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恒例のえらい忙しい時期がやってまいりました。ジャンジャンバリバリ仕事しておりまする。うひー。 こういう日は日記の文章を練るヒマがないわけで(練っててアレか、という批判は聞かない)、もちろん更新は滞るわけで。例えば28日の日記なんかは、実はなんだかんだで数時間かかってたりする。我ながらまあヒマだなあとは思うのだが、ああいう日記を書くと、その後も「それくらいのものを書かねば」なんて妙なプレッシャーが自分自身にかかり、よけい書けなくなるというジレンマね。 ああもうダメループ突入ね。自業自得ね。知ってるよ小学校で習ったよ。 というわけで、何も考えてない日記を今こうして書いているわけだからして、内容は当然限りなく薄っぺらくなるわけだ。つか毎日あんな分量書けねえっつーの。権力作用? 自由主義? ハァ? みたいなね。 で、だ。そんな状況でもセブンイレブンとファミリーマートで売ってる「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」のフィギアたちにハマりまくってるわけだ! かーっ、たまらん。ジャックが出ねえ。大人買いしちゃうよコノヤロウ。などとひとり喚きながら、探し物を求めて今日もとりあえずコンビニへ。っって、きーっまたショックかよ、3個目だよもういいよ!
2004/09/30
2ちゃんねるでの「レイプ疑惑事件」について興味があり、いろいろと見て回っているうちにこちらの更新がおざなりになっていた。御足労いただいた方々、申し訳ない。 上記事件の概要は詳しく知りたい方はここを。 最初に書いておくが、本件について私自身はまったく関わってなく、また概要を知ったのは昨日のことであってかなり周回遅れ気味であり、当然ネット内に出ている情報しか知らず、また2ちゃんには書き込めない環境にあり、事実2ちゃんに書き込んだこともなく、それはこれからもないだろう。 知り合いは「2ちゃんは日本が世界に誇る文化だ」と言っている。ホンマかいなと思うが、真剣にそれについて検討したことはない。 さてそのうえで、上記「レイプ疑惑事件」のおおまかな概要は以下のとおり。(1)2ちゃんねる「OFF板」にて定期的に開催されているオフ会が催される(2)オフ会終了後に、何度か2ちゃんでのオフ会幹事を務めた「坊主」(♂)が、こちらは何度めかの参加である「武者」(♀)を、「これからウチにDVDを見に来ないか?」と誘う(3)夜中であるが両親同居のアパートであるし顔見知りであることも安心感を誘い、武者は同意。2人で坊主の自宅へ(4)部屋で2人でDVDを見ていたが、酔っていたこともあり、坊主にうながされて武者は横になって寝てしまう(5)DVD終了後、坊主が武者にセックスを求める(6)武者(♀)は「とても嫌だったが、抵抗して何かされるのも恐くて何もしなければ早く終わるだろう、早く終わって欲しいと思うあまり」、坊主(♂)は「俺は“同意”だと確信してます」、「嫌がっているそぶり等は一切ありませんし」と後に証言しているが、ともあれ2人はセックスをする(7)行為の最中、坊主(♂)はそれを動画に録画(おそらくケータイで)(8)後に武者は行為を後悔し、動画を消去すべく坊主を呼び出し、ケータイを奪って水没させるが、動画はすでにPCにコピーされていた ハメ撮りってヤツですな。私はまったく興味ないし、やったことももちろんないんだけど、愛好者は多いようだ。自分の見て楽しいんかなあ。AVについてはガッツンガッツンに見ているわけだが(最近見てない)、これも男性視点でのカメラで撮られたものはちっとも面白くない。 えー……、話しが大胆にズレた。 事件の本質的な部分だけを抜き出せば上記のような流れだと思われる。(客観性を強めるため、かなり控え目に書いている。武者の日記(後述)を読む限り、セックスの現場でのやり取りはもっと凄惨ではなかったかと考えている) この後、事件後に武者とヨリを戻すことになる元カレ(ハンドルは「リシエ」)が登場したり、武者が水没させた坊主のケータイについての弁償を巡ってのやり取り、元カレと武者の土下座、「オフ板」とこのレイプ事件を報じる「ニュース速報板」との確執、「オフ板住人」のオフ会に関する認識、さらに「これは和姦か」、「いや強姦だ」という2ちゃん内での論議、などがあり、まあ既出の情報を追い掛けるだけでも軽く1日はかかる。 武者(♀)本人の証言はこちら。 坊主(♂)の証言はこちらとこちらを参照のこと。 いずれも本人のコメントと思って間違いなさそうだ。 本件については法廷に持ち込まれる可能性が高く(おそらく刑事事件)、司直の判断を待たずにどうこう言うのはどうかと思われるのではあるが、まあ上記の事件紹介も含めた私の論考は、すべて野次馬の勝手な推論をもとにしたものだ、ということをまずご理解した上で読んでいただきたい。 また、この日記で事件を知った方がなにがしかの判断をし、それをネット上であれリアルであれ、どのような形かで誰かしらに伝えるさいには、関連リンクをせめて飛んでみて読んでからにすることを強くお薦めしたい。これはあくまで「お願い」ね。 ちなみに本件はなお現在も2ちゃんねる、ニュース速報板でスレッドが進行中であり、現在(04/9/28,15:30)は「66スレッドめ」まで伸びている。今晩にもdat落ちしそうな気配だが、一応リンクしておくと最新版はこちら。 現時点で表に出ている情報を読む限り、この事件についてはいくつかの方向から考察が加えられるだろう。ザッと思いついただけで以下のとおり。(あ)男と女がセックスに及ぶときの機微と認識差について(い)ネットでの知り合いとオフラインで出会ったさいの関係性について(う)「2ちゃんねる」、特にオフ会の開催に特化した「オフ板」の存在意義(功罪)について また、以下は少し抽象的なきらいがあるが、(え)本件における、「2ちゃんねる」(「オフ板」でもよい)という掲示板運営・管理の責任について(お)【ネット場で実際の出会いを推進する場】の功罪について などが気になっている。 (う)については(お)の案件と直接的に関わってくるわけだが、いわゆる「出会い系サイト」の可否についての考察も含まれるので、あえて別項とした。これらについては後日、時間があればそれぞれについて、たぶん時間はないだろうから、結局はどれか特に気になる問題について、別途考察を加えてみたい。 また、本事件については2ちゃんねる内でかなり早い段階から、早稲田大学のイベントサークル「スーパーフリー」が巻き起こした集団レイプ事件との類似性が指摘されていた(9月27日に元代表和田被告の公判、判決は11月2日)。 「オフ板」では「古参固定ハンドル」と呼ばれるオフ会の幹事常連群(5~6名と思われるが不明)が各オフ会、各参加者に一定の影響力を持っており、そこにはローカルルールとしての上下関係が存在し、かつそれにともなう仲間意識が跋扈していて、さらには本件のようなレイプ疑惑が以前からあったとされている。その点についてが本事件と「スーフリ事件」の共通性と言えよう。 上記にあげた「上下関係」、「仲間意識」の存在が、本件関係者に対して一定の「権力効果」をもたらしていることは疑いようもなく(これは「これについて何か言うと迫害される」といった強度な権力作用から、「あいつとは知りあいだしな」といった緩やかな共同体意識まで含まれる)、それが本件について底が知れないような不安感と、「オフ板閉鎖要望」まで繋がる大きな批判に展開する要因をもたらすことになっているようだ。 私見ながら、本件とスーフリ事件については、共通性も多いが差異性もかなりある、と考えている。スーフリ事件については、報道された事実を読む限り、「天皇」とまで呼ばれた(不敬だ)「和田サン」を頂点とした、レイプシステムの構築にこそ事件の本質があると私は考えている。 しかしこの「2ちゃんオフ板レイプ疑惑事件」では、そうしたトップダウン式の命令系統は存在していない【と言われている】し、そのシステムの体現的象徴的存在はなかったと思われる(あったとすれば情報統制が稚拙過ぎる)。本件にあるのは、ただただ堕落した仲間意識と、それにともなう倫理観の喪失、そして痴情と、犯罪だろう。 ただし、一点付記しておかねばならないことがある。 本事件に関しては、現段階で2ちゃんねるの元管理者が「個々人の自己責任において事件に対処するものであり、オフ会については(「法」を含む社会規範に則ったうえで)各々の自治範囲内ではないか」と発言している。 「自治」とはなんぞや。そこには「個人として倫理を犯し、個人として道徳に反する自由」も含まれるのか(あえて「法的責任」はここでは問わない)。掲示板の「管理・運営」とはどこからどこまでを指すのか。「人と人との関係」に、管理者はどこまで、参加者はどこまで、ROMはどこまで、国家権力はどこまで、どのように関わることができるのか。関わるべきなのか。 飛躍を承知で書くが、本事件はネット内での「自由主義的思想」と「社会主義的思想」の分水嶺となっているような気がしてならない。探し物はまだ見つかってない。ちょっと疲れたし、なんだか少しムカついている。 余談ながら、武者(♀)は20歳の女子大生で、写真を見たが、かなり可愛い。
2004/09/28
昨晩の酒が抜けていなくて、少しフラフラしている。先ほどからスポーツドリンクを飲んでいるのだが、まったく味がしない。自業自得とはいえ辛うござるな。 はてさて結婚式話は続くわけだが、この度出席した披露宴は中学の同級生であるからして、当然同級生である。私と同年齢の男子ということで、まあ晩婚の類いなわけだが、同い年の新婦側友人には独身女性がかなりいた。 男子当然の義務を遂行すべく、新婦側友人が集うテーブルに行ってビールなどを注ぎつつ雑談。「いい男がいたら紹介してください」と言われる。反射的に口が勝手に「じゃあ合コンしましょう」と言ってしまったわけだが、その時点でふと気付く。 手頃な男のメンバーがいないんだよね。 3年ほど前までは社内を中心に独身で餓えている男というのがゴロゴロいた。ちょっと社会的にどうかと思う部分はありこそすれ、「多くの独身女性と仲よくなりたいっ!」という熱意と時間だけはある連中が石を投げればブツかるほどいた。 それがここのところまったく見当たらない。彼らはどこへ行ってしまったのか。 省みて、独身女性の知り合いが増えている。美人でスタイルがよくて性格もいい資産家の娘、となるとさすがにいないが、そこそこの顔でそこそこのスタイルで(失礼)、まあお金も時間も普通にあります20代後半~30代前半女性、そんな方々が現在知り合いに5~6人ほど。 みんな口を揃えて「ショータ、いい男紹介しなさいよう」という。 うーむ。そういう女性たちと飲みにいくのはわりあい楽しくて、みんな深酒しないからサッパリと楽しめるし、たいてい話題も面白い。男遍歴の話などは抱腹絶倒もののネタを誰もが1つ2つ持っているので聞いてて飽きないし、ちょっと酔ってくるとなかなか色っぽい仕草なども見せてくれるので、眼福眼福。 と、まあ喜んでばかりもいられないのが、上述の「紹介しなさいよ」である。 過去数人男と女を紹介したことがあるが、すべて骨折り損のくたびれ儲けであった。私のセンスがないというのを差っ引いて考えても、戦績悪すぎ。やっぱり口では「紹介しないさいよ」と言ってはいても、本音では自分で見つけたいものなのだろうな、と当方勝手に納得しているのだが。 いまのところ、「30過ぎるといい男から売れていく」というのが結論である。童貞男子諸君、もうちょい辛抱したまへ。きっと春は来る。と思う。で、新婦友人らと飲みに行く約束は来月中頃。どうしよう。本格的な日取り決定のメールに、今からビビっている。既婚のいい男を連れていくべきか。未婚のダメ男を連れていくべきか。To be or not to beである。 拉致について少し。(こんな話題の付けたりでいいのか??) 北朝鮮拉致事件に関して、日本の国会議員や北朝鮮の首領様を批判することはたやすい。彼らは許されざるべき大罪を背負っているし、それは100年の禍根として人々の記憶に残されるべきであろう。そして、その大罪の閻魔帳に記されるべき連名のなかには、我々の名前もあるのだ。 以下、北朝鮮による拉致の経緯をザッと振り返ってみる。 現在、日本海沿岸地域で拉致が頻出したとされているのが1977~78年だ。この間、久米裕氏、横田めぐみ氏、田口八重子氏、地村保志氏、蓮池薫氏、浜本富貴恵氏、奥土祐木子氏、曽我ひとみ氏とその御母堂、増元るみ子氏らが行方不明となっている。この時期、拉致事件に関して全国メディアで取り上げたのは産経新聞(当時『サンケイ』)ただ一紙。それも「外国の情報機関が関与」といった控え目な表現であった。 事態が少しでも動くのはなんとそれから10年後。1987年に起きた大韓航空機爆破事件である。主犯の1人である金賢姫が「教育係が日本人であった」という証言に基づき、日本共産党の橋本敦議員が調査を開始したのがキッカケだった。 またこれより早く、大阪朝日放送の石高謙次氏が拉致問題を追跡。韓国に亡命していた元工作員の安明進と接触し、平壌にいる日本人の存在と、拉致の事実、その方法などを取材している。 こうした調査を受けて、拉致問題が「国会」という公の場に登場するのが1988年3月。参院予算委員会で前出の橋本議員が政府に質問をぶつける。当時の国家公安委員長、梶山静六が、「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と答弁するに至るわけだ。 ことここに至ってもマスメディアはこの問題をまともに取り合おうとはせず、上記の国会答弁を報じたのは産経と日経のみ。朝日、毎日、読売の三大紙が黙殺した事実は消せない。 1990年9月、自民・社会党合同訪朝団結成。拉致についての言及なし。 1991年1月、日朝国交正常化交渉開始、拉致についての言及なし。 1991年5月、第3回交渉にて警視庁が消息確認を求めたところ、北朝鮮側が反発して交渉決裂。 1995年、国会決議を経て北朝鮮へ50万トンの米支援。拉致についての言及なし。 そして運命の1997年2月3日、新進党(当時)の西村眞悟議員による、橋本龍太郎総理への質疑応答となるわけだ。<以下一部抜粋> 私は、これは質問ではなくて、このような日本人が今日本国政府の助けを待っているのだ、このことを総理の脳裏に刻んでいただきたい、そして今我が国政治がその問題に無関心なら、その方たちの命は本当に相手の自由のままだという問題について、お考えをただしたいと思っておるわけです。(中略) 国交がないので外交ルートがないということはよくわかりますが、しかし、北朝鮮とパイプがなかったのかといえば、あったのです。米の支援の交渉をされたではありませんか。日本人を拉致する国家になぜ米支援なのか、私はこのように思っておりました。人質をとっておる相手に対して、その人質のことを触れずに要求をのむということは、相手の立場がどんどん強くなるということでございます。 しかも、昨年、御承知のとおり、この米支援を推進されたのは現自民党加藤幹事長でございます。相手方は全容淳書記でございます。全容淳書記は対南工作担当書記でございます。先ほど金賢姫の発言を、本を御紹介しましたように、日本人を拉致して対南工作に用いるという、その対南工作担当書記が全容淳。この人物を相手に加藤幹事長は米の支援を交渉して、相手から、全容淳書記から貢ぎ物だと国内で言われた、北朝鮮国内で。そして、加藤幹事長の自分の私財で買った米ではなくて、国民の税金で買った何十億の米であったわけです。 また、この交渉で、加藤事務所吉田なる人物は北のエージェントである、この奇怪な構造の中で交渉が行われておりました。(発言する者あり)責任を持って申し上げるから、横で発言するということはお控えいただきたい。(後略)<引用終了> 忘れてならないのは、橋本元総理だけではない。脳裏に刻まねばならないのは自民・社会両党の議員たちだけではない。この拉致事件を20年にわたり無視しつづけたメディアと、無関心を装い続けてきた国民こそが、この事件の【加害者】であることを歴史に記すべきである。私も、このサイトを読んでいる貴方も、拉致被害者たちが署名を集めるなかで、のうのうと暮らし、生きてきたのであるから。 北朝鮮拉致事件を語るとき、いいしれぬ背徳感を感じずにはいられないのは、こうした「罪」が、むろん私にもあるからである。探し物はまだ見つかっていない。(以下参照サイト)http://www.sankei.co.jp/databox/n_korea/http://www.eda-jp.com/pol/north_korea/kidnap/index.htmlhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E6%8B%89%E8%87%B4%E5%95%8F%E9%A1%8Chttp://www.janjan.jp/government/0308/0308205836/1.phphttp://www.hansen-jp.com/220ishida.htmhttp://www.rnet.gr.jp/blueribon/
2004/09/26
本日は1日読書。『唯脳論』読了。『バカの壁』再読中。 ひとり養老孟司フェア開催中ですな。 メールを開くと、先日出席した結婚式の新郎からお礼が届いていた。 それとともに、我々同級生軍団のひとりが新婦に向かって 「貴方は新郎が中学のころに好きだった、初恋の人の面影がありますね」 と言った話を知る。そのおかげで初夜が微妙な雰囲気になったとのこと。まあいい気味ではある。 「奥さんからなんて言われたの?」と聞くと、即効でレスが帰ってきた。 「写真を見せて、と頼まれて、残ってない、と答えると、そう、どれだけ似てるか知りたかったわ、と言われた」とのこと。 言うほど新婦側は気にしてないのではないかな。どうなんだろうね。自分だったらどうだろう、と想像してもうまくいかない。現在の恋人の知り合いから、「ああ、貴方はアイツの初恋の人と似ているよ」と言われたらどう思うよ? で。本日はなんでこんな日記になったかというとだな。 酔っているからなのである。わははは。ういっく。ワイン2本め。すでに「主はきませり」状態なのである。 探し物はほにゃへはうへろろ。 ういっく。
2004/09/25
現在仕事のほうは比較的ヒマな時期ではあるのだけれど、それならそれでプライベートのほうが忙しくなったりして、なんだかなあという感じで日々過ぎていく。月日は百代の過客ですな。 昨夜は友人の結婚式に出席しており、スピーチなんぞをかましておった。帰ってから更新するべえと考えていたが、三次会まで付き合うことになって帰宅は午前4時。寝るっちゅーの。 本日はまったりと仕事をし、さきほどまでフジTVの特番『“拉致”たった一人で戦った母 愛と涙の41年全記録』を見ていた。そんなこともあり、北朝鮮による拉致事件のことなどを少し。 主演が私の大嫌いな泉ピン子だということは措くとして、内容は1963年に北朝鮮によって拉致された【疑いの濃い】、寺越武志氏のドキュメンタリーである。番組の内容と簡単な事件の経緯はここらへんを参照のこと。 番組はお涙頂戴の演出過剰が鼻について、おまけに泉ピン子が演ずるとどんなドラマでもラーメン屋の話に思えてしまいイマイチだなあなんて感想を日記に書く気まんまんで見ていたのだが。 すまん正直泣いた。ビバピン子。グッジョブ。 私、ラストの「母ちゃんの負けだぁ……」のセリフに、「俺も負けたぁ」とテレビの前で意味不明な言葉をつぶやきつつ泣いてました。 拉致事件に関してはさまざまな方向から検討を加えることが可能なのだけれども、まず今日私が思ったのは、「ああ、この件は徹頭徹尾“感情”の問題なのだなあ」ということ。 これには2つの意味があって、ひとつめは「北朝鮮サイドの論理性のなさ(感情的行動)」という点。ドラマで紹介されていたぶんだけとってみても、「とりあえず日本人3人さらってきた」→「適当に主体思想を植え付けてあとは北朝鮮の田舎に放っぽらかし」→「社会党の議員が“故郷の母親が会わせろといっている”というので、再会の美談にしちゃおう」→「日本でも取り上げられているようだから(寺越氏は)広告塔として利用できるので幹部に昇格させちゃおう」 ってな具合で、私でなくても「お前、思い付きで決めてるだろ」と突っ込みたくなるような展開だ。泥縄というとこの場合形容矛盾になるが、まあひどいもんである。 もうひとつが、拉致被害者家族の「感情」に引っ張られて、それが現在(一時期よりはずいぶん落ち着いたが)国民【感情】にまで発展し、すぐれて論理的に進めなくてはいけない「外交交渉」に影響を及ぼしているという点。 冷静に考えれば政府が認定する拉致被害者20名、被害者の会が「拉致の疑いが濃い」と定義している数字をとっても約400名、この方々の捜索と、例えば「核開発疑惑調査」を同列に扱うというのは、「論理的にいえば」おかしい。北朝鮮に核弾頭が誕生すれば、日本人全体が人質になるのだ。それはどのような手段をとっても阻止せねばならない。 さらにいえば、ジェンキンス氏を含む拉致被害者家族の来日に対する見返りという側面の強いコメ支援、医療支援も、「論理的にいえば」おかしい。金正日政権が倒れれば堂々と日本の調査団が送り込める可能性が強いわけだし、そう考えると政権の延命にしかならない支援というのは、盗っ人に追い銭を与えるようなものである。 国家としての北朝鮮に応対するとき、日本の最大にして第一の目標は金正日政権の瓦解であり、それをいかにソフトに、スムーズに実施させるのか、これについて時間と金と物資とマンパワーを使うべきなのだ。 べきなのだけれども。今日のような拉致問題のドキュメンタリーを見てしまうと、私のような冷酷な人間でも「特殊部隊をピョンヤンに送り込んで金正日を暗殺し、拉致被害者とその家族を全員日本に連れ帰るミッションを即刻検討し、実施せよ」とか思ってしまう。「やいキタチョーセン、勝手にさらっといてなんだお前ら。日本人ナメんなよ、この野郎」と思うのだ。 こうした私のような感情の累積が、蓮池さん一家や地村さん一家らの帰国に結びついたこと。これについては慶賀に耐えない。耐えないのだがしかし、先日ニューヨークで開催された国連総会でも北朝鮮のミサイル開発・実験疑惑が話題にのぼったなどのニュースを読むと、「うむむ、やっぱり優先順位はあるのかなあ」なんて思ってもいる。 あれこれ考えているのだが、そういう時、ここ最近頭に浮かぶのは、私が敬愛する沖縄の先生に教わったこと、「論理が感情より偉いというわけではない」(大意)という文言である。う~む、そうなんだよなあ。「論理的にいえば」ってのが正解ってわけでもないんだよなあ。。。。などと、今日もうんうん唸っている。 そんなわけで、探し物はまだ見つかっていない。(メール、コメントの返事、またまた遅れております。面目なし)
2004/09/24
なんの偶然か本日所用で渋谷に行く機会があった。久しぶりに109のあたりにいったが、相変わらずの喧騒。人が多いのは結構だが、スクランブル交差点のあたりから若い人が減ったような気がする。そのあと別件で立ち寄った六本木ヒルズ周辺と比べると、渋谷という街の元気のなさがよけい感じられた。 ま、どーでもいいんだけどね。 9月12日と13日の日記で触れたチェチェン情勢に少し動きがあった。北オセチアでの学校占拠事件、犯行グループの声明がウェブサイトに載ったらしい。以下、新聞記事を抜粋しておくが、新たに明らかになった事実と新たに浮上した疑問は以下のとおり。(1)犯行はチェチェン独立強硬派バサエフ野戦司令官の一派(2)ロシア政府がその対処において、「故意に犯行グループを挑発する行為」があったらしい(3)関わったのはチェチェン人14名、イングーシ人9名、ロシア人3名を含む合計33人(4)当初ロシア側の発表では「10名」とされていたアラブ人は2名(5)アルカイダ指導者、ビンラディンとの関係を否定 ちなみに「犯行声明が載った」という「カフカスセンター」のwebサイトは現在閉鎖中(http://www.kavkazcenter.com/)。ロイターの第一報が入った時点では健在で、クソ重い回線をくぐり抜けて原文を見に行ったのだが、その時はやっと表示されたと思ったら当該文章が載っていなかったというテイタラク。誰か英文で構わないので、犯行声明のログを持ってたらくだせえ。学校占拠 最強硬派が犯行声明 露政権、犯人挑発か 【モスクワ=内藤泰朗】ロシアの北オセチア共和国で今月初めに起きた学校占拠事件で、同国からの独立を目指すチェチェン共和国最強硬派のバサエフ司令官は十七日、犯行声明を出した。事件をめぐっては、反テロ強硬姿勢に傾くプーチン露政権がその処理にあたり犯人を故意に挑発するなど事件の政治利用を図ったとの疑惑が、当初の発表と食い違う事実の相次ぐ判明により一段と強まっている。 独立派ウェブサイトに寄せられた犯行声明によると、学校占拠事件のほか、旅客機二機同時爆破テロやモスクワの地下鉄入り口での自爆テロなどの連続テロは同司令官の仕業で、占拠事件には、女性二人を含むチェチェン人十四人のほか、イングーシ人九人、ロシア人三人ら計三十三人が加わった。当局が十人と発表したアラブ人の数は二人だったという。 犯行目的は、チェチェン独立にあり、国際テロ組織アルカーイダの指導者、ビンラーディン氏との関係も否定した。だが、アラブ人参加理由の説明はなかった。そのうえで、「なぜ、二十五万人もの罪なきチェチェン人が殺されたのか」と、プーチン大統領を批判し、「世界は目をつむる。われわれは自分たちのルールで戦う」と闘争継続の姿勢を示した。 これに対し、プーチン大統領は十七日、「テロリストへの先制攻撃準備を真剣にしている」と述べ、強硬姿勢を一層強めた。 こうした中で関心が高まっているのが、事件を奇貨としてプーチン政権が強権支配の強化を図ったのではないかとの疑惑だ。ロシアの有力インターネットメディア、ガゼータ・ルーは十六日、占拠事件対策本部の関係者にインタビューし「本部では、指揮したい者が勝手に指揮していた」と同本部の混乱ぶりを報じ、同時に事件後もくすぶる政権による犯人挑発疑惑の根拠も挙げた。 まず、本部側は、人質の数が千二百人ほどいると知りながら、事件発生後二日目に「三百五十四人」と発表。続いて犯人側の要求も偽情報を発表し、「これを知った犯人側はいらだち、政権側が強行突入に向けて世論操作していると解釈し、追い込まれていった」。 ただ、同関係者は、対策本部が「連邦保安局のトップと連絡を取り合っていた」にもかかわらず犯人側を挑発する行為を重ねた理由については明言を避け、意図的に犯人挑発が行われたことを強くにおわせた。 プーチン政権側は、こうした不可解な点について、国民への説明や議会の調査は「不要だ」として、服喪期間が明けた直後に、「テロと戦うには新たな中央集権体制が必要だ」と発表した。 しかし、新体制導入の真の目的が反テロ戦争にあるのではなく、社会保障の特恵をなくすなど国民に不人気な改革を今後行うのに最適な体制を創設することにあるとの見方が有力で、事件の真相は、明らかにされない恐れが強まっている。(産経新聞) - 9月18日2時51分更新http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040918-00000009-san-int 正直な感想→テロリストとロシア政府、どっちもどっちやねえ。。。 つくづく、犠牲者の子供たちが哀れだ。 ちなみにロシア政府が「ラディンとの関与」にこだわるのは、欧米諸国との対応を睨んでのことだというのは簡単に想像がつく。17日にモスクワで開催された国際市長会議で、プーチンは「ラディンとの対話は拒否しているのに、チェチェンの反政府勢力との協議を要請するのはダブルスタンダードだ」と明言したそうな。 「(欧米が)協議を要請」というのが気になって探したところ、米国のブッシュがなかなか楽しいことを言っていたことを知る。米大統領「民主主義順守を」 対テロ強権政策で露に苦言 【ワシントン=近藤豊和】ブッシュ米大統領は十五日、ロシアのプーチン大統領がテロ対策の一環として打ち出した中央集権体制の強化などを内容とする新国家方針について、「政府が民主主義の敵と戦うときは民主主義の原則を順守しなければならない」とプーチン政権に苦言を呈した。 ブッシュ米政権は、プーチン政権とはテロとの戦いで協調関係を維持、チェチェン独立強硬派によるテロも厳しく非難して同政権を支援してきたが、今後、米露間で民主主義をめぐる問題がくすぶる可能性も出てきた。 ブッシュ大統領は「ロシアで決められたことがロシアの民主主義を傷つけることになることを懸念する。名誉ある民主国家は中央政府と地方政府の均衡が取れているべきだ」と述べ、プーチン政権が示した地方自治体首長の事実上の任命方式の導入などを批判した。 パウエル国務長官も十四日、ロイター通信との会見で、プーチン政権への懸念を示し、来週にもニューヨークでロシアのラブロフ外相と協議する意向を表明している。 長官は、先月末に起きたロシア旅客機同時爆破テロや、今月初めの北オセチア共和国での学校占拠事件に触れ、「この種のテロと戦う必要があるのは理解している」としながらも、「テロリストを追跡する試みにおいては、民主化改革やその過程から外れないよう適切なバランスを取らなくてはならない」と、述べた。 アーミテージ国務副長官も十四日に、訪問先のラトビアで、「ロシアは、より大きな透明性(の確保)と民主主義へと歩むという期待から後退した」と非難している。(産経新聞) - 9月17日3時3分更新http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040917-00000013-san-int「政府が民主主義の敵と戦うときは民主主義の原則を順守しなければならない」(ブッシュ談)さあ皆さんご一緒に。オマエガナー。<そのほか参照サイト>http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/chechen/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040918-00000460-reu-int
2004/09/22
やっとゴタゴタしてた仕事のメドがついて、落ち着いてきた。 やれやれと新聞を読み、TVを見るともなしにつけてボケーッとしていたら、いつの間にかヤクルトの古田選手がプロ野球ファンの間でスターになっていることを知る。 何が起こったんだとネットを巡り、ついさっきやっと概要を把握。 ストライキ、決行されたのね。 詳しい情報はそれほど知らないのだけど、スト決行日の夜に古田が連続出演した各社のニュース番組映像を見ていると「ああ、こりゃあ人気がでるだろうなあ」と納得した。柔らかい物腰、涙を誘うコメント、なにより冒頭の「どうもすみませんでした」というひと言。周回遅れで見ていた私でさえ、「お前が謝ることじゃないっ!」ってちょっと思ったもんね。イラク人質事件の家族たちと見事に正反対なわけだ。さすが古田。学んどるな。 プロ野球の再編問題に関しては、偉そうな発言できるほどの資料を集めたわけではないが、オーナー側の狙いの浅はかさと、その手腕の下手さにガックリくる部分がある。 ようするに巨人と試合がしたい、と。 放映権料がほしい、と。 だから1リーグにしてほしい、と。 でも公にそんなこと言うと反発がでちゃう、と。 どのみち放映権料におんぶダッコ状態では先が見えているのだから、「放映権料はコミッショナーの一元管理にしよう」という風潮に、早くなってくんないかなあと私は個人的に思っている。そうすりゃ年俸偏重もなくなるだろうし、ドラフトも公正になるだろうに。本音としては巨人しか反対しないんだからさ。 選手会がオーナーひとりひとりの家を回って、最後に11球団ぶんの連名書を巨人のオーナー宅に持っていけばいいのに。報道陣を引き連れて。それでも断るようなら、巨人が抜ければいいのだ。別に私は困らんよ。 それと一部の選手たちの年俸が高過ぎるっていうのは、いろいろなサイトで話題になっていたが、どこかで「見直す」というコンセンサスはできているの? どなたか知っていたら教えてください。近鉄の年間赤字は40億円超だそうだが、「労働者」としてストしている中村ノリは、いくらか返すのかな? そんなことをボンヤリ考えていた。 どうも9月は調子が悪い。今週も若干バタバタする予定。ホント、不義理で申し訳なし。 そうそう、チェチェン本、読み始めた。ロシア、ムチャクチャ過ぎだ。戦争レポートものは数冊読んだが、ここまでムチャクチャな前線というのも現代では珍しいのではないか。ベトナムよりひどいね、これ。ようするに軍紀もヘッタクレもないのだね。アブグレイブが生易しいもんだよ。これについてはそのうち書きます。 探し物はまだ見つかっていない。
2004/09/20
早くて明日の夜。いやもうバッタンバッタンしていて、デタラメに忙しく、不義理をしております。来ていただいてる方には申し訳ないなあ、と。
2004/09/18
いまから12~13年くらい前、私は電車やバスや街角で「おお、美人だ」とか「うひゃー、可愛い」と思った女の子を見つけると、ついていって声を掛けていた。まったくもって困ったヤツで、今ならストーカーである。 そうはいっても妙に潔くて、「いま忙しい」とか「あっちに行け」とか言われると、「はあ、すいません」とすごすご諦める。これは通学途中でもどこかに遊びに行く途中でもやっていたので、友人たちはかなり迷惑してたんじゃないかと想像する(「彼女」と呼ばれる関係性を持つ女性がいるあいだはやらなかった)。 どう声を掛けるかというと、まあ「可愛いですね」とか「綺麗ですね」とか言うわけだが、場合によっては「生き別れになった妹にソックリだ」(私は一人っ子である)とか、「よし、とりあえず結婚しよう」(「いいよ」と言われたらどーするつもりだったんだ当時の俺は)とか、まあテキトーにいろいろ言っては笑われ、けなされ、時についてきてくれたりした。 もうこの先そういうことはしないだろうから、生涯戦績は今シーズンのイチローなみ、と言いたいところだが、いいとこゴジラ松井の打率くらいだと思う(HR数は遠く及ばない)。 この話をすると、たいてい驚かれる。ナンパ(この言葉、ひょっとして死語?)仲間のなかでもそこそこの戦績だったし、こちらは顔もノーミソも十人並み。身長もそこそこだし金なぞ持っているわけもなく、ま、学歴もどーってことない三流私大在学中の話。「何が良くてお前みたいなヤツに……」と、まあそう言ってくるヤツはたいてい私と同じように十人並みだったわけだが、たまに聞かれた。聞かれるたびに、「相手が何を話したいか、真剣に聞いてみるんだよ」と答えていたように覚えている。 当時、まだまだ若者が持っているコミュニケーションツールは、「肉声での会話」が主流だった。街で出会って直接話すか、教室か、飲み屋か、ディスコか、それは場所の違いでしかない。そこから電話番号を聞き(当時はやっとビジネスマンのあいだでポケベルが普及してきたくらいだった)、お父さんの怒声を覚悟しながら恐る恐る電話していた。それも断られたら、「もう一度会ってください」と、ちゃんと目を見て頼んでいた。いやー、俺は誠実だなあ。 「現代は自意識の時代」と呼ばれて久しい。テレビでも映画でも新聞でも、小説でもエッセイでも演劇でも、みんな「自分自身にもっと関心を持て」と呼びかけている。そんな情報のシャワーを子供のころから毎日浴びせかけられているのだから、当然といっちゃあ当然だ。 連続ドラマを見ている時、小説を読んでいる時、「もし自分だったら……」と考えなかった人はいまい。そういうふうに作られているのだから当たり前だ。文学史や映画史、演劇史を紐解いてみるまでもなく、現代ほど「普通の人」を描こうとしているメディアが跋扈した時代はない(これは余談であり嫌がらせであるが、ハーレクインロマンスを突っ込み入れつつ読むなんていう趣味を持つのは、充分それだけで変態である。突っ込まれてしまへ)。 ほとんどすべての役者は「普通の人」に見えるよう演技し、著者は「普通の人」を描こうとする。読者は読者で(より多く「自分へ関心を持ってくれる人」を獲得するために)「特別な人」になりたいと夢想し、日々の生活で「この自分は本当の自分ではない」、と演技をする。そもそも社会システム自体が、総掛かりで「無関心・無関係の世界観を持つ自分」なる存在を許さなくなっているのだ(「民主主義」というのはそういうシステムです)。 結果、何が起こったか。程度の差こそあれ、1億総寂しがり屋時代の登場である。心の中に「許し」を保障してくれるもうひとりの自分、別名「神」を持たない日本人は、「ひとり」に対処する術においてどうしても遅れを取ってしまう。ハレルヤ。なぜならほとんどすべての人の「個人」の中身なんてのは、空っぽでしかないのだから。(どのように充実した精神世界を持つ人でも、若い頃は空っぽなのである。なぜなら「若い」というのは、そういう状態に思い悩む姿をこそ指す言葉なのだから) みんな「自分」のことが語りたい。 みんな「自分」について真剣に耳を傾け、目を見て話してくれる人を求めている。 少し難しい話をすると、これは「個人」の時代が生み出した当然の帰結であり、ベネディクトが『菊と刀』で指摘した「恥の文化」から「罪の文化」への強制移行過程なのではあるが、そんなことはどうでもいいのでおいといて。 12~13年前に私に声を掛けられ、「あっちに行け」といった女の子でも、ふとしたキッカケでサイトを開き、そこの掲示板に訪れた読者や感想メールを送ってきた人に「あっちに行け」とは言わないだろう。 人はそうそう、コミュニケーションの魔力から逃れることはできないのである。「こんにちは、私は貴方の声を聞きたいです」 そういった語りかけに、無関心でいられるのは難しい。 渋谷で一緒にお茶飲んだあの子、元気かなぁ。もう結婚して子供もいるんだろうなあ。今会ったら何を話すだろうか。とりあえず、「騙してごめんね」からかな(笑)。探し物は、文化村通りに埋まっていたのかもしれない。<追記> 明日からちょっと忙しくなる予感。 日記が滞る気がします。関係各位、何とぞご容赦を。はひはひ。22:31にちょい修正
2004/09/15
今日の日記はほとんど独り言。 私は昨日の日記で>なんだかアフガンの構図と似過ぎていて怖くなってきている。とか>「9.11」→「アフガン空爆」→「イラク侵攻」キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ とか書いたわけだが、年表をつらつら見ていて見当違いだったことに気付く。 ああ、チェチェンのほうが何年も先だったのね。 アメ公が露助のサルマネを、規模を変え、世界を巻き込んでやったわけだ。 9.11の時に私は「(アメリカ側にもラディン側にも)どちらにも“正義”なんてものはない」という趣旨の文章を書いた。 が、それも撤回し、転向する。 テロをする側にも、テロ組織を殲滅しようとする側にも、どちらにも「正義」があるのだ。だからこそ自爆テロやバンカーバスターなんかを民衆の上に落とせるのである。 松原正は書く。 すべての動物のうちで、「正義」にこだわって同族を殺すのは人間だけである。すなわち、正義にこだわることは人間の業なのだ。人間が人間である限り、正義にこだわり続け、正義の名の元に同族を殺し続けるだろう、と。 チェチェンもアフガンもイラクも、その多くが資源利権のための戦争と読み替えられる。「民族」や「氏族」や「宗教」といった枠組みを、「近代国家」という単一の価値に塗り替えるために弾圧し、解体し、殺戮して、近代国家への組み替えを強要するわけだ。「近代国家が生き残るために」という名目で。「それ(資源)が必要だから」という題目で。 その裏には「資本主義」と強く結託した「国(クニ)」(それは邦、郷里と読み替えられ、偽装される)の、強烈な暴力と思索が入り込んでいる。ここ日本においては、「国」は私のような凡庸な人間にも食を与え、衣服を与え、職場と安定した収入と毎晩のビール、何より自身と身の回りの人間の「安全」を与える。代償は、欧米諸国が構築した「世界」が丸ごとで襲いかかる搾取に加担することだ。 かかる理不尽な強要に、市井の人権団体が黙っているのは当然である。資本主義社会というのは「人権思想」と強く結託し、共犯関係を取り結んでいるのだから。「世界」に浸透した資本主義システムは、イラク人が使おうとユダヤ人が使おうと、在日朝鮮人が使おうとシナ人が使おうと、「1ドルは1ドル」という絶対的な平等をもたらすからである。むろん、このシステムは「民主主義」への要請もかけられる。「1ドルは(誰が使おうと)1ドル」というシステムの徹底のためには、需要と供給が、平板で無作為でできうるかぎり多くの「人間」を要求するからだ。「我々は我々がパンを食す限りにおいて、徹底的に加害者である。そしてそのツケの多くを、パレスチナの人々が支払い続けている。それを認めよ。この茶番を甘んじて見続けざるをえない、“世界の私生児”を認知せよ」 サイード先生が言いたかったことは、つまりはこういうことなのである。 重度の白血病を患いながらなお筆を置かず、各地を飛び回って講演を続けた現代最高の知性のひとり、E・W・サイードは03年9月25日に死んだ。アメリカが掲げる「民主主義の輸出」なる文言が、それ自体が語義矛盾であることを告発し続けて、倒れた。「地獄への道は善意で敷き詰められている」と書いたのは、レーニンだと言われている。『地獄への道はアホの正義で埋まっとる』という本は宮崎学が書いた。後者はどうでもいいし民主主義とはなんの関係もないけれど、なんとなく。 9月になってここ楽天では「戦争平和」なるカテゴリーが、「9.11」に関する話題で溢れかえっている。眺めていて、ちょっと阿呆らしくなったので、叙情文めいたものを書いてみたかったので、ここに記す。貴方のそのキーボードを打つ両手は血塗られています。それをせめて自覚しましょう。 うーん、うっかり書いたにしては、本当に説教臭い。わかっている人には今さら過ぎる話であり、わからない人には到底伝わらない話なのだけどねえ。「言葉は無力だ」というのは、福田恆存の遺稿である。あ、失敬、これは私の文章力がないだけか。 探し物はまだ見つかっていない。
2004/09/14
チェチェン関連の本でも見てみようかと思い、本屋に行く。「あれば買おうかな」と思っていたのは以下の2冊。『チェチェン やめられない戦争』(A・ポリトコフスカヤ著・三浦みどり訳・日本放送出版協会刊)『チェチェンで何が起こっているのか』(林克明/大富亮著・高文研刊) が、まあ品切れだったので、別の本を二冊買う。『真実の言葉はいつも短い』(鴻上尚史著・光文社刊)『唯脳論』(養老孟司著・ちくま学芸文庫刊) 後者は数年前に買って読んだはずなのだが、文庫判になっていて再読してみたくなったので、2回目の購入となる(阿呆だなあ俺は)。現在鴻上の著作のみ半分くらい読んだところ。相変わらず文章がうまいなあ、と感心。こちらの本の感想はそのうちね。 話は変わって、01年の9.11テロ事件の時、私は某政治思想系サイトに頻繁に出入りしていた。そこで某氏と喧々諤々の議論となり、その議論の必要性と個人的な興味のために、イスラム関係の書籍を10冊近く買って読んだ(阿呆だなあ俺は)。 原理テロとビンラディンの身辺情報についてはそこそこ詳しくなったのだけれど、岩波書店版の『コーラン(上・下)』を読みつつ「啓典の民(ユダヤ教・キリスト教徒)を排するに至る思想的経緯がコーランからでは掴めないのだが……」などと意味不明なことをブツブツ呟き、中央公論版の『コーラン』まで買おうとしている時に、当時付き合っていた彼女様に「何がしたんだいったい」と言われ、ハッと我に返った。その時購入した本の大半は、引っ越しの時に古本屋にまとめて叩き売った。 今回の北オセチアでの小学校占拠事件について比較的距離を置いて考えられているのは、この時の経験からである。その時の論争相手にも、指摘してくれた彼女様にも、まったく感謝したい。インシュアラー。 んで、阿呆なりにこの事件の報道を見ているといくつか気をつけなければいけない点があることに気付く。キーパーソンはチェチェン共和国(元)大統領マスハドフ、同共和国野戦司令官のバサエフ、そして言うまでもなくロシア大統領のプーチンと、アルカイダの指導者、ビンラディンだ。 門外漢が勝手気ままに解説すると、・A・マスハドフ(独立支持・穏健派・今回のテロに非難声明を出す) →97年1月28日チェチェン大統領選挙にて選出される(前任のドゥダエフ氏はロシア軍のミサイルにより爆殺)。99年2月にイスラム法発効、99年以降ロシア政府との和平交渉を希望。ただし劇場占拠テロ事件などの関与を指摘されておりロシア政府から懸賞金付きで指名手配中・S・バサエフ(独立支持・強硬派・今回のテロに声明なし・「片腕」と呼ばれている「ドク・ウマロフ」なる人物が学校占拠事件のリーダー【と見られている】) →マスハドフ氏らとともにチェチェン紛争を戦っていた司令官。ゲリラ戦のプロフェッショナルでアルカイダとの繋がりがある、とロシア政府から指摘されており(ロシア政府以外からの情報はいまのところ確認とれず)、02年10月のモスクワ劇場占拠事件、04年5月のA・カディロフ大統領爆殺事件の犯行声明をだした人物で、こちらもロシア政府から指名手配中・V・プーチン(チェチェン独立反対・超強硬派(?)・今回のテロで北オセチアの遺族らから罵倒されている) →99年8月にエリツィン前大統領より指名されて就任。第2次チェチェン紛争で徹底抗戦を主張。00年3月のロシア大統領選挙中に戦闘機でチェチェンに乗り付けるなんていう素敵なパフォーマンスもしている。チェチェン独立反対、軍事制圧は彼の重要な政権公約のひとつなわけだ・U・ビンラディン(渾沌支持派・超々強硬派・今回のテロの声明はなし) →説明不要か。21世紀で最も有名な国際的犯罪者。アルカイダ代表。このオジサンの関係本は4~5冊読んだ。インタビューや草稿を読む限り、「狂人」とはとても思えない。むろん、狂人であれば各国の対テロ闘争はもっと簡単だったろう。今回の小学校占拠事件について犯行声明を出しても別に驚かない 以下、参考までに、こちらのページにザッとチェチェン紛争史を引用しておく。製作者の意図なのだろうけども、少しだけチェチェン寄りの史観になっているような感じ。ま、そのぶんを差っ引いて考えてもロシア政府、ムチャクチャすぎですな。 で、これにカスピ海海底から発掘される石油、天然ガスなどの資源利権がからんでくる。あったり前の話として、カスピ海沿岸のアゼルバイジャン(バクー周辺)から黒海へ抜けるパイプラインを安全に通すためには、チェチェン共和国のロシア化は絶対必要条件となる。 ↑この件に関して調べていて興味深かったのは2点。ロシアとトルコ・欧米・日本連合が競合しているというパイプライン抗争と、このバクー油田が80年代までのソ連共産主義経済を支えた、という論。ま、後者はこのさいあんまり関係なさそうではあるけれど。 本件についての考察は、とりあえず措く。が、なんだかアフガンの構図と似過ぎていて怖くなってきている。 う~ん、こういう資料作成、久しぶりにやったなあ。探し物はいまんとこ保留中。ああ、どうでもいい反論がつく前に書いておくが、私は「テロ反対」ですよ、もちろん。そして反アメリカ、反ロシア。<参照サイト>http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/chechen/http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BDhttp://www.janjan.jp/media/0402/040209972/1.phphttp://www.worldtimes.co.jp/http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/chechen.htmlhttp://www.jiia.or.jp/report/column/0210_kasai.html備忘録追加「9.11」→「アフガン空爆」→「イラク侵攻」キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 世界中の「テロリスト拠点」に攻撃の用意=ロシア軍参謀総長[ベスラン(ロシア) 8日 ロイター] ロシア軍のバルエフスキー参謀総長は、世界中のどこでも「テロリストの拠点」に攻撃を加える用意がある、と述べた。 ロシアの通信社によると、バルエフスキー参謀総長は、「テロリスト拠点の先制攻撃では、世界中のどこであれ、テロリストの拠点を壊滅するためのあれゆる措置をとる。しかし、核攻撃は意味しない」と語った。 また、ロシア連邦保安局は、チェチェン独立派のリーダーであるマスハドフ元共和国大統領とバサエフ野戦司令官の拘束につながる情報には1000万ドルの懸賞金をかけることを発表した。(ロイター) - 9月9日7時9分更新 ********************** 露の国際テロ拠点先制攻撃 グルジアに照準 【モスクワ=内藤泰朗】ロシアのプーチン政権は八日、国際テロの国外拠点への先制攻撃も辞さない強い姿勢を示したが、南部のチェチェン共和国に隣接するグルジアに矛先が向けられている可能性が出てきた。グルジア経由で資金などを受け取るチェチェン独立派の徹底掃討が視野にあるためだ。ただ、越境攻撃となれば、悪化する対グルジア関係がさらに険悪化する懸念もある。 ロシアが北オセチア共和国の学校占拠事件を機に国際テロとの対決姿勢を示したことで、国際テロと戦う米国と今後、アフガニスタンやイラク方面で米露の協力が進むとの見方も出ている。 だが、専門家の多くは、ロシアが当面敵視するのはチェチェン独立派であり、同派に協力、支援する勢力や国だとみる。 ロシア参謀本部の元報道担当のビクトル・バラネツ退役大佐は九日、産経新聞に「今ならば、ロシア軍がチェチェン独立派の支援センターと化しているグルジアのパンキシ渓谷を爆撃しても、世界は理解してくれるだろう」と述べた。 ロシアは一昨年、同渓谷を「武装勢力の出撃拠点だ」として越境爆撃し、グルジアをはじめ国際社会の反発を買った。 同大佐によると、国際テロ組織アルカーイダの資金が、グルジア領内のチェチェン共和国との国境地帯にあるパンキシ渓谷を通じて独立派に渡り、イスラム過激派もこの渓谷経由で入ってくる。 ロシアが超高額懸賞金を付け指名手配した独立派指導者のマスハドフ氏は先月二十日、グルジアのテレビとのインタビューに出演し、ロシアに強硬姿勢を見せるサアカシビリ大統領への支援を表明。「隣国の運命はわれわれと無関係ではない。(ロシアに対抗する)グルジアの大統領は厳しい時を経験している。ロシアと戦ってきた私がよくわかる」と述べた。 カスピ海の石油を地中海に向け輸出するために米国主導でパイプライン建設が進むグルジアは、ロシアのエネルギー戦略の要衝でもある。(産経新聞) - 9月10日3時18分更新
2004/09/13
個人的に興味があって、北オセチアでの学校占拠テロ事件のことをポツポツ調べている。いまのところ一番興味深かったのは以下の記事。 <露学校占拠>犯人側「やめさせて」と電話 突入直後に 【モスクワ町田幸彦】ロシア南部チェチェン共和国の独立派武装勢力指導者マスハドフ氏の側近、アフメド・ザカエフ特使は8日、毎日新聞との電話インタビューに応じた。北オセチア共和国学校占拠事件の犯人グループが3日の特殊部隊突入直後に、交渉役を務めていたアウシェフ前イングーシ共和国大統領に「やめさせてくれ」と電話連絡していたと述べ、ロシア側が強行突入したとの認識を示した。 英国ロンドンに亡命中のザカエフ氏はインタビューで、学校占拠事件発生後の2日、ザソホフ北オセチア共和国大統領とアウシェフ氏から電話を受けたと明らかにした。この中で、武装グループがチェチェンでの戦闘停止とロシア軍撤退を命じるロシア大統領令を出すよう要求しているとの説明を受けたという。これに対し、ザカエフ氏は「人質になった子供の無条件解放のために、自分が犯人と会う用意がある」と伝えた。 ザカエフ氏はさらに3日にもザソホフ大統領と電話で連絡を取り、事件現場で犯人側と交渉する際、自らの安全を保証してほしいと求めた。ザソホフ大統領は「(安全保証の)問題は解決するし、既にクレムリン(ロシア大統領府)と話し始めた」と語ったという。しかし、この後に、特殊部隊の突入が始まった。 ザカエフ氏は「(犯人グループからは)いかなる挑発もなかった。これは(特殊部隊の)突入だった」と強調した。また、ザカエフ氏はアウシェフ氏の話として、突入開始後、犯人グループがアウシェフ氏に電話し、「何をするのだ。子供を殺すのか。中止させてくれ、やめさせてくれ」と頼んだと語った。 ロシア最高検察庁は「学校内に爆発があり、パニックになった」として強行突入を否定している。 ザカエフ氏はまた、犯人グループに多くのイングーシ人がいたとの情報について「ロシア政府は紛争がイングーシに拡大することを容認してきた」と述べるにとどまった。 ロシア政府はロンドンに渡ったザカエフ氏の身柄引き渡しを英国に要求している。しかし、ロンドンの治安判事裁判所は昨年11月、これを却下した。ザカエフ氏はマスハドフ氏のスポークスマン役を務めている。(毎日新聞) - 9月9日11時54分更新 要求のなかに「チェチェンからのロシア軍撤退」があったことから、犯人側を「チェチェン特立支持の武装勢力」と報道するのは間違いではないと思うんだが、しかし、犯人像がいまいちよく掴めない。それに、何人殺されたのかという情報も曖昧だし、その内訳(テロ犯が殺した数、テロ鎮圧部隊が殺した数)も発表されていない。 楽天を始めとしたさまざまなサイトで「テロはよくない、なぜ分かり合えないのか」と嘆いている方々がいるけれど、まあそりゃテロはよくないし、分かり合えたらそれはそれでいいことなのだろうけども、こんなモヤモヤした情報しかないなかで、「こっちが悪い」とか「こいつらは卑怯だ」とか、私は怖くて言えない。 皆さん、私よりチェチェン事情に詳しいのだろう。ぜひとも詳細を教えてほしい。いや皮肉ではなく。 もちろん私はテロ犯に同情する気はさらさらないよ。日本で起こったら痛みを伴っても殲滅すべきだと思っている。ただし、一顧だにする主張、自らの命を懸けた提言というのは、耳を貸すべきだと思っている。「アルジェリアの独立戦争を描いた『アルジェの戦い』という映画に忘れ難いシーンがある。一人のゲリラが買い物カゴに爆弾を仕込みフランス人が集まる店で爆発させ、捕らえられる。卑怯だと罵られたゲリラは『君たちは飛行機で我々を攻撃する。我々は飛行機を持っていない。君たちが我々に飛行機をくれるなら、我々は君たちに買い物カゴをあげよう』と言って処刑されるのである」(「文藝春秋 01年10月緊急増刊号 p.111『アメリカはなぜ狙われるのか』」岸田秀/文藝春秋社より)チェチェン・ウォッチhttp://groups.msn.com/ChechenWatch/日本カフカスクラブhttp://www5e.biglobe.ne.jp/~kafkas/チェチェン総合情報http://chechennews.org/
2004/09/12
昨日の夜、散髪&染髪に行ってきたのだが、いつもの美容師さんがお休みで、ピンチヒッターはナントカコンテスト入賞者のナントカさん。 こちらはいつものように「前髪は眉にかかるくらい、横と後ろはサッパリと、あとはお任せで。あ、今日は白髪染もお願いします。真っ黒じゃかえって変なので、地毛に近い色で」と伝えてグースカピー。洗髪の時の移動のみ起きるも、頭はボーッとしたまんま。「こちらでいかがでしょう」 と見せられた鏡に写るマイヘッドは、オーノー! モンチッチみたいぢゃねーか! 本日、修正しに2度目の美容院。お金と時間を無駄遣いしております。 え? なに? 探し物と9.11三周忌? 知るか。どっちが重要だと思ってるんだ。プリプリ。
2004/09/11
一応出社しているのだが、まったく仕事する気が起きなくて困っている。 う~ん、入社10年目で5月病かしら。本日は週末。明日はまた休みで体がなまりきっているせいもありそうだ。こういう日に酒を飲むと悪酔いするんだろうなあ。 曇天が続く東京の空を仰ぎ見ながら、ボンヤリといろいろ考えている。 小学校のころイジメを避けてアメリカまで転校していったヤツのこと、今度企画されている新雑誌のこと、DVDドライブはやっぱりいらないんじゃないかな、そういや『シービスケット』のDVDが発売されたから見てみたい、腰の調子が悪いので今度整体にでも言ってみよう、初恋の人は元気だったろうか、そういや成城大学からTOTOに入ったと言っていたな、「頭がいい人が好き」と言っていた等々等々。 最後のほうに考えたことは、現在にいたるまでの私のコンプレックスになっているのかもしれない。ああ、あの恋は切なかったなあ……。もうちょっと上手にできんかったもんだろうか(何をだ)。 昨日の日記に出した小谷野敦の最新作に、『すばらしき愚民社会』がある。まだ最後まで読んでいないのだが、途中に「フロイトやユングは眉唾だ」なる記述があったりして、なかなかスリリングだ。(しかしアレだね、この楽天広場では、アマゾンのページは文中リンクも禁止されているんだね。狭量というか根性が悪いというか……。レビューまで載っているのでアマゾンのほうをリンクしたいんだけどなあ) 心理学という学術分野に対する不信感というのは根強くあって、そのトンデモ性は色々な人が指摘している。以前、精神科医に「心理学と精神医学というのはどう違うんですか?」と聞いたら「一緒にするな」とひどく怒られたこともある。確かに心理学は文系で、精神医学は理系だ。精神医学には薬学的知識が不可欠だが、「心理学の薬」というのは聞いたことがない。(週刊文春の『読むクスリ』とかを連想してしまう) ジグムント・フロイトというオッサンの著作は学生のころ2冊ほど読んだ。もちろん「読んだって言えばカッコいいかな」と思って読んだわけだが(こんなんばっかで大変恐縮だが)、それなりに面白かった記憶がある。確か『夢判断』と『精神分析入門』だったと思う。中身はそうね、とにかくなんでも「その原因は性欲です」と答えちゃう感じだと思っておけば大過はない。 もう北方謙三大先生の『試みの地平線』ばりに、なんでも回答は「抑圧された性欲です」。「周りの人を殺しまくる夢を見ました」→「抑圧された性欲のせいです」「夜、駅からの帰り道に誰かに狙われているような気がするのです」→「抑圧された性(ry」「学友を信用できないんです」→「抑圧され(ry」 少なくとも私にはそう読めて、さすがにこれは俺の頭が悪いせいだ、有名なフロイト先生がこんな単純でバカっぽいことしか言ってないわけがない、という確信のもと、同じ学部で心理学科の友人に「フロイトの著作を読んだが、“それ、性欲”としか書いてないような気がするんだけど……」と聞いたら、「それはお前の性欲が抑圧されているせいだ」と言われた。ははは。 抑圧とはまったく無縁の、性欲全開の学生時代だったような気がするのだが。(恥の多い人生を送ってきマシタ) 就職してしばらく経ってから、フロイトに関するいくつかの解説本を読む機会があり、さすがに毎日「性欲、性欲」と言っていたわけではないことを知る。フロイトの功績というのは、「人間は人間自身の精神世界の主人ではない」ということを発見したことにあるそうだ。 どういうことかというと、「無意識の発見」なのである。 精神科医だったフロイトは、毎日毎朝毎晩、ヒステリー患者と面と向かって対話していたらしい。すると、明らかに患者自身が体験したことなのに、ある特定の記憶だけ抜け落ちていたり、その患者自身に都合のいいように「体験談」の記憶が微妙に書き換えられていることに気付いたわけだ。「自分の都合のいい嘘をつくなよ」とフロイト先生は言うわけなのだが、「いや嘘なんかついてない」と患者は頑なに言う。 そこで「ははあ……」とフロイト先生は気付くわけだ。 人間の精神世界は「2つの無知」によって支えられているそうだ。 ひとつは「(表層)意識の部屋」という小部屋以外に、「無意識(潜在意識)の部屋」というのが、人間の精神のなかにはある。その「もうひとつの別の部屋」の存在を、人間は気付いていない(むろん、その別の部屋にどんなものが入っているかも知らない)。 もうひとつは、「意識の部屋」と「無意識の部屋」のあいだのドアには「番人」(確かフロイトは「ゲートキーパー」という単語を使っていたように記憶している)が立っていて、「この記憶は“意識の部屋”に入ってOK、こっちの記憶は入っちゃダメ」と、選択しているという。この番人の存在、そしてこの番人の選別基準について、人間は知らされていない。 この「2つの無知の発見」により、フロイトは「構造主義の始祖のひとり」に数えられている。「構造主義」がどんなものかというのを説明するためには何万語費やしても足りないのでここでは置くが、とりあえず現代に流布している「学問」と名のつくもの、数学、物理学、工学、生物学といった自然科学から、政治学、社会学、文学、経済学といった社会科学まで、すべてにおいて影響を及ぼしている、と考えればいいだろう。「どうして無意識の発見」がそんなたいそうなものなの? と思うだろうが、「人間は自分自身の精神についてさえ100%把握できていない」ということと、「記憶というのは都合のいいように書き換えられるものだ」という発見は、充分に各学問に影響を与えるに至るだろう。「歴史」というのは人々の「記憶」の集積に他ならず、また、「人間はこの世界のすべての中心だ」とは間違っても言えなくなるからだ(自分自身の中心ですらないわけだからね)。 なーんて言うことを、昼飯を食いながら考えていた。『SAPIO』という右翼雑誌で小林よしのりが「沖縄について考える」というマンガを書いているそうだ。こちらも昼飯を食いながら読んでみたが、間違ったことは書いていないけれど、さして新しいことも書いていなかった。 世界を知るにはその周縁を見るべし。誰が言ったんだっけなあ。 探し物はまだ見つかっていないんだが、そんなことよか沖縄行きてえ……。 全然関係ない話だが、知人に「お前の日記はネタにつまると説教臭くなる」と言われた。かなりショックなので、的を射た意見なのだろう。くそう。ソイツにだけは言われたくなかったのだが。
2004/09/10
今日は仕事を休んでノンビリしていた。 スーツを買い、食材と調味料などを揃えにスーパーへ。 数冊の本を買ってきて、ソファにひっくり返ってボンヤリしながら読んでいる。 小谷野敦という文芸評論家がいる。 シニカルに構えた文体とシッカリした文学史の知識、それに出世作である『もてない男』に見られるような、恋愛と社会学的考察がウリの著者で、新刊が出るとなるべく買うようにしている。 最新作は『すばらしき愚民社会』で、今日はこれを読んでいた。 まだ半分くらいしか読んでいないのだが、要するに「最近の大学生は阿呆になったぞ」という、いわゆる「ゆとり教育批判」がテーマとなっている。もちろん説得力はあるし、小谷野の考察に批判を加えるほどの資料や実感が私にあるわけもなく。「ほうほう、それはイカンなあ」とか思いながらページをめくるのだが。 この手の「学生はバカになった論」は『文藝春秋』などによく出るようで、たまに東大の偉い先生などが論文を載せたりしているらしい。現場の教師などの嘆きも載っていたりして、大変なんだな、と思う。 ただそういうのを読むたびに、大塚英司が指摘していたことも思い出す。「今の学生はキッカケさえ与えれば本も読むし勉強もする。嘆いているのはそういしたキッカケ作りがヘタな人ばかりではないか? いわゆる“学生がバカになった”云々を書く先生方の論述には、それは一定の説得力はあるけれど、“俺たちのころはもっと頭がよかったぞ”だとか、“俺はこんなに賢くて、そして若いやつらはこんなにバカなんだ”といった、いわゆる“昔はよかった幻想”を追っかけているのではないか?」(確か『戦後民主主義のリハビリテーション』) なるほどこちらも説得力がある。 そういえばゼミの先生から暑中見舞いが来ていたことをいま思い出した。ずいぶん会っていないが、もちろん「今の学生はどうですか?」なんてのは聞けない。120%、「お前よりは勉強している」と言われるからだ。 いやー先生、反省してます。いや本当に。 探し物は保留中。
2004/09/09
やっと帰ってまいりました。 北海道は大変過ごしやすい気候だったので、早くも東京の蒸し暑さと喧騒にまいっております。ただ今回の北行きは半分業務のようなもんなので、ほとんど北海道らしさを感じることができず、その点が辛かったなあと。 で、帰ってきたのは一昨日だったわけだが、寝てたり腐女子の告解につきあったり所用でホッブスを引っ張り出したり寝てたり寝てたりして、更新がいまになった。これから歯医者である。今日も痛いらしい。鬱。 さて。「差別の話」だ。 これが書こうと思うと案の定と言うか「お前そんなこともわかんなかったのかよ」というか、かなり難しいところがあって、切り口を考えているうちにいろいろな人からご批判などもいただいておる次第である。 が、基本理念はいまのところ変えるつもりはない。 まず本サイトにおいて使用される「差別」という言葉の定義付けをしておきたい。 私は「差別」という言葉を使う時、それが本来「差蔑」という漢字を当てられていた意味で使用する。個人的であれシステム的であれ、ある個人もしくはある集団が「不当に差をつけて蔑(さげす)まれている場合」を指す。 続いて、「蔑視」をともなわない「差別」というのは、有史以来あらゆる社会に「システム」として組み入れられてきている。それは士農工商エタ非人といった目に見える「システム」だけでなく、現代社会でも生きている。 もちろん、それを「差別だ」といって一概に否定することはできない。士農工商エタ非人システムは少なくとも江戸期260年間、世界史が激動の波乱期を迎えている17世紀~19世紀において、「ミラクルピース」と歴史学者に呼ばせるほどの平穏をもたらした重要な要素となっている。 職業選択の【不自由】がもたらした様々な営為、文明、文化を無視することもできないし、現代社会が抱える多くの不具合が、封建主義社会の再来によって解決できる、と論ずる評論家もいたりする。 それはさておき、現代に創出する「差別」としてわかりやすいのが同和問題だ。これは社会が発達し、より効率を求めた結果、「分業」が発生したことと無関係ではない。 人は動物を殺し、食べる。自分が生きていくためにほかの命を摘み取ることに罪悪感を感じるのは、人間の本能といって差し支えない。そこで人間は「殺す人」と「食べる人」を分け隔て、特に日本ではそれが「ケガレ思想」と結びついて「差別感情」へと繋がっているという背景がある。(むろん、非人システムは天皇システムとも密接に関わっているわけだが、ここでは取り上げない。興味のある方は「八瀬童子」などで検索してみるとよいだろう) 重要な点として書いておかねばならないのは、この日記を記している私自身、日常的に差別を「している」ということだ。 私は現在、性風俗には行かないが、風俗嬢の知人がいる。ホモセクシャルの知人もいたりする。重い躁鬱を患っている知人もいるし、最近は会ってないが身体障害を持つ知人もいる(我ながらなかなか彩り豊かな友人社会だ)。彼ら彼女らと話をするときには話題に気を使うし、喋り方も変える。それは知人らも承知している。 これが差別でないかといえば、明確に差別である。そもそもこうした話題で上記に書いたような属性を持つ人々を選び出し、書き連ねることが重大かつ深刻な差別だ。その上で、「マナーとしての差別」は存在するし、それを肯定するしかない生活状況にある、と考えている。 本来であれば、この先に本論があるのだが、ちょっと面倒な事情があってこの先は書かない。(う~む、言論の自由はこうして封殺されていくのか(冗談))まあ早い話が隙を埋めるために推敲する時間がないだけなのだが、取り急ぎここまで。 探し物は明日からまた鋭意。差別については機会があればまた。上記について異論があるかたはコメントくださいまし。 とりあえず、「ただいま」。
2004/09/08
これから所用で北海道に行ってきます。来週月曜帰宅予定。 9月1日付けの日記で私は以下のように書いた。>例えば「差別」について語るとき、自分が差別される側に立った場合は>どういう行動を取るだろうか、と想像しているだろうか。 これについて、例のお題をいただいた知人から、ほぼアップした直後に気になる感想をもらった(ちなみにその知人は嫌なヤツである)。「勇み足を承知で言うが、お前は嘘を書いている」とのこと。 まあ「そうなのか」と妙に納得したのだが、ふと見ると奇しくも常連さんであるiku3+さんにもまったく同じ部分にコメントをいただいており、やはり「差別」とか「宗教」とかの話は不思議な磁場があるんだろうな、と思っている。で、「差別」についての「嘘」な。「差別」について語るとき、「差別された側に立って考える」という行為は、「優しさ」からではない。特に私や、その知人自身や、沖縄のとある大学の先生などは違う、とその知人はいう。 ある別の強烈な動機に基づいて「差別された側に立って考える」という思考方法をとっているのであって、その動機を「優しさ」と称するのは嘘ではないか、というのだ。 そのことについて一定以上の説得力を感じているので、この件に関しては後日、再考して何か書いてみたい。言われてみれば、確かに「優しさ」からではない。ような気がする。 じゃあなんなのよ? という話は、帰ってきてからね。 ではでは行って参ります。
2004/09/03
優しさの想像力をどこまで遠くに飛ばせるか、ということだ。上記は確か99年ごろに見かけた言葉で、私がネット上で見かけた最も上手な文章を書く人のうちのひとりが綴っていた。(ちなみに最近楽天内で見かけたなかでシビれたのは、このサイトをたまに見に来てくれるshigezo.さんのプロフ、「好きな言葉」にあった「なくした恋はビールみたいなもんさ。適当に酔わせてくれて適当にほろ苦い」というセリフ。誰の創作なのだろうか)これは掲示板でのやり取りのなかで投げ掛けられた言葉で、書いたほうも書かれたほうも、おそらく私が一生かかっても追いつけないであろう読書量と知性を備えていた。私は「頭がいい」と周りから思われたいという超俗物なので、なるべく遠くまで飛ばすようにしているのだが、いっこうにうまくいかない。例えば「恋愛」について語るとき、自分が相手の立場に立った場合はどういう行動を取るだろうか、と想像しているだろうか。例えば「差別」について語るとき、自分が差別される側に立った場合はどういう行動を取るだろうか、と想像しているだろうか。例えば誰かのサイトにコメントをつけるとき、自分がこう書かれたらどう思うか、書かれたサイトの管理者の立場(家庭環境や思想状況も含めて)に立った場合はどういう行動を取るだろうか、と想像しているだろうか。そしていま、私が取っている行動のすべては、自分が相手の立場に立った時でも「同じことを言い、同じ主張をするだろう」と思えるようなことだろうか。そんなことを、かなり眠いなかでボンヤリ考えている。ああ、ちなみに>「頭がいい」ということは>優しさの想像力をどこまで遠くに飛ばせるか、ということだ。というのは、障害者差別とイジメの話の文脈で出てきた言葉である。本日は9月1日。「われらやがて、冷たき闇に沈み入らん、おお、さらば、さようなら、短きに過ぎし、われらが夏の、生気ある輝きよ!」とまあボードレールが詠んだ季節が終わり、秋が来る。もうちょい勉強しておけばよかった、とはたまに思う。本日はかなり抽象的な内容だったので、想像力を働かせる必要があったと思われる。駄文深謝。ただまあ、探し物はあんがいこういうところにあるのかもしれない。明日から来週早々まで更新が滞る予感。許されたし。
2004/09/01
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