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今年は、人里へのツキノワグマの出没が増えているようで全国で1万件以上の出没情報が寄せられたそうです。森に人の手が入らなくなったことや、餌のドングリ不足の影響によると言われているそうですが・・・クマにしては冬眠前の餌探しに人里に現れただけなのだろうが、上手く棲み分けはできないものかと思ったりする。この本を図書館で手にしたが…全篇にカラーの画像でクマの生態が載っていてビジュアルな本である。【ツキノワグマのすべて】小池伸介著、澤井俊彦写真、文一総合出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より迫力の生態写真×最新の研究。ツキノワグマの秘密に迫る!最新データが解き明かすツキノワグマの暮らし。<読む前の大使寸評>全篇にカラーの画像でクマの生態が載っていてビジュアルな本である。このように専門的で、かつ読みやすい著作は・・・ええでぇ♪amazonツキノワグマのすべてツキノワグマの生態がよく分かる辺りを、見てみましょう。p42~45<ツキノワグマの一生> ツキノワグマの子どもは、1月下旬から2月上旬の冬眠中に体重300グラムと、母親の約200分の1という大きさで生まれます。 その後、冬眠穴の中で母親から高脂肪・高タンパク質で、家畜や人間に比べるととても高栄養な母乳をたっぷりともらい、冬眠を終える4~5月には、体重2~3キロの大きさに成長します。 その後は母親と一緒に行動し、母親から生きていくために必要なさまざまなことを学びます。 ちなみに、クマの子育てはすべて母親が担います。オスは交尾までが繁殖活動で、その後の子育てにはまったくかかわりません。母親と子どもは、再び一緒に冬眠を行ない、子どもが1歳半の初夏には親元を離れます(子別れ)。 母親から離れた子どもは、しばらくはそれまで生活していた場所の近くで暮らし、徐々に新たな生活の場所を見つけていきます(幼期分散)。そして、雌雄ともに4歳くらいまでには性的に成熟し、子育てを開始します。 メスは数年おきに1~2頭の子どもを出産すると考えられます。一方、オスは繁殖相手であるメスをめぐる熾烈な競争があるため、実際に父親になることができるのは、限られたオスだけのようです。 クマの寿命は、動物園などでは30年を超えることもありますが、野外の多くの個体は20年代半ばまで生きることはあまり多くはないようです。<ツキノワグマの一年> クマの一年について冬眠を終える春から見てみましょう。3~5月にかけて冬眠を終えたクマは、寝たり起きたりをくり返しながら、冬眠中に低下した体力を徐々に回復させます。そして、6~7月にかけて繁殖期(交尾期)をむかえます。 この期間中にメスが発情するのは数日から10日ほどです。そのため、繁殖期のオスは発情したメスを探す毎日を送ります。そして、ふだんは単独で生活しているクマですが、相性の合うオスとメスが出会うと一緒にいる時間が増え、交尾に至ります。 9月あたりからは、食べることに専念した飽食期をむかえます。その理由は、この後にひかえる冬眠にあります。 冬眠中のクマは飲まず食わずの状態で過ごします。もちろん、排泄や排尿もしません。さらに、クマは体温を5℃以下まで下げて冬眠するシマリスヤヤマネとは異なり、せいぜい30℃台前半くらいにまでしか下げずに冬眠を行ないます。 その代わり、心拍数や呼吸数を少なくして、代謝(エネルギーの消費)を抑えます。しかし、冬眠中も徐々にエネルギーを消費することから、秋の間に冬眠中に消費するエネルギーを貯めておく必要があります。 そして、春から夏に比べて体重を脂肪という形で30%近くも増やし、冬眠の準備が整ったら、11~12月にかけて木の洞や岩穴などで冬眠を始めます。クマの出没が多発している理由について、ネットより紹介します。2020.10.25クマに襲われけが 全国で計63人 うち2人が死亡 先月以降より■専門家 要因は「餌不足と生息区域の拡大」 クマの生態に詳しい東京農業大学の山崎晃司教授は、クマの出没が多発している理由について、ことしは餌となる木の実が不作で少なくなった地域もあり、クマが食べ物を求めて人里にやってきていること、過疎や高齢化によって、もともと人間が使っていた場所が森に戻りつつあり、クマの生息区域が広がっていることなどを挙げています。 そのうえで、クマの出没を防ぐための対策として「人家の周辺に食べ物が豊富にあれば何度でもやってくるので、野菜や果物を早めに収穫するほか、ドッグフードの保管場所などにも注意を払ってほしい」と話しています。 さらに「用水路など熊の通路になりそうな場所では、茂っている木を切ったり電気柵を張ったりして、熊が市街地まで移動できる手段を絶つことも重要だ。クマと人の住む場所を明確に分ける取り組みが行政などに求められる」と話していました。
2020.11.30
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在42位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在332位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在7位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13、予約218)現在155位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在47位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在30位・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、副本7、予約28)現在18位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在639位・多和田葉子×徐京植『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(11/29再予約、副本2、予約0)現在1位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』・内田樹『コモンの再生』・オードリー・タン自由への手紙・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・小川さやか『チョンキンマンションのボスは知ってる』・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『星に仄めかされて』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・四方田犬彦『ソウルの風景―記憶と変貌』・小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』:図書館未収蔵・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:9/13以降> ・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、9/13受取)・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、9/18受取)・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、10/15受取)・小野正嗣『獅子渡り鼻』(10/9予約、10/15受取)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、11/01受取)・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、11/05受取)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、11/05受取)・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、11/10受取)・多和田葉子×徐京植『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(11/29再予約、12/5受取予定)***********************************************************************【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡【緊急提言 パンデミック】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人類は新型コロナウイルスといかに闘うべきかー今こそグローバルな信頼と団結を(歴史に見る厖大な犠牲者/感染症との闘い ほか)/コロナ後の世界ー今行なう選択が今後長く続く変化を私たちにもたらす(新しい監視ツール/重大な分岐点ー「皮下」監視 ほか)/死に対する私たちの態度は変わるか?-私たちは正しく考えるだろう(避けようのない運命ー死の意味/死は技術的問題に ほか)/緊急インタビュー「パンデミックが変える世界」インタビュアー道傳愛子(発展途上国とウイルスの変異/歴史の決定的な瞬間 ほか)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/14予約、副本7、予約28)>rakuten緊急提言 パンデミック【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡230予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。図書館予約の軌跡233
2020.11.30
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このところ料理・食文化に関する本やテレビ番組によく接しているのです。・・・で、それらのインデックスを作ってみました。テジクッパR7:『ごはんラボ・あれこれ』を追記【歴史、一般】・『料理の起源』・続・照葉樹林文化・『栽培植物と農耕の起源』1・『栽培植物と農耕の起源』2・『栽培植物と農耕の起源』3・『栽培植物と農耕の起源』4・『栽培植物と農耕の起源』5・『栽培植物と農耕の起源』6・『食べもの記』1・『食べもの記』2・『トウガラシの文化誌』・『カレーの世界史』1・『カレーの世界史』2・『ひなびたごちそう』3:主食について『「味覚人」飛行物体』1【発酵食品】・『謎のアジア納豆』・『漬け物大全』2・『漬け物大全』1・『東アジアの食文化探検』1・『東アジアの食文化探検』2・発酵する夜1・発酵する夜2・発酵する夜3【韓国料理】・『韓国を食べる』4・『韓国を食べる』3・『韓国を食べる』2・『韓国を食べる』1・キムチチゲを作ってみるか・韓国の魚料理・辛くてオイシイ韓国・韓国料理で美味しい思い出といえば・韓国で最も一般的な料理・韓国料理あれこれ【日本料理】・『英国一家 日本を食べる』2・『英国一家 日本を食べる』1・『上方食談』2・『上方食談』1・『飲み食い世界一の大阪』・大阪 くいだおれ学・ディープな関西味R1・神戸ぶらり下町グルメ・名古屋の赤味噌が好き【その他】・ごはんラボ・あれこれ・もちきびが美味しそう・鶴橋で焼肉食べたい
2020.11.29
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「ファンタジー」でしょうか♪<市立図書館>・ツキノワグマのすべて・浮世の画家・標的・グリフィンとお茶を・絶望図書館<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【ツキノワグマのすべて】小池伸介著、澤井俊彦写真、文一総合出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より迫力の生態写真×最新の研究。ツキノワグマの秘密に迫る!最新データが解き明かすツキノワグマの暮らし。<読む前の大使寸評>全篇にカラーの画像でクマの生態が載っていてビジュアルな本である。このように専門的で、かつ読みやすい著作は・・・ええでぇ♪amazonツキノワグマのすべて【浮世の画家】 カズオ・イシグロ著、早川書房、2006年刊<「BOOK」データベース>より戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野。多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にあったが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなった。弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まない。小野は引退し、屋敷に篭りがちに。自分の画業のせいなのか…。老画家は過去を回想しながら、みずからが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れるーウィットブレッド賞に輝く著者の出世作。<読む前の大使寸評>おお ノーベル賞受賞作家の初期の作品ではないか♪・・・ということで、チョイスしたわけです。rakuten浮世の画家【標的】真山仁著、文藝春秋、2017年刊<「BOOK」データベース>より 任期満了を迎える黛新太総理の後任候補に、48歳という若さと美貌で国民的人気を誇る、越村みやび厚労大臣が名乗りを上げた。 日本初の女性総理誕生が、にわかに現実味を帯びはじめる。そんな中、医療・福祉系投資会社JWFの元CEO片岡司郎が、収賄の疑いでみやびを告発したいと東京地検特捜部に接触する。 JWFは越村が推進する社会福祉制度改革のパートナー的存在、楽田恭平の会社だ。特捜検事の冨永真一は片岡の事情聴取を行うことにした。裏には永田町の策謀が潜んでいたー。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten標的【グリフィンとお茶を】荻原規子著、徳間書店、2017年刊<「BOOK」データベース>より「ナルニア国物語」のライオン王アスランは、なぜあれほど、特別な感じがするのか。『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』が伝える、現代の人間とはまったく異なる生き方とは…。子どもの本の中だけでなく、古典や神話においても重要な役割をになっている、幻獣やさまざまな動物たち。「勾玉」三部作、「RDG」シリーズなどで知られる、日本のファンタジーの旗手荻原規子が、幼いころから愛した“動物物語”をふり返りつつ、ファンタジーとは何か、物語が人の心にもたらすものは何かを掘り下げてゆく、珠玉のエッセイ。ファンタジーや児童文学、神話や古典の読書案内としても楽しめます。【目次】クマ/馬/ライオン/猫/ユニコーン/イノシシ/ニシキヘビ/グリフィン/ウサギ/カエル/マメイヌ/ヒヨコ/ネズミ/スズメ/犬/白鳥/狐/虎/ドラゴン/ダイモン <読む前の大使寸評>ワシとライオンを合体したキメラであるグリフィンが魅力的であるが・・・アリスの絵本の中で、ジョン・テニエルがそのグリフィンを描いているので気になっていたのです。rakutenグリフィンとお茶を【絶望図書館】頭木弘樹著、筑摩書房、2017年刊<「BOOK」データベース>より気持ちが落ち込んで、どうしようもない。はげましの言葉も心に届かない。そんなときは、絶望図書館を訪れてみよう。そこには世界中からさまざまなジャンルの物語が集めてある。せつない話、とんでもない話、どきりとする話などなど。すべて、絶望した気持ちに寄り添ってくれるものばかり。今の気持ちにぴったりな物語がきっと見つかる。こんな図書館も世の中にひとつくらいはあっていいだろう。 <読む前の大使寸評>著者の頭木弘樹さんが、12の物語を選んで組み上げたアンソロジーであるが・・・頭木さんは難病になり13年間の闘病生活を送ったそうで、この本はそんな背景を元にしているだけに深みがあるようです。rakuten絶望図書館************************************************************図書館大好き455
2020.11.29
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もともと大使は食いしん坊である。朝日新聞で連載されている(ごはんラボ)シリーズをときどきスクラップしていたが、デジタル朝日にも載っていることに気づいたわけで・・・好みの料理について、以下のとおり集めてみます。(食材や調理法を記載したレシピについては、紹介すると長くなるので割愛しています。)これらをテキストとしてまとめた雑誌が、本屋の店頭に置いてあるのだが・・・それを買ってきても積読になるのが目に見えているので、以下のとおり書きだしてみました。・肉じゃが・筑前煮・ホイコーロー・サバのオイスターソース煮*********************************************************************** 肉じゃがより 肉じゃがといえば食卓の定番。でも食材の種類も多く、均一に煮上げるのは意外と難しいですね。「煮崩れせず、味も決まる」を両立させてみましょう。 ジャガイモの煮崩れ防止には、メークインを使う▽最初に炒めて油で膜を作る▽煮汁はひたひたよりも少なめにする、などが大切です。 煮汁を少なめにすれば、水分を飛ばすために長く煮込む必用がなく、イモが軟らかくなるタイミングと味が決まるタイミングがそろいます。【Topic】より 今回の肉は割安の「切り落とし肉」を使用しているとのこと。*********************************************************************** (ごはんラボ)筑前煮より 今週からの4回は、煮物がテーマです。煮物の悩みと言えば「水っぽくなる」「煮崩れる」などですね。料理監修の渡辺あきこさんは「材料がちょうど軟らかくなるタイミングと、煮汁が適度に煮詰まり味が調うタイミングをそろえることが煮物の調理では大切です」と話します。 今回の筑前煮はほとんど汁気を残さず、てりをつける調理法です。材料が軟らかくなったら強火で一気に煮汁を飛ばします。【Topic】より ゴボウは泥つきで保存するのがいいが、洗いゴボウをかってきた場合は、ラップにくるんで乾燥を和らげ、野菜室に保存するのがいいとのこと。*********************************************************************** (ごはんラボ)ホイコーローより たまに料理をするだけなら、必要な材料がそろったキットやおかずのもとが便利。でも、作る機会が多いなら、中華やエスニックの調味料を備えておくと味付けの幅が広がります。 今回から4回は、そんな世界の調味料を使いこなすシリーズです。 まずは中国料理のホイコーロー。甘みとこくのある甜麺醤(テンメンジャン)、辛さだけでなく、ほのかに酸っぱい香りもある豆板醤(トウバンジャン)はともに料理に深みを出してくれる調味料。(中略) ホイコーローは漢字で「回鍋肉」。肉に火を通していったん取り出し、野菜を炒めた後で鍋に戻す(回鍋)という意味です。【Topic】より トウバンジャンなどは、開封後どのくらいで使いきるとよいでしょうか。 世界の調味料を扱うユウキ食品によると、水分を含む調味料は開封後「冷蔵で1~2ヵ月」が目安とのこと。*********************************************************************** (ごはんラボ)サバのオイスターソース煮より 世界の調味料シリーズの2回目は、中国料理に多用されるオイスターソース。肉や野菜、豆腐にも合いますが、カキが原料なので魚介と相性がよい調味料です。 今回は、旬のサバを煮ます。おなじみのしょうゆ、酒、砂糖の組み合わせに、カキのうまみを凝縮したオイスターソースが入ることにより、濃厚ながらまろやかな味わいが生まれます。 サバを香ばしく焼いたら、煮る時間は10分足らず。香味野菜のコンビが生臭さを隠し、脂がのった身を、とろりとした煮汁が引き立てます。(中略) オイスターソースは火を通さずに使うこともでき、2品目の白菜のあえものはその1例。【Topic】より 食品大手・味の素の永田久美子さんは「本格中華の調味料という意識から、家にある食材を使いきる時の『ちょい足し調味料』としても活用されている」と話しています。【Arrange】より 白菜のあえものは、最初に水分を出すことで、味がぴたりと決まる。白菜100gを細切りにする。塩ひとつまみを振り、10分置く。水気をしぼり、オイスターソース・ゴマ油各大さじ1であえる。
2020.11.28
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NHK番組の歴史秘話ヒストリア「日本誕生 知られざる物語 日本書紀1300年」を観たが、興味深い内容であった。つまり、後世に残す書類はお雇い中国人によって漢文で書かれたとのこと。そしてその中国人がいなくなったら、漢文に秀でた日本人がその任についたが・・・単語の聞き取りが不十分だったので誤訳があったとのことです。それにしても、「日本書紀」が日本人(あるいは日中合作)による漢文で書かれたことが、すごいではないか♪ 2020/11/26歴史秘話ヒストリア「日本誕生 知られざる物語 日本書紀1300年」より 完成から1300年、日本最古の正史「日本書紀」。謎多き歴史書から見えてきたのは日本誕生の知られざる物語。 スサノオの子孫が守るヤマタノオロチの骨!?謎の古墳群と出土品から神話の舞台・出雲の実態に迫る。オオクニヌシからアマテラスへの“国譲り神話”に秘められた史実とは!? なぜ日本書紀が必要だったのか?最新研究が語る中国人と日本人との合作説!古代日本最大の政治家・藤原不比等の編纂に込めた狙いに迫る。伊勢神宮の新嘗祭ネットで祈年祭・新嘗祭を見てみましょう。 祈年祭・新嘗祭より『日本書紀』に天照大御神が斎庭(ゆにわ)の稲穂を天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に授けられたことが記され、そこに日本の始まりが位置づけられることは大きな意味を持ちます。 春に豊作を祈り、秋の収穫に感謝する稲作を中心とした営みを、日本人は2000年以上繰り返して来ました。天皇陛下から国民に至るまで神を祀ることは日本の大切な文化です。
2020.11.28
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『竜宮城と七夕さま』を読んだところだが・・・これまで読んできた、浅田さんの本を並べてみます。(*印はJAL機内誌『スカイワード』人気連載を単行本化したシリーズ)・『大名倒産(上、下)』(2019年刊)・天子蒙塵(1~4)(2016~18年刊)・長く高い壁(2018年刊)・『日中戦争前夜 絡み合う思惑』インタビュー(2018年)*竜宮城と七夕さま(2017年刊)・『天子蒙塵』浅田治郎独占インタビュー(2016年)・帰郷(2016年刊)・獅子吼(2016年刊)・わが心のジェニファー(2015年刊)・ブラック オア ホワイト(2015年刊)・日本の「運命」について語ろう(2015年刊)*パリわずらい江戸わずらい(2014年刊)・五郎治殿御始末(2014年刊)・かわいい自分には旅をさせよ(2013年刊)・君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい(2011年刊)*アイム・ファイン(2010年刊)・ま、いいか (2009年刊)・ハッピー・リタイアメント(2009年刊)・大人の実力(2009年刊)・草原からの使者(2009年刊)・浅田次郎とめぐる中国の旅(2008年刊)・月島慕情(2007年刊)*つばさよつばさ(2007年刊)・すべての愛について(2006年刊)・歴史・小説・人生(2005年刊)・ひとは情熱がなければ生きていけない(2004年刊)・歩兵の本領(2004年刊)・姫椿(2001年刊)・鉄道員(2000年刊)・地下鉄に乗って(1999年刊)・プリズンホテル(1993年刊)R22:『大名倒産(上、下)』を追加『大名倒産(上)』2:江戸時代の俸禄の仕組み『大名倒産(上)』1:冒頭の語り口『天子蒙塵(4)』1:(四)冒頭の語り口『天子蒙塵(3)』3:満州国のメカニズム『天子蒙塵(3)』2:ヌルハチ公神話を語る主人公『天子蒙塵(3)』1:ヌルハチの伝説『天子蒙塵(2)』1:馬占山が張作霖を回顧するあたり『天子蒙塵(1)』3:天津の日本租界『天子蒙塵(1)』2:浅田治郎独占インタビュー『天子蒙塵(1)』1:序章の語り口『長く高い壁』2:軍隊はタテばかりでヨコがない『長く高い壁』1:張飛嶺守備隊の編成『日中戦争前夜 絡み合う思惑』インタビュー『竜宮城と七夕さま』3:玄奘三蔵と大雁塔『竜宮城と七夕さま』2:中国の「簡体字」『竜宮城と七夕さま』1:中国人の体型の変化『帰郷』2:鉄の沈黙『帰郷』1:帰郷『獅子吼』:象。駱駝。孔雀。ライオン。猿。河馬。遥かな西山から渡ってくるそれらの声『わが心のジェニファー』1:日本へのひとり旅を命じられた日系人ラリー『わが心のジェニファー』2:日本の原則『ブラック オア ホワイト』:エリート商社マンの告解『日本の「運命」について語ろう』1:アヘン戦争に対応できなかった科挙制度『日本の「運命」について語ろう』2:漢族と満州族(清)の違い『日本の「運命」について語ろう』3:徳川と愛新覚羅を比べて『日本の「運命」について語ろう』4:日本人と中国人の違い『日本の「運命」について語ろう』5:日露戦争の戦果『パリわずらい江戸わずらい』1:夕焼け小焼け『パリわずらい江戸わずらい』2:おまわりさんは、どこ?『パリわずらい江戸わずらい』3:パリわずらい江戸わずらい『パリわずらい江戸わずらい』4:イタリアン・クライシス『五郎治殿御始末』:明治維新時の侍たちの短篇六篇『かわいい自分には旅をさせよ』1:『蒼穹の昴』を旅する『かわいい自分には旅をさせよ』2:自衛隊絡みの話『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』1:英雄の足跡『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』2:浅田さんの読書遍歴『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』3:英雄の足跡(続き)『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』4:小説家という聖職『アイム・ファイン』1:すばらしい記憶『アイム・ファイン』2:ポップコーン幻想『ま、いっか』1:日本語の未来『ま、いっか』2:ま、いっか『ま、いっか』3:小説家の読書熱『ハッピー・リタイアメント』:ご褒美のような天下り『大人の実力』1:四角い家に住んで失ったもの『大人の実力』2:この本の構成について『草原からの使者』1:星条旗よ永遠なれ『浅田次郎とめぐる中国の旅』1:紫禁城『浅田次郎とめぐる中国の旅』2:康有為のSF世界『浅田次郎とめぐる中国の旅』3:『中原の虹』『月島慕情』1:雪鰻『月島慕情』2:シューシャインボーイ『つばさよつばさ』1:燕迷、ほか『すべての愛について』1:山本一力との対談『すべての愛について』2:阿川佐和子との対談『すべての愛について』3:森まゆみとの対談『歴史・小説・人生』1:『蒼穹の昴』『歴史・小説・人生』2:岩井志麻子さんとの対談『歴史・小説・人生』3:宮部みゆきさんとの対談『歴史・小説・人生』4:陳舜臣さんとの対談『歴史・小説・人生』5:張作霖について『歴史・小説・人生』6:森永卓郎さんとの対談『歴史・小説・人生』7:陳舜臣さんとの対談(続き)『歴史・小説・人生』8:龍王=天命はどこに?『歴史・小説・人生』9:高橋克彦さんとの対談『歴史・小説・人生』10:宮部みゆきさんとの対談(続き)『ひとは情熱がなければ生きていけない』1:自衛隊での生活『ひとは情熱がなければ生きていけない』2:漢籍に惹かれる浅田さん『ひとは情熱がなければ生きていけない』3:「破滅」への衝動『ひとは情熱がなければ生きていけない』4:映画『鉄道員』を語る鉄道員:珠玉の短篇8作品地下鉄に乗って:満州に出征する父を目撃しプリズンホテル:「プリズンホテル」という命名【大名倒産(上)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まりー<読む前の大使寸評>笑いと涙の経済エンターテインメントってか・・・これは期待できそうである。<図書館予約:(2/01予約、副本13、予約347)>rakuten大名倒産(上)いま、図書館に予約している『大名倒産(下)』です。【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)(長くなるので後略、全文はここ)
2020.11.27
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<二十四節季の小雪に注目>早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?残暑厳しき折りなんて言っていたが・・・このところ秋を通り越して初冬の気配さえ感じる太子でおます。『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたり伊勢神宮での「新嘗祭」この本で、小雪のあたりを見てみましょう。和暦p29<小雪>収穫を感謝する「新嘗祭」と「勤労感謝の日」 「小雪」は、現行の暦では11月22日ころ、第1日目を迎え、大雪(12月7日ころ)に入る前日までの15日間をいう。 初日の1日を指す場合は、「小雪節気」とか「小雪の日」で区分されている。 11月も下旬になると、年の瀬を意識してか、慌しい空気が街に流れ始める。また、日没がどんどん早くなり、冬至の日にピークを迎える。 所によっては、降雪が見られる。降雪地帯では、この頃降った雪は「根雪」となり、春になるまで解けない。 少し遅れて紅葉時期に入る都心では、黄色に染まった街路樹が見頃を迎える。また、染まりきった銀杏の黄落が、道路を埋め尽くす勢いで始まり、黄葉の乱舞となる。車の通るごとに風に舞う様は圧巻だ。 紅葉から落葉までは、急かされてでもいるように、テンポが速く、やがて冬の木立、「裸木」へと移ろう。 『暦便覧』では、小雪の気候を「冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也」と説明している。 恒例の年賀ハガキが発売されるのもこのころ。喪中や年賀欠礼のハガキはこのころの郵送となる。 小雪の期間の七十二候は、次の通り。 初候「虹蔵不見」虹を見かけなくなる。 次候「朔風払葉」北風が木の葉を払い除ける。 末候「橘始黄」橘の葉が黄葉し始める、である。 西洋占星術では、小雪の日が、人馬宮(いて座)の始まりとなっている。二十四節季の立冬に注目二十四節季の霜降に注目
2020.11.27
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図書館に予約していた『韓国が嫌いで』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いでオーストラリア生活のその後(続き)を、見てみましょう。p111~113<パブロ> オーストラリアでは永住権をとってから1年で市民権を申請できるんだけど、申請時までに4年の居住歴が必要なんだ。その4年間でオーストラリア以外の国で暮らす期間を合わせて1年以上になるとだめで、特に申請する前の1年間はオーストラリア以外の国に暮らす期間が3ヵ月を超えてはいけない。私には関係のない条項だった。 IELTSを受けに一度韓国に帰国した以外は、オーストラリアどころかシドニーを抜け出したこともないんだから。言い換えると、市民権の申請前に2ヶ月半ほど外国に行ってきてもいいってこと。 ジミョンは、休暇をとれるからどこか一緒に遊びに行こうと言ってきた。ちょうどその時ドイルズは改装で休業が重なった。彼と一緒にあちこち調べてみてバリへ行くことにした。オーストラリアから近くて韓国からも遠くなくて、プール付きのヴィラで2日間遊んで、海の見える小さなホテルでもう2泊した。 ジミョンがちょっとやりすぎなくらい新婚夫婦ごっこをしているのが気になったけど、実は私も浮かれていた。オーストラリア以外の海外旅行は初めてだったし、それにジミョンのプロポーズにすごい感激してた。「死ぬまで待っていてもかまわない。愛してる」だって。ふわふわと浮ぶような気持ちになった。「あといくら残っているかな?」なんて心配しないで、お金を使うのも私の人生でこの時が初めてだったと思う。買おうかなどためらっているとジミョンがすぐさま財布を開いて、聞きもしないでジミョンが買ってくれた。 バリ旅行を終えて、一緒に韓国へ行った。ジミョンがマンションを買ったので、2ヶ月一緒に暮らすことにした。市民権をとってから韓国に戻ればいいって。それからふたりで韓国に住んで、年をとってからオーストラリアに行こうって。オーストラリアの永住権はふたりの老後の対策に取っておこうというわけ。オーストラリアの国民になれば、遊んでいても失業年金が月々出るし、大病にかかっても医療費は無償。初めて家を買う時も2万ドル(150万円)ほどの支援があるし、子どもが大学生になったら学費も数万ドル支援される。いいことずくめでしょ。 オーストラリアの永住権は韓国のお金で十億ウォン(1億円)くらいの価値があるんだって。『韓国が嫌いで』2:オーストラリア生活のその後『韓国が嫌いで』1:スタバの若様()
2020.11.26
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サン=テグジュペリがいいというか・・・砂漠と飛行機という取り合わせが好きなわけです。「サン=テクジュペリ 伝説の愛」という本を図書館で借りたこの際、サン=テグジュペリについて、集めてみました。・ファンタジーの発想・星の王子さまのはるかな旅・サン=テグジュペリの世界・戦う操縦士・古今東西エンジン図鑑・星の王子さまへの旅・Le Petit Prince・砂漠で渇きを癒す井戸・サン=テクジュペリ 伝説の愛R5:『ファンタジーの発想』を追加<『ファンタジーの発想』5>図書館で『ファンタジーの発想』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、取りあげた5つの物語が定番というか、太子好みの『星の王子さま』、『モモ』&『はてしない物語』、『銀河鉄道の夜』が載っているので、借りる決め手になったのでおます。【ファンタジーの発想】小原信著、新潮社、1987年刊<「BOOK」データベース>より本書に論じられる作品は周知の名作で、かつて読んだ人も多いだろう。しかし、ここに著者の導きによって、新たな視点を与えられると、作品のみならず、自分の生きている「現実」さえ異なって見えてくる。まさに「ファンタジーは自他のもつ世界を新しくひろげてくれる」のである。<読む前の大使寸評>取りあげた5つの物語が定番というか、太子好みの『星の王子さま』、『モモ』&『はてしない物語』、『銀河鉄道の夜』が載っているので、借りる決め手になったのでおます。amazonファンタジーの発想『ファンタジーの発想』3ちょっと古い大型本であるが・・・美しいヴィジュアル版で、内容も充実しています。【星の王子さまのはるかな旅】山崎庸一郎監修、求龍堂、1995年刊<「BOOK」データベース>より物語の忘れられない場面の数々に、作家であり飛行家だった著者サン=テグジュペリの、ロマンに満ちた感動的な生涯を重ねあわせながら、『星の王子さま』の世界を旅する一冊。フランスとモロッコに取材した撮り下ろしの写真と、魅力的な執筆陣により、読者の〈夢〉を裏切らない美しいヴィジュアル・ブックが完成した。 <読む前の大使寸評>ちょっと古い大型本であるが・・・美しいヴィジュアル版で、内容も充実しています。amazon星の王子さまのはるかな旅ずばり『サン=テグジュベリの世界』という本を借りたのだが・・・この本で砂漠に触れたあたりが、大使のツボを打つわけです。【サン=テグジュベリの世界】リュック・エスタン著、 岩波書店、1990年刊<「BOOK」データベース>より星辰は頭上に広がり、眼下の大地には親しい灯が点在する。この文明社会に人間の絆をどう創成するか、その結び目はどこにあるのか。中空の闇をゆくパイロットは、しばし瞑想し、ときに星と対話する。『夜間飛行』『人間の大地』『戦う操縦士』と書き継いだこの『星の王子さま』の作家は、地中海洋上に消え去るまで思念を深くめぐらした。このユニークな行動する文学者の世界を、その全作品からの引用を自在に交えて、あますところなく論じた。本書は、サン=テグジュペリの文学を語るとき、逸することのできぬ定評ある古典的名著である。<読む前の大使寸評>ずばり『サン=テグジュベリの世界』という本を借りたのだが・・・この本で砂漠に触れたあたりが、大使のツボを打つわけです。rakutenサン=テグジュベリの世界<『戦う操縦士』1>図書館で『戦う操縦士』という文庫本を、手にしたのです。おお サン=テグジュペリの空戦記とは♪・・・大使のツボがうずくわけで、借りた次第でおます。乗っていたブロック174型機【戦う操縦士】サン=テグジュペリ著、光文社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりドイツ軍の電撃的侵攻の前に敗走を重ね、機能不全に陥ったフランス軍。危険だがもはや無益な偵察飛行任務を命じられた「私」は、路上に溢れる避難民を眼下に目撃し、高空での肉体的苦痛や対空砲火に晒されるうち、人間と文明への“信条”を抱くに至る。著者の実体験に基づく小説。<読む前の大使寸評>おお サン=テグジュペリの空戦記とは♪・・・大使のツボがうずくわけで、借りた次第でおます。rakuten戦う操縦士<『古今東西エンジン図鑑』1>図書館で『古今東西エンジン図鑑』という本を、手にしたのです。この本にサン・テグジュペリが乗ったP38戦闘・偵察機のエピソードがのっているので見てみましょう。(全文はここ) <星の王子さまへの旅>「星の王子さまへの旅」という素敵な本を図書館で借りて読んでいるが・・・西サハラのカップジュビーという辺鄙な町で、27歳のサン=テクジュペリは飛行場長として1年半暮らしたそうです。(全文はここ) <Le Petit Prince>Le Petit Princeという本が積読状態であるが・・・暇になったので、フランス語の復習にもなることだし、読んでみたいと思っているが、いつになるやら。【Le Petit Prince】Antoine De Saint-Exupery著、HEINEMANN EDUCATIONAL、1968年刊<「BOOK」データベースより>ふるさとの星を出発した星の王子さまは、命令好きの王さまの星や、うぬぼれ男の星などを旅します。最後に地球にやってきて、サハラ砂漠で飛行機を修理中のパイロットに出会います。心をとらえて離さない不思議な物語。 <大使寸評>私が買ったのはHEINEMANN EDUCATIONAL社(英国)のハードカバーであるが、さすがにこの本はアマゾンで出なかったので、アマゾンのMariner Books社の情報を載せました。AmazonLe Petit Prince <砂漠で渇きを癒す井戸>「星の王子さま」という本のメインテーマは「砂漠で渇きを癒す井戸」ではないかと思うわけです。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリより(全文はここ) <サン=テクジュペリ 伝説の愛> この本『サン=テクジュペリ 伝説の愛』から引用します。「サン=テクジュペリは自分で『庭師』になるのが向いていると認めていた。普遍的な子ども時代の輪郭を永遠に伝え、花となった女性のシルエットを私たちにまで愛させた魂の庭師。その女性はこの本の各ページにわたって類いまれな存在感を示している」【サン=テクジュペリ 伝説の愛】アラン・ヴィルコンドレ著、岩波書店、2006年刊<「MARC」データベース>より「星の王子さま」の作者には、エキゾチックで不思議な魅力を持つ妻コンスエロがいた。彼女の手記のほか、2人が交わした山のような手紙、写真、デッサンなど、誰も知らなかった過去を物語る数々の遺品をまとめた一冊。 <大使寸評>まさにサン=テクジュペリの世界という本になっている。よくこれだけの資料を集めたものです。パイロットで詩人、更に美しい妻が加わるのか♪「南方郵便機」で行った異国の地アルゼンチンで、砂漠のバラともいえる女性(当時は未亡人)が現れたのです。・・・彼女が亡命先のニューヨークから持ち帰った大型トランク。2000年に初めて開けられると中には、手紙、写真、デッサンなど数々の遺品がつまっていた。amazonサン=テクジュペリ 伝説の愛
2020.11.26
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図書館で『パンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号』という雑誌を、手にしたのです。おお 現在進行中のパンデミック特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪【パンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年刊<商品の説明>より【特集】●パンデミックと闘い続ける人類天然痘、ペスト、コレラなど、人類はこれまで感染症の大流行をいくつも経験してきた。私たちは過去の事例に何を学び、現在の難局打破にどう生かせるのか。そして、新型コロナウイルス感染症の流行が収まった後も、今回得た教訓を忘れずにいられるだろうか●インドの聖なる川人類の拡散ルートをたどる途中、インドの旅で見えたものは、聖なる川の魅力と深刻な水の問題だった。●広島 75年目の記憶原爆が世界で初めて投下された広島。あの日から75年がたつが、核兵器の恐怖と戦争の記憶は色あせない。<読む前の大使寸評>おお 現在進行中のパンデミック特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪amazonパンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号新型コロナのパンデミック対応を、見てみましょう。p58~61<第4章 現在> 感染症の専門家マイケル・キャラハンは、3月にグランド・プリンセスに乗り込む頃にはすでに、新型コロナのパンデミック対応でベテランの域に達していた。 この感染症に関わり始めたのは1月。専門家仲間のネットワークを通じて、中国の武漢で発生した新興の病原体について情報交換したのが最初だ。 流行が起きたシンガポールでは患者を診察し、帰国後は首都ワシントンで官僚相手に、予測される次の感染地域について報告した。次いで横浜港に停泊中のクルーズ船の検疫作業を手伝い、米国ボストンで感染者が出ると、マサチューセッツ総合病院の勤務医として治療に当たった。 感染状況を目の当たりにし、仕事をこなし、人口呼吸器について同僚たちと話し合ううちに、キャラハンはこのウィルスの「驚くべき感染力」に気づいた。 キャラハンは過去何十年も感染症の最前線で闘ってきた。エボラ出血熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)、H5N1型鳥インフルエンザなど、致死性の高い感染症が発生すれば、世界のどこであっても足を運んできた。 とはいえ、そんな専門家のなかでも、キャラハンは抜きん出た存在だ。危機のさなかでも、情報を総合的に判断し、最善の選択肢をすばやく見極める。そのため、各地の病院や保健関連の非営利団体、米政府など、多種多様な機関から、この分野の権威としてさまざまな相談を受ける。各地を飛び回る合い間には、米国コロラド州の家族の元に戻り、携帯電話とノートパソコンで仕事をこなす。 キャラハンがこの道に入ったきっかけは、1990年代後半にコンゴ民主共和国東部の難民キャンプで過酷な任務に就いたことだった。そのときの経験から、発展途上国では感染症は「じわじわと進む災害」のようなものであることを学んだと言う。「しかも、それは終わることのない災害です。不公平を目の当りにして、これは放っておけないと、やる気に火がつきました」 その後に西アフリカでエボラなどの感染症に対応した経験から、感染者を一人ずつ治療するだけでは不十分だと気づいた。地元の医療従事者を訓練し、医療機器を提供すれば、彼らが「村々や地域や病院で大きな変化を起こし、私たちが去った後も、その変化は長く続く」とキャラハンは言う。 それがキャラハンを導く哲学になった。米国務省の事業に関わったときには、ソ連崩壊後に化学・生物兵器開発の職を失った医師や科学者が感染症の研究者になれるよう、再訓練を支援した。その実績が認められ、米国防総合省の国防高等研究計画局(DARPA)に10年近く勤務することになり、新興感染症の予測と予防を行う「プロフェシー(予言)計画」を立ち上げた。 キャラハンはその経歴から、新たな感染症にどう対処すべきか、独自のアイデアをもっている。自分たちの健康を守るには、ほかの国々がそれぞれのニーズを満たせるよう、実情に合った支援策を見いだす必用があるという考え方だ。たとえ政府同士が表向きは敵対関係にあっても、じっくり腰を据えた支援が有効だと、キャラハンは考えている。(中略) このほかの重要な戦略として、途上国で優秀な若い感染症の医師を派遣し、生涯にわたる信頼関係を築くことがある。彼らに新しい技術や、米国の医学大学院で研修を受ける機会、研究資金を与えるのだ。 「若い医師たちは私たちと関係を築くことで力をつけ、この分野のリーダーになれます。すると二つのことが起きます」とキャラハンは言う。「彼らは自国から継続的に研究資金を助成されるようになり、私たちにとても感謝して、感染症情報の提供に協力してくれるようになるのです」 そうした外国人パートナーの一人は、キャラハンの支援で生物兵器の開発から感染症の探知に転職したロシア在住の研究者だ。このパートナーの所属する研究所は2005年、家禽類と野鳥に壊滅的な被害をもたらすおそれがあるH5N1型鳥インフルエンザの発生を探知した。 人にもうつり、若年層でも重症の肺炎を発症して死亡することがあるウイルスで、アジアと米大陸の渡り鳥の移動ルートが重なるベーリング海峡周辺に広がりつつあった。早期に警告が出されたおかげで、米国の科学者たちがアラスカ州で渡り鳥の大規模な感染検査に着手し、米大陸へのウイルスの流入を阻止することができた。 プロフェシー計画は、DARPAでのキャラハンの任期が終わった数年後に打ち切られた。これは世界的な傾向だが、各国政府はほぼ軒並みパンデミックのリスクを過小評価し、感染症対策の予算を切り詰めてきた。 米政府も2019年10月後半に新興感染症を対象にしたもう一つのプログラムを打ち切った。それから1ヵ月もたたないうちに、新型コロナウイルスの感染例が中国で報告され、ほどなくして米国でも多数の死者が出始めた。 コロナ禍をきっかけに、少なくとも当面は、パンデミックを引き起こす感染症を予測し、制御する取り組みが強化されるとみていい。だが、どんな予防策が有効か、どのくらいのコストがかかるか、コロナ禍で壊滅的な打撃を受けた経済に、そのコストを負担する余力があるかは、誰にもわからない。 各国政府は長期にわたる国際協力を実現できるだろうか。それとも、目先の自国の利益を優先する傾向がますます強まるのか。感染症対策はコストがかさむ割に、目に見える成果をもたらさない。対策のおかげで大惨事を防げたと訴えたところで、費用対効果の実感は薄い。果して世論は、そんな雲をつかむような対策にいつまでも税金をつぎ込むことを受け入れるだろうか。『パンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号』1
2020.11.25
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図書館で『パンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号』という雑誌を、手にしたのです。おお 現在進行中のパンデミック特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪【パンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年刊<商品の説明>より【特集】●パンデミックと闘い続ける人類天然痘、ペスト、コレラなど、人類はこれまで感染症の大流行をいくつも経験してきた。私たちは過去の事例に何を学び、現在の難局打破にどう生かせるのか。そして、新型コロナウイルス感染症の流行が収まった後も、今回得た教訓を忘れずにいられるだろうか●インドの聖なる川人類の拡散ルートをたどる途中、インドの旅で見えたものは、聖なる川の魅力と深刻な水の問題だった。●広島 75年目の記憶原爆が世界で初めて投下された広島。あの日から75年がたつが、核兵器の恐怖と戦争の記憶は色あせない。<読む前の大使寸評>おお 現在進行中のパンデミック特集ではないか、これは借りるしかないでえ♪amazonパンデミック(ナショナルジオグラフィック2020年8月号18世紀に人類は天然痘というパンデミックを撲滅した実績を持っているが・・・その経験は現在のパンデミックにも有効に働くだろうか?p30~39<私たちは過去の大流行に何を学び、現在の難局打開にどう生かせるか:リチャード・コニフ> 3月初めの日曜日、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界各地に急速に拡がり始めていた頃、米沿岸警備隊の監視船が、米国カルフォルニア州の23キロ沖合に停泊するクルーズ船「グランド・プリンセス」を目指していた。 監視船に乗り込んだのは、災害派遣医療チーム。クルーズ船に乗る3500人を体調の悪い人と健康そうな人に分け、上陸準備を進めるためだ。チームには、57歳のマイケル・キャラハンもいた。彼は世界各地のホット・ゾーン(感染症の流行地)で何十年も経験を積んできた感染症の専門家だが、船酔いに苦しみながら、任務開始を待っていた。 日没の少し前、監視船はクルーズ船からつり下ろされた小型ボートに近づいた。医療チームのメンバーたちは船酔いに加え、防護服を着込んでいるせいで、音もよく聞こえず、視界も制限された状態で、一人ずつ小型ボートに飛び乗った。そこからクルーズ船の船腹に設置されたはしごに飛び移り、甲板を目指す。 人類は絶えずエピデミック(感染症の地域的な大流行)にたたられてきた。人類が地球全体に拡散すると、そこにパンデミック(世界的な大流行)が加わった。 これまでの大流行は重要な教訓をもたらしたはずだが、現実には、人々は日ごろその教訓を忘れ、新たなパンデミックが起こるたびに思い出す。 感染症はあっという間に広がること。しかも、自分にとって大切な人にうつしてしまいがちなこと。人々は感染への恐怖から互いに距離を置くようになり、孤独が耐えがたい苦痛をもたらすこと。そして、重傷患者はしばしば誰にも看取られずに死を迎えなければならないこと。だがそうした事柄以上に、今のパンデミックに気づかされたことがある。いつの時代にも私たちは、キャラハンのように、命懸けで感染症と闘う少数の人々に支えられている点だ。 過去を振り返ると、既成概念にとらわれず、一見ささいな手がかりに目を向け、無視されがちな声に耳を傾けていることだ。彼らはまた、世界の片隅で起きていることあ、自分の周りでも容易に起こりうると、認識してもいる。<第1章 予防法を見つける> 「破壊の天使」が到来する…1721年初め、米国東部の港湾都市ボストンで、ピューリタン(清教徒)の牧師コットン・マザーがそう人々に警告した。街を全滅させるような恐ろしい疫病が近づいているというのだ。 この疫病はすでに英国で猛威を振るっていたし、米大陸の人々もその恐ろしさを経験済みだった。過去200年余り、予測不能な流行を繰り返し、入植者たちをパニックに陥れ、先住民の村々を丸ごと消し去ってきた。しかしボストンでは、前回の流行が起きてから19年がたち、その疫病を経験していない新たな世代が育っていた。 この疫病にかかると、まず皮膚に赤い発疹ができる。はしかだと思うかもしれないが、そのうち発疹はふくらみ、水疱になって盛り上がる。目や気道、体中におびただしい数の発疹ができて、呼吸をするにも大きな苦痛を伴うこともある。 膿を含んだ膿胞はひどい悪臭を放つ。死を免れても、しばしば失明などの後遺症が残り、顔や体に痘痕、いわゆる「あばた」が残る。同年4月、「天然痘」と呼ばれるこの疫病はひっそりとボストン港から上陸した。 人々は当初、疫病の発生を認めようとしなかった。それでも1721年の流行をきっかけに、天然痘は欧米の人々に心強い新たな教訓を与えた。世界中で猛威を振るう感染症も、人知を尽せば防げることだ。感染拡大を阻止できるばかりか、強い意志があれば、根絶できることもある。 この年、ボストンではヒーローらしからぬ3人の男たちが天然痘と闘った。マザーに加え、アフリカ出身の奴隷オネシマス、新たな手法を積極的に取り入れた医師のザブディール・ボイルストン。3人のうち、最もヒーローらしくないのはマザーその人だ。問題だらけの人物で、虚栄心が強く、感情の波が激しい。しかも、その29年前にセーラムで行われた悪名高い魔女裁判を後押しした人物として、多くの人々の反感を買っていた。 マザーは子どもの頃から科学、特に医学に非常に興味をもっていた。しかも、感染症は人ごとではなかった。大人になってから2人の妻と、15人の子どものうち13人に先立たれた。その多くは感染症による死だ。 そんな事情もあって、マザーは英国の科学誌を読みあさり、先住民の伝統療法を研究していた。だから「召使い」のオネシマスが、アフリカに伝わる民間の予防法を話し、その痕跡である痘痕を見せると、大いに興味を持った。 感染が広がり始めると、マザーは予防のために「世界の一部の地域で最近使われている素晴らしい慣行」をボストンの医師たちに教えた。天然痘患者の膿胞から膿を採取し、健康な人の皮膚を切開して、少量をそこに植えつける。「人痘接種」と呼ばれるこの処置を受ければ、軽い症状が出るだけで、おそらく天然痘に二度とかからなくなるという。 マザーは、ほかのアフリカ出身者にも話を聞き、接種後の痘痕を見せてもらって確信を強めた。ボストンの医師たちは接種に及び腰だったが、ただ一人違ったのはボイルストンだ。19年前に天然痘で死にかけた経験から、その恐ろしさをよく知っていたし、日々の診察で自分の8人の子どもを危険にさらしているのではないかと心配していた。 そこでボイルストンは証拠を十分に検討したうえで、6月26日、6歳の息子と一家の2人の奴隷に初めて人痘接種を行った。その結果、「穏やかで良好な天然痘」の症状が出ただけだったので、希望者にこの処置を施すようになった。 当初、市民のなかには人痘接種を恐れる者もいた。接種を受けた後に完治していない人から病気がうつると思ったのだ。(中略) 流行が収まった時点で、感染者はボストンの人口の半数を超える6000人近くになり、死者は844人で、致死率は約15%にのぼった。一方で、人痘接種を受けた人では、致死率は2%にとどまった。改良が進むにつれ、その割合も0.5%足らずに下がり、人痘接種は標準的な予防法となった。(中略) その後も天然痘による死者は後を絶たず、20世紀だけでも推定3億人が亡くなった。しかし世界的なワクチン接種運動が実を結び、世界保健機関(WHO)は1980年5月に天然痘の根絶を宣言した。それまでにはワクチンが次々に開発され、多くの感染症が身の回りから姿を消した。パンデミックはもう起きないだろうとさえ、人々は思ったのだった。
2020.11.25
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図書館の放出本のラックで『文学界(2019年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。【文学界(2019年1月号)】雑誌、文芸春秋、2019年刊<商品の説明>より▼2019年を占うビッグ対談落合陽一×古市憲寿 「平成」が終わり、「魔法元年」が始まる多和田葉子×温又柔 「移民」は日本語文学をどう変えるか?<読む前の大使寸評>表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。amazon文学界(2019年1月号)多和田葉子と台湾人作家・温又柔との対談の続きを、見てみましょう。p205~207 <「移民」は日本語文学をどう変えるか?>■日本人とは何か、という定義温:あと、その言葉が「正しい」かどうかジャッジする人が誰なのか、なぜその人たちにそうする権利があるのか、ということにも注意を払わなければならないと思います。以前私の小説を読んだという年輩のご婦人に「日本語がときどき不自然だった。外国の人が書いているからしかたがないと思ったけど」と言われたときはショックでした。私がヤマダメグミだったら、この人は同じ感想を言ったのかな、と。 日本人の作家なら、よくもわるくも新鮮な表現あるいは独特な表現と評される部分が、私のように国籍が違う作家がやると「不自然な表現は、作者が日本人じゃないからだ」。多和田:日本人である、ということを自分の唯一のアイデンティティにしてしまっている人が多すぎると思うんです。だから日本の悪いところを批判されると、自分が全面否定されたように感情的になって怒る。でも「日本」イコール「わたし」ということはありえないし、息苦しいですよね。 日本人だけれども同時に、東アジア出身者でもあり、地球人でもあるし、国境を超えた世界小説界の輪の一環でもある。 日本人であると同時に韓国人でもある、とか、ロシア人でもありアメリカ人でもある、とか、そういう人も現実にはたくさんいます。二つ以上の文化を自分の家族だと感じられることがどんなことなのかを温さんの最新刊の『空港時光』は教えてくれますね。読んでいて気持ちが暖かく広がりました。 一つ一つの出来事がいくつもの文字や発音に分散して、豊かになっていきます。それから言語の境界をさまよう人が経験する感情、例えばすごく悔しい思いをすることなんかも書かれています。 母語しかできない場合は、幼児のときは幼児らしい言葉を話し、それを卒業して若者の言葉になり、社会人の話し方を覚え、という風に一直線に成長するのが、二ヶ国語に関わっていると、片方の言葉が子供のままという場合もある。そんな時に「赤ちゃんみたいな話し方だね」とか言われたら、傷つくでしょう。 温さんの小説にはそういう場面も出てきますね。時々思うんですけれど、大人になってから言葉の違う国に移住する場合、言語的には急にオムツの取れてない幼児に戻るわけですから、心理的にそれに耐えることができないと境界地帯の住人にはなれませんね。 もちろんある期間それに耐えれば高等教育を受けた大人のように話せるようになる人もいる。でも新しい土地で仕事をし、家族を養うことに忙しくて、言葉など必要最小限しか学習していられない人もいる。温:そうですね。自分の積み重ねてきたものが一切役に立たない場所で、ゼロからやらなければならないのはすごいプレッシャーだし。プライドが高すぎて、そういうのに耐えられないという人がいてもおかしくない。 私と中国語の関係も少しそういうところがあります。子どものときから身近だった言葉を、高校を卒業して本格的に学び直すぞと意気込んだのはいいものの、「第二外国語」として中国語と向き合うのは色々な意味で決して楽ではありませんでした。 白紙の状態であったなら、もっと素直に3歳にもゼロ歳にもなれたかもしれないけど、それをぺらぺら喋っていたという記憶に引きずられてしまったというか。実際、私は3歳だったときのほうが中国語がうまく話せていたんですよね。 だから余計に19、20歳の頃の私は、3歳に戻ることを無邪気に楽しめなくて、逃げてしまった。結局いまだに私が使う中国語と台湾語って、3歳以前の記憶を掘り起こして鳴らしている状態です。多和田:でも、その作業は小説家としては面白いですよね。四歳ぐらいの時に脳が全部入れ替わってしまうという説があります。もしそうなら、それ以前の記憶というのは全部後から作るしかない。 親や親の友達、近所の人、親戚から聞いた話をもとにして、書物で歴史を調べて、作り上げて行くしかない。まさに小説家の仕事ですね。私は小・中・高と東京の公立学校に通ったのですが、日本で受けた教育を振り返ってみると、漢字の練習というのが重視されていました。 漢字が書けないのは、計算ができないより、歴史を知らないよりずっと恥かしいことで、大げさに言えば、漢字を間違える人は教養がないし、人格が劣っている、みたいな、漢字コンプレックスが非常に強い国です。温:確かにひらがなだらけの文章はちょっと子どもっぽいというか、頼りないというか、「大丈夫かな?」って思っちゃうかも。多和田:そう。私もいつもひらがなが多いと言われる。でも、ひらがなはすごいんですよ。ひらがなで書いた日本語というのはある意味で英語とかドイツ語と似てくるんです。 難しい単語を盾にしてその後ろに隠れることができない。どんなに難しそうな事柄でも人と話をして、相手が耳で聞いて分かる形にしないといけない。 でも、もちろん漢字は面白いです。故事成語なんかも、背景に物語の隠された一枚の古い絵みたいで、ワクワクしますね。それで、今度の新刊『穴あきエフの初恋祭り』に収録されている「胡蝶、カリフォルニアに舞う」という短篇でも「胡蝶の夢」という故事成語で遊んでいます。 実は故事成語は私の一番不得意とする分野で、見ると受験のことを思い出します(笑)。でも、受験と関係ない自由な気分で見ると、こんな面白いものはない。温:「胡蝶、カリフォルニアに舞う」、めちゃくちゃ面白かったです。語り手であるⅠの正体がわかった瞬間、まだ最後まで読み終わってないのに、早くも再読したくなりました・・・未読の方のためにこれ以上は黙っておきますが(笑)。『文学界(2019年1月号)』3:多和田葉子と温又柔との対談の続き『文学界(2019年1月号)』2:古市憲寿と落合陽一との対談『文学界(2019年1月号)』1:「移民」は日本語文学をどう変えるか?
2020.11.24
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図書館で『国境の南、太陽の西』という本を手にしたのです。この本には目次の頁がないのです。それと各章の名称としては1から15までの数字だけであり、しおり紐をきちんとしないと、どこまで読んだか分からないのです。章の名前が書かれてあれば、興味のある箇所が分かると思うのだが・・・要するに素っ気ない装丁になっているので、ご注意ください。【国境の南、太陽の西】村上春樹著、講談社、1992年刊<商品のレビュー>より「ノルウェーの森」以来、かつおそらく最後のラブストーリーと思われる。その意味で村上春樹作品としては異質。ファンタジー要素は特段無く、島本さんのバックボーンが謎めいている以外はリアリティに徹している。<読む前の大使寸評>この本には目次の頁がないのです。それと各章の名称としては1から15までの数字だけであり、しおり紐をきちんとしないと、どこまで読んだか分からないのです。章の名前が書かれてあれば、興味のある箇所が分かると思うのだが・・・要するに素っ気ない装丁になっているので、ご注意ください。rakuten国境の南、太陽の西冒頭の語り口を、見てみましょう。p3~6<1> 僕が生れたのは1951年の1月4日だ。20世紀の後半の最初の月の最初の週ということになる。記念的といえば記念的と言えなくもない。そのおかげで、僕は「始(はじめ)」という名前を与えられることになった。でもそれを別にすれば、僕の出生に関して特筆すべきことはほとんど何もない。 父親は大手の証券会社に勤める会社員であり、母親は普通の主婦だった。父親は学徒出陣でシンガポールに送られ、終戦のあとしばらくそこの収容所に入れられていた。母親の家は戦争の最後の年にB29の爆撃を受けて全焼していた。彼らは長い戦争によって傷つけられた世代だった。 でも僕が生れた頃には、もう戦争の余韻というようなものはほとんど残ってはいなかった。住んでいたあたりには焼け跡もなかったし、占領軍の姿もなかった。僕らはその小さな平和な町で、父親の会社が提供してくれた社宅に住んでいた。戦前に建てられた家でいささか古びてはいたが、広いことは広かった。庭には大きな松の木が生えていて、小さな池と灯籠まであった。 僕らが住んでいた町は、見事に典型的な大都市郊外の中産階級的住宅地だった。そこに住んでいるあいだに多少なりとも親交を持った同級生たちは、みんな比較的小綺麗な一軒家に暮らしていた。 大きさの差こそあれ、そこには玄関があり、庭があり、その庭には木が生えていた。友だちの父親の大半は会社に勤めているか、あるいは専門職に就いていた。母親が働いている家庭は非常に珍しかった。おおかたの家は犬か猫かを飼っていた。 アパートとかマンションに住んでいる人間を、僕はその当時誰一人として知らなかった。僕はあとになって近くの別の町に引っ越すことになったが、そこもだいたい同じような成り立ちの町だった。だから大学に入って東京に出てくるまで、通常の人間はみんなネクタイをしめて会社に通い、庭のついた一軒家に住んで、犬か猫を飼っているものだと僕は思い込んでいた。それ以外の生活というものを僕は、少なくとも実感をともなって思い浮かべることができなかった。 大抵の家には二人か三人の子供がいた。それが僕の住んでいた世界における平均的な子供の数だった。少年時代から思春期にかけて持った友人の顔を思い浮かべてみても、彼らは一人の例外もなく、まるで判で押したみたいに二人兄弟か、あるいは三人兄弟の一員だった。彼らは二人兄弟でなければ、三人兄弟であり、三人兄弟でなければ、二人兄弟だった。六人も七人も子供がいる家庭は稀だったが、一人しか子供がいない家庭というのはそれ以上に稀だった。 でも僕には兄弟というものがただの一人もいなかった。僕は一人っ子だった。そして少年時代の僕はそのことでずっと引け目のようなものを感じていた。自分はこの世界にあっていわば特殊な存在なのだ、他の人々が当然のこととして持っているものを、僕は持っていないのだ。 子供の頃、僕はこの「一人っ子」という言葉がいやでたまらなかった。その言葉を耳にするたびに、自分には何かが欠けているのだということをあらためて思い知らされることになった。その言葉はいつも僕に向かってますぐに指をつきつけていた。お前は不完全なのだぞ、と。 一人っ子が両親にあまやかされていて、ひ弱で、おそろしくわがままだというのは、僕が住んでいた世界においては揺るぎない定説だった。それは高い山に登れば気圧が下がるとか、雌の牛は多量の乳を出すとかいうのと同じ種類の自然の摂理とみなされていた。だから僕は誰かに兄弟の数を訊かれるのが嫌でたまらなかった。 兄弟がいないと聞いただけで人々は反射的にこう思うのだ。こいつは一人っ子だから、両親にあまやかされていて、ひ弱で、おそろしくわがままな子供に違いない、と。人々のそういったステレオタイプな反応は僕を少なからずうんざりさせ、傷つけた。しかし少年時代の僕を本当にうんざりさせ傷つけたのは、彼らの言っているのがまったくの事実であるという点だった。そのとおり、僕は事実あまやかされて、ひ弱で、おそろしくわがままな少年だったのだ。更に読み進めます。p8~9<1> 家が近かったせいで(彼女の家は僕の家の文字通り目と鼻の先だった)、彼女は最初の1ヶ月間、教室で僕の隣の席を与えられた。僕は学校生活に必要な細かい手順をひとつひとつ彼女に教えた 教材のことや、毎週のテストのことや、掃除や給食の当番のことなんかだ。いちばん近所に住んでいる生徒が転校生の最初のケアをするというのが学校の基本的な方針だったし、特に彼女の場合は脚が悪かったので、先生は僕を個人的に呼んで、最初のうちしばらくは島本さんの面倒をよく見てあげなさいと言ったのだ。 初めて顔を合わせた11歳か12歳の異性の子供たちがだいたいそうであるように、最初の何日かの僕らの会話はぎごちなく気詰まりなものだった。でも自分たちがどちらも一人っ子であるとわかってからは、僕らの会話は急速にいきいきとした親密なものに変化していった。彼女にとっても僕にとっても、自分以外の一人っ子と出会ったのはそれが最初だったからだ。ウーム 村上さんの文章は端正で茶目っ気がないのです。ある意味、無国籍の文章といえるわけで・・・翻訳にむいているとも言えそうですね。
2020.11.24
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図書館に予約していた『大名倒産(上)』という本を、待つことおよそ10ヶ月でゲットしたのです。笑いと涙の経済エンターテインメントってか・・・これは期待できそうである。【大名倒産(上)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まりー<読む前の大使寸評>笑いと涙の経済エンターテインメントってか・・・これは期待できそうである。<図書館予約:(2/01予約、副本13、予約347)>rakuten大名倒産(上)江戸時代の俸禄の仕組みについて、見てみましょう。p126~128<七 本郷元町9尺2間裏長屋> さて、かつての主家が今日も無事に存続しておる、という話はいたしたの。間垣殿もそこまでは聞いておられるであろう。で、いったいどのようにして財政を立て直したのか、その方法を聞くためにやってきた、と。 教示いたすはやぶさかではない。ただし、その方法が人の道に適うているか、武士道に則っているかというと、そうとは思えぬ。水売りに身を落とした今も、ずっと悩み続けている。たしかに主家は窮地を脱したが、それでよかったのか、と。 よって、それがしの申すことは教示ではなく、いとつの経験譚としてお聞き願いたい。けっして鵜呑みにしてはならぬ。 いや、ありていに申せば、それがしの犯した過ちを繰り返してほしくはないのだ。 過ちを改めざる、これを過ちという。しかし、もう一度やり直すことはできぬ。さよう思うて悩み続けていたそれがしの耳に、ご尊家の悪い噂が入った。もう一度やり直す機会を、権現様が与えて下さったのであろう。 すなわち、これはそこもとらの戦であるとともに、それがしの戦でもあるゆえ、そこは相身たがい、感謝したりされたりするいわれはない。 よし。ご了簡いただいた。理屈はさておくとして、肝心の話に入ろう。 比留間家の俸禄は定めて七十俵五人扶持、勘定方添役としての格別の御役料はなかった。 私事ではあるが、当時の御家事情を説明するには、これが最もわかりやすかろう。 七十俵の御切米はすなわち本俸で、昔は年に一度、そっくりまとめて頂戴したらしいが、享保のころより年に三度に切り分けるようになった。ゆえに「御切米」じゃな。その内訳は、二月と五月にニ十俵ずつ、十月に三十俵という定まりであった。 しかるに、父の代からは財政困難につき、「お借上げ」と称して事実上の減俸が始まり、拙者の代には半知となった。すなわち、二月と五月に十俵ずつ、十月に十五俵の、つごう三五俵だ。 その御切米とは別に、毎月晦日に頂戴する扶持米は、いわば生活のための俸給じゃな。一人一日五合を食うと算じて毎月一斗五升、五人扶持で七斗五升を頂戴する。主家の米俵は三斗五升入りであったゆえ、ニ俵と少々を一家の食い扶持として月々拝領しておった。本俸の御切米が半知となっても、さすがにこの扶持米は従前通りであった。 まあ、こうした俸禄の仕組みは、ご尊家とて同様であろう。 は。何と一俵が四斗入り。それは豪気なものじゃな。御公儀ですら旗本御家人の俸給は三斗五升の俵だというに、さすがは越後の米どころじゃ。 だにしても、この地獄耳が聞いた噂によると、ご尊家の御家来衆にはいまだ俸給のお借上げがないというではないか。 まず、そこがわからぬのだ。きょうび御切米の半知などは当たり前、むしろ家格通りに俸禄を下げ渡している御家のほうが少かろう。 よろしいかな。そもそもお借上げと称する減俸措置は、下士足軽に下げ渡すたかだかの給与を節約するためのものではない。財政に寄与するのであれば、五百石千石を領知する御重役方々が申し合わせたほうが、ずっとよいに決まっておおろう。御家来衆の俸禄には天地の格差があるのだからの。 つまり、こういうことだ。 当家は下士足軽に至るまで半知とするほどの窮状ゆえ、と商人たちを説得する。「お借上げ」はそのための方便じゃな。かくして十分な根回しをしたのち、ならば仕方がないと肝を括った商人を伺候させ、御殿様おんみずから「お断り」を宣言するのだ。 拙者は江戸屋敷にて二度、その儀に立ち会うた。 場所はいずれも、表御殿の書院であった。参集した商人は、両替商、蔵元、札差、ときには付けの溜まった呉服屋や、もろもろの御用商人まであった。 書院の下段には肩衣半袴の御重役方々が居並ぶ。末席に勘定奉行があって、それがしはその背うしろの御入側に控えておった。(中略) やがてお成りの声がかかって一同は平伏する。御殿様が上段の間にお出ましになる。 着座なされるとまずは一言、ねぎらいのお言葉がある。 「本日は苦労であった」 侘びではないよ。御殿様が町衆に親しくお声をかけるのだから、その名誉たるや万金に値する。 一同は平伏したまま小動もせず、ただちに御殿様は仰せになる。 「断る」 実に簡潔なお言葉で、後先には何も付かなかった。『大名倒産(上)』1
2020.11.23
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<『韓国が嫌いで』2>図書館に予約していた『韓国が嫌いで』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いでオーストラリアでのその後の生活を、見てみましょう。p102~105<ベースジャンプ> 再び、シェアハウスに引っ越しすることになった・・・、それもカーテンで仕切ってリビングに住むタイプに戻った。引っ越しの日、ジェインが手伝いに来てくれて、自分の引っ越しみたいに全部仕切ってくれた。家を出る前の掃除が義務なんだけど、ふたりで拾い部屋を掃除し終わると、ぐったりして荷物を持つ気力もなかった。 「長い目で見りゃ、こんなのどうってことないって。おまえ、もう永住権持ってるだろ。いい勉強になったって考えりゃ…」 ジェインがぼそぼそと話しながら、私の大きな移民カバンをひいてバスから降りるときにバスの階段に引っかかってカバンのキャスターがポロリと取れた。新しい家まではまだ一ブロック以上も歩いて行かなくちゃいけないのに、キャスターの取れた移民カバンを地面に引きずっていくなんてできなかった。 だからって持ち上げていくには大きすぎる。ジェインがその巨大なカバンを抱き上げたり押したりして困っているときに、私は足の力が抜けて地面に座り込んだ。それまでこらえていた涙がぼろぼろと流れ落ちた。 「ああ、全く役立たずだな。泣くなよ。俺が何とかして新しい家までもっていってやるから」 ジェインは大見得を切って、私は道端で子どものようにわんわん泣いた。ようやく口に出た言葉が「私を置いてひとりで行って。もう歩けない」だった。 「ここでこのままちょっとだけ待ってろ。住所書いたメモ、どこに行った? 俺が荷物を全部そこにおいて戻ってくるから」 「もう、いいってば。ほっといて」 ジェインは移民カバンを子どものように背中におんぶした。 「車が走ってきても、絶対飛び出すんじゃないぞ、わかったな」 私の性格をよく知っているジェインはそう言っていなくなった。私はもうひとつのトランクとバックパックとともに、ぼんやりとしゃがんでいた。 壊れかけの移民カバン、トランク、そしてバックパック。オーストラリアに初めて来たときと同じ荷物。移民カバンが壊れたのはジェインのせいじゃない。カバンだって4年の間、自分の役割をきっちり果たした。 カバンの問題じゃなくて、何度も引っ越しして、その間定着地さえ見つけられなかった私が問題。一体、オーストラリアに何しに来たんだろう? 私、どうして生まれてきたんだろう? 苦労するために生まれてきたのかな? 私以外のみんなも、私みたいに苦労しながら生きているの、本当に? そうやって朦朧としている間に、ジェインは移民カバンを新しい家に置いて、スーツケースとバックパックも持って行った。最後に私の腕をつかむと自分の首に巻き付けて私と荷物をずるずると引きずった。ジェインの体から甘酸っぱい汗の臭いがした。 「ジャジャーン! 今日のスペシャルメニューはガーリックシュリンプとシーフードプラッターでーす」 厨房からジェインが皿をささげて出てきた。私を含め、遅番のウェイトレスたちが拍手で迎える。 ドイルズの二階だった。大きなガラス窓の向こうにオペラハウスが美しく見えていた。でも、音楽は流れてなくて、ろうそくの明かりも全部消えていた。私たちが座っている席を除いて、他のテーブルの椅子はすべて片付けられていた。 一日が終わると、たまに、こうして調理師がその日残った食材で簡単な夜食を作りウェイトレスと一緒に食べる時があった。マネージャーたちもこんな習慣を問題にはしなかった。最高級レストランだけあって、材料が少しでも古くなるとどうせ捨てることになっていたからね。それにしても、その晩の賄いは立派すぎた。 「ワーオ、これはゴージャスすぎない? 客に出すメイン料理よりも高級に見えるよ」 オランダから来たローナが言った。 「今日はキエーナが遅番だからね。ジェーンはキエーナが好きなんでしょ? 恋人のための料理ってこと」 南アフリカ出身のステラが言う。ちょうど、ある夫妻がほとんど飲まずに残したワインがあって、それを各自のグラスに注ぎながら。馥郁たる香りは紙パックのワインと比べ物にならなかった。 「ジェーンがキエーナを好きだって? あんたたちレズビアンだったの?」 ローナが顔をしかめて聞いてきた。ジェインは名前のことで自分がからかわれてるのも聞き取れていなかった。何も言わずににこにこしているのを見て、私もひとこと。「実は、私が男役なの」。 自分が働いているレストランでウェイトレスをしてみないかと、初めてジェインに言われたときは「また食堂のホールスタッフに逆戻りか」と思って、悲惨な気持ちになった。いくらガールズベリーより時給が高いといわれても、ウェイトレスはウェイトレスじゃん。 でも実際に働いてみると、ドイルズのウェイトレスはオーストラリアで経験したどんな仕事より良かった。基本給も高いけど、それと変わらないくらいのチップを受け取ることができたんだ。オーストラリアにはチップ文化はないんだけど、ここはオペラハウス横の高級レストランだからか、外国人の観光客が従業員にチップをくれた。福利厚生もよくて制服を着替える更衣室も男女別にあって、それとは別に職員休憩室もあった。 ウェイトレスの中でアジア人は私しかいなかった。ある程度見た目で採用されているみたいだけど、それよりも重要なのは英語の実力。こういうレストランに来る裕福な観光客はウェイトレスと長く会話を楽しみたがる。今日はどんな肉がおすすめなのか、もしかしてカンガルー料理はないか、食事のあと軽くダンスするような店はないか、などなど、あらゆる質問をされる。『韓国が嫌いで』1
2020.11.23
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このたび、柳美里さんの「JR上野駅公園口」が全米図書賞・翻訳文学部門を受賞しました。…で、以前この小説についてブログで取りあげていたので復刻します。***********************************************************************<JR上野駅公園口>図書館で『JR上野駅公園口』という本を手にしたが・・・・この小説の主人公はJR上野駅付近で暮らすホームレスの男性のようである。大使は転勤で2年間、東京暮らしをしたことがあるので、JR上野駅付近は土地勘もあり懐かしいのです。柳美里さんのエッセイなどは読んだことがあるが、小説を読むのは初である。、毎度のことではあるが・・・虐げられる者、ハンデキャップを持つ者に寄り添う柳さんのスタンスがいいではないか。【JR上野駅公園口】柳美里著、河出書房新社、2014年刊<「BOOK」データベース>より東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのため、上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国をー。構想から十二年、柳美里が福島県に生まれた一人の男の生涯を通じて“日本”を描く、新境地!<読む前の大使寸評>著者は南相馬市のFM放送で週一回のパーソナリティを務めているそうである。毎度のことではあるが・・・虐げられる者、ハンデキャップを持つ者に寄り添う著者のスタンスがいいではないか。rakutenJR上野駅公園口ホームレスの実態に触れているところを見てみましょう。p85~91 だが、この公園で暮らしている大半は、もう誰かのために稼ぐ必用のない者だ。女房のため、子どものため、母親、父親、弟、妹のためという枷が外れて、自分の飲み食いのためだけに働けるほど、日雇いは楽な仕事ではない。 昔は、家族が在った。家も在った。初めから段ボールやブルーシートの掘っ立て小屋で暮らしていた者なんていないし、成りたくてホームレスに成った者なんていない。こう成るにはこう成るだけの事情がある。サラ金の高利子の借金が膨らんで、夜逃げしたまま蒸発した者もいれば、金を盗んだり人を傷つけたりして刑務所にぶち込まれ、娑婆に出ても家族の許には帰れないという者もいる。会社をクビになって、女房に離婚されて子どもも家も取られて、捨て鉢になって酒や賭け事に溺れて一文無しになった者、転職を繰り返してハローワークに通い詰めても希望する職が見つからず、気落ちして抜け殻みたいになった4,50代の背広を着たホームレスもいる。 落とし穴だったら這い上がることもできるが、断崖絶壁から足を滑らせたら、二度と再び人生に両足を下ろすことはできない。落ちることを止められるのは、死ぬ時だけだ。それでも、死ぬまでは生きなければならないから、細々と駄賃稼ぎをするしかない。 秋になれば、公孫樹の木の下で銀杏を拾って、ゴザで干して売ることもできる。 駅のゴミ箱で漫画雑誌や週刊誌を拾って古本屋に持って行けば、一冊何十円かにはなる。堅い雑誌よりかは、若い女の水着や下着が表紙の週刊誌の方が高値で引き取ってもらえる。ビニールシートの上に雑誌を並べて捨て本屋をやっている者もいるが、地回りのヤクザにショバ代を取られる場合もあるし、ホームレス同士で雑誌の取り合いになって突き飛ばされて線路に転落し、電車に撥ねられて死んだという話も聞く。一時でも何かを所有すれば、奪われ失うかもしれないという危険と不安に付き纏われ、気が気ではない。 その点、その日に集めた分をその日のうちに換金できるアルミ缶は気が楽だ。回収用のビニール袋を持って、道端や植え込みやゴミ箱に捨ててあるアルミ缶を拾って歩く。リサイクル業者に持って行けば、一個二円、百個で二百円、千円稼ぐには五百個、二千円稼ぐには千個――。 ここで暮らしはじめた67歳の時から、何度この銅像を見上げたかわからない。西郷さんは、いつもアメ横の方に体を向け、丸井のビルの辺りを眺めている。右手には犬の綱、左手は脇差しの鞘を握っているが、右手の方に力が籠もっているように見える。(中略) ここは、上野公園の中でいちばん外の音が聞こえる場所だ。アルミ缶で膨らんだゴミ袋や捨て雑誌を積んだ自転車を引いて歩く道すがら、よく西郷さんの前で足を止めて、目を閉じた。 車の走る音・・・・エンジン・・・・ブレーキ・・・・アスファルトを滑るタイヤの音・・・・ヘリコプターが旋回する音・・・・ 一歩、二歩、前に出た。帽子を目深に被っていたから、目を閉じたことは誰にも気付かれなかったと思う。足裏で盲人のための点字ブロックを黄色い線の上に立つと、瞼の暗闇の中で恐怖が伸び伸びと広がっていった。ホームレスに陥るあたりを見てみましょう。p128~152 娘の洋子が心配して、原町の動物病院に看護師として勤めはじめた孫娘の麻里をちょくちょく寄越してくれていたが、しまいには「おじいちゃんが心配だから」と麻里はアパートを引き払って越してきた。 コタロウという名前の雄犬も一緒だった。胴と顔の長い、よく吠える茶色い小型犬だった。 (中略) 雨の朝だった。 「むしむしすんね」と麻里が半分開けて網戸にした窓から、湿気を含んだ風が雨音と共に流れ込んできた。雨の匂いを嗅ぎながら、麻里がこしらえてくれたスクランブルエッグとトーストを食べて、麻里と犬を玄関まで見送った。21歳になったばかりの麻里を、祖父である自分とこの家に縛るわけにはいかない、と思った。 と書き置きをして、押し入れから出稼ぎに行く時に使っていた黒いボストンバックを取り出し、身の回りの物を詰め込んだ。 鹿島駅から常磐線に乗り、終点の上野駅で降りた。公園口改札から表に出ると、上野も雨だった。青信号が点滅し出したので、傘を差さずに横断歩道を渡った。渡り切ったところで、夜空を見上げた。大粒の雨が空から降ってくるのが見えて、雨で濡れた瞼が震えた。その夜は、東京文化会館の軒下で過ごすことにしたが、規則正しく地を打つ雨の音を聞いているうちに疲れと眠りが押し寄せ、ボストンバッグを枕にして眠っていた。 生まれて初めての野宿だった。(中略) テント村のホームレスの荷物はブルーシートと紐で小包のようにまとめられ、その一つ一つに、国、西、燈、す、すなどと車のナンバープレートのように、公園内の「縄張り」別に整理番号が付けられた荷物調査表がぶら下げてある。「国」が国立科学館、「西」が西郷さん、「燈」が上野東照宮のお化け燈籠、「す」が摺鉢山―、自分とシゲちゃんのコヤは「す」で摺鉢山の麓の木陰にあった。 と、漢字の後にいちいち平仮名の読みが入っていて、かえって読みづらいのだが、ホームレスたちには小学校卒業程度の学力もないと思っているのだろう。 ガァーガァーガァー・・・・・テント村の樹上で、烏たちが鳴き交わしている。コヤの中の食料を狙っているのか、巣が近くにあるのか、時々ギャッギャッと鳴き声が険しくなり羽ばたきの音が混じるので、烏同士で争っているのかもしれない。(中略) あの日は11月20日、一ヶ月間で五度目の「山狩り」だった。上野公園内や周囲には美術館や博物館が多く、天皇家の方々が訪問されるような展覧会やイベントが立てつづけに行われることもある。御料車の経路に上野公園の正岡子規記念球場の前の通りも入っているのだが、通りからは見えない場所にあるコヤまで撤去が強制されるということは、行幸啓の機会を利用して、上野公園で暮らす五百人ものホームレスを公園から追い出そう、とオリンピックを誘致しようとしている東京都が目論んでいるからだろう。 その証拠に、天皇家の方々が皇居や赤坂御用地にお帰りになられた後も数時間はコヤを建てられないし、夜になって元の場所に戻ると、立入禁止の看板や柵や花壇が設置されていて、ホームレスは公園から締め出しを食らって路頭に迷う――、と解っていても、行幸啓の時は、雨が降っていようが、雪が降っていようが台風が接近していようが、コヤを畳んで公園の外へ出なければならないのだった。2014年2月に書かれた「あとがき」の一部を見てみましょう。p179~181 この小説を構想しはじめたのは、12年前のことです。 2006年に、ホームレスの方々の間で「山狩り」と呼ばれる、行幸啓直前に行われる「特別清掃」の取材を行いました。 「山狩り」実施の日時の告知は、ホームレスの方々のブルーシートの「コヤ」に直接貼り紙を貼るという方法のみで、早くても実施1週間前、2日前の時もあるということで、東京在住の友人に頼んで上野公園に通ってもらい、張り紙の情報を送ってもらいました。 上野恩賜公園近くのビジネスホテルに宿泊し、ホームレスの方々が「コヤ」を畳みはじめる午前7時から、公園に戻る5時までのあいだ、彼らの足跡を追いました。 真冬の厳しい雨の日で、想像の何倍も辛い一日でした。 「山狩り」の取材は三回行いました。 彼らと話をして歩き、集団就職や出稼ぎで上京してきた東北出身者が多い、ということを知りました。彼らの話に相槌を打ったり質問をしたりしていると――、70代の男性が、わたしとのあいだの空間に、両手で三角と直線を描きました。「あんたには在る。おれたちには無い。在るひとに、無いひとの気持ちは解らないよ」と言われました。 彼が描いたのは、屋根と壁――、家でした。 その後、8年の歳月が過ぎ、わたしはこの作品のことを気に掛けながら、5冊の小説と2冊のノンフィクションと2冊の対談集を出版しました。 2011年3月11日に東日本大震災が起きました。 3月12日に東京電力福島第一原子力発電所1号機が水素爆発、14日に3号機が水素爆発、15日に4号機が爆発しました。 わたしは、原発から半径20キロ圏内の地域が「警戒区域」として閉ざされた4月22日の前日から原発周辺地域に通いはじめました。著者は南相馬市のFM放送で週一回のパーソナリティを務めているそうである。有名人という利点を生かしているが、この持続するしつこさは、なかなかできることではないと思うのだ。***********************************************************************朝日の文化・文芸欄(2020.11.20)によれば・・・海外の文学賞に詳しい都甲幸治・早稲田大教授(米国文学)によると、英語圏の翻訳文学の賞では英国のブッカー国際賞と並んで注目度が高く、多和田さんは受賞(2018年受賞)をきっかけに大きく評価が高まった。「日本語で書く女性作家のレベルが非常に高いということだと思う。柳さんの作品も世界中で広く読まれるようになるのではないか」と話す。
2020.11.22
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図書館の放出本のラックで『文学界(2019年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。【文学界(2019年1月号)】雑誌、文芸春秋、2019年刊<商品の説明>より▼2019年を占うビッグ対談落合陽一×古市憲寿 「平成」が終わり、「魔法元年」が始まる多和田葉子×温又柔 「移民」は日本語文学をどう変えるか?<読む前の大使寸評>表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。amazon文学界(2019年1月号)多和田葉子と台湾人作家・温又柔との対談の続きを、見てみましょう。p203~205 <「移民」は日本語文学をどう変えるか?>■エクスフォニーを経由して多和田:私もドイツで、「まだ日本語もできるんですか?」って言われたときは、すごくショックでした(笑)。 ドイツ語に浸かったらもう頭の中はドイツ語になって、日本語ができるわけがないだろう、と思う人がいるんですね。でも、何となくボヤッと生きていて両方の言語ができるということはなくて、両方の方向に毎日努力しているということも分かってほしいですね。温:本当ですね。多和田:日本語は日本語として隔離し、それが壊れないように努力しながらもう一つの言語も磨いていくのではなくて、二つの言語の間を風通し良くしてみたり、わざと閾を意識してみたり。私の場合なら、ドイツ語が日本語に影響を与える、日本語がドイツ語に影響を与えるということを許しながらも、どちらかがどちらを食べてしまわないように、常に両方の十分な栄養を与える。 日本語ならわたしの場合、万葉集とか堤中納言物語とか、芭蕉とか、もっとずっと新しい樋口一葉でもいいです。普通の読書の他によく知っている古典を読み返して、こういう日本語から発生したかもしれないけれど実際には発生しなかった日本語というのを自分で考えてみるんです。 今ある日本語をコピーしているだけじゃ文学の言語は衰弱していってしまうと思うんです。温:仰るとおりです。初期のエッセイ集『カタコトのうわごと』では「〇」とお書きになってますよね。私、それを読み、すごく勇気づけられたんです。 作家は、たとえそれが母国語や母語であっても、自分の言葉と距離を置くというか、一種の「外国語」として見直す必要があるんだなって。多和田:そうです。温:私は台湾生まれといっても物心ついたころからずっと日本にいるので、日本語が自分の全世界なのだと感じていました。もし私が、いわゆる「普通」の日本人なら別にそれであまり問題なかったんだろうけど、私の場合、台湾との関係がやっぱりあって。 でも自分の知っている日本語を規範にすると、そういう自分のリアリティは表現できない。しょうがないから、日本語のほうに自分を合わせてきたんです。でも、多和田さんの本を読んだことで、自分が「自然」とか「普通」だと思っていた日本語のほうが実は偏っていて、そんな窮屈なところに自分を無理に当てはめる必用はないんだと気づいた。 そして、もしかしたら自分にも、まだ誰も書いたことのない日本語を書くことができるんじゃないかなって希望が湧いたんです。多和田:日本語以外の言語に通じている人は、可能性の日本語をつくる上で有利だと思います。現在普及しているいかにも小説的な日本語も、いろんな翻訳の過程を通じてできてきた日本語ですよね。 まず漢文との出会いがなかったら現在の日本語は今のようなものになっていませんよね。中国語から直接もらった単語というより、もらった漢字を勝手に組み合せて作った単語です。中国語から漢字をもらわなければ全部存在しない日本語の単語は無数にありますよね。次にオランダ語との出会い。そしてドイツ語や英語、フランス語などにあったコンセプトをホームメイド漢語で日本語に取り入れた。 今ある日本語自体が、複合言語的な性格を持っていて、それは今でも変遷し続けています。その変遷のきっかけになるものを一押しする、与える、あるいは振り返る人々が作家だと思うんですが、これからはいろんな方向からそういう書き手が出て来るのではないでしょうか。温:日本語の来歴がそもそも混在的なんですね。そのことを日本語の中にどっぷり入っていると忘れがちなんです・・・私の母は来日して30年以上が経った今も、「迷子しないでね」と言うんです。あきらかに中国語の影響なんですが。 以前は「なんで毎回まちがえるんだろう」と嫌だったんですが、あるときから、面白いなと思うようになりました。私は日本語の中に入り浸っているから何となく「迷子になる」のほうが正しいと思い込んでいたんだけど、よく考えたら、迷子を「する」可能性も日本語は表現できるのかもしれないなって。多和田:「迷子する」は日本語の変遷の方向を示しているんじゃないですか。例えば「お茶する」って言い方は、昔はなかったですよね。自分ではなんだか恥かしくて使えないけれど、人に「お茶しない?」と誘われるのは好きです。「あんまり日本人しないでね」という表現も悪くないと思うけれど。■訛りは人生の遍歴多和田:ドイツの知識層では、自分の話し方から判断して、相手の話し方がちょっとでも規範を外れていると、「この人は大学を出ていない」とか、「大学は出ていても労働者階級の出だ」とか、「ドイツ語で高等教育を受けているが東欧の人だ」とか、仕分けが始まるんですね。 私の場合はアジア系の顔ですから「この人は遠くから来た人だ」と見た瞬間わかって、そこで私がドイツ語を話すと、「ドイツ語を普通に話せるのか。すごい」ということで評価は上がる。 だから役所とかでも、実際に出向いて話した時の方が電話をかけた時より親切です。でもたとえばチェコ人の場合、ドイツ人かと思っていたのにドイツ語を話し出した途端に、東欧の訛りが少しはあるので評価が下がる。それは彼らの言語が劣っているからではありません。語彙も豊かだし、表現の仕方も非常に凝っていることが多い。 東欧は経済的に弱いというだけのことだと思います。逆にアメリカ訛りだと、大統領の文化的水準はチェコより低いけれど、経済的軍事的な影響力が大きいから、評価が上がる。そうゆう現象に反発して、訛りをたたえるエッセイをドイツ語で書いたんです。訛りというのは、または文法の間違いでもいいのですが、自伝みたいなものである、自分がこれまでどのような文化圏に生まれて幼年時代を過ごしたのか、それからどのような場所で暮らしてきたのか、そういう貴重な個人史を語ってくれるのが訛りです。 赤ちゃんの時にドイツに来たので全然訛りがないトルコ人の知人がいるんですが、彼女は「私は訛りが欲しい」と言っています。訛りがあれば自分がどこから来たかということを、訛りが語ってくれるけど、訛りがないと、自分のことを分かってもらえないような気がしてしまうと。 訛りさえあれば、新しい言語を習得しても、それがいくらうまくなっても、常にそれまでの自分が誰だったのかを相手に示しながら、新しい言語を操ることができるんです。温:私は中国語に関しては訛りのスペシャリストでして、台湾にいた頃に耳で覚えたうねりが体に残っているけれど、いざ再現しようとすると、日本語訛りになってしまう。しかも、日本語訛りになってしまった台湾の中国語が、中国大陸の北のほうの耳にはすごく南方訛りに響く。 中国に留学していた約半年間は、各方面からしょっちゅうジャッジされていました。いわゆる「正統」な中国語ができると自負している方々からすると「そんな中国語を喋るお前は何者だ」みたいな。見た目は東洋人だから、最初中国人と思われ、台湾人と思われ、日本人と思われ、何人か分からない感じになってゆく・・・。 自分で望んだわけでもないのに口にしただけでいろんなことが剥き出しになってしまう自分の中国語に劣等感がありました。でも、今は、この訛り自体が私の人生の遍歴だと誇れるようになりました。誇れるっていうか、開き直るですね(笑)。多和田:そうですね、まさに。『文学界(2019年1月号)』2:古市憲寿と落合陽一との対談『文学界(2019年1月号)』1:「移民」は日本語文学をどう変えるか?
2020.11.22
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図書館で『コンビニが日本から消えたなら』という本を手にしたのです。実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。【コンビニが日本から消えたなら】渡辺広明著、ベストセラーズ、2019年刊<「BOOK」データベース>より抜群の親しみやすさ!バイヤー経験に基づく確かな目利きで流通界に鋭く斬り込む!コンビニを見ると気づく日本経済復活論。いい仕事をするための教科書。<読む前の大使寸評>実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。rakutenコンビニが日本から消えたなら同一チェーンの近隣出店を、見てみましょう。p228~231<第4章 目からウロコのコンビニ裏事情>■同じコンビニチェーンの店舗が近隣にも建つ理由 しばしば街を歩いていると「同じコンビニチェーンの店舗ばかり建っている」といった光景に遭遇することがあるでしょう。ときには、隣や道路を挟んだ向かいに同一チェーンのコンビニが建てられているケースもあります。 この理由は、フランチャイズ業界における「ドミナント戦略」です。 ドミナント戦略とは、一定の地域に集中的に出店していき、知名度を上げて競合他社よりも優位に立とうとする戦略です。コーヒーチェーンのスターバックスもドミナント戦略を得意としています。池袋駅周辺には10店舗以上、新宿駅周辺には20店舗以上も出店していて、両駅の周辺では、スターバックスの紙コップを持って街を歩いている若者が目立つ。その宣伝効果も計り知れません。 ドミナント戦略による出店には、大きく分けて2つの方法があります。1つは、例に出したスターバックスのように、狭小エリアに集中的に出店してゆく方法。もう1つは、もっと大きなエリアで捉える方法です。たとえば、セブン-イレブンは四国に進出する際、一挙に30店舗ほど同時に出店することで、強いインパクトを与えました。工場・物流センターを拠点とした配送効率においても、ドミナント戦略は理に適った戦略となるのです。 しかし、コンビニ本部にとっては合理的でも、オーナー側にとっては理不尽に感じるのがドミナント問題です。とくに、狭小エリアのドミナント出店は、店舗の売上が大幅に落ちるため、心情的には穏やかではありません。 ただし、同一チェーンによるドミナント戦略は、決してオーナーへの嫌がらせではありません。それどころか、むしろ「他社からのプロテクト」という側面もあります。近隣のテナントに他社のコンビニが入ってしまったら、それは単純に競合店の誕生を意味します。しかし、自社で押さえれば、オーナーを救う手立ても残されています。どういうことかと言うと、本部が同一チェーンの店舗を建てる際、近隣のオーナーに「新店舗も経営しませんか?」と多店舗経営を打診するのが一般的なのです。 ドミナント出店で抗議しているオーナーの中には、本部から多店舗展開を打診されなかった人々も多いようです。ただし、本部も打診する相手を選んでいます。実は、打診されなかったオーナーは、本部の目指す店舗の運営と乖離がある場合が多いのです。また、複数店の経営を望まないオーナーもいます。このため、ドミナント出店に苦しむオーナーたちに同情の声が集まることもありますが、私は一概に本部ばかりを悪者扱いするのは間違いだと思っています。 ただし、たとえオーナー側に打診されないような原因があったとしても、心情的には良くないことだとも思っています。新たにフランチャイズ法を策定し、同一チェーン出店の場合は、距離規制などを設ける必要があるかもしれません。また、近隣の同一チェーン出店の場合は、既存オーナーに、新店を運営するプライオリティを各コンビニ本部は与えるべきだとも思います。 しかし、こうしてオーナーを守ったとしても、今度は別の問題が浮上します。それは、コンビニ以外の業界からの出店です。「まいばすけっと」や「マルエツプチ」などの安売りのミニスーパーが出店すれば、コンビニは他社の競合店よりも苦戦を強いられます。ほかにも、周囲に弁当チェーンやファストフード、ドラッグストアが建てば、コンビニの需要は著しく下がるでしょう。『コンビニが日本から消えたなら』3:「店舗数」と「マス化」が商品開発の土壌『コンビニが日本から消えたなら』2:キャッシュレス決裁『コンビニが日本から消えたなら』1:「はじめに」()
2020.11.21
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<『コンビニが日本から消えたなら』3>図書館で『コンビニが日本から消えたなら』という本を手にしたのです。実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。【コンビニが日本から消えたなら】渡辺広明著、ベストセラーズ、2019年刊<「BOOK」データベース>より抜群の親しみやすさ!バイヤー経験に基づく確かな目利きで流通界に鋭く斬り込む!コンビニを見ると気づく日本経済復活論。いい仕事をするための教科書。<読む前の大使寸評>実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。rakutenコンビニが日本から消えたならコンビニの商品開発力を、見てみましょう。p139~142<第2章 コンビニこそ商品開発の最前線>■「店舗数」と「マス化」が商品開発の土壌をつくる 近年、家電メーカーの低迷により、「日本の商品開発力が弱まっている」との指摘があります。これは「日本が得意とする多種多様すぎるものづくりからくる負のスパイラル」が原因なのかもしれません。 高スペックでさまざまな機能を詰め込むという手法が、世界では受け入れられなくなっているのです。代わりに、サムソンのような使用頻度の高いスペックに絞り込んだ商品が発展途上国を中心に人気を集めています。 しかし、「日本の多種多様なものづくり」は、一般的な消費財においては強い武器だと私は思っています。シャンプーや化粧品、食品など、お客様の多様なニーズに合わせ、これだけ豊富な種類を取り揃えている国は日本だけです。 これらの商品を、世界に目をむけて開発していけば、素晴らしい進化を遂げる可能性があります。 そのなかでも、とくに私が期待しているのはコンビニが持つ商品開発力です。■商品開発に適した巨大なロット数 まず前提として、日本の商品の品質が高い理由は工場(大手メーカーのOEM/製造受託工場)にあります。日本の工場は徹底した生産管理と時間管理によって高品質を保っています。 中国やベトナムなどの工場でも、日本が指導している工場ならば、均一で同品質で製造できるものが増えています。ただ、時間管理に関しては日本ほど正確な国はありません。正確できめ細やかに対応できるというのは、商品づくりにおいてとても大切なのです。 そして、コンビニの商品開発力が工場とどう関わっていくのかというと「巨大なロット数」を保有していることが武器となってくるということです。商品はロット数で売価が決まります。3000個つくるのと、3万個つくるのと、30万個つくるのとでは原価が大きく変わってきますからね。コンビニは店舗数が多いため、大手3社が「1店舗あたり3個売れる」と想定したら、各社のロット数は1.5~2万店のため、4万5000~6万個になります。コンビニの店舗数は、商品づくりに向いた大ロット数なのです。 世界の小売業を見回しても、これほどの店舗数を抱えている企業はありません。業界トップの売上高を誇るウォルマートでも、店舗数は世界で1万1300店舗です。これに対し、コンビニは「国内」だけでセブン-イレブンが2万1000店舗、ファミリーマートが1万6500店舗、ローソンが1万4600店舗。世界最高峰の店舗数を大手3社が抱えているのです。『コンビニが日本から消えたなら』2:キャッシュレス決裁『コンビニが日本から消えたなら』1:「はじめに」()
2020.11.21
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図書館で『コンビニが日本から消えたなら』という本を手にしたのです。実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。【コンビニが日本から消えたなら】渡辺広明著、ベストセラーズ、2019年刊<「BOOK」データベース>より抜群の親しみやすさ!バイヤー経験に基づく確かな目利きで流通界に鋭く斬り込む!コンビニを見ると気づく日本経済復活論。いい仕事をするための教科書。<読む前の大使寸評>実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。rakutenコンビニが日本から消えたなら大使は「いつもニコニコ現金払い」を励行していて、キャッシュレス決裁には抵抗を感じているのだが・・・そのキャッシュレス決裁を、見てみましょう。p26~27<SECTION 03 キャッシュレス決裁>■政府が推進するキャッシュレス事業、人手不足のコンビニには大きな追い風 2019年10月の消費税引き上げに伴い、政府はキャッシュレス決裁のポイント還元制度を開始しました。 かねてから日本では“現金信奉”が強く、経済産業省によれば、2016年の日本のキャッシュレス普及率のは約20%。「キャッシュレス後進国」とも揶揄されるなか、政府は2025年までに普及率40%を目指すと発表しています。 コンビニ業界においても、キャッシュレス推進は歓迎すべき政策と言えます。深刻な人手不足に陥っている各店舗では、レジ会計における省力化が必須なのです。 私は月に1,2回の頻度で、現場の状況を勉強するため、都内のコンビニ店舗で働かせていただいています。そんな私の肌感では、キャッシュレス決裁を利用するお客様は、10月を機に3割程度から5、6割に増えています。各社の全国平均の発表でも。セブン-イレブンで約42%、ファミリーマートで約26%、ローソンで約28%と確実に増加しています(2019年11月)。 私がレジ打ちした感覚では、支払方法として最も多いのは、クレジットカードをはじめとした、もともとお客様が所有していたであろう電子マネーです。とくに交通機関系電子マネーの「Suica」で支払うお客様が増えているようです。一方、近頃話題になっている「スマホ決裁」の利用者は、現状ではそれほど多くない印象を受けました。アプリ立ち上げの手間が継続利用の妨げになっているようです。 得てして人は、年を重ねるに連れて、変化を苦手に感じるものです。キャッシュレス化においても、高齢者は従来の現金払いのままといった感じです。しかし、駅の改札で「Suica」をはじめとしたICカード乗車券が一般化したように、変化を嫌う一方で、その利便性に気付けば順応していくのが人間です。 キャッシュレス決裁の利便性が広まれば、高齢者の利用も少しずつ増えていくと考えられます。『コンビニが日本から消えたなら』1()
2020.11.20
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図書館で『コンビニが日本から消えたなら』という本を手にしたのです。実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。【コンビニが日本から消えたなら】渡辺広明著、ベストセラーズ、2019年刊<「BOOK」データベース>より抜群の親しみやすさ!バイヤー経験に基づく確かな目利きで流通界に鋭く斬り込む!コンビニを見ると気づく日本経済復活論。いい仕事をするための教科書。<読む前の大使寸評>実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。rakutenコンビニが日本から消えたなら冒頭の「はじめに」を、見てみましょう。p6~9<「はじめに」コンビニのない世界を想像できますか?> 高校3年まで家事全般は母親任せだった浜松の田舎育ちの私が、東京の大学に進学を機に上京することになり、一人暮らしのワクワク感と不安がまじった心持ちだったことを憶えています。母親も同様だったようです。 そんな不安を一変させた親父の一言、 「住む所の近くにニコマートって24時間開いている店があるから大丈夫じゃないか」 確かに、その後の10年近く続く一人暮らしはもとより、いまに至るまでコンビニのおかげで不自由なく便利に暮らすことができています。そして外国に行くとそのありがたさを痛感します。 誰もがたとえ一人でも快適に暮らすことができる世の中になったのは、まさにコンビニが大きな役割を果たしたからなのではないでしょうか? 同時に、未婚化を加速させた戦犯かも。いまでは高齢者世帯の拠り所にもなっています。 セブン-イレブンのTVCMのキャッチコピーが「開いててよかった」から「近くて便利」へと変わり、国民にとってなくてはならない、空気や水のような存在に昇華したコンビニ。 まさに日常を支える店に生まれ変わっています。 しかしながら、人手不足も深刻化して、都内のコンビニでは外国人労働者なくしては成り立たないし、若年層人口の減少でアルバイトも集まらない。時給も上がっている。店舗運営を担うフランチャイズオーナーの窮地は加速しています。 コンビニは、24時間・年中無休。 全国で従業員が駅伝のようにタスキをつなぎながら商売してきました。現状ではタスキをつなぐことは難しくなり、深夜営業や正月営業の見直しが増えていきそうです。 そして、2020年7月のレジ袋の有料化、日々発生する食品ロス問題。人口減少社会でシュリンクするマーケットとなり、ドミナント問題も加速。 労働者ではないと定義され、個人事業主とも一概には言えないフランチャイズオーナーに対する法規制の行く末。 コンビニは、お客さまのニーズ・ウォンツを消費意欲を満たし続けるだけではなく、令和に入り社会的意義に立ち向かい進化する時代となりました。 コンビニは変化対応して45年間伸び続けました。全国に5万8000店以上あるコンビニがさまざまな課題を解決していけば、自ずと日本全体が元気になっていくでしょう。 世界最強のリアル小売業のコンビニが社会の問題を解決してさらに進化していく。すごくワクワクしませんか? ただし、いま必用とされている社会的課題との向き合いは、オーナー・本部ともに大変厳しい戦いとなります。そんな現状と処方箋を、日本の未来になぞらえて、この本を書きました。 ぜひ本書を読んで頂き、皆様が感じた異論反論・斬新なアイデアで、前向きな議論が活発化する機会になれば幸いです。
2020.11.20
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電車に乗れば、乗客の8割がたが老いも若きもスマホをいじっていて異様である。本や新聞をよんでいるのはもはや少数派になったのか・・・ああ、イヤだ。 だいたい会社員時代からケータイ嫌いだった大使はスマホはおろか、二つ折りケータイ(ガラケーというんだって)さえ持っていないのである。 世の中、現金は持たず各自がスマホを持っている前提で動き出したので・・・老人が生き辛くなってきたのである。このたびオードリー・タンというメディア通の台湾人がスマホ不使用を語っているので、見てみましょう。台湾の天才」オードリー・タンが語った「私はなぜスマホを使わないか」より■私がスマホを使わない理由権威をもつのは組織や人だけではありません。テクノロジーもまた、権威をもち、私たちの自由を損なう場合があります。そこで私は二つ折りの電話を使っています。“ガラケー”に見えますが、スネークのようなゲームもできるし、検索もできるし、自分好みのアプリを入れることもできるし、プログラミングも可能。ただし、オープンソースのフリーソフトウェアで稼働しているので、誰かに与えられたコンフィギュレーション(設定)ではない。自分で自由に設定できるものです。私の電話にできないことは、指でスクロールすることだけ。モードを変更しない限り、スマホのようなタッチパネルにはなりません。私がタッチペンやキーボードがあるPCを主に使うのは、テクノロジーの支配から自由になるためです。指ですぐに操作できるとなると、常にスマホをスクロールしてしまいます。しまいには依存症になってしまうでしょう。私は「アンチ・ソーシャルメディア」を標榜していますが、指だけで簡単に操作できないように自分で設定した電話を使うことで、SNSに過剰に注意を払わずにすんでいます。テクノロジーとはあくまで、人間のお手伝いをしてくれるもの。テクノロジーの奴隷になるのはおかしな話です。なお、彼女はは2016年、35歳という若さで蔡英文政権に入閣、デジタル担当政務委員(大臣)に就任したほどの偉い人なんです。
2020.11.19
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テレビで「風立ちぬ」の制作ウラ話を見たが、スタッフがアニメ制作にかける情熱がよくわかりました。で、これを機に、宮崎駿について集めてみました。・ミヤザキワールド・『折り返し点』・宮崎駿 風の帰る場所・ジブリの売りは歌なのか♪・宮崎駿監督が引退・知られざる巨匠伝説5・フランスのジブリ・オタクがすごい・飛行機大好きの宮崎監督・アルプスの少女ハイジR2:『ミヤザキワールド』を追加<『ミヤザキワールド』>図書館に予約していた『ミヤザキワールド』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。 ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。【ミヤザキワールド】スーザン・ネイピア著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界を魅了しつづける巨匠の秘密とは?中・韓・ロシア・アラビア語版も刊行される決定版「宮崎駿論」。30世紀の有毒の森、神々が疲れを癒す湯屋、赤毛のさかなの女の子、ふわふわの森の精―これらに共通する要素とは?“アニメ・クイーン”の異名をとる米タフツ大学教授が、アニメーション作家・宮崎駿(1941‐)が手がけた『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)から『風立ちぬ』(2013)まで11の長編映画と、漫画版『風の谷のナウシカ』(1982~94)を徹底解剖。その人生と芸術との知られざる関わりを解き明かす。映像作品はもとより、膨大な日本語・欧文文献を8年がかりで渉猟、宮崎監督本人とスタジオジブリ関係者への直接インタビュー、大学で教える宮崎駿ゼミでの知見も踏まえ、「闇と光」がせめぎ合う「ミヤザキワールド」の魅力に迫る。日本版オリジナルの序文を収録。<読む前の大使寸評>ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。<図書館予約:(10/25予約、11/01受取)>amazonミヤザキワールド『ミヤザキワールド』5:『もののけ姫』の「異質性」『ミヤザキワールド』4:トトロは「死神」であるという都市伝説『ミヤザキワールド』3:『天空の城ラピュタ』『ミヤザキワールド』2:「訳者あとがき」と「日本の読者へ:スーザン・ネイピア」『ミヤザキワールド』1:『千と千尋の神隠し』<『折り返し点』4>図書館で宮崎駿著『折り返し点』という分厚い本を手にしたのです。宮崎さんの近作『風立ちぬ』は、かなりジジ臭くて子ども向きではなくてがっかりしたが・・・『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』を生んだ栄光の時代を回顧するのも一興かと思うのです♪【折り返し点】宮崎駿著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>より『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』から最新作『崖の上のポニョ』までー企画書、エッセイ、インタビュー、対談、講演、直筆の手紙など60本余を一挙収録。宮崎駿12年間にわたる思想の軌跡。<読む前の大使寸評>近作『風立ちぬ』は、かなりジジ臭くて子ども向きではなくてがっかりしたが・・・『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』を生んだ栄光の時代を回顧するのも一興かと思うのです♪rakuten折り返し点宮崎さんの宗教観を見てみましょう。p261~263 <日本人が生きるために必要なもの>Q:監督は、『となりのとトトロ』『もののけ姫』でも、日本の草木に宿る神々を描いていますが、なぜでしょう宮崎:これは亡くなった司馬遼太郎さんもおっしゃっていたことなんですけど、途中から仏教や儒教が入ってきても、結局僕たち日本人のなかには、原始的な宗教心がのこっている。たとえば僕は、「笠地蔵」って話がとても好きなんですけど、あの話に出てくるおじいさんとおばあさんってそれは無欲なんです。笠が売れなくてもお餅も買えないけど、お地蔵さんが気の毒だから、雪を払って笠をお地蔵さんにさして帰ってきた。そうするとおばあさんが「いいことをなさいましたね」っていうんですよ。 そんなふうに生きられたらどんなにいいだろう、それで満足して、生きていくことができたら・・・・。僕はそういうおばあさんとの暮らしを夢見るんです。無垢であることは至上のことなんですよ。浄めることが、けがれを払うこと、清々しくあること、邪念をなくすことが、至上のものという考えが、この島国の人間たちの心の奥に、今なおあるんです。そういう無垢への憧憬みたいなものを、僕らは今なお心のどこかで追っている。 ですから自然保護っていうときに、ドイツ人と話すと全然かみ合わないんですよ。彼らは自然をコントロールしようとするけど、僕らはコントロールしたくない、しない場所を作ろうと思うんですよ。欲で汚さない場所を。その生態系に、何か別のものが入り込んで、変わってしまっても構わない。でも、人間の手で汚すのはやめようね、という。こういう考え方って、日本人が国際性をもてない大きな理由かもしれないけど、日本人が日本人であるための大事な部分だと思うんです。 リアリズムをなくして滅私奉公とか、そういう方向に暴走する危険性をはらんでいるのかもしれないけど、地球がある種の困難に陥ったときに、自分たちにとって、大切な支えになると思うんです。世界をコントロールしきれないこと、それに対して尊敬の念と謙譲の心を持つということが。こういう考えは、昔はヨーロッパ人も持っていたんですけどね。ケルト人が広く深く残してますから。話がちょっと、逸れちゃいましたね。Q:『千尋』の世界の神様たちは、我々が生きているこの現実世界からあの湯屋へ行くのでしょうか湯屋宮崎:そうだと思いますよ(笑)。あそこにはあそこの世界があるわけですから。湯屋の向こうには街があって、湯屋は、実はその街のはずれにあったりするんです。そして側を通っていた電車は、最近は行きっぱなしで帰ってこない。グルーッと回って3年後くらいに戻ってくるのか、三日くらいで戻ってくるのかもよくわからない。Q:その電車はどこに繋がっているのですか?宮崎:普段自分が生きている世界や周りのことに関心を持たない人が、どうして物語の中のことにだけそんなに関心を持つんですか? 家や会社のかたわらを走る電車やトラックの行先を気にもとめない人に限って。あの電車は?ってたずねてきます。千尋はそんなことには関心を持てないんですよ。目の前で起っている現実だけで精いっぱいなんです。あの世界は我々が住む現代の世界と同じように、茫漠とした世界なんです。 そこに住んでいる人たちにとっては、自分たちの世界なんです。そこへたまたま他所から人が来た。それが千尋なんです。それでいいと思いませんか? 僕は千尋に、あの世界にもきれいな所はあるんだということを知ってもらいたかった。だから、魔物が住んでる全部が異常なところという風にはしたくなかった。世界というのは常に美しいものを持ってるし、雨が降れば海くらいできるさって。そういうものが世界だと思うんです。それはあの世界も、僕らが生きているこの世界も同じことです。(中略)Q:つまり、あの異世界はこの現実そのものということなんでしょうか?宮崎:それはある種の現実感がなかったらつまらないですからね。でも現実を皮肉るためとか、風刺するためにこの作品を作ったわけじゃないですよ。例えばスタジオジブリで10歳の少女が働かなければならなくなったとします。それは親切な人もいじわるな人も含めて、カエルの大群の中に入ったようなものです。これはそういう映画なんです。この映画のねらいを企画書に見てみましょう。p230~231 <不思議の町の千尋> この作品は、武器を振りまわしたり、超能力の力くらべこそないが、冒険ものがたりというべき作品である。冒険とはいっても、正邪の対決が主眼ではなく、善人も悪人もみな混じり合って存在する世の中ともいうべき中へ投げ込まれ、修業し、友愛と献身を学び、知恵を発揮して生還する少女のものがたりになるはずだ。 彼女は切り抜け、体をかわし、ひとまずは元の日常に帰って来るのだが、世の中が消滅しないのと同じに、それは悪を滅ぼしたからではなく、彼女が生きる力を獲得した結果なのである。 今日、あいまいになってしまった世の中というもの、あいまいなくせに、侵食し喰い尽くそうとする世の中を、ファンタジーの形を借りて、くっきりと描き出すことが、この映画の主要な課題である。(中略) もっとも、ただパニクって、「ウソーッ」としゃがみこむ人間がほとんどかも「しれないが、そういう人々は千尋の出会った状況下では、すぐ消されるか食べられるかもしてしまうだろう。千尋が主人公である資格は、実は喰い尽くされない力にあるといえる。決して、美少女であったり、類まれな心の持ち主だから主人公になるのではない。その点が、この作品の特長であり、だからまた、10歳の女の子達のための映画でもあり得るのである。(中略) 困難な世間の中で、千尋はむしろいきいきとしていく。ぶちゃむくれのだるそうなキャラクターは、映画の大団円にはハッとするような魅力的な表情を持つようになるだろう。世の中の本質は、今も少しも変わっていない。言葉は意思であり、自分であり、力なのだということを、この映画は説得力を持って訴えるつもりであるウーム 一家の生活を補填するために若年労働に明け暮れる中高生が多いと聞く昨今であり・・・・現実は『千と千尋』を通り越して、より過酷である。アニメ映画ではディズニーの跳梁を許しているが『君の名は』に日本コンテンツ復活の芽が見えるかも。・・・と言いつつも、臍が曲がった大使は『アナ雪』も『君の名は』も観ていません。最新報道によれば、宮崎監督が長編製作復帰とのこと♪ 2017/02/24宮崎監督が長編製作復帰へ 事実上の引退撤回より 約3年半前に長編アニメーション映画の製作から引退を表明した宮崎駿さん(76)が、新作長編の準備に入ったことを、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー(68)が23日(日本時間24日)、米国のイベントで明らかにした。事実上の引退撤回とみられる。『折り返し点』1『折り返し点』2『折り返し点』3<宮崎駿 風の帰る場所>2013年映画の興行成績No.1は、宮崎監督の「風立ちぬ」だったそうだが…私はそんなに評価できないのです。でも、「千と千尋の神隠し」頃までの宮崎作品は素晴らしかった♪その絶頂期のインタビューということで、この本を読んでみます。【宮崎駿 風の帰る場所】宮崎駿著、ロッキング・オン、2002年刊<商品説明>より12年間にわたる12万字の決定版インタヴュー集『風の谷のナウシカ』映画版のエンディングはどのようにして作られたのか!?『天空の城ラピュタ』に見える宮崎駿の恋愛観とは!?『となりのトトロ』で宮崎駿が描きたかった日本とは!?『魔女の宅急便』は、なぜ『トトロ』の後に作られたのか!?『紅の豚』で、なぜ宮崎駿自身が主人公になったのか!?『もののけ姫』で宮崎駿が挑んだ真っ向勝負とは!?そして、『千と千尋の神隠し』で、なぜ千尋はカオナシと一緒に電車に乗るのか!?この答えがすべて宮崎駿自身の言葉で語られる。 <読む前の大使寸評>2013年映画の興行成績No.1は、宮崎監督の「風たちぬ」だったそうだが…私はそんなに評価できないのです。でも、「千と千尋の神隠し」頃までの宮崎作品は素晴らしかった♪その絶頂期のインタビューということで、この本を読んでみます。rakuten宮崎駿 風の帰る場所大使一押しの『もののけ姫』に関するインタビューを見てみましょう。インタビュアー:渋谷陽一<日の当らない日本史>p157~159よりQ:で、今回の『もののけ姫』なんですけど、司馬遼太郎さんとの対談の中で、司馬さんが「もののけで映画を作ってくれませんか」と言っていますが、それが、宮崎さんの中で動機付けの一つとしてありましたか?A:いや、ないですね・・・・そういう率直な人間じゃないですから。このモティーフはもっと前からあったんです。まずずいぶんと古いモチーフとしては『美女と野獣』があって、それから、日本を舞台にした製鉄集団というのもありました。 山を削っていくうちに巨大なものがやってきてね、ある日歩きだすっていう、そういう映画を作れないかなって。東映に入ったばかりの頃から言ってたことなんです。Q:そうなんですかA:もう30年以上も前の話ですけど、高畑さんに絵を描いて見せたら、それは日本の自然と違うって言われてね。でもね、今は経済活動の結果こうなったんだって言い張れますから。前は違ったにしてもね(笑)。なんか、この漂泊の製鉄集団っていうのにはずっと魅力を感じていて、映画を作らなくても、それなりに掘り下げるってことはやってたんです。 『もののけ姫』ではわかりやすくするために、もう工場制手工業はそこに存在しているっていう世界にしてしまいましたけど、でも、歴史の表面とか、時代劇とかに出てこなかったものの中に、魅力のある集団が他にもいっぱいあって、日本の歴史っていうのは、結構豊かで奥行きが深いんだっていう、そういうことは前から考えてましたから。だから、僕は侍と農民だけの支配と非支配っていう、そういった歴史観だけで映画を作ることに我慢ならなかったんですよ。 かといって、それを超えられる図式を考えられるかというと、それもためらいがありました。右側の世界も嫌いだしね。だから、このテーマで自分の納得いく世界を作るっていうのはね、これは力仕事すぎて駄目かなと思い、やりかけては放り出すのを今まで繰り返してたんです。 黒澤さんと話してたとき、黒澤さんに『日本を舞台にした時代劇をやるなら、シェイクスピアをやればいいよ』っていわれたんですけど、むしろ全然違うもので、しかもファンタジーになっているようなものができないだろうかって、ずっと考えてたんです。Q:それは映画の問題っていうより、宮崎さんの歴史観の、世界観の問題ってことで―A:でも、最近の網野善彦さんの仕事とかでも、歴史で隠れていたヒダみたいなものが明らかになったでしょ。だから、もう少しやわらかく歴史を見ようっていう。Q:なるほどねA:そうすると、日本の過去には大したものがなくて、ヨーロッパのほうが、エルフだとかゴブリンの鬼だとか、妖しげなものがいっぱいいていいなあなんて言っていたのが、案外日本にもいろいろあるなあっていうふうに、わかってきたんですよ。<不条理な生>p168~171よりQ:この映画は、最後に宮崎さんのずっと描きたかったテーマ「君は森で生きる。僕はタタラ場で生きる」を言いきっていますよね。この台詞のために僕はこの映画はあると思っているんですが、この「僕はタタラ場で生きる」という台詞は宮崎さん自身が言っているんですよねA:いや、別にそうじゃないですけど、アシタカはそう言わざるを得ないと思ったんです。「故郷に帰らないんですか?」っていう奴もずいぶんいましたけど。Q:いや、タタラ場で生きないと意味ないでしょうA:意味ないですよね。でも、サンを乗っけて故郷に帰ったらカヤがいるんだぞって言ったら、ああそうですかって言った奴がいたけど、そのくらいのレベルにするとものすごくわかるんです(笑)。いや二人とも女房にしてもいいんだ、って追い討ちかけて言いましたけどね(笑)Q:だから、今までになく、ものすごく肯定的な終わり方だなという気がして、今の宮崎さんの、ものすごく肯定的な気持ちが反映されているのかなあと思ったんですけれども、あの終わり方っていうのは当初からあったものなのですか?A:ええ、たぶんそういうことになるだろうと。「人間を許すことはできない」と、あの女の子ははっきり言うだろうと。それに対してアシタカは「それでもいいから一緒に生きよう」と言うだろうと。つまり、サンというのは、アシタカに突き刺さった棘ですから。これは今後大変な目に遭うだろうなと思いつつ、でもアシタカはそれを背負って生きていくんだろうとというふうに決めたということです。Q:そういうことですよね。ということは、まず、少年が主人公でなければいけないし、男が主人公でなければいけないし・・・A:そうですね。だから、実は「アシタカセッキ」っていうタイトルを考えたんです。セッキっていうのは、草冠に耳を二つ書いて、草に埋もれて耳から耳に伝えられるっていう造字をしてね。キは記ですね。だから、草に埋もれた物語ということで、「アシタカセッ記」としたんですけど、なにしろプロデューサーが「もののけ姫」がよいと言うもので。宮崎駿「の」の字の法則っていうのがあって、なんでも「の」がついているほうがいいっていう。Q:僕は、そのプロデューサーの判断は全面的に支持しますけどA:だからもうどうでもいいや、と思ったんです。Q:で、アシタカはいきなり冒頭で呪われますよね。あれは一番最初で呪われることにすごく大きな意味がありますよねA:そうですね。不条理に呪われないと意味がないですよ。だって、アトピーになった少年とか、小児喘息になった子供とか、エイズになったとか、そういうことはこれからますます増えるでしょう。不条理なものですよ。Q:彼は、呪われなければいけないし、呪いを引きずっていかなくてはいけないという冒頭から、一番最後の「俺はタタラ場で生きる」という非常にクリアな結論。「紅の豚」を作った意味が本当にあったと思って、僕は「宮崎さん、偉い!」なんて本当に拍手しようと思いましたA:恐れいります。いや、全然わからない人たちがずいぶんいるんですね。面白いですね。大体、映画好きを自認している大人のほうがわからないみたいです…Q:いや、わかりやすいじゃないですかA:だから、予想もしなかった小さな子がわかりやすいと思う一方…いや、本当のこと言って自分でも結局よくわからないのです。作るのに精一杯だったから。今になって、しまったと思う部分が見えたりするけれども…もうちょっと、端折ったり、見やすくできた部分があるんじゃないかって思ったりするんですけれども…。 とにかく死にもの狂いというか、これ以上できる奴がいたら、やってみろ、っていう心境に追い詰められていましたから。しょうがないですよね。「君は森で生きる。僕はタタラ場で生きる」というテーマは・・・自然、経済なんかが絡んでいて、案外と尾をひいて効いてくくるわけですね♪次はぐっとくだけて、宮崎監督の人となりがわかる辺りを見てみましょう。インタビュアー:渋谷陽一<漫画家>p246~249よりQ:だけどまあ、高校3年生のときに、日本最初のカラー長編動画『白蛇伝』(1958年)を観て、ヒロインに恋をしたという有名なエピソードがありますけど、それは一種のターニングポイントだったわけですから、やっぱりアニメがお好きだったんじゃないんですか?A:だってその頃は、アニメと言ったら、そういうとこがやるものでしたからね。だから、東映とかがやったら観に行きましたけど、まあ、大したもんじゃねえなと思ってましたね。ただ、やっぱり音楽がつくとか動くとか色彩があるとか、そういう特徴を持ったアニメーションと、それから白黒で紙に描いていく漫画とね。表現の方法としてどっちがいいんだろうかっていうのを、結構「うーん」と思ってたことは確かです。でも、その当時なんて、なんの材料もないから、今考えれば悩みようもないんですけど(笑)Q:元々、宮崎さんは漫画家になりたかったんですよねA:ええ、なろうと思ってたんですね。なりたかったっていうより、なろうと思ってたんです。Q:決めてたんですか?A:ええ、決めてたんです。どんな漫画を描くかは決まってないのに(笑)。それは後でゆっくり考えようと思ってたんですね。いい加減な話なんですけど。だからあの…高校時代まではなにも始めてなかったんですよ。高校までは全然始めなかった、大学になってから始めようと思ってたんです。別に勉強もしょうがなかったからやってたぐらいで大してやってなかったんだけど、なーんかやんなきゃいけないことがいっぱいあったような気もするしね。ほんと高校時代って、なにやってたんだろう。よく覚えてないんですよね。部活もやってたわけじゃないし。たぶん寝てたんでしょうね。そう思うしかない(笑)(中略) とにかく漫画家になったらなんか自由が手に入るんじゃないかっていう、全然訳のわかんない錯覚を持ってたんですね(笑)、なんの根拠もなく、なんの情報もないでしょ?それを探そうとも思わないし。誰かの弟子になりたいとも思わない人間なんですよ。描けないのに弟子なんかになったら恥ずかしいじゃないですか。Q:そのへん、ものすごくプライド高いですからね(笑)A:自分の次男がね、スイミング・クラブに行けって言ったときにね、「泳げないからヤダ」って言ったんですけどね。とってもそいつの気持ちがわかったんでっすよ(笑)。だって、僕も自動車教習所に、車の運転ができないから行きたくないなと思いましたからね(笑)Q:ははははは!どうやって自動車教習所は行ったんですかA:しょうがないから行っただけですけどね。女房が妊娠しているときに、子供の保育園の送り迎えに車がいるっていうふうに夫婦で話して結論が出たから。女房はもうお腹が重くてうんうん言ってんだから、こっちもなんか一つぐらいこう、苦労しなきゃいけないだろうと。だけど、これは吐き気がするぐらい嫌だったんですね。大体、車に乗って車談義してる奴が大っ嫌いでしたから。そしたら自分がそれに入ってしまって(笑)。エライことになりました。あれに入ってなかったら、もう少し違う人生が、もう少し真っ当な人生があったんじゃないかって(笑) ところで、監督の愛車はシトロエンのデューシュボ(2馬力)というボロ車だそうだが、かなりの拘りがあるようですね(笑)。<ジブリの売りは歌なのか♪>宮崎監督の遺作?とも噂される「風立ちぬ」を観にいったのです。ゼロ戦のシーンは少ないと聞いていたが、確かにゼロ戦はラスト近くにチラッと見えただけでした。技術者の夢にロマンスをからませた、やや女性向きのお話しになっていて・・・右寄りの大使にとっては、物足りない思いがしたのです。だけど、戦前から戦中にかけての自然や街並みのシーンがきれいで、大使が生まれる前の日本は斯くやとの思いがしたのです。それと、挿入歌が良かったわけです。映画「会議は踊る」で歌われた『ただ一度だけ Das gibt`s nur einmal』という歌だが、大使の好きな歌なんです。「アメリカ人の音痴は、日本人以上だ」と宮崎監督は、アフレコのスティーブン・アルパート氏(元ジブリ社員のアメリカ人)の歌をそう評したが・・・友人をアフレコに抜擢しておいて、それはないんじゃないか(笑)外人役には、日本語が話せる外人を採用するところが完璧な拘りなんだが、友人の感性に期待を込めて、アフレコに採用するのも宮崎流なんでしょうね♪以下に宮崎作品で気になる歌を並べてみるが、大使好みのいい歌ばっかりである。そうか、ジブリの売りは歌なのか♪・・・と思ったりする。・Das gibt`s nur einmal・さくらんぼの実る頃・Heidi - Japanese Opening ・いつも何度でもところでドイツ語の歌ということでは、コニー・フランシスが歌った「Schoner Fremder Mann」という歌が好きなんです(サヨカ)ドイツ語がいいのか、コニーの色香がいいのか、判然とはしないんだけど♪Connie Francis - Schoner Fremder Mann<宮崎駿監督が引退>宮崎駿監督が引退することを決めたそうです。朝日の記事を紹介します。9/02宮崎駿監督が引退 「風立ちぬ」を最後により 日本を代表するアニメ映画監督の宮崎駿(はやお)さん(72)が、第70回ベネチア国際映画祭のコンペ部門に参加しているアニメ「風立ちぬ」を最後に引退する。9月1日午後(現地時間)にベネチアで開かれた公式会見で、スタジオジブリの星野康二社長が明らかにした。宮崎監督より「公式引退の辞」が出ています。やりたい事、いろいろ…宮崎駿監督「公式引退の辞」全文 より(長くなるので省略、全文はここ)<知られざる巨匠伝説5>9/23軍事オタク、アナログ派…宮崎駿監督 知られざる巨匠伝説5より◯デジタルものが苦手。手描きにこだわるアナログ派? スタジオジブリが発行する小冊子『熱風』(’10年7月号)では、デジタル機器に批判的なコメントを寄せ、「僕には鉛筆と紙があればいい」との表明も。「確かに『風の谷のナウシカ』の原作漫画は、大部分がペン入れなしの鉛筆書き(笑)。また、ジブリの絵コンテ用紙は一般のものよりひとまわりも大きい。脚本がない宮崎作品では絵コンテがシナリオ代わりなので、絵コンテはとても細かく描き込むそうです」◯’85年設立のスタジオジブリはもともと『天空の城ラピュタ』を作るためにできた「その場限りのチーム」だった! 当時は後進育成にまで手がまわらず、作品ごとにスタッフが集まっていた様子。「『風の谷のナウシカ』を制作したときは、トップクラフトという会社でした。その次に、ラピュタを制作するために設立したのがスタジオジブリ。その後『となりのトトロ』『火垂るの墓』も成功。経営的にも安定したこともあり、『魔女の宅急便』からジブリは常態化、後進の採用もこのころから始まりました」<フランスのジブリ・オタクがすごい> 10日の読売テレビ『「風立ちぬ」完成までの50日間に密着!』を観たけど、フランスのジブリ・オタクがすごいわけです。ジブリクイズ大会の優勝決定戦の二人など、日本語ペラペラで、日本人オタクさえ知らないような難問クイズを答えていた。(長くなるので省略、全文はここ)<飛行機大好きの宮崎監督>「風立ちぬ」というアニメーション映画が7月20日公開だそうです。ゼロ戦開発を描くアニメだって・・・飛行機大好きの大使としては見逃せないでぇ♪風立ちぬ公式サイトより<企画書:宮崎駿> 零戦の設計者堀越二郎とイタリアの先輩ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空をこえた友情。いくたびもの挫折をこえて少年の日の夢にむかい力を尽すふたり。 大正時代、田舎に育ったひとりの少年が飛行機の設計者になろうと決意する。美しい風のような飛行機を造りたいと夢見る。 やがて少年は東京の大学に進み、大軍需産業のエリート技師となって才能を開花させ、ついに航空史にのこる美しい機体を造りあげるに至る。三菱A6M1、後の海軍零式艦上戦闘機いわゆるゼロ戦である。1940年から三年間、ゼロ戦は世界に傑出した戦闘機であった。 少年期から青年期へ、私達の主人公が生きた時代は今日の日本にただよう閉塞感のもっと激しい時代だった。関東大震災、世界恐慌、失業、貧困と結核、革命とファシズム、言論弾圧と戦争につぐ戦争、一方大衆文化が開花し、モダニズムとニヒリズム、享楽主義が横行した。詩人は旅に病み死んでいく時代だった。 私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。 自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。独創的な設計にかける人物を描きたいのか♪・・・格好つけてるけど、いずれにしても飛行機大好きな宮崎監督が見えます。鈴木敏夫プロデューサーが宮崎監督のエトスを語っています。(朝日デジタルより)6/17力をつくしてこれを為せより 「高畑勲はもうすぐ78歳、宮崎駿は72歳です。だからその、いつ異変が起きても……だって普通は70過ぎてアニメーション映画作るなんて大変なんですよ! 僕、聞いたんです『この映画は宮さんの遺言なんですか?』って。そしたら彼、『かも知れない』って」 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが6日、宮崎監督の5年ぶりの新作「風立ちぬ」(7月20日公開)の中間報告会見でこんな話をしました。主人公は、零戦の設計者堀越二郎さんと「風立ちぬ」の作家堀辰雄さんを融合させた人物で、零戦の誕生を縦糸とし薄幸の少女菜穂子との悲恋を横糸として、1930年代の青春を描く物語です。 なぜ鈴木さんが「遺言」と思ったかというと、別に年齢的にアレだからとかそういうことのほかに、「仕事とは何なのか」と問い人生を振り返るような宮崎さん自身の感慨が作品から感じ取れるからだそうです。なるほど確かに、「自伝」ではないけれど「自伝」っぽくなることは予想がつきます。実在の堀越二郎さんが書いた「零戦 その誕生と栄光の記録」を読むと、設計チームを率いて困難な目標に挑みつつ飛行機という夢の中に自らの「美学」を注ぎ込む堀越さんの姿が、アニメーション映画をつくる監督の姿と重なり、「あんなに飛行機が好きな宮崎さんが、これを今まで映画にしなかった方が不思議だ」とさえ思えてきます。 お二人が敬愛する文学者堀田善衞さんのエッセー集「空の空なればこそ」で、旧約の「伝道の書(コヘレトの言葉)」9章の中の言葉であるこの一節が紹介されていることを知りました。 「凡て汝の手に堪ることは力をつくしてこれを為せ」 ははーん、直接のネタ元はこれかな? ちなみに書名の「空」は「くう」と読んで下さい。「ソラのソラ、カラのカラと読まれたのでは、これはもうガッカリもいいところ」と堀田さんが書いています。 <アルプスの少女ハイジ> ときとして「アルプスの少女ハイジ」のメロディが頭を巡ることがあるけど、たいてい物事が順調なときに、つい頭を巡るんです。美しいメロディでもあるが、それだけでなく、この歌が希望を喚起するいい歌なんでしょう。ということで、世界中の子ども達を魅了したこの日本製アニメのテーマソングをyou tubeで探してみました。Heidi - Opening (multilanguage) abuelito dime tu French Original Opening Heidi - Japanese Opening やはり、聞きなれた日本語ヴァージョンとスペイン語ヴァージョン (abuelito dime tu)がいいですね♪ところで、主題歌の終わりのクレジットに出てくる瑞鷹エンタープライズについて、ハイジ翻訳で関わりのある池田香代子さんのブログに詳しく出ていました。アニメ作りには、あの宮崎駿さん、高畑さんが絡んでいたのには、納得がいきました。では、テーマソングは誰が作ったんでしょうね?(・・・調べてみます。)ハイジより「ハイジの髪の毛の色をどうしようか、かなり迷ったのです。アニメの女の子の髪は、だいたい茶色なんですよね。でも、原作は黒です。結局、原作どおりにしたんですがねえ、どうでしょう?」「大正解です。南欧には西ゴート族の末裔がいて、黒い髪黒い瞳の人が多いんです。スイスあたりがその北限です。フランクフルトのクララは、北方系ということで、金髪に青い眼。その対照が物語のリアリティになっています」「どうりで。アニメはまずスペインのテレビ局が買って、ヒットしたんですが、スペインの人は、『ハイジはスペイン人だ』と言うんですよ。その謎が解けたな。スペインでハイジのそっくりさんコンテストがあったんですよ。アニメのハイジのそっくりさんです。よちよち歩きからすらっとした娘さんまで、ハイジそっくりの女の子たちが、みんなアニメのハイジの服を着てずらりと並んだのは壮観でした」蛇足ですが、大使が若かりし頃、南欧を巡る旅をしたことがあるが・・・・・やはり、頭がクラクラする美人に出会ったのはスペインでした。西ゴート族の末裔の黒髪と黒い瞳には、アジアの男どもを魅了するトリガーが潜んでいるんでしょうね♪(大使、鼻血が・・・)
2020.11.19
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本屋の店頭で『たちどまって考える』という新書を手にしたのです。パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。【たちどまって考える】ヤマザキマリ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりパンデミックを前に動きを止めた社会。世界を駆ける漫画家・ヤマザキマリもこれほど長期間家に閉じこもり、自分や社会と向き合ったのは初めてだった。しかしその結果「たちどまることが実は必要だったのかもしれない」という想いにたどり着く。ペストからルネサンスが開花したようにまた何かが生まれる?混沌とした日々を生き抜くのに必要なものとは?自分の頭で考え、自分の足でボーダーを超えて。あなただけの人生を進め!<読む前の大使寸評>ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。rakutenたちどまって考える「第4章 パンデミックと日本の事情」でが語られているので、見てみましょう。p204~206<戒律としての世間体> 緊急事態宣言下で商業施設の自粛が決まったとき、それでも営業を続ける店はその名前を公表する、というのが行政処分の限界だったようです。しかし、「名前を公表しますよ」というのはつまり「世間の目に晒しますよ」という罰則です。 感染リスクの危機が差し迫った状況で、自治体が事業者に言える唯一のことが、「世間から制裁を下されなさい」というのは、あまりにちぐはぐです。 しかし日本の場合は、往々にしてこの世間体が、自粛を促すプレッシャーとして機能する。言わば「世間体の戒律」です。法でも宗教でもない、世間が起こす圧力が日本ほど強い国はほかにそうありませんし、その効能が法律にまで影響することに愕然としました。イタリア人の夫とこの話になったとき「名前の公表? それは逆に集客効果をもたらす宣伝になるんじゃないの?」とさっぱり意味を理解していませんでした。 世間体は「空気」と言い換えても成立しますね。日本は言葉の応酬をせずとも、空気を読み合ってコミュニケーションを取ることを良しとする国です。場の空気を的確に読める人を評価し、読めない人のことを排除する。その空気に照らして、休業要請に従わない事業者を処分してもらうというわけです。 世間体の戒律に従わないものは「異質」や「異端」と烙印を押され、共同体という群れの中から排除される。この異質なものを取り去ることで同質性の純度の高い群れを守り、保とうという考え方は、とても日本的だと思います。 この世間体の戒律が作用するのは、新型コロナだけとは限りません。特に近年は親子の関係性のなかでさえ世間体が優位を占めている。たとえば2018年の春、5歳の女の子の虐待死事件が起きました。女の子は両親から毎朝4時に起こされては平仮名の練習をさせられ、モデルにするためだと、食事もろくに与えられなかった。 この両親は結局、自分の娘がどんな性格の子で、そのとき何を訴え、どんな気持ちでいるかを慮ることより、娘を世間から高評価を得られるような人間にさせることしか考えていなかった。それは娘への愛情からの行動ではなく、「子育てに成功した自分たちが世間から評価されたい」という承認要求に基づくもので、娘を使って群れから認められることを目指していた。まさに子どもの人格を無視した虐待です。 虐待死までいかなくても、子どもより世間体が優先されることは、日本の家庭でしばしばあることだと思います。 たとえば学校で自分の子がいじめられて帰ってきたとします。 大多数の親はまず「どうしていじめられるようなことをしたの?」と子どもに聞く。それはすなわち「あんたのほうが学校という世間に背いたのでは?」という意味で、その時点で親は子どもにとっての敵になる。いわば自分をいじめた一味です。親はもう、苦境に追い詰められた自分を無条件で助けてくれる存在ではなくなってしまあうわけです。 この世間体優位の考え方は、西洋のキリスト教的倫理観のもとでは信じがたいものです。ウーム この世間体優位の考え方は東京人は半端ないので・・・東京人の振舞いには眉にツバして見る必要があるのでは?『たちどまって考える』2:外国語の習得『たちどまって考える』1:漫画家のくせに
2020.11.18
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図書館で『子どもの本の現在』という文庫本を手にしたのです。内容は何やら難しそうな批評が並んでいるが・・・『世界児童文学史』を先日読んだが、その勢いでチャレンジしようと思ったわけです。【子どもの本の現在】清水真砂子著、岩波書店、1998年刊<「MARC」データベース>より現代日本の児童文学者7人の作品を、同時代人としての問題意識としなやかな感性で批評。児童文学の世界に初めて本格的な批評を確立したと言われる一冊。大和書房 1984年刊の再刊。<読む前の大使寸評>内容は何やら難しそうな批評が並んでいるが・・・『世界児童文学史』を先日読んだが、その勢いでチャレンジしようと思ったわけです。amazon子どもの本の現在灰谷健次郎の作品が語られているので、見てみましょう。p189~191<「良心」のいきつくところ> 灰谷健次郎は残酷な作家である。あるいはむしろ冷酷な作家である。観察者の冷たさとか、はげしく生きる人間の、最も身近な人間を最も無残に傷つけてしまう痛ましさとか、そんなことを言っているのではない。 そんな冷酷さなり、そんな残酷さなら持っているのが当たり前で、なにもとりたてて書く必要はない。灰谷の冷酷さは文字どおりの、ことばそのままの冷酷さである。人のやさしさをうたいつづける灰谷に、私はずっと人を斬る冷たさを感じつづけてきた。人間に対する冷やかなまなざしを感じつづけてきた。 それは、たとえば『少年鼓手』の作者レオン・ガーフィールド(1921-96)に対するのとはまったく逆の感じとり方である。最初から最後まで、これでもかこれでもか、と人間に対する失望と落胆を書きつづけて、なおガーフィールドは、読後の私たちに、人間、案外おもしろいものではないか、生きてみるのも悪くはなさそうだと思わせてくれた。 上野瞭も、また、深い同心円の闇を描いて、なお、私たちに人間へのあつい思いを伝え、この作家は人間が好きだからこそ闇を見つめずにはいられないのだと納得させてくれる。 アラン・シリトーは「トンネルをくぐりぬけて」と題するエッセイの中で、「」と述べ、他にも多くの作家がさまざまなところで同じ趣旨の発言をしているが、では、その人たちが作品で「イエス」と唱えつづけたかといえば、表面はけっしてそうではなかった。 彼らは絶望し、自暴自棄に陥る人間をカキながら、あるいはまた、とことん人間の悪を書き、その深い闇を書きながら、それでもなお人生は生きるに値するものであることを私たちに語りつづけてきた。逆にいえば、作者の人間を肯定しようという思いは、もしそれが本物でさえあれば、それらしい一言がなくても読者はあやまたずそれと感じとるもので、そうでない場合は、どんな饒舌も効を奏さない。 もっとも、灰谷の読者は人を斬る冷たさを感じつづけてきた者ばかりではないだろう。事実はむしろ逆で、どんなに多くの人びとが彼の作品に慰められ、生きる勇気を与えられてきたかは、『兎の眼』と『太陽の子』の愛読者手記集『99の人生との出会い』を見ればあきらかである。そして、私自身も、灰谷の作品には『兎の眼』以来ずっと惹かれつづけてきたのだった。 私は今でも灰谷の作品に惹かれ、灰谷の作品にたたかれる。そして、そのことを少しも恥かしいこととは思わない。 闘うことなどとうに放棄し、あたりさわりのないことを書き散らしながら、スマートになれあいの中を泳ぎくらす人びとが灰谷の作品の悪口をいえば、私ははっきり灰谷の肩を持つだろう。灰谷の野暮な作品は、灰谷の悪口をいう粋でスマートな連中の書くものよりはたぶん確実に上をいっている。私はそういう連中といっしょになって灰谷の悪口を言うことをこそ恥じる。彼らの尻馬に乗って、その作品にケチをつけることをこそ恥じる。 灰谷は上野瞭もいうように、少なくとも日本の児童文学の世界に新しい一ページをつくり、自らをこわす努力を重ねながら、誠実に作品と共に歩きつづけてきた作家である。文章の上手い下手をいう人は、たとえば『太陽の子』の「おとうさん」の死の場面を思いおこしてほしい。人の死を描いて、この場面をこえるものが、今までの児童文学にいったいどれだけあったろう。 いや、内容と切りはなして、文章の技法だけが取り沙汰あれること自体、なにやらインチキである。灰谷の文学は、このところ読んでも読んでも満たされなかったひとつの飢えを少なくとも満たしてくれた。しゃれたケーキも欲しいが、やっぱり歯ごたえのある固い、しっかりとしたパンが欲しいと思っていた人びとの前に、どう生きるかという問題をつきつけて、その要求に応えたのである。 粋で軽やかな微分の文学ではなく、野暮で重い積分の文学を私たちの前に、堂々と、悪びれずに押し出してよこしたのである。しかも、しいたげられた人びとの側に徹底して立とうとする文学を。しいたげられた人びとの中にこそ、秦のやさしさがいきづき、そのやさしさによって、そうでない側の人びとも救われ、人間になることができるおだと説く文学を。 この灰谷の文学にとびつく人をだれがわらえよう。灰谷の作品の最も良質な部分は、今日の日本の児童文学のおおかたをはるかにひきはなし、なまじの批評をはねかえすだけの力をもっている。ウン 児童文学の批評という本題にはそぐわない、堂々とした歯ごたえのある固いパンになってまんがな。でも、切り口の鮮やかな論調ではある。先日読んだ『世界児童文学史』を紹介します。【世界児童文学史】赤木かん子著、図書館流通センター、1994年刊<「MARC」データベース>より本の探偵・赤木かん子が世界の児童文学史の流れをわかりやすく語る。図書館員なら最低これだけ知っていればだいじょうぶ。楽しく読めて知らず知らずのうちに、児童文学の知識が身につきます。1994年刊の新装版。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。amazon世界児童文学史『世界児童文学史』4:ロアルド・ダールおじさん『世界児童文学史』3:19世紀イギリスファンタジー『世界児童文学史』2:フランスの児童文学事情『世界児童文学史』1:「まえがき」
2020.11.18
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<『韓国が嫌いで』>図書館に予約していた『韓国が嫌いで』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いでこの本の語り口をちょっとだけ、見てみましょう。p23~35<スタバの若様> シティと呼ばれるシドニーの中心地は、郊外の住宅街とは雰囲気がまた違う。ちょうどランチタイムで、人でごった返していたけどその風景もまたそれなりに趣きがあった。特にスーツを着た会社員たちが階段に座ってサンドイッチやミートパイなんかを食べている姿は絵になった。 シティをワンブロック歩いていると気分が盛り上がってきた。胸を張って、他の人たちの目をまっすぐ見ながら歩くようになった。十分ほど歩くと、どこからその自信がわいてくるのか理由が分かったんだけど…通りには私よりスリムな女性はゼロだった。 オーストラリアの女性たちは、本当に、90パーセント以上が図体がでかい。韓国では見たことも聞いたこともないようなレベルの肥満も珍しくない。私は自分の大きなお尻とたくましい太ももがずっとコンプレックスだった。でもここではただ小さくてかわいいお尻。これからはお尻まで隠すような服も必要なさそうだな、よーし、これまでは着れなかった服もなんでも着てやろうと思ったよ。 留学院はシティのど真ん中の高級そうな建物の三階にあった。事務室の壁には各種広告のステッカーがぎっしりと貼られていた。 社長夫婦のうち旦那さんは見えず、奥さんだけがひとり熱心に電話で相談を受けていた。「ですから、そのメールを一度読んでみてください。真ん中ぐらいにって書いてある部分がりますか?三番落目か、四番落目にあるはずですよ。ありましたか?ではですね、一番最後の文章を一度読んでみてください。、そう書いてありますね。じゃあ、承認されていますよ」 留学院というところは、留学初心者にとって領事館のようなところだ。ビザ発給の手続きから、宿泊先の予約、英語学校や学校の登録まで様々なサービスを提供する。だからといって、なんでそんなことまで国際電話で尋ねるのだろう。周りに英語のできる人がいないのか? いや、それよりも、オーストラリアに来ようと思っているなら、ビザ承認のメール程度は理解できる英語力が必要なんじゃないの? その間に私と同年代に見える男の子が一名、留学院に入ってきた。私と同じく、おずおずとした姿勢できょろきょろ見渡していた。私と同じく、おずおずとした姿勢できょろきょろ見渡していた。その男子が見るともなくこちらをちらちらとみるので、私も気付かぬふりを決め込んだ。(中略) 彼もここで永住権を得ようと留学に来たそうだ。永住権を得たら、次は市民権も取るって。ジェインは「あなたなんで移民にきたの?」と聞いてきた。 「韓国にいてもこれといったビジョンがないんだよね。名門大学を出たわけでもないし、家もクソ貧乏だし、キム・テヒみたいな美人でもないし。このまま韓国に暮らし続けてたらいつか地下鉄をうろついて古新聞拾うしかなくなるよ」 「そっか。俺も地方のFラン出身だから、同じようなもんだな」 ジェインが笑いながら言った。 「え? こう見えても私、弘益大学出てるけど?」 その瞬間のジェインの表情ときたら! ちょっと申し訳ないけど、正直痛快ではあった。そのあとはふたりとも口も利かずに酒を飲んでいた。(中略) 後からわかったことだけど、オーストラリアでは公共の場所での飲酒が禁止されていて、おじいさんはそのことを伝えようとしてくれたみたいだ。 「ああ、ったく。オーストラリアの発音はまったく聞き取れないな」 おじいさんがいなくなると、ジェインが言った。 「だね、アメリカの発音とは全然違う」 私も同意した。 「あんたいつの間にケータイに飾り付けたんだ? このS字何?」 私のケータイストラップを見てジェインが言った。 「S字じゃなくて、青龍」 私もどうしてここに来たのか、ジェインに聞いてみた。 「軍隊に行きたくないから」 実に堂々とした答えだ。 「そんなに偉そうに言うことじゃないと思うけど」
2020.11.17
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図書館に予約していた『大名倒産(上)』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。笑いと涙の経済エンターテインメントってか・・・これは期待できそうである。【大名倒産(上)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まりー<読む前の大使寸評>笑いと涙の経済エンターテインメントってか・・・これは期待できそうである。<図書館予約:(2/01予約、副本13、予約347)>rakuten大名倒産(上)この本の冒頭の語り口を、見てみましょう。p7~12<前口上> 不思議な記憶がある。 生家の近所に、日がな一日ぼんやりと往来を眺めている老人があった。 冬ならば陽だまりに、夏には木陰に縁台を据え、まるでそうしていることが務めであるかのように、じっとしているのである。幼い私が通り過ぎても、声をかけるでもなく目を細めるでもなく、一挙一動を監視するように見送るだけだった。 昔はご近所付き合いが親密で、いきおい老人たちは子供らを分け隔てなく可愛がった。だが、彼に限っては例外だった。何やら通りすがりにステッキで尻を叩かれそうな気がして、その家の前では早足になったものだった。 あるとき、夕食の買物がてらたまたまその家の前を通りがかったところ、祖母がくだんの老人にていねいな挨拶をした。ご近所なのだから当然の礼儀ではあるのだが、祖母は様子がいつも凛としていて、相手が誰であろうとそこまで慇懃に腰を屈める人ではなかった。 そのときも老人は、面白くもおかしくもない顔で返事をしたきりだった。 家の前を離れてしばらく歩いてから、祖母は小声で言った。 「あのおじいさんは、江戸時代の生まれなんだよ」 心にとどまるはずもない当たり前の出来事は、祖母のその一言のおかげで「ふしぎな記憶」にすりかわった。夏の夕まぐれに祖母と二人して、時間を踏みたがえたような気がしたのだった。 しかし、後年になって考えてみれば、実は少しもふしぎな話ではなかった。 私が生れた昭和26年は、大政奉還から数えて85年目にあたる。物心ついたころにも、江戸時代に生れた人はまだ多く存命だったはずである。そのうちの矍鑠(かくしゃく)たるひとりが、ご近所に住まっていたというだけの話であった。 思えば明治30年生れの祖母は、肉類や乳製品を一切口にしなかった。のみならず、ときどき膝前に金盥を据えて着物の片肌を脱ぎ、おはぐろをさした。それも祖母が言うには「カネを打つ」のである。 毎年12月14日の義士祭には、私を連れて高輪の泉岳寺を詣でた。芝居が好きだったせいもあろうが、祖母にとっては節句と同様の、あだやおろそかにできぬ行事だったのであろう。そのころの義士祭は大変な人混みで、年寄りに連れられた子供の姿も多かった。だから私も、学校を休んででも行かねばならない法事か何かだと思っていた。 江戸時代はそれくらい身近だったのである。しかし一方では、全盛期のチャンバラ映画や芝居が、たった80数年前の世の中を遥かな歴史の向こう側に押しやっており、なおかつ戦後復興の勢いを駆った社会は、めまぐるしく変貌していた。 あの江戸生れの老人は、縁台に腰をおろして日がな一日、いったい何を考えていたのであろう。 いつの間にかその姿は見かけなくなり、小学校三年生の夏の終りに祖母が亡くなると、私の指先がわずかに触れていた江戸時代は、たちまち影もかたちもなく揮発してしまった。(中略) 江戸時代は西暦1603年の開府に始まり、1867年の大政奉還によって終焉したとされる。その間、264年の長きにわたり、人類史上稀にみる平和な時代が続いた。 戦争といえるものは、幕府成立当初の大坂の陣ぐらいで、戊辰戦争は大政奉還ののちであるから、正しくは明治時代の内戦である。そして、そののちの80年たらずは、戦争に埋めつくされてしまった。 この物語は、そうした平和な時代の、江戸城中から始めることとしよう。幕府の余命はわずか数年しか残っていないのだが、登場人物たちはまさか予見してはいない。ただ淡々と、260年間ほとんど変わらぬ生活をくり返しているだけである。(中略) 時は文久2年8月1日、すなわち東照神君家康公の江戸入りを祝う、八朔の式日の出来事である。 総登城した御大名たちもあらまし退けて、風通しのよくなった本丸御殿帝鑑の間に、ぽつねんと座り続ける御殿様があった。 白帷子の襟には汗が滲みており、長袴の裾は不安げに乱れている…。<一、和泉守殿下城差留之事情> 御目見をおえて殿席に戻り、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかのま、茶坊主が忍び寄って下城差留を伝えた。 和泉守の驚きようはただごとではなかった。思わず「エエッ」と声を上げて、居並ぶ大名たちの失笑を買った。茶坊主は理由も告げずに立ち去った。 それからは時が止まってしまったかのようであった。さては御目見の折に、畳の縁に手をついたか、それとも脇差のこじりが襖に触れでもしたか、などとあれこれ考えてみたが、はっきりそうと思い当たる無調法はなかった。 越後丹生山三万石松平和泉守信房は数え21歳、さきごろ襲封をおえたばかりで万事に不慣れである。 そもそも御家の跡をとるなど夢だに思わぬ部屋住みの身分で、殿中作法どころか武将としての心構えもできてはいなかった。 近じか家督を継ぐはずであった兄が急逝し、よもやまさかと思う間に跡継ぎのお鉢が回ってきたのだった。ウーム まさかなことで松平の御殿様になった小四郎さんのストーリーなのか♪でも、三万石の所領といえば今なら、田舎の市長レベルくらいなんだけどね。()
2020.11.17
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【図書館大好き455】今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「社会的課題」でしょうか♪<市立図書館>・韓国が嫌いで・子どもの本の現在・コンビニが日本から消えたなら・国境の南、太陽の西<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>韓国人女性が、韓国が嫌いでオーストラリア留学を果たすという内容のようである。ディアスポラとしてのとしての生き様がニッポンより先行して板についている韓国の事情が興味ぶかいのです。ディアスポラといっても韓国の場合、富裕層と貧困層に二分されているようです。コネも金もない主人公はもちろん貧困層ですが。<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いで【子どもの本の現在】清水真砂子著、岩波書店、1998年刊<「MARC」データベース>より現代日本の児童文学者7人の作品を、同時代人としての問題意識としなやかな感性で批評。児童文学の世界に初めて本格的な批評を確立したと言われる一冊。大和書房 1984年刊の再刊。<読む前の大使寸評>内容は何やら難しそうな批評が並んでいるが・・・『世界児童文学史』を先日読んだが、その勢いでチャレンジしようと思ったわけです。amazon子どもの本の現在【コンビニが日本から消えたなら】渡辺広明著、ベストセラーズ、2019年刊<「BOOK」データベース>より抜群の親しみやすさ!バイヤー経験に基づく確かな目利きで流通界に鋭く斬り込む!コンビニを見ると気づく日本経済復活論。いい仕事をするための教科書。<読む前の大使寸評>実地調査に基いた目の付け所がいいし、読みどころ満載の経済評論だと思います。rakutenコンビニが日本から消えたなら【国境の南、太陽の西】村上春樹著、講談社、1992年刊<商品のレビュー>より「ノルウェーの森」以来、かつおそらく最後のラブストーリーと思われる。その意味で村上春樹作品としては異質。ファンタジー要素は特段無く、島本さんのバックボーンが謎めいている以外はリアリティに徹している。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten国境の南、太陽の西************************************************************図書館大好き454
2020.11.16
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在66位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在361位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在13位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13、予約218)現在171位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在52位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在33位・多和田葉子×徐京植『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(11/11予約、副本2、予約0)・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、副本7、予約28)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』・内田樹『コモンの再生』・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・小川さやか『チョンキンマンションのボスは知ってる』・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『星に仄めかされて』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・四方田犬彦『ソウルの風景―記憶と変貌』・小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』:図書館未収蔵・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:9/13以降> ・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、9/13受取)・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、9/18受取)・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、10/15受取)・小野正嗣『獅子渡り鼻』(10/9予約、10/15受取)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、11/01受取)・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、11/05受取)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、11/05受取)・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、11/10受取)***********************************************************************【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/11予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡【緊急提言 パンデミック】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人類は新型コロナウイルスといかに闘うべきかー今こそグローバルな信頼と団結を(歴史に見る厖大な犠牲者/感染症との闘い ほか)/コロナ後の世界ー今行なう選択が今後長く続く変化を私たちにもたらす(新しい監視ツール/重大な分岐点ー「皮下」監視 ほか)/死に対する私たちの態度は変わるか?-私たちは正しく考えるだろう(避けようのない運命ー死の意味/死は技術的問題に ほか)/緊急インタビュー「パンデミックが変える世界」インタビュアー道傳愛子(発展途上国とウイルスの変異/歴史の決定的な瞬間 ほか)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/14予約、副本7、予約28)>rakuten緊急提言 パンデミック【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡230予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。
2020.11.16
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図書館に予約していた『ミヤザキワールド』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。 ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。【ミヤザキワールド】スーザン・ネイピア著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界を魅了しつづける巨匠の秘密とは?中・韓・ロシア・アラビア語版も刊行される決定版「宮崎駿論」。30世紀の有毒の森、神々が疲れを癒す湯屋、赤毛のさかなの女の子、ふわふわの森の精―これらに共通する要素とは?“アニメ・クイーン”の異名をとる米タフツ大学教授が、アニメーション作家・宮崎駿(1941‐)が手がけた『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)から『風立ちぬ』(2013)まで11の長編映画と、漫画版『風の谷のナウシカ』(1982~94)を徹底解剖。その人生と芸術との知られざる関わりを解き明かす。映像作品はもとより、膨大な日本語・欧文文献を8年がかりで渉猟、宮崎監督本人とスタジオジブリ関係者への直接インタビュー、大学で教える宮崎駿ゼミでの知見も踏まえ、「闇と光」がせめぎ合う「ミヤザキワールド」の魅力に迫る。日本版オリジナルの序文を収録。<読む前の大使寸評>ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。<図書館予約:(10/25予約、11/01受取)>amazonミヤザキワールド『もののけ姫』の「異質性」が語られているので、そのあたりを見てみましょう。p298~302<第11章 他者の顔『もののけ姫』の横断される境界>『もののけ姫』では過去に用いられたことのない手法で「他者」が視覚化されているだけでなく、他者もまたこちらを見詰め返しているのだ。いたずらっぽく笑いかけるコダマの表情から、傷を負った大猪の視線に込められた恐るべき憎悪に至るまで、『もののけ姫』はあらゆる形で他者がこちらを凝視する様子を描き出している。 シシ神の奇怪さと美しさを余すところなく表現することにより、宮崎はこの映画に明確な倫理的方向性を与えたのである。それは、自然とは人間が支配するものだという陳腐な考えを超越するものだった。 かかる観点から言えば、本作は、自然の「カワイイ化現象」が起きているとコアなファンでさえ認めるディズニー映画とは対照をなしている。例えば、ディズニー映画に関する著作があるデイヴィッド・ウィットリーは、名作『バンビ』でも自然が感傷的に描かれる傾向があることを認め、次のように指摘いている。 「種が異なる動物が『友だち』として付き合う様子が演出され、人間から見て可愛く見えるように意図的に目が大きく描かれている。さらに、自然の天敵を登場させないことで牧歌的で無垢な世界を創造するなど、あらゆる要素が組み合わさって、自然界の完全性と異質性を全面的に尊重する姿勢とは相容れない、感傷的な世界観が生み出されている」『もののけ姫』は、自然界との関係を描き出す際に、従来の自然描写にしばしば見られる擬人化傾向を概ね避けることに成功している。優れたアニメ技術を駆使することで、本作はフランスの哲学者エマニュル・レヴィナスの言う「他者の異質性」を表現している。それどころか、人間を対象としたレヴィナスの関心を凌駕する形で、「他者」の種類にまったく新たな項目を追加してしまったのである。 この映画で明らかにされる「異質性」は、人間の観客に自分が自然界といかに近くて親密な関係にあり、しかも相互に依存し合っているか気付かせる。 宮崎がこれをどのように実現したかを知るには、映画の物語に目を向ける必要がある。最初に、傷を負って錯乱状態となり、タタリ神と化した大猪の身体で、その全身から吹き出たヒルのようなものは、実は自然と超自然とテクノロジーの表象で、猪の超自然的な変身を象徴している。 だが、この変身自体は、テクノロジー(大猪のナゴの守の肉体に食い込み、内側から蝕みつつある鉄のつぶて)によって引き起こされたものである。従って、タタリ神となった大猪は、人間のテクノロジーを内部に埋め込まれた超自然的な生き物であり、ある種の「ハイブリッド(異種交配種)」とみなすことができる。 大猪から呪いを受けた結果、アシタカ自身も「ハイブリッド」と化す。痣に象徴される呪いは、ナゴの守と同様に、彼の命も奪おうとする。その代わりに、呪いは超人的な力と活力、それに優れた戦闘能力をもたらす。もっとも、ナゴの守がそうであったように、アシタカの超人的な力も呪いだけではなく、内部で膨れ上がりつつある憎悪と怒りから生じている部分がある。 ナゴの守は苦悶の最期を迎えつつも、「汚らしい人間どもよ。わが苦しみと憎しみを知るがいい」といういまわの際の言葉を残す。こうして、映画の冒頭のシーンから、人間社会は単に自然・超自然界と対峙しているというより、むしろその不可分な一部として組み込まれていることが明らかになる。それは複雑な全体を構成する一部に過ぎず、より大きな世界では人外のものが人間に直接語りかけ、感情的・肉体的アイデンティティの内部にまで浸透しようとする。 アシタカとその出自のエミシ一族は、自然と人間の間の橋渡しをする平和的な民族で、エミシの行動は、戦争に明け暮れる大和民族の国家とは著しい対照をなしている。だが、アシタカはこの平和で寛容な生活様式を続けることを許されない。彼は自分で髷を切り落とすと、アカシシのヤックルにまたがって村を出る。この瞬間に、アシタカもまた「他者」へと変貌を遂げるのである。 故郷とその住民たちから追放された彼は、シシ神という強大な力を持つ山の神が住む緑豊かな森林へと足を踏み入れていく。シシ神の森の存在をアシタカに教えたのは、素性の知れないジコ坊という人物だった。物語の序盤に登場する森のシーンを通じて、観客は映画の精神的な核心へと引き込まれていく。 それは、人間と動物と超自然的な生き物が、認識や所属の境界を越えて生きている魔法の領域である。深く澄んだ池があってキラキラ輝く蝶が舞い、深い緑色をした巨大な古木がそそり立つシシ神の森は、宮崎が何度か訪れたことのある神秘的な屋久島の森に着想を得ている。樹齢2000年以上の屋久杉があることで知られるこの島は、ユネスコ世界遺産にも登録されている。 アシタカはこの森で、自然界と超自然的な世界の住人と三度にわたって遭遇する。最初の相手は人を寄せ付けず、二番目は茶目っ気たっぷりで、最後に出会う存在は神秘的な力を持つ。最初の出会いでは、アシタカはエボシ御前に置き去りにされた二人の負傷者を偶然救うことになり、その時突然、川の向こうに誰かがいることに気付く。倒木の枝の後ろに隠れて様子を窺っていると、銀色の毛をした三頭の巨大な山犬と、山犬の毛皮を被って赤い仮面を背中に吊り下げた人間の少女がいるのが見えた。 この少女こそヒロインのサンであり、映画のタイトルにある「もののけ姫」にほかならない。「もののけ」とは人間に取り憑いて苦しめる霊の類いや妖怪を指す言葉だが、この場合はサン自身の他者性と人間社会から引き離されている状態、そして彼女を拾って家族の一員として育てた犬神の親子との絆の深さを暗示している。(中略) アシタカが遭遇する最後の超自然的な他者は、まごうことなき霊的な体験をもたらす。負傷者の一人は「ここはあの世の入り口だ!」と警告し、別の道を行くように懇願するが、彼は無視して森の中のさらに奥深くへと踏み込んでいく。アシタカの視線は、苔むした林間の空き地の向こうへと引き付けられ、さらに池の対岸の雑木林から発している金色の輝きに釘付けとなる。 その光の中に何頭かの小さい鹿がシルエットとなって浮かび上がり、続いてもっと大きくて無数の角が生えた鹿に似た姿の生き物が姿を現す。それこそシシ神の昼の姿にほかならない。神秘的なその生き物が顔を向けると、アシタカはアザのある方の腕に激痛を覚え、水の中に入れて痛みを和らげようとするが、その間に鹿の姿をしたものは静かにその場を去っていく。『ミヤザキワールド』4:トトロは「死神」であるという都市伝説『ミヤザキワールド』3:『天空の城ラピュタ』『ミヤザキワールド』2:「訳者あとがき」と「日本の読者へ:スーザン・ネイピア」『ミヤザキワールド』1:『千と千尋の神隠し』()
2020.11.15
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図書館に予約していた『ミヤザキワールド』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。 ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。【ミヤザキワールド】スーザン・ネイピア著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界を魅了しつづける巨匠の秘密とは?中・韓・ロシア・アラビア語版も刊行される決定版「宮崎駿論」。30世紀の有毒の森、神々が疲れを癒す湯屋、赤毛のさかなの女の子、ふわふわの森の精―これらに共通する要素とは?“アニメ・クイーン”の異名をとる米タフツ大学教授が、アニメーション作家・宮崎駿(1941‐)が手がけた『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)から『風立ちぬ』(2013)まで11の長編映画と、漫画版『風の谷のナウシカ』(1982~94)を徹底解剖。その人生と芸術との知られざる関わりを解き明かす。映像作品はもとより、膨大な日本語・欧文文献を8年がかりで渉猟、宮崎監督本人とスタジオジブリ関係者への直接インタビュー、大学で教える宮崎駿ゼミでの知見も踏まえ、「闇と光」がせめぎ合う「ミヤザキワールド」の魅力に迫る。日本版オリジナルの序文を収録。<読む前の大使寸評>ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。<図書館予約:(10/25予約、11/01受取)>amazonミヤザキワールドトトロが「死神」であるとのビックリ仰天する都市伝説があったそうで・・・そのあたりを見てみましょう。p206~209<第7章 『となりのトトロ』> 21世紀初頭に、この映画を悲観的に解釈したある都市伝説が誕生した。現在も薄気味悪いほど一部の層で支持されているこの説によれば、『トトロ』には密かに登場人物の死に言及している場面がいくつかあり、母親とメイ、そしてサツキまでが死者に含まれているという。 トトロを穏やかで人の役に立つ森の精から「死神」へと変身させたこの都市伝説の起源は、おそらく大学教授で文芸評論家の清水正が2001年に出版した著作(『宮崎駿を読む…母性とカオスのファンタジー』、島影社)にあると思われる。その中で、清水は映画の発想の本当の原点は、宮崎が一番好きな作家の一人、宮沢賢治の古典的ファンタジー『銀河鉄道の夜』であったという説を展開している。 読者の心に強い印象を残すこの作品は、ジョバンニとカンパネルラという二人の少年が、銀河の中を走る鉄道で旅をするという幻想的な物語で、その結末では、旅が始まる前にカンパネルラはすでに溺死しており、実際にジョバンニと旅を共にしたのは彼の幽霊であったことが明かされる。 清水の分析によれば、『トトロ』の実際の舞台は死の世界であるという。姉妹が越してきた新居も、ばあちゃんの孫のカンタから「お化け屋敷」と呼ばれており、清水はカンタがサツキに対して強い反応を見せるのは「が村にやってきたという驚きの念」のためであると主張している。 言うまでもなく、清水自身も認めているように、この説に対しては直ちに異論が巻き起こり、教える学生たちの間からさえ同様の声が上がったという。この考えが一般的には根も葉もない憶測に過ぎないと見なされていたものの、『トトロ』が死に取りつかれた物語であるという見方は、21世紀初めにかなりの支持を集めるようになる。その結果、この映画にはスタジオジブリが認めようとしない側面があるという前提に立った「ニュース」が、様々なサイトやテレビ番組を賑わせたのである。 映画の終りの方になると少女たちの影が消えているように見えるとか、池に浮んでいるのを発見されたサンダルは本当にメイのものだったといった主張が「証拠」として挙げられた。だが映画の内容を丁寧に検証すれば、これらの「証拠」は偽物であることが明らかになるし、ジブリも公式にこの説を強く否定している。 中にはこの都市伝説は、ある歴史的な出来事をモデルにしていると主張する者もいる。それは映画の舞台となった宮崎の地元で1960年代に発生した「狭山事件」という殺人事件のことである。被害者は16歳の少女で、容疑者が被差別部落の出身だったことから、悪名高い事件として世間の耳目を集めた。(中略) 結果、トトロが「死神」であると想像することすら可能な世界が生れたわけだ。それは1980年代の絶頂期にあった日本とはまったく異質な場所だった。 だが、この伝説はある点において真実を衝いていた。それは『となりのトトロ』がまさしく死(あるいは、少なくとも死の必然性)に関する物語であるということだ。宮崎は、世界のこの側面については、幼年期の頃から熟知していた。母親の命を奪う可能性おある病気は常に物語に影を落としており、ラストに至る一連の出来事もそれを中心に展開する。 サツキがついに母親が死ぬかもしれない可能性を認めた時、妹を恐怖に陥れただけでなく、自身もすべての大人はいつか死ぬ運命にあるという認識に打ちのめされそうになる。これまでは家庭の雑事に追われたり、「大人びた子供」の仮面を被ったりすることでそれを何とか押しとどめてきたのだ。それでも、私たちの両親が死ぬ可能性(それが最終的には不可避であること―私たちにとって大切なものがいつ奪われてしまってもおかしくないという現実)を認識することは、恐ろしいけれども必要なことなのである。 だが、トトロが住むユートピア的な世界では、こうした認識はファンタジーのフィルターによって色付けされ、直接言及されることはまれである。子供時代にもいつか必ず終りが来るし、喜びと幸せに満ちていた幼年期の記憶はいずれ失われるという厳しい現実認識は、映画の中では正面から取り上げられることはないが、究極的には肯定されていることがわかる。『ミヤザキワールド』3:『天空の城ラピュタ』『ミヤザキワールド』2:「訳者あとがき」と「日本の読者へ:スーザン・ネイピア」『ミヤザキワールド』1:『千と千尋の神隠し』()
2020.11.15
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図書館で『風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック』という大型本を手にしたのです。まさに宮崎駿のマンガ本である。それも複葉の艦上戦闘機や低翼片持ち単葉の戦闘機が現れた頃のお話しということで・・・即、借りたのです。【風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック】ムック、大日本絵画、2015年刊<「BOOK」データベース>より宮崎駿監督が描いた、航空技師・堀越二郎と作家・堀辰雄との架空の出会いが紡ぎ出す物語がついに単行本化!模型情報誌・月刊『モデルグラフィックス』誌上で2009年から2010年にかけて連載された全九話45頁を収録。連載当時の関連記事はもちろんのこと、姉妹誌『スケールアヴィエーション』掲載記事も併録し、『風立ちぬ』の世界へと誘います。<読む前の大使寸評>まさに宮崎駿のマンガ本である。それも複葉の艦上戦闘機や低翼片持ち単葉の戦闘機が現れた頃のお話しということで・・・即、借りたのです。amazon風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバックコラム記事「二郎を支えた、カプロニおじさんの夢物語」を見てみましょう。p10■カプロニとの邂逅宮崎:映画『紅の豚』の縁でね。カプロニおじさんの孫だか曾孫だかが分厚い『カプロニ社史』を送って来てくれたんです。 カプロニおじさんは戦争に協力した戦犯だなんて言われてるけど、ポルシェのおじさんといっしょでむしろ邪魔してたくらいで。例えば、このイタリアで最初のジェット機、カプロニ・カンピーニの風防、この前のところ、どうしてこんな肉厚にするんだろう・・・。デザインだよね、このほうがきれいだと思ったからでしょう。 パイロットの視界は無視している。乗る奴の意見なんて気にしない。モダニズムの影響を受けてるだろうから、乗る人間はむしろ邪魔なんです。肉厚な楕円翼だって、アメリカ的な合理主義を否定してる。でも、とってもきれいな飛行機だよね。この飛行機はレシプロエンジンでタービンを回してるジェット機だから速度は400km/hも出ないし…結局、プロペラが邪魔だったんじゃないですか、デザイン的に美しくないと。 だからこんな型式にしたんじゃないですかね。きれいであることが大事だったんだなと思います。 これのご先祖様がいるんですよ(5頁に出てくるカプロニCa64)。これ、屋根がついてるんです。追撃機なのに…なんでこうしたかというと、絵に描いたらこのこうがきれいだったからでしょ。美しいからですよ。機能じゃないんです。「美しいものには魔力が宿る」って信じてた人なんです。(中略) カプロニは、カンブリア期のアロマロカリスみたいに世の中の流れと関係なく独自にやってるんですよ。機械とか兵器のデザインというのはね、たまたま勝った国のデザインが世界を制覇しているだけで…こういうデザイン主流になった可能性だってあったわけです。技術史ってのが、一直線だというのは間違いだと思うんですよね。
2020.11.14
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朝日新聞の『文芸時評』という連載コラムで小野正嗣の書評を、ときどきスクラップしているのです。このたび、図書館で『歓待する文学』という本を借りて読みはじめたので・・・小野正嗣の説く文学、エッセイについてあれこれ集めてみます。紙のデータとデジタルデータを重複して保管するところが、いかにもアナログ老人ではあるが・・・。・踏み跡にたたずんで(2020年刊)・「多和田語」の世界(2020年朝日に掲載)・コンビニ人間(2020年朝日に掲載)・翻訳文学、閉ざされた文化に架ける橋(2019年朝日に掲載)・歓待する文学(2018年刊)・獅子渡り鼻(2013年刊)R2:『踏み跡にたたずんで』を追加***********************************************************************【踏み跡にたたずんで】小野正嗣著、毎日新聞出版、2020年刊<「BOOK」データベース>よりこれは夢か現か幻かーなつかしくて不可思議。心をざわつかせる36編。土地と人々の記憶が紡ぐ珠玉の物語。芥川賞作家が放つ待望の傑作掌編小説集。<読む前の大使寸評>小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。<図書館予約:(11/3予約、副本2、予約0)>rakuten踏み跡にたたずんで『踏み跡にたたずんで』2:乳白色の吐息『踏み跡にたたずんで』1:図書館司書とか、書店とか、翻訳などについて***********************************************************************小野正嗣が多和田葉子をいかに評価しているかを、紹介します。朝日(文芸時評)「多和田語」の世界より どこにも行けないので自宅で本を読む時間が増える。この機会を利用して古典に触れようと思う人も多いのではないか。 検察庁法改正案のせいか、三権分立との絡みで近ごろ名前をよく目にするようになったモンテスキュー。 一八世紀に活躍したこのフランスの思想家の名を一躍有名にした『ペルシア人の手紙』(田口卓臣訳、講談社学術文庫)の新訳が刊行された。 ぺルシャ人のユズベクとリカは、知的好奇心に駆られ、故郷をはなれ、フランスに向かう。滞在先のパリからこの異国の地で見聞した事柄を手紙にしたため友人たちに書き送る。 まったく異なるフランス人の風俗習慣に驚き、政治、経済、文化を問わず社会のあらゆる領域にはびこる堕落と愚昧を風刺・批評しつつも、主人公たちは自国第1主義に陥ることなく、専制君主の支配する母国の政治体制の問題点を冷静に考察する。 この小説でいちばん自由を奪われているのは、主人公ユズベクのハーレムに幽閉され、彼の部下に厳しく監視され続ける女たちだろう。だが最後の思わぬ結末が、たとえ悲劇的であれ、抵抗する女性の声を確かに届ける。優れた古典はつねに僕たちのに応答することを痛感する、 そもそも本書は、ペルシャ人の手紙をモンテスキューがフランス語に翻訳したという体裁で書かれているわけだが、その日本語への翻訳がまことに素晴らしい。自分に宛てられた手紙であるかのように言葉がすっと頭に入ってくる。 本書も含まれる講談社学術文庫のここ数年来の、古典的な哲学書・思想書の新訳の充実ぶりには瞠目するものがある。遠くに感じられていた名著との距離がぐっと近づく。日本の出版文化の底力を感じる。 現代の傑作もまた過去の傑作につねに応答する。「翻訳」という点に注目すると、『ペルシア人の手紙』と似た構造を持つのが、多和田葉子の『星に仄めかされて』(講談社)だ。 これは三部作の第二部にあたる。第一部『地球にちりばめられて』(同)と登場人物は重なるが、単独の作品として読めるようになっている。 ドイツ語と日本語の両方で、詩や小説を続けている多和田であるが、この小説はどうやらそれらとは違う言語で書かれている。「クヌートは語る」という章題からも明らかなように、各章ごとに一人ひとりの人物が語るようになっている。この中で、日本人だと考えられるのは、HirukoとSusanooという人物だけだ。 なぜアルファベット表記? どうやらこの二人の生まれ育った列島はもはや地球上には存在しないからだ。二人は文字通りのである。そればかりか二人の母語は消滅の危機に瀕している。 本書では失語症に陥ったとおぼしきSusanooを見舞うため、その友人たち、Hirukoをはじめ、言語学徒のクヌート、グリーンランド出身のエスキモー、男性として生まれるも女性として生きる選択をしたインド人などの魅力的な人物が、コペンハーゲンの病院を訪れる。 個々の人物の語りには、言語の音楽性や物質性に敏感な多和田らしい日本語の慣用句や同音異義語を駆使した言葉遊びがちりばめられる。『献灯使』(講談社文庫)の英訳が全米図書賞翻訳部門を受賞するなど、多和田が各国語に翻訳されていることを思い出し、こんな言葉遊び、翻訳できるのかな、と想像をたくましくした瞬間、ハッとする。 登場人物たちのほとんどが非日本人である以上、各章の語り手はそれぞれの母語であるデンマーク語やドイツ語で語っているはずだ。つまりこの小説こそが「翻訳」なのだ。(中略) 多和田葉子の言葉は、日本語でもドイツ語でもなく、地球上のどこからでも見える夜空よりも広大な言語と言語のにちりばめられた美しい星々のように輝いている。***********************************************************************『文芸時評』で村田沙耶香の「コンビニ人間」が評されているので、見てみましょう。2020.1.29偉大な世界文学 僕たち誰もが「コンビニ人間」:小野正嗣より 昨年10月にイギリスに行ったときのことだ。ロンドンの書店で堆(うずたか)く積み上げられていたのは、オーシャン・ヴオン(Ocean Vuong)という1988年生まれのベトナム系アメリカ人詩人のデビュー小説だった。 数々の絶賛の言葉が読めたが、イギリスの若手作家のなかでとりわけ評価の高いマックス・ポーターが、「いまやサイゴン生まれの若きゲイ詩人が〈偉大なるアメリカ小説〉を書くのは当たり前だと思える」と讃辞を寄せていたのが印象に残った。 『地上で僕たちは一瞬だけ輝かしい』とでも訳せるタイトルのこの小説は、英語が読めない母に向けて息子(作者)が、英語で書く手紙という形式を取り、ベトナム戦争を経験した祖母、彼女がアメリカ兵とのあいだにもうけた娘である母との、アメリカ東海岸の地方都市での慎ましい生活が回想され、祖母と母の複雑な過去が語られる。 そして、たばこ農園でのアルバイト(労働者は中南米からの移民ばかりだ)で出会った少し年上の貧しい白人少年との性体験、友愛が、みずみずしい文体で描かれる。語られる内容によって言葉のリズムや速度が変化するところも素晴らしい。 語り手と恋人の少年が自転車で夜の街を駆け抜け郊外の高台に至る場面は、どこにでもありそうな地方都市の風景を心奪う美しさに変える。 だが、人種差別、貧困、DV、そして語り手の大切な友人たちの命を奪うオピオイド(麻薬性鎮痛剤)依存症など、〈私〉を語ることがアメリカという社会の抱える闇をも浮き上がらせることになっている。 その意味でこれは〈偉大なるアメリカ小説〉なのだろう。ヴオンの小説は、近々翻訳されると聞いた。日本語で読めるのがとても楽しみである。 ヴオンの本の山を見て、一昨年10月にイギリスに行ったときの記憶が甦(よみがえ)る。チェルトナム文学祭というイギリス最古の文学祭に参加したのだが、そこで日本の小説の英訳が大量に積み上げられているのを目撃したのだ。 村田沙耶香の『コンビニ人間』(文春文庫)である。文学祭には村田氏も招かれていて、僕は入れ違いでの到着だったのだが、静かな田舎町なのに「コンビニ」だらけと言いたくなるほど、日本文学の話になれば、この作品に言及する人が多かった。 昨年10月の訪英の際には、二名の同僚とともに、オックスフォード大学で現代日本文学について話す機会があったが、同大の日本文学の教授もまた、『コンビニ人間』の魅力について熱く語っていた。 1月に訪米し、大学の創作学科で教える若手の作家たちと話した際も、『コンビニ人間』が話題になった。 『コンビニ人間』には、現代日本社会に固有の特殊性が描き出されて、それが日本に興味を持つ海外の読者に訴えかけているのだろうか。 決してそれだけではない。「コンビニ」という「全体」を円滑に機能させる「部品」として生きることに安らぎを見出し、コンビニ的な規範にとことん同化する主人公の姿に、グローバル化した現代世界に生きる誰もが、文化的な差異を超えて〈私〉の姿を認めることができるからだろう。僕たちの誰もが「コンビニ人間」だ。(後略)***********************************************************************(以降、全文はここ)
2020.11.14
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図書館に予約していた『踏み跡にたたずんで』という本を、待つこと3日でゲットしたのです。小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。【踏み跡にたたずんで】小野正嗣著、毎日新聞出版、2020年刊<「BOOK」データベース>よりこれは夢か現か幻かーなつかしくて不可思議。心をざわつかせる36編。土地と人々の記憶が紡ぐ珠玉の物語。芥川賞作家が放つ待望の傑作掌編小説集。<読む前の大使寸評>小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。<図書館予約:(11/3予約、副本2、予約0)>rakuten踏み跡にたたずんでこの本の最終章について見てみましょう。この章も翻訳にからむお話しです。p213~217<乳白色の吐息> 乳白色の吐息が、よくこねたパン生地のように、ねじられ、ひきちぎられる。 驚いたことに、ひとつひとつ、一体の人間や群像に変化する。そうかと思えば、不意に誰かの顔が、さらには、こちらの視線がぐっと吸い込まれ、目や耳や手などの部位が現れもする。 ドキリとする。その手こそ、みずからも含むさまざまな形をこのたゆたう白濁した流れから作り出しているのでは? 口から、鼻腔から、また息が吐き出される。 今度は顔だ。 それは消失する寸前で振り返り、自分をこの世界に放った若い女の顔を見つめる。まるで別れを告げようとしているかのように。 ほんのわずかな瞬間なので、二つの顔が似ているかどうかは判じがたい。若い女の手は一本の木の表面に触れている。倒れまいと体を支えているのか、いや、慈しむように木肌を撫でているだけなのか。 息が静まっていく。いつしか彼女の髪は光沢を失い、吐息にそめられたかのようにくすんだ白色に変わる。目元にも口元にも無残なしわが刻まれ、そこにたたずむのはいまや疲れ切った老女だ。 乳白色の吐息に包まれながら、樹皮がぽろぽろと剥がれ落ちる。 そのようなことを芸術家だと名乗った男は僕に語った。 僕が留学していたころの話である。午後になると、日曜を除くほぼ毎日、旧市街にある書店に散歩がてら通っていた。 この地方にその名を与える大きな川に架かる医師づくりの古い橋の上からは、遠くに高くそびえる大聖堂が見える。 しかし、とりわけ視線を引き寄せるのは、尖塔の上に広がる空だ。 秋の晴れた日。透き通った空の青さに目を奪われてしまおうものなら、橋を歩いていながら同時に、空の底に向かって落ちていくような錯覚に陥る。歩行者も、サイクリストも、すぐ脇を通り過ぎていく自動車も、それらと並行して走るトラムも、橋の上にあるいっさいが、ばらばらと僕と一緒に落ちていく。 書店では月に数回、詩の朗読会や作家との交流イベントが開催された。書店の二階にはそのための小さなスペースがあった。 そこで地元の芸術家が個展を開くこともたびたびあった。 しかし、その芸術家とは彼の個展の際に出会ったわけではない。 彼もまたイベントの参加者としてそこにいた。 外国の詩人の詩集が小さな出版社から刊行され、翻訳者が招かれて話をしたときのことだった。 書店の二階は満席だった。 翻訳者は詩人について語ったあと、詩集から何編か選んで朗読した。 イベントの終了後、飲み物とスナック類が出され、その場に残った人たちは歓談を続けた。 赤ワインの入ったプラスチックのカップを握ったまま、話す相手も見つけられず立ち尽くしている僕に、声をかけてくれたのがその人だった。 たがいに簡単に自己紹介し、彼が芸術家だと知った。 話しやすい人でありがたかった。翻訳家の話にはよく理解できなかった箇所もあり、それをこの人に尋ねてみようと思ったからだ。 たとえば、どうしてその詩人を翻訳しようと思ったのか。 彼の…と僕は声を落とし、品のよい老夫婦と熱心に立ち話をしている翻訳者に視線を向けながら言う。お母さんが詩人と級友だったんでしたっけ。 いや、と、一瞬困惑を瞳に浮かべたあと、芸術家は答えた。母との関係が詩人には重要で、詩の多くは母から聞いた話がもとになっているって話だったと思うよ。 え…。でも翻訳者も自分の母親の話をしてませんでしたっけ? うん、してたね、たしかに、と芸術家は頷いた。彼が詩人を発見したのは、母親が愛読していたからだとは言ってたね。『踏み跡にたたずんで』1
2020.11.13
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図書館に予約していた『踏み跡にたたずんで』という本を、待つこと3日でゲットしたのです。小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。【踏み跡にたたずんで】小野正嗣著、毎日新聞出版、2020年刊<「BOOK」データベース>よりこれは夢か現か幻かーなつかしくて不可思議。心をざわつかせる36編。土地と人々の記憶が紡ぐ珠玉の物語。芥川賞作家が放つ待望の傑作掌編小説集。<読む前の大使寸評>小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。<図書館予約:(11/3予約、副本2、予約0)>rakuten踏み跡にたたずんでこの本には、図書館司書とか、書店とか、翻訳などについて触れていて、太子のツボが疼くわけで・・・翻訳について見てみましょう。p86~89<見つからない橋> 川があるとは聞いていなかった。彼女はどうして教えてくれなかったのだろう。 彼は困惑していた。 これでは彼女に会えない。どこかに橋があるはずだと首を振って探す。上流。下流。 橋などどこにもない。 とりあえず上流に向かって川沿いの道を歩き出す・・・。 そんな話を僕に教えてくれたのは、翻訳家のルネさんだ。彼とは、南仏の古い町にある国際文芸翻訳センターで知り合った。日仏それぞれから三名の若手翻訳家が参加するワークショップの講師として、二週間ペアを組んだ。 ルネは詩人であり翻訳家だ。 二つの職業はよく似ていますね、とセンターの教室でたがいに自己紹介したあと、ルネは訛りのある日本語で言った。 ともに言葉に関わる仕事ですね、と僕は実に可もなく不可もないことを言った。 ははは、とルネは笑った。顔中がさらにしわだらけになった。80歳近い老人だった。白い歯はたぶん入れ歯だ。 ともにそれだけでは食べていくのがむずかしい仕事です。 はは、と僕も笑って返した。 ルネ・ショミエは名の通った翻訳者だった。フランス南西部に生まれ、若いときにはヨーロッパと南米を放浪しながら詩を書いていた。しかし詩だけで生きていくことはできず、パリに5年暮らしたあと故郷に戻り、イタリア語とスペイン語の翻訳を始める。 パリに比べると生活費が格段に安いとはいえ、翻訳は金になる仕事ではない。地元の中学校や高校で臨時講師をしていた時期もある。 日本語との出会いは遅い。30代の中ごろ、当時手がけていた翻訳の打ち合わせでパリに上京した際、ソルボンヌのそばのカフェで日本人留学生の女性に出会う。 一目惚れ。それがのちに妻となるレイコさんである。それから日本文学に興味を持ち、日本語の勉強を始める。妻の実家のある東京に4年暮らしたこともある。 じゃあ基本的に独学ですね。それで文学作品が翻訳できるまでになったんだから、すごい、と感嘆すると、ルネは首を振る。 独学? ちがいます。私はひとりではありませんでした。妻と一緒でした。いつも一緒でした。だから私の翻訳はすべて妻との共訳です。 ワークショップが行われた教室には、講師たちが手がけた翻訳書が置かれていた。しかし、ルネの訳書にその妻の名を見た記憶はなかった。 これらの日本語の小説をフランス語に翻訳したのは私です。でも私の日本語は妻が私に教えたものです。妻がいなければ私の翻訳はありません。そうでしょ、ちがいますか? そうですね、と僕。 私にとって日本語はですから、母語ではなく妻語です。 ツマゴ? 母から教わるのが母語ですね。妻から教わるから妻語です。 ほんとだ。 そう声を上げたのは僕ではなかった。 振り返ると、フランス人の若者フェリックスがこちらを見ている。テーブルについて授業の準備をしながら、僕とルネのやりとりを聞いていたようだ。 もじゃもじゃの栗色の髪に、痩せた頬を髭で覆われたフェリックスは、メタル製の黒い丸眼鏡の奥の目を細めたまま、日本語で続けた。 私の日本語はツマゴではありません。でもツマゴです。 意味がよくわからない。 妻が恋しいです、と彼が言う。 その表現にドキリとする。 会いたくてたまらない。「つまごいしい」から、「つまご」です。 25歳のフェリックスには、同い歳の妻と二人の幼い息子がいた。下の子はまだ1歳にもなっていなかった。その家族をブルターニュにある妻の実家に置いて、単身でここ南仏の文芸翻訳センターに来ていた。翻訳ワークショップは8週間も続く。 なるほど。 フェリックスの言葉のセンスに感心した。たしかに家族と離ればなれなのはつらいだろう。
2020.11.13
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<ベ-シックインカムがつなぐ輪R4>『お金のために働く必用がなくなったら、何をしますか?』という新書を、読んでいるのだが・・・この本はベ-シックインカム導入を題材にして、望まれる社会保障制度を論じているわけです。・・・ということで、ベ-シックインカムについて集めてみます。・ドイツでベーシックインカム実験始まる(2020.8月)・日本でベーシックインカムは実現できるか?(2020.4.26)・「ベーシックインカム」実験 疑問の声も(2019.1.15デジタル朝日)・国家で実験ベーシックインカム(2018.12月デジタル朝日)・『新・日本の階級社会』(2018年刊)・『お金のために働く必用がなくなったら、何をしますか?』(2018年刊)・與那覇潤著『中国化する日本』(2011年刊)・ミヒャエル・エンデ著『モモ』(2005年刊)R4:『ドイツでベーシックインカム実験始まる』を追記*****************************************************************************欧米におけるベーシックインカムの実施状況(厳密には2020年8月の試行状況)を見てみましょう。ドイツでベーシックインカム実験始まる…3年間、毎月15万円を支給。より・ドイツ経済研究所によるユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)研究の一環として120人のドイツ人が3年にわたって毎月1200ユーロ(約15万円)を受け取る。・UBIは国民あるいは居住者に対して最低限必要な所得を保障する政策で、通常は政府から現金の支給という形で行われる。・暫定的なUBIは、すでにアメリカ、スペイン、デンマークなどいくつかの国で実施されている。 ドイツの研究者グループが、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)の効果を明らかにするための実験を開始した。UBIは、国民あるいは居住者に対して最低限必要な所得を保障する政策で、通常は政府から現金の支給という形で行われる。 ドイツ経済研究所が8月18日にUBIに関する3年にわたる調査研究を開始したと、ロンドン・タイムズが19日に報じた。その一環として、120人が毎月1200ユーロ(約15万円)を受け取る。研究者はその後、1380人の現金支給を受けていない人々の体験と比較分析を行うことになると、Business Insiderでも報じた。 他の国々でも似たような議論がスタートしており、パンデミックをきっかけとしてある種のUBIをすでに導入した国もある。 ロンドン・タイムズによると、5月上旬、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン(Nicola Sturgeon)首相は、全国民に政府から現金支給する形のUBIについて、真剣に検討すべき「時が来た」と述べた。同首相はこの件について「建設的な議論」をイギリス政府と行うとした。最終的に国家的な政策として実行するか否かはイギリス政府の判断によるからだ。 アメリカでは3月に連邦議会が「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法案(Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security:CARES法)」を可決した。これは景気刺激策の一環であり、資格を満たすアメリカ国民に単発で最大1200ドルを支給するといった内容が含まれていた。だが、これでは十分ではないと指摘する議員もいる。4月には、民主党所属の連邦下院議員が、「緊急資金法案(Emergency Money for the People Act)」を提出した。これは、16歳以上で年収13万ドル未満のアメリカ国民に対し、少なくとも月に2000ドルを6カ月にわたって支給するというものだ。 スペインでは最貧層の100万世帯に対して毎月の収入を保障する計画だとロイターが報じた。同国の経済担当相、ナディア・カルビニョ(Nadia Calvino)は4月、民間テレビ局ラ・セクスタ(laSexta)に対し、政府としてはUBIを「恒久的な支援策」にしたいと語ったとBusiness Insiderが報じた。*****************************************************************************<日本でベーシックインカムは実現できるか?>ポスト・コロナウイルスの働き方は劇的に変わるのではないか・・・ということで、このサイトを見てみたわけです。日本でベーシックインカムは実現できるか?導入のメリット・デメリットを金融の専門家が解説より貧困や経済格差の拡大を背景に、ベーシックインカム制度導入についての議論が以前からありました。しかし、2020年に発生した新型コロナウイルスにより世界的な社会的な不安が増すことで、ベーシックインカムの流れは加速するかもしれません。実際に試験的に導入が進められている国もあり、一定の成果を上げています。この記事では、ベーシックインカムとはどのような仕組みなのかを、メリット・デメリットと合わせて解説します。■ベーシックインカムとは政府が行う経済政策には、「国民にお金を配る」という政策があります。これを実現させると、すべての国民が毎月一定額のお金をもらえるようになります。これを「ベーシックインカム」といいます。ベーシックインカム(Basic Income)は「最低所得保障」と呼ばれ、年齢や性別、所得を問わず、すべての人に所得保障として一定額の現金を支給する制度。つまり、働かなくても生活に最低限必要なお金がもらえるという政策なのです。ベーシックインカムを導入すると、世の中のお金が回り始めます。日本は現在、お金の量が足りなくてモノの値段が下がる「デフレ」の状態です。モノが売れないと企業の売上が落ちます。企業は売上を増やすため、商品を値下げしないといけないので物価が下がります。これがデフレと呼ばれる状態です。しかし、商品を値下げすれば利益が減るので、従業員に支払う給料も減ってしまいます。これが、今の日本の状態なのです。ですから、足りない分のお金をベーシックインカムとして国民に配ることで、不足を埋め合わせします。お金の不足が解消されるので、すべての人が豊かになれる制度なのです。定年を迎えた人には年金、働けない人には生活保護、失業した人には失業保険といった社会保障制度によって、所得が少ない人を支える仕組みは用意されています。しかし、これらの給付には審査があり、満足のいく額を受給できなかったり、まったく支給されなかったりする恐れがあります。そうなると、憲法で保障されている「最低限の生活」を送れない人も出てくるでしょう。日本は先進国ですが、貧困による餓死が社会問題化しています。ベーシックインカムのような社会保障制度は、弱者を救済する手段の1つとなるのです。近年、ベーシックインカム制度に注目が集まり、エリアや支給対象を絞って試験的に導入する国が増えています。日本も政党によって考え方は違うでしょうが、今後は議論が進んでいくでしょう。*****************************************************************************<「ベーシックインカム」実験 疑問の声も> 大使は北欧の「ベーシックインカム」実験をフォローしているのだが、1/15デジタル朝日に最新記事が載ったので、紙のスクラップとともにダブルで残したのです。「ベーシックインカム」実験 疑問の声も 隣国フィンランドが模索するのは「ベーシックインカム(BI)」。生活保護のように特定の人が対象ではなく、すべての人に一律の現金を配る仕組みだ。 「いまのシステムは、企業に勤めない人への支援が難しい。どんな手法が可能か、実験の一つ」と首相府のマルクス・カネルバ専門官は説明する。ランダムに選んだ失業者2千人に、月560ユーロ(約7万円)を無税で2年間支給。その間に就職しても支給を続け、収入申告などの手続きは不要だ。(長くなるので省略、全文はここ)*****************************************************************************<国家で実験ベーシックインカム> ベーシックインカムに関心があって調べていたのだが、およそ1年前の朝日新聞スクラップからフィンランドの実例を見つけたので紹介します。(新聞からの転記になるが、転記すれば頭に入るというアナログ人間の大使でおます)北欧フィンランドで、政府が無条件で一定額のお金を配る「ベーシックインカム」の実証実験が進んでいる。現状の失業保険などの社会保障制度が国民のニーズに対応できておらず、抜本的な見直しが必要ではないかとの問題意識からだ。導入には賛否があるが、欧州では他の地域でも実験を始める動きが続いている…■月7.5万支給 職探し前向きに(長くなるので省略、全文はここ)*****************************************************************************【新・日本の階級社会】(長くなるので省略、全文はここ)*****************************************************************************【お金のために働く必用がなくなったら、何をしますか?】(長くなるので省略、全文はここ)*****************************************************************************【中国化する日本】與那覇潤著、文藝春秋、2011年刊(長くなるので省略、全文はここ)*****************************************************************************エノ・シュミットがミヒャエル・エンデ著『モモ』を引合いに出してベーシックインカムを語っているので、読んでみようと思うのだが。【モモ】(長くなるので省略、全文はここ)
2020.11.12
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早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?残暑厳しき折りなんて言っていたが・・・このところ秋を通り越して初冬の気配さえ感じる太子でおます。『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたり浅草 鷲神社 酉の市この本で、立冬のあたりを見てみましょう。和暦p27~28<立冬>冬が立つ日。年末を意識した仏事神事が始まる 「立冬」は、現行の暦では11月7日ころ第1日目を迎え、小雪(11月22日ころ)に入る前日までをいう。 季節の区分では、立冬の初日から立春(2月4日ころ)の前日までが「冬」になる。ちなみに、俳句ではこの日から冬の季語になる。『暦便覧』には、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」とあり、冬の気配が現れ始めた様子が記されている。 農作業では、五穀などの収穫が一段落したころで、前節気に続き恒例の年中行事が目白押しに続く。神事や仏事の祭りでは、収穫に対する感謝とこれからの厄除け祈願、商売繁盛などが中心となっている。 景気が不景気になるほど参拝者が増える傾向にあるという。困った時の「神頼み」「仏頼み」である。またこの節気には、子供の成長を祝う七五三がある。現行の暦では11月15日ごろ。 七五三は、子供の成長を祝う行事のひとつ。男子は三歳と五歳、女子は三歳と七歳で行われ、産土神や寺社にお参りする。 もともと宮中で行われていた「髪置・袴着・帯解」の祝いがひとつになり、江戸中期以降、江戸を中心に一般化した行事である。(中略) また、「飾り売り」など早くも年末を意識した行事がこのころから始められる。 立冬の期間の七十二候には、初候の「山茶始開」(山茶花が咲き始める)は山茶と書いてサザンカと読む。 そして次候「地始凍」(大地が凍り始める)に至り、末候「金盞花香」は、水仙の花が咲くという意味になる。二十四節季の霜降に注目二十四節季の寒露に注目
2020.11.12
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図書館で『カレーの世界史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界各地のカレーや、日本発祥のカレーライスなどが見られます。最近はインドカレーの店に通う太子としては、奥深いカレーが気になるのでおます。【カレーの世界史】井上岳久著、SBクリエイティブ、2020年刊<「BOOK」データベース>よりゴロッとした肉と野菜にかぶさる褐色のルウ、そして立ちのぼる強烈なスパイスの香り…。私たちが普段何気なく口にしているカレーは、数奇な運命をたどって日本にやってきた。だが、その道のりから見えてくるのは、決して明るいストーリーだけではない。差別と被差別、支配と隷属、禁忌と戒律など、さまざまな要因から強い影響を受けながらその姿を自在に変えてきたカレー。歴史と地理を縦横の糸にして編み込んだ、料理と人との壮大な物語。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界各地のカレーや、日本発祥のカレーライスなどが見られます。最近はインドカレーの店に通う太子としては、奥深いカレーが気になるのでおます。rakutenカレーの世界史チキンティッカマサラ料理が不味いとの定評が根付いてしまったイギリスであるが・・・同国のカレー「チキンティッカマサラ」を見てみましょう。p68~71<イギリスの国民食「チキンティッカマサラ」> イギリス人の食卓から姿を消しつつあったカレーですが、まったくなくなったわけではありませんでした。 それどころか形を変えて、イギリスの食文化に根付いていったのです。それが、1960年代にイギリスのインド料理店で生れたといわれるている「チキンティッカマサラ」です。 “ティッカ”とは、スパイスに漬け込んだブロック肉のこと。これをタマネギと一緒に炒め、トマトやバターでつくったソースで煮込んだものが、チキンティッカマサラです。 酸味がありつつもクリーミーな味わいは、どこかバターチキンカレーに似ています。 チキンティッカマサラは、イギイスでは国民食といえるほど親しまれている料理です。2001年、当時のイギリスの外相ロビン・クックは、チキンティッカマサラについて「真のイギリスの国民料理だ。それは、一番人気があるというだけでなく、イギリスが外部の影響をどう吸収し、適応させるかを完璧に体現しているからだ」と語り、話題になりました。 当初はカレーに親しんだイギリス人ですが、それが人々の好みに合わせて形を変えていき、その最終形がチキンティッカマサラになったということでしょう。 多様な文化を柔軟な姿勢で吸収するイギリス人ならではの料理だといえるかもしれません。<カレーはなぜイギリスに定着しなかったのか> それにしても、日本にカレーを伝えたイギリスでは家庭でカレーが食べられなくなり、一方の日本ではカレーは国民食となって老若男女に親しまれている…。 この違いは一体どういうことなのでしょうか? イギリスでカレーが衰退したのは、上流階級の食事のパターンが変化したしたことが原因だという見方があります。 週単位で食事のパターンが決まっていたとされる上流階級の習慣には、日曜日に巨大なローストビーフを焼いて食べるというものがありました。 しかし、あまりにも大きいローストビーフはどういても食べきれずに余ってしまいます。そこで、残り肉はカレーに使うのが効率的であり、経済的だとされていました。 ところが、牛肉の値段が高騰して、ローストビーフ自体が入手しづらくなったのです。その結果、次第にカレーを食べる機会も減ってきました。肉が余ってこそのカレーだったということでしょう。<イギリス最初のインド料理店の顛末> 一説によれば、今、ロンドンには1000軒を超えるインドレストランがあるといわれています。 価格もかなりリーズナブルなので、カレーを食べたくなったら近くのインド料理店へ出向けばいいわけです。わざわざ家庭でつくる必要は、もうなくなったのでしょう。 今ではイギリス中にあるインドレストランですが、最初の店は大成功とはいいがたいものでした。 イギリスで初めてのインド料理店は、デイーン・マホメッドというインド人が、1810年にロンドンのジョージストリートに開店した「ヒンドスタニー・コーヒーハウス」です。 マホメッドは、カレーをはじめとするインド料理の本格的な味わいや店の雰囲気といったものを、インド本国のスタイルで忠実に再現しようと試みます。 新聞に広告を出すなど積極的な経営を展開しますが、なかなか振るわずに、1811年に惜しくも閉店。 理由についてはいろいろな意見がありますが、当時はまだ外食文化が十分に根付いていなかったこと、また、彼がターゲット層としていた裕福な顧客たちの興味が薄かったことが大きいのではないかと考えられています。『カレーの世界史』1
2020.11.11
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<『カレーの世界史』1>図書館で『カレーの世界史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界各地のカレーや、日本発祥のカレーライスなどが見られます。最近はインドカレーの店に通う太子としては、奥深いカレーが気になるのでおます。【カレーの世界史】井上岳久著、SBクリエイティブ、2020年刊<「BOOK」データベース>よりゴロッとした肉と野菜にかぶさる褐色のルウ、そして立ちのぼる強烈なスパイスの香り…。私たちが普段何気なく口にしているカレーは、数奇な運命をたどって日本にやってきた。だが、その道のりから見えてくるのは、決して明るいストーリーだけではない。差別と被差別、支配と隷属、禁忌と戒律など、さまざまな要因から強い影響を受けながらその姿を自在に変えてきたカレー。歴史と地理を縦横の糸にして編み込んだ、料理と人との壮大な物語。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界各地のカレーや、日本発祥のカレーライスなどが見られます。最近はインドカレーの店に通う太子としては、奥深いカレーが気になるのでおます。rakutenカレーの世界史辛みがクセになるカレーであるが、辛みのもとトウガラシのルーツを見てみましょう。p68~71<世界を席巻したトウガラシ> 1492年、イタリアのジェノバで生れた探険家コロンブスは、コショウを安価で取り引きできる場所を求めて、スペインの港を出港しました。彼が目指したのは、西回りの航路。西に向かえば、「インド」に到達できると信じていたのです。 ところが、彼が到達したのはインドではなく、カリブ海の島でした。ここでコロンブスは、見たこともない香辛料で辛く味付けした料理を食べている人たちを目にします。 その香辛料は、「アヒ」と呼ばれていました。 これが、のちにカレーに強烈な辛さを与えることになる香辛料、トウガラシだったのです。 コショウを追い求めていたコロンブスは、このアヒのことをコショウと勘違いし、ペッパーと名付けました。当時の航海日誌には「アヒは先住民にとってコショウのようなものである」と記されています。 トウガラシは医学的な特性があったことで注目をあつめました。1570年代のスペインの医師による文献には、ガスを解消するため、胸にとっても良く、冷え性の体質にもよく効くといったことが記されていたそうです。 コショウも医学的な特性があるとされていますし、辛味があるという点でもよく似ています。コロンブスがコショウの一種だと思い込んだのは無理もないでしょう。 トウガラシがヨーロッパに普及する上で、大きな役割をはたしたのがチャンカという名の医師です。1493年の2回目の航海時にコロンブスに同行し、帰国後に西インド諸島のあらゆる部族が食べていたものを記録。根ショウガやパラダイスプラム、トウモロコシといった食べ物を記していく中で、トウガラシに注目します。 トウガラシが魚や鶏肉に辛味を加えるために使用されていたことや、トウガラシの種類が無数に存在していたことなどを記していました。 また、コロンブスは前述した航海日誌に、「私たちがリンゴを食べるようにして、カリブ族やインド人はこの果実を食べている」と記しており、いかに彼がトウガラシから強いインパクトを受けていたかがうかがえます。<世界中に広まったトウガラシ> コロンブスが新大陸から持ち帰ったトウガラシは、いったん、忘れ去られてしまいます。しかし、その後、ポルトガル人がブラジルから持ち込んだ別の品種がヨーロッパに受け入れられ、その後、ポルトガルの交易航路を通じて世界に広がっていきました。 中国の四川料理では麻婆豆腐に、朝鮮半島ではキムチにトウガラシが使用されていますが、すべてはこの時代に伝わったといわれています。 インドにトウガラシが伝わったのも、この時期です。トウガラシが伝わる前、インドではコショウを使って辛味を出していましたが、料理に辛さを追求する素地がもともとあったのでしょう。トウガラシは料理に不可欠なスパイスとしてインド人の食文化に一気に浸透していきました。今やトウガラシがカレーに必須のスパイスになっていることは、ご存じの通りです。 では、東南アジアにはどんな経路で伝わったのでしょうか。 先述したように、ポルトガルは1510年にインド南西部のゴアを占領しました。その翌年の1511年、ポルトガルはアユタヤ朝(現タイ)に外交使節を送っています。トウガラシは、このときに伝わったと考えられています。 トウガラシはアフリカでも普及していきましたが、その伝播のスピードは非常に速かったといわれています。 その理由は、「奴隷制度」です。 ポルトガルの奴隷商人たちは、奴隷の代金の一部をトウガラシで支払っていました。16世紀末頃、奴隷商人たちは、遠方まで積極的に行動範囲を広げていきますが、その結果、トウガラシも急速にアフリカ全土に広まっていったのです。(中略)<日本にはジャガイモとともに…> 1543年、種子島にポルトガル人を乗せた中国船が漂着します。いわゆる鉄砲伝来です。これは、日本人とポルトガル人の最初の接触でした。それから10年も経たないうちに、ゴア、マカオ、長崎を結ぶ定期航路が開かれます。
2020.11.11
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図書館で『世界児童文学史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。【世界児童文学史】赤木かん子著、図書館流通センター、1994年刊<「MARC」データベース>より本の探偵・赤木かん子が世界の児童文学史の流れをわかりやすく語る。図書館員なら最低これだけ知っていればだいじょうぶ。楽しく読めて知らず知らずのうちに、児童文学の知識が身につきます。1994年刊の新装版。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。amazon世界児童文学史『キス、キス』などの著者ダールが、以下述べられているので、見てみましょう。p146~148<37 子どもの味方、ロアルド・ダールおじさん> えっと、ロアルド・ダールの話をしたことがあったっけ? まだなかったよね、確か…。 てなわけで、今日はイギリス生まれ、アメリカで活躍したダール氏のお話です。 ではまず、ロアルド・ダールは非常に高名な作家である、というところからいきましょう。それはなぜかというと、彼は大人の小説、しかも男たちに受け入れられる小説を書いているからです、と思ってんだけどさ。 イヤ、ホント…やっぱし、オンナコドモって弱いんだよ。子どもの本の世界では超有名人でも、オトナの本好きが知ってるかってったらそりゃ、あやしいもの。 イギリスには昔から皮肉で(下手をすると嫌みで)高尚で気のきいた短編を書く伝統みたいなのがあって、サキ、が一番有名だと思いますが、ダールはサキの正当な後継ぎ、といったところです。“あなたに似た人”とか、“キス、キス”とか、知ってるでしょ? 彼は非常に変わったやりかたで作家になった人で、学生の時、文章を書くのはキライだったし、成績も作文は最低の評価だった…。 自分が作家だとは夢にも思ってなかったわけで、第二次世界大戦で戦闘機乗りになって負傷し、たまたまその話をききたい、といって訪ねてきた高名な作家、C・S・フォレスターに、話をするのは下手だから書いて渡します、といって一晩で書いて渡したら、フォレスターがそれを売ってくれて自分が作家だということがわかった、という人なんです。 その作家になってく過程については『ヘンリー・シュガーのわくわくする話』に詳しく書いてありますから、キョーミある人はぜひ読んで下さい。 みんな短編で、それについてのダール自身の短い覚え書き、がついててね、彼が作家として、というより、駆け出しの下手な作家があっというまに成熟してく過程がよくわかっておもしろいよ。 そのあとアカデミー女優賞をもらってるパトリシア・ニール、というハリウッドの大スターと結婚して五人(?)だかの子どもができ、彼らにむかってお話をしてくうちに、どんどん子どもの本を書いてくれるようになります。 たぶん子どもがいなくても、いずれは彼、子どもの本を書いてくれたと思うけどね。 資質、というか、ダールの独特なユーモアって子どもむきだもの。 意地悪なおばさんたちを巨大な桃でぺちゃんこにして、冒険の旅にでかけるみなしごの女の子が主人公の『おばけ桃の冒険』と、とってもとっても貧しくて、年に一度だけ、誕生日にチョコレートをたった一枚買ってもらえる男の子がチョコレート工場に招待される『チョコレート工場の秘密』の二冊で、ダールは子どもたちのあいだに熱狂的にむかえられ、それ以後1992年に亡くなるまで、子どものあいだでダールの位置がゆらぐことはありませんでした。 日本でもだよ。 小学校三、四年生のギャングエイジ・・・ぐいぐい本を読みとばしたい、かつ外でも遊びたい、かつその子たちに紹介できる本がすくない、という図書館員にとってあたまの痛いお客さま相手に仕事する時、ダールはこれ以上ありがたい人はいない、という作家です。 でも、ナンセンス、おなかんなかがねじくれるような奇妙な味、というのに耐えられない、という大人にとってはこの二冊はあまり喜ばれないと思います。 子どものほうが、大人より生命エネルギーが多いからね。 そういう人は、まず『ぼくらは世界一の名コンビ!』あたりを読んでみてください。 これ、子どもが生まれてすぐ、奥さんを亡くした男とその息子、つまり父子家庭ね、の話で、ガソリンスタンドをやって暮らしててその男の子が主人公なんだけどさ、お母さんがいなくても、ひとつも困るとか淋しいと思ったことがない、なんせぼくのパパは世界一なんだ、という話なのよ。 子どもがちゃんと育つには、いったいどういう愛情が必要なのか、を知りたければ、みんなここに書いてあるよ。 もちろんダールのことだから、ユーモアたっぷり、書いてあることはまっとう、偽善も欺瞞もなくて、テクニックは抜群、実に安心してホケホケと物語に浸ってられます。ダールの『キス・キス』を、くだんのフォームで紹介します。【キス・キス】ロアルド・ダール著、早川書房、2005年刊<「BOOK」データベース>より予期せぬ出来事が日常の扉を開きあなたをさり気なく訪れる。<読む前の大使寸評>ロアルド・ダール著の短篇小説集であるが、阿刀田高さんが推薦していたので図書館に予約していたのです。巻末に阿刀田高さんの解説が載っていて、解説自体が面白い読み物になっています。<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>amazonキス・キス『世界児童文学史』3:19世紀イギリスファンタジー『世界児童文学史』2:フランスの児童文学事情『世界児童文学史』1:「まえがき」()
2020.11.10
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図書館で『世界児童文学史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。【世界児童文学史】赤木かん子著、図書館流通センター、1994年刊<「MARC」データベース>より本の探偵・赤木かん子が世界の児童文学史の流れをわかりやすく語る。図書館員なら最低これだけ知っていればだいじょうぶ。楽しく読めて知らず知らずのうちに、児童文学の知識が身につきます。1994年刊の新装版。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。amazon世界児童文学史19世紀イギリスファンタジーが以下述べられているので、見てみましょう。p10~11<3 19世紀イギリスファンタジーの御三家> さて、イギリスには“日常的魔法”とは別に、もう一本、ファンタジーの大きな流れがございました。 ご存じ、ルイス・キャロル、ジョージ・マクドナルド、チャールズ・キングスリという19世紀イギリスファンタジーの御三家です。 それぞれ代表作はもちろん二冊の“アリス”、『北風のうしろの国』その他の妖精もの、『水の子』です。 “アリス”については…別にここでいう必要はないやね。これは英文学の教養のひとつになってるから図書館員やるなら読むしかないです。しかも言葉あそびが主役だから、こればっかりはディズニーのアニメを見てすます、という超法規的アンチョコ手段が使えません。あのアニメは実にしたたかで出来がいいですけどね。 ま、アリスが好み、という人はいいですけど、そうじゃない人は我慢して、一度は目を通してください。「私を食べて」とか、「封蝋と王さま」とか、トランプのハートの女王が叫ぶ「首を切っておしまい」というセリフとか「セイウチとアザラシ」とか、とにかく英文学カンケーでは、“アリス”は水を吸ったスポンジから水滴がしたたり落ちるように、絶えず引用されます。しかもたていは注釈なしで…。 だってみーんな、それが“アリス”からだって知ってるんだも~ん。もしくは知っているはずだって思われてるんだも~ん。 それと“聖書”(新訳も旧約もね)とシェイクスピアとナースリーライム…日本じゃまとめてマザーグースってよばれてるやつね、だな。 これが、これだけは読んでおいてくださいね、の英文学の基礎の四大アイテムです。 マクドナルドのは子どもむけの妖精話…昔は、もっと恐がられて超自然の威力を誇っていた妖精たちを無力な可愛らしい人間たちのペットにしてしまったのはどうやらシェイクスピアらしいですが、そのあとを受け継いで土着性の全然ない洗練された、整然とした妖精物語を創り上げたのが、マクドナルドです。 子どもむけってのはどういう意味かというと、ようするに色気抜きってェことで、おれを大人用でやってのけたのが、ロード・ダンセイニさ。ダンセイニ、の名前を知らないかたは、いまの日本だったら荒俣宏の世界、を想像して下さい。 それにダンセイニを日本にせっせと紹介したのは、例のイナガキタルホのおっちゃんだ、といえば、だいたいのイメージはつかめるかしらね。 正確な年代をいえば『水の子』は1863年に、マクドナルドのファンタジーも60年代に集中して、二冊のアリスは1865年と1872年に書かれてます。マクドナルドとキャロルは仲が良くてね、マクドナルドは11人の子持ちだったんですが、キャロルの“”を最初に読んだのもその子たちなら出版を推めたのもマクドナルド、だったそうよ。 『水の子』を書いたチャールズ・キングスリは牧師で、この本も、いわばお説教の代わりに書かれたような本です。ただ幸か不幸かキングスリはお説教の部分と物語(貧しくて可哀そうな煙突掃除の子ども、トムが水に落ちておぼれて水の子になり、いろんな目にあって改心していく)の部分を分けて書いたのよ。 てなわけで賢明な読者の子どもたちは当然ストーリーに熱中し、教訓のほうは読みとばしました。 私も小学校のときに岩波少年文庫で出てた完訳本、を見つけてしばらく虜になってたことがあったんだけど、正直いって、お説教の部分があった、ということさえ覚えておりませんでした。『世界児童文学史』2『世界児童文学史』1
2020.11.10
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図書館で『私の青春文学紀行』という本を手にしたのです。全ページにわたってカラー写真満載でビジュアル版となっていて、大使好みである。名作16作品のうち、『月と六ペンス』、魯迅『故郷』、『蛍の光』が狙い目でおます。【私の青春文学紀行】松本侑子著、新潮社、2008年刊<「BOOK」データベース>より『赤毛のアン』『はるかなるわがラスカル』『トム・ソーヤーの冒険』『風と共に去りぬ』『月と六ペンス』『ハイジ』『車輪の下』…。少年少女のころ、そして青春の季節に、誰もが一度は読んだあの懐かしい世界の名作一六作品の舞台や作者ゆかりの土地を訪ねて、海外を旅した文学エッセイ集。知られざる作者の生涯、現地でわかった新しい読み方、大人の今だからこそ再発見した物語の魅力を丹念に描き出す。著者自ら、カナダ、アメリカ、中国、南太平洋、ヨーロッパの世界10カ国を歩き、撮影したカラー写真270点余を収載。感動が鮮やかによみがえる、文学散歩の楽しみに満ちた一冊。<読む前の大使寸評>全ページにわたってカラー写真満載でビジュアル版となっていて、大使好みである。名作16作品のうち、『月と六ペンス』、魯迅『故郷』、『蛍の光』が狙い目でおます。rakuten私の青春文学紀行スコットランドで歌われる『蛍の光』を、見てみましょう。p120~123<再会の歌、杯交わし>「蛍の光」は、日本では別れの歌であり、卒業式で斉唱される。もともとはスコットランド民謡だが、明治時代に、中国の「蛍雪」の故事にちなんだ歌詞をつけて唱歌となった。 中国の古代、蛍の光や窓の雪の照り返しで書物を読んだ賢人のいわれによる。そうした学びの日々を共にすごした季節も終わり、今日この朝、別れゆく、という歌になっている。 一方、スコットランドおよび英語圏では、再会の歌だ。1788年にロバート・バーンズが書いた詩をのせて愛唱されている。 昔なじみがわすらりょうか 忘らりょか。 昔なじみが忘らりょうか 昔 昔の。 昔のために、君よ、 昔のために。 友情の一杯をのみかわそう、 昔のために。(『バーンズ詩選』大学書林語学文庫より) 懐かしい友と久方ぶりに会った。再会を喜び、これまで無事に生きてきためでたさを祝い、さらなる末長い友情を誓って、酒盃をかわす・・・。そんな席で一同がテーブルを囲んで立ち、手をつなぎ、声をあわせて歌う。 ちなみにアメリカでは、大晦日から元旦へのカウント・ダウンに歌われる。 原詩はスコットランド語で書かれている。たとえば詩の題「オールド・ライン・サイン Auld lang Syne(遠い昔)」は、英語では「オールド・ロング・シンス Old Long Since」となる。 スコットランドへ行くと、独特のなまり、英語とは違う一風変わったつづりの地名に面食らう。スコットランド語の読み方をたずねると、ホテルの人たちも、タクシーの運転手さんも、もちろんバーンズ記念館の人たちも、嬉しそうに顔をほころばせて、親切に、、民族の誇りをもって教えてくれた。 スコットランドは今ではイギリスという国に属しているが、約三百年前まではイングランドとは別の国だった。民族もスコットランドはケルト系、言葉もゲール語系と、イングランドとは異なる。 それだけにイングランドに敗北して併合されたスコットランド人の反骨精神、愛郷心、独立心は強く、今も彼らは独自の議会、紙幣を持っている。ちなみにスコットランドの5ポンド札には若々しいバーンズの顔が印刷されている。そうしたスコットランド人の心を詠ったのがバーンズなのだ。 バーンズが通った酒場兼旅籠屋でスコッチウィスキーを頼むと、寒い北国の本場では、小さなグラスに、生で出てきた。水や氷で薄めない。この強く、香り高い酒が体を温め、血気を盛んにするのだろう。 37歳で夭折したバーンズが愛飲した地酒を私も味わった。昼下がりの静かでまだ明るい酒場ではラジオからバッグパイプの曲がいつまでも流れていた。<民族の魂詠う詩人> ロバート・バーンズは1759年、スコットランド南西部のエア地方、アロウェイ村の小作農の家に生まれた。母から土着の民話、古謡を聴いて育ち、畑作をしながら十代より詩作を始め、27歳で『主にスコットランド方言による詩集』を発表した。 初詩集が評判となったバーンズは、首都のエジンバラえ出てゆくが、2年で田舎へもどって農業と詩作を続け、37歳で病死した。 彼は約四百篇もの詩を残している。スコットランド人の誇り、ユーモアと風刺、恋心、田園の風景が、どちらかというとやさしい言葉づかいでつづられる。 民謡の素朴なメロディにあわせてつくられた詩も多い。「誰かさんと誰かさんが麦畑」という歌詞で日本でも知られる「ライ麦畑をこえて」など。 誕生日1月25日の夜は、バーンズ・ナイトと呼ばれ、本国はもちろん、世界のスコットランド人が彼の生誕を祝う。スコットランド人気質が表れている映画としては英国社会の人生賛歌の「フィッシャーマンズ・ソング」がお薦めでおます。
2020.11.09
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図書館で『私の青春文学紀行』という本を手にしたのです。全ページにわたってカラー写真満載でビジュアル版となっていて、大使好みである。名作16作品のうち、『月と六ペンス』、魯迅『故郷』、『蛍の光』が狙い目でおます。【私の青春文学紀行】松本侑子著、新潮社、2008年刊<「BOOK」データベース>より『赤毛のアン』『はるかなるわがラスカル』『トム・ソーヤーの冒険』『風と共に去りぬ』『月と六ペンス』『ハイジ』『車輪の下』…。少年少女のころ、そして青春の季節に、誰もが一度は読んだあの懐かしい世界の名作一六作品の舞台や作者ゆかりの土地を訪ねて、海外を旅した文学エッセイ集。知られざる作者の生涯、現地でわかった新しい読み方、大人の今だからこそ再発見した物語の魅力を丹念に描き出す。著者自ら、カナダ、アメリカ、中国、南太平洋、ヨーロッパの世界10カ国を歩き、撮影したカラー写真270点余を収載。感動が鮮やかによみがえる、文学散歩の楽しみに満ちた一冊。<読む前の大使寸評>全ページにわたってカラー写真満載でビジュアル版となっていて、大使好みである。名作16作品のうち、『月と六ペンス』、魯迅『故郷』、『蛍の光』が狙い目でおます。rakuten私の青春文学紀行大使一押しの『月と六ペンス』を、見てみましょう。p62~65<世俗の檻から抜け出して> 日常のしがらみをふりはらい、新しい人生を始めたい。たとえ身の破滅におわったとしても、常識という世俗の檻にとらわれて予想通りの命を後悔とともに終えるくらいなら、先が見えてきた中年だからこそ、本心に従って悔いのない生涯に身を投じたい…。 1891年、43歳のフランスの画家ゴーギャンは、妻子を残して、仏領タヒチへ移り住む。褐色の肌をあらわにした土俗の女たち、南方の植物を奔放な色彩で描いて、永遠の楽園のなかに、厳粛な生命の神秘を表した。『月と六ペンス』は、英国の作家モームが、ゴーギャンの伝記に触発されて創作した小説だ。 ロンドンの株式仲買人ストリックランドは、およそ芸術や才気とは無縁の退屈な凡人、良き家庭人だった。ところが40代にして突然、画家を志し、家族を捨ててパリに渡り、絵を描き始める。 やがてタヒチへ移り、高いヤシのもと、島の娘と茅葺の小屋に住み、日に焼けた体にパレオをまとい、絵を描き続ける。だが独特の画風は理解されず、貧困のなか、病を得て死ぬ。 ところが死後、欧米で彼の絵が高騰。夫を恨んでいた妻もふくめて、周囲は一転して天才と持ち上げ、俗物たちが作品の神髄も精神性も理解しないまま、ただ投機的に扱い始める…。『月と六ペンス』に、タヒチの描写は結末のごくわずかにすぎない。しかし、その前に続く19世紀のロンドンの暗い色調の街並み、ヴィクトリア朝の礼儀作法にやかましく偽善的な暮らしが、最後に登場するタヒチの目の眩むような鮮やかな明るさ、儀礼やしきたりから解き放たれた自由を強調している。 私は赤道を超えて南半球タヒチへ飛び、さらに小型機で260キロ離れたボラボラ島に渡った。そこでウランスの客船に乗り、タハア島、ライアテア島、フアヒネ島を、フランス人、イギリス人らとともにクルーズした。百年前のフランス人のゴーギャン、英国人モームの船旅をつい重ねて見ていた。 船はかすかに揺れながら進み、南方特有の奇怪な形の山がそびえる島を通りすぎる。きらめく透明な海と熱帯魚、珊瑚礁、揺れるヤシ、むせるほど甘い花の香り。高層ビルも商業施設もなく、鳥のさえずりと波音だけが聞こえる。太古からの静寂のなか、痛いほど強い陽が照る。人々の家は渚の木陰に守られるように点在している。(中略) 「月」は手の届かない至高の美の世界であり、「六ペンス」は日常の因習、ありふれた生活を意味する。人は「六ペンス」なしには生きられない。だが「月」を見上げ、高い輝きに手をのばしながら、美に陶酔する時を忘れた人生は空しい。私はその両方を大切に生きていきたい。 <美の魔法に魅入られ> 1874年、モームはパリの英国大使館に勤める英国人弁護士を乳として生れた。パリ育ちの彼はフランス語が自在だった。のちに出かけた仏領ポリネシアへの旅でも、その語学が役に立ったことだろう。 彼は十歳までに両親を亡くして英国の叔父に引きとられる。ロンドンで医者になったが、23歳で小説を発表、作家となった。 第一次世界大戦が始まった1914年には、表の顔は小説家のまま英国情報部のスパイとなり、スイスで情報蒐集をした。ここでも2ヶ国語が堪能であることがきいたに違いない。 16年には大西洋を渡り、アメリカ経由でハワイ、タヒチ、サモア諸島を航海。その経験が19年、45歳で出版された『月と六ペンス』に結集した。 南太平洋をゆく船旅は飽きることがなかった。目前の淡い水色の海が、エメラルドグリーン、群青、濃紺へと色を深めながら、果てしなく広がる。島へ上がれば、褐色の肌のなめらかな人々がつぶらな目とはにかんだ笑顔をむけてくれる。潮風がそよ吹き、時間はゆるやかに流れる・・・。洗練された都会もある モームもこの魔法に魅入られたに違いない。彼は同じポリネシアの人々が暮らすサモア諸島を舞台にして短編「雨」「赤毛」も書いている。
2020.11.09
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図書館で『世界児童文学史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。【世界児童文学史】赤木かん子著、図書館流通センター、1994年刊<「MARC」データベース>より本の探偵・赤木かん子が世界の児童文学史の流れをわかりやすく語る。図書館員なら最低これだけ知っていればだいじょうぶ。楽しく読めて知らず知らずのうちに、児童文学の知識が身につきます。1994年刊の新装版。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。amazon世界児童文学史フランスの児童文学事情が述べられているので、見てみましょう。p42~44<11 フランスの子どもの本> フランス人にとっては“子ども”という独特の感性を持った生き物は存在せず、いずれ大人になるべきである小さな生き物、がいるだけなんだってさ。 ホントか嘘かはわかんないけど、そういわれるとなるほど~と思ったりもするな。 フランスで子どもの本関係でまず出てくるのは、ボーモン夫人の『美女と野獣』と先週登場したペローが書いた“ペロー童話”です。『長ぐつをはいた猫』とか『赤ずきんちゃん』『青ひげ』『サンドリヨン(シンデレラさ)』『巻き毛のリケ』『眠れる森の美女』・・・みーんなペローが有名にした話よ。 そのあともフランスの子どもの本で出てくるものといえば、洗練されてて皮肉のきいてるマルセル・エーメ(『おにごっこ物語』その他ね)やルイ・フィリップの『小さな町で』(講談社の世界文学全集には入っていました。主人公は確かに子どもたちですが、人生の真実を語る、おっそろしい話ばかりだったね)で、この人たちの書いてるのは子どもでも読めるけど、ホントは大人の文学です。 そういうナイーブで高尚なのとは正反対の巨匠に大アレクサンドル・デュマとビクトル・ユーゴー、ジューヌ・ベルヌ、という大物がいますが、この三人についてはまたあらためて、ということで、今日はフランスの子どもの本の流れをパッパッとやってしまいましょう。 なんせね、さっきもいった通り、フランスってのは子どもっぽい子どもってのがいないんじゃないか、という国で(現実、いることはいても、そういうタイプの文学がないだけかもしんないけどさ)、子どもの本も一種独特、奇妙なというか、胃袋が、こうねじくれてくるような、ヘンな気分にさせられるものが多いです。でも逆にいえば、フランスの児童文学が一番、文学の好きな大人が読んだら楽しめるのかもしれない・・・。 私自身はどうもフランスの文学って好きじゃなくて、一番好きなジャンルのミステリでも、カトリーヌ・アルレーでしょ、ポワロ&ナルウジャックでしょ、メグレ警視のジョルジュ・シムノンでしょ、アルセーヌ・ルパンのモーリス・ルブランでしょ・・・一癖もニ癖もあるのが多くてうまいなァとは思えども、楽しめないです。(中略) あとフランスの子どもの本の特徴のひとつに、もういまではまるっきり忘れ去られてるよーですが(高校の世界史だって、ここらあたりまでくるとおしまいになっちゃうもんね)、かつてフランスはイギリスとドイツと共にアフリカ大陸を植民地分割した国であったというのがあります。イギリスとドイツはその後撤退したようですが、フランスはね、不思議なことに残ったんだよね。 しかも経済とか工業とかそういうところじゃなく、文化・芸術ってとこで残ったの。 いまでも北部アフリカではフランス語が公用語として使われてるし、フランスに出稼ぎに行く人も多いし、フランス側からもアフリカに出かけて、その陽の光、文化、芸術に惚れ込んだ人は多かったのよ。『世界児童文学史』1
2020.11.08
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図書館で『世界児童文学史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。【世界児童文学史】赤木かん子著、図書館流通センター、1994年刊<「MARC」データベース>より本の探偵・赤木かん子が世界の児童文学史の流れをわかりやすく語る。図書館員なら最低これだけ知っていればだいじょうぶ。楽しく読めて知らず知らずのうちに、児童文学の知識が身につきます。1994年刊の新装版。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。amazon世界児童文学史「まえがき」で、この本の成り立ちが述べられているので、見てみましょう。pi~ii<まえがき> こんにちは。 初めまして・・・のかたもいらっしゃるだろうし、アラ、こんにちは、まいどどうも・・・のかたもいらっしゃることと思います。 初めまして・・・のかたは恐らく、表紙のタイトルにある“世界児童文学史”という文字を見て、この本を開いたかたでしょう。 ご安心下さい。中身は“児童文学史”になっていると思います。 そうしてですね、これはもともと図書館流通センターが出している『週刊新刊全点案内』という雑誌に、1993年1月から12月まで1年間“図書館員のカキのタネ”というタイトルで毎週連載したもので、読者のほとんどが図書館員というかなり特殊な状況でしたので、随所にそういうセリフが出て参りますが、万一図書館員以外のかたで、アラ、私って部外者・・・とお感じになる箇所がございましたら、心からおわび申し上げます。 断じてそのようなつもりはございません。 もちろん、専門家の集団である人たちにむかって書いたのですが、でも、本が好きで興味持ってる、ごく普通の人たちにおもしろく読んでもらえないんなら、図書館員だって退屈すると思うよ。 で、おもしろくないことって、頭に入らないもんだよね~。 ただでさえも、“児童文学史”という以上、必然的に知らない本、知らない作者の名前で押し流されそうになります。これは大変シンドイことですので、読みやすくしたつもりです。が、もしわからなかったらごめんね。 もしわからないとしたら、それはあなたのアタマが悪いんじゃあくて、私の書きかたがまずいんだよ。 もしこれを読んで、あ、この本読んでみようかな~、などと思っていただけるところがありましたら望外の幸せでございます。 ではごゆっくりと、お楽しみくださいませ。ウン こんなに完璧な口語体の文章に触れたのは、初めてのような気がするで♪
2020.11.08
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図書館で『世界を変えた150の科学の本』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、しぶい色調の本の表紙や地図、天体図、博物画などが満載されていて・・・(太子好みの)ビジュアル版である。【世界を変えた150の科学の本】ブライアン・クレッグ著、創元社、2020年刊<「BOOK」データベース>より全ての時代を通じて、最も鋭敏な知性によって著された本の数々。それらをひも解き、サイエンスの歴史を語ることによって、本書はときに緩やかな、ときに革命的な変化をもたらした人類の努力の成果を明らかにする。『ヒポクラテス全集』から『サピエンス全史』まで、豊富なビジュアル資料でたどる自然科学書2500年の歩み。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、しぶい色調の本の表紙や地図、天体図、博物画などが満載されていて・・・(太子好みの)ビジュアル版である。rakuten世界を変えた150の科学の本鳥類といえば、太子のツボでもあるのだが・・・オーデュボンの『アメリカの鳥類』が述べられているので、見てみましょう。p147~150<究極のバードウォッチャー> 19世紀には、科学者や科学に関心を持っている人だけでなく、より幅広い読者の興味を引きそうな本が徐々に登場してきた。その最たるものがオーデュボンの『アメリカの鳥類』である。当時のこの本に対する受け止め方は、現代のハッブル宇宙望遠鏡による画像を集めたコーヒーテーブルブックの場合と同じようなものだった。 『アメリカの鳥類』の原画は科学的な目的で製作されたが、より幅広い大衆の興味を引いたのは、何よりもその視覚的な美しさだった。おそらく、フックの『顕微鏡図譜』以来、同等の美しさをもつ本はそれまでなかっただろう。 『アメリカの鳥類』には、驚くほど複雑な背景がある。アメリカの市民権をもったハイチ生れのフランス人によって書かれ、イギリスの読者の熱意のおかげで出版された。1827年に出版されたこの本は、1枚ずつ彩色された435枚の図版が特徴で、巨大な99×66センチの図版には驚くほど多様な鳥類の姿が収められていた。 ジョン・ジェームズ・オーデュボンは1803年の渡米直後から、アメリカの多様な鳥類に興味をもち始めた。彼は鳥類を観察して絵を描いただけでなく、剥製の技術を学び、アメリカの在来種の鳥類やその他の動物を収めた自然史博物館を設立した。オーデュボンの本職は商人だったが、博物学への情熱がだんだん彼の人生を支配するようになっていった。 当時科学に関わっていた多くの人々とは異なり、オーデュボンは自活できるほど裕福ではなかった。たとえば、彼の最後の投機的事業だった製粉所が1819年に行き詰まったときには、破産して債務者監獄に送られている。それでも1820年には、北アメリカのすべての鳥類を描いた画集を作るという壮大な計画のもと、再び旅に出て鳥の絵を描くようになった。 1824年にフィラデルフィアにたどり着く頃には300枚以上の絵を描きためていて、それで本を製作したいと考えたが、出版社を見つけられなかった。 オーデュボンは友人の勧めでイギリスに渡り、ようやく求めていた熱心な読者と、自分の「大仕事」を出版するための金銭的援助を得ることができた。しかしながら、初めから完全な形で配布されたのではなく、購読予約者はブリキのケースに入った5枚1組の図版を毎回受け取った。 当時のほとんどの本と同じように、購読者自身がページを1枚ずつ揃えて製本し、自分の図書室に合うような表紙をつけた。この本の印刷にはとんでもない費用がかかり、当時でも453枚の図版を全セット揃えるには1000ドル近くかかったようだ・・・これは現在の約2万ポンドまたは2万6000ドル(約275万円)に相当する。 2010年に競売にかけられた『アメリカの鳥類』の完本は、650万ポンド(約9億円)の値がついた。フルサイズ版は比較的少ない部数しか作られなかったが、25.3×15.8センチの小型版ははるかによく売れた。 図版はばらばらに発行されたが、これに付属して、オーデュボンがスコットランドの博物学者ウィリアム・マクギリヴレイと共同で執筆した5巻本もあった。文章を分けて出版したのは、イギリスの国立図書館は国内のすべての出版物を受け入れていたので、複数の国立図書館に、高価な図版を無料で提供するのを避けるためだった。『世界を変えた150の科学の本』2:熱力学第二法則『世界を変えた150の科学の本』1:『サピエンス全史』()
2020.11.07
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図書館に予約していた『ミヤザキワールド』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。 ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。【ミヤザキワールド】スーザン・ネイピア著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>より世界を魅了しつづける巨匠の秘密とは?中・韓・ロシア・アラビア語版も刊行される決定版「宮崎駿論」。30世紀の有毒の森、神々が疲れを癒す湯屋、赤毛のさかなの女の子、ふわふわの森の精―これらに共通する要素とは?“アニメ・クイーン”の異名をとる米タフツ大学教授が、アニメーション作家・宮崎駿(1941‐)が手がけた『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)から『風立ちぬ』(2013)まで11の長編映画と、漫画版『風の谷のナウシカ』(1982~94)を徹底解剖。その人生と芸術との知られざる関わりを解き明かす。映像作品はもとより、膨大な日本語・欧文文献を8年がかりで渉猟、宮崎監督本人とスタジオジブリ関係者への直接インタビュー、大学で教える宮崎駿ゼミでの知見も踏まえ、「闇と光」がせめぎ合う「ミヤザキワールド」の魅力に迫る。日本版オリジナルの序文を収録。<読む前の大使寸評>ハードカバーでぶ厚くて重たい本であるが、冒頭に16ページものカラー画像を配するサービスがええでぇ♪取りあげた題材が宮崎駿のアニメとあれば、これは読破できるような気がします。<図書館予約:(10/25予約、11/01受取)>amazonミヤザキワールド『天空の城ラピュタ』はファンタジーでもあるが、SF的でもあり大使のつぼが疼くわけで、そのあたりを見てみましょう。p166~169<第6章 大空の孤児たち『天空の城ラピュタ』> 『コナン』の舞台となった大災厄後の世界の大半が海中に没しているのと異なり、シータとパズーが住む世界は19世紀のヨーロッパに似て活気にあふれている。 『ラピュタ』の文化的起源がヨーロッパにあることは火を見るよりも明らかだ。「空に浮ぶ城」という幻想的なイメージは、蜃気楼を描写した中世ヨーロッパの記録に基いている。それは遠くの建物が地平線の上に浮んで見える一種の気象光学現象に過ぎない。しかし、本章のエピグラフが示唆しているように、この現象は人々の心に脅威と畏怖の念を呼び起こしたのである。 宮崎はイギリス文学の古典からもヒントを得ている。科学技術の力で空を飛ぶラピュタという島のイメージは、宮崎が子供の時に読んだジョナサン・スウィフトの風刺小説『ガリヴァー旅行記』から借りたものである。監督自身は、小説の内容はうろ覚えだったため、妻に百科事典で調べてもらったと主張している。だが、スウィフトと宮崎のどちらの物語も、ラピュタを空に浮かべるテクノロジーに関しては複雑な見方をしている点が共通している。 その一方で、宮崎は作品に諷刺を持ち込むことを避け、ともに愛読していた19世紀スコットランドの作家ロバート・ルイス・スティーブンソンの『宝島』のようなスリル満点の古典的冒険小説と、フランスのSF小説家ジュール・ヴェルヌの作品に特徴的な胸躍るセンス・オブ・ワンダーを合わせたような物語を創作した。『宝島』と同様、『ラピュタ』には勇敢な孤児の主人公、息を呑むような追跡シーン、海賊の一団、そして宮崎作品には珍しく、映画のクライマックスに至るまでついに改心しない心底邪悪な悪役などが次々に登場して観客の興奮を誘う。ヴェルヌの影響が見られる映像表現はかなり特徴的で、今日では「スチームパンク」と呼ばれる回顧趣味的なSFの一ジャンルを髣髴とさせる。 宮崎によれば、この種のSF作品は「機械がまだ機械の楽しさを持つ時代」を舞台にしているという。本作には風変わりな飛行機械が次々に登場いて、観客を楽しませてくれる。例えば、スズメバチとバイクを合体させたような外形で、それにぴったりの騒音を出す羽ばたき式飛行機のフラップターもその一つで、宮崎はそのデザインに多くの愛情と労力を注ぎ込んだ。 他にも、軍が使用するゴリアテという名の不気味な大型飛行戦艦も登場する。中でも最も目を惹くのが、魔法と先進的な科学技術を合体させたラピュタそのものの「飛行メカニズム」である。だが、この優れたテクノロジーには、実は恐るべき破壊力を持つ兵器になり得るという暗い秘密があった。『ミヤザキワールド』2:「訳者あとがき」と「日本の読者へ:スーザン・ネイピア」『ミヤザキワールド』1:『千と千尋の神隠し』()
2020.11.07
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「世界史」でしょうか♪<市立図書館>・大名倒産(上)・カレーの世界史・私の青春文学紀行・踏み跡にたたずんで・風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【大名倒産(上)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まりー<読む前の大使寸評>笑いと涙の経済エンターテインメントってか・・・これは期待できそうである。<図書館予約:(2/01予約、副本13、予約347)>rakuten大名倒産(上)【カレーの世界史】井上岳久著、SBクリエイティブ、2020年刊<「BOOK」データベース>よりゴロッとした肉と野菜にかぶさる褐色のルウ、そして立ちのぼる強烈なスパイスの香り…。私たちが普段何気なく口にしているカレーは、数奇な運命をたどって日本にやってきた。だが、その道のりから見えてくるのは、決して明るいストーリーだけではない。差別と被差別、支配と隷属、禁忌と戒律など、さまざまな要因から強い影響を受けながらその姿を自在に変えてきたカレー。歴史と地理を縦横の糸にして編み込んだ、料理と人との壮大な物語。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界各地のカレーや、日本発祥のカレーライスなどが見られます。最近はインドカレーの店に通う太子としては、奥深いカレーが気になるのでおます。rakutenカレーの世界史【私の青春文学紀行】松本侑子著、新潮社、2008年刊<「BOOK」データベース>より『赤毛のアン』『はるかなるわがラスカル』『トム・ソーヤーの冒険』『風と共に去りぬ』『月と六ペンス』『ハイジ』『車輪の下』…。少年少女のころ、そして青春の季節に、誰もが一度は読んだあの懐かしい世界の名作16作品の舞台や作者ゆかりの土地を訪ねて、海外を旅した文学エッセイ集。知られざる作者の生涯、現地でわかった新しい読み方、大人の今だからこそ再発見した物語の魅力を丹念に描き出す。著者自ら、カナダ、アメリカ、中国、南太平洋、ヨーロッパの世界10カ国を歩き、撮影したカラー写真270点余を収載。感動が鮮やかによみがえる、文学散歩の楽しみに満ちた一冊。<読む前の大使寸評>全ページにわたってカラー写真満載でビジュアル版となっていて、大使好みである。名作16作品のうち、『月と六ペンス』、魯迅『故郷』、『蛍の光』が狙い目でおます。rakuten私の青春文学紀行【踏み跡にたたずんで】小野正嗣著、毎日新聞出版、2020年刊<「BOOK」データベース>よりこれは夢か現か幻かーなつかしくて不可思議。心をざわつかせる36編。土地と人々の記憶が紡ぐ珠玉の物語。芥川賞作家が放つ待望の傑作掌編小説集。<読む前の大使寸評>小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。<図書館予約:(11/3予約、副本2、予約0)>rakuten踏み跡にたたずんで【風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック】ムック、大日本絵画、2015年刊<「BOOK」データベース>より宮崎駿監督が描いた、航空技師・堀越二郎と作家・堀辰雄との架空の出会いが紡ぎ出す物語がついに単行本化!模型情報誌・月刊『モデルグラフィックス』誌上で2009年から2010年にかけて連載された全九話45頁を収録。連載当時の関連記事はもちろんのこと、姉妹誌『スケールアヴィエーション』掲載記事も併録し、『風立ちぬ』の世界へと誘います。<読む前の大使寸評>まさに宮崎駿のマンガ本である。それも複葉の艦上戦闘機や低翼片持ち単葉の戦闘機が現れた頃のお話しということで・・・即、借りたのです。amazon風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック************************************************************図書館大好き453
2020.11.06
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在77位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在378位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在13位・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、副本1、予約7)現在1位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13、予約218)現在177位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在52位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、副本2、予約0)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・小川さやか『チョンキンマンションのボスは知ってる』・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『星に仄めかされて』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・四方田犬彦『ソウルの風景―記憶と変貌』・小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』:図書館未収蔵・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:8/20以降> ・橘玲「上級国民/下級国民」(10/24予約、8/20受取)・サル化する世界(3/25予約、9/02受取)・浅田次郎『草原からの使者 沙高楼奇譚』(9/05予約、9/10受取)・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、9/13受取)・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、9/18受取)・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、10/15受取)・小野正嗣『獅子渡り鼻』(10/9予約、10/15受取)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、11/01受取)・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、11/05受取)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、11/05受取)***********************************************************************【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【韓国が嫌いで】チャン・ガンミョン著、ころから、2020年刊<「BOOK」データベース>より女もすなるフェミニズム小説といふものを、男もしてみむとするなりー韓国「今日の若い作家」シリーズからチャン・ガンミョン作品を初邦訳!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/03予約、副本1、予約7)>rakuten韓国が嫌いで【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【踏み跡にたたずんで】小野正嗣著、毎日新聞出版、2020年刊<「BOOK」データベース>よりこれは夢か現か幻かーなつかしくて不可思議。心をざわつかせる36編。土地と人々の記憶が紡ぐ珠玉の物語。芥川賞作家が放つ待望の傑作掌編小説集。<読む前の大使寸評>小野正嗣といえば、朝日のコラム「文芸時評」で見かけるが、その人が描く小説とは如何なるものか・・・気になるのです。<図書館予約:(11/3予約、副本2、予約0)>rakuten踏み跡にたたずんで【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡230予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、副本13、予約347)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、副本1、予約0)
2020.11.06
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