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「私が死んだら、お墓なんかいらない。あんな重い石の下敷きになるのいやだわ。灰にして、海に山に、裏庭に適当に撒いて頂戴」私はもう20年くらい前から子供達に、そう言ってあるし、遺言書にも書いてあるのですが、最近とみに多くなった追悼式や、お葬式に参加するごとに、式というのは後に残った人の心の整理をする為に大事な儀式なのだと思いました。この儀式とともに、人々は生死のくぎりというものをつけて、ほっとするのでしょう。母が生きていたころ「お葬式はいやよ。皆さんで明るい洋服を着てティーパーティーをやってほしいの」と言っていたのですが、最近殆どの追悼式が「人生を祝う祭典」形式に変化して来ていることは喜ばしいことです。神父さまも、「ジェリーは神様の家で、もう苦しみも悩みもなく平和に暮しているのだから死を悲しむより、今まで生きて来た成果をたたえて、皆で祝う事のほうが、どんなに死者も喜ぶでしょう」と言われました。そんな訳で、同級生、親族、子供三人が入れ替わりにスピーチをした時も、泣き笑いではあったけど、ジェリーの素晴らしさをたたえ、爆笑するようなエピソードがいっぱいで、和やかなうちに終わりましたが、なんといっても、ジェリーの孫たちが、「グランマと楽しく過ごしたハローウィーン」を偲んで、一人一人、それぞれに愉快な顔を描いたパンプキンをもって、祭壇に並べたときには、会場からすすり泣きが聞こえました。思うに、ジェリーは26年前に、脳腫瘍で生死をさまよって「生」に軍配があがり、孫まで楽しめたのですから、本当によい人生だったのです。レセプション会場には、ジェリーの生まれた時から最近の写真が大きく展示されており、食べ物が並べられ、和気藹々の雰囲気のなかで皆でパーティーを楽しみました。なかには、何十年振りの友達もいて抱き合ったり、昔話に花が咲き、暖かい気持ちで帰宅しました。さて、今夜はハローウィンです、ジェリーも孫達が楽しむ姿を、あちら側からニコニコして眺めることでしょう。★ジェリーは、デビー・レイノルズによく似た美人で、若いころ乗馬、ヨットなどやったり、ディズニーランドで、バイトをしたころの写真などがありましたが、まるで女優のようでした。★私と一緒に写ってる、右側が電話で知らせてくれたナンシーです。真ん中はリンダで、彼女も癌のミラクル・サバイバーです。「深い知識」にこの二人のことも書きました。
2009.10.31
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明日は、ハローウィーンです。この辺はまだ沢山子供達がくるので、毎年、可愛い怪物たちにあげるお菓子は、用意万端です。それでもひところの4分の1くらいの人数になったという事は子供が育ってしまったか、小さい子どものいる家族が他の地区へ移っていったからでしょう。
2009.10.30
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私には、悲惨な体験をしても短期間で自分を取り戻す、ポジティブで朗らかな友達が大勢います。その中でも目立って明るい明日を目指し、困っている人々にも暖かい手をさし伸べる友達はジェリーとナンシーなのですが、そのナンシーから留守番電話が入ってました。「ヒロコー、悲しいけど良いニュース!ジェリーがあちらの世に旅立ったのもう知ってた?この金曜の一時に追悼式が○○であるからお知らせします。あなたとも久々に話したいし」というメーッセージで、いかにもナンシーらしい電話だと思ったのです。ジェリーの息子と私の娘が同級生だったり、息子と同級生の末っ子がガールスカウトで私の部にいたりで、よくキャンピングや、パーティーなども一緒にした仲間です。まるで昨日のように覚えてますが、30年前にジェリーは悪性の脳腫瘍で長くもって半年、手術しなかったら数週間の命と診断されました。それを聞いたジェリーは手術後、放射治療を受けながら、「いつかは家族でバハマのクルーズに行くのが夢だったから」と、鬘をかぶって、家族で二週間の旅をしました。後でその時のアルバムを見せてくれましたが、どこにも明日をも知れない病人である、などというヒントは微塵にも顔や態度にだしておらず、との写真も笑顔で、楽しいものでした。再度の手術にもめげずに、自分で治すのだといって、ひょうなことで見つけたボストンに住む日本の禅僧に直接あって相談してくるのだと、すぐ決断して飛行機にとびのり、彼女用のマクロ・バイオティック(biotic)ダイエットを処方してもらい100%それに従った食事療法で治してしまったのです。ある日、彼女の家で、それをご馳走してくれたのですが、玄米、減塩の味噌の味噌汁、のり、たまり醤油、ほうじ茶、生野菜は絶対にだめとか、色々説明してくれたのを今、これを書きながら思い出しています。彼女の治療費のために豪邸を手放さなければならず、富豪の住むプライベート・ゲートの家から、不動産の安い砂漠地方に越しプレハブの小さい家に住み始めたのですが、夫にはその生活が耐えられずに別居となりました。新しい場所でジェリーは、癌や不治の病に悩んでる人を集めて、無料でマクロ・バイオティック料理講習会を開き、大勢の人を助け励ましたのです。当時、私の息子と同級生だった、ミシェルは10歳くらいで、夫より稼ぎのあったジェリーは、三人の子供をかかえて死に切れなかったのでしょう。現在そのミシェルの子供が10歳くらいになっていますからジェリーは手術後に30年近く生きたことになります。重なる手術の後遺症であちこちに問題が起き、視力がおち、運転もできなくなり杖をついて歩くようになっていました。私はジェリーとは、もう20年くらいあっていなかったのですが、電話で話した時など相変わらず陽気で昔のままの彼女でした。最近脳腫瘍が再発して最後の辺は、見るに耐えない姿だったそうですから、長引かずに、安らかにあちらの世界へ渡っていったのは、不幸中の幸いだった、とナンシーが言ったわけです。沢山の問題を抱えながら、夫の泣き言も言わず、三人の子供を、ほぼ一人で育て上げ、全員の結婚を見届けてから、ジェリーは人生の幕を閉じたのです。150センチくらいの小柄な人でしたが、見上げた人でした。彼女からは、沢山学ぶところがあります。ジェリー、又会う日まで。
2009.10.29
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穏やかでないでしょ? でも、時々グレッグの首を絞めたくなることがあるのですよ。先週から、今日はアキヨちゃんと、そのお友達をお昼に招待してあるといってあったのです。そして、前日にテーブルセットを済ませたのを見て、「わ~、誰が来るの?」「何を料理するの?」ときいて、はしゃいでおり、今朝も、台所で支度中に、「何時に来るの?」と聞いていたくせに、やっと仕度が終わってそろそろ、アキヨちゃんたちが来るぞ、と思っているころ、「じゃ、行ってくるから」というではありませんか。「行ってくるって、どこにいくの、もう少しでお客さんくるのに何故、前もって言ってくれないの?」と、文句いってももう遅く、やつは両手を広げて肩をすぼめるあのジェスチャーをして、出て行ってしまったのです。また隣町の図書館にニケ月展示をたのまれ、その大きなお祭りと、オープニング・パーティーが今日と重なってしまったわけで、私にいえばヒステリーを起こすと思ったのでしょう。13年も一緒なら理屈の通ったことや、前もって知らせてくれれば、怒ったりしないのは分かってるはず。私が爆発するのは、こういう風に最後になって、コロリと変る時で、これは自分のミスをカバーしたいときの、彼の手なのです。つまり、最後の最後までわざと知らん顔しておき、私があっけにとられてる間に、逃げてしまうのです。こういうときは、彼の首をギュっと絞めたくなるのですよ。そして、敵は客のいる間に戻ってくれば、何事も無事であることも心得てますから、ちゃんとデザートを食べるころに戻ってきました。アキヨちゃんが、お友達と来たのですが、我が家に入るなり「りゅうさんを見せてください」というのが分かっていたので、ぞうりを3人分用意しておいたのですが、ずばりその通り庭にいって、三人でリュウゼツランを見上げたのです。「ききしにまさる巨大な植物!凄いですねえ」と二人共驚いてました。本当に、もうこうなると「木」ですね。ま、グレッグが帰宅したころは、三人ともワインでいい気分になっていたので、和やかな雰囲気で彼の首を絞めずにすみましたとさ。
2009.10.26
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今朝リュウゼツランをみたら、いくつか枝が折れていて蕾も何個か、かじった後がありました。これはきっと、リスのピーウィーのせいでしょう。そんなに美味しいものかと、花のネクターを舐めてみたら、ほんのりと甘かったので「なるほど、リスがかじりたくなる訳だ」と、納得です。今、アレルギーで鼻が利かないのですが、グレッグの話によると、ジャスミンの強い香りに似てるようです。三枚の花弁が互い違いに二重になっていて、三角にも見え、花びらも厚みがあって、確かに小さい蘭のようでもあります。鮭が産卵後に死んでしまうように、リュウゼツランは花が全開すると、全部が枯れてしまうから、文字通り「死に花を咲かせる」訳です。そのせいか、もう、二三枚の刀のような葉が、枯れて来ました。一生に一度しか花を咲かせない植物で、花の形も、色々あるようですが、これは葉っぱのない、白梅のようにも見えます。全部がかれると、その横から新しい芽を出すそうですから、そこまで、皆様と一緒に楽しみましょう。
2009.10.25
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咲いた~、咲いた~、リュウゼツランの花が~~並んだ~、並んだ~、白、白、皆しろ~♪待ちにまった、リュウさんの蕾たちが、昨日一つ開いて今朝、リスのピーウィーが、ぺろぺろ舐めてるので見たら、丁度デッキのレールの高さにある花の蜜をなめていました。花が咲く前に軸を絞った甘い水分を煮詰めてシロップを作るくらいですから、一つ一つの花の中心部も甘いのでしょう。この蕾が一斉に開花したら、また載せますが中側がうっすら緑で、外側がクリームっぽい白で、なかなかチャーミングですが、遠くからみるとつまらないかもしれません。このピーウィーなのですが、グレッグが街中の画廊の前にいたのを家に連れ帰り、我が庭に放った、ブログにも載せた例のリスです。よっぽど裏庭が気に入ったようで、住み着いたようで毎朝私に会いにきます。というと、格好よく聞こえますが、くるみが大好きですから、小さなお皿に数個いれて、名前を呼ぶと、どこからともなく現れます。近頃は慣れてきて、私が、カーテンを開けるのが待ち遠しくて仕方が無いらしく、前は、ドアを開けるとパーっと逃げたのに今ではガラスドアに、鼻をすりつけて「まだ?」と言いたげにしてることもあり、私がそこにたっていても安心して食べてます。
2009.10.23
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(クルーザーがみえるでしょ?)(ツーリストが下船すると、貸しスクーター、ドゥーンバギー屋に囲まれます)(馬車にのらんかね~~!と、何度もさそわれます)(ソンブレロ売り場に、野球帽とは、やはり現在感がありますね)サンディエゴと、ティファナの国境から、約160キロ南にエンセナダという漁港があります。そこの文化会館(一部が美術館)で、コンテストがあったので、グレッグはその審査員として招待されたわけですが、ここからもっと南に半島があって、ブファドラ(海水が吹き上げる岩)のある小さな漁村があり、そこが気に入って、「いつか別荘を買いたい」とグレッグが夢をみていますが、メキシコには、本当に夢のように美しい場所が沢山あります。でもなあ、私はもう67歳ですから、生きてる間にその夢が叶うだろうか?エンセナダは、クルーズ・ラインが停泊する港でもあるので、ツーリスト様様の町。30年前の埃だらけの町も、すっかりカリフォルニアのようになってしまい、私には、物足りません。でも、やはりメキシコの色合いそして、あちこちにある屋台、ひとなつっこい市民、アメリカでは味わえないよさは、まだまだあります。(グレッグの水彩画です、どなたか買いたいですか?ハハハ)
2009.10.23
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(メキシコならではの歩道)自家用車で国境を越えてメキシコに入るときに、絶対に忘れてはならないものは、自動車の保険です。グレッグは今日も又、メキシコの、美術館のオープニングに泊りがけで行ってますが、パスポートを忘れても、自動車保険は絶対に忘れません。アメリカやカナダと違い、メキシコで事故にあうと、自分が犠牲者であっても保険がないと大変な目にあうからです。いまだにワイロの効く国で、一時停止をきちんとやらなかったり、ストップ・サインが植木の後ろに隠れていて見逃しても、たちの悪いポリスにつかまると大変なことになります。車でなくても、娼婦街で写真を撮っていた時にポリスに捕まったことがあります。どうやら撮影禁止らしいのですが、フィルムを全部ぬかれて、逮捕するとか、いくらもってるかとか、ぶつぶつ言ってたので、私が「主人は画家で、今県庁で展示会をやってます。この辺の絵を描きたいから写真をとってるのですが、警視長官の○○さんも知ってる筈ですよ」と、その人の名詞とグレッグの展覧会の招待状を見せて一難逃れた経験があります。グレッグは笑いますけど、こういう時のために、私はお偉いさんの名詞とか政府の招待状とか常に用意してます。ちょっとのことで、いちゃもんつけて、「$100出せば見逃してやる」とか、いうポリスもいます。「そんなに現金もってません」と答えると、運がよければ、「持ってるだけでいい」などという場合もありますから、財布には、少しだけ入れときます。我々はまだ事故にあったことがありませんが、知り合いの若者が二週間のサーフィングの旅にでた帰り道に、後ろから車をぶつけられて明らかに犠牲者なのに、牢屋に5年間入れられたことがあります。家族は捜査願いをだしていたのですが、数年たっても音信不通で、もう諦めた五年後に国境の税関から連絡があったという実話です。グレッグの友達の中には、「保険なんか買うもんか」という人もいますが、ロシアン・ルーレットで遊んでるようなものでしょう。(上から何か落ちてきて怪我しても自分の責任ですからね、道路の穴や上の方も気をつけてあるいてください)
2009.10.22
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2009.10.21
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今夜アストロ・ボーイ(鉄腕アトムのアメリカ版)の試写会がハリウッドのチャイニーズ劇場であります。娘がストーリーや、アトムのモデルを描いていたのですが、途中で、ほかのアニメ(企業秘密で名前は言えません)の監督に抜擢されたので、最後までやりませんでしたから、彼女の名前は出ないかもしれません。その会社はその後、経営困難でロスのスタジオを閉鎖して香港に引き上げたので、秘密アニメの監督は4人目になります。一応、その会社で監督をしていたので、彼女も今夜の試写会に招待されました。ここで、ハリウッドの裏話をすると、このように創作途中で監督やストーリー・ボードを取り替えることがよくあります。プロデューサーが、パワー・ハングリーな人、または経営者がアートや、アーチストの事をよく知らないで、自分の気分でアーチストに命令する時に問題が起きます。実は、キュリアス・ジョージというおサルのアニメも娘のストーリーで監督をやっていたのですが、アーチストでもないプロデューサーが何度もストーリーを変えようとし、それに従わなかった監督である娘を首にして、自分の気に入ったハンサムな監督に切り替えました。途中で監督を替えるとスタッフも気が乗らず、物語も中途半端でよい作品になりません。12人のトップ監督があらそって彼女が選ばれたのですから、任せて置けばよかったのですが・・・・・そういうことで、あのアニメは80%以上彼女の作品なのですが、監督は別の人の名になっています。つまり、最後に監督となった人の名だけがでるのです。厳しい世界ですよ。http://www.imdb.com/name/nm0266255/ここに娘のページがあり、ジョージのジの字もでてませんが、彼女が監督した作品がならんでます。履歴書のようなものでしょう。今は、またディズニーに戻ってます。http://www.rottentomatoes.com/celebrity/jun_falkenstein/ここには、ジョージの監督と記されてますが、最終的には違う人の名です。
2009.10.19
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「息子が!気球と共に消えてしまった!助けてください!」死に物狂いの声で緊急の電話をかけてくる父親、悲鳴をあげ気が狂ったように息子を探し回る母親、コロラドの警察ではヘリコプターまで出動させて、「落ちた」らしい、その子を必死でさがし、地上でも気球の行方をおって、飛行場のコントロールタワーまで、着陸予定の飛行機を別の場所に移したり、アメリカ中の人をハラハラ・ドキドキさせた結果、その子供が屋根裏に隠れていたとしって、一同胸をなでおろした事件が、コロラドでありました。問題はここから始まります。CNNのラリー・キングのインタビューにお行儀良くならんだ親子に質問をしてる時その「消えた」息子が、「全部ショーのためだった」と正直に発言したことから、この事件は全て計画した冗談だったことがばれたのです。父親は、バーチャル・ショーなどに出たこともあり、にわかコメディアンで、自分の宣伝のためには何でもやる人だそうで、母親は、日本人なのですが、彼女も最初は演技をしていました。つまり、子供達にもコーチして、嘘をつかせ、家族全員で一躍有名になろうと計画したわけです。男の子三人なのですが、今後どこにいっても、この事件のことでイジメにあうだろうし、この親はこの子達の将来に汚名を付けてしまうことに気付かなかったのでしょうか。有罪となれば、親は6年の投獄になる可能性もあるのです。子は親の背を見て育つといいますが、こんな親をもった子供達が可哀想でなりません。人事ながら、何と恥ずかしい事かと思ってます。
2009.10.19
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スピリチュアル・コネクションというのは、生きとせ生きるもの全てに繋がっていて、それを感知するパワーも平等にあるのですが、人間だけに絞って考えると鋭い「気付き」を持ってる人、話好きな人は、人脈がどんどん広がって行きます。ようするに微妙な繋がりを感じ取るのが早いからです。また、積極的に会話をすることにより、予期しなかった人との繋がりがどんどん出来てくるものですが、得に芸術家の中にはこの「気付き」に鋭い人が多く今回のメキシコの旅では、美術コンテストの審査員二人と会話中に繋がりを見つけ、ゆえに又新しい友達が二人できました。二人共芸術家でメキシコの大学の美術の教授。カーラはアメリカ生まれで、ソルボンヌ大学やニューヨークの美大を卒業後、メキシコの大学で学位をとり、メキシコ人と結婚してもう30年近くメキシコで暮す人。エドワルドはメキシコ人で、ロンドンの美大を経て、博士号をとった人。ですから、皆英語で通じます。四日間、行動をともにしてるうちにキューバ革命の話になり、カーラのおばさんがハバナにダンス・スタジオを持っていたけど、革命時に強制帰国となった、と聞いたとき、「それじゃ、私の前夫の叔母さんと知り合っていたかもね」と、グレッグと私もキューバを旅したことや、ウォルディーンという前夫の叔母が、やはりハバナにダンススタジオを開いていた話となりました。「でも、アメリカ人なので革命時に追い出されて、メキシコに流れてメキシコ人と結婚してダンス・スタジオを開いたのよ」と行った途端に、今度はエドワルドが「え~!僕、そのウォルディーンの所で4年間働いてたんだ」と言うではありませんか。何でも、ウォルディーンの舞台装置やらを手伝っていたのだそうです。(ハリウッド時代の写真です。この時代に姑と同じスタジオにいたので、ウォルディーン を車で送り迎えしていた兄の舅が、姑にめぐりあったのです。そのウオルディーンは 日本にも行ってますが、その頃、私の叔母もドイツのモダンバレー学校から帰国後に スタジオを開いてましたから、英語もできたおばとも、きっと会ってると思うのです。 そして、私が、そのウォルディーンの甥と結婚した。そういう繋がりが、とても面白いと思います)「メキシコで、ウォルディーン・ダンス・スタジオと言ったらもうダンスをする人にはすぐ通ずるくらい有名な人だった」と、彼も興奮。それから、その時代は、ディエゴ・リベラやフリーダ・カーロが芸術家達を招いて大々的にパーティーをやっていた時代だから、ウォルディーンもフリーダやリベラと付き合っていたに違いない、という話になり想像してみてグレッグと私も興奮していました。「僕、メキシコ市内と、ワナバカに家を持ってるからメキシコに来たときは、いつでも泊まりにいらっしゃい」「カリフォルニアに来る時は我が家に泊まってね」となり、帰宅後に、すでにメールのやりとりをしています。カーラは、カーラでスピリチュアルの世界に興味があり、そちらの話題に花が咲き、是非英語版の私の本を読みたいということで、彼女とも急激に親しくなってしまいました。その上、彼女のプリントには浮世絵や、大正時代の日本画の影響があるほど、日本人贔屓。彼女とも帰宅後にメールのやり取りが始まっています。『袖触る中も他生の縁』とはよく言ったものですね。あなたも、周りをみまわすと世の中の面白い繋がりが見えてくるでしょう。
2009.10.18
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歳とともに、『光陰矢のごとし』をしみじみ感じます。ついこの前クリスマスを済ませたとおもったら、もうハローウィーンが目前にせまってきて、どの店先もパンプキンや、がい骨、お化けでにぎわっています。今日は、Bone Density Test(日本語しらない)といって、骨と骨の間が縮小してるかの検査に行った帰りに、ミツワ・マーケットまで出かけて、一月分の買い物をしてきたのですが、一歩店に入ったところに、大きな飾りがあったので写真をとってきました。ちなみに、168センチの背丈が、2センチ短くなって166センチになってました。横幅が縮めばいいのに、あはは。
2009.10.17
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今日二度目の更新なのですが・・・ウィキペディアをよく読んだら・・・・It is a common misconception that Agaves are cacti. Agaves are closely related to the lily and amaryllis families, and are not related to cacti.アガベは一般的にサボテンの一種と誤解されているが、ユリや、アマリリス科で、サボテンとは関係ない。と書いてありました。又、リュウゼツランは、アメリカンアロエともいうが、アロエの種類とも違うと書いてあります。ランでもないのに、何故ランなんていうのでしょうね。いい加減ですね。
2009.10.16
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我が家の庭は主にサボテン系の植物でいっぱいなのですが、サボテン系のものには、食用、薬用のものが沢山あって、中でもアロエ系のは色んな用途があるようです。皆様おなじみのリュウゼツランもアロエ科に属し、この茎に花が咲く前に切り落とすと、中が(Agua miel)といって、(Agua=water=水、Miel=honey=蜜)で、つまり甘露のような水分がとれ、それを煮詰めるとシロップになるわけです。今回のメキシコへのたびで、審査員の仲間が、特別なワインを探していたので、美術館長のエドワルドと一緒に行ったワイナリーに、そのアガベ・シロップがあったので、一本買ってきました。味としてはカロ・シロップ(水飴っぽい味)で、砂糖ではないので、糖尿病の人にでもよさそうです。http://en.wikipedia.org/wiki/Agave★私は庭のサボテンの実を冷やして、毎日数個たべてます。これはとげだらけなので、絶対に指を触れないようにして、半分に切って中をスプーンすくうか、お箸で立てておいて、ナイフで皮を剥いて食べてます。
2009.10.15
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メキシコの道路わきに生えてるリュウゼツランは、何か皆、自動車の排気ガスで薄汚れていて、茎もせいぜい1メートルくらいで、昨日ヨット・ハーバーに行く途中でみたものも2メートルが最高でしたから、この辺ではやっぱり、我が家のリュウゼツランが一番背が高いです。★グレッグのお姉さんが「ちょっと立ち寄っていい?」と、やってきたので、ちょいちょいと、ミニ・パイを作りました。花を飾るひまなかったのです。雨だし。。パイの中身は、カナダのマイミクのCliffroseさんの手作りのブルーベリー・ジャム。丁度手ごろでした。。。
2009.10.15
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Featuredというのは、適当な日本語がないのですが、 映画でいうと、主演とか、雑誌では特集、テレビなどの特別番組で取り上げられる人のことを いいます。それで、Featured Artistというと、その人を中心にした展覧会になるわけで、 ロス・アンゼルスのクルーウェスト・ギャラリーで、来月はグレッグに白羽の矢があてられた わけです。 今朝は、Dana Marine Instituteといって、海洋博物館まで、海に関係のある絵を二枚 届けてきましたから、現在4箇所で彼の絵をみせてますが、その上に「ポートレート ショー」にも出してくれといわれてますから、来月のロスをいれると、6箇所で同時に 展覧することになります。
2009.10.14
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テレビをみても、雑誌や新聞を見ても血まみれで道に横たわった死体写真やら、首をきられたツーリストが砂漠にころがっている写真やら、メキシコのドラッグ・カーテルと警官や軍隊との撃ちあいで半年に出る死傷者は5千人を超えるというニュースが去年から今年の初めまで続けざまに流れていたためにツーリストの足がぱたりととだえ、メキシコ側の国境の町は暫くゴースト・タウンのようになっていたのですが、今回、数年ぶりにエンセナダに行った道は、全く昔と変わらず、のんびりと平和でした。それだけでなく、経済困難といううわさと反して、海沿いの町々には素晴らしい家が立ち並びダンボールや、端切れの板などでつぎはぎに建てられた家などは、可なり減少していたので「あるところには、あるのだ」という印象を受けました。過去12年間に、何十回も太平洋側のバハ・メキシコへは行っていますが、有料道路の途中で機関銃をもった兵隊達がいつもより大勢たむろしており、一見気味が悪い事は確かです。恐らくツーリストや罪のない市民を守るためだろうと思います。エンセナダの港には、一時期キャンセルしていた、米国の大きなクルーズ・シップが停泊しておりアメリカのツーリストのグループを街中で見かけましたが、昔のような賑やかさはありませんでしたから、土地の人も自分達の国のドラッグ・ディーラーたちのために、可なり被害をこうむっているのが明らかでした。
2009.10.13
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ただいま文化会館・美術館審査員3人・・・・・美大の学生や、キュレーターが手伝います200点以上から、第二次に合格者を選びます。グレッグのほかに二人、メキシコ市から、美大教授二人2人が同意すると合格3人+審査員でない人たちも同意した作品集・・・・この人が一等賞をとりました。最後の日(三日目)受賞者発表でマスコミが来ます。私は付録でついていきました。ディレクター達と仲良しなのでいつも、私も含んでくれます。ラッキー
2009.10.11
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昨夜は、グレッグの展示してる画廊のオープニングが二箇所であったため、大きなショーにはいけなかったので、お友達のアキヨちゃんに私を代表していっていただきました。下の半分は彼女からのメールと写真です。ひろこさんお疲れ様でございます。今晩SAC SHOWに行ってまいりました。オープンの7時すぐに会場にはいりました。その時にもすでに何組かのグループが会場に入っていましたが、入り口すぐ、右手からグレッグの作品を見終えた頃に、気付けば会場はいっぱいになっていました。入ってすぐ、受付の女性、お名前をうかがうのを忘れてしまいましたが、ひろこさんの友人だと告げたところ、(あつかましくも、今夜ひろこさんがラグナビーチのオープニングの為来れないのでわたしが『代わり』とまでは言っていませんが、来ましたとも伝えました)その女性はひろこさんとメールではたくさん話しているけれど、会った事はない、会えることを楽しみにしていると言っておられました。(中略)携帯電話(アイフォン)から撮ったので、クオリティが良くありません。申し訳ございません。以上、この度も、アートショウという素敵な機会を与えてくださり、有難うございました。友人も大変喜んでいました。いつもありがとうございます。あきよ
2009.10.05
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「逮捕してくれて感謝してます」と万引きした女性が言った、とアナウンサーが言ったように聞こえたのでラジオのボリュームを上げました。 とある女性が、ビーフジャーキーを万引きしてる所を現行犯で逮捕されたのですが、取調べの警官二人が調査を進めると、その女性は不動産業が倒産し、職をなくした上ローンも払えず自分の家までとられてしまいホームレスになったばかりだと分かったのです。前科も全く無く、空腹に耐えられずやってしまったものだと知った警官二人は、彼女に食事を与え、$10ずつ自分の財布から分けてあげたという話だったのです。警官の暴力の話が続出している昨今、なんとも人情溢れるニュースだろうと思いました。私はアメリカに来て46年目になりますが、現在ほど職にあぶれている人を見たことがありません。あちこちの角で「職を探してます」「食べ物を買うお金を恵んでください」という、プラカードを掲げているのをみかけ、先月は白人の女性が3歳くらいの子供を抱き、5歳くらいの女の子の手をひいて、「食べ物を与えてください」というプラカードをかかえてスーパーの前に立っていましたから、「大変ね。仕事はみつからないの?」と、$5札をあげて聞いたのですが、「ディズニーランドに面接に行ったので、結果待ちです」とのこと。それでも子供の面倒を見てくれる人を雇ったりすれば、食べるのにやっとだろうと心を痛めました。一昨日は、同じ場所で男性がきちんとした格好で、「職を探してます」というプラカードを掲げてました。その人にも、「職はあげられないけど、ガソリン代ね」と数ドル、ポケットにねじ込みましたが、彼も数時間後に面接に行くと言ってたので「グッド・ラック」と励ましました。その夜、グレッグと外食をして車に戻って来た時に、きちんとした身なりの東洋人の中年夫人が車の窓ガラスをトントンたたいて、拝むジェスチャーをしているのです。ブロークンの英語の発音から、日系ではないと分かりましたが、やはり「娘が病気になって、働けず孫達が飢えてます、キャッシュを恵んでください」と、何度もぺこぺこお辞儀しながら、拝むので、グレッグも数ドルあげてましたが、経済状況は思ったより悪いようです。ただし、レストランは毎回満員なので、ある人と無い人の差を感じました。私も去年、ピアノの生徒をバタバタとなくしてしまったのですが、やっと、今学期からぼちぼち増えだし、感謝しています。 釈放された女性も、二人の子持ちの女性も、職探しの男性も、病気の娘のお母さんも、はやくなんらかの職がみつかるようにと祈らずにはいられません。「恵んであげられる僕達は幸せだね」と言ったグレッグの言葉が心にずしりと響きました。私達もブログなどやるPCがあり、時間もあり、家もあり、なんと贅沢なことだろうか、と思うこのごろです。
2009.10.04
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おまけ・・・・・日本の茄子とか、サボテンの実(食べられます)を見てください
2009.10.03
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覚えてる?
2009.10.02
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