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★ショックな事件 先日新聞を見て思わず震えあがるような事件に驚いた。福岡で起きた小1の男の子が母親がトイレで目を離したほんの数分の間に首を絞められて殺害されたという事件。現場は公園。子供達の遊び場でなんでこんな残酷な事件が起こったのか・・・ 公園のアスレチックで子供が遊んでいるうちにトイレに行って帰ってきたらもう子供が行方不明になっていたという。母親の気持ちを考えるとたまらない。誰かがずっとこの親子の様子をうかがっていて母親がいなくなったすきを狙っての犯行なのだろうか。なんとも恐ろしい事件だ。今の世の中は安心して公園で子供を遊ばせることもできないのか。 こんな事件を聞くと、とてもじゃないけれど光太が遊んでいるうちに一人でトイレになど行けないし、子供自身をトイレに行かせることもできない。どんどん親も子供も他人にあらぬ疑いをかけながら過ごさなければいけないのかと思うと、嫌な世の中になったものだとつくづく感じる。 この公園で遊んでいた母親もまさか自分がトイレに行ってる間の数分に子供がいなくなるとは想像さえしなかっただろう。私だってこのような状況は何度も経験したことがある。ちょっと光太が夢中になって遊んでいるうちにトイレに行っておこうとか、ちょっと一声かけて、いってくるから遊んでいてねとか何度もやったことがある。それがこんな事件に巻き込まれる可能性があると考えるともう怖くて絶対子供から目を離せない。 なんでこんな事件が起きるだろうか。首に二重にひもが巻かれた跡があって強い殺意があったようだが、ということは何かこの親子に強い恨みがある人の犯行なのか。でも、行方不明になってその後アスレチックから十数メートル離れたトイレで発見されるまでの間悲鳴を聞いた人もいなければ誰かが連れ歩いている姿も見られていない。なぞが多い。 何が原因なのか犯人が捕まらないとなんとも言えないが、一瞬のうちに無力な子供を殺すという残酷非道さに恐怖を覚える。 数日前に公園内で子どもが変な男の人に声をかけられたと母親が説明していると言うから何か犯人と関わりがあるのか? もしこういう言葉を子供から聞くとそれは聞き流しておかず、その現場には近付かせないようにすること、また親が近くに不審者がいないか常にアンテナを張って監視することも大事だと思った。 私が子供の頃は今のようなこんな凶悪な事件があまりなかったし、もっと世の中が平和だった。周りの知らないおじさんやおばさんが連れ去りをするような人だとは疑ったことがないし、そういう可能性があるから絶対ついていってはいけないなどと大人たちから注意されたこともない。 ただ一度誰か子供が行方不明になって知らない人にはついていかないようにと言われそれが何だかすごく怖い記憶として残っている。言いようもない不安が友達の間でも広がりしばらくは一人で帰るのも怖かった。 普段は周りが真っ暗になるまで家の近所で友達と一緒になって遊んでいたし、近くの公園にも友達同士でよく遊んだものだ。それでも怖いなんて思ったこともなかった。それが当たり前の時代だった。 今の世の中は子供を安心して遊ばせられないのが悲しい。知らない人を見たらまずは疑ってかからなければいけないというのは、子供にこんなことを小さいうちから言わなければならないのかと思うとたまらない。もっと無邪気に色々な人と関わりを持つ世の中になれば幸せなのに。 それでも世の中には極少数でも色々な悪いことを考える人がいるということを小さいうちから教えておかなければいけない。自分で自分のことを守れない時代は、親が全力をかけて小さな命を守らなければいけないのだと感じた。悲しいけれどそれが現実なのだから仕方がない。 いつの時代も犠牲者は小さな子供や老人など無力な人たちが多い。願わくば犯罪のない平和な世の中となり、子供達も何の心配も疑いもなく笑って遊べるようでありたい。こんな残酷な事件は二度と起こらないことを祈る。
September 20, 2008
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★久々の病院行き 光太が水曜に園から帰ってきて頭が痛いというので悪い予感がしていたら的中。その晩、久々に熱が出た。思えば、前日の朝くしゃみを連発して鼻水も少し出てきていたので風邪ひいたなぁと思っていたら、やっぱり熱が出てきたので木曜は休園。休んだ日に限って予定表を見ると山遊び。そして木曜はサッカーもある日。まぁ仕方ないか・・・ ただ、水曜の夜に出た熱も木曜の朝にはひいていて1日元気だった。時々咳は出てきていたけれど、この調子なら金曜から登園できるなと思っていた。私も金曜には予定があったので行ってもらわねば困ると思っていたのに、金曜の明け方「寒い~」といってそばによってきたので額に手をやると熱い!また熱が出てきてしまい、最初は38.4度だったのが1時間ぐらいで一気に39.7度にあがってきた。熱があがりきったのでいつものごとく氷枕で頭を冷やし、脇の下を保冷剤で冷やし熱下げ作戦。水分補給も十分にして、しばらくしたらバナナにぶどう、ヨーグルトで少し元気づけ。 熱くてぐったりしているので、一度かかりつけのお医者さんに診ておいてもらおうと朝一で電話予約と園への休園連絡。たぶんこの調子だと喉がはれているのでつるんとしたものが欲しがるだろうと思い、熱湯と牛乳があれば簡単に出来る杏仁豆腐を作っておく。 お医者さんに行こうと着替えさせようとしたけれど、さすがの高熱で立つことも出来ず助けてやりながら、頭も痛いといってるのでとりあえず頓服薬を一包飲ませてから出発。これでしばらくは楽になるはず。 病院に着くともう薬が効いてきたのか、待ち時間の30分ほどの間、絵本を読んでやるとケタケタと笑えるほどに回復していた。でも、診察してもらうと「あぁ~これは痛そうですね~扁桃腺がパンパンに腫れてます」とのこと。この調子だと今晩も高熱が出てもおかしくはなく、2日間たっても熱がさがらず咳もひどくなってくるようだともう一度診せにきてとのことだった。あ~連休に突入する前でよかった。でも、またこれで連休は寝連休か・・・ かえってきたらその日は園に持っていかせようと思って作っていたサンドイッチを食べさせた。光太はサンドイッチの日を楽しみにしているらしく、「お弁当がサンドイッチの日は黙っていてね。」といっていた。開けてサンドイッチだと嬉しいらしいのだ。なので昨日は密に作っておいたのに、残念なことにお家で食べることになってしまった。 サンドイッチも全部食べ終わったので布団を私の見えるリビングの隣の和室に敷いてあげると「わーい!なんて気持ちいいいんだろう~」いってすぐ横になり最初はおもちゃを持ち込んで遊んでいたけど10分もしないうちに寝入ってしまった。薬の影響と明け方熱であまり眠れなかったので眠気が襲ってきたのだろう。 今日は先生に普段いびきをかくことがないかと言われて「あります!」と言うと(以前からこんな小さいのにいびきかくなんてと気になっていたので)「グーグー!」の後3秒ほど無呼吸発作が起こってそれが数回繰り返されるようだと耳鼻科に一度かかった方がいいのだとか。よく扁桃腺を腫らしやすいことも含めて扁桃腺がどうやら光太のいびきと高熱を出すのにも関わっているようだ。 扁桃腺の方は今はあまり切らない方法をとっているけれど夜中無呼吸発作が何度もおこるだとか高熱を繰り返すようだと切った方が楽になることもあるらしい。 早速帰ってネットで調べてみると扁桃腺は病原菌などの新入を防ぐ役割もあるけれど、扁桃腺が大きいために睡眠時無呼吸になっていると(睡眠時無呼吸症候群)睡眠が十分にとれないことにより発育や学業に影響が出ることもある。眠り自体が浅くなり途中で目が覚めたり、朝起きられなくなることもあり、重症の場合は胸郭の変形をきたすこともあるなどと怖いことが書いてある。 もしかして親は夜中ぐっすり眠っている間光太は何度も無呼吸のため目覚めたりしていてるのではないか?それでその眠りが浅くなっている時に排尿するために夜のオムツがとれないのでは?とか。夜光太が寝入ってから私やパパがそばにいくと最初は光太のうるさいいびきで寝られないぐらいで、「グオーグオー・・・・グゴゴゴーーー」と確かに息がとまっているような瞬間がある。今扁桃腺が腫れている時は仕方ないので今度元気になった時に夜注意して呼吸をチェックしてみなければいけない。 それともう一つ、先日新聞にものっていて気になっていた件だけれど、今日病院で看護婦さんから言われたことがあった。日本脳炎の予防接種のこと。 光太がちょうど3歳の頃、日本脳炎のワクチン接種の副作用で中学生が寝たきりになったということで自治体による予防接種が事実上中断されていた。来年4月には従来の問題点を改善したワクチンが供給される見通しらしいが、まだ確実なことはわかっていない。 最初に予防接種を受ける適正年齢とされるのが3歳で、その時に中断期間となっていたため、ウイルスへの免疫をもたない幼児が急増している。まさに光太達5~6歳児だ。 この子達が外での活動時間が増えれば必然的に感染の危険性は高まるので、来年4月に改善した新たなワクチン接種を再び義務化した方がいいのではと言われているのだ。 今回の私が話を受けた病院ではこの新しいワクチンではなくて以前の問題が出た古いワクチンの接種を勧めているのだ。ワクチンの副作用については記憶に新しいところでははしか、おたふくかぜ、風疹の新三種混合予防接種が接種後に無菌性髄膜炎を発症する幼児が相次ぎ接種が中止になったこと。また種痘やポリオなどの予防接種をめぐる国賠訴訟では92年に東京高裁で国側が全面敗訴。それを受け94年に予防接種を義務化から努力義務に改められ接種率が大きく低下したのだとか。 副作用の頻度は低いといえ、予防接種を受けたがために副作用で寝たきりになったり、重い病気になったりということは本末転倒だ。たとえ、低い頻度とはいえ、安全性が絶対に確実だという保証がなければ受けさせる気持ちになれないのも正直なところだ。とはいえ、逆に予防接種を受けていなかったためにその病気にかかり、(今回の話では日本脳炎にかかってしまい)みすみす命を落とすというのもたまらない。 そもそも日本脳炎とはどんな病気なのか?日本脳炎ウイルスの感染によっておこる中枢神経(脳や脊髄など)の疾患で、豚の体内で増殖したウイルスが「コガタアカイエカ」を媒介として人に感染する。 感染している蚊に刺されても大多数が無症状に終わるが、症状が出るものでは6~16日間の潜伏期間の後に、数日間の高熱、頭痛嘔吐などで発病し、引き続き急激に、光への過敏症、意識障害(意識がなくなること)、神経系障害(脳の障害)致死率は20%を超え、命が助かっても脳に重い障害が残る場合が多い。1950年代までは年間1000人単位で発症例があったけれど、予防接種の効果で92年以降の患者数は10人以下にとどまっているらしい。 でも、前述の05年に起きた予防接種後の寝たきりになった中学生の問題を受けて義務化ではなくなり中止になった。それが今この段階になって受けたい人は以前のワクチンを確保するので申し出てほしいということなのだ。 光太の園は森の中にあってそれこそ毎日のように蚊には刺される状況にある。また患者が出やすい地域というのがあって関東以西とあるので一応かぶっている。でも、どうせ受けるのなら従来の問題点を改善した新しいワクチンを受けさせたい。それが確実に4月に受けられるのならいいのだが、又ずるずると延期されたり、その安全性もある程度接種されてみないとわからないのではないかと思う。それまでに願わくば日本脳炎に運悪くかからないように、そのためには蚊にあまり刺されないよう注意するしかないのだろうか。 ワクチンといえば、新型インフルエンザから家族を守るには・・・という新聞の記事もあった。この新型インフルエンザは数十年に一度発生し、人間に免疫が備わっていない為に世界的な大流行となり、高い死亡率を伴う可能性があり、専門家の間では「近い将来、確実に大流行する」との見方もあるのだとか。抗インフルエンザ薬「タミフル」などの薬も全国民にいきわたるだけの備蓄がない。家族を守り大流行を防ぐには今のところ家にこもるしかない。 家にこもるためにはある程度家庭に備えがいる。食料もそうなのだが、医療品としてマスクや消毒剤など。いざという時のためにペットボトルの水やコメ、保存期間の長い乾めんなども常に多めに用意した方がいいのだとか。 まるで地震対策と一緒だ。なぜか、私はこういうことに関してはひと一倍敏感で、地震対策の記事はいつも切り抜いている。少し前までは家族全部の地震対策に抜かりはなかった。もうそろそろ地震対策に買っていた食糧なども期限がせまっていると思われるので買い替えなければいけない。 また光太の衣服などもずいぶん小さくなってしまっているはず。季節物はかえていかないといけない。新型インフルエンザ対策としては大量のマクスをパパに会社経由で購入してもらった。パパはそれが会社に到着した時、あまりもかさばり大きい荷物なので周りも「一体何なの?」と驚かせたとか・・・備えあれば憂いなし。マスクだけは完璧だ。 まぁ、光太の発熱で病院に行っただけで色々なことに思いをめぐらせた1日だった。健康あっての毎日なのだから。
September 13, 2008
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★最後だとわかっていたら 夏休みの終わりに園で夏まつりがあった。浴衣やじんべいなど色々もらいものの服があったが、光太は浴衣好き。出して着てみると足や腕はにゅっと出てかなりちんちくりん。それでもその浴衣を着たがって暑いのに早くから袖を通して出かけるのを心待ちにしていた。 夏祭りの日の昼間はかんかん照りで暑かったが、夕方から急に天気が崩れてきてやぐらがくんである園庭に集合するとパラパラパラザーーー!!と大雨が来た。なんとついてない・・・急遽、講堂に移動して夏祭りは室内で。残念だけれどお天気のことだから仕方ない。園に入って3年目の夏祭りになるけれど雨が降ったのは初めてだ。やっぱり担任の先生が自称雨女だと自己紹介していたけれどかなり高い確率で何かイベントがあると雨にたたられる。 それでも少しの間だけ雨もあがって、園庭で盆踊りをしたり、打ち上げ花火も見れた。盆踊りは子ども達もノリノリで喜んで踊っていた。 長い夏休みも夏祭りが終わると共に、さよならだった。今年は光太とポケモンスタンプラリ-を中心に色々と出歩いたものだ。レゴで夏の思い出の作品を作ってみた。 光太はレゴが大得意。私もいつもは光太の作るのに感心するばかりだけれど、今回は私も作ってみた。工夫して作っている時間は頭が真っ白になって集中できてなかなか楽しいものだ。 いよいよ、新学期も始まって、年中、年長合同恒例の江ノ島遠足があった。地引網をしたり、海で遊んだりするのだが、今年は園始まって以来の大漁で大拍手。去年は確か正反対で全くとれなかったため昼ごはんの予定が大幅に崩れたのだった。今回は大漁だったので昼ごはんからお魚を焼いて食べれたし、いか焼きもあって満足満足。 砂浜でのゲームで光太達の大根チームは優勝して(私達親も入っている)お陰で素敵なプレゼントをもらえた。それはすいか。この日は晴天ではないにしろ、曇りでも時々日がさしてきて江ノ島は暑い!持っていったお茶もあっという間になくなり、みんな何か冷たいデザートが欲しいねと言っていた矢先だった。この時ほど、すいかが美味しく感じたことはない。まさに、砂漠でのオアシスのように喉の渇きに潤いを与えてくれて体中に沁み入った。光太も何度も何度もおかわりをしていたから多分お腹はタプタプだったことだろう。 この日は、サッカーもあって江ノ島から大急ぎで帰ってサッカーにかけつけた。一旦は家に帰り車で行かなければいかないのだけれど、大急ぎで行ってもついたのは終了時間15分前。他にも園の仲間達が次々かけつけ、江ノ島の後なのにほぼみんながサッカーに来ていた。今通っているサッカーのクラスのコーチは本当に人を惹きつける魅力があって一度体験した人はほとんどが入会してしまう。私もこのコーチがいなかったら、光太のサッカーもやめてしまっていたかもしれないと思う。良いコーチに恵まれている間にしっかり教えてもらえればいいなと思っている。 コーチの教え方で一番気に入っているところは決してガミガミと叱らないことだ。とにかくいいところを見つけて褒める。褒めて褒めて褒めてやる気を出させる。その繰り返しだ。まだ褒めるべきところがないと思われた時にでさえ、褒めることを忘れていなかった。どんな時にもそういう姿勢だから自然と子供達もやる気になってついてくる。コーチに対する態度は真剣そのものだ。 それがガミガミ叱るタイプのコーチだとはじめの頃は我慢してついてくるかもしれないが、そのうちだんだんとやる気が失われてきてついには脱落してしまう。 子育てと共通していえるこの褒めて育てるというやり方はこのサッカーのコーチを見るたびに正しいんだなぁと感じる。やっぱりコーチがかなり心が広~~くて大人なのだ。 私は頭でわかっていてもどうしても大人になりきれない。光太の子育てにおいては褒めて育てよがなかなかうまくいかずパパと二人で頭を悩ます日々が続く。悪いところ、至らない所を見つけて指摘するだけの毎日ではなくて少しでも良いところを見つけて褒めてあげればよいのだろうが、なかなかそうはいかない。 自分自身だって褒めて育てられたというより、私の場合は出来る姉がいたためにあまり重き期待もなく自由に泳がされてきた。それでも姉に比較されると自分の評価の低さを感じてはいた。常に心の底では姉に対する負けん気を感じていたのだろう。だからこそあえて、姉とは同じ就職先を選ばなかった。同じ土俵で戦うよりは、別の境遇を選びたかった。多大な影響を受けた姉のコピーのような人生を送るのではなくて、自分で選んだ道を歩みたかった。就職からが私のささやかな反抗が始まったのかもしれない。 どこで親や兄弟姉妹の壁を乗り越えて自立するかという問題があるが、光太はもう早々と親の壁を乗り越えて生きているように思う。常に親に逆らう。自分というものを確固としてもっていて自立心旺盛といえば聞こえはいいが、まだ5~6年しか生きていないのに生意気だともいえる。もう少し、周囲の声を冷静に受け止めて素直になる気持ちがあれば伸びるだろうに・・・かたくなまでに自分の意見を通そうとするところに光太の限界があるように思う。 いつかこのことに気がつくのだろうけれど、何度言っても言われているうちは右から左に流れている。ガツンと一発痛い経験をするかして本人が目覚めないと周りから学ぼうとする謙虚さは今のところ皆無だ。物心ついた時からこの子の子育てはこの頑固一徹な強さとの戦いで時々は疲れてしまって折れそうにもなってきた。そこで私も流されてしまえば楽なのだろうが、これは許せないとかこれは言っておくべきだろうとか色々と思うこともあり黙って見過ごしておくわけにもいかない。 あるママがやっぱり手のかかる長男の子育てを福田元首相が首相をやめてしまったようにもう誰かに託して放棄したい。とまで言っていた。なんとなくわかる気がする。そんなこといったら無責任だけれど、時にはお手上げ状態だと思い途方にくれることもある。それでも光太を育てていくのは私達親しかいないのだ。あまりに煮詰まって毎日が叱ってばかりでイライラしているなぁと思う時には原点に戻る。子供が欲しくて欲しくてたまらなくてやっと授かったこと、そしてこの子がもしいなくなったら・・・という想像をほんの数秒してみれば自分の毎日の態度を改める以外方法はない。 原点に戻る時思い出す詩がある。最愛の息子を亡くしてしまった人の詩だ。これを読むと、今やってということは今やってあげよう、忙しいから明日にね。などと言って引き伸ばさないようにと反省しきりになる。以下引用。「最後だとわかっていたなら」 (Tomorrow Never Comes)この詩は、ノーマ コーネット マレックさん、 というアメリカの女性が作られた詩で、日本語訳は、佐川 睦さんという女性の方です。 そして本は、サンクチュアリ出版から発売され、 公式のホームページもありました。 http://www.sanctuarybooks.jp/saigodato/ あなたが眠りにつくのを見るのが最後だと わかっていたら わたしは もっとちゃんと カバーをかけて 神様にその魂を守ってくだ さるように祈っただろう あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だ とわかっていたら わたしは あなたを抱 きしめてキスをして そしてまたもう一度 呼び寄せて 抱きしめただろう あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くの が最後だ とわかっていたら わたしは その一部始終をビデオにとって毎日繰り返し 見ただろう 確かに いつも明日は やってくる 見過ごしたことも取り返せる やりまちがったことも、やり直す機会が いつでも与えられている 「あなたを愛してる」と言うことは いつだ ってできるし 「何か手伝おうか?」と声 をかけることも いつだってできる でも もしそれがわたしの勘違いで 今日で 全てが終わるとしたら わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい そして私達は 忘れないようにしたい 若い人にも 年老いた人にも 明日は誰に も約束されていないのだということを 愛する人を抱きしめるのは 今日が最後に なるかもしれないことを 明日が来るのを待っているなら 今日でも いいはず もし明日が来ないとしたら あなたは今日を 後悔するだろうから 微笑みや 抱擁や キスをするための ほん のちょっとの時間を どうして惜しんだのか と 忙しさを理由に その人の最後の願い となってしまったことを どうして して あげられなかったのかと だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう そして その人を愛していること いつでも いつまでも大切な存在だと言うこと を そっと伝えよう 「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」 や「気にしないで」 を伝える時を持とう そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を後悔しないだろうから
September 7, 2008
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