全11件 (11件中 1-11件目)
1

人生も秋に入らばまた一人友が去り逝く落葉(らくよう)のごとsuch is nature’s wayas my life approaches fallreality setsanother good friend is gonelike a falling autumn leave
2019.07.31
コメント(2)

このサイトでは、一時間以上になりますが、前半は来年度の定期公演のプレビューでまだ練習中のうた、後半はコ~ラス仲間のタレントショウで、私の作詞作曲(時の流れは止まらない)は、1:00:30位から出て来ます。歌詞は下にありピアノ伴奏も私の作品です。写真はピアニストの嶋田郁子(ふみこ)さんと。グリーンの字をクリックするとYoutubeに繋がります。時の流れは止まらない夢をいだいて故郷をでた言葉もわからず、人も知らず珍しいことや楽しいこと我をわすれて試してみた時の流れに気づかずにゴールはずっと先だと無視していた辛い事は全部すてて国に帰りたくなったり無我夢中に生きてたらいつかゴールに立っていた時の流れは止まらない全てはあっという間に思い出となる全てはあっという間に思い出となる
2019.07.29
コメント(0)

今月末、サマーコンサートがあるので、練習にいそがしくて、ブログ書くひまありませんが、7月号がやっと手に
2019.07.20
コメント(0)

針の穴糸通せない何回も母思い出し笑いが漏れるno luck in threading (no luck in thread/ing=5)aimed the tiny needle hole (aimed the tin/y nee/dle hole =7)for numerous times (for num/e/rous times 5)I began snickering as (I be/gan snic/ker/ing as =7)recalling late mother's plight (re/call/ing late mo/ther's plight=7)英語の場合は拍数でやってみてます。あなたも試してごらんなさい。今回のは一時間以内にできましたが、ときとして一月かかることもありますし、英訳をあきらめることもあります。勿論、自由なかたちの英語でもかまいませんが、私は式部でもシェークスピアでもないけど、字遊びとして57577でやってます。数にとらわれなければ、もっとスムーズなきれいな英語の詩になるとも思いますが、私は、遊びがすきなのです。老いた脳の刺激にもなるのです。
2019.07.17
コメント(0)
幽霊が怖い、怖くないは個人差があると思うが、人間は白紙で生まれてくるから人種差別、善悪の差別、価値観のように育つ過程で育まれる周りの影響で観念ができてくるものではないだろうか。つまり、赤ん坊しかいない部屋に幽霊なるものが現れても「くぅ~」とかニコニコするか、無視するのではないだろうか。周りの大人が「きゃ~」とか騒ぐことによって「怖いものなんだな」とインプットされるのであろう。その例として私の幼児時代の思い出話を書いてみる。 我が家は戦争で東京の家を焼け出され漁村に疎開したのだが、同じく家を焼かれた親戚のF叔父様という(やもめ)が加わって一緒に住んでいた。年老いたFは富士山が目の前に見える二階の四畳半を使っていたが、足が悪くて杖をついていたから、ご飯時やおやつの時間になると手すりにつかまりながら杖をコッツン・コッツンと鳴らしながら降りて来た。暫くして病気で亡くなって東京でなく地元のお墓に埋葬された。すると、夕食の時間になったとき階段(怪談ではない・笑)の方でコッツン・コッツンという杖の音がしたので、「あら、叔父様もお腹がすいていらっしゃるようね」と母が言って、皆で大笑いしたのだ。それからは、皆でFの杖の音を期待しはじめ、私より7歳上の従兄までも「こんばんも来ないかなあ」というように次の日も次の日も楽しんで、聞こえない日はがっかりしたものである。そういう訳で4才くらいだった私も幽霊というのは面白いものだと思っていた。ところが、小学校からだんだんと「怖~い話」というのをラジオできいたり、友達と納涼大会などにいったり、≪四谷怪談≫みたいな映画を見ている内に幽霊は怖いものなんだな、という観念も芽生えた。その内、様々な人生経験、不思議な体験をし歳を重ねて今にいたるのだが、義両親の介護をしているうちに又考え方が変わって来た。 メリーは仮名で私の姑であった人...今オレンジ・ネットワークという日本語の月刊雑誌に連載している≪ハッピーなマルチ介護≫の登場人物の一人。かなり酷いえこひいをする人だったせいもあって、大勢に嫌われるか煙ったがられていた。どういう訳か、息子と私はかなりえこひいきされていたから、邪けんにされていた人達とは彼女を見る視点が違っていた。 ちなみに、メリーを最後まで愛していた義父や私は、メリーの出現は怖いどころか嬉しかった。ところがメリーとうまく行ってなかった人は、メリーの『霊』の出現をネガティブにとって怖がったのである。最後まで母親を嫌っていた義妹は精神的に悩み体にも不思議な現象があらわれたりした。故に許す、謝罪するは大事なことである。たった一つの例だと笑わないでほしい。こういう事からみても、人間いさかいや、わだかまりがあったらお互いに生きてる間に解決しておくことをお勧めする。 ただ、そうなると先に書いたブログのメリーを知らなかったライアンの行動はどう説明して良いかわからない。この世の中、説明できないことは山とあるとだけ書きたしておこう。追伸このブログに、怨念をもった幽霊はやっぱり怖いですよ。という書き込みがあって、そうだそうだ、そういうのがあったなあと思いましたので、ちょっと訂正というより、書き加えておきます。【幽霊は怖いか、怖くないか】の話に出てくる幽霊は家族や知人、あなたに直接関係のあった人達の事です。
2019.07.13
コメント(2)

幽霊を三省堂の新明解国語辞典でしらべたら『死者の霊が生前の姿になって現れたもの』とあり、日本語ウィキペディアでは『死んだ者が成仏できず姿を現したもの』とか『死者の霊が現れたもの』とある。英語ウィキペディアは、もう少し大幅に細かく説明してあって宗教から始まっていて、人間に限らず生あるものの死後、こちらの世界に有形無形として現れる現象らしく、ギリシャ語のスピリトス、つまりスピリッツやスピリチュアルみたいな意味でBreath『息吹』という意味から始まったと書いてある。又、科学者たちはこぞって『幽霊など無い。アルツハイマ―病に似た脳の一部の欠陥で幻想である』という人もいるらしいが、アインシュタインやつい先日まで生きていたスティーブ・ホーキンスなどが死後の世界を信じていたから、あながち幻想だけだとは思わない。 私は科学者でも霊媒でも宗教家でもないが、幽霊とかゴーストとかスピリットとか呼ばれるものは全部『エネルギー』つまり『気』の変形だと思ってる。よく道を歩いてる時などジョギングする人が通り越したあとに、その人の臭いが残っていたり、エレベーター内に前に乗ってた人のタバコや香水などの臭いがのこってるように、いずれは消えてゆくものだろうが、そこに当人がいなくてもその臭いが残る、ましてハグした場合長い間ついてまわる感じのものもあるが、そんなものではないかと思う。そのように死んだ場合物体(見えるエネルギー)は灰や骨となって葬られるが精神(見えないエネルギー)は気体となって宇宙のどこかに戻っていくのだろうが『気』の強い人ほど繋がりのあった人、場所、物などから完全にはなれるまで時間がかかるのではないだろうか。(鎌倉・長谷寺)(息子の写した瑞巌寺にもはっきりした煙がうつったのがあり、見つからないが宮島でもハワイでもお墓の近くのはうつってる) 私は霊を感ずることはあっても姿をみたことはまだない。つまり、会話が本当にきこえたり触られたり、さもなくば頭の中にイメージがはいってきて何を言いたいのか分かったり、フィルムに煙や人影がうつっていたりした経験はある。又、生霊というのだろうか、入院していて昏睡状態でも生きてる人が死ぬ前に何かを知らせに来たりするのを夢でも実際にでも受け取ったことはあるが、まだ生きてるから幽霊ではない。人間には眼耳鼻舌身意の六感(身は体だが、触れて感ずるから)があり臭覚の鋭い人、鈍い人によって臭ったり臭わなかったりするように、霊感の強弱で『幽霊』が見える人も見えない人もいるのだろう。
2019.07.12
コメント(0)

姑のメリーはアルツハイマー病で亡くなって自分がまだ死んでいないと思ってるのか、二十数年も前に亡くなってるのに昨日のブログのように別荘にライアンの躾をしに来たり、ラグナ・ビーチの自宅にも時々現れる。死後自分の好きだった家が壊され新築されたので怒ってるのか、まだ元の家に住んでるつもりなのか家を相続したメリーの娘(義妹)や、その家族にも姿をみせたりいたずらなどをしてる。 私は義父とメリーを8年間介護し、二人のお葬式まで一人で全部とりしきり、その間に離婚までしたので義両親の無くなった後も前夫の育った家に暫く一人で住んでいた。メリーは読書がすきで、生存中アルツがかなり進行しても郵便配達が来るのをいつも楽しみにしていた。そして意味が分からなくなってきた頃も広告でもなんでも隅からすみまで、声を張り上げて読み、両面読み終わると、もう最初から読んだのをわすれて、ひっくり返してまた読んでいたから、徘徊するようになったころは、長時間のよいお守りになった。 メリーの家の郵便箱は、家の壁に郵便入れの穴があいていて郵便物が直接家の中にドサンと配達される仕組みになっていたので、メリーは郵便配達がくると、いそいそとその部屋に郵便をとりにいくのが長い事の日課になっていた。私の方が先に郵便物をとると、後ろから抱き付いてきて「私にもきてる?」とのぞくのも癖だった。「あるわよ、これもこれもメリーのよ」と渡すと、幼児のようによろこんで大事にかかえてロッキングチェアーで読みだしたものだ。 メリーが亡くなって暫くした時に、郵便物をとりにいく度、すぅ~っと私の横を風が通り抜ける感じの事がよくあって、最初の頃は隙間風だろうと思っていたが、ある日うしろから抱き付かれる感覚がした時はメリーだな?と直感!生前やっていたように、「あるわよ、これもこれもメリーのよ」とテーブルに置くと、宙にうきあがった・・・・というのは嘘! でも、メリーが私の腰に腕を回してるのはよくわかって、ある日みたらちゃんとその場所がぺこんとへこんだのを目撃したことがある。いつも昼間だったし、私は愛されていたからちっとも怖くなかったから、まだそこにいるように会話をしていた。私の経験は1994位で終わってるのでライアンの話を聞いたときは正直、「まだいるんだ」と驚いた。 義妹の場合はプライバシーにかかわるので詳細は書かないが、医者にかかったくらい可なり大変な事になった。その夫も昼寝してると足の裏をこちょこちょとくすぐられたことが何度もあるそうだし、姪たちもメリーが階段のあたりをフライパンみたいなものを持って行ったり来たりうろうろしてるのを数回みてるらしい。そこは元台所であったからメリーはいまだに料理をしにきてるのだろうか。 その話を、息子にしたら、「なんで、僕のところには来てくれないのだろう。あいたいなあ。経験してみたい」と不満気に言った。ちなみに、息子はメリーに孫の中で一番かわいがられた子である。まだライアンの話はしてないから、「・・・というわけだから、別荘に一人で行って散らかしてみたら?おばあさんに会えるかもよ」と言ってみるつもりである。 *メリーの幽霊の話では、とっておきのエピソードがあるが、≪ハッピーなマルチ介護≫に書いたから省く。
2019.07.11
コメント(4)

孫の長男コールと次男ライアンは大学生になったので、山の別荘に自由に行ってよいことになったらしく、娘は合鍵もあたえたそうだ。コールはしっかり者で自動車の運転も慎重だから親たちは安心してるが、ライアンは集中力に欠けているのと、おっちょこちょいだという理由で免許証も取らせてもらえない。その上、隠れてお酒を飲んだりタバコをすったりするから運転事故をおこす可能性大だろうと、親は心配するのである。 ライアンは心優しく、孫の中でも人の心をさっするのが一番早く、私が台所にいると手伝ってくれるのはいつもライアンであった。ところが、散らかすのも半端でなく部屋のなかはいつも嵐が吹きまくったあとのよう。娘曰く、「実母の家では住み込みメイドが全部やってくれるから、そのくせがついてるのよ。でも、私の家では自分で片づけさせてるんだけど、片づけてこの程度・・・もうあきらめた」と言った。 ある日、コールとライアンが友達もつれて別荘にいった時のことである。ダイニングで皆が食事をしようと思ってもライアンがまだ部屋にいたらしく、コールが呼びにいくと、ライアンが青いかおして、あたふたとあちこち片づけていたらしい。「何やってんだよ。めしだ、早くこいよ」とコールが言うのに。「いま、太ったお婆さんに、こんなに散らかして何ですか!片付けなさいって怒鳴られたから」と、せっせと片づけていたのだそうだ。「太ったお婆さん?なに言ってんだよ。誰もいないじゃないか」と、コールが言うと「今いたんだよ、そのデスクの前に」と片付ける手を止めなかったそうな。 その別荘は、娘も息子も幼児の頃わたしのお姑さんが設計して大工が外装をおわらせ、前夫と私が内装を終わらせた家であるが、コールもライアンも娘にとっては継子なので、お婆さんにあったことなどなかったのだ。まして、太っていたなど知る由もない。家に戻ったとき娘が自分の祖母の写真をみせると、ライアンが「そう!この人!」とびっくりしたのだった。今では笑い話になっていて、その後ライアンが片づけるようになったかというと、そうではないらしいが、別荘では恐らく散らかさないであろう。
2019.07.10
コメント(0)

グレッグは≪ゴースト・ハンター≫というテレビのドキュメンタリー番組が好きである。私も「見ろ見ろ」と言われて何回か一緒にみたが、数カ月で飽きたのでそれから見ていない。数年たつが彼はいまだに見ているらしい。 私に見ろという理由は、私自身77年の人生で非科学的な不思議な体験を沢山していたり、正夢、予知夢はもとより霊感が強く死者の声が聞こえたり、感じたりして何度もグレッグを驚かせているからで、彼は私に「このサイキックや霊媒はほんものだと思う?」と聞きたいのである。聞かれても、人それぞれで私にはわからないから、「私自身が同じ場所に立ってみなければわからない」と答えるが、会話の相手になってほしいのだろう。「ここは、幽霊がでるそうですが、何かかんじますか」とか人に聞かれても無理。勝手にあちらから入って来るものを素直にキャッチするだけなので、いつ、どこで、何が私のなかに入って来るかはわからない。どちらかと言えば、とことん理屈を追求するタイプ。 でも10歳くらいの頃、いう事を聞かなかった4才足らずの妹をひっぱたこうとした瞬間に「罪のない子をなぐってはいけない!」という声が頭の中にサラサラというラジオのような音ではっきり聞こえたり、家族でミシシッピー州のジェファーソン・デービス(南北戦争の南の将軍)の家を訪ねた時にささやき声、泣き声がきこえたのは覚えてる。その話は書いたことがあるからここでは省くが、初めて読む方に簡単に書くと案内人が「この部屋で愛する娘が亡くなった。そして病人続きのこの家では従業員も家族も皆声を落として会話をするように言われていた」と言ったので納得したのだ。 前置きが長くなったが、私と住むようになってグレッグは死後の世界を信じるようになったのは良いが、今度は夜中に壁や本棚の中からがりがりとか、コソコソという音が聞こえると、幽霊だ!というので壁の中のは隣の木の枝が風でこすりつけてるものだと思う、本棚の後ろのはネズミが壁の中で何かを食べてるのだと思うと説明するのだが半信半疑。 ところが、昨夜トニー(犬)の専門のドアの下がヒラヒラ風もないのに開閉しており、なにかが入ろうとしてる。トニーなら一押しで入って来る、不思議だな? まだ庭にいるのかな?と、ソファーから立ち上がり電気をつけて見に行ったが全く何もいない。一応トニーのベッドを見に行くと、ちゃんと丸まって寝ているではないか。こんどは庭の電気をつけ、室内を暗くしてみると、又、ペコペコと開閉し始めたので、外泊中のグレッグの携帯にメッセを入れると、「幽霊だよ!幽霊、絶対に。昨夜もヒロコの寝たあとで同じことがあった」と返信してきた。「幽霊だとは思わないけど、ロックしておく」とまた立ち上がって、そっとのぞくと、耳も目も大きなネズミがとぼけた顔で座っていたのだった。ネズミは頭が良いから、きっと昼間トニーが出入りするのを藪のなかから見ていたに違いない。そして飛び上って開けようとしたけど、軽すぎて開かなかったので何度も何度もくりかえしていたのであろう。なんとも、可愛い幽霊であった。
2019.07.09
コメント(0)

「金曜日の朝7時半から8時までにトニー(犬)のデンタル・クリーニング予約したからね」と、グレッグが事もなげに言った。彼は、いつも相談なしにそういう事をやる。「金曜日はこの15年ずっと、ラナと早歩きするの知ってるじゃないの」と憤慨気味の私。「その日しか開いてない」私は文句いいながら、ラナにキャンセルのメッセージを送信。「歯ぐらい私達でみがけばいいじゃない」「そうもいかんのだ」「で、いくらかかるか聞いた?」「さあ、大したことないだろう」「聞いてみたら?」「うるさい!もう遅いよ」というわけで、朝散歩に連れ出し、帰って来ていつも通りにご褒美をあげようとしたら、麻酔をかけるから食べものを与えてはいけないんだという。「なんで、そんな大げさなことするんだろう?」「噛みつくからだろう」「そりゃそうだ。見知らぬ人が口をこじあけるんだから」と、私。7時40分、我々はペットショップの一部である獣医にいくと、色々きかれたあと10時間かかるから、夕方の6時に迎えに来いという。「え?10時間も?」と流石のグレッグも驚いてきいた。「全身麻酔ですから」と、係のものはいとも簡単に言ったのだった。「ところで、こいつがうるさいもんで・・・」と私のせいにしてグレッグがいくらかかるかきいたら、「$460+税金」だと、いったので、グレッグはぎょっとしたらしい。勿論私も驚愕し「それみたことか」と腹が立ったけど、もう事おそし。トニーは係の人の腕の中。年間$500の会員になれば、今回のも只、予防注射もオフィスも無料というが、入会費が$100だというのだ。何が無料だ!とその商法に腹をたてて断った。「$100余計に払うだけで、予防注射も診療もむりょうだよ」と、グレッグはまだ私を説き伏せようとしてるが、その手にはのらない、予防注射は数年に一度、デンタルケアーだって毎年やるわけではない。そのうえ、診療につれてくれば、あそこが悪い、ここが悪いといわれて、あれこれ薬をかわされる、それがまた、目が飛び出るほど高いのだ。トニーは元気そのもので、我が家に来てからは吐いたこともないし、下痢をしたこともなくいたって元気なのに、グレッグはほいほいと、大金を出して余計な薬を買ってくる。その薬を包む食べものがまたとんでもなく高い。これは去年の話だが、夏の前で脱毛してると私がいうのに皮膚病だといって、グレッグが勝手に獣医に連れて行った結果である。「夏の前には毛がぬけるんだって」とグレッグ!「馬鹿!最初から私はそういってるじゃないの」合計$100なり。 私の子供時代の犬なんて、我々の残飯をたべ狂犬病やジフテンバーだったかの予防注射だけで死ぬまで元気で医者になど連れて行かなかった。グレッグがステーキやら、自分の食べものを与えるから、トニーは高価なドッグ・フードさえ拒否し、自分の皿のは半分のこすか全部残すから物凄い無駄をだしている。だからといってドッグフードがなくなれば、買いに行くのである。6時にトニーを受け取りにいったら、「今日食べなかっただけで一ポンドは軽くなってる。ダイエットしないですんだね」と、グレッグが言った。可愛そうにトニーはもうろうとした顔で、グレッグが抱いてることも、私が運転してることも分からないらしくジーッと一点をみつめていて、帰宅してもどこにいるか分からないらしいのでグレッグがベッドに連れて行ったが、折しも20年ぶりの地震で自分もフラフラゆれながら我々のところにやって来た。もうろうとしていても、「何かへんだ」と思ったらしい。一晩寝たのに、翌朝もまだ100%もとにもどっていなく、散歩から帰宅して「ごほうび」を与えても暫くくわえたまま、立っていた。(写真参照)アメリカの医療費は獣医でも高い。。。病気ならいざしらず、私はそこまでして、歯をきれいにすることはないと思うのだ。
2019.07.08
コメント(4)

The OCFC summer concert will be held on July 27 at the Newport Harbor Lutheran Church. The half of the program gives you a glimps of next year main concert in the Spring and the 2nd half is like a talent show by our chorus memebers. Please come and hear my 4 parts chorus composition performed by my choir friends. サマーコンサートに是非おいでください。プログラムの前半は来年度のプレヴュー、後半はメンバーのタレントショーのようなものになります。私の作詞作曲を仲間たちの四部合唱で歌わせていただきますのを楽しみにしております。
2019.07.03
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1
![]()