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図書館で『日本文学史序説補講 』という本を、手にしたのです。この本は5日間の合宿学習会の記録であるとのこと・・・それにしても広いジャンルで濃密な講義を行ったものですね。【『日本文学史序説』補講】加藤修一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より世界7カ国語に翻訳され、高い評価を受けた『日本文学史序説』。本書は、この不朽の名著について、著者みずからが集中講義を行った全記録である。『日本文学史序説』のエッセンスを分かりやすく説きつつ、執筆の方法論を明かし、その後の発見なども織り交ぜて縦横に語る。日本文学の細やかな味わいについて、中国や西洋の文学との比較、文学にあらわれた思想についてー自著の解説やすでに語られたことの要約に留まらぬ、芸術・文化、政治、社会に及ぶ白熱の講義録。文庫化にあたり、『日本文学史序説』をめぐる、大江健三郎、小森陽一、成田龍一各氏の追悼鼎談を「もう一つの補講」として収録。<読む前の大使寸評>この本は5日間の合宿学習会の記録であるとのこと・・・それにしても広いジャンルで濃密な講義を行ったものですね。rakuten『日本文学史序説』補講「第5章 能と狂言の時代で」で文学と戦争の関係を、見てみましょう。p149~153■と文化創造との関係 余談ですが、奈良、京都の文化がそれ自身でまた発達して、18~19世紀にかけて浮世絵になった。浮世絵になった文化は、また海を渡ってフランスに行って印象派に影響を与えた。それで結局、ヨーロッパから発した文化がひと回りした、ということを木下杢太郎は考えていました。 別の例はモンゴール帝国です。モンゴール人は西に向かった。一つはロシアに向かって北上し、また南下してきます。一つはまっすぐインド、中央アジアからヨーロッパへ向かう。両方ともトルコを通る。そうするとやはり、戦争による異文化接触というものがあらゆる場所でおこるわけです。 アレキサンダーは美術にしても哲学にしても、圧倒的に進んだ文化をもっていた、軍事的に圧倒しただけでなく、文化的にも圧倒的でした。モンゴールは、武力において圧倒的だったから征服しましたが、文化的な彫刻とか文学という話になると、遊牧民ですからそんな手のこんだことは知らなかった。 そこで何がおこったかというと、被占領者のほうが占領者よりも文化的にははるかに高いという逆の現象がおこった。戦場で勝ったほうの文化的無条件降伏です。軍隊はどんどん先へ進むけれど、途中で親玉を一人残して、たとえば北インドでムガール帝国をつくります。 いちばん大掛かりなケースがムガールのモンゴール時代です。それはイスラム国家以前のこと。そこを支配したけれども、彼らはしたたかにインド文化に同化してしまった。遊牧民文化の新しい影響は入ったものの、全体としては、ことに技術面はインドとペルシャのものです。ペルシャのモスクなどを建てたのはモンゴール人の力ですが、技術者はペルシャ人です。テントとタイルではだいぶ距離がある。 だから、ちょうどアレキサンダーと鏡像、左右入れ違いです。アレキサンダーは勝ったほうが文化を押しつけた。ジンギスカンは勝ったほうが文化を学ぶ。あるいは同化されてしまう。 ヨーロッパ史でそういうことがおこったのはローマ帝国です。ローマ帝国は紀元前にギリシャを征服して、ギリシャは植民地になる。しかし文化的にはローマ人がギリシャ語を学んだので、ギリシャ人がラテン語を学んだわけではない。 逆転現象がおこった。プルタークはギリシャ人で、ギリシャ語で書いた。だから、ローマ対ギリシャは、ややモンゴール対ペルシャとかモンゴール対北インドと似ています。■社会的約束事が壊れるとき もう一つは、異文化接触ではなくて、一つの文化内部で内乱がおこって国内が混乱状態になったりすると、それまでその社会がもっていた社会的約束事が壊れます。 建物だけじゃなくて、生きている人のなかの価値の体系が壊れる。価値はかならずしも倫理的価値や政治的価値だけではなくて芸術的価値でもあるでしょう。『建礼門院右京太夫集』の「なぜ月の話ばかりして星の話をしないのか」という疑問の答えは、それが社会的約束だからだということになります。 ほかに何の理由もない。伝統的にそうなっていたからで、いかにが詩人あるいは歌人の感受性と表現をしばるか。ものすごい力です。 その力があまりに強いために、最近の文芸理論のなかには、文学を論じるのに作者はいらないという説さえもでてきた。作者と作品の関係などよくわからないのだから、そんなものははずして、その作品に先行する同時代の文化、あるいはそれ以前の文学作品が新しい文学作品に及ぼす影響を考察する。作者がつくるのではなくて、文学的伝統が文学作品をつくるのだという極端な考え方。 それを「テキストの理論」といって、最近大学ではかなり流行っています。そういう理論が出てくるくらい伝統とは強いものです。 ところが、混乱の時代はそれを一挙に壊してしまう。「源平の戦い」で平家が滅びると同時に歌の伝統も壊れた。だから、建礼門院右京太夫は星空を見上げた。つまり、混乱は伝統からの解放になるのです。解放は社会的約束、芸術表現上の約束の破壊です。そうすると芸術家は自由になる、ということが一つあります。 混乱から出てくるのはまたです。頼むものは自分しかない。村があって、そこには政府の役人がいる、律令制は中央集権制度です。律令制が壊れてしまうと村の安全を誰も保護してくれない、自分で守るよりしようがなくなる。 元サムライの強盗が襲ってくると、百姓は軍事訓練を受けていませんから太刀打ちできない、そういうといに別の浪人集団を村で雇うわけです。黒澤明の『七人の侍』はそれを描いています。 病気になると比叡山の坊さんに加持祈祷をしてもらっていたのが、内乱で来てもらえないことになると、死んだあとで極楽に行きたいのに比叡山は信用するに足らずとなります。あるいはしていても来てくれない事態になってしまった。それが平安朝末期です。『日本文学史序説』補講2:本居宣長の世界観『日本文学史序説』補講1:日本文学の特徴おっと、今日は大晦日だ。年賀状は昨日投函したので、心安らかに年の瀬を過ごしています。このブログを訪れた皆さんに、良いお年を願っております。
2020.12.31
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図書館で『日本文学史序説補講 』という本を、手にしたのです。この本は5日間の合宿学習会の記録であるとのこと・・・それにしても広いジャンルで濃密な講義を行ったものですね。【『日本文学史序説』補講】加藤修一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より世界7カ国語に翻訳され、高い評価を受けた『日本文学史序説』。本書は、この不朽の名著について、著者みずからが集中講義を行った全記録である。『日本文学史序説』のエッセンスを分かりやすく説きつつ、執筆の方法論を明かし、その後の発見なども織り交ぜて縦横に語る。日本文学の細やかな味わいについて、中国や西洋の文学との比較、文学にあらわれた思想についてー自著の解説やすでに語られたことの要約に留まらぬ、芸術・文化、政治、社会に及ぶ白熱の講義録。文庫化にあたり、『日本文学史序説』をめぐる、大江健三郎、小森陽一、成田龍一各氏の追悼鼎談を「もう一つの補講」として収録。<読む前の大使寸評>この本は5日間の合宿学習会の記録であるとのこと・・・それにしても広いジャンルで濃密な講義を行ったものですね。rakuten『日本文学史序説』補講「第10章 第四の転換期・下」で本居宣長の世界観や国学を見てみましょう。p263~266■小児科医宣長の勘 京都の儒者のいっていることは、要するに中国の儒学の影響でしょう。官製イデオロギーとからんで、彼らはいろいろな解釈をしているけれど、松阪の農家では中国のことにだれも興味をもっていなかったでしょう。 儒者と農家のおかみさんとのちがいは、決して頭の良し悪しや教育程度や知識の差ではない。もっと根本的な、ものの考え方の一番基本的なルールというか原理というところでのちがいです。 その農家のおかみさんがいっていること、考えていること、あるいはイメージいていることをよく聞いて、よく調べて、彼らに代わってそれを代弁し、情報を収集し分析し、知的な体系に組み上げた人というのは、開闢以来一人もいなかった。しかるに、宣長はそれこそが日本的世界観だと思ったのです。 それが彼のいう。は『古事記』から学んだのではなく、開業医としての日常の体験から悟ったものです。まさにとは対照的に違うものです。 についてはみんながしゃべりすぎるほどしゃべっている。しゃべっている儒者はみんな。については誰も語っていない。それでは俺がやろうということになれば、学問的な問題ですから、古代日本語の語学的研究が必要になってくるし、最古の文献は『古事記』ですから、『源氏物語』などにいかずに『古事記』に向かったはずです。日本で使うことのできるいちばん古い文献と、松坂の農家のおかみさんとは呼応する。そうに違いないと思ったから、一生をかけて、何十年もかけてそのことだけに没頭した。 宣長の予想は当ったわけで、それが国学というものの核心だと思います。国学というのは面白い。国学を消すことはできません。日本の権力者はイデオロギーを組み立てるときにいろいろなものを使いました。 西洋のイデオロギーも使うし、近代的なナショナリズムも使うし、儒者の価値観も使うけれども、それだけではすべての国民を動員できない。にはかならず国学的なものが入ります。なぜならそれはだから。というものは容易に外部の多様なイデオロギーに浸透される、けれどもなくならない。執拗なものです。 それを丸山さんは日本人の意識の「古層」といったのです。私は「土着世界観」といいました。国学はの意識化です。おかみさんのほうはを説明しろといわれても説明できない。は実際に働いているのだけれど、整理して、知的システムとして理解し、叙述することはできない。 それは宣長の国学者としての役割です。国学者があらわれるとき、しばしば地方の中にあらわれるのは当然です。木曾の山のなかにはしかない。儒教はそんなに入ってこないし、中央の政治的取引とか出世の野望もない。そうすると国学はますます強くなります。それは伝統的な土着世界観、あるいは感受性、あるいは物の見かたの意識化、プリーズ・ド・コンシャーンスprise de conscienceです。だから面白い。■国学とナショナリズム その脚注ですが、1930年代になると国学を日本の戦争イデオロギーに使ったでしょう。われわれはそれを戦後拒否したわけですが、そんなこともあって濃く額の研究はあまり進んでいない。国学院大学などでやっていたのは極度に反動的で、侵略戦争支持の国学者が多かったし、そういう方角に利用した。ヒトラーにとってのヴァーグナーみたいなものです。 ヴァーグナーを演奏するならプログラムは受け容れられないと、つい最近までイスラエルはいっていた。ヒトラーとナチがヴァーグナーを利用したからです。しかしヴァーグナーのほうがナチより早いんだ(笑)。利用されることを予想してつくったわけじゃない。 ヴァーグナーは御用音楽家ではありません。ナチが勝手にやったのであって、ナチに反対ならヴァーグナーにも反対だというのはうまくない。同じ仕掛けで、国学者を散々使ったのは東条政権や陸軍情報部です。陸軍情報部が利用すると汚れちゃって、みんなまじめに相手にしなくなったけれど、それは迷惑な話なんで、国学が発展しはじめた頃は、陸軍なんてなかった。『日本文学史序説』補講1:日本文学の特徴
2020.12.31
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図書館で『日本文学史序説補講 』という本を、手にしたのです。この本は5日間の合宿学習会の記録であるとのこと・・・それにしても広いジャンルで濃密な講義を行ったものですね。【『日本文学史序説』補講】加藤修一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より世界7カ国語に翻訳され、高い評価を受けた『日本文学史序説』。本書は、この不朽の名著について、著者みずからが集中講義を行った全記録である。『日本文学史序説』のエッセンスを分かりやすく説きつつ、執筆の方法論を明かし、その後の発見なども織り交ぜて縦横に語る。日本文学の細やかな味わいについて、中国や西洋の文学との比較、文学にあらわれた思想についてー自著の解説やすでに語られたことの要約に留まらぬ、芸術・文化、政治、社会に及ぶ白熱の講義録。文庫化にあたり、『日本文学史序説』をめぐる、大江健三郎、小森陽一、成田龍一各氏の追悼鼎談を「もう一つの補講」として収録。<読む前の大使寸評>この本は5日間の合宿学習会の記録であるとのこと・・・それにしても広いジャンルで濃密な講義を行ったものですね。rakuten『日本文学史序説』補講「序章 日本文学の特徴について」で日本文学の概観を見てみましょう。p24~27の方法 日本の文学は日本語と古典中国語、書かれた中国語で現在は話されていませんが日本でいう漢文、その二つの言語で書かれたものという特徴があります。日本語のなかには、書かれた日本文学だけではなくて、口承の文学がある。世界の文学の大部分は口承です、文字のないところが多いですから。 口承で伝承されたものをあとで活字に記録するということはあります。アイヌの文学もそうです。アイヌの文字というものはない。アイヌの人々が代々伝えてきた話を日本人なりロシア人なりが入っていって文字に記録するということもあります。 ですから、というのは、書かれたものと、現在は書かれたものだが本来口承のものと、古典中国語で書かれたものの三つの記録があって、三つとも考えなければいけないというのが私の方法の一つです。 私が『序説』を書いたときよりも状況は少しよくなりました。だんだんそちらのほうに学会も動いてきて、支持がえられるようになりました。もちろん私だけの力ではありませんが。そういう意味で『序説』は戦後日本の文学研究に貢献したと思います。私がこれを書き始めた頃、そういうことを意識している人は極めて少数でした。 二番目は、日本のなかにがあります。平安時代なら支配層としての貴族と地方に役人として送られた下層貴族、それに藤原氏に属さない人たちがいた。あとの時代になってもが三つくらいに分かれている。 といったときに、どののなのかということを意識することです。日本社会といってもけっして同質的じゃない。によって言葉も大いに違います。平安時代なら『源氏物語』と、『今昔物語』のなかに日本の話がたくさんありますが、それを比較すると、ほとんど同じ言語ではないと思えるほど違う。『源氏物語』は宮廷と貴族だけの話ですし、『今昔物語』に貴族はほとんど出てこない。 元禄時代の例でいうと、下層の武士階層である儒者の文章は、古典中国語を使って書いていました。新井白石や荻生徂徠、貝原益軒などみなそうです。日本語で書いた西鶴と違う。 西鶴は大坂の遊里の話が中心なんで、そういう場所の方言とか隠語といったボキャブラリーが動員されている。そのただの一語も白石や徂徠は使っていません。逆の場合も同じ。が違うといかにも違うかということです。 室町時代のところで能や狂言の話をして、農民一揆の檄文を紹介したときに、「これは文学史ではなくて社会思想史だ」と批評されましたが,私はそうは思わない。 これはさんざん苦労した(笑)。能とか狂言とか「五山の文学」といったものに係わる日本人は人口の何パーセントだと思いますか。10パーセントもない。あとの90パーセントの日本人はとぜんぜん関係がなかったと断言していいのか、という問題です。彼らは彼らのをもっていた。 圧倒的多数はオーラル、口承です。その内容は多くの民俗学者が収集しています。今まで残っているものを探しても、彼らが書いたものはなかなか見つからない。そこで一揆のときの立札にさえも注目せざるをえない。(中略) 第三は外来文化。仏教や儒教といった外来文化が入ってくる前の日本人は、いったい何を考えていたのかという問題です。仏教国はたくさんありますが、日本はそれらの国々とは文化的伝統が違う。どうして違うのか。外国文化の影響を受けていない日本人のものの考え方とはいかなるものかという問題が、そういう意味で出てきます。 別の切り方もできる。日本文化は高度に洗練されたものをたくさん生み出した。文字文化でいえば『源氏物語』から江戸時代の文学まで、また美術作品は天平の仏教彫刻から浮世絵・木版画まで、非常に程度の高い芸術をつくりだしました。日本文学を語る前に、日本語を理解しておく必用があるのだが・・・小山鉄郎さんが説く「白川文字学」に日本語と漢字の関係が述べられているので紹介します。『白川静さんに学ぶ これが日本語』1より 私は『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい』『白川静さんに学ぶ漢字は怖い』など、「白川文字学」の世界について解説した漢字の本を書いておりますが、本書は白川静さんの字書『字訓』を読み、学びながら、それらの本の日本語編として書いたものです。 文字を持たない日本人は中国の文字を輸入して、自分たちの言語を記述してきました。日本人は外国の文字である漢字を中国語に近い音読みで使い、さらに日本語の読みである訓読みをし、片仮名、平仮名を生み出して、それらを組み合わせながら日本語を書き記してきました。 その結果、日本人は三千年以上前に生れた外国の文字を日本語で読むことができるのです。こんな具合に外国の文字を使いこなしている民族はないでしょう。本書では各項で紹介した日本語とそれに関連する漢字のつながりも紹介しています。 ならば、漢字に日本語は征服されたのかというと、そうではありません。日本語は体系的なつながりを維持したまま、いまも日本人の中に生き続けているのです。本書ではそのことを具体的に紹介しています。 最初のいくつかの項だけでも読んでいただければ、白川静さんが提示した日本語のつながりの世界に、きっと魅了されるでしょう。そして「なるほど、日本語はそのようになっている!」と納得し、「そういうことだったのか!」と驚かれるに違いありません。
2020.12.30
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図書館で『絵のある世界』という文庫本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、とにかく挿絵が多くビジュアルで・・・大使のツボが疼くのでおます♪ 中にはベン・シャーンなど線描画の達人がまぎれています。【絵のある世界】鶴見俊輔、安野光雅、他編、筑摩書房、1995年刊<「BOOK」データベース>より【目次】あやとりかけとり より(竹久夢二)/えげれすいろは詩画集(川上澄生)/虫類図譜抄(辻まこと)/タヌキ(手塚治虫)/サーバーのイヌ・いぬ・犬 序章(サーバー)/囮り船(岡本一平)/東京における生活(モース)/避難小屋(今和次郎)/密林の彷徨(小松真一)/戦中気儘画帖より(武井武雄)/隅田川両岸一覧 抄(木村荘八)/氷魚の村君(菅江真澄)/はるかなる山(上田哲農)/山で見た星(野尻抱影)/森の悲劇(シートン)/私の草木漫筆より(坂本直行)/足の裏 春の彼岸とたこめがね(小出楢重)/劉生絵日記 より(岸田劉生)/わが家の食卓(鴨居羊子)/パリからの旅 より(堀内誠一)/シャガール わが回想 より(マルク・シャガール)/ゴッホの手紙 より(ヴァン・ゴッホ)/クレーの手紙 より(パウル・クレー)/へたも絵のうち より(熊谷守一)/もうひとつの空より(有元利夫)/ジャコメッティ 私の現実より(ジャコメッティ)/イーナ・ワトソンへ(ルイス・キャロル)/ある絵の伝記(ベン・シャーン)/マオリの古代信仰 より(ゴーギャン)/歌と歌絵(チッペワ族)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、とにかく挿絵が多くビジュアルで・・・大使のツボが疼くのでおます♪ 中にはベン・シャーンなど線描画の達人がまぎれています。amazon絵のある世界わりと有名な画家である熊谷守一さんの仙人のような生活を、見てみましょう。p287~291■はじめに 私は明治13年4月の生まれですから、こんにち風に数えても91歳になります。しかし、ちいさいころから、だれにも気がねをせずに、したいことをしてきたせいでしょうか、からだはまだまだ丈夫なものです。 ここ何年間も、毎日の日課は、ほとんど変わりません。朝、目をさますのは6時ごろ。軽いごはんをすませると、庭に出て植木をいじったり、ゴミをもしたりぶらぶらします。これが終わると、とりあえずしなければならぬことは何もない。好きなきざみタバコを吹かしながら、テレビを見るかぼんやりするかして、ばあさんの仕事の終わるのを待ちます。 ばあさんの朝の仕事で、手間のいるのは鳥の世話です。私は鳥が大好きだから、昔からずいぶんたくさん飼ってきました。いまいるのは、クロツグミ、ジュウシマツ、ホオジロ、イカル、小イカル、小ミミズク、錦鶏鳥、銀バトなどです。 ばあさんの仕事が片付くと、二人で碁を打ちます。だがまあ、打つなんてものじゃないかな。片手に碁石を山盛りに持って、ロクに考えもせずにポンポン打っていく。ひどいときは両手でホイホイと石を置いていく。「読み」はなしの碁です。 碁をおぼえたのはいつごろだったか、ばあさんと一緒にはじめたのですが、今は向こうの方がちょっと強い。黙っていると、何をしかけてくるかわかりません。大きな石をごっそり取られて、おやおやということなどしょっちゅうあるのです。 地を数えて勝敗を決めるのは、おばあさんにやってもらいます。きちんと数えてくれる。私の方が分がいいときは、もう一度数え直してみて、「おや、あなたの勝ちですよ」と驚いたような声を出します。それほど珍しい。 私は勝負はどうでもいいのだから、勝っても負けても、別に何ともありませんが。 いつだったか、碁の雑誌の人が、私たちの碁を写真に撮りたいといってやってきたことがあります。ところが盤の上を見て、びっくりしたような顔をしている。そうして、ことばは忘れましたが、こんなヘタクソな碁は見たことはない、というような痛烈なことを言って帰りました。ああいう人は碁が強いのでしょう。 昼すぎになると、夕方までひるねをします。だれが来ても、午後は寝かしてもらいます。 以前はよく、書生さんに連れられて写生に行ったものですが、今は庭から外には出ない。15年前から、長く立ったり歩いたりすると血管がつまる病気になって、冷や汗が出たり、ひどいときはめまいがしたりするので遠出はダメなのです。(中略)■絵始め 絵をかくことは、ごく小さいころから好きでした。小学校も高学年になると、家でときどき水彩をいじっていました。 岐阜市の近くに、飛騨川という大きな川が流れています。その岸辺に、カモといって木をしばりつけた小さなイカダのようなものが置いてある。流木を処理するときなんか、これにのって作業をするのです。このカモに、飛騨川の急流がとどめられ、水が踊るようにして流れているのですが、その様子を写生したことがあります。なぜそんなむずかしいところを描く気になったか今ではもう当時の了見はおぼえていません。 ウン 鳥が大好きな絵描きてか・・・大使のツボが疼くのでおます♪熊谷守一さんの晩年の生活を描いた映画があるので、ウィキペディアより紹介します。wikipedia『モリのいる場所』より『モリのいる場所』は、2018年5月19日公開の日本映画。 監督は沖田修一。 30年もの間、ほとんど自宅を外出する事なく庭の生命を描き続け、97歳で死去するまで生涯現役だった画家の熊谷守一を主人公に、晩年のある1日をフィクションで描いた作品。夫婦役を演じた主演の山﨑努と樹木希林は、同一の文学座に在籍し50年以上の付き合いになるが、本作が初共演であった。『絵のある世界』1
2020.12.30
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図書館で『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』という本を、手にしたのです。この本の表紙には、なんか見覚えがあるが・・・ま いいかということで借りたのです。帰って調べると、やはり借りるのは二度目でした。ということでこの記事は(その6)とします。【Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち】辛島デイヴィッド著、みすず書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より村上春樹と英米出版界のスペシャリストたちの冒険。A・バーンバウム、E・ルーク、L・アッシャー、J・ルービン、G・フィスケットジョン、チップ・キッド…、そして村上春樹。Haruki Murakamiの世界への飛翔までの道のりを、30余名へのインタビューをもとにたどる、異色の文芸ドキュメント。<読む前の大使寸評>内容を覗いてみると、翻訳がテーマとなっているようで・・・これが太子のミニブームにいたく響くわけでおます♪rakutenHaruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち翻訳家バーンバウム氏の続きを、見てみましょう。p18~22■テキサス→カルフォルニア:日本文化に再び触れる バーンバウムは、テキサスから逃れるために、南カルフォルニア大学(USC)に転校した。USCは、父のヘンリーが転職した場所でもあり、学費免除の特典もついてきた。転学を機に、専攻も東アジア学に変更した。 「日本に住んでいた時は、日本にいたくなくて、日本のものをできるだけ避けてくらした。日本文学もよまなかった。でも、日本を離れると、日本が気になりはじめた。いつでも自分のいる場所から遠く離れたものに興味がいく。なので「移り住み」のたびに関心の対象が変わる。まあ、つまりは、常に自分自身から逃れようとしているということなんだろうけど」 当時USCには日本文学を専門としている研究者はいなかった。そのため日本文学を正式に学ぶ機会はなかったが、東アジアセンンターでアルバイトをしていたバーンバウムは、そこで勧められて読んだ泉鏡花や梶井基次郎の短篇を「暇つぶしで訳してみたりした」。そこには、ラテン・アメリカの作家たちの作品に魅せられたのと同じ「超現実的」で「視覚的に刺激的」な世界があった。「アウトサイダー的な視点」も印象的だった。 「自分自身、どこにいてもアウトサイダーだって意識があったから、その部分に惹かれたところもあると思う」 後に村上春樹のタフツ大学での同僚となるチャールズ・イノウエなどにより広く翻訳される泉鏡花も、バーンバウムがミャンマー語を学ぶために留学するロンドン大学東洋アフリカ研究所で同時期に日本文学を教えはじめたスティーブン・ドッドにより訳されることにになる梶井基次郎も、当時はほとんど翻訳されていなかった。 「でも、どこかに掲載したり、出版しようという発想は全くなかった。そんなことができるなんて考えも及ばなかった」とバーンバウムは言う。 ■カルフォルニア→日本:周囲とのズレ 1975年の秋、大学三年生のバーンバウムは、日本語ともう一度向き合うために(村上がその半年前に卒業したばかりの)早稲田大学に留学した。 バーンバウムが早稲田に留学した1975年、世界は日本の経済に注目していた。ハーバード大学の社会学者エズラ・ボーゲルによるJapan as Number One(『ジャパン・アズ・ナンバーワン』)(1984)が刊行され、日本でバストセラーになり、アメリカの大学でも広く使われるようになるのはその数年後だが、バーンバウムいわく、留学生の多くは「日本にビジネスチャンスを見出していたMBAタイプだった」。 そんな中「ビジネスに全く興味がなかった」バーンバウムは、のちにUSCの映画学部を卒業し映画監督になるキース・ホールマンや学生時代から舞踏家の土方巽のアスベスト館の活動にも参加していたベス・ニシハラなど、一握りのアート好きな友人と時間を過ごした。 当時は早稲田の留学生は少なく、キャンパスを歩いていると「必ずと言っていいほど誰かが話しかけてきて、英会話の練習の相手を頼んできた」。「英語屋」として見られるのは、決して気分の良いことではなかったという。(中略)■日本←カルフォルニア:アカデミアとの距離 バーンバウムは、1976年の秋に、大学の4年目を終わらせ卒業するためにUSCに帰ったが、その1年後には文部省の奨学金を得て、再び東京に戻った。早稲田の大学院で1977年から1978年までの1年間日本美術史を学び、1年の留学期間終了後も大学院で研究を継続するために、大学院の試験を受けることにする。必死に日本語での受験勉強をした結果、早稲田の大学院に無事合格した。 入学したのは、1978年4月。ちょうど村上春樹が神宮球場で「僕にも小説が書けるかもしれない」という「啓示のような出来事」を経験し、デビュー作を書きはじめた頃である。『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』5:翻訳家バーンバウムができるまで(続き)p12~14『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』4:翻訳家バーンバウムができるまでp7~10『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』3:村上さんの「冬の時代」p236~238『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』2:出版社の出版事情p32~35『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』1:翻訳家バーンバウムのケースp23~27()
2020.12.29
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図書館で『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』という本を、手にしたのです。この本の表紙には、なんか見覚えがあるが・・・ま いいかということで借りたのです。帰って調べると、やはり借りるのは二度目でした。ということでこの記事は(その5)とします。【Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち】辛島デイヴィッド著、みすず書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より村上春樹と英米出版界のスペシャリストたちの冒険。A・バーンバウム、E・ルーク、L・アッシャー、J・ルービン、G・フィスケットジョン、チップ・キッド…、そして村上春樹。Haruki Murakamiの世界への飛翔までの道のりを、30余名へのインタビューをもとにたどる、異色の文芸ドキュメント。<読む前の大使寸評>内容を覗いてみると、翻訳がテーマとなっているようで・・・これが太子のミニブームにいたく響くわけでおます♪rakutenHaruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち翻訳家バーンバウム氏の続きを、見てみましょう。p12~14■転勤族(日本→ハワイ→メキシコ・シティ) 当時バーンバウムはまだ小学校の低学年で、日本語に触れる機会も限られていた。カイルアにある家から親の送迎で通ったホノルルのイオラニ校のクラスメイトの多くは、日本、中国、フィリピンをはじめとした様々な国の二世や三世だった。日系人の生徒とも「英語が共通言語だったので、日本語で話すという発想はなかった」。 バーンバウムは言う。 「日本で数年過ごしていたこともあって、他の人種(特にアジア人)に囲まれているのが自然だった。逆に白人だけの環境だと少し居心地が悪かったかな。ハワイでは、日本と違って家と学校を行き来するだけの比較的閉ざされた生活環境に置かれていたから、どこまで直接影響を受けたかはわからないけど、色々な英語(例えば、教室で使われる「正しい」英語とは別の現地の言葉との融合から生まれる豊かな英語)があることは感じていたと思う。「正しい英語」という発想には今でも違和感を覚ええるな」■メキシコでスペイン語とアートに浸かる ハワイからアメリカ本土に戻った後、バーンバウム家は再び父の仕事の都合で、メキシコ・シティに移り住んだ。 日本語からはだいぶ遠ざかったが、代わりにスペイン語とアートにどっぷり浸かることができた。 「ロベルト・ボラーニョの小説じゃないけど、みんな本当に道端で詩を引用してくるんだ。トウモロコシを売りつけてくる人が会話の中でさらっと詩を引用したりもする」 メキシコ・シティでは、数々の作家、画家、その他のアーティストが「マッカーシー時代のアメリカから逃れて来た者も含め」同じ地域に暮らしていた。町でよく見かけたリカルド・マルティネス・デ・オヨスは、画家として国際的に名を上げていたが、同時にカルロス・フエンテスをはじめとするメキシコの名だたる作家や詩人たちの本にもイラストを提供していた。 バーンバウムは言う。 「中学時代の12、3歳の頃は絵を描くことに打ちこんでいて、ダリやシュールレアリズムに夢中だった。一家でメキシコ中を旅行して、その全体が雄大にして奇妙、素晴らしくも混沌とした夢を描いた巨大な一枚の絵のように感じられたものだった。アメリカ郊外の地味な凡庸さとはまったく対照的だった。日本に住んでいた高校時代も、夏休みのたびにメキシコに戻ってある建築家の「徒弟」をして過ごし(アートだけでは食べていけないと父親に説得されてね)よくメキシコ・シティを一人でぶらぶら散歩した。 僕が第三世界の無秩序や気骨や没論理に惹かれるのもその頃の体験があるからかもしれない。当時はメキシコにこそ本物の「文化」があると思っていて、それに比べてしまうと日本でさえつまらなく見えた」 ちなみに、息子と同様に、バーンバウムの両親もメキシコを気に入り、メキシコ・シティから北西約200キロに位置するケレタロ州、テキスキアパンで老後を過ごすことになる。1992年の夏に村上が雑誌『マザー・ネイチャーズ』の取材でメキシコを旅した際に、村上いわく「流暢なスペイン語を話す」バーンバウムも途中で合流しているが、その旅の後半に村上はバーンバウムの両親の自宅を訪れている。 「『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでいた父が、ムラカミに音声消去の最新のテクノロジーについて説いていたのを憶えている。話は全く噛み合っていない感じだったけど(笑)」とバーンバウムは振り返る。『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』4:翻訳家バーンバウムができるまでp7~10『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』3:村上さんの「冬の時代」p236~238『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』2:出版社の出版事情p32~35『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』1:翻訳家バーンバウムのケースp23~27()
2020.12.29
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図書館で『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』という本を、手にしたのです。この本の表紙には、なんか見覚えがあるが・・・ま いいかということで借りたのです。帰って調べると、やはり借りるのは二度目でした。ということでこの記事は(その4)とします。【Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち】辛島デイヴィッド著、みすず書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より村上春樹と英米出版界のスペシャリストたちの冒険。A・バーンバウム、E・ルーク、L・アッシャー、J・ルービン、G・フィスケットジョン、チップ・キッド…、そして村上春樹。Haruki Murakamiの世界への飛翔までの道のりを、30余名へのインタビューをもとにたどる、異色の文芸ドキュメント。<読む前の大使寸評>内容を覗いてみると、翻訳がテーマとなっているようで・・・これが太子のミニブームにいたく響くわけでおます♪rakutenHaruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち翻訳家バーンバウムができるまであたりを、見てみましょう。p7~10<1 ボヘミアンな翻訳家ができるまで> アルフレッド・バーンバウムは、十年近く前に井の頭公園の近くに購入した家に、ミャンマー人の妻と二匹の猫と暮らしている。二階の十畳ほどのリビング・ダイニングは線路に面していて、踏切の警報機が数分に一度大きな窓の向こう側で点滅する。吉祥寺方面ユ行の電車がたまに踏み切りの手前で停まると、車内から目を丸くして(個人宅というよりはおしゃれなカフェを思わせる)リビングを見上げる人たちにバーンバウムが手を振る。 1970年代後半に大学を出てから、バーンバウムは主に翻訳、編集、ビデオ・アートなどの仕事をフリーランスで受けて生計を立ててきた。50歳を過ぎて日本で家を買うことにしたとき、銀行でローンが組めず、蓄えで買える物件を探すほかなかった。シアトルのマンションを売却し、母からも少なくない金額を借り、何とか買うことができたのは、線路沿いの狭い土地に建つ築50年近い一軒家。 もともと建築に興味があり、「家事も料理もそれこそ翻訳も、とりあえず何でもこなす」自称「なんでも屋」のバーンバウムは、壁をつぶすのも、階段を入れるのも、天井を張り替えるのもほとんど自ら一人でやった。 リビングの棚の本は、「引っ越しを繰り返してきたし、読み終わったら基本的に人にゆずるので」翻訳家にしては多くない。ウィル・セルフのThe Book of DaveやDr.Mukti(「とてもいい作家。特にユーモアのセンスが素晴らしい」)、ゼイディー・スミスNW(「読んだかな?」)、トマス・ピンチョンBleeding Edge(「もらいもの」)の他には、フリオ・コルタサルやホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説のスペイン語の原書が並ぶ(「これらは何度も読んだ」)。 村上春樹の本は? そう尋ねると「今でも送られてくるので、最新刊はまだ届いていない気がするけど、探せばほとんど出てくるはず」とのこと。 本の代わりに棚に所狭しと並ぶのは版画。客員教授を務める神戸芸術工科大学の特殊プリンターで印刷し、巻物の形にしてある。壁には日本、アジア、南米などの旅先で集めた仮面がかかっている。今でも数ヶ月に一度は海外に出るが、これまで数年に一度、国内外で引っ越しを繰り返す「移り住み」の生活を送ってきたバーンバウムからすれば、ようやく1ヶ所に根を下ろした感がある。引っ越してすぐ植えた無花果の木も屋根まで達し、昨年は5キロの実をつけた。 日本文学研究の巨匠ドナルド・キーンは、2011年3月11日の震災をきっかけに、2012年、90歳目前で日本国籍を取得し、日本に骨を埋めるべく墓も準備した。バーンバウムは、なぜ日本に根を下ろすことにしたのだろうか。 「単純に住み慣れているから」 1998年に結婚してから(ミャンマーの首都ヤンゴンで開かれた披露宴には、村上もカメラを首から下げて参加した)しばらくは、冬はミャンマー、夏はシアトル、春と秋は日本、と季節ごとに住み分けていた。が、十数年前に、当時住んでいたミャンマーからビザが下りなくなり、「ある日突然、家に帰れなくなった」。母も一昨年亡くなり、アメリカに行く必要性も以前ほどない。 「日本に骨を埋めるとかの大そうな発想はないけど、結局、最も長く住んだのが日本。少なくともアメリカよりも、日本の方が異邦人だという感覚が薄い。妻もアメリカより日本の方が住みやすいって言うし、完璧な場所なんてないし、ここなら仕事もある。ミャンマーに住んでいる時も仕事の大半は日本人相手だった。吉祥寺エリアも住むのは三度目で慣れ親しんでいる。できれば日本で家は買いたくなかったけどね。価値が下がるだけだから(笑)」。『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』3:村上さんの「冬の時代」p236~238『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』2:出版社の出版事情p32~35『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』1:翻訳家バーンバウムのケースp23~27()
2020.12.28
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<『絵のある世界』1>図書館で『絵のある世界』という文庫本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、とにかく挿絵が多くビジュアルで・・・大使のツボが疼くのでおます♪ 中にはベン・シャーンなど線描画の達人がまぎれています。【絵のある世界】鶴見俊輔、安野光雅、他編、筑摩書房、1995年刊<「BOOK」データベース>より【目次】あやとりかけとり より(竹久夢二)/えげれすいろは詩画集(川上澄生)/虫類図譜抄(辻まこと)/タヌキ(手塚治虫)/サーバーのイヌ・いぬ・犬 序章(サーバー)/囮り船(岡本一平)/東京における生活(モース)/避難小屋(今和次郎)/密林の彷徨(小松真一)/戦中気儘画帖より(武井武雄)/隅田川両岸一覧 抄(木村荘八)/氷魚の村君(菅江真澄)/はるかなる山(上田哲農)/山で見た星(野尻抱影)/森の悲劇(シートン)/私の草木漫筆より(坂本直行)/足の裏 春の彼岸とたこめがね(小出楢重)/劉生絵日記 より(岸田劉生)/わが家の食卓(鴨居羊子)/パリからの旅 より(堀内誠一)/シャガール わが回想 より(マルク・シャガール)/ゴッホの手紙 より(ヴァン・ゴッホ)/クレーの手紙 より(パウル・クレー)/へたも絵のうち より(熊谷守一)/もうひとつの空より(有元利夫)/ジャコメッティ 私の現実より(ジャコメッティ)/イーナ・ワトソンへ(ルイス・キャロル)/ある絵の伝記(ベン・シャーン)/マオリの古代信仰 より(ゴーギャン)/歌と歌絵(チッペワ族)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、とにかく挿絵が多くビジュアルで・・・大使のツボが疼くのでおます♪ 中にはベン・シャーンなど線描画の達人がまぎれています。amazon日本語「寓意」ベン・シャーンの絵の伝記あたりを見てみましょう。p333~337ある絵の伝記:ベン・シャーン 1948年、まだヘンリー・マックブライドがニューヨーク・サン紙上に美術批評を書いていた当時、私は「寓意」というちょっと複雑な画題をつけた作品を展覧会に出品したことがあった。 その中央に描かれたのは、私が数ヶ月間にわたって成長させた不思議な動物の姿であって、ギリシャ神話の獅子頭、羊身、竜尾のキミーラに似た巨大な動物であり、その頭は火炎の冠をいただき、その身体は四人の倒れ伏す子供の上に弓形に跨っている。 子供たちの衣服は極めて普通の着物だが、全く現代の服装というのではなく、私がその細部をも私の記憶によって描けるような着物なのであった。 その頃、私は批評家ヘンリー・マックブライドを常に友人として遇し、私の絵に関し好意のある言葉を書いてくれる私の絵の崇拝者だと思っていた。この作品に関しても、彼は最初は情熱的な讃美の文章を書いてくれた。ところが、その後突如として、この絵を奇妙に、また悪意をもって分析し、それに政治的動機があると邪推し、赤いモスコーを象徴した作品だと解釈し、赤いモスコーと私の絵の赤い獣との間に平行関係のあることを指摘した。 その比較論の詳細は忘れてしまったが、その文章の暴力的な調子は今に忘れられない。彼の批評は、私はカンタベリー大寺院の赤色副司祭と同様に、追放せられるべきだという言葉で結ばれていたのである。 マックブライドの見解は、私のこの作品に関する驚く外のない批評の最初のものでもなく、最後のものでもなかった。しかし、私が友人だと思っていた彼から、こんな見解が述べられたのだから、私もいささか狼狽の外はなかった。とにかく、私はこの「寓意」と題したこの作品解説をおこなう必要があると思わざるをえなかった。私自らを啓蒙するために、この絵のなかにあるものはなにか、ひとつの作品を形成するにはどういう種類の事柄が参与するのかを、明瞭にする必要があると思った。この絵の直接の画因は私には明白だ。しかし、もっと深い根拠や、無意識的な誘導というような点になると、私にもどの程度まで明らかにできるか、覚つかないとは思われたが…。 このように、マックブライドの見解が生み出した悪感情に加えて、かかる検討を私が企てたのには副次的な理由も一つあった。私が永い間疑問に思っていたのはかのクライヴ・ベルの有名な批評上の信条であって、時の経過と共に世間からは騒がれなくなったが、それにもかかわらずほとんど模範的な芸術論に成長し、その標準に照らしてあらゆる芸術作品がその是非を判断されるようになってしまっている。ベン・シャーンの線描画ベン・シャーンについては線描画の達人たちR3でも触れております。
2020.12.28
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「文学」でしょうか♪<市立図書館>・絵のある世界・Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち・『日本文学史序説』補講・エベレスト(ナショナルジオグラフィック2020年7月号)<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【絵のある世界】鶴見俊輔、安野光雅、他編、筑摩書房、1995年刊<「BOOK」データベース>より【目次】あやとりかけとり より(竹久夢二)/えげれすいろは詩画集(川上澄生)/虫類図譜抄(辻まこと)/タヌキ(手塚治虫)/サーバーのイヌ・いぬ・犬 序章(サーバー)/囮り船(岡本一平)/東京における生活(モース)/避難小屋(今和次郎)/密林の彷徨(小松真一)/戦中気儘画帖より(武井武雄)/隅田川両岸一覧 抄(木村荘八)/氷魚の村君(菅江真澄)/はるかなる山(上田哲農)/山で見た星(野尻抱影)/森の悲劇(シートン)/私の草木漫筆より(坂本直行)/足の裏 春の彼岸とたこめがね(小出楢重)/劉生絵日記 より(岸田劉生)/わが家の食卓(鴨居羊子)/パリからの旅 より(堀内誠一)/シャガール わが回想 より(マルク・シャガール)/ゴッホの手紙 より(ヴァン・ゴッホ)/クレーの手紙 より(パウル・クレー)/へたも絵のうち より(熊谷守一)/もうひとつの空より(有元利夫)/ジャコメッティ 私の現実より(ジャコメッティ)/イーナ・ワトソンへ(ルイス・キャロル)/ある絵の伝記(ベン・シャーン)/マオリの古代信仰 より(ゴーギャン)/歌と歌絵(チッペワ族)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、とにかく挿絵が多くビジュアルで・・・大使のツボが疼くのでおます♪ 中にはベン・シャーンなど線描画の達人がまぎれています。amazon絵のある世界************************************************************【Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち】辛島デイヴィッド著、みすず書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より村上春樹と英米出版界のスペシャリストたちの冒険。A・バーンバウム、E・ルーク、L・アッシャー、J・ルービン、G・フィスケットジョン、チップ・キッド…、そして村上春樹。Haruki Murakamiの世界への飛翔までの道のりを、30余名へのインタビューをもとにたどる、異色の文芸ドキュメント。<読む前の大使寸評>内容を覗いてみると、翻訳がテーマとなっているようで・・・これが太子のミニブームにいたく響くわけでおます♪rakutenHaruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち************************************************************【『日本文学史序説』補講】加藤修一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より世界7カ国語に翻訳され、高い評価を受けた『日本文学史序説』。本書は、この不朽の名著について、著者みずからが集中講義を行った全記録である。『日本文学史序説』のエッセンスを分かりやすく説きつつ、執筆の方法論を明かし、その後の発見なども織り交ぜて縦横に語る。日本文学の細やかな味わいについて、中国や西洋の文学との比較、文学にあらわれた思想についてー自著の解説やすでに語られたことの要約に留まらぬ、芸術・文化、政治、社会に及ぶ白熱の講義録。文庫化にあたり、『日本文学史序説』をめぐる、大江健三郎、小森陽一、成田龍一各氏の追悼鼎談を「もう一つの補講」として収録。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten『日本文学史序説』補講************************************************************【エベレスト(ナショナルジオグラフィック2020年7月号)】雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年刊<商品の説明>より【特集】●エベレスト 幻の初登頂100年近く前、英国人登山家のサンディ・アービンとジョージ・マロリーは、エベレストの頂上付近で消息を絶った。二人はエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが世界最高峰に初登頂した29年も前に、その偉業を遂げていたのか。登山史を覆す証拠を求めて、調査隊は危険な山に挑んだ。●大河に迫る水の危機地球温暖化でヒマラヤ周辺の氷河が縮小すると、インダス川の水量が減り、流域の数億人に影響が及ぶ。<読む前の大使寸評>おお 7月号の特集は「エベレスト」、「水の危機」ではないか、これは借りるしかないでえ♪amazonエベレスト(ナショナルジオグラフィック2020年7月号)************************************************************図書館大好き459
2020.12.27
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在13位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在285位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在3位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13予約218)現在133位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在39位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在27位・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、副本7、予約28)現在9位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在588位・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』(12/9予約、副本11、予約30)現在19位・山本文緒『日々是作文』(12/23予約、副本1、予約0)・NHKスペシャル取材班『やばいデジタル』(12/23予約、副本3、予約18)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・内田樹『コモンの再生』・椎名誠『遺言未満』:図書館未収蔵・オードリー・タン 自由への手紙・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:図書館未収蔵・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・「仮住まい」と戦後日本・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『星に仄めかされて』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:9/23以降> ・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、10/15受取)・小野正嗣『獅子渡り鼻』(10/9予約、10/15受取)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、11/01受取)・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、11/05受取)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、11/05受取)・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、11/10受取)・多和田葉子×徐京植『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(11/29再予約、12/5受取)・白川静さんに学ぶ これが日本語(12/14予約、12/17受取)・山本文緒『日々是作文』(12/23予約、1/06受取予定)***********************************************************************【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【緊急提言 パンデミック】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人類は新型コロナウイルスといかに闘うべきかー今こそグローバルな信頼と団結を(歴史に見る厖大な犠牲者/感染症との闘い ほか)/コロナ後の世界ー今行なう選択が今後長く続く変化を私たちにもたらす(新しい監視ツール/重大な分岐点ー「皮下」監視 ほか)/死に対する私たちの態度は変わるか?-私たちは正しく考えるだろう(避けようのない運命ー死の意味/死は技術的問題に ほか)/緊急インタビュー「パンデミックが変える世界」インタビュアー道傳愛子(発展途上国とウイルスの変異/歴史の決定的な瞬間 ほか)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/14予約、副本7、予約28)>rakuten緊急提言 パンデミック【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【ブロークン・ブリテンに聞け】ブレイディみかこ著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より EU離脱、広がる格差と分断、そしてコロナ禍ー。政治、経済、思想、テレビ、映画、英語、パブなど英国社会のさまざまな断片から、激動と混沌の現在を描く傑作時事エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/9予約、副本11、予約30)>rakutenブロークン・ブリテンに聞け【日々是作文】山本文緒著、文藝春秋、2007年刊<「BOOK」データベース>より31歳の私に、10年後の私をこっそり教えてあげたいー。離婚して仕事もお金もなかった31歳から、直木賞受賞&再婚してしまった41歳まで。絶品の恋愛小説で読者の心を搖さぶり、出口の見つからない切なさを描いてきた著者も、日々様々な思いに搖れながら「微妙なお年頃」を過ごしてきた。激動の10年間を綴ったエッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/23予約、副本1、予約0)>rakuten日々是作文【やばいデジタル】NHKスペシャル取材班著、講談社、2020年刊<出版社>よりあなたの人生は、わずか2.74GB(ギガバイト)。2020年の1年間で生み出されたデータ量は「50,000,000,000,000GB」。デジタルは、私たちの社会をさらに自由に、豊かにしてくれるーー。しかし、それが実にはかない願望であったことを、私たちはいま実感させられている。SNSの広がりは「真実」と「フェイク」の境界をあいまいにし、私たちは「フェイク」に踊らされるようになった。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/23予約、副本3、予約18)>rakutenやばいデジタル【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡235予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。図書館予約の軌跡236
2020.12.27
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このところ、国境のない女性作家たちがブイブイ言わせているように思うのだが、それはヤマザキマリが現れたあたりからではなかったか。・・・ということで、国境のない女性作家たちを集めてみました。・多和田葉子『エクソフォニー』(2003年刊)・多和田葉子『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(2008年刊)・原田マハ『あなたは、誰かの大切な人』(2014年刊)・ヤマザキマリ『国境のない生き方』(2015年刊)・多和田葉子『地球にちりばめられて』(2018年刊)・辛島デイヴィッド『Haruki Murakamiを読んでいるときに…』(2018年刊)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2019年刊)・ヤマザキマリ『たちどまって考える』(2020年刊)R1:『ソウル-ベルリン玉突き書簡』『たちどまって考える』『Haruki Murakamiを読んでいるときに…』を追加(注記:辛島デイヴィッドはてっきり女性だと思っていたが男性とのこと。で、ここに並べるのは間違いなんだけど・・・ま、いいか)***********************************************************************<『エクソフォニー』5>図書館に予約していた『エクソフォニー』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。著者の『地球にちりばめられて』という小説を読んでいるところであるが、イラチな太子はさっそくこのエッセイ集を予約していたのです。【エクソフォニー】多和田葉子著、岩波書店、2003年刊<「BOOK」データベース>より自分を包んでいる(縛っている)母語の響きからちょっと外に出てみると、どんな音楽が聞こえはじめるのか。母語の外に出ることにより、言語表現の可能性と不可能性という問題に果敢に迫る、境域の作家多和田葉子の革新的書き下ろしエッセイ集。<読む前の大使寸評>著者の『地球にちりばめられて』という小説を読んでいるところであるが、イラチな太子はさっそくこのエッセイ集を予約していたのです。<図書館予約:(8/31予約、9/05受取)>rakutenエクソフォニー『エクソフォニー』4:ハンブルグ『エクソフォニー』3:森鴎外とドイツ語『エクソフォニー』2:マルセイユ『エクソフォニー』1:北京*********************************************************************** <『ソウル-ベルリン玉突き書簡』3>図書館に予約していた『ソウル-ベルリン玉突き書簡』という本をゲットしたのです。巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡『ソウル-ベルリン玉突き書簡』3:旅の楽しみ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』2:中国人ディアスポラ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1:漢字や東アジア人の名前***********************************************************************<『あなたは、誰かの大切な人』3>図書館で『あなたは、誰かの大切な人』という本を、手にしたのです。この本のタイトルがええなあ♪「あなたは、誰かの大切な人」ってか・・・生きるうえの知恵とでもいうもんやで。【あなたは、誰かの大切な人】原田マハ著、講談社、2014年刊<「BOOK」データベース>より家族と、恋人と、そして友だちと、きっと、つながっている。大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにするー。単純で、かけがえのない、ささやかなこと。それこそが本当の幸福。何かを失くしたとき、旅とアート、その先で見つけた小さな幸せ。六つの物語。<読む前の大使寸評>この本のタイトルがええなあ♪「あなたは、誰かの大切な人」ってか・・・生きるうえの知恵とでもいうもんやで。rakutenあなたは、誰かの大切な人『あなたは、誰かの大切な人』3:緑陰のマナの続き『あなたは、誰かの大切な人』2:緑陰のマナ『あなたは、誰かの大切な人』1:最後の伝言***********************************************************************<『国境のない生き方』3>図書館で『国境のない生き方』という新書を手にしたのです。パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの自叙伝のような本になっています。しかしまあ、我が子を谷に突き落とすようなお母さんの薫陶によく耐えたマリさんである♪【国境のない生き方】ヤマザキマリ著、小学館、2015年刊<出版社>よりヤマザキマリの名言満載、体験的人生論! 14歳で1か月間、欧州を一人旅。17歳でイタリアに留学し、どん底のビンボー生活も経験。様々な艱難辛苦を経験しながらも、明るく強く生きてこられたのは、本と旅、人との出会いのおかげでした!この新書に登場する本は、三島由紀夫に安部公房、『百年の孤独』のマルケスに、『蜘蛛女のキス』のブイグ、漫画界からは手塚治虫に藤子・F・不二雄、つげ義春に高野文子など。<読む前の大使寸評>パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの自叙伝のような本になっています。しかしまあ、我が子を谷に突き落とすようなお母さんの薫陶によく耐えたマリさんである♪どん底の生活体験とか読書歴が興味深いのです。rakuten国境のない生き方『国境のない生き方』1:どん底の生活体験p136~139『国境のない生き方』2:映画『デルス・ウザーラ』p148~151『国境のない生き方』3:つげ義春が描く不条理p166~168***********************************************************************<『地球にちりばめられて』4>図書館に予約していた『地球にちりばめられて』という本を、待つこと半年ほどでゲットしたのです。言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。【地球にちりばめられて】多和田葉子著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出した。Hirukoはテレビ番組に出演したことがきっかけで、言語学を研究する青年クヌートと出会う。彼女はクヌートと共に、この世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を捜す旅に出る―。言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく彼女たちの越境譚。<読む前の大使寸評>言語学的なSFは、モロに太子のツボであるが・・・ヨーロッパ大陸で生き抜くため、独自の言語“パンスカ”をつくり出したHirukoという元ニッポン人が、興味深いのです。<図書館予約:(2/18予約、8/28受取)>rakuten地球にちりばめられて『地球にちりばめられて』3:「第9章 Hirukoは語る3」『地球にちりばめられて』2:「第6章 Hirukoは語る2」『地球にちりばめられて』1:「第2章 Hirukoは語る」***********************************************************************【Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち】辛島デイヴィッド著、みすず書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より村上春樹と英米出版界のスペシャリストたちの冒険。A・バーンバウム、E・ルーク、L・アッシャー、J・ルービン、G・フィスケットジョン、チップ・キッド…、そして村上春樹。Haruki Murakamiの世界への飛翔までの道のりを、30余名へのインタビューをもとにたどる、異色の文芸ドキュメント。<読む前の大使寸評>内容を覗いてみると、翻訳がテーマとなっているようで・・・これが太子のミニブームにいたく響くわけでおます♪rakutenHaruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』4:翻訳家バーンバウムができるまでp7~10『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』3:村上さんの「冬の時代」p236~238『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』2:出版社の出版事情p32~35『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』1:翻訳家バーンバウムのケースp23~27***********************************************************************【ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー】ブレイディみかこ著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より大人の凝り固まった常識を、子どもたちは軽く飛び越えていく。世界の縮図のような「元・底辺中学校」での日常を描く、落涙必至のノンフィクション。<読む前の大使寸評>待つこと11ヶ月か・・・個人的には最も長く待っていた本だろう。<図書館予約:(11/13予約、副本19、予約546)>rakutenぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』5:意外と深いニーハオ問題『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』4:公営団地のラップ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』3:荒れている地域『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』2:「元底辺中学校への道」の続き『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』1:元底辺中学校への道***********************************************************************<原田マハ著『喝采』>太子はインスタグラムとは相性が悪いので付き合いはないのだが、そのインスタグラムでは原田マハ著『喝采』の評判がいいらしい。・・・ということで、「原田マハ公式ウェブサイト」を覗いてみました。原田マハ公式ウェブサイトより すべてがあっというまに始まったことが、一番の驚きでした(Day 5)。フランスという国が「やるときはやる」底力を持っているんだということも驚きでしたが、民主主義、つまり主権は自分たちにあることを国民がどこまでも主張する国でもあります。電光石火で強力に推し進める代わりに補償することを忘れない、それが肝心でした。そうじゃないと国民が黙って自宅待機してくれるはずがないから。日本とは全く違う社会構造がある、強い民主主義の国なんだと思い知らされました。***********************************************************************<『たちどまって考える』3>本屋の店頭で『たちどまって考える』という新書を手にしたのです。パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。【たちどまって考える】ヤマザキマリ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりパンデミックを前に動きを止めた社会。世界を駆ける漫画家・ヤマザキマリもこれほど長期間家に閉じこもり、自分や社会と向き合ったのは初めてだった。しかしその結果「たちどまることが実は必要だったのかもしれない」という想いにたどり着く。ペストからルネサンスが開花したようにまた何かが生まれる?混沌とした日々を生き抜くのに必要なものとは?自分の頭で考え、自分の足でボーダーを超えて。あなただけの人生を進め!<読む前の大使寸評>ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。rakutenたちどまって考える『たちどまって考える』3:ニッポンの世間体『たちどまって考える』2:外国語の習得『たちどまって考える』1:漫画家のくせにhttps://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202011180001/
2020.12.26
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図書館で『いまだから読みたい本ー3.11後の日本』という本を、手にしたのです。薄い本ではあるが、この本で取りあげた作家、作品がすばらしいのである♪ なお、今では死語とも言える「左翼」にカテゴライズされる作家が多いのだが。【いまだから読みたい本ー3.11後の日本】坂本 龍一, 編纂チーム著、小学館、2011年刊<「BOOK」データベース>より誰もが立ちすくんだあの日以降、坂本龍一と仲間たちは「いまだからこそ読むべき本」を共有し合った。先人たちの残した考察や知恵、そして警鐘に、いまこそあらためて耳を傾けたい。選りすぐりのアンソロジー。<読む前の大使寸評>薄い本ではあるが、この本で取りあげた作家、作品がすばらしいのである♪ なお、今では死語とも言える「左翼」にカテゴライズされる作家が多いのだが。rakutenいまだから読みたい本ー3.11後の日本戦争責任を検証するとき、伊丹万作氏の有名な言葉「だまされるほうが悪い」がある。なんとも過激な言葉ではないか。昭和21年の『映画春秋』創刊号でそのあたりを見てみましょう。p48~53戦争責任者の問題:伊丹万作 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじっているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになった。 そこでこの機会に、この問題に対するう私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとって、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ1人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなってくる。 多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというにきまっている。すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の知恵で一億の人間がだませるわけのものではない。 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かったにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに画然と分かれていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には,もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になって互いにだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。 このことは、戦争中の末端行政の現れ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこっけいなことにしてしまったのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だったのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶって出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であったことを私は忘れない。(中略) 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、顔であり、顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということはいったい何を意味するのであろうか。 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまったためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかった事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかったと信じているのではないかと思う。 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかったか」と。たとえ、はっきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがったことを我が子に教えなかったといいきれる親がはたしているだろうか。(中略) だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、いっさいの責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。 しかも、だまされた必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。(中略) また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったにちがいないのである。 つまりだますものだけでは戦争は起こらない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起こらないということになると、戦争の責任もまた当然両方にあるものと考えるほかはないのである。 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
2020.12.26
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図書館に予約していた『白川静さんに学ぶ これが日本語』という本を、待つこと3日という速攻でゲットしたのです。白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボでもあるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!【白川静さんに学ぶ これが日本語】小山鉄郎著、論創社、2019年刊<出版社>より文字を持たなかった日本人が漢字と出合い、それを国字として取り入れて、使いこなしてきました。しかも、本書で記したように漢字に日本語が征服されてしまったという形ではありません。日本語は、生き生きと、いまも国語として存在し続けています。(「あとがき」より)<読む前の大使寸評>白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボでもあるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!<図書館予約:(12/14予約、副本1、予約0)>rakuten白川静さんに学ぶ これが日本語どこから読んでも面白そうであるが、鼻・華・端あたりを見てみましょう。p22~246 はな と はし 元々は同じ日本語なのに、漢字で表記するうちに、別の意味の言葉のようになってしまったものがあります。その代表的な例が「鼻」「華」「端」でしょう。日本語では、これらの漢字の読みはいずれも「はな」です。 そして日本語では「はな」は「先端にあるもの」という意味です。日本語の意味からこれらの漢字で表された言葉をとらえ直してみれば、そこに共通した意味が、今も変わらず国語の中を生き続けていることがわかります。 「鼻」は顔の先端に高く出ていて、目立つものです。大槻文彦の『大言海』には「端ノ義」として「顔ノ中央ニ高クナレル所」とあります。 「華」は地上から伸びていって、その茎や枝の先端に咲くものです。これも『大言海』には「端ノ義、著シク現ハレ目立ツノ意」とあります。 日本では「花」を一般的に使い、「華」のほうは「華々しい」とか「中華」などの際に用いていますが、でも漢字としては「華」のほうが「正字」で、古くからある字です。 「華」は彼岸花・曼珠沙華のような花が咲いている姿をそのまま文字にした象形文字です。 北魏の王・太武帝が425年に新しい漢字を千字ほど作ったことがあり、「花」は、その時に作られた漢字の一つのようです。それが残り、今に伝わっています。 「端」はまさに先端のことです。物事の始まりの意味で「端(はな)から調子がいい」などと使います。この「端」は「はし」とも読みますが、これは先端で食べ物を挟む「箸」や両端に架け渡す「橋」と同じ語源の言葉です。 室内から庭に降りたり上がったりする小さな階段も「階(かい)」と言いますが、これも同語源の言葉です。「柱」の「はし」も「端」「箸」「橋」と同じ語源です。「はしら」の「ら」は語尾につけてそのものを示す言葉です。「箸」「柱」はサイズを考えないで、その形状だけ見てみれば、共通するところがありますね。『白川静さんに学ぶ これが日本語』2:ものしり と もののけ『白川静さんに学ぶ これが日本語』1:まえがき
2020.12.25
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図書館に予約していた『白川静さんに学ぶ これが日本語』という本を、待つこと4日という速攻でゲットしたのです。白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボでもあるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!【白川静さんに学ぶ これが日本語】小山鉄郎著、論創社、2019年刊<出版社>より文字を持たなかった日本人が漢字と出合い、それを国字として取り入れて、使いこなしてきました。しかも、本書で記したように漢字に日本語が征服されてしまったという形ではありません。日本語は、生き生きと、いまも国語として存在し続けています。(「あとがき」より)<読む前の大使寸評>白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボでもあるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!<図書館予約:(12/14予約、副本1、予約0)>rakuten白川静さんに学ぶ これが日本語白川フォントどこから読んでも面白そうであるが、先ずは冒頭の章を見てみましょう。p2~41ものしりともののけ 白川静さんは『字統』や『字通』といった大部な漢字字書を1人で書いてしまった漢字学の大家で、「最後の碩学」と呼ばれました。「碩学」とは学問を広く深く知っている大学者の意味で、とても博識な「もの知り」の人のことです。 その白川静さんは『万葉集』などを研究する国文学者でもありました。ですから『字訓』という日本語の語源について考察した厚い字書も書いています。これから白川静さんの研究をもとにして、現代語の中に脈々と生き続ける日本語の体系的なつながりについて研究したいと思っています。 宮崎駿監督のアニメ映画『もののけ姫』を見た人も多いと思いますが、まずこの本の最初は「もののけ姫」の「もののけ」と白川静さんのような「もの知り」に共通する「もの知り」に共通する「もの」という日本語について述べてみたいと思います。 この「もの」は精霊、霊的なものの意味です。つまり精霊の世界、お化けの世界をよく知っている者が「もの知り」です。 白川静さんの日本語の語源字書『字訓』によると、「もの」は、人が感知し認識できるものはもとより、感覚を超えて存在する超自然的なものを含めて、物一般をあす言葉です。『字訓』の各項目には、その日本語を表す漢字が記されていますが、「もの」の項には「物・者・鬼」が挙げてあります。つまり日本では「鬼」も「もの」で、精霊と考えられていました。 「もの知り」とは、霊の世界のことをよく知る「鬼知(ものしり)」のことでした。現在の「もの知り」は、ひろく物事を知っている博識な学者らのことですが、昔は陰陽師のことなども意味しました。 『もののけ姫』の「もののけ」のほうは「物の怪」などとも書きますが、このは人にとり付いて悩まし、病気にしたり、死にいたらせたりする死霊、生き霊、妖怪のことです。「け」は病気のことです。 このように「もの知り」「もののけ」の「もの」が「霊」のことであるとわかると、目から鱗が落ちるように、いっぺんに日本語のつながりが見えてきます。 「もの狂い」の「もの」も「霊」のこと。「霊」の力で正気でなくなってしまうこと、狂気のことです。 死霊、生き霊は、お祭りなどの時には、さしさわりがありました。ですからそれらの災いからまぬがれるために一定の期間、食事や行動を忌みました。「忌む」とは避けて、身を清め慎むことです。これを「ものいみ」と言います。「ものいみ」は飲食のことから、言語、行為のことなど多岐にわたりました。沐浴や禊ぎなども行われました。 「もののふ」は朝廷に仕えるもろもろの集団の意味です。後に「武士(もののふ)」と書いて、戦士たちの意味となりました。この場合の「もの」は兵器のことですが、この「もの」も元々は「霊」の意味で、「もののふ」は悪い邪霊を祓う集団のことでした。『白川静さんに学ぶ これが日本語』1
2020.12.25
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図書館に予約していた『白川静さんに学ぶ これが日本語』という本を、待つこと4日という速攻でゲットしたのです。白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボでもあるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!【白川静さんに学ぶ これが日本語】小山鉄郎著、論創社、2019年刊<出版社>より文字を持たなかった日本人が漢字と出合い、それを国字として取り入れて、使いこなしてきました。しかも、本書で記したように漢字に日本語が征服されてしまったという形ではありません。日本語は、生き生きと、いまも国語として存在し続けています。(「あとがき」より)<読む前の大使寸評>白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボであるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!<図書館予約:(12/14予約、副本1、予約0)>rakuten白川静さんに学ぶ これが日本語白川フォントまず「まえがき」を、見てみましょう。pi~iiiまえがき これは、文化勲章を受けた漢字学の第一人者・白川静さん(1910~2006年)の考察に基いて、日本語の体系的なつながりを紹介する本です。 白川静さんは、中国人もなし得なかった漢字の体系的な成り立ちの謎を解明した人で、その漢字学は「白川文字学」とも呼ばれています。漢字学の泰斗として知られる白川静さんの日本語の語源についての本と言うと、少し意外に感じる人もいるかと思いますが、白川静さんの元々の出発は『万葉集』を研究する国文学者でした。 そして、日本最古の和歌集『万葉集』と中国最古の詩集『詩経』の比較文学的な研究を目指しましたが、この研究のためには、漢字の成り立ちを知らねばならないという動機から、漢字のルーツである甲骨文字や青銅器などに鋳込まれた金文という古代文字の研究を進められたのです。 その白川静さんは『字統』『字訓』『字通』という大部な三つの字書を1人で書いてしまったことで知られます。このうちの『字統』は漢字の字源字書、『字通』は漢字の総合字書ですが、でも『字訓』は日本語の語源に関する字書なのです。 元々の出発が国文学者であった白川静さんは漢字学の大家として知られるようになっても、日本語の成り立ちに深い興味を抱き続けていて、そのことが『字訓』という大きな字書に結実したのです。 が解き明かした漢字の世界は非常に体系的なものでした。その漢字学を学ぶと、漢字が論理的につながっていることがわかります。一つの漢字の成り立ちがわかると、それに関係する漢字をいっぺんに理解することができるのです。 「漢字は一つ一つ覚える必用はない。元々、漢字はそのようにできている」と白川静さんはよく語っておりました。この言葉の通り、文字と文字のつながりが深く理解できて、多くの漢字が興味深く、しかも芋づる式に、次々と頭の中に入ってくるのです。それが「白川文字学」を学ぶ楽しさですし、醍醐味です。 そして、白川静さんの日本語の語源研究の世界に触れてみると、日本語もまた非常に体系的につながっていることがよくわかります。白川静さんの説に従って、日本語の語源を考えていくと、われわれが日ごろ何気げなく使っている言葉のいくつかが、しっかりと体系的につながりながら、使われ続けてきたことが理解できるのです。 私は『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい』『白川静さんに学ぶ漢字は怖い』など、「白川文字学」の世界について解説した漢字の本を書いておりますが、本書は白川静さんの字書『字訓』を読み、学びながら、それらの本の日本語編として書いたものです。 文字を持たない日本人は中国の文字を輸入して、自分たちの言語を記述してきましった。日本人は外国の文字である漢字を中国語に近い音読みで使い、さらに日本語の読みである訓読みをし、片仮名、平仮名を生み出して、それらを組み合わせながら日本語を書き記してきました。 その結果、日本人は三千年以上前に生れた外国の文字を日本語で読むことができるのです。こんな具合に外国の文字を使いこなしている民族はないでしょう。本書では各項で紹介した日本語とそれに関連する漢字のつながりも紹介しています。 ならば、漢字に日本語は征服されたのかというと、そうではありません。日本語は体系的なつながりを維持したまま、いまも日本人の中に生き続けているのです。本書ではそのことを具体的に紹介しています。 最初のいくつかの項だけでも読んでいただければ、白川静さんが提示した日本語のつながりの世界に、きっと魅了されるでしょう。そして「なるほど、日本語はそのようになっている!」と納得し、「そういうことだったのか!」と驚かれるに違いありません。ところで、日本語と漢語の関係について『漢字と日本人』を紹介します。腐れ縁などという話も出てきます。【漢字と日本人】高島俊男著、文藝春秋、2001年刊<「BOOK」データベース>より「カテーの問題」と言われたら、その「カテー」が家庭か假定かあるいは課程か、日本人は文脈から瞬時に判断する。無意識のうちに該当する漢字を思い浮かべながら…。あたりまえのようでいて、これはじつは奇妙なことなのだ。本来、言語の実体は音声である。しかるに日本語では文字が言語の実体であり、漢字に結びつけないと意味が確定しない。では、なぜこのような顛倒が生じたのか?漢字と日本語の歴史をたどりながら、その謎を解きあかす。<読む前の大使寸評>著者は中国文学専攻の学者肌ではあるが、講談社エッセイ賞とか読売文学賞を取ったり、週刊誌のコラムを連載したり・・・大活躍でおますな~♪rakuten漢字と日本人漢字と日本人1漢字と日本人2
2020.12.25
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コロナ禍もなんのその、くだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「カセットテープ・ダイアリーズ」と「キャデラック・レコード」であり、館主の設けたテーマは「ブルース&ブルース、伝説に触れる…」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、今回のテーマとしてはいいんじゃないでしょうか。【カセットテープ・ダイアリーズ】グリンダ・チャーダ監督、2019年、英制作、2020.12.21観賞<Movie Walkerストーリー>より1987年、イギリスの小さな町に住むパキスタン移民のジャベド。9月にハイスクールに入学する彼は、幼なじみのマットに恋人ができたことで孤独を感じていた。さらに、移民に対する偏見やパキスタン家庭の伝統に不満を抱き、古い慣習を振りかざす父親には強い反発心を感じていた。そんなある時、すべてのモヤモヤを吹き飛ばしてくれるブルース・スプリングスティーンの音楽に出会い、ジャベドは衝撃を受ける。<大使寸評>クソ真面目なジャベドだったが、彼の文章、作詞に原石のような魅力を感知した女性教師、彼の文章や行動に社会性を感じて惹かれた恋人、そして当時は陳腐に聞こえたブルースやロックのカセットテープをくれたパキスタン移民の友人。父親の不評に逆らっていたジャベドを皆が応援し、アメリカ留学の栄誉を勝ち取ったジャベドは、その応援に見事に答えたのです。スプリングスティーンのブルースをカセットテープで聞いて堅物のジャベドが音楽に目覚めたのだが、後半のこのあたりからミュージカル映画風に変わってきて・・・ロックがガンガンと流れてくるし、恋人とも復縁してハッピーだぜィ♪Movie Walkerカセットテープ・ダイアリーズこの映画館では毎回、幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回もダイエイで買った三角おにぎりとサンドイッチでした♪【キャデラック・レコード】ダーネル・マーティー監督、2008年、米制作、2020.12.21観賞<Movie Walkerストーリー>よりキャデラックを乗り回すことを夢見る野心家の青年レナードは、シカゴの黒人街でクラブをはじめる。そこで見た2人のブルース奏者の演奏に惹かれ、彼らを売り出すために音楽レーベル“チェス・レコード”を立ち上げる。<大使寸評>伝説的ブルース・レーベル、チェス・レコードと所属アーティストたちの盛衰を描く実話ドラマとのこと。レナード・チェスを演じたエイドリアン・ブロディが良かった♪またこの映画を観ると、ロックのルーツは黒人のブルースであることがわかるのだが、そのあたりの事情に疎い大使は、黒人のブルースにはもうひとつ乗りきれなかったのでおました。ネタバレになるのだが、ラストシーンはキャデラックを運転していて気を失うチェスでした。Movie Walkerキャデラック・レコード今回の出し物はブルース&ブルースでしたが・・・この2本立て館で、2本立てのテーマが音楽の場合は外れがないことを経験的に知っているのです。つまり、今回のチョイスは大当たりでした。パルシネマ上映スケジュール
2020.12.24
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図書館で『災害の倫理』という本を、手にしたのです。大災害が起きた場合、背景には政治や行政そして大企業が絡む癒着や不作為が見られるのです。そこには健全な倫理観が欠けているわけで・・・この本の出番ではないかと思ったのです。【災害の倫理】ナオミ・ザック著、勁草書房、2020年刊<「BOOK」データベース>より命にかかわる災害時、誰が、どのような行動をとるべきなのか。感染症が蔓延し人工呼吸器がたりないとき、誰を優先させるのか。政府は被災者をどこまで救済・補償すべきなのか。地震・ハリケーン・テロ・感染症などの具体例を元に、功利主義、義務論、徳倫理など倫理学の観点から、人々の行動のあり方を検討する。政策決定と倫理学を考える際、大いに参考となる一冊。<読む前の大使寸評>大災害が起きた場合、背景には政治や行政そして大企業が絡む癒着や不作為が見られるのです。そこには健全な倫理観が欠けているわけで・・・この本の出番ではないかと思ったのです。rakuten災害の倫理この本で一番興味深いのは、新型コロナウイルスにどう対応すべきかという点であるが・・・そのあたりを見てみましょう。p35~37最近の鳥インフルエンザ流行に対する計画とその広範な倫理的意味 鳥インフルエンザ流行に対する適切な対応にかんして、疾患と既存の医療基盤について既知のことにことづくと、少なくとも三つの大きな障害がある。第一に、鳥インフルエンザに対し人口の半分以上に接種可能なインフルエンザワクチンを生産することができたとしよう。 それでも、発生する鳥インフルエンザの特定菌を予測することは大変むずかしく、事前に十分なワクチンを作ることはさらにむずかしく、発生した特定菌は、予測できない方法で変異するかもしれない。これは、ウイルス標的組織の変化という問題である。 鳥インフルエンザ流行に対する適切な対応の第二の障害は、標的とするウイルスが特定されても、有効なワクチンを開発するには何ヶ月もかかることである。かくして、適切なワクチンが利用可能になるまで感染するまで感染は拡大することになる。 標的の変化とワクチンを培養するのに求められる時間枠は、予防をめぐる問題であり、現在、それを解決するのは困難である。適切な対応をめぐる第三の大きな障害は、病床や人工呼吸器の数や抗ウイルス薬という点において、資源がかぎられていることである。その結果、ウイルスに感染したあらゆる人に措置することが困難なのが現状である。 現時点では、かぎられた資源を原則に則った仕方で分配することを示した鳥インフルエンザ対応のモデル計画があると思われる。モデルは、2007年にアメリカ疾病管理予防センターアドバイザリー委員会の倫理小委員会から所長に送付された倫理ガイドライン、トロント大学附置センターインフルエンザ流行生命倫理ワーキンググループによる2006年の報告書、そして、不十分な資源という状況における稀少トリアージに限定された論文でも明らかである。 ガイドラインは、政府職員が、通常の組織的な集まりや、商業的そして娯楽的な場所での社会的接触を制限することにより感染を管理しなければならないと規定している。検疫対策も必要とされる。ここでは一般的な緊急時のトリアージが援用されている。それによれば、緊急の医療措置により利益を受けることができる人は最初に措置を受けるべきであり、死にかけているケースや、より軽度の傷病は後回しにされる。読者や市民の多くは、現行の対応計画モデルの内容が、常識とよく合致しているだけでなく、道徳的にも受け入れられると考えるだろう。 しかしながら、現在の鳥インフルエンザ対応モデルは二つの側面において、道徳的に寄り詳細な検討が必要である。なぜならば、平常時においては当然とされる平等の原則と乖離しているためである。第一は、予防接種と治療は、医療従事者と、不可欠な公共サービスと公共事業の提供者を優先うると規定されていることである。 第二の点は、「トリアージのトリアージ」にかかわる。すなわち、第一次のトリアージで即時の医療措置により利益を得るはずの人のすべてgおれを得られるわけでなく、希少性のあまざまなレベルに応じて得られるという点である。特定の人に治療が提供されるかどうかの数字的「順位」を決めるために「余命」「既往歴」や、曖昧な「人の価値」といった項目を提案する論者もいる。 鳥インフルエンザ流行では、人工呼吸器がもっとも必要な稀少資源であり、インフルエンザ以外の症状ですでに人工呼吸器を使っている患者や、インフルエンザに感染しているものの予期されたほど改善しない人から人工呼吸器を外し、必用な人に提供することが提案された。 さらに、鳥インフルエンザ流行対応計画の現行版はすべて、計画に対し公開討論の必要性を規定していることを強調しておくべきである。ウン 鳥インフルエンザを新型コロナに読み替えてもじゅうぶん通用する普遍的論調であり・・・それだけ著者の鋭さが表れているということなんだろう。
2020.12.24
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図書館で『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』という本を、手にしたのです。牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。【牧子、還暦過ぎてチューボーに入る】内館牧子著、主婦の友社、2018年刊<「BOOK」データベース>より体が喜ぶ、おうちごはんのありがたさ。エンディングノートよりレシピノートを書こう。臨死体験から10年。私は生きている、台所から命をもらってー病気を寄せつけない食べ方。<読む前の大使寸評>牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。牧子さんの渾身のレシピが興味深いのでおます。rakuten牧子、還暦過ぎてチューボーに入る「男の料理」が語られているが、これは料理ハウツウが見られるのではないか♪p118~121「男の料理」は非日常 「夫を残して死ねない」と嘆く妻の気持ちはわかるが、幸か不幸か心配は一切いらない。預金通帳やハンコのことだの、その他諸々の雑事についても、その場に立てば周囲の力を借りてすぐにクリアするものだ。むろん、妻を失った淋しさとは別の、事務処理の話である。 料理や趣味にしてもしかりだ。妻は無趣味な夫の定年後を心配し、早いうちから油絵を始めろとか、ソバ打ちはどうかなどと言いがちである。また、料理を習えとか町内会の集まりで人脈を作れとか、それらも、一人残された場合の夫への愛情だ。転ばぬ先の杖を持たせたい。 だが、夫にしてみれば、40代半ばからの約10年間は、たぶん最も仕事が面白く、最もスリリングな時期だ。1分1秒でも仕事のことを考えていたい。それを「ワーカホリック」と決めつけるのは貧困な考え方である。仕事が何より面白い時期は男にも女にもあるのだ。 その時期に、やりたくもない料理を習ったり、無理に趣味を見つけたりするのは、人生の無駄。いずれ必ず「毎日が大型連休」の年代に入るのだから、その時にやればいいというのが、私の考えである。 ただ、料理に関しては、私の周囲の男たちを見る限り、二種類に分かれると気づく。本当に料理が好きで好きで、仕事がどんなに多忙でも合い間を縫って、料理教室に通ったりする男たちがいる。また、休日は3食とも家族の食事を作り、買出しから後片づけまで、とにかく心弾むという男たちがいる。もう一方は、まったく作れず、妻亡き後も外食ばかりの男たちである。 私の周りでは、実は圧倒的に「料理が好き」という男たちが多い。 実際、仕事で都内のホテルに缶詰めになった私に、男友達の一人は夕食を届けてくれた。青エンドウの豆ごはん、トマトとワカメと卵の味噌汁、コールスロー、主菜は牛肉のすき焼き風煮だった。あまりにのおいしさに、つい「明日もお願い」と口走り、あわてて引っこめたのだが、本人は大喜びで翌日も配達してくれた。 また、高校の元女子同級生の母親は長い入院を経て退院したが、まったく食欲が出ない。当然あがら体力が戻らず、寝ているだけの日々。おんな中、その同級生の弟が大の料理好きで、ロールキャベツ、けんちん煮、酢豚、カニ玉、サーモンのクリ-ムシチュー等々、大張り切りで作り続けたという。それも、医師や栄養士と相談し、塩分やら脂質やらを控えつつ、味は変わらぬように工夫したというから大変だ。ところが、その弟は嬉しそうに言った。 「僕が作るとお袋、よく食べるんですよ。それも嬉しいけど、微量に決められた塩分をどう工夫しておいしくしようかとか、リゾットにすればチーズもたっぷり摂れるなとか、考えるのが面白くて」 姉である元同級生は苦笑した。 「男ってホントに夢中で料理作るよね。何がそんなに面白いんだか」 すると、弟はこともなげに答えたのだ。 「非日常なんだよね」 それを聞くなり、元同級生は声をあげた。 「それだ、それ。私なんか主婦として、母親として、もう40年以上も料理作ってきて、日常なのよ。正直飽きた。何より外ごはんが好きよ。なるほどねえ、うちの弟もマキコも、結局は料理が非日常だから面白がってやれるんだ」 当然。私は反論した。 「私は今や、アナタ、料理は日常よ」 「フン、還暦から始めたんだから、まだ非日常よ。こっちは40年以上やってきたのよ」 はい。 私は「非日常」という言葉を聞いた時、「料理より仕事」という年代の男たちの、今現在やるべき一方向が見えた気がした。 それは「非日常の時だけ料理をやる」という方向だ。『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』2:肉食シニア『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』1:料理に対する覚悟()
2020.12.23
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図書館で『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』という本を、手にしたのです。牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。【牧子、還暦過ぎてチューボーに入る】内館牧子著、主婦の友社、2018年刊<「BOOK」データベース>より体が喜ぶ、おうちごはんのありがたさ。エンディングノートよりレシピノートを書こう。臨死体験から10年。私は生きている、台所から命をもらってー病気を寄せつけない食べ方。<読む前の大使寸評>牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。牧子さんの渾身のレシピが興味深いのでおます。rakuten牧子、還暦過ぎてチューボーに入る「肉食シニア」という言葉があるんだって・・・そのあたりを、見てみましょう。p226~228シニアよ、やっぱり肉食を 「肉食シニア」という言葉を聞いたことがおありだろうか。 読んで字の如く、積極的に肉を食べている高齢者を指す。日常の食卓にも肉がのぼり、外食でも焼き肉、すき焼き、ステーキなどを好んで食べる。今は 「肉食シニア」なる言葉が生まれるほど、こういう高齢者が増えているという。 かつて、日本の「ご隠居さん」は、柔らかく炊いたごはんに豆腐の味噌汁、煮物、納豆などあっさりして、あまり噛まなくていいものを好んだ。 現在、日本人全体の肉の消費量は大幅に増えており、1960年には1人1年あたり3.5キロだったのが、2013年は約10倍だ。 有名無名にかかわらず、 「肉食シニア」とされる方々を見ていると、大切なことに気づく。それは単にながらえているというだけでなく、仕事から趣味に至るまで、ごく当たり前に活動を続けている人が多いことである。これは肉食が作るパワーなのか。 だとしたら、なぜシニアは積極的に肉を食ベルトパワーが出るのか。 医師で白澤抗加齢医学研究所所長の白澤卓二先生が、山田養蜂場の山田英生社長との対談でとてもわかりやすく語っておられる。それを箇条書きにしてみよう。1.65歳以上の高齢世代では、粗食は老化を早める場合がある。2.自分の身の回りのことが自分でできる高齢者は、肝臓で作られるタンパク質が足りている。3.肉からは良質のタンパク質が得られ、免疫力をつけるのにも役立つ。4.肉にかたよらず、魚を食べることも大切。ただ、摂取できるタンパク質の量は大きく違う。すき焼き用牛肉200グラムからは60グラムのタンパク質が摂れる。一方、170グラムのアジ一匹を塩焼きにすると、タンパク質の量は15グラム。5.老化を遅らせるためにも、適量の肉をしっかり摂ることが大切。6.勧めるのは豚のヒレ肉。ビタミンB1は牛肉の約10倍。脂肪やカロリーも少ないため、肥満や生活習慣病予防にもよい。 ということだ。現実に、多くのメディアで、肉食のよさが取り上げられているが、それが本当に若々しいシニアを作っているのか。実際に私がお会いした人だけを紹介する。 庄司天明さんは、今年91歳。粘着素材の研究から販売に至るまでの企業「リンテック」の社長、会長を経て、現在は相談役である。 いつも洒落たネクタイにスーツ姿で、肌は張り、シワも全然目立たない。もちろん、頭もクリアだし、ゴルフを続ける体を持つダンディな91歳である。 庄司天明さんは東北大学出身で、私の先輩というご縁から、夕食をごちそうになった。 驚いた。バターをのせた200グラムのサーロインステーキをレアで。それにガラス鉢一杯のサラダも、ライスまできれいに完食。左手にはウイスキーグラスだ。 以来、月に一度ごちそうになっている後輩だが、聞けば、外食はたいていステーキだという。話題は政治からスポーツまで何でもござれ。白澤先生がおっしゃるように、老化が進まないのは、肉食のおかげかと思わされる。ウン 牧子さんが説くように、積極的に肉を食おうとおもうのだ!(だけど所持金が乏しいがな)
2020.12.23
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図書館で『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』という本を、手にしたのです。牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。【牧子、還暦過ぎてチューボーに入る】内館牧子著、主婦の友社、2018年刊<「BOOK」データベース>より体が喜ぶ、おうちごはんのありがたさ。エンディングノートよりレシピノートを書こう。臨死体験から10年。私は生きている、台所から命をもらってー病気を寄せつけない食べ方。<読む前の大使寸評>牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。牧子さんの渾身のレシピが興味深いのでおます。rakuten牧子、還暦過ぎてチューボーに入る牧子さんの料理に対する覚悟を、見てみましょう。p233~ただ一生懸命に作り続ける 本書の冒頭で詳しく書いたが、私の食生活を一変させたのは、医師から言われた一言である。 「一本の点滴より一口のスプーンですよ」 重い急病から「奇蹟的」に一命を取りとめたものの、全身の筋力が落ちており、飲み込むことができない。汗だくになり、途中で横になって休み、二時間ほどかけてもほんの少ししか食べられない。これでは力がつかないと思った私は、「点滴に戻してほしい」と医師に申し出た。すると、医師はハッキリと言ったのである。 「一本の点滴より一口のスプーンですよ」 目がさめた。 そして、退院後は徹底して食生活を見直した。「食べることは生きること」なのだと、身をもって体験したからである。「バランスよく食べる」などという言葉は、誰しも耳にタコだろう。だが、このありきたりな説が、結局は健康に生きることの基本なのだ。やっと気づいた。 それまでの食生活は、夜は仕事を兼ねた会食が多かった。重い中華、フレンチ、イタリアンなどのフルコースにビールやワイン。翌朝は食べたくない。コーヒーだけになる。この繰り返しだ。 家で原稿を書いている時は台所に立ったが、いつでもフライパンが出ている。野菜でも肉でも卵でも、あるものをシャッシャッと炒めて塩・胡椒、もしくは醤油。ごはんはたくさん炊いて冷凍しておき、チンして佃煮などで食べる。美食と粗食の落差が尋常ではない。 テレビドラマの現場は過酷である。私は原稿を書くのが相当速い方だが、おれでもNHKの朝の連続テrビ小説や大河ドラマをはじめ、追われまくる。とはいえ仕事は楽しく、ウトレスはなかったのだが、少しずつ太っていった。バランスなど考えもせず塩分過多の食事を20年も続けているのだから、当然だ。 私は身長165センチで、一番動きやすい体重は54キロ台である。BMIではやせすぎになるが、最も体調のいい数値である。それが、2000年代の前半だろうか、最高値の68.5キロになった。 「まずいっ」と焦ったが、それでもそれがいい加減な食生活に原因があるとは考えもしない。そこでやせるために、こんにゃくドリンクを朝夕に取り入れた。口に入れる食材はますます減ったわけである。体重は53キロに落ち、ドリンクは1年ほどでやめた。もっとも、食生活を重く考えていないことに変わりはなかった。 そして2008年、倒れたのである。当時は61キロで、BMIは適正値だが、不健康な太り方であったと思う。大手術を経て、退院する頃には50キロ近くになっていた。BMI17である。立つとユラユラと揺れ、風が吹くと倒れそうだった。それでも「ああ、人生で再び40キロ台の日が来るなんて!」とどこかで喜んでいたのだから、女の「やせ願望」は救いようがない。 退院を控えていた日、「太るということ」について医師に言われた。これも前述したが、とても説得力があった。 「車にたとえると、人間の内臓や骨・筋肉はエンジンやバッテリーなどにあたる。すべて普通車仕様です。ところが太って脂肪がつくということは、車のボディだけが大型バンになり、2トントラックになり、10トントラックになるということです。普通車のエンジンやバッテリーが、それほど大きなボディを支え続けては無理が来て当然。退院後、内館さんはもっと太らないといけませんが、普通車仕様の心臓にバンの体重をのせてはダメです」 54キロ台がベストノマイカーにとって、60キロ台は、まして68.5キロは10トントラックの車体だったのだ。動脈や心臓はずっとそれに耐え、頑張ってきたと思う。が、ついに壊れた。可哀相なことをした。 以来ずっと、私はまじめに料理をしている。 その際、決めたことがある。 「体にいいものばかりにこだわらない。ただし、国産にはこだわる」 体にいいものにがんじがらめになっては、仙人のような食事になりそうで、楽しくないからだ。 「レトルト、インスタント、冷凍食品も使う」 長続きさせるためには、これらも上手に使うことは大切と考えた。 「外での会食は何でも。お酒も」 会食は楽しく食べ、飲むことが基本だと思い、医師と相談の上で決めた。私は家ではまったく飲まないのでアルコールは問題ないが、外食はどうしても塩分過多になる。だが、それは自宅の食事で調節する。自分で料理をすればこその利点だ。 「食べたもの、飲んだもの、体重を毎日記録」 見開きで1週間のノートに、飲食した時刻とその内容を書く。バランスはいいか、何を食べて体重がふえたかなど、1週間の飲食が一目でわかる。ウン、こんなキッチリした食事管理はできないが・・・・参考にはなりまんな♪
2020.12.23
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早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?残暑厳しき折りなんて言っていたが・・・このところ秋を通り越して真冬の気配を感じる太子でおます。『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたり冬至ゆづ湯この本で、冬至のあたりを見てみましょう。和暦p3<冬至>大晦日と新年の行事があり、夜長短日の節気 「冬至」は、現行の暦では12月22日ころ、第1日目を迎え、小寒(1月6日ころ)に入る前日までをいう。「冬至の日」、「冬至日」は第1日目を指している。 秋分から春分までの間、北半球では太陽は真東からやや南寄りの方角から上り、真西からやや南寄りの方角に沈む。冬至の日にはこの「日の出・日の入り」が最も南寄りになる。さらに、冬至の日には北極圏全域で「極夜」となり、南極圏全域で「白夜」となる。 わが国では一般に、冬至の日は「1年中で最も昼が短く夜が長い日」と言われているが、実際は日の出が最も遅い日は冬至の半月後ころであり、日の入りが最も早い日は冬至の半月前ころである。『暦便覧』では「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明している。 しかし冬至の日は「1年中で最も昼が短く夜が長い日」ということから、さまざまな行事や祭りが誕生し、人々の暮らしに寄り添い親しまれ、現在に続いているのである。 冬至の期間の七十二候は、次の通り。 初候「乃東生(なつかれくさしょうず)」夏枯草が芽を出す。 次候「麋角解明(きわしかのつのおつ)」大鹿が角を落とす。 末候「雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)」雪の下で麦が目をだす。 西洋占星術では、冬至の日が磨カツ宮(やぎ座)の始まりとしている。二十四節季の大雪に注目二十四節季の小雪に注目
2020.12.22
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「災害」でしょうか♪<市立図書館>・白川静さんに学ぶ これが日本語・災害の倫理・いまだから読みたい本ー3.11後の日本・夢見る妖虫たち<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【白川静さんに学ぶ これが日本語】小山鉄郎著、論創社、2019年刊<「BOOK」データベース>より文字を持たなかった日本人が漢字と出合い、それを国字として取り入れて、使いこなしてきました。しかも、本書で記したように漢字に日本語が征服されてしまったという形ではありません。日本語は、生き生きと、いまも国語として存在し続けています。(「あとがき」より)<読む前の大使寸評>白川静さんの説く漢字の起源は大使のツボでもあるが・・・白川静さんの説く日本語となると・・・借るしかないで!<図書館予約:(12/14予約、副本1、予約0)>rakuten白川静さんに学ぶ これが日本語************************************************************【災害の倫理】ナオミ・ザック著、勁草書房、2020年刊<「BOOK」データベース>より命にかかわる災害時、誰が、どのような行動をとるべきなのか。感染症が蔓延し人工呼吸器がたりないとき、誰を優先させるのか。政府は被災者をどこまで救済・補償すべきなのか。地震・ハリケーン・テロ・感染症などの具体例を元に、功利主義、義務論、徳倫理など倫理学の観点から、人々の行動のあり方を検討する。政策決定と倫理学を考える際、大いに参考となる一冊。<読む前の大使寸評>大災害が起きた場合、背景には政治や行政そして大企業が絡む癒着や不作為が見られるのです。そこには健全な倫理観が欠けているわけで・・・この本の出番ではないかと思ったのです。rakuten災害の倫理************************************************************【いまだから読みたい本ー3.11後の日本】坂本 龍一, 編纂チーム著、小学館、2011年刊<「BOOK」データベース>より誰もが立ちすくんだあの日以降、坂本龍一と仲間たちは「いまだからこそ読むべき本」を共有し合った。先人たちの残した考察や知恵、そして警鐘に、いまこそあらためて耳を傾けたい。選りすぐりのアンソロジー。<読む前の大使寸評>薄い本ではあるが、この本で取りあげた作家、作品がすばらしいのである♪ なお、今では死語とも言える「左翼」にカテゴライズされる作家が多いのだが。rakutenいまだから読みたい本ー3.11後の日本************************************************************【夢見る妖虫たち】アンソロジー、北宋社、1994年刊<「BOOK」データベース>より【目次】妖蝶記(香山滋)/タマゴアゲハのいる里(筒井康隆)/蝉(登史草兵)/雨祭(森内俊雄)/虫づくし(新井紫都子)/秦皮の木(ジェイムス,M.R.)/蜂ガ谷庄(岡本好古)/いも虫(ベンスン,E.F.)/復讐(レイ,ジャン)/羽根枕(キローガ,オラシオ)<読む前の大使寸評>虫をテーマにしたアンソロジーてか・・・やれば出来るもんだなあと思った次第でおます。rakuten夢見る妖虫たち************************************************************図書館大好き458
2020.12.22
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<図書館予約の軌跡235>『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在33位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在315位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在5位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13予約218)現在151位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在43位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在29位・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、副本7、予約28)現在14位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在620位・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』(12/9予約、副本11、予約30)・白川静さんに学ぶ これが日本語(12/14予約、副本1、予約0)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・内田樹『コモンの再生』・椎名誠『遺言未満』・オードリー・タン 自由への手紙・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・山本文緒『日々是作文』・NHKスペシャル取材班『やばいデジタル』・出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:図書館未収蔵・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・「仮住まい」と戦後日本・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『星に仄めかされて』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:9/13以降> ・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、9/13受取)・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、9/18受取)・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、10/15受取)・小野正嗣『獅子渡り鼻』(10/9予約、10/15受取)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、11/01受取)・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、11/05受取)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、11/05受取)・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、11/10受取)・多和田葉子×徐京植『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(11/29再予約、12/5受取)・白川静さんに学ぶ これが日本語(12/14予約、12/17受取)***********************************************************************【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【緊急提言 パンデミック】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人類は新型コロナウイルスといかに闘うべきかー今こそグローバルな信頼と団結を(歴史に見る厖大な犠牲者/感染症との闘い ほか)/コロナ後の世界ー今行なう選択が今後長く続く変化を私たちにもたらす(新しい監視ツール/重大な分岐点ー「皮下」監視 ほか)/死に対する私たちの態度は変わるか?-私たちは正しく考えるだろう(避けようのない運命ー死の意味/死は技術的問題に ほか)/緊急インタビュー「パンデミックが変える世界」インタビュアー道傳愛子(発展途上国とウイルスの変異/歴史の決定的な瞬間 ほか)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/14予約、副本7、予約28)>rakuten緊急提言 パンデミック【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【ブロークン・ブリテンに聞け】ブレイディみかこ著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より EU離脱、広がる格差と分断、そしてコロナ禍ー。政治、経済、思想、テレビ、映画、英語、パブなど英国社会のさまざまな断片から、激動と混沌の現在を描く傑作時事エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/9予約、副本11、予約30)>rakutenブロークン・ブリテンに聞け【白川静さんに学ぶ これが日本語】小山鉄郎著、論創社、2019年刊<出版社>より文字を持たなかった日本人が漢字と出合い、それを国字として取り入れて、使いこなしてきました。しかも、本書で記したように漢字に日本語が征服されてしまったという形ではありません。日本語は、生き生きと、いまも国語として存在し続けています。(「あとがき」より)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/14予約、副本1、予約0)>rakuten白川静さんに学ぶ これが日本語【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡230予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。図書館予約の軌跡234
2020.12.22
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図書館で『ブルータス(2020年1月号)』という月刊誌を、手にしたのです。表紙を飾るコピーが「危険な読書2020」だって。中を覗くと「危険なマンガ」があったりで・・・面白そうやでぇ♪【ブルータス(2020年1月号)】月刊誌、幻冬舎、2020年刊<「BOOK」データベース>より月刊誌につき、データなし<読む前の大使寸評>表紙を飾るコピーが「危険な読書2020」だって。中を覗くと「危険なマンガ」があったりで・・・面白そうやでぇ♪rakutenブルータス(2020年1月号)山本美希(マンガ家)と原正人(翻訳家)が“危険なマンガ”について対談しているのだが・・・興味深いのである。p78~79<世界のリアルをグラフィックノベルで> 絵で描かれた小説? 小説のようなマンガ? 世界の各地でグラフィックノベルへの注目が高まっている。個人と社会の姿を映し出し、表現の地平を拡大するグラフィックノベルの魅力について、翻訳家の原正人さんと、マンガと絵本を描く山本美希さんが語り合う。山本:『ジェーンとキツネとわたし』は色鉛筆のタッチが好きな作品です。暗いトーンでお話が進むんですが、主人公が『ジェーン・エア』を読み始めると本の中に色が差し込まれる。原:世界が次第に色づいていって、感動しますよね。でも、この作品をマンガと捉えている人は少ないかも。山本:マンガと絵本の境界をどこに置くかって難しいですよね。コマを使った絵本もあるし、むしろそこは線引きしなくてもいいような気もするのですが。原:これは、カナダのフランス語圏、ケベック発のバンド・デシネですが、欧米ではマンガと絵本の境界線上の作品が多い。日本の場合は、絵の記号性も含めて、マンガってこういうものだという了解があるのかな?山本:『サブリナ』の絵もすごく記号的なものですよね。原:SNSやEメールなど、非人称性の高いネットワークの恐ろしさについて描くには、このシンプルな線や色使いがぴったりで、怖さを増幅させているように思えました。日本のマンガは物語、グラフィックノベルは絵が魅力などといわれますが、これは絵の自己主張が少なくて、物語に最適化している印象です。山本:文学の賞であるブッカー賞にノミネートされたというのも納得ですね。『小さなロシア』はまさに絵。アニメーション作家の作品なんですが、実はこれは日本でしか出版されていないんですよ。写真の上に絵を重ねて描いていて、下から顔が見えたりします。 いわゆるマンガとは違うけれど、絵で物語を追っていくものなので、これもグラフィックノベルかあなと思って。原:英語でマンガを定義するシークエンシャル・アートという言葉がありますが、絵が連続して話が作られるのだから、文字要素も、はっきりとしたコマ割りもないけど、広い意味でマンガと捉えられる、かもしれません。山本:ゆっくり読めば、主人公がいて、彼の半生が語られているとわかります。絵の情報量も多くないし、読みやすいかな~と思っていたんですかど…。原:マンガってこういうものだと思い込みがちですが、グラフィックノベルはそれを揺さぶってくれるのがいいですよね。『年上の人』では性的なもの描き方にドギマギしました。山本:カメラワークも考えられていて、グレーが入っていたり、視角的にすごくキレイ。夏の光の印象が美しかったです。大使は以前からショーン・タンの作品にハマっているのだが・・・これらの作品は今ではグラフィックノベルと呼ばれるようですね。ショーン・タン『ブルータス(2020年1月号)』2:非英語圏の文学『ブルータス(2020年1月号)』1:勝手に自家装丁本
2020.12.21
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<文学全集あれこれR1>図書館で『世界文学アンソロジー』を借りてきてよんでいるのだが、これがなかなか読ませるわけでおます。・・・ということで、文学全集についてあれこれ集めてみました。・『世界文学アンソロジー』(2019年刊)・『書き出し「世界文学全集』(2013年刊)・『世界児童文学史』(1994年刊)・『燐寸文学全集』(1993年刊)R1:『世界文学アンソロジー』を追加***********************************************************************<『世界文学アンソロジー』>図書館で『世界文学アンソロジー』という本を、手にしたのです。目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。【世界文学アンソロジー】秋草俊一郎×戸塚学著、三省堂、2019年刊<「BOOK」データベース>より境界を越えて、見知らぬ世界の扉を開こう、はじめての世界文学。アフリカ文学の父チヌア・アチュベ、フランスの女性作家コレットの本邦初訳短編を含む、世界各地の文学作品全27編を収録。さらに多くの作品に親しむためのブックガイド付き。<読む前の大使寸評>目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。rakuten世界文学アンソロジー『世界文学アンソロジー』3:在日韓国人だった李良枝『世界文学アンソロジー』2:世界文学の位置付け『世界文学アンソロジー』1:莫言(モーイエン)の「白い犬とブランコ」***********************************************************************<『書き出し「世界文学全集』3>図書館で『書き出し「世界文学全集』という本を、手にしたのです。柴田元幸さんが選ぶ世界文学(目次参照)がなかなかのもので、期待できそうでおます♪【書き出し「世界文学全集】柴田元幸著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>より“書き出し”だけで、世界の名作一気読み!あの“柴田訳”の「新訳」で、なんと全73作品。【目次】書き出し「イギリス文学」篇/書き出し「アメリカ文学」篇/書き出し「重訳で読む世界文学」篇/書き出し「英米児童文学」篇/書き出し「英米怪奇幻想」篇/書き出し「英米詩」篇/書き出し「序文」篇<読む前の大使寸評>柴田元幸さんが選ぶ世界文学(目次参照)がなかなかのもので、期待できそうでおます♪rakuten書き出し「世界文学全集『書き出し「世界文学全集』2:『不思議の国のアリス』『書き出し「世界文学全集』1:『ガリヴァー旅行記』***********************************************************************<『世界児童文学史』4>図書館で『世界児童文学史』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。【世界児童文学史】赤木かん子著、図書館流通センター、1994年刊<「MARC」データベース>より本の探偵・赤木かん子が世界の児童文学史の流れをわかりやすく語る。図書館員なら最低これだけ知っていればだいじょうぶ。楽しく読めて知らず知らずのうちに、児童文学の知識が身につきます。1994年刊の新装版。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると、世界児童文学の作家たちのほとんどを知らないのだが、充分に面白くできているのは・・・著者の筆力によるのだろう。ちなみに、この本は図書館員向けに著わされたとのことでおます。amazon世界児童文学史『世界児童文学史』4:ロアルド・ダールおじさん『世界児童文学史』3:19世紀イギリスファンタジー『世界児童文学史』2:フランスの児童文学事情『世界児童文学史』1:「まえがき」***********************************************************************<『燐寸文学全集』3>図書館で『燐寸文学全集』という本を手にしたのです。ぱらぱらとめくると、全巻にわたって、マッチ、煙草という文字が出て来ます。目次を見ると作家が「あいうえお順」に並んでいるわけで・・・「MARC」データベースが前代未聞の奇書として紹介するのも、肯けるわけでおます。【燐寸文学全集】安野光雅×池内紀 編、筑摩書房、1993年刊<「MARC」データベース>よりアイリッシュ、芥川竜之介から若山牧水、和田芳恵まで、無数の文学作品から蒐集した「マッチ」をめぐる名場面集。今やライターに変わってしまったが、マッチを一擦りした瞬間のほのかに灯る光はあたたかい。前代未聞の奇書。<読む前の大使寸評>全巻にわたって、マッチ、煙草という文字が出て来ます。目次を見ると作家が「あいうえお順」に並んでいるわけで・・・「MARC」データベースが前代未聞の奇書として紹介するのも、肯けるわけでおます。amazon燐寸文学全集『燐寸文学全集』2:マーク・トウェインのマッチ『燐寸文学全集』1:獅子文六のマッチ
2020.12.21
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<『世界文学アンソロジー』3>図書館で『世界文学アンソロジー』という本を、手にしたのです。目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。【世界文学アンソロジー】秋草俊一郎×戸塚学著、三省堂、2019年刊<「BOOK」データベース>より境界を越えて、見知らぬ世界の扉を開こう、はじめての世界文学。アフリカ文学の父チヌア・アチュベ、フランスの女性作家コレットの本邦初訳短編を含む、世界各地の文学作品全27編を収録。さらに多くの作品に親しむためのブックガイド付き。<読む前の大使寸評>目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。rakuten世界文学アンソロジー在日韓国人だった李良枝(1992年に急逝)の小説を、見てみましょう。p23~25由煕:李良枝「私」と叔母が暮らすソウル市内の家に下宿していた在日韓国人の由煕は、留学先のS大学を卒業することなく、日本に帰ってしまう。由煕は自分の部屋のタンスに日本語で文字が書かれた紙の束を入れた茶封筒を残して去り、「私」は由煕が残したその紙の束を手にしながら、由煕と過ごした日々を振り返っていく 休みでも由煕は旅行に行くわけでもなく、外出も滅多にしなかった。一日中とも言っていいくらい部屋にいて、勉強していた。そんなある日に、由煕の部屋をのぞいた。由煕は毎日、国語大辞典を端から読んでいたのだった。韓日辞典をひきながら読み、読んだ単語ごとに赤鉛筆で線をひいていた。 …そうだわ、コムン(拷問)をひいてみよう。 由煕は言い、ページを開くと意味を口に出して読み上げた。その箇所にも同じように赤鉛筆で印をつけた。真面目なのかふざけているのかわからない雰囲気だった。 言葉が大げさで私はくすっと笑ったが、由煕の集中力には異様な感じがあった。すでに、ノートにまとめた数冊分の文章を丸暗記し、試験勉強をしている由煕を知っていた。 記憶の束をめくるようにしながら、勉強していたさまざまな日の由煕を思い返し、わたしは長い溜息をついた。 風は相変わらず強かった。窓が揺れ、渦巻くようにいてガラスを打ちつける風の音が、居間の中に響いていた。 叔母は床の上に両脚を伸ばし、左の膝を揉み始めていた。 …あの子はね、韓国に来て自分が思い描いていた理想がいっぺんに崩れちゃったのよ。だからきっと、韓国語までがいやになってしまったんだわ。言葉ってそういうものだと思うの。 黙っていた叔母が話し始めた。 …あなたの叔父さんも、亡くなる前にこんなことを話していたわ。慶尚道の叔父さんの生れたトンネはね、日帝時代から反日意識がその村全体に強かったところだった。有名な反日の闘士も大勢出た場所でね。そういうトンネに生まれて、あの人のアボジも反日感情が強かったから、自分はそんな環境にそだってきたせいか、どうしても日本をよく思えないって言っていたわ。出張で年に1,2度は日本に行くし、10年以上もそうしてきたのに、いまだに日本語がうまく喋れない。 読むことも書くこともみなできるのに、話すという段になるとどうしてもだめなんだって。心の底にある自分でも知らない間に培われてきた感情のためなのか、別にうまくなりたいとも思わないものだから、自分でも自分に困っているって、そんなことをよく言っていたわ。 ……。 …私も娘も、そういうあの人にやっぱり知らない間に影響を受けていたのね。どうしても日本人は好きになれない気がしたもの。娘も第二外国語に日本語は絶対に選ばなかった。だからかも知れないわ。由煕のことが何となくわかるの。とっても悲しいけれど、他人事とは思えないのね。 いつだったか、私つくづく考えた。自分の主人と由煕が先輩と後輩で、どういう因縁か由煕がこの家に住むようになって、一人は日本がだめ、もう一人は韓国がだめ、それでいて同じ同胞なんだもの、何てことかと思ったわ。 私には、叔母が話していることがよくわかった。因縁という言葉にも、自分ながらの実感を当てはめさせることができた。しかし、何かすっきりとしなかった。言葉を捜そうとし、自分の少し苛立ちもしている思いを何とか表現できないものかと思った。韓国のいやな面ばかりを見、父親からも悪口を聞かされてきたから、韓国語までがいうあになる、そんな単純なことではないのではないかと思えてしかたがなかった。由煕の日本語に対するこだわりは、韓国語からの反動という風にはとても思えなかった。ちなみに、大阪・猪飼野の在日の状況が『在日の地図』に紹介されています。『世界文学アンソロジー』2:世界文学の位置付け『世界文学アンソロジー』1:莫言(モーイエン)の「白い犬とブランコ」()
2020.12.20
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図書館で『世界文学アンソロジー』という本を、手にしたのです。目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。【世界文学アンソロジー】秋草俊一郎×戸塚学著、三省堂、2019年刊<「BOOK」データベース>より境界を越えて、見知らぬ世界の扉を開こう、はじめての世界文学。アフリカ文学の父チヌア・アチュベ、フランスの女性作家コレットの本邦初訳短編を含む、世界各地の文学作品全27編を収録。さらに多くの作品に親しむためのブックガイド付き。<読む前の大使寸評>目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。rakuten世界文学アンソロジーコラム9に世界文学の位置付けが述べられているので、見てみましょう。p349~350日本における世界文学:戸塚学 明治時代の日本でも、文学が自己確立を果していく過程で、「国民文学」と「世界文学」という一見対立し合う概念が、対をなすようにして登場した。後発の国民国家である日本でも、まずはドイツと同じように「国民文学」の確率を目指していけばよい。そうすれば、それは自ずと「世界文学」への道につながっていくはずである。文学の近代化とは「国民文学」の発展であり、それは同時に「国民文学」の世界化、普遍化を意味していたのである。 こうした考え方の一つの表れが、日本における国民文学史と世界文学史との同時的な発生である。明治時代には西洋の文学史の影響を受けて、近代的な国民文学史が登場した。それと並行して、世界文学史もこの頃書かれ始めるのである。(中略) 中村真一郎が生れたのは、こうして「世界文学」という概念が、既に日本に広がり始めていた時期であった。中村が生れた大正期は、ゲーテの文学作品がドイツ文学者によって盛んに紹介された時代であり、中でも茅野ショウショウがゲーテの「世界文学」概念を解説する文章を発表していた。 昭和初期になると、そのように大正期に移入された「世界文学」の概念を、そのまま体現するかのような書物が生み出された。それが各種の『世界文学全集』である。 中村真一郎が少年時代に耽読したと回想するのは、世界と日本の文学作品を子供向けにリライトしたアンソロジー、『小学生全集』(興文社)である。このアンソロジーは、当時流行したいわゆる円本全集の一つであり、こうした円本全集の代表格が新潮社の『世界文学全集』であった。『世界文学全集』に収められたのは、世界の文学の中でも欧米の限られた国の文学ではあったが、それでも世界の文学を総覧するかのような書物が現実のモノとして存在したことは、「世界文学」という考え方を受け入れる上では大いに助けになったと言えるだろう。 中村真一郎は、中学・高校・大学と進学していく中で、翻訳や原書を通して「世界文学」を読む読書主体として自己形成をはたしていく。中村は中国古典からギリシャ・ローマ古典、19世紀の英米文学から20世紀のフランス文学まで幅広い範囲の文学作品を読んだが、中村の周囲には他にもこうした読書経験を共有した福永武彦や加藤周一といった青年作家たちがいた。 日本の軍国主義化が進み、洋書の入手も難しくなっていった中で、彼らはマチネ・ポエティックというサークルを結成する。その集まりでは西洋の押韻詩を摸倣した日本語の押韻詩の創作やその朗読などが行われた。『世界文学アンソロジー』1
2020.12.20
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<『世界文学アンソロジー』1>図書館で『世界文学アンソロジー』という本を、手にしたのです。目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。【世界文学アンソロジー】秋草俊一郎×戸塚学著、三省堂、2019年刊<「BOOK」データベース>より境界を越えて、見知らぬ世界の扉を開こう、はじめての世界文学。アフリカ文学の父チヌア・アチュベ、フランスの女性作家コレットの本邦初訳短編を含む、世界各地の文学作品全27編を収録。さらに多くの作品に親しむためのブックガイド付き。<読む前の大使寸評>目次を見てみると、面白そうな本が並んでいる。が、しかしまー、見事なまでに1冊も読んだことがない本ばかりである。rakuten世界文学アンソロジーノーベル文学賞受賞作家でもある莫言(モーイエン)の作品を、見てみましょう。p265~267白い犬とブランコ 高密県東北郷原産の大きく白い従順な犬は、何代も続くうちに純血種は殆んど見かけなくなった。今では人々の飼う犬は、雑種で、たまに白い犬がいたとしても、必ず体の一部に混じり毛が生えており、純血でないことが分かる。 それでもその混じり毛の部分は、体全体の面積に較べればそれほど大きくなく、あまり目立たぬところに生えるので普通「白犬」と呼ぶのが習慣で、名と実とが違うなどと粗さがしをすることもなかった。 一匹の全身真っ白で前足だけが黒ずんだ白犬が、とぼとぼと故郷の小川にかかる崩れかかった石橋をわたってきたとき、私は橋のたもとの石段で冷たい川の水をすくっては顔を洗っていた。旧暦7月末ともなれば、低湿地の高密県東北郷は耐えがたいほどに暑く、県都から村に通じるバスから降りた私は、服までびっしょり濡れて、顔や首には黄色い土埃がびっしりと付いていた。 顔を洗い終わると、素っ裸になって川に飛び込みたくなったが、石橋に続く茶色い田舎路を遠くから歩いて来る人影が見えたので、やめにして立ち上がり、フィアンセがくれたハンカチセットの一枚をとりだし、顔や首を拭いた。もう昼を過ぎており、太陽はやや西に傾き、東南の風が吹いていた。 涼しい東南の風は。人の肌を優しく吹き、コーリャンの穂先をそうっと揺らしては、ざわざわと音を立て、次第に近づいてくる大きな白犬の毛を乱し、尾をゆらした。犬が近づき、私にも黒い前足が見えた。 その足の黒い白犬は橋のたもとまで来ると、立ち止まり振り向いて田舎路を眺めたが、また顔を上げて私の方を見た。犬の両眼は濁っている。犬の眼は遥か遠くを見ているかのように、焦点が定まらず曖昧なる暗示を帯び、この荒涼たる暗示は、私の心の奥ふかくに一種の不安を呼び起こした。 進学のため故郷を離れてからは、両親もよその省に住む兄のもとに引っ越し、家族がいなくなったので、私も帰郷したことがなかった。たちまち十年が過ぎ、故郷は遠からず、また近からず、といったものに感じられるようになっていた。 夏休みの前に、私が教師をしている専門学校に父が遊びにきて故郷のことを話し始めたときは、思わず感慨に耽ったものだ。父は私に故郷のようすを見て来て欲しいと言ったが、仕事が忙しくとても無理だと私が答えると、合点がいかぬというようすで首を振っていた。父が帰ると、私は次第に不安になった。そうしてとうとうきっぱりと心を決めて、故郷に帰って来たのだった。 白犬はもう一度茶色の畦道を振り返ると、再び私の顔を見上げたが、その眼はやはり濁っていた。私は犬の黒い足先を見つめながら、なにかを懸命に思い出そうとしていたが、犬は真っ赤な舌を引っ込め、私に向かってほえた。そして、犬は橋のたもとの石杭の前で、後ろ足を上げて、いつものようにオシッコをした。それが終わると、さきほど私が歩いた橋のたもとからの道を、ゆっくり這い下りて来ると、私のそばに来て尻尾を丸め、舌を出し、ペチャペチャと水を飲み始めた。
2020.12.20
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<『ソウル-ベルリン玉突き書簡』5>図書館に予約していた『ソウル-ベルリン玉突き書簡』という本をゲットしたのです。巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡「第六信 声」で、映画の「吹き替え」が述べられているので、見てみましょう。なお、大使が洋画を観るときはいつも、「吹き替え」でなく「字幕」を選んでいます。p97~99<多和田葉子から徐京植へ> わたしが「吹き替え」に興味をもったのは日本からドイツに移り住んだ頃のことです。テレビをつけると、アニメの日本昔話に出てくるおばあちゃんや黒澤明の映画に出てくる侍がみんな流暢にドイツ語をしゃべっているのが不思議で思わず見入ってしまいました。 前から親しみを感じていた刑事コロンボが全く違った声でしゃべっているのもショックでした。コロンボの場合は、昔なじんでいた日本語の声も、今聞いているドイツ語の声もどちらも「にせもの」で、それとは別に俳優ピーター・フォークの出した英語の声があるのだと思うと、なんだか世の中が信じられなくなってくるのでした。 わたしは、顔よりもむしろ、相手の声やしゃべり方のリズムや言葉の選び方で、その人のイメージを作り上げる方ですが、同じ人でも違う言語をしゃべるとイメージががらりと変わっていまい、自分は本当にこの人をしっているのだろうかと不安になります。 ドイツに住んでいるとよくあることですが、リトアニア、フランス、フィンランドなど別の国から来てずっとドイツに住んでいる友達とは、いつもドイツ語で話をし、相手のイメージをそこから作り上げているわけです。 ところが、その人の家にいって、ゆっくりコーヒーなどごちそうになっている時に急に電話が鳴って、それがその人の家族からだったりすると急に、いつもとは全く違った声でしゃべり出したりします。しかも母語はいつも閉じられている水路を開いて、圧倒的な勢いで流れ出てきます。わたしは「この人は本当は誰だったのだろう」と一瞬たじろぎ、これまで自分が何か誤解をしていたように感じてしまうのです。 もしかしたら、わたしは犬なのかもしれませんん。アメリカの大学で働いている友達が飼っているラガという名前の犬がいるのですが、この犬は動物の孤児院からもらってきた犬で、子供の頃に特定の人にいじめられたようで、例えばロシア語を聞くと怒って激しく吠える、と飼い主は言うのです。わたしは、犬にロシア語と他の言語の区別がつくはずがないと思って、笑って聞いていました。 ところがある日、この犬を連れて散歩していると、道で大きな声でしゃべっているロシア人がいて、ラガは急に狂ったように吠え始めたのです。なだめても歯を剥き出してうなってはまた吠えるのです。ラガは知らない人に慣れるのに時間のかかる犬で、わたしにはすっかり慣れているのですが、ある時、部屋の戸を閉めて中で日本に電話いていると、ドアの外でラガが吠え始めました。ドアを開けると、すぐ吠えるのをやめて、きょとんとしています。 わたしが日本語を話しているのをそれまで聞いたことがなかったので、知らない人が部屋の中にいると思ったのでしょう。犬なのだから鼻でかぎわけてほしいようなものですが、ラガはどうやら言葉の調子で人を識別しているらしいのです。ところで映画字幕といえば・・・『映画字幕は翻訳ではない』という本がお奨めです。【映画字幕は翻訳ではない】清水俊二, 戸田奈津子著、早川書房、1992年刊<「BOOK」データベース>より1行10字、2行まで-。映画字幕の制約はまだまだある。この道50余年の著者が遺した字幕作りの真髄。【目次】スーパー字幕業誕生の記/同業10人/スーパー字幕と漢字制限/スーパー談義/文字と言葉/わが映画字幕人生/雑学大百科事典/Go and get’em!/スーパー字幕よもやま話/映画字幕あれこれ/心躍る20文字の世界/字幕談義/『オセロ』のスーパー字幕/字幕スーパーの文法/読み巧者/オン・デッキ/“フランチョー、コム・ヒア!”/男はタフでなければ生きて行けない/英会話/地下鉄/花嫁の父/アンナとミード/原田真人君のスーパー字幕改造談義/シネ英会話Lesson<大使寸評>スーパー字幕誕生のときからこの仕事に携わった清水さんのお話であるが…とにかく、映画への愛と、雑学的な薀蓄に溢れている♪そして、もちろん翻訳者としての気概も。rakuten映画字幕は翻訳ではない『ソウル-ベルリン玉突き書簡』4:ヨーロッパの景観『ソウル-ベルリン玉突き書簡』3:旅の楽しみ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』2:中国人ディアスポラ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1:漢字や東アジア人の名前()
2020.12.19
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図書館に予約していた『ソウル-ベルリン玉突き書簡』という本をゲットしたのです。巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡「第五信 光」で、ヨーロッパの景観が述べられているので、見てみましょう。p84~88<多和田葉子から徐京植へ> ベルリンに越して早くも1年4ヶ月がたちました。ハンブルグから400キロしか離れていないのに、海が少し遠くなっただけでこれほど光の具合が違うかと驚きます。ハンブルグの空には北海の光が満ちていて、そのままスカンジナビアにつながっているように見えました。 わたしが「スカンジナビアの空」と呼んでいる空は、晴れた日の冷たく澄んだ空です。冷淡なわけではないのですが、透き通っているので冷たいと感じさせるのです。特に寒くなってくると、その特徴が強まります。冬の太陽は過酷なほど鋭く、街を歩いていて、ショーウィンドウの中にある鏡に映った自分の顔を見るとぎょっとしたものです。光が肌の細胞の一つ一つを鋭くえぐり出し、むき出しにして、分析するように照らし出しているのです。 数年前、わたしはハンブルグからチューリッヒ行きの夜行に乗り、寝台に横たわって、トーマス・マンの「魔の山」を読み返していました。主人公ハンス・カストルプがハンブルグから夜汽車に乗って、スイスの療養所に向かう初めの部分を読みながら、今の自分はハンスと同じ移動をしているのだと気がつきました。ハンスは、理性的な北ドイツを離れて、スイスの山の中へ入っていくのだと思ったとたんに「故郷と秩序」を失う不安を覚えます。わたしはむしろその不安に違和感を感じました。 北ドイツが理性的だというステレオタイプは今でも通用しますが、スイスの生活条件が「貧しい」というイメージは今日はないように思います。スイスの山にもいろいろありますが、療養所のあるような場所では、文明から遠く離れた感じは全くしません。場所によっては、スイスの山の中の方が、ドイツの大都市の歓楽街よりもずっと文明を感じさせます。 文明と言っても、もちろんビルがたくさん建っていたり、舗装道路があるという意味ではありません。日本などと違って、山をやたらに削ったりドライブウェイとやらをつくったりしないので、まわりを見まわせば完璧な風景画になっているのです。けばけばしい土産屋もなく、ごみもおちていない山の中を、人の手が加えられていないように見えながら歩きやすい快適な道が続くのです。電線も車も眼に入らないように配慮されています。これが文明でなくてなんでしょう。 かなり山の中に入ったかと思うと、清楚な木造のレストランが現われ、中に入ると真っ白なテーブルクロスの上に銀のフォークとナイフが並んでいたりします。素朴そうで、実は洗練されているのです。それを見ていると、逆にまわりの樹木も空も鳥も、もしかしたらスイス人が精密にデザインしたものなのかもしれないと思えてきます。 だからと言って庭園のように規模が小さいわけではなく、広大です。4千メートル級の山々が地平線まで見渡す限り続いています。それは確かに大自然ではありますが、「文明の手の届かない場所」という幻想への不安を「闇」と呼び、それを当てはめるにはスイスは適していないように思います。 スイスの山の中には、戦争が起きたら住人全員が隠れられるだけのシェルターが作られているという神話も、スイスの山々に文明の産物、エンジニアと政治家が力を合わせて作った設備というイメージを与えているのだと思います。スイスは第二次大戦中も政治的な中立を守り、たくさんの知識人たちがスイスに逃げることができました。 もちろん、スイス銀行が匿名口座にお金を預けたまま殺されたユダヤ人たちの富で戦後潤ったことも知られていますが、それでも殺害に手を染めたのではなく、殺害から逃れてきた人を受け入れたことに代わりはありません。 北ドイツからスイスに入る時にハンスだけでなく今でも不安を感じる人がいますが、それは経済的、政治的なものではなく、光と影が直接肉体に及ぼす作用からきているようです。わたしのハンブルグ生れの友達にも、「高い山が間近に迫っていると、それだけで鬱々とした気持ちになる」と言う人が何人もいました。 わたし自身は山が近くに迫っていると期待に胸が高鳴ることはあっても気が滅入ることはありません。山脈と太洋に挟まれたところで生きるしかない日本の本州から来ると、むしろ海が近いからと言って山が遠いのは残念な気がします。海にも山にも近くまで迫ってきてほしいのです。 でもハンブルグあたりは、ひたすら平ら、北は海、あとはどちらの方角にも、数百キロ行かないと山など見当たらないので、山に光が遮られることがないのです。オランダと同じです。 『ソウル-ベルリン玉突き書簡』3:旅の楽しみ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』2:中国人ディアスポラ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1:漢字や東アジア人の名前()
2020.12.19
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図書館で『ブルータス(2020年1月号)』という月刊誌を、手にしたのです。表紙を飾るコピーが「危険な読書2020」だって。中を覗くと「危険なマンガ」があったりで・・・面白そうやでぇ♪【ブルータス(2020年1月号)】月刊誌、幻冬舎、2020年刊<「BOOK」データベース>より月刊誌につき、データなし<読む前の大使寸評>表紙を飾るコピーが「危険な読書2020」だって。中を覗くと「危険なマンガ」があったりで・・・面白そうやでぇ♪rakutenブルータス(2020年1月号)豊崎由美(書評家)と柳下殻一郎(翻訳家)が非英語圏の文学について対談しているのだが・・・興味深いのである。p32~33<閲覧注意! 非英語圏の世界文学>豊崎&柳下コンビが2年ぶりに復活。今回はイラク、ロシア、エルサルバドルなど非英語圏の文学を解剖。人間嫌いの主人公、荒唐無稽すぎて不謹慎なエピソードと、どれもマジカル。知らない文化に好奇心を刺激され、奇想天外な展開に息を呑み、異世界へ連れていかれる楽しさを脳内で体験。 豊崎:前回も『地図と領土』や『服従』で登場した名だたる危険な作家、フランスのミシェル・ウエルベック。今回は柳下さんから新作が。柳下:最近アンチヒューマニズムの文学史みたいなことを考えています。近代文学って人間賛歌の文学だけど一方でそれを嫌悪するような文学もあって、その現在形がウエルベックじゃないかと。『セロトニン』では、46歳の中年男が性的な未来を失い、何も楽しいことがないから過去に付き合っていた女の子との良い記憶だけを掘り返し、ひたすら反芻している。この男が本当に自己中心的でひどいやつなんですが、なぜか憎めない。 豊崎:ウエルベックの描く主人公の男は偏見に染まっているんですよね。もちろんわざとですが。柳下:彼は手に入らなかったロマンティックな恋愛に延々と憧れていて、そのあたりが意外とロマンティスト。絶望して人間嫌いになるというのは、実は一方で希望を抱いているんですよね。豊崎:人間に期待しているからこそ、裏テーマにフランスの農業危機を持ってきている。人間嫌いに見えてちゃんと心配しているところに彼の可愛げを感じます。アンチヒューマニズムといえばイアン・バンクス。『蜂工場』は、初訳された1988年は日本がバブルの真っただ中で、話題にならなかったものの、それから約30年経って改訳が出たのは、この小説世界に日本の現実が追いついたのかもしれません。 厳密にいえば、英語圏ではあるのですが、スコットランドの小さな島で父親と暮らす16歳のフランクは、島のあちこちに「生贄の柱」を立てたり蜂で未来を予想したりして、とても呪術的な世界に生きている。けれど精神失調だった兄が病院を脱走して、ときどき彼に「お前に近づいているぞ」と電話をしてくる。そして大惨事が!という話。 暗黒神話的世界の常識からかけ離れたインモラルな思考の下で、自由に独創的に生きている姿がこの閉塞的な実社会の中で読んでいると、不気味というよりも何だか羨ましく思えてきます。柳下:初訳当時、彼はSF作家だという触れ込みだったのに、ホラーっぽくて呪術的な小説だったからSFファンにも受け入れられなかったんですよね。 次はイラクから難民となってフィンランドに逃れたハサン・ブラーシムの『死体展覧会』。内戦が長く続くイラクを舞台にした短編集で、戦時中に敵の宗派の人間を殺し、その首を派手に展示するアーティスト集団の話や、戦場から送られてきた美辞麗句だらけの手紙を掲載する軍の機関紙の編集者の話などどれも残酷。 でもこの本全体がただ残酷さを告発するのではなく、戦時中に虫けらのように殺された死んでいった人々の声を聞き取ろうとしている。その作家の行為に胸打たれます。これこそ文学の役目じゃないかと。ウーム インモラルでホラーっぽくて呪術的な小説・・・確かに危険なテイストでおますな。『ブルータス(2020年1月号)』1
2020.12.18
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図書館で『ブルータス(2020年1月号)』という月刊誌を、手にしたのです。表紙を飾るコピーが「危険な読書2020」だって。中を覗くと「危険なマンガ」があったりで・・・面白そうやでぇ♪【ブルータス(2020年1月号)】月刊誌、幻冬舎、2020年刊<「BOOK」データベース>より月刊誌につき、データなし<読む前の大使寸評>表紙を飾るコピーが「危険な読書2020」だって。中を覗くと「危険なマンガ」があったりで・・・面白そうやでぇ♪rakutenブルータス(2020年1月号)編集者の森永博志さんが好きな本を自分で装丁したお遊びであるが・・・とりあげた16冊が興味深いのである。p48~49<勝手に自家装丁本:森永博志> ずらり並んだ16冊、この中の1冊でも知っている人はいないはず。なぜなら、これは編集者の森永博志が、気に入った本の装丁を自らの手でカスタマイズした、いわゆる「」だからだ。完成形としての本を再構築する意味はどこにあるのか? その動機と方法論について。1:元は落合信彦『21世紀への演出家たち』(1984年)。「落合さんの本はジャーナリズムにエンターテインメントが入るから面白い」2:澁澤龍彦『マルジナリア』(2015年)。「澁澤龍彦は神だよね。当時の装丁とかは触れられないけど、これはペーパーバック版だから(笑)」3:田中小実昌『コミマサシネノート』(1078年)。「映画にまつわる“日常”の話に親近感を覚える」4:チャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(2007年)。「読んでワイルドだなって思った感覚をそのまま装丁にしてみた。ちなみにブコウスキーは『詩人と女たち』とか中川五郎の翻訳が最もいいよね。感覚が合ってるんだと思う」5:カルヴァン・トムキンズ『マルセル・デュシャン』(2003年)。「デュシャンは作品もすごいけど、言っていることがすごい。“ものはすべて薄くなっていく”とか、予言力があるね」6:アルチュール・ランボー『ランボー詩集 新編』(1992年)。「放浪と詩を学んだ本。彼はエチオピアで武器商人やってて、レミントン銃2000丁売ったらしい。詩人と言うより冒険商人だけど、その頃もかっこいいね」7:フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1977年)。「これはお馴染み、SFの必読書だよね。デニムの縫い込みとかはニール・ヤングの影響かも」8:タイムライフ編『有名人殺人事件』(1995年)。「有名人の殺人事件を集めた本。超一級の犯罪ドキュメント」9:ヘミングウェイ『老人と海』(2003年)。「文体と描写がすごくて本当に引き込まれる。海外小説の中で一番好き」10:村上春樹『村上春樹全作品1990~2000第1巻短編集1』(2002年)。「村上春樹は初期がいい。『羊をめぐる冒険』までは特にいい」11:色川武大『小説 阿佐田哲也』(2017年)。「彼に習ったのは“人生は7勝8敗でいいこと”。1敗でちょっと足りないと知恵を働かせるからね」12:ジャック・ケルアック『路上』(1983年)。「この本はいつの時代にとっても必読書だよね。“路上”からすべてが学べる」13:山田風太郎『人間臨終絵図』(1986年)。「人間の死が描かれる、その瞬間のドラマ。ドクロのワッペンは沖縄で買ったもの」14:アンディ・ウォーホル『ウォーホル日記』(1997年)。「彼のおかげで『日常』の中から生まれてくるアートがあると教えられた。無人島に持っていきたい本」15:最後の2冊は自分の著作をカスタマイズ。森永博志『原宿ゴールドラッシュ』(1986年)。16:『ドロップアウトのえらいひと』(1995年)。「自分の本もやっちゃう。時代に合わせて、今の気分だとこういう装丁だなって感じで」ウーム 装丁は見るべきものがないのだが、選んだ16冊は危険というか、興味深いのでおます。
2020.12.18
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図書館で『短編小説のレシピ』という新書を、手にしたのです。阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。【短編小説のレシピ】阿刀田高著、集英社、2002年刊<「BOOK」データベース>より八百編もの短編小説を生み出してきたマエストロがみずから解説・案内する、短編小説の醍醐味。短いだけに、あらゆる技法を駆使した作品は、おもしろさも多彩。小説作りの源泉と技をも教えてくれる。向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、夏目漱石、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポーなど十人の作家の、名作やユニークな作品を具体例として選んで特徴を解説し、短編の構造と技法に迫る。短編小説をより楽しく読むためにも、また書くためにも役立つヒントが満載。<読む前の大使寸評>阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。rakuten短編小説のレシピ「第2章 向田邦子」で短編ハウツウを、見てみましょう。p38~42■映画からストーリーを学んだ 向田邦子は昭和4年(1929)に東京で生まれた。長女(第1子)であった。小説家の仕事をながめるとき、いつごろ生まれて、どんな時代を生き抜いたか、この知識は大切だ。そういう事情とほとんど無縁な作家もいないではないが、生きた時代を知れば見えてくるものがあるのが一般である。 私小説の書き手なら当然のことだし、向田邦子は私小説の書き手ではなかったけれど、私的な事情が作品の中に、作品の背景に色濃く宿っているタイプの作家である。 太平洋戦争が始まったときに12歳、終わったときが16歳、多少のずれがあるにせよ、おおむね戦時中は旧制の女学校に在学している。敗戦直後のあわただしさの中で実践女子専門学校に入学し昭和25年に国語科を卒業、今でこそ女性の高等教育など珍しくもないけれど、往時の社会情勢を考えれば、かなりの知的エリートである。 国語の先生がやれるくらいの教養、といえば当らずとも遠からず。が、向田はその道へは進まず、細かい心情は知るよしもないが、映画雑誌の記者となった。 昭和20年代、映画はもっとも輝かしい娯楽であり、文化であった。とりわけ堰を切ったように輸入・公開された欧米映画は、多くの大衆に今までしらなかった世界を伝えるほとんど唯一の存在であり、憧れの的であった。まったくの話、今日に繋がる日本人の文化・娯楽・風俗は伝統的なものを除けば、ほとんどがここから始まった、と言っていいだろう。みんなが映画を観て、熱心に感想を語りあっていた。恋愛のやりかただって、…ふーん、こんなふうにするものなのか… 少なからずスクリーンからまなんでいた。…キスって目を閉じてするものなのか… と、実技についても思いを馳せていたはずである。向田邦子が、この時期に映画雑誌の記者であったという事実は、彼女の資質に大きな影響を与えたにちがいない。 新しい時代の考え方、生き方…。しかし向田の代表的なエッセイなどを読めばおのずと見えてくるように、彼女の育った家は、家父長制の強い、戦前戦中のしつけを守っていたようだ。出来のよい長女は、自由な気配に触れても軽薄なまで“飛ぶ”ことにはけっして与しなかった。そのせいかどうか向田の作品には今では少し旧弊となった倫理観が見え隠れしている。 が、むしろここで特筆すべきは、向田が映画雑誌の記者という仕事を通して、数々の日常的なストーリーに触れたということではあるまいか。閉塞した社会とちがって自由な社会にはいろいろなストーリーがある。映画を仕事として考え、娯楽として楽しむうちに、いつしかそのノウハウを感知し、…このくらいなら書けるかしら… 能力が培われ、開花へとむかったのではなかろうか。■シナリオ・ライターから小説家へ まずシナリオの執筆から入った。後年に向田自身が書いたエッセイによれば、 学校を出てから、私は、ある出版社に勤め、映画雑誌の編集の仕事をしていたが、なんとも月給が安いのである。当時、私はスキーに凝っていた。冬になると、お小遣いが足りなくなる。そんなときに、 「テレビの脚本を1本書くと1日スキーにゆけるよ」 と、番組を紹介されたのである。 スキーにゆきたさに見よう見真似で書いた1本が、多分、脚本がなかったのだろう、採用されたのだ。生まれて始めて頂いた原稿料で、私は蔵王に出かけた。帰ってきてもう1本書いて白馬へ…。 私は、至って現実的な人間で、高邁な理想より何より、毎日が面白くなくては嫌なタチである。勤めはじめて7年目。ぼつぼつ仕事に馴れてあきて、スキーでうさばrしをしていたのだが、その資金かせぎで始めたアルバイトが段々と面白くなってしまったのだ。 結局、ミイラ取りがミイラになる形で、3年間の兼業ののち会社をやめて、ペン1本で食べることにしたわけである。(中略) 途中、週刊誌のルポライターやラジオなど、寄り道もしたが、8年前からテレビだけに切りかえて、かれこれ500本に近いドラマを書いてきた。 と、シナリオ執筆の動機をあかしている。多少の韜晦はあるにせよ、ほとんど事実と信じてよいだろう。折りしもテレビの全盛期を迎え、向田は間もなく第一線のシナリオ・ライターとなったが、この国においてシナリオ・ライターのステータスはけっして高いとは言えない。ほとんどが使い捨ての状態である。ここではその弊を説くゆとりはないが、向田の中に、…小説を書こうかしら… という思いが募り、それを勧める声も高まって、いよいよ本格的に小説の執筆に乗り出す。 すなわち、誌に昭和55年2月号から始まった連作短篇であった。このシリーズは翌56年の2月号まで13作を数え、一書となって向田邦子の代表作となっているのは大方がご存知のことだろう。 連載が始まって5ヵ月ほどたったころ、まだシリーズの途中であるにもかかわらず、そのときまでに発表されていた3編が直木賞の候補となり、第83回の受賞を勝ちとる。選考委員の評価は充分に高いものであった。『短編小説のレシピ』2:長編と短編の違い『短編小説のレシピ』1:第8章 R・ダール()
2020.12.17
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図書館で『ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)』という雑誌を、手にしたのです。この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)【ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)】雑誌、新潮社、2020年刊<商品レビュー>より特集はラノベ日本書紀。一時話題になったラノベ古事記の著者・小野寺優氏の歴史書ノベライズシリーズ。なんとなし興味はあったがわざわざ読むまでも...と思っていたが、これがわかりやすいのが意外。学校で習ったかも知れないが、もはや覚えてはいない建国物語が、令和の口語体として執筆されている。ただそれが今風すぎて...というわけでもない。<読む前の大使寸評>この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)rakutenラノベ日本書記(芸術新潮2月号)日本書紀のQ&Aの続きを、見てみましょう。p19ここが知りたい日本書紀1:遠藤慶太Q:どこまでが歴史的事実なの? 30巻を眺めてみると、当然すべてが同じ性格をもっているわけではありません。神話の部分は史実かどうかを問うこと自体ナンセンスですし、天武天皇以降は官報をそのまま写したかのようなドキュメンタリーになっていて、信憑性はかなり高まる。ただ4世紀ころですと『日本書紀』くらいしか残っている資料がないので、どこまでが作り話でどこからが事実かを識別するのは本当にむずかしい。 私はよくフグに喩えるんですけれど(笑)、どこまで食べられるかの判断は調理人(=研究者)によって違うんです。もっとも文学研究の方面からは、事実かどうかということにこだわるのは野暮だという批判もあります。書物の数だけ「古代」はあるのだと。 ちなみに現在、『古事記』は文学、『日本書紀』は歴史学というふうになんとなく棲み分けができていますが、これも本来意味がないことだと思います。 また、『日本書紀』は天皇家や藤原氏の都合のいいように事実が捏造・改竄されている、などと言われることもあります。しかし、それはどうでしょう。私は『』は完成後の講義(日本紀講)を前提に編纂されたと考えています。 多くの氏族に資料を提出させ、完成後は彼らを前に読み上げることが決まっているとあれば、いかに勅撰といえどもそう好き勝手できなかったのではないでしょうか。Q:同時期に『古事記』が編纂されたのはなぜ? 難問ですが、私は読者層が違うからだと思います。『古事記』は後宮の女性の読み物だとか、宮廷の中だけで読まれたとかさまざまに言われますが、それらの想定に共通するのは読者が限られているということ。たしかに『古事記』はわずか3巻ですし、和文脈で読みやすく、内容も非情にシンプルにまとめられていますから、この考えは妥当だと思います。 一方、『日本書紀』が対象とする読者はもっと広く、先ほど言ったような地方の氏族も含まれています。分註を用いて両論併記にせざるを得ないのは、結局は気を遣わねばならない相手が多いからなんですね。 講義で読み上げられたときに、なんでうちの伝承が採用されていないんだ、ということになると困るわけです。とくに神話は裏付けがとれませんから、異説だらけになってしまったのでしょう。 そういうわけで、歴史書の編纂事業は、最初から意図していたかは別として、官僚たちの間で共有される公式の歴史書=『日本書紀』と、限られた人々の間で共有される歴史物語=『古事記』という2本立てになったのではないでしょうか。Q:どのように読み継がれていった? 日本紀綱は平安時代には朝廷の恒例行事となって、康保2年(965)までおよそ30年ごとに開催されていました。そのため『日本書紀』は原本こそ残っていないものの写本は多数あり、もっとも古いものは断片ではありますが平安初期(9世紀)に遡ります。『古事記』の最古の写本は南北朝時代(14世紀後半)ですから、その差は歴然としていますね。 日本機構が絶えてからはその読みは学者の家で受け継がれ、中世には「日本紀の家」とも称される卜部(うらべ)氏を中心に、原文はもとより古代から受け継がれた読みや解釈などもあわせて書写・伝承されてゆきました。 写本に朱などで記されたおびただしい訓点は、『日本書紀』が尊重され、読み継がれてきた証といえます。そんなふうに、成立以来日本の古典の第一の地位を占めていた『日本書紀』ですが、江戸中期、日本古来の言葉を重視した本居宣長の登場によって、その座を『古事記』に譲り渡すことになります。『古事記』人気は1300年の歴史の中で250年足らずのことなんですね。ウン 漢字、漢文という乗り物を使用して、歴史的書物を伝承したという側面もあったわけだ♪『ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)』2:Q&A1『ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)』1:古事記と日本書紀の違い
2020.12.17
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図書館で『ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)』という雑誌を、手にしたのです。この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)【ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)】雑誌、新潮社、2020年刊<商品レビュー>より特集はラノベ日本書紀。一時話題になったラノベ古事記の著者・小野寺優氏の歴史書ノベライズシリーズ。なんとなし興味はあったがわざわざ読むまでも...と思っていたが、これがわかりやすいのが意外。学校で習ったかも知れないが、もはや覚えてはいない建国物語が、令和の口語体として執筆されている。ただそれが今風すぎて...というわけでもない。<読む前の大使寸評>この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)rakutenラノベ日本書記(芸術新潮2月号)日本書紀のQ&Aを、見てみましょう。p19ここが知りたい日本書紀:遠藤慶太Q:『日本書紀』ってどんな書物? 日本最初の「正史」=「公式な歴史書」で、『日本書紀』の完成を時の元正天皇に奏上する記事が、2番目の正史である『続日本紀』にあります。 「これより先、一品(の位にあった)舎人親王が天皇の命令をうけたまわり、日本紀を編纂なさった。ここに至って完成し、紀30巻、系図1巻を奏上なさった」というのがそれで、いまからちょうど1300年前の養老4年(720)5月21日のこと。 ここに記されているとおり全30巻が伝わりますが、系図1巻は速いうちに失われてしまいました。また記事には「日本書紀」ではなく「日本紀」とあります。どちらの名称が正しいのか、あるいは同じものを指すのかという議論が昔からあるのですが、私は両者は同じもので、当初からふたつの名称があったということでよいのかなと思っています。 30巻のうちはじめの2巻には神話が記されています。第3巻以降は、初代神武天皇から第41代持統天皇まで、皇后1人を含む計40人の事績が、その治世ごとにまとめられています。天皇ごとに区切って編年(年代の順)で記述していくスタイルは中国の歴史書の「紀」の部分に倣ったものと考えられます。 ただし神代を設定し、氏族や地域の伝承を取り込んだこと、また系図をつけたのは、『日本書紀』独自のものでした。神話は天皇家の成り立ちを記すとともに、氏族のアイデンティティを示す役割を担っており、当時の人々の“いま”につながる重要な歴史の一部だったのです。 天皇ごとのまとまりは「神武紀」「仁徳紀」のように、「紀」と呼び習わされています。その冒頭には、天皇の実名や宮のあった場所、在位年数、后妃、陵墓の場所など「即位前期」と呼ばれる基本事項が置かれ、つづいて出来事が起った順に記されます。 文章はすべて漢語漢文で、いまの私たちには難解ですが、当時の人だってスラスラ読めたわけではありません。完成の翌年には「日本記講」という官僚向けの講義の場が設けられており、これは中国語で書かれた『日本書紀』を和語でどのように読むかをレクチャーしたものと考えられます。Q:誰がいつ何のために作らせたのでしょう? 編纂の直接のスタートは、『日本書紀』にある天武天皇10年(681)の詔に遡る、と私は素直に考えています。「天武天皇は川嶋皇子、忍壁皇子以下臣下らを大極殿に集め、帝紀と上古の諸事を記録させた。大嶋・子首がみずから筆を執って記録した」というくだりですね。 この年、天武は歴史書とともに律令の整備も命じています。律令と歴史書、中国ではこの2つを備えてはじめて独立した国家と見なされていましたから、それらを作るということは、日本が自立した国家であるという表明だったのでしょう。完成後、遣唐使が唐に持って行ったという人もいますが、確証はありません。 その後、完成までに39年もの歳月を要しているのは、最初の公式な歴史書を作るという作業がいかに大変だったかを物語っています。持統天皇5年(691)に、18の古代氏族に「墓紀」(家の歴史や記録)を提出させたとあるように、さまざまなところから資料を集め、それら先行する歴史記述や古い伝承などを編纂メンバーが検討するという作業を経たと考えられます。 『日本書紀』は、著者を誰か特定の人物に帰するような性格の書物ではありません。これは『日本書紀』を理解する上で重要なことだと思います。『ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)』1()
2020.12.16
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図書館で『ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)』という雑誌を、手にしたのです。この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)【ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)】雑誌、新潮社、2020年刊<商品レビュー>より特集はラノベ日本書紀。一時話題になったラノベ古事記の著者・小野寺優氏の歴史書ノベライズシリーズ。なんとなし興味はあったがわざわざ読むまでも...と思っていたが、これがわかりやすいのが意外。学校で習ったかも知れないが、もはや覚えてはいない建国物語が、令和の口語体として執筆されている。ただそれが今風すぎて...というわけでもない。<読む前の大使寸評>この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)rakutenラノベ日本書記(芸術新潮2月号)古事記と日本書紀の違いを、見てみましょう。p32~36神話でくらべる古事記と日本書紀:三浦佑之 養老4(720)年、舎人親王から天皇に奏上された『日本書紀』は、律令国家の正史として編まれた歴史書であった。それは、中国の歴史書にならうかたちで『日本書』として完成するはずの正史の一部「紀」であった(「紀」は編年による天皇の記録をいう)。 中国の歴代王朝の正史は、おおむね「紀・志・伝」の三部によって構成され、皇帝の記録である「紀」のほか、当該王朝における政治・経済・祭祀・音楽・地理などの同時代記録である「志」、その時代に功績のあった人物について記した「伝」などが備わっている。 中国の律令制度を取り入れて国家の枠組みを作ったヤマト王権は、中国の歴史書を手本として国家を支える精神的な根幹となるべき「紀・志・伝」のそろった『日本書』の編纂をめざしたのである。 なぜなら、権力の基となる「法」だけでは、人びとを国家に従属させることはむずかしいからである。そのために、『日本書「紀」』の成立後も、「志」と「伝」を編む試みは続けられ、その痕跡はさまざまに遺されている。しかし、完成にまでは至らず、日本では天皇の事績=「紀」のみの歴史書が国家の正史として後代に受け継がれることになった。 それに対して古事記は、描かれている内容や性格からみて、律令的な歴史認識とはまったく相いれない書物ではないかと思う。冒頭に置かれた「序」には、天武天皇が自らか建った伝えを稗田阿礼が記憶し、その語りを元明天皇の命令を受けた太安万侶が記録し、和銅5(712)年に献上したと記されている。 しかし、わたしは以前から、この「序」は9世紀初めにつけられたもので、偽書だと主張している(三浦『古事記のひみつ』吉川弘文館など)。ところが、国文系の研究者も歴史系の研究者も、ほとんどが日本書紀も古事記もどちらも律令国家が編纂した歴史書だとみなし、「記紀」という呼称で両書を並べて取りあげる。 それが、近代における古代文学・古代史研究に大きな弊害をもたらした元凶のひとつだとわたしは考えるのだが、では、日本書紀と古事記とでは何がどのように違っているのか。神話に即して具体的に比較してみたい。(中略) 日本書紀も古事記も、語られている神話の枠組みは共通する。イザナキとイザナミが結婚して大地や神がみを産み成したあと、高天の原を統治することになったアマテラス(天照大神)を主宰神とする「天つ神」グループが、地上を統一したオホクニヌシ(大国主神)を頭領とする「国つ神」一族を制圧し、その後に地上に降臨したアマテラスの孫ニニギとその子孫が、地上での結婚をくり返して初代天皇となるカムヤマトイハレビコが生まれるという展開をとる。 日本書紀の場合、初代天皇カムヤマトイハレビコ(神武天皇のこと)から始まる天皇の地上統治の正統性を保証するために、その前に神話が配されているというのは明らかである。そして、天皇家以前に地上を支配していたというオホクニヌシ一族の神話を排除することで、地上にはじめて誕生した王を語ろうとしたと考えられる。 その唯一の王としての天皇の歴史を語るために、古事記が大きな分量を占めて語っていた地上の王者オホクニヌシの物語、具体的に言うと、オホナムヂ(オホクニヌシの幼名)の成長物語、ヤチホコ(オホクニヌシの別名)と女たちをめぐる物語や国作りなど地上の繁栄物語を日本書紀はほとんど切り捨てたのである。ちなみに、先日放映された日本誕生 知られざる物語 日本書紀1300年は漢字で書かれた日本書紀に着目した点が興味深いのです。()
2020.12.16
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図書館に予約していた『ソウル-ベルリン玉突き書簡』という本をゲットしたのです。巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡「第三信 旅」で、旅の楽しみが述べられているので、見てみましょう。p40~43<徐京植から多和田葉子へ> 多和田葉子さま。厳冬の2月に中国吉林省の延辺朝鮮族自治州を旅してきました。龍井という辺境の都市を歩き、パウル・ツエラーンが育ったヴコヴィーナはこんなふうだったのかな、などと連想しましたが、その話はまたいずれ。私はこれからウィーンに向かうところです。ヨーロッパはもうすぐ復活祭ですね。人々が冬ごもりから出て動き始める時期です。あなたもどこかに旅されるのでしょうか? 人間には二種類あるようです。時刻表や地図を好む人間と、そうでない人間。私はあきらかに前者ですが、あなたの『容疑者の夜行列車』(青土社)という作品、とくに「グラーツへ」を読んで、「この作者は自分の同類かも」と思いました。 時刻表や地図が苦手な人間には、ああいう作品は書けません。松本清張の『点と線』以来、日本には「時刻表文学」とも呼ぶべきジャンルが存在してきましたが、あなたは、意図せざるその継承者かもしれませんね。 私がヨーロッパ旅行で鉄道をよく利用したのは1980年代のことです。トマス・クックの時刻表を飽くことなく研究し、少しでも安上がりで、面白そうな経路を選ぶことに腐心したものです。そのプロセス自体が、すでにして旅の重要な構成要素でした。 ところが近年では、コンピューターが出発地と目的地の二点を効率的に結ぶ経路を自動的に表示してくれるので、鉄道職員もただのコンピューターの番人になり下がってしまいました。 「グラーツへ」に、「あなた」がドナウエッシンゲンの駅で偶然出会った中年男女の描写があり、この二人は年に一度、音楽祭の時にだけ密会する愛人同士ではないかと心の中で「勝手な物語」を織る、という記述がありますね。私にも、旅に出て見知らぬ異国の人々を眺めながら、さまざまな「勝手な物語」を楽しむ性向があります。 今回のウィーンの宿は三年前の夏に泊まった同じホテルに決めてあります。ウィーン大学に近く、ブルク劇場や国立歌劇場にも歩いて行ける圏内です。ホテル近くのパッサージュにしゃれたイタリア料理店があって、そこの中庭で昼食をとっていた時、一組の男女が隣の席につきました。 男性は70歳前後、白髪で額が広く、頬の皺は深く、ひどく偏屈そうな暗い目をしています。女性は50代半ばというところ。赤みがかった髪で、口紅が少し赤すぎ、目つきはきびしく、ニコリともしません。小説家と編集者でしょうか。いや、離婚した小説家と元担当編集者のカップルかもしれません。 事実がどうあれ、これは「勝手な物語」なのですから、そういうことにいておけば良いのです。 二人は目の前の食事などに気をかけず、会話に没頭し始めました。ドイツ語ではなく、どこか東欧の言葉です。もちろん私には理解できませんが、昨晩見た芝居の批評か、新作長編小説の構想か、とにかく何か知的なテーマのようです。 いかにも一家言ありげな男性に対して、女性は少しも遠慮したり媚びたりする様子がなく、一歩も退かないという印象です。しかし、決して声を高くしたり、相手の話を遮ったりすることもありません。そのたたずまいが、私のイメージするウィーンという都市に、あまりに似合っているのです。食事を終えて立ち去る二人を、芝居の幕が下りるような惜しい気持ちで見送りました。 ところが翌朝、朝食をとりに食堂へ降りると、昨日の男女がいるではありませんか。同じ宿だったのです。目が合ったら言葉を交わそうと思いながら、彼らの隣に席をとりました。しかし、入れ替わるように二人は籍を立ち、その瞬間、赤い髪の女性が卓上のジャムの小瓶を三つ四つハンドバックに押し込むのが目に入ったのです。 こういう場合の礼儀として私は眼をそらし、その間に彼女はさっさと出て行ってしっまいました。悪い印象をもったのではありません。むしろ、この第二幕のディテイルによって、「勝手な物語」に、エロティックと言いたいほどの生々しい実在感が付け加えられたのです。 私の気持ちを見抜いたように、ウェイターが歩み寄って来て低い声でささやきました。「いまのお二人をご存知ですか?」いいや、と首を振ると、「ポーランドの高名な小説家と、そのご夫人ですよ」と言ったのです。 驚いたことに、私の「勝手な物語」はピタリと的中していたのでした。三年後の今年も同じホテルにしたのは、ちょっとばかり、第三幕を期待しているからです。旅に出る、というのは、そういうことだと思いませんか? ところで、今になって告白しますが、私は密輸行為をしたことがあります。40年前のことです。1966年の夏、高校1年生だった私は生まれて初めて日本の外へ旅行しました。韓国政府が後援する「在日僑胞学生母国夏季学校」という団体行事に、大学生だった次兄とともに参加したのです。数十人の在日朝鮮人学生(韓国籍)が、2、3週間の合宿生活で母国語教育と反共教育(いずれも「国民化」の必修科目ですね)を受け、公式行事終了後は現地解散、自由行動という日程です。 私たちは下関に向かう夜行列車に乗り込みました。そこから船で釜山に渡るのです。夜が明けて下関到着が近くなった頃、兄が私を呼び、5、6個の腕時計を手渡しながら言いました。 「これ適当に隠しておけ。税関に見つかると税金を取られるかもしれないからだ。靴の中とか、パンツの中とか、どこでもいい。お前はまだ子どもだから役人もけいかいしないだろう。もし厄介なことになったら、おれが助けてやるから」 私はひどく当惑しましたが、兄に臆病者と思われるのがイヤで、しぶしぶ腕時計を受け取りました。初めて祖国を訪問するのですから、親戚たちに会うことになります。当然、手ぶらというわけにはいきません。しかし、高価なお土産を買いそろえるほど豊かなわけではないし、重いものや大きいものは運ぶのが大変です。そこで兄が知恵をしぼって、質流れの中古腕時計を買い集めたのです。私は夜行列車の便所に隠れて、麻薬でも隠すように、両足の靴下に腕時計を隠しました。(長くなるので後略)『ソウル-ベルリン玉突き書簡』2:中国人ディアスポラ『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1:漢字や東アジア人の名前
2020.12.15
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図書館に予約していた『ソウル-ベルリン玉突き書簡』という本をゲットしたのです。巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡「第二信 名前」で、中国人ディアスポラが述べられているので、見てみましょう。p34~37<徐京植から多和田葉子へ> 私の知人にアダム・Zという人がいます。正確に言うと、私の知人である日本人女性のパートナーです。彼の姓は中国人らしいものですが、ここではいちおうZとしておきましょう。彼の母親はインドネシア生れの華僑でしたが、戦後の一時期インドネシアで華僑排斥の動きが高まったため中国に帰還し、彼の父親と結婚しました。 父親は科学者でしたが、文革の際に下放されて苦労し、一家で香港移住を決めたそうです。そのため、彼は中国で生まれ、香港で育ち、高等教育はイギリスとアメリカで受けることになりました。アメリカ国籍と香港の市民権とを持ち、日本人と結婚し、イギリスの大学に勤務しています。 彼はもともと中国的な名を持っていたのですが、アメリカ国籍を取得する際にアダムと改名したのだそうです。ある時、彼に尋ねました。「どうしてアダムにしたの?」彼の答えはこうでした。 「うん、それが最初の名だからね」 その瞬間、私は感慨に撃たれたものです。アダムとは言うまでもなく旧約聖書「創世記」に現れる、最初の人間の名です。そのあばら骨からイブという名の女がつくられ、アダムとイブは禁断の木の実を食べて楽園を追放されます。 つまり、中国出身の彼は、故郷の共同体を去り、アメリカ合衆国というユダヤ・キリスト教的文化圏への門をくぐるという行為の象徴として、この「最初の名」を選んだのだ! ところが、そう考えた私がこの感慨を告げると、彼は笑って首を左右に振りました。 「いいや、当てずっぽうに英語の辞書を開いたら、この名が最初に出てきたんだよ。」 なるほど、アダムという名の頭文字はAで、おまけに次の字はdですからね。私はまた感心してしまいました。つい先ほどまでの思い入れとは正反対の方向で感心したのです。彼らチャイニーズ・ディアスポラは名前なんかにはまったく執着していないのだ。名前など、彼らにとってまったく実用的な記号に過ぎない。さすがにディアスポラの大先輩だ! 実は、この話にはまだオチがあります。今回、この話を書いていいかどうか承諾をもらうためアダムのパートナーに連絡をとったところ、こんな返事が来ました。「あの話には誇張が入っていたようです。彼の、こういうことに関する記憶と語りがブレること自体おもしろい現象だなあと私は思っています」 彼の冗談をいちいち大真面目に受け取って右往左往していた私がナイーブすぎたということでしょうが、しかし、真相がどうであるかは、あまり問題ではないと私は思っています。そういう当意即妙の冗談が言えること、冗談で自分自身を笑いながら、実は私たちに浸透している固定観念そのものを笑うことができること、それこそがディアスポラ的だと思うからです。『ソウル-ベルリン玉突き書簡』1
2020.12.15
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海外の文学賞に詳しい都甲幸治・早稲田大教授(米国文学)によると、英語圏の翻訳文学の賞では英国のブッカー国際賞と並んで注目度が高く、多和田さんは受賞(2018年受賞)をきっかけに大きく評価が高まった。「日本語で書く女性作家のレベルが非常に高いということだと思う。柳さんの作品も世界中で広く読まれるようになるのではないか」と話す。・・・とのこと。で、この際、柳さんの作品を集めてみました。・復刻「JR上野駅公園口」(2020年復刻)(「JR上野駅公園口」は2014年刊)・沈黙より軽い言葉を発するなかれ(2012年刊)・8月の果て(2007年刊)・言葉のレッスン(1998年刊)***********************************************************************<復刻「JR上野駅公園口」>このたび、柳美里さんの「JR上野駅公園口」が全米図書賞・翻訳文学部門を受賞しました。…で、以前この小説についてブログで取りあげていたので復刻します。***********************************************************************<JR上野駅公園口>図書館で『JR上野駅公園口』という本を手にしたが・・・・この小説の主人公はJR上野駅付近で暮らすホームレスの男性のようである。大使は転勤で2年間、東京暮らしをしたことがあるので、JR上野駅付近は土地勘もあり懐かしいのです。柳美里さんのエッセイなどは読んだことがあるが、小説を読むのは初である。、毎度のことではあるが・・・虐げられる者、ハンデキャップを持つ者に寄り添う柳さんのスタンスがいいではないか。【JR上野駅公園口】柳美里著、河出書房新社、2014年刊<「BOOK」データベース>より東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのため、上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国をー。構想から十二年、柳美里が福島県に生まれた一人の男の生涯を通じて“日本”を描く、新境地!<読む前の大使寸評>著者は南相馬市のFM放送で週一回のパーソナリティを務めているそうである。毎度のことではあるが・・・虐げられる者、ハンデキャップを持つ者に寄り添う著者のスタンスがいいではないか。rakutenJR上野駅公園口***********************************************************************<沈黙より軽い言葉を発するなかれ>図書館で『沈黙より軽い言葉を発するなかれ』を手にしたが・・・柳美里さんの対談相手が、映画人やジャーナリストたち、層層たるメンバーであることに驚いたわけです。【沈黙より軽い言葉を発するなかれ】 柳美里著、創出版、2012年刊<「BOOK」データベース>より第1部 3.11以後の表現と表現者(震災と向き合うための「詩」の解体(和合亮一)/原発事故と「閉鎖的共同性」(岸田秀)/3.11後の「日常」と「非日常」(岩井俊二)/作品に描かれた「性」と「死」(山本直樹))/第2部 ノンフィクションとフィクションの間(フィクションだからこそ本当のことを(原一男)/死者に向けて書くということ(佐藤優)/テレビ界の閉塞と女性キャスター(今野勉)/書くという仕事と演じるという仕事(寺島しのぶ))<大使寸評>対談した映画人やジャーナリストたちと核心を突いて話す柳美里さんであるが・・・その幅広い知見と、過激とさえ思える洞察に驚きました。被災地つながりで知った岩井俊二の全作品(30作くらい)を観たそうだが、過激な人なんでしょう(笑)また、佐藤優氏との対談は、お二人ともメディア・バッシングを受けたということでマッチメイクされたようだが・・・自著『オンエア』でテレビ界の閉塞を描いて、きっちりとお返しするなど、感度良好というか、過激な人である。柳さんの『命』が戦後初の発禁本となる判決を受けたように、することなすことがいちいちお役所の疳に障るのは、柳さんがお役所の偽善や落ち度を突いているからでしょう。福島県の被災地など、常に核心の現場にたち現れる柳さんの、その素晴らしい感度が、ええでぇ♪なお、この本は、『創』の篠田博之編集長の編集方針により刊行されたようです。rakuten沈黙より軽い言葉を発するなかれ***********************************************************************【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>この本は、かなりぶ厚いことを知っているので、なかなか図書館予約できないでいる。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て***********************************************************************<言葉のレッスン>柳美里さんの本は、韓国や在日関連のものを読んだことはあるのだが・・・図書館で借りた『言葉のレッスン』がええでぇ♪エッセイ集なんだが、なかなか切れ味が鋭いエッセイだと思った次第です。【言葉のレッスン】柳美里著、朝日新聞出版、1998年刊<「BOOK」データベース>より小説、映画、新聞、ひとの話など印象に残った言葉をひろい集め、出逢ったひとや出来事のなかで人生の断片を描く。言葉と対峙するエッセイ。<大使寸評>各エッセイの冒頭に1ページ割いて、先哲の言葉を載せるという構成となっています。これは『ほんの数行』に似た構成であり、なかなか趣きがあるのです。rakuten言葉のレッスン
2020.12.14
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図書館で『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』という本を、手にしたのです。牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。【牧子、還暦過ぎてチューボーに入る】内館牧子著、主婦の友社、2018年刊<「BOOK」データベース>より体が喜ぶ、おうちごはんのありがたさ。エンディングノートよりレシピノートを書こう。臨死体験から10年。私は生きている、台所から命をもらってー病気を寄せつけない食べ方。<読む前の大使寸評>牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。牧子さんの渾身のレシピが興味深いのでおます。rakuten牧子、還暦過ぎてチューボーに入る牧子さんの料理に対する覚悟を、見てみましょう。p233~ただ一生懸命に作り続ける 本書の冒頭で詳しく書いたが、私の食生活を一変させたのは、医師から言われた一言である。 「一本の点滴より一口のスプーンですよ」 重い急病から「奇蹟的」に一命を取りとめたものの、全身の筋力が落ちており、飲み込むことができない。汗だくになり、途中で横になって休み、二時間ほどかけてもほんの少ししか食べられない。これでは力がつかないと思った私は、「点滴に戻してほしい」と医師に申し出た。すると、医師はハッキリと言ったのである。 「一本の点滴より一口のスプーンですよ」 目がさめた。 そして、退院後は徹底して食生活を見直した。「食べることは生きること」なのだと、身をもって体験したからである。「バランスよく食べる」などという言葉は、誰しも耳にタコだろう。だが、このありきたりな説が、結局は健康に生きることの基本なのだ。やっと気づいた。 それまでの食生活は、夜は仕事を兼ねた会食が多かった。重い中華、フレンチ、イタリアンなどのフルコースにビールやワイン。翌朝は食べたくない。コーヒーだけになる。この繰り返しだ。 家で原稿を書いている時は台所に立ったが、いつでもフライパンが出ている。野菜でも肉でも卵でも、あるものをシャッシャッと炒めて塩・胡椒、もしくは醤油。ごはんはたくさん炊いて冷凍しておき、チンして佃煮などで食べる。美食と粗食の落差が尋常ではない。 テレビドラマの現場は過酷である。私は原稿を書くのが相当速い方だが、おれでもNHKの朝の連続テrビ小説や大河ドラマをはじめ、追われまくる。とはいえ仕事は楽しく、ウトレスはなかったのだが、少しずつ太っていった。バランスなど考えもせず塩分過多の食事を20年も続けているのだから、当然だ。 私は身長165センチで、一番動きやすい体重は54キロ台である。BMIではやせすぎになるが、最も体調のいい数値である。それが、2000年代の前半だろうか、最高値の68.5キロになった。 「まずいっ」と焦ったが、それでもそれがいい加減な食生活に原因があるとは考えもしない。そこでやせるために、こんにゃくドリンクを朝夕に取り入れた。口に入れる食材はますます減ったわけである。体重は53キロに落ち、ドリンクは1年ほどでやめた。もっとも、食生活を重く考えていないことに変わりはなかった。 そして2008年、倒れたのである。当時は61キロで、BMIは適正値だが、不健康な太り方であったと思う。大手術を経て、退院する頃には50キロ近くになっていた。BMI17である。立つとユラユラと揺れ、風が吹くと倒れそうだった。それでも「ああ、人生で再び40キロ台の日が来るなんて!」とどこかで喜んでいたのだから、女の「やせ願望」は救いようがない。 退院を控えていた日、「太るということ」について医師に言われた。これも前述したが、とても説得力があった。 「車にたとえると、人間の内臓や骨・筋肉はエンジンやバッテリーなどにあたる。すべて普通車仕様です。ところが太って脂肪がつくということは、車のボディだけが大型バンになり、2トントラックになり、10トントラックになるということです。普通車のエンジンやバッテリーが、それほど大きなボディを支え続けては無理が来て当然。退院後、内館さんはもっと太らないといけませんが、普通車仕様の心臓にバンの体重をのせてはダメです」 54キロ台がベストノマイカーにとって、60キロ台は、まして68.5キロは10トントラックの車体だったのだ。動脈や心臓はずっとそれに耐え、頑張ってきたと思う。が、ついに壊れた。可哀相なことをした。 以来ずっと、私はまじめに料理をしている。 その際、決めたことがある。 「体にいいものばかりにこだわらない。ただし、国産にはこだわる」 体にいいものにがんじがらめになっては、仙人のような食事になりそうで、楽しくないからだ。 「レトルト、インスタント、冷凍食品も使う」 長続きさせるためには、これらも上手に使うことは大切と考えた。 「外での会食は何でも。お酒も」 会食は楽しく食べ、飲むことが基本だと思い、医師と相談の上で決めた。私は家ではまったく飲まないのでアルコールは問題ないが、外食はどうしても塩分過多になる。だが、それは自宅の食事で調節する。自分で料理をすればこその利点だ。 「食べたもの、飲んだもの、体重を毎日記録」 見開きで1週間のノートに、飲食した時刻とその内容を書く。バランスはいいか、何を食べて体重がふえたかなど、1週間の飲食が一目でわかる。ウン、こんなキッチリした食事管理はできないが・・・・参考にはなりまんな♪
2020.12.14
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「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、印鑰さんは@、櫻井さんは*、西加奈子さんは♪で区別します)・アメリカの新しい論調から「ベーシックインカムについて」・韓流ドラマとコミュニケーション・プラットフォーム・文化日報への寄稿「パンデミックとその後の世界」・反知性主義者たちの肖像・『沈黙する知性』韓国語版序文・書評・食いつめものブルース 山田泰司・書評・白井聡「武器としての「資本論」・『街場の親子論』のためのまえがき・パンデミックをめぐるインタビュー・ホ・ヨンソン『海女たち』書評・2020年度寺子屋ゼミ受講要項・『山本太郎から見える日本』から・『人口減社会の未来学』から・「サル化する世界」についてのインタビュー・映画『Workers被災地に起つ』神戸・元町映画館でのアフタートーク・週刊金曜日インタビュー・桜を見る会再論・『Give democracy a chance』2・『Give democracy a chance』1・沈黙する知性・China Scare・[週刊ポスト」問題について・『低移民率を誇る「トランピアンの極楽」日本の瀕死』・『ネット右翼とは何か』書評・『最終講義』韓国語版あとがき・『「そのうちなんとかなるだろう」あとがき』・『参院選にあたって』・『廃仏毀釈について』・『論理は跳躍する』・『「おじさん」的思考』韓国語版序文・『市民講座』韓国語版のための序文・空虚感を抱えたイエスマン・大阪万博という幻想・外国語学習について・大学院の変容・貧乏シフト・『知日』明治維新特集のアンケートへの回答・カジノについて・中国の若者たちよ、マルクスを読もう・『街場の憂国論』文庫版のためのあとがき・直言3月号「韓国の教育と日本のメディア」・人口減社会に向けて・時間意識と知性・Madness of the King・吉本隆明1967・大学教育は生き延びられるのか?・こちらは「サンデー毎日」没原稿・奉祝「エイリアン・コヴェナント」封切り・米朝戦争のあと(2件)・気まずい共存について********************************************************************内田先生かく語りき8目次(目次全文はここ)(その29):『アメリカの新しい論調から「ベーシックインカムについて」』を追記2020-11-18 アメリカの新しい論調から「ベーシックインカムについて」より ふだんのアメリカなら「自助」である。失業したのも病気に罹るのも自己責任である。公的支援を求めることは許されないというリバタリアン的な発想が主流である。けれども、今度はあまりに短期間にあまりに大量の失業者が出現したのである。自己責任で放置するには多すぎた。そして、既存の社会福祉プログラムではこれに対応できなかった。 理由の一つは彼らの多くがパートタイマーや自営業やギグワーカーで社会保障の受給条件を満たさなかったこと。もう一つは給付レベルが低すぎて、そんなものをもらっても生活できなかったこと。もう一つは支給条件の検査が面倒すぎること。支給するまでにさまざまな条件をクリアし、ケースワーカーとの定期的な面談を義務づけると、もうシステムが押し寄せる受給希望者に対応できない。 だから、受給条件を緩和し、給付レベルを上げて、申請プロセスを大胆に簡略化した。「申請すれば支給される」というシステムの信頼性を高めたのである。これはBIにアイディアとしては近い。その経験を踏まえて著者(Evelyne L. Forget)はこう述べる。「BIは単なるお金だが、それは他の所得支援プログラムと比べて大きなメリットがある。政府がやるべきことは、お金を口座に送金するだけだ。これは、現在実施されている複雑で官僚的なシステムの多くよりも、はるかに効率的な支援方法だ。」(「ベーシックインカムの台頭-パンデミックが呼び起こした構想」、FAR, 2020, No.11, p.21)もう一つ大きなメリットがある。「誰が何を必要とするかを深く考える必要がないことだ。」(Ibid.) アメリカにはフードスタンプ制度があるけれど、これは栄養支援なので、食物以外に使えない。酒もたばこも買えない。「好きにさせると人は悪い決断を下す」という人間観が制度設計の前提になっている。「だが、BIでは、概して貧困の原因はお金がないことで、政府はこの問題を解決し、それをどのように使うかは市民に委ねるべきだと考えられている。」(Ibid,) その論拠として著者はカナダのBI事例を挙げる。カナダのマニトバ州では1975年から78年までBIを実施した。その結果わかったこと。病院の受診者が減った(主にメンタルヘルスのカウンセリングが減ったため。鬱病、睡眠障害などを訴える患者数が減った)。犯罪発生率が減った。就職する人の数が増えた。BI反対論者は「BIを支給されると就労意欲が減殺する」と主張しているが、これはBIについては当たっていなかった。 その中で、就労者が減った社会集団が二つあった。一つは第一子を出産した女性たち(彼女たちはBIを利用して産休を延長した)。一つはティーンエイジャーの若者たち(高校を中退して就労するのを止めて、ハイスクール卒業資格を得るまで学校にとどまった)いずれも長期的にはBI利用者の生活のクオリティを高める効果があった。 韓流ドラマとコミュニケーション・プラットフォームより 共同的に参照できる「お話」がなくなると不便なのは、「たとえ話」の材料がなくなることである。年下の友人に大学で「組織論」という科目を教えている人がいるが、彼によると昔は組織論の「たとえ話」に『SLAM DUNK』を引けば、おおかたの学生たちには通じたそうである。だが、ある時期から「桜木」と言っても「みっちゃん」と言っても、何の話かわからないできょとんとしている学生が増えてきた。 やむなく、たとえの出典を『One piece』に切り替えたと聞いた。学生のマンガリテラシーの経年変化を知らないと、「たとえ話」もできないんですよと彼はこぼしていた。なるほど。 昔は歌舞伎や講談がよく「たとえ話」に使われた。弁天小僧と言ったら何者で、曲垣平九郎といったら何の名人で、九寸五分といったら何に使う道具か誰でも知っていた。今の学生はどれも知らないだろう。 川島武宜の『日本人の法意識』は「日本的調停」の骨法について説明するときに『三人吉三廓初買』の一場面をたとえに用いていた。ここが白眉なのだが、今の法学部の授業で話しても誰にも通じないだろう。 でも、こういう「文化的プラットフォーム」の存在はコミュニケーションの基礎として必須のものである。それが失われてきた。モラルとか美意識とか感情とか、あるいはもっと具体的に、祝辞の述べ方とか、謝り方とか、喧嘩の仲裁とか、そういうものには「標準型」があって、それをその場の事情に応じて適宜応用できるのが久しく「大人の作法」だとされてきた。 だが、それも全員が準拠できる標準があっての話である。紅白歌合戦の視聴率が80%だった時代、『赤穂浪士』の宇野重吉の物まねを小学生でもできた時代の話である。そのような「文化的プラットフォーム」が21世紀になってあらかた消えたことをひそかに慨嘆していたところに韓流ドラマがネットに登場してきたのである。 印象的な出来事があった。日韓論の本を書いたことがきっかけで、先般在日コリアンの論客たちと座談会をする機会があった。年齢も政治的立場も違う3人の方たちと日韓問題を論じた。現実認識がなかなか噛み合わず、やや冷ややかな終わり方をした後に、ご飯を食べに行った。その席で談たまたま『愛の不時着』に及んだ。するとその場にいた全員(在日コリアン3人、日本人2人)が腰を浮かして、ドラマのあれこれについて論じ始めたのである。このドラマの歴史的意義は何であるかについてみんながそれぞれの思いを熱く語った。なんと、ここに日韓を架橋できる「プラットフォーム」があったのかと胸を衝かれた。「みんなが知っている物語」というのはたいせつである。人間であれ、出来事であれ、具体的な手触りのある素材を共有するところからコミュニケーションは始まる。自国産ではないけれども、新しいコミュニケーションの素材を手に入れたことを私は言祝ぎたいと思う。(以降、全文は内田先生かく語りき(その25)による)
2020.12.13
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「雑誌」でしょうか♪<市立図書館>・牧子、還暦過ぎてチューボーに入る・危険な読書(ブルータス1月号)・ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)・世界文学アンソロジー<大学図書館>・8月末以降にトライ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【牧子、還暦過ぎてチューボーに入る】内館牧子著、主婦の友社、2018年刊<「BOOK」データベース>より体が喜ぶ、おうちごはんのありがたさ。エンディングノートよりレシピノートを書こう。臨死体験から10年。私は生きている、台所から命をもらってー病気を寄せつけない食べ方。<読む前の大使寸評>牧子さんは急病で命を落としかけたが奇蹟的に回復したそうで、料理を作り食べることの有り難さに目覚め、それ以来、還暦過ぎてチューボーに入ったそうである。牧子さんの渾身のレシピが興味深いのでおます。rakuten牧子、還暦過ぎてチューボーに入る************************************************************【危険な読書(ブルータス1月号)】雑誌、マガジンハウス、2019年刊<目次>より今、最も危険な作家、阿部和重。新世代SFの現在地。“マルジナリア”という古くて新しい読書術。閲覧注意! 非英語圏の世界文学。ホラーな短歌。伝説の巨人というロマンを求めて。酒をめぐる冒険。“分断”を再接続する。読めない本。勝手に自家装幀本。奇怪なアートブック。逸脱者たちの人類学。都市で生きる(=演じる)ということ。その時、その場所の熱狂。Book in Book 危険なマンガマンガ家・榎本俊二/海外マンガ/家族/異界/演劇論/未来/新潮流/帯マンガ<読む前の大使寸評>目次を見てみると、自家装幀本、危険なマンガなんか興味深いのでおます。rakuten危険な読書(ブルータス1月号)************************************************************【ラノベ日本書記(芸術新潮2月号)】雑誌、新潮社、2020年刊<商品レビュー>より特集はラノベ日本書紀。一時話題になったラノベ古事記の著者・小野寺優氏の歴史書ノベライズシリーズ。なんとなし興味はあったがわざわざ読むまでも...と思っていたが、これがわかりやすいのが意外。学校で習ったかも知れないが、もはや覚えてはいない建国物語が、令和の口語体として執筆されている。ただそれが今風すぎて...というわけでもない。<読む前の大使寸評>この本では、古事記と日本書紀の違いについて、詳細に語られているが・・・どちらも今まで神話の類と思っていた大使でおます(汗)rakutenラノベ日本書記(芸術新潮2月号)************************************************************【世界文学アンソロジー】秋草俊一郎×戸塚学著、三省堂、2019年刊<「BOOK」データベース>より境界を越えて、見知らぬ世界の扉を開こう、はじめての世界文学。アフリカ文学の父チヌア・アチュベ、フランスの女性作家コレットの本邦初訳短編を含む、世界各地の文学作品全27編を収録。さらに多くの作品に親しむためのブックガイド付き。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten世界文学アンソロジー************************************************************図書館大好き457
2020.12.13
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図書館で『病が語る日本史』という文庫本を、手にしたのです。新型コロナウィルスが猛威をふるっている昨今であるが、古来、日本人や御雇い外国人医師たちは、いかに病気に立ち向かってきたか・・・興味深いのでおます。【病が語る日本史】酒井シヅ著、早川書房、2008年刊<「BOOK」データベース>より古来、日本人はいかに病気と闘ってきたか。人骨や糞石には古代の人々が病んだ痕が遺されている。結核・痘瘡・マラリアなどの蔓延に戦いた平安時代の人々は、それを怨霊や物の怪の祟りと考え、その調伏を祈った。贅沢病といえる糖尿病で苦しんだ道長、胃ガンで悶え死にした信玄や家康。歴史上の人物の死因など盛り沢山の逸話を交え綴る病気の文化史。<読む前の大使寸評>新型コロナウィルスが猛威をふるっている昨今であるが、古来、日本人や御雇い外国人医師たちは、いかに病気に立ち向かってきたか・・・興味深いのでおます。rakuten病が語る日本史いまでは見ることもなくなった寄生虫である。「第一部 病の記録」で代表的な寄生虫を、見てみましょう。p114~117■7 日本住血吸虫症と肝硬変 馬王堆の漢墓から発掘された遺体で、肝臓でに無数の虫卵が発見されたことはすでに述べたが、日本住血吸虫は古代からアジア全般に広く蔓延していたと考えられている。住血吸虫症の症状は腹痛など腸の症状から始まるが、住血吸虫が門脈に中に寄生するために、慢性になると肝臓や腸など腹部の臓器に虫卵が塊をつくり、それが害になって脾臓が腫れ、肝硬変になる。 末期になると、腹水がたまって腹がパンパンに膨れる。その一方でからだはガリガリにやせてくる。そんな姿の老婆を描いた絵が『奇疾絵巻』に登場する。 日本ではかつて住血吸虫が甲府盆地、静岡県沼津地方、利根川流域、広島県片山地方、筑後川流域に多かったが、住血吸虫症を最初に診断したのは東京大学の草創期の御雇い外国人ベルツであった。日本が近代医学を受け入れたときの師匠である。 ベルツ自身、寄生虫病に大いに関心をもって観察していたが、弟子にも寄生虫の研究を奨励した。日本住血吸虫だけでなく、つつが虫病の研究などすぐれた研究などすぐれた研究が日本から始まった。 明治37年(1904)に世界ではじめて住血吸虫が発見されたが、発見者は当時岡山医学専門学校校長桂田富士朗であった。彼は片山地方の住血吸虫症を研究して、虫体を発見したのである。その後、住血吸虫の乾癬経路の研究が続けられた。 寄生虫病は人から人に直接感染しない場合が多い。他の動物のからだを通ってから人に感染する。それを中間宿主というが、住血吸虫の中間宿主はカタヤマガイである。それを発見したのが宮入慶之助であった。それでこの貝はミヤイリガイとも呼ぶ。(中略)■8 つつが虫病とケダニ つつがなく暮らしているかと遠方の友人への手紙に書くが、「つつがない」とはツツガムシがいないことから生れた。 つつが虫病は昔から新潟、秋田、山形など日本海側三県の、日本海に注ぐ雄物川、最上川、信濃川の中・下流地帯で夏になると発生した。症状は突然、高熱・発疹で譫妄状態になり、半数近くが2週間から20日以内に死んだ病気である。人々は河原に行くと、ケダニという毒虫に刺されて発病することを知っていた。 つつが虫病の病原体はダニの一種のツツガムシが保有するリケッチアである。ツツガムシの幼虫は河原に住む野ネズミや野鳥に寄生して、そこに立ち入った人を刺すと、リケッチアが人体に入って発病した。 山形県南部の米沢では上杉藩の時代、中央の最上川が蛇行しながら北上している地域でつつが虫病が発生した。とくに沿岸の鮎貝村、畔藤村、田尻村、石那田村、広野村一帯が洪水の氾濫で大きな被害をうけたあとが、土砂に覆われ、雑草が繁茂して、茫々たる草原になったが、そこにいつしかケダニが大発生して、草刈りを行った土地の人が毒虫に刺され、高熱を出して命を落とす者がたくさん出た。 土地の者は河原に近づくことを怖れたが、牛馬のための草が豊富な土地へあえて危険を冒して、草刈りに行って、病に倒れたのである。それで万延元年(1860)、河原に毛谷大明神をまつる祠が建てられたのであった。 ベルツは洪水を繰り返す河原につつが虫病が発生することを聞き、これを研究していた日本人医師の仕事をもとに、「日本河川熱あるいは洪水病」という論文を書いて海外にも紹介した。この病気を世界に紹介した最初の論文である。『病が語る日本史』2:コレラ大流行『病が語る日本史』1:胃ガンと食道ガン()
2020.12.12
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図書館で『漱石の大出血はアスピリンが原因か』という本を、手にしたのです。巻末の著者来歴を見ると、東大卒で関東中央病院消化器内科部長を歴任となっています。医者がこの手の本を出すとは、余技にしては恐れ入るのでおます。【漱石の大出血はアスピリンが原因か】野村益世著、愛育社、2008年刊<「BOOK」データベース>より消化器医療の最前線を担ってきた著者ならではの視点による、新しい解釈。【目次】夏目漱石の胃潰瘍ー大出血はアスピリンが原因?/寺田寅彦の胃潰瘍ーその出血もアスピリンが原因か/穿孔を起した横光利一の胃潰瘍/永井荷風の吐血死ー本当に胃潰瘍だったのか?/輸血後のC型肝炎から肝癌に進行した吉行淳之介/禁酒できなかったアルコール性肝硬変梅崎春生/酒と旅をこよなく愛した若山牧水の病い/メチルアルコール中毒と噂された武田麟太郎の死/明治の中頃、胃癌を告知された尾崎紅葉/告知されなかった木下杢太郎(東大医学部教授太田正雄)の胃癌/伊藤整の胃癌ー彼も告知されなかった/高見順の食道癌との闘い/腸閉塞の形をとった尾崎士郎の大腸癌/診断まで時間のかかった正宗白鳥の膵癌/色川武大の胆石症/眼科退院後、妻が黄疸に気付いた中野重治の胆嚢癌/石川啄木の結核性腹膜炎ー東大病院入院中に受けた手術とは?/終章<読む前の大使寸評>巻末の著者来歴を見ると、東大卒で関東中央病院消化器内科部長を歴任となっています。医者がこの手の本を出すとは、余技にしては恐れ入るのでおます。rakuten漱石の大出血はアスピリンが原因か肝癌だった吉行淳之介を、見てみましょう。p57~60五 輸血後のC型肝炎から肝癌に進行した吉行淳之介 短篇小説の名手吉行淳之介は大正13年(1924年)新興芸術派の作家吉行エイスケの長男として岡山市に生れた。母あぐりも自伝(テレビ化され、好評)などを書き、妹和子(女優)は日本エッセイスト大賞を受賞している。下の妹理恵も兄に続いて芥川賞作家となった。文才に大変恵まれた一族である。 淳之介は生後8ヶ月から祖父母に育てられたが、5歳の時祖母と上京、親のもとから番町幼稚園・番町小学校・麻布中学に進学した。しかし、父はほとんど家に帰らず、母(美容師)は仕事で不在、祖母はヒステリー気味で口うるさく、彼は避けて常に孤独であったという。 昭和15年父が急死(心筋梗塞?)した。翌々年静岡高校(旧制)に入学、次の年くらいから詩や小説を書き始めた。昭和19年(20歳)徴兵検査甲種合格、岡山の連隊に入隊した。入隊3日目軍医に気管支喘息と診断され、翌日除隊となった。 平素から彼の軍隊嫌いを知っていた祖父は、彼が脱走して帰ったと思い、仰天した。昭和20年4月東大英文科に入学、自宅から通学したが、5月空襲で焼け出された。戦後は生活に困り、出版社でアルバイトをし、そのまま正社員となり、大学は中退した。昭和29年結核療養所に入所中、芥川賞を受賞、以後分筆で生計を立てていった。 昭和23年結婚したが約10年で別居、歌手の宮城まり子と事実上の結婚生活を送った。彼はダンディでよく遊んだが、気くばりのできる紳士であった。淳之介の病気 才子多病である。16才の時腸チフスのため5ヶ月間入院。20歳、気管支喘息と診断され、以後種々の治療を受けたが、症状は生涯続いた。幼児期よりアトピー性皮膚炎(?)があり、これも生涯続いた。28歳、左肺の空洞(肺結核)を発見され、安静などの内科治療の後、29歳左肺区域切除を受けた。この際輸血された。 43歳、鬱病となり、生涯抗鬱薬を服用した。51歳、白内障と診断され、その後両眼とも手術した。その他円形脱毛症・淋病・帯状疱疹・乾癬などに罹患している。タバコは高校時代より吸っていた(量は不明)。アルコールも高校時代から始め、しばしば大量飲んだ。しかし晩酌はせず、晩年禁酒した。 昭和29年左肺区域切除の3ヵ月後、高熱が約1ヵ月続いたが、肝炎だったかどうかは不明である。当時血清GOT・GPTの測定はされてなかった。 昭和43年某院で肝障害を指摘された。当時抗鬱薬・抗アレルギー薬等を服用しており、薬物性肝障害が疑われた。 昭和44年疲労感強く、虎ノ門病院沖中院長の診察を受け、「肝が少し悪い、酒を慎むように」と言われた。以後喘息・皮膚疾患などもあり、同院に通院した。 昭和53年肝はかなり悪いと言われた。 昭和62年肝が悪いため、親しかった渋沢龍彦の葬儀に行けなかった。 昭和63年、この頃より週3回「強力ミノファーゲンC」の静注も始まった。肝硬変への進展も疑われ、禁酒もし、安静に心掛けた。しかし平成2年の肝生検では肝硬変になっていないと言われた。この頃何回か内視鏡検査を受け胃や十二指腸の変化を言われているが、食道静脈瘤の指摘はされていない。典型的な肝硬変にはなっていなかったのであろう。 平成以降計6回入院した。 平成4年4月の入院時、CTや肝動脈撮影をした。その折肝癌が確診されたのであろう。まり子は消化器内科のN医師に呼ばれ、「肝癌が発生した。その原因はC型肝炎ウイルスです」と告げられた。まり子は和子と相談し、本人や母に言わないことにした。治療として純エタノール注入療法(ペイトPEIT)を受けた。再発時にはそれを繰り返した。肝動脈撮影も何回かしているので、肝動脈の塞栓療法もしたかもしれない。 平成6年5月9日最後の入院をした。腹水も貯留し、利尿薬のほか、アルブミンの点滴、腹水穿刺も受けた。肺転移がみられた。6月1日放射線医が病室を訪れ、「超音波検査の結果を知りたいですか」と訊ねた。「知りたい」と言うと、「肝癌の再発です。体力が落ちているのでペイトは出来ません」と告げられた。淳之介はほんの少しの間をおいて、「シビアなことをおっしゃいますな」と呟いた。 和子によると、告知後も外見上変わった様子はみられず、「ぼくは2年前から解っていたよ。君たちが気を使うといけないから黙っていたんだ。おふくろには知らせないでおこう。70歳まで生きるとは思ってなかったからもういいよ」と言ったそうである。『漱石の大出血はアスピリンが原因か』1()
2020.12.12
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図書館に予約していた『ソウル-ベルリン玉突き書簡』という本をゲットしたのです。巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>巻末を見ると、初出は『世界』の2007年4月~2008年1月とのこと。まだ誰も借りていないのか、美麗な状態でおました。<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡「第二信 名前」では、漢字や東アジア人の名前について述べられています。p24~28<多和田葉子から徐京植へ> 名前は境界を超える時に変貌するものではないかと思います。言語と言語の間の境界だけではありません。生と死の境界を超えて戒名をもらうこともあります。 養子になったり、結婚したり、新しくある種の宗教に帰依して、名前が変わることもあります。武士の時代には、成人してから大人の名前をもらうということもありました。現代それと似たことをしているのは魚だけかもいれません。 小説が翻訳されることによって、登場人物の名前だけではなく、作者の名前も変わることもあります。たとえばチェーホフの名がカタカナで書かれることによって、実際にはない母音が中に入って来て日本化されるということです。これは日本語の読者にしてみれば、それ以外に発音しようがないのですから、名前をわざと変えたことにはなりませんが、もし本人が日本語で書かれた自分の名前を目でみたり、耳で聞いたりしたら、それが自分のこととは分からないでしょう。 翻訳された本について満足しているかなどと作者に訊く人がいますが、作者は自分の作品の前に立つ目の見えない門番かもしれないのです。 翻訳文学の場合と違って、移民文学の場合は、作者は自分で自分の名前を書き換えます。キリル文字や漢字をラテン・アルファベットに書き換えるだけではありません。たとえばリービ英雄さんの場合は、カタカナと漢字に書き換えたのですが、「ヒデオ」は元々ペンネームではありません。(中略) リービ英雄さんは若い時、日本でレヴィ=ストロースを読んだのですが、もちろん日本語で読んだので、レヴィ=ストロースの「レヴィ」が自分の「リービ」と同じ名前だということにすぐには気がつかなかった、という話をしてくれたことがあります。もしアルファベットでこの名前を見ていたら気がついていたはずです。レヴィ=ストロースは文字を持たない文化についての研究などもしましたが、まさかこんなこともあるとは考えてもみなかったでしょう。(中略) 考えてみると、つい最近まで、日本では、作者の名前をみんな無意識のうちに2つのグループに大きく分けて見ていたのではないかと思います。一つは漢字で書かれた名前、もう一つはカタカナで書かれた名前です。日本人も含めて東アジア人の名前だけが漢字で書かれ、アフリカやアメリカやヨーロッパを初め、東南アジアやインド、イスラム圏などのすべて「その他」の地域の作家の名前はカタカナで書かれていたわけです。 韓国人や中国人の名前を漢字で書いてそれを日本語読みにするのはおかしいという意識が公のものになったのは1975年の一円裁判の時と言っていいでしょうか。「われわれはフランス人の名前だって日本語的にしか読んでいないし、フランス人だって日本の名前をフランス式に発音しているのだから、それでいいではないか」という学者もいましたが、これは歴史性を無視した言語学ですね。 日本語強制を含む植民地化の歴史を全くなかったことにしたがっている日本側の態度が続くかぎり、名前の日本語読みも無知無神経の現われでしかありえないと思うのですが。 言語学者の田中克彦さんが『法廷にたつ言語』(岩波現代文庫)の中でそのことを書いていますが、面白いのは、すべての名前は表音文字で書いた方がいい、最終的には日本人の名前を書く時も漢字はやめた方がいいという意見です。最初に読んだ時は賛成できませんでした。日本の学校では漢字テストほど苦手なものはなかったのですが、海外に住んでいると、漢字が財産のように思えるので捨てたくなくなるのです。 (中略) ベトナムではもうずっと前に漢字を使うのをやめてしまいましたが、ベトナムの人に、「この名前の意味は?」と聞くと、聞く人によって答えが違ってくることがあります。もし日本も今漢字を廃止したとして、三代くらいたってから「ヨウコという名前の意味はなんですか」と聞いたら、大きな海という意味だと答える人もいるでしょうし、寛容だという意味だと答える人もいるでしょうし、葉っぱだと答える人もいるでしょう。この本も『多和田葉子アンソロジー』R5に収めるものとします。
2020.12.11
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・浅田次郎『大名倒産(下)』(3/17予約、副本23、予約351)現在33位・川越宗一『熱源』(6/08予約、副本33、予約676)現在315位・紗倉まな『春、死なん』(6/14予約、副本2、予約30)現在5位・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、副本13予約218)現在151位・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、副本4、予約59)現在43位・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、副本3、予約35)現在29位・ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言 パンデミック』(11/14予約、副本7、予約28)現在14位・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在620位・ブレイディみかこ『ブロークン・ブリテンに聞け』(12/9予約、副本11、予約30)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・内田樹『コモンの再生』・オードリー・タン自由への手紙・出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記:図書館未収蔵・高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』・頭木弘樹『食べることと出すこと』:図書館未収蔵・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・小川さやか『チョンキンマンションのボスは知ってる』・本村凌二『馬の世界史』・柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『星に仄めかされて』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・山内 一也『ウイルス究極の寄生生命体 (NHK人間講座)』・四方田犬彦『ソウルの風景―記憶と変貌』・小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・高樹のぶ子『アジアに浸る』・つげ義春『ガロ 1968 前衛マンガの試行と軌跡』・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』:図書館未収蔵・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・「月夜のでんしんばしら」谷川雁、C.W.ニコル:図書館未収蔵・カズオ・イシグロ著『癒されざる者たち』:図書館未収蔵・デジタルエコノミーはいかにして道を誤まるか:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:9/13以降> ・『装丁・装画の仕事』(9/08予約、9/13受取)・メーター検針員テゲテゲ日記(7/10予約、9/18受取)・森見登美彦「四畳半神話体系」(9/19予約、9/23受取)・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(11/13予約、10/15受取)・小野正嗣『獅子渡り鼻』(10/9予約、10/15受取)・スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド』(10/25予約、11/01受取)・浅田次郎『大名倒産(上)』(2/01予約、11/05受取)・小野正嗣『踏み跡にたたずんで』(11/3予約、11/05受取)・チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』(7/03予約、11/10受取)・多和田葉子×徐京植『ソウル-ベルリン玉突き書簡』(11/29再予約、12/5受取)***********************************************************************【大名倒産(下)】浅田次郎著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるかー<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/17予約、副本23、予約351)>rakuten大名倒産(下)【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源【春、死なん】紗倉まな著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「春、死なん」妻を亡くして6年の70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し…。「ははばなれ」母と夫と共に、早くに亡くなった父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が…。人は恋い、性に焦がれる―いくら年を重ねても。揺れ惑う心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本2、予約30)>amazon春、死なん【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け【内なる町から来た話】ショーン・タン著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より“人間を訴えたクマ”“カエルを救う秘書”“空の魚を釣り上げた兄弟”25話のセンス・オブ・ワンダー!世界三大児童書賞のひとつ、ケイト・グリーナウェイ賞2020年受賞作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/3予約、副本3、予約35)>rakuten内なる町から来た話【ソウル-ベルリン玉突き書簡】徐京植, 多和田葉子著、岩波書店、2008年刊<「BOOK」データベース>よりソウルとベルリンをまたぐ「ことばの玉突き台」へ、ようこそ。在日朝鮮人二世の作家として、離散者の視点から国家、歴史、社会、文化、芸術を鋭く眼差し、著作活動を行なってきた徐氏。一方、日本語という母語のみならずドイツ語でも詩や小説を次々と発表して高い評価を得ている多和田氏。ここに往復書簡の形で実現したコラボレーションには、誰にとっても無関係ではない本質的な問題を二人ならどう考え、料理するのか、資質もスタイルも異なる両氏の思考と感性が息づいている。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本2、予約0)>rakutenソウル-ベルリン玉突き書簡【緊急提言 パンデミック】ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より【目次】人類は新型コロナウイルスといかに闘うべきかー今こそグローバルな信頼と団結を(歴史に見る厖大な犠牲者/感染症との闘い ほか)/コロナ後の世界ー今行なう選択が今後長く続く変化を私たちにもたらす(新しい監視ツール/重大な分岐点ー「皮下」監視 ほか)/死に対する私たちの態度は変わるか?-私たちは正しく考えるだろう(避けようのない運命ー死の意味/死は技術的問題に ほか)/緊急インタビュー「パンデミックが変える世界」インタビュアー道傳愛子(発展途上国とウイルスの変異/歴史の決定的な瞬間 ほか)<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/14予約、副本7、予約28)>rakuten緊急提言 パンデミック【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【ブロークン・ブリテンに聞け】ブレイディみかこ著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より EU離脱、広がる格差と分断、そしてコロナ禍ー。政治、経済、思想、テレビ、映画、英語、パブなど英国社会のさまざまな断片から、激動と混沌の現在を描く傑作時事エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/9予約、副本11、予約30)>rakutenブロークン・ブリテンに聞け【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て図書館予約の軌跡230予約分受取目録R23好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。図書館予約の軌跡233
2020.12.11
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図書館で『短編小説より愛をこめて』という本を借りて読んだのだが・・・阿刀田さんが、いかに短編小説を愛でているかよくわかります。阿刀田さんはダールの「女主人」という怖い短編小説にめぐりあったが、大使も図書館でダールの絵本に偶然めぐりあったのです。(手当り次第という大使の方法もたまには大当たりするのです)・・・ということで、ダールについて集めてみました。・『飛行士たちの話(新訳版)』(2016年刊)・『短編小説より愛をこめて』(2008年刊)・『キス・キス』(2005年刊)・『物語の旅』4(2002年刊)・『短編小説のレシピ』(2002年刊)・『The ROALD DAHL Treasury』(1997年刊)・『飛行士たちの話』(1981年刊)R3:『短編小説のレシピ』を追加【飛行士たちの話(新訳版)】ロアルド ダール著、早川書房、2016年刊<「BOOK」データベース>より偵察飛行に向かってから二日後に帰投したパイロットは、その間の記憶を失っていた。だがある戦闘中、仲間が撃墜されたのを見た彼は不可解なことをつぶやき、何もかも思い出したと叫び出す。彼が見たこの世のものとは思えない光景とは?後世の作品に多大な影響を与えた幻想譚「彼らに歳は取らせまい」をはじめ、従軍経験をもとにしたデビュー作など、著者のストーリーテラーぶりを存分に味わえる10篇収録の処女短篇集!<読む前の大使寸評>おお この本は旧訳版で見た覚えがあるで・・・ということで、再度借りたのです。amazon飛行士たちの話(新訳版)【短編小説より愛をこめて】阿刀田高著、新潮社、2008年刊<「BOOK」データベース>より読書はすばらしい。何より楽しい。安価で、どこでもいつでも一人で楽しめる。なかでも、読者に時間をとらせず負担をかけない短編は、「礼儀正しい文学である」。著者は作家デビューから30余年、手がけた短編は800編を超える、自他共に認める短編のスペシャリスト。「心中してもいい」とまで言う短編ファンによる、愛のこもったエッセイ集。“私の愛した短編小説20”を収録。<読む前の大使寸評>“私の愛した短編小説20”というリストがええでぇ♪もちろん、ダールの「女主人」もリストアップされています。なお、借りたのは2006年刊のハードカバーでした。rakuten短編小説より愛をこめて【キス・キス】ロアルド・ダール著、早川書房、2005年刊<「BOOK」データベース>より予期せぬ出来事が日常の扉を開きあなたをさり気なく訪れる。<読む前の大使寸評>ロアルド・ダール著の短篇小説集であるが、阿刀田高さんが推薦していたので図書館に予約していたのです。巻末に阿刀田高さんの解説が載っていて、解説自体が面白い読み物になっています。<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>amazonキス・キス『キス・キス』1:阿刀田高さんの解説<『物語の旅』4>図書館で『物語の旅』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。【物語の旅】和田誠著、フレーベル館 、2002年刊<「BOOK」データベース>より書物の国からの絵はがき。著者が選んだ54作品。カラー挿絵とともに四方山ばなし満載!子どもの頃に初めて読んだ「かちかち山」から現在に至るまでの“読書体験”の数々。本好き・装丁好きの著者がその思い出をふり返る。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、和田さんのカラー挿絵がええでぇ♪この挿絵のために紙質を選んだと思われるが、この本を持つとずっしりと重たいことに驚いたのです。amazon物語の旅54作品のうちロアルド・ダールの「南から来た男」を、見てみましょう。p142~144<南から来た男> とにかくダールはぼくの好きな作家の一人である。学生時代に雑誌で短篇の一つか二つは読んでいたのだが、卒業してまもなく早川書房から「異色作家短篇集」の第1弾として出た「キス・キス」を読んだのが、ダールを認識する第一歩だった。 ダールのような作風をジャンル分けすると、「奇妙な味」ということになる。犯罪ものであっても、通常なら犯人が捕まって解決するところを、誰も犯人に気がつかない、という終わり方になり、それまで読んでいたものとは確かに異なる味だった。(長くなるので省略、全文はここ)【短編小説のレシピ】阿刀田高著、集英社、2002年刊<「BOOK」データベース>より八百編もの短編小説を生み出してきたマエストロがみずから解説・案内する、短編小説の醍醐味。短いだけに、あらゆる技法を駆使した作品は、おもしろさも多彩。小説作りの源泉と技をも教えてくれる。向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、夏目漱石、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポーなど十人の作家の、名作やユニークな作品を具体例として選んで特徴を解説し、短編の構造と技法に迫る。短編小説をより楽しく読むためにも、また書くためにも役立つヒントが満載。<読む前の大使寸評>阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。rakuten短編小説のレシピこの本のなかに、阿刀田さんお奨めのダール作品10本が載っています。 【The ROALD DAHL Treasury】ロールド・ダール著、Puffin、1997年刊<カスタマーレビュー>よりこどもの本とくにロールドダールの本を多読したい大人向きです。英語はやさしくて、どのお話も短いので、ひとつひとつ読み進むと、読み応えがあります。挿絵もとってもかわいくて、いいですよ! 洋書を試したい初心者の大人の方にお勧めします。<読む前の大使寸評>この本は絵本でもあるわけで・・・当然、カラーの挿絵が満載で、見るだけでも楽しい本になっています。amazonThe ROALD DAHL Treasury『The ROALD DAHL Treasury』3:Survival『The ROALD DAHL Treasury』2:「The Enormous Crocodile」『The ROALD DAHL Treasury』1:「The Owl and the Pussy-Cat」<『飛行士たちの話』1>図書館に予約していた『飛行士たちの話』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。この短編小説集のなかでは、『あなたに似た人』が載っているそうで・・・狙い目でおます。【飛行士たちの話】ロアルド・ダール著、早川書房、1981年刊<商品の説明>より飛行士たちの話 (ハヤカワ・ミステリ文庫 22-2) [文庫] ロアルド・ダール (著), Roald Dahl (原著), 永井 淳 (翻訳) 出版社: 早川書房 (1981/7/31)<読む前の大使寸評>この短編小説集のなかでは、『あなたに似た人』が載っているそうで・・・狙い目でおます。<図書館予約:(11/05予約、11/09受取)>amazon飛行士たちの話 『飛行士たちの話』1:あなたに似た人『飛行士たちの話』2:スピットファイア機阿刀田高さんが『陽気なイエスタデイ』2でロアルド・ダールの短編小説の魅力を語っています。
2020.12.10
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図書館で『短編小説のレシピ』という新書を、手にしたのです。阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。【短編小説のレシピ】阿刀田高著、集英社、2002年刊<「BOOK」データベース>より八百編もの短編小説を生み出してきたマエストロがみずから解説・案内する、短編小説の醍醐味。短いだけに、あらゆる技法を駆使した作品は、おもしろさも多彩。小説作りの源泉と技をも教えてくれる。向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、夏目漱石、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポーなど十人の作家の、名作やユニークな作品を具体例として選んで特徴を解説し、短編の構造と技法に迫る。短編小説をより楽しく読むためにも、また書くためにも役立つヒントが満載。<読む前の大使寸評>阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。rakuten短編小説のレシピ「第1章 短編小説はおいしいぞ」で長編と短編の違いを、見てみましょう。p24~25■長編と歴史、短編と会話 考えてみると長編小説はおおむね現実的だ。現実にありうる人生や社会を描いているものが圧倒的に多い。歴史的と言ってもよいだろう。たとえば司馬遼太郎、たとえばトルストイ、さらに山崎豊子、マーガレット・ミッチェル。みんな現実的で歴史と関わりあっている。世の中の記録と繋がりあっている。実際の生活を写している。 歴史小説や時代小説が歴史と関わっているのは当然として現代の社会小説、風俗小説だって現代の歴史、現代の記録と見ることができる。小説というジャンルはノンフィクションのように現実をそのまま正確に描くことは少ないけれど、現実らしいものを描くことをリアリズムと言うならば長編はリアリズムの手法を用いているものが多い。例外が山ほどあるのを承知で言えば、この傾向が鳥瞰できる。 それもそのはず、長く書くとなれば現実的であり、歴史を綴るような叙述(現代を含めて)のほうが書きやすく、受け入れられやすい。 では短編小説はどうなのか? 長編小説とまったく同じリアリズムの土壌に育ったものも数多くあるけれど、長編小説が歴史と関わりやすいこととの対比で言えば短篇は私たちの会話と関わっている。ここ数年来、私はこの見方に強い関心を抱いている。 たとえば夕餉のテーブル。夫が妻に向かって会社の出来事を話す。どこにでもある風景だ。 「俺のななめ前に座っているタムラ君」 「ええ?」 「結婚して2,3年たつんだけど、夫婦喧嘩をしたときにサ」 「よくするの?」 「そりゃ、わからん。人並みじゃないのか。だけど喧嘩をしたとき、奇数日は亭主が謝り、偶数日は奥さんのほうが謝る、そういうルールを作って守っているんだちサ」 「へーえ、おもしろいわね。それでうまくいくのかしら」 「だって夫婦喧嘩なんて、原因はつまらないことが多いだろ。少し言いあったところで、どっちかが“ごめんなさい”って謝れば、それですむようなこと、多いぜ」 「カレンダーを見ながら?おかしいわね」 「ああ、おかしいよな」 「もし謝らなかったら?」 「それでまた喧嘩になる。夜の12時を過ぎるまで、一方的に謝り続けなけりゃいけない」 「どう? うちもやる?」 「考えておく」 こんな会話は、すでにして短編小説に近いのだ。 いや、近いと言うより、こういう会話を楽しむ心理の延長線上に短編小説がある、と言えば的確だろう。『短編小説のレシピ』1ダール関連の本をロアルド・ダールと阿刀田高の出会いで集めてみました。
2020.12.10
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図書館で『短編小説のレシピ』という新書を、手にしたのです。阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。【短編小説のレシピ】阿刀田高著、集英社、2002年刊<「BOOK」データベース>より八百編もの短編小説を生み出してきたマエストロがみずから解説・案内する、短編小説の醍醐味。短いだけに、あらゆる技法を駆使した作品は、おもしろさも多彩。小説作りの源泉と技をも教えてくれる。向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、夏目漱石、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポーなど十人の作家の、名作やユニークな作品を具体例として選んで特徴を解説し、短編の構造と技法に迫る。短編小説をより楽しく読むためにも、また書くためにも役立つヒントが満載。<読む前の大使寸評>阿刀田さんが選んだ10人の作家がそれぞれいいのだが、太子一押しといえば・・・ロアルド・ダールとなるわけでおます。rakuten短編小説のレシピ「第8章 R・ダール」を、見てみましょう。p158~160■パイロットの体験 ロアルド・ダールは1916年にイギリスのサウス・ウェールズに生れた。両親はノルウェー人。優秀な学徒であったが父親を早く失い、大学へ進むことなくシェル石油に就職してタンザニアやカナダのニューファンドランドなどに駐在した。次いでイギリス空軍に入隊しパイロットとして第二次大戦の戦場に赴く。戦傷除隊してアメリカ大使館に勤務したのがきっかけとなり、以後はアメリカで暮らすことが多くなる。短い期間だが、ディズニー・プロに身を置いた時期もある。 1946年にを出版。パイロットとしての体験や見聞を綴った短編集だが、実録的な作品ばかりで、後年の作風とは大分異なっている。わずかにあたりにミステリーらしい気配が感じられるくらいだ。は、イギリス海峡付近の上空で襲撃を受け、意識不明のまま不時着して病院に担ぎ込まれたイギリス人パイロットの物語だ。 意識は快復したが、右脚を失いベッドを離れることができない。イギリスのブライトンの病院らしいが、かすかな違和感がないでもない。小説は巧みに伏線を張り、結末もうっかりしていると、 …この小説、なにが言いたいのかな… 作品の意図を読み落としかねない。 種をあかせば、その実、このパイロットは敵軍ドイツの占領地に不時着し、ドイツの野戦病院に収容されたのだ。 周囲は看護婦も医師もイギリス人を装い、室内もイギリスの病院みたい、こうしてパイロットから軍機を聞きだそうとしている。パイロットは石鹸の泡が立ちにくいことから…ブライトンの水は軟水で、軟水なら泡がよく立つはずなのに、とパイロットは疑惑を膨らませ、きわどいところで敵の策略を見破る、というところが作品のポイントになっている。 現在の日本人が読むとわかりにくいが、欧米の空軍パイロットたちなら、すぐさまぴんときて、 …うん、おもしろい… と頷くのではあるまいか。■ふたつの短編集で脚光 次いで1953年ロアルド・ダールは短編小説集を刊行し、これがアメリカ探偵作家クラブの短篇賞を受賞、とりわけこれに含まれるは、ユニークな味わいの作品として絶賛を受けた。日本でも、この作品に拍手を送る人は多い。ライターの火が十回続けてつくかどうか、キャデラックを賭けようという勝負だ。こちらはなにを賭けるか。好みは分かれようが、ある方面の絶品であることは疑いない。 トリックの冴えた作品だから、ここであら筋を述べるのは控えよう。ただひとこと、私はアメリカの風俗につまびらかではない。だから推測しかできないのだが、“南から来た”という表現には“いかがわしい”という意味がなにほどか含まれているのではあるまいか。は、まさにそんな意味にふさわしい内容である。 さらに1960年短編小説集を発表。ここに含まれるでもアメリカ探偵作家クラブの短篇賞を獲得し、奇妙な味の短篇を書く作家としての名が定着した。 しかし、その後のダールはあまり冴えない。1974年に少し長めの短篇を集めたが出版されたが、驚嘆するほどの出来ではない。 これ以外には、子ども向けのお話がいくつか目立つ程度である。むしろハリウッドの女優パトリシア・ニールとの結婚生活が繁く話題にのぼった。ニールとのあいだに五児をもうけている。(中略)■三本か、十本か すでに私自身、自分のエッセイで何度か書いたことではあるけれど、十数年前、あるパーティの席上で星新一さんと雑談を交わしていたときのことだ、星さんはロマンス・グレイの髪の下に少年のような笑いを浮かべて、 「ダール、ダールと言うけれど、本当の傑作はそう多くはないね」 と言う。私もまったく同意見だった。 「ええ。このくらいでしょう」 と両手の指を立てると、星さんは、 「いや、もっと少ない」 片手を挙げ、さらに二本を折り込んで三本を示した。 星さんの言う三本、つまり三作がなにかは聞かなかった。いずれ、と思ううちに亡くなってしまった。 ダールは短編の名手であったが、発表した短編の数は少ない。その少ない短編の中にも、 …これ、どこがいいの… と首を傾げるような作品もあって、本当によいものは極端に少ない、と、これは定説と言ってよい。つまり名作は少ないがうまく決まったときは本当に「おみごと」という書き手なのだ。 星さんはともかく、十本の指を立てた私の考えを述べれば、 などなどであろうか。ダール関連の本をロアルド・ダールと阿刀田高の出会いで集めてみました。
2020.12.09
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図書館で『病が語る日本史』という文庫本を、手にしたのです。新型コロナウィルスが猛威をふるっている昨今であるが、古来、日本人や御雇い外国人医師たちは、いかに病気に立ち向かってきたか・・・興味深いのでおます。【病が語る日本史】酒井シヅ著、早川書房、2008年刊<「BOOK」データベース>より古来、日本人はいかに病気と闘ってきたか。人骨や糞石には古代の人々が病んだ痕が遺されている。結核・痘瘡・マラリアなどの蔓延に戦いた平安時代の人々は、それを怨霊や物の怪の祟りと考え、その調伏を祈った。贅沢病といえる糖尿病で苦しんだ道長、胃ガンで悶え死にした信玄や家康。歴史上の人物の死因など盛り沢山の逸話を交え綴る病気の文化史。<読む前の大使寸評>新型コロナウィルスが猛威をふるっている昨今であるが、古来、日本人や御雇い外国人医師たちは、いかに病気に立ち向かってきたか・・・興味深いのでおます。rakuten病が語る日本史コレラといえば、これまでは史上最大のパンデミックだったが・・・その数的規模を新型コロナと比べてどうなんだろう?「第二部 時代を映す病」でコレラの恐怖を、見てみましょう。p182~186■2 次々とおこる世界流行 二回目のコレラの世界流行は1829年に始まり、1852年まで、約23年間も続いた。このときの流行はアジア、北アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカ大陸と、世界全土に広がった。コレラは、文字どおり地球全体に流行した、初の世界流行病となったのである。 しかし、日本は幸いなことに、この流行の渦に巻き込まれなかった。鎖国下の日本は、無傷で逃れたのであった。しかし、このころ、文政11年(1828)におこったシーボルト事件で日本は揺れていた。 三回目の世界流行は1852年から53年にかけて始まった。流行が始まったときはまだ感染経路も病原菌も見つかっていなかった。 コレラが侵入した場所は、冬になると一息をつくように終息したが、翌年の夏が始まると、散発的であったが、息を吹き返した。流行が始まって3年目の1854年、ヨーロッパではコレラは爆発的な流行になり、史上最悪の記録を残した。 この流行のときに、ロンドンのソーホー街に住んでいた医師ジョン・スノーは、コレラの流行場所を地図にスポットで記したところ、一つの井戸が流行の中心にあることを見つけた。 上水道がまだ不十分なころ、一つの井戸を大勢の人が共同使用していたが、この井戸の水を使った人々の間にコレラが広がっていた。コレラに汚染された井戸が伝染源になっていることを明らかにした。スノーはこの井戸水を使うことを禁止した。ロンドン市はスノーの意見をいれて、徹底した上水道の管理を行った結果、コレラは沈静化した。その後、英国ではコレラが大流行することはなかった。 三回目のコレラ世界流行は東南アジア、中国でも激しい流行を見せていた。そして、1858年(安政5)、コレラが長崎に上陸した。安政のコレラ大流行の始まりであった。■3 安政のコレラ大流行 安政5年6月19日に日米修好通商条約が調印されて、鎖国は終わった。しかし、それより1ヵ月前の5月21日(陽暦7月1日)、上海から長崎港に入港したアメリカ船ミシシッピー号の船員がコレラに感染していた。船員が長崎の出島に上陸してから約10日後の6月2日に、20人から30人のコレラ患者が発病した。コレラはまたたくまに長崎市内に広がった。 長崎からさらに中国、関西に広がり、6月下旬に東海道沿いの町で流行して、7月に江戸へ侵入した。 始まりは海岸沿いの赤坂、霊岸島、築地、芝海岸地帯、鉄砲津、佃島に限局していた。8月になると、江戸の町から近郊まで急速に広がり、8月中旬にピークに達した。 町は病人と死者に溢れた。その悲惨なありさまは、『安政箇労痢流行記概略』にくわしく書かれた。未曾有の数の死者に棺桶の数が間に合わず、酒樽を棺桶にしたが、火葬が追いつかず、火葬場は棺桶で溢れたのであった。 人々は恐怖のどん底に突き落とされていた。 8月に江戸横山町の地紙問屋の中屋萬衛門が、水戸藩主徳川斉昭公に宛てた手紙の中で、「町には死人が多く、毎日、蔵前通りを二百五十くらいの葬列が通る。一家全滅した家も多く、馬喰町周辺の旅館は滞在中の人もたくさん死んだ。泊り客も、長期滞在者もほとんどなく、江戸の町は不景気になり、商人がとても困っている。また、関西方面の流行のために街道は上り下りも人通りが途絶えるなど、前代未聞のことが起こっている。水戸ではまだコレラの流行がないそうだが、水戸街道筋も土浦のあたりまで流行が広がっているようだ」とコレラの流行の様子を書き送ったのであった。『病が語る日本史』1()
2020.12.09
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