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あたしたちも、京都へいこう菊次は、喧嘩をしながらも世話をやくお巻との二人旅になりました。お巻は、京へ行けば師匠の友達の志賀近江之丞という人が何とかしてくれるのではというが、菊次「昔の俺ならいざ知らず、身を持ち崩した今の俺にゃ、どうして師匠のお仲間 たずねられるもんか」お巻「そんなこと言ってもったいない。あんたほどの腕を持ちながら、むざむざ 埋もれ木になって、宿場の淵に朽ち果てちゃ悔しいじゃないか」菊次「おまえにはわからねえ。この道のことはこの道のものでなくっちゃ わからねえのだ」お巻「だって、菊さん」・・菊次はお巻にうるさい、ついてくるなと言って、一人先に行くのでした。(今まで仲よさそうにして歩いていたのに、ちょっと菊次の癇に障ってしまったようですね。お巻さんは堅気でないので菊次さんをどうするつもりなのかしらと思いましたが、本当に菊次が好きになったのですね。菊次のことに親身になっている。普通だったら、菊次もお巻の心は知っているからなびくのでしょうが、師匠の気持ちを裏切ったこととおたねへの気持ちがこのようにかたくなにしてしまっているのではないかしら。お巻さん、この後も菊次を守っていてネ。)将軍家御上洛ということで泊まれる旅籠がなくどうしようかと困っていたおたねは、将軍家御上洛のお伴で来ていた小竹に偶然出会います。宿をかけやってやるから、少し付き合えと言われついて行ったところは居酒屋でした。小竹の口から大庭も来ていて京へ行くところだと聞く。小竹は、おたねが江戸を離れ菊次を追ってきていること、それからおたねの愛しい神楽師は、大庭に詰腹を切らされた能見三之丞の息子であることを知っている、とおたねに言い寄る。おたね「それがどうしたというのです。あの人に何のかかわりがあるんです」逃げようとするおたねに「では、なぜ大庭殿のことを聞いた」と小竹が言います。大庭の不正を知っているのは自分だけ、次第によっては力になってやると言われ、おたねは「それは本当ですか」と。すると小竹が、言うことを聞けと迫ってきたので、おたねは小竹を振り切って居酒屋から外へ必死で逃げた時、旅人姿の男の人にぶつかります。その男の人は、宿場に来あわせた・・菊次です。菊次は、ぶつかった女の人(おたね)を見て菊次 「あっ、おめえは」・・(びっくりしましたね、こんなところで思いもかけなかったものね・・菊次さん。) おたね「菊さん、菊次さん」(おたねも、びっくりしたでしょうね。でもやっと会えたのです・・笑みがこぼれます。)菊次はあたねに会えて一瞬うれしそうな表情を見せますが、小竹に気がつき、小竹も刀を抜いてかかって菊次に向っていきますが、追い返されます。 おたね「菊さん、うれしい、うれしい」・・菊次の胸に身をよせるのです。 菊次 「おたねちゃん、おめえ、どうしてこんな所に」おたね「菊さんに会いたくて・・あたし・・・あたし・・・」 菊次 「何だって・・・おいらのために、おめえ一人で・・」おたね「うん・・」おたねは、今までの思いを菊次にぶつけ、菊次の胸で泣きじゃくります。(菊次はお巻が一緒にいたことなどすっかり忘れているようです。おたねも菊次のことしか目に入っていないようです。)じっと成り行きを見ていたお巻が二人に近づいてきて、菊次に笠を無言で差し出します。お巻の存在に気づいた菊次は、はっとし気まずそうに・・、その様子を見たおたねはお巻を不思議そうに見て、それから菊次の顔をじっと見つめます。菊次は、お巻と一緒にいて旅をしてきたことの言い訳も出来なく、菊次に会いたいために一人で旅をしてきたおたねに申し訳なく思ったのでしょうか、お巻が差し出した笠を取って、いたたまれず逃げるようにそこを立ち去ろうとします。 (ここで画面は3人の表情を何回となく交互に映しだしていきます。菊次は、おたねにお巻と一緒にいたことのすまなさがあり、お巻は、菊次のおたねに対する思いとおたねの菊次に対する思いを見て何かを感じ、おたねは、お巻と菊次に何があるんだろうという、三人三様の思いを映しだします。)おたね「菊さん、菊さん、待って菊さん」菊次は足がまだ治っていないので途中転んでしまい、おたねが追いつきます。おたね「何故逃げるの」 菊次は下を向いて何も言えないのです。おたね「お父さんの・・お父さんの亡くなられたことも知らないで・・・」菊次 「えっ、親父が・・どうしたって」おたね「あなたのお父さんは、腹を切って亡くなられたんですよ」菊次 「それはどうして・・本当か」組頭の大庭にいじめられどうしで、御用金の使い込みの罪をきせられたことを聞き、菊次 「では、親父は詰腹を・・。知らなかった、そうとは知らず、親父は幸せに いてくれるとばかり思って、おらぁ」おたね「それを、それを知らせたいばっかりに」菊次「すまねえ」 おたね「菊さん」大庭には何のお咎めもなく、公方様のお伴をして京に上っているというので、二人も京にののぼろうと決めます。おたね「ねえ、菊さん、あたしたちも京都へ行こう。近江之丞さんにお目に かかって相談したら、きっとよい思案があると思うの。 ねえ、京都へ行きましょう」 菊次「京へ・・・」二人の様子を見ていたお巻に気づきビクッとする菊次。菊次とおたねがお巻に気がついた時、お巻は二人の様子を見ていたがその場を静かに去って行った。菊次はおたねにすまないという気持ちでいっぱいです。おたねは、何も聞きません。菊次に会って胸にすがった時といい、この場面の話ながら菊次の着物の襟をさわる仕草いいですよ。画像からは無理かもね。是非作品見てほしい。ひばりさんの自然にふるまうような動きには、本当に好きな人とはこうになるだろうな、という画面です。見ていて自然と二人の絡みに引きこまれてしまいます。橋蔵さまはひばりさんとは2作品目の共演ですが、1作品目で打ち解けたぐらいですから、映画の先輩の演技に自然に引きこまれ、橋蔵さまとひばりさんのラブシーン(?)には嫌らしさ、わざとらしさがなく、見ていてすごく粋があっていて素敵だなぁ。橋蔵さま、父の無念さを聞いての所の演技ですが、まだこの場面の感情を表現するのはちょっと芝居がかってしまっています。泣きは苦手な橋蔵さまです。どうしても泣きになると表情的に歌舞伎の仕草が出てしまいます。(やはり20年歌舞伎で育ってきて、映画に来て浅いので仕方ないですが、作品を見ていて本当なんですもの・・私は感じてしまうのでゴメンナサイ。) 続きます。
2016年10月30日
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あの人とは、色の恋のと言うんじゃねえさっき若い男の神楽師が踊っていたと聞いたおたねは、もしやしたら・・菊次はどうしているのだろうと思いを馳せます。近くまでおたねが来ているとは知る由もない菊次は、いつものように小遣いを稼ぐために博打場に行っていました。菊次の鋭い眼差しが臺振りの動きにいっています。臺振りが勝負と声をかけ壺を開けようとした時、菊次「待った。おう、素人だと見くびってなめなさんな」(菊さん、博打うちが見についてしまいましたね。長い旅から旅の生活がそこまで身を落とさせてしまったのでしょうか。いかさまを見抜くまでに。いや、真の心は神楽師菊次のままですよ。)菊次「ここの親分は、いかさま賽で素人衆の懐を痛めるのか」いかさまと何を証拠にと、子分達が身構える。菊次「ちょいと、そのサイコロを貸してみな」臺振りが、一転地六の賽の目に狂いはないと臺を開けようとした時、菊次がその手を掴んだ。菊次「このサイコロじゃねえ」と左手を掴み臺振りが握っていたサイコロを取り出した。菊次「そうれ御覧じろ・・一転地六の賽の目に種と仕掛けはこの通り」(かっこいい台詞ですね。聞いていて気持ちいいです。)いかさまを見破ったのですからそのままではすみません。大勢のドスをかまえるやくざ達を相手に立ち向かっていた菊次ですが、足を斬られてしまいやっとの思いで逃げ出すことができました。 (この場面には、所々に歌舞伎の癖がでてしまっている感じもありますが、いたし方ござんせん。映画に来てこのような台詞とこのような立回りの動きは初めてですから・・でもよく動いていますし流れが綺麗です。台詞も若さまのべらんめえ口調も良かったですが、やくざ口調もテンポよく端切れも良く言うことなし。これで役の幅ができましたので、これからに期待が持て、ファンもどっと増えました。)(やくざが追って来るのを交わし菊次が逃げて行った道を、ちょっとの差でおたねが反対方向に通って行きます。おたねは賭場に行くのです。・・・ここでほんとに近くに二人がいるのにすれ違いになるのです。)おたねは菊次が行っていた賭場に案内してもらったが、つむじ風みたいな風来坊ならとっくに逃げてしまったと、痛めつけられた者たちが傷の手当てをしながら言う。「逃げ足のはえい野郎だ」怪我を負った菊次はやっとの思いで逃げ切り、橋の下に身を隠し川の水で傷を癒していると、その橋を渡ってくる鳥追い姿の女が・・ あっ、おたねですよ・・橋の途中で草履の紐を締め直します。橋の上と下にいる二人はその気配も感じずに・・・。(ここでまた、すれ違いなのです。映画を見ていた人は「あっ、探しまわっていたがここで二人はやっと会えた」と思ってことでしょう、がまだまだ・・・)おたねが橋を渡り道を歩いてゆく後ろには、橋の下にいる菊次が見えています。(後ろを振り返れば。そして菊次も前方道の方に目をやれば・・と思うのですが、怪我の手当てを使用としている所へ、お巻という女が現れたものでその余裕はなかったのです。会うことが出来るという所にいたのに、神様は意地悪です。)賭場で菊次をずっーと気にしていたお巻という女に、菊次は助けられ旅籠に身を置いています。外は雨、向いの旅籠の部屋の窓際にあめ屋と書いてある箱に風車があるのが見え、あめ屋の一人が菊次に声をかけます。道の方へ目をやりますと、お巻の姿が見え、窓際で外を眺めていた菊次は部屋の方へ入ってしまいます。傷の薬を買ってきて足の怪我の手当てをしてやるというお巻に菊次「誰もそんなこと頼みはしねえよ。親切の押し売りは止めてくんな」と邪険にするのです。お巻「あーら、傷口膿んでるじゃないか、ほっとくから」その言葉に菊次起き上がり、お巻に傷の手当てをしてもらいながら、足を見て、菊次「畜生、足でせいなけりゃ」そんなにイライラしても雨では無理、ここでゆっくり落ち着いて治したほうがと菊次に言い、お巻は「私の気持ちは分かっているんだろう」と言い寄っていきます。菊次「お門違いだろうぜ。博打場のてらをさらってきていると思っているんだ ろうが、おあいにく様だ、ひゃくもまなえよ」 お巻が「あたしは、真実、兄さんが好きなんだ。分からないかね、この胸の内が」と迫るが、菊次「分かりたくもねぇや。さぁ、用が済んだらけえってくんな」しつこくするお巻を振り払って雨の降っている中に、真向いの旅籠のあめ屋の風車に目をやり、おたねを思い浮かべているようです。おたねはその頃、雨の中を探し歩いていました。(花見獅子の歌がバックに流れます。)菊次が出窓に腰を下ろし、風車に息を吹きかけ回し、その中におたねを想います。 (ここで何故、風車がちらっちらっと映し出されていたのかがわかりましたね。おたねが茶店で休んでいた時の水車、そして菊次の風車と、考えました。雨がやみ、向かいに時っていた一行は出かける様子。菊次の手元に風車が2、3個あるのです。)暫く風車を見ながら考えていたのでしょう、夕方になっています。おたねを想って、しっかり修行をしなければと思ったのでしょう。舞えるかどうか動いてみますが、足の傷はまだよくなってなく、かんしゃくを起こします。 ちょうど夕食時、お膳が2つ運ばれて来ました。仕方なしにお巻の酌を受けて1杯だけ、お巻に私にもと言われいやいやながら1杯注ぎ、その後はお巻のお酌は受けず手酌で半分自棄になっている感じで飲む菊次です。お巻「私のお酌じゃ気に入らないのね。その江戸の何とかという娘さん でなくちゃ」菊次「馬鹿」(強い口調で言います。)お巻「ふん、私にはちゃんとわかってる。あんたは日の人のことが忘れられ ないんだ」菊次「よせ、俺とあの人とのことはそんな、色の恋のと言うんじゃねえ」お巻は、それは嘘、その時は気がつかなかっただけ。今になって思い出すと胸が痛む「図星だろう」と言われ、お巻に腹が立ってしようがない菊次です。帰れと言うが、お巻にも小娘なんかに負けるものかという意地があった。ますます腹が立つ菊次と意地でも菊次の傍から離れないお巻のやりとりがここであります。が、優しい菊次です。力ずくで追い返すことは出来ず、勝手にしろというような様子です。一人旅で菊次も寂しいのです。江戸での自分のことなどわ、お巻に話していたのですね。おたねとの再会はいつ頃になるのでしょう。いやいやながらも菊次を好きなお巻との道中が始まります。 続きます。
2016年10月25日
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御番入りの能見三之丞が大庭中務から江戸一番の獅子舞が見たいと言われ、料亭こと川でも困ってしまい、菊次にお願いしようということで呼んだのでしたね。宮神楽には獅子舞はないものだから舞うわけにはいかない破門になる、というので一時は断ったが、菊次の頭を何かがよぎるものがあり聞いてみると、実の父親がいじめられているという。父親を恨んでいる菊次だが、やはり親子です、窮地を見過ごすわけにはいきません。破門になってはとみんなが止めるが、父親を救うために覚悟の獅子舞を舞い終わると、こと川から黙って去って行ったところまででした。菊次の心の中はどんなだったのでしょう。喧嘩相手のない旅は先日獅子舞を舞って窮地を救ってくれた菊次にお礼にと、師匠総右衛門の家を訪ねたおたねは、弥吉から、こと川で獅子舞を舞ったことが分かってしまい、菊次が破門になることを聞かされる。こと川の座敷で舞ったぐらいで破門になるのはひどいと、おたねは師匠の総右衛門に言う。師匠は、座敷で舞うのが悪いというのではなく、法官や芸者と同席で、宮神楽にない獅子舞を舞ったのがいけなかったのだと言う。もう、仲間中に約束をしたので菊次は家には置けないと。菊次は実の父親の危急を救うために舞ったこと、私たちが舞ってくれと頼んだからで、悪いのは菊次ではないと、おたねは師匠に訴える。師匠は「その訳は菊次から聞いた。菊次には一世一代の芝居だった。 破門は覚悟の上だったのだろう。これからの菊次は、自分を自分で 鍛えるのだ。わしは、日本一の神楽師になってくれるのなら、喜んで 鬼になるよ。鬼になると決心したよ」おたね「でも、菊さんが・・菊さんが・・・」同じ頃、おたねと入れ違いに菊次はこと川を訪ねていました。主人「娘と一緒じゃなかったのかい、まあ、お上がり」菊次、座敷の奥の方を伺い、おたねの姿を捜すようにして、菊次「おたねちゃんは」主人「娘はこの間のお礼方々様子を見てくるって、お前さんのとこへ行った んだよ」菊次「そうでしたか」すぐに帰ってくるだろうから待っているように言うが、菊次「いえ、それじゃよろしくお伝えください。これから旅に出るので、 もう会えないかと思いますが・・」 (かわいそう、菊次の表情に引きこまれてしまいました。)主人「旅へ出るって・・」 主人が、もしや破門になったのかと聞く。菊次「覚悟の舞ですから、公開はしていません」これからどうするのだと聞かれ菊次「どうって、手に職がねえんだから、宮神楽をやりながら、諸方を渡り歩く つもりです・・じゃ、お達者で」店を出て行く菊次を「待っ手遅れ、それじゃ話もなにも・・と言って引き止めるが菊次「ご免なすって」主人「娘が・・おたねが・・・」菊次「旦那、喧嘩相手のない旅は淋しかろう・・ あっはっっ、そう言っていたとお伝えくださいまし」 菊次は逃げるように行ってしまう。(菊次のおたねに対する胸のうちか、ジーンと伝わってきて、見ていて苦しくなりました。これから一人旅に出て、どうやって行くのか台詞を聞いていて心配で可哀想になってしまいます。)こと川に帰ってきたおたねは、菊次がちょっと前お別れに来て「喧嘩相手のない旅は淋しかろう」と笑って言ってな・・と聞き、慌てて菊次を探すが姿は何処にもなかった。菊次がいなくなってから、おたねは泣きじゃくる毎日である。ある日、こと川に能見の祝いの時に同席していた小竹小十郎が来て、能見三之丞が大庭に腹を切らされ、検視に立ち会ってきたところだと聞かされる。大庭は自分の使いこんだ金を誤魔化すために、能見に罪をきせたというのだ。家族は泣き寝入りするしかない。両親の反対を押し切って、一人で国々のお宮からお宮へとくまなく訪ねて回れば、菊次にきっと会える。おたねは決心し夜中にそっと旅立ちます。父親が非業の死を遂げたことを知らずにいる菊次がかわいそうと、宮神楽を舞うような所を探し歩きます。途中あった茶店で休んでいる時、目の前にあった水車が回るのを見て、菊次とのことを思い浮かべるおたねです。(途中、追いはぎにあったりしますが、へこたれません。一日でも早く菊次に会って父親の無念を知らせなければという思いなのです。)二人の思いを水車とあとに出てくる風車で表しています。祭が開かれる所で宮神楽を舞いながらの菊次の生活が続きます。 (橋蔵さまの舞踊の上手さが十分に見られる作品ですから、この場面もそうですし、この後にも見られますよ。)旅も馴れ風来坊のやくざ姿も板につくようになっていました。 (神楽師の町人姿から長脇差姿の橋蔵さま。スクリーンで初めてのスタイル。水を見つめていて、礼金を持ってきた人の方に、うしろ姿からふり向いたときの橋蔵さま「うわっ!」と声を出しそうに綺麗すぎますね。橋蔵さまの違った魅力が、また一つ増えたのですね。時代劇にこんなに素敵なスターが現れたのです、うれしくなりました。)「おおきに、有難うございます」舞の礼金をもらう。江戸のれっきとした神楽師の礼金としては少ないが、その代わり、祭りには博打がつきもの、稼がせてやると博打場に誘われ躊躇する菊次でしたが、背に腹は代えられません。 博打をやることをここで覚えて旅を続ける菊次。 (ここで場面はおたねが歌と三味線で、鳥追い姿で門付けをしながら夜も昼も歩き探し続ける映像が流れます。バックにはひばりさんの歌う「花見獅子」が流れます。)菊次は祭りがある土地にやって来て、祭りに使ってもらえるかどうか舞を舞って見せる。「おしいね」その若さでそれだけのうでを持ちながら・・結構な芸を見せてもらったと。菊次「どうでしょ、明日の祭りに舞わしてもらえるでしょうか」江戸の流派の名を出せるといいのだが、出せないとお礼の方がたいして出せないが、と言われ、菊次「分かっております。そり変わり、どうせ賽銭場がたつんでしょうから」「そうか、そんなことを覚えなすったのか」と言われ、何ともいえない菊次の心境を画像(映像)から察してください。(博打は生きて行くために覚えたことで、ばくち打ちのやくざに身を落としたわけではないのは、菊次の表情から分かりますでしょう。)菊次の行方を探しているおたねは、隣の村で宮祭りがあり神楽がたつと聞き向っていた。祭で舞っている最中の菊次。 (この舞もいいですよ。大川橋蔵が歌舞伎界にいたら歌舞伎は変わっていたのではないか、と現在でも考えてしまう時があります。多くの人が大川橋蔵を知りえたのは映画界に来てくれたからなのですが、歌舞伎界にとっては残念なことになりましたね。)おたねが祭りの最中の境内にやってきました。やっと菊次とおたねは会うことが出来るのねと思いきや、舞台を見ると、あれっ、さっきまで踊っていた菊次の姿はありません。若いいい男の神楽師がさっきまで待っていたと聞き、江戸の人だったか、何処に行ったのか・・この近くに菊次がいるのではないかと心が乱れます。菊次はそんな近くまでおたねが探して来ているとは知らず、博打場へ行っていました。この博打に行ったところから、菊次に災難がかかってきます。「おしどり囃子」は、最初に書いたように、新芸プロの福島社長が二人のコンビの2作目の映画を作りたい、大川橋蔵に相応しいものはないかと、村上元三先生にお願いして出来たもの。2枚看板になっていますが、これは当時、大川橋蔵は人気が出ているとはいえ、まだ新人なのに主役看板にはできない、というクレームがあったような・・。でも、橋蔵さまの踊りがふんだんにあり作品は完全に大川橋蔵主演の映画です。 続きます。
2016年10月21日
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あっしが獅子舞を見せれば・・師匠の家に帰った菊次は、青山から菊次の父親が今度新御番いりになるからと内々の祝いの品を置いていったことを聞く。菊次は喜ぶふうもなく、弥吉に「おめえが食ってくれ、いやなら、そこいらの犬でも猫にでも食わせてくれ」と言う。折角、おとっつぁんが持ってきたのにという弥吉に、菊次「俺にゃ、親なんかねえ。がきの時から子供を人手に渡すような親は、 俺の親じゃねえ」弥吉「だって、お侍の家にはこっちっとらと違って、難しい格式だの世間体 というものがあるだろう。それに、おめえは・・・」菊次「おれは女中の子だ。女中の腹から生まれた子は、侍の家にはおけねえとよ。 俺は何も生んでくれとは言った覚えはねえ。頼んだ覚えもねえよ」 菊次が腹いせに父親の持ってきた饅頭を手で払った時、障子が開き師匠の総右衛門が来た。師匠「菊次、来い」と、稽古場へ。菊次「何でしょうか、師匠」師匠「修行中の身で、浮世の雑事に心を惑わしてはならん」菊次「へい」師匠「今日のお前の舞には、隙があった」よくよくは跡を継いで、宮神楽の神髄を伝えてもらわなければからないのだから・・・。もう一度舞って見せなさいと言われ、菊次は弓と矢を手に取り、師匠の扇子での拍子に合わせて舞い始めます。踊りながら幼い頃が心を過っています。(乳飲み子で能見家から師匠総右衛門に引き取られていく様子が映像で映ります。)(冒頭の神社の舞台での舞、そしてここでの稽古の舞は、歌舞伎役者であった橋蔵さまの見せ場ですね。扇子の音だけで舞うのが素晴らしい。六代目からの稽古の時はこうだったのだろうな、と思い起こさせます。)数日後の料亭こと川、芸者と男衆が呼ばれやって来た。こと川の主人から、今夜は新御番組の振舞い、能見様が御番組に入ったので、こういう時は必ず上役達がいじめるのが常なので、粗相がないようにと言われ2階の座敷に行く。座敷では、能見三之丞が難癖を付けられていた。器が粗末、芸人どもが遅いと、すべてにひどいものである。芸者が来た時、芸者の踊りなど見たくはない、と大庭中務。おたねに踊れと言う。おたねが断ると、能見の仕切り方が悪いから娘までが馬鹿にするのだと言い出す。おたねは1階に降りてしまった。それではと男衆が江戸一番の獅子舞をといって踊り出すと、大庭の盃が飛んだ。大庭は能見に大変な難題を吹っ掛けてきた・・「本当の江戸一番の獅子舞を見せていただきたい」男衆が大変なことになったと1階の主人のところに飛んでくる。さぁーて困ったことになった。能見様の折角のご招待が・・・考えあぐんでいるところへ、おたねが「菊次さんにお願いしよう、菊次さんならきっと江戸一番の獅子舞を見せてくれる」菊次のところへ使いを走らせる。大庭「江戸一番の獅子舞はどうした」 男衆が今来ると言う。大庭「なに、来る。きっと江戸一番の獅子舞でおろうの」 江戸一番どころか日本一の獅子舞でしょうと、男衆が言う。大庭「きっとだな。その者は何という男だ」 それはまあ、ご覧になりましてからと男衆。(能見三之丞は安心した様子である。)こと川からに呼ばれ菊次がやって来た。菊次「何か御用ですか」 (この時の菊次は現状を知らないので、とても明るく爽やかな感じ)主人 「実は菊さん、是非、お前に頼みたいことがあるんだよ」菊次 「と、おっしゃると」お歴々を招いての今夜の振舞いが、菊次に獅子舞を舞ってもらわないとめちゃめちゃになってしまうのだと聞かされる。(菊次の明るかった表情がなくなり、ちょっと厳しい表情になる)菊次 「折角ですが、それは御免こうむります」どうして・・というみんなの様子に菊次 「獅子舞は太神楽のもので、宮神楽の中にはありません」これで失礼すると、そっけなく立ち上がり帰ろうとする菊次に「獅子舞は出来ないの?」というおたねに、「習ったことはあるから知って入る」と答える菊次。おたね「そんなら」菊次 「あれは宮神楽師の舞うもんじゃねえ。うっかりそんなことしたら、 俺が師匠に破門される」おたね「御大層なもんだね、宮神楽師ってのは」菊次 「まぁっ、お断りしましょ」と・・・しかし、ふと何を思ったのか菊次「もし旦那、今夜の振舞いのご主人役とおっしゃるのは」・・・能見三之丞と聞いてびっくりする。 ⇒ 菊次「えっ、その能見様が、いじめなされているのか。あっしが獅子舞を見せれば 能見様・・とおっしゃる方の顔がたつわけなんですね」主人「それはそうだが、お前さんが破門を覚悟で舞ってくれとは言えないよ」菊次は獅子舞を舞う覚悟をする。おたね「菊さん、お獅子を舞う気になったんじゃないだろうね」菊次 「その組頭の御旗本が、江戸一番の獅子舞が見たいといって おいでなんだろ、俺が江戸一番の獅子舞を見せようじゃねえか」⇒菊次「さあ、仕度しよう」菊次は支度をして、獅子頭を取って2階座敷に向う。 (親なんかいねえ父親なんかじゃねえと言っていても、やはり菊次の心の中には親に対する優しい気持ちがあったのですね。)獅子舞が終わります。大庭は今宵一基板のご馳走。まこと江戸一番の獅子舞だ、とご満悦。盃を取らせたいと言うが、おたねが下に降りて行った時には、菊次はちょっと前に帰った後。おたねが外へ出て「菊さん」と呼んでいるのを、能見三之丞が聞いていた。能見「菊次郎か、やはり・・・。菊次郎が、わしのためにもうてくれたのか」それを聞いておたねが、「金さんの実のお父さん?」と。破門になることを承知で父のために獅子舞を舞って帰る菊次の心境は・・。 続きます。
2016年10月18日
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1956年5月封切 「おしどり囃子」原作村上元三の仇討ち立志物語「花見獅子」を、美空ひばりと大川橋蔵の豪華コンビによって歌と踊りとロマンあふれる情緒時代劇としての映画化です。おきゃんな町娘おたねと、旗本能見三之丞の子でありながら訳あって宮神楽の弟子になっている菊次は、人目を忍ぶ恋仲でてす。ある日、菊次は父三之丞を旗本組頭大庭中務の難儀から救うが、そのことから宮神楽を破門され、旅へ出ることになり股旅(ばくち打ち)へと身を落としてしまいます。おたねは菊次を心配して鳥追いになり、探し歩いてゆきます。二人はどのようになるのでしょう。 女は女らしく配役名が出ている時に、「おしどり囃子」の歌1番3番が流れます。 獅子が浮かれる 御神楽ばやし 客は見とれる 泣く子は黙る 花の祭りに ひふみざくら 笛と太鼓が 調子を取れば 鈴の合いの手 シャンシャラリ シャンシャラリ 娘十九の 後追い笠を 泣かす他国の お祭りばやし 君の失敗 目に浮かぶ 笛と太鼓が 調子を取れば 鈴の合いの手 シャンシャラリ シャンシャラリそして画面は・・・神楽囃子が聞こえてくる境内の舞台を人々が見つめています。(うわっ、舞っているのは橋蔵さま扮する菊次ではないですか。流石、決まっていて凛々しいです。)奉納の宮神楽を舞っている菊次。人がざわつきました、何か起こっているようです。菊次も舞台からどうも気になっているようで、舞がおろそかになり、師匠から注意が飛びます。祭のなか地回りが乱暴に喧嘩を吹っ掛けているよう、それを収めていたのは料亭琴川の娘おたねでした。おたねは地回りに、一両を渡して丸く収めたのでした。菊次が舞を終えて帰ろうとしている所へ、「菊さん」と呼び止めるおたねの声がしているが、菊次はふり向くがそのまま行こうとします。菊次はにこりともせず少し不機嫌なようすです。(二人の会話のやりとり第一弾です)おたね「菊さん、まってよ。さっきから御神楽の済むの待っていたんだよ」菊次 「そうでもなかろう。たいそう派手な一幕があったじゃねえか」おたね「あら、みてたの」にっこり笑い、 「どう、私の腕はまんざらでもないでしょ」菊次 「ふん、おめえが、あんなおちゃっぴいとは思わなかったよ」おたね「おちゃっぴい、まあ失礼。あたしゃ、みんなのためにあいつらを 裁いてやったんだよ」菊次 「それが余計な出しゃばりというものだ。女は女らしくするものさ」おたね「じゃ、あんた、何故黙って見てたのさ。男なら男らしく飛び出して、 あいつらをやっつ けてくれればよかったじゃないか」菊次 「そうよ、男が男らしいところを見せようと思っても、どっかの娘の ような出しゃばりのおちゃっぴいがいちぁーね」おたね「ふぅーんだ、なにさ、そんな男らしくないこと言う人大嫌い」菊次 「おいらも、女らしくねえ娘はきらいだよ」おたね「嫌いで結構、どうせ、あんたのお嫁さんなんかにゃなってやらないから」菊次 「ありがてぇ、それでおいらも、先の苦労がなくなって、助かったよ」おたねに言い残して行ってしまう菊次を見て、地団太を踏みます。(「⇒」のところまでがyoutubeに載っていますので見てください。お二人のやりとりは、見ていて可愛いし微笑んでしまいます。この後も、暫くお二人のやりとりが続きますので、そのイメージを頭に描きながら、暫くこの後もお付き合いください。)と、こんな具合の二人ですが、周りが心配するようなことはないようですよ。宮神楽の弟子・菊次郎と料亭こと川の娘・おたねは、はた目からみても分かるほど二人は惚れ合っているのですから、喧嘩をして言い合って結構楽しんでいるようです。(トミイとマミイの若い時の映画には、このような二人のシーンがふんだんに出てきます。これが見ていて凄くいいのです。自然ににじみ出てくる二人の魅力に惚れちゃいますよ。「女は女らしく」この台詞ふりそで太鼓でも使っていますね。ひばりさんに語り掛ける橋蔵さまのソフトな声とイントネーションで言うから嫌みがなくてよいですね。)その夜、川端に菊次とおたねの姿があります。菊次が送ってくれるというのに、おたねは昼間のことをまだ怒っている様子。菊次 「おい、まだ怒っているのかい」おたね「知らない。おちゃっぴーのでしゃばりには用はないでしょ」菊次 「あれはおいらも言い過ぎたよ。だから、誤っているじゃねえか」 おたね「口先だけでなにさ、どうせおたしは女らしくない女です」菊次 「もういい加減にしないか、折角送ってきたのに」送ってきた菊次に、頼んではいない強がりを言う。菊次 「ふ~ん、いいのかい。夜道は物騒だよ」おたね「余計なお世話、男なんて平気」 かまわないでとまだ強がりを言っているおたねです。菊次 「おやおや、そうかい。そんなら、何があっても知らないよ」立ち去る菊次を見て、「本当に行ってしまうの」というようなおたねの表情。そして菊次もおたねが気になり途中まで行くと、様子を見ているのでした。(お互い強情ですが、可愛さがいい。そこが見ている私たちにはたまらないところです。ひばりさんのファンのに誰との共演映画がいいと聞きますと大川橋蔵との共演、橋蔵さまも好きなのですが、橋蔵さまファンの中には、ひばりさんとの共演のものは嫌いという人もいるらしいです。多分、このようにひばりさんと橋蔵さまの演技が余りにも自然に出ているからなのでしょう。ファンとしての嫉妬からでしょう。私などは、このお二人、なるほど噂になったほどのことは・・・と思いますが。)そこへ、地回りの仲間がおたねから一両をもらった事を聞き、自分たちもあやかろうと二人組がやってきます。絡まれもう小遣いはないと言うおたねに、それなら・・と、おたねを捕まえようと。二人から逃げようとするおたね、影から見守っていた菊次が助けに来ます。(二人の会話やりとり第二弾になります)菊次の姿を見てすがるおたね。「菊さん、助けて」菊次 「おや、あめえ、男なんかへいちゃらだったはずだろう」おたね「そんな意地悪言わないで、こいつらやっつけてよ」菊次 「そうかい、頼むならかたずけてやってもいいが・・・頼むんだね」おたね「早く、後生だから」(二人のやりとりどうですか。どんな感じなのか作品を見ていただきたい。他の人達では出せないものがあります。おたねが菊次の腕に手をやっていますね。この手というか指先というか、動きがすばらしいの。菊次を見つめる表情と合わせて見て見て・・・)菊次 「よおーし。さあ、おめえら、俺が相手だ。ちょいとかたずけるかな」⇒⇒地回りの二人かを簡単にあしらって、菊次と御種は仲直りが出来たようです。一緒に帰ろうとしたとき、忠言の灯りが見えこちらに向って歩いてくるお侍の姿に目をやった時、菊次は「おっ」と言って、慌てて行ってしまいます。おたね「菊さん、どうしたの菊さん」 お侍は、菊次の父親である旗本能見三之丞でした。三之丞もおたねの「菊さん」と呼ぶのを聞いて何か思ったようです。今までの場面は、二人の甘い関係で楽しみました。これから大変な事態が起こるなど想像もできません。菊次の出生から、父に対する感情が描かれ、許せないその父を助けようとしたことから、宮神楽師を破門になり、修行の旅に出ることになりますが、世間は甘くない。お祭りのある所で舞いながら博打も覚えての旅になります。おたねは、菊次がいなくなったことでしょんぼり。ある日、菊次の父親能見の無念をしり、菊次に知らせようと探して旅に出ます。さあ、どうなって行くのでしょう。 続きます。
2016年10月15日
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トミイ・マミイ「笛吹若武者」でひばりさんと橋蔵さまの共演が大好評だったので、第2回の共演映画は何がよいかと考えていた新芸プロの福島社長は、村上元三先生に相談したことの記事を読みました。「先生、ひばりちゃんとの2回目の共演映画で、橋蔵君に向くものを何かお願いできませんか」村上先生は「私も橋蔵君は好きです。実は、江戸の有名な神楽師とこれを助ける娘を主題とした物語の腹案がありますから、これをまとめましょう。ちょうど橋蔵君とひばりちゃんによいと思うんですが」ということで、そのあらましを聞くと非常に面白く、早速執筆をお願いしたということです。原作名「花見獅子」を「おしどり囃子」と改題して映画化になりました。トミイ・マミイの最強のコンビが、私たちに楽しく夢とロマンを与えてくださる映画の始まりになりました。各映画会社での名コンビといわれた方達がいました。東映で、いや全国で名が響いたこのお二人トミイ・マミイコンビを外すことは出来ないでしょう。お二人は最後まで仲良かったのですもの。トミイ・マミイと二人が呼ぶようになったのは「笛吹若武者」の撮影の終り頃からだったようです。お二人は撮影が進むにつれ冗談を言い合うほどの間柄になったようです。普段、すぐには話しかけたりしないひばりさんが、橋蔵さまには違ったと言われています。ひばりさんが橋蔵さまの名前の富成からトミイと、橋蔵さまが年は若いけれどしっかりしていてお母さんのよう(ママのよう)だからマミイと。橋蔵さまとひばりさんがご一緒に出られた番組で、「この人失礼しちゃうのよ、お母さんのようだからだって」と言っていましたわ。この時期に、橋蔵さまは東映と契約をして、映画界でやっていくと決められました。「おしどり囃子」は橋蔵さまの歌舞伎界から映画界への第一弾に相応しい作品内容でした。橋蔵さま主演映画として出したかったようですが、そこは当時のいろいろな事情があったようで、ひばりさん主演映画でいったようです。神楽の舞の場面、厳しい稽古場面・・等々、見ているとどうしても歌舞伎界にいた時の橋蔵さまを想像してしまいます。六代目について厳しい修行をかさね、厳しく育ってきた橋蔵さまはこんな風だったのかなと、ファンは役柄の菊次に重ね合わせて見ていたのではないでしょうか。ひばりさんとの共演の他の作品でも思うのですが、ひばりさんと橋蔵さまの絡みはとても自然な動きなのです。仕草、口調に・・二人が阿吽の呼吸を感じます。ひばりさんの橋蔵さまに触れる時の手の仕草にも感心させられます。ラブ・シーンの時でもひばりさんが抱きつき甘える手の触れ方でも本当にいい感じなのです。橋蔵さまもひばりさんだとラブ・シーンでもひばりさんが受け止めてくださるので、安心して演技をしているようにみえるのです。この時期の他の女優さんとですと、ひばりさんを相手のような雰囲気は出せていないように感じます。それと、口喧嘩のようなことをしては仲直りと、普段でもそうでは・・と思うような、お二人の仲の良さが作品から伝わってくるのです。「おしどり囃子」でも出てきますのでお楽しみに。映画の中で流れる「花見獅子」と「おしどり囃子」という歌があります。作品の流れの中、菊次とおたねの状況に合わせて流れてくる歌です。映像はありませんが、歌がyoutubeにありますので、載せておきます。ノイズがありますが、ひばりさんの歌声を聞きながら、どのような作品になっているのか想像してください。ご存知の方は、あの歌が流れた時は、あそこの場面だったと思い起こしてみてくださいね。次回は「おしどり囃子」に入ります。
2016年10月12日
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このままでいいのさ呉須の皿も山岡家の戻り一件落着したところでしたね。5月節句の鯉のぼりが泳ぐ空のもと、船宿喜仙の2階の物干し台のところで、若さまはいつもの調子でおいとを相手にお酒を飲んでいます。「横川出羽守が彦兵衛の墓を掘り返す、と聞いて慌ててやって来た時に目をつけたんだ」「役むきに届けないで、どうして若さまに事件解決を頼むのかとね」と、得意げに話す若さま。山岡家はご加増の上役付になり、布袋屋の身代は治助に、あとは隆之介とお喜代り祝言だ、という。すかさず、おいとが「あたしたちは?」 若さま「あたしたち?」⇒おいと「あたしと若さまは・・・」若さま「このままでいいんだよ」おいと「まぁ、どうして、お互いに好きあっているのに」若さま「だからこのままでいいのさ。やはり野におけれんげ草、楽しみは長く味わうほどいいんだよ」さらっと交わす若さまです。可愛い二人のやりとりでした。(見ていてこちらが恥ずかしくなってしまうわ)(おいとちゃん、お互いに好きあっていると、はっきり言いますね。 でも、残念ね、シリーズ 始まったば かりですから、そう簡単には 若さまからの「好きだ」という言葉は聞けませんよ。 若さまも若いですから可愛さもいっぱい。 シリーズが進むにつれ、橋蔵若さまは男の色気が増し、ますます惚れ惚れする 粋な江戸っ子 若さまになっていきます。)みんなが歌う若さま侍の歌にのせて、次回への期待と希望をもって、前篇「地獄の皿屋敷」と後篇「べらんめえ活人剣」は終りととなります。 (おしまい)映画館で観た人は、事件も解決、若さまの活躍もふんだんにありましたし、楽しいし、晴れ晴れとした気分で帰路についたことでしょう。これが娯楽時代劇なのです。8作品映画化された橋蔵さまの「若さま侍」是非見てほしいな。現在でも、決して劣らない推理ものであり、カラー化までのモノクロでも美しい、立回り(殺陣)も見ていてスカッとしますし、流れが綺麗です。この年代の時代劇を知る人には、今の時代劇は見るに堪えないものがあります。時代劇には夢がなければいけません。大衆が楽しめる娯楽性がなければいけないと思います。今の時代劇に携わる人たちはそこをないがしろにしているように思われます。"橋蔵若さま"誕生1955年12月が映画第1作品目デビューてあった橋蔵さま。「笛吹若武者」でひばりさんの相手役、新人の大川橋蔵はスクリーンに出るや話題になりました。第2作品目「旗本退屈男謎の決闘状」では、右衛門さんの映画に出演させ、その反響を東映は見ました。これは、スターとしてものになると確信したうえは、橋蔵さまを映画界へどうしても引っ張らなければなりませんでした。橋蔵さまは歌舞伎役者をやめて映画界でやっていけるか、まだ自信がありませんでした。橋蔵さまが映画に出たのは、1,2本位ならやってもいいかな、映画は全国に行きわたるから、という考えだったようです。東映は、十八番ものをここで作ろうと新芸プロと考え、大川橋蔵の育ちの良さと江戸っ子気質が伺えるところから、映画関係者がなかなか踏み切れなかった「若さま侍」の映画化です。橋蔵さの努力に感服感服。歌舞伎では、女形で、立役はこれからという時でしたから、まず声の出し方、歩き方が違ってきます。歌舞伎は広い舞台での動きと目線が、映画とは違います。下手すると大げさになってしまいます。でも、橋蔵さまは、カメラ目線といい、動きといい、カメラの前では完全に映画人になっていたのです。そして驚いたのは、声の出し方です。数か月の間に、あの素晴らしい声になっていたのです。デビューまもなくして、若さまのべらんめえ口調も熟すとは、そして、殺陣もすばらしくなっています。「若さま侍」は原作若さまと橋蔵さ酒脱な性格は、六代目菊五郎という芸界の名門の養子である橋蔵さまの境遇に何か通じるものがあります。新人がデビューとほとんど同時にシリーズ物をモノにするなど奇跡に近い出来事です。橋蔵さまの持って生まれた素質が江戸のヒーロー若さまとぴったり照合し、全国のファンの人気を湧き立たせることになりました。若様侍捕物手帖の原作者城昌幸先生が、橋蔵さまに初めて会ったのは、1956年2月東横ホールに出ていたときの楽屋に訪ねた時だったそうです。「因果小僧」のお女郎おその役の赤い長襦袢のままでいた時だったので、とても色っぽかったそうです。今回ご紹介しました前後篇は1956年2月封切ですから、クランクアップは遅くとも1月、まだ映画の世界の人ではなかったのです。城昌幸先生は、劇の主人公の性格と俳優の個性や持ち味がぴたりとくる、息が合うということはなかなかないらしいことなので、注文する方が無理だろうと諦めていたそうです。「若さま」を演じた人は戦前を含め4人で、それはそれで結構でしたが、欲を言うと、人柄がぴたりとこないという悩みがあったそうです。しかし、大川橋蔵という人を獲て「若さま」は初めてこの世の人間にさせていただいた、と言っています。40数年、よく映画関係の人々から「若さま」ををやりたいのだが、向いた役者がいないので・・・と言われていたそうですが、その嘆きも無用になったと言っています。ただ、橋蔵さまの若さまは美男すぎるとおっしゃっていたとか。第一作「地獄の皿屋敷」の完成試写会が行われたおり、観終って廊下に出て来た城先生は「まるで橋蔵くんに演じてもらうために、小説をかいてきたみたいだよ」と満足そうに大笑いされたというエピソードがあったようです。そういえば、若さま侍は戦後、映画では大川橋蔵。テレビや舞台では何人がやっていますが、育ちの良い若さまは感じられません。品位、所作、そして美貌・・これらが備わっている橋蔵さまであるからこそヒットしたのだと思います。時代劇には必要な立回りも、舞踊で鍛えた腰のすわりと流れが綺麗な形を作っています。若さまの歩く時の雪駄の履き方もうまい、深く履き過ぎても粋ではないのです。なにしろ、立姿が綺麗ですから、体の線がでる着流しが本当に似合います。これほど綺麗な俳優さんはいないと思います。
2016年10月10日
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頭が高い般若面の助けで難を逃れた若さまとおいとちゃんでしたね。船宿喜仙の二階。おいとが若さまのお膳を用意しています。砂を浴びた若さま、ひと風呂浴び、いつものようにおいとを相手に・・しながら、お酌で飲むところへ遠州屋ととん平がやってきます。若さま「ところで、遠州屋、お皿の一軒も今日一日になったな」遠州屋「どこから手をつけたらいいんでしょうね」若さま「手を付けるとすりゃ、やっぱり布袋屋がてじかだぜ」お猪口の酒をあけて若さま「最後のひと狂言をやらすか」 若さま、お猪口をおきます。布袋屋では、安蔵が別口帳を持ってきて、主人の死の件で豊五郎をゆすっている。それを庭から盗み聞きしていた布袋屋の娘は二人が部屋を出た後、隠してあった別口帳を探し見つける。別口帳には「呉須の皿、横川出羽守に売却済」と書いてあった。(そのことを、若さまに知らせてくれりゃよかったのに・・ね)若さまは布袋屋に行き豊五郎を呼び出していた。若さま「おい、豊五郎、おめえ、おととい彦兵衛の隠れ家にいったな。 彦兵衛を殺したのはおめえか」豊五郎「とっ、とんでもない、どうしてわたくしが」若さま「じゃ、誰がころしたんだ」豊五郎「ぞんじません。誰が惨いことをしたのか」若さま「だって、他にいなけりゃ、やっぱりお前が下手人ということになるぜ。 主殺しは罪が重いぞ」豊五郎「私は無実でございますよ、本当ですよ若さま」若さま「まあいいさ、今に分かることだ。小吉達がほうぼう洗っているんだが、 他にあの森の一軒家に行ったものが出て来ねえ限り、おめえを下手人 として、しょっ引いていくかもしれねえから、まっ、覚悟するんだな」と、脅しをかける。布袋屋から出て来た若さま、豊五郎をつけて見張るように遠州屋に合図をおくる。出かけて行く豊五郎を人を変えてつけて行きます。ゴミ拾いの格好の遠州屋がまず→忠言姿の岡っ引き→山伏姿の岡っ引きが→最後大工姿でとん平がつけます。豊五郎が行った先は横川出羽守の屋敷であった。(つけて行くのに、このように人を変えながらなんて、想像もしていませんで したので 感心してしまいました。)若さま「やっぱり、そうだったのか。遠州屋、えにしの糸が解れたぜ」遠州屋「と、申しますと」若さま「こまけえ言い訳は分からねえが、今度の一件は、横川と豊五郎が ぐるになって打った茶番の一幕よ」遠州屋「なるほど」若さま「別口帳がねえのは少々こっちの弱みだが、呉須の皿が横川の手元に あるのことは十中八九間違いはねえ」 場所は横川邸、大詰めになります。布袋屋の娘は出羽守に会いに行き皿を返すように・・ここから豊五郎、布袋屋の女将、布袋屋の娘お喜代、小百合の兄山岡隆之介が、横川の屋敷で入り乱れての様子が描かれます。宗十郎頭巾も横川出羽守とあの黒装束の頭領の楠本が話をしている部屋に現れもみ合っている。そのどさくさに紛れ、安蔵が屋敷から皿を盗んで逃げようと・・、それを見た豊五郎が皿を取り返し逃げようとした前にはだかったのは、葵の御紋入り黒の着流し侍、そう、若さまです。ここからいよいよ東映得意のスピーディーな大立ち廻りになります。若さま一太刀で豊五郎を斬ります。すると皿が放り投げられ、若さまが皿を持った者を斬ると、また次の者へと次から次へ皿がまわされていき、宗十郎頭巾に皿を追うように言う若さま。→若さまの殺陣(立回り)です。 皿を持って逃げようとした出羽守と楠本が門を開けさせると、外には捕り方がお待ちかね。門を閉めさせたところへ追いかけて来た宗十郎頭巾が。斬り合っていた時に般若面が割れる・・?? 宗十郎頭巾は山岡家の小百合であった。出羽守「己は小百合」、 出羽守が刀を振りあげた時。若さま「待て」ゆっくりと出羽守の方に近づきながら若さま「極悪人横川出羽守、おのが私欲私運を満たさんために世人を苦しめ、 神をないがしろにする不所存者、もはや叶わぬとあって観念せい」(若さま、格好いい!! いいところです。)出羽守「おのれ、推参な」若さま「うつけもの、この定紋が目に入らぬか」(葵の御紋だ、水戸黄門をおもいだしますね。) 出羽守「あっっ・・」若さま「世迷者、頭が高い」出羽守「はっ」若さま「本来ならばこの場をさらせず切り捨てるべきその方なれど、 高禄を頂戴して高家の要職にある身として、多少なりとも 武士の心は持ち合わせておるはず。 よって、せめてもの情けに切腹申しつける。 この場において潔く自決せい」(歌舞伎で長台詞は慣れている橋蔵さま、語りもさすが、将軍家です。)⇒若さまの言葉に耳をかさず出羽守と楠本は合図をして同時に若さまに斬りかかったが、若さまの刃に倒れる。小百合「若さま」そばに寄りそう小百合に、 若さま「うん」というように・・。 (般若面をつけていた小百合の若さまに対する心がやっとここで分かりましたね。 ちょっと恋心があった ような気がするのはわたしだけでしょうか。若さまも 宗十郎頭巾が女性であったこと、小百合であったことは、途中からうすうす 感じていたのでしょうね。)皿も無事山岡家に戻り事件は一件落着。 続きます。
2016年10月09日
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礼は言わんぞ、五分と五分だからな若さまが喜仙に戻ってくると、おゃ、どうしたことだ。黒装束においとちゃんが人質として連れていかれた後だった。襖に書かれた黒装束からの挑戦状には、「事件から手を引くまでおいとをあずかる。おいとを返してほしくば、単身ご存知森の一軒家まで来たれ」と。 小吉達の聞き込みも、皿の件で知っているのは山岡家と出羽守だけということしかわからなかったが、若さま「今はそれで上出来だが、敵に先手を打たれちまったよ」「お役むきへ知らせましょうか」という遠州屋に若さま「そいつはいけねえ、とんだ犠牲が出ねえもんでもねえからな。とにかく おれは、おいとを助けに行ってくる」 遠州屋「それじゃ、あっしらも一緒に・・」若さま「いけねえよ。一人で来いと書いてある」 おいとを助けに森の一軒家にのり込む若さま。一軒家には灯りがついていたが人の気配がない。各部屋の襖を開けるが部屋の中は人の気配はない、どうしたことか天井や周りを見回し、ある襖の奥に何かを感じた。用心して襖を開けると、地下に通ずる階段があった⇒⇒階段を下りていくと閂がおりている部屋があった。中の様子をうかがい、急いで開ける若さま。⇒ 扉をあけると、奥に猿ぐつわをされ縛られたおいとがいた。若さま「長居は無用、早く出るんだ出ようとしたとき扉を閉められ閂を下ろされてしまう。若さまが体当たりして壊そうとしてもびくともしない。鎖が切られ吊り天井が徐々に落ちてくる。そして落ち方が速くなってきた。危うし若さま、となると助け舟が来るのが当然ですね。来ました来ました、般若面を黒装束の侍達と斬り合いながら、扉の閂を外します。体当たりしていた若さま、扉が開きおいとと共に出たとき、天井が落ちました。かぶった宗十郎頭巾です。(若さまとおいとちゃん、間一髪のところで助かりました。それにしても、若さまのあとをつけている般若面です。若さまの危ないところをよく助けてくれますね。)般若面と若さまは黒装束一味と斬り合いながら、座敷の方へ上がってきました。またもやここで「引き揚げろ」との声がかかり、黒装束一味は退散します。逃げて行く黒装束一味を見かけた遠州屋達が、若さまのところへ走っていきます。若さま「おいとちゃん、大丈夫か」おいと「あっ、若さま」「おいとちゃん」「若さま」と向き合う二人を見ていた宗十郎頭巾に、若さま「あんたは一体誰だ、わしは救ってもらったが、礼は言わんぞ。 これで五分と五分だからな」(礼は言わんぞ、これで五分と五分だからと若さまから言われた時の般若面がうなだれた時の様子を画像にはめ込みました。)⇒その様子を見て、若さまどうしたことかと言うように、般若面を見つめます。般若面、若さまの言葉にショックを受けたよう、悲しそうに去っていきます。 ⇒⇒⇒ (宗十郎頭巾(女性ですから)には若さまをちょっと好きだという気持ちがあったと思うのね・・その前で若さまとおいとの姿を見せられ、若さまのつれない言葉には悲しくなるのは分かります。)般若路面と入れ違いに、遠州屋達がやってきました。「無事でよかった」おいとは、若さまの腕に顔をうずめて泣きじゃくります。この時の若さま、頼りがいがありました。 続きます。
2016年10月07日
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映画「若さま侍捕物手帖 地獄の皿屋敷」の後篇「べらんめえ活人剣」になります。暗闇の中、豊五郎をつけてある隠れ屋にたどり着いた若さまたちを待っていたのは、黒装束の集団。斬り合いの中鉄砲で狙われていた若さまの運命はどうなったのでしょうか。1956年2月封切 若さま侍捕物手帖 後篇「べらんめえ活人剣」 若さま侍捕物帖シリーズ2作品目です 偽物なんです 木の上から鉄砲で若さまを狙っていたのを、宗十郎頭巾の般若面をつけた男が手裏剣を投げ助けます。般若面も助太刀に入っていきます。黒装束の頭領の「名の知れた青二才の二人、はやく斬れ」ということばに、若さま「蕪ら細工じゃあるまいし、どっこいそうはいかねえよ」般若面が手傷を負ってしまいます。助けにいく若さま、これ以上無理だと思い黒装束たちは引き揚げます。若さま般若面のところへ駆け寄っていき、うずくまっているのを見て若さま「怪我をしたな」懐から取り出した手拭いを引き裂き般若面に近よると、般若面は立ち上がり後ずさりします。若さま「おぅ、縛ってやろうというんだ、何故拒む。まずその面を取ってつらを 見せろ。見せろよ」⇒般若面は逃げて行きます。(作品を見た方は、前回の集団に襲われ若さまに助けられた時の様子からとここでの様子でうっすらと分かったと思うのですが・・手傷を負ってのうずくまり方から、皆さまも宗十郎頭巾の般若面は女だ?ではないかと思った方がいるのではありませんか。若さまはまだ気づいてはいないのかしら。) 船宿喜仙、おいとのひざ枕で事件の経緯を話している若さま。彦兵衛の隠れ家を探してみたが別口帳はなかった、若さま「どうやら、事件は振り出しに戻っちゃったと言う訳さ」おいと「まあね、折角ここまで来て」若さま「なぁーに、勝負はこれからさ。今日は2日、明日は3日だ、この二日の間にかたずけてやらねえと」(第一作と第二作では、おいとちゃんがお姉さんタイプ、甘えん坊の若さまという感じです。おいとちゃんの膝枕での若さま可愛いです。)出羽守は皿を草の根わけても探し出してみせると・・・しかしその代わり、山岡家の窮地を救ってやるのだから皿が戻った時は、娘の小百合を正妻に欲しいと言ってきた。小百合は自分たちで探すので、その返事は4日まで待ってほしいという。小百合の兄隆之助は、若さまが用立てた百両(ニセ小判とも知らず)を持って、皿を返してもらうために布袋屋に行った。 喜仙に、小百合が若さまを訪ねてきた。(おいとちゃんは、席を外してほしいと若さまに言われおかんむり、焼いているのです。)小百合「そのような訳で、今しばらくあの百両を拝借願いとう存知まして」若さま「兄上が、ねぇ。何度掛け合っても無駄なんだがなあ」小百合「はっ?」若さま「皿は布袋屋にはありませんよ」小百合「まぁ・・」若さま「それにあの百両、あまり派手に持ち回られると困るんでね」小百合「と、申しますと」若さま「あなた方をかついだ様で悪いけど、皿が布袋屋にあるかないか確かめるために売った芝居、あの小判は芝居で使う小道具の小判なんです」 小百合「えっ」若さま「偽物なんです」(隆之介はニセ小判とは知らず百両あれば・・ともう一度交渉しに出かけてしまいましたよ。どうなるのでしょう。若さまもそこまでは考えていなかった?)隆之介は布袋屋に行き百両を出し皿を返してほしいと乗り込んでいた。応対する豊五郎に腹を立てた隆之介が五十両の包み一つを叩きつけた。 その瞬間ばらまかれた小判はニセ小判と分かり、隆之介を愚弄する番頭の豊五郎。お喜代にもぶざまな姿を見られた隆之介は店を出て行った。のんびりと歩いている若さまに、小吉があと一日しかないのにお散歩でもあるまいにと若さまがのんびりしているのでヤキモキしている。若さま「まあ、焦るな。犬も歩けば何とか言うだろう」 「時によりけりですぜ、何もこんな」と遠州屋が言いかけた時、若さまの足が止まり、屋敷の門から出て来た侍達の一行に目がいった。 若さま「小吉、匂ってきたぜ」小吉 「えぇっ・・」若さま「遠州屋の目にも曇りがきたか。今行った先頭の侍に、覚えはねえかい」小吉 「はってねえ・・はっ、おとといの晩の一件の」 表札を見て、横川出羽守とあの侍達といかなる繋がりを持つのか。 若さま「小吉、耳をかしな」 若さま「いいか、きずかれねえように上手く聞き出すんだぜ」 若さま青空の下、何かを考えたのか、思い浮かんだのか、そのように思える表情をみせます。 続きます。
2016年10月05日
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一芝居打つお棺の中に彦兵衛の死骸はなかった。 若さま「いっぱいくったな」 小吉 「どうりで、布袋屋のやつら来ねえはずだ」若さま「遠州屋、皿は布袋屋にはねえぜ」寺から出て遠州屋と歩いているところへ、横川出羽守が近付いてきて、山岡の為に骨を折ってくれる武家とはその方か、と。若さま「うーん、別に、山岡家のためじゃねえよ」⇒山岡の災難は自分のことからのことで気の毒、早く解決するよう頼むと言ってきた。若さま「頼まれなくたってやってはみるが、ひどく難しくなってきたぜ」傍にいた家来が「こら、口を慎め」と言うと、出羽守「かまわぬ、捨て置け」と。若さま「そうだよ、捨て置いてもらおう。こっちは忙しいんだ」遠州屋は横川出羽守に若さまがぶっきらぼうに答えていたので心配しているが、当の若さまは、こっちとらには関わり合いのない相手だとへいっちゃらである。歩いている若さまたちを短筒が狙っている、間一髪、身をかわした。⇒⤵⇒⇒若さま厳しい顔つきに、追いかけようとする遠州屋を止める。 船宿喜仙、短銃で狙われ間一髪だったことを遠州屋が話すのをきいて心配なおいと。大丈夫だと流す若さま。遠州屋に、横川出羽守が何のため寺まで来たと思うか問う。小吉 「若さまに事件の解決をお願いするためにおいでになったのでしょう」若さま「そうだろうか・・。どうやら事件も本筋に入ってきたようだぜ」小吉 「と、言いますと」若さま「はっっは、とは言っても、これからがほねだがね」彦兵衛は生きていると推測する。そこで若さま、一芝居をうつことを提案する。若さま「金をこっちで都合してやって、山岡に皿を受けだしにやるのさ」山岡が布袋屋に百両を持ってきたが、女将は大切な品なので今はここにないという。山岡の娘・小百合は2日の中に皿を持ってくるように女将に頼み、元気なくかえっていった。様子を見張っていた若さまにはこうなることは分かっていることだった。遠州屋「可哀想に、金を渡した時にゃあのように踊りあがって喜んでいたのに」若さま「うぅん、罪のようだがしかたがねえ。素直に皿はわたさねえことは初手から分かっているんだからな」⇒遠州屋、若さまの言葉に呆気に取られています。 若さま・遠州屋・とん平が夜遅くまで布袋屋を見張っている。遠州屋「的が外れたんじゃござんすまいね」若さま「そうかな・・」すると豊五郎が一目を避けるように出ていった。つけていくが、見失ってしまう。先を進んで行く若さまたちの様子をうかがう者の影が左右にある。⇒豊五郎が行った灯りがついている小屋には安蔵がいた。話をしている相手は布袋屋の主人彦兵衛である。安蔵は治助を知っているらしく、彦兵衛が生きていると知ったらたとえ父でも治助は容赦しないだろうと脅し千両出せという。豊五郎と女将の仲も話す。 小屋の様子を覗いている豊五郎を若さまたちが見つける。気が付いて逃げる豊五郎、その時小屋の中でギャー!という叫び声が聞こえ(彦兵衛がこの時殺されてしまってのです)、若さま達が振返ると後ろには黒装束の集団が。 若さま「でたな化け物」 若さま、刀を抜きます。 (立回りです) ・・(動きが速いので画像が流れてしまっていますが) 若さまを木の上から鉄砲が狙っています。若さまは気がつくのでしょうか、それとも・・。東映の立回りは動きが速いので楽しいです。それにしてもよく動き回ります。橋蔵さまは、二回目の立回りですが、一回目の旗本退屈男「つむじ風の半次」の時より動きの流れが綺麗になっていているのです。橋蔵さまの日々努力されている証が見えてきています。橋蔵若さまの着流し姿は綺麗で惚れ惚れします。あのように着こなせる俳優さんは出て来ないでしょう。橋蔵さまはデビュー三作品目で初めての着流しのお侍役とは思えない、板についています。このようなどこから見ても素敵な俳優が映画に出てきて活躍するのですからたまりません。前からの姿は勿論なのですが、後ろ姿もいいでしょう。 橋蔵さまはお尻の形もよく、足が細く線がとても綺麗だといわれていました。歩く姿も絵になるのです。立回りであれだけ足を見せても、嫌らしくなく、色気を感じます。城昌幸原作若さま侍の映画化は、本当に大川橋蔵を待ちに待っていたものなのですね。 次回は後篇「べらんめえ活人剣」に続きます。
2016年10月02日
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