全7457件 (7457件中 1-50件目)

【粗筋】 水茶屋のお花、旦那である星野屋の旦那が50両の手切れ金を持って来た。女房に知られて婿養子の自分は立場が無く、身投げをすることを告白すると、旦那がいなければ自分も生きていけない……というので心中することになった。お花の方は死ぬつもりはない。仕方なく吾妻橋まで行くが、旦那が飛び込むと、そのまま帰ってしまう。 しばらくすると旦那との仲を取り持った重吉が来て、今旦那の幽霊が現れて恨みつらみを並べ、お花を取り殺すが、その時必ずお前の家に寄るといわれた。それでお花を訪ねたと言い、心中の話を自白させる。それなら髪を下ろして供養するしかないと言われ、奥に入ると髪を切って頭に手拭いを巻いて戻る。「これで浮かばれますかねえ」「ああ、浮かぶとも……旦那、もうようござんすよ」 旦那と重吉が仕組んだ芝居で、橋の下に船が待っていたのだ。飛び込む真似でもすれば星野屋で面倒を見たのに……「坊主になって表へも出られやしめえ」 すると、お花は笑って手拭いを取ると髪を切っていない。切ったのはかもじ(かつら)だった。悔しがる重吉だが、「お前にやった手切れ金の50両は贋金だ。使ったら後ろに手が回るぜ」「まあ悔しい、おっ母さん、贋金だってさ」と叩き替えずと、「旦那が贋金を使うか。これは本物だよ」「まあ悔しい……おっ母さん、小判は本物だってさ」「そう思って3枚くすねておいたよ」【成立】 元禄11(1698)年『初音草廓大鑑』巻一の「恋の重荷にあまる智恵」。遊女に無心された金のやり取り。文化4(1807)年喜久亭寿暁のネタ帳『滑稽集』に「女郎買 五両楠ね」というのは、原作の遊女とのやり取りを残したものか。 東京では昔から演じられているが、上方では分からない。桂文珍が演じているのは小佐田定雄が脚色したもので2000年に初演。18年、歌舞伎の『心中月夜星野屋』はこちらが原作。 こんな女だと分かったからいいじゃない、お金は手切れ金だと思えばいいじゃない。何でそこまで悔しがるんだ……というのが私の感想。
2026.07.28
コメント(0)

【粗筋】 息子が夜中に物干し竿を振り回しているのを見た親父、「何をしている」「ああ、空で光ってるものがあるだろう」「あれは星だ」「あれを落とそうと思ってね」「ここから届くか、屋根へ上がれ」【成立】 寛永5年『醒睡笑』巻一にあるのは、坊主と小僧。宝永2年『あられ酒』の「親子ともにたらぬ」、享保12年『軽口はなしどり』巻二の「月のすんをとる」、元禄5年『かるくちばなし』巻一の「棹竹にも星かつ事」、宝暦5年『笑話出思録』の「代天工」、安永3(1774)年『軽口五色帋』中巻の「竿竹でほし」、天明頃の『鶯笛』にある「長竿」。春風亭柳朝(5)は、兄弟のやりとり。親父が出て来て、「あれが取れるか、あれは雨が降る穴だ」と言う。粗筋の後に母親が出て、「さすがうちのお父さんは賢い」などというのは蛇足に感じるが、夫婦を出さなければならない場面なんだなって感じたこともある。
2026.07.27
コメント(0)

【粗筋】「これ、三太夫、今宵は十五夜じゃの」「御意」「して、お月様は出たか」「恐れながら、君は一国一城の主。お月様とはあまりに軽々しゅうございますので、月は月でよろしいかと存じまする」「さようか。では、月は出たか」「満々とさえ渡っております」「して、星めらは」【成立】 安永4(1775)年『和漢咄会』の「いんぎん」。金持ちになって言葉を改めた者で、「今宵御月様御昇(こよいおつきさまおんあが)りなされたか」というのが丁寧すぎると言われる。「そんなに威張る(えばる)こたぁない」などと付けて、大名の出る噺のマクラでよく聞く。宇井無愁は「育ちは争えぬもので……失敗する」と解説して、この「星大名」も紹介している。まあこれも失敗なのだろうが。
2026.07.26
コメント(0)

【粗筋】 目が悪くなって医者に掛かると、医者がガラスの目を入れてくれた。これはいいと喜んで表に出るが、風が吹くとポコンポコン。【成立】 安永2(1773)年『再成餅』の「眼の玉」。九州の土産物にあるビードロ。吹くとポコンポコンと音が出る。福岡では長崎チャンポン、江戸ではポコンポコンといった。【蘊蓄】 江戸時代には入れ目があって、高級なものは、酔った時用など、状況によって入れ替えるセットで提供されていた。
2026.07.25
コメント(0)

【粗筋】 いい女が通るなと見ていると、与太郎が、「あの女の尻には黒子があるぜ」 と言い出した。「あのいい女がか……俺ぁ無いと思うがなあ」「じゃあ賭けようじゃねえか」「よし、一分出す。どうやって確かめるんだ」「確かめるまでもない、あれは親父の所に来た新しいかみさんだ」「えっ……じゃあおめえの……ううん、やられた」 しばらくすると、「与太郎、おめえだましたな」「え、何だい」「おめえの新しいおっかさんさ、夕べ尻を全部調べたが、黒子なんぞ一つもねえじゃねえか」「あ、確かめたの……じゃあ、一分返すよ」【成立】 どうやって調べたのかを詳しくやってくれないと……うぶな私にはよく分からない。意外性もなく、面白味もあまり感じないが、書籍では上出来の小咄とされている。
2026.07.24
コメント(0)

【粗筋】 「子供は遊ぶのが仕事だ。学校から帰って来たら表で遊べ」と追い出されたが、みんな塾に行っているから、公園にも広場にも誰もいない。やっと友達を見つけると、塾のハシゴの途中、栄養剤を飲んで、後のマッサージだけが楽しみだと言う。みんな持病を持って頑張っている。みんな「疲労キッズ」なのだ。それでも元気な子がいるという噂、ちょうどそこへ本人が通り掛かる。話を聞くと、自己管理して気分転換をうまくするのが大事だと言う。そこで3人で気分転換にカラオケへ行く。子供の歌もあるが、友達は演歌しか歌わない。 家に帰ると、母親が心配している。「公園に探しに行ったらおらんかったやないの……もう、心配やから、明日からは家に帰ってからは勉強してなはれ」【成立】 桂文枝(6)の創作落語、第80作目、1990年12月の作品。
2026.07.23
コメント(0)

【粗筋】 新婚当初は1日に2,3回あったのに、今は月1、2回……夫に精が付く物を食べさせないといけないというので、焼き蛤、赤貝の酢の物、卵に牛蒡、山芋に鰻というメニューをこしらえる。亭主ご馳走に残らず食べると、真夜中にもそもそ動き出す。「おい、お菊、ちょいと灯りをつけておくれ」「暗い方がいいと思うよ、お前さん」「紙はあるかい」「終わってから探せばいいよ……早くおいでよ」「慣れない物を食べ過ぎて腹が下るんだ。後で紙を持ってきてくれ」【成立】 夫婦の会話って、ちょっとすれ違うことがあるんだよねえ。因みに、渡辺淳一氏によれば、60代70代でも性欲が衰えることはないようで、ただ、同じ相手だと刺激がないから駄目だって……何のことを言っているのか、うぶな私にはよく分からないけれど。
2026.07.22
コメント(0)

【粗筋】 「蓬莱蚊帳、蓬莱蚊帳でござい」と売り歩く声がある。面白がって呼び込んで、蚊帳を吊ってみあると穴だらけ。「これはどうなっているのだ」「へえ、つるとかめが入ります」【成立】 安永4(1775)年『聞童子』の「蓬莱蚊帳」。「鶴と亀が入ります」というのは何とも目出度いのだが、「吊ると蚊めが入ります」では蚊帳としては役に立たない。
2026.07.21
コメント(0)

【粗筋】 どんな棒でもそろえ、望みの棒がない場合は逆に金を払うという、棒屋が開店した。町内の若い衆が金をせしめようと出掛け、「びんぼう」「どろぼう」という難題をふっかけるが、主人の方が上手で頓知をきかせてくるので、みんないりもしない棒を買って帰る。最後の男は「つんぼう」を買いに行くが、金梃(かなてこ)の柄にする「梃つんぼ」を出してくる。「じゃあ、これを5本もらって帰ろう」「あまり仕入れませんので、それ1本きりしかございません」「こんな物は売れが違うので仕込まないのか」「いえ、耳が遠うございます」【成立】 上方噺。店に難題をふっかけて商品を取って行く「提灯屋」と設定はよく似ている。 桂春団治(初)は「無筆の片棒」「無筆の棒屋」という題名で録音を残しているが、14分の録音のうち9分までが、手に入れたチラシが読めないという内容。 東京では立川談志が演ったと、自分で言っている。貧乏を買いに来て、柿の種を砕いて作った棒を出す。「吝(しわ)ん坊の柿の種」……ケチは柿の種を捨てることも惜しむという言い回し。今の人はこの言葉を知らないかも知れない。談志はこれだけを言っていた。色々こういう創作を入れたのだろう。
2026.07.20
コメント(0)

【粗筋】 母親が買い物に出かけて、年寄り夫婦で孫の預かる。「婆さん、そろそろおっぱいの時間じゃないか」「あら嫌ですよ。またどこかに置き忘れたんですか」「入れ歯の話じゃない、孫だよ」「籠なら台所にあります」「耳が悪くなったなあ。この婆ァは」「婆ァで悪うござんした」「どうして悪口だけ聞こえるんだ」 そこへ息子から電話。「ボーナスが出ました。賞与ですよ。買い物をして帰ります。それで、講習があるのを忘れてたんで、少し遅くなると伝えて下さい」 婆さん、耳が遠いからよく分からない。「お父さんに代わってくれませんか」「ええ、お父さんは変わりはありませんよ……って、今朝顔を合わせているじゃない」 帰りが遅くなるというだけでいいですと電話が切れるが、よく分からない。「冬なのに茄子が食べたいなんて言い出すんですよ。それで醤油が切れていたので買い物をして帰るって……そうそう、交通事故があるから遅くなるって」 心配をしている所へ本人が帰って来た。「恒例の講習会が、年末なので部長の挨拶だけでお開きになったんですよ」「私のせいじゃありません。電話がザワザワいって聞き取りにくかったんです」「ああ、それは会社の電話でなく、煙草屋の赤電話からかけたからかも知れません」「ああ、道理で講習、講習(公衆)と聞こえました」【成立】 NHKの特集番組で、聴取者から題を募ってまとめた三題噺。松浦泉三郎がまとめ、三遊亭円右が演じた。
2026.07.19
コメント(0)

【粗筋】 兄貴分の久次とばったり出会った寅、一杯おごるというので喜んで付いて行く。いい暮らしをしているようで、実は女房のおあきが清元の師匠で、声良し節良し器量良しで、自分は遊んで暮らしている。それで別に若い女が出来たので別れたいと言うのだ。そういう悪巧みに乗って、どうせ酒を出さないから兄貴への手土産だと言って自分で酒を持ち込み、兄貴が帰るまで一杯やり始める。そのうちに酔って女房に言い寄ったところで、自分が包丁を持って踏み込むという段取り。その通りに家に上がり込み、教えられた戸棚のツマミなどを出して飲み始める。おあきが思ったより固い女で、出した手をぴしゃりと叩かれ、「ダボハゼのような顔で、女を口説く顔かい」と言われると、もう嫌になって洗いざらいぶちまけてしまう。すると、女の方も飲み込んで、ここは自分の家だから久次の方を追い出して一緒になろうって……話がまとまってしまう。「ダボハゼの顔だがいいのかい」 さあ、久次がのぞくと、二人仲良くやっている。あいつ、いい役者だなと踏み込むと、「駄目だよ。全部割れちゃったんだ」と包丁を奪われ、着物も女からもらった物だと裸で追い出される。しばらくすると戻って来て、「やい、庖丁を返せ」「何だ、どうするつもりだ」「魚屋に返しに行くんだ」【成立】 上方では「包丁間男」。東京では三遊亭円生(6)、立川談志が印象的。弟子の談春が話題になったが、聞いていない。落ちの前の台詞、本には「四つに切り刻むか」とあるがおかしい。 享和2(1802)年の『一粒撰噺種本』(桜川慈悲成)にある「間違ひ」は、道楽息子が遊びに行く金を七兵衛に借りようとするが、七兵衛は前のも返さないと言って、どう話をしても貸さない。「ちくしょう」と飛び出した息子が戻ってくると、長船祐蔵(おさふねゆうぞう)の長脇差をたずさえ、ギラリと抜いた。「い、命ばかりは……」「七兵衛、この刀で3分貸してくれ」
2026.07.18
コメント(0)

【粗筋】 埼玉の飲み屋、勤めるようになった子は埼玉生まれの埼玉育ち。ママは東京生まれだが、話しているとちょっと怪しい。憧れは東京のホストクラブ。二人で行くことにした。ナンバーワンのいい男が来て盛り上がっていると、東京生まれの東京育ちですごい金持ちの女社長が現れ、ドンベリを注文してそばにいたいい男も奪ってしまう。ところが、酔いが回って来ると、「おう、今なんつった。ナポレオン持って来い」持って来ると、「ちゃうやろ。ナポレオン言うたらいいちこやんか。つまみは、干し落花生に、サンガ焼き、鰯の胡麻付け」 千葉じゃねえか。千葉県民ならみんな出来る菜の花体操を始める。若い娘が面白がって真似をすると、「千葉以外の人がやったら罰当たる」と怒り出す。「だっさい」と言ったら、「ダサいって意味知ってんのか。だって埼玉の略だ」と馬鹿にし、千葉だって田舎じゃないかと言うと、確かに田舎はある。外房はド田舎で、内房は都心だと言うので、さあ、埼玉のママが怒り出す。彼女は外房出身だったのだ。内房対外房の対決。大喧嘩になるのを埼玉娘が止めるが、「仕方ないのよ、千葉だけに暴走(房総)が止まらない」【成立】 三遊亭白鳥の改作。関東では東京が1番、神奈川が2番、それで千葉と埼玉が3位を争っている。アヘ総理の時代には、茨城が東北に入れられて、総理が「茨城はそもそも東北じゃないですか。関東は一都三県です」って答え、茨城は東北であると閣議決定している。この状態だと、群馬と栃木は関東でも東北でもなくなってしまう。
2026.07.17
コメント(0)

【粗筋】 江戸ッ子の二人連れ、料理屋に上がるが、隣座敷に入ったのが田舎侍。「琉球」を歌って騒ぐのを苦々しく聞いている。芸者が入って、「お好きな物は」と尋ねると、「イボイボ坊主のすっぱ漬け、赤ベロベロの醤油漬けたい」……芸者も困るが、蛸の三杯酢と鮪の刺身だって。今度は「百舌の嘴」を歌い出すが、「モーズガクツバシー、サーブロヒョーエ、サーセヤカーカサ、タヌキノハラヅツミ」何だか分からない。どんな奴か覗こうとして、酔っているので襖を倒して転がり込む。とうとう喧嘩が始まって大騒ぎ。止めようとしたのが料理人で、「まあまあ……」と手を振って喧嘩を収めようとするが、慌てていたので棒鱈を調理しようとして、手に胡椒を持ったまま……双方クシャミが始まって、止まらない。「おい、喧嘩はどうした」「大丈夫だ。今故障(胡椒)が入った」【成立】 柳家さん喬が得意にして演っている。柳家さん遊は「(喧嘩の仲裁に)板前が入ったから、うまくさばいてくれるだろう」と落としていた。「棒鱈」は料理の名前と同時に、田舎者、特に田舎侍を指す江戸の言葉。【一言】 『野晒し』で売った春風亭柳好の見事なものを聴いている。柳好のを聴いたなら、とても演れない。『野晒し』の柳好。松本亀太郎。私にはできない。現在(いま)、柳好流の『棒だら』をできる人はいない。いや、知らない。小さん師匠のは違う。どう違うか……面倒だしネ……。(立川談志(7:自称5))
2026.07.16
コメント(0)

【粗筋】 咳が止まらずに医者に来た浮浪者、服を脱ぐが、垢がたまってシャツに見える。「垢シャツ(赤シャツ)ってのはここから出たか」と診察するが、分からない。「咳が出るのかい」というリクエストで咳をした途端に、口から何か飛び出して先生にぶつかる。「咳をする度に、そういう石が飛び出すんで」「見た目はダイヤだな」取りあえず咳止めの薬を処方し、「名前は」「名乗るほどの者ではござんせん」「カルテを書くんだ」「間貫太郎ってんで、間貫一の親戚じゃねえかって……」「住所は」「昨日は地下道、その前は公園」「住所不定か」「へえ、ふてえ野郎で」 翌日、まだ咳が止まらないとやって来たが、「君、昨日の石は、本物のダイヤだよ。まだ出るのかい」とリクエストした途端にゴホンゴホン……「これは驚いた、昨日と違う、青く輝くエメラルド、こちらの赤いのはサファイヤじゃないか」 これがニュースに取り上げられ、「今日はご本人の間貫太郎さんにスタジオに来ていただきました。今日はお忙しいところをありがとうございます」「別に忙しくはねえ」「宝石病の原因は何だと思います」「鰯の目玉を食ったのが、真珠になったんじゃねえか」「ダイヤモンドを出したそうですが」「食うものが無かったんで、時刻表を……」 テレビ、ラジオでは「貫太郎宝石歌」が流れる。「♪メノウか真珠が貫太郎さんか 医者は七度咳止め薬~」 書店では「宝石病になるための一週間の御献立表」がベストセラーになる。ご婦人方はこれを読んで、ご亭主に病気になることを求める。「食事にしよう、何だいこれは……黒こげじゃないか」「炭にしたの。ダイヤの原料は炭素なのよ」「こちらは唐揚げか……うん」「おいしい? それ、毛虫の唐揚げ。変身してきれいな蝶になるの」「もうご飯だけでいい。これは鰹節が乗って……これはちゃんとした飯だな」「それ猫の玉のご飯よ。猫の飯……猫目石」「もういい、寝る」「ここじゃだめよ。地下道でないと……」 女房に追われて地下道へ。場所取りが大変で、昔貫太郎さんがいた場所はプレミアチケットになっている。少し離れて場所を取ると、女乞食が現れた。お隣の奥さんで、主人が手術で胃を切ったので、仕方なく自分でやっていると言う。この奥さん、もう宝石が出来たから、医者に咳出しの注射をしてくれと押しかけて来た。医者も呆れてビタミン剤を打つと、「咳込んできましたな。奥さん、間さんと同じ咳込み方ですよ」「オーホン……出ました……あら、錆びた釘じゃありませんか。どうしてこんな物が出たのかしら」「ああ、これが本当の胃から出たサビだ」【成立】 大野桂の原作を、桂米丸が演じた。歌は小畑実が歌った「勘太郎月夜唄」の替え歌。歌い終わった後で、パラパラと拍手が起こって「この位の拍手で歌うのが難しい」……数年後盛大に拍手が起こったら「レコード出そうかしら」 尚、大野桂の原作の歌詞は「ルビーか真珠か」となっている。
2026.07.15
コメント(0)

【粗筋】 隠居が坊主になっているが、知り合いの床屋に頼んだ剃刀を受け取り、そのまま遊びに行く。床屋が酒癖が悪く、悪態をついて帰ってしまう。さて、買った女も酒癖が悪く、散々悪態をついて寝てしまう。隠居は腹立ちまぎれ、持っていた剃刀で女を坊主にしてしまうが、さあ、こんなことをしたら大変。見受けをしろと言われても出来ないというので、とっとと逃げ出す。急にお帰りというので驚いた女将が、女を起こしに行くと、声を掛けられて起きるが、「誰……あの坊さんのお客さんが帰るって……待ってよ」と起き出して転んでしまう。「おお、痛い」と頭をなでると、「嫌だよ、女将さん、お客さんまだここにいるよ」【成立】 上方の「坊主茶屋」を移植したというが、スッキリしてよくまとまっている。三遊亭圓歌がよく演っていた。 『笑府』の「解僧卒」は、罪を犯した坊主を護送する兵が、酒を飲まされて酔いつぶれ、坊主が髪を剃って逃げる。兵は自分の頭をなでて、「坊主はちゃんとここにいるが、俺はどこへ行ったんだろう」という「粗忽長屋」のような落ちになっている 正徳2(1712)年『新話笑眉』巻二の7「夜明のとりちがへ」は、陰間を引退して元服、髷を結い、月代を剃り、お祝いだと酒を飲んで寝る。明け方に目覚めて、自分の頭をなで、「もしもし、夜が明けました」 寛政7(1795)年『わらひ鯉』がほぼ落語の通りだが、客は医者。享保13(1728)年『機嫌嚢』巻二の「水にうつる面影」、寛延4年『開口新語』も同題、文政7(1824)年『咄土産』の「女郎」、『甲子夜話』続十七巻にも。上方では、遣り手が起こして、「頭をどないしたんや」、女郎が頭に手をやって「あわてもんやな。頭を間違うていにはった」という落ちがあったという。
2026.07.14
コメント(0)

【粗筋】 茶屋に上がるが、相方がひどい。薄暗い所で24、5と思ったら、座敷で見ると34,5,化粧を落とすと47,8、寝顔は母親より上らしい。鼻が落ちているのは、怪しい病で落ちて付け鼻をしているのか。鏡台の引き出しにあった剃刀で、女の眉毛を剃ってしまう。ついでだと、頭まで剃り上げ、友達の相方も坊主にする。これではまずいと逃げ出す。翌朝、店の者が起こしに来ると、坊主になった女を発見。「鼻も孔が空いてるだけや。お医者はん行って取れんよう診てもらいなれ」「見てもろたら、医者があかんとさじ投げはったんや」「ああ、それで分かった。医者がさじを投げたら、後は坊主に決まったぁる」【成立】 遥か昔、月亭八方を聞いたことがある。鼻が落ちて、頭も汚くて、上方らしいといえばそうだが、聞いていて嫌になる。東京の「坊主の遊び」などの方がはるかにいい。
2026.07.13
コメント(0)

【粗筋】 小さいが寺の住職を務める坊主がいる。泉水があって、その向こうには伊勢屋の別宅。嫁入り前の娘がここで針仕事や琴のお稽古という花嫁修業中。時には猫を抱いて庭を散策している。和尚、この娘を見ると、その姿を見ながら自家発電に励む。 今日も盛んにやっていると、いよいよという時に、燕が飛んできて和尚の額にポトリと落とした。和尚、手で拭って、「おやおや、今日は額まで飛ばした」【成立】 よほどお元気な御住職で。若い和尚だと断りを入れる人もいたが、高僧であるほど俗が抜けていないのがおかしい。
2026.07.12
コメント(0)

【粗筋】 いつも芸がないと言われる幇間、芸の精進はせずに、魔法のお茶で芸のできる者を呼び出すという。若旦那が踊りをリクエスト、茶を焙じると、湯気の中から踊り子連が現れる。小唄、端唄では短いからと、面白い滑稽浄瑠璃をと所望すると、義太夫が現れ、「♪まいご~の~、ベンベンベン、まい~ごの~ベンベン、こねぇこからちゃああん~、ベンベン」さらには洋物のヴァイオリン演奏も見せる。幇間が席を外した隙に若旦那が勝手に、芸妓、舞妓を呼ぼうとすると、現れたのはお父っあん。「倅、お茶屋遊びばかりで、親不孝もええ加減にせえ。三回忌の時も弁当だけ食って帰ってしもたやないか。ちっとは供養を考えなはれ」と叱られた。「若旦さん、遅なりまして……どないしました。え、亡くなった旦那さんが……お茶はよお炙りましたやろなあ」「お前が帰ったらいかん思て、ええ加減にやったんや」「それがいかん。そら、焙じが足りまへんねん」【成立】 安永2(1773)年『聞上手』三篇の「煎じ茶」、同年『近目貫』の「茶釜」。茶釜を煮立てて、茶袋を入れると、むらむらと立つ湯気のなかより、白無垢を着た者がすっくりと立っている。「おや、幽霊か。何しに出た」「ほうじが足りません」というもの。もちろん「焙じ」と「法事」を掛けただけ。 この小噺でマクラで演じられていたが、桂文我が粗筋のように長い一席に仕立てて演じた。
2026.07.11
コメント(0)

【粗筋】 近所の娘が百人一首を染め抜いた着物を作ったといので見ると、 胸のあたりに、「乙女の姿しばしとどめむ」 お尻のあたりに、「今日九重に匂ひぬるかな」 前の褄を開くと中に、「人こそ知らねかわくまもなし」【成立】 その1の元になった小噺。安永2(1773)年『さしまくら』の「模様」が、居敷(いしき:お尻の部分)に「はなぞ昔の香に匂ひける」、上前帯の下に「人こそ知らね」。「はなぞ昔の」は品があるが、「今日九重(ここの屁)」の方が笑える。 安永6(1777)年『畔の落穂』の「歌仙染」は、「今日九重」と「人こそ知らねかわくまもなし」の二つだけ。親が作ったものを娘に着せて見るもの。 簡単なのでマクラではよく聞く。尚、三笑亭可楽(8)によれば、普通の寄席では「今日九重に」、お座敷などで「人こそ知らね」を演るのだという。【蘊蓄】 いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな 伊勢大輔 わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らねかわく間もなし 二条院讃岐 学校でこの歌の訳が当たった。「私の袖と掛けて、潮が引いても見えない沖の石と解く。その心は、人に知られていないが、乾く間もない」って訳したら叱られた。いまだに叱られた理由が分からない。
2026.07.10
コメント(0)

【粗筋】 船場の大家の娘が年頃になり、住吉詣でのために振袖をこしらえるが、百人一首の歌歌留多を染め抜く。出掛ける所で出入りの八百屋とばったり、着物を見せてくれと言う。見ると、見事な百人一首の替え歌。 花の色はうつつになりて家を出でわが身ひとつをいかがせしまに 小町 田子の浦にうち出でてみれば黒妙の富士の高嶺に夕立の雲 赤人広 千早振る神代も聞かずたつた今 女夫が寄って三つするとは 業平 これやこのゆくもかへるもわかれては しるもしらぬも色事は好き 蝉丸 さらに見ると、 秋の田のかり庵のいほのとまを荒らみ我が衣手は露に濡れつつ 天智天皇 という元歌通りのものも見える。上褄には「われてもすへにあわんとぞ思ふ」というので笑うと、娘、うつむきながら小さな声で「下褄は『ひとこそ知らねかわくまもなし』」【成立】 天保13(1843)年『四季の見台』下巻の「伊達むすめ」。桂文治(1)作とされているので、本の方が文治のものを収録したのだろう。「反故」は「ほご」と読むが、書籍でみんな「ほうぐ」と読んでいるのでそうしておく。
2026.07.09
コメント(0)

【粗筋】 木綿問屋・相模屋の野若旦那・宗三郎、本が好きで毎日読書三昧。心配して、たまには世間を眺めてはと言われると、物干しへ上がって「ああ、世間は広い」と言う……これではいかんと、番頭が話に行くが、挨拶が「お久し振りでございます」だから、いかに引きこもっているかが分かる。天気もいいし、住吉へ参詣に行くことを勧める。店の者がお見送り……お互いに一人も顔を知らない。お供の亀吉が財布を預かっているが、茶店に寄ると、自分の好きな牡丹餅を注文する。若旦那は向こうの乞食に目が行く。「父が長々患ぅて難儀致しております」という女乞食、施しを受けるだけでなく、箒などの荒物を売っているのだ。若旦那3両を出して全部買ってしまう。そんなに頂く訳にはいかぬと言うので店と自分の名を書いた書付を渡す。その娘、長屋に戻って父親に報告するが、あんな道具に3両も出す人がいる訳がない、盗んだのだろうと責める。娘がもらった書付を出すと、父親は、品物の代金だけを頂いて、後は返さねばならぬと病を押して自分が行こうとする。これを見て感動した若旦那は家に帰るとあの娘を嫁にしたいと言い出す。番頭から親に話が行き、調べると実に評判のいい娘、一人息子の可愛さもあって、とんとんと話がまとまる。父親は長屋を離れるのを嫌がるが、安心したのか婚礼を前に亡くなってしまう。忌明けの後婚礼、玉のような男の子が生まれ、両親は隠居して若旦那が二代目相模屋宗兵衛を継ぐ。【成立】 桂小南(2)が演じた。明治の頃の記録もあるが、若旦那を表に出したい番頭が、春画を見せる。婚礼が終わって、一夜明けると、娘は実家に帰ってしまう。番頭が尋ねると、若旦那も訳が分からない。夜の様子を聞くと、番頭にもらった枕絵をやったという。それが「茶臼(女性上位)」だった。「若旦那、最初からこれはあきまへん。相手は箒屋の娘、逆さにしたら帰りまんがな」という落ち。箒を逆さに立てると客が帰ってしまうという風習、もう分からなくなっているのだろうか。まあ、いい落ちではないから人情噺として落ちを付けないのが正解だろう。
2026.07.08
コメント(0)

【成立】 「何ですかいな、親分、おかまになるとおっしゃるんですか」 これからは女性活躍の時代、やくざ者も女性らしく活動しようというのだ。組員も芝居の女形や踊りの師匠に弟子入り、暴力団バーもおかまバーに代わる。暴力団の鬼寅組も紅薔薇組と変えてお洒落にした。用心棒が、宝塚の男役に憧れた女性になり切った男。「あなたたちを守ってあげるんだから、ひざまずいて女王様とお呼び」「うわあ……宝塚だけに過激(歌劇)」【成立】 落語「へ」の追加。通算16番目。本来は5番目に入る。 桂雀三郎が演った。上方のファンの方から録音を頂いたので追加。平成になった(1989~90年)頃の録音らしい。女言葉や仕草の練習はおかしい。
2026.07.07
コメント(0)

【粗筋】 お大師様のご縁日、参詣の人が引きも切らず上り下りをしている石段の脇に親娘の乞食がいる。父親は盲人で耳も遠い。娘は17,8でかなりの器量よし、元はそこそこの身分であったろうと思わせる品を持っていた。 娘に見とれて前の箱に金を入れるが、父親は耳が遠いようで、娘が、「お父っあん、入れますよ」というと、父親が「南無大師遍照金剛」と唱える。 この娘に目をつけていた悪い連中が、人のいないところを狙って娘を取り囲み、無理に押さえ付けて、あわや落花狼藉の振舞。「あれえ……お父っつぁん、入れますよ」「南無大師遍照金剛」【成立】 三遊亭円生(6)がこの程度ならよかろうと、放送に掛けてもいいバレ噺のリストに記録している。【一言】 例の『南無大師遍照金剛』なんかっていうのは、活字で読むもんじゃなくて、やっぱり聞いて味わう芸ですね。あれは活字だと、どうしてもリズム感、それに哀れさが出ないですね。(小島貞二)【蘊蓄】 古い噺では、巡礼の親子が、千住小塚っ原で荒くれ男に襲われる。あまりに哀れで笑うに笑えないと、粗筋のように改定したのだという。「南無大師遍照金剛」は心から信じますという誓いの言葉。
2026.07.06
コメント(0)

【粗筋】 「弁慶と小町はばかだなあ嬶ァ」と、川柳にまで読まれているようでは恥だと、弁慶さん、吉原俄(よしわらにわか)へ冷やかしに行く。これも川柳に「あがる気になるもにはかの思ひ付き」と、奥州屋の衣川という全盛の花魁の座敷に上がった。座敷も引けてお床入り。七つ道具よりも本人の道具が自慢で、抜いたりさしたりは刀や薙刀で得意にしている。自信満々部屋に入ると、襦袢姿のなまめかしい衣川の姿を見ただけで、立ち往生。【成立】 文久3(1863)年『酔狂奇人伝』の「弁慶」。三題噺で、弁慶、俄、川柳が題だという。 吉原俄は、八月に廓の中で俄を演じ歩く風習があった。奥州、衣川、立ち往生と、弁慶をよく並べている。最初の川柳は今でも寄席で聞く。後のものは聞いたことがない。
2026.07.05
コメント(0)

【粗筋】 小僧が屁をつかめると言うので、旦那が「一つつかんだら百文やる」と賭けをしてやらせると、へのこをつかみ、「親でなく子だから半分に負けましょう」と五十銭を取られてしまう。女房がくやしがって、女なら大丈夫と同じ賭けをやると、これも前の方をつかんで、「へへをつかみました。二つですから二百文いただきます」【成立】 『盛岡猥談集』にあるが、男性編を発展させたもの。うぶな私は全く知らないが、女性のあそこを「へへ」というのはお馴染み……じゃない? 絵は葛飾北斎の「放屁図」。
2026.07.04
コメント(0)

【粗筋】 「屁玉というのを聞いたが、本当にあるのか」「あるとも、欲しいなら、俺がひってやる」 と尻をまくって出たらすぐにつかもうと待ち構えるが、ぷうと鳴った途端に、「あいててて……」 側にいた連中が、「どうした捕まえたか」「いや、屁は逃がしたが、屁の子を捕まえた」【成立】 天明8(1788)年『下司の智恵』の「友達ばなし」、享和2(1802)年『文武久茶釜』の「屁」、天保10(1839)年『はなしの種』の「丁稚のこまた取」。屁玉というのは屁のこと、また、屁のもとになるというので芋を意味することもある。「へのこ」は男性の前にぶら下がった物、また褌を意味することもある。【蘊蓄】 屁をつかんで、菜畑へ走り、「ただの風よりましだろう」という小噺がある。実験をやったが、両手で空気をつかみ、風呂などに30秒間沈め、どれだけ空気が残っているかを確かめた。私の場合平均50cc。ただし、中の成分に変化がないかどうかは確認されていない。
2026.07.03
コメント(0)

【粗筋】 宿題をやっている子供に、無学な親が口を出すが、「産物分かる」「乾物か」「違うよ、どこの国で何が出来るかってのを調べるんだ」「それなら分かる。北海道は鮭、青森がリンゴで、静岡は蜜柑、浜松がわさび漬けで、名古屋はうどんだ」「食べ物ばっかりだね。歴史は分かる」「汽車にひかれたんだろう」「それは轢死だよ。昔の人のこと」「てえこう秀吉を講釈で聞いて知ってるぞ」「じゃあ算数は」「すうって、歯が抜けて息が漏るようだな」「分数……分からないだろうな。書き方は」「背中の」「字を書くんだよ。木が二つで何になる」「拍子木」「林だよ。じゃあ、その上にもう一つ気を乗せたら」「重くなるから駄目だ」「漢字の話だよ。木が三つで」「御神酒だ」「そういえば防火週間で、碑の用心と書いてもらえと言われたんだ」 親父仕方なく近所の張り紙を持ってきて……翌朝、「ちゃんと貼っておいたぞ」「どれどれ……なあんだ、ダンサー募集としてあらあ」【成立】 三遊亭金馬(3)が演っていた。「清書無昼」を現代風にアレンジしたもの。こちらでは風邪が流行っているので魔除けの札を貼ったら貸家札で、「これを貼っておけば、疫病神も空家だと思って入らない」というもの。
2026.07.02
コメント(0)

【粗筋】 孫のコウタを爺さんが寝かしつけようとして、「ありきたりの話では眠くならないから、展開の読めない話がいい」 とリクエストされる。「わしが山で同僚と遭難した時の話じゃ」……「タナカ君、寝たら死ぬぞ」「それじゃあ、シャキッと目の覚めるような話をして下さい」「分かった。それは彼女とデートをしたときのことだ」……「ヨシコさん、電車の時間まで時間があります」「それじゃあ、何か面白い話はないかしら」「僕が高校OBとして生徒の前で話をしたときのことです」……「私は大学の冒険部に入っています。その時の体験です」……「おじいちゃん」「何じゃ、タナカ君」「僕タナカ君じゃないよ、孫のコウタだよ。回想の中に回想が入って、何だか分からないよ」「お前が先の読めない話と言ったからこうなったんだ。黙って聞きなさい。わしが山で遭難した時……彼女とデートした時……高校の後輩に話をした時……おい、寝てはいかんぞ」「お爺ちゃん、寝ちゃ行けないの」「それは高校の後輩じゃ。お前は寝るのじゃ」「おい、タナカ君、面白い話をしているのだ。寝たら死ぬぞ」「お爺ちゃん、寝たら死ぬの」「お前じゃない。タナカ君……ヨシコさん……後輩の諸君、僕が冒険部でペラペラ王国に行くと、原住民に囲まれた。そこへペラペラザウルスが出た」「部長、話がうまいですね」「タナカ君、寝ていないのか」「話が面白くて目が覚めてきました」「彼女とデートした時……母校で後輩に話をした時……ピンポーン……おや、この時間は終わりか。後輩諸君、次の授業に遅れないように、教室に戻りなさい。文句を言わない。続きが聞きたかったら、大学に入って冒険部に入れ……という訳です、ヨシコさん」「まあ、面白かったわ。でも、ペラペラザウスルはどうなったの」「もう終電の時間で。長くなるので、ホテルでゆっくりお話ししましょう」「そういう下心だったのね。私、帰ります」「という訳で終電に間に合わない作戦は失敗、見事に振られたという訳だ」「部長、おかげで目が覚めました。もう朝ですね。それで、ペラペラザウルスはどうなったんです」「あ、救助隊だ、よかったな。助かったぞ」「僕、救助はいりません。ペラペラザウルスが……」「いや、遭難して気が動転しているんで、連れて行って下さい……という訳で助かったという話じゃ」「お爺ちゃん、ペラペラザウルスはどうなったの」「何じゃ」「今までは話の中の人物だから聞けなかったけれど、僕は現実の人間だから、ペラペラザウルスの話、最後まで聞かせてよ」「お前は現実の人間だと思っているのか。落語中で作られた架空の人物かも知れないぞ」「え、じゃあ、どうなるの」「最後まで話をせずに、お後がよろしいようでと言って切られてしまうだろう」【成立】 笑福亭羽光が演った。
2026.07.01
コメント(0)

【粗筋】 おかまバーのホステスが、辞職を申し出る。漁業をやっている実家で父親が亡くなり、新しい船を買った借金のために、自分が後を継ぐことにしたと言う。売れっ子だから漁師よりこちらの方が儲かるだろうが、ママが心配するのは、遊園地に行って観覧車で「揺れる~」と騒いだし、寄せ鍋では「お魚が怖いから」と騒いだ……とても漁師にはなれそうにない。ママが思い出したのは、男らしくなる道場がある。客の息子がビジュアル系バンドで化粧をしてなよなよしていたが、警察官になるのにその道場に入ったという。ママの紹介で10日間コースに入ることになった。 その道場へ行くと、男らしさを身に付けるのではなく、気持ちが外に出るのだから、気持ちを男らしくするというイメージトレーニングをやる所であった。 一年半経って、ママに手紙が届いた。手紙の文章も文字も完全に男のもの、漁業長の娘と出来ちゃった婚をしたと言う。ホステスみんなで読んで感動する。 さて、その故郷、「ささ、海へ出るぞ」「はい、お弁当お待たせ」「おう、行ってくらあ」「海に出て行く姿が本当に男らしくて素敵、さすがは漁業長の娘だけのことはあるわ」【成立】 桂文枝(6)の創作落語。第129作目、2001年5月の作品。
2026.06.30
コメント(0)

【粗筋】 ヘビ5匹が集まってみていると、人間の娘5人が花でも摘みに来たのか。疲れて昼寝をしているので、「ひとつ、みんなで穴に入ろうじぇねえか。俺が言い出しっぺっだから、選ばせてもらうぜ……右から二番目の、色白で見目がよくていい体して……」「おいおい、勝手に決めるな」「俺が決めたんだ。先に行くぜ」 と行ってしまう。「どうする。俺達も入りに行くか」 と言っていると、先に言った蛇が戻って来た。「なんでえ、随分と早えじゃねえか。どうした、良かったかい」「いや、臭えの臭くねえの、ちょっとでも我慢できねえ」「ああ、だから言うじぇねえか。人は見掛けによらねえって」【成立】 「蛇」の改作か。頬の赤い女性ってのが分からなくなったんで、こんな形になったのかも。
2026.06.28
コメント(0)

【粗筋】 おならばかりする人がいるのにあきれて、「江戸時代には音楽を奏でた屁の名人もいたそうだよ」「俺だって、音階くらいなら出せるよ」「本当かい」「じゃあやってみせよう、さっきの音がドの音だから、今度はレを出してみせよう……ウウン……あ、レが出ないでミが出ちゃった」【成立】 民話に屁で音楽を奏でる人の話があるが、ドレミは新しい。この場合ヘ長調のはずだが、噺家さんはハ長調でやっている人が多い。桂文珍はドもレも出ないでいきなりミが出ていた。ちょっとこれはなあ。 天明8(1788)年『下司の知恵』には、おならで花を咲かせる花咲爺さんもどきが現れ、見事に花を咲かせる。さらに「この花の後をお目にかけよう」というと、「実はごめんだ」という落ちになる。 明和3(1774)年、両国に屁ひり男の見世物が出て人気を集めた。翌年の『一のもり』にある「両国」では、色々な稼業があるのに人中で屁をひるのはどうか、と意見をされて、「ほかの稼ぎとは違う。曇っていても七八貫、天気がよければ」「まだひるかえ」【蘊蓄】 安政3(1774)年、江戸と大坂に放屁男が出た。『半日閑話』には、4月に両国で霧降花咲男という者が芸をしたとあり、『兼葭堂雑録』には、道頓堀で、東武から来た曲屁福平という者が芸をしたとある。三味線や歌に合わせて屁をひり分けたとあり、その名前として「梯子屁」「砧(きぬた)」「すががき」「三番叟」「三つ地」「七草」「祇園囃」「犬の吠声」「鶏屁」「花火」「水車」「道成寺」「菊慈童」「瑞歌」「めりやす」「伊勢音頭」「一中」「半中」「豊後節」「土佐」「文弥」「半太夫」「外記」「河東」「大薩摩」「義太夫節」「忠臣蔵」「矢口の渡し」などとある……聞いてみたい? NHKが録音した音を編集して曲にしたのが林光。黛敏郎は、水の音を曲にしている。
2026.06.26
コメント(0)
【粗筋】 幽霊が出るというを承知で金をもらって竃を引き取る。一人では運べないので勘当されている若旦那を仲間に引き入れる。途中で竃を落として割れてしまうが、中から金が出た。半分ずつ分けて、若旦那は吉原へ、男は博打に行く。二人ともたちまち無くして長屋に戻るが、竃の欠片を若旦那の家に放り込んでいたところから幽霊が出る。男は若旦那の家から金を借りて幽霊を待ち受ける。幽霊は職人だったが、博打で大当たり、半分を竃に塗り込んでそのまま死んでしまい、金を出してもらおうと化けて出ていたのだ。それで金を返すが、こちらも苦労したんで、半分よこせと申し出る。幽霊がしぶると、「じゃあ、出る所へ出ようじゃねえか」「出られねえからこうして化けて出てるんで」 もうしょうがない。半分で我慢すると、「どうだい、あの世でもやってるのかい」 と壺振りの手つき。まさかあの世で出来る訳がない。じゃあ、ここで勝負しようということになって、伏せると、幽ちゃん、持っている全部を賭ける。「いいのかい。勝ちゃあいいが、負けたらいっぺんで無くなっちまうぜ」「こっちには夜しかいられないんで、時間がないんですよ。勝負して下さい」 いかさま賽と取り換えるが、幽霊目が上がっているから分からない。負けると幽霊ががっくり……幽霊の落ち込んだのは初めて見た……「ようがす、もう一番勝負といきやしょう」「おい、よそうじゃねえか。もう金がねえだろう」「大丈夫。幽霊だけに、お足は出しません」【成立】 安永2(1773)年『俗談今歳花時』の「幽霊」。友達が焼け死んで一周忌、墓参りをしてやるが、博打好きだったかと、墓の前で始める。すると幽霊が出て、「俺も六道銭があれば仲間にしてもらうが、何もないから死に装束の経帷子を質に入れて」と頼み、300文を手に入れて勝負に挑んだ。あっという間にすっかり取られて意気消沈、もう消えてしまおうとするので、「おい、もっとやろうぜ」「いやもう、幽霊も300はり込んだ」……俗謡に「ゆうべも三百はりこんだ」という歌詞があって、それを洒落たもの。 明治末に始まった「落語研究会」で朝寝坊むらく(6)がこれを取り上げたが、当時は他に演じられた記録がない。幽霊から金を巻き上げて、翌晩、仲間を集めて派手に勝負を始めると、また幽霊が現れる。「まだ金に気が残ってるのか」「今夜は大分顔がそろっているから、せめてテラだけでもこしらえてもらいに来ました」……博打の元になるテラ銭を掛けたもの。 談志(7:自称5)は、幽霊が帰った後に若旦那と銀ちゃんが来て、「もっと早く来りゃいいものが見られたんだ」「見てましたよ。今、半分下さい」【一言】 桂枝雀師匠(五九)はとうとう幽明の境から帰らなかった。落語の『へっついの幽霊』は、幽霊がへっつい(かまど)にへそくりの五十両を隠し、それをばくちで巻き上げる読経のいい男の噺だったが……。/度胸といえば、枝雀さんの落語はまこと読経がすわっているように見えた。派手なアクションで、大げさな表現で、独特の語り口で、型破りの芸風によって上方落語をふうびした。客席を笑いのうずに巻き込んでいた./ところがその読経はもんまものではなかったのかもしれない。イラチで、繊細で、凝り性だったという。インテリだったが、インテリ過ぎたのである。「笑いは緊張と緩和である」という理論を立て、その理論を究めようとした。理論なんてどうでもよかったのに、である。(石井英夫)【蘊蓄】 落語のばくち打ちは半の目の誰それというのが登場する。半公というのも一部は本名ではなく、半に賭けるから。丁の目という野郎は登場しない。 賽子を振ると、奇数偶数は全く同じ6分の3。2個振っても丁(偶数)半(奇数)になる確率は全く同じ……なのだが、奇数は「12」「14」「16」「23」「25」「34」「36」「45」「56」と9通り、偶数は「11」「13」「15」「22」「24」「26」「33」「35」「44」「46」「55」「66」と12通りもある。だから偶数が出やすいとし、粋がって半に賭けるのが多いのだ。要するに順列を忘れたものだが、賭場によっては、ぞろ目の一部を勝負なしにするなどのローカルルールがあったらしい。
2026.06.25
コメント(0)

【粗筋】 和助という男が表通りへ引っ越したから、友達が祝い物をしてやろうと相談。一人がひびの入った瓢箪があると言うが、そんな物は祝いにならない。竈(へっつい)がないので七輪で飯を炊いていたので、竃を贈ろうということになった。ところが二人とも金がない。そこで、重い荷物を担いでいる振りをして道具の前を通り掛かり、一休みする芝居をして、竃を担いで持って行こうということがまとまる。 出掛けると、相棒に選んだのが利口でなかったため、大声をあげたりする。「静かにしろ、馬鹿」と叱ると、俺は馬鹿だから瓢箪を贈ろうと行ったんだ、俺は馬鹿だから竃を盗むのを手伝いに来たんだと言い出す。謝るから静かにしてくれと言うと、「俺の言うのが無理か、お前の方が無理か、ここの道具屋の親父に判じてもらおう」【成立】 上方噺。大正の頃、東京で演じた記録があるが、あまり受けは良くなかったようで、「家見舞い(こいがめ)」の方が出来がいいと書いている人が多い。【一言】 (昭和25年、初めて東京へ来たが、上方の芸なんか聴けるけえと頭から相手にされない)けど、わたいはあんがい平気でしたな。東京にない噺、あの「竈盗人」ね、ジャジャジャージャージャージャーと小便して歩くような、あんな噺ばっかりするんだ。そうするとお客さん、ワァーと笑(わろ)てくれはる。 ほたら、ある大師匠が「こちらへいらっしゃい。東京ではね、ああいう下品なのはしゃべらないの。噺家はね、芸術家なんだから」といわはるんだ。「いえ、わたいは芸術家と違います。芸人だんねん。そやさかい、お客さんが笑てくれはったらよろしんですわ」(笑福亭松鶴・6)
2026.06.24
コメント(0)

【粗筋】 上方の芸人が逗留していると聞いて、家老が宿を訪ねる。噺家だと聞いて、噺家ならどんな高貴なお方の前へ出しても恥ずかしくない、お城で一席やらせることになった。出番を待っていると、廊下をお女中が通りかかる。ちょっと覗いておかしな顔だと噂するのを聞いて腹が立った噺家、次の女が覗くのを待ち構えて、「べっかぁこ~」とやった。女が騒いだのでさあ大変、噺家捕まってしまう。話を聞いて、明日鶏が鳴くまで縛っておけという判定。昔中国で、孟嘗君が函谷関を通るのに、鶏の名人がいたという話を思い出すが、鶏の真似は出来ない。見ると、衝立に鶏の絵が描かれている。「お前も名人の手による鶏やろう。どうかわしのために鳴いとくれ」とたのむと、本当に絵から鶏が抜けしてきて、「ベッカンコ~」【成立】 元禄5年鹿野武左衛門の『鹿の巻筆』巻二の「夢中の浪人」は、浪人が召し抱えてもらう可能性のあるお屋敷に行くが、子供が出て来ておかれた菓子を盗み食い。自分が食べたと思われ、卑しい者とされるだろうと、子供が来るのを見計らって「モモンガ―」とやったら、お殿様。驚いて部屋にも入らずに戻られ、あの浪人をすぐ帰してしまえと仰せられる。屋敷を出る時に、かの悪ガキが玄関の脇にいたので、また「モモンガ―」とやったら、これを家臣に見られて、間違いなくおかしくなっていると言われる……侍だけに落語よりも憐みを感じてしまう。 桂米朝が演じていたが、弟子のべかこ(後の南光)が演ったのは粋な演出。ただし、芸名は牛のことで、あかんべえではない。
2026.06.23
コメント(0)

【粗筋】 隣り合ったお屋敷で、こちらの下女と隣の下男が愛し合うようになったが、どちらもお屋敷勤めで表にも出られず、逢引きも出来ない。間の塀に節穴があるのを利用し、男が一物を差し込むと、女の方がそれを受け入れるという方法を思い付く。 今日も掃除にかこつけて庭へ出ると、突然お姫様がお庭の散策と言い出した。下女が案内すると、塀からにょきッとモノが出て来た。これにお姫様が気が付いて、腰元に、「あれは何じゃ」とお尋ねになる。腰元もはっとして、どう答えるか困っている。そこで下女が、「あれはキノコの一種でございます」「キノコの一種……して、名前は」「木から生えるのはキノコでございますが、塀から生えておりますのでヘイノコと申します」【成立】 塀から出ているモノを「へのこ」という。うぶな私にはよく分からない。 写真は日暮里経王寺の山門。上野の山の戦争で鉄砲の穴が空いている。ま、その、節穴ってことで。
2026.06.22
コメント(0)

【粗筋】 本所達磨横丁に住む左官の長兵衛、博打で擦って法被1枚で帰ると、女房のお兼が騒いでいる。17歳になる娘のお久がいなくなったというのだ。先妻の娘だが、気立てがよく、母との仲もいい。夫婦で騒いでいると、出入りの吉原・佐野槌から使いが来て、お久は店に来ていると言う。女房の着物を着て出かけると、娘は女将から父親に意見してもらって博打をやめるようにと身を売って金をこしらえようとしたのだ。長兵衛は涙ながらに50両をもらって帰るが、吾妻橋で身を投げようとする若者を助ける。 掛取に行った50両をなくして死ななければならないというので、持っている金を叩きつけて逃げてしまう。この若者・文七が店に戻ると、掛取に行ったお屋敷に金を置き忘れたのだと分かる。泣き叫ぶ文七に主人の近江屋が話を聞き、翌朝、長兵衛を訪ねて金を返し、これから親戚付き合いにと酒を送る。これは酒の肴ですと言われて見ると、駕籠からお久が出て来て親子抱き合って喜ぶ。文七とお久は夫婦になり、麹町貝坂に元結屋を開いたという、「文七元結」でございます。【成立】 三遊亭円朝作。明治22(1889)年に「やまと新聞」に速記が連載された。「文七元結」は白く艶のある紙で作った元結。髷などをまとめるのに使う。 三遊亭円生(6)は夫婦の会話、佐野槌の女将の説得、近江屋の主人と文七の会話、最後の談判まで、工夫された台詞、見事なやり取りなど、言葉の解説だけで一冊の本が書けるほど充実した内容。 辞書には「もとゆい」とあるが、江戸言葉では「もっとい」と発音する。「一言」を参照。「ぶんしちもとゆい」などともっちゃりした言葉を聞くとがっかりする。芝居でも講釈でも、「もっといが切れてざんばら髪」でないとねえ。 1887年、翁家さん馬(5)の「文七元結情話之写真(ぶんしちもっといはなしのしゃしん)」があるが、「写真」というのは噺がまるで写真のように紙に写されているという意味。大筋は変わるところがないが、文七があっさりと父親のことを思い出すなど、細部が違う。 立川談志(7:自称5)が嫌いなのが美談。そのくせこういう人情噺が嫌いなのに演じることもあるのがおかしい。で、「続きをやりましょうか」って拍手をもらって演ったのが、娘が幸せになって、残された夫婦の会話。「お久も幸せになってよかったね。文七の無くした金が出たからよかったけれど、もし出なかったらどうするつもりだったの」「あそこで金をやっちまったのが、俺の最後の大博打だったんだなあ」 ……もし金をやっていなかったら、結局借りた金をちんたらちんたら使って無くなっていたんじゃないか、というのが談志らしい。談志は、娘を売った金をやってしまうのは美談でもなんでもない、身投げを止めてしまって、どうにも仕方なく金を出すしかなかった、「その場しのぎ」だと解説している。江戸の人の心持ちはそうなのだろうなあ。三遊亭円生(6)も、助けてしまって、「誰か来ねえかなあ、来たら譲ってやるんだが」とつぶやいていた。【一言】 元結(もとゆい)、なまってモットイ。/髪の髷(もとどり)を結びたばねる糸・ひものことで、江戸期にはこよりをのりで固くひねったものが用いられた。文七とお久が出した店はその元結をあつかう店だが、おそらく“文七元結”ということばがひろまるほどに、文七はいい品物を売ったにちがいない。/江戸弁は、子音がきれいに発音される。MOTOYUIなどといえば母音が多く、上方弁になるが、MOTTOIといえば歯切れがいい。歯切れというのは、子音の出し方がきれいで、ときに二個を一気に発音するということである。(司馬遼太郎)● 勘三郎(その頃の勘九郎)“よくこんなものをお前演ってるな”に、“ま、いいじゃないですか”だとサ。そう言って舞台に行きやがった。(立川談志)【蘊蓄】 解説した通り、文七元結という品が実際にあった。『柳多留(83)』には、 文七とお六小間物共稼ぎ という句がある。文七元結とお六櫛を詠んだもの。もちろん、数字のつながり。
2026.06.21
コメント(0)

【粗筋】 本所達磨横丁に住む左官の長兵衛、博打で擦って法被1枚で帰ると、女房のお兼が騒いでいる。17歳になる娘のお久がいなくなったというのだ。先妻の娘だが、気立てがよく、母との仲もいい。夫婦で騒いでいると、出入りの吉原・佐野槌から使いが来て、お久は店に来ていると言う。女房の着物を着て出かけると、娘は女将から父親に意見してもらって博打をやめるようにと身を売って金をこしらえようとしたのだ。長兵衛は涙ながらに50両をもらって帰るが、吾妻橋で身を投げようとする若者を助ける。 掛取に行った50両をなくして死ななければならないというので、持っている金を叩きつけて逃げてしまう。この若者・文七が店に戻ると、掛取に行ったお屋敷に金を置き忘れたのだと分かる。泣き叫ぶ文七に主人の近江屋が話を聞き、翌朝、長兵衛を訪ねて金を返し、これから親戚付き合いにと酒を送る。これは酒の肴ですと言われて見ると、駕籠からお久が出て来て親子抱き合って喜ぶ。文七とお久は夫婦になり、麹町貝坂に元結屋を開いたという、「文七元結」でございます。【成立】 三遊亭円朝作。明治22(1889)年に「やまと新聞」に速記が連載された。「文七元結」は白く艶のある紙で作った元結。髷などをまとめるのに使う。 三遊亭円生(6)は夫婦の会話、佐野槌の女将の説得、近江屋の主人と文七の会話、最後の談判まで、工夫された台詞、見事なやり取りなど、言葉の解説だけで一冊の本が書けるほど充実した内容。 辞書には「もとゆい」とあるが、江戸言葉では「もっとい」と発音する。「一言」を参照。「ぶんしちもとゆい」などともっちゃりした言葉を聞くとがっかりする。芝居でも講釈でも、「もっといが切れてざんばら髪」でないとねえ。 1887年、翁家さん馬(5)の「文七元結情話之写真(ぶんしちもっといはなしのしゃしん)」があるが、「写真」というのは噺がまるで写真のように紙に写されているという意味。大筋は変わるところがないが、文七があっさりと父親のことを思い出すなど、細部が違う。 立川談志(7:自称5)が嫌いなのが美談。そのくせこういう人情噺が嫌いなのに演じることもあるのがおかしい。で、「続きをやりましょうか」って拍手をもらって演ったのが、娘が幸せになって、残された夫婦の会話。「お久も幸せになってよかったね。文七の無くした金が出たからよかったけれど、もし出なかったらどうするつもりだったの」「あそこで金をやっちまったのが、俺の最後の大博打だったんだなあ」 ……もし金をやっていなかったら、結局借りた金をちんたらちんたら使って無くなっていたんじゃないか、というのが談志らしい。談志は、娘を売った金をやってしまうのは美談でもなんでもない、身投げを止めてしまって、どうにも仕方なく金を出すしかなかった、「その場しのぎ」だと解説している。江戸の人の心持ちはそうなのだろうなあ。三遊亭円生(6)も、助けてしまって、「誰か来ねえかなあ、来たら譲ってやるんだが」とつぶやいていた。【一言】 元結(もとゆい)、なまってモットイ。/髪の髷(もとどり)を結びたばねる糸・ひものことで、江戸期にはこよりをのりで固くひねったものが用いられた。文七とお久が出した店はその元結をあつかう店だが、おそらく“文七元結”ということばがひろまるほどに、文七はいい品物を売ったにちがいない。/江戸弁は、子音がきれいに発音される。MOTOYUIなどといえば母音が多く、上方弁になるが、MOTTOIといえば歯切れがいい。歯切れというのは、子音の出し方がきれいで、ときに二個を一気に発音するということである。(司馬遼太郎)● 勘三郎(その頃の勘九郎)“よくこんなものをお前演ってるな”に、“ま、いいじゃないですか”だとサ。そう言って舞台に行きやがった。(立川談志)【蘊蓄】 解説した通り、文七元結という品が実際にあった。『柳多留(83)』には、 文七とお六小間物共稼ぎ という句がある。文七元結とお六櫛を詠んだもの。もちろん、数字のつながり。
2026.06.21
コメント(0)

【粗筋】 丁稚の定吉に誘われて、若旦那が一緒に風呂屋へ行くが、町内ではなく、隣町まで行くという。 風呂ではのど自慢の野郎が湯につかりながら歌ったり、好きな連中があつまると芝居が始まったりする。「春の眺めは価千金、この五右衛門の目から見りゃ……」 と『楼門五三桐』を始めると、入って来た客の手拭いが落ちる。「や、でっけえかな、でっけえかな」 さあ、若旦那が番台に二人分の金を払おうとすると、座っているのが水も垂れるようないい女……湯屋の娘だから水が垂れるのお無理ァない。この娘がにっこり笑って「いらっしゃいまし」って声を掛ける。若旦那ぶるぶるっと震えて、湯屋で風邪をひいたのか、家に帰ると寝込んでしまう。医者に診せても分からない。九人目まで来て、番頭がようやく定吉から話を聞いて、恋患いではないかと気付く。 早速娘を嫁に迎えようと、番頭が交渉に行くが、向こうでは大事な一人娘で、養子に迎えたいと言う。旦那は我が子の命に関わることと、自ら交渉に乗り出し、最初に生まれた孫は男でも女でもそちらの跡取りとしてさしあげる、万一風呂屋に間違いがあれば、たとえ自分の家をつぶしてでもそちらを救う……そういう熱心さが伝わって、話がまとまる。 婚礼の夜、家に戻った風呂屋の夫婦が、早く孫の顔が見たいものだと話していると、娘が長襦袢に裸足のままで駆け込んで来る。「いったいどうしたんです」「あの人は片輪だったんです」「ええっ……そんなことは何一つ聞いていない……どうしたんだい」「だって、あの人のモノがピーンと上を向いていました」【成立】 大正時代の柳家三語楼(1)が創作したもの。「浮世風呂」の新作という感じ。桂米丸は銭湯の人々を観察して「お風呂風景」という一席を演っていた。上方の速記では、湯屋でずっと男を見ていたが、だらりと力のない物しか知らない、という解説をして、「そういうのしか知らない世間知らず」で落ちにしているが、完全に蛇足。ただ、本にするのにそうしたのか。昭和の頃の上方の本は、そういう無駄が極めて多い。 風呂屋という題からして上方の話と分かるが、東京でも古今亭志ん好が演ったという。速記ではなく、ちょっと紹介されただけだが、その資料では、「お湯屋」というタイトルで、本文の落ちになっていた。何となく安心。因みに男は深川細目問屋の若旦那で、家の風呂が壊れたので近所の湯屋へ行くという内容。 「浮世風呂」の現代版ともいえる。桂米丸に「お風呂風景」があるが、これは「人間ウォッチング」というもので、決まったストーリーはない。
2026.06.19
コメント(0)

【粗筋】 プレーボーイになるための学校が設立され、授業が始まる。第1課ホステスをホテルに連れ込む法。バーは女の子を口説くためにある。そうでなければ酒屋の3倍も4倍もの値段で飲む意味がない。女の子も分かっているから、「俺、君と寝たい」と言うのが一番いい。「先生、嫌だと言われたらどうしましょう」「嫌よ嫌よも好きのうちというだろう。毎日通って繰り返しなさい。しかし、酒は3杯まで。そのくらいで帰るのがいい客だ。一週間通ってダメなら、君はよほどひどい男だと思って諦めなさい」第2課。女の子を連れ込むのに成功したら、お金を払うこと。払わないとトラブルが……第3課。愛撫の仕方。「いよっ、待ってました」「乗り出してくるな。このモデル人形で説明しよう。ここをこうするとこうなって、こうなるとああなる。ああならないとこうなるから、こうなればああなる。分かったな」「分かりません」「では実際にプレーガール学校の生徒を呼んである」「わーい」「これは特別授業だから1人千円の料金が掛かる。芸術じゃから変な気を起こさぬように。いいかこれは芸術ですぞ」 さあ、無事に授業を終えた色野君、ネオン街へ出ると、女の子に声を掛けられた。言われるままに店に入り、隣に座った子に、「俺、君と寝たいんだ」「単刀直入ね。いいわよ」と、言われるままに看板になるまで飲み続け、さあ、ホテルへ行ってびっくり。「何か付いている。君は男か」「あらそうよ。私ゲイボーイよ」「ううん、これは間違いなくゲー術だ」【成立】 森英郎作、桂米丸の本に載っているが、タイトルが「こ」となっている。分からないので、本のそのコーナーの見出しをタイトルとしておく。
2026.06.18
コメント(0)

【粗筋】 親方のところで松脂の入った壺を見て、蜜かなと思ってなめたが味がしない。そこでやめればいいのに、更に味を見たからたまらない。唇が渇いて来るとくっついて、「ぷるるぷるぱららぱらぶるぶる」としか話せなくなってしまう。大家さんが風呂で湯に顔を突っ込んで喋ると同じようになる……ぷるぷるとぷるぷるが重なってどうなるか……「実はこのことじゃなくて、別の相談事があって来たんです……と言いたいんだな」 彼女とデートなので告白したいというのだ。「待て、今日か……今日はやめた方がいいかな」 まず唇を元に戻した方がいいと助言する。そこへ来たトラさん。話を聞いて、「八公、お前は馬鹿だね……だから駄目なんだ」って、目がウィンクしている。「お前さんも松脂かい」「何で知っているんです」 目に付けたら二重になるかと思ってやったらしい。 そこへ来た親方……「親方も松脂ですよね……顔がゆがんで……手もくっついて……どうしたらこうなるです」「ぷるぷるぷるるぷるるる」「何だから分からない。婆さん、ちょっと来てみろ」「ぷるぷるぷるるる」「あ、婆さんもなめたのかよ」【成立】 立川吉笑の創作落語。はっきり言えば何だか分からぬまま終わるが、何で面白いのだろう。「ぷるぷるの夜」と題していたのを知っているが、同じ噺かしら。
2026.06.17
コメント(0)

【粗筋】 女房の弟、何をやっても身につかず、家に置いてやることにした。古着屋で着物でも買ってやろうと出掛けようとすると、女房が言うには、「お前さんは買い物が下手や。それに対して源さんは人間がこすいから買い物がうまい。うまいことおだてて付いてってもらいなはれ」と言う。本人の前で全部しゃべって、買い物に連れ出した。 店に入って着物を見せてもらうと、そろばんで値を見せるが、分からないからでたらめに玉を動かす。5円15銭を端数を切って5円きっかりと言われ、阿呆が10銭に負けてと言うので店が怒り出す。源さん、「最初に見せてくれと言うたんは俺や。こいつが5円の物を10銭になんぞ言うたら、中へ入って裁量してくれと言うのが商いの道と違うか。うちの品には元手が掛かております、盗んだ物、拾うた物と違います言うたな。そんなもんあった時買うてもらいまひょとも言うたな。お前の店で盗んだ物いつ売るねん」と啖呵を切る。これが威勢がいいので、男が真似をするが、「最初に見せてくれと言うたんは俺や」「お前じゃない」「あんただ……こいつが10銭の物を5円になんぞ言うたら」「そらあべこべや」「あべこべ言うたら、裁判してくれ……この源さん、懲役に行ったこともあるやで」「余計なことを言うな」「お前の店で盗んだ物を売るねん」「何を言ってるんだ」 悪態をついて出ていくと、店の主人が、「えらい騒がしかったやないか」と声を掛ける。話を聞いて、先日来た客、いい物を着て、より上等の品を出したら言い値で買って行った。ああいうのはうちの客やない、今日来た二人のような人が、ひいきになれば何度も来てくれる、そういうものやと番頭を意見する。 小僧がこれを聞いて笑っていたが、刺し子を見せてくれと言う客が来る。試しに着てみると、半鐘が鳴る。男慌てて飛び出して行った。主が、こういう値の張る物の時はわしか番頭を呼びなさいと叱る。そこへ入って来た男は麻の裃を見せてくれという。「無紋でええ。いるときはこっちで付けますでな」「定、五番のポテ持っといで」「あきまへん」「なんであかんねん」「向かいの辻から葬礼(そうれん)が出かかっとります」【成立】 上方落語。前半の二人連れから店の方がメインに変わり、二人はどうしたんだろうと心配になる。東京では前半は「壺算」に、啖呵を真似るのは「大工調べ」などに似ている。桂米朝が「米朝珍品集」に収録しているが、向こうでも珍品なのだろう。 大正の中頃まで、葬式で身内の者は麻の裃を付ける風習があった。モーニングに変えて演じていると書かれているが、聞いたことはない。東大の『落語辞典』もモーニングで演っているが、前半の喧嘩の場面で終わらせることが多いと書かれている。東京では「古着買い」といって、半纏を試着した男が「火事だ」と聞いて逃げ出すなど、東京らしい部分が見られる。
2026.06.16
コメント(0)

【粗筋】 女房が吉兵衛の所へ駈け込んで来る。亭主の熊五郎が留守の間に若い男が来たが、上げているうちに雨になって戸を閉めてしまった。そこへ亭主が戻って来たが、とんでもない焼き餅焼き。男を押し入れに隠したが、亭主、その前に座り込んでしまう。 吉兵衛は女房に、「いいか、おでんに靴を脱がず……おでんを食べるのに靴を脱がずにいると、食い逃げじゃないかと心配される。そういう疑われることをしてはいけねえってんだ」と、怪しい諺を並べて諭す。 風呂敷を持って家に行くと、亭主はまだ押し入れの前に座ったまま。世間話をして、亭主の方が、「それにしても兄ィ、こんな時間に何してるんだい」「実はこんなことがあってな……」 と亭主が留守の間に女房が若い男を入れに入れてしまった。亭主がひどい焼き餅焼きなので、男を押し入れに隠したが、亭主が押し入れの前に座ってしまった……「それを俺が助けてやったんだ」「その風呂敷でか……どうやったんだ」「じゃあ、実際にやってみせよう」 と、亭主の頭に風呂敷をかぶせて、「こうやって、押し入れを開けると、男が……いるじゃねえか……早く出ろ……って言って……礼はいいから早く行け……って言ってやった……履物間違えるなよ……って言ってやった……行ったか……それで亭主の風呂敷を取った……という訳よ」「へえ……うまいことやったなあ」【成立】 安永2(1773)年『落噺笑種蒔』の「みそかを」は、隣の女房と密通、亭主が戻ったので、樽に男を隠して風呂敷をかぶせ、焚き付けだということにする。亭主が入って来ると、女房慌てて声が出なくなり、「これは何だ」と風呂敷を開けようとするので、中から「焚き付け、焚き付け」。これは「影法師盗人」「くいくい」と同じ。 「こいつはいい工夫だ」、また「なあんだ、面白くもねえ工夫じゃねえか」という落ちも。上方では、「こうして逃がしたんやで」「ふうん、それで気がつかへんやなんて、その亭主よほど阿呆でんな」という、「茶漬け間男」や「紙入れ」と同じような間抜け落ちもあるが、「それではうまくいかへん」という落ちもあったらしい。今は後の立川談志の演ったものが多く演じられている。一方、「何や、ちっとも分からん」という訳の分からん落ちも。「いやあ、兄貴は話がうまい。ほんまに男がいるようやった」という「お座参り」のような落ちも。 立川談志(7:自称5)は、平成9年だったと思うが、3月19日、イイノホールでは現代的なくすぐりが次から次へと登場し、「でもよ、その風呂敷、真ん中に大きな穴があいてるよ」「え、あら……でも、向こうの家の話は分かったな」「分かったよ。あんまり話が上手えから、目に見えるように分かった」という落ち。「穴をあけたのは私の創作だ。大して面白くはないがネ」と本人が書いているが、どうしてどうして、面白くない。全体がすごいから生きたんだねえ。一方その直後、25日に朝日マリオンで演じたのはオーソドックスなもので、「うまい考えだろう」「そんなにいいとは思えねえ」という落ち。上方では風呂敷に穴が空いているという落ちが多く演じられるが、世界観が変わるのであまりいいとは思えない。以上の資料から見ると、談志のものを上方に移植したということになる。 橘家円蔵は、「その亭主の顔が見てえ」「じゃあもう一枚風呂敷を用意しなきゃ」というのを演っていた……と思う。 土佐の民話にあるのは安永5(1776)年に亡くなった中平泰作という実在の人物だという。亭主に桶をかぶせて、叩きながら「芋出せ芋出せ」と叫ぶ。「分かるか」とどなると、亭主は「何だか分からぬ」と言うが、間男は理解して逃げて行く。上方はこちらの型なのだろう。 前半は男がいると誤解されるという穏やかな内容になっているが、もともとは本当に間男だったはず。改訂していたから、戦時中の禁演落語に入らなかったらしい。明治25年の三遊亭円遊(1)の速記は「不貞妻(ふていさい)」と題し、「これは外国のお咄でございます。勿論そんな事は日本の御婦人には頓と御座いません」と言っている。間男だというのにはばかっているのである。大正期には女房が遊女上がりで、昔の客と会ったが、色恋ではないことにしている。昭和になって、古今亭志ん生(5)がただの知人にし、前半の濡れ場もカットし、兄貴とかみさんのやり取りのおかしさをメインにした。これがほぼ今の形。ちゃんと間男として引き込む話にしている人もいる。【蘊蓄】 風呂敷は、風呂で着物を包んでおき、あがってから足を拭いたり体を休めたりするのに用いたのでその名がついた。「風呂」の語源は「湯室(ゆむろ)」から出たという説と、茶の湯の「風炉」から湯をわかすということで転じたという説がある。 江戸初期までは「蒸し風呂」しかなく、水を入れる「水風呂(すいふろ)」の方が特殊だった。蒸し風呂は蒸気を逃がさぬように低い入り口からかがんで入った。古来鏡は金属を磨いたもので、ガラスにメッキする鏡は平賀源内が発明するまでなかった。金属鏡を磨くのにザクロを用いたが、蒸し風呂の入り口は「かがみ入る(=鏡要る)」という洒落で「石榴口」といった。
2026.06.15
コメント(0)

【粗筋】 高木課長に呼ばれて自宅を訪れた花笠、中森部長について話をされる。中森部長は学生時代は女にモテて何でもできる男だったが、奥さんが亡くなってからは意気消沈、旭川への転勤が決まり、海外出張をしていた同期が専務として帰って来る、更に健康診断でも問題が出たというので、気の毒で仕方がない。元気づけるために自宅へ行ってみたが、部長はすっかりやつれ、ブルースを聞き、哲学を語るという、暗い人間になっている。花笠への依頼は、いつも宴会で活躍しているから、無理にサンバを聞かせて元気にしてほしいというものだった。 さっそく中森部長の家に行くと、部長はやたら元気。聞くと、健康診断も大した問題ではないし、海外に住んでいた息子と娘が帰って来て一緒に住むので旭川に行きたいと出した希望も通った、代わりに頼んだ同期も後を引き受けて専務になる……何もかも予定通りになった。君もサンバを聞けと、花笠にサンバを聞かせる。 花笠が出勤すると、高木課長が来る。「お陰で林田部長がすっかり元気になったよ。ありがとう。君は素晴らしい」「本当にそうでしょうか。人生とはそんなことで判断すべきでしょうか……今度ブルースを聞き始めました」【成立】 桂文枝(6)の創作落語。第69作、1987年8月の作品。
2026.06.14
コメント(0)

【粗筋】 女房には商用だと言って、女を連れて温泉宿へ。普段女房に抑えられていたためか、女はその激しさに驚いで逃げ出してしまう。ぼんやり見ていると、部屋から露天風呂が見える。そこでたわむれる男女が目に入る。後で温泉街に出ると、この男女がいずれも美男美女、女が色っぽい。宿に戻って様子を見ていると、やはり同じ宿に泊まっている二人……何とかならないかと思っていると、男の方が出て行くらしい。隠れて聞いていると、どうしても商用で帰らねばならぬ、お前の分だけもう一泊分払ってあるから、ゆっくりお帰りとのことだった。これはチャンスと、土産物を探しに出たところにばったり出会う振りをして声を掛けると、女の方も乗り気……「では今夜、そちらに忍んで参りますが……」 ふと考えて、「ご亭主は、構いませんかな」「ええ、亭主は、私がここに来ているとも思っていませんから」【成立】 フランスの小噺だと立川談志に聞いた。
2026.06.13
コメント(0)

【粗筋】「お嬢様、なぜ泣いてござる」「いや、自分で着物を仕立てたのだが、着てみると、片袖が短いのだ」「片方が短い……お嬢様、泣くことはございません。こうしてみると、かえって片袖が長いくらいで」【成立】 安永2(1773)年『近目貫』の「ちんば」。足が悪い娘に「片方が長い」というものが原話。同4年『聞童子』の「びっこ」も同趣向。『沙石集』巻四、『醒睡笑』巻四にもある。着物にしたのは上品でいいね。尚、延宝3(1675)年『軽口曲手毬』巻一の「麁相の者媒の事」は、片方の目が小さいという娘に「片方は大きいです」と言う。そういう人に気を遣って粗筋のようになったのだろう。
2026.06.12
コメント(0)

【粗筋】 ナポレオン3世の時代、フランスのアニエール村に、慈善小僧と呼ばれる乞食・野中捨松がいる。乞食のくせに、もらった物を弱者に配っているのだ。一念発起して金を貯め、学校に入学を願ったが、許可が下りない。教授の富山賢二が憐れんで、自分の弟子にする。めきめき頭角を現し、罹災(りさい)聖人の教えも受ける。 寺男の作助が、村人から千フランの寄進が集まった話をした日、罹災の甥で絹商人の久七が泊まり、博打で儲けた千フランを寄付したいと申し出る。罹災は不浄の金は受け取れないと言う。捨松は罹災と作助を殺して千フランと寄進帳を盗んでしまう。捨松は実は大悪人だったのだ。寄進帳を久七のポケットに隠して犯人に仕立て、翌日列車に乗ろうとした久七は、警察に捕らえられ、千フランと寄進帳が出たので逮捕される。みんなが避難する中、捨松だけが弁護するが、久七は死刑になる。師の死を嘆き続ける捨松を見かねて、村人は留学を勧め、捨松はまんまとインドへ逃げ出す。 15年後、客船で医者から死を宣告された松下舎人。名僧・蓮寿に懺悔する。自分は幼名を捨松といって、殺人を犯し無実の者に罪を着せたことを話し、60万フランの為替を預ける。マルセーユで船を下りると宿で養生し、宿の奉公人・菊子が献身的に看病すると、どうしたことか、どんどん回復する、そうなると60万フランが惜しくなり、銀行に先回りして為替を無効にする。 菊子の父は零落した男爵・白林厚で、60万フランを謝礼に、婿養子となり、白林寧と名乗る。フランスに戻ると美しい糸子を見染め、パリ郊外の別荘に彼女を軟禁する。叔父に結婚を申し込みに行くが、これが蓮寿で、寧の悪計を見抜いて追い帰す。 吉野伯爵の娘・花子は派手好きで、役者と交わったりしているが、寧はこれを強請って結婚を迫る。糸子の母・お縫は、侠客・大力の英蔵に、娘を取り返してくれるよう依頼する。【成立】 談洲楼燕枝(1)の1890年の速記本。全10席で「初編」と書かれているが、続きは出ていない。後半の粗筋が1ページあって、それによると、 寧は吉野家に入り込み、財産を乗っ取るために父の伯爵と菊子を毒殺しようとするが、仲間にした惣助と相談しているのを立ち聞きされ、蓮寿が二人を助ける。ローマの全権公使となるが、英蔵によって惣助と寧は殺される。タイトルの三人男は蓮寿と英蔵で、もう一人登場するのか、あるいは寧を一人と数えているのか、分からない。フランスの法律学士に教えられたものだとし、原作があるのかも知れない。
2026.06.11
コメント(0)

【粗筋】 ぼうっと立っている男、天王寺の五重塔を「立派なもんやなあ」と言う。「毎日見ているやろ。今更感心する奴があるかい……そういえば、お前、屋根の端にぶら下がっているもん、何ちゅうか知ってるか」「何ちゅうねん」「ブラリシャラリちゅうんや」「そんなおかしな名があるかいな」「じゃあ、何というか知っとるんか。知っとるんあら言うてみい」「あれはシャラリブラリいうんや」 二人で賭けることにして、見掛けた年寄りに聞きに行くと、「あれは風鐸というのや」と言う。「実はあいつと賭けをしてるんで、ブラリシャラリやと言うて下さい」と袂に200の銭を入れる。 友達に「ブラリシャラリやと言うとる。聞いてみい」と言うので友達が聞きに行くと、「あれは風鐸というのや」「あいつと賭けをしてるんで、シャラリブラリやと言うて下さい」と、これも袂に200を入れる。 友達に「シャラリブラリ言うとる」と言うと、「そんなはずはない。二人で聞きに行こう」と連れ立って聞きに行く。「あんたブラリシャラリ言うとったなあ」「いや、シャラリブラリちゅうとったなあ」「何や知らんけど、ここに四百(しひゃく)ぶらり」【成立】 桂米朝が、「戒名書き」「ブラリシャラリ」「悟り坊主」を「天王寺三題」と題して演っていた。
2026.06.10
コメント(0)
【粗筋】 夏の盛りに冬景色を見たいという旦那の趣向で、丹前の重ね着に火鉢を抱え、砂糖を降らせて雪見を始める。厚着でお燗番にされた幇間、もう暑くてたまらず逃げ出そうとした。これに気付いた料理番が水をかけたため、座敷はすっかり白けてしまう。「何で水をかけたんや」「お燗(寒)の番で油汗をこぼしましたさかい」【成立】 上方噺。『醒睡笑』巻之一「鈍副子」19は、「月が師走で、わが身が畳で、この水が油ならよいのだろうか」と言う。「師走油は火にたたる」という言葉があり、体に油が付くと水を掛けた。この俗信を油汗にかけたので、「師走油」だから、料理番のやったのは冬の趣向だということになる……分からないので、「ああ、しわすなや(せわしなや=忙しい)」という落ちもあったという。こちらもピンと来ないので、桂米朝は、背中に懐炉を次々入れられた幇間が、たまらず着物を脱ぎ捨て、庭の井戸で水を頭からかぶる。「何をやっとる」「へえ、寒行の真似をしとります」と落としていた。 遊びに出たのが夏の盛り、道中の日だという。太夫道中なのだろうか。吉原などの花魁道中は、置屋から揚屋に移動する時の道中である。「道中の日」だと言うのだから、年中行事のはず。太夫の顔見世興行のようなことをやっていたのだろうか。関西の資料がないので。よく分からない。
2026.06.09
コメント(0)

【粗筋】 新宿の遊女・お杉、父親からの無心に、これが最後だから親子の縁を切ってもいいから20円用立ててくれと言われ、半七に無心する。半七は半分の10両しか作れなかった。そんな話をしていると、田舎者の角蔵が来たという。すぐ向かいの部屋に入れたというので、半七には、金が欲しいからちょっと甘いことを言うが、甚介(焼き餅)はいやだよと言って向こうに行く。 田舎者相手には強く出て、「お前さん、生きてたのかい」と脅し、母親の病気で人参を食べさせなければならないと話す。「人参なら荷車一杯持って来(き)べえ」「そうじゃない。唐人参と言って、1本で十両もするんだ」「へえ、そんなでけえ人参があるか」 金は持っているが馬を買うのに預かった金だから出せないという。「おっ母さん助ければ馬買えねえし、馬引っ張って帰(けえ)ればおっ母さん助けられねえし……」 母親と馬を一緒にするとは何と情けの無い人だと泣くと、「年季(ねん)が明けたら夫婦(ひいふ)になるだ」 と20両を出す。 半七は向こうから覗いて笑っていたが、戻って来ると、「じゃあ、金は出来たから、俺のは持って帰る」と言う。でも後五両足りないというので、20両のところを15両あるからいいだろうと言って、とうとう喧嘩になる。とうとう半七が折れて金を出すからと言うが、お杉は「いらないよ」と突っぱねる。半七が謝って5両の所、10両出すからと頭を下げる。「ごめんなさい。親のことでイライラしていたの。もらっていいの」 ってんで金を持って親の元へ……って、そこで待っていたのは本当の間夫の芳次郎。眼病で命に係わるというので20両を頼んだのだ。「20両に、後5両あるから、精の付く物を食べてね……でも見た目は全く悪そうじゃないんだけど」「これは外が何でもないが、内側が悪。内傷眼という」さて、金をもらって帰ろうとするので、泊まって行ってほしいと言うと、芳次郎は怒って金を返すと言う。「そうじゃねえか。一刻も早く医者に行ってというのが本当だろう」と言うのをなだめ、頭を下げて受け取ってもらう。「すまねえ、目が悪いとイライラしてるんだ。じゃあ、借りていいのか」「何言ってるんだ。夫婦になるのに貸すも借りるもあるもんか」 男が帰ると、手紙を落としている。中を見ると、女が借金のカタに無理やり妾に入れと迫られているから、何とか20両を作ってくれとお願いしたら、新宿の女郎をだまして金を作るとのこと、金のためにその女と切れなくなったらという心配を綴っている。お杉は騙されたと知って悔しがる。 待っていた半七、煙草盆の引き出しを開けると手紙が出て来た。芳次郎から、目の病で金がいるが、馴染みの半七というのをだまして金を作るが、金でその男と切れなくなったら……という心配を綴っている。さあ、戻ったお杉と大喧嘩になる。 これを聞いた角蔵、「おい、誰かいねえか。喧嘩をしているのはお杉でねえか。止めてやれ。あれは色でも安でもございません。母親の病だっちゅうで、金を恵んだだけで……あっ……おい、こんなことを言うと、おらが色だってことが現れやしねえか」【成立】 柳家小せん(1)の創作と伝わる。三笑亭可楽(8)が高く評価され、もっとも優れた所縁とされるが、もう時代遅れ。私が聞いたのは金原亭馬生(10)、三遊亭円生(6)、古今亭志ん生(5)等……この中では円生が上出来、志ん生は不出来。みんな故人じゃねえか……その後は五街道雲助が素晴らしかった。 今も多くの人が演っている。お杉に金を出す半七、それを芳次郎に渡すお杉。それが同じような台詞の連続。それから手紙を見付けて二人が同じような反応。そこに男と女の違いも出て、実に見事な心理ドラマが展開する。とぼけた田舎者に戻って落とすのも秀逸、実によく出来た作品。
2026.06.08
コメント(0)

【粗筋】 質屋の主人が、講武所の芸者・美代吉に夢中になる。身請けをしようと、江戸屋の主人に相談すると、心中を持ちかけて一緒に死のうとしたら連れて帰れといわれる。質屋は言われた通り、上野清水観音堂の桜の木の5本目に黒い踏台を据えておいて、それに乗って首を括るふりをすることになる。女に心中を承知させるが、女が婆やに相談すると、桜の木の下に黒い踏台を用意するから。死ぬ振りをして逃げて来いと入れ知恵する。二人で待ち合わせて桜の木の下に行くが、暗いので踏み台が見付からない。やっと見つけて二人が乗ると、合図を送りあってなかなか死なない。そのうち男の声がしなくなったので、女は逃げ帰る。すると後から戸をホトホト叩いて、美代吉の名を呼ぶ。「あら、旦那の声……後生ですから、迷わず浮かんで下さい」「迷って来たのじゃない。踏台が違った」【成立】 二人が置いた踏台が逆になったということ……全く面白くないし、中身は「辰巳の辻占」の改定だし……明治の末には「身代わり石」という改作もあって、こういうものが横行していたらしい。
2026.06.07
コメント(0)
全7457件 (7457件中 1-50件目)