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今日は激しく動きました。午前中は、数十人の支持者を訪問対話。コンビニで昼食をとり、大宮区へ。続いて越生町へ。定刻より10分遅れで、川越氷川会館で開かれた川越東部工業会の新年賀詞交歓会に出席。その後、鳩山町の公明党が主催した認知症サポーターの要請講座に参加し、再び川越に舞い戻り、会議でした。認知症サポーター講座は勉強になりました。「無」「少」「多」は、認知症予防のキーワード。「無」とは煙草をやめること。煙草は血管に障りをもたらすからです。昨年受けた脳ドッグの結果説明を医師から受けた時にも、健診結果の画像を見せられながら「血管の壁が肥厚し血流が悪くなる心配があります。煙草が原因と思える」と指摘されたことを思い出しました。ただし講師の先生が「やめてストレスがたまってしまう人は減らすこと」とおっしゃってくださったのが救いでした。「少」は、食事を腹八分目で抑えることとお酒の量を減らすことです。こちらは万全です。体重も2年前に比べれば4キロ弱減りました。駆け足をしても体が軽いです。お酒はもともと年5~6回しか飲みません。新年会に数十回参加しましたが、昨年10月以降、飲んでいません。「多」は、よく動き、よく休み、多くの人と接すること。こちらは、よく休むを除けば完璧です。「会合」はいいことだと思いました。認知症を進行させるのは「急がせる」「自尊心を傷つける」あと一つは資料を車に置いてきちゃったので、あとで書きます。講師の講演の後、挨拶に立たせていただいたので「何やってんの?! 早くして」と配偶者に言えば、配偶者の認知症リスクを増やすことになるのですね、とお話ししました。その前に、「公明党は、認知症サポーターの要請講座をきめ細かく開いています。みなさんと一緒に歩む政党は公明党です。ほかの政党が、やってますか」とお話しました。最後に、鳩山町の中山明美議員が、4月26日投票の町議選に臨むこと、僕はそれに先立って12日投票であることもお話しました。
2015.01.28
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森田実の言わねばならぬ 2015.1.26(その1)《今日の論点》安倍首相にもの申します/無謀な農協改革はやめなさい/農業をよくするためには、まず政府がいまの農業政策を反省し改めることです/責任を農協に転嫁するのは筋違いです/農業のことは、ゆっくり取り組むべきで、急いでは必ず失敗します/農業を大切にし、農業者を大切にするべきです 「自ら知る者は人を怨まず。命を知る者天を怨まず。人を怨む者は窮し、天を怨む者は志無し」(荀子) 安倍首相は己を知るべきです。農協をいじめるようなことはやめるべきです。 安倍首相が強引に進めている農協改革はきわめて危険なものです。今日まで日本の農業を担ってきた農協を破壊し、農業を破壊し、地域社会を破壊します。 農業に自由主義、市場経済至上主義、競争経済を持ち込むのは、誤りです。そんなことをしたら日本農業は崩壊してしまいます。 安倍首相は郵政民営化のときの小泉純一郎首相のような強引なことをしてはなりません。安倍首相はどうして農協、沖縄、中国、韓国などを悪者に仕立て上げたいのでしょうか? 「悪者づくり」はやめるべきです。大切なのは「和」です。争いはやめるべきです。 農業のことは農業者と農協にまかせるべきです。改革は農協自身がやるべきです。政府がなすべきことは、農協自身による改革を長い目で支援することです。政府の権力による外側からの改革は真に意味のある改革にはならないと思います。 大切なのは農協自身による自己改革です。政府は農協の自己改革を、温かい目で見守り、援助すべきです。農業のことは急いではなりません。ゆっくりやるべきです。2015年1月11日の「佐賀の乱」の教訓を忘れてはなりません。 次に、1.27のブログから転載します。《雑誌を読む》『月刊日本』2015年2月の「グローバル資本に略奪されるわが国の農地と農協マネー」(『月刊日本』編集部)は非常に重要な問題を提起しています 「国に諫むる臣あればその国必ず安し」(『平家物語』) 『月刊日本』は、日本の政治の現状に対し深い危機意識をもって、警鐘を乱打しています。注目すべき雑誌です。 『月刊日本』編集部の「グローバル資本に略奪されるわが国の農地と農協マネー」のポイントを紹介します。 《安倍政権が進める「農業改革」によって農業破壊の危機が迫りつつある。政府の規制改革会議が昨年5月にまとめた提言は農協を事実上解体し、地域共同体を破壊する内容だ。統一地方選後の5月にも、農協法改正案の国会提出を予定する。》 《規制改革会議がまとめた改革提言は3つの柱からなる。(1)農業会議と農業会議所の廃止を含む農業委員会の見直し、(2)企業の出資制限を緩和する農家生産法人の見直し、(3)全国農業協同組合中央会(JA全中)の廃止や全国農業協同組合連合会(JA全農)の株式会社化などを盛り込んだ農協改革ーーである。》 《鈴木教授によれば、「農業改革」の狙いは二つある。一つはJAグループを政治的に去勢すること。もう一つは民間へのビジネス譲渡である。悪政に対して全国規模で異を唱えられる組織は今、他にあるだろうか。農協の仕事が民間企業に移れば、農家の販売力が弱まるのは必定だ。 農協組織の弱体化が農家に打撃を与えると言うと、大抵の国民は首をかしげるだろう。どのマスコミも「農家はJAに買い叩かれている」との論調を展開するからだ。鈴本教授は言う。 「単位農協が自由に販売すれば、販売力が強化され、農家にプラスだと言うが、実は逆。農家はもっと叩かれる。中央会がなくなって各地域農協がバラバラになれば、互いが競争し、大手スーパーや巨大流通資本がもっと買い叩いて農家から自由にむしり取れるようになる」》 《米国に従属したい官邸にとって、農協は政冶的にも、ビジネス的にも、一番目障りな存在だ。それだけに、官邸による封じ込め政策は一層激しさを増している。第二次安倍政権になってから、官邸から農水官僚が完全に排除された。内閣人事局制度が採用され、農水省でも農協潰しに荷担しなければ局長や次官になれない状況が生まれた。》 《閉塞状況が深まる中で1月12日、佐賀県知事選で「県農政協議会」が推薦する山口祥義氏が、自公両党の推薦を受けた候補を破って当選した。山口氏を推したJA佐賀中央会の中野会長はJA全農会長も務め、安倍政権の進める「農業改革」に同県民が「NO」を突きつけた形だ。 この勢いに乗って抗議の嵐を起こさない限り、わが国の農地と農協マネーはグローバル資本に略奪され、地域社会は崩壊することになるだろう。》 『月刊日本』編集部の訴えは、正義の主張です。私たちは、日本の農業を守るために起ち上がらなければなりません。安倍政権の新自由主義への暴走を止めなければならないのです。
2015.01.28
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さきほど加筆修正した時に、僕の記憶に間違いがないか確認するため、埼玉県議会のHPにある議事録検索システムで「児童虐待」をキーワードに検索したところ、平成10年6月定例会で、僕が児童虐待を本会議場で初めて質問したことの裏付けが取れました。http://www.kaigiroku.net/kensaku/cgi-bin/WWWframeNittei.exe?USR=saisaik&PWD=&A=frameNittei&XM=000100000000000&L=1&S=15&Y=%95%bd%90%ac10%94%4e&B=255&T=0&T0=70&O=1&P1=&P2=&P3=&P=1&K=168&N=16645&W1=%8e%99%93%b6%8b%73%91%d2&W2=&W3=&W4=&DU=1&WDT=1
2015.01.27
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9時半ごろ帰宅しました。「福の会」でした。初めて参加してくださった方も多く、大盛況でした。帰宅後、手伝ってくれた妻や娘と語らっていると息子も顔を見せ、話に花が咲きました。ついつい帰宅後、すぐにチェックするとお約束していた原稿のことを失念してしまい、さきほど加筆修正してお送りしました。申し訳ない限りです。
2015.01.27
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このところ温かい日が続いています。今日も回りやすかった。ご一緒してくださったAさんは、ブログの読者でした。うれしかったです。午後からは、今夜の「福の会」の準備を行います。配布物の袋詰めは終わったので、原稿を書いたりさまざまな準備をします。今朝、お誕生日のお祝いを非表示にしました。心が痛む作業でした。僕がお祝いメッセージを送っていないのにもかかわらず、たくさんの友達からメッセージをいただき、本当にうれしかったです。ありがとうございました。あと66日で県議選が始まります。本当に時間がありません。頑張ります。
2015.01.27
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http://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/teireikaigaiyo/h2612ippannsitumon-3.html
2015.01.27
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26日夜6時から公明党埼玉県本部の賀詞交歓会が盛大に開かれました。毎年、参加者数は記録を更新しています。東武ホテルで約300名くらいの規模で開いていたころに比べると隔世の感があります。 地方議員の皆様が親しまれているおかげで、市町村長さん、市町村議会の議長さんたちも9割以上が出席してくださいました。 僕は午後4時からの運営役員会に参加して挨拶をして司会のリハーサルなどに立ち会った後、埼玉県浄化槽協会の新春の集いへ駆けつけ、乾杯の発声を仰せつかりました。司会から「ミスター浄化槽の福永県議」と紹介され、うれしかったです。 乾杯の後、10分ほどいて(オレンジジュースとウーロン茶を1杯すつ飲んだんだけ)から、再び賀詞交歓会の会場へ舞い戻り、県議選の候補者紹介で登壇しました。以下は、1.24の誕生日に書いた文章です。今日(24日)は暖かい一日でした。自転車のペダルを快調にこぐことができました。「ハンドル、キャンドル、自転車こいどる」という嘉門さんの替え歌の鼻歌が出たくらいです(古いかな)。 17時半にはリーフレットなどが事務所に搬入されました。おびただしい部数です。六三四堂印刷さんが、僕の無理な注文を受け入れ短時日で納品してくださいました。印刷の出来栄えも素晴らしく、六三四堂印刷さんの技術とスピーディーさと値ごろ感に感謝感激です。デザインと版下作成は、もちろん盟友の尾上晃さんです。 夜は、新年会。昨夜に続き、川越プリンスホテルでした。帰宅後、27日の福の会でお配りするため、今日届いた印刷物の封入作業を妻にやってもらいました。
2015.01.27
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寒い日に、熱い活動を展開する日が続いています。今日も、雨にも負けず、動き回りました。昨夜は、グッタリしてマッサージ機で朝まで寝てしまいましたが、今夜はまず、端座したおかげで、元気いっぱいです。勝利めざして頑張ります。温かい励ましにお応えできるよう走ります。マンション入り口でポットに入った温かいお茶をいただたり、塩味のトローチやペットの温かいお茶を頂戴したり。おにぎりと高級な栄養ドリンクを差し入れてもらったり。書きつくせないほど感激と感謝の日々が続いています。
2015.01.22
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森田実の言わねばならぬ 2015.1.19(その3)《新聞を読む》新聞配達員の皆さんに深く感謝します/『聖教新聞』1月19日号4面の「躍進の鐘を鳴らせ・座談会」(出席者:原田会長、正木理事長、杉本婦人部長、橋元青年部長、竹岡男子部長、吉井女子部長)の中に、私(森田実)のことが出ています/ありがたいことです/創価学会の皆さんは、みな紳士・淑女で、たいへん立派な人格者で心やさしい人々です/座談会出席者の5氏に対し、私は深い尊敬の念を抱いています/私は『聖教新聞』の愛読者です/配達員の皆さんは私にとって仏です [来る日も、来る日も、仏意仏勅の創価学会の機関紙である「聖教新聞」を届けてくださる、配達員の皆さまこそ、大聖人が深く賛嘆される「仏の使い」であることは、仏法の法理に照らして間違いありません](原田会長) 『聖教新聞』1月19日号4面の「躍進の鐘を鳴らせ・座談会」で、私(森田実)のことが語られている部分を引用いたします。1月19日早朝、親しい友人が知らせてくれました。じつは、早朝に『聖教新聞』を2面まで読んだのですが、4面までは目が届いていませんでした。友人に感謝します。 《「仏の使い」を賛嘆 橋元 聖教新聞を購読している政治評論家の森田実氏も、配達員の皆さんの姿をたたえている一人です。 竹岡 森田氏の家の新聞受けには、毎日、早朝に聖教新聞が入ります。いつか、あいさつをせねばと思い、ある冬の寒い日でしょうか、森田氏は玄関で配達員の方を待たれていました。 橋元 その時の印象を、こう語っています。「なんとすっきりして、爽やかで、本当に立派な姿でした」 竹岡 ある時は、去っていかれる後ろ姿に向かい、御礼をされていたそうです。それを見ていたマンションの管理人さんから「何をされているんですか」と尋ねられ、答えたそうです。「仏さまの後ろ姿に、最敬礼しているんですよ」》 以上が『聖教新聞』座談会からの引用です。 最近、体調がすぐれないときに、たいへんに親切なマンションの管理人さんが玄関の新聞受けのポストから私の部屋に新聞を届けてくれます。そのため、仏のごとき配達員さんに直接挨拶する機会はなくたいへん申し訳なく思っていましたのですが、時々2階の窓から配達員さんの後ろ姿に手を合わせ、最敬礼しています。 私が知っている創価学会の会員の皆さんは、みな、たいへんに立派な人格者で、やさしい心の持ち主です。そして親切です。仏のごとき君なりき、です。私は、深く尊敬しています。創価学会員の友人に会うごとに、もっと自己練磨に励まなければならないと反省しています。 仏のごとき配達員さんのことを考えると、それだけで身が引き締まります。自分はまだまだ修行が足りないと反省しています。創価学会の皆さんが進んでいる道と、私が今まで歩んできた道とは、コースが違っていますが、めざすところは「平和と人間尊重の理想」です。同じ目標に向かって、少しだけ違う道を進んでいる、と私は思っています。これからもたった一人の道を歩んでいきますが、理想の頂において出会うことができると思います。配達員さんは私にとって「仏」です。
2015.01.20
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僕が学校のトイレの洋式化推進に取り組み始めたのは15年前からです。公明党の議員団会議で先輩の質問をお手伝いし、質問の翌日、各紙が揃って大きく報道しました。以下、その記事の一つです。 学校のトイレ「和式使いづらい」 県教委、議会で答弁 /埼玉2000/12/12 朝日新聞 朝刊 県教委は十一日、公立学校の先進的なトイレ事情を集めたトイレ洋式化の改修事例集を作成すると明らかにした。県議会十二月定例会で桐川卓雄教育長が井上正則県議(公明)の質問に答えた。 県教委財務課によると、洋式便器の導入率は公立小学校の一五%、公立中学校の一六%、県立高校の一七%。小、中学校で全く洋式便器がない自治体がそれぞれ四町村あった。家庭に洋式が普及したことで、和式は使いづらいという声も生徒や児童から出ているという。 県は今後、県内外の公立学校のトイレ事情を調査。デザインや色に利用者の意見を採り入れている例など先進的な取り組みを集めた事例集を作成し、自治体に配布する。 財務課の担当者は「和洋のどちらが良いかは判断していないが、学校の和式トイレには入りたくないという話も聞く。時代の要請もあり、子供の意見を採り入れたトイレづくりを進めたい」と話している。
2015.01.19
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サッカーのメッカといえる「さいたまスタジアム2002」。実は、建設の前、平成8年6月に、県議会で今の6万人収容規模に賛成する県議は少なかった。全体の2割くらいしかいなかった。公明党だけが全員、推進派でした。 「見直しを」「4万人規模でいいじゃないか」「無駄な箱物」という空気が県議会と県庁全体を覆っていました。 僕はこの月の本会議でこう切り出し、一般質問の持ち時間の3分の2を使って、あらゆる角度から6万人規模のスタジアム建設を訴えました。 「ワールドカップうんぬんを抜きにしても、全国一の六万人収容サッカー専用スタジアムを建設するだけのすそ野の広がりが本県にはあるんです。 ところが、こうした事実から目をそらして、六万人の見直しを唱えれば、マスコミ受けするような空気ができている。六万人建設に対して腰の引けた弱気の虫が県庁全体を覆っています」。初当選の翌年、僕がとても真剣に挑んだ論戦でした。この時、当時の土屋県知事は明言を避けましたが、9月に6万人規模のスタジアム建設を決断したのです。以下、当時の新聞記事です。 県営スタジアム建設、規模めぐり議論--県議会文教委 /埼玉1996/08/03 毎日新聞 2002年のワールドカップサッカー大会(W杯)の会場にも名乗りを上げている県営スタジアムの建設問題が2日、県議会の文教委員会(岡村幸四郎委員長)で取り上げられた。土屋義彦知事が建設計画自体は進めると表明したことから、規模を中心に激しい議論が繰り広げられた。W杯サッカー場が焦点になった今議会も大詰めで、知事を中心に執行部の判断にかかっていることが明白になった。 教育局から6万3000人収容の計画通り仕上がった基本設計が報告された。常緑の天然芝で、ラインは客席から13メートルしか離れていないサッカー専用場。建設後の維持管理費の算出は光熱費などが年間1億5000万円かかる見込みで警備や管理の人件費は含まれていない。 この日は、長峯正之委員(フロンティア)と福永信之委員(公明)らが6万推進を強調。「県民には6万なら賛成だが4万なら反対という人もいる」「6万人と4万人の規模の違いでは県財政に与える影響は年間3億くらいではないか」などと6万堅持を迫った。 一方、柳下礼子委員(共産)は「慎重に議論するとの昨年度の委員会付帯決議を尊重するなら4万人規模でもシミュレーションすべきではないか」、高橋正平委員(社民)は「県民の意見には6万人で造ってほしいという人もいれば、いらないという人もいる。県側がどう判断し、6万人で造るんだと納得を得られるよう努力したかに関心を持っている」など、ビッグプロジェクトに対する判断や取り組みのあいまいさを指摘する声も相次いだ。 滝瀬副次副委員長(自民)が「議会側の考え方はほとんど出て、執行部もわかったと思う。後は執行部側が自信をもって統一した見解を私たちに諮って、早い時期に実施設計に入ってほしい」と、判断を促した。【小平百恵】
2015.01.19
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当たり前のことなのでしょうが、有権者は「勝たせたい」と思う候補に投票する。このことを改めて教えられました。そういう県議になれるよう一層、精進を重ねます。内面からにじみ出る人間力も磨きます。本当に、選挙は人間を鍛えるものだ、としみじみ思います。個人ひとりの力だけで、選挙は勝てません。でも、個人の力はどこまでも、あくなき挑戦で磨き続けなければなりません。今日は、ご挨拶回り、新年会、会合、ご挨拶回りなどの一日の行程を終えた後、これ以上ない悲しみに包まれている方を、渾身の力を振り絞って励ましました。帰宅後、さまざまな作業を行い、生命力を充電しました。このところ市民相談が激増。明日は、浦和で仕事します。
2015.01.18
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今日は風が冷たかった。予定よりも早くご挨拶回りが終了。本当は喜んじゃいけないんだけど、うれしかった。寒かったから。夜の会議を終えて22時過ぎに帰宅後、そのままマッサージ機で眠りにおち、さきほど目覚めました。16日の雨もきつかった。☆今日の仕事はつらかった あとは焼酎をあおるだけ♪ じゃないけど、 雨の戸別は寒かった 早く選挙ーが 終わればいい♪戸別訪問をしたわけではありませんが。 握手する手を温めておくため右ポケットに入れていたホッカイロが、午後3時半ごろにはほとんど冷たくなってしまい、手が冷たくなりました。 夕方からは浦和で意見交換会。暖房の効いた室内にいると、いつの間にかホッカイロが熱くなっていました。やっぱ、相当、寒かったんだ。さすがに、辛い一日でした。でも、とても充実していました。 *「戸別訪問は、選挙期間中に、軒並みに投票依頼の訪問をすること。替え歌では、戸別 という表現を使いましたが、戸別訪問などしていません。知り合いのお宅にニュースを届けて歩いただけです。
2015.01.17
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県営住宅の入居は年4回=1、4、7、9月)に募集します。今月の募集中の川越市内の住宅は以下の通りです。締め切りは1月31日厳守です。申込書は、市役所にも置いてあります。☆近居一般住宅。入居期間10年=親が川越市に居住し、川越市以外に住む子ども世代が介護や看護などで助けるために川越市の県営住宅に申し込む=川越小堤住宅 1戸☆子育て支援住宅。入居期間10年=18歳未満の子どものいる世帯=川越西山住宅 1戸。川越今泉住宅 3戸と3戸(間取りが違います)。川越いせはら住宅 1戸。川越小中居住宅 1戸。川越久下戸住宅 1戸。☆近居子育て支援住宅。入居期間10年=親が川越市に居住し、川越市以外に住む子と孫(小学生以下)世代が孫の世話をしてもらう(予定も含む)場合に川越市の県営住宅に申し込む。3人以上の世帯のみ=川越今泉住宅 1戸☆高齢・障害者住宅。バリアフリーではない。入居期間制限なし=川越神明町住宅 2戸。川越山田住宅 1戸。川越月吉住宅 1戸。川越今泉住宅2戸。☆単身住宅 入居期間制限なし=川越久下戸住宅 1戸。 A3で4ページの全県の募集資料から書き写しました。詳しい問い合わせと申し込み先は、049-249-4877(1月25日まで)、049-227-7963(1月26日から)です。申し込み対象の住宅が細分化しているのは、高齢・障害者、子育て支援など入居を優先すべき世帯をきめ細かく分けたためです。なお、抽選で当選者が決まります。公開抽選であり、県議の働きかけは何の役にも立ちません。
2015.01.14
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右折レーンの整備を本会議で主張したのは、平成9年12月定例会でした。当時、川越県土整備事務所管内(川越市、ふじみ野市、富士見市、三芳町、所沢市、狭山市)で3年間に2箇所した右折レーンを整備していませんでした。僕の質問の翌年から猛スピードで整備されるようになりました。当時、川越日高県道、川越富士見道路に右折レーンは「0」でした。。 【平成9年12月定例会の福永質問】 続きまして、交通渋滞解消大作戦の実施を提唱したいと思います。 バイパスや高規格道路も重要ですが、生活・通勤実感からいって、やはり最もいらいらを感じるのは、交差点や工事における渋滞であります。特に、右折車線のない交差点の先頭に右折車がいる場合や、前のバスが止まって乗客の乗り降りが始まったときに、いらいらは頂点に達します。 交差点渋滞の解消に大きな威力を発揮する右折車線とバス停留所をへこますバスベイ工事の状況を調べました。過去三年間、完成箇所に絞って、県内十一か所の土木事務所管内別に見てみましょう。数字は土木部と住宅都市部の合計です。 最初に、右折車線の整備数ですが、浦和土木事務所十七か所、大宮と川越が本当に寂しいありさまで、三年間でわずか二か所です。飯能十三、東松山五、秩父四、本庄〇、熊谷三、行田三、越谷六、杉戸八の合計六十三か所です。一つの土木事務所当たり、年間二か所しか整備されていません。http://www.n-fukunaga.com/news/2008/01.21.html
2015.01.13
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県議選の川越市選挙区(定数4)は、県下屈指の激戦区として注目される。 公明の福永、自民の渋谷、中野、無所属の舟橋の現職4氏に、民主、共産の新人が挑むからだ。 前回の県議選で現職の渋谷氏は15528票、舟橋氏は18132票だった。だが、1か月前の衆院選比例区・川越市で、民主は27907票、共産は19957票を獲得。いずれも当選ラインをはるかに上回った(福永は22504票、中野は22806票であり、民主は福永、中野票を上回った)。このため、「生き残り」をかける現職4氏と新人2氏の間で、熾烈極まる戦いが展開されよう。 既に各陣営は「連記ポスター」を早々と貼り出すなど激しい前哨戦を展開しており、とりわけ民主新人は「二世」であり、夏頃から父親と二人三脚で訪問活動を繰り返し、12月にはチラシをポスティングした。こうしたなかで、まことしやかに流布しているのが「福永は大丈夫だから」という安泰説。福永は、5陣営から「切り崩しの的」になっており、ぎりぎりまで「福永の切り崩し」が激しさを増すことは必至。安泰説によって切り崩しが進めば、福永は思わぬ事態も招きかねない。(敬称略)
2015.01.13
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民謡のおもだか秋子さんが、僕のパーティーについて書いてくださっていました。2月22日のエレキ・アゲインでも、第1部と第2部の幕間に歌っていただく予定です。津軽三味線の演奏も女性で日本第1位を獲得なさった素晴らしい才女です。http://ameblo.jp/omodaka-akiko/entry-11957260755.html
2015.01.12
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角栄商店街のアパート公明新聞兵庫支局勤務から本社政治部に人事異動し、川越市に移り住んだのは昭和59年8月1日である。妻の妹である堀越和美さんが当時、霞ヶ関東に住んでおり、彼女が探してくれたアパートに引っ越した。アパートは角栄商店街の一角にあった。カクエーストアのある四つ角に面していた。当時、とんかつ屋(後に小僧寿司)の2階の2部屋と、とんかつ屋の奥隣の2部屋が内部でつながっているという変則的な2階建て4部屋を家賃4万円で借り受けた。玄関は2階にあり、1階に勝手口があった。おもしろいつくりである。長男は、昭和57年12月11日、関西総支局から兵庫支局へ異動する間に生まれた。東大阪市の助産院で誕生し、退院後は西宮市のアパートで育った。その長男は2歳になっていた。つくづく面白いと思うのは、角栄商店街のアパートに引っ越したその日から妻のつわりが始まったことである。何が面白いのかというと、子ども2人とも、誕生と私の転勤がセットになっていたことである。長女は昭和60年3月に的場駅に近い栗原助産院で誕生した。アパートの間取りは、2階に6畳と4畳半の和室、1階は4畳半の洋間が2室だった。2階にお仏壇をご安置したこともあって、家族はほとんど2階にいた。冬場の1階は寒く、夏場は2階の仏間(?)にしかクーラーがなかったためでもある。しかし、台所は1階にあった。使い勝手が悪く、妻は苦労したようだ。2階の玄関には外階段がついていたが、その階段を昇る音は、実に大きく響いた。長女が生まれた時期から、夜10時前後に多くの青年が我が家を訪問してこられるようになった。2階の6畳が客間である。ひどい時などは10人以上が、その部屋にあふれた。真夜中であるから、訪問者は足音を立てないように細心の注意を払いながら、階段を昇ってくるのだが、それでも必ず音がする。その音が聞こえると、「誰か来た」と言って、妻は6畳間で遊んでいた子どもとおもちゃを抱えて、大急ぎで4畳半の部屋に移動する。そして、みんなが帰る午前0時過ぎまで、妻と子どもは4畳半の部屋で息を潜めて過ごすことになる。狭い部屋の中で、間違って、長男が、生まれたばかりの長女を踏まないように、妻は注意しなければならなかった(保育用のレンタルベッドは1階にあったが、長女はほとんど2階に寝かせられていた)。長男は、霞ヶ関駅前のかすみ保育園に通うまでの間、角栄商店街が遊び場だった。どうかすると、妻が電話や洗濯をしているすきに、まだ3歳にもならない長男が外階段を一人で降りて、カクエーストアの中や商店街を走り回っていたということが、しばしばあった。階段を下りると、すぐそこが買い物客も含め、自動車の往来の激しい交差点であるため、肝を冷やしたことが何回もあったそうだ。長男はカクエーストアで果物を売っていたおじさんや、焼鳥屋のおじさんに随分とかわいがってもらった。永楽鮨のご夫妻には、3歳頃から、ウニやイクラ、トロをご馳走になっていた(この頃から長男は舌が肥えており、妻の料理にもシビアな評価を下す)。それでも私の育ったアパートに比べれば、広さの点では上回っていた。私は生まれてから高校1年生の1月まで17年間、姫路城に近い本町の県営住宅の3階で育った。6畳2間、風呂なし、台所と玄関がそれぞれ1畳半の狭いながらも懐かしいアパートである。1部屋にお仏壇と私と弟の机、そして2人の机の間にテレビが置いてあった。もう一部屋には洋服ダンスや整理ダンス、卓袱台がり、父母はその部屋に寝て、私たち兄弟は机の部屋に寝た。父は神戸銀行(当時)に勤め、行員の皆さんからは慕われながらも、退職するまで全く出世しなかったという気骨のある(?)人物だった。母は病弱で、ネクタイを織る内職やアイスクリームのカップを作る内職などをしながら家計を支えていた。母は昭和36年8月、私が小学校2年生の時に創価学会に入会。いらい、見違えるように元気になり、私が小学校5年生になった頃からは自転車に乗る稽古をして、化粧品のセールスをするようになった。シャンソン化粧品である。アパートの庭で遊んでいて、夕方近くになると、前と後ろの自転車かごに化粧品の箱を積んだ母が帰ってくる。「きょうはようけこうてもろた(たくさん買ってもらった)」とか話す母に、弟と2人で「おみやげは」と言いながらまとわりついたものだ。母のセールスのおかげで私は5年生の夏から学習塾に通わせてもらった。塾に通うのも母の自転車だったから、朝から夜10時頃までフル回転だった。おみやげの話についでに書くと、父は冬場になると、「御座候」をよくおみやげに買って帰ってくれた。「御座候はぬくい(温かい)から、手もぬくうなるからええ(温かくなるからいい)」と語ってくれた父の笑顔と声が懐かしい。私は、本当に平凡な庶民の子どもである。そして、私の子どもも、小僧寿司の2階に住んでいた庶民の子どもである。若くして逝去なさった加藤治美さん(元霞ヶ関南自治会会長)もよく我が家を訪問してくださった。川越に来てから5年近く私は自動車免許がなかったため、加藤さんや藤生典司さんたちに、早朝から深夜まで、何10回、何100回も車に乗せていただたか分からない。本当に親切にしていただいた。感謝に堪えない。もう一つ面白いというか、不思議な出来事の思い出が、このアパートにはある。ある日突然、妻のハンドバッグがなくなった。バッグには財布が入っており、いくばくかの現金や妻の運転免許証や銀行のカードなどが入っていた。一大事である。私はその話を聞いた時に、長男が2階の窓から外に放り投げ、だれかの手に渡ってしまい、もう戻らないのではないかと推測し、大事なものから目を離した妻を非難がましい目で見たような記憶がある。途方に暮れた妻は、東松山市に住むおばあちゃん(長島ひさじ=故人)に「どうしよう。警察に連絡しなきゃ」と相談した。妻から話を聞いたおばあちゃんの言葉がふるっている。「そんな必要はない。戻ってくるように祈ればいいんだ」と妻に言ったのである。「祈ればいい」って?いくら昭和28年入会の信心強盛なおばあちゃんの言葉とはいえ、仏法は道理である。妻は明日にでも警察に届けようと思ったそうだ。しかし、妻は半信半疑ながら、それでも真剣に祈った。すると、翌日、千葉県から小包みが届いた。差出人の名前は書いていない。「何だろう」と空けてみると、妻のハンドバッグが入っていた。中身はなくなる前のままで、財布のお金も1円も減っていない。そんな話を妻が報告した時のおばあちゃんの言葉がまたすごい。「おばあちゃん、バッグが出てきた」と話す妻に、何と言ったか。「当たり前だ」の一言が返ってきたというのだ。すごい信心である。おそらく郵送してくださった人は、幌のないトラックを運転していて、長男が窓から投げたバッグは、その荷台に落ちたのではないかと思ったりするが、あくまでも推測の域を出ない。「バッグがどうして我が家から消えたのか?」「そして小包で戻ってくるまでの経緯は?」永遠に解くことのできない謎であり、人の良心に触れた、ありがたい思い出である。お礼をしようにも、千葉県の消印があるだけで、どなたが送ってくださったのか分からないことだけが、心残りである。久しぶりに永楽鮨にお邪魔して、ついつい筆が進んでしまった。 http://n-fukunaga.seesaa.net/article/7026205.html
2015.01.12
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2007年02月11日「川越第2産業団地」を19年度から整備福永県議が平成7年の初当選いらい、県から、はねつけられても、はねつけられても公明党の江田俊雄川越市議と手を携え一貫して推進してきた「川越第2産業団地」の整備予算41億7856万8千円が、埼玉県の新年度予算案に盛り込まれた。 場所は、川越工業団地の東側の隣接地。圏央道川島ICから約キロメートル。総事業費73億4621万8千円を投じ、埼玉県が川越市との共同事業方式で行う。19年度から21年度までの3カ年事業。分譲予約は、19年度から開始する予定。19.4ヘクタールを開発し、15.3ヘクタールを分譲する。圏央道の開通も間近であり、産業立地には最適の位置にある。 福永県議は川越工業団地の拡張について、川越東部工業会の諏訪部喜義理事長より要請を受け、県企業局に早期実現を訴えてきた。しかし、折からの景気低迷によて県企業局の開発済み工業団地の分譲売れ残り状態が続き、県は新規開発の凍結、さらには新規開発からの撤退を決め、一時は川越工業団地の拡張は不可能な状況に陥った。 しかし、福永県議は、昨年3月の県議会予算特別委員会の総括質疑において、「既存企業の支援」を主張する一方、「企業誘致には、工業団地を県が造成することが不可欠」などと強く主張し、知事の前向きな取り組みを促した。 一方、江田俊雄市議は、市長はじめ市当局へ工業団地拡張に向けた取り組み強化を求め、専任職員を配置させた。さらに、江田議員は、地元地権者からの用地提供の協力を得るための努力を積み重ねてきた。 諏訪部理事長ら川越東部工業会は、アンケートなどを通じて県と川越市に対して企業の工場用地需要の大きいことを示す一方、県や川越市に要請活動を繰り返してきた。既存の東部工業会の企業だけでも、製造品出荷額は1兆円に達しており、第2団地が分譲・稼働すれば、地元経済の活性化、雇用の場の拡大が大いに期待される。分譲にあたっては、長い間、拡張を待ち望んできた地元の既存企業へ優先分譲するよう求めていきたい。 また、19.4ヘクタールもの開発土木工事や、進出事業者の工場建設などによって、公共事業費の削減にあえぐ地元建設土木業界にも好影響を与えることになる。http://blog-fukunaga.seesaa.net/article/33444599.html
2015.01.12
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12月に行った一般質問の要旨が埼玉県のHPにアップされました。質問項目は以下の通りです。1.新年度の予算編成などについて(知事)2.公共事業について (1) 入札の「不調」と「不落」について(知事) (2) 予定価格算出の在り方について(知事) (3) 測量の業務委託について(県土整備部長) (4) 最低制限価格について(総務部長) (5) 建設工事の発注時期の平準化などについて(岩崎副知事)3.圏央道インターチェンジ周辺の開発について(知事、公営企業管理者)4.ドクターヘリについて(知事)5.県立高校トイレの洋式化・温水洗浄便座化について(教育長)6.産業廃棄物の中間処理業者の育成について(環境部長)7.消防団の育成について(危機管理防災部長)http://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/teireikaigaiyo/h2612ippannsitumon-3.html
2015.01.12
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1.12付け公明新聞に僕の質問と答弁の記事が掲載されました。出稿デスクと整理部のおかげで短い記事でしたが、「左肩」扱いでした。うれしー。FBにコメントを頂戴し、直接、お電話やメールもたくさん頂戴しました。本当にありがとうございます。学校トイレの洋式化については、15年くらい前に、公明党の県議団会議で一般質問の内容を検討したおりに、僕が提案し、当時、先輩に質問していただくお手伝いをしたことがあります。この時は、各紙の埼玉版がこぞって破格の大きな扱いで報道してくれました。以下、今回の埼玉新聞の記事と、県議会の質問と答弁の要旨です。2014年12月6日(土) 埼玉新聞 県立高校のトイレ100%洋式化へ 関根県教育長が方針 県が県立高校139校全てのトイレを100%洋式にする方針であることが5日、県議会の一般質問で明らかになった。関根郁夫県教育長は「耐震対策の進ちょくを踏まえ、財源の確保や整備手法を工夫しながら、まずは(通常の授業が行われている)普通教室棟のトイレの洋式化100%を目標に整備を進める」との考えを示した。福永信之議員(公明)の質問に対する答弁。 福永氏は、現在の子どもたちの自宅トイレは洋式が圧倒的で、コンビニエンスストアやファミリーレストランなども洋式であることを強調。学校のトイレが和式であるため、昼休みに学校を抜け出し、コンビニのトイレを借りる高校生がいることも例示した。 県教育局財務課などによると、県立高校139校のうち、洋式率が50%以上の高校は29校。110校が50%未満で、中には10%未満も7校あるという。 関根県教育長は「生徒の安全を守る耐震対策を優先しているため、トイレ洋式化を含む老朽化対策に十分な投資ができていない状況にある。トイレ洋式化、温水洗浄便座化は、衛生的で快適な学習環境を確保するため、優先的に取り組むべき課題」と述べた。http://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/teireikaigaiyo/h2612-c050.html
2015.01.12
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午前9時半から出初め式に出席しました。県議代表挨拶は中野県議にやってもらいました。川越消防団の12の分団のきびきびとした動きに寒さを忘れました。尊い皆様です。以下は、先月も書いた僕の12.5一般質問原稿です。【消防団の育成】 東日本大震災において、被災地の消防団は、自らも被災者であったにもかかわらず、 水門等の閉鎖、住民等の避難誘導、救助、消火、避難所の運営支援、行方不明者の捜索、ご遺体の搬送・安置などまで、実に様々な活動に献身的に従事しました。 テレビに映し出さる救助、捜索活動の主役は、自衛隊員や警察官でしたが、実は、真っ先に現場で身を挺して動いたのは消防団員であり、救急車や自衛隊の車両が走行できるよう道路のがれきを撤去されたのは、建設業の皆様であったことを忘れてはなりません しかも、こうした活動の中で、命を失った消防団員は、254名にも上ります。その約6割は住民の避難誘導や住民への広報活動のさなかの死でした。今後、改善しなければならない課題ですが、同時に、最後まで住民に寄り添う消防団員スピリッツの現れだったと思えます。 しかし、かつて全国で200万人を超えていた消防団員数は、現在、約88万人です。本県の消防団員の人数は、この5年間、14200人台で推移しています。というか、持ちこたえていると思います。現役・OBの消防団員、消防行政当局の御努力のたまものであると、敬意を表します。 しかしながら、条例定数である15371人の充足率は92.88%です。 どうすれば、消防団員をもっと増やすことができるのか。 そのカギを握るのが、女性です。女性消防団員は本県に509名。町では、 神川町の18人を筆頭に、松伏町とときがわ町が13人、毛呂山町と杉戸町が12人、川島町では11人が上位に並びます。 しかし、9つの市と11つの町の計20の自治体では0です。人口比を考えてください。 こうした現状では、女性消防団員の育成に、本県が取り組んでいますとは、言えないでしょう。0がこんなに多いのですから。 そこで、危機管理防災部長より、女性消防団員の育成と、消防団員の条例定足数を満たすことに今後、どう取り組まれるのか、明快なご答弁をお願いいたします。 さて、男性の消防団員は隔年で開催される本県の操法大会をめざして技術を磨いています。今年は川島町第6分団が優勝し、全国大会へと駒を進めました。 しかしながら、本県は女性消防団員の操法大会を、開催していません。任意にその年の全国大会に出場する消防団を決めているだけです。 これでは仕方ないと思います。 次回からきちんと開催しますという明快なご答弁をお願いし、私の質問を終わります。
2015.01.11
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訃報の多い季節です。お亡くなりになってから火葬まで「10日待ち」が川越市の現状です。2017年度に川越市が新斎場を完成させるとの記事がきのうの読売新聞朝刊に掲載されました。火葬炉が5基から12基へと2.4倍になります。川越に新斎場 市が建設発表2014/11/28 読売新聞 川越市は同市小仙波に新たに12基の火葬炉を備える「川越市新斎場」(仮称)を建設すると発表した。斎場が不足している状況や、同市旭町の「川越市斎場」(5基)の老朽化などを受け、新しい斎場の建設計画を検討していた。 新斎場は市が運営する葬儀場「市民聖苑やすらぎのさと」と向かい合う約1万7800平方メートルの敷地に建設する。鉄筋コンクリート2階建てで、30人収容の式場2室、告別室4室、見送りホール4室を備える。外観は田園風景と調和した落ち着いた色調で“小江戸”をイメージした瓦ぶきの屋根も特徴。施設全体でバリアフリー化を図り、照明の約90%にLED(発光ダイオード)を採用するという。 総事業費は約57億円で、2017年度の供用開始を目指すという。市は、新斎場の供用後、川越市斎場を廃止する方針だ。 新たな斎場の建設を決めた理由について、市は「亡くなってから10日間も葬儀ができないケースがあるなど、斎場が不足している」と説明している。
2015.01.11
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森田実先生の年頭の抱負から一部を転載します。「安倍首相の政治家としての本質は、ポピュリストだ、と私は思っています。マスコミが平和友好路線を主張するか、それとも敵対路線を主張するかに左右されるおそれが大きいのです。安倍首相はまた、側近にも影響されやすい政治家です。側近は極右政治家で固めています。 安倍首相の「のらりくらり右翼政治」が続く限り、国民の不安は続くことになるでしょう。むずかしいのは、安倍首相の「のらりくらり右翼政治」が、いまのところ国民の支持を得ていることです。国民の無自覚が安倍首相の「のらりくらり右翼政治」を許しているのだと思います。 安倍首相は経済優先を強調してきました。 2014年12月14日の衆議院議員選挙のときには「景気回復、この道しかない」と訴えました。多くの国民は、衆院選後に安倍首相が景気回復一本槍の政治を行うと期待しました。しかし、衆院選が終わると、「この道とは景気回復と憲法改正」と言い換え始めています。たしかに自民党の選挙公約文書中に憲法改正はありますので、完全な嘘、公約違反とは言えないかもしれません。しかし、二枚舌的な感は否めません。少なくとも誠実ではありません。やり方が不誠実です。 私たち国民は、安倍政治の「不誠実さ・曖昧さ・のらりくらり右翼政治」に騙されてはならないと思います。鎧を着ながらそれを衣で隠すような「ごまかしの右翼政治」の打破こそが、2015年の国民の課題だと私は思います。」
2015.01.06
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3年で主将を務めて1区を区間13位で走った山口は「これが箱根駅伝と実感した。厳しさ、難しさを感じた」と現状をかみしめるとともに「来年は往路を6、7位で終えて絶対シードを獲る。エースで主将の自分がチームを引っ張っていきたい」と決意を述べた。=以上、スポニチの記事です。復路6区の小島は区間12位、往路1区の山口は区間13位。いずれも滑り出しは大健闘でした。監督の「うちのめされた」とのコメントが読売に載っていたが、山口主将の決意はうれしい。
2015.01.04
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今日、14時から行った僕の演説内容の要旨は以下の通りです=きのうは午後3時から矢倉克夫さんたちと打ち合わせを行った後、夕方から県議会へ。休日夜間は守衛さんから鍵を受け取りますが、僕の顔を見た守衛さんはすぐに公明党控室の鍵を渡してくれました。定数94の県議会で、こんなふうに守衛さん(交代勤務ですから10名近いのかな)が顔を見てすぐに名前が分かる県議会議員は数少ないです。 僕は、休日夜間を問わず仕事で県議会へ出入りしているので、僕のことを知らない守衛さんはいません。これは一生懸命働く県議としての僕のささやかな誇りです。 20年前、初当選させていただいた時に、寝たきりや重い認知症になった方が入所なさる特養のベッド数は川越市内で100しかありませんでした。高齢社会を見据え、僕はベッド数を増やしますという公約を掲げました。今では特養926と老人保健施設605ベッドにまで拡充されました。 川越駅西口に今年春、ウエスタ川越がオープンします。初当選した時に、計上されていた予算額は100万円の調査費だけでした。僕は「これでは『諦めていませんよ』という言い訳をするための<アリバイ予算>の金額だ」と委員会で追及しました。その結果、数年後に1000万円へと予算は増額され、県も本腰を入れ、川越市議会でも公明党の先輩議員が推進し、ここまで来ました。20年越しの取り組みがいよいよ実を結ぼうとしているのです。 子ども医療費は、やはり20年前は「3歳のお誕生日で打ち切り」でした。これも県の補助枠を拡大させ、市議会公明党が粘り強く推進してくださったおかげで、今では中学校を卒業するまで通院も入院も無料になりました。 「市民に寄り添う」。これが公明党らしさです。 「20年かけて粘り強くあきらめずに取り組む」。これが僕の政治姿勢です。
2015.01.02
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公明新聞の元旦号1面に、山口代表が、大学受験で1回、司法試験で4回、衆院選小選挙区で2回の計7回、苦杯をなめたことを語っていました。議員研修会で、衆院選で2回落選し、勇退を考えたお話をなさったことを思い出しました。文字通り「七転び八起き」です。だから、苦労をなさっていいるから、今の山口代表があるのでしょう。ちなみに僕は山口代表と同い年ですが、足元にも及びません。精進します。まだまだ「若い」のですから。帰宅後、今日2度目のお雑煮を食べました。議会ではカップ麺を食べただけだったので。
2015.01.01
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新年明けましておめでとうございます。今日は午前8時から初勤行、午後3時から会議。その後、今まで久々に元旦から県議会で仕事をしました。選挙の年だから家族も諦めてくれています。会議に向かう前に、お雑煮はしっかりと食べました。
2015.01.01
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