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現在は、誰もかれも携帯を持ち歩いてる時代ですが、30年前に私の姪が買った、カリフォルニア北端の辺鄙な村には、個人電話がなかったのです。義姉が生きていた頃、「ケリー(彼女の娘で、私の姪)に電話をしたい時は前もって手紙でいつ何時にかけると知らせておかないとだめなのよ」と、クスクス笑いながら言ってました。「どうして?」「その村の唯一の公衆電話がね、5マイル先の樫の木にとりつけてあるの。で、雨の日は傘さしていくわけ」と言われても想像しにくかったのですが、なんと、今日彼女のブログを見たら。その頃の写真が載っていたので皆様にもお見せしましょう。本当に、本当だったのです。戦後の私が子供の頃も、町に電話があるのは、裕福な家庭とか収入の良い商売人の店とか病院、学校、駅、市役所とかだけでしたから、そこまで借りにいったものです。かえって、大正時代の祖母の家などにあったのですが、戦争で焼け出された日本で電話が一般人にも復活したのは、東京オリンピックのあった1964年前後でしょう。今では、公衆電話さえみつかりませんから、ツーリストには、とっても不便な日本ですね。
2009.09.30
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ジョーンと娘は、大学の同級生で、寮でも娘の最初の家でも永いこと一緒にすんで いました。 ジョーンは、オスカーで有名なアカデミーに勤務してますから、無論アカデミーショー のときは、あの会場でも活躍してます。 彼女は、脚本科なので物書きで、「パーティー・ゲーム200」とか言う本を出版した人 なので、変わったパーティーはお手の物で、私の英語の本も校正してくれました。 学生時代には、彼女のボーイフレンドともども我が家によく食事にきてましたから、 私も招待されたのですが、彼女の友達の中でも娘が一番大きな家をもってるので、 パーティーの会場としてつかわせてくれということで、 「じゃあ、私のギフトは、この家を開放することだから」と、娘は大勢人をやとって、全館を 掃除させました。プロのクリーナーって、凄いですね。台所などオーブンのなかまで、 きれいさっり、トイレは、トイレットペーパーもタオルもホテルのように折ってありました。 いつも、ぐちゃぐちゃの、娘のベッドカバーも、きちんとなっていておどろきました。 玄関には、いつも10足くらいのゾーリやスニーカーがちらばってるし、コーヒーテーブル の上もノートパソコンが二台とか、紙だらけなんですが、それもきれいさっぱり! これは、ジョーンへのギフトより、自分へのギフトでもあるなあとおもいました。
2009.09.29
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9月5日に書いたブログのパーティーが娘の家であったので、泊りがけで 行ってきました。誕生祝の本人が全部用意をして、50人くらいのゲストを 招いたのですが、なかなか凝っていて、楽しかったです。ただし、こんなに 沢山の甘いもの・・・・たべられな~~い。(この人の誕生日に、娘が家を提供したので、娘の知ってる人は数人しかいませんでした)ここにお見せしたのは、一部です。。。。
2009.09.28
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私の日本のお友達の息子さんが、こちらに住んでいる先輩を訪ねて3週間ばかり南カリフォルニアに来ているので、我が家に夕食に招待しました。「どんな食べ物がいいかしら?」と聞いたら、「折角ですから、アメリカっぽいものが食べたいです」というので、「まかしとき!」と、分厚いステーキ、ベークド・ポテトアスパラ、サラダ。。。。そして、ホームメードのブラウン・ベティーにバニラをのせたデザートを出しました。滞在しているところは、我が家から70マイル(115キロ)もはなれているのと、初めて来る場所で、迷子になったのとで6時に到着予定が8時になってしまい、バーベキューの炭もほとんどなくなってしまったので、ミディアム・レアーではなく、殆どレアーみたいでしたが、喜んで食べて下さったので、ほっとしました。ブログで、日本語を書くけど、日本語で会話するのは、久しぶりで、たのしく、あっという間に10時になってしまい翌朝7時勤務だという、お友達の事が心配になって追い立てるようにして帰らせてしまったのが、ちょいと残念ですが、彼らも、私もウィークエンドはもう予定があったので、平日になってしまったのです。ま、そういうわけで、私は、明日は娘の家で、友達の誕生パーティーがあるので、一泊してきます。写真をとってきますから、楽しみにしていてください。★リュウゼツランは、やっと伸びはとまったようで、つぼみがちょっと太めになってきました。
2009.09.26
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リュウゼツランがついに屋根のてっぺんを越えたために、昨日の朝は折角くきれいにできた蜘蛛の巣が今朝は全部なくなってました。昨日は、朝から夜までもう竜巻の勢いで、動き回っていたのですが、その間ピアノまで教え、来月はじめにある展覧会場まで、壁にかかりきらなかった絵をとりにいったりしました。キュレーターのひどい計算違いで、最初の予定の作品数の半分以下になったために、遠いところまでとりにいったのです。会場にはもう一人の画家の絵もやはり10点ほどかからなくて、置いてありました。個人経営や美術館の画廊なら、こういうキュレーターは、即くびになりますが、大学に属する画廊なので寛容に見ているようです。
2009.09.24
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リュウゼツラン、ついに屋根のてっぺんに届きました。明日朝は、きっと、屋根より高くなってるはずです。ま、それを祝うわけでもないのですが、今夜は、かんたんな「鰻重」ミモザさんからいただいた、お重箱やら、おはし、お箸おきをつかってみました。
2009.09.23
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グレッグの新しい趣味 私が、人生をシンプルに、シンプルにしようと、あれこれ捨てたり、寄付したり、あげたり、売ったりしてる矢先に、グレッグは、次々に物を家の中に持ち込んでくるので、まるでザルで水を救っているようなものです。つい、先週はリスを捕まえて鳥かごに入れたと思ったら、今度は水槽です。しかも、適当なおき場所がなかったのですが、自分の起きたい場所を見つけたときの、やり口がずるくて、ひと悶着ありました。何故なら、水槽の話をする前に、まず私の愛用していた電気で動く寝椅子を捨てろというのです。「弟が水槽をくれたから、おき場所ないかなあ」とでも言えば、かわいいし、じゃあ、この椅子をどけましょうと出るのに、「こんな椅子はすてないかい?一体どのくらい使うんだ?座ってるの見たことない」ともちかけて来たのです。この椅子は、舅が動けなくなった時に買ったもので、ボタンで立ち上がる高さになったり、横になったりできる便利なもので私も、ギブスをしていた時期にとっても助かったものですし、夜本を読むときに使うのです。13年前に我が家に来た時は、彼の所持品は全部で小さなセダンに入りきるくらいだったのに、今では、私のものより多くなって、この大きな家の殆どを占めているのです。すったもんだの末、例の「ヒロコのために」の殺し文句をうまく使って、30ガロンの水槽をいれました。こうなると、もう子供のようにはしゃいで、鼻歌まじりで、「水中のアステカ・キャニオンをつくるんだ」などと、じゅうたんに水をびちゃびちゃこぼしながら、時間をかけてついにつくりました。「おい、今すぐ一緒にペット屋にいこう!」私が、どこそこに行こうというときは、絶対にこないくせに、自分が行くところへは、私を連れていきたがり、断ると「ヒロコのために」が始まるので、始末に終えませんが、すぐにおれちゃう、私にも責任があります。まあ、兎に角、ポンプの組み立てやら、そういう面倒なことは全部私にやらせといて、今では水槽の前で長い事ジーっと静かにしてることが多くなったのは良いことだ思ってます。無論、水槽は心を穏やかにしてくれますから好きですが、私にとって、「ヒロコのために」は、実は、水槽ではなく、その静かにしてる時間が多くなったことでしょう。
2009.09.22
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おまけ:子供達の育ったビーチです。Top of Form 1 写真を整理していた時に楽天のタイトル用の写真を削除したために、消えてしまったので、新しいのを作ったのですが、設定方法がかわったために、どうやってもいれられません。残念。
2009.09.21
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トンフルーの警告If you wake up looking like this, stay home.起きたとき、こんな顔していたら、家にいなさい。★パティーから送ってきました・・・・・★リュウゼツランの写真を撮る暇ありませんでしたのでまた明日。
2009.09.20
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グレッグが展示してる美術館のオープニングに行って来ました。この日は、中国から絵画コンテストの受賞者が15人くらいこの町のゲストとして招かれて展示をしていたので、大きなテレビ局が二局取材にきており、NBC局は書道会の大御所といわれてる先生に引率されて参加した9-18歳の子供達の取材、ユニビジョン局はヒスパニック・テレビ局で死者の日の展示を収録していました。写真をここに載せるのが面倒なので、グレッグのブログでご覧下さい。http://greggstonegallery.blogspot.com/ グレッグは、寄付集めに苦労してる美術館を助けるために、この『死者の日』の陶器のしゃれこうべを50個寄付し、地元のアーチストたちにデザインさせ、売れたお金は美術館に行くようにしたようです。観覧者が手にしてる紙は値段表です。★帰宅したら、リュウゼツランが、また伸びていていました。
2009.09.19
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「ヒロコー、今すぐ来い。手を貸してくれ」「なによーー。帰宅早々」「いいからすぐ来い」画廊の当番から帰ってきたグレッグが下からどなってます。下にいくと、グレッグがダンボールを抱えて、鳥かごをひきずってます。「何それ?」「子リスが画廊の窓をひっかいて、入りたがってるから外に出て助けてきた。街中で放っておいたら車に轢かれるし、飢え死にするだろうと思って。自分で餌を食えるようになるまで飼ってやって、裏庭に放そうとおもう」「や~ね、今頃その子の母親が探しえるかもしれないじゃないの」「絶対にありえない。だって、あっちこっちのガラス窓をひっかいてたんだよ。入れてくれ、いれてくれって」「英語でしゃべったの?」「ばか!」「ガラスに自分の姿がうつってるのを、仲間と間違えて遊びたがったのかもしれないじゃないの!」「そんなこと絶対にありえない」グレッグは、トカゲを助けてきたり、羽の折れたカラスを拾ってきたり、亀をもらってきたり。。。今回も二人でもたもたと、リスをかごにいれました。「こんな小さな鳥かごにいれたら、かわいそうだわ。これ、赤ん坊じゃないわよ。広々とした場所で思いっきり動かなかったら死んじゃうよ」ま、こんな会話が続き、彼のアトリエにいれてましたが、何のことはない、かごを掃除する時にひっかかれたからと言って数日後にもう裏庭に放してしまったのです。嬉しそうに、素早く木に登っていきました。裏庭なら沢山餌があるし、その後ろも森のようですから、街中の画廊よりは長生きするでしょう。★明日は、ベーカースフィールド美術館のオープニングレセプションに一晩どまりでいってきますので、またね。。
2009.09.17
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リュウゼツランの成長を記録してるうちに、興味深い ことを発見しました。花茎のてっぺんが、ひまわりと 同じように、太陽に向かって動くのです。今夜6時半には レールから65インチ(195センチ強)になっていました。 明朝はきっと、2メートルになっているでしょう。という事は この時点でもはや、地上から6メートルに達してる計算に なります。 ★ミクシィや楽天の繋がりが悪く、コメントや返信が出来なかった ので、別のインターネット・アクセスをつかってみたら、オッケー ですので、元にもどりましt。 ★娘のボーイフレンドには、子供が3人いて、隔週ごとに娘の 家に来ます。先週末は自分達でヴィデオを作り、お父さんが 音楽を担当、娘が編集をし、子供達がカメラ、ボイス、物語を 全部やったものです。10,9,6歳の3人の処女作・ハハハ ベテラン・アニメ監督にとっては、朝飯前の仕事だそうです。http://www.youtube.com/watch?v=IfiNg6w324Q
2009.09.16
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2009.09.15
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マスターというのは、教授とか、巨匠とか、その筋の達人とかいう意味があるのですが、恐れ多くも、グレッグが、サンタ・アナ・カレッジの美術部から、そのマスターの一人として招待を受け、来月一月展示することになりました。10月3日にオープニング・レセプションがあります。13点ばかり展示しますが、(その配達を昨日したのです)残念ながら同じ夜ラグナ・ビーチの画廊でも展示しており、そこでもオープニングレセプションがあるので、上記のには出席できません。
2009.09.14
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今日は、隣組のガレージ・セールがあり、我が家も1時間半ばかり開き、途中で閉めて、グレッグの作品を画廊に配達し帰宅そうそうに、友達が訪ねてきて4時間ばかりいたのでフルに忙しい日でしたが、写真は私のためにも撮りましたから、見てください。まだ伸びてます。★初めてこのブログを読む方へ、写真の説明一日に30センチ伸びるというので、ライブみたいに成長振りを写して載せてますから前のと比べてみてください。魔法のようニョキニョキ伸びてます。
2009.09.13
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今朝テラスに、安全そうな椅子を置いて、その上に立って花を、上からうつしてみましたが、夕方には、もうそれでも届かなくなるほど伸びてますので、これこそ、最後の上からの写真になるでしょう。★初めてこのブログを読む方へ、写真の説明一日に30センチ伸びるというので、ライブみたいに成長振りを写して載せてますから前のと比べてみてください。魔法のようニョキニョキ伸びてます。
2009.09.12
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「お~いヒロコ。今すぐ下に下りて来い」グレッグが怒鳴ってます「何よー、何故いつでも、すぐ来いなのっ!」と私、「ロマンチック・ウォークに行かないか?」「え?今、なんていった?」「夕食後にさ、ロマンチック・ウォークに行かないか?っていってるんだ」「きゃ~~、行く、行く」私は、年甲斐も無く階段をバタバタと降り、もう出る格好になってるグレッグをみて、ゾーリをひっかけました。「なんか、たくらんでいるんでしょう?気味悪いわねえ」「いや、いつも君が、ちっとも一緒に歩いてくれないって、文句いうからさ、一緒に行こうと思って」内心、彼を疑いながら、、、、それでも嬉々として出かけました。いつも散歩するコースから、別の方へ曲がっていきます。「どこ行くの?」「面白いものをみつけたんだ。見せてやろうと思って」暫く行くと、石ころがあちこちに埋まっている丘に来ました。すると、グレッグはその石を掘り出し、私に持てと言うのです。「何がロマンチック・ウォークなもんですか! ていのよい人力じゃないの!こんな重いものを運ぶ為によんだわけ?」私は、ぶーすか、ぶーすか文句いいます。「ヒロコのために裏庭をつくってやってるんだ!」「うそばっかり、自分の趣味じゃないの」。。。というわけで、はたまた、ひとつ食わされました。グレッグは石がすきで、この13年間に裏庭を石庭にしてしまったのです。
2009.09.11
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もう、ものさしをもって、写真を写せなくなりました。つまり、伸びすぎて、ものさしをもって、右手で写そうとしても半分しか写らないのです。そして、もう明日の朝になったら、花の上まで、届かないと思いますから、上から撮る写真はこれで最後です。まさか、屋根のてっぺんに上るわけにもいかないし。。★初めてこのブログを読む方へ、写真の説明一日に30センチ伸びるというので、ライブみたいに成長振りを写して載せてますから前のと比べてみてください。魔法のようニョキニョキ伸びてます。
2009.09.11
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まだ、てっぺんに手が届くうちに上から写真をとってみました。★初めてこのブログを読む方へ、写真の説明一日に30センチ伸びるというので、ライブみたいに成長振りを写して載せてますから前のと比べてみてください。魔法のようニョキニョキ伸びてます。
2009.09.10
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どうやら、伸びが少なくなってきたようです。16.5センチしか伸びませんでした。開花に近づいているのかもしれませんね。★初めてこのブログを読む方へ、写真の説明一日に30センチ伸びるというので、ライブみたいに成長振りを写して載せてますから前のと比べてみてください。魔法のようニョキニョキ伸びてます。
2009.09.09
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霊感というものは、人間誰しも持っています。それは動物本能のようなもので、危険をさっしたり、何者かが近づいたりするのをいち早く察知したり、見えないエネルギー(情報も含む)を感じとったりする力です。私たちが始まった石器時代には、おそらく皆この力に頼っていたのだと思いますが、脳や生活の進化と共に必要性もだんだん薄れ、他の方法が活躍しだしたためにじょじょに失われ、現代人にはちょっぴりしか残っていません。それでも、電話を取る前に誰だか分かることもあるだろうし、いわゆる「虫の知らせ」というものは皆さんも経験おありでしょう。現代でも、何万人に一人とか、修行を積んだお坊さまや聖者や、瞑想にふける人の中には、その霊感を磨いている人もいますし、私のように生まれつきそういう人もいます。私は、67年の人生で人々の死を同時に感ずる経験を何度も何度もしていますし、正夢も多く見るのですが、昨夜はグレッグと一緒に、興味深いことを体験しました。私には普通なのですが、そういうことを全く信じなかったグレッグにとっては、不思議な二度目の体験で、しかもその両方が彼の友達のジミーという人に関してでした。一度目は2007年6月5日のブログでグレッグと同時にジミーの夢を見た話です。その辺からグレッグもうすうす霊感を信じるようになったと思ったのですが数ヶ月後には忘れてるし、「いや、まぐれだよ」という考えに戻ったりしてました。ところが昨夜は二人同時に動かぬ証拠を経験したのです。それは、二人で寄り添ってテレビを見ていた、夜8時前に起きました。ジミーのお兄さんからの電話でジミーの死を知らされたのです。ジミーは、永い間、二つの腎臓疾患で骸骨のようにやせ、あと三年の命と言われていました。その三年が過ぎた頃、一度病院で心臓が止まって医師も看護婦も病室から出て行った後で生き返った経験の持ち主です。その後、肺癌にもかかりましたから、彼の死は時間の問題でした。そのジミーは、全くの無神論者で、死後の世界は絶対にないと信じていたのですが、私とグレッグが同時にみた正夢と、病院で蘇生したときの臨死体験から、死後の世界を信ずるようになりました。もう、三人とも死についてはザックバランに話しましたから、「じゃ、死んだ時はスピリットになって絶対に知らせてね。約束する?」と私が頼んだ時に、「そりゃ面白い。オッケー」と言ったのです。昨夜はグレッグが電話をしてる間、もう彼の死を感じていましたから、私は心の中で「ジミー、死んだら知らせるって約束したじゃないの。何も感じなかったわ。何かグレッグと私にサインを見せてよ」と話していました。ところが、「ジミーが死んだよ」とグレッグが受話器を置いた途端に、強烈なマリファナの臭いが二人を囲んだのです。私だけかと思って、「何か臭う?」と私が聞くと。「強烈なマリファナだ。まるで横ですってるような臭い。誰だろう?」とグレッグがあたりを見回しましたが、この家には我々二人しか住んでません。「ジミーよ。ジミーにサインを見せてって頼んだの」「あ、ジミーだ、ジミーだね」二人は手を取り合って、ジミーの顔を思い浮かべて暫く沈黙していました。その臭いは、1分くらい我々の顔の辺りを漂って消えてしまったのです。1分って、可なり永いですよ。腎臓疾患と肺癌で痛みに耐えられなくなった頃から、ジミーは薬用マリファナをすい始めていたのですよ。それで亡くなる寸前まですっていたようです。つまり、安楽死だったのでしょう。そういうわけで、今回は起きている間にグレッグが私の霊感の証人になりました。★サボテンの報告はまた、カリフォルニアの午後6時半くらいに写して載せます、お楽しみに。もう、昨夜から8センチ伸びてます。
2009.09.08
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★初めてこのブログを読むかたへ:一日に30センチ伸びるというので、今ライブみたいに写真を写して載せてます。これ5回目ですから前のと比べてみてください。
2009.09.08
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初めてこのブログを読むかたへ:一日に30センチ伸びるというので、今ライブみたいに写真を写して載せてます。これで4回目ですから前のと比べてみてください。昨日の写真をみても、夜中はやはり寝てるらしくて伸びが遅いようで、いまから夕方の6時までにきっと変化がみられるでしょう。それでも、昨夜より4センチくらいはのびてます。http://en.wikipedia.org/wiki/Century_plant↑英語のサイトに、これは、平均28年もつと書いてありますが、グレッグが手入れすると5,6年で花を咲かせてしまうわけですね。また、サイトをスクロールすると花の写真が出てきます。写真をクリックすると拡大されますよ。
2009.09.07
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一日に30センチ伸びるというので、今ライブみたいに写真を写して載せてます。このブログは今日二度目ですから、前のと比べてみてください。
2009.09.07
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リュウゼツラン・ライブ昨日載せたサボテンの説明があるサイトを天道虫さんが教えてくださいましたのでごらんください。日本にもあるようで、驚きです。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%82%BC%E3%83%84%E3%83%A9%E3%83%B3 ここに、ライブで、何時間おきかに写真をとって、花が咲くまで皆さんと一緒にたのしもうと思いました。毎回、同じ場所で、おなじようにひざまずいて、写したもので日時を書き入れましたので、ベランダのレールの上から計って見てください。★(サイズが違ってみえるのは、ズームさせたからですが、写す 位置は同じです)
2009.09.07
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アメリカ大陸には、センチュリー・プラントという、サボテンの一種があり、ニューメキシコ州やらアリゾナ州のフリーウェイを運転していると、道の両側に沢山さいています。Centuryというのは一世紀と言う意味で、一世紀に一度だけ花をさかせると聞いていましたが、それは嘘でした。何故ならグレッグが30センチくらいの高さの苗を砂漠から拾ってきて、裏庭に植えたのですが、5,6年間で150センチくらいの高さになり、8月24日に写真をとった時に、真ん中に巨大なアスパラガスのようなものが出てきたのです。つまり花になるものです。しかも今朝みたら10フィート(3メートル強)の高さになってました。何と、一日に30センチ以上も成長するわけで知らなかった私は、びっくり!!孟宗竹もたしか、その位のスピードで成長するとか聞いていましたが、サボテンにも、そういう種類があったのです。そして、これは、花を咲かせると、枯れて死んでしまいます。花が咲いたらまた載せますが、知らない方には興味深い植物だと思います。
2009.09.06
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娘の大学の同級生にジョーンという人がいました。寮で一緒だったり、娘がコンドを借りた時も彼女と一緒に住んだり、家を買っても彼女に一部屋貸していたので、私もよく一緒に食事をしたり、我が家に招いたりする仲でした。二人とも映画科をとってましたが、娘はプロダクション(プロデューサーや監督になるコース)で、ジョーンは脚本科を卒業、彼女は何冊か本を出版し、今はアカデミー賞で有名なアカデミーの正社員となってます。 私が10年前に英語で「愛の功績」を書いたときに校正をして、正式な書き方などを手伝ってくれたのも彼女です。そのジョーンからバースデー・パーティーの招待状をもらいました。とっても可愛い、面白いアイディアなので、ここで皆さんにもお見せしようと思いつきました。 娘の家でやるらしく、彼女の住所が書いてあるので個人情報は消しましたが、なかなかしゃれてるので楽しんでください。英語の分からない方へ説明します。飛行機の搭乗券をまねしたもので、甘党航空フライト#が、日付です。出発:ジョーン・ワイの愉快な誕生パーティー到着:娘の住所機内食:世界のデザート席確証は、9月23日まで。とか、書いてあり、→の方に、招待客の名前日時、住所がかいてあります。
2009.09.05
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「ヒロコ、今月末に南カリフォルニアに行くから会いたい。新しいボーイフレンドも紹介したいし」先週ウースラ(日本式発音だと、ウルシラかな?)からメールが来ました。それで、アート・フェスティバルの最後の日にやって来ました。ボーイフレンドのリチャードを紹介され、売れ行きのことを聞かれました。「一つも売れなかった!」「それじゃこまるじゃない。私だったら、もうストレスだらけになるのに、ニコニコしてあきれた人だ」と言うのです。彼女と話してる間、リチャードはグレッグのポート・フォリオを一ページずつ見ています。「あ、僕達がもってるのこれと、これだね」と、ウースラに聞いてます。どうやら、私がワシントン州のデレックがもっているコーヒーショップで売るようにと、持って行った小さいサイズの複写を二枚買ったらしいのです。「二人で一緒にアリゾナに別荘を買ったから、そこに飾る絵として買ったのよ。サイズも色も趣味もぴったりで、気に入ってもっと買いたいんだって」ということで、翌日は我が家まで来て、大きな絵を二枚も買ってくれたのです。「別荘、グレッグの絵ばかりになるわねえ。見に行きたい」と言ったら、「いつでも鍵を上げるから、使っていいわよ」と言いました。結果的に、フェスティバルでは売れなかったけど、終わってから売れたわけです。持つべきものは友達ですねぇ。「ダンケ・シェーン、ウースラとリチャード!」それで、お調子にのって、グレッグとおすし屋に行ってきました。あはは、これじゃ、いつまでも貯まらないはずです。
2009.09.04
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二ヶ月通いつづけたラグナ・ビーチのアート・フェスティバルもついに幕をとじ、今朝8時に会場に行ってブースを空にして来ました。夜8時には、ブースを建ててくれた友達から「全部取り去って、きれいに掃除を済ませたよ」と言う電話が来て「やっと、終わった!」という安心感に浸りました。ラグナ・アート・フェスティバルは、80年近い歴史がある大きな非営利団体で、毎年莫大な寄付集めがあります。その一番上のグループ、つまり一番沢山寄付する個人のグループをダビンチ・クラスと名付け、フェスの最後に晩餐会とステージ・ショーに招待するのがトレディッションとなっています。タキシードにイブニング・ガウンと書きましたが、おしゃれをするのは、そのクライエント達で、アーチストは男性はティーシャツとか、アロハ程度なのです。女性はちょっとおしゃれ程度でも、イブニングで来る人はいません。写真をとろうと思ったのですが、グレッグと会場を歩きまわり、食べまわりしゃべりまくっていたので、すうまいしかありません。グレッグは、こういう気取った集まりが苦手で、最後の最後まで「行かなきゃ駄目?」と、渋っていたのです。私も、若い頃なら珍しくもあり絢爛豪華なのを見るのも楽しかったのですが、今では仕事だから仕方なく行くくらいでチョイスがあれば家にいます。今年は経済不況で、一般的にセールスが下火で、特にグレッグの作品のように、社会問題が課題で40万~60万円もするものはそう簡単に売れませんし、期待もしていませんでしたから全く売れなくても落胆もしませんでした。じゃあ何故わざわざブースを出すのかと思われるでしょう。それは、一重にこのフェスは一番よい宣伝場所だからです。なにしろ30万人の目にとまるわけで、その中には美術評論家、映画館系、マスコミが大勢いるからです。ちなみに、今年はニューヨークの写真集を展示した写真家に、映画会社から全部貸してくれという注文がありました。グレッグの場合も、雑誌にインタビューされたり、最初にメキシコの文化会館で個展をやるきっかけをみつけたのは、この場所なのです。そして去年も、今年も美術館のキュレーターが見てくれたから、美術館に出展することになったわけです。それと、場所代の安さ、こんなに立派なパーティーやら宣伝を全部やってくれて、二ヶ月で、たったの2万5千円程度なのです。半分のブースなら金額もその半分です。それゆえに、ここに入る競争率がとてつもなく高いわけで、結果的に、ここに出す人はトップ級に属すことになり、ブースに出す作品も質が落ちると落とされる可能性が増えます。審査員が7人、開催中ランドムで3回審査をしに来ますからブースも常にきちんとしてないとだめです。まあ、芸術品と言うものは、審査員個人の好き嫌いも関係してくるだろうし、人間的に嫌われる人もいるだろうし、政治がからまってる人もいるだろうから、100%フェアーというわけには行かないでしょうが、それは多かれ少なかれ、どの国でも、どの団体でも似たようなものです。書物にも文学と一般小説の差がつけがたい作品があるように、美術か工芸の差がつけがたい作品も沢山あり、毎年、1,2件は「あんな作品集が入選したのねえ」と思うようなものもありますよ。ま、無事に今年もこのイベントが終わって一息ついてます。
2009.09.02
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「マム、デレックと、ショーンとショーンの彼女と 泊まっていいかな?」と息子から電話がありました。 「いいけど、一人はリビング・ルームのカウチになる わよ」 「うん、分かってる。今、皆経済困難でさ、ホテル代を 浮かすだけでも助かると思うんだ。翌日はマムを朝食に 連れてってあげるよ」 一昨日息子のラグナ・ビーチ・ハイスクールの同級会が あったのです。卒業20周年記念だそうで驚きです。 予期したとおり、午前様で朝の3時にこっそりと来た らしく、起きたらデレックがカウチに寝ていました。 グレッグも私も熟睡していたらしく、気づきませんでした。 「色んなやつらから、ヒロコはどうしてる?って聞かれたよ」 と、デレックとショーンが言いました。考えれば、私は この子たちのカブ・スカウトのデン・マザーをやったり、学校 ではいつも何かボランティアーをしていたので、クラスの全員が 懐かしいのです。特に我が家は娘や息子の友達の「たまり場」 になっていたので、なんだかいつも、魔法使いの おば~さんのような感じで、大きなおなべで、スパゲッティー を作ったり、何百個ものクッキーを焼いたりしてましたからね、 皆も覚えているのです。とくにこの三人はいつも一緒に行動し ショーンがハワイに家を買ったといっては、遊びに行き、 デレックがワシントン州でコーヒーショップを開いたと言えば 皆で祝いに行くような仲間で、いまだに仲良くしています。 今回はたまたま、嫁さんはテキサスの病院で勤務中、デレックは 離婚で独身、ショーンの彼女は病気で三人とも独身男でした。 「よく飲んだなあ」と、話していたので、外食などしたくない だろうと思っていたら、ショーンが「ヒロコの弁当箱、懐かしい」 と言ったので、「台所に来ちゃ駄目よ」と念をおして3人+グレッグ が会話に夢中になってる間に慌ててブランチを用意したのです。 「ショーン。Guess What?何かあててごらん?」と 言うと、即座に 「べんとう?」と、答えたのです。 (ありあわせで、全部で50分で出来上がり!) 皆、「ワーオ、ワーオ、冗談にいっただけなのに」とか言いながら とっても嬉しそうに食べてました。 記念写真を撮ってアメリカのフェイス・ブック・ブログに載せたら 娘が「マム縮じんじゃった!」と、書き込みしてましたが、 三人とも私よりずっと小さかった時代があったのが不思議な くらい、大男になりました。忘れないで下さい、私はこれでも 168センチで日本では大女なのですよ。 それにしても、一箇所に住む得点は、こうやって昔の子供達が 時々訪ねてきてくれることなんです。私もミニ・同級会をやった ようなあたたかい気分を楽しみました。
2009.09.01
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