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琴弾(ことびき)の滝 雄滝(おんたき) 千早の滝 #静寂に包まれたご神域、水の落ちる音、1/f ノイズ、自然のゆらぎ波動、水しぶき、ひんやり、清涼感、マイナスイオン、空気浴、気持ちいい、小鳥のさえずり、木漏れ日、樹間を吹き抜ける微風、蚊はいない、エンドレスな水のシンフォニー、リラクセーション、心のデトックス、俗塵の垢をクリアリング、テクノストレスフリー、あっ、もともとそんなストレスなんてなかった…笑 寺や神社やムクノキは完全貸切状態だったのですが、滝ではそれぞれ入れ違いに訪問客に出会いました。 千早の滝を見にきた三人連れの若者などは、久留米ナンバーの車で来てました。 勝手な憶測ですが、寺社マニアや樹木フリークよりも、意外なことに滝オタクの方が各地に根強くはびこっているのではないでしょうか。笑 千早の滝から下りて行く途中で、S・Hさんに促されて撮った1枚です。 ごろんごろんと転がった石にもじゃもじゃの苔。 こういうのに弱いんだよなあ。 さて、またしても、時系列をおちょくるかのように、最初の訪問地に戻ります。 参拝を終えて、和気神社の石段を下りている時でした。 いつものように自然賛美を始めたとたんに、細めのヘビが傍らを這っていきました。 「おお!神社で蛇を見るのは縁起がいいって言いますよね」とS・Hさん。 確かにそうかもしれません。 この後、私たちは思わぬプレゼントをいただくことになります。 軽い気持ちで隣接の藤園を見に行ったのですが、ここがけっこうな穴場だったのです。 もちろん、花の季節はとっくに過ぎているのですが、一本一本の木にそれぞれプレートがついていて、それを見るだけで、ちょっとしたエア花見ができてしまいました。 ここは全国46都道府県の著名な藤、約100種類を集めて作られた公園で、藤まつりの時期には紫、白、ピンクの様々な花の競演を堪能できるそうです。 岡山には阿知の藤という名所もありますが、コレクション癖がある人にはこちらの方がお勧めかもしれません。 まあ、こんな藤園があるということを知っただけでもラッキーでした。 ラストはやっぱりこれでしょう。 ムクノキの実です。 熟すと黒紫色になり、食べられるそうです。 味はとても甘くて美味なので、ムクドリなどがよく集まってくるようです。 そう言えば、枝に鳥の巣がかかっていたけど、あれもムクドリの巣だったのかなあ。
2020.06.26
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横川のムクノキがメインディッシュだとすれば、前菜にあたるのが和気神社ということになるのでしょうか。 メインに行く途中にあるので、ちょっと寄ってみようかみたいなノリでした。 「この人、何した人だっけ?」 霞橋を渡り左手に見える和気清麻呂公の銅像を見て、なーんにも思い浮かばないので、歴史に強いS・Hさんに速攻で尋ねてしまいました。 はるか昔、日本史の授業で習ったはずなのに。(そんなの誰も覚えてないってか?) さらに、宇佐八幡宮を参拝した折に、例の神託事件の話も聞いたはずなのに。 なんでこんなにすっからかん状態になるんだろう。 説明板を読んで、あっ、あの人かって思い出しはしたけれど、我ながらこの健忘状態はひどすぎると思いました。笑 和気神社 本殿 この神社では狛犬ではなく、狛猪が拝殿前と随神門前にそれぞれ一対ずつ置かれています。 何故、猪なのか。 説明板から抜粋します。 道鏡一味に追われながら、宇佐八幡へお詣りしようとした清麻呂公を、三百頭の猪が守護し目的地まで無事ご案内したという故事(「日本後紀」巻八 ) による。 長福寺 長福寺三重塔 ムクノキを見た後は、天石門別(あめのいわとわけ)神社の杜→長福寺というコースを辿り、それぞれの場所で滝を見学しました。 またしても時系列無視ということになりますが、滝の写真は次回のお楽しみということにして、今回は建造物でまとめてみました。
2020.06.25
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庭仕事も一区切りついたので、気分転換にS・Hさんを誘って、和気・美作方面に出かけてきました。 以前から見たいと思っていた横川のムクノキをメインに、神社仏閣や滝を絡めたいつもながらのお手軽ワンデイトリップです。 時系列は無視して、まずは横川のムクノキから始めます。 【データ】 樹齢約千年 目通り周囲 9.4m 樹高 25m 枝張り 南北30m 岡山県指定天然記念物 日本新名木百選 聞きしに勝るとはまさにこのことか。 ここまでの巨樹なのに、樹勢はすこぶる良好で、目立った損傷や空洞もなく、支柱の世話にもならず悠然と立っているその姿は実に感動的です。 一言でまとめると、美しすぎるってことになりますが、さて、問題は写真のレベルがその美しさに追いついているかどうかですね。 舞い上がって撮ってることもあり、現状ではこれが精一杯か。 雰囲気だけでも伝わればいいのですが。 ムクノキに特徴的な板根(ばんこん)がよく発達しているため、それぞれの板根の間に豊かなスペースができています。 そこにコンクリートブロックの祠が設置されています。 最後の1枚は当初、UPするつもりではありませんでした。 なのに何故、他のを押しのけてここに入ってきたのか。 空気感がちょっと違うからです。 普通のモードで撮っていただけなのに、この1枚だけ急にクールミントみたいな空気になったのが不思議です。 「ビビッド(冷たい)」というモードで撮ると、こんな感じになりますが、そこをいじった覚えはないし、基本的に私はiPhoneで写真を撮る時はオリジナルモードでしか撮りません。 不思議と言えば、もう一つエピソードがあります。 この場所(美作市滝宮)に到着する数分前のことです。 森の中の県道を走っていると、急にトンビかタカのような鳥が私たちの視界に現れ、車の数メートル先を先導するかのように数分間ずーっと飛び続けてくれました。 たぶん遊んでいたのでしょうが、もしかしたら、ムクノキの精霊が出迎えのセレモニーとして、この鳥を遣わしたのかもしれません。笑
2020.06.25
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毎年、夏至の頃には、サツキの剪定が終わっています。 今年ものらりくらりやってるうちに、いつの間にか23鉢全部片付いていました。 まあ、年に一度の散髪をしてあげてるような感じかな。 みんな老木なので、チョイ長めに整えて、最後はお礼の肥料を与えて一丁あがりーです。 これで来年も花を咲かせてくれるのなら、お安い御用ってなもんです。 これは6/12に撮影したものです。 ピークは過ぎて、花がだいぶ傷んでいます。 だけど、誤ってビビッドモードで撮ったため、ピンクがより鮮明になり、木全体が魔法にかけられて若返ったかのようです。 久しぶりの博多白です。 同じ品種が全部で6本あるのですが、どれも植え替えをしたことがありません。 それなのに、1本も枯れることなく毎年花を咲かせるのが不思議です。 まあ、それだけ丈夫ってことでしょうか。 それとも、植え替えというのは、素人にとっては博打みたいなものってことでしょうか。 上手くいくといいんですけどね。 これは5月の終わり頃、散歩の途中で見つけ、何か変テコな草やなあと思い撮影したものです。 家に帰って、「サナギのような草」で検索すると、コバンソウというイネ科の植物がヒットしました。 もともとは地中海沿岸が原産地で、日本には明治時代に観賞用として持ちこまれたそうです。 今でこそ野生化して雑草みたいに思われているものの、花壇用、あるいはドライフラワーとして人気があるというふうに紹介している記事もあります。 花穂が小判のように見えることが名前の由来になっているようですが、これは日が経つにつれ徐々に色づいてきます。 今頃はもっと黄金色っぽくなっているはずです。 個人的には、細い茎から出ている、さらに細い釣り糸のような花柄(かへい)に植物の不思議を感じます。 我が家のガクアジサイです。 フレームの中にすっぽり収まるように撮っているので、それほど大きく感じないかもしれませんが、鉢植えとしてはこれがマックスじゃないかというくらい成長してしまいました。 もうこれ以上デカくなると、面倒見きれない。笑 先日、庭先で近所の人と話をしている最中に、スモモの青い実を一つもいで、軍手をはめた手の中でそれを弄んでいたら、いつの間にか宝石のようにツルツル、ピッカピカになっていました。 嬉しくなって、赤い実も磨いてみました。 そして、それらをテーブルの上に無造作に置いてみました。 たったそれだけのことを撮った写真です。
2020.06.22
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今日は久しぶりの雨。 ということで、庭仕事もお休み。 さあ、何をするか。 何もせずに、ボーっと外の景色を眺めるのが極上の楽しみ方ではあるが、今日は気まぐれに音楽なんぞを流してみた。 パット・メセニーグループ。 一時期よく聴いていた音楽だ。 じじいになって聴いても、やっぱり気持ちいい音だなあと感じる。 例えば、大草原を吹き抜けていく風のような、という喩えはどうだろう。 もちろん、樹木や岩石やクリークとの語らい(チャット)と言ってもいいだろう。 要するに、自然の息吹きとかアニミズムの気配を感じさせる音楽ではないかと思う。 そう言えば、ユーミンもどこかで、パット・メセニーはインディアンの魂を持っているが故に懐かしいみたいなことを言ってたなあ。 でも、別にそう感じなければならないというわけではない。 オープンで、軽くて、耳に心地よい音。 たぶんそれで十分かもしれない。 それにパット・メセニーを聴いたことがない人にとっては、この文章自体がかったるいかも。 だから、少し話の方向を変えようと思う。 もともとパット・メセニーはECMレーベルに所属していた。 ECMというのは、1969年にドイツ人、マンフレート・アイヒャーによって設立されたジャズ・フュージョン系のレコード会社で、キース・ジャレットやヤン・ガルバレク、ジョン・アバークロンビーなどのスタープレイヤーを輩出したことで知られる。 また、このレーベルの音作りのコンセプトを簡潔に表現した The Most Beautiful Sound Next To Silence ( 沈黙の次に美しい音 ) というキャッチフレーズはこれまでいたるところで言及されてきた。 といったような予備知識も、興味のない人はすっ飛ばしても大丈夫。 ECMレーベルの音楽とか、ジャズやフュージョンといったジャンルの音に馴染みのない人でもOK。 これからの話は目が見えることだけが条件。 ECMを目で体感してもらおうというわけだ。 というわけで、今手元にあるECMレコードの中から5枚厳選してみた。 買ってから40年以上経っているので、多少のシミや汚れはご容赦願いたい。 Steve Kuhn and Ecstasy / Motility Ralph Towner / Diary Richard Beirach / HUBRIS TERJE RYPDAL / AFTER THE RAIN JAN GARBAREK / PLACES さて、これらの紙ジャケット5枚に共通していることは何かと問われたら、あなたならどう答えるだろう。 まず、最初に指摘したくなるのは、ミュージシャンの名前及びタイトル名の文字が小さくて控えめということではあるまいか。 「おーい、みんな、オレ様のプレイを思う存分聴いてくれ!」 そんなコマーシャリズムにありがちな、自己主張、自己アピールの強さがほとんど感じられない。 ジャケットのクレジットデザインとしては、意表を突いたシンプルさで、このへんのセンスに共感したファンも多いのではないか。 もう一つ、共通項として挙げられるのは、ミュージシャンのポートレートというか、顔写真が1枚もないという点である。(裏表紙に採用されているものはある) ECMのジャケットの美しさには定評があり、カタログ本もいくつか出版されているが、それらをざっと眺めても、人間の姿が表に出てくることはほとんどない。 だいたいは風景写真か抽象画ふうのグラフィックデザインである。 興味のある方は、「個性的で美しいドイツのジャズ・レーベル ECM ジャケットデザイン・ギャラリー」というまとめサイトで鑑賞していただきたい。 まだ20歳前後の何も知らない田舎出の若者が、どういう経緯でECMのレコードなんぞを買おうと思ったのか、いま振り返ってみても、そのへんのきっかけというか、事情はよく思い出せない。 たしか、ラルフ・タウナーのレコードは、ロックかフュージョン系のバンドでギターを弾いているという人からもらったものだ。 もうその人の名前や顔も忘れてしまった。 同じ頃に、リチャード(リッチー)・バイラークのレコードをジャケ買いしたような記憶がある。 そんなこと言うと、持っているECMのレコードの大半がジャケ買いのような気もしてくる。笑 音よりも先にジャケットデザインに惹かれていたってことか! そうかもしれない。 最近とみに「脱人間的波動領域」がどうのこうのなんてことを口にするようになってきたけど、昔からそういう感覚が溢れているものに秘かな親近感を覚えてきたのかもしれない。 えっ?そんなことを言うために、わざわざこれらのレコードを引っ張り出してきたのか? そうかもしれない。笑
2020.06.11
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スズラン テレビカメラが200メートルほど先に立っている巨木を映し出す。 すると、傍らから初老の男がひとり、「わーっ!バオバブだ!」と叫びながら、子供のように駆け出していく。 カメラが追うその後ろ姿からは、抑えきれない歓喜のようなものが伝わってくる。 やがて、バオバブの根元にたどり着いた男は、平手で幹をバチバチ叩いたり、抱きついてみたり、はしゃぎ回ってもう大変。 ハイテンションにしてオーバーアクション、ここに極まれりといった感じで、そのキャラはこの異形の木に少しも負けていない。 「この人、変わっとるなあ」 これを見て、思わずそう呟いてしまった。 番組名は『巨樹は語る はるかないのちの物語』(初回放送2005年)。 今年4月にアンコール放送されたものを録画して、先日観てみた。 プレゼンターは樹木希林。 それぞれの木を案内する旅人は、2番手から並べると、忌野清志郎、日比野克彦、吉増剛造、大竹しのぶ、立松和平といった面々で、そのトップバッターがマダガスカルまでバオバブの木を見に行った漫画家の楳図かずおというわけだ。 バオバブはアフリカ大陸のみならず、マダガスカル島や、オーストラリア大陸でも見られ、それぞれ種類が異なっている。 どれだけ違うか、写真で簡単に確認しておこう。 Wikipedia より これがアフリカ大陸のサバンナで見られるバオバブである。 せっかくなので、増沢武弘さんに解説してもらおう。 ケニア山のふもとでは、人の生活とバオバブは強くつながっていて、巨大な木があるところには必ず人家がある。太い幹と大きく広げた枝から、「天を支える木」として古くから大切にされてきた。大きなものでは幹のまわりが10メートル、高さは20メートル近くになり、樹齢は約2000年になるといわれる。大木に近寄ってみるといささか不気味な感じさえする。特に乾期で葉のついていないバオバブは、まるで天に向かって伸ばした無数の手が、動いているようにも見える。この様子を現地では、根がひっくり返って空に伸びたものだと表現している。この木が「さかさの木」ともいわれる理由でもある。 阪急交通社より 『滅びゆく植物』より マダガスカル島に分布するバオバブは6種類あると言われているが、中でも有名なのが、「バオバブアベニュー」で知られる背の高いやつ(グランディディエバオバブ)と、太っちょのフォニーバオバブだ。 番組の中ではどちらも紹介されたのだが、こちらの印象に残ったのは、楳図かずおが叩きまくったフォニーの方だ。 見てのとおり、これはまさに貯水タンクだ。 実際、幹の中はまるでスポンジのようにスカスカの構造で、水が何10トンも蓄えられるようになっているという。 それにしても、こんなに太い幹に対して、付いている枝葉の数が少なすぎるように見えるんだけど、これで大丈夫なんだろうか。 葉が少ないのは水分蒸散量を最小限に抑えるためだが、それでもこの木が大樹に成長できるのには、その貯水能力の他にもう一つ理由がある。 なんと、葉を落とす乾期には樹皮の下にある葉緑素によって、幹が光合成を行うのだという。 さすが地球遺産レベルともいえる永遠の樹木だけあって、その能力もスケールが違うなあ。 地元の人たちはバオバブのことを「精霊が宿る木」と呼ぶそうだが、映像で見るだけでも、なるほどとうなずける。 ついでに言うと、この木とドンピシャなくらい波長が合ってしまった楳図かずおの魂もエレメンタル系で間違いないだろう。笑 そう言えば、この人、途中でこんな意味深なことも言っていたなあ。 「私たち人間も永遠に生きているのに、永遠という感覚を忘れているのかもしれない。永遠に生きるには永遠という感覚を思い出せばいいのかもしれない」
2020.06.04
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