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グレッグは陶器で頭蓋骨をいっぱいつくりますが、これは、アステカのウィチラポストレというメキシコの神話の英雄です。(前編)「ささやく声」のエッセイに書き込まれた感想文から感じたのですが、皆さんのなかには、スピリチュアルの話を「怖い」と思う方もいらっしゃるので、私は何故怖くないか、その理由を書いてみましょう。「あなたは、人間の頭骸骨をみたら怖いですか?」 恐らく、怖いと言う方がおおいでしょう。でも、考古学者、葬儀屋、医者などは怖がりませんよね。 じつは、グレッグのアトリエにも本物がひとつおいてあるのですが、日本の弟が滞在したとき不思議なことがあったのです。我々は常にアトリエのドアを開け放しておくのに、毎朝そのドアがしまっているのです。「あなた、このドアしめた?」 弟にききました。「うん、だって気味悪いもん」「なにが?」「棚の頭蓋骨」「あなたの寝室を閉めたら見えないじゃないの」「でも、トイレに行くとき睨まれているみたいだもん」 断っておきますが、弟は185センチくらいで、昔から野球をやったり、サーフィング、柔道、ボクシング、ゴルフ、なんでも来いというようなガッシリした体の岩みたいな男なんです。 何故怖いのかときいても、わからないのです。幽霊とか亡霊とかを恐れるのだったら、それらはエネルギーですからドアを閉めたって昼でも夜でも関係ないのですよ。 その反対に、ピアノの生徒でドクターの息子ウォルターやメキシカン・アメリカンのローレンや妹のダニエラ(第一巻を参照)がくると、「わ~かっこいい!さわってもいい?」と、こうなります。 メキシコでは「死者の日」といって、日本のお盆に値する日があって、はりぼての骸骨に着物をきせたり、頭蓋骨をデザインしたり、頭蓋骨のお菓子とかパンをたべて祝います。子供のころからご先祖様をだいじにしましょう。骸骨は美しいものだと教えられているからなんです。 ちなみに、私の子供達も小さかったころから骸骨はこわいものだ、などと教えた事がないので怖がりません。例えば、幼児に本物の頭蓋骨をみせたらこわがるでしょうか?いえ、かえって面白がってあそぶでしょう。つまりは「概念」の違いなんです。(続く)友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!ボケ防止・知能指数をふやすエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!子育て中の方にも、人生を楽しみたい方にもどうぞ。南カリフォルニアの方なら、コスタ・メサのミツワ・マーケット内の三省堂に置いてありますので、よろしく!
2005.08.30
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ダディーは弱虫! ハリウッドの 娘の家で一泊してきました。ルペになめられてます・・・あはははは!友だちのパティーから送ってきたものです。彼女の友だちの本当の話です。One summer evening during a violent thunderstorm雷をともなう豪雨の、ある夏のよる a mother was tucking her son into bed. 母親が息子をベッドに入れにいきました。She was about to turn off the light彼女が電気をけそうとすると when he asked with a tremor in his voice,震えるこえで、坊やが聞きました。 "Mommy, will you sleep with me tonight?" 「マミー、今夜はボクとねてちょうだ~い」The mother smiled and gave him a reassuring hug.母親はほほえんで坊やに安心するようにとハグをしました。"I can't dear," she said. "I have to sleep in Daddy's room."「だ~め、可愛いこちゃん」そういって続けました、「お母さんはダディーと同じ部屋でねなきゃ」A long silence was broken at last by his shaky little voice: 長い沈黙が続いたあとで、坊やは、ついに震える声で言いました。"Daddy is a sissy."「ダディーは弱虫なんだね」(訳・ヒロコ・ファルケンシュタイン)友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!ボケ防止・知能指数をふやすエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!夢を現実化させたい方、現在子育て中の方、外国に友達をつくりたい方、人生を楽しみたい方、どうぞ。
2005.08.29
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これは、本にする原稿の一部ですから、コピーをしないでください。 1997年に娘と鎌倉の長谷寺にいったとき写したものです。この日はうす曇りで、しかももう、夕方だったのです。同じフィルムの前後の写真はなんともないのに、これだけ、このような邪魔がはいってるのですよ。ちなみにお墓のそばなんです。これは一体なんでしょうね?私はこういう写真をよくとるのですよ。ふしぎでしょう?(最終編)「このネコはね、ジェファーソン・デービス家の最初のペットの子孫だよ」「Wow cool! History is living.ワーオかっこいい、歴史が生きてるんだ」 息子がいいました。「それにしても、マムがさっき聞いた泣き声や囁きは何だったんだろう。まんざら空耳でもなかったんだねえ」 娘のジュンが言ったのをガイドのおばさんが聞きとめて、「私も時々彼らの存在を感じるよ、声も聞くし。でも悪さはしないよ。まだこの世に未練があるんだろうね。それでね、霊感のするどいお客さんのなかには、同じ経験をする人が時々いるから、あんたが最初じゃないよ」 彼女は、ニコリともせずにいいました。「裏庭にいってもいいですか」「オフ・コース!」 皆で墓石の前にいって後ろをふりむいたら、さっきまで我々をつけていた黒ネコが凄いスピードでその墓場から入り口方面に消えていきました。「あ、次の客がきたんだ。客がくると、ああやって歓迎しにいくんだよ。自分もガイドだと思ってるんだね。じゃ、ごゆっくり」 そのおばさんは、きびすを返してノッシノッシと玄関のほうに歩いていきました。 ちなみに、そのおばさんも代々ジェファーソン・デービス家のサーヴァントをしていた人の子孫だそうで、だんなさんも代々の墓守だったのです。あなた方もミシシッピーに行ったら、立ち寄ってごらんなさい。これはもう二十五年も前の話しですから、きっとあの時の猫の子孫が迎え出ることでしょう。(オワリ・・・・じゃじゃ~ん!怖くなかったでしょう?私には、こういうことがよくあるのですよ。次の本にも、自分の本能に従って助かった話がはいってます。お楽しみに)友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームやってみましたか?ここをプチ!ボケ防止・知能指数をふやすエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをクリック!夢を現実化させたい方、現在子育て中の方、外国に友達をつくりたい方、人生を楽しみたい方のために書いたものです、どうぞ。
2005.08.28
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これは、本にする原稿の一部ですから、コピーをしないでください。 その・1で、七面鳥にマヨネーズを塗っている息子が子供のころ、デービスの家にいったので、そのときの写真です。(その・3)「誰か泣いてるの聞こえる?」「聞こえないよ」「へんだな、空耳かしら。なんだか誰かが病気で、家中の人が声をたてないようにヒソヒソ話してるみたい」「まさか!誰もすんでるわけじゃないだろうに」 私の他は、ジョンにも子供達にも聞こえなかったのです。「ここは応接間でね、大統領の大事な客は皆まずここに通されたんだよ」 強い南部訛りの声です。私の目は素晴らしいアンティークの家具や、壁にかかった絵をみてるのですが、すすり泣きとささやく声はとまりません。 その日は雲ひとつない青空で、ここに来るのを楽しみにしていたのに、どういうわけか、私だけ一歩家に入ったとたんに悲しい気分になってきたのです。いくつかある寝室のひとつに来た時そのわけがわかりました。「ここは、大統領の愛娘(まなむすめ)のへやでねえ。かわいそうに、長いこと結核で闘病せいかつでさ、この部屋で死んだって。ミスター・デービスは本当にかなしがったそうだよ。それからもこの家族は次々に、結核にかかって、この家で死んだんだよ。んでもって、いつも病人がいたもんでね、従業員も家の者も、いつも静かに話すようにって、命令されていたんだってさ。で、あそこを見てごらん、大統領のほかは代々の家族が眠っているんだ」 ガイドの叔母さんは寝室からみえる庭を指しました。そこには、家族のお墓がずらりとならんでいたのです。 どうやら私は、その家族の悲しみを感じていたわけです。(続く)友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!ボケ防止・知能指数をふやすエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!夢を現実化させたい方、現在子育て中の方、外国に友達をつくりたい方、人生を楽しみたい方、どうぞ。
2005.08.27
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ジェファーソン・デービスの家の玄関でまっていたときに来た黒い猫これは、本にする原稿の一部ですから、コピーをしないでください。 (その・2) 第一巻にも書きましたが、家族で二ヶ月にわたってアメリカ横断キャンピングの旅をしたとき、ミシシッピーのナッチェスにある、ジェファーソン・デービスの家を見学することになりました。「ヒロコはジェファーソン・デービスって知ってるかい」「しらない」「彼はアメリカが南北にわかれて政治をやってた時の、南がわの大統領だったんだよ。彼の住んでいた家が今は一般公開になってるそうだから見てみたい」 歴史がすきな前夫のジョンがいいました。 公園みたいな入り口で入場料をはらって、おおきな庭をみながらプランテーション・スタイルの家のドアの前で椅子に座って待っているとき、黒いネコがきて子供達のひざにとびのりました。どうぶつ好きな子供達がよろこんであそんでいるところに、玄関のドアがスーっと開いて、縦にも横にも大きい見上げるような黒人の中年のおばさんが出てきました。 ドラマチックにするためのユニフォームだか、いまだにそういう格好がすきなのか、スカーフを昔の使用人独特の巻き方で頭にまいてあって、かかとまであるロング・スカートにエプロンをしていて、「風と共に去りぬ」のメイドが映画のセットから飛び出てきたんじゃないかと思うふんいきでした。「どうぞ、はいってちょうだい」 ビリビリ下腹にひびくような低音で言った彼女のうしろに皆で従うとネコもついてきました。 すると、突然すすり泣きと共にヒソヒソという声がきこえてきたのです。(続く)友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!ボケ防止・知能指数をふやすエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!笑いと、涙と、人間愛と、元気をさしあげます。現在子育て中のかたにはいいかも。第二巻を読む前に読んでください。
2005.08.27
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ささやく声次本にする原稿の一部ですから、コピーをしないでください。(その・1) 総合失調症の人に起こりがちな症状のひとつに幻想とか空耳というのがありますが、それは他の人にはきこえない囁きが聞こえるのだそうです。それが果たして自身の潜在意識なのか、想像なのか、全く別のエンティティー(存在)なのか、私は学者ではないのでわかりません。 我々の友達にも総合失調症の人がいて、大抵はノーマルなんですが、薬を飲みわすれる日が続くと「海からドラゴンが僕をよんでいる」など、時々おとぎばなしのようなことを言って、洋服のまま泳ぎだしたりします。 一度、自分が飛べるような錯覚をおこして崖から飛び降りて骨折したこともあります。彼の場合は人に害を与えたりしない安全型ですけど、ジョン・レノンを殺したヒンクリーみたいな人身障害をあたえる患者は危険です。 その一種に入るかどうか知りませんし、日常生活にも不便でないので医者にみてもらったこともありませんが、実は私も、時々霊感がつよくなると考えてもいないことが頭のなかに、テレビをみているようにフワッと浮かんでくることがあります。それと空耳、といっても声そのものが聞こえるわけではなく、誰かが話しているような錯覚におちいるのです。その他には、人が背中をたたいたり、頭をなぜたり、肩越しに私の書いてるものを読んでいるセンセーションを感じた事も過去に十回前後ありました。時には、亡くなった母の香水の匂いや、祖母の髪の毛の匂いがフッとしたり、魂のような形の白いけむりや、シャボン玉のようなものがたくさん入る写真を写す事もあります。 2003年のクリスマスに、デジカメでとった一枚。手前に熱いものは全くないのに、この煙のようなイメージは一体なに?上のほうに、草書で母のなまえがみえるのです。ま、こじつけかもしれないし、錯覚かもしれないけど、ほかに煙がうつる理由がないところなんです。 でも私の霊感には波があって、それは全く予期してないときに起こるので「私の将来はどうなりますか」なとど聞かれてもわかりません。私は占い師でもなく、オカルトをやるわけでもなく、只たんに、入ってくるインフォメーションをそのままキャッチするだけです。(続く)友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!息子達の写真をつかってます。脳のエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!笑いと、涙と、人間愛と、元気をさしあげます。第二巻を読む前に読んでください。
2005.08.25
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文章に関係のない写真です。庭の孔雀サボテン今日のタイトルWhy We Love Children は 直訳だと、(なぜ我々は子供がすきか)ですが、それより、(これだから、子供はかわいい)と言うような意味なんです。A small boy is sent to bed by his father.お父さんの命令で坊やはベッドに行きました。Five minutes later....."Da-ad...."五分後に・・・・「おとうちゃん」"What?"「なんだい?」"I'm thirsty. Can you bring drink of water?"「のどがかわいた。お水もってきて~?」"No, You had your chance. Lights out."「だめ!さっき飲めたじゃないか。電気をけしなさい」Five minutes later: "Da-aaaad....."五分後・・・「おとうちゃん」"WHAT?"「なんだよ」"I'm THIRSTY. Can I have a drink of water??"「のどがかわいた~、水のんじゃだめ~?」I told you NO! If you ask again, I'll have to spank you!!"「だめって言ったじゃないか。もう一度きいたら、ピチャンだよ!」Five minutes later......"Daaaa-aaaad....."さらに、五分後・・・・「おと~~うちゃ~~ん」"WHAT!"「なんだ!」"When you come in to spank me, can you bring a drink of water?"「ピチャンをしに来るとき、水持ってきて~~」(訳・ヒロコ・ファルケンシュタイン)☆さ~て、しばらく、パラノーマルな話をしてませんよね。明日あたり スピリチュアル・シリーズに書くエッセイのひとつを載せますね。友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!息子達の写真をつかってます。脳のエクササイズにどうぞ!私の本「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!笑いと、涙と、人間愛と、元気をさしあげます。第二巻を読む前に読んでください。
2005.08.24
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As we stopped at a traffic sign, on Coast ラグナ・ビーチのコースと・ハイウェイでHighway in Laguna Beach, Brook saw a jogger 信号が変わるのを待っていたとき、ジョギング中のkept jogging at where she stood while she 女性が一箇所で足踏みをつづけているのを見てwaited for the light to change.ブルックがいいました。“Mommy, I think she wanna go to potty!”「マミー、あの人トイレにいきたいんだね!」 Brook was about three.ブルック(息子)が三歳のとき。 妹の孫です。チエコ(私の姪)私は、きょうだいでも姪でも甥でもヒロコさんと呼ばせるのですが、「ヒロコさん、きいて~。すっごくおかしな話があるの」里帰りをした私に姪がいいました。「七・五・三のときに正装させて写真を撮ろうとおもったのね。で、ハナちゃんにおしゃれなドレスをきせて、靴下は自分ではきなさいって渡したのね。そしたら、靴下に手をいれて、あちこち拭き出しちゃったのよぅ~。わたしが、いつも、ふるい靴下であちこち拭き掃除するのをちゃんとみてんだね~きゃはははは!」KEIさん私もまだ小さかった息子に自分の血液型知ってる? と聞いたとき ムッとして「モチロン赤型ダヨ!」 と自信満々で答えたのを思いだしちゃったあらこさんうちの子は、小さい時に、春先の雪解けをみて ≪お母さん、雪が汗かいている≫ と、言いました。 この子は将来直木賞だと夢をを膨らませました。 今はーーーーーーーーーーーーーーーーー。 妄想だった事に、気がつかされました。 クックッ。民眠さん 次女は前歯(乳歯)が取れてなかなか次が生えてきませんでした。たまたまお向かいの奥さんも前歯が無くなった状態で、朝からご挨拶。「おばちゃん、おはよう~。おばちゃんの前歯いつはえるの?」きゃ~!友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ!脳のしげきになるわ。私の「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ!笑いと、涙と、人間愛と、元気をさしあげます。
2005.08.23
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(後編) じつは去年のクリスマスに、娘から「フルーツ・クラブ」のギフトをもらいました。これは、毎月、決まった週にその季節のフルーツを送ってくるサービスなのですが、五月のパパイアとマンゴが一月来なかったので、そのクラブに電話をしました。「ちゃんと、5月5日に送りましたよ」「きませんでしたよ。どうしたんだろう?」「郵便局のまちがえでしょうけど、パパイアの季節はもう終わってしまったので、替わりのものをおくります」 そういって受話器をおきました。そうしたら数日後、ピアノの生徒が、「ヒロコ先生、こんな箱が門の横においてあったよ」 といって、フルーツ・クラブの箱をもってきました。 あけてびっくり玉手箱ならいいんですが、パパイアと、マンゴだった・ら・し・い・物の、変わり果てた姿がペチャンコのカビになっていました。 どうやら、果物だったらしい。 すぐ、クラブに電話をしました。「どうやらあなた方のせいではないです。郵便局が一月もおくれたみたいです」「郵便局のまちがえでも、こちらが責任をもって新しいものを送ります」「わぁ!それはありがとう」 なんと、素晴らしいサービスでしょう。 受話器をおいたあとで、考えてみました。もしかしたら、それは、カモシカさんの家におくられていたのかもしれません。で、カモシカさんが出張かバカンスで家を留守にしていて、私のところにもってくるのが、のびのびになっていた、という可能性もあったわけです。 郵便局にクレームをつけにいったのですが、そのクレーム係の英語がまた、なんともはや、おそまつで、怒ってるのかあやまっているのか・・・・・・ でもねえ、国家公務員なんですよ。字くらいちゃんとよめて、説明もきちんとできる人を雇ってほしいですねぇ。おわり!◎友だち、ヤンポップのナンプレ・ゲームは、ここをプチ! 脳のしげきになるわ。◎◎私の「エッ!もうアメリカに40年!」は、ここをプチ! 笑いと、涙と、人間愛と!元気をさしあげます。
2005.08.22
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多国民族国の嘆き(前編) アメリカは多国民族で出来てるので、いろいろな人種がいますが、それだけに英語の発音がわかりにくい人も大勢います。私のなまえも、イローコ、ヒローコ(ロにアクセントがつきます)とよぶのは、ラテン系ですが、アメリカ人は、Hiを、ハイと読むので、ハイロコと言う人もいます。ハイロキまではわかりますけど、ハイルンコって読む人の頭は、どうなってるんでしょうねぇ。 話がずれましたが、とにかく公務員なんかでも英語が下手な人が多く、よく国家公務員になれたもんだと思うほどの人がいて、まちがえた郵便物がヒンパンに配達されるのにはまいります。 たとえば私の住所が1234スズメ通り、とすると、1234カモシカ通りの郵便がちょくちょくきます。スズメと、カラスだったら、間違える可能性はあるけど、なんでカモシカとまちがえるの? わたしは良心的な人間ですから、間違いのメールをもらったら、近所なら、すぐその住所にとどけるのですが、ときとして、旅をしているばあいもあるんです。二週間後にかえってきて、そのまちがいメールを届けたならば、カモシカさんの請求書の払いが遅れるってこともあるわけですね。(続く)友だちヤンポップのつくったゲームはここです。私の本は、ここです。
2005.08.21
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昨日からの続きです。Andrew Johnson, who succeeded Lincoln, was born in 1808. リンカーンの後任者となったアンドリュー・ジョンソンは1808年に生まれた.Lyndon Johnson, who succeeded Kennedy, was born in 1908. ケネディーの後任者となったリンドン・ジョンソンは1908に生まれた。John Wilkes Booth, who assassinated Lincoln, was born in 1839. リンカーンを暗殺したジョン・ウィルクス・ブースは1839年生まれた。Lee Harvey Oswald, who assassinated Kennedy, was born in 1939. ケネディーを暗殺したリー・ハービー・オスワルドは1939年生まれた。Both assassins were known by their three names. 両暗殺者は、三つながりの名前で知られている。Both names are composed of fifteen letters. どちらの名前も、15文字でできている。Now hang on to your seat. さて、椅子にしっかりつかまりなさいよ。[これは、椅子から落ちるくらい驚くことがあるから、しっかりつかまっていなさいよ]という意味で、可なりヒンパンにつかわれます。Lincoln was shot at the theater named 'Ford.' リンカーンはフォードという名前の劇場で射殺された。Kennedy was shot in a car called ' Lincoln' made by 'Ford.' ケネディーはリンカーンという名前のフォードの車内で射殺された。Lincoln was shot in a theater and his assassin ran and hid in a warehouse. リンカーンの暗殺者は劇場で射殺して倉庫に隠れた。Kennedy was shot from a warehouse and his assassin ran and hid in a theater. ケネディーの暗殺者は倉庫から射殺して劇場にかくれた。Booth and Oswald were assassinated before their trials. ブースもオスワルドも裁判のまえに暗殺された。And here's the kicker... そして、さらに意外な成り行きが・・・・A week before Lincoln was shot, he was in Monroe, Marylandリンカーンが撃たれる一週間前、かれはメリーランド州のモンローにいた。A week before Kennedy was shot, he was with Marilyn Monroe.ケネディーが撃たれる一週間前、かれはマリリン・モンローと一緒にいた。[注:Marylandと、Marilynとくらべてごらんなさい。発音するとさらに似てます]Creepy huh? Send this to as many people as you can, cause: Hey, this is one history lesson people don't mind readingゾッとするでしょ?出来るだけ大勢のお友だちに送ってみてね。ねぇ、こういう歴史の勉強だったら皆よむんじゃないの?(訳・ヒロコ・ファルケンシュタイン)友だち、ヤンポップが作ったナンプレ・ゲームは、ここをクリック。
2005.08.20
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今日は世にも奇怪な歴史の話を和訳してみました。History Lesson歴史の勉強Abraham Lincoln was elected to Congress in 1846. アブラハム・リンカーンは1846年に国会議員に選ばれた。John F. Kennedy was elected to Congress in 1946. ジョン・ケネディーは1946年に国会議員に選ばれた。Abraham Lincoln was elected President in 1860. アブラハム・リンカーンは1860年に大統領に選ばれた。John F. Kennedy was elected President in 1960. ジョン・ケネディーは1960年に大統領に選ばれた。Both were particularly concerned with civil rights. 二人とも公民権運動(特に黒人問題)にたずさわった。Both wives lost their children while living in the White House. 二人ともホワイト・ハウスに滞在中に子供をなくした。(流産)Both Presidents were shot on a Friday. 両大統領とも金曜日に射殺された。Both Presidents were shot in the head. 両大統領とも頭を撃たれた。Now it gets really weird. ココからが、もっと奇怪になる・・・Lincoln 's secretary was named Kennedy. リンカーンの秘書の名前はケネディーだった。Kennedy's Secretary was named Lincoln. ケネディーの秘書の名前はリンカーンだった。Both were assassinated by Southerners. 両者とも南部の人に暗殺された。Both were succeeded by Southerners named Johnson. 後任者は両者とも南部出身で、ジョンソンという名前だった。続く☆もっと、もっと、奇怪になります。明日をおたのしみに・・・・・・私の友だちヤンポップさんが、私の息子の写真をつかってナンプレ・ゲームをつくりました。面白そう?ちょっとあそんでみませんか?15パズルはここをクリック!
2005.08.19
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◎◎第二巻「エッ!もうアメリカに41年!」は、まだ最初の夫と結婚していたころ旅をしたタヒチの話、その時めぐりあってからいまだに付き合っているフランス人との友情の話、五十三歳で大学を卒業して教師になった話、娘が成人したときに、二十一年ぶりに彼女の生まれ故郷のホノルルに旅をした話、そして最後にディズニー・アニメのキャラクター・クリエーターのジョー・グラント氏に捧げるページでまとめましたが、その中のタヒチ編エッセイのひとつを特別公開いたします。一度に載せますからいつもより長いブログです。 [脱ぎゃいいんでしょ~!]「おー、いたいた。あそこにも」「いやーね、なんかまるでそれだけが目的みたい」「あんたも試してみたらいい」「冗談じゃないわ」 ノーマルな殿方がきいたらヨダレをたらしそうな話なんですが、夏のヨーロッパでは日光浴とか海辺、川辺、プールサイドでも、トップレスの女性が多いのです。 後に、ユーゴスラビアの海や、ミュンヘンにある街中のイングリッシュ・ガーデンでも全裸の男女の日光浴を何度かみかけましたけど、一九八十年代のタヒチでトップレスの女性を公衆で見たときはまだナイーヴだった私はビクッとしたものです。 タヒチにブラック・ビーチというところがあって、名のように全体が黒っぽい砂なので、かなり暑くかんじます。それでジョンと私はタオルを置いてすぐ海にはいりました。海水も生暖かくてヒャッと飛び上がらず、すぐになれます。 私は飛び込むなり沖に向って泳ぎだしたのですが、彼は岸と平行に歩き出し、なにをしてるかと思ったら、さっき自分で目をつけておいたトップレスの女性たちのほうに向ってるわけです。 浜辺を歩いてジロジロみるのは照れくさいので、海から見ようという魂胆なのですね。それで彼は浅瀬を砂浜にパラレルで泳ぐふりをして行ったり来たりしてたのですよ。 私にしてみれば、別に女のトップレスなんて見たって面白くないから、勝手にしやがれと思いながら一人でおよいでました。暫くすると飽きちゃったのか、彼が私のいた辺まで泳いできました。すると、何をおもったのか、私にも脱げって言うじゃないですか。「もう二十年近くみてるのに、いつだって見られるのに、何でいまさら」「それとこれとは違う」「やーだよ」 舌をだしたとたんに、ビキニの上をむしりとろうとしたので逃げたんです。いくら私が高校時代水泳の選手だったからって言っても、なんせ、彼だって昔ライフ・ガードだった人ですから泳ぐのは達者ですぐにつかまっちゃいました。「ほら、ぬぐわよ、ぬぎゃいいんでしょ!」 かなり沖で二人きりだったので水の中でトップレスになったのですが、もう毎日焼けて黒光してた肌ですから、四十年近く陽の目を見ることがなかったその場所だけ真っ白じゃないですか。そのコントラストたるやまるでマンガだったんです。自分で笑っちゃいました。「ワーッハハ。なんだ、こりゃまるで真っ黒にスキー焼けした顔からゴーグルをはずしたみたいじゃないの。これでもいいっていうの?」「いいよ、いいよ、もう。そんなんで浜辺あるかれたら恥ずかしい」「あぁら遠慮しないでぇ、私あなたと腕くんで歩いてあげるわよぅ」「ノー、けっこうでござんす」というわけでその後、彼は二度と無理な要求はしませんでした。 臆病者!◎◎ま、このようなエッセイがたくさん載っています
2005.08.18
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☆昨日の写真は可なり人気がありました。ほしい方ハワイの写真コピーしても、いいですよ。息子のブルックもよろこぶでしょう。 ブワ~~・バシャン!キャ~!ま、この辺で息子夫婦の写真やめましょうか?まだまだあるんだけど・・・・ 今まで、健康で元気で、張り切っていたのに、3,4日まえに、寝ぼけまなこで、もう降りきったとおもった階段がもう一段あって、ひっくり返りそうになりました。とっさに、左足で体をささえたけど、右足のつまさきを中がわに曲げたままバシンと体重をかけたもんで、ちょっと捻挫と同じかんじになってビッコをひいてました。今日当たりはもう、ふつうです。 自分の歳を考えて、もっとゆっくり上がり降りしなきゃ。なんせ、いまだに、若いつもりでひとっ飛びしたり、スキップなんかするもんでね。こまったもんだ。あはははは!でも、もう大丈夫。よいレッスンでした。キオツケマショ!☆第二巻の「エッ!もうアメリカに41年!」の編集に目鼻がつきました。「40年!」が「41年!」になっただけです。こうすれば、来年は「42年!」って数字をかえるだけね。ずぼらな私には、ピッタリだ。明日あたり、第二巻の一部をお見せしましょうか?日本側でテクニカルな方面をやってくださる方がいて、彼に原稿をおくると、デジブックにしてくださるのです。いいでしょう?出版社にいかないでもいいし、資本金もいらない。いい時代になったもんだ。ウン今日のマーフィーの法則:In order to get a loan, 金(ローン)をかりるためには、you must first prove you don't need it. まず、金をかりる必要がない証拠をみせなければならない。(訳・ヒロコ・ファルケンシュタイン)
2005.08.17
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☆☆地震お見舞いもうしあげます!! Ahhhhhhh! 深呼吸をしたくなりませんか?昨日の和英のジョーク、色々な書き込みがあったので、わたしだったらどうするだろう?ってかんがえました。第一、グレッグが無言になるのは死んだときだけでしょうから。無言になるなんてことありえない。きゃはははは!私だったら、「起こしてくれ」ってメモをみたら、揺り起こすか、アラームを耳の横でジリリリとならすか、「やなこった。自分でアラームかけなさい」と書いてみせるでしょうね。でもパントマイムで、わらわせちゃいそう、ってか、やったことあるし。最初のころは、あっちは、機関銃のように、止まるところなくしゃべって私は声はりあげてもどうせ聞いてないのがわかったから、おおげさにミミをふさいで黙りました。そうすると、ふきだしちゃうのね。それでなかったら、彼の口をふさいじゃう。赤ん坊のくちに手をやって、「アワワワ」ってやるように。すると、笑い出す。今では、ほとんど「ぎゃ!」「おう!」の1,2分でおわり!あとは、さばさばしてますねえ。 今日の一言: Judge your success by あなたの成功を考えるとき what you had to give up in order to get it. それを得るために何を犠牲にしたか、で判断しなさい。 ダライ・ラマ (訳・ヒロコ・ファルケンシュタイン)
2005.08.16
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☆カナダの「なべちゃん」が、この教訓笑い話をおくってくださったので、久々に、英和のやくしたものを載せてみます。 無言の世界A man and his wife were having some problems at homeある夫婦の関係があやしげになって、家庭内でも問題があったので and were giving each other the silent treatment.お互いに口を利かないことにした。 Suddenly the man realized that the next day ところが突然、夫は翌日、ビジネス・トリップ(出張)のために、he would need his wife to wake him at 5:00 AMfor an early morning business flight. 早朝五時に妻に起こしてもらわなければならないことを思い出した。Not wanting to be the first to break the silence先に口を開いたほうが負けることになっていたため、(and LOSE), he wrote on a piece of paper, 口を開きたくなかったので、かれは紙にメッセージを書いた。"Please wake me at 5:00 AM." 「朝の五時に起こしてください」He left it where he knew she would find it. 彼は妻が必ずみつけるであろうところに、その紙をおいた。The next morning the man woke up, only to discover翌朝、かれは起きたが、もうすでに九時で、飛行機にit was 9:00 AM and he had missed his flight. 乗りそこなったことに気がついた。Furious, he was about to go and see 怒り心頭に達して妻を捜しに行こうとしたとき、why his wife hadn't wakened him when 何故、妻がおこしてくれなかったのかが分かった。he noticed a piece of paper by the bed. 彼のベッドの横に書き置きがあったのだ。The paper said, "It is 5:00 AM. Wake up." その紙には、「五時です。おきなさい」と、書いてあった。(訳・ヒロコ・ファルケンシュタイン)
2005.08.15
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☆日本はお盆だったそうですね。私は日本にちょくちょくは行かれないので、寝室に先祖の写真をかざって、そのまえで御香を毎日焚いておまいりしています。嫁のイリナは、私のことを「ヒロコ」とよびます。考えてみたら、私は彼女の母親ではないから、それでいいのです。大事なことは、よい関係でいることですよね。良い姑というのは、きかれないことに、いっさい口出し、手出しをしないこと!これが一番らくちんです。頼まれたら、親身になって一生懸命やってあげることです。 私も1964年にハワイに住んでいたころはサーフィングをしましたから、きっと、日本人の女性では、初めのほうだと思いますよ。意外に一番早かったりして! もう、40年前ですが、パイプライン・サンセット・ビーチや横浜ベイで泳いだとき、よくカメをみましたよ。 グレッグは、いまだにふざけて、私をおんぶしますが、歩けないおばあちゃんをおぶってるみたいで、こっけいです。◎◎はじめて読む方に:私の本「エッ!もうアメリカに41年」のデジブック(電子本)の仕度でブログのエッセイを書く暇がありません。しばらくは、不定期に写真をのせたり、本のプレビューを載せたりします。日記の書き込みへの返信はいたしますが、BBSは読むだけになるかもしれません。あなたのブログも、時間があるときだけ読ませていただき、コメントをしない事をご了承ください。◎◎第一巻「エッ!もうアメリカに40年!」は、楽天ブックスおよび、アマゾン・ヤフーなどのネットでも書店でも注文できますが、店頭にはおいてありません。どうぞよろしく
2005.08.14
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イリナは、ウクライナでは、眼科の医者でしたが、アメリカではテストを取り直さなければならず、三年かかってやっと全部パスしました。来年からレジデンシーが始まります。眼科にも内科にもなれる段階らしいです。本人はあまり、非常コールや夜勤のない、眼科を選びたいらしけど、同じ理由で大勢が眼科を目指しているので無理かもしれない、といってました。もし、眼科のレジデンシーが無理なら内科の医者になるのだそうです。今年いっぱいは、メキシコ側に無料奉仕にいってます。☆代一巻の「この親にしてこの子あり・息子が嫁さんつれてきた」のエッセイに二人がどうやって一緒になったかが書いてあります。 ◎◎はじめて読む方に:私の本「エッ!もうアメリカに41年」のデジブック(電子本)の仕度でブログのエッセイを書く暇がありません。しばらくは、不定期に写真をのせたり、本のプレビューを載せたりします。日記の書き込みへの返信はいたしますが、BBSは読むだけになるかもしれません。あなたのブログも、時間があるときだけ読ませていただき、コメントをしない事をご了承ください。◎◎第一巻「エッ!もうアメリカに40年!」は、楽天ブックスおよび、アマゾン・ヤフーなどのネットでも書店でも注文できますが、店頭にはおいてありません。どうぞよろしく。
2005.08.13
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息子夫婦がマウイとハワイに二週間いってきたので、何百枚もの写真をおくってきました。そのうちの何枚かを二三日かけて、おみせします。もう結婚して四年目になりますが、とっても仲良しでかわいいカップルです。 ワイフに、マウイやハワイを空から見せたかったから、ヘリコプターに乗ったよ! ◎◎はじめて読む方に:私の本「エッ!もうアメリカに41年」のデジブック(電子本)の仕度でブログのエッセイを書く暇がありません。更新は週一回または二回で、しばらくは、不定期に写真をのせたり、本のプレビューを載せたりします。日記の書き込みへの返信はいたしますが、BBSは読むだけになるかもしれません。あなたのブログも、時間があるときだけ読ませていただき、コメントをしない事をご了承ください。
2005.08.12
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アランは魚とウニの写真の前にこの写真を送ってきました。夫婦で二頭の馬を飼っていますが、これはアランの馬で、乗っているのは、調教師です。昔もっていたヨットを売って、馬を買ったのです。 「アランとは、どうやってあったのですか?」という質問があったのですが、私の本に「陶芸教室」と言うエッセイがありますね。あの時に同じクラスにいたのです。おおきな唇から舌をだしてる愉快なものを作ってました。数週間たったとき、子供達と散歩をしたら、近所の家の玄関の横にその作品がかざってあったので、「あ、近所のひとだったんだ」って知ったのです。 彼が娘に8ミリカメラを貸してくれ、動画の写し方をおしえてくれたのです。そのころは、独身だったので、よく食事に招いてあげてました。 面白いひとで、ある日歯の治療にいったら、鏡をみせて「この銀歯をみてごらん」っていったので、見たら、HFと私のイニシャルが彫ってあったのです。鏡でみてHFということは、直接見ると反対になっているわけですね。あはははは!◎◎はじめて読む方に:私の本「エッ!もうアメリカに41年」のデジブック(電子本)の仕度でブログのエッセイを書く暇がありません。更新は週一回または二回で、しばらくは、不定期に写真をのせたり、本のプレビューを載せたりします。日記の書き込みへの返信はいたしますが、BBSは読むだけになるかもしれません。あなたのブログも、時間があるときだけ読ませていただき、コメントをしない事をご了承ください。
2005.08.12
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☆書くひまがないと思っていたけど、本の進み具合がはやいもんで、書かずにはいられない。もうこうなったらブログ中毒ですね。きゃはははは!もう、30余年も付き合っている歯医者のアランは、芸術家になりたかった人で、乗馬、セーリング、彫刻、陶器、ブロンズなどを手がけますが、とくにすきなのが、ダイビングと海底写真です。この間まで、フィージー島にいっていたけど、潜水病にかかって、生死の間をさまよったそうです。「よかったわ~、あなた死んじゃったら、私の歯の治療はだれがするのよ」っていったら、ゲラゲラわらってましたが、30年このかた、材料費だけしかとらず、治療にいくと、必ずお昼までおごってくれるのです。こんな、歯医者さんなくしたら、大変だわ!! この表紙の写真は昨日おくってくれたものです。◎◎初めて読む方へ:私の本「エッ!もうアメリカに41年」のデジブック(電子本)の仕度でブログのエッセイを書く暇がありません。更新は週一回または二回で、しばらくは、不定期に写真をのせたり、本のプレビューを載せたりします。日記の書き込みへの返信はいたしますが、BBSは読むだけになるかもしれません。あなたのブログも、時間があるときだけ読ませていただき、コメントをしない事をご了承ください。
2005.08.11
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エッセイは書きませんが、写真なら、分けなくみせられるので、時々のせてみましょう。グレッグと、メキシコはバハのエンセナダやブファドラまでいってきました。お昼によった、レストランの向かえのレストランですエンセナダで夜食をとったときに、やってきたマリアチ、一曲$5に値上がりしてましたよ。でもうまかったですよエンセナダの町には、ツーリスト用の馬車があります。◎ここで、お知らせです。私の本の第二巻「エッ!もうアメリカに41年!」の原稿はとっくにできてるのですが、写真をさがしだしたり、読み直して校正したり(私の校正ですから、どの程度ただしいか疑問)娘の表紙のイラストをさいそくしたり、本気にならないといけないので、これから、このブログは、週一回、ないし、二回になります。第二巻は、4つにわけてあるので、その中からひとつずつプレビューとして載せますね。一回では長すぎるなら、二度にわけます。BBSのほうは全員に返信しないとおもいますが、日記のほうへの書き込みは返信いたします。どうぞよろしく、ご了解おねがいします
2005.08.10
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私は、何度もパリにいくので、あまり写真は、うつさないのですが、ノートルダム寺院を写生してる生徒をうつしてみました。(昨日の続き・最終編)「あんたも、ここに来なさい。ここなら爆発しても、だいじょうぶだよ」 蒼白な顔でお祈りしてたアメリカ人の男性がそういいました。どうやら、彼は最悪のことをかんがえていたようでした。私は、常に「死ぬときにゃ死ぬさ」と思っているので、あわてず、言われた方向にいって、土産やでウィンドーショッピングしたり、嫁さんのお母さんがつくってくれたサンドウィッチを食べたりしてたんです。「なにがあったんですか?テロですか?」 フランス語が少し出来るので、フランス人の客が、ガードマンと話してるのを立ち聞きしていると、どうやら、客がレストランにスーツケースを置き忘れて、もう三十分も取りに来ないと報告されたことがこの事件の発端だったのです。「その客、このさわぎじゃ恥ずかしくて名乗り出られないだろなぁ、すげ~罰金とられるだろうな~!」「ウィ~ウィ~。サン・ドゥートゥ そうそう、間違いなく」 結局なにごともなかったのですが、もうかれこれ三時間も遅れてます。ダラスでの乗り継ぎにまにあわないかも知れないと思っていると、場内アナウンスがありました。「マダム・ファルケンシュタイン、ゲートのカウンターまでお越しください」「え~!そんな~」 寝耳に水です。二度あることは三度あるというから、この遅れで私の席がないというのかもしれないと言う思いでカウンターに行きました。「切符をみせてください」「もう、席もきまってますよ」私がそういうと、「すみませんねぇ、でも四人家族がいっしょに座りたいっていうので、恐れ入りますが他にすわっていただけないでしょうか」「私、足がむくむので通路側でないとだめなんですが」「大丈夫ですよ、ファースト・クラスにかわっていただくので」 彼は、ニヤリとしたのです。「わ~~、それなら、かわります!かわります!」「わははは。これを断るひとはまずいません」 というわけで、エコノミーの切符でパリーダラス間は、ファースト・クラスで飛んできたのです。ね、たなぼたでしょ~~?な~んだ、つまらないと、思った?◎◎ここで、お知らせです。私の本の第二巻「エッ!もうアメリカに41年!」の原稿はとっくにできてるのですが、写真をさがしだしたり、読み直して校正したり(私の校正ですから、どの程度ただしいか疑問)娘の表紙のイラストをさいそくしたり、本気にならないといけないので、これから、このブログは、週一回、ないし、二回になります。第二巻は、4つにわけてあるので、その中からひとつずつプレビューとして載せますね。一回では長すぎるなら、二度にわけます。BBSのほうは、数日でよめなくなるので、全員に返信しないとおもいますが、日記のほうへの書き込みは返信いたします。どうぞよろしく、ご了解おねがいします。
2005.08.08
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ウクライナのヤルタの山の上です。海辺は超あつくても、この山のうえは、ジャケットがいるくらいさむいのです。息子と・・私が168センチあるから、息子は多分185センチくらいです。(もうひとつの話の前編) 2004年の夏、息子の結婚式に出席するためにパリ経由でウクライナに行ったときの事です。無事に結婚式も滞在もおえて一人でシンフェロポルからキエフにいく飛行機を待っていたのですが、おりからの雷雨。しかも横殴りの豪雨なんです。ヨーロッパ行きの飛行機が次々に欠航になりました。待つこと二、三時間、やっと場内アナウンスがありました。「キエフ行きのお客様は今すぐゲートにあつまってください」 ロシア語でそういってるようです。ゲートといっても、小さな飛行場ですからドアから飛行機まで歩くのです。 キエフという言葉だけしか聞き取れなかったけど、皆と一緒にゾロゾロ飛行機まであるきました。小雨にはなったとはいえ、まだ続いていて、あちこちで稲妻がひかってます。「わ~、だいじょうぶかしら」 英語がきこえました。「あ、やっと話せる人にあった。どちらから?」と聞くと、なんとも寄寓なことにカリフォルニアからで、しかも隣町のひとじゃないですか。「キリスト教会のフレンドシップ交換で全員同じ教会のなかまです」と紹介されました。「うっそ~!目と鼻のさきじゃないですか」 飛行機が離陸したとたんに、すぐ雲の上にはいったので一時間は雨がやみましたが、かなりゆれました。 キエフで一泊して翌朝パリのドゴール空港につくと、またそこでダラス行きに乗り換えのため3時間まちのはずが、係員の手違いで、あちらでもない、こちらでもないと、空港内のシャトルでグルグルまわされ、歩きにあるいて離陸三十分前にカウンターについたのです。 すると、突然、我々の待合所に完全武装でマシンガンを抱えた人達が十人くらい走ってきてピーピーと笛をならしながら叫びました。「即座にあの柱より後ろに待避せよ!」と、メガホンで叫んでいるのです。 泣き出す人、何ごとかわからずまごまごしてる人や柱のうしろで、十字を切って祈ってる人もいます。(続く)
2005.08.07
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(昨日のつづきです)「え、じゃあ、どうしたらいいのですか」「ご迷惑をおかけしますが、一日だけ他の部屋に入っていただいて、二日目から部屋を替わっていただくことになりますが・・・・・・」 そういって、また詫びたのです。「しかたないでしょう、野宿よりいいわ」「チェック・インは別になりますので、あのエレベーターで○○階におあがりになってください。降りたところにフロント・デスクがございます」 娘と顔をみあわせて、そのエレベーターにのりました。そして降りたところに小さなデスクがあってチェックインしてすぐ部屋に案内されたのです。「わ~~、マム。マンハッタンが一望できる~。凄い部屋」 私がベル・ボーイにチップをはずんでいる間、娘がまどべにかけよったりバスルームをのぞいたりして小さな子のように、キャッキャと騒いでました。「きゃ~、キング・サイズがふたつもある。電話も三つ!バスタブの横にまであるわ」 そうなんです、我々は雲に届きそうなところにあるスウィートに案内されたんです。上等なデスクのうえにシャンペン、ワイン、チーズ、クラッカー、果物の数々がはいった、両腕で抱えきれないくらいの大きなバスケットがおいてありました。そしてカードには、マネージャーからの詫び状が書いてあったのです。 冷蔵庫の中のものも飲み放題。バイキング式の朝食つきでマンハッタンを見下ろしながらシェフに玉子焼きやホット・ケーキも好きなように注文できたのです。 これだけじゃなかったのです。もっと驚いたことに、翌朝新聞とともに又マネージャーからの詫び状がきました。「ご予約の部屋が開かないため、最後のご滞在までそちらにいらしていただくことになりました。重ね重ね申し訳ございません」 結局四日間ともそのスウィートですごしたんです。◎◎◎じゃじゃじゃ~ん!Chalupaさんとマツタカさん、当たり!とい っても、なにもでませんけど。*
2005.08.06
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「たなぼた」ってご存知でしょ?幼稚園のころは「たなばた」の親戚だと思ってたんです。ボケーっとしてるところに、棚からぼたもちが落ちてくる、つまり予期してない幸運の事だって、小学生くらいになってやっとわかったのですけど、私の人生にはこの「たなぼた」がよくあるのです。 会社や個人のパーティーのドア・プライズ(福引みたいなもの)でも、ラジオやテープレコーダーなどが当たったりするので、運のよいことも確かなんですが、それは何となく予期してますよね。そうでない、もっと予期しない、つまり本当の「たなぼた」を二つ書いて見ますね。(その・1) 大人になってから最初の経験はニューヨークでした。 娘は大学で映画監督になる勉強をしていたのですが、十九歳の時にアニメのクラスで自分でつくっていた二分くらいの作品をアジア国際映画祭に応募したところアニメの部門で入賞しちゃったんです。それで、その映画祭のオープニング・パーティーに招待されたので私も便乗して、急遽ニューヨークに飛ぶことになりました。 昔、ハワイでヒルトンに勤めていた関係で、なんかよくヒルトンを利用するのですが、たまたま一泊二人で九十ドルという格安部屋の宣伝がきていたので、ロッカフェラー・センターのヒルトンに四日ばかり予約したのです。 フロントで長い行列にならんで我々の番になったとき、クラークが申し訳なさそうな顔でいいました。「まことに申し訳ございませんが、ご予約の部屋が売切れてしまったんです」(続く)
2005.08.05
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ハイテクの奴隷 私が毎日つかってる、PCの部屋です。壁の絵はグレッグのではありません。グレッグがメキシコで見つけたレビッツというキューバの画家です。彼は毎月家族に送金するのために必死に絵をうってるので、我々も5,6枚買いました。グレッグ自身の絵、娘、息子、母、叔母、祖母の絵で、家中のかべは隙間がないほど絵だらけです。「わ~、今日、外はもう、すっげぇあついぞ~」 グレッグが、シャツをぬぎながら家にはいってきました。我々の家は断熱材の効果がよいらしくて、エアコンもないのに真夏でも可なり涼しいのです。「そうなの?」 そういいながら、私は冷蔵庫をあけたのですが中がまっくらでみえません。モーターの音もしてないのです。その冷蔵庫は姑の古いやつをもらったもので、もう二十年以上たつから、とうとう壊れたのだとおもったのです。 今だしたものを電子レンジに入れようとしたら、レンジの時計も消えていてるじゃないですか。湯沸しも消えちゃっているのでお茶もいれられません。 留守番電話つきの電話も、使えないのですよね。「停電なんだ!」と気がつきました。「きっと、町中でいっせいにエアコンをつけたんだろうよ」「そうか、じゃ、ねっころがってテレビでもみるか」 むろん、見られっこないです。「ああ、そうか・・・・・・じゃ、やりかけのエッセイをおわらせるとしよう」 ソファーから起き上がって、階段をのぼる途中で、パソコンだってつかえないことに気がつきました。「じゃ、そうじだ」といっても、バキュームだってかけられないので、仕方ないから本をよむことにしました。すると、アトリエからグレッグが叫びました。「電気つくよ」「あ、戻ってきたのね」 さっそく台所にいってみたけど、まだ消えたままなんです。そのとき、ハタと思い出しました。電子レンジと、湯沸しと、トースターをいっしょにつかうとブレーカーが飛んでしまうのを忘れていたのです。ほとんど、三つ一度につかったことないのに、今朝はうっかりやってしまったわけです。この暑さにぼけっとして、一度に全部つかったのですね。「この頭をどうするか」が先決もんだいでした。 それにしても、ほんの15分くらい電気がなくなってもこのざま、いかにハイテクに頼り切っているかわかりますね。もう、ハイテクの奴隷ですね。あなたは、どうですか?
2005.08.04
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◎◎終戦記念日にちなんで、数年前にかいた詩をのせます。犠牲者の皆様のご冥福と、世界平和をいのりながら・・・・・・グレッグが参加している、ラグナ・ビーチのアート・フェスティヴァルに、なんと!日本からの日本人芸術家も参加していらしたのです。武蔵美卒の瓜生 典穂 (うりゅう・のりほ)さんとおっしゃる、とても気さくなかたで、それは、それは、素晴らしいエッチングをなさいます。彼女のプリントが、今日の私の詩にぴったりだったので、ご了解をえて、日本の皆様にご紹介いたします。アメリカの方にも読んでいただきたいので、英訳しました。コピーしてもいいです。 広島のドームの上に折り鶴のデザインで、この鶴はオリジナルの鶴から作成したそうです。*************ひろこさん、早々にメールでご連絡いただき、やはり、ひろこさんの行動力には、驚かされます。恐らくこれからも驚かされ続けるのかもしれません。私のFAOのカタログ写真をひろこさんの詩のイラストにとのこと。このような形で、自分の作品が歩き始めるのって、なんだか不思議です。先週、Orange County Fairが、この作品を買い上げてくれたばかりで、私以上にこのプリントが喜んでいるかもしれません。瓜生 典穂*********彼女が敵だと、ドッジボールがこわかった。When she was playing offence, Dodge Ball game became terrifying.とてつもないパワーで、ボールが飛んできた。With incredible power, the ball shot toward us,まるでボールに目でもあるように、as if it had eyes,どこに逃げても、追っかけて来た。it chased wherever we escaped.彼女は、左手で、ボールを投げた。She threw ball with her left hand.学生カバンも左手に、持った。She held school bag with her left hand, too.お昼の時間も、左手で食べた。She ate her lunch with her left hand.質問に答える時、左手をあげた。And she raised left hand to answer questions.彼女の字は、先生のよりうまかった。Her penmanship was superior to our teacher. 年季の入った大人のように、Like a seasoned master calligrapher,筆を持った手が、なめらかに動いた。her brush-held hand magically slid.まだ、中学生だったのに。Even she was only a junior-high student.彼女には、友だちがいなかった。She had no friend.東京で広島弁の新入生は、人気がなかった。New student with Hiroshima-accent in Tokyo was not popular.落とした鉛筆を拾ってあげた時から、From the moment I picked up her pencil she dropped,私だけが友だちになった。only I became her friend.彼女は、右手に手袋をしていた。She was wearing a glove on her right hand.「さわってごらん」と彼女が言った“Go ahead, touch!” she said.手袋の指先は全くの空だった。The tip of her glove was empty.「原爆で無くした」と短く言った。She simply said, “I lost them with atom-bomb.” 彼女は、ハンカチを集めていた。She was collecting handkerchiefs.「どれがすき?」とやさしく聞いて“Which one do you like?” she asked me kindly.「いつまで生きるか分らない。“I don’t know how long I’ll live.これ、あんたにあげる」と、選んだのをくれた。I’ll give you this.” So saying, she gave me my choice.二学期目になった時、彼女は来なかった。She didn’t return when new semester began.「転校したのでしょう」と先生がただ一言。“She must have changed school,” our teacher said in a sentence.白血病のお姉さんの自殺を、新聞で知りOn a paper, I found her elder sister, with leukemia, committed suicide. ポケットの中で、あのハンカチを握り締めた。I squeezed the handkerchief, tight, in my pocket.By: Hiroko Falkenstein著:ヒロコ・ファルケンシュタイン追伸:読者の「なべちゃん」から、紹介されました。ごらんください。http://d.hatena.ne.jp/spi020815/20050118
2005.08.03
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やはりラテン国だった~!「ヒロコ今何時?」「11時よ」「そろそろかえろうか?」「うん」 そういったとき、急にザワザワとにぎやかになって、ユニフォームに身を包んだ一行がそれぞれに楽器をもってはいってきました。「あ!マリアチだ!」 というわけで、このように、ラテンの国のパーティーは、おそくなってから、盛り上がってくるのです。マリアチが奏でると、観客が「アイアイア~イ」と、泣き声みたいな掛け声をかけたり、口笛も、特定なふしで鳴らします。 おおお、ぞくぞくとやってきた。グアダラハラ~、グアダラハ~ラ~♪「これいいね」「うん」もう、自然に体がウキウキしてきます。マリアチという言葉は、マリアージ(結婚)式に奏でることから始まったのです。町で流してるのはピンからキリまでですが、大体一人一曲100円くらい。3人組だと、一曲300円が相場です。でもね、4人組のとき、「一曲$4」っていわれても、「三曲で$10はどう?」と交渉することはできますよ。これは、10人編成の雇われバンドですから、質もいいし(上手い)トランペット、ベース、ヴァイオリン、ギター、と全部そろっていて、可なり迫力がありました。彼は、バンドにあわせて女性と踊りだしました。動きがはやすぎて、カメラには収まりませんでしたけど、楽しんでましたよ。マリアチが来る前は、フラメンコを踊ってました。彼は、バティークの技術でアステカのアートをやっていて、9月にロスで、個展をやります。
2005.08.02
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メキシコ人気質のエッセイでも書きましたが、一般にラテン系の人は、パーティなどでも、招待すると、可なり遅く来る人が大勢います。でも、だんだん、アメリカ式になってきて、我々がついたら、もう、大勢きてました。 殆どの人がメキシコ人でしたが、遠くロスから来た人も数人いました。日本でしたら茨城から箱根にいく距離を、パーティーのために車で往復するのです。大陸に住むようになって、そういうのが、当然みたいになってますが、日本では、まずかんがえられないでしょうね。我々も夜中の1時半に帰宅でした。 さいきん 増築したルイスのアトリエです。ありがたいことに、グレッグは、もう、7年前からメキシコで個展をやってますから、メキシカン・コネクションがたくさんあって、ルイスを当てにしなくてもいいのですが、ルイスは、メキシコの芸術家をアメリカで、アメリカの画家をメキシコに紹介をする人です。いきおい、前者のほうが多いですね。あちこちの美展で、顔をあわせるようになって、「よくあうね」といってるうちに、仲良くなりました。それで、今では色々な行事に我々もさそってくれます。 カルネアサダというのは、焼肉(牛)のバーベキューを細く切ったやつを、トルティアにはさんでたべるのです。ケータリングで、出張してきたコックさんです。◎◎昨日の写真は、町のタコス屋です。グレッグが、パーティーまで待てなかったのです。
2005.08.01
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