わたしのこだわりブログ(仮)

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2015年11月14日
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新市庁舎(Neues Rathaus)
ゴシック・リヴァイバル(Gothic Revival Architecture)
ガーゴイル(gargoyle)のルーツ
ゴシック・リヴァイバル期のゴブリン

以前ブリュッセルの市長舎でもガーゴイル(gargoyle)を紹介した事がありましたが、このラートハウスには壁面一杯にたくさんの彫像が張り付き、かつ雨樋(あまどい)であるガーゴイルの数がハンパ無く多い建物です。

ラートハウスの中庭から
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天気の良い日はカフェテリアになる。
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特徴的な螺旋階段は装飾のオンパレード。
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カラーで印た所がガーゴイルや彫像が付いているところ。
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pict-ラートハウス 54.jpg
近年修復されたものだろう。

そもそもこのラートハウスは 1867年~1908年の建築物。見た目ほど古い物ではない。
前にネオ・クラッシックの建物と紹介したが本当はゴシック・リヴァイバルと呼んだ方が正しいのかもしれない。
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ゴシック・リヴァイバル(Gothic Revival Architecture)
直訳すればゴシックの復興である。

18世紀後半くらいから、 古代の遺跡発掘が始まり、ハイソな人々の間では古典古代への礼賛とあこがれのブームが訪れている
骨董品集めしかり、エジプトやトルコでの遺跡から発掘された彫像などの美術コレクターが増え出すのもその頃からである。
特に 1798年のナポレオンによるエジプト遠征はエジプトの遺跡が欧州に流れる発端になったと言える。

陶磁器のウエッジウッドは1778年に古代ギリシャの壺を模してジャスパーと言う浮き彫りレリーフの陶磁器を発売。
イタリアのリチャード・ジノリでもこの頃発掘された遺跡のレプリカ? ヴェズビオと言う名の陶磁器を発売している。(ポンペイはヴェズビオ火山の火砕流で滅び埋もれた古代都市です。)
※ 因みにどちらも現在も販売され続けている所が欧州の陶磁器の素晴らしい所である。

ブームは古典古代だけでなく、やがて中世の騎士物語も波及 。英国の文学では、この頃現在に伝わるアーサー王物語なども編纂されて出版された。
ハイソでお洒落な貴族達はギリシャの女神達が着たような薄い衣装を身に付けて絵画に登場。

ゴシック建築の再興はイギリスから始まり、イタリア、ドイツへと徐々に電波して行ったのである。
それ故に伝播に多少の時差は生じたのであろう。
ミュンヘンのラートハウスの建築はかなり遅く、ブームからも外れた感はあるけれど、 この時代にこれだけの彫像を彫る石工、フリーメイソン(Freemason)達を集めただけても凄い事である。

※ 「石工、フリーメイソン(Freemason)」については「2013.9 クイズ 「このロゴは何 ?」の解答編」で紹介しています。


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ガーゴイル(gargoyle)のルーツ
そもそも ガーゴイル(gargoyle)はゴシック建築の大聖堂の屋根に誕生したシステムです。
急勾配の屋根を雨水が流れ落ち、漆喰の壁に水が染みこまないようにする為に雨樋が必要だったようです。
当初はギリシャやラテン文化の影響もあり、そのデザインには、シンプルに動物などの意匠が使われていたのかもしれない。
たしかに、ミラノにあるキリスト教が公認された最初の教会であるのサンタンブロージョ聖堂にもたくさんの動物や想像上の動物の彫刻があった事を思い出しました。(カトリックの嫌がるヘビの像も)

サンタンブロージョ聖堂の創設は379年。現在の建物は11~12世紀に再建されたロマネスク様式。
ロマネスクの教会に雨樋こそ見当たらなかったが、13世紀に現れるゴシックの教会には動物や奇っ怪な動物のガーゴイルが現れているので、そもそもは異教の教会の影響があった事は間違いないのかもしれません。

教会を建築する石工のギルド集団(フリーメイソン)は国境を越えて教会建築の為に何十年単位で流浪する集団です。
彼らがどこぞで見た物を自身の技術に取り込み、洗練させていったのかもしれません。

後期ゴシック期には悪魔的な怪物の姿などが登場。
(この頃はまだ欧州もカトリックの布教中で異教徒に対し
悪魔的な扱いがあった事も影響しているかも・・。)
魔除け・・と言う説もありますが・・。

バロック期には奇っ怪な彫像だけでなく、テキスタイルにもグロテスク (grotesque)様式と言うスタイルが登場している。


ところがその後 異形の動物像は消え、 奇妙な人間の彫像にガーゴイルの主流が変わっていったようです。
その理由はわかりません。( もしかしたら十字軍の遠征も終了し、欧州がほぼカトリック、カラーになった事が起因しているかもしれない。)

なぜ滑稽な人の姿になったのかは今一つよくわからない。今後解りましたらお知らせします。
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市民の声を聞く? とか意味でもあったのでしょうかね ぽっ

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ゴシック・リヴァイバル期のゴブリン(goblin)
以前紹介したブリュッセル(Brussels)のグラン・プラスにある市長舎の建築は1402年~1444年。
ここのガーゴイルは滑稽な姿の人間像ばかりでした。
バイエルの新市長舎の建築は19世紀なので、完全なる懐古趣味的なゴシック・リバイバルです。
でもそれならガーゴイルは怪物であっても良いはずです。

少なくとも イギリスやフランスでは、このゴシック・リバイバル期に建てられた、あるいは修復されたガーゴイルには好んでゴブリン(小鬼)などの意匠が使用されているように見受けられる からです。

例えばパリのノートルダム寺院はコブリンの彫像や怪物のガーゴイルで有名ですが、それらは1845年の修復の際に19世紀フランスの建築家 ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュク(Eugène Emmanuel Viollet-le-Duc) (1814年~1879年)によって設置されたものだそうです。(オリジナルは失われていていた。)

怪奇小説なども出始めた19世紀には敢えてそうした闇の物が好まれたのでしょうか?

ラートハウスにいた ゴブリン(goblin)
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話は戻って、ミュンヘンのラートハウス(市長舎)は意外に人間のガーゴイルが多い事に気がつきました。
市長舎としてグランプラスの市長舎をお手本にした可能性もあります。

何にしてもラートハウスの統一性のない彫刻は、携わった石工の継承した技術と特徴と個性なのかもしれません。

ミュンヘン ラートハウス終わります。スマイル
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リンク ​ ミュンヘン(München) 1 (街の起源とノイハウザー通り)
リンク ​ ミュンヘン(München) 2 (ラートハウスとマリエン広場)
リンク ​ ミュンヘン(München) 3 (ラートハウスの仕掛け時計)
リンク ​ ミュンヘン(München) 4 (ラートハウスの塔)
リンク ​ ミュンヘン(München) 5 (ラートハウスのレストラン)

リンク ​ ミュンヘン(München) 8 (レジデンツ博物館 1)
リンク ​ ミュンヘン(München) 7 (悪魔の足跡)
リンク ​ ミュンヘン(München) 9​​ (レジデンツ博物館 2 グロッテンホフ)
リンク ​ ミュンヘン(München) 10 (レジデンツ博物館 3 聖遺物箱)
リンク  ミュンヘン(München) 11 (レジデンツ博物館 4 宝物館の宝冠)

他関連
リンク ​ アルテ・ピナコテーク(Alte Pinakothek) 1
リンク ​ アルテ・ピナコテーク(Alte Pinakothek) 2 デューラーのサイン
リンク ​ アルテ・ピナコテーク(Alte Pinakothek) 3 (クラナッハ、ティツィアーノ)

リンク ​ ナチスのアートディーラー、ヒルデブラント・グルリットのコレクション








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Last updated  2022年01月08日 03時02分48秒
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