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ルーブル前〈昨日のからよんでね) 兎も角、右足を上に向けて水から抜け出し、糞を取り除こうと、カーブになすりつけていたら、人々が気の毒そうな顔で、通り過ぎていきます。「メァードゥ・くっそー!」と私に対してか、犬の糞に対してか、捨て台詞をする男もいました。口に手を当てて、クスクス笑う子供もいました。犬好きの私でも、こういう場合になると、飼い主の首を絞めたくなりました。 又、ヨーロッパの人は、平気で、犬と一緒に公衆の乗り物にのってきます。レストランでも、デパートでも、犬を連れて来ます。で、ある日、モンブランが美味しいので有名な、ルーブル前のベーカリーで、コーヒーを飲みながら、そのモンブランを楽しんでいたら、あい席で、隣にすわった白髪のオバーチャンのハンドバッグから、「ウー」と、うなり声が聞こえてきて、チワワが顔を出してネ、その内キャンキャンと、後ろの客のかごに入っていた犬と、喧嘩を始めたのです。飼い主は、怒鳴る、犬は、吠えるで、ゆっくり楽しんでなんかいられない。と、マア犬にまつわるエピソードは、沢山ありますヨ。(あと一回続く)http://blog.with2.net/img/banner.png ←クリック感謝します人気blogランキングへ
2005.02.28
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ルー・レピックに、シャーロットが40年すんでます。 ジャック・シラックが首相になる前のパリは、道という道が、マロニエの並木ではなく、犬の糞に覆われてました。ハエがたかって、何が、ロマンチックなものか、って思いました。「歩く時は、背筋を真っ直ぐ伸ばして、うつむかずに、堂々と歩きなさい」と母に躾られて育ったのですが、その糞をよける為、パリではついついうつむき加減になってしまったのです。可なり気をつけていたにもかかわらず、ある雨の日にルー・レピック(ムーランルージュの裏側で、サークレ・カーに行く道)の坂道を横切ろうと、右足を車道に下ろしたその刹那、タイミング悪く犬の糞が流れて来て、ツルリ!と滑ってしまいました。:ウヒャー 幸い運動神経が良い方なので、ひっくり返りはしませんでしたが、右の靴は、ドップリと太い糞にうずまっていて重く、急流は容赦なく、くるぶしまで水しぶきをピチャピチャと浴びせたのです。足を持ち上げようとすれば、その重さで靴がぬげかけ、汚水がかかとの部分に入って来るという按配で、もう、文字通り、ふんだりけったり。(続く) 人気blogランキングへ「あ!また来たい」と思われたら、来るたびに、クリックしてください。まだ、仕組みがよくわかりませんが、よろしく。
2005.02.27
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ほんとうは、パリの話を書くつもりだったけど、本日は、ちょっとした余興にします。又明日、ヨーロッパの話をかきますからね。息子から写真をおくってきたので、三枚のせます。ちょっと皆様におみせしたかったのです。ルーマニアの友だちから、送ってきたのですって。 北海道の雪祭りではないですよ。じつは、私、去年ウクライナに行ったとき(ロシアの嫁さん連れてきた・参照)この黒海で泳いだのですよ。しかもヤルタという場所はルーマニアのすぐとなりですから、この写真からそれほど遠くないのね。この海の大半はトルコとウクライナに属してるけど、お隣のルーマニアそしてブルガリアもちょこっとシェアーしてるんです。一緒におよぎに行きませんか?きゃはははは!皆さん、これをみたら、いまいらっしゃるところが極楽でしょう??????人気blogランキングへバナーの添え方がわからないのですが、皆様がこれを、クリックなされば良いのかしら?まだ、よくわかりません。
2005.02.26
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凱旋門の中の螺旋(ラセン)階段をあがって一番うえから見下ろした写真(一昨日のからよんでね) 話がそれちゃったけど、それ位いつも同じコースで凱旋門まで歩いてたのですから、間違えるはずがないんですよ。ところが、その日に限って、行けども行けどもシャンゼリゼに着かないで、ドンドン見知らぬ路地に入ってしまいました。 気がついたら、イタリア行きの列車が出るリヨン駅についていたのです。どうやら、アジアが行きたがる方に自然に引っ張っていかれたようです。 時計をみれば、シャンタルはもう仕事から戻る時間じゃないですか。歩きなれた道を何で間違えたんだろーって、まるで、狐につままれた感じで帰宅したのです。 合鍵でドアを開けると、リビング・ルームのテレビがガンガン・ニュースを報じていて、シャンタルが涙で真っ赤な目ですっ飛んできて、いつもより大げさに抱きついてキスするじゃない!(断っておきますが、これ、あいさつですから、勘違いしないでネ、念の為)「どこ、いってたのヨウー。無事でよかったワー」って涙ポロポロ。“Pour quoi? 何故?”私、キョトンと彼女を見て聞いたら、「さっきからニュースで、テロリストが、凱旋門のそばのゴミ箱に爆弾をしかけて、その爆発で通行人が大怪我したって大騒ぎなのヨウ~。もう心配で、心配で。。。」と、今度は、アジアをだっこして、「オ~私のかわいこちゃん。無事だったか~」って又、キスキス、涙。それもその筈、私、いつもしないのに、その日に限ってダイニング・テーブルの上に書置きしてったのです。それには・・・アジアと凱旋門まで散歩してきます。五時半にはもどります・・・って書いてあったのです。 どうやらこの日、アジアに救われたってのは大げさかな? でも不思議でしょ? 凱旋門を、横から見た写真。http://blog.with2.net/img/banner_03.gif人気blogランキングへ
2005.02.25
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【去年シャンゼリゼを歩いたら、こんな、ゲテしゅみのルイ・ヴィトンの広告がありました。大きなトランクが、ふたつ、みえますか?シックなパリはいずこに?】(昨日からの続きです) そのマツゲ長いハンサムなギャルソンが私にウィンクする理由は、私にヒ・ト・メ・ボ・レって言いたいけど、残念ながら違うんです。そのヒミツは、まだ、来たばっかりで紙幣とコインの差別がアヤフヤで、金勘定が下手だった頃、紙幣ではらったおつりで間違えて一杯分のコーヒーと、同額のコインをチップにあげちゃったのです。ニッコリと歯並びのよい口で、「メルシー・マダム」って言った時はすでに遅しで、それからは、彼がいる時は見栄張って、必ず同額のチップを置いていくようになっちゃった、ってのが、ウィンクのはじまりなんです。 ついでに、“Je suis japonais、私日本人”って、本当はアメリカ国籍なんだけど日本人を宣伝しておきました。それからというものは、私の顔を見る度に、“J’adore japonais, ぼく日本人大好き”って言ってましたよ。(あと、一回続く) 左から、ジャクリーン、シャーロット、私、シャンタル。パリにいくと、必ず、一緒に食事をします。シャーロットとは、1982年にタヒチであってからの友だちです。シャンタルは、シャーロットのお姉さんで、英語が出来ないので、彼女のアパートにいたときには、フランス語の勉強になりましたよ。
2005.02.24
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シャンタルの犬【今週のトピックスから、ヨーロッパをひろって、フランスの話を書いてみます】 パリに三ヶ月いた時の話なんですが、友達のシャンタルが八時から五時半まで仕事にでかけてるので、日中私は途中で本屋によったり、昼食したりしながら、毎日五時間くらい、犬とゆっくり散歩をしたのです。 その日も、いつもの様に、彼女の愛犬アジアをつれて、アパルトマンからシャンゼリゼに向かって歩いてたんですネ。 もうパリに来てからカレコレ一月も経っていたから、ブーランジェリー(パン屋)のマダムや、果物やのお兄さんとも馴染みになっていて、「ボン・ジュール。サバー?(どう?)」「ウイー、ジェヴェ ビエン(うん、おかげさまで)」なんて手を振るなかになっていたのです。 通りがけの骨董品屋に置いてある古い楽器がすきなので必ず覗いて、ちょいとカフェーをのみに立ち寄る、大通りのレストランのギャルソンにもウィンクをされる所までになってたんです。 よくたちよった、アンティーク屋(続く)
2005.02.23
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ここで、カレーをたべたんです。スーパー・ボールってごぞんじでしょうけど。プロ・アメリカン・フットボールの長者番付を争うイベントで今では日本でも同時放映なんですってね。もうこの日になると、アメリカは麻痺しちゃうんです。スーパー・ボールのホスト・タウンはホテルも満員というかプレミアがついちゃうんですよ。で、ライブを見られない人はアメリカ中でこの日はテレビに釘付けになるそうです。フットボール・ファンでない我々は関係ないんですけどね。 たまたま、息子の誕生日が二月のはじめだったもんで、日曜にプレゼントを届けかたがた彼と嫁さんのすきな寿司屋につれていこうと、わざわざ、100キロのフリーウェーをオレンジ・カウンティーからサン・ディエゴまでいったのでした。なんだか、いつも凄い混雑してるフリーウェーはスカスカで「なんでだろ~?」って思いながらマスタングのオープンカーをすっ飛ばしていったんです。「あなたの好きな、おすし屋さんにつれてってあげる。電話してごらん」「うん。でもなあ、今日はスーパー・ボールの日だから、どうだろう」「え、どうして?」「スーパー・ボールの日はたいていのレストランもしまっちゃうんだよ」「あれ~、そうなんだ~」「うん、でもまあ、ためしてみるよ」 息子は、インターネットで早速あちこち調べたのですが、本当にどこも閉まっていて、やっと一軒みつけたのがインドのカレー・レストランだったので、仕方なくそこに行ってきました。 スポーツ・ファンでない人にはスーパー・ボールって不便なものですねえ。でも、そのおかげで、お勘定の方は4分の1で済みましたがねぇ。
2005.02.22
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平日はこの部屋でピアノを教えています。 ある日、チャット・ルームで、調度ピアノの発表会の会話をしてるときにはいったんです。「ヒロコさんはピアノを教えてるのよ」と、誰かが言ったのをかわ切りに、初めてあった方とこういう会話になったのです。「うちの子もならってます」「そうですか」「でも、ちっともうまくなりません。まだ、XXしか弾けませんから、人様の前ではとても恥ずかしくて」その、XXが、何だったかわすれましたが、かなり難しい曲でした。「やさしくアレンジしたものですか?」「いいえ、本物です」「一体おいくつで?」「十歳です」「きゃ~、凄いですね十歳でそれを弾けるって」 「リサイタルに毎日練習してます。でも、まだ感情がうまく表現できなくって。ヒロコさんも、リサイタルしますか」「いいえ、しません、でも年に一度、生徒だけ集まって、お昼を一緒にたべて、ピアノを弾くパーティーは、やります」「で、大人も聞けるんですか?」「いいえ、親は台所で手伝いをしてくださる2,3人だけです」「え!リサイタルもない音楽教室があるんですか。それじゃ、一体何のためにならうんですか」「本人のためです。ピアノや音を楽しむのが、音楽だと思うので」「そんな先生、聞いたこともない」 ま、こんなぐあいだったのです。感情をいれて弾くようになるのには、つらい思いをして、恋をして、指も長くなって、やめたくなっても、やっぱりピアノに戻るってくらいピアノが好きだと自然にでてくるんですよ。で、結局かのじょは、憤慨して落ちてしまったのですが、実はこういう親が多いので、私は、リサイタルをやめたのですよ。。。。。。。。私は1972年から南・カリフォルニアでピアノを教えてます。ですからもう、二代目の時代になって実際に何十年か前に教えたこの子供もおしえてます。そんな具合で毎年新しい生徒が来たとしても300人以上は教えてる勘定です。ですから、それはもう、突拍子もない体験談でいっぱなんですが、ピアノにからんだいくつかのエピソードを、「エッ!もうアメリカに40年!」の本の中ほどに書きましたので、どうぞ読んでみてください。
2005.02.21
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グレッグがアトリエでしごとしてる写真です、私の本をよんでくださったかたは、あのローレンや、ギャビーが目に浮かぶでしょ? 門からは、この部屋が一番ちかいからピアノの生徒は彼の目の前をとおって、玄関にはいるのです。(最終編ですから。おとといのから読んでね) 昔はふさふさとしてた髪が、今では抜ける量の方が多いので、髪をとかすのが怖いくらい。「見て~、この抜け毛、このぶんじゃ、あと五年もしないうちにツルツルにはげちゃうわ」とヘアーブラシを見せれば、「心配するな、僕は画家だよ、毎日違ったデザインを頭に描いてやる」ってグレッグが言うのです。すると又、「なんだと~!もう一度いってみろ~」「きゃはははは!」で、又追っかけっこが始まるってあんばい。エ~ト、それから常に新しい情報に興味を持って聞き入り、「新いもの好き屋」でいる事も大切でしょう。コンピューターやデジカメやチャットなんか、そういう物のなかに入るんじゃないかしら?私はスタンダード・シフトとオートマの車の両方のりますが・・・これはボケ防止にもなりそうですね。 そして、最後は、若者のような体を保つ事。じゃないと、おっかけっこも、相撲も出来ないじゃないですか。健康な体に健康な精神宿るってことわざがあるように、栄養のある食事をとって、運動に怠らないように心がけてます。足が痛かったら、椅子に座ったままでも、寝たままでも出来る運動をするでしょう。 こんな具合だから、我々、車椅子に座るようになっても、二人で車椅子ダービーをやったり、ぶつけっこをやり兼ねないです。 想像出来ます?還暦過ぎの女がティーン・エージャーの様にはしゃいで、アバの曲を聞いてゴーゴーだの、ツイストだの踊るのですヨ。楽しくて全くお金がかからない。 これが、私の若さの秘訣なんです。オワリ!
2005.02.20
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このTシャツは、ヴァレンタインに、チョコと、いっしょにくれたんですがね、「きゃ~、これ今着るから、写真とって~」って、外にでたら、「顔がなければ、なおいいが!」って、ぬかしおった! それで、又、おっかけっこのけんか! ちなみに、本物のなかみは、もっと、がっしりしてます。あはははは! (では、本文の続き、昨日のからよんでね) まあ例をあげてみましたけど、先ず若々しいって、何も外見じゃなくて、中身と行動の問題じゃないかと思うんですネ。しわしわの老人でも、とっても若々しいチャーミングな方が大勢いらっしゃいます。 髪を染めたり、整形手術でもしなかったら、白髪が出来たり、髪が薄くなったり、しわ、たるみ、斑点、が出てくるのは自然の成り行きでしょう? 私は、昔から自然に美しく老けたいと思ってまして、今の所は、耳にピアースもしてません、まぶたも垂れ下がってきてます。全く順調に顔や、お腹の筋肉も、引力に逆らってません。ハワイやメキシコでじっくり焼いた足には斑点が沢山出来てます。指の節々も曲がって来て、ピアノを弾いても間違いだらけ。「こんなに曲がっちゃったから、間違いおおいね!」って生徒へのいいわけも指のせいにしちゃって! それからですネ。ユーモア!これが大事。この間も、テレビや雑誌を見ていたグレッグが、若いカッコイイ女の子を見て、ヨダレ垂らしそうな顔してたので、胸とお尻にクッションを一杯つめて、「あ~ら残念でしたね、これで我慢しなさい」って、しゃしゃり出たら、「まるで、ジャパニーズ・マリリン・モンローの化け物か、相撲みたいだね」って吹き出しちゃったんです。それで、「じゃ、かかって来い! はっけよ~い」なんて、相撲をやり初めちゃったんですよ。(続く)
2005.02.19
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「あなたは、若い~。どんな秘訣があるのかな~」って良く聞かれますが、東洋人って、白人に比べて一般に外見は老けるのがスローじゃないですか。でも、日本人にそう聞かれると、<へ~、何でだろう?>って、考えちゃうんですネ。 あっ!しつれい、階下からフレディー・フェンダーの古い唄が聞こえてきました。グレッグは近頃耳が悪いらしくて、CDを凄いヴォリュームをあげて聞くので注意してきますネ。「ちょっと~、うるさいわヨウ~。ヴォリューム下げて~」と、二階から怒鳴ったら、「オーイ!踊ってるんだけどな~、相手がほしいな~」グレッグの叫び声が返って来ました。「きゃ~!そういうことなら、今直ぐ行くわよ~」私はやりかけのPC をそのままにして、私はバタバタ階段を駆け降りて、一人でロボットのように、相手を抱くかっこうで踊ってる彼の胸に飛び込みました。 グレッグと私は踊るのがとっても下手でね、もう決まったパターンも無く動くから彼にあわせるのが大変!今、右に回ったと思ったら後ずさりするし、彼自身、私をまごつかせる事に喜びを感じてるみたいな所があるし。。。 それだけじゃないんですヨ、CDと一緒に大声で唄って、 ♪♪ララララーと、音を伸ばすところに来ると途中でダンスを止めて, 舞台の歌手がするように、手を広げたりするから滑稽です。一曲が終わると、「おわり!」って、決まって私のお尻をピシャンとたたき、こっちが叩き返そうとすると、素早く逃げる、それを追っかける。こんな馬鹿らしい事で家の中を駆け巡ったりします。(続く)
2005.02.18
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(一昨日のからよんでね) まだあるのです。燃えるごみと、燃えないゴミに分けるのは、日本だけじゃなく、こっちでは、草木はグリーンのゴミ箱、燃えないゴミは、たいてい庭にうめるか黒いゴミ箱にいれます。リサイクル物、新聞、雑誌、空き缶、ガラスビン、プラスティックはブルーのゴミ箱にいれますので、ビンなど一応洗っておくのですが、それをすてるのがおっくうで、延ばしのばし。いつまで経っても台所の片隅につんであります。 ある日、いつも二時間遅れて夕食会にやってくるアルゼンチン人のミルタが、(1月25日の【予定日はいつで?】の写真にいますよ)「このびん、もらって良い?」って言うので、これ幸いとうれしくなって「どうぞどうぞ、全部持ってっていいわよ」って答えたら、彼女も喜んで持って帰ったのです。次にあったとき、ミルタが、「これ、自家製のサルサ。トマティヨも(グリーンのトマトに似たくだもの)種から育てたんだからネ。そんじょそこらのサルサとは、味が違う」って、大きなビン三つにサルサをどっさり入れて持って来てくれたってわけで、これとて、ぐうたらの余禄でした。ね、働きものばかりが得をするわけではないでしょ?オソマツでした!
2005.02.17
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グレッグの作ったカボチャ(昨日のからよんでね) 庭でとった、かぼちゃの姿煮も何度かテーブルにのったし、じゃがいもや生姜の皮をすてた所から、30センチもの茎が生えてるってあんばいです。 ある日、「これ、ゆでて、サラダにいれて」ってグレッグがビー玉くらいのじゃがいもを三個手のひらにのっけてきて言うから、ジョーダンだと思って笑っちゃったら、本気だったんです。 仕方ないから、一番ちいさいお鍋でゆでて、大きなサラダの真ん中にチョコンとのっけて出したら、もうダイアモンドでも食べるような感じで食べました。 一昨年はネクタリンが二十個位なって、そのおいしかった事!去年は、四十個くらいなったのだけど、リスが硬いうちにガリガリかじってはポイポイって、捨てるので、二人でハラハラ眺めてましたが、結局一個も我々の口には入りませんでした。 それで、やつらが来ると、「だめ~」って追払ううのだけど、すぐ戻って来るのですよ。 図々しい事に、ドアをキチンと閉めないでいてると(なんせ、ぐうたらですから)家の中まで入ってきてヒマワリの種が入っている鳥の餌箱に登って、両方のほっぺたが、おたふく風邪のようにふくれるまで食べ物を盗むのです。そして、それを裏山のアチコチに埋めるもんで、夏になるとヒマワリが咲き出したりして、きれい。これも、ぐうたらの余禄。(続く)
2005.02.16
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家の玄関です。 自然の法則って、こまめに庭掃除したり草木の手入れをする人間だけが報われるって分けじゃないことを発見しました。ありがたいことに、グレッグや私のように、だらしなく庭で果物を食べては、その種をプッと飛ばしたり、りんごやとうもろこしの芯等を花壇に投げ込んでいる人でも、以外に褒美をもらってるんですよ。 よく二人でベンチに腰掛けて、誰が一番遠くにとばせるか~って、サクランボを口いっぱいに放り込んで、プップッと「種飛ばし競争」をするんです。「あ、僕の方が遠い」と彼が言えば、「プッ、ヒッヒッヒ~、私の方が遠い」って悪態つく私。「なにを~、プププー」 グレッグも必死で、機関銃のように飛ばします。一種の遊びですネ。で、庭が種だらけ。それでも、箒や、ちりとりを持ってくるのがめんどくさくて、足でアチコチに蹴飛ばしちゃうような、ぐうたらなんです。「何か、きたならしいわネ~」「ほっとけ、ほっとけ、ホットケーキ」とか言ってるうちにあっちからニョキ、こっちからニョキと芽が生えだして、今では、庭の片隅から葡萄のつるがシュルシュルと鉄柵にからみついているし、びわ、アボカド、パパイア、杏の木がはえて、ネクタリンが何十個もの実をつけるようになったんです。(続く)
2005.02.15
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ブルックとジュンが4,5歳のころくれた、バレンタイン・カードです(最終回:おとといのから読んでね)One of these young people wasそういう若者のひとりに the daughter of the prison guard. 牢屋の看守人の娘がおった。Her father allowed her to visit me in the cell. 娘の父親がわしの牢獄への訪問を許可してのう・・・ Sometimes we would sit and talk for hours. 時には二人で何時間も話しおうた。 She helped me to keep my spirits up. その娘がわしの精神をささえてくれてたんじゃよ。She agreed that I did the right thing by ignoring the Emperor娘はわしが帝王のおきてを無視して内緒でand going ahead with the secret marriages. 結婚させたのは正しいいうてな、同意してくれた。ウン On the day I was to die, I left my friend a little noteわしが処刑される日に、その娘に短い書置きをしたんじゃよthanking her for her friendship and loyalty.彼女のフレンドシップと忠実さに心から礼をいいたかった。 I signed it, "Love from your Valentine."で「君のヴァレンタインから、愛をこめて」とサインしたのじゃよ。I believe that note started the custom ofおそらく、それから始まったんじゃなかろか、 exchanging love messages on Valentine's Day.ヴァレンタイン・デーに愛のカードを交換する習慣が・・・ It was written on the day I died, February 14, 269 A.D. それを書いたのは、わしが死んだ西暦269年の二月十四日じゃった。 Now, every year on this day, people remember. さて、みなの衆が毎年この日をおぼえていてはくれるが But most importantly, they think about love and friendship. 一番だいじなことは、フレンドシップと愛じゃよ!!(義理チョコをもらった覚えはないぞ!第一チョコレートなんぞまだ、なかったぞよ。ありゃ、アステカがつくりだしたのじゃよ・・とは、かいてありませんでした。あはははは!でもね、彼が生きていたら、この【チョコをやらなきゃならない】と言う、うわべだけの習慣にまどわされてる現代人を見てなんて言うだろう?)HAPPY VALENTINE’S DAY!!! 真心をわすれずにね!
2005.02.14
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娘のジュンと、ボーイフレンドです。(続編ですから、昨日のからよんでね)Did I mention that I was a priest?ところで、わしが坊さんだって言ったかいな? One of my favourite activities was to marry couples. わしの一番すきなしごとは恋人同士を結婚させることだったんじゃ。 Even after Emperor Claudius passed his law,帝王が結婚禁止令をだしたけどね、だから何さ I kept on performing marriage ceremoniesわしゃ結婚式をやってあげていたんだよ、- secretly, of course. 無論、ないしょでじゃがね。ウン It was really quite exciting. なかなか、スリルがあったよ。Imagine a small candlelit room with 想像できるかい?小さなローソクをともした小さなへやでonly the bride and groom and myself. 新郎と新婦とわしだけじゃよ。ウヲッホン We would whisper the words of the ceremony,ささやくように、誓いのことばを言って、 listening all the while for the steps of soldiers.その間、憲兵の足音に耳をすましてのう。One night, we did hear footsteps. あるばん、その足音がきこえたのじゃ。 It was scary! こわかったよ~!Thank goodness the coupleでも、うまいぐあいにその二人 I was marrying escaped in time. 正式に結婚して憲兵の来る前に逃げたんじゃ。 I was caught. I was thrown in jail じゃが、わしは逮捕されて、牢屋にぶちこまれたand told that my punishment was death.で、死刑を宣告されたんだよ。I tried to stay cheerful. でも、一生懸命ほがらかにしていたんだ。 And do you know what? Wonderful things happened. そしたら、素晴らしいことが起こったんだよ!Many young people came to the jail to visit me. 大勢の若いカップルが牢屋までたずねて来てくれた They threw flowers and notes up to my window. 窓ぎわから手紙や花をなげいれてくれたんだよ。 They wanted me to know that they, too, believed in love.【愛】を信じてるって、わしに伝えたかったんだね。(続く)
2005.02.13
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のんびりやの息子からクリスマスの写真を、たったの昨日送って来たんですよ。調度バレンタインの前で、何となくバレンタインにもふさわしいショットなので、いれてみました。【バレンタインの話しを今日から、何日かにわたって訳してみましょう】http://www.pictureframes.co.uk/pages/saint_valentine.htm【Googleのこのページのをただ、訳しているのであって、私の作品ではありませぬ】 Let me introduce myself. . わしの自己紹介をさせてもらえんかのう。My name is Valentineわしの名前はバレンタインというんじゃ。I lived in Rome during the third century.3世紀ごろのローマにすんでおった。ウン That was long, long ago! そら、もうむか~しむかしのことなんだ。At that time, Rome was ruled by an emperor named Claudius. その頃この国はクラウディアスという帝王が支配しておった。I didn't like Emperor Claudius, and I wasn't the only one! わしは帝王がきらいでのう、いえ、そら、わしだけではないぞ。A lot of people shared my feelings.おおぜいの人々が同じ思いをしておったんじゃ。Claudius wanted to have a big army. 帝王は大きな軍隊がほしかったんだ。 He expected men to volunteer to join. 男衆にボランティアーつまり自主的に入隊してもらいたかったんだよ。Many men just did not want to fight in wars. でもなあ、戦争なんて今も昔も行きたがらないよなあ。 They did not want to leave their wives and families. 皆ワイフや家族から離れたくなかったのだよ。As you might have guessed, not many men signed up. もう察したろうが、誰も応募しなかったんだね。 This made Claudius furious.帝王は怒り心頭にたっしたのじゃ。 So what happened? んで、どうなったと思う?He had a crazy idea. そこで彼は、狂ったアイデアを思いついた。He thought that if men were not married,独身、つまり家族やワイフがなければ they would not mind joining the army. 兵隊に志願するとおもったのよ(アホか!) So Claudius decided not to allow any more marriages. 帝王はこれ以上結婚をさせまいと考えたんだ(おろかもの!) Young people thought his new law was cruel. 若者たちは、これはひどい法律だと思ったんじゃ。 I certainly wasn't going to support that law!こんな法律をわしが、サポートする筈はないじゃろが!
2005.02.12
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「バレンタインって、アメリカでもありますか」 昨日あるチャット部屋で、こう聞かれたのですよ。「きゃはははは!あの~、日本にもお寿司ってありますか」 って、きいちゃったのです。そしたら、彼、「それって、どういう意味ですか?ぼく、何か可笑しなこといったのでしょうか」「え!あら、ごめんなさい冗談じゃなかったの?」「本気でしつもんしたのです」「あら~。バレンタインは西洋ではじまったのですよ。チョコレートをあげるってのも、アメリカで始まったんじゃないのかしら?アメリカでは、たいてい、男性が女性に贈り物をしますよ」「あ、そうだったんだ~~」 で、義理チョコのことを始めて聞いたとき、「日本では(義理チョコ)といって女性から男性に送るのだって」とグレッグにいったもんで、「じゃヒロコは日本人だから、僕にくれるんだね!」と、いわれちゃったのです。「いえいえ、ここはアメリカよ」「そりゃずるいよ」「じゃ、お互いにハッピー・バレンタインス・デーって、言ってダンスしよう」ということになりました。それでグレッグと私は今年のバレンタインには“Happy Valentine’s Day!”といいながら、玄関の板の間でダンスをするのです。ダンスっていったってねぇ。前にもかきましたよねぇ。お互いの足踏みながら、動くだけなんです、あはははは!いいのですよ、心の問題なんですよ!
2005.02.11
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毎日のように、ジョギングした海沿いのコース(最終ですが、おとといのから読んでくださいね) 先ほどから後ろをつけていた人も途中であきれ返ってギブアップ。ついに他に空いた場所を見つけて駐車させてましたが、カートを押してクルクル同じ場所を回ってる私をクルクル・パーじゃないかと胡散臭い顔で見てました。 さーて、実際問題としてどうしよう?と思案していると、赤いポルシェがアプローチして来ました。『やれやれ、また、出ますか?って、聞かれるな~』と思ってると、「オ~、ヒロコ、どこに停めたの?駐車する場所みつからないから、あなたの後つけるわ。どこに停めたの?」 なんと都合のよいことに友だちのベティーじゃないですか。「え~とね。後つけるのはいいけど、私の車は自分ちのガレージの中!」「えっ?うっそ~、だってカート一杯じゃないの」「そうなのよ。ジョギングで来たの忘れてこんなに買っちゃった。それで今どうしよう、スーパーにおいといてもらって、家までジョギングして又車で取りに戻ろうかと思案してる最中だった、そこに貴方が来たってわけ!」「キャハハハハハ~ヒロコったら!!」「ギャハハハハ」と駐車場で大爆笑したのでした。ベティーが私の駐車場までおくってくれたのは言うまでもありません。ちなみに、ベティーは旅に出る前に、ちょいと立ち寄ったらしくポルシェのトランクも、後ろの座席も荷物でいっぱいで前の座席だけあいていたので、大きな袋八個くらい床とひざの上に抱えて、足の置き場もなく前がみえなくなっちゃったんですよ。バカミタイ!それからというものはジョギングの最中にベティーにあうと、「車は、あなたの家の駐車場だからね!忘れないように」 って、からかわれるのです。 わっはっはっは~
2005.02.10
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ラグナ・ビーチのジョギング・コース(続編ですから昨日のからよんでくださいね) そんなある日、ジョギングの帰りにミルクが無い事を思いだして帰り道スーパーによったのです。すると、おいしそうな苺があったので籠に入れました。「あ、グレープ・フルーツもセールだ」「パンもなかったっけなぁ」と買い物するうちに、籠では足りなくなってショッピング・カートに入れ替えたんです。で、あれこれ入れているうちに、カートが一杯になりました。ことわっておきますが、アメリカのカートって日本の様に小さくないですからね。ゆうに3倍はあります、子供が三人くらい入ってしまう大きさです。 すました顔でレジを通って駐車場に行きました。小さい駐車場はフルなので、私が出た後に入ろうとねらってる人がノロノロと私の後をつけてくるのですよ。ところが探せど探せど、車が無いのですね。当たり前ですよ、ジョギングできたんだもの。ワハハハ(明日まで続く)
2005.02.09
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アイスクリームを食べながら散歩するお友達 健康の為にジョギングを始めたのは40歳を過ぎた頃からなんですが、その走るコースたるやもう最高だったんです。なんせ、私の住んでいたラグナ・ビーチは美しい海辺の観光地でしたから、その海岸線に平行した道は景色もバツグンで空気も良くて理想的だったんです。波の音やカモメの鳴き声を聞きながらジョギングするのは、毎日でもあきませんでした。 南北に細長いその町の端から端まで車だと20分もないので、なるべく歩いて郵便局や、金物やなんかに行ってました。時々友達と出くわして、コーヒーを飲んだりする事もあるので、ジョギングにも小銭やクレジット・カードをポケットに入れていたのです。 アイスクリーム屋なんかに立ち寄ると <折角ジョギングしている甲斐が無いじゃないの> という天使のささやきと <人生、楽しみが無くてどうする> という悪魔の意見が対立して悩んだ事もありますが、何故か、いつも悪魔の考えが勝ったんですね。(続く)
2005.02.08
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【二年間貯金をして、やっと去年(2004)ウクライナで結婚式をしました。私も、いきましたよ】自己出版の本「エッ!もうアメリカに40年!」の 100ページより・・・・(最終編です、三日前のからよんでくださいね)「なんだか、わたしたちのときより簡単ね」「そうなんだ、今まで気がつかなかったけど、ぼく、親父と同じことやってるんだよね。わざわざ日本から嫁さん連れてきて、結婚式もしなかったんでしょ?」「したわよ、わたしのおばあさんの家の庭で。ちゃんと、楽団もきたのよ」「楽団って、マムの唄ってたハワイアン・バンドでしょ」「そうそう、だから、わたしも唄った」「ハハハハ」「何がおかしいの?」「マムがウェディング・ドレスで、ウクレレ弾いて、自分の結婚式に自分で唄ってるの想像したら……」 「いちおうお色直しもしたわよ。一張羅(いっちょうら)の古い中国服に着替えたし……」「ウェディング・ドレスなんて買ったの?」「そんなお金なかったから、生地買って、自分で二日前に縫ったのよ」「フヒヒヒ、なるほど。マムも変わってたんだ」「フフフ、幸せでしょ」「うん、すごく幸せ」「じゃ、めでたし、めでたし」 で、考えてみたら、私も変わった女だったんですね。ま、こんな男なら、どう転んでも独裁者にはならないと思いますが。ここで、この章は終わりなんですが、そういえば、前夫とのなかも、やはり二年間手紙の遠距離でやり取りをして、結婚しましたね。娘もそうだったなあ!ま、私が出版した本には、このようなエッセイが30くらい入っています。読んで見てください。買うのがいやな方は、図書館に注文してみてください。回し読みも大いにけっこうです。えっと、今日は2,3日前が息子の誕生日だったので、サンディエゴにいって二人を食事につれていきました。
2005.02.07
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【ウクライナのヤルタに行ったとき。鷹といっしょに・・】自己出版の本「エッ!もうアメリカに40年!」の 100ページより・・・・(続編ですので、おとといのから、読んでくださいね。写真もありますよ) 9・11のテロ事件後は、ウクライナから国外に出るのがむずかしくなって、受け入れ側の国もビザを与える前に旅行者のバックグランドを入念にチェックするようになっていましたから、息子にとってはかえって好都合でした。「そのものズバリの女性だった!」「で、どうするの?」「今度は、両親に会ってくる」三ヶ月ほどたって、ウクライナまで足を運び、ちゃんと両親の承諾も得てきたのです。「アー・ユー・ハッピー?」「幸せ、マムとも絶対に気が合う感じ」息子が自信たっぷりに言ったように、それから一年後にやってきたイリナはとても素敵な娘だし、英語も堪能なので、私もルンルンです。 で、話のついでにもうひとつ――イリナが着いて数週間後に電話がきました。「あ、マム。ぼくたちね、正式に結婚したんだ。市役所に行ってね、ちゃんと籍入れてきた」「えっ、結婚式しないの?」「ん~……めんどくさいし、お金もない。いちおう市役所の人と公園に行って、アイ・ドゥーって言って二、三枚写真撮って終わり!」〈続く)
2005.02.06
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自己出版の本「エッ!もうアメリカに40年!」の 100ページより・・・・〈続編ですから、昨日のからよんでください)小さいころから、「女ってね、やさしい言葉をかけられたり、一本でも花なんかもらうと、グラッときちゃうのよ。高いもんでなくてもいいの」と、そう言って育てました。だから、小学生のころから、バレンタインや母の日に花をくれたりしたし、イリナに会うまでも、その手で何人かの美女をしとめてきました。イリナに対しても、国際電話をしたり、花やチョコレート、彼女の好きなCDやら、スイカなんかを送ってびっくりさせてたようです。「ねね、マムこれ読んでみて、イリナは眼科の女医だって。英語もかなりできるよ。やった~!」とか、よくメールを見せてくれては、ヒョウキン踊りをしていましたが、「へえ~、美人で、頭脳明晰で、性格もいいなんてすごいじゃない。でも、イリナがメールに書いてあるとおりの人だとは限らないからね、気をつけなさい」と、ついつい母親の取り越し苦労まる出しにしてしまいました。 ロシアのマフィアがインターネット花嫁エージエントを仕切っていて、危険であるというニュースに、慎重のうえに慎重を重ねていましたから、ブルックも最初に顔を合わせるのは絶対にウクライナ国外にすると決めて、スウェーデンで落ち合ったのです。(続く・・)
2005.02.05
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息子のブルックと嫁さんのイリナ今日は、トピックスの【遠距離・・】にちなんだ話を、私の本のなかの一章をとりだして、何回かにわけて書いて見ますね。「イラクのフセインが逮捕された」というニュースを聞いたとき、ずっと昔、「ヒットラーのような独裁者でも、子供時代があったのだ。このような大人にしたのは親である、とくに母親の責任が重い」というような意見を、政治座談会で聞いたのを思い出しました。 たしかそれ以来、わが息子には、のん気で、ユーモアがあって、やさしくて、勇気もある、侍のような男になってほしいと夢みてました。「侍」ってところがなんとも日本人的じゃありませんか。それだけじゃなく、秩序を守ってしかもロマンチック、責任感があるのもいいな~。ウン、でも、やっぱり礼儀正しく行動するような人間じゃなきゃヤダ、と、まるでもうスーパーマンを育てるみたいな意気込みでした。 まさか全部かなうとは思ってなかったけど、夢は大きいほうがいいと思いました。結果的には、独立心旺盛でちょっと変わってるけど、まあまあ健全な大人に育ってくれました。 変わってるといえば、ウクライナ出身の嫁さんイリナをつかまえにある日、「じゃ、スウェーデンに行ってくる」と、インターネットで二年間、千ページにものぼるメール・デートをしてから、スウェーデンにプロポーズに行ったのです。(つづく)
2005.02.04
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ロスに行くと、リトル東京の大政にたちよります。最近は日本人顔負けにハシを上手につかうアメリカ人がどんどん増えているんです。寿司ブームにのって、もう老若男女の外人がソバ、うどん、てんぷら、寿司をたべますよ。大学のキャフェテリアに巻き寿司が出始めたのがもう15年くらいまえなんですが、日本がここまで進出してきたかって驚きました。いまでは若い子の間で「かっこいい食べ物」になってるくらいです。 日本のスーパーにいっても、昼時になると白人も出来合いすしのケースの前に大勢むらがっています。二、三日前ロスアンゼルスにいったとき、リトル東京のすしやによっていったのですが、ここでもアメリカ人が上手にお箸でたべていました。 息子と嫁とつれて食べ放題バイキングのレストランにいったの事です。どの白人もオハシを上手につかってるのですよ。その時、隣のテーブルに「あけぼの」くらいの体格のよい日系の女性がすわりました。彼女の前には、大皿照り焼きチキン、かにの足、中華料理と、大盛りの寿司がおいてあったので、何人来るのかと思いきや、ナント、全部一人でフォークでたべてるのです・・・・・寿司まで。 そして私と目が合ったときニッコリほほえみました。すると、ナナナント!彼女の結った髪に六本のハシが後光のように突き刺さっていたのでした。こういう、箸の利用法もあるのですよ!〈今日はグレッグの個展の打ち合わせでメキシコの文化美術館にいってきたのですが、タコスの屋台の女の子がお箸をさしてました!でも、このエッセイにある人は六本さしてたんですよ)
2005.02.03
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我々の関係をうまくあらわしてる写真です。メキシコのプエルト・バイエルタのタコスの屋台で「私がオデカケから帰ってくると、しばらく主人のご機嫌ななめなんだわ」ある友だちが言いました。私の前の夫も自分が友達と楽しんでくるのは、当然であるという態度だったけどワイフが楽しむことを不服におもうような人だったのね。でも今はグレッグも私も自由に出かけて楽しんで、お互いにやきもちも焼かずとってもいい具合なんです。「私、ジュン(娘・グレッグの子ではない)の家に行ってくるわ。夜フリーウェーの長距離はくたびれるから、明日の朝かえってるからね」「なんだったら、二、三日いってきてもいいよ」「心にもないこと言って」「さ~て、留守中どの女の子を招こうかなぁ~」「バ~カ!」「やいてるのかい?」「焼いてなんかいませんよ~だ」「僕は今から画廊のミーティングだ」「じゃ帰ったころはいないからね。お昼よういしておこうか」「いいよ、適当に食う」「あそ、じゃまた明日」 ハグしてキスしてグレッグは出かけていったのね。いつも減らず口をきくんだけど、いざ出かけようとするとフッと寂しげなまなざしをするのにまいっちゃう。さて出かけようとしたとき娘から電話があってキャンセルになったの。 午後、グレッグが帰宅しました。「お~~なんだ、いたのか!残念だなぁ折角女の子よんだのにぃ」 もうニッカニッカと体中で喜んでるんですよ。「嬉しいくせに」 したら彼、電話に走っていってかけるまねしてるの。「ハロ~悪いけど、ヒロコが家にいることになっちゃたから、攻撃されるとあぶないから来ないでね!」 ガチャン!「バカみたい、ダイヤルしてないじゃないの!」「あ、そうか」 ドテッ、きゃはははは!
2005.02.02
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ごめんなさい写真ボケちゃった、(私もだけど・・)CM タイム: 私のブログが面白かったら、きっと楽しめる本です!笑いと、涙と、人間愛とで、元気の出る本です〈読者の声)「エッ!もうアメリカに40年!」 読んでください!http://www.hakuyo-sha.co.jp/cgi-bin/newcome.cgi・・・では・・・今日の話・・・最近、暖炉の道具・・・・つまり、灰をすくうシャベル、燃えてる木をつかむハサミ、燃えてる木を動かして位置をかえるポーカーと、灰を掃き寄せるなが~いほうきセットね。それを買ったんですよ。(上の写真) その四つをぶら下げるラックを組み立てるわけなんですけど、どうもグレッグはtwo left hands (左手が二本=ぶきっちょtwo left footという言い方をもじってみたのですが、それは、ひっくり返ったり、ダンスが下手だったりする時によくつかいます) つまり、彼は感情の人間で絵を描くのはうまいけど機械とか理論によわいのね。でも男の特徴で、ぜったいに認めないんだわ。 「こんな、かんたんなもん、すぐ組み立てられら~。まかしとき~」 って、ガチャガチャやること30分。階下から怒鳴り声がきこえました。 「おい!また安物かったな~返して来い!」っていうんです。 彼は自分が物をこわしたり、組み立てができないと、必ず、 「こんな安物かうからだ~」っていうんですよ。自分のそこつさを棚に上げて。 「じょ~だんじゃないわよ。値段はやすかったけど物はかなりいいよ。ほら、わたしがやるから、どいて」 「フフンだ!僕が出来ないのに、あんたなんかに、できっこない」 グレッグはニタニタしてどっかに消えました。よくみると、凸と、凹があるのに、凸凸と、凹凹を一緒にしてるじゃないの!んも~。私、数分で組み立てたんですよ。 「フン、できなかっただろ~!」 馬鹿にしたかおで、グレッグが戻ってきました。 「ちょいと~あなたは、ホモっけがあるね!オスとメスと一組にすればピッタリあうの に、あなたは、オス同士でくっつけようとしたからだよ!」 「なんだって~~。僕がホモだってのか!」 「あはは、そんなこといってないよ」 したら、敵もさるもの・・・・こういったのです。 「ま、そういえば、ヒロコも男みたいなもんだな!」
2005.02.01
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