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ヤッフィー! ワシ、こう見えても、盆栽のはしくれじゃけん。 いちおう、梅なんで、ウメボンって呼んでもらおうかな。 ワシを仕立てたオヤジさんは、8年前に亡くなったがな。 その後、ぐうたらな二代目が、なんとか水だけは撒いてくれよるけど、基本、盆栽なるもんに興味がないんじゃろう、枝を切られたことなんぞ一度もねえけなあ。 じゃけえ、自分でも盆栽として仕上がっちょるかどうか、イマイチ自信がなかとー。(なんで急に九州?) このまま、グレて、枯れちゃろうかって思うたこともあったんじゃが、去年、どういう風の吹きまわしか、このジジイ、植え替えなんぞをしてくれたんよ。 ぼっけービックラこいたでよー。 やっぱ、栄養たっぷりな土はうまいのお。 おかげで今年は元気モリモリじゃけん。 以上、何弁かよくわかりませんが、盆栽くんにちょっくら呟いてもらいました。 いつものことながら、暇に任せて、ロケーションを変えながら写真を複数枚撮りました。 まずはサザンカをバックに1枚パチリ。 お次はガーデニングストッカーの前に置いて、パチリ。 それでも飽きず、ブロック塀にシルエットを落としてパチリ、パチリ。 この時、ふと閃いて、ブロック塀の上に鉢を置いてみました。 おお、これ、なかなか面白いなあ。 ここが一番映えるかもね。 そして、最後にローアングルで撮った写真の植木鉢の部分をカットしてみました。 最初のやつと比べると、けっこう印象が違うような気がしますが、どうでしょう?
2020.02.27
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日付けが変わったので、ナレーションのモードも変えてみます。 ですます調の柔らかい口調がお好みの方もいらっしゃるでしょう。 園芸植物より野草がいいと言う人もいるはずです。 七草粥の材料が道端のあちこちに生えていました。 ナズナ(上)と、ハコベ(下)です。 ハコベは我が家の庭にも生えています。 昔、この草を餌としてヒヨコに食わせていたような記憶があります。 でも、自分で食べた記憶はありません。 まじまじと見れば、どちらも地味であるがゆえに可愛らしい花ですね。 他にも定番の如く、ホトケノザ、オオイヌノフグリ、ノゲシなどが咲いていましたが、これらは以前UPしていると思うので、今回はパスします。 この実は何だろう? 地面にたくさん落ちています。 見上げてみて、わかりました。 センダンですね。 この実はサポニンを多く含み、人や家畜が食べると中毒を起こすといいます。 でも、ヒヨドリは平気で丸呑みします。 他にムクドリやツグミもたまに食べるそうです。 それにしては、木の枝にずいぶん実が残っていますよね。 この公園にはナンキンハゼの木もたくさん植えてあるのですが、そちらの実はすっかり食い尽くされています。 我が家のナンテンの実もこの時期にはスッカラカンです。 やっぱり、木の実にも美味い不味いがあるようで、どうやらセンダンの実はかなり苦味があり、あのヒヨドリですら、他の実があるうちは食べないというのが実情のようです。 この実もあちこちに散らばっていました。 何の実だろう? 見上げると、こいつを枝にけっこうくっつけている木がありました。 以前、紅葉の時期に、その木の写真を撮った覚えがあります。 なるほど、カエデか! 家に帰って、「カエデの実」で検索してみると、この実の画像が出てきました。 「モミジバフウ」の実だそうです。 さて、最後に、どうでもいいオマケのエピソードを一つ。 往復1時間ばかりの散策の終わり頃、広場のベンチに座って日向ぼっこをする老夫婦を見かけました。 仲睦まじくお互いの手を握り、微かな笑みを浮かべたその姿は、まるで二人で一つの生き物のようでした。 この時、何故かしら、「存在即涅槃の図」という言葉が頭に浮かんだので、その文字をここに入力しておこうと思った次第です。
2020.02.24
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今日はいい散歩日和だなあと思っていたら、いつの間にかこんな所に立っていた。 近頃よくこんなことがあるんだよなあ。 この前なんか、気がついたら、夏の日の北極圏に立っていたっけ。笑 スピッツベルゲン島のどこかだったような。 そんでもって、シレーネ・アカウリスの群落をボーっと眺めていたんだよね。 亀の甲羅のような丸っぽい群落… まあ、それは白昼夢ということにしておいて、とりあえず、この写真の時間に戻ろう。 うーん、これってヨーロピアン? さあ、どうなんだろう。 気分はヨーロピアンかもしれないけど、ここはあくまでジャポンの、とあるローカルな町の、海沿いにある植物公園の、一画ってことになってるんだけど。 それはどうでもいいけど、植えてあるのは葉牡丹だよね。 花キャベツと言った方がピッタリな感じがするけど… これはパンジーかな。 いや、それともビオラかな。 いまいち区別がつかないけど、ビオラもパンジーの一種じゃなかったっけ? まあ、同じ種類の花なんだけど、大きいのがパンジーで、小さいのがビオラっていう話をどっかで聞いたことあるなあ。 えー!そんないい加減な分け方でええんかい。 一応、5cmが基準なので、これはパンジーってことになるかなあ。 このアングルから見ると、また、違った印象を受けるよね。 円形の花壇に植えてあるって感じがしないし、なんだかもっと遠くの方まで広がって咲いているような… ええっと。 これ、何だっけ? ガザニアかなあ。 ちょっと葉っぱが違うような気がするけど、他に思い浮かばないので、とりあえず、ガザニアにしとこう。 間違っていたら、誰か教えてくれるだろう。 いや、正確に言うと、知っていても誰もわざわざそんなこと教えんだろう。 そもそも、植物PR系のブログなのに、植物好きがほとんど寄りつかず、固定客数がおそらく一桁台ではないかと噂される零細ブログなんだから、こちらもそんなことハナから期待しとらん。笑 ええっと、何の話してたっけ? あ、そう、そう、「とりあえずガザニア」、「今のところガザニア」、「暫定ガザニア」、「結局、名前なんてどうでもいいガザニア」の話だったな。 ところで、この花、でっかく見えるかもしれないけど、それはそんなふうに撮っているからで、実物はそれほどでもない。 いろんな焦点距離を試してみたけど、この花にはこれが一番似合うような気がする。 暇だったので、花びらの枚数を数えてみたが、どちらも19枚だった。 なんで、そんな中途半端な数なんじゃ〜。笑
2020.02.23
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クロッカス 2020 52 去年の年頭に「神様の木に会う〜にっぽん巨樹の旅」という番組のことを話題にしたが、今年も続編のような「巨樹百景〜神様の木に会う」というドキュメンタリー番組をNHKが放送したようだ。 見逃したので、録画を妹に借りて観たが、またしても痺れるような映像の連続だった。 巨樹にもいろいろあるが、中でも幹周り15mを超えるあたりから、なにやら神々しさが増してくるような気がする。 今回の木で言えば、東根の大ケヤキ(山形県)や川古の大楠(佐賀県)、武雄の大楠(佐賀県)などは、映像で見てもその圧倒的なデカさに驚かされる。 武雄の大楠などは、幹の内部に八畳ほどの広さの空洞があり、武雄神社の宮司が中に入って祝詞を唱える絵を見ていると、木全体に霊妙かつ幽玄な気が漂っているような感じがした。 こうしたレベルの木というのは、地域の住民にとっても、なくてはならぬ存在と言えるのではないか。 東根の大ケヤキのように、それが小学校の校庭に生えていたりすると、なおさらのことだ。 幼い頃からそうした巨樹に接している人は、幾度となく癒しや慰めや励ましを木から与えてもらっていることだろう。 だからこそ、住民の方でもそうした巨樹を守っていこうという思いは強いのではないかと思われる。 番組全体のテーマがそうした巨樹と人との絆みたいなことなので、「川棚のクスの森」の件は余計に考えさせられる。 下関市にあるこのクスの木は、日本三大樟樹の一つで、国指定天然記念物にもなっているほどの木なのだが、2017年の夏過ぎ頃から急に枯れ始めたという。 長期にわたり人為的に客土が盛られて土壌が酸欠状態になり、根腐れを招いたのが原因とされている。 樹木医が土壌の改良工事をしたりして回復を図ったが、効果なく枯れていったようだ。 ところが、2年後の2019年の夏頃から、この木の幹に胴吹きが見られるようになったという。 胴吹きというのは、木がピンチに陥った時、それまで芽生えないまま眠っていた休眠芽(潜伏芽)が、幹から吹きだしてくる現象のことである。 幹に大量の葉を茂らせ、復活の兆しを窺わせるこの川棚のクスを見ていると、樹木が本来備えている不思議な生命力に畏敬の念を覚えずにはいられない。 人が余計なことさえしなければ、たいがいのピンチなんて、木は自らの力で乗り越えるということだろう。 53 もう一丁、NHKドキュメンタリーの話題ということになるが、先日、「京都 山里の宿」(春/秋)という番組を録画で観た。 知る人ぞ知る、京都花背の美山荘という老舗旅館を舞台に、四季折々の自然とそこに根ざした人々の生活、風習、料理等を描いた番組、というふうにまとめてみても、観てない人にはなんにも響かんよなあ。 目玉はやはり、四代目当主の中東久人氏の摘草料理ということになるのかな。 野草から川魚、ジビエ、旬の野菜、木の実に至るまで、食材をすべて花背という自然の中で調達し、客にその自然そのものを味わってもらうということをポリシーとして、野趣溢れる料理づくりに励んでおられるその姿には、肩肘張ったり、気取ったりといったところもなく、かなり好感がもてた。 というか、主人自らが小さな籠を片手に野山に入って行って野草を摘む姿が、植物好きにはたまらなくグーなのだ!(ポエジーと言ってもいい。笑 ) のっけから、ミヤマカタバミ、ショウジョウバカマ、イワウチワといった花のクロースアップで始まり、やがて、セリ、ハコベ、フキノトウ、ヤブカンゾウの芽、ヨメナ、ツクシ、ヨモギ、スイバ、などなど、見ているだけで涎が出てきそうな野草のオンパレード。 私はこの番組をひたすら植物鑑賞という視点から見てしまった。 要するに、主役は植物ってことだ。 実際のところ、記憶に残っているのはほとんど植物がらみの映像ばかり。 その中でも、特に印象に残ったものを二つ挙げてみる。 近畿、中四国地方の山里では、「おつきよか (4/8 or 5/8 )」の日に、山の神を招いて五穀豊穣を祈願するにあたって、庭先に「天道花(てんとうばな/てんとばな)」を立てる風習があるらしい。 これは竹竿の先に季節の花を飾って、高く掲げるというもので、それが山の神の依り代になるという。 美山荘では、5月8日に、この天道花を立てる。 若女将が山で採ってきたツツジ、ガマズミ、ヤマフジ、ヤマブキを、大女将と共に、竹竿の先にくくりつけていく。 ガマズミなんて、秋に赤い実がなるイメージしかなかったけど、こうして見ると、白い花もなかなかイケるじゃない、というのが新たな発見。 最後に、豊作になるよう台風の目を切るという意味あいで、鎌を縛り付けて完成。 陽を浴びて宙に佇む天道花のなんと華やかなことか! さて、天道花に限らず、おもてなしの一環として、床の間や庭先に、季節の花を生けるのがもともと女将の仕事の一つでもある。 でも、年中花が手に入るわけではない。 特に夏の終わり頃は、適当な花がなく困っていたという。 そこで、大女将が目をつけたのが「大葉朝殻(オオバアサガラ)」という植物。 5〜6月ごろ、フジの花に似た白い花房を垂れるエゴノキ科の落葉小高木で、葉にはサポニンが含まれるため、鹿などは敬遠するが、虫にはこれがご馳走であるらしい。 固い葉脈だけ残して、葉っぱを全部食べ尽くすので、しまいにはそれがレース柄のようになる。 これを大胆にも、そのまま生け花として利用しようというわけだ。 アクセントにノリウツギの小さな白い花を添えて。 もし葉っぱに虫がついていたら、虫付きのまま生けるのだという。 なんという数寄ごころ! 参りました。笑
2020.02.22
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先週の水曜日(2/12)、久しぶりにNさんと会食したついでに、近場にある木を見に行ってきました。 夕方までもつだろうと思っていた天気が、あいにく正午過ぎには崩れてしまいましたが、まあ、小雨くらいならそれもオツなもの。 数寄ごころに任せて向かった先は、井原市駅前から車で10数分走った所にある浄瑠璃山持宝院(笠岡市走出)というお寺です。 最初のお目当てはここのヤマモモです。 写真で見る限りでは、巨木という印象は受けないかもしれませんね。 幹周2.7m 、樹高11m ですから、大きさにそれほどインパクトはありません。 でも、ヤマモモにしてはデカいほうではないでしょうか。 推定樹齢400年といいますし、案内板にも「ヤマモモの木では県下三指に入る巨樹」とあります。 それよりまず目を引くのは、この木の傾き具合です。 見てのとおり、45度くらい傾いて立っています。 支えの石柱がなければ、倒れてしまうかもしれません。 こんな状態で長年踏ん張っていることは高く評価できます。 また、ふつうヤマモモの巨木というのは、根元付近で幹が分かれているものだそうですが、この木は地上2〜3m付近まで、一つの幹が伸びています。 他にもこの木の個性をいくつか挙げることができますが、個人的には灰白色っぽい樹皮をびっしり覆ったモスグリーンの鮮やかさが印象に残りました。 持宝院から車でさらに10数分東へ走ると、矢掛町里山田という地区に辿り着きます。 一昨年の西日本豪雨の際、氾濫したあの小田川沿いの空き地に、ムクノキの巨樹が一本ポツンと立っています。 「おお…」 いい歳こいた男がふたり、小雨に煙る昼下がりの空き地で、巨樹を見上げてプチワンダーの声をもらします。(なんちゅう絵じゃ。笑) なるほど、こんな所にこんなデカい木が生えていたのか! 私も何度かこの近くを車で走っているのですが、全然気付きませんでした。 じゃあ、なんでこの木の存在を知ったのか? これはある巨樹マニアの方のブログで知りました。 その方がどうやってこうした木を探し出しているのかは知りません。 たぶん巨樹・巨木リストか、県や市や町の天然記念物リストから割り出しているのだと思います。 だいたい天然記念物の大半は樹木ですから、そのリストをチェックすれば、近場にどんな巨樹・巨木があるかはだいたいわかります。 この里山田のムクノキは矢掛町の天然記念物ですし、持宝院のヤマモモは笠岡市指定の天然記念物です。 もちろん、私がこれまでこのブログで紹介した樹木、岩石、湿地等もすべて何らかの天然記念物です。 というわけで、自分でも気づかぬうちに、いつのまにか「天然記念物ハンター」の道を歩んでいたのかもしれませんね。 ハッハッハッ、ジョーク!ジョーク! まだまだ、全然場数が足りんわ。笑 で、このムクノキですが、大きさは、幹周5.1m、樹高20m。 推定樹齢は400年です。 先日紹介した服部八幡神社のムクノキに匹敵する巨樹です。 いや、むしろ、傍に立った時に感じるスケール感はこちらの方が上かもしれません。 ゆっくりと木の周りを歩いてみます。 少し離れて横から見ると、この木もやや傾いていることがわかります。 先程のヤマモモ同様、やはり幹につっかい棒が当ててあります。 根にかかる負担を少しでも軽減するためでしょう。 また、幹の内部は3mほどのところまで空洞化しています。 でも、大丈夫。 樹木は樹皮からほんの数センチの所にある形成層という部分で、水分の循環等を行っているので、そこが生きていれば全く問題なし。 見たところ、樹勢に翳りもないようだし、また、緑の季節にもう一度お目にかかりたいものです。
2020.02.16
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「明恵上人樹上座禅像」の一部 ビジュアル面から明恵上人に迫ろうとすれば、やはり「樹上座禅像」を第一に挙げるのがいいように思われます。 何故なら、この絵を見ると、明恵という人がどんな人であったかがよくわかるからです。 ああ、この人は、大きな寺を建てたり、一宗一派を開いたり、仏の教えを布教して回ったり、といったようなことには興味がなかったんだろうな。 こうやって、ひとり山の中にこもって、樹上で座禅を組み、瞑想、あるいは観想に耽る。 おそらく、それが一番しっくりくるようなタイプの坊さんだったのではないでしょうか。 実際のところ、「高山寺の上の山を、釈迦の遺跡になぞらえて、楞伽山(りょうがせん)と名づけ、常にそこの木や石に坐って、座禅を行なっていた。」といいます。 若い頃から故郷である紀州にしばしば戻っていますが、そこでも、白上の峰という山にこもって修行しています。 そういう意味では、明恵上人って、華厳宗の僧でありながら、やっていることは密教や禅宗の僧に近いと言えるでしょう。 それにしても、自然の中に実によく馴染んでいるというか、とけ込んでいますよね。 上人自身が、松の木や藤蔓や岩といった景色と同化してしまっています。 周りには小鳥や栗鼠がさりげなくあしらってありますが、そうした小さな生き物がまるで明恵上人の遊び友達ででもあるかのような錯覚に陥ります。 弟子の成忍(じょうにん)がこの絵を描いたと伝えられていますが、さすがに師のことを知り尽くしているという気がします。 こうしてみると、白洲正子が言うように、「明恵には彼と我、昔と今の境がまったくない」ように思われます。 もちろん、夢と現(うつつ)の境もなかったはずです。 だからこそ、19歳の頃からおよそ40年にもわたって、自らが見た夢を記録することができたのではないでしょうか。 おそらく彼にとって、夢も観想(瞑想)も、法界(=高次元ワールド)への通路だったのではないかと思われます。 例えば、今、松の木の股に座って、「我今此身四大和合」(自分の肉体が自然と和合する)という字句を観じていると、四人の客人が額をつき合わせて四方に座っている姿が見えるのだそうです。 この四人の客人というのはいずれも明恵の分身であり、彼はこうして、四大(地水火風)が和合してかりそめの我が身を作っていることを、観想の中で知るのだといいます。 まあ、もっと簡単に言うと、自分の肉体ですら、木や岩と同じく、仏のお命(=一なるもの)の現れの一つであることを体感として知っておられたのだと思います。 だからこそ、自分以外のものにスッーととけ込んでいけるのではないでしょうか。 それは何も生き物だけに限ったことではありません。 月や島や小石や木彫りの仔犬といったものにも心を通わせたといいます。 というわけで、最後にもう一丁、白洲正子の文で今回の記事を締めくくることにします。 「樹上座禅像」は、そういう達人の境地を描いたもので、釈迦が菩提樹の元で成道した時も、きっとこのとおりの姿ではなかったか、そんなことを思わせます。 明恵がそばに置いて可愛いがったという木彫りの仔犬 島で拾ったふたつの石を、明恵は生涯、手もとにおいて愛玩した ※ 写真はいずれも「芸術新潮 1996 11月号」より拝借しました。
2020.02.15
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カネノナルキ 『東西不思議物語』という澁澤龍彦にしてはかなり軽めのエッセイを読み返していて、次のような文に巡り会いました。 「鎌倉時代のえらい坊さんのなかでも、ゴッホのように自分の耳を切って仏前に供えたり、海に浮かぶ美しい島にラブレターを出したりするという、まことに純情な、そして無邪気な行動を示した明恵上人は、私のいちばん好きなひとである。」 法然、親鸞、栄西、道元。 日本史の教科書には必ず載っているこの四人を差し置いて、明恵上人がいちばん好きだと言う澁澤龍彦。 気持ちはよくわかります。 他の誰よりもオカルティックで、アーティスティックで、イノセントなところが、お気に入りの理由ではないかと思われます。 まあ、昔からジャンルのいかんを問わず、明恵上人のファンは多いと聞きますが、きっと皆さん、各人各様の慕い方をされているのではないかと思われます。 逸話の類が豊富な上に、『夢記』をはじめ書き残したものも多く、多角的なアプローチが可能なので、たぶんファン同士が話せば、興趣が尽きないのではないかという気がします。 あのう…私、その明恵とかいう人、初めて聞くんですけど… もちろん、そういう方も当然いらっしゃるでしょう。 そこで、念のために言っておきますが、「あきえ」と読まないで下さいね。笑 「めいけい」でもありません。 正しくは「みょうえ」と読みます。 「みょうえしょうにん」、法名は「高弁(こうべん)」、「栂尾(とがのお)の上人」と呼ばれることもあります。 あ、その、「栂尾の上人」ってフレーズ、どっかで聞いたことある! ええ。昔、古典の時間でお目にかかったのかもしれませんね。 『徒然草』の第百四十四段が「栂尾の上人、道を過ぎ給いけるに、…」で始まります。 この話は短いながらも、明恵上人の全貌を描きつくしていると、白洲正子がその著書(『明恵上人』)の中で言っています。 他にも『春日権現験記』や『古今著聞集』にも、その不思議なエピソードが記されていますが、それらはややコアなファン向きかもしれないと思い、今回はパスして、まずは『徒然草』の文の現代語訳で、手っ取り早く明恵上人の人柄をわかってもらうことにしました。 栂尾の明恵上人が道を通り過ぎられた時、河で馬を洗っていた男が、馬の脚を上げさせようとして「あし、あし」 と言ったところ、上人は立ち止まって、 「ああ、尊いことだ。あなたは前世の功徳が花開いた人ですなあ。知らぬ間に阿字阿字(あじあじ)と唱えておりますぞ。ところで、それはどのような方の御馬ですかな。 たいそう尊く見えますが」 とお尋ねになったので、 「府生(ふしょう)殿の御馬でございます」 と馬を洗っていた男は答えた。 「これはなんとめでたいことか。阿字本不生(あじほんふしょう)ということですな。(一切諸法の本源たる阿字が不生不滅の真理を示しているということ) ああ、ここであなたに会えてほんとうにうれしい」 と言って、感涙を拭われたということです。 これは「脚」を「阿字」と聞き間違った上に、「府生(検非違使庁の下っ端役人名)」を「不生」と勝手に勘違いして、ひとり感動しまくっているオメデタイ坊さんの話として読むと、かなり笑えるのではないかと思われます。 明恵上人がどこまでもマジ(天然)なだけに、余計にボケ全開という感じがするのかもしれません。 また、日頃からこれに類したことをやっている人は、親近感が湧いてきて、思わずこの話いいなあと思ったりするかもしれませんね。 でも、作者の吉田兼好は果たして明恵上人を笑い物にしようという意図で、この文を書いたのでしょうか。 確かにこの話を読んだ人が、思わず吹き出してしまったり、口元が緩んでしまうということはあるでしょうが、それは単に読み手の勝手にすぎず、そのことから兼好法師が明恵上人を揶揄しているなどという結論は導けないのではないかという気がします。 第一、兼好法師は最後に何も言ってないんです。 例えば、有名な五十二段の石清水八幡宮の話などは、最後に「すこしのことにも、 先達はあらまほしき事なり」というコメントがついています。 それで、作者の意図もある程度読めるようになっています。 ところが、栂尾の上人の話は「感涙を拭はれけるとぞ」でそのまま終わっているわけです。 まるで上人の人物像を描くのに、これ以上何を言う必要があろうかと言わんばかりです。 後は、各自勝手に何かを感じてくれというわけです。 山川草木から鳥獣虫けらに至るまで、森羅万象が仏のお命の現れ。 何を見ても、何を聞いても、それは仏の真理の表れ。 たぶん明恵上人という人は、すでに仏と一体になっていた人ではないかと思われます。 仏になるために修行しているというよりは、仏が修行しているような人。 仏のお命を生きているがゆえに、不生不滅の理もよくわかっているような人。 そうでなければ、ああいう深遠な勘違いはできないし、そもそも、単なる勘違いから感涙を拭うことなど誰にもできませんよ。
2020.02.11
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1/29撮影 2/7撮影 2/4撮影 梅というのは、咲き始めはいつもひっそりとしていて、いくぶん寂しげな感じを覚えることすらあります。 でも、枝数や花数が多いと、そのうちずいぶん騒々しくなってくるものです。 白梅であれば、それもさほど気にはならないのですが、紅梅の赤は過ぎると、やはりどぎついというか、食傷気味になってきます。 それで、わが家の梅の木も昨年末、庭師に頼んで、ちょっと強めの剪定をしてもらいました。 その甲斐あってか、今年は満開を迎えても、テンション低めで、あっさりとした風情を保っています。 とは言え、梅はこうあらねばと言ってるわけではありません。 今はこれが新鮮に見えているだけで、また先では、あの燃え上がるような紅梅が懐かしくなるかもしれません。 また、人によっては、去年までのような、もっと賑やかな梅がいいという意見もあるかもしれません。 まあ、自らの好みもその時々で微妙に変わっていったりするので、そのへんは予め固定化しなくてもいいのかもしれません。 究極のところ、今、目の前にあるものを愛でるという姿勢でいいのではないかという気もします。 さらに理想っぽいことを言えば、どんな些細なことにもポエジーを感じていられるようになったら最高だなあって思います。 ああ、またポエジーかいな。 そのうち、妖怪ポエ爺にでもなったらええがな。 そうなんです! ゆくゆくは妖怪ポエ爺になって、どんなネタでも面白がって遊べるようになるのが本望なんです。笑 ??? 梅の話はどこへ行ったんじゃー。
2020.02.07
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