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図書館に予約していた『四畳半神話体系』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。あれ?小説を予約したつもりだったが、内容は多角的アンソロジーになっているがな。入手した本の正式名は『四畳半神話体系 公式読本』(太田出版)となっています。【四畳半神話体系】森見登美彦著、KADOKAWA、2008年刊<「BOOK」データベース>より私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。<読む前の大使寸評>あれ?小説を予約したつもりだったが、内容は多角的アンソロジーになっているがな。入手した本の正式名は『四畳半神話体系 公式読本』(太田出版)となっています。<図書館予約:(9/19予約、9/24)受取>rakuten四畳半神話体系著者の自己紹介と京都案内のような箇所を、見てみましょう。p7~10<四畳半時代の幕開け> 私が京都大学の農学部に入学したのは、1998年4月のことである。 今から12年前になる。 私は奈良の出身であるから、最初のうちは奈良から通ってもよいと思っていた。家を出たくてウズウズしているような独立心旺盛な若者ではなかったからである。 しかし我が父は、息子を下宿させてやらねばならぬというふうに思っていた。父は学生時代、京大の工学部に在籍していたのだが、当時の父は大阪の実家から通っていた。院生時代は下宿したものの、当時は「間借り」である。自分がそういう暮らしをしたから、息子には最初から「アパート暮らし」の楽しさを味わわしてやりたいと思ったのかもしれない。 あるいは私があまりにグータラであるから、家にいたらますます独立心が失せると考えたのかもしれない。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすというが、父は我が子を四畳半に突き落としたのである。千尋の谷に比べればなんと人間味のある試練であろうか。 入学が決まってから、父と二人で下宿を探しに行った。 父は迷うことなく大学生協に足を運び、さっさと二軒の下宿を選んだ。どちらも四畳半である。そもそも私は下宿のなんたるかということも知らないし、ステキなマンションに住みたいとかそんな野望すらない阿呆の子であるから、父にまかせっぱなしである。 紹介された下宿の一軒は浄土寺にあり、もう一軒は北白川の上池田町にあった。 生協で自転車を借り、さっそく現地へ出かけた。 その際、なぜか吉田山を越えた。自転車で吉田山を越えるのはつらい。今にして思えば、父は土地勘があるはずであるのに、なぜ吉田山をわざわざ越えたのか。父は方向音痴である。 最初に訪ねた浄土寺のアパートは、どのあたりにあったのか忘れたが、とにかくその薄暗さに度肝を抜かれた。「下宿生活というものはこんなにも辛いものなのか!」と思った。暗くジメジメした部屋で、まるで座敷牢みたいなところだったので、さすがの父も「これはない」と思ったらしい。 我々はそそくさと次のアパートに進んだ。 父と私は北白川別当の交差点から、東に向かって坂道をのぼっていった。えらくのぼるものだなあ、と思っていると、なかなか立派な鉄筋の建物が見えてきた。私はてっきりそこが自分たちの目指す建物だと思って、「これは立派なもんだ。これなら大丈夫」と安心したが、じつはそれは「北白川学生ハイツ」という建物で、我々の目指している「メゾン仕伏」とは違う建物であった。メゾン仕伏は堂々たる北白川学生ハイツの陰にあり、期待を裏切らない四畳半的気配を濃厚に発散していた。これが四畳半でなければ何が四畳半であるかというのか。 メゾン仕伏の隣にある立派なお屋敷に大家さんが住んでおり、我々はそのおばあさんに挨拶してから、部屋の中を見せてもらった。一軒目のアパートの「いったい何の刑罰か」と思われるほどの座敷牢ぶりに比べれば、この部屋はたいへん明るく清潔に見えた。それはあくまでも比較の問題であるが、比較するものが二つしかない以上、選ぶとすればこちらしかなかった。「ここでいいよ」と私は言った。「立派なもんだ。鍵もある」と父は言った。 今どきの大学生は驚くかもしれないが、父にとっては、「ドアに鍵がかかる」ということが重視すべきステータスであったのである。なにしろ父の時代は間借りであり、間借りというものは家の部屋の一つ使わせてもらうわけだから、ドアに鍵などかからないのが普通であったのだ。つまり間借りすることしかできなかった父からすれば、ドアに鍵がかかるアパートに息子を下宿させるというのは着実な「進歩」であった。 そうして我が四畳半時代が始まったのである。<四畳半開拓時代> その四畳半の思い出について書こうと思っても、何を書いたらいいのか分からない。書いておもしろいようなエピソードや妄想は、さまざまに改変を加えて小説に書いてしまった。 最初のころ、大学というところは私にとってあまり面白くない場所であった。後になって分かったことだが、春の浮き足だった大学ほど不愉快で、身の置き所がないところはない。夢と希望に満ちた新入生たちに囲まれているのはゲンナリするものである。昼食をいっしょに食べる人もいないので、生協でサンドイッチを買っては吉田山をのぼっていき、宗像神社の境内にある社務所の縁側に座って一人え昼食を食べていた。 大学の授業はおもしろいと思えないし、シュレディンガー方程式なんてわけがわからないし、シュレディンガー方程式について語る教授は宇宙人みたいであった。出席する意味があるのかないのか分からない講義を真面目に拝聴したあと、トボトボと四畳半に帰っていき、押井守のアニメのレーザーディスクがレーザー光線ですり切れるほど繰り返し見るのが楽しみという日々だった。ウーム 父親の支援で入居した四畳半であるが・・・著者は入学そうそうに、トホホな状態に陥ったようですね。
2020.09.30
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<『サル化する世界』9>図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界「失われた20年」が語られているので、見てみましょう。254~256 <「失われた20年」の迷走>Q:目標の100ヵ国支持には遠く及ばず、共同提案国は32ヶ国程度にとどまりました。内田: アジアではブータンとモルジブとアフガニスタンの3ヶ国しか支持してくれなかった。日本はアジア、アフリカにODAをばらまいていましたから、それらの国々からはそれなりに信頼され、期待されていると思い込んでいたけれど、実はまったく人望がなかった。金はあるけれど、政治的にはただのアメリカの属国に過ぎないと思われていた。 国際問題について日本の固有の見識なり、独自のビジョンがあるとは誰も思っていなかった。「日本が常任理事国になってもアメリカの票が1票増えるだけだから、意味がない」という指摘に、日本政府は一言も反論できなかった。 戦後60年ひたすら対米従属に勤めることで日本は国力をつけて、国際社会で重要なプレイヤーになったつもりでいたわけですけれど、まさに「ひたすら対米従属に勤しんできた」がゆえに、世界中のどこの国からも一人前の主権国家だとは思われなくなっていた。まことに悲劇的なことでした。 ここ十数年の日本の迷走は、このショックがずっと尾を引いているせいだと思います。92年のバブル崩壊で「金で国家主権を買い戻す」というプランが崩れ、2005年の常任委員国入りプランが水泡に帰して、経済大国としても、政治大国としても、国際社会の中で果たすべき仕事がなくなってしまった。「失われた20年」と言いますけれど、日本が中国に抜かれて42年間維持してきた世界第2位の経済大国のポジションを失ったのは2010年のことです。バブル崩壊から20年近く、日本はそれでも世界第2位の金持ち国家だったんです。 でも、その儲けた金をどのような国家的目標のために使うべきなのかがわからなくなってしまった。「腑抜け」のようになったビジネスマンの間から、「自分さえよければそれでいい。国のことなんか知るかよ」というタイプの「グローバリスト」が登場してきて、それがビジネスマンのデフォルトになって一層国力は衰微していった。それが今に至る流れだと思います。Q:なるほど内田: 経済って結局は人間が動かしているんです。システムが自存しているわけじゃない。生きた人シ¥ステムに正気を供給してゆかないと、どんな経済システムもいずれ枯死してしまう。経済システムが健全で活気あるものであるためには、その活動を通じて人間が成熟するような仕組みであること、せめてその活動を通じて国民的な希望が賦活されていることが必須なんです。 だから「エコノミック・アニマル」と罵られた高度経済成長期のビジネスマン」モ、ベンツ乗って、アルマーニ着て、ドンペリ抜いていたバブル期のおじさんたちも自分たちが国家的な目標を達成すべく経済活動をしているのだという正当化ができた。「オレたちはただ金儲けしているわけじゃないよ。お国のために戦っているんだ」という大義名分を自分でもある程度は信じていた。マンハッタンのロックフェラーセンターを買ったり、コロンビア映画を買ったり、フランスでシャトーを買ったり、イタリアでワイナリーを買ったりしていたけれどあれは「われわれは金で欲しいものはすべて買えるくらいに偉大な国になったんだ」と舞い上がっていたんです、(中略)Q:「失われた20年」を経て、いま日本人が希望をもてる道筋とはなんでしょうか。内田: 国民的な目標として何を設定するか、まことに悩ましいところです。ダウンサイジング論や平田オリザさんの「下り坂をそろそろと下りる」という新しいライフスタイルの提案は、その場しのぎの対症療法ではなく、人口減少社会の長期的なロードマップを示していると思います。 先進国中で最初に、人類史上はじめての超高齢化・超少子化社会に突入するわけですから、日本は、世界初の実験事例を提供できるんです。人口減少社会を破綻させずにどうやってソフトランディングさせるのか。その手立てをトップランナーとして世界に発信する機会が与えられた。そう考えればいいと思います。その有用な前例を示すのが日本にあたえられた歴史的責務だと思います。 これから日本が闘うのは長期後退戦です。それをどう機嫌よく闘うのか、そこがかんどころだと思います。やりようによっては後退戦だって楽しく闘えるんです。高い士気を保ち、世界史的使命を背中に負いながら堂々と後退戦を闘いましょうというのが僕からの提案です。『サル化する世界』8:高齢者問題『サル化する世界』7:よくわからないまえがきp5~11『サル化する世界』6:タフな物語の必要性『サル化する世界』5:母語が生む新語・新概念『サル化する世界』4:堤未果さんとの対談『サル化する世界』3:対独協力国だったフランス『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがきp3~4
2020.09.29
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界「V 人口減少社会のただ中で」で高齢者問題が語られているので、見てみましょう。p251~254 <なぜ日本の老人は幼稚なのか?>Q:これからは高齢者層もまた社会的な成熟がもとめられる時代ということですね。内田:いや、申し訳ないけど60歳過ぎてから市民的成熟を遂げることは不可能です。わるいけど、大人にある人はもうとっくに大人になってます。その年まで大人になれなかった人は正直に言って、外側は老人で中身はガキという「老いた幼児」になるしかない。同世代の老人たちを見ても、いろいろ苦労を経て、人間に深み出てきたなと感服することって、ほとんどないですから。これから日本が直面する最大の社会的難問はこの大量の「幼児的な老人たち」がそれなりに自尊感情を維持しながら、愉快な生活を送ってもらうためにどうすればいいのかということですね。これは国家的な課題といって過言ではないと思います。Q:気が遠くなるようなタスクですね。■幼児的な老人を生んだ背景内田:でもこの「幼児的な老人」の群れは日本人が戦後70年かけえ作り込んできたものですからね、誰を恨むわけにもゆかない。戦後社会は「対米従属を通じての対米自立」というそれなりに明確な国家的な目標があったわけです。そして、この国家戦略は市民ひとりひとりが成熟した個人になることによってではなく、同質性の高いマスを形成することで達成されるとみんな信じていた。その方が確かに作業効率がいいし、組織管理もしやすい。消費行動も斉一的だから、大量生産・大量流通・大量消費というビジネスモデルにとっては都合がよかった。だから、国策的に同質性の異様に高い集団を作ってきた。 でも、こういう同質性の高い集団というのは、「この道しかない」というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているんですけれど、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。そのつどの変化に即応して、「プランA」がダメなら「プランB」という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質を持った個人が「ばらけて」いることでしか果たせないからです。でも、多様性豊かな国民を育成するという方向には戦後日本社会はほとんど関心を持たなかった。Q:『人口減少社会の未来学』(文芸春秋、2018年)の中で、本来「経済活動の本質は人間の社会的成熟を支援するためのシステム」だと指摘しています。なぜ、戦後日本人の経済活動は、市民的成熟と結びつかなかったのでしょうか。(中略)内田:トロブリアンド諸島の「クラ交易」では、交換される貝殻の装身具にはほとんど使用価値がありません。でも、その無価値なものを安定的に交換し続けるためには、さまざまな人間的能力の開発が求められる。詳細は本文に譲りますけれど、クラ交易のプレイヤーに登録されるためには、「良い人」「信頼できる人」であることが必用です。大人でなければ、この交換事業には参与できない。そのように制度が作られている でも、高度経済成長期以後、日本では金儲けの能力と人間的成熟の間のリンケージは切れてしまった。子どもでも嘘つきでもエゴイストでも、勢いに乗れば経済的に成功できた。でも、プレイヤーに市民的成熟を要求しない経済活動というのは、人類学的には経済活動ではないんです。無意味だから。そんなのはただの時間潰しのゲームに過ぎない。そんなゲームは人類が生き延びてゆく上では何の意味もない。 もうひとつ、戦後日本の場合、近隣国から「エコノミック・アニマル」と蔑まれるほど必死に経済活動をしていましたけれど、あれは実はアメリカを相手に「経済戦争」をしていたんです。敗戦国となり、国家主権を失い、アメリカの属国身分にまで落ちたけれど、経済的に成功して、国際社会で重きをなすことを通じて、アメリカの支配から脱出しようとしていたんです。 高度成長期の日本人は「そこまでして金持ちになりたいか?」というような異常な働き方をしましたけれど、あれは単に金が欲しかっただけではなくて、「経済大国になって、アメリカからイーブンパートナーとして認められ、国家主権を金で買い戻す」という国家戦略にもドライブされていた。とにかく「今度は経済でアメリカに勝つ」ということについては国民の間の暗黙の合意があったと思います。Q:経済力にンショナルプライドを求めたわけですね内田:そうです。ただの強欲ではないんです。お金儲けの先にあったのは国家主権の回復です。国際社会における威信の回復です。それが国民的悲願だった。ですから、その時期の経済活動には一本筋が通っていた。 でも、バブル崩壊で「金で国家主権を買い戻す」という壮大なプランが破綻し、追い討ちをかけるように、2005年の国連安保理常任理事国入りにほとんど支持が集まらなかったというトラウマ的経験があって、日本人は一気に自信を失ってしまった。『サル化する世界』7:よくわからないまえがきp5~11『サル化する世界』6:タフな物語の必要性『サル化する世界』5:母語が生む新語・新概念『サル化する世界』4:堤未果さんとの対談『サル化する世界』3:対独協力国だったフランス『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがきp3~4
2020.09.29
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界「まえがき」でサル化が語られているので、見てみましょう。p5~11 <なにやらよくわからないまえがき> 3年前に、Foreign Affairs Magazineが日本の大学教育を論じたことがありました。その中でインタビューを受けた日本の大学生たちが、外国人ジャーナリストに自分たちのおかれている状態を説明するときに選んだのが次の三つの形容詞でした。 それはtrapped,saffocating,stuckの三つでした。「罠にはまった」「息ができない」「身動きできない」です。学生たちは、大学について、制度がどうであるとか、カリキュラムがどうであるとかいう概念的な話ではなく、「狭いところに閉じ込められていて、つらい」という身体的印象を語っていたのでした。 頭でこしらえたのではない、実感のこもったこの言葉からは、今の日本社会の「生きづらさ」の本質が透けて見えるように僕には思われました。 それは「身のほどを知れ、分際をわきまえろ」という圧力が日本社会のすみずみに行き渡っていることを表している。そして、たぶんそうだと思うのですが、この「身のほどを知れ」という圧力は、表面的には「自分らしく生きる」という教化的なメッセージの美辞麗句をまとって登場してくる。「自分探しの旅」とか「自分らしさの探求」というような言葉を僕は僕はこれまでずっと「なんだか嫌な感じの言葉だな」と思っていました。それは、そういうことを口にする人間が、しばしば「管理する側」の人間だったからです。彼らは別に子どもたちや若者たちが成熟し、変化して、自由に生きることを求めているわけではありません。そんなはずがない。だって、そんなことになったら「管理しにくくなる」に決まっているからです。「自分らしく生きる」という、一見すると子どもたちを勇気づけるように聞こえるメッセージは、実は本音のところでは、「はやく『自分らしさ』というタコツボを見つけて、そこに入って、二度と出て来るな」と言っているのじゃないでしょうか。 だって、そうじゃないですか。自分らしさを見出すことにそれほど価値があるのだとしたら、「これが『自分らしい生き方』です」と宣言した後に、「あ、やっぱりあれはなしにしてください。違う生き方がしたくなっちゃいました」と言い出すことにはかなりの心理的抵抗があるはずだからです。 一度生き方を決めたら、自分の「ポジション」を決めたら、あとは一生そこから出てはならないという有形無形の圧力を「自分らしく」という呪符が生み出している・・・ということはないんでしょうか?(中略) システムの効率的な管理が大切な仕事であることを僕はもちろん認めます。でも、システム管理の効率化を急ぐあまり、アクターである人間たちを同一的なままにとどめておくというのは長期的にはシステムの自殺行為ではないかという気がします。もし、国民が成熟を止め、変化を止め、どれほど時間が経過しても「剋目して相待つ」必用がなくなったら、その国ではもういかなるイノベーションも、どのようなブレークスルーも起こらないからです。 今の日本社会に瀰漫している「生きづらさ」はこの社会の仕組みそのものが「生物の進化」に逆行しているからだというのが僕の考えです。それを僕は「人間がサル化している」という表現に託したのです。 この本は、そのような視点から、現代日本のさまざまな出来事を論じています。 僕から皆さんへの個人的な提案は、「自分の身のほど」なんか知らなくてもいいんじゃないですかということです。「自分らしさ」なんか別にあわてて確定することはないんです。三日前とぜんぜん違う人間になっても、それは順調に成長しているということですから、気にすることないです・・・というようなことです。『サル化する世界』6:タフな物語の必要性『サル化する世界』5:母語が生む新語・新概念『サル化する世界』4:堤未果さんとの対談『サル化する世界』3:対独協力国だったフランス『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがきp3~4()
2020.09.28
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図書館に予約していた『暴力について』という本を、待つことおよそ1週間でゲットしたのです。【暴力について】ハナ・アーレント著、みすず書房、2000年刊<「BOOK」データベース>よりベトナム戦争、プラハの春、学生運動…1960年代後半から70年代初頭にかけて全世界的な広がりをみせた騒然たる動向を、著者は亡命の地・アメリカ合衆国でどのように考えていたか。「国防総省秘密報告書」を手がかりに嘘と現実(リアリティ)とのあり方を論じた「政治における嘘」、暴力と権力との相違をテーマにした「暴力について」、さらに「市民的不服従」など、本書は、情況への鋭い発言のかたちをとりながら、われわれとわれわれを取りまく世界への根本的な問いを投げかけている。「政治とは何か」をもっとも明快かつ具体的に論じた書ともいえよう。<大使寸評>改行なしで延々と続く長文にはかなり手こずるのだが、言っていることに間違いはないので我慢すべきなのか。<図書館予約:(9/16予約、副本1、予約0)>rakuten暴力について「第1章 政治における虚偽」でアメリカの戦略を、見てみましょう。p24~26<3> 諜報機関によって確認された事実・・・ときには(とくにマクナマラの場合のように)政策決定者自身によって確認され、しばしば消息通の一般大衆にも知られていた事実・・・と、それによって最終決定が下された前提、理論、仮説等とは完全に別のものであった。 そしてこの長年にわたるわが国の失政や惨敗の程度は、この二者間の完全な齟齬をしっかりと頭に入れておかなければ、十分に把握することはできない。それゆえ、ニ、三の目立った例をここで読者に伝えておきたい。 1950年に初めて発表され、そして「もっとも重大な時期」と言われる時期をどうにか生き延びてきた、いわゆる将棋倒し論に関していえば、「ラオスと南ベトナムが北ベトナムの支配下に入った場合には、東南アジア全域が、必然的に陥落するであろうか」という1964年のジョンソン大統領の質問に対するCIAの答えは、「カンボジアは多少危ないが、それを除けば、ラオスと南ベトナムの陥落の結果として、東南アジアにおいて、ただちに共産主義に屈服する国はないであろう」というものであった。 5年後に、ニクソン政府が同じ問いをかけたときにも、CIAは、「米国がただちに南ベトナムから撤退しても、『東南アジア全域は、少なくとも一世代の間は現状を維持するであろう』」と答えたのであった。国防総省の秘密文書によれば「将棋倒し論を文字とおりに受け取っていたと思われるのは、統合参謀本部と、ロストウ氏と、テーラー将軍だけ」であるが、問題は、それを信じない人たちまで、声明文にそれを使用したばかりでなく、彼ら自身の考える前提の一部分として、その理論を利用したという点である。 南ベトナム内の反乱者たちは「共産主義謀略」によって「外部から指揮され、支援されていた」という主張に関していえば、諜報関係者の1961年の調査によれば、「1万7000人と推定サレルベトコンの80%ないし90%は、その地域で徴募された人々であり、ベトコンが外部からの援助に依存している証拠はほとんどない」のであった。三年後にもこの状況は変わっていなかった。(中略) それにもかかわらず、北ベトナム爆撃が開始された。一つには「外部からの支援と補給の源を断ち切ることによって、革命を枯渇させることができる」と彼らの理論が説明したからであった。政策決定者たち自身(この場合はマクノートンだが)でさえも、謀反が南ベトナム内に発生したものであることは十分に承知しており、北ベトナムが「屈服してもその北ベトナムの命令ニベトコンが従う」とは思っていなかったし、統合参謀本部ですらも「そもそもこれらの努力がハノイに決定的な影響を与えるとは信じていなかった」にもかかわらず、北爆は、南部における反逆者たちを支持しようとしている北ベトムの「意思を挫く」ものとされていたのである。 マクナマラの報告によれば、1965年に国家安全協議会の委員たちは、北ベトナムが引きさがる見込みはなく、いずれにしても、北ベトナム爆撃によって受ける苦痛のために戦いをあきらめるよりは、ベトコンが南ベトナムにおいて敗北したためにあきらめる可能性のほうが強いと見ていたのである。 最後に将棋倒し説に次ぐものとして、中国の膨張論という仮説に加えて、共産主義者の統制された世界制覇の陰謀と、ソビエト・中国ブロックの存在という前提に立った大戦略の構想があった。中国を「封じ込め」なければならないという考えは、1971年の今日、ニクソン大統領によって否定された。 しかし4年以上も前に、マクナマラは、「われわれの最初の介入およびベトナムにおける現在の行動がアジアにおける中国の膨張に対して一線を画するのが目的であったとするかぎり、われわれの目的はすでに達成された」のである、と書いている。ただし、そのつい2年前には、彼もまた、南ベトナムにおけるアメリカの目的は「『友邦を助ける』ことではなく、中国を封じ込めることである」という意見に同意していたのである。ウン 聡明な著者の見立ては、2020年現在の米国戦略をほぼ見通しているので、さすがと言うべきか。()
2020.09.28
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図書館で『村上春樹、方法としての小説』という本を手にしたのです。村上さんの物語の秘密が載っているとのことで・・・借りる決め手になりました。【村上春樹、方法としての小説】 山愛美著、新曜社、2019年刊<「BOOK」データベース>より洞窟の中のストーリーテラー、村上春樹。その創作の原点はどこにあるのか?幼少期のエピソード、作品・インタビュー中の言葉に着目し、独自の方法で紡ぎつづける物語の秘密に迫る!【目次】序章 自発的に語り始める「物語」/第1章 方法としての小説、そしてはじまりの時/第2章 初めての物語としての『風の歌を聴け』/第3章 デレク・ハートフィールドの世界/第4章 言葉・身体/第5章 記憶・イメージ/第6章 創作過程を探る/終章 想像力と効率<読む前の大使寸評>村上さんの物語の秘密が載っているとのことで・・・借りる決め手になりました。rakuten村上春樹、方法としての小説次に、第6章で「使いみちのない風景」あたりを、見てみましょう。p195~196 <3「使いみちのない風景」の使いみち> 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、『世界の終り』と『ハードボイルド・ワンダーランド』という別々の二つの話が並行して語られ、展開していく物語である。『1973年のピンボール』出版の後、1980年『文学界』に掲載するために書かれた『街と、その不確かな壁』は、その修作的な作品とされている。 しかし、村上本人はそれを失敗作であるとして発表したことを後悔し、全集に収録することも認めていない。『全作品1979~1989』の付録冊子の『自作を語る』④「はじめての書下ろし小説」(1990c)の中で、これらの二つの作品について彼は多くを語っている。 『街と、その不確かな壁』で手がけたことが、どうしても当時の力量では満足のいくものにはなりえなかったこと、その後途中引っ越しを挟み、彼にしては異例の長時間をかけて1985年に完成した『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を書くのがどれほど苦しい仕事であったかが吐露されている。 1980年の『街と、その不確かな壁』と1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の二作の間に、上記の実験が行われたということになる。そこでいったい何が起こったのか。「使いみちのない風景」とは何なのか。村上は言う。 それじたいには使いみちはないかもしれない。でもその風景は別の何かの風景に(おそらく我々の精神の奥底にじっと潜んでいる原初的な風景に)結びついているのだ。 そしてその結果、それらの風景は僕らの意識を押し広げ、拡大する。僕らの意識の深層にあるものを覚醒させ、揺り動かそうとする。(p.96)「使いみちのない風景」が、我々の意識の制御を超えたところで、我々の深奥に触れて原初的な風景を呼び覚まし、そこに何らかの動きが生じ、何かがもたらされる。しかしそこにどのようなつながりがあって、その過程で何がどのように起こっているのかはわからないのである。 余談だが、上述の引用部分に示したように、1994年には「我々の精神の奥底」としていた箇所を2002年の『全作品』出版の折には「我々の魂の奥底」に書き換えている。『ねじまき鳥クロニクル第1・2・3部』(1994-1995)を書き上げ、河合隼雄と出会って対談をし、インタビューを行ない『アンダーグラウンド』(1997/1999)と『約束された場所で』(1998/2001)を書いた頃から、村上の中で「魂」という言葉がよりぴったりくるようになったのではないだろうか。 あらためて村上は、「僕は旅行というものがあまり好きではない」(p.98)と言う。確かに、旅行には不便や失敗がつきものである。特に海外に行く時には、それらが取り返しのつかないほどになければ良しとするしかないくらいの覚悟がいる。それでも人は旅に出る。何のためにか。それは、自分のための「そこでしか見ることのできない風景」(p.104)を見つけようとしているのだと、村上は言う。通り過ぎていく中、どうしようもなく惹きつけられる風景を求めて。 日常の中では人は瑣末な事柄に心奪われて、あるいは煩わされざるをえないので(そもそも生きているということはそういうことだ)、そのような風景に遭遇するには感覚が鈍磨しすぎている。我々は、日常目にする風景をもう知っているものと思い込み、見えているはずのものさえ見ていないものである。「使いみちのない風景」に出会うにはいつもの日常の目とは違う「目」が必要なのであろう。 なぜ惹かれるのかよくわからないけれど心奪われるものこそ、心の深奥にある何かを揺さぶる可能性がある。しかしながら、その風景を写真に撮ってみても「目にした風景の特別な力を写し取っていることは、極めて稀」(p.106)だと村上は言う。随筆は次のような言葉で締められている。 僕は思うのだけれど、人生においてもっとも素晴らしいものは、過ぎ去って、もう二度と戻ってくることのないものなのだから(p.108)『村上春樹、方法としての小説』2:「騎士団長殺し」あたり『村上春樹、方法としての小説』1:初期の三部作()
2020.09.27
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図書館に予約していた『暴力について』という本を、待つことおよそ1週間でゲットしたのです。【暴力について】ハナ・アーレント著、みすず書房、2000年刊<「BOOK」データベース>よりベトナム戦争、プラハの春、学生運動…1960年代後半から70年代初頭にかけて全世界的な広がりをみせた騒然たる動向を、著者は亡命の地・アメリカ合衆国でどのように考えていたか。「国防総省秘密報告書」を手がかりに嘘と現実(リアリティ)とのあり方を論じた「政治における嘘」、暴力と権力との相違をテーマにした「暴力について」、さらに「市民的不服従」など、本書は、情況への鋭い発言のかたちをとりながら、われわれとわれわれを取りまく世界への根本的な問いを投げかけている。「政治とは何か」をもっとも明快かつ具体的に論じた書ともいえよう。<大使寸評>改行なしで延々と続く長文にはかなり手こずるのだが、言っていることに間違いはないので我慢すべきなのか。<図書館予約:(9/16予約、副本1、予約0)>rakuten暴力について「第1章 政治における虚偽」でこの本の噛み心地を、見てみましょう。p3~9<1> 四十七巻におよぶ『ベトナム戦争に関するアメリカの政策決定過程の歴史』(国防長官ロバート・S・マクナマラにより、1967年6月に委嘱され、1年6ヶ月後に完成したもの)は、第二次大戦から1986年に至るインドシナにおけるアメリカの役割に関する細かい証明のついたこの極秘文書が1971年6月にニューヨーク・タイムズ紙によって発表されて以来、ペンタゴン文書として知られるに至ったものであるが、それは読む人によって異なった意味を持ち、異なった教訓を与える。 ベトナム戦争が冷戦あるいは反共イデオロギーの当然の帰結であることが、それによって初めてわかったという人もあれば、政策決定過程を知る絶好の資料であるとする人もある。しかし、大多数の読者は、秘密文書の提起する根本問題が欺瞞であるという点で、今日では意見が一致している。 少なくとも、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載するためにこの文書を編集した人々の頭に、この点がまず第一にあったことは明白であり、また四十七巻の調査報告の執筆者たちにとっても、それが一つの問題点であったことは十分に考えられる。 6年にわたる長い期間、我々が体験してきた、いわゆる政府の信憑性のギャップなるものが、突然に深い淵となってわれわれの前に現れたのである。あらゆる種類の偽りの声明(それは虚偽でもあり、自己欺瞞でもある)の流砂が、この資料を検討しようとする読者を吸い込んでしまうおそれがあるが、それが十年になんなんとする米国の対外および対内政策の基礎構造であったという事実を、読者は不幸にして認めざるをえないのである。 政府最高首脳部が、あくまで虚偽を政策としようと決意していたために、また、それに付随して、ベトコン狩り部隊の発表するでたらめの死者数、空爆による敵の損害のでっちあげ報告書、自分で作成する報告書によって自分が評価されることを承知している下級将校たちによって、前線からワシントンに書き送られる「進捗」の報告書等々、文官武官を問わず、政府関係者全員にわたって虚偽が蔓延していたために、われわれは過去の歴史(それ自体けっして道徳的に完全ではないが)に照らして今回の事件を考え判断すべきであることを、ともすれば忘れがちである。 外交においては、「慎重さ」と名づけ、あるいは「政府の神秘」と呼ぶところの秘密と欺瞞、すなわち、政治目的達成のための正当な手段として用いられる意識的なごまかしと明白な虚偽とは、有史以来継続してきたものである。正直が政治の美徳と考えられたためしはなく、虚偽は政治のかけひきにおいて常に正当化される道具と考えられてきた。 これらの点を考えれば、われわれの哲学や政治思想の伝統において、行動の性格や思考・言葉の上で事実を否定する能力の重要性に、今日までほとんど注意が払われなかったのは不思議である。(中略) 要するに、嘘をつく能力、すなわち事実を意識的に否定することと、事実を変化させる能力、すなわち行動する能力とは、関連性があるのであって、それは想像力という共通の基盤によってはじめて存在しうるのである。だが、現に雨が降っているときに「太陽は輝く」と言うことが必ずしも可能であるときまっているわけではない。それは、感覚的にも、精神的にも、世の中に対処してゆける能力をわれわれは備えているけれども、われわれが世の中にとって不可欠の要素として固定され、あるいは嵌め込まれているものではないということを意味するのである。 われわれはこの世界を変え、そこに新しいものを始める自由がある。存在を否定または肯定する精神的自由、「イエス」「ノー」を言う自由、たんに賛成・反対の意思表示として宣言や提案に対して言うばかりでなく、賛成・反対の領域を越えて、われわれの知覚や認識を司る器官に与えられるあらゆるものに対してイエス・ノーを言う自由がなかったならば、行動は不可能である。そして、いうまでもなく政治は行動から成り立つ。(中略) 今日までに発達してきた虚偽のざまざまなヤンルに、二つの新種を加えなければならなくなっている。第一は、マジソン街の巧妙な商法を学んだ政府の広報部員の用いる、一見無害に見える嘘である。広報は広告にすぎないのであって、市場経済をとおして配給される商品に対する異常な要求をもった消費社会から生れたものである。 広報マンの考え方の問題点は、彼が意見や「善意」、買おうとする気持、すなわち、最小限度の具体的実在性しか持ち合わさない無形物をもっぱら対象としていることである。このことは、彼の発明が無限の可能性を持っているかもしれないように見せることを意味する。というのは、彼は、政治家のような行動力、すなわち、事実を「創造」する能力を欠いており、したがって、権力に限界を設けて想像力を地上に引き戻す役をするところの、日常生活の単純な現実性を欠いているからである。 広報マンの行動に対する唯一の限界に到達するのは、彼がある石鹸を買わせるように操縦することのできる人々に、恐怖心を利用して強制することはもちろんできるが、意見や政治的見解を「買わせる」ように操縦することはできない、ということに気づいたときである。それゆえに、人間をどこまで操縦しうるかの限界を示す心理学的前提が、一般人や学識経験者の意見の市場で売られる主な商品となってきた。 しかしこのような教理も、人が意見を形成する方法を変えるものではなく、また自分の自分の知識に従って行動することを妨げるものでもない。 恐怖心を利用する以外に、彼らの行動を左右しうるものは、昔ながらの、棒につけた人参の方法である。強烈な広告の狂乱のなかで育ち、政治の半分は「イメージづくり」であり、あとの半分はそのイメージを人々に信じ込ませる技巧であると教えられてきた最近のインテリの世代が、理論ではどうにもならないほど事態が深刻になってくると、ほとんど機械的に、再び棒と人参の古い格言に頼ろうとするのは不思議ではない。 彼らにとって、ベトナムの冒険における最大の失望は、棒と人参の方策が功を奏さない人たちがいるということの発見であるはずだった。ウーム 著者の頭の中は長文が詰まっているようですね。・・・抽象的な論理で畳みかけているが、起こった事象を短文で区切って、述べてくれると有りがたいのだが。()
2020.09.27
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図書館で『村上春樹、方法としての小説』という本を手にしたのです。村上さんの物語の秘密が載っているとのことで・・・借りる決め手になりました。【村上春樹、方法としての小説】 山愛美著、新曜社、2019年刊<「BOOK」データベース>より洞窟の中のストーリーテラー、村上春樹。その創作の原点はどこにあるのか?幼少期のエピソード、作品・インタビュー中の言葉に着目し、独自の方法で紡ぎつづける物語の秘密に迫る!【目次】序章 自発的に語り始める「物語」/第1章 方法としての小説、そしてはじまりの時/第2章 初めての物語としての『風の歌を聴け』/第3章 デレク・ハートフィールドの世界/第4章 言葉・身体/第5章 記憶・イメージ/第6章 創作過程を探る/終章 想像力と効率<読む前の大使寸評>村上さんの物語の秘密が載っているとのことで・・・借りる決め手になりました。rakuten村上春樹、方法としての小説次に、第3章で「騎士団長殺し」あたりを、見てみましょう。p103~104 <5 デレク・ハートフィールドの短編「火星の井戸」> 無数に掘られた、決して水脈に辿り着くことのない底なしの井戸は、決して水をもたらすことはない。あまりの深さ、あまりの横穴の長さに井戸に潜ってみた人々も引き返した。 井戸に潜り、曲がりくねった道を歩く青年は、井戸の底に潜った『ねじまき鳥クロニクル』(1994-1995)の「僕」、岡田享の姿と重なる。そして、高齢者養護施設の一室の穴から地底に降り、暗闇の中を歩く、『騎士団長殺し』(2017a)の中の一人称の語り手「私」の姿とも重なる。 そこで出会った顔のない男は「私」に「わたしの役目はおまえを向こう岸に渡してあげることだ。無と有の狭間を、おまえにすり抜けさせるのが仕事だ」(『騎士団長殺し第2部』)と言う。ここでの「無と有の狭間」とは、「在」と「不在」の間、つまりハートフィールドを通して村上が描いた世界である。『騎士団長殺し』の「私」はそこをすり抜けて、無事に元のこちらの世界に戻ることができたのである。 しかし、その後、「私」は顔のない男に肖像画を描くことを求められるも、戸惑い、描けぬうちに、その男は「いつか再び、おまえのもとを訪れよう。そのときにはおまえにも、わたしの姿を描けるようになっているかもしれない」(『騎士団長殺し 第1部』)という言葉を残して去っていく。『騎士団長殺し』は(本著を執筆している現時点で)第1部、第2部が出版されているが、この後続編があるのかはわからない。顔を持たない人の肖像を描く、つまり「ただの無」(第1部)を描くということである。それはただの「無」とは言うものの、東洋思想における「無」(これは決して何もないということではない)のことも頭をよぎる。1979年に始まった村上春樹の在と不在のテーマは、2017年(『騎士団長殺し』が出版された年)、いよいよ最難関の最終段階まで来たのかもしれない。 村上春樹の『騎士団長殺し』よりもデレク・ハートフィールドの「火星の井戸」の方が、荒削りではあるが、スケールという点では圧倒的に大きい。何と言っても「火星の井戸」は宇宙レベルの話である。火(火星)、土、水、風は宇宙を構成する四大元素であり、この物語はそのレベルの視野を持って語られている。四大元素のうちの「水」にどうしても辿り着くことができないという、「四」のうち「一」を欠いた物語なのである。 人間は、本当に宇宙の広大さに気づいてしまったら、生きていくのが難しくなるのではないか。しかも、ハートフィールドの描いた(とされる)世界は閉じていない。つまりそれは、どこまでいっても閉じることのない、際限のない世界なのである。『村上春樹、方法としての小説』1
2020.09.26
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<『村上春樹、方法としての小説』1>図書館で『村上春樹、方法としての小説』という本を手にしたのです。村上さんの物語の秘密が載っているとのことで・・・借りる決め手になりました。【村上春樹、方法としての小説】 山愛美著、新曜社、2019年刊<「BOOK」データベース>より洞窟の中のストーリーテラー、村上春樹。その創作の原点はどこにあるのか?幼少期のエピソード、作品・インタビュー中の言葉に着目し、独自の方法で紡ぎつづける物語の秘密に迫る!【目次】序章 自発的に語り始める「物語」/第1章 方法としての小説、そしてはじまりの時/第2章 初めての物語としての『風の歌を聴け』/第3章 デレク・ハートフィールドの世界/第4章 言葉・身体/第5章 記憶・イメージ/第6章 創作過程を探る/終章 想像力と効率<読む前の大使寸評>村上さんの物語の秘密が載っているとのことで・・・借りる決め手になりました。rakuten村上春樹、方法としての小説まず、「初期の三部作」を、見てみましょう。p64~67 <IV 初めての物語としての『風の歌を聴け』>『風の歌を聴け』(1979b)、それに続く『1973年のピンボール』(1980a)、そして、喫茶店経営をやめて、「フルタイムの専業作家」になって初めて書かれた『羊をめぐる冒険』(1982)は、まとめて初期の三部作と呼ばれることが多いが、作品の持つ意味という観点からは、おれぞれ異なる。ニ、三作目について、村上は次のように述べている。[『1973年のピンボール』は]書きたくて書きたくて仕方なかったし、『風の歌を聴け』の時とは違って、淀みなくすらすら書けたと思う。・・・自発的なストーリーが僕の頭を支配するようになった。小説が自立し、ひとりで歩み始めるようになった。 何をすればいいのかは、僕にはもうわかっていた。・・・小説自体の力というものというものが、硬い殻を破って顔を出し始めていた。そこにははっきりとした手応えのようなものがあった。(『自作を語る』)『1973年のピンボール』を書くことを通して、村上が目指していた「スポンテニアスな物語」が動き始める感触を実感したのであろう。『羊をめぐる冒険』を書き終えて僕がいちばん嬉しかったのは、自分がこれから先小説家としてやっていけるだろうという自信が持てたことだった。これは頭の中でこねまわす理屈ではなくて、両手ではっきりと感じることのできるフィジカルな手応えである。(『自作を語る』) 一、ニ、三作と、村上は段階的に自身の創作の方法論を探り、ニ作目で感じた手応えが、三作目ではより確かなものとなり、小説家としてやっていけると確信したのであろう。「フィジカルな手応え」という表現は興味深い。確信は、単に頭で考えられたものではなく、身体的なもの、体を通しての実感だったのである。 村上は、自分自身の体の感覚を大切にしながら(あるいは体に開かれながらといった方がよいかもしれない)創作するが、これは後に、走ることを通してさらに研ぎ澄まされることになる。いうれにせよ、彼にとって、この作品を機に、書くことを生業とする作家としての人生が本格的に始まった。 ところで、すでに述べたように、村上は、初期の二作については、「修作の域を出ていない作品だと思う」(『自作を語る』)と述べている。本人がストーリーはないとする『風の歌を聴け』に対して、二作目は、「幻のピンボール・マシーン」という対象と、主人公の「僕」がそれを探し求めて旅をするというストラクチャとが明確になったと言う(村上1991b)。 ここで明らかになった「探す」というテーマは、後の作品の中でも主要なテーマの一つとなっており、『1973年のピンボール』は、ちょうど一作目と三作目の間の橋渡し的な意味を持ったと考えられる。 初期ニ作品は、すでに述べたように、それぞれ英語を学ぶ日本の学生向けにアルフレッド・バーンバウムによって英訳されたものが日本国内では出版されているものの、海外での刊行は、本人が長年認めなかった。この点について、青山は、1991年に発行された雑誌『Mインク』に掲載された、村上の長いインタビューの中の、次のような記事の一節を紹介している。「残念なことに『羊をめぐる冒険』に先立つ2冊を、ムラカミは、未熟な作なのでここで出版するおどのものではない、と考えている。村上はその2冊を忘れてしまいたいのだ。・・・」(ダニエル・マックス(青山1996、p.89))
2020.09.26
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「予約本」でしょうか♪<市立図書館>・暴力について・四畳半神話体系公式読本・村上春樹、方法としての小説<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【暴力について】ハナ・アーレント著、みすず書房、2000年刊<「BOOK」データベース>よりベトナム戦争、プラハの春、学生運動…1960年代後半から70年代初頭にかけて全世界的な広がりをみせた騒然たる動向を、著者は亡命の地・アメリカ合衆国でどのように考えていたか。「国防総省秘密報告書」を手がかりに嘘と現実(リアリティ)とのあり方を論じた「政治における嘘」、暴力と権力との相違をテーマにした「暴力について」、さらに「市民的不服従」など、本書は、情況への鋭い発言のかたちをとりながら、われわれとわれわれを取りまく世界への根本的な問いを投げかけている。「政治とは何か」をもっとも明快かつ具体的に論じた書ともいえよう。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/16予約、副本1、予約0)>rakuten暴力について************************************************************【四畳半神話体系】森見登美彦著、KADOKAWA、2008年刊<「BOOK」データベース>より私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本2、予約0)>rakuten四畳半神話体系************************************************************【村上春樹、方法としての小説】 山愛美著、新曜社、2019年刊<「BOOK」データベース>より洞窟の中のストーリーテラー、村上春樹。その創作の原点はどこにあるのか?幼少期のエピソード、作品・インタビュー中の言葉に着目し、独自の方法で紡ぎつづける物語の秘密に迫る!【目次】序章 自発的に語り始める「物語」/第1章 方法としての小説、そしてはじまりの時/第2章 初めての物語としての『風の歌を聴け』/第3章 デレク・ハートフィールドの世界/第4章 言葉・身体/第5章 記憶・イメージ/第6章 創作過程を探る/終章 想像力と効率<読む前の大使寸評>追って記入rakuten村上春樹、方法としての小説************************************************************図書館大好き446
2020.09.25
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コロナウィルス対応で各種催しが自粛中であるが、久々に横尾忠則を観に行こう♪…ということで、横尾忠則現代美術館の企画展に繰り出したのです。今回は、スマホもカメラも持参していなかったので、ネット情報をもとにレポートします。今回のポスターです。横尾忠則の緊急事態宣言より 新型コロナウイルスにより、我々の日常は以前とは一変してしまいました。感染症が世界規模で蔓延する様はまるで映画のようにも見え、時に虚構と現実との境界線が曖昧になったような感覚に襲われます。 コロナ禍が起こるはるか以前から、横尾忠則は、虚実が交錯するかのような緊迫した状況を繰り返し描いてきました。今回は、横尾の絵画における、そうした危機的状況の表現に注目します。 またコロナ禍に反応するかたちで、横尾は現在、様々なビジュアルにマスクや口腔のイメージをコラージュする作品《With Corona》をウェブ上で展開しています。本展ではそれらを展示空間各所に散りばめるようなインスタレーションもあわせて行います。[会期]2020年9月19日(土)-12月20日(日)(月:振休)横尾忠則を観に行こう♪13
2020.09.25
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図書館で『漱石のパリ日記』という本を、手にしたのです。夏目漱石といえば、ロンドン修業で苦労した作家という認識である。その漱石さんがパリ万博を見に行ったそうで、興味深いのでおます。♪【漱石のパリ日記】山本順二著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より百年以上前のパリ万博の年、国民的作家になる前の漱石は、花の都で誰に会い、何を見たか。当時のパリの街の様子や雰囲気を再現する。<読む前の大使寸評>夏目漱石といえば、ロンドン修業で苦労した作家という認識である。その漱石さんがパリ万博を見に行ったそうで、興味深いのでおます。♪rakuten漱石のパリ日記漱石の見たパリ万博はどんなだったか、続きを・・・見てみましょう。p63~66<10月23日(火)> 漱石たちのこの朝の起床は遅かったはずだ。前日は万国博見物の後、渡辺薫之介宅で夕食をとり、さらに繁華街に繰り出して宿に帰ったのは午前一時だった。それでも、再び夜の街に出る元気があったのは、漱石もその仲間も真面目に勉強を続けてきた学問の徒ではあっても、まだ三十代の血気盛んな年頃だったからだろう。 この日朝、教育学者の樋口勘次郎が宿に訪ねて来た。樋口は東京高等師範学校を卒業後、同校付属小学校の教諭でありながら三年間の予定でヨーロッパに留学していた。(中略) 漱石にとってパリの中で最も慣れ親しんだ一角だと思われるので、当時と現在の様子を比較しながら少し観察してみよう。 漱石が目にしたパリの歴史的、公共的な建造物の多くが現存している中で、大きな建物でその姿が一変している代表例がこのトロカデロだろうう。 当時は広場の南側に、二つの塔に挟まれた丸い大屋根が目につくトロカデロ宮がそびえていた。1878年のパリでの三回目の万国博の時に建てられたものだが、大ホールの音響に欠陥があったといい、約60年後の1937年の万国博の際に現在のシャイヨ宮に建て替えられた。 往時のトロカデロ宮は堂々としていて現在のシャイヨ宮よりも格段に存在感があったようだ。その前面のトロカデロ広場の中央には、今では大きな騎馬像が建っている。銅像の主は第一次世界大戦の英雄・フォッシュ元帥だ。フランスなど連合国が1918年11月11日、ドイツに勝利し休戦条約を結んだのを記念して1951年に建てられた。これに因んで広場の公式名称は「トロカデロ11月11日広場」という。 漱石がパリに滞在したのは、第一次大戦よりはるかに前のことだから、もちろん騎馬像はなかった。1900年以前の写真を見ると広場は緑地になっていて中央に八角屋根の野外音楽堂があったようだが、万国博開催中はマダガスカル館が広場を占めていた。フランスの植民地・保護領のパビリオンのうちでも豪華さでは一、二を競う直径55メートルもある円形の大建築だったから、トロカデロ宮とともに周囲を威圧し、現在では想像できない景観だった。 西に隣接するパッシー墓地は当時と変わらないようで、広場に面して東側に並んでいる数軒のカフェも古そうだ。漱石たちはあるいはそのうちの一軒で昼食をとったのかもしれない。この地域は当時も今もちょっとした繁華街だから各種の飲食店がそろっていて、食事や休憩には便利な土地柄だった。 この年、パリを訪れていた小説家で東京・博文館支配人の大橋又太郎(乙羽)は、5月28日に近くの飲食店で食事をした時の印象を書き残している。「トロカデローの裏手にて昼餐をなしぬ。今日のは頗る至廉の料理屋に入りたれば食堂というも名ばかりの手狭なるに、割烹は細君自らがするのなれば、もどかしき限りなるに、肉も汁も皿に余るほど多くして、味はいと拙し」(『欧山米水』)と、量の多さに驚きその味をけなしている。『漱石のパリ日記』1
2020.09.24
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<二十四節季の寒露に注目>早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?テレビでは炎暑による熱中症の危険性について注意をうながしていたが・・・このところ「小さい秋」の気配が見えてきたでぇ♪『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたりこの本で、寒露のあたりを見てみましょう。太子の場合は鳥の佇まいが気になるのでおます。和暦p25<寒露>五穀の収穫時期であり、収穫感謝祭のお月見も 現行の暦では10月7日ころ第1日目を迎え、次の節気「霜降(10月22日ころ)」に入る前日までの15日間の節気が「寒露」となる。 『暦便覧』では、寒露のころの気候を「陰気の気に合って露結び凝らんとすれば也」と説明している。 寒露に入るころは、大気の状態が安定してくるため、秋の長雨が終わり晴天が続く。五穀の収穫に適した天候となる。露が霜に変わる直前の時期で、地域によっては紅葉が色づき始めるころでもある。俳句の季語に、「薄紅葉」、「初紅葉」という言葉がある。山野が紅葉に染まり初めた情景を、巧みにとらえた言葉である。 また、「流れ星」や「流星群」が鮮明に見え始めるころである。 10月の異称に「神無月」がある。陰暦の10月の呼称だったが、現在では陽暦10月の呼び名になっている。神様のいない月という意味で、「神の留守」とも呼ばれている。 これは、10月は出雲大社に全国の神様が一堂に集まるため、各地では神が留守となることから付けられた名前。逆に出雲国では、「神在月」「神有月」と呼ばれている。 寒露の期間の72候は、初候「コウ雁来」冬の渡り鳥・雁が飛来し始める。次候「菊花開」菊の花が咲く、末候「きりぎりす在戸」きりぎりす戸の辺りで鳴く、となっている。「蟋蟀(きりぎりす)」は現在の「こおろぎ」のこと二十四節季の秋分に注目二十四節季の白露に注目二十四節季の大暑に注目『鳥と世界の意外な関係』
2020.09.24
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図書館で『エッセイ脳』という本を、手にしたのです。おお 我がブログに面白い記事を書くうえで参考になるかも♪・・・ということでんな。【エッセイ脳】岸本葉子著、中央公論新社、2010年刊<「BOOK」データベース>より言葉の選び方、書き出しの心得、起承転結の「転」を利かし書き手の「ええーっ」を読み手の「へえーっ」に換える極意とは?しなやかに感じて、したたかに描く、奥義を伝授。人気エッセイストが初めて明かす文章術。<読む前の大使寸評>おお 我がブログに面白い記事を書くうえで参考になるかも♪・・・ということでんな。rakutenエッセイ脳第2章でエッセイのハウツー(詳細)が語られているので、見てみましょう。p62~63 <頭にはたらきかける文、感覚にはたらきかける文>■実験でわかること 例に見ていただいたように、この三種類の文章を、いざエッセイを書くときに、どういうふうに取り混ぜて配置していくかが、考えどころであるわけです。 ここで、実験をしてみましょう。この四角の外は描写とセリフですと言いました。今その描写とセリフを除いて、四角の中の文章だけを、読んでみます。枠組の文だけをつなげるわけです。どんな印象を受けるでしょうか。 七日間の絶食を体験した。入院して、腸の手術を受けた後のことである。 術後すぐの数日は、飲まず食わずでもいっこうに空腹感を覚えない。が、体力が回復するに比例して、何か口にしたい衝動がつのってくる。必用な栄養は、点滴でちゃんと取れているのだが、それとは別の問題のようだ。 描写、セリフを除いて、枠組の文だけつなげても、意味はとれます。しかし、やはり印象は、説明的になる。8日目の朝から許される流動食が、ひたすら待たれる。 そしてその朝、運ばれてきたのは。 流動「食」というより流動「飲料」と呼びたい。が、食べ物を口から摂取するという、当たり前の感覚が、よみがえった。 ひと口のお粥で、全身を貫く一本の管が、活動を再スタートしたような。 食い意地の張った私は、退院後、絶食した分を取り返すかのごとく、あれこれの料理を味わったけれど、あの病院食のぬるく、水っぽいお粥は、忘れがたい一品である。 描写、セリフを除いて、枠組の文だけつなげても、意味は取れます。しかし、やはり印象は、説明的になる。 説明とは、頭にはたらきかける。それとの対比でいえば、描写やセリフは、感覚にはたらきかけるのではないか。 ①枠組の文・・・頭にはたらきかける ②描写③セリフ・・・感覚にはたらきかける『エッセイ脳』1
2020.09.23
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界司馬遼太郎の作家的パッションが語られているので、見てみましょう。p157~159 <日本人にとっての「タフな物語」の必要性> 僕の父は山形県鶴岡の生れです。ご存知でしょうか、庄内人たちは西郷隆盛が大好きです。庄内藩は戊辰戦争で最後まで官軍に抵抗して、力戦しました。そして、西郷の率いる薩摩兵の前に降伏した。けれども、西郷は敗軍の人たちを非常に丁重に扱った。 死者を弔い、経済的な支援をした。一方、長州藩に屈服した会津藩では全く事情が違います。長州兵は会津の敗軍の人々を供養しなかった。死者の埋葬さえ許さず、長い間、さらしものにしさえした。 薩摩長州と庄内会津、どちらも同じ官軍・賊軍の関係だったのですが、庄内においては勝者が敗者に一掬の涙を注いだ。すると、恨みが消え、信頼と敬意が生れた。庄内藩の若者たちの中には、のちに西南戦争のときに、西郷のために鹿児島で戦った者さえいますし、西郷隆盛の談話を記録した『南洲翁遺訓』は庄内藩士が編纂したものです。一方、会津と長州の間には戊辰戦争から150年経った今もまだ深い溝が残ったままです。 靖国参拝問題が、あれだけもめる一因は靖国神社が官軍の兵士しか弔っていないからです。時の政府に従った死者しか祀られない。奥羽越列藩同盟の侍たちだって国のために戦ったんです。近代日本国家を作り出す苦しみの中で死んでいった。そういう人々については、敵味方の区別なく、等しく供養するというのが日本人としては当然のことだろうと僕は思います。 僕の曽祖父は会津から庄内の内田家に養子に行った人です。曽祖父の親兄弟」たちは会津に残って死にました。なぜ、彼らは「近代日本の礎を作るために血を流した人たち」に算入されないのか。供養というのは党派的なものではありません。だから、僕は靖国神社というコンセプトそのものに異議があるのです。 明治政府の最大の失敗は、戊辰戦争での敗軍の死者たちの供養を怠ったことあると僕は思っています。反体制・反権力的な人々を含めて、死者たちに対してはその冥福を祈り,呪鎮の儀礼を行う、そのような心性が「タフな物語」を生み出し、統治システムの復元力を担保する。 その考えからすれば、「お上」に逆らった者は「非国民」であり、死んでも供養に値しないとした明治政府の狭量から近代日本の蹉跌は始まったと僕は思っています。「祟る」というのは別に幽霊が出てきて何かするという意味ではありません。国民についての物語が薄っぺらで、容量に乏しければ、「本当は何があったのか」という自国の歴史についての吟味ができなくなるということです。端的には、自分たちがかつてどれほど邪悪であり、愚鈍であり、軽率であったかについては「知らないふりをする」ということです。 失敗事例をなかったことにすれば、失敗から学ぶことはできません。失敗から学ばない人間は同じ失敗を繰り返す。失敗を生み出した制度や心性は何の吟味もされずに、手つかずのまま残る。ならば、同じ失敗がまた繰り返されるに決まっている。その失敗によって国力が弱まり、国益が失われる、そのことを僕は「祟る」と言っているのです。『サル化する世界』5:母語が生む新語・新概念『サル化する世界』4:堤未果さんとの対談『サル化する世界』3:対独協力国だったフランス『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがき
2020.09.23
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、副本19、予約534)現在28位62位・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在123位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在449位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在16位・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、副本1、予約7)現在3位・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、副本1、予約12、入荷待ち)現在1位・浅田次郎『草原からの使者 沙高楼奇譚』(9/05予約、副本4、予約0)現在1位・ハナ・アーレント『暴力について』(9/16予約、副本1、予約0)現在1位・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、副本2、予約0)現在1位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13、予約218)現在211位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』・小川さやか『チョンキンマンションのボスは知ってる』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・雨宮処凛『ロスジェネのすべて』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・四方田犬彦『ソウルの風景―記憶と変貌』・小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』:図書館未収蔵・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:8/08以降> ・多和田葉子『雪の練習生』(8/01予約、8/08受取)・有川ひろ『倒れるときは前のめりふたたび』(2/18予約、8/16受取)・村上春樹『猫を棄てる』(5/31予約、8/16受取)・橘玲「上級国民/下級国民」(10/24予約、8/20受取)・サル化する世界(3/25予約、9/02受取)・浅田次郎『草原からの使者 沙高楼奇譚』(9/05予約、9/10受取)・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、9/13受取)・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、9/18受取)・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取予定)【ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー】ブレイディみかこ著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より大人の凝り固まった常識を、子どもたちは軽く飛び越えていく。世界の縮図のような「元・底辺中学校」での日常を描く、落涙必至のノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/13予約、副本19、予約546)>rakutenぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー【大名倒産(上)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まりー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/01予約、副本13、予約347)>rakuten大名倒産(上)【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いで【暴力について】ハナ・アーレント著、みすず書房、2000年刊<「BOOK」データベース>よりベトナム戦争、プラハの春、学生運動…1960年代後半から70年代初頭にかけて全世界的な広がりをみせた騒然たる動向を、著者は亡命の地・アメリカ合衆国でどのように考えていたか。「国防総省秘密報告書」を手がかりに嘘と現実(リアリティ)とのあり方を論じた「政治における嘘」、暴力と権力との相違をテーマにした「暴力について」、さらに「市民的不服従」など、本書は、情況への鋭い発言のかたちをとりながら、われわれとわれわれを取りまく世界への根本的な問いを投げかけている。「政治とは何か」をもっとも明快かつ具体的に論じた書ともいえよう。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/16予約、副本1、予約0)>rakuten暴力について【四畳半神話体系】森見登美彦著、KADOKAWA、2008年刊<「BOOK」データベース>より私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本2、予約0)>rakuten四畳半神話体系【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡227予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。
2020.09.22
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図書館で『GOSICK RED(レッド)』という本を、手にしたのです。たまには気楽に小説を読んでみるかということでチョイスした次第でおます。朝日新聞に週1回、著者の小説『火の鳥』が連載されていて、エンタメの実力は申し分なしだし。【GOSICK RED(レッド)】桜庭一樹著、KADOKAWA、2013年刊<「BOOK」データベース>より時は1930年代初頭、ニューヨーク。超頭脳“知恵の泉”を持つ少女ヴィクトリカは探偵事務所を構え、久城一弥は新聞社で働いている。街は好景気に沸き、禁酒法下の退廃が人々を闇へと誘う。ある日、闇社会からの依頼人がヴィクトリカを訪れ、奇怪な連続殺人の解決を依頼する。一方、一弥は「心の科学で人々の精神的外傷を癒やす」という精神分析医のもとに取材に向かっていた。やがてすべての謎はひとつに繋がり、恐るべき陰謀が姿を現すー。新シリーズスタート!!<読む前の大使寸評>たまには気楽に小説を読んでみるかということでチョイスした次第でおます。朝日新聞に週1回、著者の小説『火の鳥』が連載されていて、エンタメの実力は申し分なしだし。rakutenGOSICK RED(レッド)「第1章 Hello! New York』の語り口をちょっとだけ、見てみましょう。p11~14 <1> 朝の八時。 ニューヨークはまだ目が覚めたばかりの風情。 冬の風が吹き抜けるリトルイタリーの街角を、三つ揃いのスーツの上からチェスターコートを羽織った眠たそうな通勤人と、彼ら目当ての朝ご飯の屋台、行儀よく登校する制服姿の子供が交差していく。 赤と白と緑のカフェやレストラン、バーのカラフルな看板が雪交じりの風に揺れている。 そんな平和な街の一角に、藍色の制服に身を包んだ警官と真っ黒なパトカーが集まって、なにかを取り囲んでいた。どうも物騒な空気・・・。でも道行く人たちは、いつものことだとでもいうようにまるで気にしていない。 警官たちの頭上を越えて、大きなカメラを構えて撮影している長身のイタリア人青年がいた。パシャッ、パシャッとシャッター音を響かせるたびに、警官が振りかえっては、うるさい虫を追うように腕を振り回すけれど、気にする様子もなく、「おーい!」 と、ファインダーを覗いたまま、のんきな声で誰かを呼んだ。「今朝の死体もなかなかだぜぇ? えっと、昨日の朝に発見されたのは、靴だけ女物の真っ赤なハイヒールに変わってたんだっけな? ・・・ギャングの報復殺人も年々凝ってきてるっていうけどよ。あいつら、殺人に慣れちゃって退屈してんじゃねぇの?」 話しかけても返事がないので、おおげさなほど口を曲げてみせる。 囲まれている主・・・マシンガンで蜂の巣にされたうえ、赤い薔薇の花をくわえさせられているギャングの死体から目を離し、キョロキョロする。「あれッ? 久城~?」 警官に押しやられながら、「久城~?」「・・・ふん、ふん! 夜中というよりもう明け方というころだったんですね。銃声が聞こえた、と。・・・あの、話し声などは? なるほど!しかし、この地域の昔からの住人として最近のギャングの横暴についてどう思われますか? ふん・・・!」 どこからか、いかにも生真面目そうな男の子の声がした。 警官が集まった一角の向かいにあるちいさなイタリアンレストランの前で、自分の身長の半分ぐらいのおばあさんの前にしゃがんで、丁寧に話を聞いているところだ。 漆黒の髪は、前髪が少し伸びて、冬の風に柔らかく揺れている。ネイビーのブレザーにフランネルのズボン姿。着古したPコートに、じいさんみたいな年代物の帽子。メモを取りながらうなずく目は、闇に吸いこむまれそうなほど濃い黒だった。 小柄な、よくいるタイプの東洋人の青年だ。 一見とっつきにくそうに見えるが、つぶらな瞳は素直そうに澄んでいる。視線の柔らかなまっすぐさには、見る人の心を打つなにかがある。 青年がなんども「久城~。久城~。久城~」と呼ばれて「・・・えっ?」と顔を上げた。 そのとき。角を曲がって新たなパトカーが押し寄せてきた。降りてきた警官にたちまち蹴散らされてしまう。小柄な東洋人の記者のほうは、おばあさんに向かってじじむさすぎるポーズでお礼を言い、長身のイタリア人のカメラマンは、ふざけてカメラを頭の上にのっけた格好のまま、スタコラと退散していった。「・・・で、ちゃんと現場写真は撮れたんだよね。ニコ?」「たぶんぜったい大丈夫かな?まぁ、心配すんなって!」「えぇっ、たぶんぜったいって、どっちだよっ」 東洋人の青年は・・・久城一弥 戦禍を抜けた東洋の島国を出て、新しい大きな国に移民として渡って、ようやく数ヶ月。新興新聞社紙で見習い記者を始めたところだ。 隣でいかにも適当そうに長い腕をぶらぶらさせているのは、相棒になったカメラマン見習い・・・ニコラス・サッコ。リトルイタリー育ちの生粋のニューヨークっ子だ。長身で、黄緑のコートに大きな目。口の周りに濃すぎる髭を生やしている。
2020.09.22
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図書館で『エッセイ脳』という本を、手にしたのです。おお 我がブログに面白い記事を書くうえで参考になるかも♪・・・ということでんな。【エッセイ脳】岸本葉子著、中央公論新社、2010年刊<「BOOK」データベース>より言葉の選び方、書き出しの心得、起承転結の「転」を利かし書き手の「ええーっ」を読み手の「へえーっ」に換える極意とは?しなやかに感じて、したたかに描く、奥義を伝授。人気エッセイストが初めて明かす文章術。<読む前の大使寸評>おお 我がブログに面白い記事を書くうえで参考になるかも♪・・・ということでんな。rakutenエッセイ脳第2章でエッセイのハウツーが語られているので、見てみましょう。p48~51 <文章のはたらきに着眼>>■三種類の役割 第1章では、エッセイとは何か。それは自分の書きたいことを他者が読みたくなるように書くことだと述べました。また、エッセイにおけるテーマとは何か。テーマにおいて自分にしか書けないことを、とは考えない、エッセイは題材から発想する、テーマとは題材を思いつかせるきっかけ、連想の始動装置ととらえる、とも言いました。その題材は、起承転結における「転」であり、「ある、ある、へえーっ、そうなんだ」の「へえーっ」の部分、決められた字数のうちに、この「転」を中心に、どのように配置していくかといった、構成の話までしました。 この章ではまず、エッセイを成り立たせている文章を、おおまかに三種類に分けてとらえます。そして、それぞれの役割について考え、私が心がけていることを話します。 では、エッセイを成り立たせている三種類の文章とは、何か。始めに箇条書きします。 ①枠組の文 ②描写 ③セリフ 文章の分類法ではありません。書くときの自分の意識として、この三種類を意識しながらはたらかせています。 書く上で、「この文章は、今、どのはたらきをしているか」「このへんで、こういう役割をする文章を入れておく方がいい」などと考えながら配置していますが、その、はたらき、役割によって整理してみれば、この三つになるというものです。 ですので、似たような文章であっても、あるエッセイでは枠組としてはたらいているときもあり、あるエッセイでは、描写としてはたらいているときがあります。そうしたものでることを、前提として、以下の話を受け止めてください。 ①枠組の文 ひとことで言えば、説明です。状況をおおづかみして、読者に示す。どんなとき、どんなところ、何をしているといか。それらの状況を、読者にもおおづかみしてもらう、はたらきを持ちます。 話を前に進める役割もします。時間の進行を示す、人物が登場してきたならば、その人を簡単に紹介する。物が出てきたならば、同じくその物を簡単に紹介、場所が変わったのなら、その場所を同じく簡単に紹介する、こういった役割をしています。 ものごとやできごとの位置付けを押さえます。例えば、描写をした後で、描写しっ放しにせず、「つまりは、こういうことなんですよ」とまとめをした、念押しする。 テーマとの関わりを示すこともします。 すなわち、話のアウトラインを設定して、要所要所でポイントを示す。それが①の枠組の文です。 これは、小説ではあまり入れません。 ②描写 一般にも描写といわれるものです。そのはたらきは、さきほど、枠組の文では状況をおおづかみに示すと言いました。そのおおづかみされた状況の中味を、具体的に書き込むのです。(中略) ③セリフ おおざっぱに言えば、「」(かぎかっこ)で括られるようなもの。話し言葉。内心の声のこともあります。「」で括られるような、という言い方をしたのは、「」を使わない場合もあるためです。 このセリフの役割は、エッセイ全体に活気や臨場感を持たせること。 描写を補強する役割もあります。 枠組の文の中から、そこだけ抜き出して、印象を際立たせることもします。 さらに、エッセイ全体が単調になるのを防ぐ。枠組の文ばかり続いても、あるいは描写ばかり続いても、単調になりがちです。ところどころに、このセリフを入れることによって単調さをふせいで、読み手の負担を減らす効果も、あります。 評論では、あまり入れません。小説では多用します。小説は描写とセリフによって成り立つと、感じるほどです。
2020.09.21
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「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、印鑰さんは@、櫻井さんは*、西加奈子さんは♪で区別します)・反知性主義者たちの肖像・『沈黙する知性』韓国語版序文・書評・食いつめものブルース 山田泰司・書評・白井聡「武器としての「資本論」・『街場の親子論』のためのまえがき・パンデミックをめぐるインタビュー・ホ・ヨンソン『海女たち』書評・2020年度寺子屋ゼミ受講要項・『山本太郎から見える日本』から・『人口減社会の未来学』から・「サル化する世界」についてのインタビュー・映画『Workers被災地に起つ』神戸・元町映画館でのアフタートーク・週刊金曜日インタビュー・桜を見る会再論・『Give democracy a chance』2・『Give democracy a chance』1・沈黙する知性・China Scare・[週刊ポスト」問題について・『低移民率を誇る「トランピアンの極楽」日本の瀕死』・『ネット右翼とは何か』書評・『最終講義』韓国語版あとがき・『「そのうちなんとかなるだろう」あとがき』・『参院選にあたって』・『廃仏毀釈について』・『論理は跳躍する』・『「おじさん」的思考』韓国語版序文・『市民講座』韓国語版のための序文・空虚感を抱えたイエスマン・大阪万博という幻想・外国語学習について・大学院の変容・貧乏シフト・『知日』明治維新特集のアンケートへの回答・カジノについて・中国の若者たちよ、マルクスを読もう・『街場の憂国論』文庫版のためのあとがき・直言3月号「韓国の教育と日本のメディア」・人口減社会に向けて・時間意識と知性・Madness of the King・吉本隆明1967・大学教育は生き延びられるのか?・こちらは「サンデー毎日」没原稿・奉祝「エイリアン・コヴェナント」封切り・米朝戦争のあと(2件)・気まずい共存について********************************************************************内田先生かく語りき8目次(目次全文はここ)(その26):『反知性主義者たちの肖像』を追記『反知性主義者たちの肖像』より 反知性主義者たちはしばしば恐ろしいほどに物知りである。一つのトピックについて、手持ちの合切袋から、自説を基礎づけるデータやエビデンスや統計数値をいくらでも取り出すことができる。けれども、それをいくら聴かされても、私たちの気持ちはあまり晴れることがないし、解放感を覚えることもない。 というのは、この人はあらゆることについて正解をすでに知っているからである。正解をすでに知っている以上、彼らはことの理非の判断を私に委ねる気がない。「あなたが同意しようとしまいと、私の語ることの真理性はいささかも揺らがない」というのが反知性主義者の基本的なマナーである。「あなたの同意が得られないようであれば、もう一度勉強して出直してきます」というようなことは残念ながら反知性主義者は決して言ってくれない。彼らは「理非の判断はすでに済んでいる。あなたに代わって私がもう判断を済ませた。だから、あなたが何を考えようと、それによって私の主張することの真理性には何の影響も及ぼさない」と私たちに告げる。そして、そのような言葉は確実に「呪い」として機能し始める。というのは、そういうことを耳元でうるさく言われているうちに、こちらの生きる力がしだいに衰弱してくるからである。「あなたが何を考えようと、何をどう判断しようと、それは理非の判定に関与しない」ということは、「あなたには生きている理由がない」と言われているに等しいからである。 私は私をそのような気分にさせる人間のことを「反知性的」と見なすことにしている。 その人自身は自分のことを「知性的」であると思っているかも知れない。たぶん、思っているだろう。知識も豊かだし、自信たっぷりに語るし、反論されても少しも動じない。でも、やはり私は彼を「知性的」とは呼ばない。それは彼が知性を属人的な資質や能力だと思っているからである。だが、私はそれとは違う考え方をする。 知性というのは個人においてではなく、集団として発動するものだと私は思っている。知性は「集合的叡智」として働くのでなければ何の意味もない。単独で存立し得るようなものを私は知性と呼ばない。(以降、全文は内田先生かく語りき(その25)による)
2020.09.21
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<『サル化する世界』5>図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界古典の翻訳が語られているので、見てみましょう。p226~228 <母語こそが生む> 僕はおととし池澤夏樹さん個人編集の「日本文学全集」(河出書房新社)で、『徒然草』の現代語訳をやりました。高橋源一郎さんが『方丈記』、酒井順子さんが『枕草子』を訳して、僕が『徒然草』というライナップの巻です。池澤さんから依頼があったときに、『徒然草』なんて大学入試のときから読んでいないので、できるかなと思ったのですが、とにかく引き受けて、古語辞典を片手に1年かけて訳しました。 やってみたら結構訳せました。『徒然草』は800年前の古典なんですけれど、なんとか訳せた。そして、こういう言語的状況というのは、他の東アジアの諸国にはちょっと見られないじゃないかなと思いました。 古典を専門にしているわけでもない現代人が辞書一冊片手に古典を読んで、訳せるというようなことは中国でも、韓国でも、ベトナムでも、インドネシアでも、まず見ることのできない景色だと思います。 どうしてそんなことが可能なのか。それは日本語が大きな変化をこうむっていないからからです。明治維新後に、欧米から最新の学術的な概念とか政治や経済の概念が輸入されましたけれど、テクニカルタームを加藤弘之、西周、中江兆民、福沢諭吉といった人たちが片っ端から全部漢字ニ語に訳してしまった。natureを「自然」と訳し、societyを「社会」と訳し、individualを「個人」と訳し、philosophyを「哲学」と訳し・・・というふうにすべて漢字ニ語に置き換えた。これはたいした力業だったと思います。 こういうことができたのも、日本列島の土着語に中国から漢字が入って来たときも、現地語を排して、外来語を採用するということをせず、土着語の上に外来語を「トッピング」して、ハイブリッド言語をを作ることで解決した経験があったからです。 昔は「やまとことば」の上に中国語をトッピングして日本語を作った。ひらがなもカタカナも漢字から作った。明治になったら、今度は欧米由来の概念を漢訳して、それを在来の母語の上にトッピングして新しい日本語を作った。日本語はこういうことができる言語なんです。そのおかげで、日本は短期間に近代化を遂げることができた。 中国の近代化が遅れた理由の一つは、欧米の言語を音訳したからです。中国語そのものを変えることを望まなかった。欧米の単語を漢訳して、新しい単語を作るということは、中国語には存在しない概念が中国の外には存在するということを認めるということです。 これは世界の中心は中国であり、すべての文化的価値は中国を源泉として、四囲に流出しているのだという「中華思想」になじまない。だから翻訳しないで、そのまま音訳して中国語の言語体験に「トランジット」での滞在を認めただけで、言語そのものの改定を忌避した。 孫文はルソーの『民約論』を参考にして辛亥革命の革命綱領を起案したそうですけれど、孫文が用いたのは中江兆民の漢訳でした。兆民はフランス語から和訳と漢訳を同時に行ったのです。そういうことができた。土着語に漢語を載せるのも、土着語に欧米語を載せるのも、プロセスとしては同じことだったからです。 漱石も鴎外も荷風も、明治の知識人は漢籍に造詣が深かった。漱石はニ松学舎で漢学を学んだあと英語に転じます。漱石がイギリス文学と出会っても、それに呑み込まれることがなかったのは、英文学のカウンターパートに相当する深みのある文学的なアーカイブが自分の中にすでに存在していたからです。 すでに豊かな言語的資源を自分の中に持っていたからこそ、自在に新しい外国語に接することができた。だから、外国語を学ぶことと並行して、母語を深く学ぶ必要がある。そうしないと外国語に呑み込まれてしまう。知的なイノベーションで大きなハンディを背負うことになります。『サル化する世界』4:堤未果さんとの対談『サル化する世界』3:対独協力国だったフランス『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがき
2020.09.20
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図書館に予約していた『メーター検針員テゲテゲ日記』という本を、待つこと8ヵ月ほどでゲットしたのです。入荷待ちで予約の先客が12人もいたが・・・図書館側で副本を増やしたのかもね。【メーター検針員テゲテゲ日記】川島徹著、三五館シンシャ、2020年刊<「BOOK」データベース>より「あとで来てよ」「えっ」「あとで来いって言ってるだろう!」今日は332件ある。やっと82件目である。同じ家に二度も来るほどのんきなわけにはいかない。あんたね、こっちはそんなのんきな仕事をやっているんじゃないんだよ、と言いたかったが、指先は震えていた。-私は10年間を電気メーター検針員としてすごした。その経験を書いたのが本書である。<読む前の大使寸評>入荷待ちの新刊であっても、予約の先客が12人もいるのか・・・やや出遅れたか。<図書館予約:(7/10予約、9/18受取)>rakutenメーター検針員テゲテゲ日記検針員の仕事とはどんなものか、見てみましょう。p19~24<七つ道具:職務質問間違いなしの代物たち> 検針員はハンディを片手に、家々を一軒一軒しらみつぶしにバイクで、あういは自分の足で駆け回っている。 現場では電気メーターを探し、その指示数をハンディに入力し、「お知らせ票」を印刷してお客様の郵便受けに投函する。 入力したデータは夕方までにQ電力に持ちこまなければならない。検針したデータをホストコンピュータに引き渡すと同時に、翌日分の検針データをハンディに入れてもらう。 そのあと、さらに我々の直接の雇用主である錦江サービス興業に出向いて当日の業務終了の報告書を提出する。ここまでが電気メーター検針員の仕事である。 電気メーターは検針しやすいところにあるとは限らない。 だから電気メーターの検針員は“七つ道具”を持っている。 一般の人がカバンの中に忍ばしておこうものなら、まず素行を疑われ、警察官による職務質問間違いなしの代物である。 七つ道具のひとつが、伸縮自在の柄のついた検査鏡である。柄の長さはせいぜい50センチ。それでは使いものにならないから、自分で柄を継ぎたし150センチくらいにいたものであるが、高いところの電気メーターや、頭を入れることもできない狭いところに設置された電気メーターの検針に使うのである。 これは便利と思いきや、それがとんでもない。 鏡像は左右が反対に映る。計器番号も指示数も左右が反対に映る。(中略) 小型の双眼鏡も七つ道具のひとつ。 中学生のころ、テレビで「コンバット」という戦争ドラマを観たことがあったが、その中の双眼鏡を使う場面があまりに格好良くて、双眼鏡が欲しくてたまらなかった。検針の仕事で使い始めてこんなやっかいなものはないと思った。 ショルダーバックの中でかさばり、結構重い。そして計器番号や指示数の小さな数字にレンズを合わせ焦点を合わせるのが難しい。バイクで走り回っていた手は腱鞘炎状態で震える。冬場は寒さに体と指先が震える。 雨の日は最悪である。双眼鏡のレンズが濡れる、曇る、電気メーターのガラスが濡れている。雨滴がついていると8は3になり、6は8になり、7は1になり、9は7になる。もう無茶苦茶なのだ。 何度、えい、やっ、とばかりに検針したことか。 そして雨の日は薄暗い。 そこで500ルーメンの強力な小型ライトを使うのであるが、それがたいへんなことなのだ。双眼鏡と小型のライトを一緒に使わなければならないときは手が足りなくなるのだ。 両方を電気メーターの小さな数字に合わせるのである。もしその計器のガラスに雨滴がついているようものならお手上げである。そのときは、えい、やっ、でやるしかない。(中略) 誤検針をやり、「当日は雨で、ガラスが濡れており、しかも双眼鏡と小型のライトを使って検針したのです」と言っても言い訳にはにはならない。 錦江サービス興業の鹿島課長に、「他の人はちゃんとやっているじゃないですか。そんなことを言うのは川島さんだけじゃないですか。あと6件やったら、さきはなかですよ」といつものセリフで怒られるだけである。『メーター検針員テゲテゲ日記』1
2020.09.20
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<『メーター検針員テゲテゲ日記』1>図書館に予約していた『メーター検針員テゲテゲ日記』という本を、待つこと8ヵ月ほどでゲットしたのです。入荷待ちで予約の先客が12人もいたが・・・図書館側で副本を増やしたのかもね。【メーター検針員テゲテゲ日記】川島徹著、三五館シンシャ、2020年刊<「BOOK」データベース>より「あとで来てよ」「えっ」「あとで来いって言ってるだろう!」今日は332件ある。やっと82件目である。同じ家に二度も来るほどのんきなわけにはいかない。あんたね、こっちはそんなのんきな仕事をやっているんじゃないんだよ、と言いたかったが、指先は震えていた。-私は10年間を電気メーター検針員としてすごした。その経験を書いたのが本書である。<読む前の大使寸評>入荷待ちの新刊であっても、予約の先客が12人もいるのか・・・やや出遅れたか。<図書館予約:(7/10予約、9/18受取)>rakutenメーター検針員テゲテゲ日記冒頭の話が特に恐いので、見てみましょう。p12~14<激怒した若い男:引っ越し中の検針作業> 明和2丁目の家で引っ越しをやっていた。 荷物が搬入される玄関先に茶髪の若い男がいた。「けん、しん、でーす」 あわただしい様子に小声で挨拶して電気メーターのところに向かった。 引っ越し業者と話し、家の中に「おーい、あの書類」と叫んでいた茶髪の男に私の挨拶は聞こえなかったらしい。私のほうに目を向けた男は、「なに」と乱暴な声。いらいらし、いまにもキレそうなその目つきに不安を感じた。「け、検針です。電気メーターの」「あとで来てよ」「えっ」 玄関横の電気メーターの前で私は声を詰まらした。「あとで来てよ。忙しいんだよ」「み、見るだけですから」 同じ家に二度も来るほどのんきなわけにはいかない。 今日は332件ある。やっと82件である。それに電気メーターは目の前。私は右目を男に、左目を電気メーターの指示数に向けた。 あんたね、こっちはそんなのんきな仕事をやっているんじゃないんだよ、といいたかったが、指先は震えていた。「あとで来いって言ってるだろう。聞こえんとか!」 引っ越し業者の男性が気の毒そうに私を見た。「あとで来いって、わからんのか!」 同じ言葉をくり返した男の顔に激しい感情が広がっていた。 思わず後ずさった。引っ越しのいらだちのすべてを私に向けようとしている。いや、彼の人生のいらだちのすべてを私に向けようとしているのだ。 い、いま終わりますから。 私は左目で読みとった指示数を入力した。2964。 はたと指が止まった。 十の位は「6」ではなく「8」だったかもしれない。誤検針は始末書を書かなければならない。さらに現場での個別指導がある。年に10件もやるとクビになる。 いや、クビより身の安全のほうが先だ。十の位の間違いなど無視だ。 64だ。2964だ。現在70歳の著者は「私はこれからも書く。まだ書く。それが私の人生になったからだ」と言ってるそうで・・・生涯をかけた作品というか、まだ懲りないようでおます♪
2020.09.19
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「支離滅裂」でしょうか♪<市立図書館>・メーター検針員テゲテゲ日記・GOSICK RED(レッド)・エッセイ脳<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【メーター検針員テゲテゲ日記】川島徹著、三五館シンシャ、2020年刊<「BOOK」データベース>より「あとで来てよ」「えっ」「あとで来いって言ってるだろう!」今日は332件ある。やっと82件目である。同じ家に二度も来るほどのんきなわけにはいかない。あんたね、こっちはそんなのんきな仕事をやっているんじゃないんだよ、と言いたかったが、指先は震えていた。-私は10年間を電気メーター検針員としてすごした。その経験を書いたのが本書である。<読む前の大使寸評>入荷待ちの新刊であっても、予約の先客が12人もいるのか・・・やや出遅れたか。<図書館予約:(7/10予約、副本1、予約12、入荷待ち)>rakutenメーター検針員テゲテゲ日記************************************************************【GOSICK RED(レッド)】桜庭一樹著、KADOKAWA、2013年刊<「BOOK」データベース>より時は1930年代初頭、ニューヨーク。超頭脳“知恵の泉”を持つ少女ヴィクトリカは探偵事務所を構え、久城一弥は新聞社で働いている。街は好景気に沸き、禁酒法下の退廃が人々を闇へと誘う。ある日、闇社会からの依頼人がヴィクトリカを訪れ、奇怪な連続殺人の解決を依頼する。一方、一弥は「心の科学で人々の精神的外傷を癒やす」という精神分析医のもとに取材に向かっていた。やがてすべての謎はひとつに繋がり、恐るべき陰謀が姿を現すー。新シリーズスタート!!<読む前の大使寸評>追って記入rakutenGOSICK RED(レッド)************************************************************【エッセイ脳】岸本葉子著、中央公論新社、2010年刊<「BOOK」データベース>より言葉の選び方、書き出しの心得、起承転結の「転」を利かし書き手の「ええーっ」を読み手の「へえーっ」に換える極意とは?しなやかに感じて、したたかに描く、奥義を伝授。人気エッセイストが初めて明かす文章術。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenエッセイ脳************************************************************図書館大好き445
2020.09.19
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界堤未果さんとの対談「人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題」が興味深いので、見てみましょう。p283~287 <「老後2000万円」問題に隠された思惑>内田:人口減少社会で年金制度が持続できるか不安視する声が高まっています。最近、金融庁が発表した「老後2000万円不足」問題がネット上でも話題になりました。麻生(太郎、財務)大臣は「報告書読まない、受け取らない」として問題をもみ消そうとしていますが、そもそも「100年安心」を掲げていたことに無理があった。この先の人口減少を考えたときに、よくこんな嘘をつけたなと思います(笑)。 とりあえず「向こう15年くらいは安心」あたりを目指し、状況が変わったら、そのつど新しいファクターを取り込むことのできる、フレキシブルで復元力のあるシステムを作った方がよほど現実味があったんですけどね。 堤:現行の年金制度は、経済成長し続けることが前提で設計されている上に、当初より平均寿命も20年以上伸びている。あのとき予想していなかった少子高齢化など、状況が大きく変わっているのにどの政権も触りたがらず、ずっと後回しにしてきましたね。 恩恵を受けている高齢世代が高投票率で、しわ寄せを若年層の投票率が低い状況が、この問題をさらに悪化させています。選挙前のこの時期に触るなと言わんばかりに、大臣が報告書を受取拒否して炎上する姿はまさに象徴的でした。 本当は今のライフスタイルも社会制度も根本的に考え直さなければいけない、この国にとってとても重要なテーマなのに、政治的にごまかされてしまう。2007年の選挙では「消えた年金」問題が争点になりましたが、あれもうやむやのままですよね。内田:消えた年金といえば、僕が大学を退職するとき総務に年金の資料をもらいにいったら、神戸女学院時代の21年分しか記録がなくて、それ以前の、会社で5年間、都立大の助手を8年間やっていた期間の支払いがすべて消えていたのには驚きました。「どうすればいいの?」って訊いたら、「在職して年金を払っていたという証明書をもらってきて、手続きしないとダメでしょうね」っていうんです。「でも、僕の勤めていた大学、もうなくなっちゃたんですけど・・・」(笑)。そういう場合はどこに行ったらいいのか訊いても、「さあ・・・」といわれて。冷たいもんですよ(笑)。めんどくさいので、僕、年金貰ってないんです。 堤:ひどい・・・信じられない話ですね、最後の結論が潔いけれど(笑)。「記録が消える」「統計ミス」などは国の機関にとって重大な欠陥ですが、その後も年金データの処理が下請けの外国企業に委託されるなど、ずさんな扱いをしているのが気になります。 2000万円問題に戻ると、あの報告書を読むと、高齢夫婦無職世帯の平均貯蓄額は2484万円と書かれていますが、平均だから当然その中に格差があり、2000万円という数字だけ見るとゾッとしますよね。 厚生年金加入者が2000万円なら国民年金は5000万円以上足りなくなるなど、国民が不安になったところに金融庁から「とにかく早い段階から資産形成を」と促されている。金融庁の本命はあの部分でしょう。内田:今の高齢者はある程度の個人資産を持っているかもしれないけれど、現役世代が普通に働いて2000万円貯めるのは難しいと思います。定期預金の金利はほぼゼロですから、貯金してたら資産形成なんてできない。だから、あれは要するに「株や不動産を買って、投機的なふるまいをしろ」って国民を脅しつけているってことですよね。一般市民を賭場に引きずり出して来て、「さあ、張った張った」と煽っている。堤:NISAの優遇措置をはじめ、政府はこれまで金融分野の法改正を進め、なかなか預貯金を移し替えない一般国民が投資いやすい環境を整えてきました。金融リテラシーは確かに必要ですが、問題は、財界や投資家と政府の距離が近すぎること。投資を促したい人たちに金融庁が協力し、そこが出した平均値が一人歩きして老後不安が煽られている。『サル化する世界』3:対独協力国だったフランス『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがき
2020.09.18
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界「比較敗戦論のために」で対独協力国だったフランスが述べられているので、見てみましょう。p140~143 <対独協力国だった歴史的事実の否認> フランスの場合は、ヴィシーについてはひさしく歴史的研究そのものが抑圧されていました。先ほど名前が出ましたベルナール=アンリ・レヴィの『フランス・イデオロギー』はヴィシーに流れ込む19世紀20世紀の極右思想史研究ですが、この本が出るまで戦後44年の歳月が必要でした。 刊行されたときも、保守系メディアはこれに集中攻撃を加えました。「なぜせっかくふさがった『かさぶた』を剥がして、塩を塗り込むようなことをするのか」というのです。それからさらに30年近くが経ちますが、ヴィシー政府の時代にフランスが何をしたのかについての歴史的な研究は進んでいません。 ナチスが占領していた時代のフランス人は何を考え、何を求めて、どうふるまったのか。いろいろな人がおり、いろいろな生き方があったと思います。それについての平明な事実を知ることが現代のフランス人には必用だと僕は思います。ド・ゴールが言うように「自分自身に対して抱く評価」を基礎づけるために。 でも、それが十分に出来ているように僕には思えません。フランスの場合は「敗戦の否認」ではなく、対独協力国だった歴史的事実そのものが否認されている。その意味では、あるいは日本より病が深いかもしれない。 本来なら、ヴィシー政府の政治家や官僚やイデオローグたちの実態を吟味して、「一体、ヴィシーとは何だったのか、なぜフランス人は民主的な手続きを経てこのような独裁性を選択したのか」という問いを徹底的に究明すべきだったと思います。 でも、フランス人はこの仕事をネグレクトしました。 ヴィシー政府の要人たちに対する裁判もごく短期間のうちに終えてしまった。東京裁判やニュルンベルグ裁判のように、戦争犯罪の全貌を明らかにすということを抑制した。ペタン元帥や首相だったピエール・ラヴァルの裁判はわずか1ヶ月で結審して、死刑が宣告されました。 裁判は陪審員席からも被告に罵声が飛ぶというヒステリックなもので、真相の解明というにはほど遠かった。この二人に全責任を押しつけることで、それ以外の政治家や官僚たちは事実上免責されました。そして、この「エリートたち」はほぼそのまま第四共和制の官僚層に移行する。 レヴィによれば、フランスにおいて、ヴィシーについての歴史学的な検証が進まなかった最大の理由は、ヴィシー政府の官僚層が戦後の第四共和制の官僚層を形成しており、彼らの非を細かく咎めてゆくと、第四共和制の行政組織そのものが空洞化するリスクがあったからだということでした。 事情を勘案すれば、フランス政府が、国家的選択として対独協力していたわけですから、それをサボタージュした官僚はうっかりするとゲシュタポに捕まって、収容所に送られるリスクがあったわけです。組織ぐるみの対独協力をせざるを得なかった。だから一罰百戒的に、トップだけに象徴的に死刑宣告を下して、あとは免罪して、戦後の政府機構に取り込むことにした。それは当座の統治システムの維持のためには、しかたなかったのかも知れません。 ですから、ヴィシーについての歴史学的な実証研究が始まるのは、この官僚たちが引退した後になります。1980年代に入って、戦後40年が経って、ヴィシー政府の高級官僚たちが退職したり、死んだりして、社会的な影響がなくなった時点ではじめて、最初は海外の研究者たちが海外に流出していたヴィシー政府の行政文書を持ち出して、ヴィシー研究に手を着け始めた。フランス人自身によるヴィシー研究は『フランス・イデオロギー』が最初のものです。戦争が終わって44年後です。 「ヴィシーの否認」は政治的に、意識的に、主体的に遂行された。でも、そのトラウマは別の病態をとって繰り返し回帰してきます。僕はフランスにおける「イスラモフォビア」(イスラム嫌悪症)はそのような病態の一つではないかと考えています。 フランスは全人口の10%がムスリムです。ニースで起きたテロ事件で露呈したように、フランス社会には排外的な傾向が歴然と存在します。大戦後も、フランスは1950年代にアルジェリアとベトナムで旧植民地の民族解放運動に直面したとき、暴力的な弾圧を以って応じました。 結果的には植民地の独立を容認せざるを得なかったのですが、独立運動への弾圧の激しさは、「自由・平等・博愛」という人権と民主主義の「祖国」のふるまいとは思えぬものでした。そんなことを指摘する人はいませんが、これは「ヴィシーの否認」が引き起こしたものではないかと僕は考えています。「対独協力を選んだフランス」、「ゲシュタポと協働したフランス」についての十分な総括をしなかったことの帰結ではないか。『サル化する世界』2:China Scare―中国が怖い『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがき
2020.09.18
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朝夕には、裏山沿いのケヤキ並木をメジロやシジュウカラが群れになって猛スピードで飛びまわっております。裏山のメジロやシジュウカラは留鳥なのか漂鳥なのか?・・・どうも留鳥のようですね。書斎から見えるケヤキ並木を訪れる留鳥を眺めるのが、太子のものぐさ「留鳥ウォッチング」でおます。メジロwikipediaで「留鳥」を見てみましょう。wikipedia留鳥より【日本の代表的な留鳥】カワラバトキジバトメジロハシブトガラススズメキジヤマドリフクロウウグイス正調バードウォッチングに最適な『野山の鳥 観察ガイド』を紹介します。【野山の鳥 観察ガイド】市田則孝(監修)、ネイチャーネットワーク、2004年刊<「BOOK」データベース>より本書は、野鳥との出会いを紹介した本。登山やハイキングの途中で野鳥の姿や鳴き声に出会ったときの、「なんという鳥だろう?」という素朴な疑問に基づいて解説した。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、二階の窓からよく見かけるシジュウカラ、メジロ、ウグイスが載っています。駅前でハトとスズメの仕草を眺めることが多くなったこともあり…バードウォッチングに最適というか、老人向けの1冊でおます♪amazon野山の鳥 観察ガイド『野山の鳥 観察ガイド』1:シジュウカラ『野山の鳥 観察ガイド』2:メジロ『野山の鳥 観察ガイド』3:カッコウこの本も鳥の本あれこれに収めておくものとします。
2020.09.17
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図書館で『漱石のパリ日記』という本を、手にしたのです。夏目漱石といえば、ロンドン修業で苦労した作家という認識である。その漱石さんがパリ万博を見に行ったそうで、興味深いのでおます。♪【漱石のパリ日記】山本順二著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より百年以上前のパリ万博の年、国民的作家になる前の漱石は、花の都で誰に会い、何を見たか。当時のパリの街の様子や雰囲気を再現する。<読む前の大使寸評>夏目漱石といえば、ロンドン修業で苦労した作家という認識である。その漱石さんがパリ万博を見に行ったそうで、興味深いのでおます。♪rakuten漱石のパリ日記漱石の見たパリ万博はどんなだったか・・・見てみましょう。p40~43<10月22日(月)> 漱石はパリの第一夜をどのように過ごしただろうか。さすがに疲れていてぐっすりと眠ったことだろう。22日午前8時の気温は5度まで下がったが天気は良かった。朝食後、漱石は一人で日本公使館に向かった。現在の日本大使館(1906年に公使館から)は凱旋門の北東約七百メートルのオッシュ通りにあるが、1900年当時の公使館は、凱旋門の南約ニ百メートルのマルソ通り75番地にあった。漱石の宿から歩いて行ける距離で、現在も同番地にあたる角地に古い大きな建物があり、恐らくこの建物の一部を間借りしていたのだろう。 漱石は、二等書記官の安達峰一郎を訪ねたのだが、あいにく不在で、近くの安達お家に回ったが、ここでも会えなかった。そこで、洋画家の浅井忠を訪ねたがこちらも外出中。やむをえずいったん宿に帰り、芳賀たちと一緒に近くのヴィクトル・ユゴー通りで昼食を取った後、午後二時ごろから渡辺薫之介の案内で万国博見物に繰り出した。 行動開始は遅かったが、漱石たちの宿から万国博会場の入口の一つがあるトラカデロ宮までは徒歩十分ほどの距離で見物の時間はまだ十分残されていた。 1900年パリ万国博の会場配置図を見ると、パリ市内の主会場は四地区に分かれていた。エッフェル塔と陸軍士官学校の間のシャン・ド・マルス地区が最も広く、セーヌ川を挟んで対岸がトラカデロ地区。1.5―2キロ上流に、やはりセーヌ川を挟んでアンヴァリッド地区とシャンゼリゼ地区が向き合っていて、この間のセーヌ川両岸も会場として使われていた。 会場面積は資料によって微妙に異なるが『仏政府報告書』によれば、この主会場が計113ヘクタールで、建築面積は57ヘクタール。別にパリ市東郊のヴァンセンヌの森に、農業や労働者用住宅、鉄道関係の展示をした111ヘクタールの副会場があり、ここでは後に見るようにスポーツ競技会も開かれた。計224ヘクタールの会場面積はパリでほぼ十年ごとに開かれてきた万国博覧会でも空前の規模だった。 パリ市内の主会場のうちのセーヌ川左岸のシャン・ド・マルスとアンヴァリッド両地区には、主催のフランス側が建てた巨大な本館があった。テーマごとに教育、農業、化学、機械、電気、工芸館などに分かれていて自国と諸外国の展示品を一堂に陳列した。さらに、参加各国がそれぞれのお国ぶりを発揮して建てた特別館、各種のアトラクションを有料、無料で提供した大小様々な娯楽施設があり、レストラン、カフェ、種々の売店なども建ち並んでいた。輝かしい発展を遂げた19世紀の終幕を飾るのにふさわしい広大で豪華な祝祭空間だった。(中略) この空前の国際イベントに極東の日本も進んで参加した。明治政府としては1873年のウィーン万国博以来、国力の発展に自信を深め、各国万博に積極的に参加してきたが、この「千九百年巴里万国博覧会」にあたっては、開幕の四年前に農商務省「臨時博覧会事務局」を設置して準備を進めた。総裁は歴代の農商務大臣が努め、実務の指揮は事務官長があたった。
2020.09.17
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図書館で『古典を読んでみましょう』という新書を、手にしたのです。橋本治さんといえば、パソコンを使わず原稿を手書きしたとのことで、アナログ老人の鑑のような存在でおましたなぁ♪【古典を読んでみましょう】橋本治著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりえっ、浦島太郎はじいさんじゃなくて、鶴になったの?一寸法師はじつは性格が悪くてやりたい放題だった?日本の古典は自由で、とても豊かだ。時代によっていろいろある古典が、これで初めてよくわかる。【目次】「古典」て、なんでしょう/古典を読んでみましょう/ちょっと意地悪な樋口一葉/和文脈の文章と漢文脈の文章/日本語は不思議に続いている/はっきりした説明をしない小野小町/春はどうして「曙」なのか?/分からないものを読んでもよく分からない/亀の恩返し/古典を読んだ方がいい理由/今とは違うこと/意外に今と同じこと/歴史はくるくると変わる/日本語が変わる時/人の声が言葉を作る/漢文の役割/『日本書紀』の読み方/王朝の物語を読んでみましょうrakuten古典を読んでみましょう「16章 漢文の役割」で平家物語が語られているので、見てみましょう。p200~204<漢文が必要だった理由> そもそもの『平家物語』は「目で読むもの」でした。そのはずです。それが琵琶法師のおかげで広く知られるようになったのでしょうが、『平家物語』以前の琵琶法師が語らない平安時代の物語―たとえば『源氏物語』だって、「読むもの」であると同時に「聴くもの」でした。 お姫様のために、お付きの女房がテキストを読んで、お姫様はそれを聴く。あるいは、絵巻物として描かれた絵をお姫様が見て、お付きの女房が紙芝居のように、そこの部分のテキストを読むということをしていました。読まれるのを聴くものだから、あまり漢字が必要ではない。だから「物語」というものは、漢字抜きのかなの文字で書かれていたのですね。耳で聴いてしまえば、漢字もかなも同じですから。 今の日本語の文章は、『平家物語』や『徒然草』以来の和漢混交文ですから、別に不思議とは思わないかもしれませんが、そもそも和漢混交文というのは大変なものです。なにしろそれは、「耳で聴く音だけのもの」に対して、漢字を充てはめて行く―耳で聴いてもよく分からない、漢字表現を加えて行くことだからです。 その初め、日本には文字がありませんでした。言葉の音だけがあって、それを書く文字がないので、中国から来た文字―漢字を使って日本語を書きました。そのやり方も二通りで、『日本書紀』 のようなものは、中国語の通りの漢文表現で、日本のことを記述しようとしました。 これに対して、『古事記』や『万葉集』は、漢字の持つ「音」だけを利用して、話されている日本語をそのまま記述しようとしました。それが「万葉がな」で、「音だけのものを文字にする」という点では、和漢混交文は『古事記』や『万葉集』と同じなのです。 漢字からは、やがてかな文字が生れます。かなの文字で文章が書けるようになってしまった言葉の意味をはっきり伝える漢字は、まだここにはありません。和漢混交文の以前に、日本語は漢字による「漢文」と、かなの文字による「和文」の二つに分かれて発達して来ました。漢文は公式文書を書くのに使い、和文は「公式」とは関係ない和歌や物語を書くために使われました。だから、「漢文はちゃんとしていなければいけないが、意味をはっきりさせる漢字がほとんどない和文は曖昧でもいい」というようなことになってしまったのです。(中略) 前回に私は、「『平家物語』にはいくつものテキストがある」と言いましたが、実はそのいくつものテキストの中に「漢文で書かれた『平家物語』」もあるのです。「四部合戦状本」と言われるものですが、これは漢文です。 ≪祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり≫で始まる『平家物語』は、こうしてしまえばもう漢文です―≪祇園精舎声鐘、諸行無常有響≫『古典を読んでみましょう』2:『愚管抄』『古典を読んでみましょう』1:和文脈と漢文脈
2020.09.16
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<『古典を読んでみましょう』2>図書館で『古典を読んでみましょう』という新書を、手にしたのです。橋本治さんといえば、パソコンを使わず原稿を手書きしたとのことで、アナログ老人の鑑のような存在でおましたなぁ♪【古典を読んでみましょう】橋本治著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりえっ、浦島太郎はじいさんじゃなくて、鶴になったの?一寸法師はじつは性格が悪くてやりたい放題だった?日本の古典は自由で、とても豊かだ。時代によっていろいろある古典が、これで初めてよくわかる。【目次】「古典」て、なんでしょう/古典を読んでみましょう/ちょっと意地悪な樋口一葉/和文脈の文章と漢文脈の文章/日本語は不思議に続いている/はっきりした説明をしない小野小町/春はどうして「曙」なのか?/分からないものを読んでもよく分からない/亀の恩返し/古典を読んだ方がいい理由/今とは違うこと/意外に今と同じこと/歴史はくるくると変わる/日本語が変わる時/人の声が言葉を作る/漢文の役割/『日本書紀』の読み方/王朝の物語を読んでみましょうrakuten古典を読んでみましょう「14章 日本語が変わる時」が興味深いので、見てみましょう。p172~176<「時代は変ったのだ」と言う『愚管抄』> 平安時代―特に摂関政治の時代は「女の時代」です。それが院政の時代になると「男の時代」に変わってしまって、源平の合戦に象徴されるような「合戦の時代」にもなります。鎌倉時代になって、天台宗のトップだった大僧正慈円という人は『愚管抄』という歴史の書物を書きますが、そこで慈円は「時代ははっきりと変った」と言っています・・・。≪保元元年七月二日鳥羽院うせさせ給ひて後、日本国の乱逆と云ふことは起りて後、武者の世になりける也≫ 保元元年というのは、白河天皇が息子の幼い堀川天皇に譲位をして上皇になって院政を始めてから七十年後の、1156年です。慈円は「そこから≪武者≫の世の中になったのだ」と言っていますが、それまで平和で波風の立たなかった京の都に合戦が起こるようになって、世の中が変わってしまうのです。 保元元年に起こった合戦が保元の乱で、その三年後には平治の乱が起こります。初めは都の貴族達の争いだったのに、都にいた武士達がそこに巻き込まれ、二度の合戦となって、その末に平清盛が勢力を確立します。 繁栄の平家が源氏と戦って敗れ、壇の浦の海に沈むのは、≪武者の世≫となった保元の乱の二十九年後ですが、もちろんそれで≪武者の世≫が終わりになるわけではありません。平家が倒れて源頼朝が鎌倉に幕府を開くので、≪武者の世≫はまだ続き、合戦の時代もまだ続いてしまいます。 慈円の言う≪武者の世になりける也≫は、単純に「武士の時代になった」ということだけではありません。その前に≪日本国の乱逆と云ふことは起りて≫と言っています。≪乱逆≫というのは、「謀反」とか「反逆」ということで、ただの合戦=戦闘ではありません。 保元の乱は、後白河天皇とその兄の崇徳上皇を中心とする二つの都の貴族勢力のぶつかり合いですが、慈円はこれを≪≫と言います。 (中略)≪武者の世≫になったのが1156年で≪乱逆≫の種が消えてしまう承久の乱は1221年ですが、その承久の乱の頃は文化の転換期でもあるのです。どういう転換期なのかと言うと、その後の日本語の文章の原型となる、漢字とかながまじり合って存在する和漢混交文が登場するのが、承久の乱の少し前の頃だからです。 和漢混交文による代表的な作品と言われる『平家物語』が登場するのはこの時代で、保元の乱や平治の乱を題材にした『保元物語』『平治物語』もやはり和漢混交文で、承久の乱が起こる前の時期に書かれたと考えられています。先程から話題にしている『愚管抄』も、やはりこの時期に書かれた和漢混交文によるものです。 慈円自身は≪かなにて書く≫と言っていますが、『愚管抄』は漢字とかなの入りまじった和漢混交文で、「なぜそういうものが出来上がったのか?」という、当たり前の、しかし考えてみるとよく分からない理由を、慈円は『愚管抄』の中でちゃんと書いています。慈円によればそれは、「みんなが勉強をしなくなって、文章の読解力がなくなったから」です。<みんなが勉強をしなくなって日本語が変わる> 承久の乱を前にして書かれた『愚管抄』は、「このままでは危ないことになりますよ」と言わんとして、それまでの日本の歴史を書く本です。歴史というものは、本来漢文で書かれるものでした。慈円はもちろん、漢文が読めて漢文が書ける人です。なにしろ、お経というものは漢字だけで書かれているもので、天台宗のトップで大僧正という地位を得ている慈円に、それが出来ないわけはありません。 でも、「正統なる歴史書は漢文で書かれるものだ」と知っているくせに、慈円は和漢混交文で歴史の本を書いたのです。 それは、みんなにこれまでの日本の国の歴史―つまりは「天皇とその治世のあり方」を知ってもりたいからで、鎌倉時代になってニ、三十年がたってしまった世の中には、ちゃんとした漢文が読める能力を持つ人間が減ってしまっていたのです。だから、それまでは普通に歴史を語って来た後で、あとがきのようにしてこんなことを言っています―。『古典を読んでみましょう』1:和文脈と漢文脈(笑)
2020.09.16
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図書館で『書き出し「世界文学全集』という本を、手にしたのです。柴田元幸さんが選ぶ世界文学(目次参照)がなかなかのもので、期待できそうでおます♪【書き出し「世界文学全集】柴田元幸著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>より“書き出し”だけで、世界の名作一気読み!あの“柴田訳”の「新訳」で、なんと全73作品。【目次】書き出し「イギリス文学」篇/書き出し「アメリカ文学」篇/書き出し「重訳で読む世界文学」篇/書き出し「英米児童文学」篇/書き出し「英米怪奇幻想」篇/書き出し「英米詩」篇/書き出し「序文」篇<読む前の大使寸評>柴田元幸さんが選ぶ世界文学(目次参照)がなかなかのもので、期待できそうでおます♪rakuten書き出し「世界文学全集重訳で読む『源氏物語』を、見てみましょう。Arthur Waley訳から柴田元幸訳への重訳ということでんな。p127~1291 Arthur Waleyによる英訳(1929)から重訳 ある天皇の宮廷において(1929)、衣裳と寝室に携わる多くの淑女たちのなかで、地位はあほど高くなかったもののほかの誰よりも深い寵愛を受けた女性がいた。 そのため、自分が選ばれればと密かに望んでいた宮殿の貴婦人らは、自分たちの夢を霧散させたこの成り上がりを蔑みと憎しみの目で見た。彼女の元の仲間である、衣裳の仕事に携わる下級の女性たちにとっても、彼女が自分らよりはるか上にのぼったことことはそれ以上に面白くない話だった。 かくして、宮廷での彼女の立場は、圧倒的なものではあったものの、彼女を不断の嫉妬と悪意にさらすこととなった。まもなく、狭量な意地悪にほとほと疲れて、健康も衰えてゆき、気持ちもひどく憂いがちになって、頻繁に自宅に籠もるようになっていった。 だが天皇は、もはや元気でも陽気でもなくなった彼女に嫌気がさすどころか、日に日にますます情愛を深め、彼を咎める者たちの言葉にも耳を貸さず、ついにはその振舞いが国中の噂となるに至った。直臣や廷臣までが、無分別と言うほかない寵愛を正視しえなくなった。 彼らは仲間内で、海の向こうの国ではまさにこうした出来事が反乱と災厄につながったのだと囁きあった。事実この国の民も、じきに不平の種を数多く持つようになった。唐の玄宗皇帝の愛人であった楊貴妃に彼女をなぞらえる者もいた。にもかかわらず、不満は募っても、主人の愛が彼女を護ってくれる力は絶大であったから、誰も表立って彼女を苛みはしなかった。2 Edward Eidenstickerによる英訳(1976)から重訳 ある治世に、地位は最高ではないもののほかの誰よりも天皇に愛された女性がいた。高い野心を抱く位の高い女性たちは、彼女のことを生意気な成り上がり者と考え、位の低い女性たちはそれ以上に憤慨した。彼女がやることはすべて誰かを怒らせた。 そうした事態を身をもって感じたのであろう、彼女は重い病を患い、宮廷よりも自宅で過ごす時間が多くなった。天皇の憐れみと情愛はとどまるところを知らなかった。もはや女性たちや廷臣たちに何を言われようと構わずに、あたかも噂話をわざわざ煽るかのように天皇はふるまった。 宮廷の者たちは、向こう見ずなのぼせ上がりとしか思えぬものを、大いなる不安とともに見守った。中国でも、まさにそういう分別を忘れた情熱が帝の没落をもたらし、国中に混乱を広めたのである。 憤りの念が高まるにつれて、件(くだん)の女性を批判するために楊貴妃の先例が何より頻繁に引き合いに出された。煩わしいことは多かったが、愛の比類なき恵み深さに助けられて彼女は生き延びた。『書き出し「世界文学全集』2:『不思議の国のアリス』『書き出し「世界文学全集』1:『ガリヴァー旅行記』
2020.09.15
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図書館で『書き出し「世界文学全集』という本を、手にしたのです。柴田元幸さんが選ぶ世界文学(目次参照)がなかなかのもので、期待できそうでおます♪【書き出し「世界文学全集】柴田元幸著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>より“書き出し”だけで、世界の名作一気読み!あの“柴田訳”の「新訳」で、なんと全73作品。【目次】書き出し「イギリス文学」篇/書き出し「アメリカ文学」篇/書き出し「重訳で読む世界文学」篇/書き出し「英米児童文学」篇/書き出し「英米怪奇幻想」篇/書き出し「英米詩」篇/書き出し「序文」篇<読む前の大使寸評>柴田元幸さんが選ぶ世界文学(目次参照)がなかなかのもので、期待できそうでおます♪rakuten書き出し「世界文学全集ジョン・テニエルの挿絵太子のミニブームともいえる『不思議の国のアリス』を、見てみましょう。p153~155第1章 ウサギの穴のなかへ 川べりでお姉さんのそばにすわって、何もすることがないものだから、アリスはすごくたいくつになってきました。一度か二度、お姉さんが読んでいる本をのぞいてみまいたが、本には絵もおしゃべりもぜんぜんありません。「絵もおしゃべりもない本なんて、いったいなんになるの?」とアリスは思いました。 そこでアリスは、頭のなかで、(暑い日だったのですごく眠くなったし、頭もぜんぜんはたらかない気がしたけれど、そこをなんとかがんばって)ヒナギクの花輪をつくるのもたのしそうdけどわざわざめんどうかなあ、などと思案していましたが、おのときいきなり、ピンクの目をした白ウサギが一匹、すぐ目の前を走っていったのです。 すごくびっくりするようなところは、べつに何もありません。ウサギがひとりごとみたいに「たいへん!たいへん! 遅れちゃう!」と言うのを聞いても、そんなにすごくさわぐことじゃないとアリスは思いました(あとでよくよく考えてみたときには、あれはビックリ仰天すべきだったんだなと思いあたりましたが、とにかくそのときは、何もかもあたりまえって感じがしたのです)。 けれど、あろうことかウサギがチョッキのポケットから懐中時計を取りだして、文字盤を見て、そそくさと先へ行くのを見ると、アリスはがばっと立ち上がりました。チョキにポケットがあって、しかもそこから取りだす時計まであるウサギなんて、はじめて見るぞという思いが頭をよぎったのです。 いったいどうなっているんだろう、とアリスは興味しんしん、ウサギを追いかけて野原を駆けていき、そして、ウサギが生垣の下にある大きなウサギの穴にひょいと飛びこむのを、かろうじて見とどけたのでした。 次のしゅんかん、アリスもウサギを追って、穴に(いったいどうやってまた穴から出るかなんてことは考えもせずに)入っていきました。 ウサギの穴は、しばらくのあいだトンネルみたいにまっすぐのびていましたが、やがていきなり一気に下向きになって、それがあんまりいきなりだったものだから、止まろうかなどと考える間もなく、すごく深い井戸みたいなところをアリスは落ちていきました。 井戸がものすごく深いのか、それともアリスがすごくゆっくり落ちているのか、とにかくアリスには、落ちながら周りを見まわして次はいったいどうなるのかしらと思案する時間がたっぷりありました。 まず、この先に何が控えているかと下を見てみましたが、何ぶんすごく暗くて、なんにも見えません。『書き出し「世界文学全集』2:『書き出し「世界文学全集』1:
2020.09.15
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「書評集」でしょうか♪<市立図書館>・装丁・装画の仕事・書き出し「世界文学全集」・漱石のパリ日記<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【装丁・装画の仕事】日本図書設計家協会編、玄光社、2019年刊<出版社>より日本図書設計家協会編集による『Workbook on Books』シリーズの2019年度版。今回は全体を二部構成に。第一部は、特集企画。カバーデザインを創出する過程での「発想」「素材」「モチーフ」などを、カテゴリー別に収拾して撮影し、新機軸の視点にて装丁の真価を俯瞰する企画です。第二部は、従来の個人単位での作品頁。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/05予約、副本4、予約0)>rakuten装丁・装画の仕事************************************************************【書き出し「世界文学全集】柴田元幸著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>より“書き出し”だけで、世界の名作一気読み!あの“柴田訳”の「新訳」で、なんと全73作品。【目次】書き出し「イギリス文学」篇/書き出し「アメリカ文学」篇/書き出し「重訳で読む世界文学」篇/書き出し「英米児童文学」篇/書き出し「英米怪奇幻想」篇/書き出し「英米詩」篇/書き出し「序文」篇<読む前の大使寸評>追って記入rakuten書き出し「世界文学全集************************************************************【漱石のパリ日記】山本順二著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より百年以上前のパリ万博の年、国民的作家になる前の漱石は、花の都で誰に会い、何を見たか。当時のパリの街の様子や雰囲気を再現する。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten漱石のパリ日記************************************************************図書館大好き444
2020.09.14
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図書館に予約していた『雪の練習生』という本を、待つこと1週間ほどでゲットしたのです。ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。【雪の練習生】多和田葉子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>よりサーカスの花形から作家に転身し、自伝を書く「わたし」。その娘で、女曲芸師と伝説の「死の接吻」を演じた「トスカ」。さらに、ベルリン動物園で飼育係の愛情に育まれ、世界的アイドルとなった孫息子の「クヌート」。人と動物との境を自在に行き来しつつ語られる、美しい逞しいホッキョクグマ三代の物語。<読む前の大使寸評>ホッキョクグマ三代の物語とのことで、興味深いのでおます。<図書館予約:(8/01予約、8/08受取)>rakuten雪の練習生この本の冒頭部あたりの語り口(続き)を、見てみましょう。p8~10祖母の退化論 ものを書くというのは不気味なもので、こうして自分が書いた文章をじっと睨んでいると、頭の中がぐらぐらして、自分がどこにいるのか分からなくなってくる。わたくしは、たった今自分で書き始めた物語の中に入ってしまって、もう「今ここ」にはいなくなっている。眼を上げてぼんやり窓の外を見ているうちに、やっと「今ここ」に戻ってくる。でも「今ここ」って一体どおだろう。 夜も更けて、ホテルの窓から外を見ると、前の広場が舞台のように見える。街灯の明かりがスポットライトのように地面を円形に照らしている。その光の輪を斜めに刺し切って猫が一匹横切っていった。観客はいない。あたりは静まりかえっている。 その日は会議があって、会議が終わってから参加者全員、豪勢な食事に招かれた。ホテルの部屋に戻ってまず、ごくごく水を飲んだ。ニシンのオイル漬けの味が歯の間に残っている。鏡を見ると、口のまわりが赤く汚れている。赤カブかもしれない。根菜は苦手だけど、脂の目玉がたくさん浮いた濃い紅色のボルシチならば肉のうまみに導かれておいしく飲める。 ホテルのベッドに腰かけると、マットレスが押しつぶされて下のバネがきしんだ。今日の会議が特に変わっていたわけではないけれど、でもこれまで忘れていた幼年時代の記憶今日ふいに」よみがえってきたのは、今日の議題が「我が国における自転車の経済的意味」だったおかげかもしれない。 芸術家たちを会議に参加させて政策に口を出させるというのは、罠かもしれないので、みんなあまり発言しなかったが、わたしだけはいつものように、胸に当てていた右の手を素早く優雅に挙げる。のびのびとして無駄のない動きを意識してみた。参加者たちの目が一斉にわたしの上に集まる。注目されることには慣れていた。 もっちり脂の乗った上半身に、最高級の真っ白な毛皮を羽織ったわたしのからだは並外れて大きく、胸をちょっと前に突き出して手を挙げただけで、色っぽい香りが光の粉のように振りまかれて、あたりを覆い尽くし、生き物だけでなく、机も、壁も、たちまち色あせて背景に引っ込んでしまう。 この毛皮のつややかな白は、白と言っても普通の白とは違って、太陽の光を通す透き通った白。お日様の熱エネルギーはこの白を突き抜けて肌に達し、肌の下に大切に蓄えられる。北極圏で生き残った祖先が勝ち取った白だ。『雪の練習生』1:冒頭の語り口
2020.09.14
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図書館で『団地へのまなざし』という本を、手にしたのです。幸せのアイコンともいえる団地や建築そのものは、太子がフォローするミニブームでおます。【団地へのまなざし】岡村圭子著、新泉社、2020年刊<「BOOK」データベース>より草加松原団地をフィールドに、団地のなかで今まさに起こっていることを、日本社会が直面している課題と捉える。【目次】序章 団地への視角/第1章 団地へのまなざしー描かれた羨望、忌避、偏愛/第2章 ローカルな記憶の記録/第3章 団地のローカル・ネットワーク/第4章 松原団地の相互扶助的な関係/終章 団地をめぐる現代の問題ーネットワークから考える<読む前の大使寸評>幸せのアイコンともいえる団地や建築そのものは、太子がフォローするミニブームでおます。rakuten団地へのまなざし「第4章 松原団地の相互扶助的な関係」で団地見守り活動を、見てみましょう。p210~214<2 松原団地見守りネットワーク> 松原団地見守りネットワークは、埼玉県の補助金を受けて2011年4月に設立された団体で、家事や買い物などの手助けを必要とする団地住民を対象に、掃除、買い物代行、電球の付替え、ゴミ出し、電話による安否確認などの生活自立支援サービスを1時間600円で提供いている。その他、喫茶サロンの運営、見守り専用電話の設置といった活動も続けてきた。 発足当初、スタッフは松原団地内に住む60~70歳代の有志で、元会社員や時間に余裕のできた主婦などが中心であった。月、水、金の週3回の活動日には、スタッフは事務所で待機し、利用者からの依頼の電話がかかってきたら対応する、という仕組みだ。待機時間はスタッフへの賃金は発生せず、依頼ごとに数百円が謝礼としてスタッフに支払われる。 2011年10月に、松原団地のD地区商店街に事務所を開設、団地建替え後(2018年11月20日現在)はコンフォール松原22号棟1階の集会所に活動拠点を移して活動を続けている(写真)。 2012年にNPO法人となって以降、松原団地自治会をはじめ、草加市やUR都市機構、松原・草加東部地域包括支援センター、松原地区民生委員・児童委員協議会、獨協大学地域と子どもリーガルサービスセンターなどとの協力関係を築きながら、松原団地を「安心安全で暮らしやすい地域にする」ことをめざして活動している。 初代の理事長であった布施郡二さんによれば、NPO法人になる際には、隣接する獨協大学法科大学院の学生がボランチィアで細かい書類作成業務などを手伝ってくれて「とても助かった」という。また、団地自治会の広報にも見守りネットワークのお知らせを出しているが、「自治会がなければここはやっていけない」ほどに、見守りネットワーク立ち上げ当初から団地自治会とは強い協力関係にあるという。 このほか、見守り活動のなかで利用者に関する異変を感じたり、利用者からなんらかのニーズが出てきたりしたら、すぐにしかるべきところと連携して対応できるようにしている。このように、見守りネットワークは団地内の団体ではあるものの、その周辺の組織や市役所、団地外のひとびととの協力関係を築きながら、支援活動を行っている。 布施さんは、大学進学を機に新潟県三条市から上京し、商社に就職。当時、倍率が高く入居が難しかった松原団地の2DKに当選した。「サラリーマン時代は東京・新橋まで通勤し、寝るために帰るだけ」で、地域とのつながりも「ほとんどなかった」が、会社を定年退職後、地域のシルバー人材センターや民生委員の仕事を経て、地域と関わる大切さを実感し、「地域ぐるみで高齢者を支える」を原点として、見守りネットワークを結成したという(『東京新聞』2012年5月28日)。『団地へのまなざし』1:「下町」に対置された団地
2020.09.13
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図書館で『団地へのまなざし』という本を、手にしたのです。幸せのアイコンともいえる団地や建築そのものは、太子がフォローするミニブームでおます。【団地へのまなざし】岡村圭子著、新泉社、2020年刊<「BOOK」データベース>より草加松原団地をフィールドに、団地のなかで今まさに起こっていることを、日本社会が直面している課題と捉える。【目次】序章 団地への視角/第1章 団地へのまなざしー描かれた羨望、忌避、偏愛/第2章 ローカルな記憶の記録/第3章 団地のローカル・ネットワーク/第4章 松原団地の相互扶助的な関係/終章 団地をめぐる現代の問題ーネットワークから考える<読む前の大使寸評>幸せのアイコンともいえる団地や建築そのものは、太子がフォローするミニブームでおます。rakuten団地へのまなざし「第1章 3 団地へのまなざしと近代の欲望」から1960年代の欲望を、見てみましょう。p59~61<「下町」に対置された記号としての団地> 1963年に公開された山田洋二監督の『下町の太陽』(松竹)に描かれた郊外の団地は、キラキラと輝く将来を映し出す記号であった。働き出して若い道男(早川保)が、鉄橋を渡る電車(京成押上線)のなかで親しい女友達、町子(倍賞千恵子)に言う。道男「ほら、隅田川を越えるとずっと景色が変わってくるだろう? あぁ、団地に住みたいなぁ、郊外の団地に。でも今の給料じゃその資格がないんだけれど」町子「すぐよ、正社員になったら」道男「うん」 近代的産業構造のもとに発明された団地(という居住スタイル)が、それまでひとびとの日常生活を社会的・精神的側面から支えてきた地縁・血縁社会を破壊したとする見解もある。しかし、道男は団地をそうは見ておらず、町子も最初は団地へのあこがれを隠さなかった。(中略) この披露宴の帰り道、町子は同僚女性たちは語り合う。「結局サラリーマンね、結婚するなら」「三万とってもらわないと団地に入れないわけかぁ」「そうねぇ、女の幸せって男次第だな。そう思わない? 町子」 結婚して団地で暮らす生活は、当時の若い男女の「幸せの人生」の象徴であった。結婚式の後、町子は同僚の女性たちとともに、新婚生活を送る和子を団地に訪ねる。 しかし、団地のなかを楽しそうに見てまわる町子たちとは対照的に、和子は憂い顔で、久々に会ったかつての女性同僚達と談笑するうちに涙ぐむ。夫の帰りを「化粧をして待つ」生活だと語る和子に、複雑な表情で疑問をなげかける町子だが、それでも一緒に来たほかの女友達は「いいなぁ、団地って。うらやましいなぁ」と笑う。 この場面では、団地生活への羨望とともに、団地生活での孤独・孤立が描かれ、そういった生活がはたして女性にとって幸せなのだろうか、という疑問が主人公町子の視点をとおして投げかけられるのである。
2020.09.13
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図書館で『ゲーテ(2020年3月号)』という月刊誌を、手にしたのです。表紙を飾るキャッチコピー「今すぐIRを推進すべき理由」だって、ホンマかいな?【ゲーテ(2020年3月号)】月刊誌、幻冬舎、2020年刊<「BOOK」データベース>より月刊誌につき、データなし<読む前の大使寸評>表紙を飾るキャッチコピー「今すぐIRを推進すべき理由」だって、ホンマかいな?rakutenゲーテ(2020年3月号)落合陽一さんの「マリーナベイ・サンズ」レポートが載っているので、見てみましょう。p48~49<マリーナベイ・サンズで最上級のIRショーケースを体感する> 日本から7時間、熱気纏うシンガポールに降り立ったのは、メディアアーティスト、教育者、研究者、経営者の顔を持つ落合陽一氏。目的地は、IRの「マリーナベイ・サンズ」だ。 これまでも学会やイベントへの参加などで、マカオや韓国、ラスベガスのIRを訪れたことがあるという落合氏だが、今回は仕事を離れIRを体験。日本経済の起爆剤となる、そのポテンシャルを探ってもらうことに。 IR内の行く先々で写真を撮り続ける落合氏。「もともと大きな構造体がすきなんです。このモシェ・サフディ設計のホテルも美術館も、すごく“モニュメンタル”だと思います。シンガポールといえば、マーライオンかこのホテルかと、何年経ってもアイコンとして意識に残るものがあるのはいいですよね」 落合氏にとって、「アートサイエンス・ミュージアム」も興味を引いた施設のひとつ。「国内外のさまざまなサイエンス・ミュージアムに行きましたが、ここは“サイエンス”より“アート”主体なのがいいですね。空間インスタレーションとして、モノの見方をユーザー自体に考えらせることに意味がある。 学会などでIRを訪れる時は、学生とハンバーガー・ショップにもよく行くという落合氏。今回改めてIR内のさまざまなレストランも体験し、気付いたのは「突出した何かがあるわけではないけれど、とにかく過ごしやすい」ということ。「でも、それが重要だと思うんです。予約困難な限られた人だけの隠れ家みたいな店はここでは成立しないでしょう。IRでは、安定した美味しさと安定したもてなしで、満足度が高い食空間が必要だと思います。食も含めあらゆる面でボリュームゾーンを捉えるべきだということは、得に感じました」 ただし、コンテンツはボリュームゾーンを向いていても、重要なのは空間の価値を高めることだと落合氏は言う。ここで言えば、超富裕層や感性の高い層が興味を持つような、さまざまなところに配置されている名だたるアーティストの作品が施設の価値を醸成しているのだ。「僕もアートを創作していますが、アートには人智の極限を提示する価値があると考えているからです。今どこまで人はできるか? そんな空気を纏ったアートがあることで、そこで過ごす時間を価値を高め、空間自体をより上質・高級な方向へと向かわせているのだと思います」
2020.09.12
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図書館で『古典を読んでみましょう』という新書を、手にしたのです。橋本治さんといえば、パソコンを使わず原稿を手書きしたとのことで、アナログ老人の鑑のような存在でおましたなぁ♪【古典を読んでみましょう】橋本治著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりえっ、浦島太郎はじいさんじゃなくて、鶴になったの?一寸法師はじつは性格が悪くてやりたい放題だった?日本の古典は自由で、とても豊かだ。時代によっていろいろある古典が、これで初めてよくわかる。【目次】「古典」て、なんでしょう/古典を読んでみましょう/ちょっと意地悪な樋口一葉/和文脈の文章と漢文脈の文章/日本語は不思議に続いている/はっきりした説明をしない小野小町/春はどうして「曙」なのか?/分からないものを読んでもよく分からない/亀の恩返し/古典を読んだ方がいい理由/今とは違うこと/意外に今と同じこと/歴史はくるくると変わる/日本語が変わる時/人の声が言葉を作る/漢文の役割/『日本書紀』の読み方/王朝の物語を読んでみましょうrakuten古典を読んでみましょう「4章 和文脈の文章と漢文脈の文章」が語られているので、見てみましょう。p49~52<ひらがなだらけで句読点のない文章> 前回は、樋口一葉の文章をチェックしたりいじくったりしました。≪怪しき形に紙を切りないて、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう裏にはりたる串のさまもをかし≫ではなくて、「裏にはりたる串のさまもをかし、」の方が分かりやすいでしょうとか、全部が読点(、)になっているけれど、≪裏にはりたる串のさまもをかし、≫ではなくて、「裏にはりたる串のさまもをかし。」にして、ここで文章を切った方が分かりやすいとか。 はっきり言いますが、私は「樋口一葉の句読点の使い方はへんだ」と言っているのです。べつに間違っているわけではなくて、今とは違っているからへんに見えるのです。 今では文章に句読点があるのは当たり前ですが、昔の日本語の文章に句読点がありません。たとえば、平安時代の『源氏物語』の始まりはこう書かれています・・・。≪いづれの御ときにか女御更衣あまたさぶらい給ひける中にいとやんごとなききはにはあらぬがすぐれてときめき給ふありけりはじめより我はと思ひあがりたまへる御かたがためざましきものにおとしめそねみ給ふおなじ程それよりげらうの更衣たちhましてやすからずかへにつけても人のこゝろをのみうごかしうらみをふつもりにやありけむ≫ どうですか? 見るだけでいやになりませんか? これはほとんで暗号文です。どうしてこういうものを昔の人は読めたのか? それは、文章というものがこういう書き方をするものだということを分かって、慣れていて、そこに「知っている言葉」が並んでいたから、それをピックアップして意味をとりながら読むことが出来たのです。少し「昔の人」になってみましょう。 ≪いづれ≫は≪いずれ≫です。「どれかな? どっちかな?」と迷っているのですが、つまりは、どれかの≪御ときにか≫です。≪御ときにか≫とはなんだ? と考えて、この≪≫は「時」ではないかと思います。きっと正解ですが、「時」になんだって≪御≫の文字が付くのか。 ≪御≫は「おほむ=おおん」と読んで、尊敬の意味を表します。「時」に敬語が付くというのは分かりにくいですが、そう思うのは、あなたが現代人で「時間というものはみんなで共有しているものだ」と思っているからです。 でも昔は、時間というものは「支配者のもの」でした。だから「時」にも敬語が付いて、その敬語は「時を支配している支配者のための敬語」なのです。 話はめんどくさくなりましたが、つまりは「どの帝の御代だったか」です。べつにそうは書かれていませんが昔の人は≪御時≫とあるだけで、帝の存在を連想することが出来るのです。だから、その後の≪女御更衣≫は簡単です。≪女御≫は、何人もいる「帝のお妃達」のことで、≪更衣≫の現代風の発音は「こうい」・・・女御よりは身分が下の、やっぱり「帝のお妃達」のことです。 こんな風に『源氏物語』の解釈をしいて行くととんでもないことになってしまうのでやめますが、昔の人がこういう句読点がなくて漢字もほとんどないような分かりにくい文章を読めたのは、昔の人には昔の人なりの知識があって、それで≪いづれの御ときにか女御更衣あまたさぶらい給ひける・・・≫と続く文章を見ると、文章の中から「知っている単語」がパッパッと浮んで来て、「意味の分かる文章」になったからです。
2020.09.12
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「ミニブーム」でしょうか♪ミニブームすなわち、浅田次郎作品、建築関連問題でんな♪<市立図書館>・草原からの使者 沙高楼奇譚・古典を読んでみましょう・団地へのまなざし<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【草原からの使者 沙高楼奇譚】浅田次郎著、文芸春秋、2005年刊(画像データは2011年版文春文庫)<「BOOK」データベース>よりロンドンの超高級カジノの一夜は夢のように過ぎたー。大資産と才気、家柄、すべてを持った青年の驚愕の告白とは。総裁選の真実、大馬主が体験した運命の勝負、そしてアメリカ人退役軍人たちの「もう一つの戦い」。金と名誉を得た者だけが味わう甘美と戦慄を、浅田次郎が精緻に織り上げた傑作短編集。【目次】宰相の器/終身名誉会員/草原からの使者/星条旗よ永遠なれ<読む前の大使寸評>浅田さんの傑作短編集とあれば、まず「外れ」はないだろうし、期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(9/05予約、9/13受取予定)>rakuten草原からの使者 沙高楼奇譚************************************************************【古典を読んでみましょう】橋本治著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりえっ、浦島太郎はじいさんじゃなくて、鶴になったの?一寸法師はじつは性格が悪くてやりたい放題だった?日本の古典は自由で、とても豊かだ。時代によっていろいろある古典が、これで初めてよくわかる。【目次】「古典」て、なんでしょう/古典を読んでみましょう/ちょっと意地悪な樋口一葉/和文脈の文章と漢文脈の文章/日本語は不思議に続いている/はっきりした説明をしない小野小町/春はどうして「曙」なのか?/分からないものを読んでもよく分からない/亀の恩返し/古典を読んだ方がいい理由/今とは違うこと/意外に今と同じこと/歴史はくるくると変わる/日本語が変わる時/人の声が言葉を作る/漢文の役割/『日本書紀』の読み方/王朝の物語を読んでみましょう<読む前の大使寸評>橋本治さんといえば、パソコンを使わず原稿を手書きしたとのことで、アナログ老人の鑑のような存在でおましたなぁ♪rakuten古典を読んでみましょう************************************************************【団地へのまなざし】岡村圭子著、新泉社、2020年刊<「BOOK」データベース>より草加松原団地をフィールドに、団地のなかで今まさに起こっていることを、日本社会が直面している課題と捉える。【目次】序章 団地への視角/第1章 団地へのまなざしー描かれた羨望、忌避、偏愛/第2章 ローカルな記憶の記録/第3章 団地のローカル・ネットワーク/第4章 松原団地の相互扶助的な関係/終章 団地をめぐる現代の問題ーネットワークから考える<読む前の大使寸評>追って記入rakuten団地へのまなざし************************************************************図書館大好き443
2020.09.11
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図書館で『Polaroids de Jeunes Filles』というペーパーブックを手にしたのです。日本の新書より大きくて細長い特殊サイズである。各ページの構成は。上半分にカラー画像、下半分にストーリー文章となっていて、これまた独特でおます。【Polaroids de Jeunes Filles】Jean-Philippe Delhomme著、光リン社、1994年刊<商品の説明>よりフランスのイラストレーター、ジャン・フィリップ・デロームの作品集。1988年から1992年の4年間にわたり、フランスのファッション雑誌『グラムール』に連載された中から後半に掲載された作品95点をショートストーリーとともにまとめた一冊です。<読む前の大使寸評>日本の新書より大きくて細長い特殊サイズである。各ページの構成は。上半分にカラー画像、下半分にストーリー文章となっていて、これまた独特でおます。なお、私が借りた本の表紙はモノクロ(左側)の方です。yahooPolaroids de Jeunes Fillesフランス語の勉強にもなるんで更なるページを、見てみましょう。p32~33<Le camping>Dunah, est-ce bien vrai qu'il y a un retour de mode pour le camping・・・Enfin, si tu es la?・・・Ah ah!・・・ Je vois! Non, non, pas du tout, simplement je prepare une serie sur les petites gens modestes pour la Sept・・・C'est pour ca que je suis ici.Cendrine sur le toit du monde:“Des le premier jour, me suis enguelee avec kes porteurs, ils s'arrangent systematiquement pour qu'il y ait une pierre sous le tapis de sol, pour tordre les piquets, melde, c'est a croire que ces mecs n'ont jamais fait de camping!” 『Polaroids de Jeunes Filles』1
2020.09.11
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図書館で『Polaroids de Jeunes Filles』というペーパーブックを手にしたのです。日本の新書より大きくて細長い特殊サイズである。各ページの構成は。上半分にカラー画像、下半分にストーリー文章となっていて、これまた独特でおます。【Polaroids de Jeunes Filles】Jean-Philippe Delhomme著、光リン社、1994年刊<商品の説明>よりフランスのイラストレーター、ジャン・フィリップ・デロームの作品集。1988年から1992年の4年間にわたり、フランスのファッション雑誌『グラムール』に連載された中から後半に掲載された作品95点をショートストーリーとともにまとめた一冊です。<読む前の大使寸評>日本の新書より大きくて細長い特殊サイズである。各ページの構成は。上半分にカラー画像、下半分にストーリー文章となっていて、これまた独特でおます。なお、私が借りた本の表紙はモノクロ(左側)の方です。yahooPolaroids de Jeunes Fillesフランス語の勉強にもなるので、冒頭あたりの語り口を、見てみましょう。p16~18<Le mariage>Mariage globalement sympathique pour Quentin et Amauryne, meme si au cours de la messe celebree par un vieil ami de la famille qui n'avait pas vu tout le monde depuis longtemps, les temoins, deux divorces, se sont endormis.“Non, non, cela n'a rien a voir avec la longueur de l'homelie, jepense plutot que cet assoupissement correspond a un reflexe de defense psychologique, les pauvres!"Mariage au top niveau entre lucie, editrice d'objets, et Marc, qui bossa a la Culture.Loles de la ceremonie des alliances, le pretre s'est ecrie:“Eh,Mais je connais ces bagouses! Jai justement marie la soeur du garcon qui bricole ca la semaine derniere, eh bien ca m'a l'air de marcher pour lui!"Mariage anticonformiste pour Jeff et Lorna:une petitechapelle 24 hours a dday a Las Vegas, avec, comme temoin, un poivrot ramasse dans les stereotypes nous foutent la gerbe...et, de toute facon, nous legaliserons cet ete en Touraine."
2020.09.10
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「アート」でしょうか♪<市立図書館>・装丁・装画の仕事・Polaroids de Jeunes Filles ・ゲーテ(2020年3月号)<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【装丁・装画の仕事】日本図書設計家協会編、玄光社、2019年刊<出版社>より日本図書設計家協会編集による『Workbook on Books』シリーズの2019年度版。今回は全体を二部構成に。第一部は、特集企画。カバーデザインを創出する過程での「発想」「素材」「モチーフ」などを、カテゴリー別に収拾して撮影し、新機軸の視点にて装丁の真価を俯瞰する企画です。第二部は、従来の個人単位での作品頁。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/05予約、副本4、予約0)>rakuten装丁・装画の仕事【Polaroids de Jeunes Filles】Jean-Philippe Delhomme著、光リン社、1994年刊<商品の説明>よりフランスのイラストレーター、ジャン・フィリップ・デロームの作品集。1988年から1992年の4年間にわたり、フランスのファッション雑誌『グラムール』に連載された中から後半に掲載された作品95点をショートストーリーとともにまとめた一冊です。<読む前の大使寸評>日本の新書より大きくて細長い特殊サイズである。各ページの構成は。上半分にカラー画像、下半分にストーリー文章となっていて、これまた独特でおます。なお、私が借りた本の表紙はモノクロ(左側)の方です。yahooPolaroids de Jeunes Filles【ゲーテ(2020年3月号)】月刊誌、幻冬舎、2020年刊<「BOOK」データベース>より月刊誌につき、データなし<読む前の大使寸評>追って記入rakutenゲーテ(2020年3月号)************************************************************図書館大好き442
2020.09.10
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図書館に予約していた『上級国民/下級国民』という本を、待つこと9ヵ月ほどでゲットしたのです。この本の「はじめに」で高級官僚の存在や神戸市営バスの運転手の事件が載っているので、見てみましょう。【上級国民/下級国民】橘玲著、小学館、2019年刊<「BOOK」データベース>より「下級国民」を待ち受けるのは、共同体からも性愛からも排除されるという“残酷な運命”。一方でそれらを独占する少数の「上級国民」たち。ベストセラー『言ってはいけない』の著者があぶり出す、世界レベルで急速に進行する分断の正体。<読む前の大使寸評>この本の「はじめに」で高級官僚の存在や神戸市営バスの運転手の事件が載っているので、見てみましょう。<図書館予約:(10/24予約、副本16、予約283)>amazon上級国民/下級国民「PART1 下級国民の誕生」の「令和で起きること」を、見てみましょう。p51~54パラサイト・シングルの“発見” パラサイト・シングルは「学卒後もなお、親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者」のことで、社会学者の山田昌弘さんが1999年に『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)で命名しました。 彼ら/彼女たちは当初、「社会人になっても親を利用して優雅な生活を送っている」とされ、新しい生き方としてもてはやされてもしましたが、たちまち“バッシング”の標的になっていきます。 パラサイト・シングルは独身者ですから、結婚して子どもをつくることがありません。これが晩婚化・少子化の原因とされたのが典型的な批判のひとつです。「親に甘えて大人になろうとしない」「社会人としての自覚がなく、責任も果たそうとしない」というのです。 もうひとつの批判は、パラサイト・シングルはフリーターが多く、「失業予備軍」でしかないというものです。フリーターは「正社員として会社に所属せず、アルバイトなど自由な仕事で自己実現を目指す」働き方として1980年代のバブル期に脚光を浴びましたが、90年代半ば以降の「就職氷河期」では、「正社員になれないからしかたなくフリーターをやっている」ケースが大半になりました。 それにもかかわらずこの時期、新卒の若者のうち3年以内に会社を辞める割合が、中卒で7割、高卒で5割、大卒でも3割に達することが大きな社会問題になりました。日本は労働市場の流動性が低く、転職が困難なので、正社員を辞めた若者の多くがフリーターになりました。それが、「最近の若者はこらえ性がない」「世の中をなめている」との批判につながっていきます。(中略) 「就職氷河期」の若者は賃金の低いフリーターや非正規になりやすく、自活するだけの収入を得られませんから、成人しても実家で暮らすしかありません。こうして1990年代末に「パラサイト・シングル」が“発見”されます。 アルバイト仕事はせいぜい20代までで、30歳を超えてフリーターをやっていると周囲から奇異な目で見られるし、職場にもいづらくなります。同窓会など、学生時代の友人と会う機会にも足が向かなくなるでしょう。 パラサイト・シングルのフリーターはやがて失業者になり、家から出ることのない「ひきこもり」になっていきます。このように、「フリーター→パラサイト・シングル→ひきこもり」という現象は、1990年代半ばを起点としって一直線につながっているのです。不都合なことはすべて若者の責任 玄田有史さんは『仕事のなかの曖昧な不安』の文庫版のあとがきで、「この本の最大の主張は、中高年の雇用という既得権が若者から仕事を奪ったというものである」とはっきり書いています。 そしてこの主張は、2004年にベストセラーになった『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』(玄冬社文庫)につながっていきます。ウン 我らが団塊の世代は、一時期アメリカの土地を買いあさったが・・・日本の若者から仕事を奪ったという面(嫌われもん世にのさばる)が有ったのかもしれませんね。『上級国民/下級国民』5:私の人生は私が自由に選択する『上級国民/下級国民』4:日本経済の成長率の低迷『上級国民/下級国民』3:急落したGDP成長率『上級国民/下級国民』2:日本のサラリーマン『上級国民/下級国民』1:はじめに
2020.09.09
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図書館に予約していた『上級国民/下級国民』という本を、待つこと9ヵ月ほどでゲットしたのです。この本の「はじめに」で高級官僚の存在や神戸市営バスの運転手の事件が載っているので、見てみましょう。【上級国民/下級国民】橘玲著、小学館、2019年刊<「BOOK」データベース>より「下級国民」を待ち受けるのは、共同体からも性愛からも排除されるという“残酷な運命”。一方でそれらを独占する少数の「上級国民」たち。ベストセラー『言ってはいけない』の著者があぶり出す、世界レベルで急速に進行する分断の正体。<読む前の大使寸評>この本の「はじめに」で高級官僚の存在や神戸市営バスの運転手の事件が載っているので、見てみましょう。<図書館予約:(10/24予約、副本16、予約283)>amazon上級国民/下級国民この本の「PART3 世界を揺るがす上級/下級の分断」を、見てみましょう。p151~154私の人生は私が自由に選択する 産業革命後の18世紀半ばから20世紀初頭までが「前期近代」で、その特徴は強大な科学技術によるゆたかさの追求でした。この時代は富が土地(領土)と結びついていたため、いち早く近代化したヨーロッパ列強は競って植民地獲得に乗り出しました。 それから100年遅れて、日本がアジアではじめて近代化に成功し、朝鮮半島と台湾を植民地化し中国大陸を侵略していくことになります。 こうして植民地主義(帝国主義)がふたつの大きな戦争を引き起こし、数千万というとてつもない数の戦死者・餓死者を出し、アウシュビッツとヒロシマを経験してようやく「戦争の世紀」が終わります。 米ソ両超大国が世界を何十回も滅ぼすだけの核兵器を保有したことでもはや大国間の戦争は不可能になり(ゲーム理論でいう相互確証破壊)、国家の存在意義は領土の拡張から経済成長=国民のゆたかさへと変わりました。これが「後期近代」の始まりであり、「福祉国家」の誕生です。 第二次世界大戦後の西側諸国は、アメリカを中心とする自由主義諸国間の貿易によって空前の繁栄を実現します。1960年代になると、ごくふつうの庶民まで、数百万年の人類の歴史のなかで王侯貴族ですら想像できなかったようなとてつもない豊かさを手にすることになりました。 こうして、ゆたかさを背景に価値観の大きな転換が起こります。それをひと言でいうなら、「私の人生は私が選択する」です。「そんなの当たり前じゃないか」と思うでしょうが、それは私たちが「後期近代」に生きているからです。 中世や近世はもちろん、日本では戦前(前期昭和)ですら、「人生を選択する」などという奇妙奇天烈な思想を持つひとはほとんどいませんでした。長男は家業を継ぎ、次男や三男は軍人になるか都会に出稼ぎに行き、姉妹は親の決めた相手と結婚するか、兄弟の学資を稼ぐために身体を売るのが当然とされていたのです。 ところが1960年代になると、こうした前期近代の価値観(生き方)は「過去の歴史」と見なされるようになり、古代や中世と区別がつかなくなります。好きな職業を選び、好きな相手と結婚し、自由に生きることが当たり前になったのです。 これは、どれほど強調しても強調し足りないほどの巨大な変化です。18世紀半ばの産業革命においてゆたかさの相転移が起きたとすれば、20世紀半ばに価値観の相転移が起き、ひとびとは新たなアナザーワールドを生きるようになりました。これが「自由な社会」です。 政治的な自由は「Liberty(リバティ)」で、自由な社会を目指す運動が「Liberal(リベラル)」です。自由化とはリベラル化のことであり、とてつもないゆたかさを背景に若者たちはますます自由=リベラルになっていきました。 こうして1960年代末のアメリカで、ベトナム反戦運動、公民権運動、セックス・ドラッグ・ロックンロールのフラワームーブメント(ヒッピーカルチャー)が始まります。『上級国民/下級国民』4:日本経済の成長率の低迷『上級国民/下級国民』3:急落したGDP成長率『上級国民/下級国民』2:日本のサラリーマン『上級国民/下級国民』1:はじめに
2020.09.09
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図書館に予約していた『上級国民/下級国民』という本を、待つこと9ヵ月ほどでゲットしたのです。この本の「はじめに」で高級官僚の存在や神戸市営バスの運転手の事件が載っているので、見てみましょう。【上級国民/下級国民】橘玲著、小学館、2019年刊<「BOOK」データベース>より「下級国民」を待ち受けるのは、共同体からも性愛からも排除されるという“残酷な運命”。一方でそれらを独占する少数の「上級国民」たち。ベストセラー『言ってはいけない』の著者があぶり出す、世界レベルで急速に進行する分断の正体。<読む前の大使寸評>この本の「はじめに」で高級官僚の存在や神戸市営バスの運転手の事件が載っているので、見てみましょう。<図書館予約:(10/24予約、副本16、予約283)>amazon上級国民/下級国民この本の「PART1 下級国民の誕生」(続き)を、見てみましょう。p38~40生産性の高い工場も閉鎖されている? 生産性の高い工場は生産性の低い工場に比べて規模(続き)が格段に大きいのです。それにもかかわらず約半数が閉鎖されたため、規模を勘案した加重平均で算出される「(工場の)退出効果」は13年間でマイナスになっています。日本経済の成長率の低迷は、この「奇妙な事実(ファクト)」でかなり説明できるのです。報酬の高い産業から低い産業への移動 ここで誰もが感じる疑問は、「生産性の低い工場だけでなく、生産性の高い工場まで閉鎖したのか?」でしょう。 深尾さんはその理由として、「生産性の高い製造業が海外の市場や安価な労働を求めて海外移転を進めたこと」と、「大企業が国内において、おそらく労働コストの削減を求めて、生産の拡大を子会社に担わせ企業内ではリストラを進めたこと」を挙げています。 バブルが崩壊して日本経済が急減速したとき、日本企業にとって最大の重荷はバブル期に大量採用した人員でした。日本ではいったん雇った正社員はよほどのことがないかぎり解雇できないことになっているので、だぶついた社員を年功序列・終身雇用で養っていかなくてはなりません。このことに気づいた経営者は、会社が消滅するリアルな恐怖を感じたのではないでしょうか。 こうして、なりふりかまわぬ人件費の削減が始まりました。 最初にやったのは、新卒採用を大幅に絞り込むことです。とにかく、流れ込んでくる正社員を止めなくてはなりません。 次は、年功賃金のカーブを平準化することです。これまでと同じように年齢に応じて給与を増やしていったら、人件費の重みで会社がつぶれてしまいます。日本的雇用システムでは会社と正社員は一蓮托生ですから、労働組合も「賃下げ」に応じるほかありませんでした。 それでもポストの数が限られている以上、どうしても余剰人員が出てきます。そこで子会社に転籍させたり、採算のとれない事業部ごと外資に売却したり、場合によっては中高年を「追い出し部屋」に放り込むようなことも行われました。これが「リストラ」として大きく報じられたわけですが、その陰でそもそも労働市場(正社員)から排除された膨大な数の若者たちがいることはほとんど顧みられることがありませんでした。 しかしこれだけでは、事業はどんどん縮小する一方です。そこで製造業を中心に、人件費の安い中国や東南アジアなどの新興国に積極的に進出して利益を上げようとする試みが広がりました。こうして、「日本の大企業においては、生産性の上昇が(日本国内の)生産性の拡大に直結せず、むしろしばしば生産性の縮小に直結する」という奇妙な事態が起こったのです。『上級国民/下級国民』3:急落したGDP成長率『上級国民/下級国民』2:日本のサラリーマン『上級国民/下級国民』1:はじめに
2020.09.09
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、副本19、予約534)現在59位・浅田次郎『大名倒産 (上)』(2/01予約、副本13、予約347)現在85位・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在140位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在477位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在17位・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、副本1、予約7)現在3位・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、副本1、予約12、入荷待ち)現在7位・浅田次郎『草原からの使者 沙高楼奇譚』(9/05予約、副本4、予約0)現在1位・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、副本1、予約0)現在1位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・白井聡『武器としての「資本論」』・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・雨宮処凛『ロスジェネのすべて』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・四方田犬彦『ソウルの風景―記憶と変貌』・小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・東龍夫『ザ・ソウル・オブ くず屋』:図書館未収蔵・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』:図書館未収蔵・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・菅野修『筋子』・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:7/04以降> ・王力雄『セレモニー』(6/30予約、7/04受取)・宮崎駿の雑想ノート(7/07予約、7/11受取)・『“機関銃要塞”の少年たち』(7/07予約、7/11受取)・鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。(7/15予約、7/22受取)・門井慶喜『定価のない本』(1/12予約、7/22受取)・多和田葉子『雪の練習生』(8/01予約、8/08受取)・有川ひろ『倒れるときは前のめりふたたび』(2/18予約、8/16受取)・村上春樹『猫を棄てる』(5/31予約、8/16受取)・橘玲「上級国民/下級国民」(10/24予約、8/20受取)・サル化する世界(3/25予約、9/02受取)・浅田次郎『草原からの使者 沙高楼奇譚』(9/05予約、9/10受取予定)【ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー】ブレイディみかこ著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より大人の凝り固まった常識を、子どもたちは軽く飛び越えていく。世界の縮図のような「元・底辺中学校」での日常を描く、落涙必至のノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/13予約、副本19、予約546)>rakutenぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー【大名倒産(上)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まりー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(2/01予約、副本13、予約347)>rakuten大名倒産(上)【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いで【メーター検針員テゲテゲ日記】川島徹著、三五館シンシャ、2020年刊<「BOOK」データベース>より「あとで来てよ」「えっ」「あとで来いって言ってるだろう!」今日は332件ある。やっと82件目である。同じ家に二度も来るほどのんきなわけにはいかない。あんたね、こっちはそんなのんきな仕事をやっているんじゃないんだよ、と言いたかったが、指先は震えていた。-私は10年間を電気メーター検針員としてすごした。その経験を書いたのが本書である。<読む前の大使寸評>入荷待ちの新刊であっても、予約の先客が12人もいるのか・・・やや出遅れたか。<図書館予約:(7/10予約、副本1、予約12、入荷待ち)>rakutenメーター検針員テゲテゲ日記【草原からの使者 沙高楼奇譚】浅田次郎著、文芸春秋、2005年刊(画像データは2011年版)<「BOOK」データベース>よりロンドンの超高級カジノの一夜は夢のように過ぎたー。大資産と才気、家柄、すべてを持った青年の驚愕の告白とは。総裁選の真実、大馬主が体験した運命の勝負、そしてアメリカ人退役軍人たちの「もう一つの戦い」。金と名誉を得た者だけが味わう甘美と戦慄を、浅田次郎が精緻に織り上げた傑作短編集。【目次】宰相の器/終身名誉会員/草原からの使者/星条旗よ永遠なれ<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/05予約、副本4、予約0)>rakuten草原からの使者 沙高楼奇譚【装丁・装画の仕事】日本図書設計家協会編、玄光社、2019年刊<出版社>より日本図書設計家協会編集による『Workbook on Books』シリーズの2019年度版。今回は全体を二部構成に。第一部は、特集企画。カバーデザインを創出する過程での「発想」「素材」「モチーフ」などを、カテゴリー別に収拾して撮影し、新機軸の視点にて装丁の真価を俯瞰する企画です。第二部は、従来の個人単位での作品頁。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/05予約、副本4、予約0)>rakuten装丁・装画の仕事【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡226予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。
2020.09.08
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界嫌韓、嫌中が述べられているので、見てみましょう。p50~52 <China Scare―中国が怖い> 日韓関係が「史上最悪」である一方で、かつて排外主義的なメディアの二枚看板だった「嫌中」記事が姿を消しつつあることにみなさんは気づかれただろうか。 なぜ嫌韓は亢進し、嫌中は抑制されたのか。私はそれについて説得力のある説明を聞いた覚えがない。誰も言ってくれないので、自分で考えた理由を述べる。たぶん読んで怒りだす人がたくさんいると思うが許して欲しい。『フォーリン・アフェアーズ・リポート』はアメリカの政策決定者たちの「本音」がかなり正直に語られているので、毎月興味深く読んでいるが、ここ1年ほどはアメリカの外交専門家の中に「中国恐怖(China Scare)」が強く浸透していることが実感される。 かつて「赤恐怖(Red Scare)」といわれる現象があった。1950年代のマッカーシズムのことはよく知られているけれど、1910年代の「赤恐怖」についてはそれほど知られていない。 1917年にロシア革命が起きると、アメリカでもアナーキストたちによる武装闘争が始まった。1919年の同時多発爆弾テロでは、パーマー司法長官の自宅まで爆破された。政府はこれによって「武装蜂起は近い」という心証を形成した。 今聞くと「バカバカしい」と思えるだろうけれど、その2年前、まさかそんなところで共産主義革命が起きるはずがないと思われていたロシアでロマノフ王朝があっという間に瓦解したのである。未来は霧の中である。アメリカでだって何が起きるかわからない。 なにしろ、1870年代の「金ぴか時代」から後、アメリカは政治家も司法官も腐敗の極にあり、資本家たちの収奪もまた非人道的なものであったからだ。レーニンは1918年8月に「アメリカの労働者たちへの手紙」の中で「立ち上がれ、武器をとれ」と獅子クし、1919年3月には、世界30ヶ国の労働者組織の代表者たちがモスクワに集結して、コミンテルンの指導下に世界革命に邁進することを誓言していた。 10月革命時点でのロシア国内のボルシェビキの実数は10万人、1919年にアメリカ国内には確信的な過激派が6万人いた。そう聞けば、アメリカのブルジョアたちが「革命近し」という恐怖心に捕らわれても不思議はない。 19年に、マルクス主義者も、アナーキストも、組合活動家も、司法省が「反アメリカ的」と判定すれば、市民権をまだ取得していないものは国外追放、市民権を取得しているものはただちに収監されることになった。この仕事を遂行するために司法省内に「赤狩り」に特化したセクションが設立された。 パーマーがその任を委ねたのが、若きJ・エドガー・フーバーである。『サル化する世界』1:なんだかよくわからないまえがき
2020.09.08
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図書館に予約していた『サル化する世界』という本を、待つことおよそ5ヵ月で、ゲットしたのです。内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪【サル化する世界】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より現代社会の劣化に歯止めをかける、真の処方箋!堤未果氏との特別対談も収録。【目次】1 時間と知性/2 ゆらぐ現代社会/3 “この国のかたち”考/4 AI時代の教育論/5 人口減少社会のただ中で/特別対談 内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡されるー人口減少社会を襲う“ハゲタカ”問題<読む前の大使寸評>内田先生には毎度「内田樹の研究室」の紹介を務めている太子である。この本には期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(3/25予約、9/02受取)>rakutenサル化する世界この本の「まえがき」、見てみましょう。p3~4 <なんだかよくわからないまえがき> そういう野放図な「仏文らしさ」は90年代にあ廃れてしまいましたけれど、僕が大学院にいた頃までの仏文研究室は、フランス語で書かれたものなら何を研究してもよいというずいぶん牧歌的な研究環境でした。 そのせいもありまして、僕は学部ではメルロー=ポンティの身体論で卒論を書き、修論はモーリス・ブランショの文学理論を論じ、その後19世紀末フランスの極右政治思想と反ユダヤ主義研究に転じて、並行してエマニュエル・レヴィナスの著作を翻訳しながら、アルベール・カミュの再評価を企てるという支離滅裂な学問的形成過程をたどりました。どの領域についてもけっこうな数の学術論文を書きましたし、いくつかは学会内部にも評価されました。 神戸女学院大学に定職を得てからは、大学のこれまた開放的な雰囲気をよいことに、映画論、記号論、教育論、アメリカ論、中国論、マンガ論と研究対象を広げ、そのうちに気がつけば政治や経済や歴史についてまで論じるようになっていた・・・というわけです。 そういう人間をつかまえて「専門分野以外のことに口を出すな」と言われても困ります。「専門分野以外」と言ったら、もう全部そうなんですから。 でも不思議な気がしました。 若い学者というのは、どちらかというと「好きなことをしたい」と思うものじゃないかなと思っていたからです。 どうも違うらしい。 若い研究者が「既成権威に喧嘩を売って、老人たちの顰蹙を買ってのしあがる」というスタイルは今も昔も変わるはずがありません。ということは、僕がもし彼らから「既成権威を体現する老人」と見なされているのだとすると、僕のこの「専門にしばられず、好きなことをじゃんじゃんやる」というスタイルそのものが彼らからすると抑圧的な因習に感じられているということになります。 そういう理屈なら、わかります。 彼らがおのれの批評性や知性の質を「専門領域から一歩も踏み出さない」知的抑圧によって基礎づけられているのだとしたら、辻褄が合う。 そう考えたら、いろいろなことが腑に落ちました。 そうか、今の日本人たちは「身のほど」を知ることが端的に「よいこと」だと思うようになったのか。身のほどを知り、分際をわきまえ、身の丈にあった生き方をすることが強く推奨されており、それから外れて、おのれの分際をわきまえずに、身の丈を超えた生き方をする人間は批判と処罰の対象になる、と。 そう考えたら、いろいろなことが繋がりました。
2020.09.07
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図書館で『ワールドブックデザイン』という大型本を、手にしたのです。この本をめくってみると、横書きでカラー画像満載でビジュアルである。そして内容はブックデザイン事例というのが・・・ええでぇ♪【ワールドブックデザイン】グラフィック社編、グラフィック社、2020年刊<「BOOK」データベース>より全世界からこだわりぬいた装幀、製本、造本でデザインされたブックデザイン事例を集めたリファレンス集。歴史的なものから、現在流通されているものまで、幅広くチョイスし歴史を解説。年表でそのあゆみを分かりやすく追う。世界的ブックデザイナー3組のインタビューを作品とともに紹介。それぞれがブックデザインに対する情熱や哲学を語る。世界中からセレクトした優れたブックデザイン紹介ページでは、詳細スペックや図解とともに、コンセプトや狙いをあますところなく公開。<読む前の大使寸評>この本をめくってみると、横書きでカラー画像満載でビジュアルである。そして内容はブックデザイン事例というのが・・・ええでぇ♪amazonワールドブックデザイン西洋の糸綴じ製本について三つの実例が載っているが、そのうちの一つを、見てみましょう。p68~69<記憶の断片> スペイン南部の海港自治体アギラスの20世紀における歴史を、主要産業である農業・エスパルト(繊維原料)産業・漁業・鉄道に携わってきた住人の記憶と体験談をもとにまとめている。 地域の伝統に繋がる記憶や体験談を掘り起こすことで、その威厳と価値をしっかり認識しようという試みで、古くから町に住む人々へのインタビューと、町の歴史に関する本と新聞記事の研究をベースとしたテキストになっている。すべての要素を注意深く配置し、コンテンツとデザインに一貫性を持たせている。 日本に古くから伝わる四つ目綴じ製本、布張りの函、折り込んだページを取り入れることで伝統と歴史を際立たせ、また、アギラスの若者たちに興味を持ってもらおうとグレイやアイボリーといった色調で抑えたエレガントさを演出している。ウン 表紙がベージュのリネンになっていて知的でスマートではないか♪『ワールドブックデザイン』2:中国、日本、西洋の糸綴じ製本『ワールドブックデザイン』1:中国人ブックデザイナー・呂敬人(リュ・チンレン)
2020.09.07
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図書館で『ワールドブックデザイン』という大型本を、手にしたのです。この本をめくってみると、横書きでカラー画像満載でビジュアルである。そして内容はブックデザイン事例というのが・・・ええでぇ♪【ワールドブックデザイン】グラフィック社編、グラフィック社、2020年刊<「BOOK」データベース>より全世界からこだわりぬいた装幀、製本、造本でデザインされたブックデザイン事例を集めたリファレンス集。歴史的なものから、現在流通されているものまで、幅広くチョイスし歴史を解説。年表でそのあゆみを分かりやすく追う。世界的ブックデザイナー3組のインタビューを作品とともに紹介。それぞれがブックデザインに対する情熱や哲学を語る。世界中からセレクトした優れたブックデザイン紹介ページでは、詳細スペックや図解とともに、コンセプトや狙いをあますところなく公開。<読む前の大使寸評>この本をめくってみると、横書きでカラー画像満載でビジュアルである。そして内容はブックデザイン事例というのが・・・ええでぇ♪amazonワールドブックデザイン糸綴じ製本について中国、日本、西洋別に述べられているので、見てみましょう。p14~16 糸綴じ製本は東洋でも西洋でも広く使われてきた製本技術だ。普及した時代やその方法に差異はあるが、現代においても用いられ続けている 中国で糸綴じ製本は「セン装」と記す。「セン」は糸という意味だ。明王朝時代(1368-1644)の後期に一般的な製本スタイルとして定着したが、五代十国時代(907-960)に既に手がけられていたという説もある。 くるみ製本と見かけが似ているが、大きな違いは表紙と裏表紙に2枚の別の紙を使っている点にある。重ねた紙を綺麗に裁断し、穴を開け、糸を使って縦に綴じていく。 いろいろな綴じ方があり、もっとも普及しているのは四つ目綴じだ。名前にある通り、、四つの穴を使って綴じる。麻の葉綴じは糸かがりで麻の葉のような模様を描く方法で、亀甲綴じは亀の甲羅の模様を形成しながら綴じる。時間の流れの中で、それぞれいろんあスタイルが派生し、9あるいは11の穴を使った麻の葉綴じもある。穴が多いほど、耐久性に富むと考えられていた。 日本では、明王朝時代に中国から伝わった糸綴じ製本の技術をベースに、大きく分けて和綴じとてつ葉装という新しいスタイルが派生した。[1]和綴じ 江戸時代に普及した和綴じは、中国のセン装を簡素化したスタイルだ。4つの綴じ穴を上ふたつ、下ふたつのペアに分けて、紐や糸を通して結ぶ形式で、主に長期間の保存は意図していない写本に用いられていた。タイトルを記した題箋が表紙に貼られている。[2]てつ葉装 平安時代から江戸時代まで長い年月にわたって親しまれていたのがてつ葉装で、和綴じと異なり、綴じている部分が表に出ないスタイルだ。(中略) 西洋の糸綴じ製本を代表するひとつがコプト綴じだ。「コプト」と呼ばれるエジプトのキリスト教信徒たちが布を縫う方法を製本に取り入れたことに由来する。2世紀から11世紀まで広く普及し、現在も当時と変わらず「コプト綴じ」として親しまれている。この長い年月の間に、いろいろなかがり方が取り入れられ、バラエティーに富んだ美しい模様が本の背を飾るようになった。 複数の折丁を本の背に沿ってリンクステッチでかがるスタイルで、見開きを左右にしっかり開くことができるのが特徴だ。表紙に開けた穴に糸を通して本の中身と繋げている。表紙にはパピルスや木の板が使われていて、皮で覆っていることが多い。糊を使わない製本技術として今でも人気があり、全ての工程を手作業で行うことができる。『ワールドブックデザイン』1
2020.09.06
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図書館で『ワールドブックデザイン』という大型本を、手にしたのです。この本をめくってみると、横書きでカラー画像満載でビジュアルである。そして内容は装丁というのが・・・ええでぇ♪【ワールドブックデザイン】グラフィック社編、グラフィック社、2020年刊<「BOOK」データベース>より全世界からこだわりぬいた装幀、製本、造本でデザインされたブックデザイン事例を集めたリファレンス集。歴史的なものから、現在流通されているものまで、幅広くチョイスし歴史を解説。年表でそのあゆみを分かりやすく追う。世界的ブックデザイナー3組のインタビューを作品とともに紹介。それぞれがブックデザインに対する情熱や哲学を語る。世界中からセレクトした優れたブックデザイン紹介ページでは、詳細スペックや図解とともに、コンセプトや狙いをあますところなく公開。<読む前の大使寸評>この本をめくってみると、横書きでカラー画像満載でビジュアルである。そして内容は装丁というのが・・・ええでぇ♪amazonワールドブックデザイン中国人ブックデザイナー・呂敬人(リュ・チンレン)が装丁の極意を語っているので、見てみましょう。p21~22本の表紙をデザインし、テキストをレイアウトすることを「ブックデザイン」とみなしているデザイナーが多いように感じます。ブックデザインをどう定義されていますか? ブックデザインとは単なる表紙とレイアウトのデザインでも、本を美しくする行為でもありません。体系的なプロセスを意味しているのです。 読者にとって本は、ただの美しいオブジェではありません。手にする人々の興味を牽く方法で、効率的に合理的に正確に情報を伝えるべきものなのです。良いコンテンツを見つける有能な「ディレクター」と「プロデューサー」、文字と図版といった才能豊かな「役者」、適切な「背景」となる紙、そして紙の上にテキストとイメージを気の利いた「照明」のように的確に配置する作業が必要で、これらの要素がすべて合わさって本の全容を生み出すのです。 有能なブックデザイナーとはテキストと画像の価値を最大限に引き出し、コンテンツに適した紙を選び、読者を惹きつけるデザインを創出できる人のことです。これが達成されたとき、読者は新しい方法で本と対峙することができるのです。“新しい方法”とは何なのか? それは目で見るだけではなく、鼻、口、耳、手、体全体で本を感じることです。 その時代の読者たちが求めていることに合わせて、ブックデザインの定義は変わっていくべきです。きれいな表紙と製本に騙されるような人はもういません。デジタル世代となった今、彼らはコンテンツもしっかりチェックする。ここで問題となるのは、どうやって読者を惹きつける本に仕立てるかです。(中略)中国の伝統的な書籍のスタイルには、どんな特徴がありますか? 中国の伝統的なブックデザインについて考えるとき、その最たる特徴は漢字です。漢字は横にも縦にもレイアウトすることが可能で、左から右にも、上から下にも読むことができます。実際に紙の上に配置してみると全体のレイアウトも特殊です。 ページ上部に拾い余白の「天」、下部に狭い余白の「地」を取って、フレームのサイズは中に記す文字の大きさや、漢字一文字のはね・はらいといったわずかな変化によって調整されます。これは空間に対する中国人の感覚を反映していると同時に、東洋人特有の紙に対する謙虚さ、やさしさの現れです。 西洋の書物が非常に合理的であるのに対して、中国の古い書物、とりわけ宋や明の時代の書籍は東洋の美学に満ちあふれていて、詩のリズムが感じられます。
2020.09.05
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