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日本は夏を飛び越して、梅雨から秋になるのじゃないか?と 言われるくらい、雨が続いて寒いそうですね。 英語のブログに、 「オレゴン、ワシントン、カナダの皆様、史上最高の暑さを 記録してるそうですが、いかがですか?」と書いたら、 バンクーバーのマイミクのふくろうさんから、 「今日ほど、勤め先のエアコンに感謝したことはないです」との 書き込みがあり、 メキシコの友達、イスラエルからは、 「117度の(47℃)メキシカリにいらっしゃ~い」との 書き込みがありました。我々はメキシカリに、良く行くので 120度(48℃)まで経験してますよ。 やっぱり地球はちょっとおかしいなあ。。。
2009.07.31
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「父・デービッド○○○は、去る16日に安らかに人生の幕を閉じました。つきましては、生前中なんらかの形で繋がりがあった方々と一緒に、父の素晴らしかった人生を祝っていただきたく・・・・・」近頃は、お葬式とか、追悼式とかいうよりも、人生の祝いという集いが流行って来て、先日もこういう招待メールが届いてました。私は、亡くなられた奥様も、その娘にも繋がりがあったので出席しましたが、会場につくとサザーン・フォーク・バンドが、オール・オブ・ミーとか、テネシー生まれなので、テネシー・ワルツとかいう、昔懐かしいメロディーを奏でて、皆楽しそうな雰囲気で娘さん二人も、ビーチに行くような明るいドレスを着ていました。アメリカでは、お葬式の時に「ご愁傷様」というような意味で「アイ・アム・ソーリー」というのですが、それを言って長女のネリーをハグすると、「まぁ~、ヒロコ久しぶりねえ。いえいえ、ちっともソーリーじゃあないのよ。父は、やりたいことを全部やって、97年の人生を謳歌したひとだから、おめでとうと言う方がぴったりなの」といったのです。そういえば、日本では、私の母が生前「ねぇ、ねぇきいて。縁起でもないといって、誰もきいてくれないのだけど、私が死んだらね、お葬式はいやなの。皆さんにきれいな格好をしてきていただいて、ティーパーティーをやってほしいの。花輪、大嫌いだから、絶対に飾らないでほしい」と、自分のティーパーティーのプログラムをもう頭に描いていたのでした。残念なことに、私は事故後の手術でで下半身が不自由なギブスに包まれて、お葬式には参加できなかったので、カリフォルニアの自宅で、一人、母の人生の祝いをしました。「そんなこといったって、日本じゃ無理だよ。第一、折角花輪を贈呈してくれる人にも、ことわれないし」と、いう弟の気持ちも分からないではないのですが、そういうわけで、やはり神道のお葬式をやったようで、出席者は黒装束で、花輪だらけだったみたいです。まだまだ日本では、アメリカ式には、行かないようですね。ともあれ、デービッドは美大の創立者でもあり、アート・フェスティバルの幹事を50年も続けたり、ボランティア消防士を設立した、町の有力者なので大勢の人があつまり、面白おかしい話で、会場は湧きかえっていました。そうそう、バフェー・スタイルのお昼が出るころ、前夫も「仕事の昼休みにきた」といって、参加したので、デジカメも持っていかなかった私は、彼に写真をとってもらいました。とにかく、華やかで、賑やかで、陽気な人生の祝いに参加してきたのです。
2009.07.29
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写真を送ってきましたので、展覧会です。ここは、ビーチ・ハウス・インと言って、ラグナ・ビーチ・フロントにあった、誰かの家をレストランにしたもので、この場所はサン・デッキになっていますから、パラソルをはずせば、青空なんです。明るすぎてサングラスが必要です。あはは私の食べてるのは、マヒマヒのたたきサラダ。デーナ・ヨット・ハーバーは、私がこちらに住み始めた頃はなかったのですよ。ニューポート・ビーチのヨット・ハーバーに空きがなくなったので、こちらに作ったら、ここも、すぐいっぱいになりました。ヘンリー・デーナという二百年くらい前の学者が、目が悪くなった時、医者に、「暫く船乗りになって、遠くを見る訓練をしなさい」と言われて商船の船員を二年やった時に、この場所にバッファローの皮を買いに来たそうで、彼の名前をつけた港です。「この場所が気に入ったから・・・」という場所でパチリ、実は、私もこの回転椅子にすわって、本を読むのがすきなのですごらんのように、いつも、数冊の本がおいてあります。自分のピアノを弾いてる写真、これが初めてです。(いや、弾くまねをしてます)あはは。
2009.07.28
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7月17日にハーバード教授ゲイツ博士が旅から帰宅した時鍵を忘れたことに気づき、ショファーと二人でドアをこじ開けているのを近所の人が通報したために、何台かのパトカーがきて、教授を「違法な行為」の名義で手錠をかけて逮捕したという事件は、もう皆様もご存知でしょう。今その事件が「レイシャル・プロファイリング」という問題として大きく扱われています。プロファイルは本来名詞で、外形とか横顔、人物評と言う意味ですが、最近はイングをつけて動詞として使う新語で、人物評価をするという意味です。レイシャルは人種ですから、人種人物評価みたいな意味になり例えば:○○人は危険性がある→Aは○○人だから気をつけろという単純な考えのことです。○○人だって、良い人も悪い人も、いるのに、外形が○○人っぽいから・・・という理由だけで、嫌疑をかけられたり、その反対だったりすることを、レイシャルプロファイリングと言う風に呼んでますが、筆頭の事件は、たままたゲイツ博士が黒人であったことと、警官が白人であったことから、事が大袈裟に発展してしまいました。かてて加えて、オバマ大統領が記者の質問にたいして「警官はバカげた行動をとった」と発言したことで、事はもっと大きくなってしまったのです。簡単に言えば「市民の通報に従い、正しい業務執行をした警官を大統領がバカ呼ばわりすることも、侮辱である。謝罪をせよ」というわけで、大統領の発言が警察側にとって「都合の良い」尻拭いの材料となってしまったのです。でも、どう考えても納得が行きません。教授が、「ここは自分の家だ」と言うのに対し、警官は「証明書をみせろ」といって、実際に教授があれこれ見せたのにかかわらず、手錠をかけて逮捕し、スナップショットまで写されたからです。教授は、素手ですし、たとえ「私が黒人だら疑うのか!出て行け!これだから白人は信用できん!」と、大声で警官に暴言をはいたとしても、それだけでは違法ではないからです。自宅でなら、なおさらの事。 警官側は、ドアの外でポーチにいたから、法的には公衆の面前でわめいたことになるというのですが、それもおかしな話です。何故なら、室内にいる間に教授の家であることが分かっているのにもかかわらず「外に出ろ」と強要されたからです。これは、あきらかに手錠をかけるための正当化をしただけで、「バカげた行動」としか思えません。大統領は謝罪などする必要ないと思います。警官が教授に謝罪するのが当然でしょう。(Time/CNNで、教授と警官の対話を読んだ結果の判断です)あなたは、どう思いますか?
2009.07.26
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アメリカ46年目で、日本にはあまり帰らない私にとって、日本語の本を読むことと、インターネットでブログを書くことが、唯一の日本語維持である。先週から同時に4冊の本を読み出した。そう書くと「え?そんなことして、内容がめちゃめちゃになりませんか?」と聞かれるが、それじゃ、「あなたは、テレビの大河物語なり、シリーズ物なりを、3,4見たら意味がめちゃめちゃになりますか?」と聞きたい。私の場合は、車に入れてある本、アート・フェスティバルの店番をしているとき用の本、二階と下においてある本とかあって、適当に都合のよい本を好きなときに読む。ところが瀬戸内寂聴さんの「愛死」は、久々に家事放りだし、ブログも飛ばし、昼食抜きで上下を読み終わらせるほど夢中になった。物語は:真面目で融通のきかない大学の教授昌平の妻が、激しい不倫の恋に陥った結果エイズにかかったことを知る。不倫だけでも後ろめたいのに、更に昌平に移してしまったら自分を許せるはずが無いと、罪悪感に苦しみ姿を消してしまう。それを知った昌平は激怒の後、エイズテストでマイナスと出て安堵するが、脳卒中で入院。半身不随になった時に駆けつけた妻が、「土下座をしても謝り切れるものではない、許されなくて当然だ」というのを昌平は許す・・・という夫婦愛が中心になっており、加えてエイズ患者に対するイジメ、友情、嫉妬、もろもろの事が絡み合い、生きることは愛することだと言うことを教えてくれる長編。 ハイテク時代に入りグローバル単位で、情報も数時間以内に広がる世の中になったから、それなりに人々の知識も広がっているだろうが、まだまだ国民性とか、文化、宗教が絡まるために情報の訳し方や処置、行動が異なってくるようだ。「愛死」を読みながら、つくづく日本とアメリカの大きな差を感じた。そのトップに上げられるのが国民性である。つまり、新型インフルエンザにしろ、エイズにしろ、新しい病気に対する、マスコミや政府の発表の扱い方と人々の受け取り方が違うと思った。 アメリカでは、サージャント・ジェネラルと言って、国の医師会長のような役があり、健康に関するニュースはこのジェネラルが発表する。その際、どういう経過で感染されるか、どういう症状が出るか、どういうことに要注意か、どういう人が感染しやすいか、予防法は何かと言うことを詳しく伝え、大統領も厚生省と共に政府の予防対策を全国テレビとラジオで発表し、学校等にもすぐ通達して子供達にも分かりやすく説明する。エイズが流行り出した頃、私は子育て中だったので、PTAが色々なイベントを組んで大衆に知らせたのを覚えている。ドクターや、ナースをゲスト・スピーカーとして招き、全生徒を集めて応答もさせた。 このように隠すことなく、直接国民達に説明するので、日本のようなヒソヒソ・ゴシップや、不必要な恐れがなく、差別があったとしてもごく少数に限られているし、加害者は人権蹂躙罪で訴えられる可能性もあるからイジメは極力さけるだろう。日本のように、周りで苛め抜いて感染者を自殺にまで追いやるようなことは稀である。無論、個人の好き嫌いは防ぎようないから、昌平のようにホモと聞いただけで毛嫌いする人は、私の前夫も含んでアメリカにも大勢いる。ただし、昌平のように教養のある人までが、エイズを怖がることは先ずない。 日本もエイズに関しては、一般知識が備わってきたのだろうが、今年のように新種のインフルエンザが発表されると、相変わらず蜂の巣をつついたように、感染者を敵視したり、きちんと入院して完治した人にたいしてもひどいイジメをしていたようだ。あらゆる部門で、世界のトップ級まで発展している日本でありながら、村八分根性は、私が日本を離れて半世紀近くたった現在でも少しも進歩していないので驚いている。 「愛死」は、差別することの残酷さや、無知がかもし出す悲劇などと同時に、理解する人の重要さ、慈愛などの教えや、道徳、哲学がいっぱい含まれているから、何度も読み返すだろう。
2009.07.25
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ホノルルで一昔前からピアノをおしえている、ピアニストの千代さんがフジコ・ヘミングさんのコンサートのためにロスに見えたので、ついでに、60マイル南の我が家にも来ることになりました。。。レンターカーなのですが、待てどもドアベルが鳴りません。「どうしたのだろう?」と心配していたら、「全く違う方向に1時間も走ってしまったので、2時間おくれますという」知らせでした。さらに出口を間違えたと言うので、さあ大変。2時間半短くなってしまったので、計画していたものを急遽変更。彼女が着いたら「はるばるとようこそ!」→ハグ→トイレ→ヨットハーバー→ラグナ・ビーチのオーシャン・フロントのレストランでおそい昼食→グレッグの展示してるアート・フェスティバルも駆け足でまわり→我が家でコンサート用のドレスに着替えて、「ヒロコさんちに来た証拠の写真!」と、何枚かパチパチ→ハグ、ハグ→車に飛び乗って、サンタ・モニカの劇場までまっしぐら。ふぅううう~。まるで、速まわしのドタバタ喜劇フィルムのようでした。ところが、お嬢様育ちの千代さんはのんびりで、ちっともせかせかしないのです。「この次は、間違いなくきま~~す」といって、帰っていき、さて、もう半分ぐらいのところにいるかな?と考えていた時にまた迷子になって、まだフリーウェイに入ってないとのこと。結局コンサートにはちょっと遅れたようですが、無事についた知らせが来て安心しました。 でも、レンターカーで全く初めての土地を運転するって、可なり神経を使うものですよね。私などは、ひどい時は行ったり来たりを何度も繰り返すことがありますから、初めてのところに行く時は間違うことを計算にいれ、時間をたっぷりとってでかけます。やっぱりとしなんですね。
2009.07.25
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この「チキン・ア・ラ・カルト」という、短編は、「食べ物、味、空腹」をテーマにした2006年のベルリン映画祭のコンテストで3600件中から最優秀として選ばれたフェルディナンド・ディマドゥラ監督の作品です。これも昨日のウェディング・ドレスの実話に続いて心に残る話です。訳す必要ないでしょう。世界では今でも、毎日25,000人が餓死して います。二つ前のブログの車ディーラーの話とは、雲泥の差ですね。どちらも、クリスチャンです。両方見て、「宗教とはなんだろう?」と深く考えさせられます。(6分)http://www.cultureunplugged.com/play/1081/Chicken-a-la-Carte
2009.07.22
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★友達から回覧してきた物語の中から、心に残るものを、皆様とシェアーしてますが、またそういう一つが来ました。とっても長い文章なので、かいつまんで訳してみます。リリー・フリードマンは白いウェディング・ドレスで結婚するのが夢だった。フィアンセのルドウィグは、「さて、どうしよう。こりゃ大仕事だ」と思った。何故なら、彼らは第二次世界戦のチェコスロヴァキアのユダヤ・ゲトーにいたからである。リリーの両親と男兄弟二人は、アウシュヴィッツで殺され、リリーと妹のイオナと逃げたところがチェコ・スロヴァキアだった。ある日、ルドウィグが雑貨店で働いていると、若いドイツ兵が、「これを、コーヒーとタバコに替えてくれ」と言って使い古しのパラシュートを持ってきたので、それを洗って洋服やにもって行き、ウェディング・ガウンと、新郎のシャツを縫ってもらった。そのガウンは、やがて妹のイオナが着、従姉妹や友達17人が順々にサイズをあわせて縫い直し着たのだった。「17人までは覚えてるのですが、あまりにもあちこち回って、一体何人の花嫁が着たか分かりません」今では、7人の孫のいるおばあさんとなって、アメリカに住んでいるが、たかがウェディング・ドレスと言うなかれ、その時代の、その状況の中で、その敵のパラシュートで作った白いウェディング・ドレスは、皮肉にも大勢の花嫁の門出を祝う平和利用になったのである。IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/63/0000075963/46/imgdfd46d52zikezj.jpeg" width="293" height="450" alt="!cid_E803BC75-3613-4008-84C3-58FF642B5572@socal_res_rr.jpg>Lilly Friedman and her parachute dress on display in the Bergen Belsen Museum ベルゲン・ベルセン・博物館に展示してあるパラシュートのウェディング・ドレスの前に立つリリー・フェルドマン
2009.07.22
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32年も続けているミズリー州と、カンサス州の車のディーラーが、トラックの新車を購入したら、AK-47 (セミ・オートマ銃)をおまけにつけるという宣伝をしているので今、大問題になってます。それで無くとも銃の犯罪は増えるばかりだというのに、きちがい沙汰です。経営者は違法ではないとのたまってますが、いくら経済不況で、経営困難といえども、こんなむちゃな商法が許されて良いものだろうか?こんなディーラーから車など買わないようにしましょう!!http://www.youtube.com/watch?v=PlHD8iT6IRA&feature=player_embedded
2009.07.20
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アート・フェスティバルの行事の一つとして、子供の楽しめるアートの日があり、今日がその日で、私も4時間ばかり、ボランティアーとして、奉仕してきたのですが、忙しくて、楽しくて、あっというまに終わってしまいました。本来は子供が目的なのですが、80%くらいは大人が面白がってキャーキャー騒ぎながら、楽しんでました。4人のボランティアーは、先ず自分達の帽子をつくってそれを被ります。さすがアーチスト達、皆、色合いの良いエレガントな飾りをつくってましたが、私は、ついおどけてしまい、つばの周りに毛糸玉を糸でつるして、「メキシコのシャーマンの帽子。これをブラブラさせるとハエよけになります」とか言ってクライエントを笑わせてました。この他に、プリント・メーキング、ボディー・ペインティング楽焼などあって、楽焼のほかは全部無料。
2009.07.19
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世界中で不況の嵐が吹きまわっています。カリフォルニアなどは、来年度の予算が足りなくて州政府への請求書の支払いも約束手形が増えてます。「私は学問に力を注ぐ為に、クラスサイズを縮小し世界に誇れる教育施設をつくりあげ(ナントカカントカ・・・)税金をあげるようなことは絶対にしないと誓います」選挙運動の約束はどこえやら、シュワちゃんは、次々に教育費をカットするわ、政府機関のオフィスは月に二日カットするわ、大学の奨学金はカットするわ、税金は上げるわで、破産寸前です。 可哀想に、私の昔の生徒達も、折角大学を出て就職したのにリストラでカットされる子が続出しており今年卒業した生徒達においては、踏んだりけったり。「履歴書40通送って、返事が来たのが、たったの4通しかも、面接までの待ち時間が数ヶ月!」という具合です。 確か息子が卒業した時期も似たような状況でしたが、今回はさらにひどそうです。幸いわが子は二人共特技をもっているので安心ですが、これを見ても人と違う特技を持つことはサバイバルの一つだと思います。そんな状況の中で、昔の生徒が「オガクズ祭り」で歌うというので、昨夜行って来ました。二人共トップの成績で高校を卒業し、一人はUSC(慶応に似てます)一人はカリフォルニア大学を卒業したのに職あぶれなのです。家族全員来ていて、15年ぶりの再会でした。15年前には、妹はお姉さんの半分位の背丈だったのに、今では妹の方が背が高くなっていてびっくり、そして二人共私を追い越してました。「ランチョ・ミラージに家を買って引っ越したから、是非遊びにに来て~~」と、お母さんに誘われましたが、これから先暫くは二人共職探しで遊ぶどころではなさそうです。帰りがけに、彼女の舞台においてある箱にちょっとはずんだチップを入れて来ましたが、プロのシンガーにでもなれる素晴らしい歌姫ですから、そちらの方を伸ばしたらどうか。。。と、入れ知恵をしてきました。
2009.07.17
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私が満足するような家の掃除は、グレッグがいる間はとっても無理。何故なら掃除をする先々で、もう次を散らかし、ざるで水をすくうようなものだからである。サラリーマンではなく、画家はいつも家で絵を描いているから、彼がいない時間は短い。たまに、弟の砂漠の別荘に行くのだが、翌日になると「ヒロコがいないと、からかう相手がいないでつまらない」と言って、帰ってきてしまう。そういうわけで、彼が最近、年老いた両親の介護で、暫くいなくなった時に、久々にまんべんなく掃除をした。バキュームをかけ、埃をふき、散らかったものを整頓し、多すぎるほどあるガラスもきれいにした。明るい家がほしくて手にいれたこの家だが、草花の好きなグレッグが住みだし、彼が庭を受け持つようになってからは、毎日そのガラス窓やドアに水を飛ばしながら水をまくので、拭いても拭いても、翌日は、もう水滴だらけになるから諦めた。彼が来た頃は白いカーペットの上でも、土足で歩き回ってあまりにもすぐ汚くなるので、それだけはやめる癖をつけて貰ったのだが、なれるまでに5年はかかった。とにかく、無造作で、よごす、壊す、投げる、忘れる、怒鳴るで(怒りではなく、声がどでかい)、整理整頓時代が長かった私が、よくぎゃ~ぎゃ~言ったのだが、そのたびに「楽しめ!それが人生だ!」と、怒鳴りながらおどけた。「彼は、遣りたい放題だから楽しいのだろうが、何と身勝手な。夫婦円満のコツ?そんなものあるかなあ」と、よく考えた。考えてた時は何にも浮かんでこない癖に、今回のように5日も家の中が、モデル・ハウスのようにきれいで静かだと何か物足りない。自分の好きな音楽を聴いても、テレビ番組をみても文句をいわれず、窓ガラスも透き通るようにきれいで、庭の花々も、野鳥も野生の動物の動きも、ハッキリ見える。水の出しっぱなしも電気のつけっぱなしも、玄関あけっぱなしもないから、彼の後を消しまわり、閉めまわることもしないですむ。本を読む時間もたっぷりある。それなのに、このつまらなさは何だろう?「お~い、帰ってきたぞ!腹減った、朝飯つくってくれ!」予期せずにグレッグが帰宅した途端に、ドアを開けっ放しで、庭にでて水をまきはじめた。「おい、ばーさんは水をやらなかったんだろう?かわいそうになあ」などと大声で、花にはなしかけ、「ビーニー!ばあさんにいじめられなかったか?」と、勝手に名付けたトカゲに怒鳴ってる。無論、ガラス窓にもドアにもびしょびしょ水をかけながらである。私は、また、「うるさいやつが、帰ってきた!折角きれいになったガラスが台無し!」などと、文句いいながら、朝食を作ってるが、何となく顔がほころびているから不思議なものである。その時、グレッグの言った言葉にハタと気づいた。「楽しめ!それが人生なんだ!」★子供が巣立ったあと、夫婦喧嘩の耐えない相手がいなくなった時に訪れる虚脱感を体験なさった方は大勢いらっしゃるでしょう。その時まで待たずに、「今に感謝」しながら、人生を充分楽しんでください。(グレッグが植えたアーティチョークが、奇麗なアザミになりました)
2009.07.16
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グレッグは、この10日間、介護のため殆ど両親の家に寝泊りして、数日毎の朝帰ってきますが、今回、庭を見ながら、ふと、「ここに戻ってくると、ほっとする。外泊するたびに、どんなにか、ここに帰りたくなるか・・・・」と、言ったのです。これって、最高のほめ言葉だと思うのですよ。こんなこと言われると、単純な私は夕食に熱をいれたりしちゃいますが、あなたはどうですか?
2009.07.15
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久々に、最近みた夢の話を書いてみましょう。無論毎日のように見てますが、これは皆様にも面白いかなと思うので・・・・数ヶ月前に娘から招待されて、アメリカのブログを開いたのですが、昔の友達にメッセージを出したら、「あら、なつかしい、今どこに住んでるの?娘のピアノやPTA時代を思い出す」と短い返信が来ました。それから1週間くらいしたときに、その娘ジュリー(昔のピアノの生徒)の夢を見たのです。で、ジュリーも同じブログにいたので、メッセージを書いたら、すぐ返事が来ました。それが、面白かったので、訳してみましょう。Hi Julie:It's been a long time. I just exchanged a message, in here, with your mom not long ago. This facebok is like a 'time machine' that takes me back 10-30 years. I have reunited with many of my piano students; cool place.Last night, for some reasons, I saw you in my dream. You were studying fashion in Paris! Outrageous or what? You were arranging your own designs on the wall. You were surrounded by many happy and curious people and looked very invigorated.I was thinking "Is that the same shy Julie I used to teach piano?" Maybe I saw such a dream because I was installing art works on booth wall at the Festival of Arts in LB. But why your dream? I can't figure out.Anyway, this is why I came to see your photo. You are absolutely beautiful!Hiroko ジュリー:随分暫くねえ。ちょっと前に、あなたのお母さんとメッセージを交換したばかり。このフェイスブックは ‘タイムマシン’みたいで10~30年前に運んでくれるみたい。沢山の昔のピアノの生徒と再開してるのよ、クールな場所!昨夜はどういうわけか、あなたの夢を見たの。あなたが、パリでファッションの勉強をしてる夢!狂ってるでしょ? あなたが、デザインを壁に貼り付けて、大勢の人がそれを見てる生き生きとした夢だった。「え?これが、あのシャイだったジュリー?」って考えてた。もしかしたら、ラグナでアートフェスティバルのブースに絵を飾っていたりしていたから、そんな夢を見たのかな?でも何故あなたなんだろう?わかんない。ま、兎に角、そういうわけで、あなたのホームページの写真をみに来たの。ずっごい美人になっちゃったのねえ。ヒロコHi Hiroko!Of course I remember you! How have you been? Are you still teaching?All is well here. I just moved to Seattle about a year ago from San Francisco to work for my friend's design company. We are actually starting a small fashion/retail business as a side project. We were working on some designs for it the day I received your message. Pretty funny! I told my friend and she loved it. She thought we should move our businesses to Paris... ha!It was good to hear from you! I hope everything is going well.Julieヒロコ!勿論、先生の事おぼえてます!その後いかがですか?まだ教えてます?私は元気。一年くらいまえに友達のデザイン会社を手伝うために、サン・フランシスコからシアトルに越してきました。私たち、サイド・ビジネスとして、小さいけどファッションと、即売の店を兼ねた仕事を始めたのです。先生のメッセージを受け取った日、丁度そのデザインをし始めていたところでした。すっごく可笑しい!友達にその話をしたら、喜んで、「パリにビジネスを持っていこうか」って、友達が言ったくらい、はは!メッセージ嬉しかった!これからも、どうぞお元気で。ジュリー
2009.07.13
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「グレッグのショーの記事がでてたよ!」と、 友達が週刊誌を数冊持ってきてくれました。 二人共知らなかったので驚いてます。グレッグが、絶対に売らないという絵です。
2009.07.13
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ラグナ・ビーチは南カリフォルニアの高級リゾートの町の一つとして得に夏はツーリストでごった返します。その町のアート・フェスティバルで、グレッグのブースの店番をしてるのですが、先週、丘の辺に、何かうごめくものがいたので目をこらすと・・・・・ヤギの群れでした!。そういえば、私が住んでいた時も家の横が谷になっていて、向かい側の丘に、ある季節になると牛の群れが来て草を食べそのシーズンが終わると、ヤギを放っていたものですが、隣町に引っ越して15年たつので、忘れかけてました。この丘に、野生の麦が沢山生え、それが発火して大きな山火事が起き、300軒以上も焼けたことがあるので、この町は丘に牛とヤギを放つようになりました。牛、ヤギの持ち主は無料の餌が出来るし、町は人件費が浮く、その上これは人を雇って刈り取るより完璧な仕事をしてくれるそうです。なんのことはない、21世紀のモダン時代に防火対策一番の方法は何千年も前からやっていたことだったのです。
2009.07.12
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「お~い、今すぐ手を貸してくれ!」階下から、グレッグの怒鳴り声が聞こえました。「何なの?こんなに朝早くから」「いいから、黙って降りて来い。ブルック(私の息子)に関係ある事なんだから」庭に出ると、4メートルくらいのどでかい,もみの木を裏庭の柵の外側に移植するのだと言います。その木はブルックが自分のお小遣いで買ったクリスマスツリーで、その頃は10センチ前後の可愛いものでした。「これ、すくすく育ってるけど、どうするの?山の別荘の大きな庭に移植してやりなさい」息子が大学生になったときに言いましたが「そのうちに」と伸ばしているうちに結婚して彼も38歳になってしまいました。息子の独立後は私が育て、グレッグが我が家に住み出してからは彼にバトンタッチ。もみの木は、軒下に届いてから太陽を目指してくねくねと曲がり初め、見栄えが悪く何か、いつも枯れているように見え、もうアストロ・バンにも入らない大きな木になってしまったのです。「僕が重いほうをもつからヒロコは先をもって、ガイドしてくれ、ゲートを通る時に枝を折らないように!」と、いいます。我が家の門をでて、表通りをグルリと100メートルくらい回って、裏のコミュニティー・ゲートに着くのですが、その間針がちくちくと、顔や手足を刺すし鼻をくすぐって、くしゃみは出るし、深さ10センチもある、ぐちゃぐちゃの泥を踏んで滑りそうになるしで、「いっそうのこと、切ってしまえばいいのに」と、つい愚痴ったのですが、その途端に、「木や、草だって命があるのだ!!君の息子が買って育てた木を切ってしまえとは、何と言うひどい女だ!」と、折れそうになった枝をさすりながら、大声で怒鳴ったのです。「へいへい、すんません」と、もごもご口の中で言ってると、「ヒロコは木には、精霊が宿っているのを知らないのか!何十年も手がけた木を、やたら切り倒したりするものではない。可哀想ではないか」と、彼にしては珍しく怖い顔をしてました。「まるで、ポカホンテスみたい」「何だと?」「アニメのポカホンテスもね、全ての木には精霊が宿ってるっていうのよ。あなたはきっとインデアンの生まれ変わりかもね」「ばか!」という事で、移植を終わらせたのですが、考えて見たら、その移植した場所には、もっと大きな20メートル位の木が二本も生えていたのです。で、それを削除させたのはグレッグだから、ちょっと理解に苦しむのですけどねぇ。
2009.07.11
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私自身、スピリチュアルの世界は信じますし、霊感もありますし、確かに心霊写真みたいなものを、撮ることもあるのですが、とことん理屈を調べないと安心できないたちです。つまり、いい加減なことでは信じないのです。この前から載せていた煙の写真の一枚・・・・皆様の意見を読んでいるうちに、ますます興味が湧いてきて、フォトショップで、あれこれ試みているうちに、煙で見えなかった男性二人のイメージがくっきり浮き出て来ました。ごらんのように、他の被写体はカラーなのですが、煙の中の人は白黒なんで・・・・・ああ、やはり!などと、一瞬思ったのですが、前後に写した写真と比べてみてこの右側はアクリルの絵を描くギャリーで、左側の男性も水彩画家でした。それでも、何故この煙がこんなにモウモウとたってるのか。。。それは、いまだに分かりません。あ、そういえば、今年なくなったかたは、4人だったのですよ。一人は絹の生地に素晴らしいデザインをするジムという男性で、彼はこのフェスティバルの数週間前に亡くなっていました。ムムム? ハテ? サテ?この煙は謎のままにしておきましょう。
2009.07.10
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「あ、そういえば、私の従姉妹が死んで、叔母達が養女をもらった時の、面白いいきさつを思い出した」とヴェニタがいうのです。「聞かせて」と言うまでも無く、彼女が話し出しました。「私の叔母達は、インドでも屈指の大富豪でね、今でも豪邸にすんでいるのだけど、目にいれても痛くないほど、可愛がっていた一人娘が5歳の時に死んじゃったの。それが私の従姉妹ね。生きていたら私よりずっと年上。それで、叔母達は嘆き悲しんだんだって」ヴェニタの話によると、叔母さん夫婦はそれからもずっと子宝に恵まれず、娘を亡くしてから、可なりの年数がたったある日、ボロをまとった夫婦と三、四歳の女の子のが三人で訪ねてきたそうです。どんな用事か聞いて来いと召使に訪ねさせると、「我々には大勢の子供がいるのだか、最後に生まれたこの子だけは、生まれてからずっと、どうしても我々になつかない。口が利けるようになった日から、あなた達は私の両親じゃない、私は大きな、大きな家にすんでいて私の名前は○○だった。と言い続けるのです。最初は、ちょっと頭のおかしい子供の想像話だと笑って、皆でからかい半分に、両親の名前や、どこに住んでいたか聞いたのですが、出鱈目でなく、ちゃんとした地名や名前でいつも同じ答えで、毎日、毎日、両親のところに帰してと泣くので、近所の長老に相談すると、それは生まれ変わりかもしれないと言うのです。そうでなくても、間違いだと分かれば、この子も諦めるだろうと思って、兎に角、この子のいうとおりの住所をたどって来てみたわけなのです」召使から、その話を聞いたヴェニタの叔母さん夫婦は、興味半分に会うことにしたのだそうです。すると、そのこは「お母様、お父様会いたかった」と、走りよって抱きつき、自分の部屋においてある人形を抱きたい、と言って、その迷路のような御殿を、迷わずに自分の部屋にいき、「この戸棚をあけて」と言ったそうです。その親子の住んでいるところは、部落民のすむ貧乏で辺鄙な田舎で、人々も教養がなく、カースト・システムはまだ残ってますから、言葉使いも全く違うはずなのに、その子だけ上流の言葉を話せたのだそうです。叔母さんたちは、娘をなくしてから部屋を開かずの部屋にしてあり、おもちゃの棚も鍵をかけてあって、誰も、そこに人形があることも知らない筈なのに、人形の名前も全部知ってていたのです。それでも夫婦は疑っていたのですが、そのこが、廊下の壁を指差して「ここに、エレベーターがあったのに。どうしたの?」と聞いた時、鳥肌がたったそうです。その時代にエレベーターのある家などは珍しかったのですが、エレベーターは、とうの昔に取り壊して、壁にしてあったので、そんなことを知ってるのは数人の家族か、親戚くらいだったから、その驚きようはなかったそうです。「その子は、叔母達だけでなく祖父母の名前から親戚の名前もひとり残さず覚えていたんだって!それでね、これは、もう娘の生まれ変わりに違いないから、いくらでも出すから是非養女にしたいと願い出て、その子の親達も、大勢の子持ちで、貧乏で、願っても無いので、許可したらしいのよ。それが、私の今の従姉妹ってわけ。もう結婚して孫までいるけどね。」「ヴェニタ!凄い話。それは、立派な生まれ変わりじゃないの。それでもまだ、あなたは信じないっていうの?」と聞くと、「でも、私自身が経験してないもの・・・・」と、ヴェニタが答えたのですが、グレッグも含めて人間はえてして、自分で体験しない限り信じない人がおおいようです。あなたはどう思いますか。(グレッグは、それでも、私と一緒になって長く、私の正夢を何度も経験しているので、少しずつ信ずるようになってます)★さて、昨日の写真が、どうも気になるので、拡大してみたら!二人の男性が写っていたのです。
2009.07.08
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昨日、アートフェスティバルのブース番をしていた時、たまたま本を読んでいた私の前を通りかかった、インド人のアーチストヴェニタとの会話が、思いがけない方向に発展したので、皆様にもシェアーしてあげたくなりました。2009年06月15日のブログに、生まれかわりは、あるか?というのを書きましたが、覚えていらっしゃいますか。(まだの方は、お読みください。その本を読んでいたのです)「何よんでるの?」とヴェニタが聞いた時、私は本の名前を言わずに、「あなたは、ヒンズー?」と聞き返しました。「そうだ」というので、「じゃ、生まれ変わりを信ずるでしょ?これは、あるアメリカ人の子供が第二次世界戦で亡くなった戦闘機のパイロットの生まれ変わりだったという実話の本」と答えたら、「生まれてみたらヒンズーだっただけで、別に、私はそういうのは、あまり信じない」と言ったのです。「私は信ずるのよ。子供の頃からあまりにも鮮明に自分が他の体だった不思議な夢ばかり見るし、起きてるときも不思議な声に注意されたり、問題解決に適切な答えをくれたりするから、それらをノートに書き留めておいたものを、本にしたのよ」と答えた途端に、彼女の顔がぱっと輝いて、「そういえば」と、聞きもしないことをべらべら話し始めたのです。まずは、父親の死に合えなかったことで悲しんでいた時に、4日目に夢に現れて、しかもハッキリとした声で、「心配しないでいい、私はすべて大丈夫。地球の体はなくなったけどこちらからちゃんと見えるのだよ。数日中に三つの事故が起こるだろうが守ってあげる」と言って消えたのだそうです。へんな夢を見たと思ったヴェニタは、半信半疑でいたのですが、その翌日、運転中に急にトイレに行きたくなって店の前に止めたとたんに、自分の数台後ろにいた人の車が酔っ払い運転の対向車に正面衝突で亡くなってしまったのを見て、ぎょっとしたのが始まりで、二週間に三回も、危ういところで命拾いをしたと言うのです。「じゃ、スピリチュアルの世界がある、という事は信ずるのね」と聞くと、「まあ、その位ならなね」と、まだ全面的には信じていないのです。・・・・・ところが!(続く)★私は、今までにも心霊写真とかいわれるようなものを、いくつか知らずに写しているのですが、ひとつ前のパーティーの写真の一枚から、物凄い煙がでているのに、今、気付きました。楽天には入れ忘れましたので、ここに添付します。このテーブルは、デザートなので、全部冷たいものばかりなのです。その横でもべつに料理などしてませんし、ドライアイスもありません。これは、一体なんだろう?と今も「理屈」考えていますが、全く科学的に考えてもこの煙がうかぶ条件が浮かんでこないのです。ただし、このアートフェスティバルに50年くらいブースを出していた日系二世のシンノ・タツさんという方と、何十年もセキュリティーとして務めていた方が、最近なくなっているのです。二人共、このパーティーを楽しみにしていたと思うのです。不思議でしょう?
2009.07.07
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アメリカ医療事情・脳手術後翌日退院 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 先ずは、先回二つのブログに書き込みくださった皆様に 心よりお礼を申し上げます。デイブは、もうすでに、昨日(3日)退院 して、家に戻りました。倒れて、入院、手術、退院が、わずかの4,5 日間ですから、アメリカの医療制度がよくお分かりになると思います。 一番時間がかかったのは、詳細にわたる検査、診断と手段の研究で、 一旦決断したら手術、リハビリは素早いのです。 世界中でも医療費が一番高いですが、それだけに医学、技術、施設も 進んでいます。また、同時にその医療費が高いことによって患者も速く 退院したがるわけです。なんせ、CAT スキャンだけでも40万円 位しますし、入院費も一日30万円くらいするのです。保険があっても カバーするものと、しないものが細かく、結局は自己負担も可なり 大きいので、場合によっては手術後高級ホテルで静養する人も少なく ありません。一日30万もかかるなら、個人看護婦を雇って一日10万 円くらいのホテルのスウィートのほうが、ずっと環境もよいからです。 デイブの場合も手術した翌日は、朝からもう歩行器で歩き、普通に 話せるようになっていましたから、本人の希望でそのよる帰宅して しまったのです。看護婦を雇える経済的余裕があっても、この世には、 家族でないと信用できない人が多く、デイブもその1人です。 これは、家族に可なり負担がかかってきます。グレッグと、弟が 交代で看護をしてい、時々弟の嫁さんが行くようですが、1人大病人が でると、連鎖反応で周りの人のスケジュールや負担が増えてきます。 昨日、グレッグが帰宅した時に「看護って、可なりくたびれる」と 文句をいうので、 「私は、アルツの姑と、脳溢血の舅二人を、家を自分達で建てながら、 子育てをしながら、ピアノを教えながら、7年間看護したのよ」と 言ったら、やっと私の忍耐強さ、献身の心がわかったようです。 たった、4,5日で、もう音をあげてるのですよ。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ま、そういうわけで、今日は本当は『独立祭』なのですが、彼は朝食後 また、数日分の着替えをもって出かけましたから、私は1人ですので、 ゆっくりする時間がありブログがかけます。夕方くらいにでもお見舞い に行きます。嫁でないので、その点気楽です。 昨夜のアート・フェスティバル・パーティーは、可なり楽しかったで す。主催者側もバフェーを用意し、ウェイターたちが、お盆に、 オードーブルをもって、周ってきますが、そのほかに、各アーチストが 自分のブースでもワインやら、おつまみを用意するので、食べ放題 呑み放題のパーティーでした。
2009.07.05
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皆様がお祈りくださったのも手伝って、手術は無事終わりました。悪性でとりにくい腫瘍と違い、大きかったのですが、一塊だったので、全部取り除けたそうです。ありがとうございました。私は時間が無いのでまだ病院にいってませんが、電話では一昨日デイブと話してます。手術をするか否かと、考えていたらしいですので私の周りで同じ手術をして30年生きてる人を3人知ってる話をし「それから、ますます技術が発達してるのだから、絶対にしなさい!大丈夫よ」と、一言太鼓判おしただけです。昨日、グレッグが「昼ねしたい」と、帰ってきたときに、皆様の励ましの話をデイブに伝えるようにいっておきました。私は、アートフェスティバルの開会パーティーが終わってから、皆様の書き込みをプリントして、彼にもって行きます。後は写真でどうぞ:(ヒロコさんは、楽しみながらやるのね。と、迎えのブースの 石井まりこさんが写真をとってくれました。彼女は、プリント芸術 で、先々週日本で一位を獲得したそうです) (はい出来上がり! これを、私1人でやったのですよ。無論 大工仕事は友達をやといましたけどね。ペンキ塗り、絵をかけ、 タイトルをつけ、ポートフォリオなどを用意し、飾りつけをさっき 終わらせてきました。いまから、明日のパーティーにだす、おつまみ の買い物にいってきます。帰ってきたら、昼ねをします。) (昨夜は、フミコさんと、パジェントの舞台を見に行きました。 リサイクルのバブルラップや、プラスチックだけでつくった、仮装 服をみてください)
2009.07.03
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急変!祈ってください一昨日の夜、デイブ(グレッグのステップ・ファーザー=継父)の「様態が普通でないから病院に連れて行く」という電話が義弟からあり、一人では何も出来なくなってる母親の面倒を見に、グレッグがあちらの家に行ってます。可なり進んだ脳腫瘍だそうです。倒れる数時間前までは健康そのもので若々しく、本人にも自覚がなかったので寝耳に水。デイブと私は、歳も変わらないのですよ。人間「一寸先は闇」ですね。どうぞ祈ってあげてください。「暫く家に戻れないから、あれこれ持ってきてくれ」とグレッグから電話が来たので着替え、食べ物、その他もろもろを届けて来ましたが、アート・フェスティバルの大仕度は私一人でやる事になりました。この様子では開会のパーティーも、私一人で仕切ることになりそうです。そういうわけで、暫くブログを休み、返信も出来ませんが、祈りの書き込みは読んで、デイブに伝えますのでよろしく。
2009.07.01
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