃんと圧力がかかっていなくて、今日(5日)試食してみたら、骨がまだ柔らかくなっていなかった。残念。でも味はなかなかで、パンに挟んで食べた。さっきおきてきたゆっぴーにもサンドイッチにしてやったら「おかあさん、まだ食べたい」だって。(^^)←うれしい母。魚2匹で、瓶5本分作ったけれど、この分だとすぐ無くなってしまいそう。新しい圧力鍋を買ってもらって、今度また挑戦することにしよう。◆ねずみのおうちゆっぴーが紙を張り合わせて、「ねずみさんのおうち」なるものを作った。ゆうべ(4日)夕食の後かたづけをしていたら、ゆっぴーがそれをキッチンに持ってきて、「お母さん、食べ物ちょうだい」と言う。「なにするの?」と聞くと、食べ物を「ねずみさんのおうち」に入れて、本物のねずみさんに来てもらい、そこに住んでもらうのだと言う。ちょっと、困る。と、いうか、かなり、困る。アイデアはいいんだけど、うちにはねずみさんに住んでほしくないのよ~、ゆっぴー。◆スーパーでの光景子供達とイースターエッグを作った。(この様子はまたアップする予定。)苦労したのは食紅探し。何軒かスーパーをはしごした。見ると、トイレット・ペーパーの12個入りの袋があるので、予定外だったけれど、2袋手に取った。レジに並んでいる時、私の前には、経済的に苦しそうな一家が並んでいた。お父さんが小さな子どもを二人面倒を見て、お母さんがレジに並んだ。そのお母さんは、レジに自分の番が来て、思い切ったように、手にとったインスタント・ラーメン2つをかごから取り除いた。(フィリピンの貧しい人は、インスタント・ラーメンだけで食事を済ませることもある。それでもきっと予算外だったのだろうか。)フィリピンでは経済的に苦しい人がその日その日のお給料で少しずつ物を買うので、シャンプーでも洗剤でも一日分の小袋で売っている。彼女はかごから商品を取り出して、レジに置いた。いろいろ入っている。今日はなにかで収入が入ったのだろう・・とふと思う。インスタント・コーヒーの小袋。粉ミルクの小袋。子供用のビスケットの小袋が2つ。ベビー・パウダーの小瓶。洗剤の小袋。綿棒。何度も買い物に出るのが面倒で、なんでも大袋で買う私とは大違いで、経済的な格差を思わされた。最後に彼女はジュースを2パックレジに置いた。安いけれど、糖分がいっぱいで、着色料、香料が添加されているから、私だったらあまり子どもに飲ませたくないジュース・ドリンクだけれどさっき父親が連れていた子供達2人がストローでそのジュースをおいしそうに飲んでいる光景が脳裏に浮かんだ。きっとこのお母さんも、おいしいと飲む子供達の顔を見たくて、このジュースを買ったのかしら。買い物をしている間お利口にしていたから、ごほうびなのかも・・・子供達の健康のことがちょっと気になったけれど、なんだかほほえましい光景でもあって、複雑な気持ちになった。
2003年04月04日
かりんとゆっぴーがゆうべ洗礼を受けたいと言い出しました。まずは本人たちが信仰をしっかり持っていることが必要なので、いろいろ聞いてみたところ、子どもなりに割とよくわかっているみたい。その話をきっかけに今度は子供達からいろいろ質問が出ました。そのうち「カトリックとプロテスタントはどうやってできたの」と聞くので、教会史を説明しているうちに宗教改革の話まで来ました。「そこで教会を改革しようとする人があらわれました。その1人は、Martin Lutherという人でした。」と言うと、かりんが「その人、知ってるよ」と言います。「そうなの?」「なんかね、王様になった人でしょう?」お、王様?ルターは、王様になんかなってないぞ・・。あれ、・・・もしかして、それって、Martin Luther King、キング牧師のことかな~?「え~っとね、Martin Luther King(マーティン・ルーサー・キング)と言って、アメリカの公民権運動に貢献した牧師さんはね、宗教改革のMartin Luther(マルチン・ルター)とは別なのよ~。キングっていうのは、名字でね、その宗教改革のMartin Lutherにちなんで名前が付けられたんで・・・王様になったわけじゃないんだよ~。」と言って説明したら、「そっか、別の人なんだ~」と納得していました。確かに英語だったら、同じ発音だから、ありがちな誤解かもしれません・・・。日本語では発音が違うから、間違えたことなかったけど・・しかし「王様になった人」ね~かりんのかわいい誤解でした。
2003年04月03日
今朝は起きたら、げっそり疲れていました。というのは、ゆうべ変な夢を見たからです。夢の中の私は、大学の卒業式のリハーサルに出席していました。リハーサルで、先生らしき人(学長?)が、長々とスピーチをしているんです。やっとリハーサルが終わったら、次は卒業式本番。また長々とスピーチを聞かされました。スピーチが終わったら、卒業生はなにか紙でいろいろ制作することになっていて(?)、私は最後までかかって、一応完成させました。さて、卒業した私は、なぜかそれから就職先を探すことになっていました。どこで就職するのか・・・。いろいろ考えている時に目が覚めました。主人にその夢の話をしたら、主人はスピーチをしている夢を見たとのこと。「もしかして寝言でホントに長々とスピーチしてたんじゃないのぉ?」と言ったら、「そうかもしれない(笑)」と笑っていました。寝言でスピーチする夫と、そのスピーチに反応して夢を見る私と、変な夫婦です・・・。◆暑いよ~もうこちらは真夏に近く、朝からムシムシしています。私も夏ばて気味なのかなぁ・・?今横ではゆっぴーがガンガン遊びでキーボードを弾いてます。余計に暑さが増してます・・・。うぅ~・・・・。◆古本屋さんで・・昨日は通りかかった古本屋さんで、大収穫がありました。なんと「大きな森の小さな家」「大草原の小さな家」「プラム・クリークの岸辺で」の3冊(原書のペーパーバック)が一冊100円から160円くらいで売っていたんです。買ってかえって、かりんと少し読みました。私も小学校2年生くらいの時に読んだなぁと思いながら・・。なんと日本語版と挿し絵も同じなんです。とっても得した気になりました。
2003年04月02日
お恥ずかしい話ながら、我が家のマットにBED BUGが発生しているようで、横になるとあちこち噛まれる。それで、先日、マットを二日間日に干して、掃除機で吸い取った。土曜日に友達の娘さんの誕生日のスイミング・パーティへ子供達を連れていった所、同じ学校の子に、もう5人もchicken pox(水疱瘡)にかかった子がいる、というので、かりんの体の発疹もそうではないのか、と言われた。実はBED BUGが発生したようで・・と言っておいたのだが、日曜日の午後になって、発疹の様相が変ってきた。発疹が大きくなり、水を含んだようになっている。中にはぱっくり口を開けた、火山の噴火口のようになっている物もある。・・・・やっぱり水疱瘡だったのだろうか・・・?うぇ~ん、友達には「水疱瘡じゃないのよ~(^^)へ」と言ったのに・・・。もしかしたら、そこの子達にもうつしてしまったかもしれない・・・。でも、この位の時に水疱瘡にきちんとかかってしまう方が、大人になってかかるよりはいいみたいだし、仕方ないか・・・。でもかりんには、水疱瘡にはあるはずの、鼻や咳のような風邪の症状も出ないし、熱もでない。なんだろう。痒いどころか、つぶれた所が痛いという。水いぼかしら・・。水いぼだったら、痛みもかゆみもないはず・・・。ゆっぴーはかりんを心配して、二度も神様にお祈りした。「水いぼだったら、お医者さんで焼いてもらわないといけないわねぇ~」と言うと、かりんが泣き出した。「焼くっていっても、お薬をつけるだけで、火をつけるわけじゃないのよ~」とあわてて説明する。でも、もしかしたら、トビヒかもしれない。体にBED BUGに噛まれた傷のできている所でプールに入ったりしたから・・。暑い時だし・・。「でももしトビヒだったら、お薬をつけてもらって、抗生物質を飲んだらいいだけだから・・」と言うと、なぜかまた泣き出す・・。(なんだか私が言うこと言うこと裏目に出ているようだ・・)そこで「心配したり泣いたりしたって治らないよ~っ。」と私が言ったら・・・「うわぁ~~・・・・っ!!!」なんと今度は後ろにいたゆっぴーがいきなり大声で泣き出した。私と主人は顔を見合わせた。ゆっぴーは自分が心配したから、お姉ちゃんが治らないと思ったらしいのだ。(・・・・わが子ながら、かわいい・・。(*^^*))そこであわてて、「心配したり泣いたりしたって治らないって言ったのは、お薬を付ければ治る簡単な病気なのに、お姉ちゃんが心配しているから言ったので、ゆっぴーが心配したらお姉ちゃんが病気になるっていうわけじゃないんだよ・・」と言ったら、立ち上がって、お手洗いに顔を洗いに行った。戻ってきたゆっぴーに私はこう言った。「ゆっぴーはさっき、お姉ちゃんが治りますように、って2回もお祈りしたよね。神様はゆっぴーのお祈りを聴いてくれたよね。それなら、心配しなくてもいいんじゃない?神様が治してくれるから・・」そう言うと、こくんとうなづいて、パパに背中を掻いてもらいに行った。(パパに背中を掻いてもらって寝るのがお気に入りなのだ。)さて、かりんの発疹のおかげで一騒動だったが、一夜明けても(31日)、特に熱を出す様子もなく、元気に遊んでいる。発疹が増えている様子もない。やっぱりトビヒなのかもしれない。同居している主人の妹が医者なので、帰ってきたら診てもらおう、と思っている。◆その後談・・・実は・・・実はやっぱり水疱瘡だったのだ・・!義妹に診てもらったら、そう言われた。ということは、ゆっぴーがうつっていることも確実だし、土日でたくさんの子どもにうつしてまわったことになる。せめて皆軽くて済んでくれるといいな。お祈りしますネ(^^;)。
2003年03月30日
員子さんの3月23日の共有日記にこんなことが書いてあった。「賛美の回復」という本の内容についてである。>三谷先生によると私たちは、親密になるのをおそれている。とい >うのは、親密になって自分をさらけ出したとき、拒絶された経験 >があるからだ。 (中略)>この癖が神様の前にも出てくる。 >本当の幸せとは自分が変えられることなのに、罪を悔い改めない >でいるためいつまでたっても変えられない。つまり、神様の前に自分をさらけだして、神様と親密になることさえも、私たちには拒否してしまう傾向があるということだ。ちょうど、昨日私たちの礼拝では、賛美の時に、ある箇所になったら右手を挙げて歌ってみましょう、とワーシップ・リーダーからの呼びかけがあった。私の通っている教会では、手を挙げて歌ったり、手を挙げて祈ったりすることは割と少ない(もちろん、中にはそういう方もいらっしゃるが)ので、そういう呼びかけがあっても、手を挙げずに歌う人も少なくない。手を叩いて歌うことすら、しない人もいる。うちの主人もそんな1人だ。彼に言わせれば、賛美は外側の見かけの問題ではなく、心の問題だから、手を叩いていないからといって、その人に賛美の心が足りないとは言えない、と言う。それはその通りなのかもしれないので、ここでは特にそういう人を非難するつもりはない。問題は、他の人ではなく、私自身はどうなのか、だ。私もなんとなく恥ずかしいと思いながら、これは別に人に見せるためにやるのではない、神様の前に宣言するのだと思いながら、手を挙げたけれど、ほんとうに、私たちはいろんな所で持たなくても良い足かせ、手かせがあるものだと思ったところだった。賛美に限らずとも、他にも私たちの心の中には、持たなくても良い足かせや手かせがたくさんあるのではないだろうか。たとえば、「私はだめだ」という考え。確かに、私たちはキリストを離れては何もできない存在だけれど、「私は私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ4:13)と聖書には書いてある。だから、はじめからあきらめて「私はだめだ」なんて考える必要はないのだ。それから「私はもう年だから・・」というのがある。ある程度年をとってくると、「ええ年こいてはずかしい」なんて思ってしまうことがしばしばある。(例えば、この間のダンスによる賛美のことなど・・)けれど、本当にそうなのだろうか。よく心の奥を探ってみると、本当は「年だから」というのは理由にはならない。ただそれを自分のプライドの隠れ蓑にしているだけではないだろうか。「時間がない」これも本当は自分がやりたくないことをやらずに済むための言い訳にしてしまっていないだろうか・・。本当にやりたいことだったら、きっと優先するはずだから・・。もちろん、本当にできるかどうかを考慮せずに、ほいほいと引き受けてしまうのも、問題ありだと思うので、「時間がない」ということの全てが言い訳ではないけれど。「あの人がこう言ったから」自分のことは、自分と神様が一番良く知っているはずなのに、どうして、私たちは他人が自分をどう評価するかで、揺るがされる存在なのだろう。あの人がこう言ったから、と嘆き、この人がこんな風に自分を扱ったから、と怒る。他人が自分について言った言葉は、その人と神様の間の問題で、自分が影響されて心を乱す必要はないはずだ。ここでこんなことを書いたのは、別に誰かに読ませたいから、ではない。ここに書いたような言い訳を使っているのは、私自身だからだ。振り返ってみれば、他にも、自分で自分に足かせをつけて、できなかったこと、あの時こうしていれば、きっとこうだったはず、等ということがあるのではないか。きっとあと一歩を踏み出していたら、人生は違っていたはず。そんな風に思うこともある。けれど、そこで立ち止まって、過去にも縛られたくはないとも思う。「あの時こうしていれば・・」というのは、仮定であって、それは実際には存在しないから。私には「今」しかない。それなら「今こうしなさい」という問いかけに「はい」とうなずき、しっかり応えていくしかない、と思う。
2003年03月24日
ゆっぴーが小学校の入学試験に合格して、ホームスクールにしようか、学校へ行かせようかと考えていたが、学校へ行かせることにした。けれど、ホームスクーリングについて、調べることで、とても良い勉強をすることができた。例えば"Learning Gap"についての考え方。"Learning Gap"というのは、学校に行かせず、家庭で独自の教材を用いて学ばせると、どうしても、学校で学んでいるはずのことが学べていなかったりする、そのギャップのこと。これからホームスクールをはじめようとする親には、このギャップについての心配がどうしてもあるようだ。あるホームスクール教材のサポート掲示板での、解答を見ていると、こんなことが書いてあった。「学校で学んできた私たち自身にも、Learning Gapはあります。例えば、今、こどもたちと一緒にホームスクーリング教材で学んでいると、私の知らなかったことがたくさんあることに気づきます。私も子どものころ、これを学べていたら良かったのに、と思うことがあります。あるいは学校でやったのに、私が忘れてしまっただけかもしれませんが・・。つまり、学校でやったからといって、全て子どもの頭の中に残っているわけでもないし、それぞれ違った教室で学んできた1人1人が、それぞれ学校で学ぶことは、多かれ少なかれ違うのではないでしょうか。もっとも大切なことは、子どもがもっと大人になった時に、たとえ必要な分野でLearning Gapがあったとしても、自分で学んでいける力を付けること。つまり、「学ぶことを好きになる」「読むことが好きになる」そのことが大切なのではないでしょうか。」私は目からうろこが落ちる思いだった。つまり、大切なことは、学習内容や、それをどれだけマスターしたかではなく、「学ぶということは何か」だというのだ。自分自身を振り返ってみても、子どもの頃何度か学年の途中に転校をして、内容が前後しているところはあったものの、なんとかなった。フィリピンに来てみて、こちらの人とのLearning Gapがあることも知ったが、その後学んで覚えたこともある。そう考えてみると、確かに学ぶことの楽しさを知っていることが大切なのだと思えた。それでは、今の学校へ行かせていても、別に問題はないではないか、そう思った。アメリカの公立の学校やフィリピンの公立の学校のように、学校内で暴力があるわけでもないし、いじめがあるわけでもない。学ぶことの楽しさは十分教えてくれる学校だし、理想的な学校があるとすれば、今子供達が行っている学校以上のところはないではないか、そう思った。ホームスクーリングとの違いがあるとすれば、親と過ごす時間の長さ。自分のペースで学べるから、一年にこれだけ終わらなければならない、ということはないことだ。また、学校に行かせていて、周りの親達が、今学期は成績が平均2点も下がった、とかうちの子どもは平均98点だったのに95点に下がった、などと言うのを聞くと、今までかりんはそんなにいい成績でなくても、内容は大体わかっているんだからいいと思っていたのに、そうだなぁ、かりんももうすこしちゃんと復習すれば、もうちょっといい点が取れるのに、などと愚かなことを考えてしまう。ホームスクーリングなら、点数や周りの人との比較に躍らされずに済む、というのも、一つの利点。だけど、「学ぶことの楽しさ」を知ってくれればいい、学び続けるための基礎学力さえつけてくれれば、あとは自分で必要なことを後から学べるだろう、そう考えれば、周りの親たちの意見に振り回されずに済む、というものだ。子どもに良い点を取ってほしい、と思う親の心理とは、いったいなんなのだろうか。今しっかりマスターしておかなければ、後で困るから、という言葉とは裏腹に、親のエゴなのではないだろうか?自分を振り返ってみても、私はけして、そんないい成績を取っていたわけではなかったけれど、だからといって、今困っているか、と言えば、そんなことはない。学校へ行かせるにしても、ホームスクーリングをするにしても、目的をはき違えてはいけないのだ、と思わされ、今の学校のままでやっていく決心がついた。
2003年03月03日
せっかく昨日もらった雷魚ですが、今日教会から帰ってきたら、死んでしまっていました。実は、ゆうべ私たちが寝静まってから、水槽から飛び出して、義妹の寝ている階下の部屋の前まで跳ねていったそうです。たまたま起きてきた義妹は、ヘビだと思って、はじめびっくりしたそうです。(そりゃ、びっくりするだろうなぁ~・・・。)動かなくなったので、捕まえて水槽に放したら、息を吹き返したように泳ぎはじめたそうで、今朝は普通の様子だったのですが・・。教会の後、雷魚に食べさせてやろうと、生きた小魚を10ぴきも買ってきたのですが・・・。ゆっぴーはその時は平気そうにしていたのに、夜寝かしつけていたら、急に悲しくなったようで、泣いて泣いて悲しみました。ゆっぴーがもっと小さいころに飼おうとしたのに、幼稚園に持っていったら、ストレスで死んでしまった亀。つかまえて、大喜びしていたのに、翌日死んでしまったかまきり。一年以上飼っていたけれど、やはり死んでしまった淡水性のハゼ。ペットを飼うということは、そんな別れがつきものだけれど、ゆっぴーは喜びの感情が強いだけに、悲しみの感情も強いようで、見ていてかわいそうでした。しばらく泣いた後、「お魚は天国に行ったのかな~。僕が天国に行く時は会えるかなぁ・・」と言っていました。「ペットを飼うっていうことは、そういうことなんだよ・・・死なれてしまうと悲しいから、もう飼うのはやめる・・?それとも、またそれでも他のペットを飼いたい・・?先に死んでしまうこと、わかった上で、決めなくっちゃね・・」と言ったら、「飼う、飼う」と言います。「今度は飼う前に、もっと大きな水槽を買うの・・そしたらきっと飛び出したりしないから・・。」とゆっぴー。「でもね、雷魚の住んでいる所は、もっと広い広い田んぼや貯水池なんだよ。小さなお魚が泳いできたら、ぱくんって食べちゃうの。おたまじゃくしも泳いできたら、ぱくんって食べちゃうかもね~。小さなカエルも、食べちゃうかもしれないね~。それで、お百姓さんが来たら、じーっとして、隠れるんだよ。捕まえられちゃうの、嫌だからね・・・。」と言うと、想像したのか、おとなしくして聞いていました。その後、少し落ち着いたのか、最近お気に入りの、動物の足クイズをやると、とりあえず悲しい気持ちが忘れられたようで、寝付いてくれました。「動物の足クイズ」というのは、「馬が4頭、牛が4頭、あひるが2羽います。足は全部で何本でしょう」とか「くもが1ぴき、蜂が1ぴき、ちょうちょが1ぴきいます。全部で足は何本?」とか、「20個ほしのあるてんとうむしと、2個ほしのあるてんとうと、7個ほしのあるてんとうがいます。ほしの数は全部で何個でしょう」みたいな質問です。かりんは掛け算と足し算で答えを出しますが、ゆっぴーは指折り数えながら、答えを出してくれます。1問正解につき、「ほっぺにチュ」1個です。虫の足クイズなどの時は、虫の足を片側ずつ想像しながら数えているようで、「1、2、3・・・・4、5、6~」と数えるので、とてもほほえましいです。「ほっぺにチュ」はいやだ、いやだといいながらも、チューしてもらうのがとても嬉しそうです。何歳までチューさせてくれるのか・・実は「賞品」をもらっているのは私の方だったりするのです。
2003年03月02日
◆雷魚をもらった!私とかりん、ゆっぴーの3人で、クバオのファーマーズ・マーケットに行ってきました。ここへは、ちょうど午後1時ごろ、フィリピン各地からの魚が到着します。それを狙って、かりんのバレエのレッスンの後、寄ってみたのです。市場の中はすごい混雑。狭い通路を、買い物客が行き来する中、時折到着したばかりの魚と氷の入ったスチロールの箱を木枠に入れたものをひっぱっている市場の人が通ります。小さい子ども2人を連れて歩いていると、下手すればつぶされてしまいそうです。けれど、まだ生きているエビやカニ、水鉄砲のようにぴゅーっと水を飛ばしている貝、日本では水族館でしかお目にかかれないナポレオン・フィッシュなどを見たゆっぴーは、もう大興奮。「まだ生きてる!生きてる!」「見て!いろんな色のお魚だよ!僕こんなの見たことない!」動き回るナマズを指差して、「見てみて、生きてるよ。僕飼うから買って!」(フィリピン語で)とおおはしゃぎ。通路の反対側でまだお刺し身にできるマグロの切り身を買っていた私は「そんなん、うちで飼えないよ~」と逃げていたのですが、そうしているうち、ナマズを売っていたおじさんが、ビニール袋に入れた何かをゆっぴーに手渡しました。それは、生きた雷魚でした。あんまり、ゆっぴーが嬉しそうな顔をしていたので、ただでくれたのです!喜ぶゆっぴーとかりんを連れて、もう一回りしてきてみたら、さっきのマグロ屋さんの横で、「ねえさん、イカ忘れてたよ」と声かけられました。マグロ屋さんでマグロを買う時、隣で買ったイカを、お金だけ払って忘れてきていたのです。(あちゃ~!)お店の人が覚えていて声をかけてくれなかったら、家に帰って、しまった~!と思うところでした。家に帰ってきた後、雷魚は水槽に放してやりました。雷魚の飼い方などわからないので、ネットで検索してみたら、生きた小魚などを食べるようです。明日、ペット・ショップで餌用の小魚を買ってきてやらなくっちゃ・・・。
2003年03月01日
パエリャの作り方今日は、主人の叔父さんでサウジ・アラビアに働きに行っている人が、久しぶりに帰国中で、ご家族と一緒に我が家を訪ねてくれました。そこで私が用意したのはパエリャです。パエリャはもともとスペイン料理ですが、スペインの影響を強く受けているフィリピンでも比較的良く食べられます。我が家ではダッチオーブンを使って使いますが、ステンレスの厚手の鍋や、すき焼き鍋などでも、もちろん構いません。簡単に作れて、見栄えもよく、味もいいので、おもてなしや特別な日に作ってみてくださいね。パエリャ(4人分)調理時間:約1時間材料鶏肉 300g(食べやすい大きさに切る)あさりかムール貝1パックエビ 8匹(カニを殻ごと加えても可。)玉ねぎ 大1個 (みじんぎり)セロリ 1本 (みじんぎり)赤ピーマン、ピーマン 2ー3個ニンニク 1かけ (薄切り)トマト・ペースト 大さじ1杯塩コショウ 少々パセリ 少々米 2カップ(洗ってザルにあげて水を切る)ワイン 1カップオリーブオイル 大さじ2杯貝は砂をはかせたものを、水なしで鍋に入れ、さっと蒸しておきます。蒸した時に出た汁はとっておきます。えびは塩少々をふり(分量外)、同じく、水なしでさっと蒸しておきます。水気が出たら、やはりとって、貝から出た汁とあわせて置きます。この汁は、米の調理に使うので、この汁と水をあわせて2カップの量にしておきます。鶏肉は、塩で下味を付け、やはりフライパンや厚手の鍋で熱し、出た油を捨て、トマト・ペーストを加え、一緒に炒めておきます。パエリャを調理するための鍋にオリーブオイルを入れ、弱火でニンニクを炒めます。(焦がさないように注意。)ニンニクが黄金色になったら、玉ねぎを加え、弱火で飴色になるまで炒めます。セロリを加え、炒めます。次に米を加え、透明になるまで炒めます。米が炒まったら、鶏肉を加え、まぜこみます。そこへ貝とエビの煮汁2カップと、ワイン1カップを加えます。塩少々とコショウを振り、蓋をして、中火で煮込みます。蒸気が出たら、弱火にして、10分煮込みます。(サフランで着色する場合は、しばらく水につけておき、水ごと加えます。)10分たったら、エビと貝を上に乗せ、もう一度蓋をして、焦げすぎないよう様子を見ながら煮込みます。水気が殆ど無くなったら、火を消し、しばらくそのまま蒸らします。みじんぎりにしたパセリをかけて、できあがりです。エビ、貝、鶏肉から良い味が出るので、ブイヨンなどを使う必要はありませんが、どうしてももの足りない方はベーコンを加えても良いでしょう。どうぞ皆さんもお試しあれ~♪
2003年02月19日
◆ゆっぴーの合格通知先日のゆっぴーの小学校の入学試験の結果がやっと今日到着しました。おととい副園長とも言うべきF先生が、幼稚園の後、私の所に来て、もし合格したら、どうしますか、それでもホームスクールを考えてらっしゃいますか?今日ゆっぴーに聞いたら、最初はホームスクールがいいと言っていたけど、「合格したらうちの小学校に来てね」と言ったら、うなづいていましたよ、なんて変なことを言うので、普通は例年「もし受からなかったときのオプションは考えておられますか?」と聞かれるものだから、合格したんだろうと薄々思っていたらやはり合格していました。でも、ちょうどSONLIGHTという、我が家に合いそうなホームスクールのカリキュラムを見つけたところだったので、どうしようかなあと思っています。今の幼稚園の系列だったら確かにお友達もたくさんいるし、上の子とも同じ学校になるのだし、今の学校ほど子どもがのびのび育てるところというのは、フィリピン中探してもないのではないか、と思うので、そういう意味では文句はないのですが、なにしろフィリピンのカリキュラムは算数の進度も早くて、他の面でも小学1ー2年生にしては、かなり高度なことをやっているのがわかっているから、ゆっぴーがついていけるのか、それも心配だったりします・・・。とくに、さ来年度かりんが4年生になると、午後の部になり、送り迎えが午前の部と午後の部と両方になることを考えると、何時間もかけて送迎するだけの時間と労力で、十分ホームスクールができそう、とも思えたり・・。ホームスクールは合格しなかった時のためのオプションにと思っていたのだけれど、合格してみると、どちらが子どもにとってベストなのか・・・と迷ってしまいます。こういうのを贅沢な悩み、と言うんでしょうか・・。どちらにしても「遅れている」と思っていたゆっぴーの学力が、少なくとも合格できるだけはあったということがわかって、やはり嬉しいと思いました。
2003年02月14日
◆わかちあいの時を持って・・・ 今日はかりんが幼稚園だった時に、一緒だったお母さん達3人とスターバックスでお茶会をしてきました。私たち4人は信仰の友で、1年に数回会って、お互いの様子や、最近学んだことなどを報告しあっています。 ◆「今日」を生きるということ 今日はCさんが、こんな話をしてくれました。 「私はね、もう子どもがだいぶ大きくなってきたから、ここ数年これからなにをしようかと模索してきたの。だけど、これと言うものがどうしても見つからなくて、『神さま、私の人生はこれだけですか?』っていう気持ちだった。 だけどね、最近、創世記を読んでいて、こう思ったの。 『神さまはこの世を、昼だけの世の中として創造して、皆がいつでも好きな時に勝手に寝るようにしてもいいのに、どうしてわざわざ夜を作られたんだろう』って。 そのうちに、神さまは『一日』ということをとても大切にされるからだとわかってきたの。例えば『主の祈り』の中で、イエス様はこう言われたでしょう?『私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください』(マタイ6:11)って。 『日ごとの糧をきょうも、明日もあさっても、ずっとお与えください』と祈るように、とは言われなかった。 それに、モーセ率いるユダヤの民がエジプトから出ていった時、天から与えられたマナもそう。神さまは今日の分だけ集めるように、と言われたでしょう? 他にも、今日の怒りを明日に持ち越すな、とか、『きょう』ということが、何度も教えられている。 それでね、私は、いままで明日どうしよう、将来どうしよう、と思って生きてきたけれど、神さまは『きょう』と言われるのだ、つまり『今日を生きなさい』と語っておられることがわかったのよ。 たとえ、今日私の一日が子どもと夫の世話をして、送り迎えをして、それで終わりであっても、与えられている『今日』を喜ぼうと思うようになったの。 それにね、『神の国と神の義をまず第一に求めなさい。』とも書いてあるでしょう?だからまずその日その日、1日の大半をお金の心配や将来の心配にとらわれたりせずに、神さまのことを求める気持ちで過ごすことにしたの。もしもたとえ明日で自分の人生が終わるとしても、悔いのないように、その日その日を大切にしようと思ったの。」 ◆日々の糧は与えられるか Cさんの他の二人(MさんとDさん)は、今とても良く似た状況にあります。 二人ともご主人がエンジニア。頭が良く、これまでなんでも自分の力で人生を切り開いてきたご主人たちです。ところがおととし、二人ともちょうど同じ頃、事情があって、それぞれ会社を辞めることになりました。そこでそれぞれ新しく事業を興したものの、思うようにいかず、去年は殆ど仕事もない状態でした。Mさんはこう言っていました。 「振り返ってみると、去年1年、私たち家族がどうやって毎日飢えることなくくらしてこれたのか、本当に不思議。主人はほとんど収入らしい収入が無かったし。でも不思議と必要な時に、必要な額のお金が入ってきて。そういう意味で、本当に主は心配しなくても日々の糧を与えて下さることを確信できたわ。 それに、私は主人がもっと家族のために時間をとってくれるようにと、ずっと祈っていたの。彼は仕事で忙しいと、イライラして、ちょっとしたことですぐ怒るし、子供達もあまり彼になついていなかったわ。でも、仕事がなくなって、彼に家族のための時間は十分できた。神さまはわたしの祈りをこういう形でかなえて下さったのよ。それに彼はこれまで、いくら神さまを信じていると言っても、心のどこかで自分の力を信頼していたけれど、神さまが働いて下さらなければ、自分がどんなに頭が良くても、どんなに一生懸命働いていても、だめなのだということがわかって、信仰的にもとても成長したの。 実は去年の年末、夫が『今年は最悪の年だった』と言ったのよ。確かに経済的なことや彼のストレスから見たら、本当に最悪の年だった。でも私は『もしかしたら今年は今までで最高の年だったかもしれない』と言ったのよ。『もしあなたが会社を辞めていなければ、きっと私、今ごろあなたと別れていたと思うから。』って。」 他にもいろいろな話題が出ましたが、結局神さまは、私たちのために良いご計画を持っておられること、振り返ってみれば、大変だったようでも何一つ欠けることなく、全て必要はかなえられていたこと、そしてそれが結局主の祝福であったこと、私たちはその日その日を主のために歩み、その日その日の必要を満たしていただけばよいこと・・などを確認しました。 ただご主人のビジネスがうまくいかなかっただけでなく、去年は妹さんをガンで亡くして、大変なところを通ってきたDさんは、今日の集まりで本当に励まされたと言っていましたが、 Dさんだけでなく、他の1人1人にとっても、とても祝福された時となりました。
2003年02月06日
今日はゆっぴーの小学校の入学試験でした。おとといまで、試験は嫌だ、受けないなどと言っていたのですが、結局ちゃんと受けてくれてホッ。意外と早く降りてきて、割と簡単だったと言っていました。自分の絵を描いて、自分のことについて書くという問題では"I like to work because I love mama."と書いて、それを見た担任の先生に「泣かせるわねぇ」と言われたそうです。(workというのは勉強のこと)学費が高く、距離的にも決して近くなく、ゆっぴーも、もうこんなに朝早く起きるのは嫌だ、と言っているので、他の学校への問い合わせやホームスクーリングの可能性も探っています。◆今日の聖句「そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも「主の山の上には備えがある。」と言い伝えられている。」(創世記22:14)夕べのバイブル・スタディは創世記22章でした。アブラハムが約束の子イサクを捧げる試練を主に与えられる箇所です。一見人間から見れば、不条理にしか思えない試練を、主に信頼して行なったアブラハムとイサクの姿は、全ての人のためにひとりごイエス・キリストを与えられた父なる神と、従われたイエス・キリストの前型だと言われています。私も全てのことについて主が備えてくださっていることを信じて、心配せずに歩んでいきたいと思いました。
2003年01月18日
きょうは暑かった~。あまりに暑くて、暑いということを忘れて、どうして今日はこんなに疲れるの?と思うような暑さでした。こういう時には、気を付けないと、頭もカッカしていらいらしてしまいます。暑さで水分不足になってもイライラするものだから、積極的にお水を飲んで、水分補給しています。そんな中で、ふと家のおトイレに入ってみると、なにこれ~!手桶の中に入れた水の中にトイレットペーパーが突っ込んであるではありませんか~。その上、2階に上がってみると、2階のお手洗いのペーパーも一旦ほどいて巻き直した状態で机の上に・・・。子どもが巻き直したんですから、きれいに巻いてあるわけはなく、横幅が2倍!これではペーパーホルダーに入れられません。まあ、巻き直してあっただけ、かわいい、かも。これが床の上に散らかってたりしたら・・・もうキレる寸前です。こう言う時は、忍耐が要求されるんですね~。私の頭の中はバリバリ雷状態。ああそうそう、夕べは用事ででかけている間に、かりんが勝手にネットに接続して、ディズニーのサイトに行き、なにやら勝手にデスクトップにショートカットまで作ってしまいました。で、そこでフリーズしてしまったので、あわてて強制終了したものの、PCのボタンがひっかかって、開きも締まりもしない状態に。私たちが帰ってきた時には、そういう状態でした。今日になって、かりんがごめんなさいを言ったから、いちおう話しをしてちゃんと親がいない時にはPCをしないことを約束させたものの、私たちが出かけている間、もしかしてずっと接続状態になっていたのかな?ひぇ~。しかし、かりんちゃん、あんたまだ小学校2年生の分際で・・・勝手にディズニーのサイトを探して行ってしまうとは、末恐ろしい・・。しかし、とんでもないことになる前にフリーズしてくれて良かったかも。もしかしてうちのPCって、チャイルド・プルーフ?
2002年11月14日
夕べから断水でした。というのは、ここらあたりの水道・下水道の工事があちらこちらでされているからです。水道、下水道、歩道の工事を一遍にやることで、何度も掘り返すのを防ごうという、OOOO市の計画は良いことだと思うのですが、それにはやはり犠牲が伴うわけですね。あちこち掘り返された道路もさることながら、今日のような突然の断水も。断水なら、せめてそのようにお知らせしてくれれば良いのですが、毎日OOOO市のラジオ放送をずっと聴いてるわけにはいかないですからね。広報みたいなものも無いし。ここらは、ここ5年ほど、あまり断水も無い地域なので、一応うちにも溜め水用の桶はあるものの、水が貯めてありませんでした。(TT)幸い近所の建設業の方が水運搬車を持っていて、そこから水を分けてくれました。こんな時、近所の仲が良いというのは、本当にありがたいです。私たちが8年前に住んでいたパシグ市は水事情がほんとに悪くて、6ヶ月の間、1週間にたった1時間しか水が出ないという状況に耐えてました。あの頃は、かりんが赤ちゃんだったから、おしめも含め、洗濯物が多く、水が出たとなると、夜中の1時でも2時でも起きて、その間にうち中の入れ物に水を貯めて、その間にお洗濯もやっていたっけ。毎日水浴びに使っていいのは、一人手桶に3ー5杯のみ。よく、「今日は2杯で浴びられた」とか「3杯だった」とか自慢しあっていたっけ。思えば悲惨な日々でした~。でも後になってみれば、それも人生の楽しみ哉。それより更に前、かりんを妊娠する前のアキノ政権下では、停電が一日10時間くらいあって、しかも電気が来ないと、水揚げポンプが停まるので、水も無い生活。「せめて電気は無くてもいいから、水だけは欲しい!」と思いながら暮らしていました。それにくらべたら、1日断水になったくらいは、どうってことはありません。しかも丸一日たたないうちに、午後3時ごろには水が復旧しました。OOOO市に住んでてほんとによかった~。
2002年11月06日
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