2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1

★親子のマイブーム 子供と一緒にいると本当に物事の吸収の良さには舌をまく。親が教えたわけでもないのに耳で聞き、目で見ているだけで覚えてしまうのが今の光太の頭のしくみなのだろう。 「じいちゃん、サイトスピード開けて!」幼稚園から帰ってきておやつを食べて早々光太は最近こうやって離れて暮らしているおじいちゃんとネットで顔を見合わしながら囲碁をやったり(といってもまだわからないので教えてもらいながら)オセロや将棋などゲームを楽しんでいる。 「ほれ!どうだ。」 「あっれ~!やられたー!!」二人の楽しそうなやりとりが聞こえる。画面を見ると懐かしい実家の部屋が写り、おじいちゃんの顔と後ろでおばあちゃんが何やら、せっせとパズルを解いているような姿が写っている。遠くにいてもこうやってウエブカメラでつぶさに相手の様子をお互いに見せ合って会話できるのはいいことだとつくづく思う。 そもそも、ウエブカメラはパパのお母さんと我が家との間で始まった。パパがおばあちゃんにパソコンを教えるためにどうしても必要だった。四苦八苦してやっと開通してお互いの顔が写し出せた時は歓声があがったほどだ。「やった~これでわからないところはカメラで写しながら説明できるね!」光太はこういうパパとおばあちゃんとのやりとりを聞いたり見たりしていて、すぐにもカメラの立ち上げを出来るようになり、そのうち光太のおじいちゃんにも説明をしたがるようになった。そしておじいちゃんがネットで囲碁をやりたいとのことで我が家でそのやり方を教えているうちに、私の椅子の後ろで見ていた光太がやり方を覚えてしまっていた。 今ではおじいちゃんと毎日のようにネットゲームを楽しんでいるが、おじいちゃんとカメラが見合える関係になるまでにもおじいちゃんとパパとの四苦八苦があった。「出たーーーー!」おじいちゃんのおでこが画面に出た時はみんなが叫んだ。確か4時間ぐらいかけてようやく開通したのだ。疲労困憊とはこのことだろう。おじいちゃんもよくぞ頑張ったものだ。 でも、こうやってネットでお互いの顔を見せ合えることでまるで隣に住んでいるような錯覚さえおこるから不思議だ。車だと6~7時間かけないと会えない距離なのに、電話と画面で毎日しゃべれてゲームも楽しめる。私はおじいちゃんと光太がゲーム遊びをしてくれているお陰で夕飯の準備もスムーズに出来る。子守をしてもらっているようなものだ。ありがとう、おじいちゃん。ほんと助かります。 光太のマイブームはこのネットゲームとあともう一つ、虫眼鏡。先日私が本屋で昔自分が読んで懐かしさのあまり買ってきたのが『エルマーの冒険』この本に光太も気に入り、夜あっという間に読み上げてしまった。その中にエルマーが虫眼鏡を使う場面があり、私がそういえばうちにもあったと光太に渡してあげるとこれがかなり気に入ったようでお散歩にも持ち出したり毎晩虫眼鏡を片手に寝ている。いつも虫眼鏡で新しい発見を楽しんでいるようだ。 先日公園に行った時も、広い公園で一人じっと座って何を観察しているのかというと・・・ パパが虫眼鏡で面白いことを光太に教えてあげた。昔パパがよくやってたらしく、私も理科の実験でやった記憶がある。虫眼鏡で太陽の光を集めて葉っぱを焼くということ。火遊びにもなるのでこんな遊びを教えては危険なのだけど絶対に親がいるところで一緒にという条件で。あと太陽も絶対見てはいけないと。光太は目前で葉っぱが煙を出して燃え出すのが不思議なようで「すごい!」と言って自分でも何とか葉っぱに穴を開けようと一人で集中していた。 この間新聞を読んでいると今子供達の理科離れをなんとか食い止めようとテレビ番組でも子供向けの理科の実験の番組がいくつか紹介されていた。『理科離れ!?』と私には意外に思われた。少なくともうちの光太はこういう理科実験は大好きそう。子供ってだいたい発見が大好きだと思うので理科のような発見の面白さを教える教科が嫌われていくのは想像だけど、こういう科目にまで実験よりはただ知識を覚えこむことが重視されているのだろうか? この春休みは光太といっぱい色々な理科実験を楽しもうと思っている。どうも女の子には得意としがちな毎日何かをコツコツやるということは光太には苦手なよう。一時、そろそろ光太も字を書いたり、簡単な計算をやってみたりを教えてみようとドリルを買ってやらせてみたけど長続きしない。私も嫌がるものを無理矢理やらせて勉強嫌いにさせたいとは思わない。 いつもやってきたスタンスが今、興味を持ったこと、そのことを深めてみたり、広げてみたりしていると自然と色々なことを知っていくことになり本人も楽しいようだ。色々な光太のブームがあって、それぞれに食いついたと思ったらまたぱっと離れていったり様々だ。この間までは起きてきたら毎日ピアノを自分で弾いては音を見つけ、色々な曲を上手に弾いて私を驚かしていたのにそれにも飽きたようだ。『地球の時間』と名づけて地球儀でどこの国かのあてっこゲームもしばらくはまったけどもう飽きている。 ただ、飽きたからと無理強いしたり、催促したりはしないようにしている。「ピアノを弾いてみて」と言えば弾くだろうけど、光太が楽しんで自発的に弾いているわけではないからこちらも楽しくない。自発的にやること。それが大事だと思っている。きっと自分が楽しんでやっていくことには頭の中からいいアドレナリンが出ているように思う。 自分の今までを振り返ってみても中学校の時英語が楽しくて楽しくて仕方なかった。その時出会った塾の先生が大好きで、その先生がいつも楽しいプリントを配ってくれた。もちろん大事な構文なども載っているのだけど、プラスαの英語の曲の紹介。ビリージョエルの「素顔のままで」や「オネスティー」など名曲を紹介してくれて私はその曲の意味が知りたくて片っ端から辞書を繰っては知らない単語を知っていくことが楽しかった。この先生に褒められたくて更に勉強して自然と英語が得意科目になった。 この先生に出会わなければ英語も好きではなかっただろう。光太にとってもこういう出会いは必然的にあるだろうけど、今一番身近な先生としてのママの存在は大きいだろうと思う。なので今までの経験で自分が嫌だった勉強のさせ方も今後絶対したくない。無理強いはダメ。子供は知らないことを知る天才なのだ。教え込むのではなくて自分が自然とやってみたいと思わせる環境を整えておくことだろう。 ところで飽きっぽい私が今はまっているマイブーム。それはみかんジャム作り。たくさんいただいた甘いみかんで何かできないかと考えて思いついたのがジャム。今日もまたホーローの鍋でぐつぐつ煮ている。こんなにたくさん鍋いっぱいのみかんを皮ごとゆずやレモンとお砂糖と一緒に煮ること数時間で綺麗なみかん色したジャムがたくさんできる。煮沸消毒した瓶につめていちごジャム作り名人の母にも義母の誕生日にもお味見で贈った。我が家では毎朝フルーツにヨーグルトそしてこのジャムをたっぷりかけて食べている。綺麗な色がとても気に入っている。 光太ももちろん大好き。毎朝毎晩食べるのはとてもゆっくりで周りを困らせている光太だけれど、その頭の中は毎日色々なことを吸収しては忘れていっているのだろう。毎日一番よく使っているであろう光太の脳の栄養にこのみかんジャムの糖分はいい役目を果たしていることだろう。さて今日はどんな発見をして帰ってくるかな?
February 25, 2008
コメント(0)

★ハカイダー 光太の行動の中でどうも解せない不思議なといっては時にすませられないことがある。それは一生懸命時間をかけて作り上げた物を一瞬でつぶしてしまうこと。そうすることにためらいもなく。出来上がったものを大事にとっておくという時もあるのだけれど、突如つぶしにかかることがあってその衝動が何なのかわからないことがある。 特に小さい時に思い出せることは砂場で山とトンネルを家族で一生懸命作っていたときのこと。何かが原因で光太が気分を害してその山とトンネルを足で踏みつぶしたり、そんなことは小さい子なら一度ならずとも何度かあることだろう。だけど、例えば、レゴの得意なパパが光太を喜ばせようと時間をかけて素敵な建物を作ったとき。最初はそのできばえを「すごいねぇ!」と驚いているのだけどすぐそれをつぶしてまた別のものを作ってと言ってそれで遊ぶことはあまりない。それどころか故意につぶしてしまったりもする。 先日もこんなことがあった。こちらでは珍しく雪が降った時のこと。最初は雪を私やパパに投げては雪合戦気分で楽しんでいた。 そして、庭でパパと光太が積もっている雪を転がしてはせっせと雪だるまとかまくらを作っていた。私は台所からちょうど二人の様子が見えるのでほほえましく眺めていた。1時間ほどかかったかな~二人とも手を真っ赤にしながら雪だるまとかまくらが完成。ちょっと温かいココアでも入れてティーブレイクしましょうとココアを飲んでその後パパが部屋にあがってきた時のこと。まだ庭にいた光太はかまくらを足でふんでボコボコに穴を開け始めていた。私は目前で光太がせっかく作ったかまくらをつぶしている姿を唖然と眺めながら、最初は光太が何をしているの理解できないほどだった。そして、この寒い中必死になって作ったパパの気持ちを思うと気の毒になってしまった・・・ 後から光太に聞くと、「つぶしたかったの」とだけ言う。一生懸命作ったパパの気持ちを慮る気持ちが欠けていて悲しい気持ちになってしまった。ただ、子供の無邪気な行動だと片付けてしまうにはあまりにも後味が悪かった。思い起こせばこうやって自虐的な行動に出ることはよくある。 みんなで一つのソフトクリームを食べていた時のこと。突如手でにぎりつぶしてしまったこともあった。今思い出せば、分け合って食べている今、独り占めするのはいけない→でも実は一人で全部食べてしまいたい。→ならばパパやママが食べられないようにいっそのことつぶしてしまおう。とでも思っていたのだろうか?どうも腑に落ちないけどこういう自虐的な行動があって私達は時々あきれてしまう。 破壊的衝動とでもいうのだろうか??時間をかけて作ってきたかどうかなんて問題ではなく、その時壊したいと思ったから壊した。そんな衝動が光太に時々起こるのだとしたらちょっと怖いことだなと思う。こういうことは小さいうちに事あるごとに注意して悪い芽を摘み取ってしまいたいとも思う。果たして悪いことなのだろうか? 例えば、パパと作ったかまくらをつぶしたことについては、かまくらを作ったのも初めてで、中に空洞が出来ているこのかまくらを足でつぶしたらどうなるのか?と光太の中では経験がなくて素朴にどうなるのかただ見たかっただけかもしれない。そうだとしたらつぶすことには別に罪がないのだろう。でも、足で踏み潰す前に僕のために作ってくれたものをつぶすとパパが悲しい思いをしないかと一瞬でも考えてその行動を踏みとどまることはしないのだろうか?それが相手の気持ちを「思いやる」ということだろう。まだこの年では思いやりの気持ちよりは自分の欲望の方が強いということか。 今の世の中、毎日のように誰が誰を殺したとかその気持ちを聞けば、「イライラしたから」とか「なんだかむしゃくしゃして」とかいった衝動的なことが多い。イライラしたぐらいで命まで奪われたらたまらないと思うけれどこれだって破壊的な衝動で自分に向けるとそれには痛みを伴うから全く関係のない特に自分より弱い立場の人へだったり(幼児や子供へ)老人に対してだったりする。要は大人になっても自分勝手でわがままな子供のような人間なのだろう。 光太の衝動的な行動、破壊的な衝動を犯罪に結び付けて考えるのは短絡的かもしれないけれど、何か嫌なことが起こって物にあたってつぶしたり、他人に暴力をふるったりするようなことにならないようにやはりここは最悪のことを考えて注意すべきは注意したいことだなぁと思う。 何でこんなことを思ったのかというと、光太の園のお遊戯会の様子を見てからだ。そこで破壊的な衝動がおこってクラスの周りに迷惑をかけている姿を見たのかといえばそうではない。それどころか全く正反対で光太は園ではとても礼儀正しく先生の話をよく聞き、「ちゃんと」していた。逆に言えば、外ではちゃんとしているからこそ家庭ではゆるみにゆるんで私にはかなりの甘えたさんになるのかもしれない。 よく言うように社会的地位がしっかりとしている人ほど家ではダレダレしていてとてもじゃないけどそんな人には見えないとか。家庭で厳しくしつけていてまさかあの子が・・・と誰もが驚くような優秀な子に限ってすごい悲惨な事件をおこしたりだとか。意外なことは世の中いくらでもある。でも、それは意外なことでも何でもなくて単に周囲の人が鈍感なだけなのだと思う。周囲というのはその当人を取り囲む一番身近な人、つまりは家族。 絶対そういう事件を起こすに至るまでにおかしいと思うことがあったはずである。私が光太に注意せねばと思うのは、子供ながらにすごく外では頑張っていてその反動が家庭で見られるからだ。大抵の子はこの間のお遊戯会でも途中からだれてきて相手にちょっかいかけたりかけられて怒ったりとぐちゃぐちゃしていた。それが光太は真上から私達が見ているからか、ずっと終始ちゃんと座って見ていてこちらが驚いたぐらいだ。その集中力もさすがに切れたのか早く起きて疲れが出たのかクラスのみんなで集まっていた時に大きなあくびを出してる場面もあったけど、よくお遊戯会の間中頑張ったものだと思った。 そういえば、担任の先生からもよく園では光太はがんばりやさんだと聞く。「そんなに頑張りすぎるとポキっと折れるで~」「まぁ肩の力を抜いて」とママはいいたくなるぐらいみんなの前でははりきっていい子でいたがるのだけど、一旦園から帰ってくるとそれこそよくマンガに出てくる嫌われる夫のように靴下をあっちこっちでポイ捨てして玄関ではドタっと倒れこみ、「ママ~ママ~」と言ってるような子なのだ。 あまり外で頑張りすぎるとその反動が怖い。時に自分を抑制する気持ちが外で強ければ強いほど、うちやあるいは知らないところで自分の衝動が暴走しそうでやはりそれは私達親が気をつけていかなければいけないところだろうと思う。破壊的な行動が出るのは光太のストレスの発散なのかもしれない。うまい具合に別の発散方法を見つけてあげた方がよさそうだなぁ。
February 17, 2008
コメント(0)

★再び箱根温泉へ この連休また温泉旅行に行ってきた。このところあまりにも寒いので出かけるには温泉が一番。光太も温泉は大好き。今回も箱根への一泊旅行。ネットの口コミで評判が良かった温泉宿へ泊まることにした。 出発初日は曽我梅林へ寄りちょうど流鏑馬(やぶさめ)をやっていたので見に行くことにした。光太は去年の大河ドラマ以来、馬に乗った武士にはかなり興味がある。流鏑馬というのは馬に乗って走り抜けながら弓矢を放ち的を狙うもの。しかも光太が好きだった武田信玄を思い起こすかのように、この流鏑馬は武田流。武田家の家紋の旗がひらめいている。流鏑馬は私自身もテレビでしか見たことがなかったけれどこれならきっと楽しめるはずと思っていた。 早めに到着し最前列に場所取りをしてから北条太鼓という太鼓を聞きながらのお弁当。今日は真冬だけどに天候にも恵まれ朝早くからせっせと作ったお弁当を食べるにもちょうどいい感じ。これが雪降る寒さだとちょっと流鏑馬見物もためらったことだろう。田んぼの上にブルーシートを敷いただけのところで長らく座っての見物なのだから。 お弁当も食べ終わり、神主さんの登場で射手、諸役一同が神前に勢ぞろい。神事があり、いよいよ開始。扇で準備完了の合図を送り射手が次々と馬を走らせながら「ひゅーん!」と射られる矢に「パーーン!」と的に命中する高い音。みんな見事に射止めていき拍手喝采。光太もパチパチ拍手して「お~~~!!」時には走ることを嫌がっている馬もいたり、すごい駿馬もいたりと見る方の楽しみ十分だった。光太には長いかなぁと思われた1時間半という長さを見事持ちこたえた。それどころか「あぁ流鏑馬面白かった!また来ようね!」と又次回を期待するようなことまで言っていた。 この流鏑馬会場に来る前には雪をかぶった見事な富士山を見ながらのもう一つの楽しみがあった。このあたりでは有名らしいジェラートのお店へ寄ること。迷うほどの種類があり光太の好みで『森のいちごたち』とブルーベリーのダブルを注文。美味しかったので、また流鏑馬会場からの帰りにもまた立ち寄り、二度目もダブルで注文。今度は抹茶といちご。帰りはものすごい行列だった。曽我梅林の梅も一部はほぼ満開のところもあり、あたりにとても良い香りがただよい、春が来たような気分で散歩には気持ちがよかった。 流鏑馬を堪能して、いざ温泉宿へ。途中私と光太は車の中で寝てしまっていたが、パパがしっかり運転してくれて(いつも運転お疲れ様~)気がつくと雪をたっぷりかぶった情緒ある宿に到着。到着してすぐ体を温めに温泉につかりに行く。ここは本館と新館があり途中は風が吹き抜ける場所を通るので温泉で温まった時は心地が良いがそうでない時はとにかく寒い!渡り廊下を歩くたびに寒さで体が震えた。 それでも、温泉から出たところには昔懐かしい牛乳とコーヒー牛乳びんのサービスがあったり、そこら中で水琴窟(すいきんくつ)の心地よい音が鳴っていたり、ロビーではコーヒーが好きな時にいただけそこには子供が喜びそうなめだかの学校があったりとお客を喜ばすサービスは色々あった。覗き込むとかわいいめだかがいっぱい泳いでいて初めてりゅうのひげを見た。光太の幼稚園でいつも晩秋りゅうのひげの実を持って帰ってきていたのだけどまだ私はその植物を見たことがなかった。ここにきて初めて発見。水草として植えてあった。 お部屋に戻ると廊下に「お好きな花を一輪飾るのはどうですか?」と切花が小さな花瓶と共に置いてあった。意外にも光太が喜んでお花を選んでお部屋に持っていってくれた。そういえば、昔からお花の種や小さい花には興味があったなぁ~お気に入りの浴衣は部屋になかったけれどここでは全員作務衣(さむい)という服装を着て歩く。それにフリースの上着。光太用の小さいものもあってこれで前回のように「いいなぁパパやママだけ浴衣で・・ぼくも浴衣が着たいなぁ~」と愚痴も出ずにほっ!足袋のようなソックスを履くとこれは大人用なのでまるでハイソックスのようだった。でも、おしゃれ光太にはその格好は満足がいくものだったらしく喜んで着て常に私達の先頭に立って歩いていた。 夕食は温泉宿にはつきものの数々の懐石料理と炙り焼きといって自分達で目前の炭火であぶって焼いて食べるというもの。光太は懐石には興味がなく炙り焼きになって俄然仕切り出して「ぼくが!ぼくが!!」と言いながら焼き始めた。お肉大好き光太には焼肉を自分で出来るのはかなり嬉しいらしい。 ゆっくり食事を楽しんだ後はまた温泉につかりに行き、部屋で3人ウノを楽しんでいると10時半頃に。まさかここまで光太が起きているとは想定外だったのだけど・・・やたらハイテンションでパパが夜食サービスのラーメンを食べに行こうと言うと、光太も行きたいと言う。私は満腹だったけど光太がママも行かないと言うので行ってみると久しぶりに食べるラーメンが美味しくてつるっといけた。光太もつるつると。こんな時間まで起きている子供もいるはずはなく周りは大人ばかり。光太も「パパ、なんでこんな時間にラーメン食べるの!」と不思議そうに言いながらも初めて夜食を喜んでいた。 翌朝はやっとのことで貸切露天風呂を楽しむことが出来た。というのもここに行くには寒い例の渡り廊下を歩かねばならずそこにかかっている札で入浴中か空きがあるかがわかる。もし入浴中なら空くまでこの寒いところで待たなければならない。まさかそこまでして待つつもりもなく偶然空きがあると入れるという感じ。露天風呂だからそこへ行くまでも足場の悪い雪が周囲につもった道を歩いてやっと風呂。一つ目は五右衛門風呂みたいでパスしたけど残り二つは同じタイプでまだ広めだったのでこちらに3人入った。光太が真っ先に飛び込み「熱い!熱い!」と言っていた。でもこの寒さの中だからこそ熱い湯じゃなければ体もあったまらない。湯にゆっくりつかった後はほどよく寒空の下を歩くことが出来た。 温泉旅行は体もあったまり寒い冬にはもってこい。それでも湯疲れするのか光太は車に乗る度にすぐいびきをかいて寝入っていた。お陰で「もう着く?」と催促されることもなく快適な移動だった。やっぱり箱根温泉は近くていいな~
February 13, 2008
コメント(0)

★5歳の記憶 今パパのお母さんがしばらく我が家に遊びに来られている。普段はご飯もママと二人きりで寂しいものだけど、このごろはパパも早いので4人で食卓を囲む。賑やかなのは光太も嬉しそうだ。私もおばあちゃんに美味しいものを食べてもらいたくて毎日の料理もつくりがいがある。今まで色々とやってみたくてレシピを書き留めてきたものや、我が家での定番料理など次々と思い浮かぶものがあってこのところヒマさえあればずっと台所に立っている。ここに立ち色々なものを作るのが一番好き。ここが私の居場所なのだろう。 ただ、食事を終えるのはいつもおばあちゃんが一番で、次にパパかママ、光太が一番最後。そこでパパが帰ってきて大人3人が食べ始める30分ほど前に光太が食べ始めるという時間差作戦でいってみた。それでもやっぱり食べ終わるのは光太が一番最後。幼稚園に行くときは本当に時間との戦いで最後は結局おばあちゃんに食べさせてもらったりして、5歳にもなるのにまだまだ赤ちゃんのようだ。時には「食べさせないで!」などとえらそうなことを言うのだけれど、そうして本人に任せていると結局最後はバタバタと園バスに間に合うように全員が走らなくてはいけなくなる。 やっぱり食卓を囲むのは多い方が楽しいし、私もおばあちゃんがいてくれると料理の作りがいがこれほどまでも違うものだろうかと思ったりする。会社に勤め始めてしばらくしてからはよく自宅を改造してレストランをすることや、あるいは友人とお弁当屋さんをやろうかと言ったり、パンやケーキ屋さんにあこがれたりしたものだ。要は誰かに何かを作って食べてもらうのが昔から好きだったのだろう。 何がなんでもケーキやパンを作って生きていきたいと思ったほどのあの頃の情熱はもう冷めてしまったけれど(というか日々の生活に追われてそういう想いも忘れているけれど)やっぱり美味しいと言って食べてもらえる誰かがいるのは楽しい。 先日、光太が何かがきっかけで私の小さい頃の写真を見たいと言い出した。荷物の下敷きになっているアルバムの箱を開けて光太やおばあちゃんと一緒に見た。そこには白髪になっていない若い私の父や母がいて光太はそれが今のおじいちゃんとおばあちゃんであるということにすぐには結びつかないようだ。それでも説明しているうちに納得して、すごく小さい私の姉や私がちょうど光太ぐらいの年頃の写真を見て「これがママ?」という具合に驚いて笑ったりしていた。 写真を見てすごく好きだったお出かけ用の赤いかばんや、連れていってもらったところなど印象深いことを思い出すのはやっぱり5歳頃からの記憶だ。この頃仲良かった子の名前は自然と口をついて出てくる。この頃の友達は今頃どこでどうしているのだろう?幼稚園の時代のことなども色々と思い出すことがある。ということは今の光太ぐらいだから、光太も大人になったら今の時期の印象的なことは記憶に残るのだろう。 この頃私のことを「かあちゃん、かあちゃん。」と呼んだり、パパがおばあちゃんのことを「お袋」と呼ぶのを聞いてか私のことを「おふくろ」と呼んだりしてなんだかくすぐったい。私のことを今は大好きでいてくれて「ぼくはずっとこの家に一生いたい。ママとけっこんしたい!」と言ったりして笑ってしまう。こんなことを恥ずかしげもなく言ってくれるのは今のうちだけなのだろう。貴重な証言だと思って動画でとっておいた。 私の昔の動画があれば今見てみたいなぁと思う。昔はそういうのがなかったから仕方ないけれど今は成長の記録として色々な方法で残すことが出来てそういう意味では光太は羨ましい。最初の子供だからこそいっぱいいっぱいその瞬間瞬間を残してきたかった。光太のアルバムやビデオの映像が私の宝物だ。私は次女なので写真の量も圧倒的に姉のにはかなわない。親も二人目になるとたっちやあんよも新鮮ではなくなるのだろう。 光太の今の夢は私に似て「料理人になること」らしい。今の頃の夢はころころ変わるからこれもまた変わっていくことだろう。それでも今興味あるうちに料理のことを教えてあげようかと思って色々と質問してみると意外とよく知っているので驚く。どんなことでもいいけれど自分がやっていて好きだと思うことを見つけられたらいいなぁと思う。好きこそ物の上手なれで、好きであればどんな苦労も乗り越えて自分のものにしていけるだろう。勉強も出来ないよりは出来たほうがいいだろうけれど、何か打ち込めるものを見つけた時にぐっとのめりこめる力があればそれでいいかなと思う。それにはやっぱり好きなものを見つけるということだろう。 最近、光太はまた女の子からのラブレターで文字を書くことに目覚めたようだ。以前も近所のお友達からのラブレターで初めて文字を書くということに夢中になっていたけれど一通書くとまたすぐお返事が返ってきて、女の子はマメだなぁと思う。かくいう私もパパと結婚する前は手紙をたくさん書いてきた。メールとは違ってまた手書きの手紙というのは書いている時のときめきや届くまでのドキドキ感、そして読まれている頃を想像するドキドキ感と少なくともメールの三倍ぐらい返事が返ってくるまでの間楽しみがある。 今の世の中は携帯メールで即レスポンスが可能であたかもいつも隣にいるような感覚が当たり前になっているけれど、返事が返ってくるまでの間合いが又相手のことを考える時間にもなってたまには手書きの手紙もいいものだと思う。光太の文通はいつまで続くかな。そして、今会えること楽しみにしているお友達のことも後々懐かしく思い出すのだろうか。どんなことを覚えてどんなことは記憶の彼方に葬り去られるのだろう?大人になって光太の5歳の記憶を聞いてみたい。
February 2, 2008
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1