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★祝卒園 終わってしまった・・・園生活。卒園式もまるで夢を見ていたように涙を流しているうちに終わってしまい、今あるのは、もうあの幼稚園で光太が遊ぶ姿を見ることはなくなったのだという何とも言えない寂しさ。永遠に失ってしまった楽園生活のきらめき。 今思えば、幼稚園としてこれ以上の環境は望めないだろうと思えるところだった。小さい時に一番大事な体験、体を思いっきり動かせる幸せを体の中にいっぱい刻み込んだことだろう。毎日急な坂道を駆け降りたり登ったり、泥んこになるまで滑り続けた森の中の崖滑り、縄ブランコに綱渡り、ターザンロープなどの森の遊具。思いっきり遊び、畑で色々な作物を育ててはみんなで料理して食べ、森の中での木々の変化に四季の移ろいを肌で感じることの出来た。心からこの素晴らしい園を作ってくださった園長先生に感謝したい。 園長先生が最後に園児達に残してくれた言葉。「あったかい人になってください。」そして「夢をもって、決してその夢を諦めないでください。」というメッセージ、それは園長先生のお人柄そのものであって3年間ここで過ごしてきて親子共々この園から受け取ったメッセージでもあるように思う。 こんな園を作ってみたいという園長先生の夢に到達するには想像を超える苦難の道が待ち受けていたようで、この園舎ができあがるまでには周囲の反対、行政とのややこしいやりとり、細かい作業の連続、そして全く手つかずの森であったところから先生方と同志の保護者の方も含めて汗水たらした手作業での森の中の遊び場作り。 園舎から森へと続く階段の一段一段を、そして森の中の広場のすべてがみんなの苦労のお陰で出来上がったもの。園長先生がどんなに周りの反対にあっても夢をあきらめず、体を壊してまでして、それでも未来を見つめて進み続けてきてくれたからこそ光太たちが、思いっきり遊ぶことができた。この園との巡り合いに感謝である。 本当にあったかい心のこもった園生活を送らせてもらった。少人数でこそなせる技であろう。園に行くとどの先生からも声をかけてもらえて名前を覚えてもらえて、みんなで自分の子供を育ててもらっているんだという安心感があった。 園での出し物もいつも決してきらびやかな派手さはないけれど、ぽっと心があったかくなるような手作りのぬくもり、温かさが見られるものばかりだった。子供たちの日々の遊びの中で作るものも、小枝やまつぼっくりを使ったり、どんぐりの殻を使ったり自然の物を活かしたものがいっぱい。園の役員の人が作ってくださるプレゼントもいつも手縫いのもので感心するものばかりだった。 過ぎてみて初めてわかるその有難さ。ここで過ごせた幸せを光太が何度も何度も後からかみしめることになるのはきっとずっとずっと後になって、大人になってからかもしれない。きっとこの幸せな原体験は体が覚えていてくれることだろう。体と五感をフルに使った体験は絶対絶対人は忘れないと思う。 思えば、年少の時は私と別れるのを泣いてばかりいて、しばらくして園生活に慣れてきたかと思えば風邪で休んでばかり。友達と遊ぶ時期というよりは先生に相手してもらってる時間の方が長かったようで、年少の時の先生には本当にお世話になった。いつも先生の影武者のように光太は先生べったりだった。 その先生もご結婚されて園をやめられたのだけれど卒園式にはかけつけてくださってずっと涙を流してみんなの成長を喜んでくださっていた。年少の時の懐かしい映像が流れてまたふとあの頃のことが思い出されツーンと鼻の奥が痛くなる。 年中では、最初の頃園に行きたくないと言い出して心配した。毎朝エンエン泣いているので先生に相談したらそんな様子など園ではこれっぽっちも見せてないようで、光太なりに外では頑張ってるんだと知り、なんだかかえっていじらしくも感じた。 最初の心配もよそに、次第に慣れてくるとお友達もたくさん出来て毎日泥んになって帰ってきた。年中の時の先生にクラスでも一、二番を争うほど泥んこになるのが大好きですね。と言われた程すごい状態でいつも帰ってきてくれては驚かせられた。 思い出の映像の中でも、光太ともう一人の仲良しのお友達と泥んこプールでどろどろになり満面の笑顔で遊んでいるのが印象的だった。園で用意してくださった泥んこプールでパンツ一丁になって遊ぶことが真夏にはあったのだ。普通家では出来ない体験がとても楽しかったようで、この日は耳の中にまで泥がいっぱい入って帰ってきた。後からこの日お手伝いに行ってくださったママから聞くと光太が一番最後まで泥から体を抜け出さず洗うのも大変だったとか・・・ 年長になると、先生をサポートするような役割を担っているようなことが連絡帳に度々書かれていて、任されると俄然はりきるタイプなのだと感じた。体もこの時期に一番成長したようで年長になったばかりの春からはぐんと背も伸びた。 毎日毎日園バスから降りてくると、手には棒きれやら枝、石ころや葉っぱに草花やどんぐりを持って帰ってきた。クローバーの時期には上手に2~3本をくるりと結わえて私にプレゼントしてくれた。園からの帰りに私へのささやかなプレゼントを毎日用意してくれるその心がいつも嬉しかった。もうそんな幸せを感じることも二度とないのだなぁと思うと、たまらなく寂しくなる。あの頃は置場に困った森の枝や葉っぱももう持ち帰ってこないのかと思うと妙に寂しい。 終わってみて初めてわかった。卒園式の涙というのは親だけのものであるのだと。園児達はみんなニコニコしている。いつもと変わらない毎日をお友達と過ごしている。4月からはみんな別々の小学校にあがり、離れていくというのにその寂しさなんてみじんもない。先生とも二度と園で遊ぶこともないというのに、ケロっとしたものだ。 きっと別れという経験がないからまだわからず寂しい実感も何もわきようがないのだろう。わかるのはまたずっと後から、もう二度とあの森でみんなで遊ぶことがなくなったのだと、自分の日常生活がガラリと変わって初めて失った日々を思い出すのだろうか。 親は今までのことを振り返り、成長した姿を思いそして、泣く。泣く、泣く、泣く。卒園式は久々にいっぱい泣いた。練習の歌の段階からフライングして涙が出た。目からこぼれる涙を必死でこらえていると、鼻から流れ落ちてきて参った。 自分の卒業式などでもこんなに泣かなかったなぁ。自分の親は私の成長と共にやっぱりこうして涙を流してきてくれたのだろうか。卒園が寂しいなんて言ってたら、もう我が子が結婚して本当にさよならする時、いや男の子だったら結婚する前に一人暮らしするからさよならということだってあり得る。そんなことになる時は親はどうなるんだろう・・・ ふとそんなすごい先のことが心配になる。そして改めて、自分が結婚して実家を出た時の、その残された親の気持ちを思うとなんだかすごく寂しい気持ちになる。手塩にかけて育ててきた子供が巣立つ時というのはどれほど寂しいことか。 なんでなんでこんな話に発展してしまうのか。事は卒園なのだけど、すっかり先のことを想像しては涙線がゆるみそうになる。 やっぱり子供はいつかは自分達から巣立っていくのだから、今この子育ての時期を親も思う存分楽しまなければと思う。楽しむっていうことはやっぱり怒ってばかりいてはいけないってことだ!あまり先のことばかり考えず、今こうして親子が共に生活している毎日を大事にしようと改めて思う。 自分も年をとってくると、正直子育てが若い時にするのと比べると体力的に大変だなと思う時もある。でも、大変というのは裏返せば後から思うと充実しているということなのだろう。今だからこそ子供と感じることが出来る気持ちをこれからも大事にしたい。 こうちゃん、卒園おめでとう。小学生になるとまた一回りも二回りも成長する姿を見るのがまぶしいよ。別れがあるから出会いもある。また新たな出会いを大切に小学校生活を園生活以上にいっぱいいっぱい楽しもうね!
March 21, 2009
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★先生ありがとう~謝恩会 先週末、今までお世話になった先生にありがとうの気持ちを込めて謝恩会があった。あいにくパパは前日から熱が出て欠席のため私と光太とで参加。 当日は天候が心配されたけど、前日までの雨とはうって変わってさわやかに晴れてくれて森でのイベントがすがすがしかった。ただ、足場が非常に悪くぬかるんでいて、子供達はそれがまた楽しくて泥でぐちゃぐちゃの足になっていたけど、親は滑らないように大変だった。 園児達は森の中で会が始まるまでは思い思いに山登りをはじめ光太も早速登り初めていた。毎日こうやって野猿のように遊んでいるんだなぁと感心した。 先生達が園舎の方から森に降りて来られて歌と共に始まり。植樹があり、その後はレクリエーション。森の中でのかくれんぼ。まず最初に先生方が隠れ親子が探すのだが、なかなか見つからず・・・子供は足場が悪くても平気でひょいひょい山の斜面をのぼっていくが、親は斜面の途中で置いてけぼり。後ろに降りることも先に進むこともままならず、キャ~キャ~叫んでいるうちにタイムオーバー。次は園児が隠れる番。あっという間に園児たちは方々に散って隠れはじめた。光太は見つかってしまいニコニコしながら出てきた。 しっかし、よくもまぁこんな森の急斜面をかけのぼったり、かけおりたりとすごいことを子供達はやってのけるもんだと本当にこの1日は感心し通しだった。トイレに行くにも急な斜面をまたのぼっていかないといけない。「ゼーハーゼーハー!」と息が切れる。その横を子供達が風のようなスピードでかけのぼっていったり、かけおりていったりする。ありあまって仕方ないエネルギーそして、その若さが羨ましい・・・ 最後は、先生とりゲーム。最初プログラム表でこの言葉を見た時は?だったけど、要は椅子とりゲームの椅子が先生に代わったゲームだった。これがかなり盛り上がった。同じ先生に2~3人の子供が座って先生がその重さに悲鳴をあげたり。光太も大好きなお友達と二人座りになって、じゃんけんポンでかろうじてその場は勝ったがまた次でも同じ状態になって今度はじゃんけんで負け。 最後まで勝ち進んだ人には特別なプレゼントも用意されていた。園長先生はこの時の事を後で振り返って、久し振りに園児達がひざの上に乗ってきて抱っこするという幸せな時間を過ごせましたとのことで、親も子供も先生達も楽しい時間が過ごせた。 その後はお弁当。雨上がりのさわやかな青空の下、気持ちよくご飯をいただき、次は園舎内へ移動。ここでは今までの思い出を振り返るスライドショーがあったり、先生達へのプレゼント渡しがあったり。逆に園長先生からも園児たちは心のダイヤモンドというバッジをもらい光太達はニッコニコ。もらって以来ずっと大事そうに持っている。卒園式の日に胸につけるようで、なくさないか心配するぐらい、常に持ち歩いているのでよほど気に入ったのであろう。 締めは、からだまつり(運動会)の時に好評だった組み立て体操も含んだ踊り「ハローサンキュー」を披露してくれることに。運動会の時はどこで踊るのか、どこへ移動するのかわからないままで、いきなり始まって慌ただしく終わってしまった。みんな同じ事を思っていたようで、「あの時はあっけなく終わってしまってビデオに取り損ねたけど、今回は準備ばっちりよ!」という声も聞かれた。 私はパパがいなかったので、一人二役で右手にはデジカメ、左手にはビデオでなんとか全部とることが出来た。ただ、園児達側が練習不足みたいで、どうするのか忘れているような感じが多く、もう一度アンコールとなった。二回目はさすがにうまくまとまってきて組み立て体操もほらこの通り。ばっちり! 先生達へ「ありがとう」の歌を歌うところでは私も思わずもらい泣きしてしまった。あともう少しで卒園式。めでたい事なのだろうが本当はちょっと寂しい。もっともっとこんな素敵な環境で遊ばせてほしい。光太にとって園での思い出はずっとずっと心の中で光るダイヤモンドのようであってほしい。 実は、この謝恩会の2日後、私が発熱。風邪でダウン。2日間寝込んだ。3日目もまだ喉が腫れ頭も痛く微熱もあるが、子供達はさよなら遠足で高尾山まで登山。お弁当作りもあるし、駅まで送っていくのと、園までお迎えもあり3日目は寝込んでいられなかった。 ただ、パパもママも風邪でダウンしている中、なんとか光太は風邪で発熱ということにならず、当日を迎えてくれてほっとしている。元々光太がお腹の風邪を持って帰ってきて、5日間ほど調子悪く、その後入れ替わりにパパが夜になると熱が出て、咳こむというのが5日間ほど続き、、そして最後に私がダウン。家族みんなが次々とやられたが、インフルエンザではないようだ。早くすっきりした体調になりたい。花粉症で既に鼻水はじゅるじゅる出てくしゃみも連発している中、風邪菌も入って最悪だ。卒園式までには体調を整えておかないと・・・ なんてこと言ってると、光太まで今日左目が腫れて腫れてまるで殴られたボクサーのよう・・・ものもらいのようだ。かなり、本人もうっとうしいようで眼科でみてもらうつもり。卒園式までには間に合えばいいけれど。このお顔じゃ、ちょっと記念撮影もかわいそうだなぁ~~
March 14, 2009
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