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はっきり言って、情けない。月曜日から右の上肢と下肢が筋肉痛。昨年10月から3ヶ月近く痛んだ膝は大丈夫ですが。歩行に支障はありませんが、ゆっくりと歩くようにしています。思い当たることは日曜日のライブの運営。11時30分から8時間くらいかな。時々、座るようにしていたのですが。去年3月のエレキアゲインの時はウエスタ川越の中を1日で25000歩も歩いていたのに。あまりにも体がなまってしまった無様さに、ふがいない思いです。
2020.01.30
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【上から目線】は枝野君の真骨頂ですが、人を犬呼ばわりするとは。棚橋委員長は「首相のポチ」 立憲・枝野氏 立憲民主党の枝野幸男代表は28日の党会合で、衆院予算委員会での棚橋泰文委員長の運営について「日常的に完全に与党寄りの運営を公然として、はばからない。そろそろ入閣したいと首相に尻尾を振っているポチなのか。恥を知れ」と厳しく批判した。野党側は、予算委で安倍晋三首相の答弁を求めても、棚橋氏が首相以外を指名することが多いなどとして反発している。
2020.01.30
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グーグルで「枝葉末節」を検索したら=本質からはずれた些末さまつなこと。 ▽「枝葉」は枝と葉で、幹が主要なもののたとえであるのに対して、主要でない部分のたとえ。 「末節」は木の末のほうの節ふしの意で、主要でない些末な部分のたとえ。枝葉→枝野と読み替えたくなった。彼の率いる政党の議員は肺炎対策や補正予算案に盛り込まれた災害対策について、27日の衆院予算委員会で全く質問しなかったから。枝は枝。どうあがいても幹(みき)にはなれない。
2020.01.30
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共産党丸抱え。赤旗から抜粋転載=京都市長選挙勝利のための募金のお願い2019年12月15日日本共産党中央委員会 日本共産党京都府委員会 1月19日告示、2月2日投票で、京都市長選挙がたたかわれます。(福山和人氏を)日本共産党が推薦を決定しています。 全国のみなさん、どうか京都市長選挙での歴史的勝利のために、物心両面でのご支援をお願いいたします。京都市長選必勝の募金を心からお願いするものです。 募金は次のとおり郵便振替でお願いします。○日本共産党中央委員会郵便振替 口座番号 00170―7(略) 加入者名 「日本共産党中央委員会」※通信欄に「京都市長選挙募金」と記し、氏名、住所、職業を明記してください。
2020.01.29
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新型コロナウイルス肺炎、災害対策を衆院予算委員会で全く質問しない野党。大山義一東松山市議の投稿から。🌟昨日(27日)の質疑者と主な質問が朝日新聞に掲載されていた。【与党】国重徹議員(公明)・新型肺炎・所得向上・5G福井照議員(自民)・新型肺炎・国土強靭化・世界の水問題金子恭之議員(自民)・経済対策・災害復旧阿部俊子議員(自民)・配偶者手当と女性の就業・未婚ひとり親への税制改正小野寺五典議員(自民)・自衛隊の中東派遣【野党】江田憲司議員(無所属)・河井案里参議院議員の選挙費用・桜を見る会の公文書管理・IR大串博志議員(立憲)・政治とカネ・I R黒岩宇洋議員(立憲)・桜を見る会の招待名簿・同会前夜の夕食会今井雅人議員(無所属)・辞任閣僚の説明責任と任命責任・桜を見る会大西健介議員(国民)・桜を見る会の招待者
2020.01.29
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2020.01.28
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https://www.youtube.com/watch?v=aukPgSqT7CM&feature=share&fbclid=IwAR2_N4-qji6rSnKI6wmCNyEZj8_vecrRjxvilo7KsgR5UgFTu1Hv3CmTiu0
2020.01.27
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うそくさい言い訳です。窃盗容疑で佐賀・唐津の共産市議を書類送検、不起訴処分 自動券売機の釣り銭持ち帰る1/24(金) 11:12配信 日本共産党唐津市議団(浦田関夫団長)は23日、福島尚美市議(37)が窃盗容疑で昨年12月に書類送検され、不起訴処分になったと発表した。 書類送検容疑は、昨年10月13日夕方、市内の温泉施設で自動券売機に残された他人の釣り銭7320円を持ち帰った疑い。 福島市議によると、千円札ではなく1万円札を投入したと思い、釣り銭の金額も確認せず、財布に入れたという。防犯カメラの映像で福島市議と判明した。 後日、相手方から被害届が出され、12月4日、唐津署から任意の事情聴取を受けた。福島市議は6日に同署を通して被害者に返金し、文書で謝罪。13日付で佐賀地検に書類送検され、26日に不起訴処分となった。 福島市議は「ご迷惑をかけ申し訳ない」と謝罪しつつ「今後も議員を続けていきたい」と述べた。 田中秀和議長は「市議という立場でありながら、このような事態を引き起こしたことは誠に遺憾」とコメント。市議会では24日、会派代表者会議を開き、福島市議への対応を協議する。 福島市議は2017年に初当選し、現在1期目。
2020.01.27
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FBではたくさんの皆様からお誕生日のお祝いメッセージを頂戴し、ありがとうございました‼️昨年4月末で埼玉県議会議員を勇退。7月の参院選までは現職並みに矢倉さんの再選に戦いました。5月からは森田実先生の塾のお手伝いをしていましたが、9月末で塾は休止。10月から今月までは【自分の自由な時間】がふんだんにある、贅沢な4ヶ月でした。今日から67歳。小中高校大学が16年。83歳を目標に学び直します。10月初めから右膝が痛く、右足を引き摺るように歩き、両足にいくつも乾癬ができていましたが、広布の一兵卒として動き祈ったおかげで、いいお医者さんといいお薬にめぐりあい、両方とも治りました。同じお薬を服用しても治らなかったという人にたまたま1週間前に出会い、やっぱり功徳だと改めて実感し感謝しました。たいした時間ではないですが、これまでの人生で、一番お題目が上がっています。皆様の励ましを胸に秘め、頑張ります。
2020.01.27
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赤沼大史さんが教えて下さった国民民主党の岸本議員のブログから転載します=大きなかたまりをつくって与党に対峙すべき野党は昨年の臨時国会から共同会派を組んで、共闘してきましたが、さらなるステップには移行できず、足踏みをしています。これも客観的にみればコップの中の嵐のようなもので、小さな政治に国民は辟易としています。安倍政権を倒せばよいというような次元の政治では国民の支持は得られません。
2020.01.27
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FNNオンラインの中から抜粋しました。立憲民主党の幹部は「玉木がこんなにぼんくらだとは思わなかった」と交渉の失敗にため息を漏らした。一方で、国民民主党側からも「あの党は枝野さんの独裁政権だ」などと立憲側を批判する声が聞かれる。
2020.01.23
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朝日新聞のいやらしい記事から=山口氏は「(自民党の)安倍総裁が憲法改正に意欲を示していることは承知している」と説明した。記者団が「総理は『私自身の手で憲法改正を成し遂げたい』と発言している。総理大臣としてめざしているとの意欲に聞こえる」と再質問すると、山口氏は「そういう風に聞こえるはずはない」と反論。語気を強めて「憲法のどこに、総理大臣が発議したり、採決したりということが書いてあるのか。発議権は国会にしかない」と主張し、憲法上行政府の長である首相には、憲法改正の権限がないことを改めて強調した。
2020.01.23
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僕が学校のトイレの洋式化推進に取り組み始めたのは15年前からです。公明党の議員団会議で先輩の質問をお手伝いし、質問の翌日、各紙が揃って大きく報道しました。以下、その記事の一つです。学校のトイレ「和式使いづらい」 県教委、議会で答弁 /埼玉2000/12/12 朝日新聞 朝刊 県教委は十一日、公立学校の先進的なトイレ事情を集めたトイレ洋式化の改修事例集を作成すると明らかにした。県議会十二月定例会で桐川卓雄教育長が井上正則県議(公明)の質問に答えた。 県教委財務課によると、洋式便器の導入率は公立小学校の一五%、公立中学校の一六%、県立高校の一七%。小、中学校で全く洋式便器がない自治体がそれぞれ四町村あった。家庭に洋式が普及したことで、和式は使いづらいという声も生徒や児童から出ているという。 県は今後、県内外の公立学校のトイレ事情を調査。デザインや色に利用者の意見を採り入れている例など先進的な取り組みを集めた事例集を作成し、自治体に配布する。 財務課の担当者は「和洋のどちらが良いかは判断していないが、学校の和式トイレには入りたくないという話も聞く。時代の要請もあり、子供の意見を採り入れたトイレづくりを進めたい」と話している。
2020.01.23
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サッカーのメッカといえる「さいたまスタジアム2002」。実は、建設の前、平成8年6月に、県議会で今の6万人収容規模に賛成する県議は少なかった。全体の2割くらいしかいなかった。公明党だけが全員、推進派でした。「見直しを」「4万人規模でいいじゃないか」「無駄な箱物」という空気が県議会と県庁全体を覆っていました。僕はこの月の本会議でこう切り出し、一般質問の持ち時間の3分の2を使って、あらゆる角度から6万人規模のスタジアム建設を訴えました。「ワールドカップうんぬんを抜きにしても、全国一の六万人収容サッカー専用スタジアムを建設するだけのすそ野の広がりが本県にはあるんです。 ところが、こうした事実から目をそらして、六万人の見直しを唱えれば、マスコミ受けするような空気ができている。六万人建設に対して腰の引けた弱気の虫が県庁全体を覆っています」。初当選の翌年、僕がとても真剣に挑んだ論戦でした。この時、当時の土屋県知事は明言を避けましたが、9月に6万人規模のスタジアム建設を決断したのです。以下、当時の新聞記事です。県営スタジアム建設、規模めぐり議論--県議会文教委 /埼玉1996/08/03 毎日新聞 2002年のワールドカップサッカー大会(W杯)の会場にも名乗りを上げている県営スタジアムの建設問題が2日、県議会の文教委員会(岡村幸四郎委員長)で取り上げられた。土屋義彦知事が建設計画自体は進めると表明したことから、規模を中心に激しい議論が繰り広げられた。W杯サッカー場が焦点になった今議会も大詰めで、知事を中心に執行部の判断にかかっていることが明白になった。 教育局から6万3000人収容の計画通り仕上がった基本設計が報告された。常緑の天然芝で、ラインは客席から13メートルしか離れていないサッカー専用場。建設後の維持管理費の算出は光熱費などが年間1億5000万円かかる見込みで警備や管理の人件費は含まれていない。 この日は、長峯正之委員(フロンティア)と福永信之委員(公明)らが6万推進を強調。「県民には6万なら賛成だが4万なら反対という人もいる」「6万人と4万人の規模の違いでは県財政に与える影響は年間3億くらいではないか」などと6万堅持を迫った。 一方、柳下礼子委員(共産)は「慎重に議論するとの昨年度の委員会付帯決議を尊重するなら4万人規模でもシミュレーションすべきではないか」、高橋正平委員(社民)は「県民の意見には6万人で造ってほしいという人もいれば、いらないという人もいる。県側がどう判断し、6万人で造るんだと納得を得られるよう努力したかに関心を持っている」など、ビッグプロジェクトに対する判断や取り組みのあいまいさを指摘する声も相次いだ。 滝瀬副次副委員長(自民)が「議会側の考え方はほとんど出て、執行部もわかったと思う。後は執行部側が自信をもって統一した見解を私たちに諮って、早い時期に実施設計に入ってほしい」と、判断を促した。【小平百恵】
2020.01.23
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大変遅くなりましたが、、、明けましておめでとうございます😲🙇去年はたくさんの方のご協力のもと、披露宴を無事に行えたこともそうですが、何より家族が増えたことが一番ビッグな出来事でした😁もう、写真の内容ご覧いただくとお分かりの通り(笑)表情豊かな娘に幸せをかみしめる日々です😢💕お正月は主人の実家へ。念願かない、義弟夫婦の2人の男の子たちと従兄弟大集合できました👶みんな可愛すぎてもう、たまりませんでした(笑)娘ちゃんは無事にハーフバースデーを迎えました😍大きく元気に成長してくれて、感謝です😢💕 皆様にとって幸多き一年でありますように✨本年も宜しくお願い致します😆#親バカ部 #写真の1枚目は元旦にテンション上がってる娘#女帝的な写真がたまに出てくるw
2020.01.23
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公明党埼玉県本部の賀詞交歓会に、初めて一般参加者として参加しました。浦和東武ホテルで数回、数百人規模で開催した後、13年前だったか、公明党の全議員で取り組む戦いに開催方針を転換。大宮の清水園で開いたところ周辺道路の大渋滞を引き起こしました。それで浦和ロイヤルパインズホテルで開催するようになりました。おかげさまで今年も大盛況でした。嬉しい限りです。ご出席くださいました皆様ありがとうございました。写真は毛呂山町議会議員の皆様5名と。感謝にたえません。スマホの写真は手前の人がひときわ大きく写ります。久しぶりにお会いして「少しやせたかな」と感じた千葉議員が大きく見え、荒木さんはそれなりに写っています。僕は後列ですからやせて、かつ、緑のお気に入りネクタイのせいか若く見えます。
2020.01.23
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https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000000266.html?fbclid=IwAR1UytVhrvgW4pyUfHstgtDB8hNaG8nCXOrbTCZ43yPSI5_f7SLuwGoBFqc
2020.01.23
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https://ksl-live.com/blog29153
2020.01.23
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志位たんが共産党書記局長になったのは1990年。委員長になったのは2000年。宮本顕治の長男・宮本太郎の家庭教師を務めていたとはいえ、あまりの厚遇ぶり。30年間も要職に居座るのは、世界一?素晴らしい功績を残したのならまだしも、共産党の議員数は減り続けている。まあ【院政】を敷く不破氏から見れば、まだヒヨコかな。日本共産党って凄い政党です。安倍総理を【長期政権】と批判するが。
2020.01.23
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おかげさまで26日のB.C.V.ライブは昼夜ともに予約でほぼ満席になりました。申し込み受付を終了いたします✨
2020.01.14
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朝、昼、夜の座談会が終わりました。1時間くらいしゃべれる原稿を用意して臨みました。雰囲気に応じて話をさせていただきした。1日3会場は少しきつかったですが、数多くの皆様の思いをお聞きできるのは、座談会ならではです。充実の1日でした。27歳の素晴らしい青年との出会いもあり、のちほど詳しく話を聞かせてもらう約束ができました。嬉しい🎵😍🎵
2020.01.12
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13時は10席、17時は3席余裕があります。曲名は第1回ジャミンライブの演奏曲。演奏するB.C.V.は若いメンバーのバンドです。ご希望の方は福永までご連絡をお待ちします。
2020.01.12
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抜きん出る。この言葉の通りの青年に6日、お会いした。27歳。法人、個人のコンサルタント業を営む。別れてから約6時間経つが、爽やかな余韻が僕の身を包んでいる。どこが素晴らしいのか。「居場所がない」。「今のままの君でいいんだよ」。などといった言葉を目にするようになってから久しい。これはこれで大事な言葉だ。だが、彼は「自分を高める」「そのために今、そして将来どうすべきか」を自分の「頭から血が出るほど」考え続け、実行に移し続けている。今日お聞きしたのは彼の歩んできた道のごく一部分だが、彼の言葉のままご紹介します。☆難病ゆえの不登校5年間。「〇〇のせい」にはしなかった彼は小学4年生の時に「アレルギー性紫斑病」を発症した。難病だ。運動制限のため、中学卒業前に完治するまでの約5年間、学校に通えなかった。自宅で過ごした。ごくたまに登校してもクラスメートの会話に全く付いていけない。「きのうは…」という会話に入り込めないからだ。「僕は一人ぼっちだ」。思い知らされた。そこから極端な「人見知り」に陥った。完治して、一人で電車に乗った時、大勢の乗客がいて、めいめい話をする光景が、彼にのしかかってきた。人の目が怖くてその場で気絶した。中卒で働ける場所は限られている。会話もできない。最初は大理石を建物の外壁などに貼り付ける現場で黙々と働いた。そして、同い年の子たちに1年遅れて4年制の定時制高校へ進学。部活動ではテニス部の部長を務めた。「人見知りを克服すること」にシフトし、コンビニのバイトに応募した。「自分がダメなのは病気のせいだから」「5年間も不登校だったから仕方ない」「こんな自分に産んだ親が悪い」などと思わなかった。不満や愚痴では自分を救えない。諦めなかった。でも、現実は厳しい。10か所受けた面接の結果は、すべて不採用。「コンビニのバイトで不採用ですよ。人見知りのすごさが分かるでしょ」。緊張して顔は真っ赤になり、声が出ず、店長から質問されたことに口パクで答えてしまっていた。でも、11社目のローソンで採用された。「いらっしゃいませ」。「声が小さすぎる」。ここから始まった。当たり前のことが当たり前にできないから努力した。努力を重ねた。3年後、抜き打ちで店舗訪問をするローソン本社の調査員が接客に関する調査項目すべてに満点をつけた。接客に関する賞を3つもらった。人に抜きん出た。「自分を高める」。彼らしさが発揮された。☆涙を流して話に聞き入っても、いずれ忘れるじゃないか高校4年生になった時、東京都教育委員会がグローバルリーダー育成プログラムを開始したことを知った。日本文化やグローバルリーダーシップを研修した後、海外に留学させるというものだ。英語は全く話せなかった。低学歴の僕にチャンスはあるのだろうか。学校の先生からは陰で「彼は宝くじにでも当たろうと考えているんだろうか。」と囁かれた。「宝くじに当たりに行くのではなく、当たりくじを掴んでやろう。」と意気込んだ。接客スキルを武器に応募。一期生に選抜された。「自分を高めよう」とする信念の強さが導き出してくれた結果か。不思議だった。留学するのは150名。メンバー対象に講演会が開かれた。NPO法人の理事長がカンボジアの少女が児童買春に巻き込まれる悲惨さについて話した。大半が涙を流しながら聞き入っていた。だが、彼は違った。「この子ども達の笑顔を護りたい」と決意した。ここが抜きん出たところだ。仲間たちが子ども達の為に優しい想いを抱いていることはすぐに分かった。「優しい想いも抱えているだけでは、月日の経過とともに風化してしまう。『かわいそうな話を聞いた』で終わってしまう」。そう考えた。『学生の想いを行動で示す。』決意を実行に移した。彼は信念の人だ。街頭募金の実施を150名に呼びかけた。仲間が出来、皆で役割分担をして企画を進めた。JR新宿駅前での街頭募金については、JRからすげなく断られた。彼はめげない。「JRがダメなら私鉄だ。」私鉄にもあたったが、実はJRから土地を借りている為、JRの判断になると断られる。道路占有許可を警察から取り付けた。仲間と共にチラシを作成し、立て看板をつくった。山手線の10か所の駅周辺の道路で街頭募金を実施した。当日、彼は山手線の一日切符を片手にすべての実施個所を巡回した。「誰に話しているかを明確に。体の向きを変えよう」。「横断歩道が近いと信号待ちの人がたまるから、もっと細かい説明をしよう。」などと的確なアドバイスをして回った。この取り組みは、「運動立ち上げ」の資金集めのアドバイスをするプロからも絶賛された。集まっても数千円だと考えていた。とプロからカミングアウトを受ける。しかし、二日間の70名の動員で42万円以上の資金集めに成功した。大人も巻き込み、参加した高校生の通う高校では、毎年校内募金活動を行うという新しい文化も生み出した。「一人でできることには限界がある。でも、大勢の仲間を糾合すれば掛け算で大きな力を発揮できる」。そのことを知った。☆「ない」から諦めることはしない留学先でも、仲間との共同作業に取り組んだ。オーストラリアで「日本展『MATSURI〜祭り〜」を開催したのだ。書道、折り紙、ソーラン節など日本文化を展示し、演技するイベントだ。書道のできる生徒はいた。だが、墨や筆がない。ホストファミリーや現地の外国人達から情報をかき集めた。日本大使館に掛け合い、調達できた。書道体験教室の完成だ。次は折り紙。平和の象徴である千羽鶴をどうしてもイベント当日に飾りたかった。彼自身が鶴を折ったが全くうまくできない。「じゃあどうするか」。そう考え、諦めないのが彼の抜きん出たところだ。日本語と日本文化を習う教室ジャパニーズクラスがある。クラスにお邪魔してプレゼンし、オーストラリア人の生徒達に協力を願った。「1つの学校で10人が10羽折れば100羽。これを他の現地校10校巻き込めば1校100羽で1000羽鶴になる」。ヒトの掛け算が持つ底力を知っている彼はそう考え、実行に移し、見事、展示した。日本展の会場も、ベストと考える場所を毎週末、シティに自ら足を運び選んだ。市内のメーン通りで、特に人の多く集まる場所を足でリサーチし、ピックアップ。ブリスベンマーケティングに乗り込みファッションショーで使用しているステージを使わせて欲しいと交渉すると、無料で借りられるとのことだった。しかし開催日目前になって公的な保険料の10万円を用意するよう言われた。留学生にお金はない。ショックだった。でも、彼は諦めなかった。そこで開催に向けた募金運動を展開し、お好み焼きなどを販売した。食べ物は原価が高い為に利益を作りづらいことを知らなかった。本来であれば飲み物を売るべきだと反省していた時に、オーストラリアの学校が彼の活動を応援すると明言し、材料費を全て負担してくれた。売上が全て利益になった。多くの人々の協力を得て10万円に近いお金を集めた。彼の辞書には「ダメだ」という諦め、甘えはない。人の歩いた跡に道はできるという。彼はまさに道をつくる人だ。「ナイス トゥ ミーツ ユー」くらいしか英語を話せなかった彼は1500人のオーストラリア人を前に英語で講演するまで成長した。原稿を編集する編集長役、スピーチの発音を手直しするインストラクター役、レコーダーに抑揚たっぷりに吹き込みをしてくれたナレーター役など多くのサポート役を買って出てくれたオーストラリアの友人達よって実現した。「洋楽を聴いて英語の歌詞を覚えるように、仲間にイントネーションなどをアドバイスしてもらって、レコーダーに吹き込みをしてもらい、発音を練習。英語の原稿を丸暗記して講演しただけです」。サラリと振り返るが、なかなかできることではない。一朝一夕のお願いで仲間は協力などしてくれない。☆「君の話をもっと聞きたい」と社長に思わせるには高校時代の経験から、実力を身に付けて『きれいごとを実力で押し通せるようになりたい』考えるようになった。多くの力を身に付けた立派な経営者を目指そう。その為には何をすれば良いのだろうか?留学も含め、5年間の高校生活を終えた後は「今は営業力を身に付けたい」と決め、進学ではなく日本最大規模の営業会社に中途採用で就職する。特定の商品を扱う会社の営業ではない。何でも売る営業の会社である。ルート営業でもない。一面識もない企業あてに1日250本以上電話でアポ取りをするところから始まる営業だ。営業先は中小企業。面談の約束を取れ、勇んで訪問しても「検討しますね」で終わった。検討の結果は待てど暮らせど来ない。体よくあしらわれただけだ。「決裁権のある社長に会わなければ成果は出ない」。そう考えた。しかし、ようやく社長までたどり着いても「今はゆっくり話を聞く時間がない」で終わった。「時間がないんじゃない。僕の話を聞くための時間はないということだ」。エレベーターで隣に立って1分前後で会話する。その1分間で、「話を聞いてみようか」と思わせるには5秒で気を引かなければならない。「じゃあ5分間だけだよ」。そう言われた時の5分間で、「もっと話を聞きたい」と思わせるには。どうすればいいのか。とにかく必死だった。彼の特長は、約500万円の商品、製品を「値下げせず定価販売すること」「初めましての法人営業で即決で受注を取ること」。「顧客心理を追求して本音を掴むこと」安売りするのでは、営業マンは大量販売ができるAmazonに負けてしまう。他の営業マンの4〜5倍で契約を結ぶことを決意した。営業先までの移動時間は経営学から心理学まで幅広い読書に注ぎ込んだ。日々の営業結果報告書では、その日独学で学んだ知識を現場で使えるようにノウハウ化しコンテンツとして全国に送信した。反響が生まれ、全国の営業マンが真似をしブームが起きた。それらのコンテンツは研修で教えられるようになった。1日4時間の睡眠で土日関係なく働き結果を出した。営業力がついた。同い年の大学新卒が入社してくる4月。ちょうど入社して半年になる4月に昇進し22歳で30代の部下を持つほどになるまで営業成績を上げた。次のステップを踏むために退職を願い出たが、強烈に慰留された。もう半年。今度はトップセールスを取り、社長賞を受賞した。ちょうど1年が経ち退社。コンサルとしての一歩を踏み出した。だが、大企業のもとで働いていたのとはわけが違う。経費がかかる。「独立した時から赤字が始まることを思い知らされました」。名刺を100枚配ってもそれが売上に繋がるのか分からない。何をすれば正解になるのか答えがない世界で不安と恐れが彼を追い詰める。90分のコンサルで2万円。顧客を得ても収入は限られている。そう迷っていた23歳の年末。ビジネスパートナーに裏切られ、入金予定のお金が手に入らないことが12/24に発覚した。年末年始は人と会えず経済が止まる。年明けに売上を立てなければ食べていけなくなる。頭から血が出るほど考えたのはこの時期だ。所持金が数百円のところまで追い詰められた日に顧客をクロージングし契約する場面が訪れた。「お金を得る為にトークで受注を目指すか、自分の信念を語り顧客を得るか」。岐路に立った。彼は、信念を語る道を選んだ。結果、90分のコンサルを月2回、半年30万円で契約は成立した。これが自信につながった。営業会社時代は、どんな商品も扱っていた。あらゆる職種の経営者に会い続けた。その経験も生きた。23歳から27歳までの間に多くの挑戦をし続けた。占い師から東京大学卒の宇宙工学の研究者まで、あらゆる職種の個人にコンサルしている。提供価値を磨き続け、90分11万円のコンサルで月2回、半年130万円でも依頼をいただけるようになった。同時に、法人の営業・経営コンサルに重心を移している。中小企業のコンサルティングに従事し、大企業のコンサルティングにも乗り出した。日本人なら誰でもその名前を知っている会社のマーケティングコンサルも請け負っている。これも、電アポからたどり着いた。27歳の今、次の目標も立てている。「僕は背骨がほしい。」「今までの狭い知見と成功体験に頼るばかりではなく、経営学を研究してもっと世の役に立ちたい。」と強く願い国立大学の経営学部に出願した。だから、4月からその国立大学に進学する。学費と生活費は当然のことだが、コンサルで稼ぎ出した。大学在学中の現役で公認会計士の資格を取りたいからだ。「生き急ぐ」ようにも映る。だが、青年が、自分の無限の可能性に挑戦すれば、無限の力が湧いて出る。そのことを教えられた。僕とは40歳の年齢差がある。「福永さんは、今、何を目指していますか。何に挑んでいますか」。こう問いかけられた。今年からは。そう期すことはあるが、甘っちょろかった。1分1秒を大切に、「自分自身と鎬を削る」生き方。「今日は昨日の我に勝つ」。柳生新陰流の教えだが、彼の生き方には学ぶところ多し。この一言に尽きる素晴らしい出会いだった。
2020.01.09
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https://snjpn.net/archives/173945共産党員は「実収入の1%」の党費を【毎月】納めた上で、月3497円の日刊紙の赤旗、月930円の赤旗日曜版を購読しなければならない。共産党は党員に厳しい態度で臨む。なお、カンパもある。
2020.01.03
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https://www.soka.ac.jp/topics/2020/01/4521/
2020.01.03
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https://www.nikkansports.com/m/sports/athletics/news/202001020000067_m.html
2020.01.03
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真田幸光先生のメルマガから冒頭部分を抜粋します。2.真理を求める為には、我を、そして、私欲を捨てなければならない。その為の心の支えとして、「自らが自らを強いと思う者は他者に優しくならなければならない。一方、自らが自らを弱いと思う者は他者を頼らず自らの力で生き抜く心意気を持たなければならない。」と言う意識を常に持ち、遮二無二生き抜くのである。3.そうした中、リーダーとなる者は、慎重に、論理的に、鳥瞰図的に、複眼的に現状を見つめ、そして現状を認識しなければならない。その上で、その現状認識によって導きたされた課題を克服する為の戦略を立て、どの課題をどのような順番で如何なる戦略をいつ実行するかを決断する勇気を持たなくてはならない。しかし、決断するだけではいけない。その決断したことを、魚が水の流れを読みながら生きるように、時と場を図りながら、一気に、果敢に行動に移さなくてはならない。そして、こうした分析、決断、行動の全てに対して、「責任を取る=腹を切る覚悟=」を持たねばならない。こうした素養と意識、そして意思のない者はリーダーとなるべからず。4.真理、私欲を求める為には、決して他者を肉体的に傷つけてはならない。即ち、暴力は如何なる要因があろうとも否定すべきであり、特に強者が強者の論理を以て、他者を肉体的に傷つけることは絶対に許されない。そして、可能な限り、他者の心も傷つけてはならない。しかし、これは難しい。何故ならば、人の心の傷は見えず、また、何を以て、他者の心が傷つけられたかを判断することは難しいからである。この辺が自然の摂理の中で生きる人間の限界であろうか?
2020.01.03
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https://sekokan-navi.jp/magazine/31430/2
2020.01.03
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「皆の思いを背負って、どんな状況でも、自分の走りで絶対にシード権を獲得すると決めていました。まずは、できるだけ早く前に追いつくことだけを考えていました。追いついた後も、一気に引き離そうと、攻め続けました。途中、何度も足がつりそうになりましたが、ももをたたいて持ちこたえました。心だけは絶対に負けないと決めていました。沿道の大応援が、その心をさらに強くしてくれました。区間新記録は意識していませんでしたが、日々、自分に勝つことにこだわり続けた結果だと思います」スポーツ報知(1月2日付)https://www.google.com/amp/s/hochi.news/amp/articles/20191223-OHT1T50125.html嶋津の目は、周囲が暗くなると「上映中の映画館」のように見えにくくなる。生まれつきの「網膜色素変性症」は進行性。この先、さらに見えにくくなる可能性もあるが「運命」と受け入れて前を向いて走る。陸上を始めたきっかけは、小学4~6年生で争う地域のマラソン大会だった。ゴール後に両親から褒められ「陸上って楽しい」と感じ、中1から本格的に始めた。小さいものが見えづらく、球技はほとんどできなかったが、走ることは大好きになった。「病気のことなど、知らないところで気を使わせて苦労させている」。ここまで支えてくれた両親への感謝を口にする。心の支えがいる。「いいライバルであり、いい仲間」と語る同学年でチームメート、そして同じ病気を抱える永井だ。創価大への進学を決めたのはLED照明など設備の良さと、入学前に同じ境遇を持つ永井の存在を聞いたからだった。永井も「同じ競技で同じ目の病気。やっと共感できる人がいると思った」と絆は強い。冬場は日が短く暗いため、朝は照明がある別トラック、夜は体育館内を2人だけで走り込み、月750キロのほとんどは永井とともに汗を流す。親友との“二人三脚”で、困難に屈することなく努力の末につかんだ大舞台。「令和最初だし、成人を迎える節目の年。こんな自分でも走れるところを見てもらい、見た人に一歩を踏み出してもらいたい」。初めての箱根路で輝きを放つ。(スポーツ報知1月2日付より)
2020.01.03
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こう書くとお叱りを受けるかもしれないが、10区に襷が渡った時点では、やはりシード権獲得は難しいのかと思っちゃいました。それを嶋津選手が覆してくれた。こんなに嬉しいお正月は初めてです。僕が創価大学に入学したのは50年前。体育の時間はグラウンドの石拾いから始まりました。駅伝を考えていた大学関係者はいただろうか。本当に素晴らしい、見違えるような創価大学になりました。1区と10区で区間賞(10区は区間新記録)。シード権争いで嶋津選手が繰り返し映され、創価大学、創価大学とアナウンサーが叫んだ。嬉しさの頂点でした。1区の米満選手も大きな自信と誇りをいただきました。写真はすべてテレビからスマホで撮影。
2020.01.03
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あけましておめでとうございます✨チャレンジにあふれたすてきな年になりますように(毎日新聞埼玉版の記事から)。昨年は統一地方選、参院選などでお世話になりました。ありがとうございました‼️僕は1994年に県議選予定候補に公認され95年に初当選させていただきました。25年ぶりに政治家ではないお正月を迎えます。令和2年が皆様にとって輝かしい年になりますよう心からお祈り申し上げます。法律で禁じられている年賀状も25年ぶりに何十枚か書きました。妻とも買い物に行きました。少し家事もしました。参院選までの25年間、インフルエンザにもかからず、病気ひとつせず、2回ぎっくり腰になっただけで、あとは元気に「走る福永」でいられたことに、ただただ感謝です。9月の終わり頃から膝を痛め今は走れません。現役でなくてよかった。うまくできています。
2020.01.03
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