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★ラストフレンズから目が離せない! ここしばらく見たいドラマがなかった我が家にしては珍しく毎週楽しみにしているドラマがある。だんとつ1位はラストフレンズ。2位はバッテリー、3位はCHANGE 4位はaround 40、ドラマではないが番外は常に見てきたあいのり。これを全て録画していて週末パパとまとめ見。5時間弱になるから正直見終わると疲れるけれど、これが週末子供を寝かせつけてからの楽しみでもある。 ラストフレンズは最初はこれほどはまるとは思わなかった。錦戸亮のDVシーンがあまりにも生々しく長澤まさみ演じる美知留の暴力をふるわれた後の顔も痛々しく・・・「もうこれは見るのはやめようか・・」と二人で思いかけたこともあったのだけどなぜかそれだけではないこのドラマの魅力に取り付かれ毎週見るのが一番楽しみなドラマに。 あと、偶然にも我が家からほど近いところにこのドラマの主要登場人物達達が暮らすことになるシェアハウスがあり、ロケ現場を見ることも出来ますますはまってしまった。 今から思えば錦戸亮演じる宗佑がシェアハウスの前で美知留を待って雨の中ずぶぬれになりながらも一晩を明かす撮影シーンに会ったのが始まり。この時はまだドラマの認知度もなかったのかさほどガードも堅くなかった。だからこそほんとに普通に歩いていて眼前に錦戸亮が立っていて「えーーー!!」と驚いのだけれど、回を重ねるうちにだんだんガードも堅くなってきた。やっぱりドラマの視聴率もあがってきて、口コミで近所の人達もこのロケがされるとなるとどこからともなく集まってくるので、とにかく撮影の邪魔をしないようにご協力くださいのスタッフの方達からの圧力を感じる。 その変化を感じるのがシェアハウス。以前はなんのガードもなかったのに、ある時から家の前に立札が立ち、そのうちに家の周りには網が張られるようになった。一般の方の家を借りているようなのだが、みんながシェアハウス見たさとかのぞいてみたさにだんだんエスカレートしてきて入り込むようになってきたのか?その真意はなぞだけれどもし我が家がシェアハウスだとして毎日毎日見ず知らずの人が覗きに来たり写真を写しに来たりされたら確かに迷惑だろう。この家の前にはよくガードマンが立っていたり夜に撮影されている時は赤いコーンが立っていて車などの立ち入りも禁止されている。 とはいえ、撮影があると見てみたくなるのが人情で、この間はまたして公園の方が騒然としているので家族3人見に行ってみると、瑛太演じるタケルがシェアハウスから猛スピードで飛び出すシーンを撮っていた。飛び出して走り出した直後に何かに足をぶつけたみたいで「いたっ!」という瑛太の声が聞こえてきてスタッフの人が「大丈夫?」と言って思わず笑い声が。このシーンを撮る間はみんな固唾をのんでそのシーンを遠巻きに見守っているのだけれど本当に撮影シーンというのは辛抱強く何度も何度も撮り直しがされるようだ。オッケーが出るまで役者さん達は大変だろう。まぁずっとそれを見守っている私達もすごい忍耐力なのだけど・・・ しかし、とにかくガードが堅くて近づきたくても近距離で立ち止まることは許されない。上野動物園のパンダを見る時と同じようにとにかく「立ち止まらないでください~」と数人いるスタッフの人達の声掛けでじっと見ることは無理。だからみんな仕方なくそこから少し離れた公園で見守るしかない。私達は立ち止まることはダメなら通り過ぎるのならいいのね、ということで一度は通り過ぎてみた。そこで見えたのが上記のタケルの猛スピード飛び出しシーンだったのだ。どうやらこの日は長澤まさみと上野樹理も来ていたようだが、そのシーンは終わったのか数台止まっている車の中かテントがあったのでその中でスタッフ達と共に待機しているようだった。見たかったのだけどなぁ。。。 以前、上野樹里演じる瑠可と水川あさみ演じるエリが公園前の坂を二人でしゃべりながら下っていくシーンがあるのだが、それがいつもシェアハウスで撮影シーンを見守っている公園の前の坂。 何度も何度もこのシーンも撮り直しがあり最初はエリはヒールの靴を履いていたのだけれど坂道で痛くなったのかある時からヒールなしのぺったんこ靴で歩いていた。後でドラマを見たらしっかりヒールの靴になっていたから上半身しか写らない時はぺったんこ靴で全身の時はヒールだったのだろう。 このドラマで一番注目されている人はなんといってもかなりのイメチェンをした上野樹里だろう。樹里演じる瑠可は初めて宗佑が美知留に暴力をふるっているシーンを見て自分の体を張って「私の美知留に触るな!」と叫ぶシーンがあった。その時の殺意を感じるような気迫に満ちた演技といい、とにかく格好がいい。女性からみても憧れるような強い女役だ。 でもそのあたりまではよかったのだけど、最近は自分の心の中での悩み(同性である美知留を本当は好きである)を誰にも言えない苛立ちですごくシェアハウスでもとげとげしている。その好きな美知留にさえ今までのような優しい態度では接することができなくて自分のことを好きだと告白されたタケルに逆に美知留をもっと好きになってくれと頼む。 この時のタケルの気持ちを推し測るとやりきれない。自分が好きだと告白した彼女から別の女性を好きになるようにお願いされるわけだから。この時の寂しげな目が忘れられない。(タケルの演技うまい!)しかもタケルはこの時点では瑠可に他に好きな人がいて自分の想いを受け入れられないのはわかっていても、まさかその相手が美知留だとは知らない。タケルが告白するタイミングも悪かったと思う。瑠可が誰にも言えなかった悩みをタケルにだけは聞いてもらおうと心を開いた直後にタケルが告白したのだから。開きかけた心がまた閉じてしまった。 もし、あの時タケルが瑠可の悩みを聞いた上で、しかも瑠可の意中の相手が美知留だと知ったとしたらタケルは瑠可に告白できただろうか?変わらぬ想いを持てただろうか?それを超えても彼女のことを想えるのなら本物かも。もしかしたらタケルは瑠可に自分を重ねてみていて異性を好きになれない共通点に魅かれていたのかも。 タケルは職場の女性から言い寄られても好きにはなれず密に男性を好きになるタイプ(ゲイ)なのかもと言われていた。瑠可もモトクロスの先輩でありコーチである男性に酔った勢いで女性として扱われた時に感じたあの嫌悪感からもわかるように男性から女性と見られること自体にものすごく嫌な思いを感じる女性だ。女性なのに女性でありたくない。 実はタケルはゲイでも何でもなくて幼い時にどうやらお姉さんに性的ないたずらを受けたようでその時のトラウマで大人になった今女性と関係を持てないような設定になっている。かたや瑠可は学生の時からスカートをはくのが嫌で密に美知留に恋心を寄せていた。 女性が女性を好きになる。そのことを瑠可は誰にも言えず「死んでも人には言いたくないことがあるんだよ!」とタケルに訴えるように深い悩みとなっている。それでもタケルにだけはあの瞬間は自分の心の悩みを言っておきたいという気持ちにはなっていたのに。タケルの告白が早すぎたことが残念だ。 タケルも勘が鋭いのでなんとなく瑠可の美知留への想いが親友を超えたものであることを察しているようにも思えたが、時々このドラマのナレーションが全てをわかった後から過去を振り返る形式になっているので、どの程度まで今登場人物が本当のことを知っているのかわからず混同してしまう。ナレーションではタケルは「君(瑠可)は美知留を本当に好きだったんだね」というようなことを振り返る時があったのだけど。 そういう話でいうと、初回は美知留が妊娠していて、「あの時瑠可の気持ちに気づいてたらあんなことにならなかった」ようなことを言っていて「あの死」とかも言ったし、タケルが後から思いだして語るシーンでもやはり「あの時、君(るか)は自分の命をかけて(みちる)を守る決意をしてたんだね。」とも言ってたのでたぶん瑠可が美知留をDV男から守るために命をかけてあえなく命を落としてしまうシーンがあるはずだと思っているのだけれど・・・しかし前回のドラマでは宗佑は線路に入っていく少年を助けて自分が電車にはねられるような設定だったから宗佑の身を案じて美知留が彼の元に行ってしまうのかなとか。 だんだん、ドラマも進んでくるとラストが気になってくる。初回の美知留の妊娠は誰の子供だったのかとか。美知留は前回タケルに「タケル君のことを好きになってもいいのかな」と言ってたし、タケルも自分が想いを寄せているルカから美知留を好きになってくれるようにお願いされていたからこれから二人は急接近するのだろうか?ということはあの妊娠しているのはタケルの子か。それとも恐怖の夜にあった宗佑の子なのか?いずれにせよ一人で歩いていたのだから父親はいなくなっているのだろうか。 となるとここからは妄想の世界だけれど「あの死」というのは瑠可ではなくて瑠可が美知留を守るために宗佑から刺されそうになるがタケルがその場に居合わせ瑠可を守るために自分が刺されて死んでしまう。後で美知留はタケルの子を妊娠していることを知り(タケルの瑠可への想いも次回で知るような展開になっていたので)瑠可の前から自分から姿を消す。確か以前「私が瑠可の前から姿を消すのはこれで二度目だよね」と美知留が言っていたからまた二人は離れてしまうはずなのだ。シェアハウスで時には傷つけ合い、時には慰めあったあの日々のことを懐かしく思い出し、あの時は確かにあった友情を過去から懐かしく思い出すのだろうと思うのだが・・・だからこそ題名がもうこんな友達、友情は一生涯あり得ない「ラスト」の「フレンズ」なのだろうか。 ドラマの始まりの登場人物が横たわわりながら目を閉じていて赤いリボンで結ばれたりしているところも何かを象徴しているようで意味深。 あぁラストフレンズから目が離せない!あと何度ロケもあることか。名残惜しくなってきたなぁ~~ そしてこのドラマの主題歌(宇多田ヒカル)がまたいい。なんだか切なくて、このドラマの雰囲気にぴったり。ラストシーンも気になるけれど毎週楽しみにしているこのドラマ終わって欲しくないような。ハラハラドキドキするこの感覚、そして登場人物達のそれぞれ抱えている悩みも深くて感情移入できてそれがまたいいんだなぁ。よくある単なるドタバタハチャメチャ内容ゼロのお笑いドラマでないのがいいのかも。もちろん出ている役者さん達も魅力的だし。今後もこんなドラマを期待してます。ってまだ終わってないから今後もこのドラマの意外な展開に期待大!私の予想を大きく超えた内容だともっと面白いなぁ。
May 25, 2008
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★精神鍛練の場 子育ての中で一番難しいことは親の言うことを素直に聞かなかった時の自分の対応の仕方だ。一度ぐらいならまだ大人の度量で冷静にしかも穏やかに対処できる。 「○○した方がいいんじゃないかな?」それが数回注意しても言うことを聞かなくなるとこっちのイライラ度がましてくる。それでもまだまだ冷静でいられる。 「あと○○分しかないけど大丈夫?」それでもまだ言うことを聞かないと時間がおしている時などは 「もう!いい加減にしなさいよ! いったいいつまでダラダラしているの?」と爆弾発言が落ちてしまう。 こちらとしては何度かアラームを発しているにも関わらず、全く動ぜず相変わらず次の行動へ移る気配が見当たらない時に大抵こういう最終警告発言になってしまう。 ここまでになるまでに本人が自覚して動いて欲しいのだが、そうなるまでには程遠い。 園に行く時間は本人もある程度は時計を読めるのでわかっているのだが、切羽詰った感が全然ない。大人は時間の割り振りが出来るから気持ちばかりは焦るのだけど、子供は焦っても出来ないことは出来ないのだろう。だから焦ることないように、時間に余裕を持って起こしてこちらもイライラしないようにしているのだけど、放っておくといつまでたっても着替えひとつしない時もある。 お風呂に入る時はだいぶん解決された。それは最初は競争で始まった。ママとどっちが早くお風呂に入れるかで競争すると、負けん気が強いので必死になって着替えて頭と体もささっと洗いあたふたと慌てて出るぐらいだった。この頃は競争と言わなくてもお風呂に入るのは大丈夫になった。まぁなかなか出てこなくていつまでも湯船で水鉄砲使って遊んでいたり、ボディーソープを全部出して泡だらけになって遊んでいたりもして驚かされるが・・・ 他に気になることは、自分にとっていやなことがあった時の光太の態度だ。白目をむいて大泣きして全身でいやいやを訴えるのだが、そんな顔をするのはよくないことと、いやなことは言葉で言いなさいと言ってもなかなか治らない。そういう時に何を話かけても無駄なので、時間をおいて冷静になるのを待って説教するが、本人にとってこういうことを体験するたびに少しずつはよくなっていってほしいのだがこれまたまだ目に見えては改善されない。 腹が立った時の態度は人それぞれだと思う。私が実家にいた頃は階段をドンドンと大きく踏みしめて二階にあがりバタンと戸をしめることで腹立ちを訴えていた時代もあった。父や母に対して声高にケンカすることはあまりなかった。どちらかというといらだつと自分の部屋にこもる方だった。母などは階下にいてさぞかし腹だたたしい思いをしていたことだろう。不完全燃焼なのだから。 それに反して、母と姉は正面衝突しあい相手をとことん攻撃し続けるやり方だった。傍で見ている側もやりきれなくて父はそっと庭に出てはたばこを吸い、私は二階に逃げ込んでいたように思う。ケンカというのはそばで聞いていても気持ちのいいものではない。それでも当人同士は言いたいことを言い合えるので後はすっきりしていたようだ。まぁ腹が立つのはどちらも同じだろうが、発散できるのだから母と姉のやり方のように言うことは言っちゃった方がいいのだろう。 でも言葉にはとげや、とげぐらいならいいが剣にもなるから後々残って傷がなかなか癒えないときもあるだろう。こうなると黙っている方が賢明ともいえる。黙るが勝ち。 光太に対しては言葉では私がどうしても勝ってしまうから言葉でまくしたててはいけないと思う。それでも何度も何度も何度言っても態度が変わらない時でそれがどうしても自分が許せないことだとすると、いつしか言ってはならない言葉を吐いてしまって後から後悔することになる。 早く早くと言わないこと、そしてあまり子供は叱らないこと。これを夫婦で共通の課題として改めて認識し合って接するようにしている。 叱るべきことは叱らないといけないと思うのだが、叱るべきことでないことまで叱っていると、子供は親の環境を選べないのだから常に悪い環境で育っていることになる。 親はつい子供にはきつい口調になるけれど夫に対して、(妻に対して)話すのと同じ理性を持って接していきたいと思う。 子供の頃、母はなぜいつも怒っているのだろう?と不思議に思っていた。今思えば母から見れば溜息をつきたくなることも多々あったのだろうが、だからといって言葉で後に残るほど傷つけられた記憶はない。きっと母が理性的に子供を傷つけないように配慮していたのであろう。私には出来の良い姉がいて母は姉の勉学にいれこんでいたので、いつもその隠れ蓑で生活しているようなものだった。だから母の直接の関心は私にはふりかかってこなかったように思う。 まぁ幸か不幸か一人っ子の光太にとって親の関心は一気に向くので逃れようがない。だからあえてあまり気にしないように自分の気持ちをもっていくようにはしているがそばにいると言いたくなることも山ほどある。『まぁまぁ・・・』『一気に言ったって無理か・・』諦め半分、でも言っとかないと気が済まぬ気持ち半分。常にこの二つの振り子の間で心がざわつく。そして微妙に母の気分が悪かったりすると先ほどの「いい加減にしなさーーい!」ドカンが落ちる。 子供を叱ることを危険なことをやる時だけに限定していると今の光太はどうなるか考えてみた。 朝起きてのおしっこをまだおむつでやる。 園には毎日遅れる。 歯磨きはしないので虫歯だらけになる。 おもちゃは片付けないので部屋は散らかっ たまま。 これを毎日強制して朝起きるとすぐにトイレに行かせ、時間内に支度をすませ、ご飯をすませ歯磨きを終え、片付けを終える。 ま、考えてみれば叱らなくてもこの程度の被害にしか合わないと思えばほっておいてもいいのかも。そのうち自分が自覚してやるまで思いっきりほっておくか・・・それはいわゆる子育て放棄、ネグレクトと言われるものになるのだろうか? 子供は育てようと思わなくても勝手に親を見て育てつ聞いたことがある。子供の時に完璧に出来ていなくたって大きくなるにつれて親がやっていたように育ってくるということだろう。だから結果はすぐ求めず、親がやるべきことをやっていたらついてくるんだろうかね~ どうもここは親の問題になるが、結果をすぐ求めると親が常に子供を叱ってばかりで失敗するのが子育てだろう。すぐ結果を出せといっても子供はすぐには出来るようになってこない。だからといってほっておくと、その悪い習慣は一生その子について回るようにも思う。鉄は熱いうちに打てじゃないけれど小さい時に疑いなくついた良い習慣は一生の宝となってその子についてまわるのではないか?どちらにも真理があるように思う。ただ、先回りしすぎて子供の為を思ってやる事全てが子供を幸せにしているとは限らない。少々手荒なやり方かもしれないが、痛い目をするのをわかっていてあえてその道を選ばせて本人が目覚めるのを待ってもいい。 まぁ世の中の親の大半が子供を叱っている事なんて大した事じゃないと思っている。時々行楽地などでふと周囲から入ってくる親子の会話を耳にはさんで驚くことがある。「こんなところにそれであがったらダメで しょ!」 ペシッ!(おっ手が出たなぁ~痛そう・・・)どうやらレジャーシートの上を土足であがって怒られているらしい。『これこれ、お母さん、そんなことでそんな に叱らなくも・・・』と思うけれど他人から見たら許せることでもその家にしたら許せなくて子供を叱ることっていっぱいあるのだろう。ならばきっと我が家でこれは許せないと叱っていることだってこの我が家だけの価値観であって一歩外に出ればそんなことで叱らない家庭だっていっぱいあるのだろう。 その家に産まれた運命といえば大袈裟だけど、その家庭でのルールがあるのだから子供は従うしかない。ただやっきになって叱るほどのことではないことはいっぱいあるのだと思う。 私が実家にいた頃門限が8時だったのには閉口した。関西にいて神戸でご飯を食べれば帰るだけでも2時間はかかる。6時にご飯食べたらすぐ帰らなくては間に合わない。周りの友達には門限というものがない家庭が多くて、どこへ出ても「門限があるので」と一人帰らなくてはいけないのがつまらなかった。その後の楽しみの話題にはいつもついていけないし、なんといってもその場がしらけるのが嫌だった。 それでも母のやり方だったので仕方なく従うしかなかった。それに従わなければ、締め出しという掟にそむいたものへの罰があった。夏など締め出しされると蚊がいっぱい飛んでいるのでボコボコに刺されたこともあった。冬の寒い時は寒さが応えた。やっと開けてもらってもそこには怖い顔の母がいてご飯抜き。しばらくして反省ののちやっと優しい言葉をかえてもらいご飯にもありつける。 姉なんかはすさまじかった。扉を開けてくれと言わんばかりにドンドンと叩きまくりそれで無理ならば二階の私の雨戸に小石を投げて開けてくれと訴えていた。私も姉がかわいそうになりそっと開けてあげたり、下の監視がきつい時は二階からひゅるひゅるとひもでしばった入れ物に救援物資(お菓子など)を入れて助けてあげたりもしたものだ。 光太にもつい言うことを聞かないとお家から出ていきなさいとなるけれど、このやり方をやるからには親にもかなりの覚悟が必要だと思う。母は強かったなぁと感じる。とにかく親がこうと決めたことはテコでも動かないほどすごいものがあったから私達姉妹は母の支配下では運命共同体として結託して強い絆で結ばれていた。 光太は今後どう反抗期を迎えてくるかわからないけれど(というか1歳半ぐらいからはずっと反抗期で常に親の言うことには自分の意思でもって反抗してくる)こういう自分をしっかり持ったタイプには親の意見を押しつけるやり方ではなくて、どんどんやれることは当人のやり方で任せていくと本当に喜々としてやってくれる。 任されると俄然がんばるタイプなのだ。うまいことおだてていけば豚も木に・・・の例え通りほんとにどこまでも登っていきそうな単純さもある。プライドが高いのでバカにするといけないなぁと思う。先日などはウノで光太が大負けした時、その残ったカードの点数の多さに笑っただけですごい機嫌の悪さだった。「笑わないで!」と。こっちとしてはバカにしてるつもりはないのだが本人は大怒りだった。 親はその子のタイプに応じた叱り方が必要なのだろう。その意味では私と光太は全く違うので私が受けたやり方で光太を育てても無理。でも知らず知らずに母と同じようなやり方をやっているものでそこで私の中での葛藤がある。 こういう自立心旺盛なタイプには小言や強制で言うこと聞かせるのは無理。自らの意思でやってることを意識しないと動かない。光太の操縦は難しい!でもまだこの年頃で悲鳴あげていてはこれからが大変だ。 親は毅然とした態度で叱るべき時は叱り、ある程度は子供に任せつつ、まだ出来ぬことは慌てず、育ちつつある芽をつまぬようにひたすら広い心で待ち、そして何よりわが子を愛しむ心が一番。常に寛容な精神が大事ですなぁ~ あぁ子育ては自分の精神鍛練の場也。
May 17, 2008
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★もたない決断 思い起こせば、光太を産んだ直後思わず夫にあまりにものお産の痛みにもう二人目はいらないと病室で訴えたこともあった。 その痛みもいつしか忘れ、また二人目の赤ちゃんを欲しいなと思う日も来た。 そして、光太が園に入る前の10月にやっと妊娠反応。喜びも束の間5日後には流産。その傷がようやく癒えかけた翌年の又同じく10月にまた流産。二度同じ苦しみを味わい本当に打ちのめされた。周りの人にも随分迷惑かけたと思う。優しくされても心が開かなかった。 なぜ二度も流産を繰り返すのか、その原因を探るべく病院での検査投薬の繰り返し。大病院での精密検査も終えて結果原因不明。 不妊外来に行き心ない一言に傷ついたり。この二度の流産を繰り返す中赤ちゃんがいつやってきてもいい体作りをしようと体質改善を図り食事療法、それに漢方も飲んできた。あまりにものまずさに毎度服用するたびに顔をしかめながらも赤ちゃんの為だと頑張ってきた。 去年の秋頃に持病の腰痛が悪化し整体通い。整体は不妊にも効くとのことで夫も一緒になり整体通い。夫も体を冷やさないように指導され一枚多く着て過ごすようになった。男性のストレスも不妊の原因であると言われなるべくストレスを発散するようにしたり、食生活にも色々と厳しい制限があった。それもなんとか頑張ってきた。 私の方は数か月続けた漢方の効果も出ないので一旦お休みした時期もあったけど、別の漢方を始めていた。でも一向に妊娠せず漢方のお店に相談しもう一度不妊外来に行き一から検査しなおした方がいいと薦められた。 そして重たい足がようやく病院へ向いた。 私が通い出した先生は神様のように優しかった。こんな先生もいるんだと驚いた。そして検査が進むにつれ又ショックな事実が明らかに。一つは光太が授かる前に子宮のポリープをとる手術をしたが又出来ているかもしれないという事。そしてもう一つは卵管が両方とも閉じているかもしれないという事。はっきりいってこれは妊娠には八方塞がりの状態。こんな状態であればいくら漢方を飲んで体質改善したところで妊娠するはずがない。 卵管造影の検査結果の後、卵管が両方とも閉じていると言われ、こういう場合の処置はと色々告げられた。卵管を広げる手術、そして体外受精など。頭の中が白くなってきてそこに座っているのがなんだか自分じゃないような気がした。とにかく「はい、はい」とうなずきながらも今自分が置かれている状況が非常に厳しいということを感じていた。 その夜、普通に寝ていたらなんだかむしょうに泣けてきて今までの苦労はなんだったのだろうとか、色々な事が思い出されて涙が止まらなかった。目の前で妊娠への扉がどんどん閉じられていってわずかな光しかさしてないような気がした。それでも、そのわずかな光を目指して進もうとしていた。 こういう不妊治療をしていると先生が言われた日は絶対空けて通わないといけない。待ち時間が長いので光太の保育時間だけでは無理で何度か預かり保育をお願いした。それでも光太は心よく引き受けてくれて家族協力体制であった。 卵管が両方閉じているとショックなことを聞かされた時も預かり保育をしていた。園に遅くにお迎えにいったら、偶然に赤ちゃん連れのママと一緒になった。開口一番こう言われた。「でも羨ましいわ~」「えっ?」赤ちゃんを連れている人を私はいつも内心羨ましい気持ちで見ていたので、そのママから私が羨ましいといわれ正直何が羨ましいのかわからなかった。「一人っ子だと優雅な生活ができるでしょう。」「・・・・」「うちはいつも家が片付いていなくて。」「そうでもないよ~」と返すのが精一杯だった。別にそのママからしたら私がこれほどまでに赤ちゃんのことで苦労しているなんて知らないから何気なく言った言葉なのだろうと思う。それでも、立場が違えば私は赤ちゃん連れのママからは優雅な生活をしていて羨ましがられているのだ。まぁ社交辞令だったかもしれないが、この何気ない言葉にさえ私は傷ついた。どれだけ願っても手に入らない赤ちゃん。別に優雅な生活をしたいと思ってしているわけではない。いつまでも腐って過ごしているわけにもいかないので色々と気分転換をして過ごしている。引越しのドタバタで気が紛れたこともあれば、パンやケーキ作り、ガーデニングにピアノ。それを他人から見れば時間があって優雅に見えるのなら確かにそうだろう。でも人には外からは見えない苦労というのがあるのだ。 自分の悩みや苦しみなんか所詮他人には外からはわからないものだ。親や姉でさえ私が今の苦しい状況を愚痴ると「光太がいるじゃないの。」「今の幸せが見えていない。」「二人目が授からないことはあってもそれ以外のことでは恵まれている。」など。こういう一番身近な家族からの言葉は以前独身の辛い時代にも何度か言われた。将来が見えず結婚相手にも恵まれなかった頃、仕事にもこれだと思える手ごたえを感じられずとにかく毎日を生きるのが必死だった。それを父や母からすれば贅沢病と思われていた。 人生はこの繰り返しなのかもしれない。今を満足しない限り一生不満ばかりで過ぎてゆく。ふと冷静になって見方を変えればなぜ私はここまで二人目にこだわるのかと不思議にも思えてきた。 光太にぜひ赤ちゃんの世話をさせてみたい。光太が赤ちゃんをかわいがる姿を見たい。こんな気持ちが大きい。そしてもちろん自分も光太を初めて授かった時の母としての喜びをもう一度味わいたい。そして一人目はとかく手探り状態で未知のことばかりだったけれどもう一度経験した上での子育てをゆったりとしてみたい。他には自分も姉妹がいて四人家族で育ったので出来たら家族四人欲しいなど。そして光太の次は出来たら女の子を育ててみたいなど。欲を言えばキリがない。 でも考えてみれば四人家族でなければいけない理由などないし、母や姉の言うように今いる光太で十分。いや、私がいつまでも二人目とまだ見ぬ子供に思いが行く限り光太に十分な愛情が注げない恐れもある。常にまだ見ぬ幸せに焦点があっている以上、今の家族に幸せはない。それは家族みんなにとって不幸な事だと思う。 ある本に『求めない』という言葉があった。そこに幸せがあるのだと。幸せというのはもう既に手にしているものの中にあるのだと。 私はいったい今までどれだけ心血をこの二人目のことに注ぎこんできたことか。時間とお金と体力全てを注ぎ込みなんとか二人目不妊を克服しようとしてきた。年齢でも大台を前に焦り苦しみもがき続けてきた。諦めたら全てが終わりだと終わりのないレースを走り続けてきた。 勉強だって不得意分野の克服は難しい。自分の得意分野をもっと伸ばしていく方が全体的に成績もあがる。苦手な事の克服には得意な事の何十倍の苦労があるが得意なことを伸ばすのはさほど苦労はしない。既に自分の中に下地が出来ているのだから。 私の中では欲しい欲しいと思ってきて努力してきた妊娠はどうも不得意分野らしい。世の中にはこれほど苦労しなくてもほしいと思った時に授かる人の方が普通だ。数人の子宝に恵まれる人もいる。私もそこまでとはいわなくてもせめて人並みに二人は欲しかった。でも、どうやら通常の人以上の治療への苦労をしてやっと授かるかどうかという妊娠しにくい人なのだということがわかった。これは自分に与えられた運命なのだから変えたくても変えようがない。 子供が一人もいなくて諦めた人もいるだろう。その人から見ればひとりいるだけでも幸せかもしれない。でも数じゃない。自分が幸せだと思えば幸せはその人の心にあるのだ。他人が決める事でもないし、ましてや人と比べること自体が間違っているのだろう。 こうわかっていてもお腹の大きい人を見れば羨ましかったり、赤ちゃんを見れば又羨ましくもなる。それは人間だから感情を持っている以上仕方のない事だ。でもいつまでもここで時間がとまっていてはいけないように思う。もうそろそろ先に進まなければ。二人目を産まない選択。この道にたどりつくのは正直怖かった。認めたくない自分もいた。まだまだ頑張ろうとも思っていた。 でもそこまでしなくてもいいのではないかと私の心の中で囁く声も聞こえてきた。それはある日突然に。母と姉が「あんたは、なんでそうなのかねぇ~今の幸せが見えてないのよ。」と言ってる事を聞いて私以外はみんななんでそこまでと思ってるんだなぁと思うとなんだか頑張る自分が少し哀れなような気もした。孤立無援とはいかないが、二人目に関しては夫も私の気持ち次第だと言ってくれていた。みんなから頑張れと言われるともっと大変だったかもしれないが誰も応援してくれないのも(夫はもちろん応援はしてくれるが)寂しい気がした。 二人目を持たない生活。子供をたくさん持っていないからこそできること。考えてみればたくさんあるだろう。今赤ちゃんがいるから自分の自由時間をもてないと言っているお母さんもたくさんいる。それはすべてないものねだりなのだ。子供とひきかえに自由時間はなくなった。でもかけがえのない子供がいるのだ。逆に言えば、子供がいないからこそ自由時間ができるし自分の好きな事はできる。そのひきかえに子供のいない寂しさも手にいれるのだ。 子育てを選んだのならしばらくは自分のやりたい事は後回しになる。私が今から一からの子育てを始めてそれが終わるのはいったいいつになることだろう。そしてその頃子育て以外の事をやりたい気持ちと体力は残っているだろうか? 光太も男の子だから親から離れるのも早いだろう。その時私はいつまでも光太の昔を懐かしむことなく前向いて生きていけるだろうか?そのための準備を今からしていても遅くはない。子離れのための準備期間ともいうべきか。子育てを終えてからの後の自分の人生の時間を有意義に過ごせるための心の準備とやりたいことへの準備を今から始めていればちょうどいいのではないか。 今まで不妊を克服しようと頑張った時間も無駄ではないはず。人生に無駄な事などひとつもない。叶わぬことを泣いてばかりいたって始まらない。いつだってそうだ。後から見た時の人生では今が一番若いのだから。 自分の得意分野は何だろう?やっぱり食べる事系だ。又お菓子やパンの道を歩き出そうか。子供がいるからと言い訳にしなくても、もしかしたら二人目が出来るかもと気にしなくてもいい時が来たのだ。自分で自分の人生設計が立てられるのだ! 特技を伸ばす事。得意な分野を伸ばす事。これが一番自分の体にもいい。私はのめりこむと恐ろしいほどのパワーが出る。もう、やりたいことをやろう。もう何も迷う事などない。二人目を諦める勇気さえあれば先に進めるはず。いつまでも出来ない事に心と体を痛めてまで頑張らなくてもいいのだ。よく今まで頑張ったと思う。自分とそして何より私が涙を流す度に温かい言葉をかけ私を支え続けてきてくれた夫に、そして色々とお世話をかけた親に感謝をして、次なる人生に向けて歩いていこうと思う。人生は一度きり、泣いてばかりいないで後ろを振り返らず前を向いて歩いていこう! 新たな決断したところからまた新たな光太の子育てが始まるように思う。やっとこれで光太だけを見てあげられる。私にとって最初で最後の子育てになるのだから。
May 10, 2008
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★ラストフレンズの影響 連休初日は家族で東京ドームシティーに行った。いわゆる遊園地。遊園地といえばつきもののジェットコースターが光太は無理な年なので、乗れるものといえば大好きなメリーゴーランドや上下にスピードはさほど速くなく高くのぼっていくものなら大人つきで大丈夫。 中でもパラシュート型の乗り物でかなりの高所にまでのぼっていくものは私でも足がすくんで「きゃ~~!」と声があがるぐらいだったのに光太は黙っている。あとで聞くと大丈夫だとか。他の人が乗っているのを傍から見ていると光太より大きなお兄ちゃんが「もう降りたいーー!!」と絶叫しているシーンも見たのに意外や意外と高所は平気らしい。 あとコーヒーカップでぐるぐる回るのもかなり気にいって、パパが一人、私と光太が二人で乗るとくるくるくるくる自分で手元の回転バーを回してはケタケタと大笑いしながら乗っていた。私は光太に振り回されてかなり気持ち悪くなりもうヘロヘロ・・・ 他にも空中にあるレールの上を自転車でこいでいくものも光太が頑張って一人でこいでくれた。私はこぐことより足元を見ると下に人が通っているのが怖くてこれまた足がすくんで苦手だったのだけど光太は全然怖がる様子なく前を運転しているパパのところにわざと衝突しかけては大笑い。どうやらこの様子だと遊園地大好き人間みたい。 パパがそうだ。パパは特にジェットコースターを何回も連続して乗るほどのつわもの。私はその昔一緒に乗って途中私だけリタイアした。私はジェットコースターとか速度の速い乗り物は昔から超苦手。何を好んであんな怖い乗り物にお金を払ってまで乗りたいのかと思うタイプ。怖くて怖くてとにかく目をつぶってひたすら恐怖の瞬間が過ぎ去るのを待つのみだけど、パパはもちろん最前列に乗ったり、最後部に乗ったりして刺激を最高にしつつしかも目を開けて両手まで挙げて取り付けられているカメラを意識するほどの余裕あり。きっと速さに対する感度がお互いかな~り違うものが体に組み込まれているのだろう。 少し前は光太は速い乗り物苦手そうだったのに、今回はずいぶん大胆になったものだ。 ヘロヘロになる私を尻目にケタケタ笑いとばしていたのだから。こんな具合ならパパと二人で遊園地のジェットコースターを楽しむ日もそう遠くはないだろう。パパにしては待ちに待った日というべきか。 光太がもう一つ喜んだ乗り物はいわゆる急流すべりといわれるもの。かなり人気乗り物らしく1時間待ち。くねくねと幾層にもなる列が待ち受けていた。パパが代表で並んでくれて私達はその間光太が乗りたい乗り物にのっておこうということに。しかしどの乗り物も長蛇の列。 そんなことで結局パパが順番とりで並んでくれている間遊園地のベンチで私のひざを枕にしてゴロリと横になって休憩をとりながら買ってもらったばかりのゴーオンジャーの人形で一人遊びをしていた。 この東京ドームシティーで今回よかったのはゴーオンジャーの出るヒーローショー。花見の時に厚木で見たショーとは全然違ってかなり迫力のある大人でも楽しめる内容だった。待ち時間は日照りがきつくなってきてチリチリと頭と肌が焼けそうなほど暑くて参ったけれど・・・ こういうショーではつきもののヒーローがやっつけられるシーンでは子供達がヒーローに対して声援を送ってというのが今回もあった。光太もゴーオンジャーが悪者にやっつけられそうになる度に「がんばれ~~!がんばれ~」と熱いコールを繰り返していた。 テレビではたまにしか見ないのにやっぱり光太は戦い系になると見過すわけにもいかないらしい。最初は見るつもりはなかったけれど光太が見たがるので見ようかということになりこれもパパが頑張って一人で並んで入場券をゲット。 朝一番はそれほども感じなかったけれど、午後になると人の多さが目立ってどこも人人人。並んでばかりでもう私のパワーは3時前で電池切れ。光太も歩く足取りが重たくなってきて足が痛いと言い出した。こういう時でも底力を発揮するのがパパなのだけどなんせ軟弱者二人は足が棒になっていた。 靴が悪いのか?ほんと長い間ウロウロしているとまず足がじんじんしてきて苦痛になる。光太もそうらしい。パパはそこまでは感じないというから普段会社勤めで鍛えている人と主婦の体力差かしら。とにかくもうダメだ、もう帰途につきたいと思っていたにも関わらず結局その後も2時間以上いて当初の予定通り夕食もそこで食べて帰った。 あぁ~足じんじん。光太は夕食に入ったお店では天ぷらを少しつついた程度でまたまたお腹が痛いと言い出し(昼ご飯後もそうだった)横になっているうちにグースカ寝入ってしまった。こういう日に限ってメニューもファミリー向けとやらで二人では食べきれない量が出てくる。仕方無く二人でなんとか食べきったけれどお腹いっぱい! 後日の話だけど結局光太は翌日園で下痢する。この腹痛はしばらく続いて1日園を休むことにもなった。病院にもみてもらったけれど血便は出ていなかったので単なる腹痛だったようだけど今年のゴールデンウイーク前半は光太の腹痛事件でおとなしくしているしかなくさんざんだった。まぁ光太が下痢をしているとは知らなかった1日だけはパパと二人で吉祥寺散策をしたけれど。 吉祥寺といえば前回話題にしたラストフレンズの撮影現場でもある。井の頭公園にも足を運ぶつもりだったけれど吉祥寺駅界隈をウロウロしているだけで半日つぶれた。吉祥寺はカレー激戦地らしくその地で30年ほど続いている店に入って豆カレーというのを食べたらそれが後々胃にこたえてパパと私も連休前半は光太とは別の理由で胃腸がムカムカしていた。若いとあのぐらいの刺激物も数時間で消化しきれるのだろうが年とってくると普段食べなれない刺激が胃を直撃したのか、長らくムカムカに苦しんだ。あぁおそるべし、吉祥寺激辛カレー。 この町は住んでみたい街にもよく選ばれているし一度は足を運んでみたくてパパと二人光太が園にいってる間に行ってみたのだけど予想以上に都会だった。店もいっぱいでわざわざ渋谷や新宿まで出なくてもこの町だけで完結していけるようなそんな感じを受けた。あとドラッグストアが多い!日常買いしている品物が吉祥寺だと安い。思わず買ってしまったりして何しに来たのだか? とにかく歩けば数々のドラッグストアがあるから競争も激しく値段もこれだけ激安なのだろう。わざわざ足を運ぶ価値ありかも。 家の近くでラストフレンズの撮影現場があったのをきっかけにますますラストフレンズをテレビで見るのも食い入るように場所にチェックをいれてしまうが、先週はまたして近くの公園で撮影があった。騒がしい子供達をまとめる係りの人が一人入り「はい!本番はいりま~す!ご協力お願いします~」といって撮影される瞬間は子供達の口封じもある。 先週は上野樹理と水川あさみが二人で並んで歩いているシーンを撮っていた。この二人は「のだめカンタービレ」の時にも共演していたらしいが私達は見ていなかったので詳しくは知らない。ただ、上野樹理についていえば今回のラストフレンズの男っぽい役柄でかなり思い切ってイメージチェンジしているなぁと思う。このショートヘアがすごく彼女に似合っているなぁと私もパパも絶賛しているのだ。もちろん外見だけでなく役もうまいと思うのだけど。とにかくこのイメチェンは大成功だと思うし彼女自身すごく垢ぬけてみえる。 影響を受けやすい私も早速彼女みたいにイメチェンしたくなり美容院に先日行っていつも担当している人に「上野樹理みたいに思い切ってショートにしてみたいんですけどどうでしょう?」って聞くと「・・・・・」「うーん、あのようにツンツンって感じにするには毎日髪の毛をセットしないとダメだよ。何もしなければただの少年みたいになってしまうけど・・・」と言われ断念。そんなブローも面倒でいつも洗髪後に乾かすだけなのに毎朝セットなんてやってられない。で、断念した結果、それでもプチイメチェンをしたくて今までは常に後ろ髪の長さはキープしていたのだけどついにそこを切り落してボブにしてみた。 ただ、ボブといえば聞こえは言いけれど要はおかっぱなのね。なんだか中学生以来の幼い顔になりおまけに前髪が長いのも嫌いなので適度に切り落としてもらうとかなり田舎っぺの顔になってしまった。え~ん!!早く髪の毛伸びないかな。やっぱり変に上野樹理のショートに影響を受けたのがいけなかった。中途半端なイメチェンをやるぐらいならやらない方がましがこの度の教訓。まぁ髪の毛洗うのがロングの時より楽になったのが幸いだけれど、もうボブは次からはやめよう。まぁ自分が意識するほど誰も私を見ている人もいないから別にいいといえばいいのだけどやっぱりどうも気に食わない。 ところで、前回撮影のあった錦戸亮と長澤まさみの雨ずぶぬれシーンはこの間テレビで放映されていた。パパと二人でどう撮影されているのかいつ出てくるのか楽しみにしていたがラストシーンで長澤まさみがゴミ出しをするあたりから錦戸亮が公園で雨の中一晩中座りこんでいたあたりがずっとそうだった。 「おぉぉぉ~!出てる出てる。もう少しカメラがこっち向いてくれれば我が家もうつるのになぁ~」なんて冗談いいつつ^^光太もすっかり撮影前の近所の人たちの騒がしさから「ラストフレンズきょうやってる?」と公園を通ると聞くまでになった。中身は見せたくないシーンがあるのでもちろん光太には見せてないのだがドラマの名前だけは覚えてしまったらしい。 さてさて次回はどんな展開になるのやら。なんだか目が離せないドラマとなってきた。上野樹理のイメチェンを見て美容院に足運んだり吉祥寺まで足を運んだり(まぁ別の用事もあったついでだけど)このところラストフレンズの影響を受けまくり。次あたりはタケル役の瑛太に会ってみたいなぁ。近所のママはこの人のファンらしい。ちょっとどことなくなよっとしていて最近の強い女性からすればこういう男性に魅かれるのかしら?
May 5, 2008
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