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<『キャット・ギャラリー 猫の贈りもの』2>図書館で『キャット・ギャラリー 猫の贈りもの』というアート絵本なるものを、手にしたのです。おお 古今東西の猫画像がいいではないか。巻末には切り取り可能なポストカード集がついている、粋な絵本やでぇ♪【キャット・ギャラリー 猫の贈りもの】深大寺かおる著、小学館、2003年刊<「BOOK」データベース>より人の心の中には、猫のための場所がある。名画の中から飛び出した猫、ネコ、ねこ。猫いっぱいのアート絵本。<読む前の大使寸評>おお 古今東西の猫画像がいいではないか。巻末には切り取り可能なポストカード集がついている、粋な絵本やでぇ♪rakutenキャット・ギャラリー 猫の贈りものピカソの描いた猫を、見てみましょう。図版解説13ピカソ 鳥を捕らえる猫 1939年、つまりあの『ゲルニカ』から2年後に描かれた作品である。そして『ゲルニカ』の残響のように、この絵にも暴力や苦難といった、暗い時代の重いテーマが響いている。猫はここで、残虐さの象徴なのだ。でも、がっかりすることもない。 ピカソは大の猫好きでもあった。この怖い顔のキジ猫だって、可愛がられている家猫だろうと想像できる。鳥の捕り方が下手なのだ。野生猫や、自力で食料を確保している野良ならば、前足で獲物を押さえて脊髄にガップリと噛みつくだろう。一撃で殺した鳥の羽を、今度はゆっくりとむしるのである。 こんなふうに翼の先のほうを不器用にくわえるのは、ゴハンをたっぷりもらっている、しかも狩りに慣れていないタイプの家猫君に違いない。でも坊ちゃん猫だって、鼠や小鳥には跳びつかずにはいられない。突き出た爪。興奮して振り上げた尻尾。猫は、私たちのもっとも身近にある野生なのです。藤田嗣治の描いた猫を、見てみましょう。図版解説15藤田嗣治 子猫 「ワタシは、ツグハルさんのネコです。ワタシたち、パリで暮らしているんですけど、ツグハルさんは、ジャポンとかいう遠い遠い国からやってきたそうです。ツグハルさんは画家で、よくワタシを描いてくれます。寝てるときも、遊んでるときも。どれも、とってもうまいです。 ツグハルさんはジャポンの人だから、つい比べてしまうんだけど、こっちの人たちが描くネコとは段違いだわ。まあ、こっちにも、そう悪くないのもありますけれど。ええ、ネコだって、そのくらいわかります。 この絵は、ワタシが子どものときのもの。背中から尻尾にかけて長い毛がふわふわしているところも、まだあどけない寝顔も、申し分ないでしょう?とにかく、ツグハルさんは、ネコは柔らかく繊細に描かなくてはならない、やさしい生き物だってことを知っているんだわ」。洗礼名レオナール・フジタ。明治19年、東京に生まれ、26歳で渡仏して大成功をおさめた画家の、40歳のころの作品。 『キャット・ギャラリー 猫の贈りもの』1
2018.06.30
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図書館で『キャット・ギャラリー 猫の贈りもの』というアート絵本なるものを、手にしたのです。おお 古今東西の猫画像がいいではないか。巻末には切り取り可能なポストカード集がついている、粋な絵本やでぇ♪【キャット・ギャラリー 猫の贈りもの】深大寺かおる著、小学館、2003年刊<「BOOK」データベース>より人の心の中には、猫のための場所がある。名画の中から飛び出した猫、ネコ、ねこ。猫いっぱいのアート絵本。<読む前の大使寸評>おお 古今東西の猫画像がいいではないか。巻末には切り取り可能なポストカード集がついている、粋な絵本やでぇ♪rakutenキャット・ギャラリー 猫の贈りものスタンランのポスターを見てみましょう。図版解説23スタンラン キャバレー“シャ・ノワール”の巡回公演ポスター パリのキャバレー『黒猫』のポスター。芸術家やインテリを客層とし、そのエスプリのある雰囲気をウリにしたキャバレーだ。 店の名も、当時、そうした人々の間でカルト的な人気を博していた、エドガー・アラン・ポーの小説『黒猫』からとられたもの。ポスターの絵には、猫の絵に定評のあるスタンランに、白羽の矢が立った。期待にたがわず、ここでもスタンランの腕は冴える。 あの恐ろしい小説の主人公たる黒猫の雰囲気を伝えるだけでなく、どことなくユーモラスにも仕上げているのだ。ピンピンと跳ねた力強いヒゲ。金色に光る鋭い目。少し毛の逆立った背や尻尾。誇り高く張った胸。芸術家や文人に愛されつづける猫にふさわしく、奔放さと威厳、知性とユーモアが混ざり合ったような姿である。 黒猫は、ボードレールの詩を引用しながら(なにしろ、教養のある猫なのです)、こんな風に答えるかもしれない。「そう、私は、学問と逸楽の友」
2018.06.30
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7月11日に神戸新開地・喜楽館がオープンするようです♪この上方落語の常設館は、大使がよく行く2本立て館のすぐ近くにあって、まさにドングリ国の文化施設というかんじでんな♪さっそく、喜楽館公式サイトをのぞいてみました。神戸新開地 喜楽館より昼席料金:前売 ¥2,300、当日 ¥2,800入場しなくてもお気軽にお立ち寄りください 演芸場の入場口前のアプローチ沿いに設置しているギャラリースペースは、入館しなくても気軽に立ち寄っていただくことができます。上方落語のことや、新開地のまちの歴史や魅力にふれてください。7月の公演カレンダーによると、めぼしい公演は満席となっているので・・・半月ほど過ぎた頃の昼席を予約しようと思っています。
2018.06.30
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2本立て館で観た映画を集めてみました。ま~個人的な鑑賞目次みたいなものです。R8:「覚悟をもった嘘!」を追記・覚悟をもった嘘!H30.6.28・時空を超えて・・・H30.5.24・今年一番の「衝撃」と「温もり」H30.4.14・静と動・・・H30.3.16・【年末】掘り出し物特集H29.12.25・家族の歴史H29.10.04・子供たちのためH29.6.29・ヨーロッパの景観H28.11.18・噂と真実・・・H28.11.7・人生いたるところに青山ありH28.9.8・暑中お見舞い2本立てH28.8.15・新春の2本立てH28.1.1・仲間と家族、大切なのは絆・・・ H27.11.24・行動すると、何かが・・・ H27.11.03・使命を背負う者は・・・H27.10.04・家族以上の絆H27.8.04・初老向け二本立て映画H27.3.28・生きた証H26.10.30・不良老年2本立てH26.09.20・文芸2本立てH26.8.14・離婚の危機を乗りこえたH26.3.09・頑張るフランス女H26.2.06・大晦日に2本立て館へH26.1.5・豪華2本立てを観たH25.9.28・屋根裏部屋のマリアたちH25.4.24・「キリマンジャロの雪」と「星の旅人たち」H24.12.20・全天候型ロボジーと自称しているのでH24.8.11・マーガレット・サッチャー鉄の女の涙H24.7.8・ゴーストライターH24.4.11・ハートロッカー2010.09.07・グラントリノ2009.08.14・ナイロビの蜂(The Constant Gardener) 2006.09.21以降、折りをみて追記予定。
2018.06.29
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本屋の店頭に『EVシフト』という興味深い新刊が並べてあります。図書館が購入していないか調べてみたら、購入、収蔵していたのです。やれ嬉や♪さっそく、この本を図書館に借出し予約したのです。販売台数世界一位の中国BYDのEVが気になるのです。つまり、技術的にイマイチであっても、EV用インフラも含めて集中的に量産化を図る中国は脅威ではないか。【EVシフト】風間智英, 鈴木一範著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりプレミアム市場の先駆者テスラ/販売台数世界一位の中国BYD/EVシフトに出遅れたトヨタ・ホンダ/カギを握る電池開発の最前線/これから消える部品・増える部品/ドイツと中国の共同覇権構想/米国ファーストの影響/ガラパゴス化が進む日本/自動車産業の水平分業化/自動運転とシェアリングサービス/電力マネジメント問題/「走る蓄電池」としてのビジネス/クルマのアズ・ア・サービス化、ほか。業界構造、勢力図、産業、暮らし。電気自動車が世界を変える。<読む前の大使寸評>販売台数世界一位の中国BYDのEVが気になるのです。つまり、技術的にイマイチであっても、EV用インフラも含めて集中的に量産化を図る中国は脅威ではないか。<図書館予約:(6/28予約、副本1、予約5)>rakutenEVシフト文芸春秋(2018年3月号)の連載コラム「新世界地政学」では、次のように指摘しているが、さてどうなることやら?<そもそも、いまのEV需要は補助金による「つくられた需要」である。現時点での補助金水準を維持したまま新車販売の20%をEV化した場合、中国の補助金は年間4兆円に達するという試算もある。これは維持できない。>この本も日米中EV対決に収めておきます。
2018.06.29
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久々にくだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「嘘八百」と「5パーセントの奇蹟」であり、館主の設けたテーマは「覚悟をもった嘘!」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、今回のテーマとしてはいいんじゃないでしょうか♪【嘘八百】武正晴監督、2017年制作、H30.6.28観賞<Movie Walker作品情報>より『百円の恋』の監督&脚本コンビによる痛快コメディ。中井貴一が空振りばかりな目利きの古物商、佐々木蔵之介が落ちぶれた陶芸家に扮し、幻の利休の茶器をでっち上げて一攫千金を狙う姿が描かれる。陶芸家の妻を友近、贋作作りに関わる陶芸家の仲間を木下ほうか、坂田利夫など個性派が顔を揃え、ユニークな物語を盛り上げる。<大使寸評>贋作アーチストと贋作商売人、そして、ちょっと怪しい鑑定士が入り乱れて騙し合いが・・・(大阪弁で)繰り広げられています。関西人としては特に、ストレス発散にいいんじゃないでしょうか♪Movie Walker嘘八百この映画館では毎回、幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回もダイエーで買ったサンドウィッチでした♪【5パーセントの奇蹟】マルク・ローテムント監督、2017年、独制作、H30.6.28観賞<Movie Walker作品情報>より先天性の病気で視覚の95%を失った青年が、一流ホテルで働くという夢を叶えるため、目が見えないという事実を隠し、努力の末に成功を収めた実話がベースの人間ドラマ。反ナチスを訴えた実在の女性を描き、アカデミー賞外国語映画賞候補にもなった『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』のマルク・ローテムントが監督を務める。<大使寸評>欧米の映画として、この種の移民を扱ったジャンルがあるんですね。ドイツ映画ではトルコ人がよく登場するが、この映画ではインド系、アラブ系なんかが登場しています。そういえば、人生はマラソンだ!というオランダ映画には、エジプト人が登場していたなあ。Movie Walker5パーセントの奇蹟パルシネマ上映スケジュール
2018.06.29
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<図書館予約の軌跡128>『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・村上春樹『騎士団長殺し第一部』(4/12予約済み、副本33、予約992)・村上春樹『騎士団長殺し第二部』(4/12予約済み、副本33、予約833)・萩野アンナ著『カシス川』(1/20予約済み、副本3、予約30)現在1位・菅ちゃん英語で道案内しよッ! (2/28予約、副本6、予約48)現在4位・原田マハ著『スイート・ホーム』(4/16予約、副本10、予約149)現在89位・エルモア・レナード『オンブレ』(5/02予約、副本3、予約17)現在5位・アマゾンのすごいルール(5/18予約、副本1、予約15)現在14位・加村一馬著『洞窟おじさん』(6/07予約、副本2、予約37)現在34位・EVシフト(6/28予約、副本1、予約5)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ミヒャエル・エンデ『モモ』・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)<予約候補>・新説・明治維新・原田マハ『楽園のカンヴァス』・重松清『ビタミンF』:阿刀田さんが「セッちゃん」をお奨め・ルーカス・シュトラウマン『熱帯雨林コネクション』・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・高橋源一郎著「読んじゃいなよ」・半藤一利『歴史と戦争』・南伸坊『シンボーの絵と文』図書館未収蔵・サピエンス全史(上・下)図書館未購入・フィリップ・ボール『かたち』・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』図書館未購入・『ウォルマートがアメリカをそして世界を破壊する』図書館未購入・ペンの力:図書館未購入・銃・病原菌・鉄(上)・暗い時代の人々・バーバラ・タックマン著『八月の砲声』外大の蔵書・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』・スティーヴ・スターン『どいつもこいつも昼行灯』図書館未購入・ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』・『都会の鳥たち』図書館未購入・『一汁一菜でよいという提案』・中島岳志著『血盟団事件』・・・西図書館の棚で見た・新シルクロード1:楼蘭、トルファン・『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』・フィールドサイエンティスト 地域環境学という発想・禁じられた歌(田)・私家版鳥類図鑑(神戸市図書館では蔵書なし)<予約分受取:5/22以降> ・『ニューギニア紀行』(5/16予約、5/22受取)・翻訳出版編集後記(5/21予約、5/25受取)・椎名誠著『ONCE UPON A TIME』(5/28予約、6/06受取)・『わたしたちが孤児だったころ』(3/25予約、6/10受取)・池内紀著「亡き人へのレクイエム」(5/27予約、6/10受取)・リチャード・ノース・パターソン『罪の段階』(6/06予約、6/10受取)・頭に来てもアホとは戦うな!(12/26予約、6/15受取)・真山仁著『オペレーションZ』(1/05予約、6/15受取)・変調「日本の古典」講義(5/13予約、6/30受取)・アメリカ 暴力の世紀(1/15予約済み、7/04受取予定)・萩野アンナ著『カシス川』(1/20予約、7/04受取予定)【騎士団長殺し第一部】村上春樹著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>よりその年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降っていたが、谷の外側はだいたい晴れていた…。それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕れるまでは。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/12予約済み、副本33、予約992)>rakuten騎士団長殺し第一部【菅ちゃん英語で道案内しよッ!】菅広文著、ぴあ、2017年刊<「BOOK」データベース>より「笑顔4 ジェスチャー4 英語2」。日本に来てくれた外国人の方は思っているよりも日本に詳しいです。ある程度言えば、くみ取ってもらえます。臆せずしゃべりましょう。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/28予約、副本6、予約48)>rakuten菅ちゃん英語で道案内しよッ!【スイート・ホーム】原田マハ著、ポプラ社、2018年刊<「BOOK」データベース>より幸せのレシピ。隠し味は、誰かを大切に想う気持ちー。うつくしい高台の街にある小さな洋菓子店で繰り広げられる、愛に満ちた家族の物語。さりげない日常の中に潜む幸せを掬い上げた、心温まる連作短篇集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/16予約、副本10、予約149)>rakutenスイート・ホーム【オンブレ】エルモア レナード著、新潮社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりアリゾナの荒野を行く七人を乗せた駅馬車―御者メンデスとその部下アレン、十七歳の娘マクラレン、インディアン管理官フェイヴァー夫妻、無頼漢のブレイデン、そして「男」の異名を持つジョン・ラッセル。浅黒い顔に淡いブルーの瞳、幼少期をアパッチに育てられた伝説の男と悪党たちが灼熱の荒野で息詰まる死闘を繰り広げる。レナードの初期傑作二作品を、村上春樹が痛快無比に翻訳!<読む前の大使寸評>アメリカ合衆国黎明期の活劇譚を村上春樹が訳しているってか・・・面白そうである♪<図書館予約:(5/02予約、副本3、予約17)>amazonオンブレ【アマゾンのすごいルール】佐藤将之著、宝島社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりだからAmazonは成功した!Amazonの最大の武器は超合理的な「仕事術」だった。アマゾン ジャパンの立ち上げメンバーがジェフ・ベゾス直伝のメソッドを初公開。最速×最高の結果を出す仕事術と14の心得。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:5/18予約、副本1、予約15>rakutenアマゾンのすごいルール【洞窟おじさん】加村一馬著、小学館、2004年刊<作品情報>より昭和35年、13歳の少年は「両親から逃げたくて」愛犬シロを連れて家出した。以来、彼はたったひとりで、足尾鉱山の洞窟、富士の樹海などの山野で暮らしヘビやネズミ、コウモリに野ウサギなどを食らい命をつないできた。発見されたとき、少年は57歳になっていた。実に43年にわたる驚愕のサバイバル生活。―これは現代のロビンソン・クルーソーの記録である。<読む前の大使寸評>驚愕の自叙伝というか、平成の冒険的ドキュメンタリーではなかろうか。図書館で探してみよう。<図書館予約:6/07予約、副本2、予約37>amazon洞窟おじさん【EVシフト】風間智英, 鈴木一範著、東洋経済新報社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりプレミアム市場の先駆者テスラ/販売台数世界一位の中国BYD/EVシフトに出遅れたトヨタ・ホンダ/カギを握る電池開発の最前線/これから消える部品・増える部品/ドイツと中国の共同覇権構想/米国ファーストの影響/ガラパゴス化が進む日本/自動車産業の水平分業化/自動運転とシェアリングサービス/電力マネジメント問題/「走る蓄電池」としてのビジネス/クルマのアズ・ア・サービス化、ほか。業界構造、勢力図、産業、暮らし。電気自動車が世界を変える。<読む前の大使寸評>販売台数世界一位の中国BYDのEVが気になるのです。つまり、技術的にイマイチであっても、EV用インフラも含めて集中的に量産化を図る中国は脅威ではないか。<図書館予約:(6/28予約、副本1、予約5)>rakutenEVシフト【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て【モモ】ミヒャエル・エンデ著、岩波書店、2005年刊<「BOOK」データベース>より町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・6年以上。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakutenモモ図書館予約の軌跡127予約分受取目録R12中央図書館新着図書リスト図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す
2018.06.28
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たいがいのDVDは大学図書館に置いてあるが、そこにも置いてないDVDもあるわけで、とうとう、ツ〇ヤの会員カードを作ったのです。そのカードを提示して借りた第1作がカズオ・イシグロ原作の『日の名残り』でした。イギリスの貴族や執事とは如何なるものか?という興味があるわけです。【日の名残り】ジェームズ・アイヴォリー監督、1993年米制作、2018年6月26日鑑賞<movie.walker作品情報>より 英国の名門家に一生を捧げてきた老執事が自身の半生を回想し、職務に忠実なあまり断ち切ってしまった愛を確かめるさまを描いた人間ドラマ。原作は、英国在住の日本人作家カズオ・イシグロ(石黒一雄)がTVドラマ用の脚本を改稿した同名小説(中央公論社)。 主演のアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソン、監督のジェームズ・アイヴォリー、脚本のルース・プローワー・ジャブヴァーラ、製作のイスマイル・マーチャント、撮影のトニー・ピアース・ロバーツ、音楽のリチャード・ロビンス、美術のルチアーナ・アリジ、編集のアンドリュー・マーカス、衣装のジェニー・ビーヴァンと、92年カンヌ国際映画祭受賞作「ハワーズ・エンド」のキャスト、スタッフが再結集。<大使寸評>老執事スティーヴンスは、以前屋敷で働いていた女執事(ベン夫人)から手紙をもらい、20年ぶりに彼女を訪ねることにする。老執事に対抗心を燃やした女執事は、実は彼に尊敬と幾分かの愛情をもっていたことが徐々にわかってくるわけで・・・泣かせるのです♪movie.walker日の名残りこのDVDも見たいDVD-R2に収めておきます
2018.06.28
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図書館で『かぐや姫はいやな女』という本を、手にしたのです。シーナがエンタメ系SFの能力を遺憾なく発揮した本になっておるようです♪・・・さすがにプロはちがうぜ。【かぐや姫はいやな女】椎名誠著、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜ、かぐや姫はあんなに高慢で、饅頭はそんなに怖かったのか?オトギ噺に憤怒し、波を眺めて酒を呑み、旅を語ってトイレを憂う、哄笑と懐旧のエッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenかぐや姫はいやな女三峡ダムシーナが世界水戦争を語っているので、見てみましょう。p242~245■悶える中国 水不足が深刻になっている国は沢山あるが、日本に直接影響をもたらす状況にあるのが中国である。 中国にはよく知られるように揚子江と黄河の二大河川があるが、今、この黄河近隣が水飢饉にあえいでいる。黄河沿岸は広大な農作地帯だが、その灌漑用水のため、上流から中流域での水使用が年々増大し、下流域まで流れてくる水の量が激減した。 そこにさらに中国人の、独特の生活習慣がからむ。たとえばゴミだ。中国人はどこへでも平気でゴミを棄てる。道路はゴミ捨て場だ。中国の田舎の町にいくとありふれて目にするのが朝のゴミ掃除の風景である。商店街などは自分の店の前のゴミを掃除するのが朝の最初の仕事だ。乾燥している季節など、朝がたそれぞれの店の人が自分の店の前のゴミを掃いている埃で街全体がかすんで見えたりするほどだ。 川があるところでは、それらのゴミは全部川に棄てられる。川ほど楽なゴミ投棄流出装置はない。中国じゅうでそんなことをしているから、川は人口増加とともに、巨大なゴミ排出路となり、支流のゴミがどんどん大河に集まってくる。 黄河は、この数年で何度か水量枯渇とゴミの堆積によってその流れがとまってしまったことがある。川の水が海にまで流れていかなくなってしまったのだ。それも河口から200キロも上流あたりでとまってしまう、というのだから、もう大河のていをなしていない。揚子江のほうは、黄河よりも上流からの水がまだ豊富なので、いまこの揚子江から黄河にむけて三本の運河を作っている。 要するに水を分けようとしているのである。すでにそのうちの一本は開通しているが、その距離が半端ではない。青森から福岡ぐらいの距離の運河なのだ。これをわずか数年で作ってしまった。このへんは共産圏の強みで、国土は全部、国のものだから、運河にしていく土地の買収という時間と手間のかかることは必要ない。 あと二本の運河が開通したら黄河の水量は蘇るかもしれないが、そこにまた新たな問題がある。 揚子江はその上流域に大がかりな国策事業として世界で一番巨大な「三峡ダム」を作った。ダムの堤長が2309メートル。せき止めた川の長さが660キロ。そこに393億立方メートルの水を溜めた。 けれど大きいダムには問題がある。巨大な量の水を長く溜めておくと必ず塩分とシルトが蓄積されていく。シルトとは砂泥。黄河の「黄」はシルトのことである。これが揚子江にもあって水の質を悪化させる。さらにダム湖の下に沈められた130万人住んでいた街々はそのまま放置された。そこには考えただけで気の遠くなる、中国式ため込み便所や病院の廃棄薬品、工場の廃棄物質などがあった。これらの溶けた水が黄河に供給されたとして、はたして黄河が生き返るのか、ちょっと見当もつかない。■日本の森林が危ない ぼくが水問題を取材している折にしばしば不安に感じていたのは、日本の水に対する無頓着…というより無防備、無策ぶりだった。冒頭書いたようにそれこそが、日本が恵まれすぎている結果なのだろうとぼくは推測した。 世界はやがて「水略奪戦争」に入ろうとしている渦中にあって、海外の資本が日本の水に目をつけて、すでに様々な策略で日本の国土に入り込んでいる例を各地で聞いた。とくに北海道や東北でそういう話が多かった。 典型的な例は、よく事業目的のわからない企業が山林の持ち主を訪ねて山を買おうとするケースである。それらの多くはどうもダミー会社のようで、目的が明確でないまま山をいくつも買いたがる。通常価格の10倍ぐらいの値を切り出すケースもあるという。 林業が低迷している今、使いみちのない山林を抱えた地主にとってはまことにおいしい話だ。すでに買われた山が沢山あるようだ。 やがて少しずつ、この山林買い付けの背後が見えてきた。今のところ中国やヨーロッパの企業が日本の企業と合併でダミー会社を作って買っているらしい。目的は「水」なのだろう。日本百名水などと言われるように、日本には豊富な地下水がいたるところに存在する。 山林を買ってその下を流れている水をどんどん採取して、衰退する石油産業で必用なくなったタンカーにそれらの水を積んで持って帰れば、それはたちまちミネラルウォータービジネスにかわる。要するに「水寄生システム」のようなものだ。『かぐや姫はいやな女』2:シーナの探検記『かぐや姫はいやな女』1:エイリアン・かぐや姫の地球侵略
2018.06.28
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図書館で『かぐや姫はいやな女』という本を、手にしたのです。シーナがエンタメ系SFの能力を遺憾なく発揮した本になっておるようです♪・・・さすがにプロはちがうぜ。【かぐや姫はいやな女】椎名誠著、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜ、かぐや姫はあんなに高慢で、饅頭はそんなに怖かったのか?オトギ噺に憤怒し、波を眺めて酒を呑み、旅を語ってトイレを憂う、哄笑と懐旧のエッセイ集。<読む前の大使寸評>シーナがエンタメ系SFの能力を遺憾なく発揮した本になっておるようです♪・・・さすがにプロはちがうぜ。rakutenかぐや姫はいやな女楼蘭シルクロードに魅せられている大使であるが、シーナの探検記を見てみましょう。p145~146<タクラマカン砂漠の探検> いままでで一番刺激的かつ苦しかったのはタクラマカン砂漠への旅っだった。 これは「日中共同楼蘭探検隊」という正式名称のついた百人規模の1ヵ月にわたる本当の探検隊だった。探検隊にウソとかホントとかあるのか、と聞かれると困るが、30年ぐらい前からぼくは十人ほどの友達と主に日本の離島に行ってキャンプし、焚き火してサケをのんで帰ってくる、という旅をよくやっておりそのアホバカ行状記を本などに書いていた。その集団を「怪しい探検隊」と呼んでいたのだ。 「正しい探検隊」はまったくルートのない砂漠の中をロプノールをめざしてひたすら進んでいくという日々で、毎日が砂とのタタカイだった。むかしはラクダの隊列で行っていたがいまは四輪駆動や六輪駆動の大型トラックで行く。 砂漠に入ると十日目ぐらいから砂の起伏の連続になり、それを乗り越えていく。畑の畝々のひとつの高さが3~5メートルぐらいになっている、と想像していただきたい。それがずっと続く。ぼくはこのときの探検記でその様子を「砂の海」と書いたが、まさに砂の大波にむかって進んでいくかんじだった。 当然スタックが連続するが、最初の数台が突破すると圧縮された砂の谷の道みたいなものになり、あとは楽になる。といってもクルマに乗っている者はまさしく洗濯機の中のパンツ状態になっていてシートベルトをしていても全身が振り回される。シートベルトが体をしめつけるときがあり、むしろ外してクルマのどこかをしっかり握っているほうが楽だったりするので、地形を見ながら自分の体勢を判断するようになる。そういうのが何日も続く。 クルマで行くなら楽ではないか、と当初は思ったがたぶんラクダのほうが乗っている者は楽だろうなあ、ということを実感した。それ以前に短い期間だったがゴビ砂漠をラクダで行ったことがあり、慣れてしまうと砂漠の旅はラクダの速度でゆっくり行ったほうが楽なのだということを知っていた。ただしとてつもない時間がかかる。ヘディンの探検記などを読むと1年間がひとつの探検期間の単位になっていたりする。 砂漠は地形によって砂の性質が変わってくる。一番嫌なのはパウダーのようになった細かい砂だ。これは密閉している筈のクルマの中にもじゃんじゃん入ってくる。 6輪トラックなどはエンジンにも入ってくるらしく、それによるトラブルがおきると修理のために半日ぐらい全隊列の停滞になる。3台の6輪トラックには水や食料を積んでいるので常に同行してもらわないと困るのだ。この探検の詳細が『砂の海』6に載っています。『かぐや姫はいやな女』1
2018.06.27
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図書館で『かぐや姫はいやな女』という本を、手にしたのです。シーナがエンタメ系SFの能力を遺憾なく発揮した本になっておるようです♪・・・さすがにプロはちがうぜ。【かぐや姫はいやな女】椎名誠著、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜ、かぐや姫はあんなに高慢で、饅頭はそんなに怖かったのか?オトギ噺に憤怒し、波を眺めて酒を呑み、旅を語ってトイレを憂う、哄笑と懐旧のエッセイ集。<読む前の大使寸評>シーナがエンタメ系SFの能力を遺憾なく発揮した本になっておるようです♪・・・さすがにプロはちがうぜ。rakutenかぐや姫はいやな女エイリアン・かぐや姫の地球侵略ミッションとやらを、見てみましょう。p12~15<竹ロケット疑惑> おそらくこの初期の月の地球侵略ミッションは、最終的に、偵察を済ませたタケムシをあたらしい帰還用タケノコに組み込み、その地球産の新しい竹ロケットで帰還させるというプロジェクトとなっていたのであろう。 ところがそこに余計なおじいさんがあらわれ竹を割って中のかぐや姫を発見してしまった。かぐや姫はミッションにない展開に慌ててタケムシからすぐに変身したが、その正体はあくまでもタケムシだったのである。 エイリアン・かぐや姫はバーチャルな美貌で地球の男をひきつける。特にはげしく結婚をせまった五人の貴公子が出てくる。その中には壬申の乱で活躍した実在のじんぶつがm登場しているのだからオトギ話じゃなくドキュメント婚活みたいになってくる。(中略) それらの男どもにエイリアン・かぐや姫は、自分と結婚したければあれを見つけろこれをしろと彼らに無理難題を吹きまくる。 かぐや姫はタケムシであり、もともと結婚などしたくないし、できやしないのだ。だったらそのとおりのことを言えばよかった。まあ外交立場上、すこしはデフォルメしてもいいが。 「あたしは本当はレズビアンで男に興味なんかないんです」 正直にそう言わないところにそもそもこの話の不快さがある。さらに熱心な求婚者に言う注文がまたいやらしい。 「あなたは光る実のなる金色の枝。次のかたは仏の石の鉢。次のかたは燕の子安貝。その次のかたは竜の頸の五色の玉。つぎは火鼠の皮衣・・・」 んなものあるわけはない。あったとしたら地球のタカラモノとしてたいそうな価値がある。 こんなめちゃくちゃな注文をつけられながら色に目がくらんださきの五人の男たちはあちこちに捜しにいくのだ。じつにナサケナイ。で、結果的に「」を持ちかえってきた。 おお! と思ったらそれはことどとく偽物であった・・・というではないか。おお。そういうコトもなさけない。かぐや姫は悲しむふりをして、おじいさんとおばあさんに落胆のあまり「月に帰らなければなりません」などという。まったくあくまでもいやな女ではないか。 しかも落胆したから月に帰らねばならない、なんて意味がわからない。言い寄った地球の男どもよ、なぜそのとき「たわけものめ!」といい放ってこの高慢な厭味女を叩き切らなかったのか。ああ、なさけない。 でもあくまでもお人よしのおじいさんとおばあさんはねだられるとおり十五夜の晩にかぐや姫をおくってあげる。最後まで気取りながら車に乗って去っていくかぐや姫。 しかし、まったくお前はこの地球に何をしにきたんだあ! という激しくも素朴な怒りまじりの疑問だけが残るではないか。 まあ、真相をいえば、かぐや一派はとりあえず地球をさぐりにきた、と考えるのが妥当だろう。 成果としては、 1.地球の人はみんなお人よし 2.男たちはみんなスケベで腰抜け 3.地球にタカラモノは何もない といったところだろう。ウーム かぐや姫は、エイリアン・タケムシだったのか。かぐや姫はかっこうのSFになるとは思っていたが、さすがにシーナのお話は面白いでぇ♪
2018.06.27
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図書館で『歌が街を照らした時代』という本を、手にしたのです。著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪【歌が街を照らした時代】久世光彦著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」-。歌謡曲を劇中に導入するなど昭和を代表する斬新な作品を多数演出した久世光彦。「歌好きだからどうにもならない」とは盟友・阿久悠に明かした言葉。時代の記憶はいつも歌とともにあり、歌抜きの人生はあり得ないのだ。末期に聴きたい一曲を探求する名エッセイストでもあった。その久世が残した“歌”にまつわる珠玉の随想群をここに集成。<読む前の大使寸評>著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪rakuten歌が街を照らした時代著者と阿久悠との対談を、見てみましょう。p172~178<私が愛した歌たち、時の過ぎゆくままに>久世:歌の話を二人でやり出したら、もう止まらないんじゃないの。 阿久:徹夜だね、間違いなく。久世:『愛すべき名歌たち』は本になる前の新聞連載をずっと読んでいて、知らない曲ってなかったよ、1曲も。 阿久:そうだろうね。久世:「湖畔の宿」「長崎物語」「港が見える丘」「三日月娘」・・・、今でも伴奏から全部歌える(笑)。取りあげる歌を絞るの大変だったでしょう。 阿久:大変だった。ああ、これ書くんだったらあれも書きたいって。久世:うん、分かるね、その気持ち。 阿久:特に終戦直後、僕らはそれまで軍歌しかなかったのに、突然あらゆる歌が流れ込んできた。それは戦前の歌を含めて入ってきたわけですよね。もう全部の歌が興味深くて好奇心をくすぐられたし、今でも色褪せない。本当に千曲書かなきゃ気が済まないくらい、あの頃の歌の存在は大きい。(中略)阿久:流行歌ともう一つ僕たちが戦後洗礼を受けたのは、やはりジャズだと思うな。久世:少年というのはよく言えば非常にフレキシブルなんですね。僕なんか軍人の家庭に育ったからか、やっぱりアメリカ好きじゃなかった。今でも好きじゃないけど。だけどジャズは素直に受け入れられた。まあ矛盾した存在だね。 阿久:矛盾だらけ。一番最初に聴いたのは「センチメンタル・ジャーニー」だけど、へぇ、こういう歌があるんだと思ったし、「ボタンとリボン」にはウッと思ったり、「テネシー・ワルツ」はいまだに好きだし。久世:ちょうど中学、高校の頃でしょう。歌詞が英語の教科書にある言葉しか使ってなくて、アイ・リメンバー・ユーとか全部中学生に分かる。だからパックリいったね。やっぱり口がまわらなくて意味が分からなきゃいかないけど、「テネシー・ワルツ」なら、I was dancing with my darling to the Tennessee Waltz…、全部分かるじゃない。 阿久:“I was dancing”で覚えてる?久世:“waltzing”か。 阿久:僕は“waltzing”だと思い込んでいたら、パティ・ペイジは“dancing”と歌っているのね。僕はパティ・ペイジで覚えたつもりだったけど、実は江利チエミの英語バージョンから覚えたんじゃないか。久世:いや、向こうの歌手もスタンダードになればいろんな歌手が歌うから、“waltzing”もあるんじゃないかな。 阿久:そうだね。『歌が街を照らした時代』2:伝承歌というもの『歌が街を照らした時代』1:一昔まえのカンツォーネ
2018.06.27
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図書館で『ゴヤ/銅版画集』という本を、手にしたのです。数多くの多彩な銅版画に圧倒されるのだが・・・いずれの絵にも、どういうわけか現代的な視点が感じられるわけで、その理由が知りたいのです。【ゴヤ/銅版画集】フランシスコ・デ・ゴヤ著、岩崎美術社、1971年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>数多くの多彩な銅版画に圧倒されるのだが・・・いずれの絵にも、どういうわけか現代的な視点が感じられるわけで、その理由が知りたいのです。amazonゴヤ/銅版画集そして彼らは野獣のようだ大間抜け連作銅版画の解説を、見てみましょう。p1~3<解説:西垣雄太郎> ゴヤの活躍した時代はそれほど遠くないのに、彼の足跡をたどってみると、とにかくとぎれがちになる。彼の場合、日常の生活にも性格にも、どうもすっきりした全貌がとらえにくい。ここに見る連作銅版画の内容そのものについても、あまりにも不明なものが多すぎる。 一般に、偉大なる芸術家は、常に真実なる何ものかを創造するが、彼がその真実なる何ものかをどう感じていたか、それについては必ずしも多くを語ってはくれない。ゴヤもまた、おそろしく何ごとも語ろうとはしない。彼が残した書簡からは、彼が抱いていた芸術についてのもろもろの理論や、その理念など、何一つとして知ることは出来ない。 ゴヤが、どの国の人びとにも親しまれている事実は、彼が現代絵画の先駆者であったからではなく、私たち現代人が彼に感じる肌合いの近さであり、彼の作品に感じられるその身近さは、彼が創造した芸術的構造がどうであったかなどよりも、その性格と生活にもとづいている。たしかに、彼はおびただしい作品を残しているが、私たちがゴヤを知るためのもっともしっかりした道案内は、彼の人生そのものである。彼の人生を知ることによってこそ、人は始めてゴヤの芸術に一歩でも近づくことが出来る。(中略) ゴヤが1746年にスペインに生まれ、しかも、海洋から遠く孤立した特異な世界のアラゴンの山野で育った事実こそは、ゴヤの性格や行動、そしてその現れである作品の、背骨を形成する2つの基本的な要素であった。 1766年のマドリードの暴動。1789年のフランス大革命。1805年のトラファルガー海戦、スペイン海軍の壊滅。1807年のナポレオン軍のスペイン進駐。 18世紀の末から19世紀の初めにかけて、スペインの歴史の中でももっとも混沌とした、その混乱の時代の狂態的な世相を反映して、当時のスペインの芸術家に共通した性格は、自由奔放、気まぐれで、落ち着きのないことであった。ゴヤの連作銅版画もまた、こうした共通分母的なの基盤の中にはぐくまれていたと考えられぬであろうか。ゴヤ伝説をいろどるローマン的な冒険物語も、言ってしまえば、当時の画家にとっては、日常茶飯の出来事であったにすぎなかった。 一方、すべてに勤勉で、疲れることを知らず、寡弁で、傲慢で、頑固で、気短かで、闘争において惨虐であった、山国根性のアラゴン的気質もまた、ゴヤが生まれながら備えていたであった。 まことに、人の性格には、一般に信じられているほどには、多くの変形は存在せず、ゴヤの場合でもまた、彼が持って生れたから、連作銅版画《カプリチョス(気まぐれ)》や《デザストレス・デ・ラ・ゲラ(戦争の惨禍)》が生れたのではなかろうか。いわば彼の作品は、そうした時代の持つ広汎な社会的風潮と密接に結びつけ、あるいは、社会の集団的心理現象の中にその本源を求めてこそ、始めて理解出来るもののようである。
2018.06.26
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図書館で『幻想の版画』という本を、手にしたのです。おお ルドン、ゴヤ、ブリューゲルの銅版画が出揃っていて・・・とにかく、線描画やモノクロ銅版画には惹かれるのです。【幻想の版画】坂崎乙郎著、岩崎美術社、1976年刊<商品説明>より幻想版画作品を集めた解説集。ルドン、デューラー、ホルバイン、ブリューゲル、カロ、ゴヤ、ムンク、エッシャーなど30人の作品を紹介解説し、その「黒の精神世界」を克明に解説。<読む前の大使寸評>おお ルドン、ゴヤ、ブリューゲルの銅版画が出揃っていて・・・とにかく、線描画やモノクロ銅版画には惹かれるのです。rakuten幻想の版画ピーテル・ブリューゲルオディロン・ルドン線描画とか銅版画に、大使のツボがうずくのだが・・・この本の解説で「黒と白の感性」あたりを見てみましょう。p1~2<黒と白の感性:坂崎乙郎> 黒という色は非感覚的で、抽象的である。だから黒を赤やブルーと同列に論ずるわけにはいかない。 詩人のリルケはポンペイの壁画の青からセザンヌの青に至る系譜について論じ、美術史家のクルト・バットはセザンヌ論の中で青の持つさまざまな意味について述べている。赤をめぐっても、似たような研究がなされるのではあるまいか。 ということは、青や赤がたとえ象徴性を担っているにせよ、ともあれそれらはこれまでの絵画の流れでやはり人間の感覚に依存した具体的な色であったことを物語っているのである。 ところが、ヨーロッパ絵画史をふりかえってみても、黒を主調とした画家はきわめて少ない。あっても、比較的近代に属している。ゴヤのブラック・ペインティング、クールベのいくつかの作品。 ゴヤは「黒い絵」に彼の行きついた一つの諦観、ニヒリズム(無)をあらわしたのかもしれないし、クールベにとって黒はレアリスム、現実そのものの比喩であったのかも分からないが、これらだけがまれな例であった。(中略) 黒と白は長い間、色彩に非ずとされて今日に至っている。 しかし、村井正誠が、山口長男が黒で抽象を描くときに、かれらが感覚美をねらっているのも事実であり、かれらにとって黒は重要な色彩である。 そこで私は考えるのだが、黒という色にまとわりつく数かずの不吉で神秘のイメージが黒を非色彩として疎外してきたということである。(中略) 都会生活者にとっての闇とは、電気の消えた状態であるか、もしくは戦争中の警戒警報の時間であるだろう。 子供心にも、母の喪服姿には身辺にただよう近よりがたさ、ある種の威圧感と物悲しさとして覚えており、この種の非具体的な色に対応できるのは、光の強度があらゆる色を白に押しやるように、ホワイトしかないだろう、と今ごろになって気付くのである。この本も版画あれこれR3に収めておくものとします。
2018.06.26
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図書館で『歌が街を照らした時代』という本を、手にしたのです。著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪【歌が街を照らした時代】久世光彦著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」-。歌謡曲を劇中に導入するなど昭和を代表する斬新な作品を多数演出した久世光彦。「歌好きだからどうにもならない」とは盟友・阿久悠に明かした言葉。時代の記憶はいつも歌とともにあり、歌抜きの人生はあり得ないのだ。末期に聴きたい一曲を探求する名エッセイストでもあった。その久世が残した“歌”にまつわる珠玉の随想群をここに集成。<読む前の大使寸評>著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪rakuten歌が街を照らした時代満鉄知っている人は知っている伝承歌というものを、見てみましょう。p74~76<高橋クミコの唄> 高橋クミコのレパートリーをぼんやり眺めていると、胸の奥で針で刺されたように痛くなり、やがてタイトルを追う目が熱くなっているのに気がつく。ただ懐かしいだけではない。 ちょっと大げさに言えば、父祖の代から今日までの幾つもの時代が、見えつ隠れつ、深い霧の中から浮かび上がってくるのである。もう誰もが忘れてしまった唄、知っている人は知っているが、レコーディングされたことがなく、薄闇の中の呟きのように歌い継がれてきた唄・・・その時代の明るさを弾んで歌う唄もあり、次の時代のやりきれない空の重さに耐えている歌もある。たとえば、『世紀末の円舞曲』に入っている「異人娼婦の唄」は、戦前から戦中にかけて日本に降っていた、氷雨のような唄である。 雨がしょぼしょぼ降る晩に 二階の窓からのぞいてる 満鉄の金ボタンの馬鹿野郎 上がるの帰るのどうするの 早く精神決めなさい 決めたら下駄持ってあがりなさい お客さんこのごろ紙高い 帳場の手前もあるでしょう 五十銭祝儀をはずみなさい 異人というと、青い目や赤い髪を想う人もいるだろうが、この娼婦は東洋人である。私が憶えているタイトルは「満人娼婦の唄」だった。作詞は誰だかわからないが、メロディは、むかし藤原義江が歌った「討匪行」である。つまり、これは人目を憚る日陰の唄なのだ。けれど、この歌詞はそこらのプロの作詞家にはとても書けるものではない。 雨の音が聞こえる。寒さで胸の底が冷たくなる。薄墨色の娼家の窓に揺れる灯に、一つの時代が見える。それなのに妙に明るいユーモアがある。こっそり人の口から口へ伝えられてきた、伝承歌にしかない笑いまじりの恐ろしさが、この中にはある。 かと思うと、「煙草屋の娘」とか「茶目子の1日」とかいう、昭和のはじめの楽しい唄もあるから救われる。「茶目子の1日」は、私が子供だった昭和10年代に、どこの家庭でも歌われていた。今風に言えばミュージカルのような唄だった。『歌が街を照らした時代』1
2018.06.26
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図書館で『歌が街を照らした時代』という本を、手にしたのです。著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪【歌が街を照らした時代】久世光彦著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」-。歌謡曲を劇中に導入するなど昭和を代表する斬新な作品を多数演出した久世光彦。「歌好きだからどうにもならない」とは盟友・阿久悠に明かした言葉。時代の記憶はいつも歌とともにあり、歌抜きの人生はあり得ないのだ。末期に聴きたい一曲を探求する名エッセイストでもあった。その久世が残した“歌”にまつわる珠玉の随想群をここに集成。<読む前の大使寸評>著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪rakuten歌が街を照らした時代一昔まえにカンツォーネが流行ったが・・・そのあたりを見てみましょう。p45~50<うすなさけ> 別段どこにどう和風の気配があるわけでもないのに、何となく日本的な背景が似合う言葉というものがある。たとえば、たとえば、たとえば…どれもシャンデリアやタキシードには似合わない。 大川を下る夜船の櫓の音とか、ちょっと疲れた黒塀越しの長唄の声まで欲しいとは言わないが、そんな効果音が入ると、途端に生き生きと色っぽくなるから不思議である。他にもとか、とかがそうだし、なんかもベッドというよりは畳に布団がよく似合う。 こうして並べてみると、どれも村松友視さんの小説のようである。は、実際村松さんの作品にあったと思う。しかし、心変わりは、何も日本だけではなく、世界のあちこちで男も女もしていることである。相手の心がいつ変わるかわからないから、恋はいつだって心細く、そういう自分の気持ちにしても、明日の居所が知れないから、恋はいつの日もどこかやましく、相手の顔をまともに見られないところがある。 昔々の映画だが『モロッコ』のゲーリー・クーパーは、ディートリッヒの化粧用の大きな鏡に、「I changed my mind」と口紅で書いて外人部隊に身を投じ、砂漠へ去っていった。この字幕の訳がよかった。・・・「気が変わった」。何でもないようだが、名訳である。 にしても、にしても、つまりわが国では、色っぽい、いい言葉があるということである。ただこのごろでは、日常あまり耳にしないし、見かけない。 カタカナ名前の西洋花の群れの中に、ふと吾亦紅や藪椿の紅を見つけて、ときめくようなものである。 なんか、小さな声で口にしてみるだけで、溜息が出る。どうせ男に生まれてきたのなら、一度ぐらい背中で「薄情者!」などという、か細い声を聴いてみたいと思うのだが、残念ながら60年も生きてきて、そんな憶えもほとんどない。 情がないのではない。情はあるけれど、薄いのである。情がまるでないのなら、思い切ることもできようし、罵るだけ罵れば、胸のつかえもとれるかもしれない。あるならあるで、女の涙一粒で、ことはとりあえず円くおさまる。(中略) いまから25年ほど前、カンツォーネというのが世界的なブームになったことがある。ジリオラ・チンクエッティの「夢みる想い」「雨」のように、その年ので優勝・入賞曲になったカンツォーネは、地元イタリアはもちろんのこと、世界中で歌われたものである。 もともとは、イタリアの民謡風な歌曲で、古くは「サンタ・ルチア」や「オ・ソレ・ミオ」などがカンツォーネ・ナポリターナの有名なものであるが、1911年に作られた「カタリCatari(Core'ngrato)」という名曲は、邦題を「うすなさけ」という。カタリは女の名(カタリーナ)、コレングラートは、つれない心といった意味である。 カタリ、あなたの唇から洩れるのは、 辛い、つれない言葉ばかり、 そんなに私をいじめないでおくれ。 おまえのために、 何もかも失くした私を、 カタリ、どうか忘れないで。 なんとも情けない男ではあるが、ここまで恥ずかしげもなく足元に平伏すと、それはそれで気持ちよくなるのが恋というものである。ウン 「夢みる想い」「雨」「カタリ」などは、大使好みのカンツォーネやでぇ♪
2018.06.25
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「モノクロ調」でしょうか♪<市立図書館>・歌が街を照らした時代・かぐや姫はいやな女<大学図書館>・幻想の版画・ゴヤ/銅版画集図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【歌が街を照らした時代】久世光彦著、幻戯書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」-。歌謡曲を劇中に導入するなど昭和を代表する斬新な作品を多数演出した久世光彦。「歌好きだからどうにもならない」とは盟友・阿久悠に明かした言葉。時代の記憶はいつも歌とともにあり、歌抜きの人生はあり得ないのだ。末期に聴きたい一曲を探求する名エッセイストでもあった。その久世が残した“歌”にまつわる珠玉の随想群をここに集成。<読む前の大使寸評>著者の年代は大使よりちょっと古いのだが、著者の選ぶ歌がいいわけで・・・たまりません♪rakuten歌が街を照らした時代【かぐや姫はいやな女】椎名誠著、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりなぜ、かぐや姫はあんなに高慢で、饅頭はそんなに怖かったのか?オトギ噺に憤怒し、波を眺めて酒を呑み、旅を語ってトイレを憂う、哄笑と懐旧のエッセイ集。<読む前の大使寸評>シーナがエンタメ系SFの能力を遺憾なく発揮した本になっておるようです♪・・・さすがにプロはちがうぜ。rakutenかぐや姫はいやな女【幻想の版画】坂崎乙郎著、岩崎美術社、1976年刊<商品説明>より幻想版画作品を集めた解説集。ルドン、デューラー、ホルバイン、ブリューゲル、カロ、ゴヤ、ムンク、エッシャーなど30人の作品を紹介解説し、その「黒の精神世界」を克明に解説。<読む前の大使寸評>おお ルドン、ゴヤ、ブリューゲルの銅版画が出揃っていて・・・とにかく、線描画やモノクロ銅版画には惹かれるのです。rakuten幻想の版画【ゴヤ/銅版画集】フランシスコ・デ・ゴヤ著、岩崎美術社、1971年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>数多くの多彩な銅版画に圧倒されるのだが・・・いずれの絵にも、どういうわけか現代的な視点が感じられるわけで、その理由が知りたいのです。amazonゴヤ/銅版画集************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き312
2018.06.25
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朝日のコラム「ザ・コラム」にチャイナウォッチャーとも言える吉岡桂子記者の記事を見かけたので紹介します。2018年6月21日「見る 聞く 言う」の存在感より あのサルたちはいま、どこにいるだろう。インドのモディ首相が安倍晋三首相に贈った白い大理石製の「三猿」である。 「見ざる 言わざる 聞かざる」。2017年9月、ともにガンジーの旧居を訪ねた記念の品だ。ガンジーは、日本の有名な僧侶、藤井日達氏から贈られた「三猿」像を常にそばにおいたそうだ。そして、「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」と教えたことが、インドで広く知られている。 森友・加計問題を始めとする国会でのやりとりを見ながら、あの白いサルが浮かんだ。モディ氏にはいっそ「見る 聞く 言う」のサルを作って渡してほしかった。 国際会議にまつわる伝説がある。「成功するには日本をしゃべらせ、インドを黙らせる」。日本でも雄弁な政治家や官僚は増えたと聞くが、かつては主張の弱さで知られた。逆に、問われなくても激しく意見を述べ、まとまりかけた議論を揺さぶるのがインド。誇張が混じるとはいえ、自分は他者とは異なる前提で独立した意見を述べあう社会。十数億人がひしめくなか、その多様性がインドという国家をつくっている。 ◇ 台頭する中国と向き合うため、日本にとってインドの重要性が高まっている。米国とともに「自由で開かれたインド太平洋戦略」を掲げ、関係を強化している。インドも国境紛争を抱えるうえ、スリランカ、モルディブ、パキスタンと周囲の港の整備を続ける中国を警戒する。習近平政権の対外戦略「一帯一路」にも冷たい。中国政府の情報収集の拠点とみて、中国が世界に展開する中国語などの教育機関「孔子学院」の設置にも消極的だ。 ただ、インドはそれだけではない。 中国が主導して設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)は来週、3回目の年次総会をインドの商都ムンバイで開く。中国研究で知られるネール大学のコンダパリ教授は言う。「中国に地域をハイジャックされないために加盟したのだ」。日米は入らなかったが、インドの出資比率は中国につぐ2番目。副総裁のイスにも座る。 興味深い案件がある。インド洋から中東へ至る海上ルートの玄関口オマーンの港湾都市ドゥクム。中国が工業団地を造っている。先には中国軍初の国外基地のあるジブチが控え、中印の勢力がせめぎあう場所である。港の開発にAIIBは300億円相当を貸す。インドはなぜ、許したのか。 「自らもメンバーの組織がかかわれば、情報も得られるし、誘導もできる」。中国がAIIBを国際機関として育てるなら地域の大国インド抜きはありえない。米国との摩擦が強まるなか、インドとの関係は重みを増す。その足元を見ながら、カネを出すなら口も出す。審査中も含めると全45件のうち、12件がインドでの事業である。 ◇ 歴史的な南北首脳会談が開かれた4月27日。モディ氏は習氏と湖北省武漢にいた。博物館で古代の鐘をつき、湖畔で語らう。わたり合う姿をツイートする。地域の秩序が流動化するなか、悠久の大国の首脳として「蚊帳の内」を強調するかのように。 その約1カ月後。「インドと中国の協力がアジアや世界のより良い将来につながる」。モディ氏はシンガポールで開かれた国際会議の演説で、中国を刺激しない言葉を選んだ。対中牽制を期待していた日本政府の関係者は拍子抜けしたようだったが、地域の重心がインド洋へ移ることを心配する東南アジアの国々への配慮でもあった。中国とXXのどっちをとるかという踏み絵を嫌う彼らとうまく付き合うためだ。 トランプ米大統領の「暴言」に揺さぶられた6月上旬のG7。タイの英字紙ネーションの風刺漫画が目にとまった。メルケル独首相が「トランプ」赤ちゃんを必死にあやすが、おしっこをひっかけられている。開催国カナダ、英仏の首脳が見守る。あれれ、イタリアと日本の首相の姿がない。 正しい描写かどうかは別にして、今の日本のアジアにおけるイメージの一面だ。誰かの「腹話術」に聞こえたら、耳をそばだてるべきは後ろにいる人の言葉だ。インドほどでなくとも、身も心もどこかの国と、誰かと、一心同体はありえない。かの人の「暴言」の連投は、自らの言葉を取り戻す好機なのかもしれない。(編集委員)朝日新聞の吉岡記者といえば、チャイナウォッチャーとして個人的に注目しているわけで・・・・その論調は骨太で、かつ生産的である。中国経済がらみで好き勝手に吹きまくる経済評論家連中より、よっぽどしっかりしていると思うわけです。波聞風問一覧に吉岡記者の中国論が載っています。<吉岡桂子記者の渾身記事21>
2018.06.25
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図書館で『日本の手仕事』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると・・・山繭の織物、奈良墨、輪島塗、宮古上布、南部鉄器、等々・・・素晴らしい手仕事が載っています。【日本の手仕事】陸田幸枝著、小学館、1996年刊<出版社>より名もなき熟練の職人たちが、その技を手から手へ受け継いで、作り続けてきた日本の道具たち28選。ともすれば忘れ去られがちな、日常の名品を、今に伝える一冊です。取り寄せ情報付き。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると・・・山繭の織物、奈良墨、輪島塗、宮古上布、南部鉄器、等々・・・素晴らしい手仕事が載っています。amazon日本の手仕事南部鉄器を、見てみましょう。今や高価な民芸品は中国人が爆買いするそうで・・・嫌な時代になったものです。p84~87<あられ模様の鉄瓶>平安末期から続く鋳物師の町、水沢で生まれる手作りの鉄瓶には、様々な古来の知恵と工夫が凝らされている。ほうっておけば錆びるが、慈しんで使えば、自然にいい姿に枯れる。 鉄瓶のお湯が沸くときの、静かな音がいい。冬の日に火鉢の上でゆらゆら立ち昇る蒸気の和やかさは、なによりである。 水沢の鉄器作りは、平泉の全盛時代に藤原清衡が、近江の国から鋳物師を招いて鋳造させたのが始まりといわれている。 江戸時代には伊達藩の保護のもとに、合戦のときには武具や砲筒を、生産には農具を、庶民の暮らしには鍋窯を、寺院の梵鐘から神社の狛犬まで、必要とあらばなんでも作った。 鉄を溶かして鋳型に流し込んで形を作る。ざっと40工程はすべて手作業で800年前とそう変わりない。 硬くて丈夫な鉄にも、泣き所がある。錆である。鉄器作りの要は、いかに錆を制すかの戦いである。 鉄瓶には、二重三重に錆腐蝕止め対策が施されている。新しい鉄より錆びにくい古鉄を鋳造し、溶ける手前まで炭火で焼いて、錆止めの酸化皮膜をつける。生漆と錆液を塗り重ねて仕上げる。 「鉄瓶を何百回と火にかけても、もつのは和漆と錆のおかげです。それも土用錆がいい」 土用の暑い最中に、屑鉄と酢と煎茶を混ぜて3ヶ月おいて錆液を作る。錆をわざわざつける。そんなことをしたら、敵に塩を送るようなものではないか、と素人は思う。 ところが、茶のタンニンの作用で黒い液になった錆が、錆と腐蝕を止めるばかりか、光沢のある黒で化粧までするのである。 南部鉄瓶についている粒々を、あられ模様という。古くからのデザインだそうだ。型がやわらかいうちに、絵杖で押してあられ模様をつける。鉄瓶1個に多いものは6000個もの粒を、「苗を植えるように」目分量で等間隔に押していく。 古老によると、これも用があってのこと。薄ものをよしとする南部鉄瓶は、重いのを嫌う。あられを打つことで厚みを出すと、湯が早く沸き、冷めにくくもなる。球面が多くなれば、光の反射面も大きくなって光沢がでる。難しく根気のいる仕事で、鋳物師の腕の見せ所でもあるらしい。『日本の手仕事』1
2018.06.24
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図書館で『日本の手仕事』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると・・・山繭の織物、奈良墨、輪島塗、宮古上布、南部鉄器、等々・・・素晴らしい手仕事が載っています。【日本の手仕事】陸田幸枝著、小学館、1996年刊<出版社>より名もなき熟練の職人たちが、その技を手から手へ受け継いで、作り続けてきた日本の道具たち28選。ともすれば忘れ去られがちな、日常の名品を、今に伝える一冊です。取り寄せ情報付き。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると・・・山繭の織物、奈良墨、輪島塗、宮古上布、南部鉄器、等々・・・素晴らしい手仕事が載っています。amazon日本の手仕事宮古上布を、見てみましょう。p108~114<ブー畑の風の織物>不思議なもので、藍の色は冬暖かく夏は涼しげに映る。苧麻の茎を極細の糸にし、藍で濃紺に染めて織り上げる。かつて琉球王朝の貴族たちは、つややかに透き通る麻織物を、黒水晶にたとえたという。(宮古では苧麻の皮を剥いだ生の繊維をブーと呼ぶ) ブー畑の緑はまぶしい。 風が吹くたびに背丈ほどもある苧麻が揺れて、光のしぶきが飛び散るようだ。 この草が、うんざりするような手間仕事を経て、薄羽のような麻織物宮古上布になる。上布とは、琉球王朝に納めた最上の織物である。 「ほら、これは、島ではブーというんですけど、切ってみてください」 宮古上布織物組合の平良隆さんは苧麻の茎を折り、あわびの貝殻で薄皮を剥いで差し出した。 細くて、なんなく切れそうに見えるが、水気を含んだ繊維は、指に跡がつくほど引っ張っても切れない。 「忍者が持っていた縄は、これですよ。丈夫で軽くかさばらない。私も旅行に持ち歩いています」 繊維を裂くと、蜘蛛の糸のようなごく細い糸になる。 風が吹くともつれてしまうような、軽い糸で手織る麻織物は、透けるほど薄く、しかも丈夫だ。 ただ乾燥すると切れやすく、滑りがよくないので、織りづらい。 「いつ織り始めたか、忘れる頃に仕上がる」 と織り手は笑っていう。 「いい糸だと、織りやすいしきれいに仕上がります。上手な人の糸は織ればわかります。切れないんです」 いい糸を作れる人は、宮古でも数少なくなった。 折り紙つきの糸を作る宇座かなさんは、糸績み75年の達人である。 口に繊維を食わえて、湿らせながら、30cmから1mの長さの繊維を左手薬指の爪の角で裂いては、指先で撚りをかけてつないでいく。 1本の糸の長さは6000m。数ヶ月かかって3万m分をつないで、やっと1反の経糸分になる。うりずんブー苧麻の皮をあわび貝でこそげ落として繊維をとる。あわび貝の鋭すぎないエッジが程よい。
2018.06.24
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図書館で『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと』という本を、手にしたのです。ビジュアルな「とんぼの本」シリーズなので、絵本作家エンデを知るには最適ではないか♪【ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと】池内紀, 小林エリカ著、新潮社、2013年刊<「BOOK」データベース>より『モモ』『はてしない物語』ほかファンタジー物語の傑作を残した作家エンデの人生、そして現代人に伝え続けたメッセージとは。待望のエンデ入門。<読む前の大使寸評>ビジュアルな「とんぼの本」シリーズなので、絵本作家エンデを知るには最適ではないか♪rakutenミヒャエル・エンデが教えてくれたこと池内紀がエンデを語っているので、見てみましょう。p76~77<エンデ氏物語> 『はてしない物語』を字義どおりに訳すと、「終り(エンデ)のない物語」である。作者の名前を詠みこんである。エンデなしのエンデの物語をつくるエンデ氏とは、いかなる人物であろう。よほど遊びが好きで、発想のもとに言葉遊びがあるにちがいないと私は思った。 そういえば『モモ』には、女の子が時間どろぼうたちとどうしたこうしたといった長いタイトルがついている。言葉遊びが大好きだった17世紀ドイツ・バロック小説のスタイルである。当時、社会や政治に対するエンデの発言が大きくとりあげられていたが、社会性や警世的モラルを取り去ると、おもしろい遊戯人間が出てくるのではなかろうか。『モモ』の章名からして、そうなのだ。 一章 大きな都会と小さな少女 二章 めずらしい性質とめずらしくもないけんか 三章 暴風雨ごっこと、ほんものの夕立 四章 無口なおじいさんとおしゃべりな若もの 全21章のおおかたが対比の技法をもちい、つくられている。念のため終りちかくも見ておくと、「向こうでは1日、ここでは1年」「食べものはたっぷり、話はちょっぴり」「おわり、そして新しいはじまり」。 ここでは永遠と一瞬がかさなりあったり、極大と極小が一致する。時間さえも遊びの原理で扱ってあるし、「灰色の男たち」の灰色は、白でもなければ黒でもなく、白でもあって黒でもあって、白と黒の両方をそなえていながら白でもないし黒でもない。否定と肯定が二重写しの色なのだ。 灰色の時間は薄明であってうす明りだ。日本語では「夜明け」と「夕方」はべつの時間だが、ドイツ語には一語しかなく、朝にも夕にも同じ「デンメルン」があてられる。朝なのか夕方なのか、光が闇にかわる時間なのか、闇が光に入れ替わるのか、前後にあたらないとわからない。物語作家ミヒャエル・エンデは、そんな微妙な時間をワナのように仕掛けて物語りをつむいでいった。 遊び人間のつねであるが、おそろしく言葉の音感がいい。もとよりドイツ語の音感であって、どんなにすぐれた翻訳であろうとも、大半がこぼれ落ちてしまう。音でつながれた意味と無意味が物語づくりの基本にある。そこにエンデが持ちこんだ時間の使い方は、これまでの児童文学にはまるでなかった要素だろう。エンデの絵本をネットで見つけたので、見てみましょう。第149回/おとなしいきょうりゅうとうるさいちょうより「はだかのサイ」の紹介に続いてのミヒャエル・エンデの作品である。この絵本も少々風変わりである。と、言うのは著者欄の並びに「音楽」と記されているからである。はて?絵本なのに何故「音楽」を担当した人物の名前が記載されているのか?それはこの絵本をご覧いただければ理解できるだろう。 さて、今回の「おとなしい きょうりゅうと うるさい ちょう」はじつはサブタイトルがついている。と記されているのがそれである。ページをめくると、まず「序曲」とあり、そこに楽譜が書かれている。これが前述した音楽である。 と言ってもここではその音楽がどのような曲なのかご案内することはできないが、音楽付の紙の絵本というわけである。今流行りの電子書籍などなら、もしかしたら音楽も再生しつつ楽しめるのかもしれないが、ここではあくまでも平面の絵の一部として読み進めるしかない。 お話は2部構成のような様相を呈しており、それが最後は重なりあうようなスタイルである。その第1幕はきょうりゅうのお話。不気味な石の塔があり、そこには口よ尻尾から火をふくきょうりゅうが住んでいた。そこに本をかかえたヒックス教授なる人物がやってきてきょうりゅうの研究を始めた。きょうりゅうはうっとおしくなり、教授を飲み込んでしまったが、本が消化しにくく、腹から本と教授を吐き出した。教授はケロッとして、1冊の本を置いて帰っていってしまった。そこには「火をはくきょうりゅうは、みんな、おとなしいきょうりゅうとよばれる」と書かれていた。それを目にしたきょうりゅうは愕然とした。(中略) つまり、名前というもので固定観念を持たれてしまうと、それが当人には大きなプレッシャーとなってしまう場合があるということである。それをきょうりゅうとちょうを使って、ユーモアたっぷりに表現したのが、この絵本である。もんしろちょうが、ヒゲをたくわえたタキシード姿で描かれているのは思わず笑ってしまうし、そのもんしろちょうが世捨て人となって引きこもってしまう姿も頭にターバンを巻いて、座禅を組んでいるスタールで描かれて笑える。 ミヒャエル・エンデの作品は少々難しい…と前回「はだかのサイ」で記したが、こちらはそれに比べればかなり読みやすい。絵も非情にユニークで笑える。しかし、そんな中にエンデ独特の主張がしっかりと盛り込まれている。初めてミヒャエル・エンデの本に接するなら、こちらがオススメかと思う。『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと』1
2018.06.24
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図書館で『小村雪岱随筆集』という本を、手にしたのです。おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪【小村雪岱随筆集】小村雪岱, 真田幸治著、幻戯書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より大正から昭和初期にかけて活躍した装幀家、挿絵画家、舞台装置家の著者が書き留めていた、消えゆく江戸情緒の世界。没後、昭和18年(1943)に刊行された随筆集『日本橋桧物町』(30篇収録)に、新たに発掘された44篇を加え刊行。【目次】1 装幀と挿絵/2 女/3 舞台と映画/4 町と旅/5 雑/6 泉鏡花と九九九会<読む前の大使寸評>おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪rakuten小村雪岱随筆集マルチタレントの雪岱であるが・・・彼の作る舞台装置について見てみましょう。p90~91<舞台装置の話> 舞台装置を作りますには、最初芝居の台本が廻って来ますと、それを精読して大体のその芝居の気持を呑み込むのです。そして台本を読みながら、大道具、小道具、衣裳、鬘(かつら)等と必要なものを4分類します。気分を統一させながら、又それにぴつたりと適つたやうにと大道具其の他を分けてゆくのですから、相当の努力が必要なのです。 例へて申しますと、此の武士には立烏帽子が向くか、折烏帽子が好いかなどを大体定めておくのですが、途中で最初の考えとは違つてきて取りかへる事などもあります。 それが殆ど整ふと、舞台監督とその時の座頭に逢つて、こちらの立案と向ふの考へとを照し合せて一緒にしてから本当の仕度にかかります。 先程申しましたやうに4分類の大道具から始めてゆきます。それには道具帳と申しまして約50分の1位の彩色した見取り図とプランを作ります。次に、衣裳を登場人物の夫々に定めて、染めるもの、縫ひをするもの、全部に渉つて用意します。小道具は、太刀でも、靴でも、火鉢でも、全てこれに属してゐて、その場その場に必用なものが作られます。最後に鬘ですが、これには役者が可成り神経を使ふものですから、こちらも注意して夫々の役者にぴつたりしたものを作らせます。 かうしたものが準備されてゐる間に、役者の方では芝居の稽古が行なはれてゆきます。その最初は本読で、これは全部の役者が集まつてゐる所で舞台監督が、台本を棒読みして役者にその芝居の筋を知らせるのです。次が、平稽古で、これはその役者だけの書抜きしたものが渡され、舞台監督の指図の下に自分のセリフを覚えるのです。それから、立稽古で、これは普通の座敷で立つて稽古を行ひ、ここで型を定めます。ウン 映画作りに例えるなら、美術監督の役割を果していたようですね♪道具帳と呼ばれる見取り図は、アニメ映画のコンセプトボードのようなものかもしれません。『小村雪岱随筆集』2:装丁への執着『小村雪岱随筆集』1:雪岱と泉鏡花との交流『小村雪岱 物語る意匠』1
2018.06.23
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図書館で『小村雪岱随筆集』という本を、手にしたのです。おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪【小村雪岱随筆集】小村雪岱, 真田幸治著、幻戯書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より大正から昭和初期にかけて活躍した装幀家、挿絵画家、舞台装置家の著者が書き留めていた、消えゆく江戸情緒の世界。没後、昭和18年(1943)に刊行された随筆集『日本橋桧物町』(30篇収録)に、新たに発掘された44篇を加え刊行。【目次】1 装幀と挿絵/2 女/3 舞台と映画/4 町と旅/5 雑/6 泉鏡花と九九九会<読む前の大使寸評>おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪rakuten小村雪岱随筆集日本橋装丁への執着が語られているので、見てみましょう。p33~34<表紙は鹿革> 私が始めて書籍の装丁を致しましたのは、たしか今より25、6年前に、久保田万太郎氏の路といふ小説であつたと思ひます。其の次が泉鏡花先生の日本橋でありました。それから今日までに恐らく数百種の装丁をしたと思ひますがさて気に入つたものは出来ないものであります。 近来は或る特殊のものは別として多くは大量生産で定価をやすく致しますため木版色刷を用ゐ度いものも或はオフセットや機械木版となり、用紙も手ざはりの軟い日本紙のほしい時に西洋紙となったり致しまして、如何致しても品位が悪くなりがちであります。それからも一つ困りますのは時日の無くなった事で、大抵の場合初めて聞きます時には本文の校了間近なのであります。 それを私の方では1日延ばしに延ばし、出版所では催促を重ねて漸く出来上がる様な始末で、如何にも念の入れ方が不足なのであります。しかしながらこれもかういふ時代なのでありますから致し方はありますまい。 つまり非常に早くて非常によいものが出来なければ駄目な時節と思はれます。 私はあまり経費をかけない上での好みと致しましては、なるべく加工費を使わず、絹或いは紙等の材料によくよく工夫をこらし且つ製本の堅固なものを喜びます。(中略) たとへば泉鏡花先生の小説と致しましたら、書籍の型は菊版、用紙は純白な薄い上質、本文は全部4号活字に致したい。表紙は鹿革を紫根で染め上げて模様は一も用ゐず標題と著者の名を金に致します。そして天地の角ぎれを浅葱色の羽二重にし、見返しは白緑青の引染、箱は極く調子に心を用ゐた紺紙に文字は銀泥。この様な本を作って見たいと思ひます。『小村雪岱随筆集』1『小村雪岱 物語る意匠』1
2018.06.23
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図書館で『小村雪岱随筆集』という本を、手にしたのです。おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪【小村雪岱随筆集】小村雪岱, 真田幸治著、幻戯書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より大正から昭和初期にかけて活躍した装幀家、挿絵画家、舞台装置家の著者が書き留めていた、消えゆく江戸情緒の世界。没後、昭和18年(1943)に刊行された随筆集『日本橋桧物町』(30篇収録)に、新たに発掘された44篇を加え刊行。【目次】1 装幀と挿絵/2 女/3 舞台と映画/4 町と旅/5 雑/6 泉鏡花と九九九会<読む前の大使寸評>おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪rakuten小村雪岱随筆集雪岱と泉鏡花との交流について、見てみましょう。p10~11 初めて鏡花先生に御目にかかった時 明治36年の秋であつたとおもひますが、東京美術学校の教室で、古画の模写の時間に机を並べて居たのは、小林波之輔君といふ珍らしい秀才でありました。其の時小林君は雪舟筆四季山水を写してゐた事を記憶して居ますが、自分は何を写してゐたか覚えて居りません。 如何したはずみか話が小説の事になりまして、同君は、鏡花の小説ほど好きなものはないと言って、暗記してゐる様に話して呉れましたのが龍漂譚でありました。成る程何とも言へない程面白い。私はそれまで小説を少しも読みませんので、泉先生の御名前も知らずに居りましたが、それから古本屋あさりを初めました。 丁度其の頃は薬草取、白羽などを御書きになった時分でありますから、さかのぼつて古雑誌など探し初めた訳であります。随分夢中で集めまして大体皆読んで仕舞いました。其の頃私は日本橋の檜物町に住つて居りましたので、私の家へ来る女髪結が春陽堂の御出入でありましたため、いろいろ先生の御様子を聞かせて呉れました。 56年の間、此様にして居ります内に、それは明治42年の夏でありましたか、誠に誠に思ひがけもなく、先生に御目にかかつたのであります。(中略) 或る日の事でした。矢張り御宿へ伺って模写(医者の肖像画の模写)をして居りますと宿の女中が夫人(久保博士夫人)に、泉さんの奥さんが御見えになりましたが御通し申し上げませうか、と伺ひました時、その背後で通つてゐますよと言はれましたのが、思もかけぬ泉先生の奥さんでありました。色の白い20台の奥さんは、国貞ゑがく岩井粂三郎の白糸によく似ておいでの御方だと思ひました。 その翌日、今度は先生が御見えになりました。夫人にお願ひして初めて御挨拶を申し上げました。真にそれはそれは色の白い小柄な、丁度勝気な美人が男装をした様な方で、私は全く驚いて仕舞いました。『小村雪岱 物語る意匠』1
2018.06.23
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図書館に予約していた『頭に来てもアホとは戦うな!』という本を、ゲットしたのです。図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【著者情報】日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了<読む前の大使寸評>図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。とにかく著者の来歴がすごい!♪<図書館予約:(12/26予約、6/15受取)>rakuten頭に来てもアホとは戦うな!喧嘩が下手な日本人・・・・について見てみましょう。p139~141なぜ日本はアマゾンも匿名書評なのか? 日本のアマゾンの書評になれている人は、本場アメリカのアマゾンの書評がほとんど実名だと言われたら驚くのではないか? 実際、私の日本人の知人たちもこの事実にまず驚きを見せる。レストランのレビューもアメリカでは実名だ。日本でレストランレビューとして有名な食べログでも、実名のレビューはあまり見たことがない。 日本でも、本やレストランのレビューを実名で書いているブロガーもいるし、サイトもあるが、最大手のレビューサイトはほとんどが匿名だ。 そもそもアメリカでは実名による評価でない限り誰も重きを置かない。匿名による評価など本人や本人のライバルが書いていると思われても仕方がない。実名で書評を出すことにより、書くほうに責任感とそれからくる緊張感が生じる。レストランでも本でも自らをさらして評価するので、お里が知れることになるからだ。(中略) 日本はそれなりに大きくて広い国なのだが、人と人との関係が密で濃く、フェアなレビューも人格攻撃と受け止めてしまうくらい議論に慣れていない。そのため他人による批評を受け止める度量が狭いので、実名で実のある厳しいことが書けない風土なのだろう。予定調和で出来上がった社会 日本人は人格攻撃にならずに議論をするのが下手だ。これは教育の段階から慣れていないからである。その象徴が政治家の議論だ。国会でもそうだが、私がよく出させていただいた政治討論番組でも議論が人格攻撃にすり替わってしまうことがよくあった。そして先輩や同僚と建設的な議論をしようとしても、「お前、あれだけ目をかけてやったのにそういう態度か?」「お前、俺に意見するならもう知らんぞ」となってしまう。 成熟した議論を尽すためには、社会全体に慣れがないと難しい。アメリカのビジネススクールやロースクールでの議論では、人と違う意見を言わないと存在意義がないとされる。つまり学生時代から相手が誰であろうが、反対意見を含めて人格攻撃に陥らずに好き勝手に議論することを学ぶのだ。 ウーム 大使にしても人と議論することが得意でもないし、好きでもないやんけ。『頭に来てもアホとは戦うな!』4:無駄な会議『頭に来てもアホとは戦うな!』3:皮肉な、ものの見方『頭に来てもアホとは戦うな!』2:頭がいい人とはどんな人か『頭に来てもアホとは戦うな!』1:他人とのいざこざで人生を浪費していた
2018.06.22
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図書館で『サン=テグジュベリの世界』という本を、手にしたのです。ずばり『サン=テグジュベリの世界』という本を借りたのだが・・・この本で砂漠に触れたあたりが、大使のツボを打つわけです。【サン=テグジュベリの世界】リュック・エスタン著、 岩波書店、1990年刊<「BOOK」データベース>より星辰は頭上に広がり、眼下の大地には親しい灯が点在する。この文明社会に人間の絆をどう創成するか、その結び目はどこにあるのか。中空の闇をゆくパイロットは、しばし瞑想し、ときに星と対話する。『夜間飛行』『人間の大地』『戦う操縦士』と書き継いだこの『星の王子さま』の作家は、地中海洋上に消え去るまで思念を深くめぐらした。このユニークな行動する文学者の世界を、その全作品からの引用を自在に交えて、あますところなく論じた。本書は、サン=テグジュペリの文学を語るとき、逸することのできぬ定評ある古典的名著である。<読む前の大使寸評>ずばり『サン=テグジュベリの世界』という本を借りたのだが・・・この本で砂漠に触れたあたりが、大使のツボを打つわけです。rakutenサン=テグジュベリの世界サン=テグジュベリが「砂漠の君主」と呼ばれる由縁あたりを、見てみましょう。p27~31子どもの王子さまから大人の族長へ サント=クロワ学院の同級生たちは、彼を《月刺し槍》とあだ名していた。上向きの鼻のせいだったが、おそっらくはまた、月が象徴する夢想癖と、さらにはむら気のせいだった。しかし、彼らが知らずに予言していた、ひとつの天職にほかならぬもののせいでもあったのだ。 のちにモール人たちは、キャップ・ジュビーの中継基地の飛行場長に、《砂漠の君主》という称号を与えることになる。彼らに深い印象を与えた、勇気と、騎士道精神と、礼節のためである。しかし彼らは、自分たちが予言をおこなっているのだということをどうして見抜くことができただろう? つまり、この君主という称号は、その時点においていかに妥当なものだったにせよ、その砂漠の王という表象が、『城砦』の作者によって、おのれとの内的類似にもとづいて造型される将来においてこそ、さらにふさわしいものになるということを。 ないしは、彼との類似のあるものにもとづいて。 このように、あだ名というものは、それがからかいに堕落するときでさえ、ある人間の真実を表現する場合があるのだ。 家の芝生からサハラ砂漠まで、太陽の壮麗さの印璽を押したサン=テグジュベリの肖像が確認される。彼自身にしても、あちこちでその肖像を否認する理由を見出さなかったのである。それにひきかえ、月に関するあだ名には悔しがり、大人になっても、ひとがそれを持ち出すと苛立った。(中略) 子どもの王子さまから大人の族長まで。それら対照はこんなふうに要約できるかもしれない。驚嘆の能力から確固とした観念まで、揺れ動く夢想から凝結した象徴まで、束の間のものの魅力から永遠なものの峻厳さまで、自由にゆだねられた生から秩序に服した生まで、あるがままのおのれで充足する心情から、おのれがありたいと欲するものに苦しむ魂まで、みずみずしさから硬化した感覚まで、優しさから厳しさまで、子ども時代の軽やかさから老年の道徳まで・・・というふうに。 まだつづけるべきか。あるいはサン=テグジュベリ流にひとつの物語を語るべきか。いや、ただ単に、比類のない語り口で彼が語ってくれたエピローグに、もうひとつ別のエピローグを想い描いてみるべきなのだ。 黄色いヘビがくるぶしを咬むと、ご記憶のことと思うが、王子さまは音もなく砂の上に倒れる。そして彼はそのままになる。このことは、彼が「もう死んだような様子」以上になったことも、毒のために永遠に起きあがれなくなったことも意味しはしない。彼が友人の飛行士にすべての真実は明かさなかったことを意味しているのだ。 相手につらい思いをさせないために。また、飛行機の故障がなおったら、飛行士というものはふたたび飛び立たなければならないのだから。それに結局、大人たちというものは、たとえ飼いならされたキツネの告白を伝えられたとしても、すべてを理解することはできないのだから。(中略) ある日、子どもの王子さまは大人の族長に脱け変わった。これがすべてだろうか? そうではない。飛行士の特殊な事態というものもある。彼が王子さまに出会ったのは、砂漠に不時着したときのことである。だから、彼が蜃気楼の魅惑に屈したのだと信じる理由は十分にある。まやかしの幻影のではなく、本物の蜃気楼の魅惑に。砂のうえに投影されていたのは、彼の内的地平の像であり、彼は自己自身のうちに自己を映していたのだ。「じゃあ、きみも、天からやってきたんだね!」もちろん、彼らはいっしょに天から落ちたのだ。「どこの星から来たの?」言うまでもなく、同じ星からだ。この本もサン=テグジュペリの世界R3に収めておくものとします。
2018.06.22
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図書館で『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと』という本を、手にしたのです。ビジュアルな「とんぼの本」シリーズなので、絵本作家エンデを知るには最適ではないか♪【ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと】池内紀, 小林エリカ著、新潮社、2013年刊<「BOOK」データベース>より『モモ』『はてしない物語』ほかファンタジー物語の傑作を残した作家エンデの人生、そして現代人に伝え続けたメッセージとは。待望のエンデ入門。<読む前の大使寸評>ビジュアルな「とんぼの本」シリーズなので、絵本作家エンデを知るには最適ではないか♪rakutenミヒャエル・エンデが教えてくれたことINTRODUCTIONを、見てみましょう。p14~15今、輝きを増すミヒャエル・エンデの残したもの 人間から時間を盗む「時間どろぼう」である「灰色の男たち」に奪われてしまった街の人々の時間を取り戻すため、不思議な力を持つ少女モモが活躍する『モモ』(1973年)。 いじめられっ子の少年バスチアンが古書店で盗んだ本の中の世界に入り込み、滅亡間近の国「ファンタージェン」を救う大冒険を繰り広げる『はてしない物語』(1979年)。 この2つのファンタジー物語の名作を残した作家として、ミヒャエル・エンデの名前は世界中の人々に記憶されています。その初版刊行から30年以上を経た現在も、これらの作品は未だ圧倒的な人気を誇り、驚くべきロングセラーとして多くの読者に読み継がれています。 上記2作を含め、エンデ作品の多くは、「児童文学」というジャンルとしてカテゴライズされる場合が少なくありませんが、彼の作品が子供たちの刹那的な欲望に即物的に応え、かりそめの満足を与える安易な「夢物語」にとどまるものではないことは、その作品世界に一度でも触れた経験を持つ読者の方々なら、きっと共感していただけるのではないでしょうか。 エンデは65年にわたる人生において長短の小説、絵本のほか、戯曲、詩など30作以上に及ぶ作品を残しましたが、そこには冒険があり、創造と発見があり、愛があり、人生の哲学があります。ワクワクするような心のときめき、考えさせられる深いテーマ、ナンセンスな遊びの楽しさ・・・。それらの作品を前に、「大人の鑑賞にも耐え得る」とか「童心に帰って楽しめる」とかいった評価の言葉は必要ありません。大人も子供も、いかなる種類の読者の心にも、そのままで深く訴える普遍的な「物語」の魅力を、エンデ文学は備えているからです。 一方で、エンデは現実離れしたファンタジー物語を生み出すだけの夢想家ではなく、社会に対する鋭い洞察と深い思索を備えた一人の「思想家」でもありました。(中略) 19世紀生まれの神秘思想家ルドルフ・シュタイナーの思想に共振していたエンデは、近代以後の社会に巣食い、世界のあり方を激変させている物質主義/科学万能主義に対して異を唱え、人間の心=精神世界の重要性を訴え続けました。その彼が晩年、とりわけ強く関心を持っていたのが「お金」の問題です。現代社会をグローバルに覆い尽くす資本主義社会においてまさに自明の前提となっている「貨幣」という存在を根源から問い直すこと。 こうしたものごとに対する透徹した視点は、落ちこぼれだった少年時代からまったく変わらず持ち続けたものでした。そして、そんな彼の残した言葉は、その死後15年以上を経た今、埃をかぶるどころか、ますます輝きを増していると感じられます。
2018.06.22
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「挿絵作家」でしょうか♪<市立図書館>・ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと・サン=テグジュベリの世界<大学図書館>・小村雪岱随筆集・日本の手仕事図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと】池内紀, 小林エリカ著、新潮社、2013年刊<「BOOK」データベース>より『モモ』『はてしない物語』ほかファンタジー物語の傑作を残した作家エンデの人生、そして現代人に伝え続けたメッセージとは。待望のエンデ入門。<読む前の大使寸評>ビジュアルな「とんぼの本」シリーズなので、絵本作家エンデを知るには最適ではないか♪rakutenミヒャエル・エンデが教えてくれたこと【サン=テグジュベリの世界】リュック・エスタン著、 岩波書店、1990年刊<「BOOK」データベース>より星辰は頭上に広がり、眼下の大地には親しい灯が点在する。この文明社会に人間の絆をどう創成するか、その結び目はどこにあるのか。中空の闇をゆくパイロットは、しばし瞑想し、ときに星と対話する。『夜間飛行』『人間の大地』『戦う操縦士』と書き継いだこの『星の王子さま』の作家は、地中海洋上に消え去るまで思念を深くめぐらした。このユニークな行動する文学者の世界を、その全作品からの引用を自在に交えて、あますところなく論じた。本書は、サン=テグジュペリの文学を語るとき、逸することのできぬ定評ある古典的名著である。<読む前の大使寸評>ずばり『サン=テグジュベリの世界』という本を借りたのだが・・・この本で砂漠に触れたあたりが、大使のツボを打つわけです。rakutenサン=テグジュベリの世界【小村雪岱随筆集】小村雪岱, 真田幸治著、幻戯書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より大正から昭和初期にかけて活躍した装幀家、挿絵画家、舞台装置家の著者が書き留めていた、消えゆく江戸情緒の世界。没後、昭和18年(1943)に刊行された随筆集『日本橋桧物町』(30篇収録)に、新たに発掘された44篇を加え刊行。【目次】1 装幀と挿絵/2 女/3 舞台と映画/4 町と旅/5 雑/6 泉鏡花と九九九会<読む前の大使寸評>おお 表紙の線描画が小粋ではないけ・・・背景が白一色というのがいいのかも♪rakuten小村雪岱随筆集【日本の手仕事】陸田幸枝著、小学館、1996年刊<出版社>より名もなき熟練の職人たちが、その技を手から手へ受け継いで、作り続けてきた日本の道具たち28選。ともすれば忘れ去られがちな、日常の名品を、今に伝える一冊です。取り寄せ情報付き。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると・・・山繭の織物、奈良墨、輪島塗、宮古上布、南部鉄器、等々・・・素晴らしい手仕事が載っています。amazon日本の手仕事************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き311
2018.06.21
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図書館に予約していた『オペレーションZ』という本を、ゲットしたのです。財務省の劣化が現実に起きた今、この経済シュミレーションが現実味があるだけに怖い気がするのです。【オペレーションZ】真山仁著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>より国の借金は千兆円を超え、基礎的財政収支は赤字が続く。国債が市場で吸収されなくなった時、ヘッジファンドが国債を売り浴びせた時、国家破綻は現実となる。総理は「オペレーションZ」の発動を決断し、密命を帯びたチームOZは「歳出半減」という不可能なミッションに挑む。官僚の抵抗、世論の反発、メディアの攻撃、内部の裏切り者ー。日本の未来に不可欠な大手術は成功するのか?明日にも起こる危機。未曾有の超大型エンターテインメント!<読む前の大使寸評>財務省の劣化が現実に起きた今、この経済シュミレーションが現実味があるだけに怖い気がするのです。<図書館予約:(1/05予約、6/15受取)>rakutenオペレーションZ冒頭あたりの語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。p10~11プロローグ カルロスと江島は窓際の席に陣取り、随行員達は少し離れた場所に座った。 濃厚な赤ワインのカラフェがテーブルに置かれると、江島自ら随行員らにも酒をついで回った。「アルゼンチンの強さを私は信じている。朝が来ない夜はない。アルゼンチンの新しい夜明けに期待しようじゃないか」 そう言って乾杯した。 一気にワインを飲み干して、ようやく人心地がついた。旧友はため息をついて窓外の風景を見つめている。 「サミュエルソンの言葉を思い出したよ。世界の国々は、四つのタイプに分類できる。『豊かな国』『貧しい国』『日本』『アルゼンチン』」と江島が諳んじると、カルロスが乾いた笑い声を上げた。 ノーベル経済学賞受賞者の米国人、ポール・サミュエルソンが、1990年代に好んで用いたこのジョークは、日本とアルゼンチンは、経済学者の常識では測れない国だという意味だ。 「こんない激しいデフォルト・タンゴを踊り続けるのは、さすがに疲れたよ」 二杯目を飲み干したところで、カルロスが呟いた。 「何を言っている。君は、何時間でも踊り続けられる男じゃないか。踊って踊って、踊り続ければ、やがて喝采を浴びるぞ」 本当は、二度と世界経済の潮流に乗って踊るべきではないと江島は思っている。グローバル・スタンダードなんぞに欺されず、自国にとって最良の経済政策を選択し、我が道をを行く者だけが生き残る。 それが分かっていても、日本もまた、欧米の投資家なくしては立ちゆかない。しかも、バブル崩壊という煮え湯を飲まされた過去などすっかり忘れて「日本は、まだまだ大丈夫。国家破綻なんかしない」と高をくくっている。 愚かなことだと思う。仕組みを知る者が見れば背筋が凍るような国債発行の状況も、「国内で対応」という常套句に頼り切って、臭いものに蓋をしたままだ。一歩間違えば、日本だってたちまちアルゼンチンと同じ沼に足を取られるというのに相変わらずの先延ばしで、現実から目を逸らしている。 国家と国民の未来を守りたい。そう思って政治家になったのに、いつの間にか俺もまた、かけ声だけ威勢の良い理想ばかりを語っている。
2018.06.21
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図書館に予約していた『頭に来てもアホとは戦うな!』という本を、ゲットしたのです。図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【著者情報】日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了<読む前の大使寸評>図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。とにかく著者の来歴がすごい!♪<図書館予約:(12/26予約、6/15受取)>rakuten頭に来てもアホとは戦うな!無駄な会議をどうするか・・・・について見てみましょう。p132~134不毛な国会 無駄な会議こそ社会人生活最大のタイムコストである。この本を読んでいるあなたも、さまざまな場面で「この会議は無駄だなあ」と思うことがあるかもしれない。 その典型例が国会だ。会議を開いてはいるものの、そこでのやりとりで国益のために生産的なものはほとんど生まれないからだ。 ただし、もちろん意義ある会議も皆無ではない。ある法案や予算の審議中に大きな事件が事故が起きて、世論に敏感な政治家たちが法案や予算の内容を変えることもある。 ただし、現在の自民公明連立与党のように、両院で与党が安定的な過半数を持っている場合、法案が国会に提出されたときにはすでに与党内審議を終えているため、基本的に議論は出尽くしており、与党は賛成で固まっている。そのため国会での審議で、賛否も内容もほとんど変わることはない。つまり、国会とは結論がすでに出ているにもかかわらず、時間を議論に費やしたことを証拠として残すためだけに行なわれる会議なのだ。そこに、議員の相当なタイムコストが費やされている。ちなみに、議員は一人当たりにつき4億円ほどの国費が投入されている。誰もが最悪に無駄だと感じるだろう。(中略) 私は与党議員のとき、委員会の委員も理事も委員長もやっていたので、本当に国会での会議が嫌で、そのときの時間を返してほしいといつも思っていた。結論が決まっているのに、野党のスキャンダル追求や選挙区アピールのために、国益に帰するどれだけの政策や海外視察の時間が失われたことか・・・。 与党も野党の議員も、こういう時間の無駄を乗り越えて幹部になるので、彼らの指示で委員会に座っていないといけない新人・中堅議員はつらい。日本の国会には定足数というものがあって、会議に委員である議員が、本会議なら最低3分の1、委員会なら半数がずっと座っていないと野党から審議がストップされる。そのため椅子にずっと座って、国益にも政治家としての成長のためにもならない議論を聞いていないといけない。国会議員が忙しい元凶は、実はこの時間にある。 もっと悲惨なのは閣僚である。両院合わせて月曜から金曜までほぼ終日委員会に縛りつけられ、いろんな質問に答えないといけない。ミスを犯さないように答弁のすり合わせもやるので、委員会開催中以外にも相当な時間が早朝や深夜まで費やされる。 ウーム 麻生財務大臣の苦労がしのばれるお話でんな(笑)。『頭に来てもアホとは戦うな!』3:皮肉な、ものの見方『頭に来てもアホとは戦うな!』2:頭がいい人とはどんな人か『頭に来てもアホとは戦うな!』1:他人とのいざこざで人生を浪費していた
2018.06.21
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図書館に予約していた『頭に来てもアホとは戦うな!』という本を、ゲットしたのです。図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【著者情報】日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了<読む前の大使寸評>図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。とにかく著者の来歴がすごい!♪<図書館予約:(12/26予約、6/15受取)>rakuten頭に来てもアホとは戦うな!シニカルなものの見方あたりを、見てみましょう。ギャグ漫画大好きな大使は、シニカルなものの見方についてはジューブンだと自負しているのだが・・・p109~112皮肉な「ものの見方」を鍛えよ 「素直で純粋でまっすぐ」ではダメだということを教えてくれたのが、シンガポールのリー・クワンユー元首相だ。「常にシニカルにものを見ることが、ボケないで長生きする秘訣だ」と私に教えてくれた。 リー元首相とは何度もご一緒させていただく栄誉にあづかった。同じ国際会議で登壇する前に控室で懇談したこともあったし、マリーナベイサンズの屋上から一緒にF1レースを見ながら、シンガポールご自慢のタイガービールをジョッキでいただきつつ歓談させてもらったこともあった。 彼は本当に辛辣だ。でも、それは厳しい現実と常に向き合ってきたから、当然のものの見方なのだと思う。かつてシンガポールは、資源豊富なマレーシアから、資源のない漁村として切り捨てられた。そんな中彼は、呆然としながらも国民と一体となって、建国50年で日本を抜いてアジアで最も豊かな国家にした。 そして淡路島と同じ面積で広島県と同じくらいの人口だった国を、一人当たりで日本を抜くGDPを実現させ、資産レベルでも最も億万長者の密度が高い国家へと築き上げていった。その実績を上げた彼は、国家元首でありながら、スティーブ・ジョブスら世界的な企業家に勝るとも劣らない国家企業家だ。 90歳を超えた氏は、今でも「意地悪」である。 政治家時代に初めてお会いしたときも「タムラさんか。タムラという名前は日本にたくさんありますね。ひょっとして世襲ですか?」と聞かれ、当時世襲でないことが自慢であり、世襲でないことを外国人政治家たちは評価してくれていたので、胸を張って「いえ、世襲ではありません」と答えた。 すると、みるみるリー元首相の顔が曇り「それでは、あなたは首相にはなれませんね。日本では世襲以外は首相になれないでしょう」と鋭い指摘。 「いきなり首相になれないなんて直接おっしゃるとは、なんて失礼な」と思ったが、それは確かなデータと理論に基いていたと思う。リー元首相は、選挙区、知名度、資金力、つまり、地盤、看板、カバンの政治家の三つの神器の重要性は、変化を嫌う国民には今も有効で変わらないと見ていたのだろう。 確かに、当時首相になるのは世襲の政治家ばかりで、短期間ならそうでない人も首相となったが、結局安定政権の安倍首相は世襲だし、阿部政権の重要閣僚にも世襲が多い。いい悪いの議論は置いておいて、政治家の人事において世襲がおさまりがいいのは事実だろう。 そんなリー元首相は、昨今日本に対して厳しい。近著では「私が、英語を話せる若い日本人だったら国を出ていくだろう」と日本の未来にかなり悲観的である。これだけ聞くと辛辣だが、全部読むと実に論理的な分析で、悔しいが認めざるを得ない感じにもなる。日本がこのまま日本人だけの純血主義を押し通せば、人口は減り、国は老いていき、そして国家として小さく貧しくなる。その日本が中国や朝鮮半島の近くにあるのがまずいと言うのだ。中国や朝鮮半島の隣にありながら、小さく貧しく老いていくのは、リスクが高すぎるという。その背景には世界の警察官の役割を果たせないアメリアの存在もあると見る。 90歳を超えても、リー元首相にアドバイスや未来の予想図を求める世界のリーダーたちが後を絶たない。その様子に驚き、私は一度「いつもシャープな理由は何ですか?」と尋ねたことがある。そのとき元首相は、茶目っ気たっぷりの笑顔で「誰かの言うことに素直に従ったり、何かを無分別に信じたりすることは楽だよ。だってそれは頭を使っていないから。しかし、ものをシニカルに見るのは脳にいいよ。脳は使えば使うほどよくなる唯一の臓器だから」と教えてくれた。 それ以来、私もメディアの報道から有識者の意見まで「それ本当か?」と疑うことを忘れない。『頭に来てもアホとは戦うな!』2:頭がいい人とはどんな人か『頭に来てもアホとは戦うな!』1:他人とのいざこざで人生を浪費していた
2018.06.20
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デジタルデバイドの鄙の地から神戸に帰ってきました。4日ぶりにネット環境がととのったので、読書ブログ(のようなもの)を再開します。<『頭に来てもアホとは戦うな!』2>図書館に予約していた『頭に来てもアホとは戦うな!』という本を、ゲットしたのです。図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【著者情報】日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了<読む前の大使寸評>図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。とにかく著者の来歴がすごい!♪<図書館予約:(12/26予約、6/15受取)>rakuten頭に来てもアホとは戦うな!頭がいい人とはどんな人か、見てみましょう。p72~75本当に頭がいい人とは? 私は今までの人生で、数多くの「これはかなわないな」と思う頭脳の持ち主を見てきた。日本人でも外国人でも恐ろしいくらい頭が切れる人間に出会う人生だった。 留学中は、ロシア科学アカデミーの天才たちと机を並べ経済学を学んだ。いわゆるロケットサイエンティストがウォール街に流れてくるはしりの連中だった。ソ連崩壊で予算が削られ、行き場を失った優秀な科学者たちがアメリカの金融界で新たな革命を起こすべく流れ込んだ場所が、名門大学の経済学大学院だった。彼らはエール大学という世界の名門中の名門の数理経済学者もたじたじになるほどの数学の力を持っている。 政治家になってからは、日本最高のシンクタンクと言われる霞が関の連中と一緒に仕事をした。ずっと与党にいたので、中枢にいる官僚たちと経済や財務政策について議論を重ねてきた。彼らが作る資料もすごいが、政策に対する造詣はもちろん、芸術や文学まで多彩な才能を垣間見せてくれ、本当に驚いた。 アメリカで最高峰といわれるシンクタンク、ランド研究所は過去日本が国家として獲得したノーベル賞総数の倍近い29名のノーベル賞受賞者を抱える知の中心だが、私と同じフロアにも数名のノーベル賞受賞者がいた。彼らと彼らの研究結果やそれを国家政策に落とし込む作業について、ハンバーガーやコーラ片手にカフェテリアで話し込んだが、本当に切れ者たちだった。 経済・財政そして金融担当の政務官として政府入りしたとき、私は日本版政府系ファンド設立を目指して議員連盟を立ち上げ、自民党の国家戦略本部に見当機関まで作ってもらった。この関係で世界の名だたるヘッジファンドやプライベートエクイティファンドのオーナーたちや国家ファンドのトップと議論を繰り返した。兆円単位のお金を動かす人物の持つ情報量や分析力は並大抵のものではなかった。 東京大学が全学の総力を挙げて次世代リーダー育成のために立ち上げたエグゼクティブ・マネジメント・プログラムに入ったときは、宇宙科学、医療、経済、哲学、宗教、芸術等の分野の最高の叡智と分野の壁を越えて交流し、その知識の蓄積に感銘を受けながら議論をして、学際的な課題設定能力を磨いていった。 ハーバードやエールでフェローをしているときも、それら世界最高峰の大学が持つ各分野の叡智と触れ合える多様な機会をいただいた。ノーベル賞やピュリッツァー賞の受賞者や、いろんな国の国家元首たちと意見を交わす機会も与えてもらった。 国内外の多様な国際会議にもたくさん招待してもらい、学者から経営者まで、大事を成す方々をこの目で見て、大いに刺戟を受けてきた。 こういう経験から確実に言えるのは、頭がいい人は世の中に掃いて捨てるほどたくさんいるということだ。頭がいいことにはそれなりの価値があるが、絶対的な価値ではない。真の叡智、他者から抜きん出るための人生最高価値は、単なる頭の回転ではない。記憶力や発想力だけではないのだ。 事を成すために、経営者だろうが、学者だろうが、政治家だろうが、行政官だろうが、必要な能力がある。それは「相手の気持ちを見抜く力」だ。この能力を持つ人が一番賢い人であり、この力さえあれば、あなたは「鬼に金棒」である。エリートなのに挫折する理由 アイデアや熱い想いは世界の中にあふれている。重要なのはそれらを実行して世の中にインパクトを与えることだ。しかし、いくら賢くても、一人ではたいしたことは実行できない。いろんな人を巻き込み、彼らに本気で動いてもらう仕組みを考えて実行しないと、アイデアや想いは絵にかいた餅で終ってしまうのだ。 そのために必要なのは、相手の気持ちを理解する能力だ。これがたいていの頭のいい人に欠けている気がする。正確に言うと、頭のいい人ほどこの能力がないとさえ思う。 よく考えてみればそれはそうだ。自分に自信があり、自己愛が強くて、自分の発想だけで突っ走ってきたから天才と言われるのだろう。しかし、一歩進んでその天才的なアイデアを実行するためには、自分の気持ちは置いておいて、相手の気持ちを理解しないといけないのだ。ウン トランプさん、安倍さん、習さんなど頭のいいトップには、この能力が欠損しているのかもしれませんね。『頭に来てもアホとは戦うな!』1
2018.06.20
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<『透明水彩の50作品とキーワード』2>図書館で『透明水彩の50作品とキーワード』という本を、手にしたのです。おお 永山裕子さんの透明水彩ではないか♪永山さんの透明水彩は、このところミニブームになった感じがするのです。【透明水彩の50作品とキーワード】永山裕子著、グラフィック社、2013年刊<「BOOK」データベース>より重ねる。接する。少し離す。たくさん離す。花の向きひとつでちがうドラマになる。…描くための、自身のルールや今まで多く受けた質問への返答を25のキーワードにまとめた。<読む前の大使寸評>また透明水彩の本を借りたが、このところミニブームになった感じがするのです。rakuten透明水彩の50作品とキーワードこの本で気にいったキーワードを挙げてみましょう。p66どこから描きますか? 小中学生のとき、近くの公園や校舎を写生した経験は、多くの方がお持ちだと思いますが、同じ水彩絵具を使いながら、わたしは、今、以前に描いた手順とは、まったく逆の進め方をしています。子どもの頃は、手前にあった木や校舎から先に描き、徐々に、奥へと進めていきました。厄介だったのは、手前の枝や葉を丁寧に描いてしまうと、枝のあいだの空を塗るのが、面倒くさく、滲んだり、塗り残しがあったように思います。今は、まず、奥から描きます。いちばん遠い空から、だんだん手前に木や建物を重ねてきます。空気の層を奥から重ねていくという感じです。p81どこの水彩絵具を使っているのですか? 絵具は異なるメーカーのものを混ぜても問題はありません。前著では、手に入りやすいリーズナブルな絵具としてホルベインを使用しましたが、普段はほとんどシュミンケの絵具で制作をしています。ひとつの色に1色の顔料だけを使用している単色顔料の絵具が多く、混色しても濁りにくいというメリットと、発色のよさに惹かれています。ラー油そっくりのトランスルーセントオレンジ、和からしそっくりのトランスルーセントイエローなど、深みと透明感があり単色でもたびたび使っています。『透明水彩の50作品とキーワード』1ところで、田舎の四国で法事があるので、これから帰省します。例のごとくデジタルデバイドの鄙の地なんで・・・19日午後まで音信普通となります。そこのところを、宜しくお願いします。
2018.06.16
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図書館に予約していた『頭に来てもアホとは戦うな!』という本を、ゲットしたのです。図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【著者情報】日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了<読む前の大使寸評>図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。とにかく著者の来歴がすごい!♪<図書館予約:(12/26予約、6/15受取)>rakuten頭に来てもアホとは戦うな!この本で気にいったあたりを、見てみましょう。p17~19他人とのいざこざで人生を浪費していた自分 政界というものは不条理の塊みたいなところがある。政治家としての優秀さというのは数字では公平公生にはかれず、人事や発言権というのは、よくわからない基準で決まっていた。 はたから見ても閣僚人事やテレビに出てくる政治家の発言を聞いても、なんでこの人が・・・と思う場合が多いと思う。実際に政党や政府の中に入ってみると、各種の手練手管を駆使して地位や権力を獲得する先輩や同僚の姿を目の当たりにすることが少なくなかった。 私のような30代で民間から政界入りしたナイーブな若造はそんな彼らを「清濁併せ呑む」のはなんともできかね、時として嫌悪を感じる日々であった。納得いかない気持ちで寝付けない夜もあった。政治家という職業は素晴らしい仕事だと思うし、志を立ててせっかくなったものだが、当時は政治家になったことを心から後悔した日もあった。その嫌悪感から、アルコールに頼って体調を悪くしたり、酔って腹いせにその人たちの悪口を言い触らして自分の評価をさらに下げたこともあった。 先輩や同僚の不条理な発言や行動を見ていると尊敬するどころか軽蔑したくなり、それ以上に、たまに成敗したくなっていた。与党の会議や会食の席で論破してやろうと挑戦したこともあって、周りをヒヤヒヤさせたこともあった。当然、こうして真正面からかかわることで、いいことや成長機会はなかった。 今冷静に考えれば、権力にすり寄る彼らの努力は、洋の東西を問わず、さらに上に近づく最も大事な準備作業であり、彼ら自身不本意ながらも、清濁併せ呑む覚悟でそれを積み重ねていたのかもしれない。むしろ、その先輩や同僚を非難するより、称賛すべきだったのかもしれない。 権力にすり寄る行為に嫌悪を感じて、そういうことをする人たちと戦おうとしていた自分はとてつもなく青臭く、今思えば情けない。 幸い先輩が常に守ってくれていたので事なきを得た。それ以上に幸いだったのが、そうした政界で長いキャリアを持つ先輩たちからアホと戦う無駄さを教えていただいたことだ。その結果、頭に来たり恨んだりすることで、本来はステップアップに使うべきエネルギーや時間を相当浪費してしまっていることに気がついたのだ。
2018.06.16
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図書館で『僕たちの居場所』という新書を、手にしたのです。内田樹、平川克美、名越さんという朋友が、現状の居場所やニッポンを語っているので見てみようと思ったのです。【僕たちの居場所論】内田樹, 平川克美著、KADOKAWA、2016年刊<「BOOK」データベース>より自分の居場所を見つけられない人が増えていると言われる時代、それぞれ違う立場で活躍してきた内田樹・平川克美・名越康文の朋友の3人が、自分らしさとは、つながりとは何かについて鼎談。昔話に花が咲いたと思ったら、話は思わぬ方向に…。叡智が詰まった言葉の数々にハッとさせられる1冊。<読む前の大使寸評>内田樹、平川克美、名越さんという朋友が、現状の居場所やニッポンを語っているので見てみようと思ったのです。rakuten僕たちの居場所論G2嫌いの大使であるが、どちらがより嫌いかと問われれば、もちろん中国である。この本でそのあたりを見てみましょう。p215~219中国とアメリカの脅威の差 名越:一般の人には、僕にもあるんですけど、やっぱり中国が何を考えているのか、ほとんどわからないですよね?平川:たぶん、その中国のわからなさっていうのは、ずっとわからないですよ。毛沢東のときの中国は、場合によっては日本が危なかったんだから。名越:そうなんですか。内田:いまは危なくないほうだよ(笑)、相対的に見れば。平川:うん、危なくないよ、全然。内田:第二次世界大戦のあとも、アジアではほとんど全期間戦争をやっているわけですよ。朝鮮戦争があって、ベトナム戦争があって、インドと中国の紛争があって、チベット侵攻があって、中国とベトナムの間でも戦争画あって・・・中国はずっとその戦争の当事国だったわけでしょ。 それに比べると、いまの中国はまだ抑制が利いているほうだと思う。文化大革命なんて、1966年から10年間、中国は内戦状態だったんだからね。死者が1000万人とか言われているけれど、いったいその時期に何があったのかについての公式資料さえ存在しない。名越:ほんとうに最近ですよね。内田:そういう時代に比べると、今の中国指導部ははるかに論理的に行動していると思いますよ。とにかく中央政府の統制が利いているという点だけでも、相対的には安定期と言っていいんじゃないの。平川:まぁ、これだけ近代化してしまうと、なかなかそのまったく無理筋の戦争とか現状変更はありえないしね・・・。内田:もう資本主義国家とほとんど同じだからね。平川:北朝鮮の暴発というのはあるかもしれないけど、中国はミャンマーなんかでも、中国人がいちばん暗躍しているわけですよ。なかなかその中国人のビジネスの仕方というのも厳しくて、そういう意味では難しい価値観というのを持っている人たちが多いけれど、歴史上というか、もう少し長いスパンで見たら、今の中国は実質的な脅威ではないだろうと僕は思うんですよ。いちばん危ないのは、アメリカですよ。内田:そうだね。平川:アメリカは今でも、何かあれば、変な戦争をね…。内田・名越:笑平川:言ってみれば、イラクやアフガニスタンのことを含め、自作自演をずっとやっているわけでしょ。アルカイダをつくったのはアメリカだし。また今度は集団的自衛権で日本を・・・。内田:アメリカは戦後も休みなしに戦争しているからね。平川:世界でずっとやっているのは、アメリカだけでしょ。内田:朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク、アフガン、シリア・・・アメリカはほんとうに戦争を止めないね。平川:それで、アメリカのお膝元の中南米は、ほとんど反米になっちゃったわけですよね。名越:そういう意味では、日本はほんとうに危険な、重度の分裂状態ですよね。内田:もっとも危険な国であるアメリカの世界戦略を安全保障の基本に採用しているから。名越:そうでしか生きていけないんじゃないですか。内田:敗戦国である以上、アメリカとのパートナーシップでしか生きる道はなかったというのは歴史的事実だからどうしようもない。でも、アメリカの世界戦略というのも別に合理性があるわけじゃない。建国以来の「アメリカのアイデンティティー」を死守するために行動しているわけだから。ある種の妄想だよ。『僕たちの居場所論』1
2018.06.16
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図書館で『僕たちの居場所』という新書を、手にしたのです。内田樹、平川克美、名越さんという朋友が、現状の居場所やニッポンを語っているので見てみようと思ったのです。【僕たちの居場所論】内田樹, 平川克美著、KADOKAWA、2016年刊<「BOOK」データベース>より自分の居場所を見つけられない人が増えていると言われる時代、それぞれ違う立場で活躍してきた内田樹・平川克美・名越康文の朋友の3人が、自分らしさとは、つながりとは何かについて鼎談。昔話に花が咲いたと思ったら、話は思わぬ方向に…。叡智が詰まった言葉の数々にハッとさせられる1冊。<読む前の大使寸評>内田樹、平川克美、名越さんという朋友が、現状の居場所やニッポンを語っているので見てみようと思ったのです。rakuten僕たちの居場所論朋友たちが嫌韓を語っているので、見てみましょう。p184~187好き嫌いと価値観の共有 平川:名越先生に質問したいと思っていたんだけれど、同じように育って、同じような教育を受けて、普通に論理的な思考はこうだって知っているのに、たとえば新大久保で騒ぎ立てている在特会みたいな人たちが、どうして出てくるのかわからないんですよ。 内田:俺も知りたい。平川:どうにも不思議なんです。これは在特会のみならず、身近なところにたくさんいるんですよ。嫌韓って人が。 内田:嫌韓ってどこから出てきたんだろう。平川:何か悪いことがあると全部あいつらのせいだ、みたいなね。 名越:そういう人が多いのは事実でしょうね。品のいい、コーヒー一杯1000円のような喫茶店にいても「えっ?」っていうような会話をしている人がいますから。内田:それって、おじさんたち?名越:おじさんが多いですけど、若い人たちもいますよ。平川:それ以外のことでは、まったく普通なんですよね。内田:その話だけそうなるんだ。諸悪の根源は韓国であるって・・・。名越:これは僕の完全に先入観ですが、「子ども、早く産めよ」という議員の発言がありましたよね。そのことと、根っこはつながっていると思っています。普通の感覚だとその瞬間に「えっ?」っていうことが起こっているのに、あの人たちの中では「えっ?」っていう感覚ではない。そこの感性が途切れているんじゃないでしょうか。内田:そういう人たちって、実は圧倒的多数が自分と同意見だと思い込んでいるんじゃないのかな。 名越:ええ。だから感覚的なところはありますよね。教育というよりはたぶん感覚的なところはすごくあると思う。平川:たぶん、それが何かということがよくわからないと、たとえばヒトラーが優生学みたいなことを持ち出してきてユダヤ人を排斥するじゃないですか。それにみんな、わぁ~と乗ったわけですよね。結果的には。そのメカニズムって、よくわからない。 内田:よくわからないね。僕も反ユダヤ主義についてはかなり集中的に勉強したんだけど、結局のところどうしてある程度知性のある人が、ああいう妄想的な物語をころりと信じてしまうのか、今でもよくわからない。 名越:ほんと、わからないです。僕もヒトラーの本はだいぶ読みましたが、じゃあなぜそういう人が出てくるのかということについては、はっきりとした見解はないと思います。結果として、どちらにも、どこにでも権威主義的パーソナリティーはあるということがわかっただけですかね。平川:全体主義的な、悪魔的な人間にフォースを使われているわけですよ。内田:笑。平川:これを言えば、こうなるよ、と。そのロジックはわかんないですよ。名越:彼らは、これを言うことを許されているという認識のもとで言っているんでしょうね。勇気を持って言っているというよりは、これを言うとついてきてくれるとか、保護されるという、所属要求の強いひとつのかたちであることは確かだと思います。内田:わかっているのは、攻撃の標的になるのは社会的小集団で、どれほど攻撃しても有効な反撃がないという保証があること。名越:ええ。内田:だから、ヨーロッパにおけるユダヤ人と日本における韓国人というのは、社会的な立ち位地は近いと言えば近い。ひとつには外的な徴候から集団属性がわかること。名前が違うとか、住んでいるところがある程度限定されているとか。それから、ただでさえ差別されていて、ふだんはできるだけ目立たないようにしているので、反撃を手控えること。 反撃することに対する自制が強く働いてる集団を捜し出して、それを攻撃するということはものすごく卑怯なやり方だと思う。反撃されるとわかっていたらやらないんだから。反撃されないという保証があるから、かさにかかって攻撃する。 だから、あれは闘いじゃない。絶対反撃してこないということが保証されているからやるというのは、ほんとうに卑劣だと思う。名越:内田先生にお聞きしたいのは、ツイッターとかネット上では無記名でものを書くじゃないですか。そういうものがなくなって、みんな自分の名前を明かしましょう、というふうになったら、この嫌韓的なものっていうのは多少というか、かなり収まりますか? それとも全然収まらないですか?内田:多少は収まるでしょうけど。名越:僕も、かなり収まるような気がします。
2018.06.15
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<『透明水彩の50作品とキーワード』1>図書館で『透明水彩の50作品とキーワード』という本を、手にしたのです。おお 永山裕子さんの透明水彩ではないか♪永山さんの透明水彩は、このところミニブームになった感じがするのです。【透明水彩の50作品とキーワード】永山裕子著、グラフィック社、2013年刊<「BOOK」データベース>より重ねる。接する。少し離す。たくさん離す。花の向きひとつでちがうドラマになる。…描くための、自身のルールや今まで多く受けた質問への返答を25のキーワードにまとめた。<読む前の大使寸評>また透明水彩の本を借りたが、このところミニブームになった感じがするのです。rakuten透明水彩の50作品とキーワードこの本で気にいったキーワードを挙げてみましょう。p5どうして水彩で描いているのですか? 描きたくてたまらないモチーフがある。それを少しでも早く、何枚も描くために、水彩を選んだ。描くことでもっと水彩を学べる。アトリエで作品を並べてみると、自分が得たものと捨てなければいけないものに気づくことができる。水彩に必用なものはやり直す力。次の1枚を描くため、新しいことを試す勇気があるかどうかです。そして、それが自分にはまだ十分にあると信じることだと思います。p19基礎がなくても絵は描けますし・・・基礎があっても絵にならないことがあります 形を正確にとれる。“自分が描きたいように描ける”ためには、必要不可欠なことです。基礎があれば、描きたいものの選択肢が増え、どう描き進めればよいかがわかってきます。自分をコントロールできるようになり、もっともっと描きたくなるものです。基礎とはそういうものだと思います。“技術”とは、基礎を身につけて、自分が描きたいように描いていく上で、近道、ショートカットすることです。とくに水彩絵具は、重ねれば重ねるほど暗くなり、ともすれば濁りがちになるので、一筆でも少なく仕上げるために“技術”を使うのです。表面的な技術だけを真似ても、基礎がないと、絵の幅と深みが出ません。先日読んだ『透明水彩なるほどレッスン』という本です。『透明水彩なるほどレッスン』4
2018.06.15
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「予約本」でしょうか♪<市立図書館>・僕たちの居場所論・頭に来てもアホとは戦うな!・オペレーションZ<大学図書館>・透明水彩の50作品とキーワード図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【僕たちの居場所論】内田樹, 平川克美著、KADOKAWA、2016年刊<「BOOK」データベース>より自分の居場所を見つけられない人が増えていると言われる時代、それぞれ違う立場で活躍してきた内田樹・平川克美・名越康文の朋友の3人が、自分らしさとは、つながりとは何かについて鼎談。昔話に花が咲いたと思ったら、話は思わぬ方向に…。叡智が詰まった言葉の数々にハッとさせられる1冊。<読む前の大使寸評>内田樹、平川克美、名越さんという朋友が、現状の居場所やニッポンを語っているので見てみようと思ったのです。rakuten僕たちの居場所論【頭に来てもアホとは戦うな!】田村耕太郎著、朝日新聞出版、2014年刊<「BOOK」データベース>より苦手なヤツほど、徹底的に利用せよ。(1)相手の欲望を見抜き(2)腰を低くして、助けを求め(3)味方にする!目標がみるみる叶う最強の「人の動かし方」。【著者情報】日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了<読む前の大使寸評>図書館に借出し予約してほぼ半年でゲットしたが・・・この本はまだ本屋の棚に並んでいるわけで、いわゆるロングセラーなんでしょう。とにかく著者の来歴がすごい!♪<図書館予約:(12/26予約、6/15受取)>rakuten頭に来てもアホとは戦うな!【オペレーションZ】真山仁著、新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>より国の借金は千兆円を超え、基礎的財政収支は赤字が続く。国債が市場で吸収されなくなった時、ヘッジファンドが国債を売り浴びせた時、国家破綻は現実となる。総理は「オペレーションZ」の発動を決断し、密命を帯びたチームOZは「歳出半減」という不可能なミッションに挑む。官僚の抵抗、世論の反発、メディアの攻撃、内部の裏切り者ー。日本の未来に不可欠な大手術は成功するのか?明日にも起こる危機。未曾有の超大型エンターテインメント!<読む前の大使寸評>財務省の劣化が現実に起きた今、この経済シュミレーションが現実味があるだけに怖い気がするのです。<図書館予約:(1/05予約、6/15受取)>rakutenオペレーションZ【透明水彩の50作品とキーワード】永山裕子著、グラフィック社、2013年刊<「BOOK」データベース>より重ねる。接する。少し離す。たくさん離す。花の向きひとつでちがうドラマになる。…描くための、自身のルールや今まで多く受けた質問への返答を25のキーワードにまとめた。<読む前の大使寸評>また透明水彩の本を借りたが、このところミニブームになった感じがするのです。rakuten透明水彩の50作品とキーワード************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き310
2018.06.15
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図書館に予約していた『わたしたちが孤児だったころ』という本を、ゲットしたのです。カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞したことだし・・・ということで予約していたのだが、ゲッ、かなり分厚い本である。【わたしたちが孤児だったころ】カズオ・イシグロ著、早川書房、2001年刊<「BOOK」データベース>より1900年代初めに謎の失踪を遂げた両親を探し求めて、探偵は混沌と喧騒の街、上海を再訪する。現代イギリス最高峰といわれる作家が失われた過去と記憶をスリリングに描く至高の物語。<読む前の大使寸評>カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞したことだし・・・ということで予約していたのだが、ゲッ、かなり分厚い本である。<図書館予約:(3/25予約、6/10受取)>rakutenわたしたちが孤児だったころこの分厚い小説の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。p12~13PART1 1930年7月24日 ロンドン その最初の出来事は、わたしの14歳の誕生日のことだ。当時の親友二人、ロバート・ソーントン・ブラウンとラッセル・スタントンが、わたしを村のティー・ルームに連れていってくれ、そこでわたしたちはスコーンとクリーム・ケーキを食べながら楽しんでいた。 雨の降る土曜の午後、他のテーブルもすべて満席だった。数分おきに雨でびしょ濡れになった村人が店に入ってきては店内を見回し、まるですぐさま席を空けるべきだというような目つきで、わたしたちを見た。しかし、店主のミセス・ジョーダンはいつもわたしたちに対してやさしく、わたしの誕生日であったその日の午後、わたしたちは村の広場を眺められる張り出し窓のわきの選ばれたテーブルを占める当然の権利があるような気がしていた。 その日なにをしゃべったのか大半は忘れてしまった。しかし、思う存分食べたあと、二人の友人は互いに目配せをし、それからソーントン・ブラウンが肩掛けかばんに手をつっこんで、わたしにプレゼント用の包装をした包みを渡した。 包みを開けようと手にしたとたんに、わたしはこの包みが紙で何重にも包まれていること、そしてわたしが1枚はがしても、また次の包装紙が出てくるだけなので、そのたびに友人たちが声を出して笑うだろうということがわかった。そしてそれらをすべて開けた最後に、なにか冗談のようなばかばかしいものがみつかるのだと。最後の包みを開けて出てきたものは、古色蒼然とした皮製の箱で、わたしが小さな掛け金をはずしてふたを開けると、そこには拡大鏡が入っていた。 その拡大鏡は今もこの目の前においてある。あれから何年もたったのに見た目はそれほど変わっていない。あの日の午後にすでにこの拡大鏡はかなり時代を経ていた。当時その事実にわたしが気づいていたこと、そしてこの拡大鏡がひじょうに倍率が高くて、驚くほど重かったこと、それから象牙の柄の片面にだけ文字が下まで彫りこんであったことを覚えている。後になってわかったことだが(その文字を読むためには別の拡大鏡が必用だった)この拡大鏡は1887年にチューリヒで製造されたものだった。 この贈り物をもらったわたしの最初の反応は異常なまでの興奮だった。あまりに夢中になったために、二人がわたしをからかっておおげさに笑っているのにもわたしはぼんやりとしか気づかなかった。恥ずかしくなってようやく顔を上げたときには、二人とも不安そうに押し黙っていた。そのときソーントン・ブラウンが所在なげに笑いながら、こう言った。 「きみは探偵になるつもりらしいから、こういうものがいるんじゃないかと思ったんだ」 この時点で、わたしはあわてて機知を取り戻して、おおげさな反応はすべて冗談だったという振りをした。だが、そのときにはすでに二人とも自分たちの当初の目論見がはずれたような気になっていて、そのティー・ルームでの残りの時間、どうしてもそれまでのような居心地のいい雰囲気を取り戻すことはできなかった。このあと、この小説はミステリー調で続くのでしょうか?とにかくカズオ・イシグロは、SF調であれ何であれ、どんなジャンルでも書いてしまうオールラウンダーな作家である。1930年代の上海を舞台にしたミステリーなら・・・期待できそうやでぇ♪『カズオ・イシグロの世界』2:遡行するイシグロ:平井杏子『カズオ・イシグロの世界』1:声のなかへ、降りていくと:小池昌代
2018.06.14
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図書館で『映画の言葉を聞く』という本を、手にしたのです。表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。【映画の言葉を聞く】安藤紘平, 他、フィルムアート社、2018年刊<「BOOK」データベース>より名だたる巨匠から気鋭の若手まで、映画監督、俳優、テレビディレクター、プロデューサーなどの映像制作者たちが、実作をめぐって語る白熱の映画講義!<読む前の大使寸評>表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。rakuten映画の言葉を聞く『七人の侍』山田洋次vs橋本忍という日本映画界が誇るお二人の対談がいいではないか。「まだ、生きていたのか」と言っちゃあいけません。p428~434<脚本を通じての、映画の真髄・表現の本質> この授業のきっかけは、山田監督との茶飲み話の際、監督の「橋本忍さんをお呼びできないかな」の一言からであった。登壇当時すでに90歳の御高齢であったが、その時期に映画『私は貝になりたい』の脚本を再度手掛けられておられたからである。日本の至宝とも言うべき、橋本さんと山田監督お二人の話が聞けるのならこの上もない。無理を承知でお願いに行くと「洋ちゃん(山田監督)となら出てもいいよ」と快諾頂いた。大学の授業だと言うのに、当日の教室には、噂を聞きつけた犬童一心監督など映画関係者が学生に交じって大勢詰めかけ、二度と無いであろうこの機会を聞き逃すまいと、いつもとは違う張り詰めた空気の中で始まった。(聞き手:安藤コウ平)安藤:本日のゲストは、日本の誇る脚本家、橋本忍先生と、山田洋次監督です。山田:映画監督の山田です。今日は橋本忍さんという、姿を見るだけでも値打ちのある方、日本映画の頂点にいらっしゃる素晴らしい方の謦咳に接する(そんな古い言葉、君たちは知らないかも知れないけど)機会です。『砂の器』(1974)の共同脚本家として、僕は橋本さんと名前を連ねていますが、そこで橋本さんの助手をしながら、どんなにたくさんのことを学んだことか。橋本さんは脚本における僕の先生、師匠です。 その橋本さんがこうやってお元気に、若い君たちの前に一緒にいてくださることは、僕にとって信じられないくらい嬉しいことです。安藤:橋本先生、今日は映画とはいったいどういうものなのかについてお話しいただきたく思っていますが、以前、黒澤明監督の『七人の侍』(1954)がどういう企画から始まったのかについて、たいへん面白いお話を聞いたことがあります。今日はそのことを改めてお伺いすることから始めていただけますか。橋本:シナリオライターの受難の歴史のようでね、非常にひどい目に遭いました。『生きる』(1952)の撮影中に黒澤さんと打ち合わせをしているとき、「次は時代劇だ」ということになったんです。今までの時代劇は嘘が多いじゃないか、今度は本当のリアリズムで1本作りたいと。それが「侍の1日」という作品で、ある侍が(参勤交代で)城に上がったとき、些細なミスを犯してしまい、城を降りて家に戻り庭で切腹する・・・そういう話をやろうと言われた。 たとえば侍というのは朝起きると、まず祖先の霊に一礼して、次に月代を剃るんだけども、そこでどういうふうに剃るのか。飯は何を食べていたのか。城へ出かけるときに供は何人くらいいたのか・・・そういうことについて、非常に調べものが多い話なので、まず僕は東宝の助手の連中を三人使っていろいろ調べ始めたわけです。僕は時代物って自信があったんですよ。国会図書館がまだ上野にあった時代で、徳川時代に関する資料がどの箱にどういう順列で詰まっていたのかまで知ってた。だから、簡単にわかると思って調べ始めたんだけど、なかなか資料が出てこない。 侍がお城へ上がったときにどういう仕事をしていたのか、どういう失敗をしたのかという記録はあまりなくて、さっきお話ししたような設定はなかなかできなかった。(中略)橋本:それを黒澤さんに渡したら、なんかね、息を殺してね、一枚一枚めくって読むんだよ。僕は正座して待ってたんだ。ずいぶん長い間、息の詰まるような読み方をして、読み終わったときに長いため息を吐いた。こんなに長いため息があるのかと思うほどに長かった。で、「橋本君よ、シナリオにはやっぱり起承転結ってのがあるんだな」と言われた。「頭から終りまでクライマックスだけで繋ぐってのは、シナリオにならないのだな」とね。僕がこの脚本を書いていて、途中でおかしいと思ったのはそういうことなのよ。「日本剣豪列伝」には起承転結がないの。全部が起承転結の「転」ばっかり。最初のワンシーンやツーシーンは面白いけど、だんだんつまらなくなる。 山田:クライマックスが七つも八つもある脚本だったと。橋本:「ああ、これはえらいことになったな」と思った。「侍の1日」がおしゃかになっちゃって、これまた「日本剣豪列伝」もおしゃかでしょ。あの黒澤明と、当時売り出し中の新鋭のシナリオライターである僕の二人が揃って、なんでこんな間違いを起こしたんだろうって、二人ともしょぼんとなっちゃった。でも、黒澤さんがまだ諦めないんだよね。「橋本君よ、これはこれとしてね、こういう剣客たちではなく、名も知れぬ兵法者がね、武者修行として旅の費用もないのに全国廻ったってことをよく聞くけど、武者修行というのは実際にはどういうことだったんだろう?」って聞かれたんだ。 山田:黒澤さんはふと疑問に思われたんですね。橋本:「黒澤さん、それなら調べりゃ簡単にわかるよ」って言ってね、本木という文芸部員に調べさせた。そうしたら、昔の兵法者っていうのは、道場がある所へ行くとそこで一手お手合わせをする。すると、その晩の飯はその道場が食わせてくれて、翌日は干し飯を貰える。お昼はそれで済まし、その日のうちにどっか次の道場にたどり着けばいいってことらしい。 そこで、「じゃあ道場も寺院もないときはどうするんだ?」と聞いたら、本木はぜんぜん慌てずに「当時は、室町から戦国期に移行する一番世相の荒れた時期だ。だから、どっかの村に行ってね、夜盗に襲われないように一晩寝ずに番をすれば、百姓たちが飯を食わしてくれる」と言うんだ。このとき黒澤さんと僕はハッとして顔を見合わせた。で、黒澤さんが「いけるな」というから「いけます」と答えて、僕が「じゃあ、侍何人にしますか?」って聞いたら、「うーん、3、4人じゃ少ないし、8人じゃ多すぎるし、7人だな」って。「じゃあ、『七人の侍』ですね」って言うと「そうだ」って。 山田:その場でですか?安藤:そんなに簡単に?橋本:そう。僕もいけると思った。百姓が七人の侍を雇って、山賊と戦争する話だよ。黒澤さんも勢い込んで僕にね、「橋本よ、これはね、合戦ものだからト書きが多くなる。そのト書きはね、シナリオの形でなしに小説形の過去形をときどきとれ。シナリオの現在形の動きだけだと渋滞感がでる」と言われたのを強く覚えている。 山田:世界の映画史上に燦たる『七人の侍』は、こうやって生れたんだなあ・・・。橋本さんと黒澤さんが「これでいける」とニッコリしたときから、シナリオの完成まではどれくらいの時間がかかりましたか?橋本:それが秋の終りで、そこから1月中頃までかかったんじゃないでしょうか。それを持って黒澤さんと決定稿を書くために熱海の旅館に60日くらい籠もっていたから、完成したのは3月の末から4月の始めだと思いますね。『映画の言葉を聞く』2:撮影監督の瀧本さん『映画の言葉を聞く』1:杉野希妃さん
2018.06.14
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図書館で『映画の言葉を聞く』という本を、手にしたのです。表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。【映画の言葉を聞く】安藤紘平, 他、フィルムアート社、2018年刊<「BOOK」データベース>より名だたる巨匠から気鋭の若手まで、映画監督、俳優、テレビディレクター、プロデューサーなどの映像制作者たちが、実作をめぐって語る白熱の映画講義!<読む前の大使寸評>表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。rakuten映画の言葉を聞く『そして父になる』是枝監督と撮影監督の瀧本さんと対談しているので、見てみましょう。p396~399<写真を撮ること・映画を撮ること> 広告業界で瀧本幹也の名前を知らない人はいないと言っても過言ではない。業界に限らず、名前は知らなくても彼がたずさわったコマーシャルを観ると、「ああ知ってる、それ好きだった」というものが必ずあるはずだ。僕もその一人。キャスト候補を捜すことはあっても演出家やスタッフには普段あまりそこまで意識していなかったが、「大和ハウス」のコマーシャルを観て、僕はすぐにこのカメラマンを捜してほしいとプロデューサーに電話をした。そんな「きっかけ」までさかのぼりながら、彼がカメラに触れ、それを生業にしていくまでのプロセスについても聞いてみたいと思った。(是枝)是枝:本日のゲストは瀧本幹也さんです。瀧本さんは撮影監督というご紹介でいいのかな。写真家とお呼びする方がいいでしょうか。 瀧本:はい写真家でお願いします。是枝:こういうところでお話しされることはあまりお好きじゃないと伺っています。でも、しゃべるのが得意なカメラマンというのも怪しい感じがしますからね(笑)。瀧本さんは今、日本で一番忙しいカメラマンの一人だと思うのですが、2017年の前半はどんな感じでしたか? 瀧本:正月の3、4日くらいからパリで新聞広告の写真のロケがあって、戻ってきて十日くらいには是枝監督の『三度目の殺人』(2017)という映画のクランクインでしたね。北海道での撮影から始まって2ヶ月くらいでしょうか。 普段の仕事としては、映像と写真とでだいたい半分くらいだと思います。写真の仕事にも、広告などで発生していただく仕事と自分の作品として取り組む仕事とあるのですが、それもちょうど半々くらいですね。映像分野ではCMや映画がメインですが、とても良いバランスだと思います。是枝:今日は学生の皆さんに事前に『そして父になる』(2013)を観ていただきましたので、そこからお話を伺おうと思います。瀧本さんは『そして父になる』が初めての映画の撮影監督の仕事だったんですよね。どんなところがこれまでの仕事と違ったのでしょうか。 瀧本:僕が映像の仕事を始めたのは十五年前くらいから、CMの仕事を受けるようになってなのですが、そこではおよそ1分くらいの長さのものがメインで、映画はやはりぜんぜん違うものでしたね。CMはスケジュールの都合上、1日で撮り終わらなくてはいけないというスケジュールがほとんどなので、出演者の方にはセットのなかであらかじめ決まったアングルで芝居をしてもらうことが多いんですが、映画ではまず芝居の段取りを見て、それからアングルが決まってという流れですよね。そこが一番の違いでした。是枝:瀧本さんと初めて意識的にお仕事をしたのが『空気人形』(2009)で、そこではスチールカメラマンとして入っていただいたのですが、1枚1枚の写真が圧倒的に強くて驚きました。もちろんポスターやメインビジュアルを決めるときはいつも写真家さんを選ぶところから始まるのですが、瀧本さんの写真は作品の世界観が本当に広がって見えたんですよね。 最終的に国内宣伝でメインに使った写真はペ・ドゥナの横顔を撮った写真ですが、外国だと板尾創路さんと人形がベッドの上に並んで座っている写真が多く使われているんですよ。一つひとつの光の捉え方に迷いがない印象でした。 瀧本:この作品の撮影監督は候孝賢監督といつも仕事をされている李ビンビンさんというものすごい人です。そんな方の仕事を間近に見られる機会はなかなかないので、かなりの頻度で現場に通ったんですが、レール移動でのカメラワークやパンの仕方はすごく勉強になりました。僕が撮影を担当した『海街diary』(2015)でもカメラはかなり動いているんですが、そのアイデアのベースになっているかもしれません。 ただ、基本的にスチール撮影って映画の現場ではわりと煙たがられるものなんですよ、邪魔なので(笑)。ビンビンさんもそういうことに非常に厳しい方でしたので、あまりきちんとお話はできなかった。是枝:最近の現場だと瀧本さんは、撮影のカメラを回しながら、映画のスチールも自分で撮っちゃってますよね、おそらくそんな人はこの業界でもほかにいないんじゃないかな。 瀧本:僕としては普通のことなんです。映像を撮るときには、時間軸のつながりなどの関係で日待ちをしたりしますよね。そういうタイミングでいいチャンスがあったら写真も撮ってみようかと考えたりするわけです。逆に時間を自分でコントロールできる気がします。是枝:『そして父になる』の列車での尾野真千子さんと二宮慶多くんのワンシーンをちょっと見てみましょうか。これ、良いカットだよね、自画自賛(笑)。 瀧本:ここはいろんなタイミングが奇跡的に合いましたね。是枝:この場面、そもそもは電車が走っているうちに終わらせるはずだったシーンなんだけど、撮影現場で初めてセリフを慶多くんに教えたこともあって、彼がそれを飲み込むまでに時間がかかってしまい、テイクを重ねているうちに間に合わなくなっちゃった。まずいなって思ったんだけど、逆に絶妙なタイミングで日差しが落ちてきて、駅に到着するまでのシーンになった。瀧本:最後のプシューっていう音も良かったですよね。ここで撮影している電車ってチャーターしたわけじゃなかったので、撮影しているときは「あー、もう着いちゃう」とか「暗くなっちゃった」とか思ってたんですけど、想像もしなかった化け方をしました。こういう撮影は予定調和で行くほうが良いときもあれば、全然違う方向に転んですごく良くなることもある。『映画の言葉を聞く』1:杉野希妃さん是枝: 瀧本:
2018.06.14
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図書館で『関西人と関東人の味の違いに驚く本』という本を、手にしたのです。関東コンプレックスがある大使にとって、この種の本は避けて通るわけにはいかないのです♪【関西人と関東人の味の違いに驚く本】博学こだわり倶楽部、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より小さな日本なのに、西と東で、なんでこうも違うの…?材料、味つけ、食べ方…まるで違う、ナルホド納得の理由を教えましょう。<読む前の大使寸評>関東コンプレックスがある大使にとって、この種の本は避けて通るわけにはいかないのです♪rakuten関西人と関東人の味の違いに驚く本東京のうどんの黒いつゆに、カルチャーショックを受けた大使であるが・・・この本でそのあたりについて見てみましょう。p133~136■なぜ、関東のうどんのつゆは濃く、関西は薄いのか? 関西人は、「東京のうどんは、汁の色を見ただけで食べる気がうせる」と口をそろえる。薄い色のつゆに慣れた関西人には、東京のうどんに使われるつゆの濃さは、何かトンデモナイものに思えるようだ。 関西方面のうどんのつゆは、昆布・鰹節のダシなどのベースに、シイタケやいりこを加味してつくられる。味はしっかりと出ても、濃い色のつかないものばかりだ。 それどころか、そうしてつくられる汁は薄く澄んでさえいる。関西では、これを「つゆ」と呼ばずに「ダシ」と呼ぶ。そういうつゆに慣れ親しんだ人々が、うどんの白さが隠れてしまうほど濃い汁にゾッとするものを覚えるというのは、無理もないかもしれない。 関東のうどんのつゆには、濃口醤油を加熱しながらみりんや砂糖を加えてつくる「かえし」という下地が用いられる。この「かえし」をベースにして、昆布と鰹を基本としたダシで割ったものが、関東流のうどんのつゆである。 また、東京以外の関東の各地では、煮干し・干しシイタケを用いたダシに醤油や味噌で味つけしたつゆが多く使われる。「かえし」をベースにした汁と同じく、こちらのタイプも、伝統的な関東流として長らく命脈を保っている。 ところで、関東のうどんには白ネギが使われ、関西では青ネギ・ワケギが好んで使われる。大阪の「難波」は、かつて青ネギの産地だった。 「鴨なんばん」の「なんば」は、「難波」」からきているという説もあり、そのため大阪人の中には、「鴨なんばん」ではなく、「鴨なんば」と呼ぶ人もいる。 白ネギと青ネギの境界線は、静岡県の大井川にあるとも愛知県にあるともいわれるが、その境界は、良質な白ネギと良質な青ネギを産する土壌の違いから生れたものと思われる。 しかしながら、よくしたもので、関東のうどんの濃いつゆには白ネギの辛みがマッチし、関西のうどんのまろやかなダシには、青ネギのうまみがマッチするのだ。「天の配剤」とは、まさしく、このことである。■関西風と関東風うどんの境界線は、どこだ? そもそも、関西と関東の境界はどこにあるのか? 上古の時代には、日本の「西」と「東」を分ける境界は「三関」にあるとみなされていた。「三関」とは、701年に制定された大宝律令によれば、伊勢鈴鹿・美濃不破・越前愛発を指し、この三つの関を縦に結ぶ線が、「西」と「東」のボーダーとされていた。(中略) その境界線が、江戸時代になって、またまた変わる。江戸が首都機能を持つようになると、ごく単純に、箱根の関を西と東の境界線とみなしていたようである。 では、この関西と関東の境界は、「関西風うどん」と「関東風うどん」の境界線と一致しているのか? この問いについては、いくつかの答えがある。 「滋賀県の米原説」「滋賀県・岐阜県境の関ケ原説」「大井川説」などが有力で、そのほか「三重県の布引山地説」「岐阜県の木曾郡説」「富士川説」などの説もある。ウーム このうどん境界線には、なにかしら全国アホ・バカ分布図をホーフツとするではないか♪『関西人と関東人の味の違いに驚く本』1
2018.06.13
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図書館で『関西人と関東人の味の違いに驚く本』という本を、手にしたのです。関東コンプレックスがある大使にとって、この種の本は避けて通るわけにはいかないのです♪【関西人と関東人の味の違いに驚く本】博学こだわり倶楽部、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より小さな日本なのに、西と東で、なんでこうも違うの…?材料、味つけ、食べ方…まるで違う、ナルホド納得の理由を教えましょう。<読む前の大使寸評>関東コンプレックスがある大使にとって、この種の本は避けて通るわけにはいかないのです♪rakuten関西人と関東人の味の違いに驚く本先ず、うどん・蕎麦論争から見てみましょう。p126~129■なぜ、関西では「蕎麦よりうどん」なのか? すでに述べたように、西日本はうどん文化で、東日本は蕎麦文化といわれる。厳密にいうと、1本の境界線で西のうどんと東の蕎麦に分かれているわけではなく、西にも蕎麦文化があり、東にもうどん文化はある。 それでも、「うどん系の食文化は西高東低」で「蕎麦系の食文化は東高西低」という構図は、厳然としてある。ここでは、その理由について考えてみたい。 まずは、「関西では蕎麦よりうどんなのか?」についてだ。 大阪・京都をはじめとする近畿圏内では、うどんが麺類の主役たる地位を保ち続けている。全国を席巻するラーメン文化は、例外なく近畿圏にも進出してきているが、うどんがラーメンに主役の座をゆずるところまではいたっていない。 畿内でうどん文化が栄えた理由は、いくつかある。第一に、近世の前後、播磨や河内では良質の小麦が多く産出されたこと。 第二に、近畿地方の地下水は軟水であったため、大阪を中心にして発達した昆布ダシによくマッチしたこと。それが、うどんに合うつゆが生まれることにつながった。 要するに、美味いうどんをつくる良質の小麦とうどんに合うつゆをつくる水とダシに恵まれた関西では、おのずとうどん文化が育まれることになったということである。 とくに大阪では麺よりもダシに重きが置かれ、うどんはダシが吸いやすいように、やわらかいものが好まれた。大阪の「やわらかもん文化」は、昆布ダシとの調和にも大きな関係があるのだ。 いっぽう、東京では、コシのあるうどんを美味しいとする傾向が強く、最近は東京でも讃岐うどんが人気だ。しかし、これなどは、大阪人にいわせれば、「東京モンは、ダシの価値がようわかっとらん」ということになってしまうのかもしれない。■なぜ、東京では「うどんより蕎麦」なのか? 次は、「なぜ、東京では、うどんより蕎麦なのか?」という問題である。 関東では、新宿のような大都市にも私鉄沿線の小都市にも、ひとつの際立った特徴が共通して見られる。 それは、天ぷら蕎麦が一杯1000円以上する店は「蕎麦屋」の看板を掲げ、蕎麦でもうどんでも500円以下になっている店は「うどん屋」の看板を掲げている店が多いということだ。後者には、カウンターの店や自販機で食券を買う店が数多くある。 ようするに、東京では、蕎麦はオーセンティック(正統)な食べ物とみなされ、うどんは安手の食べ物とみなされている。蕎麦は伝統的なスローフード、うどんは手軽なファストフードと言い換えることもできる。 東京における蕎麦とうどんのランクの差には、江戸以来の「蕎麦上位」の文化が反映されているものと思われる。 江戸初期の江戸市中では、現在のような細くて長い蕎麦はまだ一般には普及しておらず、「蕎麦」といえば、蕎麦粉を熱湯で練った「蕎麦がき」を指していた。 練った蕎麦粉をひも状に切って茹でる食べ方が考案されたのは寛文年間とされる。当時は、現代の日本人が食べる細長い蕎麦を、「蕎麦がき」と区別するために、とくに「蕎麦切」と呼んだ。 この「蕎麦切」が生まれて以降、すでに江戸市中に普及していたうどんが、蕎麦によって麺類の脇役に追いやられるかっこうになった。ウン この本のスタンスであるが・・・判官贔屓というか、どことなく関西贔屓が感じられて好感が持てるのである♪
2018.06.13
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図書館で『映画の言葉を聞く』という本を、手にしたのです。表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。【映画の言葉を聞く】安藤紘平, 他、フィルムアート社、2018年刊<「BOOK」データベース>より名だたる巨匠から気鋭の若手まで、映画監督、俳優、テレビディレクター、プロデューサーなどの映像制作者たちが、実作をめぐって語る白熱の映画講義!<読む前の大使寸評>表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。rakuten映画の言葉を聞く韓国映画に出演し、今では映画監督を務めているという異色な杉野希妃さんを見てみましょう。(聞き手:土田環)p129~131<世界にひるまない創造行為を> 国境を越えて映画をつくることは、口で言うほどには簡単ではないし、美しい理想とは裏腹に多くの困難が待ち構えている。日本では、数少ない作品をのぞいて、映画の国際共同製作が根付いてこなかった。にもかかわらず、近年、河瀬直美や黒沢清といった監督をはじめとして、深田晃司、空族のように、海外へ活動の領域を広げながら映画をつくり続ける映画人が若手を中心として増えている。なぜ彼らは日本の「外」を目指すのか? 新しい世代の映画監督・プロデューサーとして、果敢にそして身軽に、海外の映画人と様々なネットワークを構築する杉野希妃さんに話を伺おうと思った。(土田) 土田:今日は俳優、監督、プロデューサーの杉野希妃さんをお招きしました。あらかじめ皆さんには『欲動』(2014)という杉野さんの監督ニ作目をご覧いただきましたが、古館寛治さんをお招きした際に見てもらった『歓待』(2010/深田晃司監督)にも杉野さんは出演されています。杉野さんは国際共同製作にも積極的に挑戦されている気鋭の映画人で、ぜひ皆さんの世代にもこういう仕事を手がけていただく人が現れてほしいという気持ちも込めて、今日はお話を伺いたいと思います。杉野:私も大学で「映画演劇論」という授業をとっていて、先生から教わった映画を見たりしたことが今の仕事に生かされています。今日は楽しくお話できたらと思っています。土田:杉野さんは広島のご出身ですよね。2016年の最終回のゲストとしてお声がけした西川美和監督は高校の先輩にあたると伺いました。経済学部に進学されたということですが、大学に入るまでは映画を仕事にすることは考えられていなかったのでしょうか。杉野:中高時代は演劇部に所属していて、宝塚歌劇団に入りたかったのですが、大学には行きなさいと親に言われて、ひとまず進学することになりました。大学に入ってからは一人で映画を見に行くようになり、成瀬巳喜男監督や小津安二郎監督など、たくさんの映画を見る中で、自分も表現をしたい、映画女優になりたいという気持ちが大きくなっていきましたね。土田:在学中から大手の芸能事務所に所属されていましたよね。それはどういう経緯だったのでしょうか。杉野:大学3年生が終るころ、休学して1年間韓国に留学をしました。現地でオーディションを受けて韓国の映画でデビューすることになり、1年間韓国で活動しながら、韓国の俳優の姿勢、映画祭などで監督と企画について熱く語り合っている姿に刺戟を受けて、日本に帰国後、スターダストという芸能事務所に所属しました。 社長も私の映画製作に理解があり、『歓待』や『おだやかな日常』などにも出資していただきました。日本の芸能界自体の、俳優が受け身でいなければいけないシステムに息苦しさを覚えることもあったので、私の意思を尊重し、サポートしてくれた事務所には感謝しています。土田:韓国で出演された一番最初の映画はオムニバス映画の1編の主役でしたね。その後、キム・ギドク監督の作品にも出ていらっしゃいます。杉野:韓国に留学したのはキム・ギドク監督やホン・サンス監督、イ・チャンドン監督などの映画を見て、こういう生々しい映画がつくれる制作の現場がどんなところなのかを知りたかったからです。絶対に会いたいと思っていたのがキム・ギドク監督でした。 デビュー作の『まぶしい1日』(2006/オムニバス)が釜山国際映画祭で上演された際に、ある映画会社の会食に連れて行っていただいたのですが、たまたまその場にキム・ギドク監督がいらっしゃって、たまたま前の席が空いていたので、拙い韓国語で自分がいかに監督の作品が好きかという話をしたところ、面白い奴だと思っていただけたようで、それからちょこちょこと連絡を取るようになり、監督の作品にも出演できることになりました。土田:杉野さんはそういうところでまったくひるまないですよね。
2018.06.13
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図書館で『亡き人へのレクイエム』という本を、手にしたのです。池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。【亡き人へのレクイエム】池内紀著、みすず書房、2016年刊<「BOOK」データベース>よりしたしかった人、何度か会っただけなのに忘れがたい人、本を通して会った人。出会いのかたちはそれぞれ、でもずっと大切な存在である人々について、時代と生活に思いを馳せながら、歩いたあとを辿るように書く。各紙誌等に発表した文章を大幅に再構成・加筆修正した27編に、エッセイ「死について」を付す。<読む前の大使寸評>池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。<図書館予約:5/27予約、6/10受取>rakuten亡き人へのレクイエムずっと大切な人々のなかから、小沢昭一を見てみましょう。p57~58小沢昭一 ある夜、イッパイ機嫌で山手線に乗っていた。すわったとたんに眠くなってウトウトしはじめた。次の駅で何やら人のけはいがしたので目をあけてみると、前に小沢さんがいた。ニンマリとした笑い顔が目と鼻の先にあった。おもわず両手を差し出すと、しっかり握り返された。 その少し前、あるテイ談でご一緒した。とてもお固い出版社が企画したもの。落語の名人をめぐり、若手の、元気のいい狂言師がもう一人で、つごう三名。へんな取り合わせが、めいめい、名人とは何かといったことを話した。 私は実のところ、廻らぬ舌の自分の話などよりも、小沢さんのひとり語りで十分だと思っていた。そのウンチク、その見方、考え方、さらにその語り方。すべてがそっくり「名人とは何か」の答えになっているではないか。 わが秘蔵の「小沢昭一的こころ」のテープは、いったいどれほどの数になっているか。古いものは自分でつけたタイトルが消えかかっていて、まわしてみないと中身がわからない。それはそれで、べつにかまわない。聞くときの楽しみが、よけいにふくらむ。「こころ」の話題から、何年前ぐらいか見当をつけ、自分のそのころと重ね合わせてみたりする。「昭一的わがこころ」の二重唱だ。 ふだんは何でもないのに、ときおりフッと聞いてみたくなる。その声を耳にすると、なぜか安心して、気分がいい。まさしく名人の及ぼす力である。 山手線の車内のことだが、おりよく隣席があいたので並んですわった。小沢さんもイッパイ機嫌で、といってもアルコールはダメな方だから、ひと仕事を終えられたあとの快いメイテイ。 気がつくと最初の握手のまま、ずっと手を握り合っていた。老境にも、タダならぬ仲があるものなのだ。『亡き人へのレクイエム』1
2018.06.12
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図書館で『亡き人へのレクイエム』という本を、手にしたのです。池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。【亡き人へのレクイエム】池内紀著、みすず書房、2016年刊<「BOOK」データベース>よりしたしかった人、何度か会っただけなのに忘れがたい人、本を通して会った人。出会いのかたちはそれぞれ、でもずっと大切な存在である人々について、時代と生活に思いを馳せながら、歩いたあとを辿るように書く。各紙誌等に発表した文章を大幅に再構成・加筆修正した27編に、エッセイ「死について」を付す。<読む前の大使寸評>池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。<図書館予約:5/27予約、6/10受取>rakuten亡き人へのレクイエムずっと大切な人々のなかから、須賀敦子を見てみましょう。p35~38須賀敦子 阪急沿線の夙川、打出の翠ヶ丘。あるいは、「岡本という、私たちの家のあったところから電車で停留所二つ目のところに、母の姉が住んでいて・・・」 夙川は西宮市、翠ヶ丘は芦屋市、岡本は神戸市東灘区にあたり、行政的にはべつべつだが、地形的には、ほぼ東西に隣合っている。 谷崎潤一郎の関西を舞台にした小説によく出てくる。私自身、近い町の生まれであって、二十代から三十代のはじめにかけて神戸に住んでいた。地名を聞いただけで家並みから住人の表情まで、まざまざと浮かんでくる。 ひとことでいえば、阪神間の山手である。文字どおり六甲山系の山手にあたる高台に位置している。大阪商人は財を築くと、この辺りに屋敷をかまえた。あるいは別荘をもった。帯状にのびた阪神地区にあって、同じく細い帯状をつくり、「恵まれた資産家」といわれる人々の小世界があった。 須賀敦子が育ち、幼い夢をはぐくんだところである。やがてそこから出ていった。おりおりもどってきたが、そのたびにまた鳥のように飛び立った。「大きな土蔵のある、庭のひろい家だった。家のまえがテニスコートで、春になると、そのまわりがタンポポで黄色くなった」 家族のことにも触れている。父が長男だったせいもあって、若い叔父や叔母が同居していた。叔母が二人に叔父が三人、そして祖母、両親、子供の自分たち。 若い叔父たちは、いずれ当主にしかるべき会社のしかるべき地位をあてがわれて独立したのだろう。そのはずである。若い叔母たちは行儀見習いを終えると、しかるべき配偶者のもとに嫁いだ。当主は花嫁道具に加えて、ときには新居を用意した。そんな場合は神戸の岡本あたりが好まれた。 この家の息子や娘たちの将来もほぼ決まっていた。息子は地元で“坊っちゃん大学”とよばれるところを出て、父の会社に入る。あるいは数年、かかわりのある銀行に勤めたのち、若手の専務として父の会社に迎えられる。娘は宝塚に熱をあげる思春期を経て、ミッションスクールへ進学。その留守中に母や叔母のあいだでしきりに、婿となるべき人の人選が進められている・・・。 くり返しいえば、須賀敦子が育ち、そして幼い夢をはぐくんだところである。夢とともに幻滅が芽吹いたところでもあった。ここにはさまざまの人が出入りし、世間と無縁ではなかったが、しかし、民衆とよなれる人々とは縁が薄かった。浜手にひしめいている民衆地区からは隔離されていた。たまに少女が民衆を見たとしても、電車の行き帰りとか、遠出をしたときの雑沓のなかだった。わが家に近づくにつれて、それは急速に淘汰された。 章のタイトルでは、そっけなくただ「街」とあった。だが、すぐにわかるがミラノである。須賀敦子が、まさに須賀敦子となったところだ。いたって微妙な書き方がしてある。「・・・私のミラノは、狭く、やや長く、臆病に広がっていた」 みずから選びとった心の故里であって、ここに住みつき、ここで夫となるべき人をみつけた。「パイの一切れみたいなこの小さな空間」とも述べている。友人たちも大半がこの区画に住んでいた。「パイ」の外に出ると空気まで薄いような気がして、いつもそそくさともどってきた。 目覚めた生命が、ごく素直に生きようとする。ことさら語られてはいないが、異境に根づいた若い女の日常が沁みるように伝わってくる。懸命に生きながら、彼女は冷静にこの街を見ていた。そしてふつう、人がミラノで決して見ないものを語っていく。有名な大聖堂と、ほぼ同じ時期につくられた運河のこと。「ミラノ人にとって、城壁よりも大切なこの運河は、いわゆる城壁のずっと内側に、半径が狭いところで500メートルほどの不規則な円を描いて掘られた」 幅は20メートルに足りないが、アルプスから流れてくるティチーノ川とつながり、ながらく交易の道であり、また交通機関であったこと。ついてはある老婦人からの聞き書きを添えている。冬には運河から立ち昇る霧でガス灯の光が澱んで見えた。朝霧のなかから不意に川舟があらわれたりした・・・。須賀敦子がくり返し語った霧のミラノの原風景というものだ。 運河を計りの目盛りにして、その「環」の内側と外側では世界が微妙にちがっていた。大聖堂の右と左とでもそうだった。「左手は日常的、庶民的で、右手は断じて貴族的なのだ」「断じて」などと、ちょっとリキんで言わせたのは何だろう? 選びとった故里と二重写しになって、あの阪神間の帯状をした細長い地区がひそんでいないか?ところで・・・若き日の大使は、「浜手にひしめいている民衆地区」の、もっと詳しく言えば阪神深江駅近くの会社の寮で過ごしたので、山手の岡本あたりの高級な風情は知っているのです。『本は友だち』という本の中で、杉浦日向子が語られています【本は友だち】池内紀著、みすず書房、2015年刊<「BOOK」データベース>よりどんな時も、自分のそばにいてくれる。そっと背中を押してくれる。そんな友だちみたいな本。会いたい人と会うように読み、綴る。本への愛に満ちたエッセイ。<読む前の大使寸評>「会いたい人に会うように」という章に出てくる人たちの顔ぶれが、なかなか、ええでぇ♪<図書館予約:(3/20予約、3/24受取)>rakuten本は友だち『本は友だち』2:杉浦日向子『本は友だち』1:中尾佐助
2018.06.12
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「予約本」でしょうか♪<市立図書館>・わたしたちが孤児だったころ・亡き人へのレクイエム・罪の段階<大学図書館>・映画の言葉を聞く図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【わたしたちが孤児だったころ】カズオ・イシグロ著、早川書房、2001年刊<「BOOK」データベース>より1900年代初めに謎の失踪を遂げた両親を探し求めて、探偵は混沌と喧騒の街、上海を再訪する。現代イギリス最高峰といわれる作家が失われた過去と記憶をスリリングに描く至高の物語。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/25予約、6/10受取)>rakutenわたしたちが孤児だったころ【亡き人へのレクイエム】池内紀著、みすず書房、2016年刊<「BOOK」データベース>よりしたしかった人、何度か会っただけなのに忘れがたい人、本を通して会った人。出会いのかたちはそれぞれ、でもずっと大切な存在である人々について、時代と生活に思いを馳せながら、歩いたあとを辿るように書く。各紙誌等に発表した文章を大幅に再構成・加筆修正した27編に、エッセイ「死について」を付す。<読む前の大使寸評>池内さんは、米原万里や杉浦日向子を取り上げたりしてかなりシブいので、かねてより注目していたのです。<図書館予約:5/27予約、6/10受取>rakuten亡き人へのレクイエム【罪の段階】リチャード・ノース・パターソン著、新潮社、1995年刊<「BOOK」データベース>より人気女性キャスターがベストセラー作家を射殺、正当防衛の弁護を引き受けたパジェット弁護士。殺人現場で発見されたテープをめぐる検察側との攻防。そのテープから生々しく甦る、あの大女優の声、明らかになる、20年前の彼女の自殺の忌まわしい真相。そしてそのテープが、彼自身の運命の大きな落とし穴になろうとは-全米を興奮させた大型法廷サスペンス。<読む前の大使寸評>椎名誠がお奨めの本なので、図書館に予約してみました。<図書館予約:6/06予約、6/10受取>rakuten罪の段階【映画の言葉を聞く】安藤紘平, 他、フィルムアート社、2018年刊<「BOOK」データベース>より名だたる巨匠から気鋭の若手まで、映画監督、俳優、テレビディレクター、プロデューサーなどの映像制作者たちが、実作をめぐって語る白熱の映画講義!<読む前の大使寸評>表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。rakuten映画の言葉を聞く************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き309
2018.06.12
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図書館で『透明水彩の作品とレッスン』という本を、手にしたのです。いま『透明水彩なるほどレッスン』という本を借りているのだが、この本もいいではないかと借りたのです。この本では、14人の作家を取り上げています。【透明水彩の作品とレッスン】グラフィック社編集部、グラフィック社、2012年刊<「BOOK」データベース>よりイギリスの田舎町をふたりの作家が訪ねました。下塗りのタイプが違う作家どうし。それぞれどんな作品が仕上がったのでしょうか。新しい色づかいの水彩作品と人気講座ベスト10が1冊になりました。<読む前の大使寸評>いま『透明水彩なるほどレッスン』という本を借りているのだが、この本もいいではないかと借りたのです。この本では、14人の作家を取り上げています。amazon透明水彩の作品とレッスン加藤英さんの「グラスミア」制作過程から、下塗りを見てみましょう。p110~111【色をにじませる下塗り】加藤英 水引きして、平刷毛で下塗りをします 1画面全体に水を塗ります:紙を斜めに立てても、水が垂れない状態がベストです。2遠景:空のあたりを塗ります。3中景:家や柵のあたりを塗ります。4建物の白壁:ティッシュで絵具をふきとり、紙の白を印象的な明るさでのこします。5中景~近景:草原や樹木、建物の白壁を避けて塗ります。近景:手前の草原の暗さをここでつけておきます。加藤英のアトリエへようこそ田辺恵子さんの1枚を見てみましょう。p132~133【Winter Morning, Hyougo,Japan】田辺恵子 海外生活が長くなると日本へ帰るたびに新たな発見がある。日本にいる間に気付かなかっただけなのか、日本も自分も変わってしまったのか、理由はいろいろだが、それは新鮮であったり、ショックであったり、私の受け止め方もさまざまだ。 数年前の冬、兵庫県のある田舎に一泊旅行に出かけた。起きて目にした光景がこの絵。何気ない景色だが、私は日本の田舎での子供時代に一気に引き戻された気がして懐かしさに感無量になった。その気持ちをこめて描いたつもりである。『透明水彩の作品とレッスン』1
2018.06.11
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図書館で『透明水彩の作品とレッスン』という本を、手にしたのです。いま『透明水彩なるほどレッスン』という本を借りているのだが、この本もいいではないかと借りたのです。この本では、14人の作家を取り上げています。【透明水彩の作品とレッスン】グラフィック社編集部、グラフィック社、2012年刊<「BOOK」データベース>よりイギリスの田舎町をふたりの作家が訪ねました。下塗りのタイプが違う作家どうし。それぞれどんな作品が仕上がったのでしょうか。新しい色づかいの水彩作品と人気講座ベスト10が1冊になりました。<読む前の大使寸評>いま『透明水彩なるほどレッスン』という本を借りているのだが、この本もいいではないかと借りたのです。この本では、14人の作家を取り上げています。amazon透明水彩の作品とレッスン水彩画の場合、紙全体を水引きして描くことがあるようです。ほう、知らなかったでぇ。木立ちを描く際の手順を見てみましょう。(講師:村山之都)p50~57【にじみ】 ・同系色を濃淡でにじませる。紙の上で混色するときは、後でのせる色を濃く。・明るい色が乾いてから暗い色で濃く描くと、筆先のタッチが残ります。【水引きして描く手順】 ■1水引きをします。 よく洗ったきれいな刷毛で、紙全体に水を含ませます。にじませたりぼかしたりするために、あらかじめ紙に水を含ませる作業です。■2下塗りをします。 紙が湿っているので、色が自然にんじみます。 ■3乾いてから葉を描き加えます。 紙が乾いているのではっきりした輪郭で描けます。■完成 葉、幹、枝の順で塗る。 木の隙間から見える葉は、全体の明るさを調整しながら入れる。
2018.06.11
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図書館で『あなたは、誰かの大切な人』という本を、手にしたのです。この本のタイトルがええなあ♪「あなたは、誰かの大切な人」ってか・・・生きるうえの知恵とでもいうもんやで。・・・・ということで、これまで読んだ原田マハの本を集めてみました。(なお、図書館に予約している『スイート・ホーム』も含めています)・『スイート・ホーム』2018年刊・『ロマンシェ』2015年刊・『あなたは、誰かの大切な人』2014年刊・『ジヴェルニーの食卓』2013年刊・『でーれーガールズ』2011年刊【スイート・ホーム】原田マハ著、ポプラ社、2018年刊<「BOOK」データベース>より幸せのレシピ。隠し味は、誰かを大切に想う気持ちー。うつくしい高台の街にある小さな洋菓子店で繰り広げられる、愛に満ちた家族の物語。さりげない日常の中に潜む幸せを掬い上げた、心温まる連作短篇集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/16予約、副本10、予約149)>rakutenスイート・ホーム************************************************************【ロマンシエ】原田マハ著、小学館、2015年刊<「BOOK」データベース>よりアーティストを夢見る乙女な美・男子が、パリの街角で、ある小説家と出会ったー。ラスト277ページから、切なさの魔法が炸裂する、『楽園のカンヴァス』著者の新たなる代表作!<読む前の大使寸評>先日、原田マハの『あなたは、誰かの大切な人』という短編集を読んで良かったので・・・この小説も期待できそうやでぇ♪rakutenロマンシエ『ロマンシエ』1************************************************************【あなたは、誰かの大切な人】原田マハ著、講談社、2014年刊<「BOOK」データベース>より家族と、恋人と、そして友だちと、きっと、つながっている。大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにするー。単純で、かけがえのない、ささやかなこと。それこそが本当の幸福。何かを失くしたとき、旅とアート、その先で見つけた小さな幸せ。六つの物語。<読む前の大使寸評>この本のタイトルがええなあ♪「あなたは、誰かの大切な人」ってか・・・生きるうえの知恵とでもいうもんやで。rakutenあなたは、誰かの大切な人『あなたは、誰かの大切な人』3:「緑陰のマナ」の続き『あなたは、誰かの大切な人』2:緑陰のマナ『あなたは、誰かの大切な人』1:母と父の出会い************************************************************【ジヴェルニーの食卓】原田マハ著、集英社、2013年刊<「BOOK」データベース>よりマティス、ピカソ、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、モネ。新しい美を求め、時代を切り拓いた巨匠たちの人生が色鮮やかに蘇る。『楽園のカンヴァス』で注目を集める著者が贈る、“読む美術館”。<読む前の大使寸評>この本は、史実に基いたフィクションとのこと。こんなジャンルの小説も有りなのか、書いたもん勝ちと思わないでもないが・・・著者のフィクションとはどんなかな♪rakutenジヴェルニーの食卓************************************************************【でーれーガールズ】原田マハ著、祥伝社、2011年刊<「BOOK」データベース>より1980年、岡山。佐々岡鮎子は東京から引っ越してきたばかり。無理に「でーれー(すごい)」と方言を連発して同じクラスの武美に馬鹿にされていた。ところが、恋人との恋愛を自ら描いた漫画を偶然、武美に読まれたことから、二人は急速に仲良しに。漫画に夢中になる武美に鮎子はどうしても言えないことがあって…。大切な友だちに会いたくなる、感涙の青春小説。<読む前の大使寸評>「でーれー」とは、名古屋弁で言うところの「どえりゃー」にあたる岡山弁であるわけで・・・この本のタイトルに惹かれて借りたわけでおま♪rakutenでーれーガールズ『でーれーガールズ』byドングリ
2018.06.11
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